第一回

◆1.プロローグ

 モノクロームは、産業革命後のヨーロッパに似た文明を持つ世界"サンクチュアリ"の地方都市である。
サンクチュアリは魔法文明はほとんど発達してはいないが、代わりに発達した蒸気機関や、昨今では"ガジェット"と呼ばれる機械を造り出す技術で近代文明に近い発展を遂げてきた。しかしこの街には未だ蒸気機関や機械の類は浸透しきっておらず、古き良き時代の面影を残している。

 そのモノクロームのシンボルでもある大時計塔の上で、街を見下ろす影ひとつ。時刻は深夜。街の大半の人々は眠りにつき、人気のない通りをガス灯がぼんやりと照らしている。オレンジ色の光に所々照らされ静まり返った街は、まるで眠っているようであった。

 夜風が時計塔の上の人物のマントを揺らす。そう、その人物の服装はまるでフィクションの中に出てくる怪盗紳士そのもの。黒いマントに燕尾服。顔の半分を覆う銀の仮面で素顔は見えない。夜のモノクロームを見渡すと、仮面からわずかに覗く口元を不敵な笑いの形に歪ませる。

「さあ、再び怪盗ゼロの伝説を始めよう」

 怪盗紳士はそう言うと、闇へ溶けるように姿を消した。

-----

◆2.予告状は突然に

「Oh〜、そんな事が有ったデスカ〜。ミステリアス!」
 ある日の午後、モノクロームの港横の小さな酒場兼食堂にて。ジュディ・バーガーはエールの入ったジョッキを片手に常連客らの輪に加わり、世間話を楽しんでいた。ちなみに今持っているのは3杯目。なみなみとジョッキに満たされているそれを、話の合間にぐびっと景気良く飲み干す。
「ん〜〜〜、Good!やっぱりスタウトは最高ネ……とても旨いデ〜ス♪」
「お〜」「いい飲みっぷりだねぇ」 と、豪快な飲みっぷりに常連客から感嘆の声が上がる。

 
 遡ること少し前、モノクロームの街を愛用のモンスターバイクでツーリングしていたジュディは、ふらりと立ち寄ったこの店でとある噂を聞いたのだ。
 曰く、ゼロと名乗る怪盗の話。

 怪盗ゼロは数日前からモノクロームのあちこちに"予告状"とやらをばらまき始めた。予告状の内容は"今夜十二時、あなたの家の戸棚のおやつをいただきます"、"今夜十二時、あなたの家の犬の首輪をいただきます"などなど、ふざけてるんだか本気なんだかわからない代物で、街の人々は困惑しているという。

 モノクローム市警も調査しているが、担当しているのは勢いだけが取り得のアールという新人刑事。今のところ実害がないので市警も人員をこれ以上割けないらしく、事件の捜査は遅々として進んでいない。

「元々事件の少ない街ですからねぇ。うちの新聞では毎日、怪盗ゼロの事件の記事ばかりですよ。おかげで最近は本業をこなす暇がなくって」
 常連客の1人らしい、地味な容貌の眼鏡をかけた男が苦笑交じりに言った。
「仕事があるだけいいじゃねぇか、シエン。売れない絵本を延々書いてるよりマシだろうに」
 食器を下げに来た店主がからかい混じりに男に言う。
「店長、酷い言いっぷりですね……こほん。まあ売れるか売れないかは置いといて。最近は新作のアイディアに詰まって困っていたので、確かに副業が忙しいのはありがたいことではあるんですけれど」

「What?絵本、デスカ?」
 シエンと呼ばれた男の言葉にジュディは首を傾げた。

「あぁ、実は僕、絵本作家でして。それだけじゃあ食べていけないんでモノクロームタイムズの記者もやってるんです」
 シエンと名乗った男が、店のテーブルに有った新聞の一部をジュディに手渡す。地方紙らしい新聞にはでかでかと怪盗ゼロの記事。記事の執筆者名はシエンになっていた。

「アイ・シー!絵本作家の新聞記者さんネ〜!」
 それにしてもそんなあちこちに予告状をばらまいている怪盗がいるのであれば、それを追う新聞記者も大変だ。受け取った記事を詳しく読んでみようとジュディが新聞を広げると、間に挟まっていたらしい一枚のカードがひらりと床に落ちる。

「Oh?なんでショウ?」
「あれ、いつの間にそんなもの挟まってたんだろう?」
 新聞を手渡したシエンもいぶかしげに覗きこむ。とりあえず、拾い上げて書かれた文字を読み上げてみる。

「ふむふむ……"今夜十二時、あなたの大切なお宝をいただきます。 怪盗ゼロ"……オーマイガッ!!!」
 オーバーリアクションで仰け反るジュディ。むしろそれにちょっとびくっ!とするシエン+常連客の皆さん。

