「平和の歌」 第1回

ゲームマスター:いたちゆうじ

 街角を歩く、一人の少女。
 細身で小柄、たれ目であり、膝上丈のスカートを履いて、腰に巻いたベルトにナイフを帯びている……。
 ベルトとナイフをのぞけば、それこそどこにでもいそうな少女であった。
「はあ……最近事件が起こってるらしいけど、まあ、おおむねこの世界は平和だなあ……」
 その少女トリスティアは頭の中で、滅びつつあるどこかの世界と、いま歩いているこのレルネーエン世界とを頭の中で比較しながら、穏やかな気分を満喫していた。
「恐ろしい少女もいないし、処刑される人もいないし……平和だなあ。はあ〜」
 しかし、トリスティアの幸せは長くは続かなかった。
「あれ? アクア……」
 トリスティアの前方に、もう一人の少女が現れる。
 腰まで届く金髪を5本に束ね、瞳は緑、肌は白色。
 アクア・マナだ。
 よくみると、その背後に何人かの子供たちの姿がみえる。
「どうしたの? この世界の子供たちとお友達になったの?」
 トリスティアの呼びかけにも答えず、アクアはじっと友をみつめていたが、やがて口を開いた。
「トリスティアさん……これ、これ」
 アクアが下を指差すので、トリスティアは思わず下をみた。
 そのとき!
 いつの間にかトリスティアの背後にまわりこんでいた男の子が、さっそうとした動きでトリスティアのスカートをめくりあげたのである!
「う、うわーーー!」
 トリスティアは思わず悲鳴をあげ、顔を真っ赤にしてスカートをおさえこんだ。
「や、やめやめ、やめて! みないで!」
 だが、子供たちはみてしまった。一瞬白日のもとにさらされたトリスティアのスカートの神秘的な中身を……。
「へへっ、やりぃ〜!」
 スカートめくりに成功した男の子が、興奮した顔つきでトリスティアの周囲を走りまわった。
「ふふ、みちゃったぞー、みちゃったぞー!」
 ほかの子供たちも次々にはやしたてる。
「くすくす。思ったとおり、ひっかかりましたねえ」
 アクアも子供たちと一緒に微笑んでいる。
「あ、ああ……」
 トリスティアはあまりのショックに言葉を失った。
「ごめんなさいねえ、トリスティアさん。この子たちは、まだ遊び盛りなんですよ。ただの冗談ですから、気にしないで下さいね」
 アクアはにっこり笑うと、子供たちを従えてその場から去っていった。
「あ、ああ……あぐ、あぐ……」
 顔を真っ赤にしてうずくまっていたトリスティアの胸のうちに、急激に怒りがこみあげてきた。
「こ、これがいまレルネーエン世界で行われている『スカートめくり』……。ゆ、許せない、絶対許せないよ、こんなイタズラは!」
 トリスティアは消えていった子供たちの姿を探して通りをさまよい、大空に向かって絶叫した。
「ぜったいにゆるせなーーーーーい!!」
 そしてまさにこの瞬間、子供たちは自分たちの行為がときに恐ろしい結果を生むという事実を思い知らされる破滅への種をまいてしまったのである……。



 突如レルネーエン世界の中心に出現した、不気味な白い塔。
 巨大なその塔を前にして、一人の老人がたたずむ……。
 失われた古代の魔法の探索家にして、レルネーエン七賢者の一人であるエクスブローンである。
「なぜじゃ、なぜこの塔の調査にこういう者たちしかこない!?」
 エクスブローンは背後に揃った「調査隊」の面々を振り返ってため息をついた。
 世界中から塔出現の情報を聞きつけ、エクスブローンの「調査隊」に加わるつもりかどうかは知らないが、とにかくやってきた者たち。
 その者たちは。
 なぜか全員、ことごとく「トレジャーハンター」であった!!
 居並ぶその者たちは全員が全員頭にバンダナをしめ、「お宝いのち」と書かれたノボリを掲げてエイエイオーと気合をあげていたのである。
 およそ、学術研究のための調査団というにはほど遠い姿であった。
「なぜじゃ、なぜこうなる!? わしは純粋に学問のために、この塔を調査したいと……」
 エクスブローンは居並ぶトレジャーハンターたちの勇姿(?)をみつめ嘆息した。
 そのとき。
「あれれ〜、なーにをため息なんかついちゃってるのかなー!?」
 むぎゅうううう!!
