「平和の歌」 第6回
ゲームマスター:いたちゆうじ
優しい風が吹く。 レルネーエンは、もとの静かな世界に戻りつつあった。 険しい山。 その山の頂上に、一人の青年がたたずんでいる。 背中にギターを背負い、その瞳はどこまでも澄んでいた。 リスキーだ。 リスキーは、ギターを背中からおろし、両手で抱えると、演奏し始めた。 不思議なメロディ。 ギターを弾きながら、リスキーは歌った。 「あーあー、争いはー、いつもー、虚しくー、見上げればー、空にはー、笑ってるお母さん〜」 リスキーの歌は山々にこだまし、増幅され、世界中にふりまかれた。 リスキーの背後に、二人の影。 リク・ディフィンジャーとリュリュミアだ。 「不思議な歌だね。聞いてると、心の中が穏やかになる……」 リクは目を細めてリスキーの美声に聞き入っていた。 「そうですね〜、やっぱり歌はこうでなくては〜」 リュリュミアも機嫌がいいのか、くるくると宙を旋回している。 結局この人が何なのかはわからなかったな、と、リュリュミアをみながらリクは思った。 いつの日か、また、リュリュミアと冒険をする日がくる。そのときに、リュリュミアの正体も明らかになるかもしれない。 そう、このレルネーエン世界でなくても、どこか別の世界で。 「何をみてるんですか〜? 私たちも一緒に歌いましょ〜」 リュリュミアがニコニコ笑いながら、リスキーの歌の後を追うように歌い始める。 「微笑みが世界を変える〜みんな笑って〜そしたらネコも笑うのさ〜」 「ラララララララ〜」 リスキーとリュリュミアの歌が、レルネーエン世界で最高峰を抱える山脈のあちこちにとどろきわたり、世界中に広がっていく。 「よし、あたしも歌う!」 リクも、歌い始めた。 「ネコが笑えば〜タヌキも笑う〜みんな笑えば戦争はなくなる〜」 「ララララララ〜」 「ルルルルルル〜」 リスキーのかなでるメロディを真似て、リュリュミアとリクは一生懸命歌った。 「おい、てめえ、人にぶつかって黙っていくんじゃねえよ!」 「何だコラァ! やるのかぁ!」 レルネーエン世界では、つい先日リスキーが塔の頂上で歌った「憎しみの歌」の影響で、大人たちの間柄がいまだにぎくしゃくしていた。 「ぶっ殺したろかぁ!?」 「上等だ。俺の魔法を受けてみろ!」 今日も、街のどこかで喧嘩が始まろうとしている。 そのとき。 世界のどこかから、不思議な歌が響いてきた。 「きみの泣いている姿をみて〜俺は過ちに気づいた〜」 いま、リスキーが山で歌っている『平和の歌』だ。 その歌を聞いて、喧嘩を始めようとした、そしてまた、喧嘩をしていた大人たちの表情がやわらぐ。 「これは……何だ? 俺たちは……何をしていたんだ?」 争いをやめ、きょとんとする大人たち。 「力で〜征服することの〜愚かしさに〜気づかされて〜俺も〜泣いた〜」 心にどこまでもしみこむ、リスキーの歌声。 「おお……」 大人たちの目に、涙が浮かんだ。 「ゴメンよ、隣人たち。同じ人間だ、仲間だもんな」 大人たちは泣きながら互いに微笑み、握手し、抱きしめあった。 「そうだ……ヘル・ドラーゴによって崩壊寸前の状態にまで追い込まれた世界を、いまは復興しなければならない。力をあわせてがんばろう!」 大人たちは、いっせいに争いをやめ、建設的な作業にとりかかり始める。 リスキー、いや、リスキーとリュリュミア、リクたちの歌が、世界中の人々の心を癒し、平常へと回復させたのだ。 世界に、秩序が戻りつつあった。 「これで、大丈夫だ。俺の『憎しみの歌』の影響は、これでとりのぞくことができた」 歌い終えて、リスキーはホッと息をついた。 魔法の力が、すっかり回復している。 そのおかげで、『平和の歌』を世界中に届けることができた。 実は、リスキーが子供たちに高度な魔法スキルを授けた歌も、いま彼が立っているのと同じ場所で歌われたものなのである。 