「英雄復活リベンジ・オブ・ジャスティス」

第2部「ハルマゲドン編」第3回

サブタイトル「さらばリーダー! そしてあらたな脅威!?」

執筆:燃えるいたちゅう
出演者:熱きガーディアンのみなさま

1.電脳世界の暴れん坊

 アーマードピジョンのガーディアンたちが通信に使用しているネットワークは、いまやデッドクラッシャーズのウイルスによって壊滅寸前となっていた。
 無数に繁殖し、あちこちを破壊するデッドワーム。
「くっそー、やらせはしない! これでもくらえ!」
 トリスティアは電脳空間に精神を送り込み、ワームたちと仮想的な闘いを繰り広げる。
「とあー、やー!」
 どういう仕組みでか、電脳空間内でもレッドクロスはその力を失わない。
 トリスティアの闘志が燃えれば燃えるほど、その攻撃力のデジタル数値は上昇してゆく。
 だが。
 次々に増殖するデッドワーム。
 獲物を追う猟犬のように電脳空間内をさまようデッドゲンゴロウ。
 トリスティアの必死の攻撃も焼け石に水の状態だ。
「このままではネットワークが崩壊する!」
「どうすればよいのか?」
 アーマードピジョンの通信網とは別に、独自回線内に臨時開設された電脳会議室で、アーマードピジョンの事務スタッフたちはパニック状態となった。
 と、そこに。
「落ち着け。落ち着くのだ」
 リーフェ・シャルマールが現れた。
「リーフェ!? 何か手を考えたのか?」
「ふむ。こんなこともあろうかと」
 リーフェは落ち着き払った様子で、ひとつのプログラムを解き放った。
 ぎい、ぎい!
 そのプログラムは、会議室内で不吉な鳴き声をあげる。
「うわ、デッドワームじゃないか!」
 スタッフたちは一瞬悲鳴をあげる。
 だが。
 ぎい〜
 そのワームは、会議室内をくんくん嗅ぎまわるだけで何もしようとはしない。
「こ、これは!? リーフェ、まさか……」
「そのまさかだ。私はデッドワームを捕獲し、その解析に成功した。そして、ワームをつくりかえることができた」
「でもどうやって!? ワームを捕獲すれば、捕獲した側のPCも無事ではすまないはず」
「私が独自に用意したホストサーバーに、ピジョンの通信をダミーで流した。ワームの一匹がホストに入った段階でネットワークとの接続を切り、ホスト内に仮想的に展開されているピジョンの通信網をワームが夢中で破壊している間に、分析をかけさせてもらった」
「そんなことが本当に可能なのか?」
 だが、論より証拠。
 スタッフたちの眼前のデッドワームは、現在ネットワークを破壊中のワームたちとは全く性質が異なるものだ。
「解析の結果、デッドワームはネットワークの破壊ではなく、グレイト・リーダーを破壊する目的に特化していることがわかった。ということは、もうリーダーについては手遅れの可能性もあるということだ。だが、私はアーマードピジョンの通信網を回復させる方が先決だと判断した。このワームは、私がつくりかえたことで、デッドワームのみを感知・捕食するあらたなウィルスに生まれ変わっている」
 リーフェは冷徹な口調でいった。
「リーフェ、リーダーを見捨ててでも事態を解決するつもりか?」
 スタッフたちは唖然としている。
「アーマードピジョンが辛うじて組織として成立しているのは、通信網の存在があってのことだ。組織のコントロールがなくなれば、ガーディアンたちはいつ暴走してもおかしくない。事態は緊急を要する。リーダーもわかっているはずだ。私は既にこのあらたなワームを、戦場となっている電脳空間に流しておいた。いまごろ様子が変わっているはずだ」
 リーフェは会議室から出ていこうとする。
「待て、リーフェ。戦場に戻るのか? 今度は何をする?」
「デッドゲンゴロウも捕獲する。しかし、きみたちも考えたな。なつかしの草の根BBSを臨時の会議室にするとは。最新技術にばかり興味があるこの私にはなかなか思いつかない発想だ」
 リーフェは感心したように鼻を鳴らしながら、姿を消す。
 後には、スタッフたちがただ茫然としていた。

「う、うわー、どんどん増えてく〜」
 いまや戦場と化したピジョンのネットワーク内で、トリスティアは無数のデッドワームを相手に四苦八苦していた。
 しかし。
「あれ? だんだん数が減ってきたぞ? 共食いしてるみたいだけど?」
 トリスティアは目を丸くする。
 いつの間にか、ワームがワームを攻撃する光景が展開されるようになっていた。
「こ、これは、いったい〜」
「リーフェさんが、ワームの分析・改編に成功したようですね」
 いぶかしむトリスティアの脇に姿をみせたのは。
「グレイト・リーダー! どこに行ってたの?」
 トリスティアはリーダーを確認して歓声をあげる。
「静かに。大食いが近づいてきます」
 リーダーがそういったとき。
 ぐいーん
 電脳空間内に、すさまじいノイズが走る。
 巨大なウィルスが高速移動する気配。
「ああっ、デッドゲンゴロウだ!」
 トリスティアは叫んだ。
 デッドワームよりも遥かに巨大な、ネット内をうろつく昆虫状のウィルスがリーダー目指して突き進んでくる。
「よーし、やるぞー!」
 トリスティアはデッドゲンゴロウに向かっていく。
 デッドゲンゴロウは自分に向かってくる精神体の存在を感知すると、電脳ミサイル発射の態勢に入った。
 しゅごっ
 放たれたミサイルが、うねうねとうごめく煙を後に引きながら、トリスティアに接近していく。
「は〜」
 電脳空間内で、トリスティアのレッドクロスが光を放つ。
「ダブルハイパー流星キーック!!」
 きりもみ状に回転しながら突っ込んできたミサイルに、トリスティアはすさまじいキックを叩きつける。
 がっ
 どーん
 ミサイルは、トリスティアのキックを受けて方向を転換。
 電脳空間内のどこかに飛んでいって、ワームたちの塊に接触。
 ちゅどーん!
 ネット内に大爆発が起こり、ワームたちはますます数を減らしてゆく。
「やった!」
 トリスティアが喜ぶのも束の間。
 きいいいい
 デッドゲンゴロウがトリスティアの肩に噛みついてきた!
「わ、わああああ」
 トリスティアは激痛に叫び声をあげ、拳でゲンゴロウの身体をぽんぽん叩く。
 そのとき。
「やめなさい。あなたの相手は、私がします」
 グレイト・リーダーの声が響く。
 同時に、リーダーの身体がいくつにも複製され、ゲンゴロウと取り囲むようになる。
「リーダー、たくさんいたの?」
 トリスティアはわけがわからなくなった。
 きいっ
 ゲンゴロウはトリスティアを襲うのをやめ、無数に現れたリーダーの分身のひとつに噛みついた。
 しゅっ
 噛みつかれた分身の姿が消える。
 きいっ、きいっ
 ゲンゴロウは次々にリーダーの分身を破壊してゆく。
 そして、破壊されていない他の分身たちはゲンゴロウの身体にとりつき、掌をそのボディに押し当てるようにした。
「リーダー! やられないで!」
「大丈夫だ」
 ハラハラしているトリスティアに、リーフェが声をかけた。
「リーフェ! ゲンゴロウを何とかしなきゃ」
「ダミーによる解析は終了した。これから反撃だ」
「えっ?」
 驚くトリスティア。
 ちょうどそのときである。
 リーダーの分身を破壊していたデッドゲンゴロウが、その動きを止めた。
 ウィルスの身体にとりついていた、無数のリーダーの分身たちが、掌から大量の電気信号を流しこんでいる。
 き〜
 デッドゲンゴロウの内部構造が書き換わる。
 書き換えが終了すると同時に、グレイト・リーダーたちは姿を消した。
「あれれ? リーダーじゃなかったの?」
「私が用意した擬似プログラムだ。ゲンゴロウが撹乱されている間にその構造を分析させてもらった。いま、デッドゲンゴロウは生まれ変わり、今度は逆に、デッドクラッシャーズのネットを攻撃する存在となった」
 リーフェは淡々といった。
 しゃこしゃこしゃこ
 デッドゲンゴロウは電脳空間の彼方に向かって、泳ぎ去ってゆく。
「もうじき、ワームたちも駆逐される。私の生み出した別のワームは、今度この空間内に侵入しようとするウィルスに対して強力な番犬となるだろう」
「ねえ、リーフェ。本物のリーダーはどこに?」
「私も探してはいたが、どうやらこの空間内のどこにも存在しないようだ。別のサーバーに移ったのかもしれない。あるいは、誰かに隔離されたか」
「隔離されたって、デッドクラッシャーズに?」
「さあな」
 リーフェは、たいして気にしていないような口調でいった。
 トリスティアには、心配になってあちこちを探し始める。
「リーダー、どこに行ったの〜? ねえ?」
 そこに、あらたな精神体が現れた。
「安心しな。グレイト・リーダーは、甚八のPCに避難させたよ」
「きみは誰?」
「あたしはソラ。甚八の義体だよ」
 ソラはトリスティアとともに、ウィルスの脅威から解放される電脳空間を見渡していた。