「ぬ、うわおおお!?」
 突如何者かに抱きつかれたエクスブローンが叫び声をあげた。
 何とびっくり、エクスブローンが女性に抱きつかれるのは300年ぶりのことなのである!!
「お、おわあああああ何じゃおぬしはああああああ」
 心の底からたまげたらしいエクスブローンは少女を引き離すと、眼鏡の奥の小さな目を最大限広げてにらみつけた。
「何じゃおぬしは、とは失礼な! あたしはリク・ディフィンジャー。未知のお宝を探し求め大地の果てまで駆けめぐる、宿命のトレジャーハンターだよ!!」
 リクはエクスブローンをビシッと指さして叫ぶ。
「トレジャーハンター……おぬしもそうなのか……。やれやれ、このような娘までやってくるとは……いまの抱きつきは何なのじゃ?」
「うん? こーれーはーねー、あたしの家の挨拶だよっ!! これから仲良くしようね!!」
 むぎゅうううう
 再び抱きしめられ、エクスブローンは呼吸困難に陥った。
「あ、ああ……天国がみえる……」
「あっ、ゴメン! つい力が入っちゃって……」
 リクはエヘヘと舌を出しながらエクスブローンを引き離した。
「はあ、はあ、ぜいぜい……全く、年寄りは大切にするものじゃ……」
 これから何かあるたびにこの少女に抱きしめられるのだろうかという不安がエクスブローンの脳裏をかすめたが、塔の調査という魅力的な課題を前にしては、どんな障害も乗り越えようという気分になる。
「わ、わしは負けんぞ! この塔には、わしが探し求めていた遺物の数々があるやもしれぬのだ、わしは、わしは、この塔の探索に生命を賭ける!」
 エクスブローンはうずくまりから直立の姿勢に変わると、片手に握りしめたつるはしを太陽に向かって大きく掲げ、おーと叫んだ。
「すごいなー。気合い入ってるねー。一緒にお宝探そうねー!!」
 ガクッ。
 リクの言葉に、エクスブローンは再びうずくまった。
「い、いっておくがおぬし、わしはトレジャーハンターではないぞ。この塔には、学術調査として入るのだ。誓っていうが宝探しなんぞは……」
「え〜? 何いってんの? おじいちゃんのその姿、トレジャーハンターにしかみえないよ〜? あたしのお仲間にしかみえないよ〜?」
「はあ? 何じゃと? この格好のどこがトレジャーハンターだと……」
「大きな背負い袋につるはし持って……、それに、その指にきらめくマスターキーは、明らかに素人じゃないな、って感じ。もっともあたしはあんまり道具とか持たない主義だからこの腰についてるバックだけで大丈夫だけどね」
 リクは誇らしげに腰のバックを叩くと、にっこり笑った。
 白い歯が、陽光を反射してキラリと光る。
 ちょっと可愛いな、となぜかエクスブローンは柄にもなく思った。
「ほら、何ぼうっとしてるの? この塔を調査したいなら、まずは入り口を探さなきゃ、ね」
 リクは再び笑うと、塔の壁に近寄ってつんつんと調べだした。
「い、入り口……。わしが魔法で調べた限りでは、この塔には入り口らしきないものがないのじゃよ。じゃから仕方なく、魔法で壁を壊して入ろうかと」
 エクスブローンの言葉など耳に入らぬかのように、リクは塔をぐるりと一周して外壁を丹念に調べあげた。
「魔法で壊すって? なにいってんのかな〜。お宝探しはね、秘密の入り口を見つけてこそ探究心が高ぶるってものよ! それに、下手に魔法を使ってこの塔が崩れでもしたら大変じゃない? お宝探しは大胆かつ慎重に。これ、トレジャーハンターの常識だよ〜」
 呟きながらリクは外壁に触り、コンコン叩き、おーいと呼びかけたりした。
「あっ、こんなところに変な出っ張りが……ちょっと押してみようかな。でもまっ、この程度で入り口が現れるなら苦労しないよね」
 エヘヘとリクは舌を出す。
 そのとき!