レルネーエン世界で、最も高い山から歌を歌い、その歌をあちこちの山にぶつけ、広げることで、世界中に送り届ける。 山にはもともと魔力がこもっているが、歌をこだまさせると、山々の魔力がその歌に影響を与え、効果を絶大なものにする。 そう、あの塔の頂上で歌うよりも、この山の上で歌う方がよいのだ。 リスキーの、天才ならではの工夫だった。 「協力ありがとう。きみたちに助けてもらった恩は忘れない。それじゃ」 リスキーはリュリュミアとリクに礼を言い、歩み去ろうとした。 「いっちゃうの?」 リクが声をかける。 「ああ、俺は、自分のやったことが間違っていたとは思っていない。だが、俺のやったことは世界のバランスを狂わせ、あの大魔法使いが干渉する隙をつくりだしてしまった。俺は、もっと修行して、自分を磨くつもりだ。いつの日か、この世界に本当の意味で貢献できるようになる、そのときまで」 「リスキー……」 リクは唾を飲み込み、言葉を続けた。 「あたしさずっと塔の中にいてさ、街でリスキーがしてきたことはわかんないからその事はよく言えないけど、会ってからリスキーの事見てたけど、リスキーが悪いなんてことはないと思う。操られていたけどね。でも、頑張って皆を助けたんだからすごいと思うし、いい事だと思う。だがらさ、そんな難しい顔とかしないで……」 リクはリスキーに、掌を差し出す。 「胸張って行っといで! いまよりもっと強くなれるのかな? 頑張って行ってこーい! いってらっしゃい!」 「ああ! ありがとう! いつかまた、逢おう!」 リスキーは、リクの差し出した掌に自分の掌を重ね、強く握りしめる。 固い握手。 二人の身体から魔法のオーラがたちのぼる。 「元気でね! いつかきっと、再会しようね!」 山の中に消えてゆくリスキーを、リクは手を振って見送った。 「さてと」 リクは脇に置いてあったリアカーの引き手をつかみ、意気揚々と駆け出した。 「リュリュミアも、さよなら! あたしはまたあの塔に行って、今度こそお宝を手に入れるよ!」 びゅー。 リクは高速でリアカーを引いていった。 山道を、つまずきながら。 「ラララララ〜」 「うん?」 山道をゆくリスキーは、背後からリュリュミアが追いかけてくるのに気づいた。 「きみは? まだ俺に用が?」 不思議な顔をするリスキーに、リュリュミアが袋を差し出す。 「これをどうぞ〜」 「うん? 花の種?」 袋を開けて中身をのぞきこんだリスキーが、声をあげる。 「修行に行った先々で蒔いて下さい〜。行った先の人たちの心も和みますし〜」 「ああ。ありがとう! 花を咲かせる歌も、研究してみるよ」 リスキーはにっこり笑って、袋をしまうと、歩き出した。 「ララララララ〜さようなら〜お元気で〜」 リュリュミアは空にのぼると、街へと向かって移動を始めた。 「ピリリリリリリリリリ! 全員、整列!」 街では、トリスティアがホイッスルを鳴らし、子供たちを呼び集めていた。 男の子も女の子も、トリスティアの前にわれ先にと駆け寄ってくる。 「それでは、先頭から、番号!」 「いち!」 「に!」 「さん!」 「し〜!」 子供たちは、わけもわからず、トリスティアの指示に従って番号を言い始めた。 「これから、壊れちゃった街の復興作業にとりかかります! みんな、準備はいいかな?」 「ハ〜イ!」 子供たちは元気よくお返事をする。 その元気のよさに、トリスティアは満足したようだった。 「作業は、大きくわけて、瓦礫の『撤去』と建物の『修繕』のふたつになります。まずは、撤去から! さあ、男の子たち!」 トリスティアがびしっと大空の彼方を指さすのにあわせて、男の子たちはいっせいに魔法の呪文を唱え始めた。 