軍事都市ゼネン

 死体となったムーア兵がうごめく城塞都市ゼネン。この場所で、ゼネン領主である魔物が、深淵魔界に向かう準備に入る。騒然とするこの都市の異変を察知した異世界人が、この窮地を救うべく集まり初めていた。
「……ここがゼネンか」
 黒光りする城塞を見上げて息をついたのは、ジニアス・ギルツ。丈の長いTシャツにフード付きベスト、下はジーンズにブーツ姿の青年だった。
「確かに俺の世界にある魔力を動力源にした製品ではなさそうだな……と、まずは潜入するとするか」
 ジニアスは、多くの兵が出払っている城塞外にあるムーア兵の兵舎に狙いをつける。そして兵服を頂戴すると、ムーア兵になりすますことに成功したのだった。

 大きめなTシャツにジーンズ姿の猫耳青年アルフランツ・カプラート。彼はネルストからの遠い道程を徒歩でゼネンを目指した青年である。アルフランツがゼネンに近付いていくと、一風変わった長衣姿の少女を見かける。その乙女は、気合いをこめて腕や指先を動かしていたのだが、砂塵の舞う空間には何事の変化も現れてはいなかった。
「へぇ、変わった服装だな。神官服でもないし。何か魔法でも使ってるみたいだけど……君も異世界人? 何か困ったことがあるみたいだね」
 アルフランツが興味を持って声をかける。すると分厚い眼鏡をした娘がアルフランツを振り向いた。
「そうでございます。もしやあなたもでございますか? 実はわたし、式神というものを召喚しようとしておりましたのでございますが……どうにも現れてくれないのでございます」
 このままでは本来の目的が達せられない状態に、困りきっていた少女の名は、ミズキ・シャモン。この言葉に、アルフランツはこれまでムーア世界で感じてきた力のありようを考えながら伝える。
「何を召喚しようとしてるかわからないけど、ムーア世界に安定して通じているのは“超自然界”ってとこなんだ。もしかしたら異世界の生き物とかだと呼び出すのは難しいのかもしれないね。……うーん、何か普段から使い慣れてる“式神”っていうのはないの?」
「……そうでございますね……普段からでございましたら、超兄貴な前鬼『亜曇(あどん)』と後鬼『沙武尊(さむそん)』なら使役しておりますが……」
 半信半疑のミズキが、依り代とするべき岩石を二つ並べる。そして印を結ぶと、気合いをこめる。
「前鬼『亜曇(あどん)』。後鬼『沙武尊(さむそん)』。これなる岩に宿り、わたしの命に従え。急急如律令!」
 かくして、ミズキの召喚する超兄貴なマッチョ式神二体が、ムーア世界に現れていた。そんな彼らの頭上に、異世界人の操縦する機体が降下していた。

 異世界人の目指すゼネン。その城塞に中には、すでにそれぞれの理由によって幽閉された異世界人と、逗留するよう要請された異世界人たちがいた。
 幽閉されている異世界人は、野性的な髪をした精悍な青年ディック・プラトック。ディックは、神官の資質を持つ4名の子供たちと共に閉じ込められていた。
「たまに体動かさねぇとなまっちまうし、体の調子も整えなきゃな! こんな所で黙っていてもしかたねぇし……な!」
そんなディックは不安がる子供たちに声をかける。
「俺は筋肉トレーニングとか精神防護壁の修行とか、これからやってみるつもりだけど、一緒にやるか? 俺が教えてやるからさ」
 ディックの言葉に、子供たちがゆっくりと頷いていた。
 一方、逗留するよう要請された異世界人の一人は、たんぽぽ色の幅広帽子を持つ乙女リュリュミアである。自ら《亜由香》に味方するリュリュミアは、捕獲した東トーバ神官二人と共に、来客用の特別室にいた。
「司令官はわたしたちにゼネンに留まれって言いますけどぉ、そうしたら亜由香の処に神官さんを連れて帰るって約束が守れなくなっちゃいますぅ!」
 憤慨するリュリュミアは、立ち上がって神官たちに振り返る。
「ちょっと司令官に理由を聞きに行ってきますから、二人はここで待っていて下さいねぇ」
 そう言ってあたふたと特別室を出るリュリュミア。その後ろ姿に、
「気をつけていってくださいね〜」
 と笑顔で送り出したのは、女神官に扮したアクア・マナであった。そのアクアは図らずもゼネンに留まる事になってしまったのだが、必ずしも拘束された身ではないことを理解していた。その証拠にリュリュミアが出た扉を自分でも開けることができたのである。しかも扉の前には警備兵がいたらしいのだが、彼らはリュリュミアを追いかけていってしまったのだ。
「ずいぶんと無用心なんですね〜。これじゃ、どこにでも行っていいってことなんじゃないですか〜?」
 当面は、一緒に囚われている神官補佐役ルニエの身の安全の確保を狙うつもりでいたアクアも拍子抜けしてしまう。
「それじゃ、ご好意に甘えてゼネン城塞の中を徘徊……もとい探索させていただきますね〜」
 扉の外に出てゆこうとするアクアを、ルニエが送り出す。
「そうか。ならば気をつけて行かれよ。貴公がおられぬことは、これこのように隠すゆえ」
 そう言って、ルニエは自分の体よりも二倍以上ある毛布を人型風にくるんで寝台に置いた。
「はい〜。良く判らないけど何だか重要そうな所の所在を確認しようと思います〜」
 先にリュリュミアから移動用の乗り物の使い方といくつかの移動先については聞いていたアクアである。
「でもいざという時の逃走経路なら、ゼネン内の施設に頼らない経路を調べた方がいいですよね〜」
 けれど具体的な城塞内の構造はわからないアクアは、進路を定めず歩き始める。その間、動力や機械の集中していそうな場所には、しっかり『霧氷珠』や水氷魔術で結露させておいたアクアだった。


