「平和の歌」 第3回

ゲームマスター:いたちゆうじ

 陽が昇り、レルネーエン世界にあまねく光を送り届ける。
 柔らかく、だが着実に降り注ぐ、暖かな光。
 そんな光を受けて、世界の一点、街の中に突き出すようにそびえる真珠の城の城壁が、ピカリと光る。
 真珠の城。
 その城は、昨日まではそこになかったものである。
 その城を取り巻く城壁は、街の中と城の中とを明瞭に区切っていた。
 城壁の上に佇む、小さな影法師たち。
 子供たちである。
 城は、子供たちの城。
 大人に負けない魔法の力を手に入れた、子供たちの魔法の城だ。
 そして、その城の内部は、子供たちのいう「ぼくらの国」。
 固く閉ざされた城門に、こんな張り紙がしてある。
「ぼくたちは、力を手に入れました。まだ完全ではないかもしれませんが、ぼくたちはこの力をいかして、自分たちの理想の国をつくろうと思います。大人のみなさん、ぼくたちのやることを邪魔しないで下さい。この区域に入り込むなら、ぼくたちは容赦しません」
「理想の国……? この城の中が? 何をいっているんでしょう……」
 さすがにアクア・マナは顔をしかめた。
 子供たちと行動をともにし、彼らの心を知ろうと努めたアクアだったが、大きな壁にぶち当たろうとしていた。
 自分たちの理想の国をつくろうという子供たちの動きは、それまでの流れから飛躍しすぎていた。
 子供たちの魔法の力を向上させたあの青年、リスキーの煽動による側面が大きい。
「子供たちの暴走が、越えてはならない一線を越えようとしていますね……」
 アクアは、ここら辺で子供たちを止めなければならないと考えていた。
 だが、止める前にまず、真意を確かめなければ。
 アクアは城門の前にたたずんだ。
「すみませんが、私も入れてもらえないのでしょうか……?」
「あれ……? アクアさんなら、例外だよ……どうぞ……」
 一緒に遊んできたよしみか、子供たちはアクアを通すことに決めた。
 ぎいいいい
 城門が、きしみながら開く。
「すみませんね……あなたたちの国にお邪魔させてもらいますよ」
 アクアはいそいそと城門をくぐり、真珠の城へと入りこむ。
 真珠の城の大会議室には、大勢の子供たちが椅子に座って議論を闘わせていた。
「ちょっとお尋ねしたいのですが、あなたたちは何を話しているのでしょう?」
「うん……? あれ、アクアさん。なぜ……見張りの連中が通したのかな。これで二人目か。やれやれ……」
「二人目……?」
 アクアはなぜか不吉な予感がしたが、自分より先に誰が城門をくぐることを許されたのか、とりあえずは詮索しないことにした。
「アクアさんも、ぼくたちの国の運営に、協力してくれるの?」
 子供たちは、汚れのない無垢な瞳をアクアに向ける。
「きれいな目ですね……そんな目で、あなたたちはどんな国をつくろうとしているのです?」
「どんなって……理想の国だよ。いろいろな間違いや不平等のない、完成された国を目指したいんだ」
「そうですか。それは、素晴らしい理想かもしれませんね。あなたたちが本気で理想を実践したいと考えているなら、私はおおいに協力しましょう。まず、国というものには法律が必要であり、国の運営には租税の徴収が不可欠です。国法と、財源の確立。私はそこから助言していきたいですね」
 ざわざわざわ。
 子供たちが口々に何事かを言い合う。
「法律のことなら、考えていますよ。まだみんなのアイデアをまとめている段階ですが……」
 子供たちが渡したメモに、アクアは目を通した。
 そのメモには、理想の国の法律について、いくつかの条文案が記されている。
「他人を傷つけては、いけません。自分がされて困ることを、他人にしてはいけません。人を差別してはいけません。弱い者苛めはいけません。……」
「これが法律ですか……」
 アクアはしばし無言となった。
「あと、財源については、ぼく達が魔法の力をもっと身につければ大丈夫だと思います。魔法の力で、何でもつくれるようになると思うんです」
「つまり、お金がなくても必要なものをつくりだせるということですか?」
「はい。どうです? ぼく達の理想の国に、お金なんてものは要らないんです。お金は、人の心を歪めます。大人たちが汚れているのも、お金があるからなんです」
「……」
 アクアは黙って子供たちの言葉に耳を傾けていた。
 そして、こう語った。
「なるほど。全く考えていないわけではない、ということはわかりました。もちろん、あなたたちの考えを私が完全に素晴らしいと認めているわけではありません。厳しいかもしれませんが、あなたたちの考えは、とても甘い認識に基づいています……」
「わかってるさ。でも、ぼくたちは真剣なんだ! この世界に、ぼくたちの理想の国をつくって、いつまでも幸せに暮らしていきたい。ねえ、アクアさん、ぼくたちに力を貸して!」
「もちろん、協力はしましょう。いま、私があなたたちに助言したいことは……」
「助言したいことは?」
「法律と財源については考えているということですが、あなたたちが全く考えていないことがあります。それは……」
 アクアは突然窓の外をぴっと指さして叫んだ。
「軍隊です!!」
 ちゅどーん!