2.さらばリーダー

「よし、これで隔離は完了した。リーダー、無事だな?」
 佐々木甚八はネット知性体であるグレイト・リーダーを収納したノートPCに向かって話しかける。
 トリスティアがワームをひきつけている間に、ソラが発見したグレイト・リーダーを、甚八はこっそり自分のPCに移しておいたのだ。
 PCと外部の回線との接続はもう外してあるから、ウィルスにリーダーが苦しむことはないはずだ。
 だが、甚八の予想は外れた。
 PCの液晶画面に姿をみせたリーダーの顔は、蒼白で歪んだものだった。
「なに!? 既にウィルスに犯されているだと?」
 甚八は動揺を隠せない。
「助けて頂いてありがたいのですが、どうやら遅かったようですね。リーフェさんは私よりもアーマードピジョンの連絡網回復を優先しましたが、その判断は正しかったのです。みなさんにメールを送ったとき、私の身体は既にワームによって蝕まれていました……。あのデッドゲンゴロウというウィルスが私を襲う必要はなかったのです。無限に増殖しネットワークの隅々にまで浸透するデッドワームこそ、より厄介な敵だったのですから」
「しかし、あんたのその『身体』は、そうまで簡単にウィルスによって破壊されるものだったのか? 何の防衛プログラムもあんたには組み込まれていないのか?」
「もちろん、私にもウィルス感染を予想した仕組みはあります。ですが、デッドクラッシャーズのウィルスの本来の目的はネットワークの汚染ではなく、私自身を破壊することにあったのです。彼らは私の
構造をかなり正確に推測して、私を破壊する目的に特化したウィルスを生み出したのです。ですから、ウィルスを駆除してネットワークを回復させること自体は比較的容易に行えるのです。ワームにせよ、ゲンゴロウにせよ、外部からの攻撃には脆くなっていますから。ですが、彼らのウィルスに一度でも感染した私はもう治りません……。申し訳ありませんが、このPCももうすぐワームによって占拠され、使用不能となります」
「あんたを探しているようにみえたデッドゲンゴロウは、おとりだったんだな。あのネット昆虫をみて、俺たちはてっきり、連中があんたをまだ発見できていないと思いこんでいたんだ」
 甚八は拳を握りしめた。
 ドラゴン総統は、確かにサイバーテロの達人だったようだ。
「まだ、諦めないでくれ。いまから、ウィルス駆除を試みる。結社のソフトを使えば、何とかなるかもしれない」
「無駄です……もう……」
 ノートPCから、白い煙がわきだす。
「くそ、操作不能になっている!」
 キーを叩いた甚八はうめく。
「これではダメか?」
 甚八はACアダプタをコンセントから抜き、さらにバッテリーをPCから取り外す。
 電源供給をカットしてPCの活動を停止させようとしたのだが、液晶はまだ明るい。
「無駄です。ワームには電気を起こす力があるようです。こうした処置を予想しているのでしょう」
「くっそー!」
 甚八は机を叩いた。
「リーダー、あんたは死ぬことになるんだぞ。本当に平気なのか?」
「平気です。私は肉体を捨てると決めたときに、生への執着は捨てました。ネットの世界に入ってから、私はただ打倒デッドクラッシャーズのために動く存在となったのです」
「なぜ、ガーディアンの暴走を黙認した?」
「黙認はしていません。レッドクロスの装着者である傭兵を募集したときは、私たちは主にどのような人材が集まってくるか、予想できていませんでした。実際に集まった彼らは、その純粋さゆえに力の制御をうまく行うことができない」
「通常の社会生活を営めるような人間はこなかったというわけだ。とんでもない誤算だったな」
「そうでもありません……。レッドクロスを使いこなすには、適性がいるのです。応募してきた彼らは、クロスの力を引き出しやすい精神構造ではありました。それに、彼らは少なくとも『悪人』ではなかった……私はいまでもそう信じています。罪があるなら、それはリーダーである私に……」
 グレイト・リーダーの声が次第にかすれていく。
 PCから吹きあがる煙は勢いを増し、液晶画面も部分部分が光を失って、リーダーの顔がモザイク状になっていく。
「あんたがいなくなったら、ガーディアンはどうなる? 抑え手がいなくなって暴走するぞ!」
「そうはなりません。言ったはずです。私は、彼らを信じている。ただ、レッドクロスの力を極限まで引き出すことには警戒しなければならない……」
「なぜ信じられる? あいつらは報酬のために働いているだけだ。たとえば、あの武神という男、闇のクリスタルを手にしたら見事に心の闇を露呈した」
「本当に信じられない者がいたなら、私はその者を排除したでしょう。武神さんも、いずれはこちらに帰ってくると、信じているのです、私は……」
「甘い、あんたは甘すぎるぜ!」
 甚八はなぜか切ない気持ちを覚えながら、光を徐々に失ってゆくディスプレイに必死に呼びかける。
「最後に教えましょう。私は、警視庁の刑事でした……。ですが、デッドクラッシャーズの起こした事件を追っているうちに、敵に警戒され、家は襲撃を受け、私は家族を失いました……。そう、父と母と妹を失ったのです。そのとき、私はこの肉体から精神を切り離して、ネット知性体となることを決意したのです。暗殺されない存在となって、デッドクラッシャーズと闘う組織を指揮しようと考えたのです……」
「ちょっと待て。あんたをネット知性体に『した』のは誰だ? 相当な資金と技術を持った存在が協力していたはずだ。いったい、誰が?」
 だがその質問に、リーダーは答えなかった。
「私がネットに入ると同時に、肉体を持っていた私についての全記録が削除されました……」
「出生などの戸籍関係の情報も削除されたというのか? そんなことがなぜできる? まさか、亡くなった首相があんたに協力したのか?」
「首相も、話は聞いていたかもしれません……。佐々木甚八さん、あなたもアーマードピジョンに加わって下さい。レッドクロスには、まだ、残りがあります……。では、さらばです。全ては、あの声のいったとおりになりました」
 ぴしっ
 液晶画面にひびが入り、リーダーの姿が完全にみえなくなる。
 次の瞬間。
 ちゅどーん!
 音をたてて、PCは爆発した。
「うわっ」
 甚八は顔を覆って破片を防ぐ。
「リーダー、リーダー!」
 爆発がおさまると、甚八は叫びながら、PCの破片を拾い集める。
「あんたがいなくなったなら、なおさらアーマードピジョンに協力することはないってのに。くそ、デッドクラッシャーズめ!」
 甚八は拳を握りしめる。
 その手は、PCの破片にかすられて血まみれだ。
「甚八……」
 ケーブルを外して、電脳空間から復帰したソラが、茫然と甚八をみつめていた。

 きいっ、きいっ
 リーフェによって改変されたデッドゲンゴロウが、自分が送りこまれてきたデッドクラッシャーズの日本支部へと、ネットからネットを渡って遡及してゆく。
 きい〜
 ゲンゴロウが、ついに、デッドクラッシャーズのサーバーにたどり着いたとき。
「ええい、役立たずが!」
 ドラゴン総統は防御プラグラムを作動させ、ゲンゴロウを捕捉。
 ブチッ
 ディリートキーを押して、ウィルスを電子の海の中で無意味な記号と化さしめた。
「だが、リーダーを倒すことはできた。もう、アーマードピジョンは終わりだな。ハッハッハ!」
 総統が、高らかに笑い声をあげていたとき。
 復活したアーマードピジョンのネットワーク内で、リーフェはデッドゲンゴロウが消滅の寸前に発した信号をキャッチしていた。
「よし、これでデッドクラッシャーズのサーバーの位置、そして日本支部の基地のありかがわかりました」
 リーフェは、淡々と情報を解読して、いった。
「リーダーが倒れても、私たちは滅びません。日本から、デッドクラッシャーズを追い出す準備に入るとしましょう」
 リーフェは、ネットワークを麻痺させられたお返しを、しないつもりはなかったのだ。

3.王はさまよう

 富士の樹海。
 デッド星に通じる『扉』から闇の王が降臨したいま、樹海の上空は不吉な暗雲に覆われていた。
「すはああああああああ」
 暗い空を背景に、不気味に浮かび、うごめく闇の王。
 その恐るべき姿は、筆舌に尽くしがたいものであった。
 巨大な球状の身体から無数の触手が生えている、といった感じではあったが、おびただしい数の触手が常にせわしなくうごめくため、全体の輪郭は常に定まらない。
 ゆらゆらとうごめく悪意。
 それが、闇の王であった。

