「イヤアアアアアアハアアアアアアアア」
 世界の果てへとひたすら行進していくマッチョマンたち。
 その行く手にある障害物はことごとく破壊され、後には足形と瓦礫だけが残るのだった。
 硬派な雰囲気漂う意味不明のマッチョマンたちだが、その正体はミズキ・シャモンの召還した式神なのである。
「さあ、ゆくのです。イタズラばかりする子供たちの根性を叩き直すために……!」
 ミズキはマッチョマンたちの後ろから檄を飛ばしていた。
「フフフフフ」
 そんなミズキたちの前に、一人のやせこけた老人が立ちふさがった。
「……! あ、あなたは……」
 ミズキの顔に衝撃がはしる。
「解説しよう!」
 老人、エルンスト・ハウアーは叫んだ。
「か、解説ですって!? 何を解説するというの? 何であれ、解説なんて誰も求めていません!」
 だがミズキの言葉を完全に無視するかたちで、エルンストは語を継いだ。
「暗黒魔術の源となる負の力はの、世界のどこにでも存在する。無論、君たちの中にもじゃ。そして大
雑把に言えば物が腐る・錆びる、嫌な気分になる・具合が悪くなるといったときに作用する。場所で言えば、幽霊が好みそうなどんよりした場所や廃墟とかに強く満ちておるのぅ」
 そこでエルンストは言葉を切った。
「暗黒魔術!? そんなものでシャモン家に挑戦しようというの? 残念だけどあなたの相手をしている暇は……」
 だが、またしてもミズキの言葉は無視された。
 無視というより、聞いてない、聞こえてないのかもしれないが。
「でだ……」
 エルンストは再び語りだした。
「術の中には生きながら生物を腐らせる術もあるんじゃがの。ぜひ、後学のために生きながら腐れていく気持ちを聞かせてくれんかのぅ〜? 動物やなみの人間ではすぐに死んでしまって感想を聞けんからのぅ〜〜」
 エルンストは自分を踏みつぶさんという勢いで行進してくるマッチョマンたちを前にして、大絶叫とともに術を放った。
「絶望ォーーに身をよじれィ蛆虫どもォーーーーッ!」
 エルンストの全身から真っ黒な負の力がたちのぼったかと思うと放射状に飛び散り、マッチョマンたちを包みこむ。
 負の力は、最初、インクの染みのようにマッチョマンたちの隆々たる筋肉にこびりついただけであるかに思えた。
 だが、次の瞬間、その染みは拡大し、マッチョマンたちの全身を覆った。
「アオオオオオオオオオ」
 マッチョマンたちは吠えた。
 彼らの鎧のような肉体がぶくぶくにむくんだかと思うと、ゼリーのようになった筋肉から腐臭がたちのぼる。
「うう、これは……」
 ミズキは思わず鼻をおさえた。
 ボトッボトッ
 マッチョマンたちの巨体から、一瞬にして腐りきった筋肉のかけらがはがれ落ち、大地にどす黒く積もってゆく。
「オヨヨヨヨヨヨヨヨヨヨ」
 マッチョマンたちはエルンストのような、骨と皮ばかりのやせこけた老人の姿に変わり、どこから出てきたのかわからない杖を突きながら、行進を続けようとした。
 だが、衰えた肉体はいうことをきかず、マッチョマンたちは次々に前のめりに倒れ、そのまま動かなくなった。
 ご臨終、誰もがたどる人生の終着点である。
 滅びさったマッチョマンたちのしかめ面は、悪鬼のようであった。
「哀れな……。これがおごれる者の人生の末路というものよ。いま暴れ放題の子供たちがこの光景をみたなら、どう思うかのう? しょせんこんなものじゃよ。勢いだけで進む者は、いつか力が衰えたときに悲惨なみちをたどるのじゃ。フッフッフ……うん?」
 悟りきった口調で誰にいうともなく語り続けていたエルンストは、ふと眉をひそめた。
「何じゃ、この感触は? ワシの負の力が、何かに吸われているようじゃ……」