「こ、これは……噂の予告状ネ!」
 どーん。唐突に現れた噂の代物にざわつく店内。
「そ、そんな……ていうか、誰宛てだ?」「俺、宝なんて持ってないぞ」「うちにもそんなのないしなぁ」
「シャラップ!」
 動揺する客らをジュディが一喝する。
「ジュディには大切なお宝がありマ〜ス。イコール、怪盗ゼロが狙っているのはジュディのお宝ネ。つまり、ジュディのラッキーちゃんを狙っているに違いないヨ!!!」
 ジュディ的三段論法である。
 ちなみにラッキーちゃんは本名をラッキースターという、ジュディのペットのニシキヘビである。店に入る時に店主に同伴を止められたので、今は店の前に停めたモンスターバイクの上の専用飼育ケースに入っている。

 んなもん誰が盗むか。いやでも、怪盗ゼロだしなぁ。

 店内の誰もが言いたい言葉を飲み込む。沈黙は同意と受け取ったのか、ジュディは力強く宣言する。

「おのれ怪盗ゼロ!絶対にラッキーちゃん渡さないヨ!」
 怪盗ゼロへ敢然と立ち向かう決意を固め、ジュディは店を飛び出したのだった。

-----

◆3.消えた迷探偵

"この人を探しています"
"恐らく迷子です 迷子の探偵、略して迷探偵を見かけた方はキャビネット探偵事務所まで"

 市からのお知らせに混じって、様々な文の同じようなポスターがべたべたと貼り付けられたモノクローム市役所の掲示板。ちょっとおかしいものも一部紛れ込んでいるが、エルンスト・ハウアーは見なかったことにした。

 何故彼が市役所へ来ているかというと、今回の奇妙な怪盗騒ぎを逆に利用することを思いついたのだ。
 怪盗ゼロの騒動は確かにはた迷惑かもしれないが、いたずら程度の被害で済んでいるのであればあえて逆方向へと踏み出してみるのも良いのではないだろうか。そう、いっそこの街全体をアトラクションとして捉え、「怪盗の出る街モノクローム」として売り出すのはどうか。面白いと思うのだが。

 ……といったようなことを市役所の職員に説明すること数十分。
「面白そうなアイディアですね。ですが、そういう観光に関することは観光課に言っていただかないと……」
 と、別の窓口を案内される。

 そして移動した先の観光課。
「観光客の案内役兼怪盗を追うヒーロー役は、ほれ、ちょうど元気が空回りして目立ちまくっているアールとかいう可愛い嬢ちゃんがおったじゃろ。装備やコスチュームとか派手に支援してやれば、観光客が喜ぶような"色々な意味ですばらしい活躍"をしてくれるのではないかのぅ」
 先ほど以上に熱弁を振るう。すると観光課の職員の返答。
「なるほど(中略)、それではまず経理課でお話をお聞きします」

経理課では。
「迷惑料や盗難で発生しうる諸々の損害も、観光収入で補償してやれるのではないかな。
これは怪盗が出なくなれば消えうせる一過性のもんじゃが、一見のつもりの観光客に時計塔の外見の味わいや素朴な料理とか、また来たくなるようなこの町の魅力をアピールすれば、その後も静養などで訪れてくれると思うんじゃよ」
「それでは、別の部署でお話を……」
 説明をするのだが、また次の部署に回される。いわゆるたらい回しである。

「む、むむ……お役所仕事というのはどこでも変わらんのぅ」
 さすがのエルンストもちょっとげんなりとしてきた。

 最後に回されたのは最初の受付。
「そういう事でしたら、まずはセピア通りの商店組合や市警に相談していただいた方がいいかもしれませんね。観光業は商店組合が取り仕切ってますし、アール刑事に観光に関する仕事を頼むのであれば、まずは市警にかけあわないと」

 最初からそう言え!!と思いつつ、受付を後にする。
「うーむ、まずは市警かのぅ。アールという嬢ちゃんに事情を話してみるか……」

 すると、入り口近くの掲示板にポスターを貼っている少女がいた。見れば先ほどの探し人のポスターが増えている。

"この人を探しています"
"恐らく迷子です 迷子の探偵、略して迷探偵を見かけた方はキャビネット探偵事務所まで"
"DEAD or ALIVE 生死は問いません"

 いや、最後おかしいだろう。

「なんとなく地味ね……人目を引くにはもうちょっとインパクトが有ったほうがいいんじゃないかしら……?電飾で飾りつけするとか……」
 無茶な事を言いつつ、ポスターを貼る少女を監督するように腕組みで立っているのはリーフェ・シャルマールだった。
「おや、リーフェ君ではないかの。……一体何をやっとるのかね?」
「あぁ、エルンストさんもここに?いえ、実は……」
 探し人のポスターで埋もれていく掲示板を横目で見つつエルンストが呼びかけると、リーフェもこちらに気付いて事情を説明する。

