「バレンタイン・ホワイトデーミッション〜『青の扉』リンク〜」

ゲームマスター:秋芳美希

異空間のお店『バウム』。
その店を訪れた者は、異世界へと通じる窓や扉から各世界へと出かけられるという。
その場所を案内するのは、ウェイトレスと呼ばれる少女たちだった。

その少女の一人、リリは『青の扉』を案内するウェイトレスである。本来安全な異世界旅行を約束する『青の扉』なのであるが、今回リリは大きな失敗をしたのだ。リリは、『バウム』の『緑の窓』を通じて、異世界人たちに呼びかける。
「こないだ、リリがご案内に失敗して、浪漫世界から実質界……の、「現代世界」の東京というところに迷い込んでしまった人を救出してほしいんだ!」
リリの要請によって、多くの異世界人が『緑の窓』からリリのいる『青の扉』へ集まる。
「わーい! 来てくれたんだね!! ありがとう!」
訪れた者の多くは、すでに『青の扉』を通じて、リリと面識のある者たちであった。


「なんちゃってニヒルなリシェルさん、いらっしゃーい!!」
リリの前に最初に現れたのは、黒いジャケットにジーンズ姿の青年リシェル・アーキスだった。
「ま、ほっとけねぇしな。しかし、“なんちゃってニヒル”ってのはなんだ」
声色だけ怒りの色を表すリシェルに続けて、小柄な青年が現れる。
「や、リリ。何だか大変そうだけど、俺たちも協力するし、なんとかなるんじゃない?」
「わーい。童顔なジニアスさん、そう言ってもらえると、助かるー!」
リリによると、失敗をこっぴどく怒られていたのだという。その姿を眺めたリシェルが、無表情で言う。
「めんどくせぇな……とにかく迷い人の特徴をとっとと教えやがれ」
「そうだね。多少特徴がわかれば捜しやすいんじゃないかな」
とジニアスも同意するのだが、リリの記憶力はとんでもなく曖昧だった。
「えーと、現代世界のアメリカ人みたいな人たちとか、ネコみたいな人とかがいーっぱいいたはずなんだけどっ……えーとえーとえーと他にもいたかな……」
その姿を見たリシェルは、早々に見切りをつける。
「ち、時間が惜しいぜ。ネコなら、俺のペットも役に立つだろ。おい、ジニアス。早く行こうぜ」
「じゃ行こうか、リシェル。あ、リリ。リシェルはこういう奴だけど、悪い奴じゃないから」
リシェルとジニアスは、元の世界では「冒険者ギルド」での顔見知りである。リシェルを気に入っているジニアスが、さりげなくリリにフォローを入れた。
「うん。だから、リシェルさんは、“なんちゃってニヒル”なんだよね」
「そっか、よかった」
ジニアスは軽く手を振ると、先に立って進むリシェルに続いて現代世界に向かっていた。


次に、『青の扉』へ現れたのは、先生と生徒の二人組みだった。
「クマぬいぐるみのテオドールさん、ネコマタなカフミさん、いらっしゃーい!」
リリの歓迎の声に、
「私は「猫又」ではない。「猫間」「隆紋」だ。変なところで区切らないように、注意をしておく」
と、お約束のセリフを言ったのは、猫間隆紋。虚弱ではないけれども、体調の悪そうな青年先生であった。一方、みかん色の小首をかしげて、リリに声をかけたのはテオドール・レンツだった。
「リリちゃん、元気?」
「うん、テオドールさん、元気だよ!」
リリがテオドールの小柄でふかふかな体を抱きしめようとするのを、猫間が阻止する。
「仕事中に公私混同とはいただけないな、リリ殿。Sアカデミアの生徒であるクマの保護者として、教え子であるテオ君の身の安全を守らせてもらうぞ」
残念がるリリの頭は、猫間に抱えてもらったテオドールがなでなでする。そして、テオドールは、
「どんな人が迷っちゃったの?」
と確認する。けれど、リリの回答は“現代世界のアメリカ人みたいな人たちと、ネコみたいな人がいっぱい”という漠然としたものだった。しかも他にもいたはずだけれど、特徴が思い出せないという。一方、現代世界東京の情報をリリから聞き出したのは猫間だった。
「私は、テオ君の身の安全を守らせてもらうためにも、現地情報を知る必要があるぞ。テオ君のためになる情報は、何かないのか」
現地情報の他、ぬかりなく異世界の仲間たちとの連絡をつけていた猫間である。こうして『青の扉』にて、できるかぎりの準備を整えた二人は、現代世界へと向かっていった。