軍事都市ゼネンの野望

 三つ目のゼネン領主が、深淵魔界に向かうために進める準備とは、“人”をゼネンに集めることであった。
「く……まだまだ足りないですね! もっと遠くの街から人間どもを集めなければ! ……そうですね、若くて美しく……できるだけ特別な力を持っている者を集めるのです!」
 ゼネン領主が、ムーア兵に人間を集めるよう指示するのは、ネルスト・ハクラ・キソロなど《亜由香》側の街。そして東トーバもまたその中に含まれていたのだった。兵力がゼネンから分散しようとする中、そんなゼネン領主のいる執務室に、無遠慮に入ってくる者がいた。その顔を見た領主が睨みつける。
「あなた! 確か討伐隊の……リュリュミアとか言いましたね。わたしは、入室を許してはいませんよ。衛兵! 即刻この方を部屋にお連れなさい!」
 この言葉に、死体の兵を振り払ってやって来たリュリュミアが抗議の声を上げる。
「どうしてわたしたちゼネンに留まらなきゃいけないんですかぁ、早く亜由香の処に神官さんたちを連れて帰らないといけないんですよぉ」
 この言葉に、領主がけたたましい声で高笑いした。
「あの小娘……亜由香、ですか? くく。このムーア世界は、もうあの方のものなのですが」
「……? どういう意味ですかぁ?」 
 リュリュミアとしては居心地の良くないゼネンにあまり長く居たくない気持ちで一杯の上、亜由香を軽視された怒りもあった。しかし、亜由香が統べていたはずのムーア世界で政権交代がなされたらしい話を聞かされてしまうと、理由を確かめずにはいられなかった。
「よろしい。あの方の石を持つ、あなたになら教えてあげてもよいでしょう。宮殿に帰っても亜由香はいませんよ。だから、神官もあなたも、ここにいるのです。あの方もそれを望まれておられます」
 そして領主は、リュリュミアを通じて、誰かと語るように言った。
「こうした形ではありますが、お話ができるとは……恐悦至極に存じます。死体たちの腐食も進みつつありますので、人さえ集まれば、すぐにも出立つできます。すべて順調、今しばしのお待ちを」
 リュリュミアは、自分の額を見つめてうっとりと語るゼネン領主を見て、自身の過去を思い出す。
『そういえばぁ、わたしの耳を通じてあの魔族は情報を得ることができたんですよねぇ』
 その時、ゼネン城塞の外部が突然騒がしくなる。
「何事です!」
「敵の奇襲のようです! 外部より不穏な者どもの襲来有り! さらに上空には、不信な機体が接近しつつあります!」
 執務室が慌しい雰囲気に包まれる中、リュリュミアは急ぎ特別室に戻っていた。

