第1回

ゲームマスター:烏谷コウ

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◆0:記憶を失くした勇者と魔王

 光と闇の神様が、勇者と魔王を使ってケンカを続ける世界・チェス。
その世界の、ハートの女王が治める「チェスの国」の森で一人の少女が目を覚ましました。

「ふわぁ……よく寝たなぁ」
 うーん、と両手を伸ばして大きなのびをひとつ。センシ族の特徴である犬そっくりの耳をぴこぴこと動かしつつ、辺りを見渡します。
「ここ、どこだっけ?……あれ?」
 つぶやいた途端、少女は自分が何故ここにいるかを思い出せないことに気付がつきました。その上、名前さえも思い出せません。混乱しながら頭を抱えます。

「っていうか、私って誰!?ど、どーしよー、何も思い出せない!!
 もしかしてこれ、記憶喪失ってやつ!!?」
 頭を抱えながらその場を行ったり来たりの右往左往。と、近くの地面に一本の剣が刺さっているのに気がつきます。

 剣にはカードがぺったんと貼られていました。そこには丸っこい文字で、こう書かれています。
【あなたは勇者アリス。記憶を取り戻したければ、魔王ジャバウォックを倒すのよ!】

「なにコレ。勇者アリス???」
 カードの文字をじっと眺めます。なんだか見覚えがあるような。それに書いてあることはとても重要なことに思えます。本当の名前や記憶よりも。

「うーん……こういうのって誰かの思い通りに動かされてるみたいでとっても気に入らないんだけど」
 言いつつも、剣に貼ってあったカードをポケットにしまい、剣を地面から引き抜きました。自分が何者であるかの唯一の手がかりだからです。

「記憶を取り戻す為だもんね。さくっと倒してやろうじゃない、その魔王ジャバウォックとやらを!」
 そういうとアリスは元気良く森の道を歩き始めました。

***

 同じ頃、チェスの国の別の森で、一人の青年が眠っておりました。
「Zzz……」
 眠っていますが目が全開です。怖いです。

 と、ぷっく〜と膨らんだ鼻ちょうちんがパチン!とはじけます。同時に青年は目を覚ましました。センシ族の特徴である犬そっくりの尻尾をゆらゆらと揺らしつつ、立ち上がって辺りを見回します。
「森か……俺は、なんでこんな場所にいるんだ?」
 つぶやいた途端、青年は自分が何故ここにいるかを思い出せないことに気付がつきました。その上、名前さえも思い出せません。いぶかしげに首を傾げます。

「困ったな……自分が誰かもさっぱり思いだせん。
 もしかしてこれが、形状記憶合金というやつか?」
 恐らく記憶喪失と言いたいのだと思いますが、"記憶"しか合ってません。
 青年は、それでも何かを思い出せないかとしばし考えてみましたが、残念ながら思い出せる記憶は何もなし。ため息をつきつつ辺りを見渡してみると、近くの地面に一本の剣が刺さっているのに気がつきます。

 剣にはカードがぺったんと貼られていました。そこには几帳面な文字で、こう書かれています。
【お前は魔王ジャバウォック。記憶を取り戻したければ、勇者アリスを倒せ】

「魔王ジャバウォック?それが俺の名前か……?」
 カードの文字をじっと眺めます。なんだか見覚えがあるような。それに書いてあることはとても重要なことに思えます。本当の名前や記憶よりも。

「命令されるのは気に食わないが……良かろう」
 そう言って、剣に貼ってあったカードをポケットにしまい、剣を地面から引き抜きました。自分が何者であるかの唯一の手がかりだからです。

「それが俺の記憶の手がかりならば……さくっと倒してやろうじゃないか、その勇者アリスとやらを!」
 そういうとジャバウォックは暗い森の道を歩き始めました。

 こうして、似たような境遇の2人はチェスの国の中心部・ハートの女王の治める城下町へと向かったのでした。


◆1:シロウサギとの遭遇

「困りましたね……。せっかく買い物に来たのに、どの店も閉まってるなんて」
 チェスの城下町の商店街にて、梨須野ちとせは深いため息をついた。もうすぐクレセントの誕生日なので、園芸好きの魔王(?)へのプレゼントにチェス名物の蒼薔薇の苗を買うべく、はるばるユート・ピアからこのチェスの国へとやってきたのだが……あいにく、商店街のほとんどの店は閉まっていた。

「はぁ……せっかくお城の子供達やナシちゃんにも協力して頂いて、資金はばっちりだと思いましたのに」
 目的の花屋を探そうとしたが通りを歩く人もおらず、聞こうにも聞きようがない。それに町のあちこちが破壊された跡があるのはどうしてだろう? そんなことを思いつつ2回目のため息をつき、とぼとぼと歩いていると……がたんごとんがたん!!と騒がしい音が通りの向こうから響いてきた。

「急がなくっちゃ!急がなくっちゃ!!じゃないと女王様に首をはねられるー!!!」
 大きなハト時計を背負ったウサギ耳の少年である。少年はちとせの目の前を通り過ぎ。しばらくしてバックで戻ってきた。

「何をやってるんだい、メアリー・アン!君のご主人様が大変だって時に!!」
「はい?」
 ちとせは首をかしげた。もちろん知らない少年である。それにちとせはメアリー・アンではない。

「あの〜、どちら様でしょうか?あと"大変"というのは?」
 ちとせの言葉に、少年はやれやれ、といった感じで話し出す。
「やだなー、僕のことを忘れちゃったの?シロウサギだよ、シロウサギ。
 実はね、かくかくしかじかで魔王か勇者を捕まえてくるか、魔王と勇者をどうにかしてくれる人を見つけてこないと、僕の首がはねられちゃうんだよー。君だって首無しのご主人様はイヤでしょ?」
「魔王に勇者……じゃあ、この町があちこち破壊されていたり、お店がほとんど閉まっていたりするのは、その方たちの仕業なのですね」
 シロウサギの話によると、突然現れた勇者アリスと魔王ジャバウォックによって、このチェスの国は大混乱の最中だという。町が破壊されていたり、商店街のほとんどの店が閉まっているのもその為らしい。なるほど、と、ちとせはもう一度商店街の通りを見渡した。ふと、無残にも破壊された店のひとつが目に付く。そこには"花屋"の文字。だが、店舗は完膚なきまでに破壊されていた。
「……」
 ぷち。何かが切れた音がした。
「せっかく蒼薔薇の苗を買いに来ましたのに……なんて事を」
 こんなことをするなんて。魔王も勇者もちょっとお説教が必要なようである。

「シロウサギさん、魔王と勇者とやらを私が何とかします!お城に案内してください!」
 ちとせは力強く宣言した。シロウサギが文字通り飛び上がる。
「本当かい、メアリー・アン!?やったー!これで首をはねられなくて済むよ!」
「ちなみに、私はメアリー・アンではありません。梨須野ちとせです」
 紹介がてらにきっぱりと名前を訂正しておく。
「本当だ!そういや小さい!!」
 ちとせの言葉に、人違いであることをやっと気付いたシロウサギであった。