「ツンなテネシーさん、元気っ娘なトリスティアさん、マッドな鈴さん、いらっしゃい!!」
続けて訪れた異世界人をリリが歓迎する。すかさず、
「わたし、そのツンとやらではないですが……?」
と応じたのは、ツンが無自覚な少女テネシー・ドーラーだった。一方、
「久しぶりだね! またリリに会えて嬉しいよ!!」
リリと手を握り合って喜んだのは、小柄な少女トリスティアである。他方、
「マッドかどうかはともかく、世界は、すべて魔法と科学で説明できるだけだ」
魔法と科学に情熱を持つ武神鈴が、静かに言った。
「早速だが、迷い人の出来るだけ詳細な特徴とリストを提供してほしいのだが」
「あ、迷った人の特徴、だよね。さっきもみんなに頼まれたんだけどもっ、えーとえーと……」
リリが言うには、現代世界のアメリカ人みたいな人とネコ風異世界人の他にも、特徴不明な異世界人がいるという。
「どうも要領を得んな……これは現地で情報を集めるしかないらしいな」
さらに情報をインプットしたい機器が、『青の扉』内では用意ことができないことにも武神がため息をつく。
『やれやれ……また面倒なことが重なったもんだ……まあ、運営に貸しを作っておけば割のいい仕事のある世界とか、紹介してもらえるかもしれんしな』
一ヶ月も放置される異世界人たちが可哀想ではあるけれども、全員保護するため、武神はホワイトデーまでに必要な機器とシステムとを用意する決意を固める。
「仕方がない、現地で製作をするか。ホワイトデーには完成するだろう」
「じゃ、ボクはそれまで異世界観光してよっかな」
「トリスティアが観光ならば、わたしは、日をあらためてうかがうことにしましょう」
 もともとテネシーは、トリスティアに頼まれて迷い人探しに協力することにしていた。そのトリスティアが観光を楽しむというのであれば、自分の出る幕はないと即断したのだ。
こうして多少の計画変更の後、トリステイアと武神は異世界へ、テネシーは一旦自分の世界へと戻っていった。


『緑の窓』からつながった『青の扉』の接続ルート。その『青の扉』から現代世界へのルート接続が切れようとしていた頃、一人の乙女が現れていた。
「わ、わたくしとしたことが、うっかり接続期限を間違ってしまったのでございます!」
「人魚なマニフィカさんだぁ! マニフィカさんも助けに行ってくれるの?」
超ロングストレートの髪をなびかせて飛び込んできたのは、マニフィカ・ストラサローネだった。
「お役に立つならば、もちろんでございます。あの、タイムオーバーなのでございますけれど、出かけることは、できますの?」
「今ならギリギリ、大丈夫だよ!」
マニフィカが現れた時刻は、リリが自信を持って案内できるギリギリの刻限であったらしい。
「そ、そうですかっ。よかったですわ。とにかく真面目に捜索させていただきますわね」
リリの「協力ありがとー」の声に送られて、マニフィカは現代世界に飛び込んでいった。


マニフィカの後、『青の扉』から現代世界へのルート接続が切れる。その頃、のんびりと現れた乙女がいた。
「残念ですぅ、もう接続切れちゃいましたねぇ」
「あ、実は人外のリュリュミアさんだ! リュリュミアさんも行ってくれるの?」
リリの声が、協力者が増えて明るくなる。
「いいですよぉ。でもまだ間に合いますかぁ?」
「わーい。あ、でも、ちょっと待ってね!」
リリが案内調整に走り回り、リュリュミアもどうにか現代世界に行かれるようになったようである。リリの「変なところに着いちゃったらごめんね!」の声の中、リュリュミアの視界に別の世界が現れていた。

『現代世界』東京 二月十四日 新橋

リリに「ヤンキー娘なジュディさん」と呼ばれていたジュディ・バーガーは、今、現代世界のアメリカ娘として現代世界の東京に馴染んでいた。
「OK! オーダーするヨ♪」
この時のジュディは、すっかり自分の事を、「カルフォルニア州から来日したプロスポーツ選手」と思い込んでいた。実際、アメリカンフットボールのプロ契約中の記憶もあった。そのジュディは、親父の聖地と呼ばれる新橋の街角にある牛丼屋で、B級グルメを満喫する。
「うん、とりあえず……あの壁のメニューを右から左まで全部プリーズ!」
ジュディの前には数分で、牛丼のバリエーションの他、豚丼・カツ丼・カレー丼と10個もの丼物が並ぶ。
「エクセレント! あっという間にオーダーコンプリートなのですネ〜。さすがは技術の国ニッポンデ〜ス!」
感嘆したジュディは、色とりどりの丼物十人前をぺろりと平らげていた。
「う〜ん、満足デ〜ス。ニッポンの丼モノ、最高ネ〜。次はドコ行きましょうネ〜。ガード下の居酒屋ではホッピーの空瓶を林立させましょうカ〜?」
すでに浅草の電気ブランを飲んでは酔ったサラリーマンと肩を組んで歌い、神田の老舗蕎麦に舌鼓を打ち、飛び入りした対戦ゲームで制服姿の中高生と熱戦を繰り広げるなど、日本人以上に東京を楽しんでいたジュディである。
しかしまだ日の高い時刻だったために、この地域の居酒屋はどこもまだ店を閉めていた。
「ホワイ?どーゆーコトかしら?……でも慣れてるからノープロブレム、あまり気にしないネ♪」
その時、ジュディの近くに人だかりが出来ている事に気がついた。人だかりの中心からは、楽しそうな音楽と断続的な歓声が聞こえてくる。
「何ダカ、楽しそうで〜ス♪」
ジュディは、人だかりをかき分けて先に進むことにした。