 "放置していても特に実害のなさそうな自称・怪盗の予告状よりも、現時点で行方不明な失踪者の方が事件の深刻性は大きい"と考えたリーフェは、探偵キャビネの捜索を手伝うことにしたのである。無償の善意などではなく、リーフェの得意な"錬金術"の実験の過程で派生的に出来上がったアイテムや薬品やの性能評価試験を兼ねているのは秘密であるが。
 とりあえずまずは依頼人である探偵助手・エルの意向で、探し人のポスターを貼るのを手伝っていた所だった。

「キャビネ先生、これで帰ってくるといいんですけど」
 大体14〜15歳。長い金髪をきっちり三つ編みにした、真面目そうな少女である。不安を隠し切れないように、リーフェ達の方を見る。
「大丈夫よ……私がすぐに見つけてあげるわ」
「うーむ、恩師が行方不明では不安じゃろうな」
 少女を気遣うように声をかける2人。

「いえ、先生が事務所の家賃をうっかり滞納していたので今週中に二ヶ月分の家賃を払わないといけなくて。でないと立ち退かないといけないんです。先生の部屋は散らかり放題でどこに家賃が置いてあるかわからないし。先生が失踪するのも事務所がなくなるのも別に構わないんですが、未成年だとアパートを借りるのもいろいろとややこしくて手間がかかるので面倒だなと」
 温かい言葉をぶった切るようにきっぱりと言い放つ。顔は真面目そのものだ。

「そ、そう……」
「そ、そりゃあ、大変、じゃの……」
 そんな理由かい。出かかった言葉を口には出さずに飲み込む。2人とも大人だった。

「そういえば……エルンストさんはどうして市役所に?」
 話題を変えるようにリーフェが聞いた。
「うむ、怪盗ゼロの騒動を逆に利用できんかと思って来たんだがの。お役所はどこでも変わらんわい。大体最初に行った窓口で説明してくれれば最初から市警へ行ったものを……」
 かくかくしかじか、と先ほどの出来事と、世のお役所仕事への嘆きをついでに一言二言もらす。

「とりあえず市警に行ってみようかと思っとる。本人は怪盗ゼロの捜査やなんやでいないかもしれんがの」
「あの、アール刑事でしたら私も面識がありますし、宜しかったらその件を伝えてみますけど。そういうの好きそうですから引き受けてくれると思いますよ」
 と、話を聞いたエルが申し出る。本人に直接伝えてくれるなら願ってもない話だ。
「おお、本当かね、嬢ちゃん!」
「えぇ。ただ、キャビネ先生が見つかってからですね。今はそちらが最優先なので」
「ふむ、ではワシもそのキャビネとやらを探すのを手伝おうかの。それとも……」
 ぽろっと、何気に思ったことを口に出す。すると間髪入れず大量のポスターをエルに渡された。
「助かります。それでは、エルンストさんはこちらのポスターをお願いします」
「いや、あの、ワシはまだどうするか考えてたんじゃが……」
「それでは行きましょう。あとは時計塔の周辺に貼ったら終わりですから」
 答えを待たず、エルがすたすた歩き出す。
「はぁ、やれやれ……」
「……ポスターを貼り終わったらアレを使ってみようかしらね」
 ため息交じりのエルンストと何か秘密兵器があるらしいリーフェは、エルに連れられて市役所を後にした。
 
-----

◆4.怪盗たちと善意の物量

「がははは!!キキちゃん、この街はどうやら盗み放題らしいぞ!?」
「キキッ!?(はぁ!?)」
 アリマ・リバーシュアの言葉に、呆れたように鳴くペットのサルのキキちゃん。モノクロームの街の上空を回遊するレッツラ号の船上で、1人と1匹は作戦会議中であった。でもまず、議長(アリマ)の認識が間違っている。

「怪盗ゼロという輩が色々やらかしているみたいだが、ここは大海賊アリマ様の名にかけて、もっと凄いものを盗もうじゃないか!!」
「キキィ……(対抗する気かよ……)」
 意気込むアリマに対し、またかという感じでキキちゃんはじとーっと主人を見る。豪快な彼は怪盗ゼロに対抗する気らしい。

「おお!そうだ!こういうのはどうだ!?」
 冷たい視線をものともせず(むしろ気付いてないっぽい)、ごにょごにょとキキちゃんに耳打ちする。
「キ、キッキ〜(それ、どうやってやるんだよ)」
「がはははは!まあそれは今夜12時のお楽しみだ!!そうと決まったら予告状を出さないとな!」

