第1回(最終回)

ゲームマスター:烏谷コウ


◆1:出発、サンクチュアリ鉄道

 サンクチュアリの田舎町・モノクロームはまるでお祭りのようだった。様々な屋台が立ち並び、ぽん、ぽん、と音を立てて花火が上がっている。

 今日は最新のガジェット"蒸気機関車"の路線が開通する日なのだ。何日も前から楽しみにしていた者も多いのだろう、たくさんの人々が新しくできた「モノクローム駅」へと集まっていた。

「なんだかよくわからないですけれどぉ、楽しそうですぅ」
 人ごみの中をきょろきょろしながら歩いていたのはリュリュミアだった。この賑やかな雰囲気に惹かれてやってきたのである。

 手には汽車に乗る為のチケット。先ほど駅の周りをふらふらと歩いていたら、「チケットあるよー」と道行く人々に声をかけていた親切な人が特別価格で譲ってくれたものだ。正規の料金より割高だったのだが、リュリュミアは気にしていない。同じようなチケットを持った人の流れについていってみると、どうやらこのチケットは、駅舎の中の、煙突のある細長い建物への入場券らしい。

 その建物は変な造りだった。細長い部屋が横並びにいくつも有り、それぞれに入り口がある。部屋の床下には大きな車輪があった。一番端っこの部屋だけは真っ黒で煙突がついていて、その建物の前では、アオイ・シャモンが技師らしい人物にこてんぱんに怒られていた。

「お前、見習いが勝手に汽車のデザイン変えたらダメに決まってるだろ!」
「おっちゃん、なんでやー!なんであたいの邪魔するんやー!!」
 アオイの近くの地面には大きな丸いプレートが横たえられていた。プレートにはリアルな人の顔が彫りこまれており、実に気色が悪い。プレートの下の地面には錬成陣が描かれており、アオイがそれを使って何かをしようとしていたのは明らかだった。

「汽車と言ったら機関車トー○スやろ。せっかく手持ちの練金甲で顔作ったったのに……」
 どうやらこの汽車を有名どころの人面汽車のようにするつもりだったらしい。

「おっちゃん、見逃してぇな!こいつはな、陽気な性格で歌とか歌うの好きなヤツやねん!そういう設定でちびっこの心わしづかみやねん!!」
「わけわからん事言うな!!」
 アオイの説得は技師のおいちゃんの心には響かなかったらしい。そろそろ出発だからな、と、おいちゃんはさっさと去って行ってしまった。がっくりと崩折れるアオイ。

「なんだかよくわからないですけれどぉ、大変そうですぅ」
 それを横目に、リュリュミアは変わった建物=サンクチュアリ鉄道へと乗り込んだのだった。



「がはははは!汽車の旅はいいなぁ、キキちゃん!」
 一方こちらはアリマ・リバーシュア。ペットのキキちゃんを肩に乗せ、意気揚々と乗り込んでいたのは汽車の運転席。気分はまるで運転手。

 一度汽車を運転してみたかったアリマは、サンクチュアリ鉄道に乗ってみることにしたのだ。だが、不思議なことに正規の運転手がやってくる様子がない。ついでに乗客も乗ってくる気配もない。

「おかしいな……開通したての鉄道ってのはもっと混み合うものだと思ってたんだが」
「キ、キッキ?」(おい、出発するのは別の汽車みたいだぞ?)

 ふと見ると離れたホームから煙を吐き出す蒸気機関車が今にも出発するところだった。アリマたちが居たのは等身大の展示用模型だったのだ。

「うおおおお!!あっちだったのか!待ってくれえええ!!!」
「キッキ……」(先が思いやられるぜ……)
 猛ダッシュで汽車を追うアリマ。肩の上で深い深いため息をつくキキちゃん。1人と1匹はモノクローム史上初の「駆け込み乗車はお止めください」と注意される乗客になったとかならないとか。



◆2:売り子たちの疑問

 モノクロームの町の人々に見送られ、蒸気機関車はゆっくりと走り出した。
 汽車の座席は一等席、二等席、三等席に分けられており、最初のものほど広くゆったりとしていて値段も高い。一等席・二等席よりも混み合っているのはやはり、値段の安い三等席である。
 他にも食堂車やちょっとした賭け事や酒を楽しめるラウンジなど、サンクチュアリ鉄道には一通りの設備がそろっていた。

「鉄道開通か……これは俺に冷凍みかんをこの世界に広めよという啓示だな。ならば、全力全開で広めてやろうではないか……ふっふっふ」
 売り子が待機する後部車両のコンパートメント(個室)内で何かを企んだように怪しげに笑っているのは、武神鈴。目の前には「鈴屋」と名の入った社内販売用の荷台がある。冷凍みかんの他、汽車を正面から見た形の焼きを入れたサンドイッチ、生石灰を使った暖め装置付きのおかず弁当(肉・魚)なども乗せられていた。

 お弁当は生石灰と水の反応を利用して暖めなおすタイプで、箱の側面に書いてある汽車の絵の煙突部分が注ぎ口になっており、そこから付属の水を注ぐことで弁当箱全体を温め、おかずを熱々にするつくりになっている。さらに、煙突から余計な熱を水蒸気でだすことで熱くなりすぎるのを防ぐようになっていた。ちなみに作者はミ○ター味っ子でこういう弁当を初めて知ったが、アニメ内の創作だろうと長い間思い込んでいた。ごめんな、駅弁。