「この世界は、平和なのは結構だが、なんでこうも人がうじゃうじゃしてるんだ……」
到着早々東京の人ごみに辟易したのは、リシェルであった。
「おまけに、水は不味いは空気は悪いわで……はぁ」
盛大なため息を一つつく。リシェルは、慣れない人混みと大気汚染でやや体調不良気味になっていたのだ。
「こんなとこに、迷い込んだ奴もさぞ苦労してんだろうな、さっさと見つけてやって帰ろうや」
リシェルには珍しく弱気な声に、ジニアスが陽気に応じる。
「そのようだね。まずはリシェル、これ持っててくれる?」
ジニアスがリシェルに渡したのは、「浄化の印」という自分のお守りだった。
「毒や瘴気から身を守るお守りなんだけど、空気清浄になると思うから」
「助かるぜ。……何だか息がラクになった」
リシェルが元気を少し取り戻したのを確認すると、ジニアスはまずは計画に必要な道具をそろえられる店を捜すという。
「じゃ、俺はカラーボールとか曲芸に使えそうなもの適当に見繕って買って来るよ。リシェルは、広場とか、大道芸ができそうな場所を探してみてくれるかな」
「まかせとけ」
リシェルは請合ったものの、この人ごみに酔っている中で大道芸に適当な場所を探せるか、今一つ自信がなかった。
「これだけの人がいるんだ。もし場所が空いていたとしても、空けている理由があるのかもしれんしな」
そんな時、リシェルのペット「ラグ」が、近くにある小さな箱のような家を指し示す。
「あの箱家に何かあるのか? 何だか、警備隊みたいな制服を着てる奴がいるな。もしかして、この辺りを警備してる奴なのか?」
尻尾と足先が白い黒猫「ラグ」にリシェルが聞くと、「ラグ」が頷く。
「ラグ、ありがとな、助かるぜ」
表立って顔をさらしている警備隊員ならば、おそらくは防御系の要員なのだろう。警戒する必要はないと思われた。また幸い、自分の姿形も、この異世界では違和感はない。
「ジニアスが使えそうな場所を確認してくるぜ」
そのリシェルは「ラグ」にもう一つ、頼みごとをする。
「迷い人の特徴に、“ネコみたいな異世界人”がいるんだそうだ。他にも、異質な感じの奴がいないか周辺にいる野良猫とかと協力して、調べてくれないか」
そしてリシェルとペットのラグが動き出していた。

リシェルがジニアスの大道芸のために用意したのは、新橋駅前の広場だった。石畳の敷かれた広場には、大きな機関車が置かれ、その周囲を数個の銅像などが囲んでいる。
「ずいぶん近くに、いい場所があったね!」
道具を抱えるジニアスが、喜んでリシェルに声をかける。
「まあな。今日だけとか、時間制限とか、いろいろあるけどな」
この東京は、広場一つ使うにも、本来ならば事前に様々な許可が必要なのだという。幸い、この新橋にある『SL広場』は、広場のように整備してあるけれども、実際には道路法上の道路なのだという。よって、使用許可はこの世界の警察署という場所にあるらしかった。
「めんどくせぇから、とっとと始めてくれや」
リシェルは、自分やジニアスが異国人風なことを武器に、今日しか日本にいられない等普段と違って、温和な口調・表情・態度で、東京の警備隊員(正確には警察官)を説得したのだ。
『……すっかり疲れちまったぜ』
人酔いもあいまって、リシェルは本来の目的の前に力つきていた。

ジニアスは、リシェルのダウンぶりを確認して、この後は自分ががんばるしかないと決意する。
『いろんな世界をリシェルより多く冒険してるからな。順応力には自信があるんだ』
幸い、大道芸ならば多少のファッションの違いもごまかせる。また異国人の風貌も、この場所では有利なことは、道具を買った店でも確認していた。
ジニアスは多くの人が行き交う広場で、まずマルトースで手に入れたハーモニカ「プレイケイト」で演奏能力を披露する。高らかに響き渡る「プレイケイト」の澄んだ音色。それは本来、音を聞いた者の怒りや闘争心を抑える力を持つ魔法を持つ。その効力は、行き交う人々の感情を穏やかにし、その場に留まらせた。そのまま、ハーモニカの基礎に忠実な演奏を続けながら、ジニアスは次々と自慢の軽業を披露する。そのジニアスがカラーボールを使った玉乗り、宙返り、背面飛びなど、技を決めるたびに集まった人々から歓声が上がっていた。

その歓声を聞きつけたのが、ジュディであった。ジュディが人ごみをかき分けて最前列まで進むと、周囲の人々以上の歓喜の声を上げた。
「オ〜!! 素晴らしいデ〜ス! ワンダホー!」
ジュディの声に、ジニアスが視線を向ける。
『え? あれってジュディだよな』
数々の冒険で同行したことのあるジュディとジニアスである。ジュディも人捜しに来た異世界人だと思ったジニアスだが、ジュディの胸の中心に輝く光で、ジュディ本人が迷い人なのだと理解する。
『そういえば、リリも“現代世界のアメリカ人みたいな人”とか言ってたよな。それって、ジュディのことなのか?』
 ジュディの胸に異質に明滅するカラータイマーが、何よりの証拠である。大道芸を繰り広げた後、ジニアスは迷わずジュディに向かった。
「や、先ほどは盛大な拍手をありがとな」
 怪しまれないように気さくに声をかける。
「オ〜、当然ネ! アナタの軽業、素晴らしいデ〜ス!」
「よかったら、この後、東京観光を一緒にしないか? 俺も旅行者なんだけど、日本に来たばかりでよく分からないんだ」
「ソウですネ〜」
今日は、居酒屋で飲み明かすつもりだったジュディが少し考える。しかし持ち前のポジティブ・シンキングを発揮して、ジュディが快諾する。
「OKデ〜ス。ドコか行きたい場所アリますカ〜?」
「じゃ、スカイツリーとか、行ってみたいんだけど」
「ノープルブレム! すぐ行きましょう〜♪」
ジニアスがジュディと連れ立ってスカイツリーへ向かう姿を、リシェルが軽く手をあげてサインを送る。
『猫の方からは、情報も得られなかったことだし、ま、これで俺たちのミッション終了ってことにしとこうぜ』
リシェルの意思にジニアスが頷いていた。


