「英雄復活リベンジ・オブ・ジャスティス」

第1部「アジア編」第3回

サブタイトル「日本最後の日! いまこそ革命のときだ!!」

執筆:燃えるいたちゅう
出演者:熱きガーディアンのみなさま

1.荒れる新宿

「ウラー! みな殺しー!」
「オラー! ぶっ殺しー!」
 デッドクラッシャーズの超甲人1万人部隊が長槍やマサカリを振りまわして行進する、悪夢の街と化した新宿。
 部隊の行く手を遮るものは、何であろうとたちまちのうちに破壊されてゆく。
 ドゴーン!
 建物が爆発し、炎をあげる。
 ズゴーン!
 部隊の行く手にあった鉄道線路が破壊され、列車が転覆して大勢の人々が一瞬で生命を奪われる。
「キャー!」
「アアー!」
 部隊に接触した一般の人々も、たちまちのうちに斬り刻まれ、火炎放射器の炎に焼かれて絶命してゆく。
 まさに恐怖、阿鼻叫喚の大都会であった。
 これが日本の副都心の姿なのか?
 もう日本は終わりなのか?
 だが、超甲人1万人部隊に敢然と立ち向かう戦士たちの姿がここにあった。
 いわずとしれた、アーマードピジョンのガーディアンたちである!
「まあ、ひどいですわ。これがデッドクラッシャーズのやり方なのかしら? わたくしは絶対許しません!!」
 超甲人部隊の行進の行く手に現れたアンナ・ラクシミリアが、怒りとともにレッドクロスを装着する。
「いきますわよ! プリティ・ア・ラ・モード!!」
 ボール状のレッドクロスが光を放ち、アンナの全身に装甲が装着されてゆく。
 装甲といっても、ピンクのふわっとしたスカートにヘルメットなのだが。
 茶色だったアンナの髪の色も、クロス装着とともにピンク色へと変わってゆく。
 ガーディアンの姿となったアンナは、武器であるモップの先端を回転するブラシに変えると、体勢を低くした。
「茨の道ですわ! ハイパーウォッシャー!!」
 アンナの掛け声とともに、回転するブラシの先から渦巻状に水が噴出する。
「すみません、わたくし、修羅になりますわ!」
 アンナはローラースケートを滑らせ、加速をつけながら超甲人1万人部隊の足元に突っ込んでゆく。
「ウ、ウガー!!」
 撒き散らされる水の奔流を浴びてひるんだ超甲人たちが、アンナに足元をすくわれ、次々に薙ぎ倒されてゆく。
 まさに「お掃除気持ちいいですわ」の瞬間であった。
「こ、小娘が! グ、グオオー!!」
 超甲人たちはネズミのようにすばしこく駆けまわるアンナめがけて槍や斧を振り下ろすが、みな彼女のヘルメットに弾かれてしまう。
「抵抗は無駄ですわ! は〜」
 気合をあげるアンナのヘルメットが光り輝き、「安全第一」の文字が浮かびあがる。
「安全第一、清潔第一、平和第一ですわ〜!」
 ずごごっ
 アンナの突き出したブラシが、超甲人の股間を直撃する。
「あ、あが〜」
 悲鳴をあげて、超甲人は爆発・四散した。
 爆発によって生じた塵は、ブラシが放つ水流によって洗い流されてゆく。
「お掃除女がぁ! お前の身体もヌルヌルにしてやる!」
 超甲人たちは血走った目でアンナをにらみつけ、その小さな身体を捕まえようと大騒ぎするのだった。
 そして。
 ゴゴゴゴゴ
 大騒ぎの新宿上空に、戦闘母艦アーマードベースの姿が。
「既にアンナが戦っているようだな。こうしちゃいられない。俺たちもいくぜ!
 アオイ、出撃準備はOKか?」
 アーマードベースの司令室から地上の様子を見守っていた武神鈴が、カタパルトのアオイ・シャモンに通信を送る。
「はいな! いつでも出られるで!」
 カタパルトにはレッドクロスを装着した完全武装のアオイが闘志満々で控えていた。
「これ、みてみい! 腰部レール砲『シラヌイ・改』や。300万かけて開発したんやで! それと、この背部高エネルギー砲『カグヅチ』!! これもパワーアップしたんで今日から『斬空砲』と呼んだってや!」
 アオイは興奮した口調で、アニメに出てくる巨大ロボットのような外観のレッドクロスに備わっている、アニメのロボがよく装備しているようなゴテゴテした銃器を誇らしげにさすってまくしたてた。
「斬空砲か。いいと思うぜ。よし、それではすぐに出撃してくれ!」
「はいな!」
「と、ところでアオイ、ピジョンレンジャー、今回もやるから忘れないでくれよ」
 武神は思わず小声でつけたす。
 本人は意識してなかったが、どこか不安そうな口調になっていた。
 アオイは思わず微笑む。
「フフッ、わかってるで! ピジョンレンジャー、ブルーとして出撃するんや!
 いくで、発進準備、アオイ・シャモンや! 3番ゲートから行くで!」
「アオイ・シャモン、スタンバイ。3バンゲート、オープン」
 電子制御によってアーマードベースの3番ゲートが開かれ、機械音声のアナウンスが艦内に鳴り響く。
「オール、レディー。アオイ、イッテクダサイ!!」
 ぶぅん
 アオイの両肩に装着されたアーマー状の反重力飛行システム「ホウオウ」が反重力フィールドを展開し、アオイの身体を宙に浮かせた。
「アオイ・シャモン、出撃やでー!」
 ものすごい勢いでゲートをくぐり抜けて、アオイの身体が大空に舞った。
「いくで、対装甲散弾銃、発射や!」
 アオイは巨大なミサイルランチャーを眼下の超甲人たちに向けて構えると、狙いをつけて発射する。
 ドゴーン!
 ズドーン!
 発射されたミサイルが次々に地上を爆破。直撃をくらった超甲人たちが次々に爆発してゆく。
「ウガー!」
「ウラー!」
 超甲人たちは怒りに燃える目で宙をにらみ、アオイに向けて銃を発射したりした。
「そんなもん、効かないでー!」
 アオイは俊敏に飛びまわって弾丸をかわす。
 かりに弾丸が当たったとしても、レッドクロスを破壊することはできないだろう。
「みなさん、ご覧下さい! アーマードピジョンのガーディアンたちです! 彼らが超甲人1万人部隊の行進を阻止しようとしています!」
 テレビ番組のリポーターが血まなこになって叫ぶ。
 テレビカメラが戦場の様子を映しだしていた。
「アキヨシさん、どうでしょうねえ? アーマードピジョンはデッドクラッシャーズの行進を止められるのでしょうか?」
 中継画像をみながら、スタジオに控えるコメンテーターたちに司会が問う。
「さあ、今回ばかりはデッドクラッシャーズも本格侵攻ですから、どうなるかわかりませんね。ただ、結果がどうあれ、アーマードピジョンが出撃したことで、激しい戦闘になることは間違いないでしょうねえ」
「なるほど。日本平和主義連盟のクロダさんは、今回の事件の先行きについてどう思われますでしょうか?」
 司会の問いに、クロダは軽く一礼して、語りだした。
「私たちが以前から何度も申し上げているように、アーマードピジョンと、そこに所属するガーディアンたちは非常に危険な存在です。彼らは武器によって対象を破壊することでしか問題を解決することができません。彼らが人命第一の原則を掲げ日本の平和維持を第一の目的として行動する集団だというのは、まやかしです。現に私たちは、横浜の闘いでみたのです。彼らが、性犯罪者に襲われていた女性を助けようとしなかったのを。彼らの頭には激しい戦闘でスリルとカタルシスを味わうことしかないのです。私たちは、彼らの一人に襲われたことがあります。女性のガーディアンでしたが、モップ状の武器がつくりだす竜巻によって私たちは宙高く吹き飛ばされ、危うく死ぬところでした。あっ、その女性ガーディアンはもしかしたら、いま超甲人の部隊と闘っているあの人かもしれませんね。とにかく、断言します。彼らは危険な存在です。日本政府は断固としてアーマードピジョンとガーディアンを駆逐すべきです」
「なるほど。性犯罪者に襲われていた女性を助けなかったというのは、ショッキングな事実ですね〜。もしそれが本当なら、ガーディアンの支持者は激減するでしょうね」
 司会はなるほどなるほどとうなずくのみであった。