「飛んでけ飛んでけ、風のほうき〜」 突風が巻き起こり、街のあちこちにこびりついている瓦礫を吹き飛ばしてゆく。 なかなか飛ばされないものは、男の子たちが直接手で持って運んでいった。 「隊長! なかなか動かせない、大きな瓦礫のかたまりがあるのですが?」 男の子たちの一人がトリスティアに耳うち。 「何だって!? よ〜し、ボクが」 トリスティアは、大きな瓦礫のかたまりがある地点に向かって走りだした。 「風よ、ボクに力を! 星よ、ボクに宿れ!」 その場で思いついた言葉を適当に呟きながらトリスティアは走る。 大地を蹴るリクの右足が、光に包まれた。 「砕け、巨大な障害を! 乗り越えろ、そして切り開け人生の大きな道!」 だだだだだだだっ キ〜〜〜ック! リクの光る右足が瓦礫の固まりにものすごい勢いでうちこまれる。 そして。 ドゴーーーーーン! ものすごい音をたてて、瓦礫は爆発した。 「す、すごい!」 男の子たちは感動した。 「ハア、ハア……いま、足が光ったけど……何だったんだろう?」 トリスティアは荒い息をつきながら首をかしげる。 「フフフフフフフ!」 ハゲ頭を光らせながら、賢者ハゲアがそこに現れた。 「ああっ、賢者さま! うわ、まぶしい〜」 びっくりして大きな声をあげながら、トリスティアはハゲ頭の反射する光のまぶしさに悲鳴をあげた。 「フフフフフフ。おぬし、いまのは魔法じゃぞ」 「魔法? いまのキックが?」 「そうじゃ。おぬしがいま適当に呟いた言葉が、偶然にも呪文だったのじゃな。おぬしは、体術と組み合わせる強力な魔法を発見した。対象の防御力を無視して強烈な打撃を与える魔法をな!」 「ええ、本当? ボク、すご〜い!」 トリスティアは感動のあまりとびはねた。 「さあ、忘れないうちにもう一度やってみるのじゃ。ほれ、あそこにあるあの大きな瓦礫も砕いてみよ!」 「うん!」 トリスティアはハゲアの指し示した瓦礫に向かって走りだした。 「え〜っと何だっけ? 風よ星よいうこと聞かないと刺しちゃうぞ〜だっけ? 違うかな?」 トリスティアはさっき呟いた言葉を思い出そうとしたが、うまくいかない。 「何でもいいや。いくぞ、絶対砕いてみせる!」 ピカリ! トリスティアの右足が、またも光を放つ。 だだだだだだだっ キ〜〜〜ック! トリスティアの必殺の蹴りが瓦礫に炸裂。 ドゴーーン! 瓦礫はまたしても大きな音をたてて爆発した。 「す、すごいぞ、ボク!」 トリスティアは有頂天になった。 「いいぞ。魔法とは、究極的にはその人の心が生み出すもの。呪文は、心を一定の状態に導くきっかけにすぎない。おぬしは、もはや呪文に頼らなくても自由に魔法の蹴りを生み出す状態に心をもっていけるようになったのじゃ」 「ねえ、ハゲア! 教えて、この魔法は何ていうの?」 「超一流の格闘魔法の達人でなければ使用できないといわれる、伝説の魔法『流星キック』じゃ。すごいな、おぬしは。偶然にもそんな魔法を使えるようになったのだから」 「わ〜、『流星キック』か。すごい、すごい! よ〜し、いっきに砕きまくるぞ〜」 トリスティアは街中を駆け回って、流星キックで瓦礫を砕いてまわった。 「うわ〜、爽快! 気持ちいいな〜キャッキャッ」 トリスティアは大はしゃぎ。 男の子たちと手をとりあって踊り始めた。 トリスティアたちが踊っている側で、女の子たちが壊れた建物の修繕にとりかかる。 魔法の力で、少しずつ修繕。 魔法の力を引き上げる、リスキーの歌の効果が切れたいま、一気に建物を建て直すような魔法は使えない。 だが、少しずつなら、子供の魔法でも建物を直していくことはできる。 女の子たちは、力を合わせて建物を直していった。 「キャッキャッ♪ よーし、これも!」 だだだだだだだっ キ〜〜〜ック! 有頂天になったトリスティアが、修復された建物のひとつに流星キックを放つ。 ドゴーーーーン! 