 どこかで爆発音が巻き起こった。
「……は?」
 アクアは一瞬、ぽかんとする。
「あれ? お城の中庭で騒ぎが起こっているぞ」
 子供たちは会議室の窓から、いっせいに中庭を見下ろした。
「女の子たちが……暴れている!?」
 眼下の光景に、子供たちは目を丸くした。
「男の子は不潔だよ! スカートめくりなんかして喜んでる奴らに協力することはなーい!」
「……! その声は……」
 アクアは再び不吉な予感が背にはしるのを覚え、おそるおそる子供たちの背後から中庭をのぞきこんだ。
「進めー! 撃てー!」
「やっぱり……トリスティアさん!!」
 アクアの絶叫がとどろく中、中庭ではトリスティア率いる「魔法少女隊」が男の子たちに爆竹魔法を仕掛けていたのである……。



 そのころ、子供たちが真珠の城を築いていたのとは別の街で、ディック・プラトックはギターを片手に弾き語りをしてまわっていた。
「ラララ♪ お前たち〜よく聞くんだ〜♪」
 ディックは街角の子供たちに語りかける。
「何だい? ぼくたちはリスキーのライブに行くところなんだけど?」
 子供たちは陽気そうなディックの音楽に好奇の目を向けながら問うた。
「ラララ♪ リスキ〜〜〜? ライブ〜〜〜? そんなものよりもっといいものがあるのさ〜」
 ディックはくるくる回転しながらギターをかき鳴らして、得意げに子供たちに語りかける。
「えっ? リスキーのライブはぼく達に魔法の力を授けてくれるんだよ。それ以上にすごいものなんてないさ。なあ、みんな?」
「うん、そうだよ。リスキーのおかげで、ぼく達は理想の国を築ける力をもらったんだ。もっと力を身につけて、ほかの街の奴らのように、お城を築かなきゃ……大人たちを追い出して、さ」
「おお、なんてことを? ラララララララララララ〜〜♪」
 ディックは顔をしかめて地面に座りこみ、激しくギターを鳴らし続けた。
「ラララララララ〜、エーリーカ、の、アイドルコンサート〜♪」
「うん? エリカ?」
 子供たちはディックの言葉に注意を向けた。
「みんなの守り神、優しいお姉さん、エーリーカが、開くよ開くよ楽しいうたーげーあっちで〜♪ ラララララ〜♪」
 メロディに哀愁をにじませ、ディックは懸命につまびいた。
 目をつぶって熱唱する彼の顎を、汗が伝い落ちる。
「女の子の賢者、エリカが、コンサートを開くの? それがリスキーのライブよりすごいって? ハハ、エリカは、ぼく達に魔法の力を授けたりはしてくれないだろ?」
 子供たちはやれやれと肩をすくめた。
「ララララララララランランラン、エーリーカは、きみ達に素晴らしい贈り物をくれるよ、エーリーカは、とてもきれいだよ〜〜〜ラララララララララ」
 ディックは、ここで負けてはならないと歌に力をこめた。
「そりゃ、エリカはきれいだけどさ……」
 子供たちは呆れ顔だ。
「まあ、リスキーのライブに行く途中に会場があるなら、顔を出してもいいよ。ところで、お兄ちゃんに、どうしてもいいたいことがあるんだけど……」
「ララララララ、なーんですかー?」
 ちょっと力を抜いて軽く目を開き、ディックは子供たちにたずねた。
「はっきりいって、お兄ちゃん、歌、下手なんだけど……」
「ララララララララララララ!」
 ディックは再び力強くギターをかき鳴らした。すさまじい高音に、子供たちは思わず両手で耳をふさぐ。
「大丈夫さ〜〜〜コンサートで歌うのは〜〜〜俺じゃない〜〜〜〜♪」
 天に向かって力強く声をかきあげながら、ディックは胸のうちで呟いた。
 これもエリカのためだと……。



 一方、リスキーは既に別の街で新しいライブを開催していた。
 たまたま広場の近くにあった五階建ての石造建築物。
 その屋上にリスキーは現れ、大絶叫していたのである。
「俺はリスキー♪ 世界を変える♪ みんなを救う♪」