2.巨人の肉塊

「オラー!」
「ウガー!」
「グラー!」
 ガーディアンたちの激しい攻撃により、足なみが乱れる超甲人部隊。
 そんな部隊の中に、山のように盛り上がる影が3体。
 巨大な超甲人機デッドジャイアント、アルファー、ベータ、ガンマである。
 腰布ひとつしか身につけていない、筋骨隆々とした巨人の姿の3体は、部隊が乱れるのにも構わず、のしのしと歩き続ける。
 アンナとアオイの攻撃にも、3体はびくともしないようだ。
 そのとき。
「そこまでぞえ!」
 1万人部隊の前方に停車した観光用の鳩バスから、マニフィカ・ストラサローネが走り出てきた。
「世間の見分を広げるための観光バスツアーの途中でこのような大行進にゆきあったのも、最も深き海底におわします我らが母なる大神のおぼしめしじゃ。つつしんで闘わせてもらうぞえ」
 マニフィカはボール状のレッドクロスを振りかざし、叫ぶ。
「わたくしの力は、限りなく高く、澄んだ青空にそびえる! 覚醒、ギガンティックモード!」
 展開されたレッドクロスを装着したマニフィカの身体が、みるみるうちに巨大化する。
 マニフィカのスペシャルテクニック「ギガンティックモード」は、自身の身体を巨大化させる恐るべき技なのだ。
 ドーン!
 デッドジャイアントと同等のスケールになった巨大マニフィカが、新宿郊外の大地を踏みしめる。
「いくぞえ」
 ジャイアントに向かってのしのし歩くマニフィカ。
 その足元では、踏みつぶされた超甲人たちが悲鳴をあげながら爆発、炎上してゆく。
「ウガー、ウラウラウラー!!」
 デッドジャイアントアルファがマニフィカにつかみかかる。
「ぞえ、ぞえぞえ!」
 マニフィカは自身と同様巨大化している三叉槍を振り回して対抗する。
「ウンガー!」
 ジャイアントはマニフィカの槍をかわすと、相手の背中にまわし蹴りを放つ。
「ぐ、ぐおっ!」
 背中に蹴りをくらったマニフィカが呻いた。
「何の! これも神の与えた試練と思えばこそじゃ!」
 マニフィカは掌をジャイアントに向け、呪文を唱える。
「聖なる炎よ、虚空を焼き邪を滅せよ!」
 マニフィカの掌から放たれた火球が、ジャイアントの胸板を打った。
「ア、 アガー!!」
 悲鳴をあげるジャイアント。
「ウラー!」
「ウガー!」
 アルファを助けるため、ベータとガンマもマニフィカに向かってくる。
「負けぬ、負けぬぞ! わたくしは神命を背負うておる!」
 マニフィカは三叉槍を構え、闘志満々だ。
 そして、ついにジャイアントたちの究極の攻撃が放たれるときがきた。
 どんどこどんどこ、どこどこどこどこ。
 どこからか響く、太鼓を叩く音。
「アンガー!」
「ウンガー!」
「フンガー!」
 太鼓の音に合わせて身をくねらせながら、ジャイアントたちはそれぞれの腰布に手をかけた。
「むっ、何をするぞえ?」
 未知の攻撃を前に、マニフィカは警戒を怠らない。
「ハアッ、ハアッ、アイ〜!!」
 ジャイアントたちはいっせいに腰布を取り払った。
「むうっ、これは!? いかん!」
 アーマードベースから状況を見守っていた武神が絶叫する。
 司令室の精神攻撃感知モニターが激しい点滅を始めた。
 ジャイアントたちが腰布を取り払うことによって露になったブツをみて、マニフィカは全身が総毛立つのを覚えた。
「そ、それは何ぞえ? まさか、クジラやシャチのオスどもが持っていたのと同じもの? だが、違う。あやつらのと違って、おぬしらのは醜い。ひたすら醜いぞえ。ああ〜!」
 三叉槍を放り投げ、両手で顔を覆ってマニフィカは絶叫した。
「きゃ、きゃああ〜! そ、それは何ですの〜!!」
 地上からも悲鳴があがった。
 前かがみの姿勢で超甲人たちを攻撃していたアンナ・ラクシミリアが、気になって思わず上をみてしまったのだ。
 ブツを直視した瞬間、アンナの背筋にビリビリと電流がはしり、マニフィカ同様両手で顔を覆って絶叫していた。
「あ、ああ〜、違いますわ、違いますわ、わたくしのパパのものと! 不潔ですわ、不潔です〜!」
 アンナの脳裏に、10歳のときパパがお風呂から出てきた瞬間に目撃してしまったものの映像が駆け巡る。
 ジャイアントたちのそれは、パパのものとは何かが違っていた。
 恐ろしく醜く、不潔であるという感覚がアンナを襲う。
「よし、チャンスだ! ウガー!」
 超甲人たちは悲鳴をあげるアンナをつかみあげ、大地に突き立った巨大な十字架にはりつけにした。
「あ、ああ〜! 目がつぶれますわ〜!」
 アンナの脳裏からは、一瞬だけみたジャイアントのブツの映像がいつまで経っても残っている。
 十字架にはりつけにされた状態で、アンナは悶え、叫び続けていた。
「く、くそっ、ふざけた真似を! あの肉塊には、比喩じゃなく、本物の精神攻撃装置が内臓されているんだ。女性の脳波にはたらきかけ、女性がああいうものに対して感じる嫌悪感を無限に増幅する装置が! しかも、女性が何となくみてしまうように誘導電波も発しているときている。おのれデッドクラッシャーズ、何て汚い真似を! これじゃセクハラじゃないか! まあ男は特に何も感じないんだが、皮肉なことに、いまこの戦場には女性のガーディアンばかりだ。男は、まさに俺一人しかいないわけだな。くそっ、ガーディアンに女性が多い点を見事についてきやがった! おい、アオイ、聞こえるか? やはりお前も精神攻撃の犠牲になっているのか?」
 アーマードベース司令室から武神がアオイ・シャモンに呼びかける。
「あ、あたいは大丈夫や! シャモン家の女を甘くみたらあかんで! あたいは平気や、あんなもの、あんなもの……」
「そういって、つい何度もみようとしてはいけない! 誘導電波の影響を既に受けているんだ。無理はせず、帰還するんだ。ここは俺が出る!」
 武神の呼びかけに、アオイは首を振った。
「嫌や! あたいは、負けん! 負けんで! くそっ、あんたら聞こえるか? あんたらのそれ、ほんま小さい、小さいで! あんたらのに比べたら、あたいのあんちゃんの方がよっぽど大きいわ、ボケェェェェェッ!」
 アオイは反重力装置を唸らせ、デッドジャイアント付近まで滑空すると、ライフルの照準をブツに合わせた。
「や、やめろ! よりによってそれを攻撃するなんて! 思いきり目に入ることになるぞ!」
 武神は悲鳴をあげる。
「へ、平気や! いくで、発射ぁぁぁ!」
 アオイのライフルが火を吹いた。
 だが、弾丸は全く見当外れの方向に飛んでしまった。
「な、なんや? 狙いはちゃんとつけたはずなのに、おかしいな。あっ、気が遠くなっていく。なんやこれ……」
 アオイの精神が、限界に達した。
「フンガー!」
 ジャイアントが巨大な掌をアオイに叩きつける。
 バシッ!
「あ、ああ〜」
 アオイは悲鳴をあげ、大空の彼方に吹き飛ばされていった。
「くそっ、こうなったら、本当に俺が出るぞ!」
 武神はアーマードベースの分離機構を操作。
 ベースの前半部分が本体から分離して変形、巨大ロボットの姿になる。
 胸に輝く「Pigeon Ranger」の文字。
「完成、ピジョンロボ! って、俺一人だけどな。フレアはどこにいるんだ、全く」
 操縦室で一人寂しくポーズを決めながら、武神はため息をつく。
 フレアは登場シーンにこだわるがゆえに、なかなか姿をみせない。
 遠隔操作できる装置は渡してあるが、本格登場するまでは使う気もないようだ。
 もっとも、フレアがいたところで、やはり精神攻撃の犠牲になっていただろうが。
 ……といっても、武神にはフレアがあのブツをみて「きゃあ!」と悲鳴をあげる姿がどうしても想像できなかった。だがフレアも女性なのだからあれをみて反応するはずなのだ。
 正直、フレアがいない状態でどこまでやれるか武神は不安だったが、この場で唯一の男性ガーディアンとして、ひるんでいる場合ではないのだ。
「いくぞ、マテリアルウェポンシステム!」
 武神の操作により、先ほど前半部を分離したアーマードベースの本体から、帯状に凝縮された素体粒子がピジョンロボに降り注いでゆく。
「うおお〜!」
 武神は雄たけびをあげた。
 素体粒子が武神の精神に反応し、彼の武器をかたどって巨大な護符を生成し、ピジョンロボの持つところとなる。
「いくぞ、必殺! 検閲済〜!!」
 護符に巨大な「検閲済」という文字が浮かび上がる。
 ピジョンロボはジャイアントアルファに突進すると、その股間にさっと手を伸ばして、護符を貼り付けてしまった。
「フンガー!」
 アルファは絶叫し、護符を剥がそうとするが、神秘の力で貼り付いた護符はそう簡単にはとれない。
「お前たちにもお見舞いしてやる! たあ〜」
 武神はピジョンロボを操って、ベータとガンマの股間にも「検閲済」の護符を貼り付けた。
「ウガー! 余計な真似を!」
 ジャイアントたちは怒りの叫びをあげながら、ピジョンロボにつかみかかる。
「う、うわー!」
 ジャイアントたちに殴る蹴るの暴行を次々に受け、ピジョンロボの全身から火花が上がった。
「くそー、やっぱり俺一人だとボコにされるのか!?」
 武神がガックリうなだれたとき。
「ぞえー!」
 マニフィカの三叉槍が、ジャイアントたちの身体を薙ぎ倒した。
「ウガー、お前、生きていたのか?」
「やっと精神攻撃から自由になったぞえ。おのれ、この屈辱、全身全霊でお返しじゃ!」
 マニフィカはジャイアントたちにタックルを仕掛け、ひるんだ彼らにさらに槍の攻撃を仕掛ける。
「やるな。だが!」
 ジャイアントたちは結集すると、肩を組んで気合をあげた。
「オー、オー! ジャイアント、そびえたつ巨峰! オー、オー!」
 みるみるうちに3体のジャイアントの肉体がひとつに溶けあわさって1体となり、より巨大な姿へと変貌を遂げる。
「ウガー、デッドジャイアントデラックス!」
 いまや巨大マニフィカを遥かに見下ろす姿となったジャイアントが、強烈な蹴りを放った。
「おお、もっと、もっと巨大になるのじゃ!」
 マニフィカはさらに巨大化しようと、精神を集中する。
 だが、レッドクロスは光るだけで、巨大化は起きない。
「レッドクロスの力でこれ以上巨大になるのは無理というのか? くそっ」
 マニフィカは舌打ちすると、雲突くようなデッドジャイアントデラックスにつかみかかった。
「ワハハハハハ! もはやお前など敵ではなーい!」
 ジャイアントデラックスは笑いながら拳を打ち降り、マニフィカを吹き飛ばして、のしのし行進を始める。
「何ということじゃ。どうすればあやつに勝てるというのか? わたくしの力はもう限界じゃ。ギガンティックモードも解けてしまうぞえ」
 マニフィカの身体がみるみる縮小し、等身大へと戻ってゆく。
「レッドクロスの力にも限界がみえたか? だが、あのクリスタルの力を使えばどうにかなるかもしれない。とりあえず、アンナとアオイを救出して、回収する必要があるな。態勢を立て直さなければ、奴には勝てない」
 武神はピジョンロボを操って、アンナを十字架からひきはがすと、今度はアオイを探して空に飛び上がっていた。