 ゴゴゴゴゴゴ……
 突如塔の下部から鈍い音が響いたかと思うと、白壁の一部がパックリ開いた。
「えっ、嘘!?」
 リクは大きく目を見開いた。
「むう……魔法で調べたときは確かに入り口はみつからなかったのだが……。どうやら魔法では構造を探れぬようにできておるようだな。おそらく、魔法に対抗する『魔法』がかけられているのだろう……」
 エクスブローンは思わず興奮して拳を握りしめた。
「ああ、これで中に入れるね〜。何だかあっさり〜」
「おぬし、なかなか才能があるな」
「うん? そうかな?」
「よし、特別に、わしの助手にしてやろう!」
「え〜? そんなのゴメンだよ〜」
 リクは足早にエクスブローンから遠ざかると、塔の入り口をのぞきこんだ。
「わしの助手になればだなー、研究費からおぬしの給料をだなー、そしてだなー、素晴らしい発掘品の数々を……おい、聞いとるのか!?」
「勝手に助手にしないでよ。それより、中に入ってみようよ」
「うむ。どんな仕掛けがあるやもしれぬが……」
 エクスブローンの言葉を背に、リクはピコピコと塔の中に入りこんでゆく。
「よし。まずは、塔内部の地図をつくろう。この羊皮紙に、わしらの歩きまわった部分の図面が自動で描きこまれてゆくのじゃ。何を隠そうこの『歩けば地図』はわしの開発した魔法アイテムなのじゃぞ……」
「おじいちゃん、やっぱりトレジャーハンターだったんだね。そんなものを熱心につくるだなんて」
「は!? じゃからいっとるだろう、わしは学術調査研究のために……」
「ほらほら、探検探検〜」
 リクはピコピコと塔の1階を探検する。
「うーん、階段がないなー? この塔には明らかにもっと上の階があるはずなのに……」
 リクはやがて、ひとつの扉をみつけた。
 「歩けば地図」を参照してみると、この塔の1階において、この扉の奥には小部屋があるらしい。1階において、探検していないのはこの小部屋だけだ。
「よし、開けるよ。鍵はかかってないみたいだし……」
「大丈夫かのう。開けた瞬間何か襲いかかってきたりは……」
 急に不安になってきたエクスブローンが囁く。
「大丈夫だよ。そのときはあたしが何とかするから」
 リクは扉の取手をゆっくりと引いた。
 扉が開き、そして……。
 強烈な光がほとばしった。
「う、うわおおおおお!?」
「わーーー!!」
 エクスブローンとリクの叫び声が、塔の中にこだました……。



 世界の中心にある塔で決死の(?)探索が行われていたころ、レルネーエン世界のあちこちでは、一夜にして「高度な魔法スキル」を会得した子供たちの恐るべきイタズラの嵐が吹き荒れていた……。
 都市部において特に深刻であったイタズラは、男子たちによる「スカートめくり」であった……。
 レルネーエン世界にはなぜかスカートを着用する女性が多かったため、スカートめくりの被害は甚大なものとなっていたのである。
「ははははははは!」
 通りを駆けめぐり、スカートを履いた女性にかたっぱしから風の魔法を仕掛けてスカートの奥の下着をさらけださせる子供たち。
 キャー! と悲鳴をあげながら女性たちが逃げまどう。
 それはまさに、この世の地獄とでもいえる光景であった……。
「よし、次はあのお姉ちゃんのスカートをめくっちゃえー!」
 子供たちは続いて、通りを自分たちに向かって歩いてくるいかにもロリータな雰囲気の少女に目を向けた。
 子供たちよりは年上だったが、その少女は、驚くほど愛らしい顔をしていて、清楚な感じの白いスカートを履いていた。
「いくぞ、パワーウィンドォォォォォ」
 男の子が竜巻のように身をくねらせると、瞬く間に突風がわきおこり、少女の小さな身体を襲った。
 子供たちは、目の前の少女の哀れなパンツが白日のもとにさらけだされるであろうその瞬間を、固唾をのんで待ち受けた。
 ところが。
「すーーーーーはーーーーーーーー」