「ワー! ワー! リスキー!」
 広場に集まった子供たちが、屋上を見上げて口々にリスキーを讃える。
「リスキー! リスキー! 僕らのアニキ!」
「はあああああわあああああああああああああああほおおおおおおおおっとう」
 激しく身をくねらせてリスキーはひときわ高く絶叫すると、屋上から広場に飛び降りた。
「うわー!」
 子供たちが歓声をあげる。
 すたっ
 五階建ての石造建築物の屋上から飛び降りたリスキーは、見事に広場に降りたった。
「いああああらあああああああみんな、愛こそ全てさああああああああ」
 両手を広げ、両足を開き、大の字の姿勢になって、リスキーは力いっぱい声をはりあげた。
 ぴかっごろごろごろ
 晴天の空に、なぜか雷の音が響く。
 まさに、晴天の霹靂である。
 ぴかっごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろ
 晴天にとどろく雷鳴をバックに、リスキーはさらに歌い続けた。
「みんな、みんな、バカみたいだった♪ みんな、みんな、勉強ばかり♪ 来る日も来る日も♪ これが正しい道だと聞かされて♪ バカみたいだったー! あー」
「あー!」
 子供たちもリスキーと一緒に叫ぶ。
「でもそれはー時間の無駄だったー遠回りだったー! あー力をきみたちのもとへ♪ あー最初の一歩を百歩に変えろ! ラララァ!」
 リスキーが再び絶叫したとき、その身体から金色のオーラがたちのぼる。
 一緒に絶叫している子供たちからも、オーラがたちのぼる。
「ふっ、やっておるわい……歌の力で、魔力を増幅させる、か……。歌の魔法というもの自体、レルネーエンでは未発達じゃった……。それを、いきなりここまでのものにしてみせてくるとは……。確かにリスキー君は天才かもしれないのう」
 エルンスト・ハウアーはもの影から子供たちの熱狂の様を見守りながら、邪悪な笑いを浮かべていた。
「しかし、のう……リスキー君はなぜ、子供たちに力を与える? 救世主気取り? はっ、笑わせるわい……。あの塔は、何じゃ? いまや魔法的な力を全て吸収しようとしているわい……。のう、リスキー君? あの塔とおぬしとの間には、どういうつながりがあるのじゃ……」
 エルンストは、謎の紙袋を取り出した。
「ワーワー! あれ、こんなところにおじいさんがいるよ〜?」
 子供たちの一人がエルンストに気づき、とことこと近寄っていった。
「おじいさん、何してるの〜? 一緒に踊ろうよ!」
「ふっふっふ……。いーものをあげるわい。ほれ〜」
 エルンストが紙袋を開けた瞬間、すさまじい異臭が広場にあふれだした。
「う、うわ〜臭い〜!」
 踊っていた子供たちがいっせいに鼻をつまむ。
 ちょうど歌い疲れて息を切らせていた子供たちに、臭いは直撃であった。
「な、何だこれは! 助けて〜」
「ほっほっほっ」
 エルンストは愉快そうに笑った。
 広場を転げまわる子供たち。
 吐いている子供も少なからずいた。
「突然飛び出てーはあっ」
 子供たちが転がりだしても歌い続けていたリスキーは、回転しながら飛び上がると、エルンストめがけて急降下した。
「ふっ」
 エルンストは半透明になって身をひき、リスキーの攻撃をかわす。
 どさっ
 異臭を放つ紙袋が広場の床に投げ出され、そのおぞましき中身が白日にさらされた。
 それは、これ以上ないほど腐敗しきった青魚であった。
「やあ、ご無体な。ご老人? 暗黒魔術かな? 魚はこうしちゃ食べられない」
 リスキーが笑ってパチンと指を鳴らすと、腐敗しきった青魚はたちまち炎に包まれ、しゅうしゅうと焼けこげた。
「ふっ無駄じゃ。一度この臭いを吸い込めば、数時間は不快感に身体をむしばまれることになる。もっとも、おぬしはこの臭いをかいでも平気みたいじゃのう? いや、身に漂う風の流れを操って、臭いを防いだか……」