3.魔導王

 一方、富士の樹海では、アーマードピジョンの技術者たちによって、戦車の形態になって着地したきり動こうとしないフルメタルの解析が必死で進められていた。
「ダメだ。どうやっても起動させることができない。機構の一部に、どうしても解析できない部分がある。この解析できない部分には、フルメタルの最も重要な部分、開発者が心血を注いだ超高度な電子頭脳が内蔵されているようだ。下手にいじると電子頭脳の精緻な回路が破壊され、微妙な損傷であっても全体に重要な影響を及ぼす恐れがあるな」
「この電子頭脳は人間を越える叡智を持ち、あらゆる未来を予測できる能力があると聞いています。開発者は自衛隊に招聘された天才ロボット工学博士だったそうですね。このフルメタルが開発されていた研究所が襲撃されたとき、電子頭脳の秘密を知る開発者もまた殺されてしまった。電子頭脳の設計図は全てその開発者の頭の中にあったため、我々は解析しようがないというわけです」
 フルメタル内部の操縦席で、技術者たちはため息をもらしていた。
「しかし、我々がこの機体に近づいたとき、まるで『入ってくれ』といわんばかりに内部への扉が開かれた。あれはいったいどういうわけなんだ? それに、研究所が襲撃されたとき、この機体もまた炎の海の中に消えたと聞いている。それがなぜ、こうして無事に存在するのだ?」
「それについては、グレイト・リーダーの調査で興味深いテープが発見されています。お聞きになってみて下さい」
 技術者の一人が録音用のカセットテープを再生すると、取り乱したような男の声が流れた。
「お、俺は、あの研究所で働いていた。技術者ではない、ただの警備兵だった。あの日、俺は、研究所が襲撃され、あちこちで爆発が起こり、仲間たちが殺されていたとき、あの機体のことが気がかりで、収納されていた地下の大空間に入り込んで、近づいていったんだ。微調整はまだ済んでなかったが、機体はほぼ完成されていて、電子頭脳もスイッチを入れれば起動するようになっていた」
 テープから流れる声は、次第に緊張の度合いを高め、声はかすれがちで、震えるようになっていった。
「俺が機体に近づいたとき、あの大きな空間にも震動が走って、あちこちが崩れてきた。炎があっという間に広がって、生命の危険を感じた。俺は、イチかバチか、機体のすぐ側にあった、電子頭脳を起動させる装置に触れ、起動のスイッチを入れたんだ。信号が発信されて、機体の中でブーンという音がしたようだった。俺は起動をもっとよく確認したかったが、炎の海はいよいよ熱く燃え盛り、空間全体を焼き焦がすようになった。俺は、もう限界だと感じて、無我夢中で逃げ出した。あの地下の空間から出るとき、一瞬だけ、俺は振り返った。そのとき、俺は、よくはみえなかったが、何かが炎の中に立ち上がっているように思えた。もちろん、錯覚だったかもしれない。それから、俺は、何とか地上にまで逃れて、意識を失った。気がついたら病院のベッドの上だった……」
 テープは、そこで切れた。
「この声の主はどうしている?」
「死にました。病院に運びこまれたときは、既に虫の息だったそうです。医師に頼んでこの最後の言葉を録音してもらったとのことです」
「ふむ。この者のいっていることが本当なら、フルメタルは研究所が大爆発を起こす直前に電子頭脳を起動させられたことになるな。そして、この電子頭脳には、善悪をみわける機能とともに、高度な自己防衛本能が備わっている、ということだったが。なぜ、横浜の街がデッドクラッシャーズの巨大兵器に襲撃されたとき、この機体は突然現れたのだ? そして、なぜ武神のピジョンロボに攻撃を加えたのか?」
 技術者たちはまたもため息をついた。
 フルメタルの全容は、わかるようでわからない。調べれば調べるほど、謎は深まるばかりだった。
 そのとき、警報の音が鳴り響いた。
「大変です! デッドクラッシャーズの戦闘ヘリがこちらに向かっています。ヘリには超甲人のグリーンベレー部隊が乗り込んでいるようです!」
「な、何だって!?」
 ドゴーン!
 ズゴーン!
 フルメタル周辺に爆発音が起きる。
 ヘリに乗り込んでいる超甲人たちが、ロケットミサイルを発射したのだ。
「く、くそっ! 本部からの応援は?」
「応援を要請しているところです。あ、あれは!?」
 外部の様子をモニターしていた技術者が叫び声をあげた。
 樹海上空に、巨大な魔導空母が出現していた。
「あれは、エクセリオン!? 五芒か!!」
「はーはっはっは! デッドクラッシャーズも愚かなり! アーマードピジョンが新宿からの死の行進にばかり戦力を割いていると思ったか!? この五芒寿限無が成敗いたす!」
 五芒寿限無は魔導空母エクセリオンの艦首に立って、意気揚々と敵部隊を見下ろしていた。
「ゆけ、魔導巨兵よ!」
 五芒の指示で、エクセリオンから3体の魔導巨兵が出撃する。
 ズシーン!
 ズズーン!
「ホオオ〜」
 樹海に降り立った魔導巨兵は吠えた。
「おのれ、撃て!」
 超甲人たちはヘリを操ってマシンガンの銃弾を魔導巨兵に向けるが、厚い装甲はビクともしない。
「よし、合体だ!」
 五芒の叫びに、3体が反応。
 合体変形して、魔導王エーテリオンとなった。
「ガアアアアッ!」
 エーテリオンはその機械の瞳で敵をみすえると、巨大な拳をひといきに振るった。
「う、うわー!」
 エーテリオンの拳をくらったデッドクラッシャーズの戦闘ヘリが激しい音をたてて爆発する。
 グリーンベレーの超甲人たちも悲鳴をあげて絶命した。
「よし、進め! うん?」
 五芒は眉をひそめた。
 樹海の彼方から、迫りくる巨大な影。
「デッド、デッド、デッドコングゥ!」
 超甲人機デッドコングだ。
「よし、迎え撃て! チェェェェェェンジ・エクセリオン! 必殺最終武器発動!」
 五芒は興奮のあまり身体をのけぞらせて叫んだ。
 魔導空母が空中でその機体を折り畳むように変形し、巨大な銃のかたちとなる。
 魔導砲と化したエクセリオンを、エーテリオンは手にとって、構えた。
「照準セット。パワー、充填! 120パーセントフル!」
 エーテリオンの巨体が光り輝く。
「ファイナルシュート! 魔導砲・発射!!」
 エクセリオンから離れ宙に浮遊している五芒が叫ぶ。
 魔導砲の砲身に莫大な量のエネルギーが集中する。
 そのとき。
「フンフンフン! デッドスルー!!」
 デッドコングが力いっぱい投げつけた何かが、魔導砲の砲口に潜りこんだ。
「ああっ、まずいでちゅ! ウンチがつまったでちゅよ!」
 五芒のペットである幻獣・カーバンクルのカー君が叫ぶ。
「フンフンフン!」
 デッドコングが投げつけているのは、自らが生み出した巨大なフンだ。
 フンは、次々に魔導砲の砲口に投げこまれ、砲身いっぱいに詰めこまれてゆく。
「いかん。発射を中止するんだ!」
「えっ? ここまできちゃったら、止められまちぇーん!」
 五芒の指示に、カー君は素っ気なく首を振る。
 ちゅどーん!
 魔導砲が大爆発を起こした。
「う、うわー、フンが、フンが舞い散るー!!」
 爆発の中で、微細な粒子となったフンが辺り一面に飛び散り、樹海に降り注ぐ。
 ものすごい悪臭で鼻が曲がりそうだ。
「ウンチ、ウンチー! ゴリラのウンチッチー!!」
 陽気にうちはしゃぐカー君だが、飛んできたフンを頭からかぶった五芒はきりきり舞いをしながら落下していく。
「おのれ、この屈辱、忘れはしない! みていろよ、エーテリオンが世界を変えるときを!」
 五芒は悔しそうに歯ぎしりするのだった。

4.電子頭脳の裁定

「デッドォ! デッドォ!」
 のしのしと樹海を歩き、フルメタルに近づいていくデッドコング。
「く、くそっ、起動しろ、起動するんだ!」
 フルメタル内部の技術者たちは躍起になってコントロールパネルを叩くが、巨大な機体はびくともしない。
「もうダメです! 脱出しましょう!」
「いかん! この機体には強大な力が秘められている。奴らの手に渡すわけには!」
 絶叫が飛び交う。
 ピンチだ!
 そのとき。
 ブオーン、ブオ、ブオーン!
 樹海の内部に、ハーレーのエンジンがあげる爆音が鳴り響く。
「誰だ? ハーレーで樹海に乗り込むなんて!」
「あっ、あれはジュディです!」
 ジュディ・バーガーが愛車のハーレーにまたがってデッドコングに突進していた。
「ヘイヘイヘイ、ゴリラハニホンデクラセマセーン!」
 怪気炎をあげながら迫るジュディ。
「うん? ちょこざいな。くらえ、フンー!」
 デッドコングはジュディの接近に気づくと、すかさずフンを生み出して投げつけた。
 ブオン!
 ジュディはたくみにハーレーを操ってフン撃を避ける。
「トアー! ココカラサキヘハイカセマセーン!」
 ジュディはコングの前方にまわりこみ、ハーレーから飛び降りると、恐るべき敵に真っ向から組みついた。
 ジュディのレッドクロスが光を放つ。
 身長15メートルのデッドコングの巨体が、ジュディによって押し返されようとした。
「フンー!」
 デッドコングは唸ると、フンをすくいあげ、ジュディの頭部に叩きつける。
「ノー!」
 ジュディは悲鳴をあげるが、力を緩めない。
 コングはフンを次々にジュディに塗りつけ、その身体の動きを封じようとする。
「すごい闘いだ。ここまで臭ってきそうだな」
 技術者たちはモニターに映しだされる凄絶な光景を固唾を飲んで見守った。
「ところで、ジュディのコンボイは?」
「富士見スカイラインに止めてあるようです」
 そのとき。
 樹海上空に、不吉な影が。
「わーはっはっは! 何をやっとるのじゃおぬしらはー!」
 エルンスト・ハウアーだ。
 エルンストは降下すると、フルメタル内部に入り込む。
「むっ? お前は暗黒魔術の! 去れ、フルメタルはアーマードピジョンが平和利用のため確保する!」
「吹いとるのう。どけどけい」
 技術者たちの抗議をものともせず、エルンストはフルメタルの操縦席に突き進んだ。
「ふん、何じゃこれは? よくわからんのう」
 コントロールパネルを興味深げに見守りながら、エルンストはあるボタンに手を触れる。
「ほーれ、ポチッ! なんちゃって」
 エルンストがしわがれた笑い声をたてたとき。
 ゴゴゴゴゴゴ
 フルメタルの機体が唸りをあげた。
「な、何じゃ! 本当に起動しおったぞ!」
 さすがのエルンストも目を丸くする。
「バ、バカな! これまでこのパネルをいくらいじっても、機体は動かなかったんたぞ! そのボタンだって何度も押したのに、どうして?」
 技術者たちは動揺して右往左往した。
 戦車の形態からむっくりと身を起こすように機体を変形させて、フルメタルは巨大ロボットの形状へと姿を変えた。
 操縦席の前面にあった巨大なディスプレイが光を放ち、外界の様子を映しだす。
 そこには、デッドコングと必死に力比べをしているジュディの姿があった。
「ふむ。ワシに好意を示しているわけではないな? あの、ジュディとかいう戦士の必死の闘いぶりに反応しておるようじゃのう。まことに面白い奴じゃ」
 エルンストはいよいよ愉快といった表情。
「しかし、こうしてワシらを乗せたまま起動したということは、動かしてもらいたいのではないかな? さて、どうやって動かすのかのう?」
 エルンストはパネルのあちこちを叩いたが、今度は全く反応がない。
「うん? 何じゃこれは?」
 エルンストは、ディスプレイの中央に巨大な文字が浮かび上がるのをみた。
 そこには、こう書かれてあった。
「ICカードをセットして下さい」
 と……。
「は?」
 技術者たちの目が点になる。
「ICカード? 何じゃ、それはどこにあるのじゃ? もしかしてここで手に入れるのか?」
 エルンストは、操縦席の片隅にいつの間にか出現している、ドリンクの自動販売機のような物体に近寄った。
「ふむ。ICカードは1枚500円と表示されておる。買わねばならんのか。よくわからんのう」
 エルンストはとりあえず500円を入れてICカードを購入した。
「よし、セットするぞ」
 エルンストはコントロールパネルのスリットにICカードを挿入する。
 ディスプレイの表示が変わり、ライフゲージや武器アイコンが現れる。
「ふむ。画面をタッチして、使う武器を選べるのか。攻撃する相手をロックオンするときも、画面にタッチすると。で、このボタンは実際に攻撃をするときなどに使うのじゃな」
 エルンストはその頭脳で、フルメタルの操作方法を理解し始めた。
「こ、これは、まさか!? フルメタルの電子頭脳を設計したロボット工学の天才・吉良博士は、『誰もが親しみやすく、覚えやすい操作方法を実現してある』と語っていたというが、もしかして、その、親しみやすく覚えやすい操作方法というのは、ゲーセンのオンラインゲームにインスピレーションをえたものでは!?」
 技術者たちはついに謎の一端が明かされたと感じた。
「こうしてはおられん! 私たちもICカードを購入するんだ!」
「おう! エルンスト、早くプレイを終わらせろ! 次は私たちだ!」
 自販機に殺到する技術者たち。
「プレイじゃと? 何をいっとるんじゃ。ワシらがやるべきことは、遊びではない。この国に真の平和をもたらすための闘いじゃ。ほれ、フルメタルよ。向かうがいい。あの戦士を、お前を守るために全力で闘っている勇者を助けるのじゃ!」
 エルンストの操作で、フルメタルは動き始めた。
 ズズーン、ズズーン
 フルメタルの向かう先には、デッドコングとジュディが。
「ノー! クソ・ウンチ・トグロー!」
 いまやフンまみれの姿となったジュディは、目をつぶって絶叫し、デッドコングに渾身の力で組みついていた。
「デッドォ! しぶとい奴だ!」
 デッドコングはジュディの両腕をとらえ、全力で引き離そうとする。
「よし、ミサイルじゃ!」
 エルンストはディスプレイ上のデッドコングをタッチしてロックオンすると、ミサイルアイコンをタッチし、発射のボタンを押す。
 ドドーン!
 フルメタルの両腕が持ち上がり、指先からミサイルが発射される。
 ちゅどーん!
 ミサイルはデッドコングの肩に命中した。
「う、うおー!」
 デッドコングの身体が吹っ飛ぶ。
「オー、チャンスネ!」
 ジュディは咆哮を上げ、吹っ飛ばされたコングに向かって駆け出した。
「カモン、ハーレー!」
 ブオン!
 自動操縦のハーレーがジュディに付き添うように疾駆する。
 ジュディが、ハーレーにまたがり、一体となった。
「ウラー、モエアガレ!」
 ジュディのレッドクロスが光り輝き、戦闘力が極限まで解放される。
 ジュディの身体にまとわりついていたフンが、レッドクロスの光にかき消されるようにしてなくなっていく。
「コンジキダイトッコウ! アクニテンチュウ! スーパーウルトラでラックス・ハイパワータックル!」
 ハーレーと一体化したジュディがものすごい勢いでコングに突っ込み、激突する。
「な、何だこの力は!? ウガアアアアアアア!」
 コングが悲鳴をあげる。
 ぴかっ
 超新星が地上で起きたような閃光がほとばしると、次の瞬間大爆発が起こった。
 ドドドドドドドドーン!
 大地が鳴動し、樹海の木々がざわめく。
「スペシャルテクニックだ。ジュディは勝ったんだ!」
 技術者たちが興奮した口調で叫ぶ。
「ほう、あの女、なかなかやるではないか。うん? フルメタルのセンサーが何かを示しているが?」
 エルンストは、フルメタルのセンサーが樹海のさらに奥にある地点を指し示しているように感じた。
「この地点には、太古の昔からのエネルギーを感じるのう。ちょうど、エネルギーがこの地点を中心に渦を巻いているようじゃが、はて?」
 エルンストは首をかしげた。
 暗黒魔術の知識から、何かが導かれそうだが、すぐにはひらめかない。
 だが、考えているのも束の間だった。
 すぐにフルメタルの機体が浮き上がり、戦闘機の姿へと変形を遂げたのだ。
「むう、またしても勝手に動いているわい。霞ヶ関の方に向かっているようじゃのう」
 エルンストは動き出した機体の中で、また愉快そうな微笑みを浮かべた。
 その傍らでは、買ったばかりのICカードを手にした技術者たちが、茫然とした表情で立ち尽くしているのだった。