 もちろん役所に車内販売の許可も取ってある。冷凍みかんはモノクローム郊外の農家から専用で買い付け、製作プラントを首都サンクチュアリとモノクロームの2ヶ所に建設。プラントはこの世界の技術でも再現可能なように汽車にも使用されている蒸気ガジェットを利用したものだ。資本は借金して鈴が用意したものだが、最終的には独立採算できるよう、株式会社「鈴屋」を起こすという徹底ぶりだ。鈴さん、本気である。経費削減の為、売り子も自分自身で行うつもりだ。

「……ライバルを想定していないわけではなかったが、まさか未来とはな」
「わたしも、鈴が売り子するなんて予想してなかったよ」
 鈴の前にはそう言って肩をすくめた姫柳未来がいた。売り子用の可愛らしいエプロンを身に付けている。かたわらには鈴とは別の荷物が満載の荷台。

 お弁当、お菓子、コーヒー、紅茶、ジュース、アイスクリーム、冷凍みかん、新聞、雑誌、金属バット、ロープなどなどなど。一部不穏なものも混じっていた気もするが、様々なものを取りそろえ、汽車でありがちなぼったくり商法の車内販売とは違う、適正な値段で商品を販売しに行くつもりなのだ。もちろん車内販売の許可もしっかり得ている。

「うーむ……冷凍みかんまであるとは、やるな。しかし俺の有機栽培エレクトリカル製法冷凍みかんにはかなうまい!!」
「こっちだって、品揃えなら負けてないよ!モノクロームのお土産ものとして大人気の抹茶カステラだってあるんだから!」
 売り子のライバルとして火花を散らす二人。

 と、その横を、サンクチュアリ鉄道の正規の制服なのであろう、落ち着いた色のメイド服を着た淡い色の髪の少女が荷台を押して前方の三等席のほうへ通り過ぎていった。鈴が首をかしげる。

「変だな……。出発前に見た売り子と違うような」
「わたしたちとは別の車両に乗ってた子なんじゃない?」
 鈴の言葉に未来が答えるが、答えた後で鈴と同じく首をひねった。

「あれ?この後ろって一般車両はなかったはずだけど」
 2人がいるのは三等席の車両の一番後ろである。この車両の後ろは貨物車両だ。

 2人は去っていった少女の方を覗いたが、先ほど通り過ぎたはずの少女は、通路のどこにも見当たらなかった。



◆3:客席のなんやかんや

 三等席は個室のように区切られたコンパートメント席ではなく、4席ごとに向かい合った座席が均等に並べられていた。その座席の一部では、見覚えのある人物たちが汽車での旅を楽しんでいた。

「なんで福引の商品のチケットが一番安い三等席なんだよ」
「タダで乗れたんだからいいじゃないですか。……というか、何故アール刑事まで」
「だってモノクロームにできた初の鉄道よ!?これはもう絶対乗らなきゃダメでしょ!」
 窓際でややふてくされているぼさぼさの髪の青年は探偵のキャビネ。その隣に姿勢良く座っているのはその助手のエルだ。向かいの席に座ったアール刑事の横には、この日の為に買ったと思われる大量の菓子が積み上げられている。3人とも、以前に怪盗ゼロ事件に関わったモノクロームの住人である。

「で、なんで俺たちの真上の網棚でこの嬢ちゃんは寝てんだ?」
 キャビネが頭上を指さした。頭上にある荷物を置くための網棚には、なぜかリュリュミアがすっぽりとはまっていた。くぅくぅと幸せそうに寝息を立てている。

「寝てる理由は私にはさっぱりわかりませんが……。ともかく起きてください。そんな所で寝ていると他の乗客の迷惑になりますよ」
 エルが声をかけると、むにゃむにゃと何やら言いつつリュリュミアが伸びをして起きあがる。

「ふわぁ、よく眠れましたぁ〜。このおうち、お昼寝用のハンモックまであるなんていいですねぇ」
 リュリュミアは網棚をハンモックだと思っていたのだ。出発前によじ登って、そのままそこで眠ってしまったらしい。よいしょよいしょ、とのんびり網棚から降りると、窓の外を流れていく景色を見て、驚いた顔をする。汽車が動き出して数十分だが外の景色はすでにモノクローム市街から郊外を抜け、青空の下に広がる田園風景の中を走っていた。

「わぁ〜、すごいですぅ。このおうち、動いてるんですかぁ?」
「おうちじゃなくて汽車ね。もしかして、初めて乗ったの?」
 アールが言って隣の座席にあった大量の菓子を寄せると、リュリュミアの為に席を空けた。リュリュミアが窓を開けると、風と一緒に緑の匂いが吹きこんでくる。リュリュミアは窓から身を乗り出して、その匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。

「そういや、前の方には食堂車もあるんだってな」
 おー、牛がいたぞ、牛が。などと案外汽車の旅を楽しんでいる様子のキャビネが言う。リュリュミアの認識するところの"煙の出ていた前の方の建物"では、食事ができるのだという。

「動くおうちの中でご飯が食べられるなんて、とっても楽しそうですぅ」
 リュリュミアは食堂車に向かいがてら、この一風変わった建物の中を探険してみることにした。



 一方、別の座席ではアゼルリーゼ・シルバーフェーダが乗り合わせたおばあちゃんから飴を押し付けられていた。飴をくれるおばちゃん・おばあちゃんは、私たちの世界でもローカル線などによく出没する。

「ありがと、おばあちゃん」
 公共交通機関を利用するにあたって、やっぱり醍醐味のひとつは地域の方々とのふれあいだと考えたアゼルリーゼは、おばあちゃんが差し出した"モノクローム抹茶飴"をもらった。だがその飴はお出かけバッグに入れておいたものの為か包み紙にくっついてしまっている。