◆2:元・喫茶店前にて

「まあ……誰がこんなことをしたんでしょう?とんでもないことですわ」
 商店街の一角でアンナ・ラクシミリアは憤慨していた。目の前には破壊された元・喫茶店らしい店舗。無残に破壊された店舗の前では店員らしい帽子をかぶった少年がオロオロとうろたえている。

「ど、どうしよう……留守の間に魔王と勇者に店を壊されたなんて知られたら三月ウサギの姉御とネムリネズミに怒られる……。ていうか怒られるくらいじゃ済まないかも……!帽子を返してもらえないかもしれない……!!」
 うろうろ、おろおろ。見ていて気の毒なくらいのうろたえっぷりである。

「あの〜」
「ぎゃああ!!すみませんっしたー!マジすみませんっしたー!!!」
 アンナが声をかけると、条件反射的に土下座された。思わずその場を飛びのく。
「……あの、お取り込み中のところ申し訳ないのですけれど"店を壊された"とは?良かったら、わたくしに話してくださいません?」
 ガタガタブルブル震える少年に優しく声をかけた。少年は恐る恐る顔を上げ、予想していた相手ではないことに気付き、は〜っと安心したようなため息をついた。
「なんだ、姉御たちじゃないのか。良かった〜。えっと、ですね、実は……」
 少年の話によると、つい先ほどやってきた客が魔王と勇者だったらしい。偶然居合わせた両者はその場で口論になり、決闘を始めてしまったという。
「それでこの有様、です」
 決闘で店を破壊してしまうとはえらい迷惑な話である。アンナに理由を話し終わると、少年は無残に破壊された店を見てべそべそと泣き出した。アンナが少年を諭す。
「それは大変でしたね。でも、とりあえずここを片付けないといけませんわ。わたくしもお手伝いしますから」

 しばらくかかって、アンナと少年は道に散らばった店の残骸をあらかた片付け終わった。破壊された店はどうしようもできないので、留守だという店主らが戻るのを待つべきだろう。

「そういえば、その2人はどちらに向かいました?」
 未だに「どうしよう……」とべそべそ泣く少年に魔王らの行き先を聞く。
「ええっと、確かお城の方に行ったみたいでしたけど……」
 少年の答えに大きくうなずく。アンナには一つの決意があった。
「こんなことをするなんて、勇者だろうと魔王だろうと許せませんわ。直接言って聞かせないと!」
 こうして、アンナ・ラクシミリアは勇者と魔王にお説教をするべく、ハートの女王の城へと向かったのだった。


◆3:勇者アリスと仲間たち

「う〜ん、見つからないね、勇者アリス」
 チェスの城下町を歩きながら少し疲れた様子なのは、魔術師のローブと帽子を装備した姫柳 未来。
「出会いの酒場にカジノに宿屋、心当たりは全部探してみたんですけれど……別の所にいるんでしょうか?」
 同じく、神官風の衣装を装備した坂本 春音が答える。

 2人は勇者の仲間になって彼女を更正させるべく、アリス探しをしていたのだ。
「でもまあ、冒険の基本として出会いの酒場に名前も登録してきたし、酒場で勇者の情報も聞けたしね!あとは見つけるだけだよ!」
 未来が疲労を追い払うように元気良く言った。商店街の店は魔王と勇者がところどころで起こした騒ぎのせいかほとんどが閉まっている。2人が巡った場所と、酒場で聞いた情報を合わせると度々出没する迷惑な勇者らの行っていない場所は限られていた。城近辺である。とはいえ、町で暴れた後に町を出た可能性も有り、2人はどちらを探すか決めかねていた。

「そうですね……ちょっとこの土地の土地神さまにお話を聞いてみましょうか」
 春音が得意の神気召喚術を使う。「産土召喚」で土地神を呼び出し、勇者の居場所を聞くつもりだ。

 ぽん!と軽快な音に合わせて商店街の塀の上に現れたのは、卵そっくりで細い手足の生えた姿の土地神だった。ハンプティ・ダンプティと呼びたくなるような容姿である。

「土地神さま、わたしたちは勇者さまを探しているんです。居場所を知りませんか?」
 春音の言葉に重々しくうなずくと、ハンプティ・ダンプティ(仮称)は"案内してしんぜよう"とばかりに通りの向こうを指差して塀から飛び降りる。しかしその先は硬い地面だった。しかもハンプティ・ダンプティは重みのせいか、頭から落っこちた。

 がっしゃん。

「「……」」
 卵って割れたら元に戻らないのね、と2人はつくづく思ったという。

「……とりあえず方角はわかったし、地道に探そっか」
 "今のはなかったことにしよう"という沈黙を前置きして未来が言い、先ほど示された方向に歩き出した。
「こっちの方向であと調べてない場所って……お城でしょうか」
 通りを歩きながら春音がつぶやく。
「そうだね!案外お城の前に行ったらいたりして」
 まさかそんな……と春音が言いかけた時、ちょうど商店街の通りが終わる。いつの間にか城の前に出ていた。そこには2人の探していた人物=勇者アリスがいた。

「うーん、この大きな建物はどこから入ったらいいのかしら?あのてっぺんの窓?」
「本当にいた!しかも無茶なことしようとしてる!!」
「待って!素手で城壁登るのは待って!!」
 よいしょ、と城壁を登り始めそうなアリスを未来と春音は慌てて引き止めた。アリスはいぶかしげに2人を見る。
「あなたたち、誰?また私の邪魔をしようとする兵隊の仲間か何か?」
 既に国家権力とも戦い済みらしい発言をする。恐ろしい子である。

「えっとね、わたしたち、勇者の仲間になりに来たの!」
「ええ、何かお手伝いができないかなと思いまして」
 2人はパーティバランスは大切なことや、回復役の必要性をアリスに説明する。2人の話をふむふむと聞いていたアリスも、協力を申し出られたのは初めてらしく、悪い気はしないようだ。2人が仲間になることをあっさりと承諾する。

「魔王を倒すのを手伝ってくれるなら大歓迎よ。それに"勇者さま"って呼ばれるのは案外、悪くない気分だし!」
 アリスは単純だった。

「良かった!じゃあさっそく、このパーティでの決まりを作っておきましょ。まず、他人に迷惑をかけるようなことは禁止!」
 人差し指を立て、びしっと未来が言う。周囲に被害を及ぼさないようにとの取り決めである。
「ええ〜!でも、ハートの女王の兵隊や魔王ジャバウォックが町中で戦いを挑んできたらどうするの?さっきだって魔王を倒そうとしたらお店をひとつ壊しちゃったし」
 しかも魔王には逃げられちゃったのよね、と付け足す。むしろそっちのが気になっていて、店の件はさほど反省はしていない様子だ。