 エルンストはリスキーと真っ正面に向きあった。
「平気? じいさん、あんたもだろう?」
 リスキーは笑ってエルンストをみつめた。
「なぜ笑っておる? ライブは台無しじゃぞ」
「力いっぱい歌って、気分爽快だからさ。俺の生命は歌うときに一番輝いて燃えあがるんだ。火山が火を吹くようにね」
「そうか。ライブなど、またやればいいと考えておる。そうじゃろう?」
「拡大再生産。俺にはそれができる」
 リスキーは笑ってエルンストに背を向け、石畳を蹴って、大空に飛び上がろうとした。
「待て」
 エルンストの両腕が細長く伸びて、リスキーの両脇を挟むようにした。
 ぐいーん
 リスキーの身体を挟むエルンストの両掌から、不思議な魔法の波が生じて、リスキーを包みこむ。
 リスキーを包み込んだ魔法の波は……あわさって、魔法の球となり、リスキーをとらえた。
「くっ」
 リスキーは身じろぎして何かを呟いた。
 リスキーをとらえこんだ魔法の球が一瞬ぶるっと震えるが、何も起こらない。
「無駄じゃ。リスキー君は、天才かもしれん。じゃがワシもこの道では大家じゃからのう」
 エルンストは唇の両端を大きくつり上げて、微笑む。
「じいさん。あんたも、若いころは魔法を一生懸命勉強したんだろう? もしあらかじめ魔法の力を与えられていたなら、もっと時間を有効に使えたとは思えないか? そんなになる前にさ……やりたいこと、いろいろやれたんじゃないか?」
 リスキーはエルンストをきっと睨んで呟く。
「ふっ。自然界の正と負のバランスもわからん奴に、何を説教できる?」
「わかっているといったら、どうする?」
 エルンストとリスキーが言い合いを始めた、そのとき。
「見事な腕じゃのう……」
 広場に、もうひとつの人影が現れた。
「瞬間移動……書斎からか? 地点の把握が、実に正確じゃ……やれやれ、いきなり力をみせつけてくれるのう、賢者とやらは」
 エルンストは微笑んだ。
「リスキーといい、おぬしといい、この世界にはまだまだ知られざる魔法の天才が埋もれているとみえる」
 レルネーエンの行政を司る七賢者の一人にして最長老、ハゲアがエルンストと、魔法の球にとらわれたリスキーを見比べていった。
「そうして出てきたところをみると、ワシの提案した老人戦隊に参加する気になったのかのう?」
 エルンストの言葉に、ハゲアは思わず己のハゲ頭をツルツルッと両手で投げ上げ、天に向かって大口を開けた。
「ハゲを磨いて大変身! ただ今参上〜って、何をやらせるんじゃあ!」
 絶叫の後に我に返ったハゲアが、エルンストに怒鳴りつける。
「う……」
 一連の光景を目にしてさすがのリスキーも言葉を失っていたが、すぐに余裕を取り戻して呟いた。
「ノ、ノッてるじゃないか。ジジイもまだまだ捨てたもんじゃないかな」
「リスキー。おぬしのやろうとしていることは間違っておる。おぬしは、天才じゃ。天才の生き方をすればいい。わしは調べたぞ。おぬしは学校では全く評価されなかった。既存の教育理論にとらわれた教師たちに、おぬしの才能はつかめなかったわけじゃな。そしておぬしは学校から姿を消した……」
「ジジイ、あんたは教育行政を担当しているんだろう? ひどいものだ、俺に限らず、な」
「天才は天才の生き方をすればいい。じゃが、普通の子供にまでおぬしのような生き方をさせようというのは、許されないことじゃ。わかるか? 普通の子は、普通に勉強して、普通に社会に出る。そこに普通の子の幸せが……」
「つまらない作文だな。ジジイ、賢者をやってるあんたも天才なのさ。そうだろう? 普通の子の本当の気持ちなど、あんたにどこまでわかるというのかな」
 リスキーはハゲアに、はっきりと憎しみの目を向けていた。