 地上では、フレア・マナが舌打ちをもらす。
「武神め! この樹海のどこかから私たちをみているのではないか?」
 上空の不吉な『王』をみつめながら、フレアはかつての友の姿を探し求めた。
 どこかから、彼は嘲笑しながら事の推移を見守っているのか。
 闇の力に飲み込まれ、熱い志をどす黒く変色させながら。
 だが、いまは友のことはいい。
 フレアは炎の剣を構えて、頭上の『王』に対峙する。
「勝てるかどうか、いちかばちかだ!」
 たたたっ
 フレアは駆ける。
 地上にまで垂れ下がっている『王』の触手に近づき、その上に駆けあがる。
 ぐにょぐにょぐにょ
 うごめく触手を踏みしめて、フレアは『王』の身体の中心部へと上向してゆく。
「ゆくぞ、太陽よ、私に力を!」
 フレアが炎の剣を振りあげると、上空の暗雲の一角が割れ、強烈な陽光が射し込んできた。
 ピカアアア
 光を受けた剣が、陽光のエネルギーを吸収する。
「陽炎聖光! サンシャイン・スフィア!!」
 絶叫とともに、巨大な陽光そのものと化した剣を振り下ろすフレア。
 ずぶっ
「あふううううううう」
 闇の王の触手が切り裂かれ、本体がうめき声をあげる。
「やったか!?」
 だが。
 切り裂かれた触手はみるみるうちに再生され、剣を斬りこませたフレアの身体を包み込む。
「うわああああ! 離せ!」
 触手によって王の本体にとりこまれそうになったフレアが、叫び声をあげる。
 そのとき。
「しっかりしろ! 助太刀だ!」
 スパスパッ
 ホウユウ・シャモンが現れ、フレアを包んでいた触手を斬神刀で斬り裂き、仲間を救出する。
「ホウユウ! 妹たちは?」
「アオイは南太平洋へ飛んでいった。心配だが、いまはこいつを倒すのが先決だ」
 ホウユウは斬神刀を構え、闘志を燃やす。
 レッドクロスが光を放ち、ホウユウの力を極限まで高めてゆく。
「聞こえるか、英霊の声は!?」
 ホウユウは耳を澄ませた。
 だが、いまも宙に満ちているはずの英霊たちの声は、彼に聞こえない。
「聞こえないか。だが、構わん。心を研ぎすませ、悪を斬る!」
 ホウユウは気をさらに高めて、無心の状態で王の本体に剣の突きを放つ。
「沙門一刀流最終秘剣・絶刀狼牙!」
 ずぶぶっ
 ホウユウの身体が、王の身体に突き入り、その内部へと入り込んでゆく。
 ずしゃあああああっ
 そのまま、ホウユウは敵の身体を突き抜けて、反対側の空間へ走り出る。
「むうっ」
 ホウユウはうめく。
 ホウユウが突き抜けていった後、王の身体にしばらく空いていた空洞が、徐々に閉じられてゆく。
「異界の物質か。こんなものにどう勝てばいい?」
 フレアはなすすべもない心境となった。

「お兄様が、苦戦しているわ」
 地上では、クレハ・シャモンとミズキ・シャモンが地面に座って、古文書を広げている。
「神に祈りましょう」
 二人は、夢想結界で周囲に安全な空間を生み出してから、一心に祈りを捧げる。
「感じます。この富士の樹海に、日本中の神々が集まろうとしている。太古の昔の決戦が、再び始まろうとしています」
 ミズキは呟いた。
「神の力でなければ、闇の王は倒せないのですか?」
 クレハは、みえない存在に向かって問いかけた
 沈黙。
 答えは、かえってはこない。
「古代に起きたデッド星の異形の者たちとの闘い、とは?」
 ミズキはなおも祈った。
 その脳裏に、太古の昔の映像が浮かぶ。
 ヤマタノオロチと闘う、スサノオの姿。
 十拳剣(とつかのつるぎ)で闘うスサノオ。
 オロチを倒すと、その尾から草薙の剣が出てくる。
「このオロチこそ、デッド星の生き物だったのですね」
 ミズキはうなずく。
「伝説の三大剣には、どんな意味があるのですか?」
 ミズキの問いに、答えはかえってこない。
「英霊たちについて、教えて下さい」
 ミズキがさらに問うたとき。
「あっ、ああ……」
 クレハの身体がけいれんし、口がひとりでに動きだす。
「あの鎧は……呪われている。英霊に、触れてはならない」
 クレハの口から、言葉が紡がれる。
「英霊に触れてはならない? なぜ?」
 だが、答えはない。
 けいれんの静まったクレハがガクッとうなだれる。
「むう」
 ミズキが交信の終わりを悟って、目を開けたとき。
「これは?」
 目の前の地面に、大きな剣が突きたっていた。
 十拳剣。
 伝説の三大剣のうちのひとつが、そこにあった。
「この意味は? 剣が揃ったときに明らかになるというのですか?」
 十拳剣を取り上げ、ミズキは虚空の神に向かって問いかけるのだった。

4.メイド狩り

 ガーディアンと闇の王との闘いを、樹海の奥から見守っている存在があった。
 巨大な戦闘母艦、アーマードベース。
 その上に立つ、武神鈴である。
「ふふふ……愚かな……そうやって不毛な闘いを続け、お互いに力を弱めていけばいいんだ……俺は、闇の王の力を手に入れる」
 闇のクリスタルによって心の闇を増大させられている武神は、狂気に歪んだ笑みを浮かべながら、戦場を見下ろしていた。
 と、そこに、エリカの姿が。
「武神さん、メールをみましたよ!」
 レッドクロスを装着し、武装メイドの姿になっているエリカは、宙を浮遊してアーマードベースの上部に到達。武神に話しかける。
「私は、ずっと心配していました。武神さんがアーマードピジョンからこのまま離脱するんじゃないかって。闇のクリスタルに心を奪われたのかと思って、どうにかして助けたいと、思っていたんです!」
 エリカは武神に近づいてゆく。
「エリカ……きてくれてありがとう」
 武神は急に口調を変えてエリカにいうと、ア−マードベースを離れ、樹海の奥へ飛んでゆく。
 エリカも、彼を追う。
「武神さん、大丈夫ですか? 正気を取り戻したのできて欲しいって、メールをみて、それで私、いてもたってもいられなくて……でも、本当に?」
 エリカは背中を向けている武神に触れようと、身体を急がせる。
「ああ……俺は、正気に戻ったよ。善悪などにこだわらない俺本来の姿にな……闇も封じる、俺のこの身にな……」
 武神は、身体を少しだけエリカの方に向けて、手を差し伸べ、相手の身体を抱きとめるような態勢をとった。
「武神さん……私と一緒に、みんなのもとへ帰りましょう」
 エリカは、不思議と吸い寄せられるように、武神の脇腹に身体を預けようとする。
「そう……だな!」
 エリカが直近にまできたとき、武神は懐から出した短剣をエリカの心臓に向けて突き出した。
「……きゃあっ!」
 エリカは悲鳴をあげ、身体を反らせる。
 短剣の切っ先が、流れるエリカの髪を切り裂き、宙に髪の切れ端が舞い上がる。
「武神さん、何を!?」
 二人の間に生まれた距離に、風が吹きすぎた。

「くっ、外したか……レッドクロスの力で、お前の身体能力はかなり向上しているようだな」
 武神は吐き捨てるようにいう。
 エリカの能力向上は予想の範囲内だったはずだが、武神にもどこか、エリカを刺すにあたってのためらいがあったのかもしれない。
 どこか、心の奥底に。
 実際、武神はエリカに致命傷を与えるつもりはなかった。
「武神さん、嘘だったんですか……私をおびきよせて」
 エリカは、茫然と武神をみて呟く。
「嘘じゃないさ。俺は、闇のクリスタルにただ狂わされているだけではない。俺自身の意志があるんだ。お前を呼んだのも、俺の意志だ……光のクリスタルは、持ってきたな?」
「いいえ。クリスタルは、置いてきました」
「何だと? なぜだ? 持ってくるようにメールに書いたはずだ」
「亜細亜博士がいってたんです。光と闇のクリスタルがあわさると、ビッグバンと同じくらいのエネルギーの爆発が起きるって。だから……」
「持ってこなかったと? お前も俺を疑っているのか?」
「違います! 武神さん、本当に、どうしてしまったんですか……あなたは私をだますつもりだったんですか?」
 エリカは、切実な思いに胸が詰まりそうだった。
「そこまでだ、お二人さん!」
 ズキューン!
 銃声がとどろく。
「むっ!?」
 武神はとっさに身をひるがえして、弾丸を避ける。
「武神、お前の暴走は力ずくで止めさせてもらう!」
 地上から、サイドカーに乗ったグレイズ・ガーナーが叫ぶ。
 グレイズの傍らには、銃を構えた義体レベッカの姿が。
「狙いやすいターゲットね! 心が歪んでると、動きもふらついてみえますわ!」
 レベッカが高飛車な口調で叫ぶ。
「愚かな。結社は、俺を破壊する命令を出したか?」
 武神はさめた目でグレイズたちを見下ろしていった。
「お前を生かしておいていいなどと誰が判断する? 自分を慕うエリカを刺そうとしたお前は、既に人倫を踏み外している!」
「だからどうした? そんな言葉で俺は傷つかない」
「恥知らずになったということだな。死ね!」
 グレイズの合図で、レベッカが再び銃の引き金を絞る。
 ズキューン!
 樹海に、銃声がこだまする。