 と、少女が両掌を前に向けて突き出すと、少女に襲いかかった突風がふたつに裂かれて両脇に流され、少女自身の衣服はピクリとも動かなかったのである。
 まるで、少女の身体の前方に重い空気の壁ができたかのようであった。
「ウソ!? このお姉ちゃんにはぼくたちの魔法が通じないの!?」
「きみたちーーーーーイタズラはやめなさーーーーいーーーーそしてお姉さんのお話を聞きなさいーーー」
 少女は子供たちに向かってゆっくりと歩み寄っていく。
 少女の後ろに魔導警察の警察官が現れ、子供たちに呼びかける。
「さあ、観念するんだ。きみたちがこの人のスカートをめくることは、絶対にできない。何を隠そう、この人はレルネーエン七賢者の一人なのだから……」
 そのとき、子供たちはやっと気づいた。
「エリカだ!! 女の子の賢者だ!!」
 子供たちの身につけた魔法スキルも、賢者の前ではまるで意味がない。
「逃げろーーー!!」
 子供たちは逃げ出した。
「あっ……逃げないで。待ちなさ〜い」
 ぶわっ
 エリカの身体が宙に浮きあがり、子供たちを追って移動しだした。
「た、助けて〜」
 子供たちはなぜか、必死になってエリカから逃げた。
 なぜそこまでエリカを恐れる必要があるのかはわからなかったが、とにかく子供たちは逃げた。
 それはもしかしたら、「癒し」のエリカにつかまったら自分たちの心の中をのぞかれてしまうという危惧があったからかもしれない。
「そうだ、あのお姉ちゃんに助けてもらおう!」
 子供たちは、走りながら思いついた。
 あのお姉ちゃん……女性でありながら、スカートめくりを始めとする子供たちのイタズラに加担する希有の存在である。
「おや、どうしたのですかぁ?」
 まさに絶妙のタイミングで、子供たちの味方(?)が街角から姿を現した。
「お姉ちゃん、助けて〜」
 子供たちは「お姉ちゃん」アクア・マナの背に隠れるようにしがみついた。
「どうしたのですかぁ? 誰か悪い人でも……」
 そういうアクアの目が、ふと宙に向けられる。
「あれは……」
 七賢者の一人、エリカだ。
 エリカの身体がふわりと宙を滑り、アクアと子供たちの前に着地する。
「あなたは……!? 女の人でありながら、スカートめくりに協力するの?」
 エリカは驚いたような目でアクアをみた。
「別に、スカートめくりにばかり協力しているわけではありませんけど……私も子供たちと一緒に遊んでいるんですよぉ」
 アクアはにこにこと子供たちを示して語った。
「どういうことなの?」
「エリカさんこそ、子供たちを追いつめてどうするんですかぁ?」
「追いつめる……!? 私はただ、イタズラする子供たちとお話をしたくて」
 エリカはアクアの瞳をのぞきこむ。
 この人は、何者なのか? いい人なのか、悪い人なのか? エリカの磨き抜かれた「瞳のぞき」能力が発揮されようとしていた。
「私は、子供たちと一緒に行動しながら、子供たちと同じ目線でものをみて、子供たちと同じことを経験し、子供たちが何を考え感じているのか、理解したいと思ってるんです」
 アクアは自らのスカートに手を置いた。
「私も、この子たちにスカートをめくられました。けど、そこで怒ってもダメなんです。まずは子供たちの中に溶け込まないと……」
「溶け込む……? 私のやり方は違うわ。私は、ただ、抱きしめたい……そして、お話を聞いてあげるの……」
 エリカとアクア。二人の理論が、激突した。
「イタズラとはいえ、この子たちが度を過ぎたことをすれば、そのときは私がこの子たちを諭します。私は子供たちと一緒に行動してきたんです。私の言葉なら、子供たちも聞きますよぉ」
 アクアがそこまで言ったとき、通りに立ち並ぶ建物のどこか上の方から、けたたましい声が鳴り響いた。
「なーに、言ってんの!? ボクはスカートめくりしてる子供なんて、絶対に許さないんだから! 悠長に説得なんかしてらんない。実力行使あるのみ!」
 シュッ!