「降りかかる火の粉を払うのはいいけど、むやみに町を壊したりするのは良くないよ。第一、勇者らしくないし」
「勇者らしくない?そう、かなぁ??」
 "勇者らしくない"という未来の言葉に考え込むアリス。それに春音も答える。
「そうですよ、魔王を倒すのも大切なことですけれど、立派な勇者さまは町や一般の人に迷惑をかけてはいけません」
 2人の言葉に押される形で、アリスはしぶしぶうなずいた。
「じゃあ、これからは気をつけるわ。私も別に町を壊したり人に迷惑をかけたいわけじゃないし」
 魔王がまた町の中に出たらわからないけれど、とこっそり付け足す。それを聞いた春音がモーニングスターを、未来がウォーハンマーを、笑顔で構えた。
「立派な勇者さまはそんなことではいけませんね」
「もし決まりごとを破ったら、春音と二人がかりでボッコボコにしちゃうぞ☆」
「じょ、冗談よ冗談!これからは人に迷惑をかけません!」
 とんでもない子たちを仲間にしてしまったかもしれない……と、この時ばかりはさすがにアリスもちょっぴり思ったのだった。


 その後、未来と春音が本人から聞いたところによると、アリスは記憶を取り戻す為に魔王ジャバウォックを倒そうとしているのだと言う。何度か戦ったところによると、おそらく相手も同じ目的でアリスを倒そうとしているらしい。
「ふーん、記憶喪失かぁ……。手掛かりが魔王なら、まずは魔王を探さないとね。でも魔王を探しに行く前にあと1人くらい仲間が欲しいところかな」
「勇者・魔法使い・神官がいるから、あとは戦士系がいると心強いですよね」
「そういうものなの??」
 盛り上がる未来と春音の話を、アリスは不思議そうに聞いている。やっぱりパーティは4人が定番である。最近のRPGはどうかわからないけど。

「そういうものなの。やっぱりか弱い女の子ばっかりだもんね!必要なのは盾よ、盾!」
 と未来が言ったと同時に、何かが目の前にどさっ!!と落ちてきた。

「うわっ!!?いてて……何だよここ?」
 タイミング良く(?)現れたのは将陵 倖生。バウムから転送されてきた場所がちょうどここだったらしい。

 倖生を見て未来と春音とアリスは顔を見合わせた。4人目、発見。

「おめでとう!盾、決定!!」
 起き上がった倖生の肩をぽんと未来が叩いた。満面の笑みで。
「は?盾?な、なんだよ!?どういうことだよ!!?」
 春音もほっとした様子で言う。
「良かった、これで安心して魔王を倒しにいけますね!」
「魔王!?おい、ちょっと……誰か、説明しろー!!!」

 ひとり混乱する倖生の意志をよそに、こうして勇者パーティは無事(?)、結成されたのだった。


◆4:チェス・コロシアム建設へ

「まったく、シロウサギは何をしてるのかしら?勇者やら魔王やらがまた町で暴れてるっていうし……ああ、もう!!」
「何やら、お困りのようじゃのう、女王陛下。そのお悩みの解決、こんな策はいかがかな?」
 ストレスで爆発寸前のハートの女王に謁見しに来たのはエルンスト・ハウアー。彼が女王に提示したのはこんな提案だった。

「それほど時間をかける必要の無い、それなりの深さのダンジョンを適当に掘る。そしてワシがそのダンジョンに"死霊王"を称してそこら辺の魔物を適当に従えてこもる」
「へぇ、何か考えがあるわけ?それで、どうするの?」
 具体的な提案にハートの女王も興味を示したようだ。エルンストは説明を続ける。

「うむ。ここからがこの策の肝じゃ。
"ある日、王国を脅かす【魔王を越える】第3勢力の魔物が出現"の報を国中に流す。そして陛下は勇者にダンジョンに住まう魔物の討伐命令を布告し、陛下は"魔王どころの騒ぎではない"と国内に喧伝するのじゃ。勇者はその性質上、ダンジョンに向かわざるをえんじゃろう。同時に、魔王もワシを排除するか手下に加えようとダンジョンにやって来るじゃろう。そうなればしめたもの。
ワシと魔物達でダンジョンに罠を仕掛けるなどして時間をかせぎ、魔王と勇者の鉢合わせを狙う!
……という寸法じゃ」
「まあ!そうすれば魔王と勇者が勝手に戦ってくれるし、町に被害も出ないわね!それなら商工組合に嫌味を言われなくて済むわ!」
 エルンストの言葉にハートの女王も乗り気になる。

「まー、急造のダンジョンじゃから勇者には簡単にワシの所まで到達されるじゃろうが、
僧侶や神官の類は勇者の仲間になっておらんし、そのうちジリ貧になって対抗手段を考えるため
一時撤退するはずじゃ。魔王が来るまでは持ちこたえられるじゃろ」
 と、予想を述べるエルンストだったが、彼はまだ知らなかった。未来たちがアリスに協力し始めたことを。


「おお、面白そうな話してるじゃねえか」
 そこに現れたのはレイナルフ・モリシタだった。無計画な破壊を良しとしない彼も、女王に進言をするべく城へとやってきたのである。

「再開発の目途があって地上げ完了後に破壊ってのならわかるけど、魔王のみならず勇者まで無計画に暴れ回って町の破壊は良くないよな。今は高利貸しのCMだって"ご利用は計画的に"って言う時代だってのに」
 腕組みをして深刻そうに言う。
「無計画ってのは問題だぞ。無計画なことしてるとお目出た婚とかになって、そんときゃいいけど結局"性格の不一致で"って別れたりするもんなぁ」
「何の話をしてるのよ」
 ハートの女王がツッコむ。妙な方向に話が逸れていた。

「おっと、そうそう。エルンストがさっき言ってたように勇者と魔王専用の暴れる場所というか、いっそ闘技場を作っちまったらどうかな?」
 レイナルフの提案はこうである。

 勇者と魔王が暴れられる頑丈な場所を作り、「ここで戦いなさい!」と2人に「しつけ」をする。
元々、神様の神託を聞く儀式・神事としてジャパンのスモウは始まったと聞くし、
チェスの国の勇者と魔王の言い伝えにもなにか通じて、良いだろうと考えたのだ。

「でもって、物好きな人間や観光客からは入場料をいただくことにすれば国庫も潤う。ただし、賭け事はいけないぞ。最近も問題になったばかりだからな!」
 そこは厳しく言っておくレイナルフだった。不祥事になってしまっては困るからである。

「ふむ、面白そうじゃの。ダンジョンの奥の構造をどうするか迷っておったところじゃ。ダンジョンも使い終わった後は観光地として公開するのもアリじゃな。工事の為の労働力はそこらの魔物を従えて使えば良かろう」
 提案にエルンストも乗り気になる。早速、具体的な相談が始まった。

「人手を集めてくれるってなら話は早いや。足りない分は勇者と魔王に不満を持ってる町の住人にでも手伝ってもらえばいいしな!」
 と、レイナルフ。ハートの女王もそれに続ける。
「せっかくだから城の横の薔薇園を利用できないかしら?あそこ、放っておいたら吸血植物が群生しちゃって困ってたのよ。花は真っ赤で綺麗だから見る分には良いんだけど」
「ふむふむ、ではダンジョン部分は薔薇園を利用して、その奥に闘技場を作るかの」