5.扉作戦

「くっ! 人形使いが! おっと、それをいったらいまの俺も……フフフ」
 武神は謎めいた笑いを浮かべながら攻撃をかわし、アーマードベースへと戻ってゆく。
「追うぞ!」
 グレイズはサイドカーを走らせ、レベッカはさらに銃を乱射。
「グレイズさん、やめて下さい! 武神さんは私が説得します!」
 エリカは武神を追いながら、グレイズを制止しようとする。
「どう説得するというんだ? エリカ、お前はさがっていろ!」
 グレイズはエリカに怒鳴る。
「エリカ、ダメな男に惚れると後が痛いですわよ」
 レベッカがいった。
「よし、あいつらを攻撃だ。うん?」
 アーマードベースに戻った武神が、グレイズへの反撃を開始しようとしたとき。
 しゅうううううう
 空の一角がきらっと光ったかと思うと、超未来型AI搭載マシン、フルメタルがアーマードベースの前に現れた。
 フルメタルのコクピットには、エルンスト・ハウアーの姿が。
「武神! おぬし、道を誤ったようじゃな。いま、フルメタルのAIはお前への敵意でいっぱいになっておるぞ!」
 エルンストの叫び。
 ぐいーん
 戦闘ロボの形態となったフルメタルが胸の赤く塗られた部分が超高熱のビーム攻撃をアーマードベースに仕掛けてくる。
「くっ、賢いAIだな。俺を厄介な敵と認めるとは」
 武神は戦闘母艦を操って攻撃を避け、反撃に移ろうとする。
 だが。
「なに!? この触手は!?」
 アーマードベースに闇の王の触手が絡まりついていた。
「ふんぐるおおおおおお」
 ガーディアンを撃退した闇の王は、アーマードベースと武神に目をつけ、自身の中にとりこもうとしている。
「くっそー、世界全体を敵にまわしたような気分だぜ!」
 武神は額に汗を浮かべていることにも気づかず、強気でわめき散らす。
 闇のクリスタルがぼうっと光を放ち、武神の全身に悪のアドレナリンを流し込んでいた。
「みんな、やめて下さい! どうして武神さんをいっせいに苛めるんですか?」
 エリカはダークピジョンロボをかばい、グレイズや、フルメタルの前に立ちはだかる。
「邪魔だ、どけ! なぜそこまで彼をかばう? お前はそいつに殺されかけたんだぞ!」
 グレイズが怒鳴る。
「嫌です! 私は、私は、武神さんを傷つけて欲しくない、それだけです! 理由なんてわかりません!」
 エリカは涙を流して叫んだ。
「エリカ、そんなことをしても俺の心は変わらないぞ! うわああああ」
 武神がうめく。
 アーマードベースは触手に引っ張られて、闇の王の内部にとりこまれつつあった。
「すごい、闇の力がみなぎるようだ! だがこのままでは消化されてしまう。脱出だ!」
 武神は戦闘母艦のブースターに火をともし、巨体を闇の王からひきはがそうともがく。
「よし、いまだ。レベッカ、シークレットアーツを!」
 グレイズの合図で、レベッカは巨大なバズーカ砲を武神に向け、無反動核弾頭を発射する。
「くらいなさい! デイビークロケット!」
 どどーん!
「う、うわあああああああ」
 攻撃をかわそうとした武神だが、弾丸は彼の付近で爆発し、彼自身をまきこんでゆく。
「やったか?」
 グレイズが勝利を確信しそうになったとき。
「う、うおおおおおおおやってくれるなああああ」
 全身がボロボロになった状態で、武神は叫び声をあげ続ける。
 その右腕の肘から先は吹っ飛んでいて、金属の骨が剥き出しになっている。
「これは? まさか、こいつは義体? 武神本体はどこにいるんだ?」
 グレイズは戦慄した。
「どういうこと?」
 レベッカは眼前の事態を理解できない。
「おそらく、魔道科学と符術の力を用いて、闇のクリスタルを心臓にした義体を生み出したのだ。その義体に、武神はどこかから精神を転写している」
 グレイズは舌打ちした。
「科学者め! 狂った技術ばかり生み出しやがる!」
「くっそー、負けるかー!」
 闇のクリスタルが光を放ち、傷ついた義体版・武神の顔が凶悪な衝動に歪む。
「まあいい。あの義体を闇のクリスタルもろとも破壊してやる!」
 グレイズは、レベッカになおも攻撃を継続させる。
「た、武神さーん!!」
 宙を突進したエリカが、義体版・武神(エリカは武神そのものと思い込んでいる)をかばうように、レベッカの銃線の前に立ちふさがる。
「くっ、やめろ、この男はもうお前の愛を利用することしか考えていない!」
 グレイズはまたも怒鳴った。
「は、ははは! いいぞエリカ!」
 武神は笑った。
「殺さないで、やらないで! ああっ」
 エリカはうめいた。
 闇の王の触手が、武装メイドのしなやかな体躯をとらえたのだ。
 そのときである。
 これまで身を潜めてチャンスをうかがっていた、結社の別働隊が作戦を開始した。
「よし、いくよ。カタストロフィ・クワイア!」
 静謐のフェルマータで音を消し、闇の王の真下に移動していたカミッラ・ロッシーニがシークレットアーツを発動する。
 ゴゴゴゴゴゴゴ
 樹海全体に衝動がはしる。
「とあ〜」
 カミッラの義体アリアが、全身を高速で回転させていた。
 闇の王の真下に真空空間が発生し、膨大な量の空気が渦巻き、超低温の巨大な竜巻をつくりだしていた。
「るくんすはあやあああ」
 うめき声をあげながら、闇の王の身体が竜巻によって持ち上げられ、樹海の奥へと飛んでゆく。
「いい感じですね」
 宙を巻き上げられる闇の王の真上に、高田澪が現れる。
「あの世へ逝きなさい! 開け、アストラルゲート!」
 澪は精神を集中させ、空中に、アストラル界への扉を開こうとした。
 だが、澪のシークレットアーツは思わぬ発動の仕方をする。
「うん!? 扉が開く!」
 武神の目が大きく見開かれる。
 そう、扉が開こうとしていた。
 アストラル界への扉ではなく、デッド星に通じる扉が。
 澪の神秘的な力が、ちょうど近くにあった異星への扉に先に作用してしまったのだ。
 その扉は、もともと闇の王がそこから出てきたものである。
 扉が開くと、宙に現れた巨大な裂け目に、巨大な闇がのぞかれる。
 その闇の中に、あまたの不気味な生物たちの気配が。
「ぐるおおおおおおお」
 闇の王は吠えた。
「違う扉が開いてしまったが、どうする?」
 カミッラが問う。
「アストラル界への扉にこだわる必要はない。作戦続行だ」
 イングリット・リードが冷静な口調でコメントする。
「よし、ヴォルカノイド! 押し込め!」
 イングリットのかけ声で、魔界に生息する巨大な超蟲(ちょうじゅう)ヴォルカノイドが現れる。
 ヴォルカノイド。
 赤銅色の岩石のような外骨格と、三対のキャタピラ状の脚と、山のような巨体を持つカブトムシの姿をしたその超蟲は、カブトムシの角にあたる部位が極太で長大なエネルギー砲になっていた。
「ぶおおおおおおお〜」
 ヴォルカノイドの吠え声が響く。
 ずごーん!
 ヴォルカノイドの角の先端から、超高熱のエネルギー弾が放たれる。
 ちゅどーん!
 エネルギー弾は闇の王に真下からぶち当たり、その衝撃で敵の身体をデッド星への扉にぶつけて、めりこませる。
「よし、私も!」
 マリアルージュ・ローゼンベルグがヴォルカノイドの身体にとりつき、シークレット・アーツを発動。
「デイビークロケット!」
 無反動格弾頭が放たれた。
 レーザー核融合技術を用いた純粋水爆弾頭が装填されている危険な代物だ。
 水爆といっても、結社の技術で放射線の放出は低いレベルに抑えられている。
 どごーん!
 デイビークロケットが闇の王に炸裂し、その身体をさらに扉の奥へと押しやった。
「いぐるるうううううしゅうううう」
 闇の王は意味不明の叫びをあげながら、扉の中に消えてゆく。
「きゃ、きゃああああああ!」
 闇の王の触手にとらわれたままのエリカが悲鳴をあげる。
「お、おい、エリカがいるぞ!」
 グレイズはエリカを取り戻そうとするが、間に合わない。
「ハハハハハ……エリカ?」
 武神ははっと我にかえったようになる。
「た、助けて。武神さん……!!」
 闇の王とエリカを飲み込むとともに、扉は閉じられた。
「よし、ひとまず元の世界へ帰して、一件落着だな」
 イングリットは満足げに鼻を鳴らす。
「でも、あのメイドさんも、あっちへいっちゃったよ」
 カミッラがぽつんという。
「かわいそうに。デッド星の魔物たちに彼女は引き裂かれ、むさぼりくわれてしまうことだろう」
 マリアルージュがいった。
「諦めるのか? エリカがピジョンの側についたのは、お前が説得したからだぞ?」
 グレイズがマリアルージュにいう。
「責任は感じている。でも、どうしろと? また扉を開けて、あの中に入り、デッド星に行ってエリカを取り戻すというのか?」
 マリアルージュは、グレイズをじっとみつめている。
「もちろん、そんなことは気違い沙汰かもしれない。だが……」
 グレイズは拳を握りしめた。
「グレイズ、お前もエリカの癒しのキャラクターにひかれたのか? エリカはあちら側にいった瞬間に即死してる可能性が高いし、それに……あの扉の向こうには、さらなる強敵がいる。そのうちには、もしかしたら……」
「もしかしたら?」
 グレイズはマリアに問う。
「あいつがいるかもしれない。先にあの扉をとおっていった、あいつが!」
 マリアルージュが地面に目を落とす。
「あいつが……そうか」
 あいつって誰だとは、グレイズは聞かなかった。

「くそっ、エリカめ……。俺の先を越しやがって! 俺もあの扉の向こうに行けば、膨大な量の闇のエネルギーを吸収できたかもしれないんだ! 闇の王もいなくなってしまったし……」
 武神は茫然としながら、ダークピジョンロボを浮上させる。
「俺は少しも悪いだなんて思っていないぞ! エリカ、お前はいい女だったかもしれない。だが、俺のことを想うなんてどうかしているんだ!」
 ブツブツ言いながら、武神は今後のことを考えるため、ピジョンロボを撤収させてゆく。
 エリカの運命に対して、精神が動揺しているのは事実だった。
「俺は、地上に平和をもたらすため、強くならなければいけない! 強くなって、デッドクラッシャーズを滅ぼすし、罪深いガーディアンたちにも制裁を与えなければならないんだ! 全部きれいにしなきゃいけないんだ!」
 武神は、自分で自分に言い聞かせるようにうめき続けるのだった。