 よくあるのよね、と言うとアゼルリーゼは弱めの氷魔法を使い、飴を冷やして包み紙がはがれやすいようにした。ついでにおばあちゃんの手持ちの飴も冷やしておく。

「これで包み紙がはがれやすくなったはずよ、多分」
「あらあら、悪いわねぇ」
 ウィンクするアゼルリーゼにお礼を言うおばあちゃん。さっそく周囲の人々に飴を配っている。その中の一人は前方の席に一人座っていたルシエラ・アクティアだった。

 たまたま乗り合わせていたルシエラは景色を楽しんでいたところだった。
「ありがとうございます」
 とおばあちゃんに礼を言う。社交辞令的におばあちゃんに汽車に乗った理由を問うと、「汽車に乗るのを孫に勧められてねぇ」だの「この汽車の設計は昔の教え子がやっている」だの、マシンガンというほどではないが長々と続くおばあちゃんトークを、近くにいたアゼルリーゼと共に聞かされる羽目になってしまった。時々あいづちを打ってはみるが、おばあちゃんは多少耳が遠いのか、「ええ、ええ、最近腰が痛くてねぇ」などとズレた答えが返ってきたりする。

 ルシエラは軽くため息をつきつつも、アゼルリーゼと共にしばらくこの老婦人の世間話に付き合うことにした。



◆4:働くクマさん

「よいしょ、よいしょ」
 汽車の動力である蒸気を作り出す為に石炭をくべる機関室。そこでテオドール・レンツは小さな体で石炭を運んでいた。

 旅をしたくなってこの列車に飛び乗ったものの、テオドールは切符を持っていなかった。無賃乗車を車掌に見つかったが「おとな」「こども」「手荷物」のどれに該当するかわからない為、こうして働かされているのだった。

 万一、炎が燃え移ったら人のように火傷だけでは済まない。ぬいぐるみにとってはかなり危険な環境である。それにあちこちの毛も石炭で汚れてしまっていた。だが、テオドールはこれも良い経験だと受け止め、懸命に働いていた。ぬいぐるみだから汗もかかない。

「動くぬいぐるみなんて初めて見たよ。まあ、首都の方じゃ最近は人間そっくりの自分で考える"自動人形"なんてのもいるらしいから、珍しくないのかもしれないけどな」
 近くにいた機関士のおっちゃんが言った。テオドールはぷう、とほっぺたをふくらませる。
「ボクは機械で動いてるんじゃないよ」
 テオドールの場合は持ち主の与えてくれた"愛情"で動いている為、機械仕掛けだと思われるのは心外だった。どちらかというと科学主義で魔術や霊的なものが理解されていないサンクチュアリの人間には理解しづらいものなのかもしれないが。

 ふと、テオドールが丸い耳をぴこぴこと動かした。
「ねえ、おじちゃん。何か聞こえない?」
 がたんごとんと列車が揺れる音に紛れて、屋根の上から重い物が動く音がした気がする。機関士のおっちゃんが「そうか?」と首をかしげた。もしかしたら単に列車が大きく横揺れした音がそう聞こえただけかもしれない。そう考えると、テオドールは石炭を運ぶ作業に戻ることにした。



◆5:発明卿を捜す者

 一等席の車両近くのラウンジでは、形代氷雪がアーサーに接触を試みていた。機械仕掛けのメイドを連れている車椅子の青年は人目を引く。興味をそそられたのも有るが、何より自動人形を連れた高い地位らしい人物ということで、発明卿について何かを知っているのではないかと考えたのだ。サンクチュアリで時々名前が上がるその人物についてを、氷雪は自分なりに調べようとしていた。

「こんにちは。私は世界のあちこちを回って旅をしている学者で、氷雪といいます」
 愛想よくアーサーに話しかける。世間話を交え、彼らの旅の目的を聞き出す為だ。アーサーも他の一般乗客とは違った容貌の氷雪に興味を示したらしく話に応じてくれた。旅の目的の話になると一瞬考えるようなそぶりを見せたが、別に隠しているわけではないのだろう、旅のわけを話し始める。

「実は、"発明卿"……アンブロジウス博士を捜しているのです」
「……」
 アーサーは首都サンクチュアリにある"円卓議会"に属する議員だという。アーサーの説明に合わせ、無口な機械仕掛けのメイド・グウィネヴィアがフリップに図解で説明してくれた。というかわざわざ用意していたのだろうか。

 ●発明卿
  "発明卿"は優れた発明家・科学者に贈られる称号で、実質この国の最高責任者に当たる。現在の発明卿はシルベスター・M(マーリン)・アンブロジウス博士だが、十年前に謎の失踪を遂げている。

 ●円卓議会
  "円卓議会"はこの国の実質的な指導者である"発明卿"をサポートする議会だ。体制はだいぶ違うが国会のようなものである。十年ほど前に発明卿が失踪してしまってからは、実質的にサンクチュアリの政治を取り仕切っている。発明卿ことアンブロジウス博士が残した理論や設計書を元に、ガジェットの技術を国に広めているのも彼らである。


「しかし、なんだって十年も経ってからその"発明卿"とやらを捜しているんだ?」
 氷雪が疑問に思うのももっともだった。アーサーはかぶりを振って答える。
「もちろん、十年間何もしてなかったわけではありません。捜し続けてはいたのですが、手がかりが皆無だったのです」
 元々、発明卿は時々ふらりと消えては新しい発明品を携えて帰ってくるような人物だったのだという。バウムのような所を通じて異世界の技術を持ち込んでいたのではという噂もあるくらいだ。十年前の失踪も、当初はいつものようにすぐ帰ってくると思われていた。だが発明卿は何年経っても帰ってこず、そして行き先についてを何も告げていなかった。家族に聞いてみても、どこを探しても、行方の手がかりは何も出てこなかった。