 腐敗させる術を発動するためにエルンストは一瞬負の力を爆発させたのだが、その力はいまも強烈にエルンスト自身の肉体から放出されていた。
 こんな老人のどこにこれだけの量の力が、と思うほどの強さを持った負の力だったのだが……。
 その力が、明らかに何かに引き寄せられ、ひとつの方向に流れ出していた。
 それは、ちょうど自分の肩の肉をカラスがついばんで、ひっぱっているかのような感触だった。
「いったい何じゃ? この方向にあるものは……世界の中心? あの塔か?」
 エルンストたちのいる地点から、世界の中心に出現した塔までは、かなりの距離がある。
 翼ある竜が全力で羽ばたいても、6日はかかるという距離だ。
 だが、エルンストは、直感的に、世界の中心にある塔が自分の負の力を吸収しているのだと感じた。
 いま、膨大な距離を一瞬で飛び越えるかのような勢いで、自分の力が吸われている……。
「むう……これはいかん。予想外の展開じゃ」
 驚いたエルンストは、負の力の放出を抑えるべきかどうか迷った。
 だが、決断を下そうとするエルンストの前に、怒りに燃えるミズキが詰め寄ってきていた。
「いい加減にしなさい! あなたは結局、一人ごとしかいえないご老人なのです。わたしが正式に引退させてさしあげましょう。この世から!」
「うん……?」
 注意が別の方向にいっていたエルンストはミズキへの対応が遅れる。
「いきますよ、必殺……」
 ミズキは古ぼけた書物を取り出すと、パラパラとめくりだした。
 書物の背の、ボロボロに字体が崩れて読み取れない題名の下には、『民迷書房』のロゴがある。
「くらいなさい、『砕氷凍陣』!!」
 ミズキが指を鳴らして旗のついた棒を振りたくると、マッチョマンたちが組体操のように整然と、ひとつのかたちを描く配置をとった。
 そのかたちは……五ぼう星であった。
「それそれ、水行の力!」
 ミズキが青い旗を振ると、マッチョマンたちが五ぼう星のかたちに配置された上空から、しゅるしゅるという水滴の音が辺りを満たし、空気中の水分が一カ所に凝固したかと思う間に急速冷却が遂行され、巨大な氷山が出現していた。
「いまこそ、兄貴の力試すとき! みなさんかき砕いて下さい!!」
 ミズキの合図で、マッチョマンたちが男くさい拳で巨大な氷山をこなごなに砕き始めた。
「ほどよく砕けたところで……それそれ、木行の力!」
 ミズキが白い旗を振ると、巨大な竜巻が巻き起こる。
 竜巻はこなごなの氷片をまきあげて凍えの旋風となり、エルンストの身体を包み込んだ。
「ふふふ……氷の彫像と化しなさい!」
 ミズキはほくそ笑んだ。
「うぐおっち」
 氷のかけらに隙間なく全身を覆われ、エルンストは呻いた。
 ……『砕氷凍陣』。
 それは、蒙古において氷上での戦闘の伝説的な達人であったカクグールが編み出した秘技である。
 この技の原理は高速回転により生み出される氷片のフリージング効果により周囲の温度を零下30度まで下げて相手の温度を奪い、凍結させることにある。
 ちなみにカクグールは氷の王者の象徴として「氷」一文字の旗を背負っていた。
 現代において夏の巷にみかけるかき氷屋の旗はこれに由来するものである。
 ミズキは陰陽術でこの技を使っているが、元々この技はかき氷器の元になったカクグール器と呼ばれる器具を用いるという……。
 詳しくは、ミズキの持つ書物、民迷書房刊『氷屋親子鷹 我、永久に氷をアイス』に書いてあることである……。
「ハイ。できあがりです〜」
 見事に凍りついてカチンカチンとなったエルンストの像を前にして、ミズキは満足げな表情になった。
 だが。
「フフフフフ」
 突如氷のエルンスト像から、不気味な笑い声がもれたのである!