6.ロリコン戦士

 日本から離れ、南太平洋の孤島へ向かって急速航海を続ける、在日米軍の巨大空母。
 ローリー・コンドラチェフ司令は、空母の司令官室から海上を双眼鏡で眺めていて、おやと声をあげた。
「あれは?」
 大空の彼方から、空母めがけて飛行する影。
 アオイ・シャモンだ。
「みつけたで! うさんくさい米軍の空母に未知文明研究所の秘密を渡すわけにはいかんのや!」
 アオイはロングレンジバスターライフルを構え、空母を狙撃しようとする。
「ガーディアンめ、邪魔をするつもりか! 攻撃準備!」
 ローリー司令が砲撃を指示する。
 ちゅどーん!
 空母の巨大なロケット砲が火を吹き、空中のアオイを弾丸がかすめ去る。
「アホ! どこみて撃ってんのや!」
 アオイはあかんべーをすると、ライフルの弾丸を発射。
 ひゅるるるるるる
 どごーん!
 空母の甲板が炎に包まれた。
「くっ、やるな! 戦闘機、発進だ!」
「無理です! 甲板が燃えていては!」
「やれ、プロならやれ!」
 ローリーの檄にこたえて、米軍の名うてのパイロットが戦闘機を発進する。
 燃える甲板から、大空に舞い上がる戦闘機。
「敵、照準内に捕捉。ミサイル発射!」
 大空に大サーカスを演じながらアオイにミサイルを放つ戦闘機。
「当たらへん、当たらへんのや!」
 攻撃をきわどいところでかわしながら、アオイはなおも攻撃を続ける。
「対装甲散弾砲、発射!」
 どどどどどどどど!
 アオイの重火器が火を吹き、空母の表面が次々に炎に包まれる。
「かくなるうえは! 私が出る!」
 ローリー司令は、炎に包まれる甲板に走り出た。
「装着! ゴッドクロス!」
 ボール状の物体を振りあげ、ローリーは叫ぶ。
 ピカッ
 ボールが光を放ち、ローリーの全身が銀色の鎧に覆われる。
 ずんぐりした体躯の、甲冑の騎士が甲板に現れ、宙に飛ぶ。
「なんやて! レッドクロスか?」
「たわけが! お前らのように無粋なものとは違う!」
 びっくりしたアオイに、ローリーの巨大な身体が空中をまっすぐに飛翔して、激突する。
「ぐわっ!」
 激突の衝撃に顔をしかめながら、アオイは相手の装甲をわしづかみにする。
「負けへんで! 海に落ちるんや、この猿真似戦士が!」
 アオイはローリーの身体を抱えたまま、海面に向かって急降下する。
「くっ、離せ!」
 ローリーはアオイの手をつかんで、装甲から引き剥がそうとする。
「腕相撲なら負けへんで、ロリコン野郎め!」
 アオイは毒づく。
 そのとき。
「なに!? 貴様、いま、何といったぁ!」
 ローリーの目が不気味な光を放ち、口調が異様な勢いをおびる。
「な、なんや。ロリコンといったんや! 女子高生狙ってるやろ、あんた!」
 あまりの勢いに、アオイは少しびびりながら言い返す。
「ゆ、許さん……!」
 米軍開発のゴッドクロス、神の鎧が銀色の光を放つ。
「な……! いきなり強くなりおったで!」
 海面すれすれまできて、ローリー司令はアオイと組み合ったまま静止する。
 ぎりぎりぎり
 それまでとは比べものにならないおど増強されたローリーの怪力が、アオイの腕をねじりあげた。
「あ、ああ! 痛い!」
 アオイは悲鳴をあげた。
「小娘が! 死ぬのは貴様だ!」
 ローリーは頭突きをアオイにくらわせる。
 がいーん
「ああああ〜」
 限界近いダメージをくらいながらも、アオイは意地をみせた。
 歯をくいしばって、片手で銃を探る。
「斬空砲、発射!」
 至近距離からの砲撃がローリーの胴体を直撃する。
 どごーん!
 爆発の衝撃で、二人の身体が離れた。
「それがどうした! ナメるな、このバカタレがぁ!」
 直撃をくらってもローリーの装甲は傷ひとつつかない。
 再び、ローリーがアオイにつかみかかろうとする。
「くっ!」
 先ほどねじりあげた腕に痛みを覚え、アオイは全速で後退する。
「ひとまず撤退や! 空母へのダメージは十分与えたさかいな!」
 アオイは、ローリーのあまりの迫力に胸がドキドキするものを感じながら、戦場を離脱する。
 ゴッドクロスの恐るべき力。
 米軍は、どこまでレッドクロスの秘密を解析したのだろうか?