 だが、最近になってからある共通点を持つ事件が多く起きるようになった。自動人形による犯罪である。それも決まって発明卿の設計したガジェットや、それに関連する施設に現れるのである。その際に何体か捕らえられた自動人形は、円卓議会が発表した規格とは全く違う複雑な部品が使われていた。

「あれほどの部品を作れるのはアンブロジウス博士しかいないと思います。しかし、事件を起こす理由がわからない」
「なるほど……それでその件を問いただす為に、改めて発明卿を探しているわけか」
 氷雪がうなずく。円卓議会の議員であるアーサー自らが発明卿捜しに動かなくてはならないほど、首都では事件が頻発しているのだろう。

「なんだか込み入った話ですわね」
 話に入ってきたのは梨須野ちとせだった。サンクチュアリ鉄道の制服であるメイド服を着ており、紅茶のポットを持ったお盆を手にしている。もちろんリスの状態ではお盆を持つことができないので人間大の姿である。ちとせはウェイトレスとしてこの列車に乗っていた。ラウンジでの給仕も仕事のうちだったのだが、氷雪とアーサーの話が聞こえてしまったのである。

「乗客の話を盗み聞きとはな」
「だって聞こえてきたんですもの。それはそうと、紅茶とスコーンはいかがですか?木苺のジャムと合わせると絶品ですよ」
 内心、発明卿の遺産に関する情報を他の者には内密に押さえておこうと思っていた氷雪は苦い顔をした。それを知ってか知らずか、ちとせはポーカーフェイスでアフタヌーンティーを勧める。

 と、列車が大きく揺れた。スピードがぐんと上がったようだ。思わずお盆を落としかけ、ちとせが「もう!安全運転を心がけて欲しいものです」と思わず文句を言う。

 すると今度は車内全体へ連絡をする為の伝声管を通し、高圧的な少女の声が聞こえてきた。
「この列車は占拠した。我は発明卿の意志を継ぐ者。許可無く使われた発明卿の技術は無に帰さねばならん!」

 突然の関白宣言ならぬ占拠宣言に車内が騒然となった。



◆6:列車強盗?

 ロラン・エーベルトがその占拠宣言を聞いたのは三等席のある車両でのことだった。ちょうど近くでは赤い髪の騒がしい女性が切符を持っておらず、車掌と「おつり用意してないってどういうこと!?信じられない!」などとやりあっていたが、そんな場合ではない。

「これってなんだか大変な状況なんじゃないかな」
 通路から覗くと、近くの車両に先ほどの犯人がいる様子はない。後方は貨物室で確か荷物だけしかなかったはず。今のうちに乗客を後方車両に避難させてしまうべきではないだろうか?ロランが立ち上がろうとすると、ちょうど車内販売の売り子の一人が近寄ってきた。先ほどから車内をうろうろとしているのは見かけていたが、その少女には商品を売る気があまりないようだった。声をかけられても正規の10倍はする値段を言っており、正直ぼったくりもいいところである。客も値段を聞くとびっくりして断ってしまうようだった。

「占拠されたってどういうことだよ、一体!」「何が起きてるの?」他の乗客も先ほどの放送を聞いてざわざわと騒ぎ出した。

 乗客らを一瞥すると、売り子の少女は荷台から何かを取り出す。かわいらしい制服に似つかわしくない大口径の銃だった。
「ええっ!?」
 驚くロランのすぐ横で、天井に向けてどかん!と銃を撃ちこむ。

「全員命が惜しかったら席について!大人しくしてれば何もしないわ!」
 車内の乗客がさらにざわついた。そんな中、ロランより前方のアゼルリーゼとルシエラの横ではおばあちゃんが旦那さんとの馴れ初めを長々と語っていた。2人とも困惑していた。

「ええ、ええ、あの人と出会ったのは首都の大学でねぇ……」
「へ、へぇ〜……」
「……ところで、思い出話をしている場合ではなくなってしまったようですよ」
 さすがにずっと話を聞かされてややげんなりした顔をしていたアゼルリーゼの横で、ルシエラが後方を指す。そこには銃を持った少女。

「れ、列車強盗っ!?」
「ちょ、強盗じゃないわよ!」
 思わず叫んでしまったアゼルリーゼの声に少女が気を取られて言い返す。その隙にロランはその横をすり抜け、貨物室の入り口へと飛び込む。すぐさま中に有った荷物を積んで簡易のバリケードを作った。できれば周囲の乗客も貨物室へと逃したかった所だが、一瞬では自身が飛び込むだけで精一杯だった。座席の影にでも伏せていてくれるよう祈るしかない。

「我々は断じて犯罪者に屈してはいけない!そこを動くな!」
 周囲の乗客にも語りかけるようにそう言うと、手持ちの鳥撃ち用の銃をバリケードの隙間から少女に向ける。少女が動いたら撃つつもりだ。

「何こっちに銃向けてるのよ!」
 少女がロランに気づき、一歩足を踏み出した。
「あ、動いた。えーっと、射撃の訓練なんか受けてないけど、人は鳥より動きが鈍いし、大丈夫大丈夫」
 そう言いながらおもむろに引き金を引く。ばん!