建物は瞬く間に爆発、四散した。 「ト、トリスティアさん! なんてことを……」 女の子たちがいっせいに抗議。 「あれ? 直ったものも壊しちゃった? エヘヘ……ゴメ〜ン」 トリスティアは気まずそうに舌を出して、その場から逃げてゆく。 「フフフフフ。皮肉なものじゃのう。修復を目指す者が、破壊の魔法を習得してしまうとは」 ハゲアは笑いながら、子供たちとトリスティアを見守っていた。 「よーし、次の街にいこう! 流星キックで瓦礫を吹っ飛ばしたら、みんなでわーっと修復だぁっ! やっるぞー!!」 トリスティアは大空高く飛びあがり、太陽の光を身にいっぱい浴びながら、次の街の子供たちにかけ声をかけるのだった。 「ふふふふ。トリスティアさんは、何があろうといつも元気なんですね。私も見習わなくては。でも、この学校を流星キックで壊されては困りますね」 魔法学校の窓からトリスティアたちを、アクア・マナもまた見守っていた。 いま、自分で呟いた悪い予感が当たらないことを願いながら、窓際から離れて教室に向かう。 教室では、子供たちが待っていた。」 トリスティアが呼び集めた子供たちとはまたタイプが違う、わりとおとなしくて勉強好きな子供たちだった。 「さあ、授業を始めます。まずは、このレルネーエン世界の古代よりの歴史から、そして、現在の社会の仕組みを、そして、最後には巨大な『力』の正しい使い方を……あなたたちは学ばなければいけません。先日の事件を教訓に、あなたたちが大人になったとき、よりよい社会を気づけるように……」 アクアは、非常勤の講師として学校で働くつもりでいたが、子供たちに授業が大変好評だったので、常勤の講師としてずっと教壇に立つことになった。 魔法の勉強も大事だが、何よりもまず、力の使い方を学ばなければならない。 そうしなければまた、子供たちは暴走するだろう。 アクアは、厳しさと優しさをともにもって、子供たちを導くつもりでいた。 「しかし、何でしょう……この充実感は。教えるということ、導くということが、私の天職だったのではないかとさえ思えます。多くの子供たちが、私の授業に聞き入ってくれる。素晴らしいことです。ああ……」 アクアは、講師の仕事にハマっている自分に気づいた。 アクアは、自分の中の隠れた技能、『コーチング』に目覚めたのだ。 アクアの授業を受けた子供たちはみな、学力が高まり、他の子供よりも比較的早く、魔法等を身につけていった。 アクアの獲得した技能は、リスキーの魔法の歌ほど急速な効果は持たないが、副作用がないため、保護者にも好評だった。 学力の高まった子供たちは、他の子よりも魔法の習得が早まっても、力の使い方もちゃんと言い聞かせられているから、暴走することはなかった。 こうしてアクアは、伝説の講師としてレルネーエン世界に名声を築くことになる……。 「さあ、言うこと聞かない悪い子は、補習・宿題・追試の三大刑罰を与えますよ!」 アクアはにっこり微笑みながら、今日も教壇に立つのだった。 お花の咲き乱れる野原。 少女賢者エリカが、ディック・プラトックとともに散策していた。 「疲れていた身体、だいぶよくなったかい?」 「ええ、すっかり」 ディックの言葉に、エリカは微笑んだ。 「この野原はすごいな。元気な植物がいっぱいで。俺も、自分の手で、もっといっぱい、元気な植物を育てていきたいな」 ディックは野原を見渡し、空気を花いっぱいに吸い込んで語った。 「ふふ。ディックさんは、純粋ですね」 エリカは、ディックの姿を心よく見守った。 「ところで、教えて欲しいんだ。俺に、その……癒しの魔法を」 「癒し?」 エリカは、首をかしげた。 「そう、癒しを……俺も、癒しの力で、自分のやりたいことを実現させたくて……俺じゃダメかな?」 「いいえ、そんなことはありませんよ。