7.ROJの謎

 南太平洋のとある孤島。
 そこには、アメリカ政府によって開設されたが、いまは閉鎖されている研究所の建物が、ひっそりとたたずんでいた。
 未知文明研究所。
 それが、その研究所の名前だ。
 超古代の文明の秘密を研究する、それが未知文明研究所の目的だった。
 なぜ、訪れる者の少ない南太平洋の孤島に開設されたか。
 そして、なぜ研究所は閉鎖されたのか。
 全ては、アメリカ政府によって極秘事項とされ、人々の関心をひくことはなかった。
 今日までは。
「あれが未知文明研究所ですか」
 新型戦闘機タイタンのコクピットから眼下の孤島を見下ろして、アクア・マナが呟く。
 首相官邸前でのフレア・マナとの闘いでレディ・ミストの仮面を破壊され、記憶を取り戻したかにみえたアクアだったが、精神的にはいまだに不安定だった。
 レディ・ミストとしての記憶と、アクア・マナとしての記憶が混在しているのである。
 しばらくアーマードピジョンの病院に入院していたアクアだったが、隙をみて病院を抜け出し、リーフェ・シャルマールが開発していたタイタンを勝手に借用して、ここまで飛んできたのだ。
「私は、もうレディ・ミストではありません。ですが、そうかといってガーディアンのアクア・マナになった、あるいは戻ったというわけでもありません」
 自分が何なのか、はっきりしない状態にアクアは置かれていた。
 病院で、ガーディアンの一部が南太平洋に向かうと耳にし、まるで何かに誘われるかのようにアクアは行動を起こしたのだ。
 未知文明研究所の名前が、アクアの記憶の中の何かにひっかかったのである。
 はっきりとは思い出せないが、アクアは昔その研究所に行ったことがあるように感じていた。
「ここに、私の記憶を確かにし、私をよみがえらせてくれる何かがあるという気がします。降下して、実際に自分の目でみてみるとしましょう」
 ひとりごとをいいながら、アクアはタイタンを孤島に着地させる。
 閉鎖されてから久しい研究所の建物は、鬱蒼と生い茂る南国の植物に飲み込まれるようになっていた。
 何とか入り口をみつけ、無理やり扉を開けて入り込むアクア。
 すると……。
 びゅーん!
 すさまじい音とともに、アクアの脇に姫柳未来が現れた。
「到着ぅ♪ きゃー!」
 テレポートで研究所内部に入り込んだ未来は、自分の脇にアクアがいるのをみてびっくりしたような声をあげる。
「アクア!? どうしてここに? 病院を抜け出してきたの?」
「外にタイタンが止めてあります。私はまず自分探しをしなければ、再び闘うことはできないのです」
 アクアは研究所内の照明のスイッチを探り当てて作動させた。
 ブーン
 重いうなり声とともに、廊下の上にあるパネルが鈍い光を放つ。
 研究所内の発電装置はまだ生きているようだ。
「自分探しって、どういうこと? アクア、よく休んだ方がいいよ。この前は、結婚した、だなんて言い出すし」
 先に歩いてゆくアクアを追いかけて、未来が声をかける。
 結婚。
 それは、アクアが病院で意識を回復してから、うわごとのように呟いた言葉だった。
「眠っている間に、私は不思議な夢をみました。私が、異世界で結婚し、名前も変わったという夢です」
 そんな話をして、アクアは病院の人々を驚かせたのだった。
 唯一、ドクター・リスキーだけがアクアの話に真剣に耳を傾け、謎めいたコメントを残した。
「お前自身にほかならない誰かが、異世界で結婚したというなら、遠からずこの世界のお前にも影響が出るだろう」
 と……。
「確かに、私は自分が結婚した夢をみました。夢とは思えないほどリアルな体験でした。その夢が、私の精神を一層不安定にさせているのです。私は誰なのか? そして、何をする者なのか?」
 アクアは呟きながら先に進んでゆく。
「アクアは、アクアだよ。フレア・マナのお姉さんで、デッドクラッシャーズに捕まって偽の記憶を植えつけられてただけで」
 未来もまた、アクアの背中に声をかけながら歩き続ける。
「みなさんはそういいますし、私も、そうだったように思い出しています。ですが、まだはっきりしないのです。私の記憶を真に取り戻す鍵は、この研究所にある。そう感じるのです」
「何で?」
「さあ。それはわかりませんが……」
 アクアは研究所内を隅から隅まで調べ始めた。
 かつて研究所内に人がひしめいていたころの、おびただしい量の文献、記録、遺跡から運びこまれた事物、そうしたものは全くといっていいほど消えてなくなっていた。
 アメリカ政府が持ち去ったのだ。
 空っぽの書棚。
 デスクの引き出しを開けても、やはり何も入っていない。
「この研究所では、何が行われていたのでしょう? なぜ、閉鎖されたのか?」
 アクアは首を傾げながら、あちこちを探る。
 すると。
「アクア、これ!」
 未来がとある部屋の奥に何かをみつけて、声をあげる。
「これは……?」
 アクアはその機材をしげしげと目にした。
 それは、壁にはめこまれたモニターだった。
 その表面に何もうつらなくなってから久しく、埃がびっしりとついている。
 未来が埃をぬぐって、スイッチを入れると、モニターの表面が光を放ち、ザーッという砂嵐がうつしだされる。
「何だろう、これ? テレビをみていたわけじゃないだろうし」
 未来がさらにいじると、モニターは研究所内の別室内部の様子をうつしだした。
 うつしだされたその広い部屋には、やはり誰もいない。
 ただ、部屋の中央に巨大な金属の檻があるのがわかった。
「うっ」
 アクアは額をおさえた。
 過去の記憶の、何かがよみがえろうとしている。
「アクア、あたし、さっきから嫌なものを感じていたんだけど、この研究所って、あちこちに赤いシミを拭ったような痕があるよね? もしかしたら、それって、研究所の人が……」
 未来がアクアの脇で呟く。
「いわないで下さい!」
 アクアはうめいた。
「どうしたの?」
「思い出してきたんです。私は、ここにきたことがあります。ここは、レッドクロスが最初に開発された場所。そして私は、最初の装着者として集められた人材の一人だったのです」
「えっ、それ、本当!?」
 未来が目を丸くする。
「私がはじめてレッドクロスを装着したのは、あの檻の中でした。装着に際して、特に問題はありませんでした。研究所のリーダーのような人……亜細亜博士といったと思います……が、私の身体能力の向上について、熱心にメモをとっていました」
 あのころは、まだ、フレアもアーマードピジョンに所属していなかった。
 ネットでアーマードピジョンが傭兵を募集しているのをみて、まずアクアが応募し、簡単な審査にパスして、連れてこられたのがこの研究所なのだ。
 あのころ、自分と同じようにここにきた、最初期のメンバーはどうなったのだろう?
 それを思うと、アクアはなぜかゾッとするものを感じた。
「このモニターも、私は操作したことがあります。研究所内の人たちが撮った、自分たちの個人的な映像を映すことができるはずです」
 おぼろげな記憶を頼りに、アクアはモニターのスイッチをひねる。
 すると。
 モニターがパッと明るくなり、一人の人物の姿を映しだしていた。
「これは?」
「研究所の人です。亜細亜博士と一緒に働いていた人たちの一人ですね」
 若い助手の姿に、アクアは見覚えがあった。
「こんにちは。私はカインズ。いま、この映像をみているのが誰か、それは私にはわかりません。この記録は、何かあったときのために残しておこうと思いました。というのも、亜細亜博士は、政府の極秘の援助のもと、極めて危険な技術の開発に手を染めているからです」
 カインズというその若者は、モニターの映像の中で語り続ける。
「その技術が何なのか、私もはっきりとここでそれを明かしたくはありません。亜細亜博士は、超古代の文明を研究しているうちに、人間の精神に反応する不思議な物質を発見したのです。亜細亜博士がその物質をどのような経緯でみいだしたのかは、わかりません。ただ、博士はその物質の構造をよく知っているようでした。博士は、異次元の人間にその物質のことを教えられたといっていましたが、私たちには何をいっているのかさっぱりでした」
「異次元の人間?」
 アクアも首をかしげる話だった。
「博士の研究は、軍事目的の、強力な兵器の開発につながるものでした。ですが博士は、アメリカ政府以外の何かからも圧力を受けているように思えました。博士は、自分の研究が悪用されるのを大変恐れていました。私には、博士は自分の研究をアメリカ政府以外の何かに利用されることを、かなりの確率で確信していたようにみえました。博士が、アーマードピジョンという組織に連絡をとって、数人の被験者をこの研究所に集めたのも、自分の研究が悪用されたときの対抗手段という意味合いがあるように思えます。被験者たちは、アメリカ政府には内緒で、ピジョンと博士との秘密の打ち合わせによって、集められたのです」
「そうですね。私たちは、ここにこっそり連れてこられました。アメリカ政府の人間はあまりここに顔を出さなかったようです」
 アクアは記憶のひとつひとつを確かにする。
「繰り返しますが、亜細亜博士が開発していたその技術が何なのか、私ははっきりここでいうつもりはありません。というのも、この映像を誰がみることになるかわからないからです。私はただ、警告したいのです。私たち研究所の他の職員は、博士が関わっていたROJ計画の推進には反対でした。というのも、被験者の一人が究極の状態に近づこうとしていますが、明らかにおかしくなっているからです。そして、古代アトランティス帝国の不気味な影が、この研究所の近辺に姿をみせるようになってきています。あの騎士は、私たちの実験を見守っているようでした。博士はもともとアトランティスのことを研究していたのですが、もしかしたら、あの技術の開発にはあの騎士が何か関わっているのかもしれません。申し訳ありませんが、これ以上のことはいえません。もし、あの被験者が暴走するようなことがあれば、この研究所は閉鎖され、あの技術のことも極秘とされ、政府によって闇に葬られることでしょう。さようなら。もしかしたら、私はもうこの世にいないかもしれません」
 そこで、その映像は切れた。
「被験者の一人? そういえば、私たちが、与えられたレッドクロスを持って日本に帰ったとき、一人だけ研究所に残った人がいましたね。その人はクロスの力を特に引き出すことができるということで、もっと上のレベルにまでいかせるということでしたが……。まさか、その後の暴走というのは、その人が?」
 アクアは、自分の仮説が信じられないように思ったが、ありそうなことだ。
 この研究所で、レッドクロスの装着実験をさせられていた者が、クロスの力を究極まで引き出すことに成功したものの、力を制御できずに暴走したとしたら……。
「ねえ、アクア。いまいちっていうか全然わからないんだけど、ROJ計画って何なのかしら? それに、『あの騎士』っていってたけど……?」
 未来がちんぷんかんぷんという顔でアクアに問う。
「ROJのことは私にもよくわかりません。ですが、『あの騎士』というのはもしかしたら……」
「もしかしたら?」
 未来がアクアの顔をのぞきこむ。
「いえ……。何でもありません」
 アクアは黙り込んだが、その脳裏には、デッドナイトの姿が浮かんでいた。