「えっ? な、なにー!」
 ミズキは驚愕に目を見開いた。
 エルンストの全身を覆っていた氷の厚い層が、みるみるうちに薄くなっていく。
 まるで、エルンストの体内に冷気が吸収されているかのようであった。
「冷気、か。冷気は、決して苦手ではないぞ。むしろ心地よいかもしれぬ……。カクグール、か。いいのう。カクグール、食べたくなってきたわい。額がきーんとするまで頬ばってみたいのう」
 ついに手足を自由に動かせるようになったエルンストが、掌の氷のかたまりをおいしそうに口に含んで、にっと笑った。
「あなたに、冷気の攻撃はそれほどダメージを与えられないということですか!? かくなるうえは……」
 ミズキは民迷書房の他の書物を取り出すと、あらたな技を探そうとした……。
「待てい。いまは闘っている場合ではないかもしれぬぞ。みてみろ、おぬしのマッチョマンたちがどこかに歩きだしておるわい」
「えっ?」
 エルンストの指さした方向をみて、ミズキは唖然とした。
 負の力による被害をまぬがれたマッチョマンたちが、いまやミズキたちを置いて勝手に歩き出し、世界の中心へと向かっていたのである。
「これまでの行進と、方向が違う! どういうこと?」
「どうやら、おぬしの式神たちもあの塔に引き寄せられているようじゃの……」
「塔、って……?」
 ミズキが問いかけたときには、エルンストは姿を消していた。
「あれ? どこへ消えたのですか?」
 ミズキはあせって周囲を見まわす。
 エルンストの姿はどこにもみえない。
 ただ、声だけがどこからか降ってきた。
「フッフッフ。これからは、おぬしがいくら筋肉男の式神を召還しても、あの塔に吸い寄せられてしまうぞ。おぬしの陰陽術、まだまだ未熟じゃが、なかなか楽しかったわい。また、この世かあの世で逢えるといいのう……」
 老人の声が、こだましながら、風の中に消えてゆく。
「あの塔には、どんな秘密が……?」
 塔に向かって歩きだしたマッチョマンたちの背を呆然と見送りながら、ミズキはただ立ち尽くしていた。



 そのころ。
「えっ……何? これって……まさか?」
 世界の中心にある塔の2階以降を探索していたリク・ディフィンジャーは、驚いて目をパチクリさせた。
 突然塔全体が震えたかと思うと、周囲の壁がチカチカと光りだしたのである。
 そして……現れたものは。
「えっ……えー? ここまで出てこなかったのに……それはないよ〜」
 リクは思わずぼやいてしまった。
 無理もない。
 突然現れて、塔の通路をうろつきまわりだしたそれらは……リクを取り囲み、威嚇するようにうごめくそれらは……。
 スライム。
 ゴブリン。
 オーク。
 グール。
 バンパイア。
 などなど。
 そう。
 まさしく、魔物だったのである……。



「うん……これは? あの塔に変化が!」
 賢者たち専用の、巨大な書架を幾重にも備えた書斎の中で、ハゲアは水晶球の中に浮かぶ光景に眉をしかめた。
 誰かが、強烈な負の力を解放した。
 その力を、どういうわけか、あの塔が吸収した。
「誰かが暗黒魔術を使ったな。しかも、相当な熟練者だったようじゃな。おそらくこの塔は、以前から負の力を吸収していたと思うのだが……規模の大きな暗黒魔術の発動で、一挙に負の力を吸収し、勢いづいたというわけじゃな」
 ハゲアはメイドの入れたお茶をすすりながら、額に浮かぶ丸い汗粒をぬぐった。
「あの塔の正体は依然としてわからんが……危険じゃ。負の力に反応する巨大な塔……危険な臭いがぷんぷんするわい。いますぐ、あの塔の調査をやめさせなければ」
「何をたわけたこと抜かしておるか!」
 突如ハゲアの書斎に、エクスブローンが乱入してきた。
「な、なんじゃおぬしは。わしの書斎に勝手に入りおって……」
「そんなことはどうでもよかろう。あの塔は危険。確かにそうじゃ。じゃが、だからこそよく調査する必要があるのじゃ」
 エクスブローンは興奮した口調で、握りしめていた黒い布の包みを開き、中にあった多面体をハゲア
の前に突き出した。
「うん? それは?」
「あの塔で発見されたものじゃ。先ほど、これの正体が部分的に明らかになったところじゃ……」
 エクスブローンは、どこか緊張した面持ちで、多面体をみつめている。