 こうしてチェス国技場建設は急ピッチで進められることとなった。

***

「女王様ー!勇者と魔王をどうにかしてくれる人たちを連れてきましたっ!!」
 そこへ騒がしく現れたのは柱時計を背負ったシロウサギ。勇者と魔王をどうにかするべくやってきた梨須野ちとせと、勇者と魔王を探しにやってきたアンナ・ラクシミリアも一緒である。

「って、一体、何の騒ぎなんです?」
 あーでもないこーでもないと会議中の面々に、ちとせが訝しげに問う。
「おお、ちょうどいいとこに。実はな……」
 闘技場の図面を広げていたレイナルフが嬉々とした様子でちとせとアンナに状況を説明した。
「では、勇者と魔王をおびき出すつもりなのですね?」
 なるほど、とうなずく。それを聞いてシロウサギが抗議した。
「えーっ!!じゃあ僕が苦労して見つけてきたメアリー・アンはどうなるんですか、女王様!」
「いや、だからメアリー・アンじゃありませんてば」
 ちとせが訂正する。それに答えるハートの女王。

「そうねぇ、手伝ってくれるなら大歓迎よ。勇者やら魔王やらをどうにかしてくれるなら、望みの褒美を取らせるわ」
「では、魔王か勇者がどうにかなれば蒼薔薇の新苗を分けていただけますでしょうか?」
 ちとせの元々の目的はチェス名物の蒼薔薇の苗である。女王は国技場の図面を確認しながら面倒くさそうに答える。
「えーえー、忌々しい魔王と勇者をどうにかしてくれるならいくらでも持っていっていいわよ、そんなの。私、赤が好きだから蒼い薔薇の苗は余ってるし」
 契約成立だった。女王の言葉にちとせはうなずく。
「わかりました。それでは協力させていただきますね」

「わたくしも、勇者と魔王をおびき寄せるなら協力しますよ。勇者だろうと魔王だろうと、町を破壊する人はこのモップにかけて、許しませんわ!」
 と言ったのはアンナ。アンナも町の人を困らせる2人には頭に来ていたのだ。

「じゃ、あなたたちは私の使い魔のトランプ兵と一緒に国技場のここで待ち伏せしてちょうだい。それから……」
 ひそひそと女王が耳打ちする。2人には協力者としてダンジョン内で立ち回ってもらうつもりなのだ。

「これで完璧ね!ほーっほっほっほ!見てなさい!勇者に魔王!!」
 ということで、作戦を伝えたハートの女王のリベンジ宣言が城に響き渡ったのだった。


◆5:路地裏の大魔王

「魔王も勇者も暴れてるなんてなんだかなぁー……」
 チェスの町の通りを歩きながら、呆れた様子でジニアス・ギルツはつぶやいた。とりあえず暴れる理由を聞いてみる為に、魔王ジャバウォックを探している最中である。町で暴れているのであればすぐ見つかるだろうと、ジニアスは早速聞き込みを開始した。

「おーい、ちょっとあんた。この町で暴れてるって魔王を知らないか?」
 ジニアスが声をかけたのは、勇者と魔王の騒ぎで人通りの少ない商店街を歩いていた2人連れだった。一人は兎の耳の女性、一人は鼠の耳の少女である。鼠耳の少女はとても眠そうで、何故か枕を抱えている。

「あら、かわいい坊やだこと。そうねぇ、さっき魔王だか勇者だかがあっちの方で暴れてたって聞いたけれど。ねぇ、ネムリネズミちゃん」
 どことなく甘ったるい感じの喋り方の女性が、同行している少女に言う。
「Zzz……」
 だが、少女は立ったまま寝ていた。
「あらまあ、ちょっと失礼」 と、すかさず女性が手刀でビシッ!!と少女の額を叩く。その衝撃でネムリネズミと呼ばれた少女の鼻ちょうちんがパチン!とはじけた。「あうぅ」と小さな声を立てて額をさすりつつ、面倒くさそうに答える。
「ええ、見ました……。お城の近くで暴れていたらしいですけれど……。それはそうと……三月ウサギ、起こすならもっと……」穏やかに、と小さな声で言うネムリネズミの言葉を遮って、きっぱりと三月ウサギと呼ばれた女性が言う。
「放っておくといつでも寝てるじゃないの、あなた」

「……わかった、城の方だな」
 放っておくと漫才を始めそうな2人組に少し呆れつつ、ジニアスは通りの先を見やった。商店街の先が城へと通じているようだ。2人組にお礼を言って先を急ぐ。

 商店街の通りを抜け、通りの途中にあるほぼ全壊した喫茶店の横でべそべそ泣く帽子をかぶった少年の横を通り過ぎ(店が壊されて泣いてるんだろうか?多分)、城の近くへとやってきた時、路地にいる人物が目に入った。

「ということで、勇者アリスを挑発し、あちらを悪人に仕立て上げればかなり動きやすくなると思われます」
 テネシー・ドーラーだった。ユート・ピアで逃亡した後チェスの国に流れてきた彼女は、勇者アリス打倒の為に魔王ジャバウォックに協力を申し出ていたのだ。

 テネシーの作戦はこうである。勇者アリスを見つけ出し、挑発してあちらから攻撃を仕掛けさせる。アリスに町を破壊させ、女王の使いの者が捕まえに来たら、自分たちは何も壊していないと言い、アリスを真の魔王として捕まえてもらう。こうすれば邪魔者はいなくなるし、その後の目的も果たしやすくなると考えたのだ。

「Zzz……」
 だが、魔王ジャバウォックは路地の壁に寄りかかって寝ていた。
「……。失礼」 テネシーがウィップソードの柄でごすっ!とジャバウォックの額を突く。その衝撃でジャバウォックの鼻ちょうちんがパチン!とはじけた。無言で額をさすりつつ答える。
「その作戦は良さそうだが……俺は自分の記憶の手がかりを探している。その為にはアリスを直接倒さなければいけないのだ。……それはそうと、起こす時はもっと」穏やかに、というジャバウォックの言葉を遮ってテネシーが続ける。
「かしこまりました。それでは別の手を考えましょう」

「今さっき同じようやり取りを見た気がするんだが……すごく」
 そのやり取りを見ていたジニアスがつぶやいた。これをデジャヴという。言いませんか。そうですか。

「どうするかなぁ。魔王だけならともかく、テネシーが絡んでるんじゃ説得は難しそうか……」
 ジニアスの当初の目的は、魔王の暴れている理由を聞き出すことと、できることなら説得を試みることだった。魔王の暴れる原因とは、勇者アリスを倒して自分の記憶の手がかりを取り戻すことらしい。だが、現状では説得は難しそうである。勇者と魔王が町に被害を出さずに戦ってくれるなら一番良いのだが。

 悩むジニアス。すると、城の方から1人の少年がやってきた。柱時計を引きずり、がったんごっとんと大きな音を響かせながら。
「号外!号外!国技場"チェス・コロシアム"建設のお知らせでーす!しかも建設したてのコロシアムを真の魔王が占拠しちゃってさあ大変でーす!!」
 大声で言いながら、ビラを撒いて走り去っていく。
「なんだこりゃ?」 と、ジニアスはビラの一枚を拾い上げた。