『現代世界』東京 二月十四日 スカイツリー

そこは、白く輝く高い塔がそびえ立つ地。
その塔に入ったとたん、ジュディに本来の記憶が呼び覚まされる。
「オ〜! ジュディとしたことが、どうしたことデしょうカ〜!」
かつてリリの案内で『浪漫世界』を訪れる筈が、ジュディは羽化した妖精を追いかけているうちに、いつの間にか『現代世界』の東京に迷い込んでしまったらしい。そもそもジュディの出身世界が『現代世界』に似たパラレルワールドな為、記憶が自動修正されても全く違和感を覚えなかったのだ。あのまま『現代世界』に留まっていたら、東京を満喫した記憶のある自分が消滅させれていた事実を知ると、また震え上がる。
「ソウでしたカ〜! キュートなジニアスに助けてモラッタのですネ〜。ベリーサンキューデ〜ス!!」
勢い、頬にキスしようとするジュディをジニアスが寸止めする。
「とにかく、これで元の世界に戻れるよな」
××おじゃまするねー、リリだよ!!××
「あ、リリだ」
ジュディの抱擁をかわして、ジュディの注意をリリからの通信に向ける。
××じゃ、ジュディさん、こっちに戻ってもらうね。ジニアスさん、ありがとー!!××
「ジュディ、ホッピーも飲みたかったデ〜ス」
一つだけ心残りがあったらしいジュディの姿は、スカイツリーの人ごみにまぎれて消えていた。
××ジニアスさんも帰る? リシェルさんはもう戻ってるから、お礼言っといたよ××
「あ、俺、お土産買って帰りたいから、もうちょっとここにいてもいいかな」
××うん、わかったよ。三月十四日までなら、帰る意思があればいつでも帰れるから待ってるね××
この後、スカイツリーの各所で催されているバレンタインイベントを見て回ったジニアスは、あらためて今日の意味に気がついた。
『そういえば、バレンタインデーは、チョコを渡して日頃の感謝を表す日だったっけ?』
ジニアスは、ぬいぐるみ姿の仲間を思い出す。
『目立つから留守番になっちまった仲間に買ってやるか』
こうして、仲間へのお土産として可愛くラッピングされたチョコを買ったジニアスだった。


『現代世界』東京 二月十四日 池袋

東京池袋に点在する小さな公園。その公園の一つに、テオドールと猫間の二人は現れていた。
とたんに、猫間が珍妙な声を上げた。
「し、しまった!! 現金の用意を忘れた!」
本来なら、服装は、TPOに合わせて、現地で調達し、カジュアルシャツに黒のジーンズ、ハンタージャケット……になるはずが、何も持たずに来てしまったのだ。よって、現在の猫間の姿は、生地の傷んだ陰陽師の正装姿である。この姿のままでは、猫間本人が現代世界のコスプレイヤーである。
『これでは、せっかく『青の扉』で仕入れたタイムリーな映画の情報を生かして、テオドールの背中に、これ見よがしなフェイクのジッパーを縫い付けて、「あ、これは着ぐるみなんだ」と騙しているように見せかけることもできないぞ』
思わず、
「運命が私をもてあそんでいる!」
と、猫間が叫んでしまうと、辺りにいた人が猫間から10メートルほど離れていた。
「不思議だねぇ。ボクたちが突然現れても、みんな驚かないんだね」
テオドールがオレンジの頭をゆらす。言われてみれば、辺りの人々は、見るからに異邦人である自分たちを自然に受け入れているようだった。
その時、自分たちの前に、もう一人異世界からの来訪者の姿が現れる。
「あ、トリスティアちゃん!?」
テオドールの指摘通り、彼らの前にハニーブロンドの少女が現れた。
「テオドール? あ、猫間もいるんだね。よかった、伝えたいことがあったんだ!」
現れたトリスティアが言うには、武神が今回の探索で猫間たちに渡すはずだった携帯端末の制作が遅れるということだった。
「ホワイトデーには間に合うっていってるから! その頃、もしまだ東京にいられるようだったら、荒川の河川敷ってところに行ってみてくれるかな?」
その場所で、武神がスーパーコンピュータを制作するのだという。
「何でも宿泊費いらずで、制作できる場所だからみたいだよ。時間になったら行ってみてくれる?」
多少荒川河川敷に誤解があるトリスティアの言葉に、猫間が気弱な声で応じる。
「そうしたいところなのですが……」
「どうしたの?」
トリスティアが不思議そうな顔をする。そのトリスティアの脚をつついたのは、テオドールだった。
「トリスティアちゃん、トリスティアちゃん。猫間先生、現金忘れちゃったんだって」
「そっか、じゃ、ボクが貸してあげたいけど。でも今回、一万円しか持ってきてないんだよね。で、何がほしいんだって?」
猫間の計画を聞くと、
「う〜ん? 服は時期的に冬物セールとか、アウトレットとかなら、なんとかなるんじゃないかな。ちっょと待ってて!」
どうしても目立つと思われるテオドールと猫間がほっておけないトリスティアが、観光よりも先に各店を走り回って、格安で洋服やフェイクのジッパーを見繕ってきた。
「ジッパーとか小物は100円均一だし、洋服もアウトレットのセール品とかだから、めちゃくちゃ安かったよ!」
トリスティアもダテに様々な世界を回った冒険者ではない。
「全部で800円しかかかってないよ!」
すっかり東京の買い物上手になっていたようである。
「さすがだね、トリスティアちゃん!」
「トリスティア殿。ご好意、ありがたくいただくぞ……800円は、あとで返済するからな」
「じゃ、ボクは東京観光に行くから♪」