「それで? その多面体は、いったい何だというのじゃ……」
「教えてやるわい……驚くなよ……」
 エクスブローンは、声をひそめて語り出した……。



「エリカ、エリカはいないか?」
 ディック・プラトックはエリカを探してライブの開催されている広場を歩きまわった。
「あら、あなたは?」
 広場の片隅でリスキーの歌声に耳を澄ませていたエリカが、ディックをみてちょっと複雑な表情になった。
 ディックが自分に協力しようとしているのはわかっていたが、先日、エリカとはかみあわない理論で子供たちに接しようとしていたことに抵抗を覚えたばかりだったからだ。
「やっぱりここにいたか。探したぜ」
「わたしも、彼の歌は気になったの……子供たちがこんなに大騒ぎしていることだし」
「ああ、あいつの歌は確かに重要さ。エリカに教えてあげたいことがあるんだ」
「何かしら……?」
 エリカは気のないような風を装いながらディックの言葉に耳を傾けた。
「エリカにはまた小言をいわれるかもしれないけど、俺、子供たちの話を盗み聞きしてまわったんだ。そしたら、わかったのさ……異変の原因が」
「異変の原因? どうして子供たちが急に魔法のエリートになってしまったかってこと?」
「そうさ。やっぱりリスキーの歌が原因なんだ。あの朝、子供たちは、目覚める直前に不思議な歌を聞いたらしい。その歌は、子供たちにしか聞こえなかった。その歌を聞いたときから、子供たちは変わったんだ。念じるだけで魔法の力を使いこなせるような、驚異の変化が訪れたのさ」
「子供たちにしか、聞こえない歌……? しかもその歌を、朝、世界中の子供たちに送ったというの……? もしリスキーがそれをやったというなら、間違いない……」
「間違いないって、何がだい? 俺はまだ、リスキーにどうしてそんなことができたのかわからないんだが……」
「リスキー、あの青年は、わたしたち賢者と同じくらいの魔法の才能に恵まれた、生まれつきの天才よ。そして、彼の専門は、歌の魔法……。歌を使った魔法なんだわ。そして、彼は、目覚めたのよ。このレルネーエン世界で、禁断とされている魔法の使い方に……」
「禁断? そういえばこの世界は、魔法を使って何でもできるかと思いきや、まだまだできないことも多いんだよなあ……」
 ディックは踊り狂う子供たちを呆気にとられてみつめながら、ぼやいた。
 確かにそうだ。
 レルネーエン世界は、極度に魔法の発達した未来の世界。だが、極度に魔法が発達したというわりには、できないことも多い。
 たとえば、死んだ人を完全に蘇生させる魔法。
 たとえば、金をつくりだす魔法。
 たとえば、時間を操る魔法。
 正確には、それらのことは、決して「できない」わけではない。
 できないのではなく、禁じられているのである。
 魔法を使えば、基本的には何でもできる。
 だが、本当に何でもやれることを許してしまえば、人々が重大な魔法を無秩序に使った結果、世界全体はめちゃくちゃになってしまう。
 そこで、レルネーエン世界には多くの禁断の魔法が設定され、それらの魔法は使用することはもちろん、知識そのものが閲覧できないように封印されてしまうのだ。
 中には、人々にその存在さえ知られていない「禁断」の魔法も多くある。
 存在を知られること自体危険とされ、「まだそういう魔法は開発されていない」ということにされているのである。
 それら、「禁断」の魔法のひとつに、子供たちに関係した、ある重大な魔法があった。
 それは……。
「魔法を使いこなす能力を一瞬のうちに身につけさせる、急速な能力開発の魔法よ。リスキーは、気がついたのよ。『天才』を何人も生み出せる魔法があることに。そういう魔法を使えば、子供たちは学校で苦労して勉強する必要なんかないんだということに。おそらくリスキーは、独学でその魔法を開発したんだと思うわ。彼にはそれだけの才能を感じるもの。でも、そういう魔法を使うのは、危険なことなのよ」
 エリカは、ひとことひとことを、ゆっくりと、噛みしめるように語った。
 ディックは、あまりのことに言葉を失っていた。
 学校で勉強しなくても、魔法を身につけさせることができる「魔法」が存在するとは。
 そんな「魔法」がもしあるというなら、なぜ行政府はその存在を隠してきたのか?