「きゃーっ!!?ちょ、ちょっと!まだ乗客もいるのよ!?」
「ていうかあたしとかおばあちゃんもいるってば!!」
 弾は銃を持った少女の足元に当たった。アゼルリーゼが背後の座席におばあちゃんをかばいながら抗議する。ロランはそれに対し、銃口を前方にしっかり向けながらマイペースに答えた。ちょっとこの状況が楽しくなってきていた。

「もし乗客に当たっても、弾が小さいから死んだりしないよ。緊急避難だし、大丈夫大丈夫」
「「何が大丈夫なのよっ!!」」
 少女とアゼルリーゼの声がハモった。2人とも別方向に飛び退る。今まで2人がいた場所にショットガンが容赦なく撃ちこまれた。
 
「やれやれ、せっかくの旅だというのに静かに景色を楽しむこともできないとは」
 そう言ったのはルシエラだった。いつの間にか銃を持った少女の背後に立っている。少女が気付いて銃を向けるが、それを物陰に隠れていたルシエラのペットのレイスが叩き落とす。そのまま少女を捕まえようとするが、少女は身をひねって逃げ出した。

「あっ!こら!!」
 アゼルリーゼが手持ちの大剣をとっさに鞘ごと振り払う。少女はそれをもひらりと避け、前方の車両へと走り去る。

「あたしの剣を避けるなんて……」
 しっかり構えていなかったとはいえ不覚!とアゼルリーゼ。ルシエラはちらりと前方を見はしたが、静かになったとばかりに席に座り景色を見始める。

「ちょっと、追わなくて大丈夫?前の方は別の何者かに占拠されてるみたいだし」
「前の方にはバウムの人間が何人も乗ってますからね。後方は今のところ安全になりましたし、何者かがこちらに危害を加えに来た場合でも、倒してしまえば問題ないでしょう」
 アゼルリーゼの言葉にさらりと答えるルシエラ。見ればレイスを車両の前の入り口付近に配置していた。確かに状況がわからない以上、下手に動かずこの車両を守っている方が良いのかもしれない。アゼルリーゼも「あらあら、今のお嬢ちゃんはなんだったのかねぇ」と、隣で状況がよくわかっていないおばあちゃんを守る為にこの場から動かないことにした。未だに奥にこもっているロランにも声をかける。

「ロラン、一緒にこっちを見張ってくれない?銃はちゃんとしまってからね」



◆7:機関室の自動人形

 場面は変わって機関室。そこには気絶した機関士のおっちゃんとテオドールがロープでぐるぐる巻きにされて転がされていた。屋根の上から突然、目の前の人物が飛び込んできて2人(1人と1匹)を殴り倒したのだ。

 目の前にはメイド服を着た短い赤髪の自動人形がいた。自動人形とわかるのは、身体から飛び出した様々なコード類や頭に刺さった巨大なネジがあるからだ。額には大きく「V」の文字が刻まれている。

「これでよし、と。これで母上も喜んでくれるだろうぜ」
 言うと造りものらしからぬ顔でニヤリと笑う。伝声管で犯行声明を出したのもこの少女型の自動人形だった。足元には石炭を絶やさない為の装置なのだろう。四足のガジェットが自動的に石炭を炉に放り込んでいた。

「キミは誰?何者なの?」
 テオドールがもがきながら問う。赤髪の自動人形は得意そうに言った。
「どうせお前ら死ぬんだからな、教えてやるよ。あたしの名前はヴィヴィアン。偉大なる発明卿の意志を継ぐ者さ」

「ヴィヴィアンちゃん、列車を占拠してどうするの?線路がある所にしか行けないのに。国の偉い人に何か要求するの?」
 じたばた。テオドールが縄から抜けだそうとしながら問いかける。この犯人がどんな要求をするかが気になっていた。もし政府に要求をするなら、ついでにぬいぐるみのクマの人権(クマ権)を認めるように言ってもらうのもいいかもしれない。

 そんなテオドールの期待をよそにヴィヴィアンはさらっと言った。
「いーや、要求なんてしないね。勝手に発明卿の技術を使って造られたこの汽車をこの先の谷底に落として壊す!それがあたしの目的だ」
「えええ!!!?」

 モノクロームから出発した列車は首都サンクチュアリへ向かう道と、立ち入り禁止の谷への道の分岐点に近づいていた。



 一方、放送直後のラウンジには近くにいたバウムの面々が集まっていた。

 ラウンジのウェイトレスである梨須野ちとせ。乗り合わせていた形代氷雪。売り子として車内を前方に向かっていた姫柳未来、武神鈴。ちなみに2人の商品は大人気で、ほとんどのものが売り切れてしまった。

 4人の前には自動人形のグウィネヴィアを従えたアーサー。グヴィネヴィアがいつの間にか用意したホワイトボードに現状をまとめていた。ホワイトボードの済には「ぐーちゃん」と書かれた謎のスライム状のマスコットらしきものが描かれていたが、関係なさそうなので気にしないことにする。

「いかんな……地図にあるルートではない方に向かっている。この先は確かまだ線路ができていないはずだ」
 氷雪が地図と、現在の進行方向を見比べて言った。このままでは列車が谷底へ落ちてしまう。乗客たちがそれに気づいたらパニックになるだろう。氷雪は機関室の何者かを何とかするつもりだった。
「ルフトを既に機関室に向かわせてある。私もこの後向かうつもりだ」
 機関室にいる者が発明卿に関する何かを知っているかもしれないしな、と心の中でつぶやく。氷雪の言葉に未来が手を上げる。
「わたしも行く!まだ全部の車両を回ってないもん!」
 未来の目標は全ての車両の乗客に品物を届けることである。確かにラウンジより前の一等席の車両にはまだ行っていなかった。
「そんな場合か?」
 ため息混じりで鈴が言う。