 そこに書かれていたのは、チェスの城の近くに造られた国技場についての案内(どうやらかなり頑丈に造られた建物らしい)と、そこを"魔王ジャバウォックを超える真の魔王"が占拠してしまったというニュースだった。

「(頑丈か……ここなら、勇者と魔王が暴れても大丈夫かもな)」
 ビラを見ながらそんなことを考える。すると、横合いからそのビラを取り上げられた。
「なんですか、これは」路地で魔王と話していたテネシーだった。後ろには掴みどころのない雰囲気の青年……魔王ジャバウォックを連れている。シロウサギの騒がしい声が気になり、2人もビラを見にやってきたらしい。

「うわ!急に出てくるなよ!!」 考えている最中だったジニアスは思わず飛び退く……が、その瞬間、閃いた。
 魔王と聞いたら、恐らく勇者アリスはコロシアムへとやってくるに違いない。真の魔王に興味はなくとも、魔王ジャバウォックもそこにいるとしたら確実にやってくるだろう。少なくとも、今ここで、片方を町から離すことができれば、町に被害も及ばなくなる。

「新しくできたチェス・コロシアムってのに真の魔王とやらが出たんだってさ」
 ビラを見るテネシーとジャバウォックに言う。だがテネシーは読み終わったビラをジニアスに突き返した。
「あからさまに怪しいですね。ジャバウォック様をおびき出す為の罠かもしれません」
 テネシーの言葉に一瞬ひやりとするが、極めて興味がない振りをしつつ何気なく言う。
「ふーん。まあ確かに、町の人も町を壊されて困ってるみたいだもんなぁ。仮に本当の魔王が出たとしても、勇者アリスが城の方に向かったって言うし、すぐ退治されるんじゃないか?」
 先程城の方に向かったと聞いたのは魔王の行き先である。しかもその魔王は目の前にいるのだが。ジニアスの"勇者アリス"という言葉に魔王ジャバウォックは反応した。
「本当か?勇者が向かったというのは」
 ジニアスはうなずく。どっちにしてもジャバウォックがコロシアムへいると分かれば、遅かれ早かれ事実になるには違いない。
「そうか……ならば、そのコロシアムとやらに行ってみるか」
「コロシアムへ向かわれるのですね。明らかに罠だとは思うのですが……ジャバウォック様が行かれるのであればお供いたしましょう。罠は蹴散らせば良いことですし」
 独りごちるジャバウォックに、さらりと怖いことをテネシーが言う。だが、これでこの2人を町から離すことができるはず。ほっとしたジニアスの肩をテネシーが、がしっ!とつかんだ。

「それでは、参りましょうか、ジニアス様」
「は!?俺も!!?」
 慌てて聞き返すが、テネシーは有無を言わせぬ様子で無表情に言い放つ。
「先程、私たちの話を立ち聞きしていた訳を、向かう道すがらにでもお話いただきたいものです」
 話を立ち聞きしていたのがバレていたらしい。
「いや、あれは偶然聞こえてきただけで……ちょ、俺はまだ行くって言ってないぞ!!?」
 こうして3人は(1人は抵抗も虚しく)、チェス・コロシアムへと向かったのだった。


◆6:女王誘拐大作戦

「がはははは!これで準備は万端だな!!」
「キキー……」(それ、本当に食べるのかよ……)
 チェスの城の門の前で豪快な笑い声が響く。毒々しい原色のキノコが大量に入った竹カゴを持ったアリマ・リバーシュアだった。ペットのテナガザルのキキちゃんはそんなアリマに呆れた様子だが、いつもの通りお構いなしである。

 アリマはチェスの国でやりたい放題に暴れて、黒幕である2人の神を表舞台に引っ張り出すつもりなのだ。その為に、チェスの国にある身体が大きくなるキノコを収穫してきたのである。
「確かチェスの国のキノコには身体が大きくなる効果が有るらしいからな!あとは炎を出せるようになる花やら無敵になる星やらも有るらしいが」
 それはマ○オというヒゲの生えた配管工の住む世界のアイテムである。

「いいか、キキちゃん!作戦はこうだ!俺様がキノコを食べて巨大化する!城を壊して女王を誘拐する!あとは、適当に暴れてれば神とやらも出てくるだろ」
「キキッ?」(それ、作戦か?)
 アーユーアンダスタン?オーケー?とばかりに作戦を説明するアリマ。場当たり的な作戦に、キキちゃんがジト目で応じた。ペットの冷ややかな目線の意味には気付かず、上機嫌に笑う。
「がははは!キキちゃんも賛成か!よーし、早速実行だな!!」
 そう言うと竹カゴを降ろし、中のキノコをもっしゃもっしゃと食べ始めた。

「しかし、生のキノコだけってのも寂しいもんだなぁ。何か他に食い物があると良いんだが」
「キ、キキッ?」(ちょっと待て、何か入ってるぞ?)
 見ると竹カゴに卵に手足が生えたような生物が入っていた。ハンプティ・ダンプティと呼びたくなるような容姿である……って、どこかで見たパターンである。

「お、こんな所に卵が!せっかくだからこれも食っとくか!」
 アリマが手を伸ばすと、命の(?)危機を感じたのか、ハンプティ・ダンプティはじたばたとカゴの外へと飛び出した。しかし、飛び降りた先は硬い地面だった。しかもハンプティ・ダンプティは重みのせいか、頭から落っこちた。

 がっしゃん。

「「……」」
 卵って割れたら元に戻らないんだな、とアリマとキキちゃんは思ったという。

「……3秒ルールで食っても大丈夫かな?コレ」
「キキッ!?」(食うのかよ!?)
 むしろ前のパターンより酷かった。

***

 数分後、アリマはキノコを完食していた。だが、身体に変化はない。
「ふー、食った食った……ってか、身体でっかくならないじゃないか、キノコ!腹がふくれただけだぞ!?」
「キキッ」(やっぱりガセネタだったんじゃないか?)