 この騒ぎが起こる直前。ムーア兵に扮したジニアスが城塞内に進入しようとした時、警備兵の確認に出会っていた。
「見かけん顔だな。所属と階級、氏名は?」
 生身の兵であるムーア兵の問いかけに、ジニアスは応えに窮した時だった。
「ほほほ。そんなにのんきにしていてよろしいのでございますか?」
 マッチョ式神『亜曇(あどん)』の肩に乗るミズキが微笑む。そのミズキの回りを、警備兵が包囲する。その警備兵たちの顔を一渡り眺めたミズキは言った。
「……ゾンビ兵もまざっているようでございますね。この陰陽の理をなす陰陽師ミズキ、神に変わって昇天させていただくのでございます!」
 そこへ、後鬼『沙武尊(さむそん)』が後方より走って来る。
「ふぉ〜っ!」
 と自慢の筋肉でポーズをつけつつムーア兵を威圧する式神。その姿に二人のムーア兵の目がハート型になる。それをミズキは見逃さなかった。
「そこのお二人。わたしたちに協力してくださるのならば、『亜曇(あどん)』・『沙武尊(さむそん)』と楽しい一夜をお約束するのでございます」
 そして快諾する兵二人に呪符を持たせて指定する場所へと走らせるミズキ。当初の計画から不足する分については、ペットの白狐『サクヤ』とで陣形を作り出しつつ、死体の兵のみを選別して追い込んでゆく。
「ゾンビ兵の動きに思考能力ははなはだしく欠如しておるのでございます。生身の兵である皆様まで巻き込むつもりは毛頭ないのでございます!」
 式神『亜曇(あどん)』の肩の上で、ミズキが五芒星の陣完成を見極めると印を結ぶ。
「多少、予定とは違ったでございますが、寝返った敵を利用するのは兵法の基本でございますわ。これでよしと致しましょうでございます。火炎招来! 急急如律令!」」
 陰陽術の五行のうちの火行を使うミズキ。警備兵の中にあった死体の兵のみを焼き払うことに成功していた。
 一方、この騒ぎに紛れて、ゼネン城塞内部潜入にジニアスは成功する。ミズキと離れる間際、
「助かったよ、いつかまた会えるといいな」
 と声をかけるジニアス。そんなジニアスに、ミズキがビン底眼鏡を向けて微笑む。
「そうでございますわね、健闘を祈るでございます。わたしの仲間たちもこれで進入に成功したようでございますし、中でお会いましたらよろしくでございます」
「わかった!」
 他方、この騒ぎの一因でもある不信な飛行物体は、すらりとした異世界人の青年、鷲塚拓哉(わしづか たくや)の持つ新式探査戦闘機であった。しかし、その機体に乗るのは、彼の愛犬ポートスであった。生体反応を見せかけるために乗せておいたのである。念のため防護シャッターも下ろしている機体は、回避行動に設定した自動操縦でしばらくゼネン上空を飛行した後、着陸を断念したかのように退却していた。
 拓哉とミズキの起す騒ぎの間に、アルフランツと拓哉は城塞進入に成功する。あらかじめ拓哉から城塞内の地図を入手しているアルフランツは、一路囚われた者たちの救出を目指し、拓哉は電源の破壊を目指したのだった。

 拓哉が目指すのは、現在予備動力部分である。すでに主動力源部分は拓哉が一度破壊している。現在稼動している動力の供給源の破壊こそが目的なのである。新式対物質検索機を持つ拓哉は、エネルギー反応の高い所を目指す。
「おそらくはそこが予備電源の中枢だろう」
 ワナや位置の確認も怠らない拓哉であるが、かつて自分が破壊したはずの動力源に再び反応があるのを確認する。けれどそのエネルギー反応は、まだ大きいものではなかった。
「補修完了が間近だということか……? どちらから狙うか」
 どちらにしても破壊を狙うとすれば、確実に現動力源を止める必要が拓哉にはあった。
「まずは予備の方を狙うしかないか」
 仲間との連携を重視する拓哉が、予備動力源へと向かっていた。

 進入に成功したアルフランツは、まず風術で自分の周りの空気の流れをコントロールして気配や足音を消していた。そして慎重にゼネン城塞内部を進むアルフランツが目指すのは、ディックたちの生体反応があったという場所。そこは、狭い通路の奥にあった。薄暗い通路に現れる警備兵たち。その多くが死体であるのをアルフランツは目の当たりにするが、アルフランツは争ったりはせずに時が来るのを待っていた。静かに待つアルフランツの耳に、子供たちの笑い声が聞こえてくる。
『よかった! みんな無事だね! もうちょっとしたら助けてあげられるからね! ……でも、こんな状況でも子供たちが笑ってるなんて……ディックのおかげかな?』
 アルフランツが考えている時、閉じ込められた部屋の中では子供たちとディックとは確かに遊んでいたのだった。
「よーし、おまえらも『精神防御壁』が使えようになったってことは、もう神官になるのは確定だな。お祝いに遊ぼうぜ。俺に捕まったら手をつないで一緒に鬼になるからなー」
「うん!!」
 “手つなぎ鬼”で狭い部屋を遊ぶ彼ら。その時、電源が消えた。この時を待ったアルフランツが、警備兵の脇をすり抜けロックの開いた部屋に飛び込んでゆく。
「できるだけ気配を消しながら脱出するよ! ついて来て!」
 懐かしい声に子供たちから歓声が上がりそうになるのを、アルフランツが抑える。
「喜ぶのは脱出に成功してからにしようね」
 アルフランツの言葉に、ディックも子供たちも頷く。そして、城塞内部は拓哉による予備電源爆破、城塞外はミズキによる警備兵の分散などの騒ぎにより、彼らは無事に脱出に成功したのであった。
 
 一方、探査機で確実に調べられる拓哉とは違い、ゼネンの闇の部分に踏み込んでしまう異世界人たちがいた。ゼネンを独自に探査するアクアとジニアスである。二人は、偶然にも同じ場所に行き着いて驚愕していたという。

続ける