5.国会へ

「何じゃあ! 死ねよゴルァ!」
「うぜえんだよ! あの世へ逝け!!」
 あらゆる障害をなぎ倒し、ひたすら行進を続ける超甲人1万人部隊。
 デッドジャイアントデラックスによって巨大マニフィカも倒され、もはや向かうところ敵なしかに思えた。
 ガシャーン!
 グシャーン!
 ついに部隊は霞ヶ関に到達し、立ち並ぶ省庁のビルが次々に破壊されてゆく。
 霞ヶ関の官僚は大半が避難を完了していたが、それでもかなりの人々がまだ残っていたようだ。
 彼らは、まさか部隊が霞ヶ関にまで到達するとは思わなかったのだろう。
 人々のあげる悲鳴が、空に響き渡る。
 まさに地獄絵図であった。
「よーし、次は国会だー!」
「オー! ウラー!」
 部隊は破壊活動を繰り返しながら、永田町へ。
 国会議事堂がピンチだ。
 そのとき。
 ポロンポロン〜
 どこからか、ギターをかき鳴らす音が。
「だ、誰だ!? この状況でギターを弾けるとは!」
 超甲人たちは驚いて辺りをみまわす。
 ポロンポロン〜ポロロロロ〜ポロリ!
 国会図書館方面からギターを抱えて現れたのは、フレア・マナ。
 アーマードピジョン期待の新星である。
「き、貴様〜! なめくさりおって!」
 超甲人の一人が、ギターを弾き続けるフレアの肩をつかんだ。
 次の瞬間。
「ぐ、ぐわ〜」
 超甲人は悲鳴をあげた。
 ギターの演奏をやめたフレアが、警棒で敵を一撃したからである。
「この女! 死にたいのか?」
「僕は死など恐れていない。もっとも、ここで死ぬつもりはないけどね」
 フレアは警棒を振りかざした。
「燃え上がれ、フレイム・ロッド!」
 ごおおおおお
 警棒が炎のオーラをまとい、剣のかたちとなる。
「いくぞ、爆進! インフェルノ・チャージャー!!」
 だだだっ
 炎の剣と化した警棒を正眼に構え、フレアは駆け出した。
 光を放つ剣の切っ先が、立ち向かう敵を次々に弾き飛ばしてゆく。
「う、うわー!」
 悲鳴をあげ、倒れる超甲人たち。
「愚かな。国政にもの申したいなら選挙に行けばよいものを」
 フレアはどこまでも突進する。
 目指すは、国会。
「国会にたどり着き、防衛線を張る。もはや死守しか道は残されていない!」
 しかし、そんなフレアの前に立ちふさがる影があった。
「やれやれ、頭数でしかない連中に倒せない相手のようだね。そこをどいてもらおうか。私が、奴を斬るよ」
「レ、レディ・ミスト様!」
 超甲人たちが慌てふためき敬礼する中を、デッドクラッシャーズの女幹部レディ・ミスト(アクア・マナ)が歩き過ぎ、フレアに近寄った。
「うん? お前は?」
 フレアは正眼の構えを崩さず、レディ・ミストに向きあった。
「おぬし。国政にもの申したいなら選挙だと? 笑止千万だな。何しろ、そういうおぬしには選挙権などないのだから」
「くっ! 選挙権など、あと何年かすればとれる!」
 フレアはミストとの距離を徐々に詰めていった。
「私とやるのか? どうなっても知らぬぞ」
「死ぬつもりはない。僕は、どうしてもデッドクラッシャーズを許すことができない理由があるんだ!」
 フレアはミストに突進、斬りかかった。
 ミストは余裕の表情でその攻撃をかわし、両の掌をフレアに向けた。
「おぬしの攻撃は、みえみえだな。なぜかは知らぬが、手にとるようにパターンが読める。どこか、私の剣技に似ているからか?」
 ミストの両掌が青色の輝きを放ち、大気中の水分を凝集させてゆく。
「炎の剣など、恐れるに足りぬ。いくぞ、激流! ハイドロ・スマッシャー!」
 ミストの掌から、水氷魔術の力で生み出された高圧の水流がほとばしる。
「うっ!」
 フレアは炎の剣で水流を受け止めた。
 しゅごごごごごご
 だが、水流はものすごい力で炎の剣をひしいでゆく。
「うわああああああ」
 ついに炎の剣は力を失い、もとの警棒に。
 同時に、フレアの身体が水流に押し流され、はね飛ばされる。
「す、水氷魔術を使って炎を打ち消すなんて! これじゃ、まるで、まるで……」
 次の言葉を、フレアは飲み込んだ。
 まるで。
 姉さんみたいだ。
 姉さん?
 その言葉が、フレアの目に大いなる気づきを与えようとしていた。
「ふっ、どうした? この程度で怖じ気づくか? いささか失望させられたな」
 ミストは笑いながら、南京珠すだれを振り上げる。
「氷結! アイスブレード!!」
 引き伸ばされた珠すだれが、水氷魔術の力で凍結し、巨大な剣と化す。
「死ぬがよい! 最高の恐怖とともに!」
 ミストは氷の剣でフレアに斬りかかった。
「あっ、ああ! この剣技! 強い、強いよ、やっぱり、姉さんのようだ!」
 フレアは警棒で攻撃を防ぎながら、じりじりと後じさってゆく。
 カキーン!
 ついにミストの剣が、フレアの警棒をはね飛ばした。
「くうっ」
「最後に聞いておこう。おぬし、名を何という? 私がこれまで斬り刻んだ剣士たちの目録に追加してやる」
 ミストは剣をフレアの頭上に突きつけて、尋ねた。
 フレアは闘志の消えた目で、ミストを見上げて、答えた。
「僕の名は、フレア。フレア・マナだ」
 その名を聞いたとき、ミストの頭にチリッという痛みがはしる。
 フレア。
 ふれあ?
「な、何だ、またか。くっ、フレアなどという名前ははじめて聞いた! はじめて聞いたはずだ! ああっ」
 ミストは片手を頭にあてて悲鳴をあげる。
「や、やっぱりそうだ。姉さん。姉さんだね?」
 フレアの気づきは、いまや大いなる確信にまで成長していた。
 目の前にいるのは、デッドクラッシャーズに連れ去られた姉、アクア・マナなのだ!
「う、うるさい! 私を惑わせるな! 消えろ! おぬしなど!」
 ミストは半狂乱になってわめきながら氷の剣を力いっぱい振り下ろした。
 ズバッ
「あ、ああ〜!」
 剣の一撃を受けたフレアが倒れる。
「さあ、お前たち、行け! もはや邪魔する者はいなくなった! 国会を占拠しろ!」
 ミストは両手で顔を覆いながら超甲人たちの部隊に指示を送ると、戦場から撤退してゆく。
「ね、姉さん、なぜ? ネコ男爵、これがお前のいおうとしていたことなのか?」
 薄れゆく意識の中で、フレアはミストに向かって手を差し伸べようとし、そこで力尽きた。
 超甲人たちが、倒れたフレアの身体を踏みつけて行進してゆく。
 アーマードピジョン最後の希望であったフレアも倒れ、いまや、霞ヶ関の崩壊、そして国会の占拠は決定的となった。
 日本は、もう終わってしまうのか?