「そこまでだ!」
 未知文明研究所に響き渡る邪悪な声。
「この声は?」
 アクア・マナが顔を上げる。
「デッド、デッド、デッドキャンサー!」
 巨大なカニの姿の超甲人機が研究所の扉を突き破って現れた。
 そして。
「デッドォ!」
 後から現れる、再生超甲人機軍団。
 デッドサンダー、デッドソード、デッドライオン、デッドペンギン、デッドタートル、デッドコンドル、デッドカマキリ、デッドコング。
 デッドキャンサーとあわせて総勢8体の超甲人機たちが、アクアと姫柳未来を取り囲む。
「在日米軍の動き、そしてガーディアンたちの動きをキャッチし、我々デッドクラッシャーズもこの未知文明研究所に興味を持ったのだ。この研究所はこれから我々が占拠する!」
「なるほど。勝手にして下さい。私たちはもう帰ります」
 アクアは淡々とした口調でいった。
「帰るだと? ハッハッハ! 我々がお前たちガーディアンと出逢って、そのまま見逃すと思うか? 特にお前、レディ・ミストよ、お前は裏切り者だ。発見したら処分するよう命令が出ている」
 キャンサーは巨大なハサミをうち鳴らし、横歩きでアクアたちににじりよる。
 再生超甲人機軍団も徐々に歩を進め、アクアたちを囲む輪を狭めていった。
「アクア、あたしの手をとって! テレポートで逃げよう!」
 未来はアクアの手を握る。
 アクアの手は、冷たかった。
 ばしっ
 アクアは未来の手を払う。
「アクア!?」
「私をその名で呼ばないで下さい。私はレディ・ミストではなくなったが、アクア・マナというガーディアンに戻ったわけでもありません。少なくとも、いまのところは」
 アクアは冷徹な口調で言い放った。
「アクア、どうするつもりなの?」
 未来は戸惑った。
「レディ・ミストとしての私の記憶は偽りのものでした。いま、私は自分を取り戻さなければいけません。そして、自分を取り戻すには、自分の本来の道をひたすらたどるしかないのです。私の本来の道、それは……」
 アクアはボール状に収縮しているレッドクロスを振りかざした。
「死ねー!」
 デッドキャンサーの合図で、超甲人機たちがアクアたちに襲いかかる。
「きゃー!」
 テレポートのタイミングを外した未来が、両手で顔を覆って悲鳴をあげる。
「闘いです! 氷着!!」
 アクアの絶叫と同時に、レッドクロスが光を放つ。
 ピカッ!
 まばゆい輝きの中で、重い衝動がわきおこり、襲いかかった再生超甲人機たちの身体が次々にはね飛ばされる。
「おお、久しぶりにみたぞ、その姿……レディ・ミストよ!」
 デッドキャンサーが呟く。
 レッドクロスを装着したアクアの全身が、ぼうっと青白いオーラを放つ。
「あなたたちに操られている間、私のレッドクロスは変質させられていました。おかげで、私は本来の力を出しきることができなかったのです。いま、このクロスの真の力を、あなたたちに味わわせてさしあげましょう」
 アクアは南京珠すだれを取り出し、キャンサーに向かって構える。
 アクアは、思い出していた。
 はじめてレッドクロスを装着したときに自分が感じた興奮を。
 これで、悪の組織デッドクラッシャーズと闘うことができると感じたことを。
 力を得て、戦士として覚醒したときの、身のうちからわきあがる闘志のことを。
「ハハハハハ! 面白い、勝負だ! いくぞ、デッドバブル!」
 デッドキャンサーはブクブクと泡を吹いた。
 泡をかぶった研究所の床が、みるみるうちに溶解していく。
 だが。
 アクアは冷静だ。
 吹きあがるデッドバブルが、アクアを包み込むかに思えたとき。
「は〜」
 アクアは闘志を燃やす。
 水分を含んだバブルなど、恐るるに足りない。
 なぜなら、アクアは水氷魔術の達人なのだから。
「厳冬風雪! フリーザー・フィールド!!」
 アクアが水氷の力をこめた南京珠すだれをぶんぶん振り回すと、極低温のブリザードが巻き起こる。
 しゅううううううう
 カチカチ
 ブリザードを受けて凍りついたデッドバブルが、いびつな氷柱をアクアの周囲にかたちづくる。
「やるな! だが私にとって泡とは前戯でしかない!」
 デッドキャンサーはひるんだ様子をみせず、巨大なハサミを構えてアクアに横走りで突進する。
 すざざざざざ。
 じゃきーん!
 だが、デッドキャンサーのハサミはアクアをとらえることができなかった。
「な、なに!? レディ・ミストは、どこだ?」
 アクアの姿を見失ったキャンサーはあわてふためく。
「あなたは、本当に愚かですね。なぜ、横にしか行けないのです?」
 冷酷なアクアの声が、キャンサーの背後に響く。
「う、後ろか!?」
 キャンサーは身じろぎして振り向こうとするが、真後ろをうまく向けるような身体ではなかった。
「う、うぎいいいいい!」
 もがくキャンサーに、アクアは棒状に伸ばした南京珠すだれに氷の刃を生やして、斬りつける。
「砕け散りなさい。狂える氷の斬撃を受けて!」
 ずばっ
 氷の刃が、デッドキャンサーの甲羅をまっぷたつに切り裂く。
「ぐ、愚かな……。私一人を倒しても、まだ敵は大勢いるぞ。どうやって、生還するつもりだ? 無理だ。お前は、生きて帰れない! カチカチ……」
 甲羅を失ったデッドキャンサーは、ハサミを打ち鳴らしながらこときれた。
「アクア、やったね。さあ、テレポートで今度こそ行こう! わっ、つめた〜い」
 未来はアクアの手をとろうとするが、その冷たさに顔をしかめる。
「行きたいなら、行って下さい……。私は、闘わなければならない。闘って、本来の自分に戻らなければならないのです」
 アクアは、再び自分を取り囲んだ再生超甲人機軍団を睨みつけながら、未来にいった。
「そんな! 無茶だよ」
 未来はアクアの肩をつかんで、ぶんぶんその身体を揺らす。
 そのとき。
「ヘイヘイヘイ、アロハデゴザイマスデスヨ〜!!」
 どこからか、アメリカなまりの日本語がわきおこり、同時に、バイクのエンジンが上げる唸り声がとどろく。
「ハーレー、トッシン!」
 どごーん!
 研究所の壁を突き破って、ハーレーに乗ったジュディ・バーガーが現れた。
「ジュディ!」
 未来が歓声をあげる。
「ハイ、アロハ〜」
 ハーレーから降りて、ジュディはとりあえずアロハの挨拶をかました。
「あなたは、何ですか? 助けなど不要です……うっ」
 腕に激痛がはしり、アクアは顔をしかめた。
 デッドキャンサーの堅い甲羅を砕いたときに、アクアの筋肉は損傷を受けたようだ。
 本来、デッドキャンサーの甲羅とは、レッドクロスで身体能力を強化した者であっても、そう簡単に砕けるものではないのである。
 既にアクアは、相当な無茶をやっていたのであった。
「ホワイ? ナゼ、ソンナムチャナコトスルノデス? イッツ・カミカゼ? ノーノー!」
 ジュディは指を振る。
「手だしは……無用です……」
「シャラップ! ミキサン、アクーアヲオサエテテクダサイ! ココハワタシガ!」
 ジュディはアクアをかばうように、再生超甲人機たちをにらみつける。
「デッドォ! 死ね!」
 デッドサンダーが巨大なクワガタ状の角から超高圧電流をほとばしらせる。
 ビビビビビビビ
 電流が接触するという瞬間、ジュディはボール状のレッドクロスを振りかざす!
「ヘイ、チェンジ・ヘンシン・メタモルフォーゼ!!」
 ドゴーン
 爆発とともにレッドクロスが展開され、ジュディの身体がアメフト選手のような姿に変わってゆく。
「シャアアアアアアア」
 電流を頭からかぶりながら、ジュディは雄叫びをあげる。
 まるで、「マタクキイテマセーン」というかのように。
「よし、いまだ。アクア、今度こそ! テレポート!」
 ジュディが再生超甲人機軍団をひきつけている隙に、未来はアクアとともに研究所の外へテレポート、アクアが乗ってきたタイタンのコクピットに移動する。
「あっ、でも、ジュディも一緒にテレポートすればよかったかも。まあいっか」
 未来はエヘへと舌を出す。」
 ジュディはいかにも闘いたがっているようにみえたから。

8.ジュディ・ファイト

 未知文明研究所内部は、いまやジュディと再生超甲人機軍団のすさまじい激闘の場と化していた。
「デッド、デッド、デッドソード!」
 デッドソードが斬りかかってくる。
「ヘイ、ワンモアタイム!」
 ジュディは素早く身をかわして、デッドソードにタックルをかける。
「うおっ」
 タックルをくらい、吹っ飛んで床を転がるデッドソード。
「デッド、デッド、デッドタートル、デッドカノン!」
 デッドタートルが甲羅の砲口から弾丸を放つ。
「ヘイ!」
 ジュディは跳躍すると、空中で弾丸をキャッチ、脇に抱えて着地した!
「キックオフ!」
 そのままデッドタートルに突進して、脇に抱えていた爆発寸前の弾丸を押しつけて去るジュディ。
 ちゅどーん!
「うおー」
 弾丸が爆発し、デッドタートルは木っ端みじんになる。
「ホーーーー、コングーーーーーー!」
 デッドコングが咆哮をあげながらジュディにつかみかかる。
「ター、ヤワラチャン!」
 ジュディは柔道の投げ技をコングに決める。
「威勢がいいな。だがお前はこの数を相手に勝つことはできまい!」
 デッドライオンがジュディに吠える。
 だが、ジュディは臆さない。
「ハ〜、ツタンカーメンアーメンソーメン〜」
 ジュディの闘志はいよいよ燃えさかり、レッドクロスが光を放つ。
「ジュディ・ファイト! ヤスクニ〜」
 両手を合掌のかたちにあわせて吠えるジュディ。
 ブオンブオン!
 ジュディはハーレーにまたがって、エンジンを吹かす。
「アナタタチ、ゼンメツデ〜ス!」
 ジュディはハーレーをスタートさせ、再生超甲人機の群れに突っ込む。
「トルネードスピンタックル!」
 ハーレーをコマのように回転させ、再生超甲人機にぶつけてまわるジュディ。
「うおお〜!」
 どごーん!
 ハーレーの前輪を眉間にくらったデッドライオンが爆発。
「ウホウホウホ〜」
 デッドコングは自らの糞をハーレーに投げつけるが、回転する車輪に弾き返され、自分自身が汚物をかぶることになる。
「アタック!」
 ジュディはデッドコングにハーレーの後輪をぶつける。
 どごーん!
 デッドコングが爆発。
「ヘイヘイヘイ!」
 ジュディはなおもハーレーを回転させながら移動し、研究所の壁を破って、外に出ていく。
 翻弄される再生超甲人機たちも、彼女を追って外へ。
「ゆくぞ!」
 たたたたたっ
 デッドソードが剣を構えて突進。
「ハ〜、ワザアリ!」
 ジュディはハーレーにまたがったまま剣を両掌で挟み込み、ひるんだ相手にマシンをぶつける。
 どごーん!
 デッドソード、爆発。
「デッド、デッド、デッドコンドルゥ!」
 デッドコンドルが空中から襲来をかける。
「たあっ」
 ジュディはハーレーを跳躍させ、空中で回転しながらコンドルに叩きつける。
「ぐ、ぐあああ」
 どごーん!
 デッドコンドルが爆発する。
「うおおお〜!」
 デッドカマキリがやけくそになってジュディに突進。
「わああああ〜!」
 デッドサンダーもカマキリとジュディを挟んだ反対方向から突進する。
 ブオーン
 ジュディは巧みにハーレーで鋭いカーブを描いて攻撃を避ける。
「ぐわわっ!」
 対象を失ったデッドカマキリとデッドサンダーは、互いに互いの攻撃を与えてしまう。
 どごーん、どごーん!
 同士討ちのかたちになった2体が爆発。
「ペーン、ペーン!」
 残るはデッドペンギンだけになった。
「ヘイ、ユーアー、マイペット!」
 ジュディはハーレーをペンギンに向かって走らせ、激突の瞬間に身を投げ出して、ペンギンのボディをがしっとつかむ。
 そのまま、ジュディは力いっぱいの頭突きをデッドペンギンにお見舞いした!
「い、痛い〜ペ〜ン!!」
 デッドペンギンはわめきながら爆発。
 ちゅどーん!
 爆発はジュディを巻き込んだが。
 ブオン〜
 爆発の炎の中からハーレーのエンジン音が鳴り響き、ジュディは愛機とともにいずこかへと去ってゆく。
「す、すごい。全部倒しちゃった」
 タイタンから戦闘をモニターしていた未来がはあっと感嘆の息をもらす。
「くっ、あの人は戦士ですね。私の中の血がたぎります」
 いまだ激痛のはしる右腕をさすりながら、アクアはどこかで興奮を覚えていた。
 デッドクラッシャーズとの闘いこそ、彼女の本来の生きる道だったのだ。
「思い出しましたよ。ROJについて、研究所のどこかでメモを目にしました。ROJとは、リベンジ・オブ・ジャスティスの略。その意味するところは、『究極のスペシャルテクニック』とメモにあったように思います。それ以上はわかりませんが」
 タイタンを上昇させながら、アクアは、孤島の影をじっとみつめていた。