現代世界では、折りよくクマのぬいぐるみに命が宿った映画が上映されて流行っていた。その映画に便乗して、そのコスプレをしている子供のふりをしようと提案したのは、テオドールだった。そのテオドールが街を歩けば、あっという間に人だかりができてしまう。
「きゃー、何、何、かわいすぎるんだけど!!」
「一緒に写メ、とらせくれる?」
この池袋でも、その映画は上映されているらしく、テオドールが池袋の街を歩くと、年若いお姉さんたちに囲まれて動けなくなっていた。特に池袋は、なぜか若い女性率が高いようである。
その時、その人だかりの外から怒声が響きわたった。
「イベントなら、商店会の了承を得てもらわなければ、困るんだがね!」
怒声の主は、この場所の商店会の会長であった。
「責任者は誰かね!」
どうやらテオドールの存在は、映画の宣伝イベントと間違えられてしまったようである。
「イベントではないぞ。この子は、映画とかに感化されやすい子供でな」
すかさず誤魔化したのは、ハンタージャケットを着こなした猫間だった。
「子供? あんた、この子の保護者かね」
不信な目を向ける商店会長。その会長のズボンをツンツンとつついて、
「この人、いとこのお兄さんなの」
と、言ったのは、全身みかん色の毛皮姿のテオドールだった。そのテオドールを見ると、怒っていた商店会長もとたんに目を細める。
「ほお、こりゃよくできたクマ人形だね!」
「あ、これは着ぐるみなんだ。中にいるのは、私のいとこだ」
猫間は、これ見よがしなフェイクのジッパーを、ここぞとばかりに商店会長に見せつける。
「なるほど。しかし、この人だかりは商店街としても困るんだよね。着ぐるみを着たいなら、公園にでも行ってくれないかね」
商店会長もこのまま人だかりができてしまっては、商売に関わるというのだ。テオドールは、そんな商店会長の様子を見て、
『この人に、人探しを頼んだら、もしかして迷惑?』
と考える。本当なら、訪ね人を探してる子供のふりをして、街の町会長さんや世話役さんなどに聞きたかったのだが、目的の人に街中で出会うのは難しいようだった。早々にテオドールたちは、再び公園方向に戻ることにする。幸い、街中で出会ったお姉さんたちの多くも、公園についてきてくれていた。そのお姉さんたちに、体重が軽いテオドールは抱きしめられないように注意する。
『ボク、人間の子供より軽いから』
一方でテオドールは、お姉さんたちに煙草の火など火気の危険がないことにも、安心する。そのテオドールは、公園につくなり一生懸命描いた絵をお姉さんたちに見せる。
「ボクのお母さんなの。知らない?」
猫のような耳のついた人の絵を見せて、テオドールは聞いてみる。そんなテオドールは、もう一方の“アメリカ人みたいな人”という絵を描くのは、難しかったようだった。
「猫耳っていったら、秋葉のメイド喫茶じゃない?」
「て、いうか、コスパ?」
聞きたい人ではなかったけれど、お姉さんたちが教えてくれた情報を、テオドールは一生懸命理解しようと試みる。
『リリちゃんに頼まれたことだから、ボク、がんばるよ』
けれど、聞き込み以前に、情報の整理に難航してしまうテオドールだった。テオドールには、テンポの早い東京の人々の話し方も、簡略化された言葉の応酬も、理解するのが大変だったのだ。
「アキ……バ? コ……スパ? それってどこ?」
そこに助け舟を出したのは、猫間だった。
「秋葉、というのは、秋葉原のことではないかな。池袋からは大分距離もある。コスパというのは、文節からするとおそらくコスプレパーティまたは、コスプレパフォーマンスのことではないのか」
テオドールの保護者である猫間の発言に、テオドールを囲む乙女の群れにやや隙間が現れる。
「秋葉は正解だけど」
「コスプレパフォーマンスだって、それってネタ?」
等など、お姉さんたちから失笑がわきおこる。
「じゃ、コ……スパは、コスプレパーティなの?」
テオドールが素直に聞くと、
「そっか、子供は知らないよね〜」
納得したお姉さんたちが、コスパの開催情報をかわるがわる教えてくれる。
「ありがとう、お姉さん!」
どうやら、この池袋に集まるお姉さんたちは、こうした情報に詳しいらしい。集まったお姉さんたちも、互いに手に持った小箱を向け合って情報交換を始める。この中で、猫間はテオドールを抱えあげて言った。
「今回のところは、情報収集だけにしておかないか。この情報は、きっとホワイトデーにがんばってくれる仲間が役立ててくれるはずだ」
テオドールの心身の疲労も心配した猫間の提案に、
「……うん。そうだね」
と、テオドールも頷く。
「そうと決まったら、武神へ情報を伝えに荒川河川敷まで歩くか。その間、ぬいぐるみのフリをしてくれるかい?」
こうして、ぬいぐるみのフリをしたテオドールを抱えた猫間が、武神に情報を伝えたのは翌日早朝。その後、二人は自分の世界へと戻っていったのだった。