 声とともに、鋭く光るものが子供たちに向かって投げつけられる。
「うわー!」
 子供たちが思わず身をかわすと、壁に光るものが突きたった。
 ナイフだ。
「これは……トリスティアさん!!」
 アクアは、声のした方向に目を向けた。
「正解! きみたちにスカートをめくられた恨み、晴らさせてもらうよぉ!」
 建物の屋上からナイフを投げ散らしながら、トリスティアがさっそうと通りに舞い降りてきた……。



 そのころ、エリカたちが子供たちと関わっていたのとは別の街で、ギターを背負った奇妙ないでたちの青年が現れ、街中を走りまわっていた。
「ヘイヘイヘイ! リズムに乗ろうよきみたち!」
 青年がギターをかき鳴らし、驚くほど表情と深みに富んだ美しい声をはりあげて歌い出すと、街中の人の視線が彼に集まってきた。
「勉強なんて下らない! さあ外に出ろ! 一直線に走ろう! 走ろう!!」
 青年の歌を聞いた者たちは、知らず知らずのうちに心の奥にある炎をかきたてられるような不思議な気分を味わい、驚きに目を見開いていた。
 明らかに、青年の歌には魔法に近い作用があった。
「聞け、俺は天才だ! 天才は生まれつき魔法が使える。才能がある奴とない奴とでは、最初からハンデがありすぎるのさ。不公平だとは思わないか? 才能に恵まれない奴に無理に努力させてどうする?」
 青年は歌いながら通りを駆け抜けた。
「だが、俺には問題を解決する鍵がある。俺は、みつけたのさ。全てをとく鍵、それはこの歌だ。さあ、聞け。そして、踊れ! 俺とともに! 走ろう、明日へ!」
 そして……いつしか、青年の後に、大勢の子供たちが従っていた。
「さあ、広場だ! ここで歌いあかそう! 驚くなよ、歌えば歌うほど、きみたちは強い力を持てるんだ!」
 広場でギターをかき鳴らし、声もかれよとばかりに青年は絶叫した。
 子供たちは広場を囲んで、青年の歌に耳を澄ませ、あふれるリズムに身体をくねらせ、踊りの宴を催した。
 やがて魔導警察の警察官たちが何事かと広場に駆けつけたとき、青年はさっそうと姿を消した。
「俺の名はリスキー。忘れるな。俺の名はリスキー。今度ライブを開こうぜ!」
 姿を消す間際の青年の言葉が、人々の胸にこびりついた……。



「コラァァァァ、待てーーーーー! このボクから逃げられると思うなよーー」
 トリスティアの投げナイフが子供たちの衣服を切り裂く。
 実は威嚇にすぎないのだが、子供たちにとっては十分恐怖の攻撃だった。
「う、うわーーー助けてーーー! お母さ〜ん」
 子供たちはついに泣きだしてしまった。
「トリスティアさん、落ち着いて〜」
 アクアが必死にトリスティアに追いすがる。
「うん? アクアだって、ボクがスカートめくられるのに協力してたじゃないか! これでもくらえ〜」
 トリスティアのナイフ乱舞がアクアに襲いかかる。
「あ、ああ〜」
 5本のナイフに衣服と壁を縫い止められ、アクアは大の字の姿勢で凍りついた。
「トリスティアさん、私に何を望むのです?」
「とりあえず、きっちり反省するまで正座!! コラ、そこのきみたちもだぞ!」
 トリスティアは走り疲れた子供たちに向かってナイフを構えた。
 しゅううう
 トリスティアの構えるナイフが、炎をあげる。
「ヒートナイフゥゥゥゥ!」
「う、うわ〜〜ご、ごめんなさ〜い」
 子供たちは涙を流しながらアクアの脇に正座をして群れた。
「トリスティアさん、これで気がすんだでしょう?」
 アクアがいった。
「ハァハァ……。まだまだ! いま世界中でスカートめくりしている子供たち全部をこらしめるまで、ボクはいく!」
 トリスティアは大空に向かってナイフを投げつけた。
 キラリ! ……
 ナイフが大空の彼方に吸い込まれるように消えてゆき、一瞬光を放つ。
「可哀相に。ナイフで脅すなんて、最低よ。こんなの……ひどいわ!」
 エリカは涙を流す子供たち一人一人を抱きしめて、優しく包みこんだ。
 ふわふわふわ
 エリカの身体が柔らかな光を放つ。
「うう……うう…………ごめん。イタズラなんかして……」
 泣いていた子供たちがしずまっていく。
「これがエリカの癒しの力……」
 アクアは思わず感心していた。トリスティアはもうほかの街に子供たちを狩りに出掛けてしまっていた。
「あなたたちの話を聞かせて。お願い」
 魔法の力によって、エリカの言葉が、子供たちそれぞれの耳もとに甘く囁きかけられる。