6.エリカの悲劇

 東京、武蔵野市。
 エリカの実家は、閑静な住宅街にある。
 エリカが両親の愛情を受けて育った家には、彼女の思い出がいっぱい詰まっている。
 そんな実家の前に、エリカは立っていた。
 やっとだ。
 やっと帰ってこられた。
 ある日突然デッドクラッシャーズに誘拐されてから、もう何年も経ったような気がする。
 両親は、きっとエリカのことをひどく心配しているだろう。
 急にいなくなったことに驚き、警察に捜索願いを出しているに違いない。
 やっと、両親に逢える。
 エリカは、呼び鈴のスイッチを押した。
 家の中に、聞き慣れた呼び出し音が流れる。
 だが、誰も出てこない。
 もう一度、エリカは呼び鈴を鳴らした。
 やはり、誰も出てこない。
 急に、不安がエリカの背を駆け抜けた。
 玄関のドアノブに手をかけると、扉はあっさり開いた。
 不安が、いよいよ強くなる。
 エリカは家の中に入った。
 両親の靴が、置いてある。
 でも、家の中には全く気配がない。
 エリカの不安は頂点に達した。
 家の中に駆け上がり、廊下を走って、居間に向かう。
 居間の扉は、開きっぱなしになっていた。
 エリカが居間に飛び込むと、そこにあったのは。
「嘘! イヤ、こんなの……!」
 全身切り傷だらけの両親の死体を発見して、エリカは愕然とした。
「そんな、お父さん、お母さん!」
 両親の死体を抱えて、エリカは泣いた。
「エリカ殿! うっ、これは……!」
 ひそかにエリカの後をつけていた不知火鈴が、エリカに続いて家にあがりこみ、死体を発見して、絶句する。
 よくみると、居間のテーブルに真黒な紙が、二つ折りにして置いてある。
 紙を広げると、赤インクでメッセージが記されていた。
「エリカへ。これが組織を裏切った報復だ。お前に近い者を次々に殺し、最後にお前をゆっくりとなぶし殺してやる。覚悟しておけ」
 メッセージを読みあげた不知火は、思わず怒りの声をあげた。
「ひ、ひどいでござる! エリカ殿は無理やり誘拐され、組織に奉仕を強いられていたのでござる。そこから抜け出したのを裏切りといって、両親を殺害したのでござるか?」
 不知火の側で、エリカは泣き続ける。
「お父さん、お母さんは、私のせいで殺された! 私のせいで、私のせいで! くっ、ううっ」
「狂気だ。これがデッドクラッシャーズのやり方でござるか? エリカ殿、負けてはいかんでござる!」
 不知火はエリカの肩に手を触れた。
 だが、その手をエリカははねのける。
「近づかないで下さい! 私に近づけば、あなたも殺されます!」
「エリカ殿!」
「私は、私は、いない方がいいんです! あのとき、ネコ男爵に殺されて、私は死んだ方がよかったんです!」
「エリカ殿、しっかりするでござる!」
 半狂乱になったエリカを、不知火は抱きしめた。
「離して下さい! デッドクラッシャーズに殺されたいんですか?」
「拙者は、いや、アーマードピジョンの傭兵たちは、死を恐れたりはせんでござる! 相手がデッドクラッシャーズであろうと、そう簡単に殺されるような者はおらんでござる!」
 不知火は強い口調でそういうと、エリカの涙をハンカチで拭った。
「うっ、ううっ」
「エリカ殿、負けてはいかんでござる。貴殿の持つ力を、デッドクラッシャーズと闘うために使うでござる! 貴殿がアーマードピジョンに参加せず一人でいるのみでは、貴殿によって救われるはずだった生命も救われなくなるでござる! どうか、お願いでござる! もし断るなら、拙者はこの場で切腹する覚悟!」
 不知火は刀を自身の腹に突きつけた。
 だが、不知火の言葉はエリカの耳に入っていなかった。
「イ、イヤです! もうイヤです! 私は、私は、ああ〜!」
「エリカ殿!」
 泣き叫びながら家を飛び出したエリカを、不知火は追った。
 家を出たエリカは、レッドクロスを装着してメイドの姿になると、そのままクロスの力で空に浮き上がる。
「くっ、よもや両親が殺されていようとは! このまま追うでござる!」
 不知火は、駆けた。
 エリカが空を飛んで向かう先には、霞ヶ関があった。

7.出動、レスキューチーム!

 霞ヶ関に到着したエリカは、崩壊寸前の庁舎ビルに飛び込んだ。
 廊下を走りながら、涙を拭う.
「もう、誰かが犠牲になるのをみたくない! だから、だから!」
 ビル内部で倒れていた人々を抱え、外に連れ出して避難させるエリカ。
 だが、一人の力では限界がある。
 そのとき。
「エリカ! やっぱりここにいたんだね!」
 姫柳未来と、坂本春音がエリカのもとに駆け寄ってきた。
「あなたたちは!」
 崩れ落ちる建物がこぼす塵や埃に汚れた顔をあげて、エリカは二人のガーディアンをみつめた。
「エリカさん! わたしたちは、アーマードピジョンが結成したレスキューチームとして活動してるんです! さあ、一緒に傷ついた人々を救助しましょう!」
 春音が熱っぽく語りかける。
「ダ、ダメです! 私に近づかないで! 私に近づけば……」
「殺されない。殺されないよ、わたしたちは! 死ぬつもりなんかないんだ!」
 姫柳は叫び、エリカが運んでいた人々の一部を抱きかかえた。
「さあ、いまは一刻も早くみんなを助けないと! 考えるのはその後だよ!」
 姫柳に促され、エリカは慌てて救助活動を再開した。
 ビルの外に連れ出された人々は、春音が癒しの結界で防護している。
「みんな、ありがとう! 私は、いまのこの活動に協力してくれることに対して、感謝します!」
 エリカが感激して、そういったとき。
「カーマ、カマカマ! 下らないこといってんじゃねえよ、バカ!」
 超甲人機デッドカマキリが霞ヶ関に現れ、エリカたちの前に立ちふさがったのである。
「あなたは!」
 エリカは救助の手を止めて、デッドカマキリと向き合う。
「カマ〜!」
 巨大なカマキリの姿の超甲人機は、羽を広げ、カマを大きく振りあげて威嚇した。
「こないだはよくもやってくれたな! お前の弱点はわかっている。いでよ、性犯罪者軍団!」
 デッドカマキリの合図で、そこら中から不潔な外観の性犯罪者たちが現れた。
 ストーカー、強姦魔、セクハラ上司に、ロリコン教師。
 各界のありとあらゆる性犯罪者たちを集めた部隊が、エリカを包囲する。
「エリカ〜! 奉仕するのだ、俺たちに! 男の欲望に仕えていた日々を思い出せ!」
「うっ、イヤ! やめて!」
 男たちの欲望にぎらついた目をみたとき、エリカは思い出した。
 デッドクラッシャーズにとらわれ、亜細亜博士に助手にしてもらうまでに味わった、性的屈辱の数々を。
「お前は、性犯罪者に勝つことはできない! 死ね!」
 頭を抱えたエリカに、デッドカマキリが襲いかかる。
 そのとき。
「待ちなちゃ〜い!」
 パピリオ・パリオールが現れてカマキリの前に立ちふさがった。
「むっ、ちょこざいな。お前も死ね!」
「とおっ」
 カマキリのカマをかわし、パピリオは跳躍。
 電信柱の上に立って、蟲笛を吹く。
「オツムは下等な虫さんよ! あたちの軍門にくだりなしゃい!」
 パピリオの吹く蟲笛のメロディを耳にして、デッドカマキリは動きを止めたかにみえた。
「そう、いい子でちゅね! お手をするでちゅ!」
 パピリオはカマキリの眼前に飛び降りると、掌を差し出した。
「あ、あうう。お、お手〜!」
 カマキリは、カマをパピリオの掌につけるかにみえた。
 だが。
「な〜んちゃって! そんなものに引っかかるか〜! いくぞ、デッド大切断!」
 スパスパスパッ
 大きな笑い声をあげたデッドカマキリが、大きなカマを縦横無尽に振りまわして、パピリオを切り裂いた。
「なに!? う、うわ〜!」
 悲鳴をあげ、血しぶきをあげながらパピリオは倒れる。
「はっはっは! 超甲人機には人間の頭脳がセットされている! 決して虫のような下等な精神ではないのだ!」
 デッドカマキリは笑いながら、再びエリカに迫る。
「や、やめて……もう、私に触れないで……」
 性犯罪者に囲まれ、真っ青な表情のエリカは、身動きすることさえできない。
「ひゃっひゃっひゃ! エリカ、闘えない戦士は無能というもの! いま引導を渡してやる!」
 だが、超甲人機の前に、今度は姫柳未来が立ちふさがった。
「ちょっとあんた、調子に乗ってるんじゃないよ!」
「むっ、また邪魔か?」
 デッドカマキリは大ガマを未来に振り下ろす。
 未来は、カマを受け止めた。
「レッドクロスを甘くみないで。わたしたちはいま、救助活動をしているの。あんたこそ、邪魔なんだよ!」
 未来は両目をつぶって、念動力を集中させた。
 レッドクロスが光を放つ。
「はあああああああ〜サイキックバースト!」
 未来のスペシャルテクニックが発動。
 ばびゅーん
 デッドカマキリの巨体を抱えあげ、宇宙の彼方へ瞬間移動させる。
「あっ、ああ? ここは、いきなり宇宙? えっ、えっ? ああ〜あっうっわ〜へへへぷっつん」
 宇宙空間をさまよう漂流物体にされたデッドカマキリは、あまりに広大な空間を前に精神に異常をきたし、ものいわぬ状態のまま銀河の奥へと流れていった。
「勝ったよ!」
「わ〜、すごいです、姫柳さん!」
 得意げな表情の未来に、春音が歓喜の声をあげてしがみつく。
「げえっ、マジかよ!? カマキリさんがやられちまったぜ」
 将を失った性犯罪者部隊に動揺が走る。
 そこに。
 バリバリバリ。
 轟音とともにヘリが霞ヶ関上空に現れる。
「エリカさーん! 私もレスキューチームに参加しまーす!」
 ヘリから高田澪が手を振る。
「よし、消化弾だ!」
 高田は火災域に消化弾を打ち込む構えに入る。
「おい、ヘリだぜ! 何かを撃とうとしてるぞ!」
「やばい、逃げろー!」
 高田のヘリをみた性犯罪者たちはついに恐れをなして逃げ出していった。
「はあ、はあ」
 ようやく解放されたエリカが安堵の息をつく。
「高田さーん! 救出した人々を運んで下さーい!」
 坂本春音が、高田のヘリを呼ぶ。
「うん、いまいくよ!」
 ヘリが降下し、負傷した人々を収容し、再び浮上する。
「みんな……! 私、勘違いしてた。アーマードピジョンには、闘うことしか考えない人ばかりかと思ってた」
 エリカはしみじみと呟く。
 正確には高田はアーマードピジョンのガーディアンではなかったが、エリカにはみんなが志を等しくするように思えた。
「ようやくわかったようだな」
 マリアルージュ・ローゼンベルグがそんなエリカに声をかける。
 彼女もアーマードピジョンの人間ではなかったが、いまはそんなことはどうでもよかった。
「はい。私の中の不信感が幾分払拭されたように感じます」
 エリカはきらきらした瞳でマリアルージュをみた。
「アーマードピジョンに不信を抱くのも無理はない。だが、ならず者国家や犯罪組織などよりはマシな団体だ。仲間と連携すれば、一人でいるよりも効率的に活動できるし、より多くの人々の生命を救うことができる。それに、君一人ではデッドクラッシャーズの追っ手に対抗できないだろうが、アーマードピジョンのガーディアンたちと一緒にいれば、身の安全もかなり保証されるだろう。さあ、いまこそ決断のときだ。アーマードピジョンに戻り、平和のために救助活動を行う戦士として活躍するのだ」
 マリアルージュの力強い説得に、エリカはうなずいた。
「はい。私、やってみます! みんなと一緒に、これ以上の悲劇を起こさないために!」
「エリカ殿ー!」
 エリカを追っていた不知火鈴が、やっと霞ヶ関に到着して駆け寄ってきた。
「不知火、もうキミが説得する必要はない。エリカはアーマードピジョンに戻る決意を固めたぞ」
 リーフェ・シャルマールが不知火の側に現れ、その肩をつかんで引き止める。
「何と!? 何が彼女の心を変えたでござるか?」
「みんなさ。みんなの身体を張った行動が、エリカを改心させたのだ。レスキューチームは、アーマードピジョンの中でもかなりまとまっているグループのようだな。おかげで、私はグラビティー・プレッシャーを使わずにすんだ」
 リーフェは、カバンから黒い布の包みを取り出した。
 包みを開けると、そこには光り輝くクリスタルが。
「グレイト・リーダーから預かってきたものだ。彼女は、これの力を引き出す鍵になるかもしれない」
 リーフェがクリスタルをエリカに渡そうと歩み寄ったとき、姫柳の声が響い。
「エリカー! これ、みて! いま、国会近くに瞬間移動して救助活動しようとしたら、この人が倒れていたんだ」
 姫柳未来が抱きかかえているのは、レディ・ミストの攻撃を受けて倒れたフレア・マナだ。
「これは!? ぎりぎり即死を免れてはいるが、もう虫の息だ。早く手当をしないと危ないぞ」
 リーフェが驚いて、本部に連絡をとろうとしたとき。
「貸して下さい。私が……」
 エリカはフレアの身体を地面に横たえると、両の掌を倒れた戦士にかざし、目を閉じた。
「精霊よ、私に力を! キュア・フラッシュ!」
 エリカのレッドクロスが光り輝き、両掌から放たれた柔らかな光線がフレアを包み込む。
「う……」
 フレアの傷が塞がっていき、意識が回復する。
「これは? みろ、クリスタルが反応している」
 リーフェはひときわ強い輝きを放ち始めたクリスタルを示していった。
「ここは? 僕は、助かったのか? あのとき、姉さんは僕を斬る瞬間に心の奥底でためらいを感じていたんだ。だから、致命傷は受けずにすんだ」
 フレアは状況を確認し、よろよろと立ち上がる。
「エリカ。行こう、国会へ。闘いの中心はそこに移っている。きっと多くの負傷者が出ているはずだ」
 リーフェがいった。

8.ネコを倒せ!