「やれやれ。二人揃ってつまらんことを言い合っとるわい。教育というより、バランスの問題じゃろが。この世界にある正と負の力のバランス。リスキー君、おぬしはそのバランスを乱そうとしているのじゃ」
 エルンストが言い放つ。
 三人の議論は、いつ果てるともなく続いた。



「使い魔、召還〜!」
 トリスティアが叫ぶと同時に、大量の黒い羽が空を覆い尽くした。
 カラスである。空いっぱいを埋め尽くし、カラスは真珠の城の子供たちを威嚇した。
 カラスだけではない。
 にゃ〜ん
 地の底から大量に現れた黒猫たちが、次々に真珠の城にとりついていった。
 ガリガリガリ。
 黒猫たちが、真珠の城壁を爪でひっかく。
「う、うわ〜! 怖いよ〜!」
 真珠の城内部に閉じこもった男の子たちが、悲鳴をあげる。
 男の子たちの悲鳴に包まれて立っているアクアは、呆れ顔だ。
「トリスティアさん、今度は何を……?」
「理想の国って、誰の理想なのかな? 要するに、男の子たちの理想なんじゃない? 女の子はみんな怒ってるよ。男の子たちはきっと、女の子へのやらしいイタズラが吹き荒れる国をつくるつもりなんだって。だって、男の子たちが魔法の力を手に入れて最初にやりだしたのは、スカートめくりだったんだもん!」
「そうよそうよ! あたしたちにちっとも謝らないくせに、理想の国建設に力を貸してくれだなんて、虫がよすぎる話だわ!」
 トリスティアの率いる魔法少女隊が、口々に騒ぎたてる。
「スカートめくりのことは、謝るよ。一部の男子がやったことなんだ。ぼく達の理想の国は、男女が平等に仲良く暮らすことなんだ!」
 真珠の城の奥から、男の子たちの必死の叫びがわきおこる。
 だがトリスティアによって煽動された女の子たちの心を変えることはできなかった。
「ダメ! 要するにあたしたちは、男の子が信用できないの! 国をつくるなら、あたしたちは男の子たちとは別の国をつくるわ! 女の子だけの国の方が、ずっと平和そうだもの」
「そんな〜。アクアさん、どうすれば……?」
「むう。男子と女子の分裂ですか」
 男の子たちに相談されたアクアは唇を噛んだ。
「さあ、みんな、男の子たちに、女の子の力を知らしめよう! そーれ、ゆけー!」
 トリスティアの合図とともに、大空を埋め尽くしていたカラスたちが、いっせいに城にとりついた。
 コンコンコン
 カラスたちが城壁をくちばしで突つき始める。
 だが、真珠の城の壁は、そう簡単に打ち破れるものではない。
「仕方ないなー。それじゃ、城の外にいる男の子たちを、追い立てろー!」
 ワー!
 トリスティアの言葉に、女の子たちがいっせいに拳を振り上げた。
 黒猫とカラスが、ほかの街に移ってゆく。
 男の子を探しだし、ある方向へと追い立てるため……。
「全く。何だってトリスティアさんは、城の敷地に入ることができたんですか?」
 アクアは、真珠の城内部で頭を抱えてうずくまっている男の子たちにたずねた。
「女の子たちが入れろっていうから、入れたんだ……そしたら」
 男の子たちが泣きそうな目で答える。
「まあこの城の中にいれば大丈夫なようですが……。わかったでしょう? あなたたちは、国というものを甘くみていたのです。本気で理想の国をまとめていきたいなら、まずは、女の子たちをどうにかして協力させなきゃいけないでしょう? あなたたちに、それができますか?」
「できると思う……アクアさんが、トリスティアを止めてくれるなら」
 えっ?
 アクアは一瞬言葉を失った。
「私が、トリスティアさんを止める……? そ、それはちょっと……」
「このままじゃ、ぼくたち男の子たちと、女の子たちの戦争が始まっちゃうよ。アクアさん、どうにかしてよ。お願いだよ〜」
 男の子たちはアクアにすがりついた。
「は、はああ……何なんですか、この展開は」
 子供たちのつくりだした真珠の城で、アクアはただ立ち尽くすのみだった。



 カア! カア!