「なあ、俺、なんていえばいいかわからないよ……なあ、俺は、エリカの役に立ちたかっただけなんだ。俺、癒しに興味があって、エリカからいろいろなお話を聞きたかったんだ。それで俺は……なあ、これからあの子たちはどうなっちゃうんだ? リスキーがやっていることは正しいことなのか?」
 これから先のことがみえなくなった不安からか、ディックはエリカに道を求めようとした。
 そんなディックに、エリカはにっこりと微笑む。
 ようやく気づいたのだ。
 ディックは、決して自分と対立する人間ではないことに。
 むしろ、自分と近い傾向があるということに。
「大丈夫よ。大丈夫……」
 エリカは両手でディックの右手を包み込むと、優しく撫で始めた。
 ディックの胸に、不思議な安堵の気持ちが広がる。
 癒しだ。
「ねえ、ディック……リスキーのやろうとしていること、正しいかどうかも含めて、まだわからないことも多いわ。もう少し調べてみないと……でも、わたしは、何ていうか、直感的に、彼はよくないことをやろうとしていると感じるの。けど、まずは彼が何者なのか、もう少しよく知らないと……。私がわからないのは、リスキーはあれほどの才能を持っているのに、なぜ、その存在自体がいままでわたしたち賢者の耳に入っていなかったかということよ。彼、どこの学校を出たのかしら。彼なら、どこの学校でも必ず有名になって、行政府にも把握されるはず……」
「うん。それは確かに不思議だな。あいつに、直接聞いてみるかい?」
「そうね。彼が、わたしを嫌わなければ……」
 ディックは、エリカの目に一瞬不安がよぎるのを見逃さなかった。
 癒しのエリカは、あのリスキーという青年に何を感じているのだろう?
 ディックはふと疑問に思った……。



「きゃははははは! わはははははは!」
 リスキーがライブを開催していたのとは別の街では、子供たちのイタズラが相変わらずさかんだった。
 ここで、子供たちが身につけ、使えるようになった魔法について具体的にみてみよう。
 まず、地水火風に関する、中級程度の魔法。
 そして、軽いもの、小さなものを自由に移動させる魔法。
 ほか、瞬間移動の魔法も使えることは使えるが、いつも使えるわけではなく、不安定な感じだ。
 中には「こんなの簡単では?」と思える魔法もあるかもしれないが、魔法の才能が普通程度の人の場合、少なくとも10年は学校で勉強しないと自由に使いこなせない魔法ばかりなのである。
 少なくとも、「子供」が使いこなせる魔法では、決してないのである。
 そう、「天才」なら別だが……。
 そして子供たちがイタズラに使用していたのは、主として、ものを自由に動かす魔法だった。
 といっても、男の子たちのスカートめくりにおいては、主として風の魔法が使われていた。
 だが、イタズラ全般において主であったのは、あくまでも物体移動の魔法なのである。
 たとえば……道ゆく人の顔に次々にケーキをぶつけるイタズラは、魔法でケーキを宙に浮かべて操作しているのである。
 この場合に移動させられるケーキもまた、子供たちが魔法でつくりだしたものである。
 全員ではないが、一部の子供たちは、ものをあらたに生み出す魔法も身につけていたのである。
「そーれ、それー!」
 逃げまどう人々の頭上に、子供たちは水の入ったバケツを浮かべて、ひっくりかえさせた。
 水が飛び散り、人々の衣服を濡らす。
 たかが子供、と魔法を使って反撃しようとする大人もいるのだが、集団となっている子供たちはなかなか手強い。しかも、普通の大人には使いこなせない魔法も、部分的に使用してくるのである。
 リスキーの歌によってさらに魔法の力を強化されている子供たちは、向かうところ敵なしの暴徒になりつつあった。
「はあ、だけど……こういうイタズラしてるだけじゃ、だんだん飽きてくるなあ」
 ある子供が呟いた。
「同感。みんなで、もっと大きなことをやってみたい気がするな。せっかく力を得たんだし」
「大きなことって?」
「大人には、思いつかないことさ」
 そんな話をしている子供たちの前に、トリスティアと女の子たちが現れた。
「きみたーち!」
 トリスティアはイタズラしている子供たちに大声で呼びかけた。
 トリスティアの頬は、興奮のあまり真っ赤になっている。
 ライブ会場から走り出て、その足できているのである。