「ニャーハッハッハ! ついについに! 国会征圧だニャー!」
 国会議事堂上空を、ネコ男爵がくるくる旋回している。
 非常に上機嫌だ。
「今回はデッドジャイアントにレディ・ミストと、よい働きをしてくれる部下のおかげで、ワシの出番はほとんどなかったですニャ! よきことかニャ! 最後においしいとこだけ取って、ワシの手柄にするだニャ!」
 レディ・ミストはネコ男爵の部下ではなかったが、いまはそんなことはどうでもよかった。
「これで日本はデッドクラッシャーズの手に落ちる! ワシは、人間どもを駆逐して、ネコたちが平和に暮らせる国をつくるだニャ! ネコ党結成! ばんざーい!」
 大はしゃぎのネコ男爵を見上げて、国会に集まってきた大勢のネコたちが鳴き声をあげる。
 ニャー! ニャー!
 だが、男爵の喜びは束の間だった。
「そこまでだ。いい加減、自分の罪を反省しろ」
 義体ブルーブライドを連れた佐々木甚八が、議事堂の階段を上がってきたのである!
「ニャ? 貴様、どうやってここまで?」
「超甲人たちが行進した後からやってくれば、ここまでたどり着くのはたやすい。この前は失敗したが、今日こそ息の根を止めてやる。覚悟しろ!」
 啖呵をきった甚八に、ブルーブライドの寄生体ソラが囁く。
「でも、本当にいいの? ネコ男爵を殺せば、日本愛猫家連盟に叩かれることになるで」
「大丈夫だ。まずは極限まで追い詰める」
 甚八は小声で返すと、男爵に歩み寄った。
「臆病者め。なぜいつも空に浮いている? 俺を殺したければ、かかってこい」
「ニャ、ニャニを、生意気な! くらえ、必殺・ネコヘッドアタック!」
 ネコ男爵は、いきなり必殺技を使った。
 男爵の頭部が胴体から離れ、一直線に甚八に突進する。
「ふっ、愚かな。ネコヘッドアタック、見切ったり! とあーっ」
 甚八は空高く跳躍し、飛んできた男爵の頭部を避けた。
「ニャ、ニャニ? 馬鹿な、ワシの必殺技が!」
 勢い余って宙をフラフラしながら、男爵の頭部が驚愕の叫び声をあげる。
「ネコヘッドアタックは確かに恐るべき技だ。だが、冷静に対処すれば何のことはない。要するに、よければよいのだ。なぜ誰もそのことに気づかなかった?」
 甚八の言葉を聞いたある人物が、すっとんきょうな叫び声をあげる。
「そ、そうか! よければいいんだ! ボク、全然わからなかったよ! ネコヘッドアタックを決められたらどうしようって悩んじゃってた。甚八って、すごいね!」
 トリスティアだ。
 トリスティアもまた、ネコ男爵と闘おうと国会に到着し、甚八のアクションを見守っていたのだ。
 ネコヘッドアタックは、よければいい。
 この単純な真理に、トリスティアは深く感動していた。
(きっと、武神がいたら激しく突っ込まずにはいられなかっただろう)
「く、くそー!」
 宙に浮かんだまま歯ぎしりする男爵の頭部が、甚八にわしづかみにされる。
「な、何をする?」
「お前にこれまで殺された無実の人間たちの痛みを全て返してやる。くらえ!」
 ボゴーン
 甚八は力いっぱい拳を男爵の頭部に叩きつけた。
 ぶしゅっ
 男爵の鼻から血がしぶく。
「あ、あがー! は、離せ〜!」
 ネコ男爵の胴体部分が甚八に迫り、頭部を取り返そうとする。
「おっと! そうはさせないよ!」
 甚八に従う義体が男爵の胴体部分に組みつき、押さえこむ。
「聞け。なぜ、人間に虐げられたというお前個人の恨みを、関係のない人間を大量虐殺する段階にまで広げるのだ? お前は確かに不幸だったかもしれない。だが、お前のやってきたことは、お前自身の味わった不幸を明らかに超えているのだ!」
 甚八は二本指をネコの目に突き入れた。
「ぎ、ぎにゃー!」
 悲鳴をあげる頭部をさらに階段に叩きつけ、ぐしゃぐしゃと足で踏みにじる。
「や、やめろだニャ!」
 血まみれになった男爵頭部。
 ニャー! ニャー!
 国会に集合していたネコたちがいっせいに甚八に襲いかかるが、義体が俊敏な動きで追い払う。
「もはや生命をもって償うしかない、な」
 甚八は残酷な笑みを浮かべ、ぐったりした男爵頭部にナイフを突き立てようとした。
 そのとき。
「ク、クククク……ククククク」
 男爵頭部から、くぐもった笑い声が響く。
 その笑い声を耳にした甚八は、背筋がゾウッとするのを覚えた。
「な、何だ!? お前は、誰だ? なぜ笑う?」
 本能的に、甚八は声の主が男爵ではないと気づいていた。
「何を、いくら説こうと無駄だ。この愚かで哀れなネコは、骨の髄まで人間に対する憎しみで染め抜かれている! お前たち偽善者には、一生理解できないことだがな!」
 男爵頭部が大きく口を開け舌を突き出すと、そこには不気味な黒いクリスタルがあった。
「まさか、これは! 闇のクリスタル! 司令が事前に持たせていたのか?」
 甚八は、慌てて頭部から離れた。
 クリスタルは真黒な光を放ち、男爵の頭部を闇に包み込む。
「ニャ〜ニャ〜! うらめしや! 人間ども、ワシは、お前らを、皆殺しにするだニャ!」
 白目を剥いていた男爵の目が赤い光を放ち、甚八をきっと睨みつけた。
 胴体部分が歩み寄って頭部を拾い上げ、首から上に接続する。
「佐々木甚八、まずはお前からだ! 死ね!」
 ネコ男爵本来の声とは別の声が、甚八に語りかける。
「くっ、これは? 身体が動かない!」
 甚八の身体が、金縛りにあったようになっていた。
 ネコ男爵は四つん這いの姿勢になると、牙を剥き、甚八に飛びかかった!
「うわー!」
 首筋に噛みつかれた甚八が悲鳴をあげる。
「甚八!」
 ソラが叫びをあげ、義体が男爵に飛びかかる。
「ああー!」
 次の瞬間男爵の拳が義体にものすごい勢いで突き入り、ソラに悲鳴をあげさせた。
「離せ、離せ!」
 先ほどとは一転、苦境に陥った甚八。
「ククククク。アーマードピジョンなど比較にならない歴史を持つ彼の結社の刺客が、この程度とはな!」
「お前は誰だ? デッドクラッシャーズは何を企んでいる?」
 男爵は問いに答えず、甚八の喉を噛む顎に力を込めながら、両の手のかぎ爪で甚八の身体をかきむしった。
 ぶしゅっ
 切り裂かれた甚八の全身から血が吹きあがる。
「ああっ、くっ、闇のクリスタルの力で強化された相手を、どうやれば倒せる?」
 甚八の頭脳がフル回転し、勝利への道程を計算する。
 だが、答えは虚しかった。
「レッドクロスも着ていないお前に、勝算はない!」
 男爵の口からもれる謎の声が、残酷に言い放つ。
「た、大変だ! 何とかしなきゃ」
 一連の光景を見守っていたトリスティアは、慌てふためく。
 と、そこに。
「ネコ男爵! あれは、また誰かが殺されようとしている!?」
 エリカを始めとするレスキューチームがようやく国会に到着したのだ。
「や、やめて! やめなさい、ネコ男爵!」
 エリカは脇目もふらず、甚八に噛みついているネコ男爵に体当たりをかけた。
「うっ、よせ。お前は俺に構うな」
 やっと噛みつきから解放された甚八が、エリカを突き放そうとする。
「ダメです! この傷を、早く治さないと!」
「うっ、エリカ……!」
 決死の覚悟で治癒の術を使おうとするエリカに、甚八は不思議な癒しを感じた。
「ニャー! シネ、シネ、シンジマエ、ジンルイ!」
 ろれつのまわらない声でネコ男爵がうめき、空高く跳躍して、甚八にまた飛びかかってくる。
「ダメ!」
 エリカは甚八を抱きしめ、庇おうとした。
 そのとき。
「なに!? 光のクリスタルが!」
 レスキューチームについてきたリーフェの手からクリスタルが飛び出し、エリカの頭上に走った。
 クリスタルの光が、エリカを包み込む。
 ガキーン!
 ネコ男爵の攻撃が光の幕に弾かれた。
「む? それは! 亜細亜め!」
 男爵の口から、またもくぐもった低い声がもれる。
「ニャー、ニャー!」
 男爵はわめきながら、闇のオーラに包まれた手足を繰り出して甚八に襲いかかるが、全てエリカを包む光の幕に弾かれてしまう。
「これが、光のクリスタルの力? よし、次は攻めるんだ!」
 リーフェが助言を送る。
「はい。あれ……?」
 エリカがネコ男爵をきっと睨みつけて踏み出そうとすると、光のクリスタルは急に輝きを失い、光の幕も消え失せてしまった。
「むっ、どうなっているんだ? あのクリスタルは、まさか?」
 リーフェはある仮説を想い描き、愕然とする。
「もういい。クリスタルになど頼る必要はない。ソラ!」
 甚八のかけ声に、倒れていたブルーブライドが起き上がり、宙に浮き上がる。
「結社の力をみせてやる。シークレットアーツだ! リミッター解除!」
 ブルーブライドの後背部にあるエアブースターが唸りをあげ、冷却排水の飛沫を吹き上げる。
 飛沫は、巨大な翼のかたちを描いて大地に散ってゆく。
「ニャ〜、ニャ〜! ワシハズットウランデイルダニャ! ナンデ、ナンデワシヲステタンダニャ? ナンデ、ゴシュジンサマ……」
 ネコ男爵は茫然とした表情で、震える手を差し伸べて歩いている。
「もういい、もう苦しむのはやめろ! いくぞ、シャイニングトゥルー零式・発動!」
 ごおおおおおお
 超高速でブルーブライドが空中からネコ男爵めがけて突進。
「ニャー!」
 激突の瞬間、ネコ男爵はひときわ高い鳴き声をあげた。
 吹っ飛ばされ、国会議事堂の階段下に転がる男爵。
 口から、ごぼごぼと血の泡がもれる。
 男爵に強大な力を与えていた、闇のクリスタルはどこかに消えていた。
「甚八さん、ネコ男爵を殺してしまったのですか?」
 エリカがどこか憂いをおびた瞳で甚八をみた。
「いや。最後のチャンスだ。洗脳を解除したい」
 甚八は瀕死の男爵に歩み寄った。
 だが、どうすれば洗脳を解除できるのか?
 そのとき。
「ネコ男爵! ボクの声が聞こえる? たったいま、本部から連絡が入ったんだ!」
 トリスティアが男爵に駆け寄り、声をかけた。
「男爵が、普通の飼い猫だったころの飼い主が、あの後、どうなったか知ってる? 本部の調査によると、男爵の飼い主は、ネコを捨てた後ですぐに後悔して、やっぱり男爵を飼い続けたいと思って、捨てた場所に戻ろうとしたんだ。そしたら、そしたら……」
 トリスティアは、唾を飲み込んだ。
 恐るべき真実だが、明かさなければならない。
「その飼い主の前に、デッドクラッシャーズの超甲人が現れて、いきなり飼い主を刺したんだよ! 男爵は騙されたんだ! 全てはデッドクラッシャーズの仕組んだことだったんだよ。デッドクラッシャーズは、人間に恨みを持ったネコをつくりだしたかったんだ! 男爵は、利用されていたんだよ! ねえ、もう気づいてよ!」
 トリスティアは、目に涙を浮かべていた。
「ニャ……ご主人様が、殺されていた? なぜ……」
 男爵の意識が、正常に戻りつつあった。
「デッドクラッシャーズが? ワシは、ワシは、いままで何を……」
「さあ、ネコ男爵! もうやめよう。普通のネコに戻って、普通に生きていくんだ! 平和を愛する生き物として!」
 トリスティアが言葉に力を込めて、そういったとき。
「ニャ!? あ、ああ……!」
 突如、ネコ男爵の首が裂け、おびただしい量の血が吹きあがった。
「え?」
 トリスティアも、甚八も驚いて目を丸くする。
「これは……ダメです、もう死んでます」
 エリカは治癒の術をかけようとしたが、既に男爵はこときれていた。
「いまのは、何だ? シャイニングトゥルーであのような裂傷は生じないはずだが?」
 甚八は、腑に落ちないものを感じた。
 そのとき。
「撮った、撮ったぞ!」
 どこに潜んでいたのか、デジタルビデオカメラを構えた日本愛猫家連盟の会員が姿をみせた。
「佐々木甚八、お前の攻撃がもとで、ネコ男爵は死んだんだ! わかるか? お前はネコを殺した! これから、連盟の会員が武器を持ってお前を追いまわすだろう。覚悟しておくんだな」
 会員が去っていっても、甚八は茫然としていた。
「男爵。せめて、丁寧に葬ってあげるよ」
 トリスティアは涙を拭って、男爵の身体を優しく抱えあげた。
「あの映像、何とか手に入れて分析したいな。何かが映っているはずだ」
 リーフェは、愛猫家連盟会員が消えていった方角をいつまでもみつめていた。
 そして。
 ガーディアンたちは気づかなかったが、国会議事堂から首相官邸の方角へと駆け去る、黒い影が。
「奴は、いままでよく闘ってくれた。最後の死に様が、アーマードピジョンの評判を落としてくれることを祈るとしよう。さらばだ、ネコ男爵!」
 デッドソードを構え、真黒な馬にまたがって宙を駆ける、デッドナイトの姿がそこにあった。