 カラスたちが、男の子たちを追いかける。
「う、うわ〜、何だ何だ、助けてくれ〜」
 突然のことに驚いた男の子たちは、必死で逃げた。
 魔法を使ってカラスを追い払おうとしたが、カラスと一緒にやってくる女の子たちが、カラスを守って魔法の攻撃を放ってくる。
 女の子たちの魔法で強力な水鉄砲が放たれ、男の子たちを濡らした。
 黒猫がとりついて男の子たちの濡れたズボンとパンツを引き下ろし、カラスたちが剥き出しの下半身に嘴を突き入れてくる。
「許してーぼくたちが悪かったよー」
 男の子たちは涙を流して逃げ惑った。
 カラスも黒猫も女の子たちも、男の子たちをある方向へ意識的に追いやっていた。
 男の子たちが追いやられるその方向には、光り輝く広場が。
 いつの間にか、時刻は夕方になっていた。
 きらきらきら。
 広場に敷き詰められている石畳が魔法の力で発光し、日常の中に別世界をつくりだしているのだ。
 その別世界の主は、ピンクのノースリーブのドレスと、ピンクのミニスカートを履き、コンサートのリハーサルに夢中だった。
 エリカである。
「あ〜わたしに萌えないで〜あら?」
 リハーサルの途中で、エリカは騒ぎに気づいた。
 下半身裸の男の子たちが涙を流しながらコンサート会場に殺到してくる。
「あらあら。エリカのアイドルコンサートはまだ時間じゃないわ」
 エリカは手を振って男の子たちを追い払おうとしたが、迫りくる大群の勢いは止まらない。
「エ、エリカさん、助けて下さい! 女の子たちがぼくたちを苛めるんです!」
「あらあら。誰かが仕組んでいるのかしら……仕方ないわ。予定よりだいぶ早いけど、コンサートを開始します」
 エリカはディック・プラトックに合図した。
「エリカ、いくぜ。俺は演奏はうまいんだ」
 ディックは楽器のセットをかき鳴らし吹き鳴らし始める。
 ちゃらっちゃらー
 広場を包む光が一瞬消え、薄闇に包まれた。
 じゃらららららー
 広場の中心にたたずむエリカを、天上から降ってきたひと筋の光が照らしだす。
「みなさん、ようこそ。愛と癒しの、エリカのアイドルコンサート☆ リスキーなんかに負けないぞ」
 エリカはチッチッと指を鳴らしてウインクする。
「うわわ〜股間が寒いよ〜」
 カラスと黒猫たちと女の子たちに追い立てられ、下半身むきだしの男の子たちがコンサート会場である広場に突進してくる。
「一曲目、いくわよ」
 エリカは深呼吸して歌い始めた。
「ららら。あなたは私に夢中で〜」
 カラスと黒猫たちと女の子たちが、広場を取り巻いてうごめく。
 広場に閉じ込められた男の子たちは、目を丸くしている。
「みつめないで。どこみてるの〜」
 エリカが歌いながら微笑み、軽やかにステップを踏むと、男の子たちの下半身が光に包まれた。
「あれあれ、何だか気持ちいい……」
 男の子たちは目を細めた。
 あっという間に、男の子たちの下半身が魔法でつくりだされたパンツに覆われる。
「いけないわそんなのみせて〜大事なものは秘めておきたいわたしのこころー」
 エリカの歌が流れるにつれ、男の子たちの身体全体が光に包まれていく。
「子孫繁栄もまずは恋の成就から〜ねっ」
 魔法の力で、男の子たちはあっという間に舞踏会のスーツに着替えさせられていた。
「おしゃれしなきゃ、女の子に嫌われるぞ。ダメダメッ♪」
 スーツ姿になった男の子たちはぽかんとして、エリカの実演をみつめていた。
 にゃーん
 黒猫たちがエリカのいる舞台に駆けあがり、二本足で立って踊り始める。
「イェイイェイ♪ さあご一緒に」
 エリカはピンクのステッキをくるくる降って、男の子たちをうながした。
「い、イェイイェイ♪」
 男の子たちはぎこちなく踊り始める。
「あなたの視線がわたしを焦がすのー」
 黒猫たちと男の子たちはエリカの歌にあわせてステップを踏み、舞いを舞った。
「わー。これが賢者の力か。さっすがー」
 トリスティアは眼前の光景に息をのんでいた。