『現代世界』東京 二月十四日 荒川河川敷

ドパーン!
盛大な水しぶきをあげて、一級河川に出現した人魚がいた。
「おかしいですわ。誘導ポイントとなるスカイツリーに面する北十間川へ出るはずでしたのに」
そこからは角度的な問題で、マニフィカが見上げたかった塔の姿がまったく見えなかったのだ。陸の方側を見ると、そこには荒川の「河口0.0km」の標識が見える。
「まあ、この川は、荒川ですのね。北十間川ともつながっておりますし、よしとしましょう」
そのまま荒川を遊泳するマニフィカは、その水質の悪さに辟易する。
「なんという、水の汚さなのでございましょう! これは、わたくしの力で少しでも浄化しなくては」
と、使命感に燃えたマニフィカが、そのまま水質改善を続けながら川沿いに東京を巡ってゆくことにする。すると、荒川を行き交う水上ボートの爆音が聞こえてきた。
「モーターに巻き込まれては、危険ですわね」
マニフィカが水上ボートの進路から離れようと、尾を揺らして泳ぎを進める。その時、ボートが止まり、口笛を吹く音が聞こえてくる。
「ヒュ〜、ヒュ〜。この寒いのに水泳かい?」
この時点で不用意に目立ってしまっていたマニフィカだったが、天然な本人はニコニコと笑ってマイペースを崩さなかった。
「他に何に見えます?」
「いや、そのまんまなんだけどさ。……それにしても人魚姿って、キミ、ずいぶん気合いの入ったレイヤーだよね」
青年の言う“レイヤー”とは、コスプレイヤーの略称らしい。
『妙な略し方を、この世界の方はするようですね』
やんごとなき姫君のマニフィカには、この略し方は納得できないものがあった。この後も、マニフィカをコスプレイヤーと勘違いした青年が、しつこく声をかけてくる。けれど、マニフィカは気にせず遊泳を続けていと、あきらめたのかボートが離れていった。マニフィカが離れてゆくボートを確認すると、ボートの硝子ごしに青年の背のあたりに点滅する光が見えた。
「え? 今の人も異世界人なのでしょうか」
マニフィカは急いでボートを追おうとするのだが、速さに違いがありすぎたのだ。早々にあきらめざるを得ないマニフィカは、改めて海水と淡水が混ざり合う水温に震え上がる。
「……ううう、けれど、この水の冷たさって、どういうことでしょう」
東京の2月といえば、冬の季節である。
「このままではさすがの私も、身が持ちませんわ」
いくらマニフィカが水の申し子でも、寒中水泳と変わらない水温に鳥肌がたっていた。マニフィカが音を上げて、陸に上がることに決めた時、マニフィカの前で河に倒れ込む青年の姿があった。その青年の顔は、マニフィカの記憶にある。
「ぶ、武神様ではございませんの!? 事故でございますか?」
マニフィカが慌てて、河に飛び込んでしまった青年の体を河から助け出そうとする。
「あら、魚のままでは、いけませんわね」
マニフィカは自分の尾をすらりとした二本足に変えると、武神の体を陸に上げた。
武神を引き上げた辺りの岸辺には、大きな箱が置かれている。その中に、機械の部品らしきものが散乱していた。
「? 何でございましょう?」
マニフィカが首をかしげていると、目を覚ましたらしい武神が言う。
「すまない。この箱にスパコンを作る予定だったのだが……」
続けてマニフィカの耳に、武神から腹の鳴く音が聞こえてくる。
「ふむふむ……なるほど、では変換符を使われたのでございますね」
数々の冒険で見知っていた武神の技能を、マニフィカも知っていたのだ。
「しかも、つい夢中になって空腹に気づかず倒れてしまった、と」
納得したマニフィカは、とりあえず武神に何か食べさせなくてはと考え、まずはこの世界の食べ物を売る店を捜すことにしていた。そんなマニフィカの目に映ったのは、「バレンタインデー」の文字が掲げられた建物だった。
「そ、そうですわ。少なくとも、あの店にはチョコレートが売られているはずです」
こうしてマニフィカが飛び込んだ場所は、小売店ではなくチョコレートを扱う卸業者だった。マニフィカが事情を話すと、対応してくれた事務員の女性が快くチョコレートを分けてくれる。
「本当はダメなんだけど、試供品だから持って行って」
礼を言うマニフィカに、事務員の女性が笑いかけた。
「よかったら、本命の彼氏にあげる時には、荒川区でチョコレートを買ってね」
「そういう人ができたら、そうさせていただきます」
次にいつ、この世界に来られるかわからなかったが、その時が来たらまたこの土地を訪れたいと思ったマニフィカだった。
この後、マニフィカに介抱された武神は、チョコレートの力もあって回復する。
「く。期せずして、バレンタインデーに年上の女性(マニフィカ)から、チョコレートをもらうことになるとは」
色気よりも食い気には勝てず、先にチョコレートを食べてしまった武神である。自分のふがいなさに舌打ちした。それでなくても、チョコレートやキャンディの類であれば、すでに武神自身が持っていたのである。
「これは、ホワイトデーとやらに、お返しをしなくてはいけないな……」
武神のつぶやきに、マニフィカがおっとりと笑う。
「ご心配にはおよびませんわ。このチョコレートは、いただいた品でございますし」
そして、武神の計画を聞いたマニフィカは、自分の得た情報を伝えてから、自分の世界に戻ることになる。マニフィカは汚れた水での寒中水泳によって、東京に流行していたインフルエンザウィルスに感染してしまったためであった。