とても簡単な魔法なら、ひとつ教えることができます。さあ、私の手をとって」 エリカの差し出した手を、ディックはやわらかく包み込む。 「……ああっ!」 不思議な癒しの力が、ディックの全身に広がってゆく。 「不思議だ……幼いころ母に抱かれて感じたような、なぐさめられた心境になってゆく……」 ディックは、目を細めた。 「手と手をとりあう……これが、癒しの基本。あなたに、この魔法を授けましょう」 気がつくと、ディックもまた、手から癒しの力を発することができるようになっていた。 相手の身体に触れることで、癒しの力を伝えることができる。 これは、癒しの基本魔法『癒しのタッチ』である。 「ありがとう……」 ディックは、エリカに礼をいった。 「あなたには、素質がありました。私は、その素質を目覚めさせただけ。これからは、あなたが自分の努力で、自分の癒しの力を広げていくのです。忘れないで、癒しは本当は魔法ではなく、心なのだということを」 「忘れないぜ、エリカ。俺は……俺は、もっと自分を磨いて、いろんなものを癒せるようになってみせる!」 ディックとエリカ。 二人は固く互いの手を握りしめ、野原の真ん中で癒しの祈りを世界中の人々に捧げるのだった。 |
「ハア、ハア、やっと塔にたどりついた」 リク・ディフィンジャーはリアカーを引く手を離し、汗をぬぐった。 リクは再び、世界の中心になる、あの高い塔の前にいた。 ヘル・ドラーゴが消滅した後も、塔は相変わらずそこにある。 「さあ、お宝探しだー!」 リクは塔の中を駆けまわった。 「あれれ。何もみつからないぞ?」 リクは拍子抜けした。 あれほど魔物がひしめき、あれほどお宝に満ちていた塔の中は、いまやもぬけの空だ。 ただ、壁だけが白く光っている。 動くものもなく、静かだ。 「あーあ。がっかりだなあ。結局、あたしは何も得るものなしなのかな?」 リクは、床に座り込んた。 「やれやれ……ラララア」 知らず知らずのうちに何かを歌いだすリク。 リスキーと一緒に歌ったときに覚えたメロディだ。 「この歌、覚えちゃったみたい……『平和の歌』、か。どうやら、何も得られなかったわけではないみたいだね」 リクは、にっこり微笑んだ。 リスキーが歌うときほど強い効果は発揮できないが、『平和の歌』は、人の心を穏やかにさせる。 もしどこかで、誰かと誰かが喧嘩をしそうになっていたら、この歌を歌ってみよう。 「あたしは、かたちのないお宝を手に入れたんだね。うん、じゃあ、次の冒険の場所に行ってみよう!」 リクは、塔の中から走りだした。 あらたなダンジョン、あらたなお宝を求めて。 「世界のどこかに眠っているもの。あたしの前に姿をみせろー!」 夢を探して、今日もリクは世界を駆けめぐるのだった。 出逢った人を、抱きしめながら。 「フッフッフ……行ったか」 リクの去った後の塔内部に、邪悪な気が満ちた。 エルンスト・ハウアーがゆっくりと実体化する。 同時に、エルンストの周囲に魔物たちの姿が。 魔物たちは、エルンストを囲み、うやうやしくお辞儀した。 ある魔物が、エルンストにひからびたトカゲの死体をさしだす。 贈り物だ。 だが、エルンストは断った。 「そんなもの、いらんわい。わしは、わしで食べるものがある」 ヘル・ドラーゴを倒した後も塔を研究していたエルンストは、ある秘密の力を手に入れた。 その力は、『魔物支配』。 わりと力の弱い魔物を、自分の命令に従わせることができるというものだ。 『魔物支配』の力を発揮することで、エルンストはいまや塔の主となっていた。 「わしは、もっともっとこの塔を研究する。この塔には、まだ、世界中から力を集める機能が残っている。