「俺はもしもの時の為に乗客を後部車両に避難させておこう。バリアコートの装置があるから、最悪の場合でも後部車両を切り離して無傷で脱出できるはずだ。冷凍みかんの布教という最大目的も達成して手も空いたことだしな」
 鈴の冷凍みかんは売り切れていた。鈴が手売りした冷凍みかんがその後サンクチュアリで大ブームを巻き起こすことになるのだが、それはまた別のおはなしである。

「ちとせはどうするの?」
 未来が問う。ちとせは少し首をかしげると、「そうですね、」と続ける。
「とりあえずお仕事をしに食堂車に戻ろうかと」
 その場に居た全員がずっこけた。アーサーとグヴィネヴィアだけは不動だった。

「えー、なんでなんで!緊急事態だよ!それでいいの!?」と未来。
「べ、別に私はそれでも構わないが……」と、テーブルにつかまり起き上がりつつ氷雪。
「まあ、職務を優先するのもわからなくはない」と鈴。

「ええ、お仕事を放り出すわけにはいきませんから」
 きっぱりとちとせが言った。反論を受け付けない顔だった。それを見てアーサーが笑いをこらえたような顔で言う。

「確かに、仕事を放り出すわけにはいきませんよね。じゃあ、僕も一緒に行きましょう。先ほどはお茶を飲みそびれてしまいましたし」
 前へ向かう者たちに「何か手伝えることがあれば呼んでください」と言い、ちとせとアーサーらは食堂車へと移動した。



◆8:食堂車のシャルロット

 ちとせとアーサーら、そして乗客を避難させる為に後部車両に向かおうとした鈴が食堂車に到着した時だった。売り子姿の少女が駆け込んできたのだ。少女は後ろから誰も追ってきていないことを確認すると、おもむろにスカートの中から銃を取り出した。周囲の乗客が「列車強盗!?」とざわつく。

 ちとせはそんな周囲にお構いなしに、銃を持った少女に食事を勧める。何者だろうと食堂車に来た人はお客様だ。
「いらっしゃいませ、本日のお勧めはこちらとなっております。当列車のシェフ自信の一品となっておりますので、ぜひご堪能くださいませ」
 ちとせの広げたメニューには美味しそうな料理名がずらりと並んでいた。「わー、おいしそー」と思わず少女が釣られる。

「じゃなくて!食事なんてしてる場合じゃないんだってば!」
「そうですか……これが最後のお食事になるかもしれませんのに……」
 我にかえってちとせを押しのけようとする少女。ちとせは他の乗客の不安をあおらないよう、少女にだけ聞こえる声で列車の現状についてを説明する。
「只今、当列車は何者かのせいで暴走しています。このままでは谷にダイヴする事になりますわ。脱出するにもこの速度の列車から飛び降りると……まあ大変な事になりますし、ここは一つ落ち着く為にも、お食事はいかがでしょう?腹が減っては何とやら、ですわ」
 ちとせは、同じサンクチュアリ鉄道の制服を着た少女と出発前には顔を合わせていないことにも気づいていた。売り子の振りをしているのも、銃を振り回すのも、何か理由があるのかもしれない。


「確かに美味しいですよ、ここの紅茶とスコーン」
 後ろからそう言ったのはアーサーだった。いつの間にかちゃっかりアフタヌーンティーのセットを頼んでいる。案外図太い男であった。
「そんなにのんびりしていてもいいのか?」と呆れ顔で鈴が言う横で、ちとせがどうぞ、とアーサーのカップに紅茶を注いだ。

 はぁ、と少女がため息をつく。

「いいわよ、紅茶一杯くらいなら付き合ってあげる。でも私、急いでるの。列車を占拠したとか言ってる自動人形を締め上げて父さんの居場所を聞き出さなくちゃいけないんだから」
「もしかしてあなたは……シャルロット・アンブロジウス?」
 少女の言葉に驚いた様子でアーサーが尋ねた。ちとせと鈴は状況がよくわからず、顔を見合わせた。


 少女の名前はシャルロット・アンブロジウス。"発明卿"アンブロジウス博士の実の娘である。母親共々発明卿の行き先は知らされておらず、首都から離れた田舎町で長い間父親の帰りを待っていた。だが、先日、家を自動人形に襲撃されて母娘ともにさらわれそうになったのだという。

「まさか!そんな報告は受けていませんが……」
「こっちも円卓議会に知らせる余裕がなかったのよ。母さんは今、安全な場所に身を隠してる」
 初めて聞いた事実にアーサーはショックを受けたようだ。シャルロットは自動人形を差し向けたのは理由は不明だが父親の仕業ではないかと考え、自動人形を独自に追っていたのだという。売り子の振りをして列車に乗り込んだのは、切符を買うことで父親側に行動を知られるかもしれないと思った為であった。銃を振り回したのは万が一にも機関室に行くことを他人に邪魔されたくない、そして巻き込みたくない為と言ったが、単にすぐ銃を抜くような性格なのかもしれない。

「円卓議会に頼ろうにも議会中継を見てると野党だなんだで潰し合いばっかりで全然頼りになりそうにないからね。自分で何とかしようと思ったのよ」
 けっ、とばかりに吐き捨てるように言う。どこの世界にも同じような問題があるようだ。ちとせと鈴は再び顔を見合わせた。


「一人でお父さんを探してるなんてえらいですぅ」
 ひょっこりとそこに現れたのはリュリュミアだった。片手にはフォーク。ひと通り車内を見まわった後、食堂車に移動してずっと景色を眺めながら食事をしていたのだ。リュリュミアが食事をしていたらしいテーブルには、車内販売で買ったと思われるおみやげものが山と詰まれていた。「さっき、シャルロットさんが数字の書いた紙と取り替えてくれましたぁ」とはリュリュミアの弁である。ぼったくりな価格でも買ってくれる人がいたらしい。