『現代世界』東京 二月十四日十六時 上野

「リリにお願いされて、東京って処に遊びにきましたぁ」
しかし、『バウム』を出発する時に、手持ちのお金を準備し忘れたリュリュミアである。いきなり、リュリュミアは計画が頓挫していた。
「バレンタインってお祭りがあるって聞いたのでぇ、お花とチョコレートを配ろうと思ったのですけどもぉ、チョコレートを用意するのは無理みたいですぅ」
チョコレートは無理でも、花ならばリュリュミアには、いくらでも用意できる技能があった。
「迷い人を捜そうと、少し暗いほうが明滅もわかり易いかなぁって夕暮れ時を選んだけど、お花が育つの間に合いますかねぇ」
リュリュミアは、緑の香りを自然にかぎわけ、花が育ちやすい場所まで移動する。
「えーと、この辺りがいいカンジですぅ」
リュリュミアが選んだのは、緑の多い池のほとりだった。
「人通りも少ないですしぃ、今のうちですねぇ」
リュリュミアが成長の早い花の種を巻くと、色とりどりの花があっという間に育ってくる。その花をつんだリュリュミアがあらためて、すっかり暗くなった周囲を見回す。
「それにしても、ここってドコでしょうぅ。それに、とっても寒いですぅ」
 素材が植物でできているリュリュミアには、東京の夜風は冷たすぎたのだ。その時、花を抱えて街角に立つリュリュミアに、声をかける男性がいた。
「売ってるのは、花かい? それとも……」
その男性が何か言おうとした時、突然元気のよい声がリュリュミアにかけられた。
「リュリュミア! 遅くなっちゃったかな? ごめんごめん」
リュリュミアの前に現れたのは、数々の冒険で見知っていた少女だった。
「あぁ、トリスティアさんですねぇ。お久しぶりですぅ」
そんな二人の会話を聞いた男性が、安心した笑顔を向けた。
「友達と待ち合わせ? でも、こんな時間に落ち合うのは危ないよ。この上野は危険だからね」
男性はそう言うと、二人から離れていった。その声を掛けてくれた人の後姿に、ぽぅっと灯りを見た気がするリュリュミアだった。そのリュリュミアに、明るくトリスティアが言う。
「今の人は悪い人じゃなかったみたいだね! よかった!!」
「悪い人ですかぁ? 今の男性、異世界の人だったみたいなんですけどぉ、雑踏に見失っちゃいましたぁ」
おっとりと言うリュリュミアに、トリスティアが慌てる。
「あ、それは気がつかなくて、ごめんね!」
「いいですぅ。わたしも、今、気づいたばかりですからぁ」
わずかな時間であったが男性の特徴は、トリスティアも覚えていた。
「今の人って、トレンチコートにサングラスの背の高い人だよね。いかにも怪しいカンジだったんだけどな。どこが光ってたか、覚えてる?」
「右肩ですぅ。緑色に光ってましたぁ」
 リュリュミアの情報を得たトリスティアが、武神とのホワイトデー計画を一通り伝える。すると、リュリュミアから感嘆する声が上がった。
「ずいぶん、しっかりした計画を立てているんですねぇ」
「でもボクももう一度帰らないといけないんだよね。今日だけで、いっぱい遊んじゃったから」
池袋・新宿・渋谷・御徒町と、超特急で観光して回ったトリステイアである。けれど、金欠ともなれば、帰らないわけにはいかなかったのだ。
「ボクはまたホワイトデーに来るけど、リュリュミアも来ない?」
と、自分たちの計画にリュリュミアを誘う。
「せっかくですけどぉ、東京の気温はわたし、ダメみたいですぅ。昼間は公園で日向ぼっこしたり、お花屋さんを手伝ったりしながら、迷い人を捜そうと思ったのですけれどぉ」
 光合成が足りなかったらしいリュリュミアの肌に、一部ではあるが皺ができはじめていた。
「そっか、残念だけど仕方ないよね。じゃ、とりあえず途中までだけど一緒に『バウム』に帰ろっか」
「はいですぅ。トリスティアさんは、東京観光満喫できましたかぁ?」
「うん。この上野は春に回れなかったのが残念だけど。上野は、花見の名所だし、西郷さんっていう犬をつれた男の人の銅像で有名なんだって。あ、ボクがさっきまで食べ歩きしていたアメ横がすぐ近くなんだよ」
「そうだったんですかぁ」
結局、東京ではどこも回れなかったリュリュミアだったが、トリスティアのおかげで観光気分を少し分けてもらった気がしていた。ちなみに、リュリュミアが花を育てた土地の脇にあった池は、不忍池(しのばずのいけ)というのだという。


『現代世界』東京 三月十四日 荒川河川敷

「これが、ようやくにして完成したスーパーコンピュータだ」
カタカタと紙のデータをはじき出すスパコンから、データを読み取った武神が言う。
「すでにテオドール、マニフィカ、リュリュミア諸氏から得た情報はスーパーコンピュータで分析済みだ。このスーパーコンピュータから携帯電話型端末に目標の位置情報が送られることになっている」
その武神から、携帯端末をトリスティアとテネシーが受け取った。
「すごいね! ホントに完成したんだ!」
改めて感慨に浸るトリスティアと対照的に、テネシーは無表情のままだった。
「それで、どのように端末に表示されるのですか」
端的なテネシーの質問に、武神が細かい操作方法を伝える。
「この赤い点が迷い人。この青い点がテネシーとトリスティアだ」
「わかりました」
納得したテネシーが、黒い翼を広げてトリスティアを振り返る。
「では、トリスティア。わたしは、スカイツリーから遠い地区から担当させていただきましょう。現在の捜索場所を変更する時は、現状報告しますので」
「了解だよ!」
彼らの声を聞いた時、これまでの疲れがピークを越えていた武神が昏倒する。レアアース・レアメタル等、スーパーコンピュータに必要な希少材料は、大変な疲労を武神に与えていたのだった。