「ボクたちの話……? 特に話すことなんかないよ。もうイタズラしなきゃいいんだろ……」
 子供たちは、なかなか中身のあることをいおうとしない。
 そのとき。
「ふうふう。あっ、やっとみつけたぜ。エリカ、俺はディックだ。よろしくな!」
 ディック・プラトックがエリカたちに近寄ってきた。
「あなたは……?」
 エリカが癒しの魔法を止めてディックに目を向ける。
「だからディックだよ。俺に考えがあるんだ。子供たちと正面からぶつかってみたい」
「ぶつかる?」
「そうだよ。あんたのやり方もいいけど……子供にはもっと違うアプローチをした方がいいかもしれない。まあみていなって」
 ディックはエリカに頭を撫でられてフニャフニャした顔になっている子供たちに向き直った。
「おい! お前たちはいったいどういうつもりなんだ? 急に力を身につけたと思ったら、イタズラ三昧か! 宝の持ち腐れとはこのことだな!」
 すると、エリカにしがみつこうとしていた子供たちの顔が、みるみる険を帯びだした。
「何だと! ボクたちはもう学校なんかに行かなくても、立派に魔法を使えるようになったんだ。大人と同等にみてほしいな」
「うん? 何をいいだすかと思ったら……魔法を使えるようになっただけで大人になれると思っているのか? 大人はイタズラなんかしないぞ!」
「うるさい! この力は、あの朝、不思議な歌がボクたちに授けてくれたものだ……そのうち、大人の誰にも負けない魔法をボクたちは使いこなせるようになる!」
「不思議な歌って……?」
 エリカは眉をひそめた。
「なに? 俺に勝てるようになれるって? 上等だ。そんなに自信があるなら、いまここで俺と勝負してみろ!」
 ディックは両腕を広げて胸を大きく突き出した。
「いったな……よーし!!」
「あっ、駄目よ」
 しかし子供たちはエリカの手を振りきってディックに攻撃魔法を使った。
「くらえ、アイスストーム!」
 子供たちの突き出した掌から巻き起こった冷気の嵐が、ディックの身体を包みこむかに思えた。
「駄目! マジックバリアァァ!」
 エリカが呪文を呟くと、ディックの身体が光の球に包まれ、冷気の攻撃が無効化される。
「その程度か!」
 ディックは笑った。
「くっそー!」
 子供たちは歯ぎしりする。
「さあ、いうんだ、お前たちの本音を。お前たちは本当は何をやりたい? 何に対して逆らいたいんだ?」
「ボクたちは……ボクたちは、もう努力なんかしなくてもいいんだ! 歌を……歌を聞けば、ボクたちの力は……」
「あなたはなぜ子供たちを挑発するの? 子供たちをいたずらに惑わせて本音を聞き出すなんて、近道が最良とは限らないのよ!」
 エリカはディックに叫んだ。
「近道が最良とは限らない……それはそうかもしれませんね。だけどエリカさん、あなたは子供たちにただ優しくしているだけじゃありませんか?」」
 正座に耐えながらアクアが呟いた……。

 そのころ。
「ほらー! スカートめくる悪い子はどこにいるー?」
 トリスティアは別の街で子供たちをナイフで追いつめていた。
「うわー! くるなー!」
 その街の子供たちはしぶとく、火の玉魔法で反撃してきた。
「なかなかやるな」
 トリスティアはヒートナイフの構えに入った。
 そのとき。
「わたしはミズキ・シャモン。あなたたちのイタズラを駆逐いたします!」
 突如現れた少女がトリスティアと子供たちに叫んだ。
「うん? 何だい?」
 トリスティアは目を白黒させる。
「兄貴、召還!!」
 ミズキが人差し指を宙に振りあげて叫ぶと同時に、通りのあちこちにマッチョなお兄さんたちが現れた。
「イアアアアアア」
「ハアアアアアア」
 マッチョマンたちは裸の上半身を力いっぱい折り曲げ、筋肉の隆起を鼓舞する。
 まことに美しい、筋肉の彫像であった。
「う、うわー!!」
 子供たちはびっくりして、思わず呪文を唱えるのも忘れてしまう。
「くらいなさい、シャモン家名物・直線行軍!!」
 ミズキがピーッと笛を吹くと同時に、マッチョマンたちはいっせいに子供たちに向かって行進を始めた。
 うんとこどっこい、うんとこどっこい。
 マッチョマンたちの口から、不気味な唸り声がもれる。
「げっ、こっちにくるぞ! 逃げろー!」
 子供たちはいいしれぬ恐怖に顔をゆがめ、我先にと逃げだした。
 うんとこどっこい、うんとこどっこい。