「仕方ない、予定変更だ!このまま女王を誘拐しに行くぞ!!」
「キキ〜……」(結局こうなるのかよ……)
 ため息をつくキキちゃんを肩に乗せ、立ち上がる。

 そこへ城から人がやってきた。チェス・コロシアム建設を進めていたエルンストとレイナルフ、勇者と魔王をどうにかする為に手を貸している、ちとせとアンナ、そしてハートの女王である。建設が進んできたのでコロシアムへと向かう途中だった。そしてこれはアリマにとって、女王を誘拐する大チャンスだった。

 素早く後ろ側に回り込み、女王を捕まえる。驚く一行にカノン砲を向けた。
「がはははは!いきなりだが女王は貰って行くぜ!!」
「きゃっ!!?ちょ、ちょっと!何すんのよ!!離しなさいよッ!!!」

「女王様!」
 ちとせらが慌てるが、人質を取られた上にカノン砲を向けられていては手が出せない。

「女王様を誘拐しようとするなんて……一体、何が目的なんですか!?」
「キ?キキッ?」(そういや女王誘拐してどうすんだ?嫁さんにでもするのかよ?)
 アンナの問いかけに追従してキキちゃんがアリマに問う。
「目的?あー、そうだな、返して欲しくば明後日までに10万ゴールドを準備しろ!準備出来なければ……」
「準備できなければ……どうなるんじゃ?」
 犯人(?)を刺激しないよう、エルンストが慎重に尋ねる。対してアリマはこう言い放った。
「女王から搾乳するぞ!!」
 その言葉にアリマ以外の全員が前につんのめった。

「どんな脅しだよ……」脱力した様子でレイナルフが言った。気の抜ける脅しだが、言われた本人はたまったものではなかったらしい。ハートの女王はギャーギャーと騒いでいる。
「何考えてんのよ、馬鹿じゃないの!?ていうかそんな事しようとしたら首をはねてやるからね!!」
「がははは!冗談だ、冗談!!」
 本気だったかもしれない。恐ろしい漢(こ)。

「ともかく女王を返して欲しければ……おお?」
 改めて要求を伝えようとしたアリマは気が付いた。いつの間にか羽交い絞めにしていた女王に手が回らなくなっている。愛用のカノン砲も何だかいつの間にか大きさが増したような。そう考えているうちに、みるみる周囲のものが大きくなっていく。

「あれ?何か全てがでっかい!なんだ!?成長期か!!?」
「キキッ!!」(じゃなくて、お前が小さくなってるんだよ!)
 いつの間にかアリマは小人サイズになってしまっていた。いつもは肩に軽々と乗せていたキキちゃんが毛むくじゃらの山のように大きな生物に見える。もちろん、武器を構えていられるはずもなく、巨大な筒にしか見えないカノン砲は近くに転がっている。気が付くと、先ほど人質に取っていたハートの女王に見下ろされていた。

「……」
「が、がはははは!なんだ、その、話し合おう!な!!」
「んなわけいくか!!!」
 ハートの女王が、だん!!とアリマを踏み潰した。ぷちっ!と軽い音がする。

 そして、アリマ・リバーシュアのその後を見たものはいなかったという。(嘘)


◆7:チェス・コロシアム

「ここが魔王の拠点、か」
 グラント・ウィンクラックはつぶやいた。

 場所は"この先:チェス・コロシアム"と書かれた看板の前。神とやらにケンカを売る方法がわからない為、まずは勇者と魔王をつぶしてゲーム板をひっくり返せば、神とやらが出てくるのではないかと考えたのである。だが、勇者の方は話によればアリスという年端もいかない少女だという。女子供に勝負を挑むことは流儀に反すると、魔王側に勝負を挑むことにしたのだ。

 ユート・ピアでの経験を踏まえ、今回は魔王の悪事が事実かどうかをまず確認することにした。町の住人の話によると、魔王は確かに悪事を働いているらしい。主に商店街の店や町の住宅街が破壊され、被害に遭っていた。さらに情報を集めていると、柱時計を背負ったシロウサギという少年に「よろしくお願いしまーす!」とビラを渡された。見れば新たな魔王が、チェス・コロシアムとやらに現れたというではないか。しかも、件の勇者や魔王もそのコロシアムへと向かった所が目撃されているらしい。

 それを聞いたグラントは、真正面からチェス・コロシアムへと突入しようとしていた。
「まあ……正直、一番叩きのめしてやりたいのは、自分たちが作った世界とはいえ勝手に勇者やら魔王やらを駒にして好き勝手やっている神とやらだが」
 何気なくもらした一言だったが、意外な方向から返事が聞こえてきた。
「やあ!神を叩きのめすなんて、面白そうなことを考えてるじゃないか!」
 やたら爽やかな調子の猫の耳の青年に声をかけられる。腕には"審判"(ジャッジ)の腕章。何の審判かはよくわからないが。
「アンタ、何者だ?」
 気配を感じ取れなかったことに内心舌打ちをしつつ、グラントが尋ねる。青年は大げさな身振りで一礼し、にやにやと笑って答えた。
「僕はただの一般人だよ。大体はチェシャとかチェシャ猫と呼ばれてるかな」

「俺は今からこの中にいる魔王を倒しに行く。一般人ならここから離れた方がいいぞ」
 グラントの言葉にチェシャ猫は「それがねー」と心底困った様子で言う。
「実は、ちょっとしたゲームの審判を頼まれたんだけど、プレイヤーをゲームの最中に見失っちゃってさ。探してたとこだったんだ」
「……?それが何か関係が有るのか?」
 "プレイヤーを見失う審判って一体……"、または"どれだけ広い範囲でやってるゲームなんだ?"など、ツッコミどころが多すぎて話が見えず、グラントは首をかしげた。更にチェシャ猫と名乗る青年は続けた。

「いやさ、そのプレイヤー2人がこの中にいるみたいなんだよね。てことで君に付いていっていいかな?」
「……。俺は勝手に進む。付いてくるなら勝手にすればいい」
 むしろ断っても勝手に付いてきそうな様子である。グラントは当初の予定通り、魔王を探し出すことに集中することにした。
「(審判を名乗る男……2人のプレイヤー……もしかしたら神のゲームとやらに関係があるのか?)」
 明らかにあからさまに怪しい青年であるが、グラントには手がかりが少な過ぎた。今はまだ。

***

「ったく、コロシアムに着く前にどれだけ罠が有るんだよ!」
 ジニアスはもう何本目かわからない吸血植物をサンダーソードでなぎ払った。前方ではテネシーがウィップソードで魔物を倒した所だ。
「ですが、大した罠では有りませんね。何かの時間稼ぎといった所でしょう」
「ふむ……本当に"真の魔王"とやらはいるんだろうか」
 ジャバウォックも手近に有った罠をあっさりと避ける。

 こうして魔王一行は順調に奥へと進んでいった。

***

「ったく、なんで新しい世界について早々こんなことに巻き込まれなきゃいけないんだよ……」
 一方その頃、将陵 倖生はぶつくさと文句を言いつつも、素直に勇者パーティの盾を引き受け、コロシアムへと続くダンジョンの回廊を歩いている所だった。魔王を探していた一行もチェス・コロシアムのビラを見かけ、魔王の手がかりを求めて行ってみることにしたのだ。
「"真の魔王"とか、いかにも怪しいもんね!ジャバウォックが絡んでるかもしれないし!」
 アリスも乗り気である。

 罠をかわし、魔物を倒してダンジョンを進む途中、倖生の姿がふっ、と見えなくなる。姫柳 未来が一瞬遅れて言った。
「あ、そこ、落とし穴」
「早く言えッ!!!」
 思いっきり落ちた落とし穴の底から叫んだ倖生だった。