「ぴぎゃ〜! ぴぎゃ〜!」
 タイタンが上昇を終えたとき、孤島には半魚人のギルマンたちがひしめいていた。
「マニフィーカ、ワタシタチハ遅カッタヨウデスネ〜。未来トアクアニ先ヲ越サレマシタ〜」
 再生超甲人機を倒し、戦闘を終えたジュディ・バーガーが、ギルマンたちと一緒に飛行艇から降りて孤島を探索していたマニフィカ・ストラサローネに話しかける。
「ふむ。どんなに急いでも、テレポートでくる者にはかなわないぞえ。あのタイタンとかいう戦闘機もかなりの速度を誇るようではないか」
 マニフィカは、上空のタイタンを見上げていった。
「コレカラ、ドスルネ? 超甲人機モ消エタノデ、研究所ヲ調ベマスカ?」
「いや、そんな余裕はないようぞえ。みるがよい」
 マニフィカは、海上を指さした。
 そこには、ローリー司令率いる在日米軍の巨大空母の姿が。
「米軍、来マシタカ〜? ワタシノ出身国ダケド、アレハ敵ネ」
 ジュディはまずいという風に頭を掻く。
「とりあえず、この研究所は海に沈めるぞえ。海底で、ゆっくりギルマンたちに調べさせるぞえ。ギガンティック・モード!」
 マニフィカはスペシャルテクニックを発動。
 巨大化したマニフィカが、南太平洋にその身体を浸からせる。
「むっ、あれは!? 砲撃開始!」
 ちゅどーん、ちゅどーん!
 在日米軍の空母がマニフィカに砲撃を行い、弾丸の爆発によって、海の女王の周囲に巨大な水柱があがる。
 だが、マニフィカは平気だ。
「神秘なる機密よ、永遠の海の底で安らかに眠るがよいぞえ。水流波!」
 マニフィカが両手を海水に入れて念じると、巨大な津波が巻き起こった。
「オー、脱出スルネ!」
 島が津波に飲み込まれるとみて、ジュディは慌てて飛行艇に乗って大空に上がる。
 ざばあああああああ
 ぶくぶくぶく
 南太平洋の孤島は、水流波によって引き起こされた大津波に飲み込まれて、沈んでゆく。
 未知文明研究所とともに、永遠の海の底へ。
「この島と同じように、アトランティスの人々は、驕りがすぎ、神々の怒りをかったために、大陸ごと海の底に沈められたものだぞえ。海中に沈んだ帝国の人々は大半が息絶えたが、中には、帝国の秘術で、肉体を失っても精神だけの存在になり、オリハルコンの鎧にその精神を封入して息のびた者もいると聞いておる。おそらく、デッドナイトもそんな古代の悲劇の末裔なのじゃ。どんなに高度な文明を築き、高水準の技術を持ったところで、大いなる力の前にはことごとく崩壊する。デッドナイトは、帝国を崩壊させた神々の巨大な力に憎しみを抱いていたはずじゃ。アーマードピジョンのガーディアンたちも、ただ力押しで勝つだけではいずれ支持を失うと思われるぞえ」
 研究所の水没を確認し、マニフィカは自身もまた海中に潜航していった。
 後には、どこまでも青い海原と、大津波の後のさざ波の余韻しか残されていない。
 
「くっそー、遅かったか! あのアオイとかいうガーディアンに邪魔されたせいだ。まあいい。日本へ戻るぞ。どうせ、私が知っている以上の知識が得られたかどうかは怪しいのだ」
 ローリーはいまいましげに舌を鳴らすと、空母の向きを変え、再び日本へと帰ることにした。
 今回の独自行動が、本国の不興をかっているだろうと警戒しながら。
 ローリーもまた、力にとりつかれ、力を求めてさまよう者だった。
 自分は滅びるか、あるいは革命を起こせるかだ。
 ローリーは、もちろん後者の道を歩むつもりだ。

9.宇宙からの脅威

 エリカとともに、闇の王が『扉』に飲み込まれ、デッド星へと送られていった後の、富士の樹海。
「おお。天候が好転してゆくぞ! うん? フルメタルのセンサーが、宇宙からの影をキャッチしておる」
 樹海にたたずむフルメタルのコクピットで、エルンストは不吉な襲来の気配を感じ取っていた。
 フルメタルの超センサーは、宇宙の彼方から地球に向かって飛来してくる、多数の円盤の存在を感知していた。
「これは!? デッドクラッシャーズのルーツであるデッド星から、多数の軍勢が地球に攻撃を仕掛けにくるというのか!?」
 円盤たちに先だって、巨大なカマキリ状の物体が地球に接近してくる。
「これは、超甲人機デッドカマキリ!? まさか、宇宙空間をさまよううちに、巨大化・凶暴化して戻ってきたというのか?」
 エルンストは、姫柳未来によって宇宙空間にテレポートさせられたデッドカマキリが、いまや宇宙怪獣と化して戻ってきたことを確認した。
 後に、スペースデッドカマキリと呼ばれることになる、恐るべき怪獣の襲来を。
 戦慄にふるえるエルンストの眼前のディスプレイに、奇怪な設計図が現れる。
「これは!? フルメタルよ、自らの機構をワシに明かすつもりか? むう、これは……宇宙空間を航行することが可能なのか、お前は!」
 大気圏離脱用の超大型エンジンと、宇宙空間航行用の姿勢制御システムなどを確認したエルンストは、感嘆の叫び声をあげた。

「せっせせっせ。お掃除ですの〜」
 暗雲が去り、輝く太陽が戻った樹海で、アンナ・ラクシミリアは清掃を始める。
「いまだに、『扉』の付近は不吉ですね〜」
 デッド星へと続く扉。
 エリカがその中へと吸い込まれたことを、アンナは知らぬわけではない。
「彼女は、無事なんでしょうか? デッド星って汚れてそうですね」
 不意に、アンナの脳裏に荒唐無稽な清掃計画が浮かんだ。
 だが、すぐに首を振って否定する。
 いくら何でも、そこまでは……。
 だが、アンナは気になった。
 エリカから預かったものを、懐から取り出す。
 光のクリスタル。
 アンナの掌の中で、クリスタルは不思議な光を放っている。
「エリカさんは、なぜ私にこれを?」
 アンナは首をかしげる。

「エリカは、どうしますか?」
 電脳空間で、アーマードピジョンのスタッフがリーフェに問う。
「彼女の生存は絶望視せざるをえない。未来をみつめよう」
 リーフェが冷たく言い放ったとき。
「それはどうかな? 『扉』をもう一度開き、こちらからデッド星に攻め込む途中で彼女を救出する手もある」
 不思議な男が、電脳空間に現れた。
「この精神体は……解析不能!?」
 リーフェは、男を解析しようとしたが全く無駄だった。
「私は、きみたちにとって未知のテクノロジーによって守られている。解析しようなどとは思わないことだ。私は、これよりグレイト・リーダーの意志を継ぎ、アーマードピジョンの新しいリーダーとなる。既に、生前のリーダーから承認を得ている」
「何をいきなり? お前は誰だ?」
 リーフェの問いに、男は首を振る。
「いずれわかる。さあ、時間がないぞ。宇宙から悪意が降ってくる」

 ついに、ガーディアンたちが宇宙に出るときがきたのだ。
 果たしてレッドクロスは、宇宙空間でもその聖なる光を放ち続けるのだろうか?


(第2部第3回・完)

【報酬一覧】

リーフェ・シャルマール 2、000万円(デッドワームを駆除する)
イングリット・リード 2、000万円(闇の王を追い払う。代表して支給)
アクア・マナ 1、000万円(デッドキャンサーを倒す)
ジュディ・バーガー 4、000万円(再生超甲人機8体を倒す)
アオイ・シャモン 1、000万円(在日米軍の阻止。報酬予定¥2、000万円をマニフィカさんと折半)
マニフィカ・ストラサローネ 1、000万円(在日米軍の阻止。報酬予定¥2、000万円をアオイさんと折半)

【マスターより】

 今回も遅れてしまって申し訳ありません。本業が忙しくて思うように書けませんでした。闇の王を追い払ったアクションについては、倒したわけではないので報酬は2、000万円となっています。いまのところ、ガーディアンでなくても報酬は一応支給されてます。アーマードピジョンがどうやってか口座をみつけて強引に振り込んでると考えて下さい(無理があるでしょうか)。ガーディアンでないから報酬は要らないという声があった場合は、第3部からはガーディアンのみ報酬ありとすることも考えます。今回、ジュディさんが再生超甲人機を倒しまくるのは壮快でしたね。報酬もビッグな額となっています。

メルマガは、12/17発行予定です。