 興奮さめやらぬ状態にあった。
「何だ何だ……?」
 イタズラしている子供たち……大半は男の子だ……は、トリスティアと、その背後に控える、怒ったような顔の女の子たちを交互に見比べて、戸惑った表情を浮かべた。
 男の子だけがイタズラしているわけではない。
 だが、女の子でイタズラに参加している者は比較的少なかった。
 その原因としてやはり大きいのは、女の子の大半が、男の子たちのスカートめくりの犠牲者となっていたことだろう。
 怒りに燃える女の子たちの心は、イタズラを止める方向に傾いていたのである。
 その、男の子と女の子の間に広がってきた溝を、トリスティアはうまく利用していた。
 トリスティアの呼びかけで一部の女の子たちが集まり、「魔法少女隊」を結成していたのである。
 魔法少女隊。
 その目的は、男の子たちのイタズラを止めること。
「さあ、行くよ……」
 トリスティアは頬を紅潮させたまま、何かを押し出すときの顔になって、男の子たちをにらんだ。
「何だ何だ……」
 男の子たちは本能的に危険を感じて、警戒する。
「じゃーん! 丸見えー!」
 トリスティアは、魔法を使った。
 途端に、男の子たちの下半身が裸の状態になる。
「な……!」
 男の子たちの顔が真っ赤になった。
 予想外の光景に、キャーという歓声が女の子たちから上がる。
 本当は、トリスティアはパンツだけの状態にするつもりだった。
 だがリスキーの歌声で魔法の力を強められていたトリスティアは、ついつい魔法の効果を過大に発揮させてしまい、ズボンと一緒にパンツも消滅させ、男の子たちのオチンチンを丸出しにさせてしまったのである。
「やー、みえてるー!」
「かわいいー!」
 女の子たちもどこか顔を赤らめながら、男の子たちの剥き出しのモノをみつめて、はやしたてる。
「よ、よーし、どんどんやっちゃうぞー!」
 最初は予想以上の効果にびっくりしたような顔だったトリスティアだったが、すぐに気を取り直し、次々に魔法を放っていった。
 トリスティアと一緒に、女の子たちも下半身衣装消滅の魔法を使い出した。
「わー! うわー!」
「やめろー!」
 男の子たちの悲鳴が空にこだまする。
 股間を手で押さえて、右往左往する男の子たち。
「くっそー、俺たちはスカートをめくっただけだったのに! パンツを脱がすようなことはしなかったのに!」
 男の子たちは悔しさのあまり歯ぎしりをした。
 一部の男の子たちが魔法でまたズボンとパンツをつくりだして急いで身につけ、体勢を立て直した。
「よし、やってやる! くらえ!」
 男の子たちは魔法で掌から水流を放出し、女の子たちに浴びせた。
「やっ、冷たい!」
「やだー」
 どこか楽しそうに笑いながら女の子たちが逃げ惑う。
「負けるな、がんばれ、やるんだ!」
 檄を飛ばすトリスティアの顔面にも、水流が直撃した。
「つ、冷た〜い!」
 トリスティアの悲鳴が大空に吸い込まれる。
 男の子たちのイタズラを止めるには、この魔法少女隊をもっと大きくして、組織的に各街に派遣する必要があるのだった……。



「リスキー!」
 ライブも終わりに近づくかに思えたころあい、ステージに一人の若者が飛び出してきた。
「うん? きみは……?」
 いいながらリスキーは、言葉を繰り返す。
「きみは? きみは? きみは? きみは? イェーッ!」
 最後は絶叫と化し、人々の興奮をあおった。
「オレはアルフランツ・カプラート。キミの付き人になりたいんだ」
「付き人? よしてくれ。バンドのメンバーなら常に募集中だけど、さ」
 リスキーはギターをかき鳴らし、ワオーと無意味に絶叫する。
「バンド……? 楽器ならひけるよ」
 アルフランツは横笛や竪琴を示した。
「ちょっとはやるみたいじゃない……俺を唸らせてくれよ。ヒューッてさ」
「オレもキミのような素晴らしい演奏をしてみたいんだよ。キミと一緒にいさせてよ。何かあったら、キミを守ることもできるし」
「守る? 俺を? 俺を誰が責める? 俺は自由だ! なあ、きみたちもそうだろう? 自由だろう?」
 リスキーは人々に呼びかけた。
 ワー! と人々は歓声でこたえる。
「そう、みんな自由だ……でも、完全には自由じゃない。なぜか? 子供たち、よく聞いてくれよ。きみたちは、大人に虐げられているんだ……きみたちは、解放されなきゃいけない……そうだろう?」
 ワー!