 マッチョマンたちの決して立ち止まることも曲がることもしない行進が、障害物を破壊しながら世界の果てに向かってゆく。
「むう、これは……解説しよう!」
 突然どこかから現れたハゲア(七賢者の一人)が超シリアスな表情で切り出した。
 直線行軍。
 その発祥は武の名門として名高いシャモン家4代目当主、トモエ・シャモンがシャモン家の兵を最強の戦闘集団にすべく考案したものである。
 この直線行軍はその名の通りあらかじめ決められた方向に真っ直ぐに歩くものだが、決して立ち止まることも曲がることも許されない。
 つまり眼前の障害物を排除しながら行軍するのである。
 この結果シャモン家の兵たちはは何事にも屈しない闘争心と忠誠心を身に付け、周辺諸国に恐れられたという……。
「以上、民迷書房刊『トモエ御前の訓練方法大全』よりの引用じゃが、解説とする」
 ハゲアは長い解説を終え、ふうと深い息をついた。
「あなたは……民迷書房の本を知っているとは、相当な識者とみました」
 ミズキが警戒のポーズをとる。
「おぬしこそ、何者じゃ? 民迷書房の恐るべき書物は、このレルネーエン世界では禁断のアイテムとされておる。おぬしはなぜ民迷書房を知っている?」
 ハゲアはミズキを問いつめた。
「いや、こんなことをいっている場合ではないな。悪いが止めさせてもらう。ふけこめジジビーム!!」
 ハゲアが呪文を唱えると、ハゲアのハゲ頭から強烈な閃光をほとばしり、マッチョマンたちを包み込んだ。
「イヤアアアアアアハアアアアアアアア」
 マッチョマンたちの身体がみるみるうちに老化し、ついによぼよぼのおじいさんになったかと思うと、バタバタと倒れ、消えてしまった。
「何をするのです!? 直線行軍で子供たちの曲がった根性を叩き直そうと思ったのに」
 ミズキは気色ばんだ。
「仕方なかろう。あのままあの行進を放っておけば、進路上にある全ての建物が破壊され、この世界はメチャメチャになってしまうわい!!」
「兄貴たちはまだまだ在庫があります。もっと召還しますよ!」
 ミズキはさらにマッチョマンの式神を召還していった。
「おのれ! これではきりがない……」
 ハゲアは歯ぎしりした。
 子供たちに起こった異変も大変だが、ミズキの召還したマッチョマンたちの直線行軍をどうにかしなければ、レルネーエン世界は大変なことになってしまう……。



「くっそー……ひどい目にあったけど、何とかイタズラを止められそうだぞ」
 トリスティアは足形だらけの身体をひきずりながら、どこか得意げに呟いた。
 ミズキの召還したマッチョマンたちの直線行軍にトリスティアはモロにまきこまれ、めちゃめちゃに踏まれてしまったのである。
 しかし、その後もトリスティアは街から街へと子供たちを追い求めて走ったのである。
 ナイフを持って子供たちを追いつめるトリスティアのことは子供たちの間であっという間に噂となって広まった。
 その結果、嘘のように、子供たちのスカートめくりがなくなったのである!
 スカートめくってるとトリスティアに襲われる、という恐怖が子供たちを抑えこんだのである……。
 もっとも、スカートめくり以外のイタズラは相変わらず行われていたのだが……。



「こ、これは……」
 リクは興奮のあまり身震いした。
 塔の中の扉の奥にあったもの。
 それは、台座の上に置かれた、小さな多面体だった。
 多面体……そう、四角錐だ。
 別の世界では、ピラミッドと呼ばれているもののかたち。
「お、お宝だ! ついにお宝をゲットしたんだ! やったー!!」
 リクはばんざいをして喜んだ。
「よし、さっそくこれを持って帰って分析しようではないか」
 エクスブローンは興奮をあらわに多面体をリクの手からもぎとろうとした。
「えっ? ダメだよ、これはボクがみつけたんだもん! ボクのものだよ」
「えーい、おぬしの業績を称えて、特別にこれを『リク・ストーン』と名づけよう。だからそれをわしによこせ!」
 リクとエクスブローンは多面体をめぐって争い始めた。
 そんな二人の背後、塔の小部屋の奥には、さらに何かがひそんでいた。
 それは……階段だった。
 塔の二階へと通じる階段が、白い壁の放つ光に照らされて、ひっそりと浮かびあがっていたのである……。


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