9.ナイトの陰謀

「ローリー司令官! デッドクラッシャーズの超甲人たちが日本の霞ヶ関を破壊し、続いて国会を占拠! 首相官邸にも向かっているようです!」
 東京湾に浮かぶ、在日米軍の巨大空母。
 司令官であるローリー・コンドラチェフは、部下の報告を耳にして、決断を下した。
「結局、ガーディアンたちは役立たずだったか。よし、出動だ。日本を奴らに占拠させるわけにはいかん!」
 空母から戦闘機が次々に飛び立ち、官邸に向かう。
「超甲人部隊を追い払え。デッドナイトがいるのは厄介だが、むしろチャンスだ。奴にはペンタゴンを破壊された借りがあるからな。きっちり返さなければ、アメリカの恥だ」
 デッドナイト。
 その恐るべき噂は、ローリーもよく知っていた。
 アメリカのペンタゴンは、デッドナイト一人のために壊滅させられたことがある。
 アメリカが軍隊を立ち直らせて何とかデッドクラッシャーズに対抗できるようになったのも、デッドナイトが突然アメリカから消えたからなのだ。
 そして、ナイトはいつの間にか日本に現れた。
 日本には、デッドクラッシャーズにとって重要な何かがあるのだ。
 おそらく、いまのガーディアンたちの力では、デッドナイトに勝つことはできないだろう。
 だが、レッドクロスを分析してアメリカの技術で強化できれば、ナイトといえど倒すことはゆめではないのだ。
「司令!」
 再び通信が入った。
「何だ?」
「先行していた捕獲部隊ですが、蠅に襲われて壊滅状態とのことです」
「蠅に? どういうことだ?」
「アーマードピジョンのガーディアンではないようです。例の結社ではないかと」
 そのとき。
 ブーン。
 蠅の飛ぶ音が、司令の部屋に満ちた。
「うん?」
 通信を切ったローリーは、銃を取り出す。
「やっぱり、捕獲部隊は米軍が出していたんだね」
 イングリット・リードが司令室に現れた。
「お前が、蠅使いか。どうやってここに入った?」
「この子にルートを探索してもらったよ」
 イングリットは指先に止まった蠅を示して、いった。
「陸からこの空母にまでは、どうやって?」
「飛んだのさ。つまらないことを聞くね」
 イングリットは笑って、ローリーに歩み寄る。
 ローリーは、黙って銃を構えた。
「結社の目的は何だ?」
「勘違いしないでよ。聞くのは私の方さ。米軍は何を企んでいる?」
「デッドクラッシャーズと闘うため、レッドクロスを手に入れて分析したい。それだけだ。で、結社の目的は?」
「一国に力が偏っちゃ困るんでね。って、聞くのは私だといっただろ」
 イングリットが苛立ったような口調でいったとき。
 ローリーはデスクのスイッチをひねった。
「ああ!」
 高圧電流がイングリットの立つ床に流れ、蠅使いは悲鳴をあげる。
「ここまで追い詰められた日本には、米軍の助けが必要だ。お前の力も分析させてもらう」
「え!? その姿は!」
 ローリーの身体が光り輝く鎧に覆われるのをみて、イングリットは目を丸くした。
「正直いって、お前の結社などよりもデッドナイトの方がよほど手強いぞ!」
 分厚い鋼のスーツを着込んだローリーが、イングリットに飛びかかる。
「冗談じゃないな。全く!」
 イングリットは跳躍すると、司令室のガラスを破って、空高く飛び去ってゆく。
 どこからか集まった蠅たちが空中で絨毯状にかたまり、イングリットを乗せて運んでゆくのだった。
「もしもし。蠅に聞く殺虫剤を注文しろ。大量にだ。それから、空母の各部屋を徹底的に消毒する!」
 ローリーは指示を部下に送りながら、割れたガラスの向こうを睨みつけていた。