結局、捜索活動そのものは基本的にスーパーコンピュータと、テネシーとトリスティアに任せて、武神自身は異世界からくる人々に東京の観光名所の案内する夢を見ていた。
「これが矢切の渡し……ヒット曲で有名になったが実際は江戸川を5分程度で渡す船。100円……それからこれが野菊の墓……小説の中の話だから実際は農道を進んだ先に文学碑があるだけ……」
と、夢の中の武神は、適度に外した案内も交えつつ、浅草の雷門やスカイツリーを案内する。
「まあ、本気で見て回るなら一月では足りないのだがな……それに厳密には俺の世界ではないし……まあ、ここまで似た世界なら同じも同然だが……」

武神の寝言で、トリスティアたちは安心する。
「これならば、問題ありません」
「うん。寝てるだけだもんね」
後を任された形になったトリスティアとテネシーが、この後全力で飛び回る。テネシーの方は、まったく人目を気にせず、本当に空を飛んでいた。
「鳥だ! 飛行機だ! いや、あれはゴスロリ少女だ!!」
どこかで聞いたフレーズが街中で飛び交う中、警官がテネシーに警告する。
「そこの少女。危険だから、飛行はやめなさい」
『非行』と混同していないか?というツッコミもささやかれていたが、当の本人は気にしていない。とにかく、時間もないことなので、目標を捕捉すると、相手の否応なくスカイツリーへと向かってしまうテネシーである。すぐにもテネシーが誘拐犯、という悪役ルートが確立しそうな状況であった。だが、異世界人がスカイツリーへ到着と同時に、現代世界にいた異世界人の存在が修正されるため、テネシーが悪役となるのは、異世界人を連れて行く移動の間だけであった。
一方、目標の異世界人に事情を話してスカイツリーに連れて行くという、穏便な方法を取ろうとしたトリスティアは苦戦していた。
「トレンチコートにサングラスなキミ、キミって異世界人だよね」
「馬鹿なことをいうな」
何しろ事情を話しても、記憶をなくしている異世界人は、理解することが困難だったのだ。
「えーい、なら力ずくしかないかな」
トリスティアも、とにかく手を引っ張ってスカイツリーに連れて行くことになっていた。


『現代世界』東京 三月十四日 スカイツリー

××わーい! 見つけてくれて、ありがとうー!!××
トリスティアがスカイツリーにつくと、リリの声に、迎えられる。
トリスティアがつれてきた男性は、トレンチコートとサングラスを取ると、いわゆる“アメリカ人みたいな人”だった。コートの下は、派手な星条旗模様のTシャツ。サングラスの下は、青い瞳だったのだ。男性が記憶を取り戻すのを確認すると、
「次、行ってくるね!」
と、トリスティアがまた飛び出していった。

一方、猫耳のついた大量の異世界人を捕捉したのは、テネシーだった。
××うわーい! 次々、見つけてくれて、ありがとうー!!××
リリの歓喜の声に、テネシーが無感動に応じる。
「はい。本日のコスパ……コスプレのホワイトデーパーティーとやらは大漁でしたので」
どうやら異形の異世界人たちは、皆コスプレイヤーとしての記憶が確立していたらしい。また自然に仲間を呼び合っていた傾向があったようだった。次々と記憶を取り戻して、自分の世界に返っていく、“ネコみたいな”異世界人たち。その一人一人を確認して、リリの声が言った。
××うん、ネコみたいな人は、これで全員だよ!××

テネシーが最後の“ネコみたいな人”を送り届けた時刻、トリスティアはスカイツリーに近い船着場にいた。
スーパーコンピュータから送られた情報と、リリからの情報とによると、最後にもう一人、「特徴不明な異世界人」がいるはずだった。けれど、そこには小型船が数多く係留されているばかりで、人影はなかったのだ。
「うーん、マニフィカからの情報もあるし、頭が軽そうな男がいると思うんだけどな」
その時、携帯端末からテネシーの通信が届く。
“トリスティア、こちらの捕捉は完了しました。そちらを手伝います”
「待ってるね!」
やがて、日も暮れた時刻。テネシーがトリスティアのいる北十間川にやってくる。
「携帯端末は、このボートをさしています。それが何か問題でも」
「え? だって、ボートなら異世界人じゃないよね」
無機物が異世界人とは考えづらいトリスティアに、テネシーはボートのガラスに明滅する光をさして断言する。
「このボートが異世界人に間違いありません。このガラスの明滅は不自然です」
「うわ、じゃ、どうやってスカイツリーまで持ってこうか」
「ガラスだけ切り取ってみては」
と、テネシーがウィップソードを構えた時、明滅する光がそのまま飛び上がる。
「光生命体、または機械に宿る生命体でしょうか」
「あ、だからリリも特徴がわからなかったのかな」
トリスティアが、とりあえずその光源を久々に使う「とりもちランチャー」で捕獲していた。
光源もスカイツリーまでつれていけば、自然に本来の記憶を取り戻す。
“ワ、ワタシトシタコトガ……とりすてぃあサン、てねしーサン、オカゲデ助カリマシタ!!”
光源がふわふわと、周囲を踊りまわる。その姿は、様々な色に輝く夜のスカイツリーにも、よく生えていた。3月14日は、スカイツリーのホワイトデーイベントで、どこもかしこもカップルだらけであったのだが、こんな日があってもいいと明るい夜空を見上げながら、二人も笑顔になっていた。

【マスターより】

お世話になってるGPです。今回は、大変楽しく私も皆さんと一緒に東京観光させていただきました!! 今後ともよろしくお願いできましたら幸いです。 


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