 確かにエリカの魅力は、男の子たちをとりこにしている。
 女の子たちはちょっと退屈そうだが、そんなことはたいした問題ではない。
 トリスティアは、魔法少女隊の活動をさらに拡大するつもりでいた。
 レルネーエン世界の全ての男の子たちに、エリカの歌を聞かせる。
 そうすれば、何かが変わるようにトリスティアは考えていた。



 エリカのアイドルコンサートが行われている広場の上空に、二人の老人の姿が浮かんでいた。
 ハゲアとエルンストだ。
「みてみろ、リスキー。子供たちはあらたなアイドルを得た。おぬしのライブに参加していた子供たちも、やがてこのコンサートに合流するじゃろう」
 ハゲアは、老人たちの脇に浮かんでいる魔法の球に語りかける。
「くっ……あんな歌に、どんな力がある? 性的魅力で男子を慰安してどうする? あの女は本当はおばあさんなんだろ? 魔法で歳をごまかして、要するに子供だましだ。俺のはごまかしじゃない、本当に子供たちを変えることができる……」
 リスキーは悔しそうに吐き捨てた。
「リスキー、考え直そうではないか。おぬしのやり方は、大人たちには全く支持されておらん。子供たちも、男子と女子の対立で理想の国が崩壊すれば、おぬしにだまされたと考えるじゃろう……」
「ジジイども、俺を変えることはできない。いっとくが、俺は別に世界を混乱させて楽しもうとは思ってない。俺は俺で、この世界に生きる人々のことを……あっがっ」
 突然リスキーは顔をしかめた。
「どうした?」
 ハゲアがいぶかしむ。
「む、これは?」
 それまで黙って魔法の球を維持させていたエルンストが、顔をしかめた。
 リスキーを包みこんでいる魔法の球が、不気味な色に染まっていた。
「これは……どういうことじゃ。何かが、暗黒魔法の力をねじ曲げておる。これは……増幅させられているのか? 球を……統制できん……」
 エルンストは、自分より強大な力を感じて戦慄した。
 エルンストに統制できなくなった魔法の球が、二人の老人のもとを離れて、地面に落下する。
「う……何だ、なんなんだ……あんたは?」
 魔法の球が消え、解放されたリスキーが、闇に向かって語りかける。
「何じゃ? 誰と話しているのじゃ?」
 ハゲアは仰天した。
 賢者であるハゲアにも、リスキーが何と話しているのか、全く察知することができない。
「このワシにも読みとれない? どういうことじゃ? いったい何が思念を送っている?」
 エルンストはリスキーに近寄ろうとしたが、みえない障壁がリスキーを覆っているようだった。あともう少しというところでたどり着けない。
「くそ。落ち着け、落ち着くんじゃ……何が起こっている?」
 戸惑う二人をよそに、リスキーはそのものの声に耳を澄ませた。
「わかったよ……あんたのいう通りにしよう。あの塔だな……」
 次の瞬間、リスキーの姿が消えた。
「なに!?」
 エルンストは驚愕に目を見開いた。
「あの塔と……そういっていたな、リスキーは……」



 レルネーエン世界の中心にそびえる、謎の塔。
 一夜にして出現したその塔は、多くの探索家をひきつけていた。
 もっとも、現在その塔に入ろうとする者は少ない。
 なぜなら、ほんの先日まで何ら動くものの影とてなかったその塔に、いまや不気味な魔物たちがうごめていたからだ……。
「えーい、たあー!」
 塔内部では、リク・ディフィンジャーが魔物たちと必死の闘いを繰り広げていた。
「このー!」
 リクの拳がスライムのぶよぶよした身体をうちぬき、まわし蹴りがオークの後頭部を吹っ飛ばす。
「いったいお前たちはどこからやってきたんだ。答えろー!」
 リクはうずくまった魔物を引き起こして揺さぶったが、答えは得られない。
 魔物たちの落とした宝箱が塔の通路を埋め尽くしていた。
「この宝箱の中身も気になるな〜」
 リクは宝箱を開けようと身をかがめた。
 そのとき。
「あれ?」
 何かが脇を通り抜けたように感じて、リクは身を起こした。
「えっ? 人が……?」