 首相官邸。
「首相、避難して下さい! 超甲人たちが官邸にも迫っています!」
 官房長官は首相を必死で説得していた。
「いや、私は動かない。この官邸が落ちることはないと信じているし、一国の首相が官邸を捨てて逃げることになれば、国民に動揺が走る」
「首相の身に万一のことがあれば、それこそ国民は動揺します」
「死ぬつもりはない。守りきるさ。そのために、彼らにここにいてもらっている」
 首相は官邸の外を示した。
 そこには、ガーディアンたちの姿が。
「ところで、あの方は?」
「無事のようです。守護の力がバリアを形成しているので、超甲人たちも近寄れないでしょう」
「うむ。かりに私が倒れたとしても、日本の中心がなくなるわけではない。デッドクラッシャーズはその点がよくわかっていないのであろうな」
 首相は、遠い目になった。
「なあ、きみ。正義と悪が闘えば、どちらが勝つと思う?」
「はあ? 正義の側といいたいですが」
「では、そのときの勝利の決め手は何だと思う?」
「さあ。敢えていうなら勇気ですか」
「勇気? それも大事だが、ちょっと違う。正義と悪が闘って、勝つのは結局、一方より強大な力を持ったもう一方だ。だから、正義がいつも勝つわけではない。悪が勝つこともある。だが、別に悪が正義よりいつも強いというわけでもない。正義が悪をうわまわる強大な力を発揮できるなら、次は悪が負けるときだ」
「強大な力、ですか。軍備のことをおっしゃっておられるのですか」
「軍備ももちろん力だ。だが、強さ、というのは、きみもいった勇気とか、智恵とか、そういったものも含んだ総合的な力のことだ。悪が強大な力を身につけたなら、正義の側もまた、より強大な力で対抗すればいい。正義が悪をうわまわる力をえられなくなったら、そのときが本当の敗北だろう」
「しかし、ご意見したいですが、そのように力と力の対決ばかりだと、力のインフレを招いてしまうのではないですかな。挙げ句の果てが核戦争になるかと思いますが」
「もちろん、どこまでも力をつければよいという話ではない。私はただ、正義だからというだけで勝てるわけではないと、いいたいのだ。彼らはそれをわかっているかな?」
 首相はカーテンを閉めると、デスクについた。
 目を閉じる。
「はあ、やれやれ。日本ももうオシマイかな」
 官邸を警備するガーディアンたちが、立ち話を始めた。
「でも、国会を占拠され、官邸を征圧されたとしても、ただちに日本という国家がデッドクラッシャーズの手に落ちるわけではないだろ?」
「それはそうかもしれないけど、でも、ショッキングなことだと思うぞ」
 レッドクロスを着込んだガーディアンたちも、官邸に忍び寄る黒い影には気づかなかった。
「なあ、ホウユウ?」
 ガーディアンの一人が、無言のまま警備についているホウユウ・シャモンに声をかけたとき。
 すううううううう
 音もなく忍び寄る影が、ガーディアンたちを通りすぎざまに切り裂いた。
「あっ? ああ!」
 レッドクロスが破壊され、ガーディアンたちは悲鳴をあげて倒れる。
「音速剣、か」
 一人身をひねって攻撃をかわしたホウユウが、剣を抜いて呟く。
「ふっ、さすがだな。私のこの攻撃を感知できるとは」
 真黒な馬にまたがったデッドナイトが、ホウユウをみて微笑む。
「心眼だ。お前にわかるかな? さあ、この前の続きといこうか」
 ホウユウが駆け寄ってきた愛馬にまたがったとき。
「兄さん!」
「お兄様!」
 ミズキ・シャモンとクレハ・シャモンが現場に駆けつけてきて、絶句した。
「こ、これは!? みんな殺されている!?」
 ミズキは目を丸くし、クレハはミズキにしがみついていた。
「うん? お前たちは来るな。きても殺されるだけだ!」
 ホウユウは妹たちを遠ざけようとした。
「ご安心を。私はか弱い女性を殺す趣味はない。ただ、貴殿とだけは是非手合わせしたいものだ」
 デッドナイトは笑って、ホウユウに向き直った。
 ホウユウもまた、緊張した面持ちで向き合う。
 騎馬に乗った二人の戦士の間に、火花が散る。
「か、か弱い女性ですって?」
 ミズキは顔をしかめた。
「ミズキ、気をつけて。普通の相手ではないんだから」
 クレハが囁く。
「はあああああああああ!」
「ほおおおおおおおおお!」
 雄叫びとともに、二人の戦士はぶつかった。
 デッドナイトのデッドソード一閃。
 ホウユウの秘剣。
 互いが互いを行き過ぎ、背を向けあって動きを止める。
「お互いに斬りつけながらかわしたか。だが!」
 ナイトは振り返りざま、剣をホウユウの背中に突き出した。
「とおっ」
 ホウユウは背中を向けたまま身をひねって剣撃をかわすと、愛馬を宙に浮かせて舞い上がった。
「みないで避けるとは。それが心眼か」
 ナイトは舌打ちする。
「いくぞ。風龍天桜嵐!」
 ホウユウは愛馬に乗ったまま空中で一回転し、大剣の先を高速回転させて乱気流を生み出す。
「ちっ!」
 乱気流の力で、ナイトの動きが止まる。
「よし、いまです。二人の力を合わせてナイトの弱点を探りましょう!」
 ミズキとクレハを手と手を取り合い、宙に浮き上がった。
「フュージョン!」
 二人の身体が光に包まれ、ナイトの周囲を旋回する。
「すごい、闇の波動を感じるわ!」
 クレハが叫ぶ。
「全身が死の細胞で構成されています。どうやれば破壊できるのか? あっ、これは?」
 ミズキは顔をしかめた。
「大勢の、大勢の人が殺されている。この記憶は? あっ、あっ!」
 ミズキは精神に痛みを感じた。
「やめろ! 私のことをそれ以上探るな!」
 ナイトは苛立った口調で剣を払った。
「わあっ」
 それぞれの頭に一撃を受けて二人は悲鳴をあげ、フュージョンを解いて地上に倒れこんだ。
「安心しろ、峰打ちだ。うん?」
 ホウユウに笑みを投げようとしたナイトの表情が硬くなる。
「お、お前、やってはいけないことをやったな! 俺の妹を傷つけるとは! もう許せない! 俺は、俺はぁ!」
 ホウユウは怒りに顔を歪ませ、全身のオーラを燃えたたせていた。
「どうした? そこまで怒るとは? こいつ」
 ナイトは警戒した。
 ホウユウのレッドクロスが光り輝き、何かが彼の頭でカチッという音をたてる。
「七ノ秘剣・夢想華」
 ホウユウは抑揚のない口調でそう呟いた。
 すうううううううう
 音もなく、ホウユウの身体が滑るように動く。
「音速剣と同じ動きだと? 何と潜在性の高い相手だ。だが!」
 デッドナイトもまた、音もなく動きだす。
 二人は、音もなく静かに動き、互いが互いを追い詰めるように動きまわる。
 そして。
「剛ノ秘剣・雲雀ノ太刀!」
 デッドナイトのほんの一瞬の隙を逃さず、ホウユウの大剣が叩きつけられる。
 だが、ナイトは剣を放り投げると、両掌で大剣の切っ先を挟み込んで、止めてしまう。
「……!」
 ホウユウの目が見開かれる。
「私がわざと隙をつくり誘ったことがわからなかったか? 私も多少は東洋武術を嗜んでいるのでね」
 ナイトは、笑った。
 どこかこわばった笑いだった。
「切り裂け、デッドソード!」
 ナイトの叫びで、宙に投げられた剣がひとりでに動いてホウユウの後頭部を襲う。
 そのとき。
(……かわせ)
(前に出て、剣を受け止める相手を押し出せ!)
 脳裏に響く声が、ホウユウを動かした。
「うわー!」
 ホウユウは思いきり身体を前に突き出し、剣を受け止めていたデッドナイトを突き飛ばした。
 デッドソードの切っ先が危ういところでホウユウの後頭部をかすめる。
「む?」
 ナイトは顔をしかめた。
(呼吸を整えろ)
(妹を傷つけられたことへの怒りは、心から閉め出すんだ)
 ホウユウの脳裏に、さらに声が響く。
「何だ、何だこの声は?」
「クロスの力をそこまで引き出したか。どうやら官邸に入るのは諦めた方がよさそうだな」
 デッドナイトは背を向けると、官邸から離れだした。
「待て!」
 ホウユウは思わず後を追った。
 気がつくと、先ほど脳裏に響いていた声は聞こえなくなっていた。

10.革命魂

 ナイトが撤退してしばらくしてから、超甲人たちが首相官邸を取り巻いた。
「よし、首相はこの中にいる! いっきに攻めろ!」
「おう!」
 超甲人たちは自動小銃を乱射しながらいっせいに官邸に押し寄せた。
 と、そこに、一台のベンツが猛スピードで走り寄り、超甲人たちのまっただ中に突入した。
 ガガガガガ
 ベンツのフロントライト裏に内蔵されたガトリングガンが火を放つ。
「な、何だ!」
 破壊された超甲人たちの残骸の上に、ベンツのタイヤが乗り上げる。
 ガチャッ
 ベンツの扉を開けて、カミッラ・ロッシーニが降りたった。
「暴徒よ、くらえ! 虚ろなる水晶のセレナーデ!」
 カミッラの音撃が不可視の障壁を発生させ、超甲人たちを押し返す。
「よし、いまのうちに」
 グレイズ・ガーナーがサイドカーに乗って現れ、超甲人たちを蹴散らして、官邸内部に入り込む。
「首相、もうダメだ。デッドジャイアントデラックスも迫っている。ここは放棄しよう。逃走ルートは考えてある」
 しかし、首相は首を振った。
「ここを去るなら、地下道を通るさ」
「地下道!? そんなものがあるのか」
 首相のデスクの下にあった秘密の入り口を通って、地下道に降り立つ首相とグレイズ、そして官房長官ら。
「引きつけるまで引きつけたなら、この地下道を通って消え失せる、か。考えたな」
 地下道の暗さに顔をしかめながら歩くグレイズ。
 そのとき。
 グラグラグラ。
 突如、地下道が揺れ動いた。
「何だ、地震か!?」
 地下道の屋根が崩壊し、土くれがグレイズたちを埋め尽くす。
「うわ、首相、無事か!」
 暗闇の中で、グレイズは呼びかけた。
「デッド、デッド、デッドモグラァ!」
「うわー!」
 超甲人機のかけ声と、首相の悲鳴が同時にあがる。
「首相! まさか!」
「行け。誰にも、私の死を伝えてはならない!」
 首相の、瀕死の声が暗闇に響いた。
「伝えるなって、そういうわけにはいかないさ。くそっ、なんてこった」
 グレイズは舌打ちして地上に脱出。
 デッドジャイアントデラックスが迫る首相官邸で防衛戦を続けるカミッラを連れて逃げる。
「これからどうする?」
「結社に報告するさ。こういう状況に慣れてるだろうから」
 カミッラの問いに、グレイズはタフな口調で答えた。

「首相官邸、陥落。首相は……残念ですが」
 アーマードピジョンのスタッフたちが、電脳チャット空間で衝撃の報告を読み上げる。
「そうですか。案ずることはありません。ネコ男爵はとりあえず倒れました。光のクリスタルと、さらにフルメタルが私たちの手にあります。エリカが仲間になったということもある。まだ、私たちは重要な駒を手にしており、状況が不利になったわけではありません。国民がどう思うかは知りませんが」
 グレイト・リーダーは全ガーディアン向けのメッセージ回線を通じて語りかけた。
「みなさん、聞こえますか? 死の行進を止めることはできず、霞ヶ関も、国会も、首相官邸も、そして首相自身も堕ちました。ですが、ただちに日本が占領されたわけではありません。この状況に置いて、やることはただひとつ。奪われたなら、取り返すのです。みなさん、官邸は必ず奪還します。いいですね?」
 リーダーの問いかけに、ガーディアンたちはいっせいに歓声をあげた。
「もちろんだ!」
「俺たちは負けてはいない!」
「必ず官邸は取り返す!」
「デッドクラッシャーズになんか負けるか! 革命だ、革命だー!!」
 革命。
 その言葉に、ガーディアンたちは血わき肉踊るものを覚えた。
 もともと、破壊的なものが好きな彼らだから。
「革命だ、革命だ! 日本は絶対やらせない!」
「革命だ! 悪を駆逐し正義の光を取り戻せ!」
 ワーワー!
 負傷した傷の手当を受けていたガーディアンたちも、避難所から飛び出していっせいに大空に拳を突き上げる。
「何だ、こいつらは。落ち込むことを知らんのか、全く。まあこいつらの戦バカぶりに頼らざるをえない状況ではあるがな。だが、『革命』というのは何か違うと思うぞ。本当に大丈夫なのか?」
 ボロボロのピジョンロボを修理していた武神が、ため息とも期待ともつかぬ声で吐き捨てていた。
「さて。あの方には、私からメールしておきます。『万事つつがなく進めます』と」
 それだけいって、グレイト・リーダーは電脳空間から姿を消した。
 リーダーにとって、真に不安な要因はただひとつ。
 ホウユウが聞いたという『声』のことだ。
 場合によっては、彼にレッドクロスの使用禁止命令を出す必要があるかもしれない。
 従うとは思えないが。
 レッドクロスの力は、リーダーにも読めない。
 そこが不安だった。

 デッドクラッシャーズ本部。
「ついに首相官邸を征圧したか。よし、後は日本の各地を撃破して、『扉』を開ける準備をするだけだ。フルメタルがあそこに着地したときは気づかれたかと思ったが、そうでもないようだな」
 巨大なイカのような外観のゲソ部長は、意気揚々として礼拝室に入り、ひざまずいて祈り声をあげた。
「我が、大いなる主よ。復活のときが近づいてきました。必ずや、太古の昔の悪夢を払拭し、この地球に主の支配を塗り広げんことを誓います」
 すると、どこからか不気味な声が鳴り響いた。
「光を追い払い、闇の世界を実現するのだ。我らの眷属を迎えるのにふさわしい器とならんことを」
「は、ははー!」
 ゲソ部長は感極まって額を床にこすりつけ、再び礼拝するのだった。

 日本という国は、いまや壊滅の危機にさらされていた。
 救いの手は、米軍か?
 それとも、ガーディアンか?
 それとも……?

(第1部第3話・完 第1部完)

【報酬一覧】

ジュディ・バーガー 1、000万円(デッドコングを倒す)
エルンスト・ハウアー 1、000万円(フルメタルの起動に成功する)
マリアルージュ・ローゼンベルグ 1、000万円(エリカ説得に成功)
姫柳未来 1、000万円(デッドカマキリを倒す)
佐々木甚八 5、000万円(ネコ男爵を倒す)

【マスターより】

 今回は第1部のヤマ場だけど結構急いで書いちゃいました。デッドクラッシャーズにガーディアンたちが翻弄されているようにみえながら、ガーディアン側もいろいろ反撃してポイントを稼いでいるんですよね。第2部では日本解放がテーマになります。なお、スペシャルテクニックは毎回同じ内容であってもアクションには記載するようにして下さい。毎回違った内容のスペシャルテクニックを記載することも可能です。

メルマガは、8/10付けにて発信しました。
本文が途中の方は、「oowadacaplico@infoseek.jp 」までご連絡ください。