 群衆は手を振った。
「やらなきゃいけない。みんな、ひとつの目標を持つんだ。そう、つくろう、俺たちの国を。希望に満ちた明るい俺たちの自由の国を! 大人たちが勝手につくったこの社会を飛び出そう!」
 ワー!
 いまや群衆は方向を与えられ、その方向への意志を持った。
 目標を与えられた子供たちの目は光り輝き、いますぐにも行動を起こそうという機運に満ちた。
「つくろう、俺たちの国を! 大人たちを追い出して!」
 リスキーはギターをかき鳴らし、広場から走り出ていく。
 興奮した子供たちがその後について走り出した。
「ちょ、ちょっと……!」
 アクア・マナは驚いて子供たちを追い駆ける。
「つくろう、ボクたちの国を! 大人のいうことなんか聞く必要ないんだ!」
 子供たちは次々に唱和しながら、街を走っていく。
「リスキー! どこまでもついていくよ!」
 アルフランツもまた、子供たちと一緒にリスキーを追った。
「子供たちが、自分たちの国をつくろうとしている!? これは……いきすぎなのか、それとも……」 戸惑うアクアの前に、エリカが現れた。
「エリカさん!? 私に何か用ですか?」
「リスキー……彼はまた別の街でライブを開き、新しい国の建設を呼びかけるわ。話に乗った子供たちは何をするかわからない……。わたしはとりあえず、彼に対抗しようと思うの」
「対抗って?」
 アクアが問うた途端、エリカの身体が光に包まれ、きせかえ変身の魔法が行われた。
「はあ……その姿……」
 アクアは驚きに目を見開いた。
 ピンク色の衣装に、白い手袋。
 胸元は大きく開き、豊かな乳房がのぞく。
 スカートにはひらひらがついていて、動けば風にそよぐ。
 そして、背中には羽根のような飾り……。
 この姿は……アイドル!?
「リスキーのライブに対抗して、エリカのアイドルコンサートを開催するわ。リスキーに子供たちの人気が集中することを防ごうと思うの。アクアさんも、協力して。踊れるんでしょう?」
 エリカは、アクアをみつめて言った。
 アクアは、歓喜の舞衣を持っている。
 エリカは、その舞衣のことを知っているのだろう。
「エリカさんに協力ですか……考えさせて欲しいですねえ。リスキーさんのことは確かに気になるけれど……」
 アクアは、複雑な表情で考え込んでしまった。
 アクアが一番気がかりなのは、もちろん、子供たちのことだったのである……。



「あの塔は、失われた古代の魔法と関係がある。わしは最初からそう感じていたのじゃよ」
 エクスブローンはハゲアとともにお茶をすすりながら呟いた。
「やはりそうか。どうもおかしいと思っていたのじゃよ。おぬしが妙にはりきっているから……」
「しかし、さすがのわしも、これほどの発見ができるとは思わなかった。いいか、これはな、確かに古代の魔法に関するアイテムじゃ。しかし、それだけではない。誰もが知ってる、ある人物の愛用品だったものなのじゃよ……」
 エクスブローンは多面体をテーブルに置いて、指差しながら説明した。
「ある人物とは誰じゃ……?」
 ハゲアは一瞬不可思議な顔をしたが、
「ま、まさか……!」
 一瞬にして蒼白な顔に変わる。
「そう、そのまさかじゃ。この多面体はな、古代の大魔法使いにして歴史上最も邪悪な存在、ヘル・ドラーゴの魔力増幅器だったのじゃよ」
 ヘル・ドラーゴ。
 その名前は、あまりにも邪悪な印象をハゲアの中に呼び起こさせた。
「な、何と……何ということじゃ……なぜあの存在に関するものがあの塔に……」
 さすがのハゲアも、これほど動揺させられたのはあまりに長い人生の中で空前絶後のことだった。
「危険じゃ。あの塔は危険じゃ!」
 ハゲアは我を忘れてわめいていた……。



 そのころ。
「た、助けて〜、ボク、本当にここから出られるのかな〜?」
 突如塔の中に現れた魔物から必死の思いで逃げまわりながら、リク・ディフィンジャーは途方に暮れていた。
 もはや、ゆっくり宝探しをしている場合でもなくなったのである。


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