 ギターを抱えた青年が、塔の奥へと歩いていく。
「ちょっと待って! どこに行くの? ここは危険だよ」
「うるさい!」
 青年を止めようとしたリクは、突き飛ばされてしまう。
「うん……あの目は……?」
 リクには、青年の目が何かにとりつかれたもののように思えた。
 青年の前に、ふっと階段が現れた。
 全く唐突に、階段がわいてきたのである。
「俺は……この塔の頂上に……そこで歌えば、世界中に俺の声が届く……この塔の力で、あの朝よりももっと強力に……もう一度、やり直せるんだ。世界を変えられる……今度こそ……うっ、ふっ、ふははははは」
 リスキーの声が、突如しわがれたものに変貌した。
「そうだ。もうすぐだ……俺のこの力で、世界中に憎しみの歌をふりまいてやる……」
 明らかにリスキーのものではない声が、リスキー自身の口から紡がれていた。
「どういうことなの!? 何かに精神を支配されている……?」
 驚くリクをよそに、リスキーは塔を少しずつ登りつめていった。



「はあ。ちょっと疲れたわね。休憩するわ……」
 エリカは、アイドルコンサートを中断して、ディックとともに楽屋に引っ込んだ。
 すかさず、そのときを待ってましたとばかりにミズキ・シャモンが舞台に駆け上がる。
「さあみなさん、殺嘩亜を始めましょう」
「殺嘩亜?」
 踊り疲れて座りこんだ男の子たちが、首をかしげる。
「殺嘩亜。それは、毒入り飲料を飲んだ双方が、鋼鉄製のボールを奪いあう競技。ボールの中には、解毒剤の入った金庫を開けるための鍵が入っています。この競技で、男子と女子の争いの決着をつけようではありませんか……」
「毒入り飲料? そんなの、ぼく達の魔法の力で、簡単に解毒できるんだけど……」
 間。
 ちゅどーん!
 突如ミズキの足もとから爆発が巻き起こり、宙へと人体を打ち出した。

 ひゅるひゅるひゅる
 夜空に打ち上げられたミズキの身体が、とある建物に落下する。
 と。
 ミズキの身体がふわっと宙で静止し、次の瞬間には建物の中、書斎の扉の前に降り立っていた。
「何なんでしょう……ここはどこですか?」
 ミズキはおそるおそる扉を開けた。
「全く。何者じゃおぬしは? わしの邸に落下してきおって……」
 書斎の中から身を起こした賢者エクスブローンが、したり顔でミズキをみつめる。
「あなたは……?」
「まあせっかくきたんじゃ。この本をみてみろ。レルネーエン世界の古代について書かれてある」
 本に目をとおしたミズキは、顔をしかめた。
「かつて、無制限に魔法が使われていた時代があった? 世界は破滅するかと思えたけれど、対立する魔法使い同士が互いの魔法をうちけしあうため、ぎりぎり崩壊を免れていた?」
「そうじゃ。現在、多くの魔法が禁断とされておる。錬金術もそうじゃし、ときを操る魔法にしてもそうじゃ。ところが古代においては、禁断とされる魔法がなかったため、無秩序状態となっていたのじゃ。そして、世界を支配しようと考える大魔法使い同士が、闘いを始めた」
 エクスブローンは黒板に白墨で、とある人物の名前を記した。
「ヘル・ドラーゴ?」
「そう、大魔法使い同士の闘いに最後に勝ち残るかと思えたのが、ドラーゴじゃな。ドラーゴは大変邪悪で、強大な力を持っていた。じゃが……」
 エクスブローンは白墨で記された名前に、同じ白墨でバッテンを記した。
「善なる心を持った魔法使いたちが力を合わせ、その力は一瞬だけドラーゴを凌駕した。ドラーゴは封印され、魔法使いたちは無秩序を収拾するため、多くの魔法を禁断とした。レルネーエン世界の古代がこうして終わることになる」
 エクスブローンは説明を終え、ホッと息を吐いた。
「わしをずっと探していたのじゃよ。ドラーゴはどこに封印されたのか、その場所を……さあ、塔に行こう」
 エクスブローンはミズキを促し、再び出掛ける準備を始めた。


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