「ところでぇ、さっきから他のお客さんがコースが違うって言ってますぅ」
 リュリュミアの言う通り、乗客に配られたパンフレットの地図では海側の山間部を抜け、首都へ向かうはずだった。だが今は谷川の殺風景なルートを走り始めている。それに気付いた何人かの乗客は異変に気付き、戸惑いはじめているようだ。

「氷雪さんと未来さんが上手くやってくれるはずなんですけれど」
 ちとせが言った。あの2人なら大丈夫なはずである。相手がよほどの強敵だったり、トラブルが起きなければ。



◆9:列車ジャックジャック

「がはははっ!一度で良いから汽車を運転してみたかったんだ!!」
「キッキ?」(スピード出しすぎじゃね?)
 ぽっぽー、とサンクチュアリ鉄道の汽笛を上機嫌で鳴らしているのはアリマ・リバーシュアだった。ペットのキキちゃんはいつものように呆れ顔で肩の上に乗っかっている。

 足元には「エラーです。再起動してください。エラーです(略)」と目を回しながら口から謎のつぶやきが漏れているヴィヴィアン。その横に転がされたロープでぐるぐる巻きのテオドール・レンツは「ええと、なんでこんな事になったんだっけ」と思い返していた。

 ヴィヴィアンが谷底へ汽車を落とすと衝撃の宣言をした直後。アリマとキキちゃんが屋根から機関室に飛び込んできたのだった。飛び蹴りされたヴィヴィアンは柱にしこたま頭をぶつけ、上記のような状態である。

「がはははは!登場しないから駆け込み乗車に間に合わず乗り遅れたと思ったろう!今まで最後尾の貨物車両でチャンスを伺ってたわけだ!!」と、画面外の何者かにぐっと親指を立てるアリマ。
「キッキ……」(乗ったことに安心して出発直後に寝ちまったんだよな……)
 事実を語るキキちゃん。

「ええと、列車ジャックジャックさん?」
 いきなり飛び込んできた濃いおっさんをどう呼んでいいか迷った末にテオドールが言った。さっきからもがき続けていたおかげでロープが解けかけていた。ロープからよいしょよいしょ、と抜けだし、「お、なんだ?」と振り返ったアリマに地図を見せる。

「さっきヴィヴィアンちゃんが列車のコースをかえちゃったんだ。このままだと谷底に落ちちゃうよ!」
 足元には銃が転がっていた。これでポイントを狙撃したらしい。

「な、なんだとーっ!!!」
「キッキー!!?」(マジでか!!?)
 アリマとキキちゃんが飛び上がる。慌ててテオドールの持っていた地図を見ると、幾重にも別れた線路が描かれていた。現在走っているのはまだ建設されていないコースだ。だがまだ距離は十分ある。

「まあ、汽車を運転する夢は叶ったしな。残念だがここで停めておくか」
「キッキ、キッキ!」(そうだそうだ、この辺で止めとけ!)
 アリマがしぶしぶブレーキを引く。だがタイミング悪く、アリマはくしゃみをしてしまった。

「へぶしっ!!!」(ぼぎっ)

 いい音がした。ブレーキが折れるいい音だ。

「何してるの、列車ジャックジャックさん!!!」みかん色の毛皮がムンクの叫びのように青くなるテオドール。
「キッキ!キッキ!!」(バカかお前!お前バカか!!)白色の毛皮がシャガールのなんかアレだ、青い絵のように青くなるキキちゃん。

「待て待て、まあ待て!ここにまだ分岐があるじゃないか!!」
 アリマが指さしたのは地図にある谷の手前を折れる分岐だった。そちらは山を螺旋状に降りるコースで線路も完成している。そっちに乗って時間さえ稼げればなんとかなるかもしれない。ちょうど分岐用のレバーが列車の前方に見え始めてきたところだった。

「アレを撃てばいいんだろうが!」
 そう言ってアリマが構えたのはいつものカノン砲だった。破壊力はすごい代物である。

「ちょっと待って、そんなのでレバー撃ったら壊れちゃうんじゃない!?」
 テオドールの静止は一瞬遅かった。どごん!と音がして煙が晴れた頃には前方のレバーは粉々に砕けていた。

「あああ……」がっくり崩折れるテオドール。
「キッキ!キッキ!!」(バカかお前!お前バカか!!)
 キキちゃんの声が青空の下に響いた。


「……相当大変なことになっているようだな」
 機関室近くに潜ませた人工生命体のルフトを通じて状況を知った氷雪はため息をついた。氷雪は石炭の積まれた車両のすぐ後ろにいた。未来は売り子として一等席を回りがてら、乗客には後部車両に避難するよう呼びかけている。避難が完了次第、鈴のバリアコート装置を作動させて車両を切り離す予定だ。そちらはもうすぐ完了するだろう。

 アリマが乱入してこなければ、機関室を乗っ取ったヴィヴィアンという自動人形にいろいろと聞き出す予定だった。もし捕らえることができればに変更だな、とひとりごちる。

「氷雪!お客さんの避難は終わったよ!」
 氷雪のいる車両に未来が駆け込んできた。アリマたちだけなら放っておく所だが、汽車で働くテオドールや捕まった機関士も一緒にいるのだ。助けないわけにはいかない。