***

「うーん、女王様はお城にいるものだと思いましたのに」
 マニフィカ・ストラサローネはチェス・コロシアムへと続くダンジョンをさまよっていた。

 ハートの女王と同じ"キゾク"であるマニフィカは、同族である女王に挨拶をするべく城を訪ねるつもりだった(もっとも、マニフィカの方は魚の特徴を備えた別世界の種族であるのだが。) ついでにと手土産にスルメを持参してきたのだが、城に残っていた従者や兵士たちに聞くと、女王は勇者と魔王を迎え撃つべく、チェス・コロシアムの奥にこもっているとのこと。仕方がないので女王に会うべく、ダンジョンを突き進んでいる次第である。
「ビーフジャーキーと迷いましたけれど、女王様は牛の種族ですし、さすがに共食いを勧めるわけにもいきませんよね」
 確かに共食いである。危険である。その点、スルメなら問題はないだろうという考えだった。根強い人気を誇る伝統的な保存食だし、縁起物としても有名だし。噛めば噛むほど味が有るし。

 そんなことを考えながら歩いていると、柱時計を背負ったウサギ耳の少年に声を掛けられた。シロウサギである。
「メアリー・アン!こんな所を歩いてちゃダメじゃないか!」
 チェス・コロシアムのビラを配り終わってこちらへと戻ってきたらしい。
「この通路は侵入者用の通路なんだから。ほら、僕たちはこっちの関係者用通路から女王様のとこに戻らないと」
 どこをどうやったのか、壁の隠しスイッチらしいものをいじると、"STAFF ONLY"と書かれた新たな通路が現れた。シロウサギはマニフィカを引っ張って歩き出す。

「あ、あの、ええっと……わたくし、メアリー・アンではなくてマニフィカ・ストラサローネというのですけれど」
「またまたー、もう騙されないよ!今日はかなり人違いしてんだから!3度目のメアリー・アンなんだから!」
 いやその"3度目の正直"みたいに言われても。そう思ったマニフィカだったが、ふと気づく。
「(そういえば、この通路を通れば安全に女王様の所へ行けるんですね)」
 人違いをされているようだが、マニフィカもダンジョン内の罠や魔物には多少手間取っていた所だった。
「(このまま、案内していただきましょう。着いたら人違いだともう一度説明すれば良いことですし)」
 こうしてマニフィカはシロウサギに連れられて、チェス・コロシアムへと向かったのだった。

***

 ダンジョンの奥にあるチェス・コロシアム。そこではエルンスト、レイナルフ、ちとせ、アンナ、そしてハートの女王らが陣取っていた。
「女王様〜!ご命令通りビラを配ってきましたよ!」
「あら、皆さんもお揃いで」
 隠し通路からシロウサギ、そしてマニフィカが現れる。女王が怪訝な顔をして尋ねた。
「シロウサギ、お前、一体誰を連れてきたのよ?」
「今度こそ正真正銘のメアリー・アンです!!」
 自信たっぷりに答える。が、それを遮ってマニフィカが自己紹介をした。
「お初にお目にかかります、女王様。わたくしはマニフィカ・ストラサローネ。ご挨拶を兼ねて今日は女王様にお土産をお持ちしました」
 マニフィカが唐草模様の風呂敷から取り出したのはスルメ、七輪、そして秘蔵のポン酒。スルメを七輪であぶり、程良く火の通ったところを割いて女王に差し出す。ついでにどこからかぐい呑みを取り出して酒を注いだ。
「ささ、どうぞ。まずは一献。これはスルメと言いまして、とても美味しいんですよ〜」
 カルシウムが多いので怒りっぽい女王様にもお勧めです、とは口の中だけでつぶやいておく。
「あらほんと。お酒も美味しいわね」
「おお、確かに美味そうだな」
 チェス・コロシアムの最終点検を行っていたレイナルフも、作業の手を止めて酒盛りに加わった。
「どうぞどうぞ、沢山持ってきてますれす」
 数杯飲んだお酒で既にできあがってきているマニフィカが、ろれつの回らない調子で気前良く答える。
「勇者と魔王が来るというのにお酒を飲んでても良いんでしょうか?」
「ま、少しくらいなら大丈夫じゃろ」
その様子を見、ちとせが少し心配そうに言うが、エルンストが取りなす。
「それじゃあ乾杯れーす!かんぱーい!かんぱーい!!」
「マニフィカさん、既にできあがってますわ」
 アンナが呆れた様子でつぶやいた。

 10分後。

「……でね、このシロウサギがね、ほんとーに使えないのよ!役立たずなの、役立たず!!」
「女王様〜、絡まないでくださいよ〜。お酒臭いですよ〜」
「わかります!わかりますよー、その気持ち!女王様も大変なんれすね〜」
「わかってくれる!?そうなのよ!部下は無能の役立たずばかりだし!私ばっかり苦労してるのよね!!」
 ハートの女王もかなりストレスが溜まっていたらしい。べろんべろんに酔っ払ったマニフィカが相槌を打つ。唐突に始まった酒盛りはしばらくの間、続いたのだった。
 


◆8:チェス・コロシアムでの決戦

「剛剣術奥伝!大振空刃!」
 空間を切り裂き、そこに現れたのは光翼鎧を装備したグラント。罠を壊し、魔物を剣で制しながらダンジョン内を進んでいたグラントは、魔王のものと思われる大きな気を探り当て、ここまでやって来たのである。

「マニフィカさん、飲み過ぎです」
「いや〜、そんなに飲んれないれすよ?だいじょーぶ、だいじょーぶ」
「大体ねぇ、あんたはねぇ、日頃から遅刻は多いし仕事はできないし……」
「女王様〜、それさっきも聞きましたよ〜!これからはちゃんとします、って言ってるじゃないですか〜〜!!」
 しかし現場は酒盛り真っ最中。ちとせに諌められるマニフィカ。ハートの女王はシロウサギに絡んで延々と愚痴っている始末。グラントは訝しげな顔をする。

「なんだこりゃ……魔王はどこだ?」
「いやはや、何だか楽しそうだねぇ」
 ちゃっかりと後を付いてきたらしいチェシャ猫がのん気に言った。


「ジャバウォック!今日こそ決着をつけるわよ!」
「アリスか……良かろう、望む所だ」
 そこに響いたのはアリスとジャバウォックの声。勇者パーティも魔王パーティも同時にコロシアムへとやってきたらしい。

「お前が魔王か……。さて……お前は俺を満足させられるだけの強さはあるかな……。いくら神を相手にする前座とはいえ、拍子抜けするぐらい弱いのは勘弁しろよ……」
 目的の相手を見つけ、グラントは破軍刀を構える。と、横合いからアリスに怒鳴られた。

「ちょっと!魔王は私が見つけたのよ!私の記憶の手がかりなんだから、邪魔しないでちょうだい!」
「そう言われてもな……。あぁ、そうだ。お前が魔王を倒す手助けをすると思えばいい。俺がこいつを倒してしまった場合は諦めろ」
 少し思案すると、そう提案する。アリスは外見に似合わぬ様子で不敵に笑った。
「ふーん。手助け、ね。それならいいわ。あなたも、私が魔王を倒しちゃったら諦めてね」
 そう言うと大剣を構える。ここに勇者パーティと魔王パーティの戦いの火蓋が切って落とされ……ると思いきや、その前に1人の青年が歩み出た。
 