遥か古代にヘル・ドラーゴがつくりだしたらしいが、素材も不思議じゃし、研究すればするほど何かをみいだせそうじゃ」 まだ研究している段階なので、リクのようにお宝目当てでやってきた冒険者たちには、塔の中には何もないように思わせて、追い払うようにしている。 「もう少し研究が進んだところで、この塔を再び魔物の巣窟として公開する日がくるじゃろう。そしてわしは……この塔にやってくる奴らと闘うのじゃ!」 「ふっ。いい気なもんじゃ」 塔の中に、老人の影が。 「むっ、エクスブローンか。さすがじゃな。わしに気配を感じさせず現れるとは……」 「ふっ。ドラーゴを倒したせいで、自分こそ最強の存在とうぬぼれたか? まだまだ隙だらけじゃぞ、おぬしには」 「むう。おぬしは、知っているのじゃな。ドラーゴを倒したのが、実はわしの力だったということを」 「ふぉふぉふぉ。やはりうぬぼれがあるようじゃな。わしだけではない。七賢者は全員、真相に気づいておるわい。ただ、世間に公表しないだけじゃ」 「ふっ、ドラーゴ事件の真相も『禁断の知識』か」 エルンストは笑って、何事か唱え始めた。 はあ〜 闇のオーラが、エルンストを包む。 「むう。わしとやるのか?」 エクスブローンは警戒。 「いや。ただ、どういうつもりなのかと思ってのう」 「おぬしが何をするつもりか確かめたかったのじゃ。どうやらこの塔にこもるつもりらしいのう」 エクスブローンもまた何事かを唱え、魔法のオーラをたちのぼらせる。 「その通りじゃ。邪魔するつもりかのう?」 エルンストはエクスブローンを睨んだ。 「別に。おぬしにはここにいてもらった方が好都合なのじゃよ。世間に余計な情報をもらさんようにのう〜」 エクスブローンもまた、エルンストを睨む。 はあああ〜 ほおおお〜 二人の魔法使いは、互いに魔法のオーラを燃え上がらせ、威嚇しあった。 「わしは、この塔の主として、この塔を訪れる若者と闘い、鍛えあげるつもりじゃ」 「鍛える? 何のために? 再びヘル・ドラーゴがこの世に現れたときのためにか?」 「いや……そんな殊勝な目的はないわい」 「では?」 「暇つぶし、かのう」 「……ふっ」 エクスブローンの口に、笑みが浮かぶ。 「ふははははははははははは!」 「ふははははははははははは!」 二人は笑いあった。 「わしたち、七賢者の意向とは対立しないようじゃな。それでは、ご機嫌よう。また逢おう!」 エクスブローンの身体が少しずつ消え始める。 「ふっ。わしがこの塔の魔物たちを再び公開したとき、またくるがよい。おぬしと一度闘ってみたいからのう!」 エルンストは楽しそうに笑い声をあげると、再び塔の研究にとりかかり始めた。 「さあ、もう少しじゃ! みてろよ若造ども! 世界の暗部を、わしが教えてやるわい!」 エルンストが吠えると、魔物たちがびくびくっと震える。 近い将来、人はエルンストをこう呼ぶだろう。『塔のサディスト』と……。 「ただいま〜」 エクスブローンが帰ってくると、書斎の中で本にうずもれていたミズキ・シャモンが顔をあげた。 「お帰りなさいませ〜」 「どうじゃ、おぬしの研究は? 進んでおるか?」 「はい、おかげさまで順調に。この書斎はすごいです。古代の文字で書かれた本がいっぱいで……」 ミズキは目をキラキラさせながら、古代文字で書かれた書物に読み入った。 「ところで、前から思っていたのじゃが、おぬし、古代文字を解読する力がずばぬけているな。そう、まるで普通の人が本を読むときのように読み進めていく……」 「えっ? 普通はこういかないんですか?」 ミズキが驚いたように目を丸くする。 「当り前じゃ。いまは使われておらん言葉じゃからな。普通は辞書を参照しながら、1ページ1ページを丹念に読み進めてゆく。おぬしのように、一日一冊のペースで読み進めていける奴はおらんわい」 「それはつまり、あなたも越えているということですか?」 「ふはははははははははははは!」 