「よし、行くぞ!」
 氷雪と未来が石炭を乗り越えて機関室へ向かうと、そこに現れたのは大きな茶色い塊だった。



◆10:サンクチュアリ鉄道事件の収束

「な、何これ!?」
 何がなんだかわからず驚く未来。氷雪は茶色い塊につぶらな瞳があることに気づいた。
「もしかしてテオドール、か?」

 機関室でぱんぱんに膨らんでいたのはテオドールだった。機関車に必ずある貯水タンクの水をかぶり、水分を吸って大きく膨らんだのだ。

「つーぶーれーるー!!!死ぬ時は一緒だぞ、キキちゃん!」
「キキーーーッ!!(俺はまだ死にたくねぇーーーっ!!)」

 ちなみにわたが水分を吸っただけなので人を圧死させるほどの威力はない。……はずである、多分。

「あんまり動かないでー!くすぐったいよー」
 もぞもぞ動くテオドールの目に谷の前で切れた線路が飛び込んできた。このまま谷に落ちるなら、脱線したほうがみんな助かるはず。水分をふくんで重くなった体を横に揺する。

 ぐらり、と汽車が傾いた。線路を外れるがスピードがついていた為、そのままどう、と倒れ、がががががが!!!としばらく進んでやっと蒸気機関車は止まった。あたりには一緒に倒れた荷車の石炭が散らばり、汽車はひしゃげてしまっていた。一般車両は無事切り離せたらしく、遠くに止まっている。ちとせやアゼルリーゼたちが手を振っていた。

「無事か!?」
「大丈夫?テオドール!」
 直前でテレポートで脱出した氷雪と未来が駆け寄ってくる。

「無事だよー」と機関室の窓からはみでた手をぴこぴこと振るテオドール。
 その下ではアリマとキキちゃんらがのびていた。



◆11:サンクチュアリ鉄道事件のその後

 サンクチュアリ鉄道の事故は大きく報道されたものの、汽車や鉄道会社自体が原因の事故ではないとして、修理が済み次第サンクチュアリ〜モノクロームの路線は再開されることになったらしい。無論セキュリティはかなり厳しくなるのだろうが。

 自動人形のヴィヴィアンは姿を事故の後、姿を消していた。どさくさで逃げ出したのだろう。

 シャルロットは母親と共に円卓議会に保護されることになったらしい。彼女はそれでも独力で父親探しを続けるつもりだという。今度は銃を安易に振り回さないと良いのだが。

「この間の事件についてはこんな感じらしいわ」
 そのような顛末の載った新聞を読み上げていたのはアゼルリーゼだった。場所はモノクロームの港横の小さな酒場兼食堂である。カウンターではルシエラが一人静かにコーヒーを飲んでいた。

「あの自動人形には聞きたいことが有ったんだがな……」
 店内奥の席で難しい顔をしているのは氷雪。事件後に発明卿についてを聞き出すつもりだったのだが、当てが外れてしまったらしい。 

 一方、窓際の日当たりの良い席でオレンジジュースを飲んでいた未来が首を傾げながら言う。
「そういえばアーサーさんって自動人形の事件を追ってきたんでしょ?なのに今回なんにもしてないんじゃないかなぁ?」
 アフタヌーンティー飲んでただけである。

「皆さんに押し付けてしまってちょっと悪かったなとは思っていますよ」
 入り口から聞き覚えのある声がした。無口な機械人形のグウィネヴィアを連れたアーサーだった。直前にアーサーの名前を出していた未来が咳き込む。驚いてジュースが気管に入ったらしい。

「お、驚かさないでよ、もう!」
 顔を真赤にして未来が言った。「大丈夫ですか?」と本日はいつものリスの姿のちとせがハンカチを未来に渡す。

「自動人形がサンクチュアリ鉄道に現れるかは賭けだったんです。まさか本当に現れるとは思っていませんでした」
 見ての通り荒事は苦手なので、皆さんがいて助かりました、ともアーサーは言った。

「それにしてもこの新聞記事、レンツの名前ばっかり大きく載ってていいなぁ。僕だって車両を切り離す時とか大活躍だったのになぁ」
「えへへ」
 新聞を見ながらロランが言った。それを見て照れ笑いをするテオドール。記事には「大事故に関わらず死者数0!テディベアお手柄!」と書かれていた。ちなみにロランが車両を切り離す時に大活躍だったのは確かであるが、連結部をひたすら銃で撃ち、ウォーハンマーで殴りまくるその姿に乗客はドン引きだったという。「なんだか楽しくなっちゃったんだよね」というのは本人の弁。

「まあ、何にしても俺は冷凍みかんの布教ができたからな。やはり冷凍みかんは偉大だ……」こちらは立ち上げた(株)鈴屋の好調な業績報告書を満足気に見ている鈴。

「移動するおうち、楽しかったですぅ。美味しいものも食べられましたしぃ、ハンモックでお昼寝もできましたしぃ」
 また乗りたいですぅ、とモノクロームのおいしい水(水道水)をこくこく飲みつつリュリュミアが言った。



 同じ日、同じ頃、モノクローム席の整備車庫。修理中の汽車を前に、アオイ・シャモンは整備士のおっちゃんと火花を散らしていた。

「だからデザインは首都のサンクチュアリ鉄道の会社のえらいさんがするんだって!見習い技師が勝手にやっちゃダメなんだって!」
「おっちゃん、なんでやー!なんであたいの邪魔するんやー!!ちょっとプレート取り付けるだけやんかー!!!」

 アオイの近くの地面には巨大な人面プレート。

「だーかーらー、汽車と言ったら機関車トー○スやって!これ付けたら子連れの客増えるで!?」
「だからダメだっつーの!!」

 技師のおっさんの怒声が響いた。後日、修理が完了したサンクチュアリ鉄道の汽車に何者かにより歌う人面プレートが取り付けられて大騒ぎになる事件が起きるのだが、それはまた別の話である。

(終わり)

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