「やー、プレイヤーの2人が見つかって良かった!君たち、あちこち移動するんだもん。追いかけるのが大変で見失っちゃったよ」
 "審判"の腕章をつけたチェシャ猫である。その場にいる全員が、突然割って入ってきたのん気な口調の彼に注目した。

「覚えてる?僕のこと。ある日突然、君たちの戦いの審判をして欲しいって現れたよね」
 言うと腕章を示す。テネシーがかたわらのジャバウォックに聞いた。
「そうなのですか?ジャバウォック様」
「……さっぱり覚えがないな。俺が記憶を失う前の出来事か?」
「アリスさん、覚えてらっしゃいますか?」
「ううん。ぜーんぜん。私、この人にそんなお願いしたのかな??」
 春音がアリスに問う。アリスも同じく覚えがないらしく、首を横に振る。

「まあ、忘れちゃってるならしょうがないか。僕はただの審判だから試合の進行をするだけさ。双方、位置について。ファイッ!」
 レディ、ゴー!とばかりに勝手に場を仕切る。だが元々戦う気満々だった双方は、それを合図に激突した。

「勇者以外はお任せ下さいませ。ジニアス様も、足手まといにならないで下さいまし」
「何で俺が魔王の手伝いをしないといけないんだよ!ったく……」
 テネシーがウィップソードを、文句を言いながらもジニアスがサンダーソードを振るう。

「くっ……手加減なしかよ!危ねぇな!」
 倖生が投影魔術で強化したシャープペンでテネシーのウィップソードを弾く。
「さっすが壁担当!」
「壁言うな!!!」
 未来の言葉にツッコむ倖生だった。

「魔法と回復は任せてください!」
 春音が神気召喚術で呼び出した式神がサンダーソードの電撃を防ぐ。一方アリスとグラントは、魔王ジャバウォックへと斬りかかっていた。

「やあっ!!」
 小柄な身体に似合わぬ力で大剣を振るうアリス。ジャバウォックは片手に構えた剣でそれを払い、剣筋を逸らした。
「もらったッ!!」
 軽身功で身を軽くしたグラントが頭上から破軍刀を振り下ろす。
「くっ……!」それを避ける為、ジャバウォックが後方に飛び退く。それを追って体勢を立て直したアリスが剣を振るった。
「これで終わりよ、ジャバウォック!!」

「産土神様も力を貸してください!」
 2人が踏み込んだ先では、春音が神気召喚術でハンプティ・ダンプティを呼び出した所だった。ハンプティ・ダンプティは呼び出された途端、滑って転んで割れてしまった。しかも運の悪いことに割れたのはジャバウォックとアリスが踏もうとした地面の上だった。

 つるっ。ごすっ。(*2)

 鈍い音と共に2人が後頭部を打ち付けた。その場にいる面々も思わず戦いの手を止め、また戦いを肴に酒盛りをしていた面々もそちらを見やる。

 しーん。

「……」
 静まり返ったコロシアムで、卵って割れたら元に戻らないんだね。というか黄身と白身って踏むとよく滑るんだね。……と、その場にいる全員が思ったという。

***

「……もしかして、死んだ?」
 未来が恐る恐るウォーハンマーの先でちょいちょい、と2人をつつくと、アリスとジャバウォックはがばっ!!と飛び起きた。

「きゃっ!?」「うわっ!!?」
 思わず近くにいた者は飛び退く。

「思い出したわ!完全に!」
「思い出したぞ、完璧に!」
 何やら自信に満ちあふれた様子で力強く言う。

「今日こそ決着をつけて私が正しいとわからせてあげるわ、闇の神!」
「良かろう。俺が正しいということを力で教えてやる。光の神よ」
 双方、互いを睨みつけながら高らかに宣言。意外な呼び名に、周囲の者たちは一瞬ののち、混乱に陥った。

「「「えええ!?」」」

「ど、どういうことでしょう?アリスさんとジャバウォックさんがこの世界の神様だったってことですか!?」と、ちとせ。
「するってぇと、駒を使ってのゲームに飽きたかなんかで、自分たちが出張ってきたってことかい?」とレイナルフ。

「その通りよ!」
 アリスが何故か誇らしげに答える。2人の説明によるとこうだ。

 この世界を造ってから(それ以前も)、2人は事あるごとに争っていた。曰く、昼と夜の時間の配分、陸と海の多さ、季節の長さ、どの種族をどれだけ多くするか、etc。だが、その度に神が争っていては世界が滅びてしまう。考えた2人の出した答えは、「この世界の人間を代理の決闘人とし、負けた方が勝った方の要求を通す」といった方法だった。チェスで過去に何度か現れた伝説の勇者や魔王らは、2人の代々の決闘代理人だったという。本人たちはそれを知っていたかどうかはわからないが。

 だが、2人の力は均衡しており、2人が選び、力を貸す人間も能力はほぼ互角だった。ある時は勇者が勝ち、ある時は魔王が勝ったが、勝負はほぼ五分五分。長い時の間にそのゲームにすら飽きてきた神たちはある日、閃いた。

「だから、やっぱり私たちが直接戦ったらいいんじゃない?って言ったのよ」
「だが、我らがそのまま戦ったのではせっかく造った世界が壊れてしまう。そこで……」
 彼らは、自分を人間の勇者と魔王としてチェスへと送り込むことを考えた。互いにルールを破れないよう、記憶を封印した上で。

「ですが、どちらも記憶を失っていては、勝負が正しく進行するかわからないのでは?相手が何かの拍子で記憶を取り戻してルールを破るかもしれませんし」と、テネシー。もっともな話である。

「だから、僕が審判に選ばれたんだよー」
 "審判"の腕章をつけたチェシャ猫がのん気に言った。アリスが言葉を続ける。
「ええ、チェスをうろうろしていた暇そうな人間に審判を頼んだわけ」

「あんたも、暇だからって神様同士の戦いの審判なんてよく引き受けたなぁ……」
 呆れたような、感心したような様子でジニアスがチェシャ猫に言う。チェシャ猫はきっぱりと答えた。
「だって、面白そうだったし」
「そんな理由かよ……」がっくりと脱力。軽いな、世界の命運を賭けた勝負。

***

「……あの、お2人が今回勝負をしてる理由って一体、どの様なものなのでしょうか?」
 アンナが恐る恐る手を上げて尋ねた。神々が直接出向くほどの戦いである。きっと何か壮大な目的があるに違いない。

「あ、そうそう。私が勝ったらここに新しい世界を造るからね!」と、相手を剣でびしっと指しつつアリス。
「わかった。では俺が勝ったらこの古い世界を壊すこととしよう」と、厳かにつぶやくジャバウォック。

「壮大だけどそれって大変なことじゃないですか!!?」
「どっちにしてもこの世界が滅びるじゃないのよッ!!?」
 シロウサギと、とんでも無い話を聞いて酔いがすっかり覚めた様子のハートの女王が叫んだ。

 こうして、チェス史上最大の勝負の行方は、その場に居合わせた者たちの手に委ねられたのだった。

(続く)

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