エクスブローンが突然笑い出したので、ミズキはびっくりしてひっくりかえった。 すってーん。 「あいたたた。すみません。気に障ることをいってしまったでしょうか」 「愉快なことをいいおるな、と思っただけじゃ。それよりおぬしは、自分の力をそろそろ自覚するのじゃ」 「えっ? 自覚というと、陰陽術ですか? それなら既に……」 「ふはははははははははははは!」 エクスブローンがまたしても笑いだし、今度は両腕をふりまわした。 ごおおおおお 竜巻がまきおこり、ミズキは垂直にふっとばされた。 「きゃ、きゃあああああああ」 どごーん ミズキの身体が屋根を突き抜け、既に夜だったのでお月さまにまでのぼりつめてゆく。 「あ、あれ〜」 ひゅるるるるる 大気圏を外れる寸前で再びミズキは引力に引かれて地上に落ちてゆく。 ずどどーん エクスブローン宅の屋根の穴を突き抜け、書斎の床に激突。 床が削られ、ミズキの力が地中深く沈んでゆく。 「た、助けて〜」 「しっかりしろ。ほれ、つかまれい」 エクスブローンの放ったロープを頼りに、何とかミズキは地中から書斎へと生還した。 「そ、それで、陰陽術でなければ、私が自覚すべき力とは?」 「ふっ、話の流れから明らかかと思ったのじゃが……古代文字で書かれた書物、古文書を読みとく力じゃ」 「古文書を読みとく力……」 「そう、じゃからこそおぬしは、民迷書房の本に書かれた知識を広めることができる。違うか?」 「な、なるほど。私にはそんな隠れた力が〜わかりました!」 ミズキは頬を紅潮させつつも、再び書物の世界に。 やがて彼女は、自分の研究成果をまとめて、本を出すだろう。 その本は、民迷書房刊『ミズキの異世界不思議紀行-古代魔法編-』として全世界の研究者を震撼させることになる。 だが、ミズキはまだ知らない。 自分の出した本には禁断の魔法についての知識も記されていたため、レルネーエン世界においては、七賢者の手でただちに発禁処分とされ、とある世界の『ネクロノミコン』に匹敵する稀覯本として図書館の奥深くに封印されるということを! 「私は、学び続ける。そこに知識がある限り! そこに文字がうごめく限り!」 今日もミズキは本を読み続けるのだった……。 「ララララララ〜」 今日も世界を飛びまわりながら、リュリュミアは花の種をまき、自分の歌で花を咲かせていく。 街に、山に、丘に、お花が次々に広がっていく。 賢明な読者は、既にお気づきだろう。 リュリュミアもまた、リスキー同様、不思議な魔法の歌を使いこなす存在だということに。 リュリュミアの場合、あくまで花を咲かせる歌が得意だったのだが。 ここに、もうひとつ得意な歌が増えた。 「ラララララララ〜ネコもタヌキもネズミも〜本当は食べて寝てごろごろしたいだけ〜」 リュリュミアもまた、リク同様、リスキーと一緒に歌うことで習得していたのだ。 そう、『平和の歌』を。 「この歌はいいですね〜。私がいままで知っていたどの歌よりも、お花の成長を早めることができるようです〜。リスキーさんはやっぱり天才なのですね〜」 そのとき、リュリュミアは気づいた。 「あら、あなたたち? まだみていたんですか? それじゃ、私と一緒に歌いましょう。平和の歌を。このレルネーエンを安らぎに染める歌を。いち、に、さん、はい!」 というわけで。 きみも歌おう。 『平和の歌』を! 「はーい! それじゃ、いくよ。ラッラッラ〜寝てーもさめてーもわんぱく坊主〜」 ト、トリスティアさん、それ、音が合ってないよ……(^^; (完) |
(習得技能メモ) ●平和の歌(リュリュミア、リク・ディフィンジャー) ●癒しのタッチ(ディック・プラトック) ●コーチング(アクア・マナ) ●流星キック(トリスティア) ●古文書解読(ミズキ・シャモン) ●魔物支配(エルンスト・ハウアー) |