 せっせと予告状を書き始める。
 と、ふとその手を止めてキキちゃんに問う。
「そういえばキキちゃん、怪盗ゼロの正体って誰なんだろうな?」
「キ、キキッ(あ、それも一応考えてたんだ)」
 キキちゃんの冷たいツッコミには気付かず、続けるアリマ。
「多分、行方不明の探偵キャビネじゃね?犯人を捜している本人が"犯人"だったってオチをなんかの映画かゲームで見たことがあるぜ」
「犯人はヤス……ごほん、何でもない」
「……キキッ(……いいから早く予告状書け)」


 一方その頃。

「くっ……可哀想に。この怪盗ゼロってやつ、きっと明日食べるものにも困ってるんだな」
 住民の1人から見せてもらった"戸棚のおやつをいただきます"という怪盗ゼロの予告状を握りしめ、レイナルフ・モリシタは1人ひっそりと涙を流した。男泣きである。

 レイナルフの考えはこうだ。
 怪盗ゼロの予告状を見てみるに、何やら生活に困窮している人が物を必要としているようだ。しかし律儀に「いただきます」と予告して、盗れない所からは盗らなくて済むように気を使っているのかもしれない。それを考えると、またレイナルフの目にぶわっ!と涙があふれた。

「この予告状は、生活に困っているけど一応筋は通しておきたい、という律儀な気持ちの表れだろう!」
 なんだかちょっと間違っている。が、今や暴走する善意の塊であるレイナルフは早速、怪盗ゼロを救うべく行動を開始した。

 街の人々が多く行きかうモノクロームの中央広場。レイナルフはそこで市民の皆さんに対して演説を始めた。
「……ってことで、予告状のほとんどはみみっちい生活必需品が欲しいって書いてある。この"ゼロ"ってやつは困ってるんだ。困ってる人を見かけたら、助けてやるのが身仏の教えだし、あっちゃこっちゃの神さんの教えにも合致する。みんなで、このゼロとかいう気の毒なヤツ、助けてやろうや!」
 熱く語るレイナルフの演説に、徐々に人が集まり始めた。
「でも、うちには"犬の首輪をいただきます"って予告状が来たわ。犬の首輪が生活に必要かしら?」
 と、集まった市民の中から1人の女性が疑問の声を上げる。
「そりゃあ、自分ちの犬の首輪も買えないってことだろ。なんせ今日食べるものにも困ってるみたいだからな」
「なんて可哀想な奴なんだ!」「そう言ってくれれば首輪くらいあげたのに……」「そうか!うちのガラクタを欲しがったのも生活に困ってたからなんだな!」 予告状の内容を善意で解釈し、ざわざわと同情の声を上げる市民の皆さん。

「きっと予告状をあちこちにばらまいたのも、1軒からいろいろ盗んじゃ悪いと思ったんだろうな。みんな、悪いが予告状と、もし良ければ予告状に書かれてたものをここに持ってきてくれないか。怪盗ゼロが欲しがっているものを一箇所に集めといてやろうじゃないか!」
 レイナルフの力強い言葉に、善良な市民の皆さんもざわざわと答える。
「確かうちにも届いてたな」「一緒に持って来られそうな日用品も持ってくるわ」


 ややあって、モノクロームの広場には様々な日用品・ガラクタその他が集められた。市民の善意の表れか、食料品が圧倒的に多い。さながら市場のようであった。
「よし、こんだけ有ればゼロもしばらくは困らないだろ」
 満足そうに広場を見渡すレイナルフ。集まった予告状の内容を確認し、広場の品々を照らし合わせて最終チェックを行う。

「しっかし……見事に盗まれてもあんまり困らないものばっか狙うなぁ。ゼロってやつはやっぱり遠慮深いのかな?」
 ぺらぺらと予告状とそれを見て作った簡易の物資リストを見てつぶやく。確かに予告状で盗みを予告されているものは、"戸棚のおやつ"、"犬の首輪"、"冷蔵庫の余った野菜"、"物置にあるガラクタ"、"使わなくなったおもちゃ"などなど、ほとんどが騒がれそうにないものばかり。だが、だからこそ怪盗ゼロがそれらを狙ったのではないかとレイナルフは考える。

「とりあえず後はここに立て札でも立てて、ゼロにわかりやすいように街のあちこちに貼り紙でも貼っておくか」
「それなら、広場より時計塔の展望室にでも置いとけばいいんじゃないか?あそこなら深夜は誰も居ないし、ゼロも持って行きやすいだろ?」
 チェックが終わり、ゼロに知らせる手立てを考えるレイナルフに、市民の1人が声をかけた。くたびれたシャツを着て鳥打帽をかぶった長身の男である。帽子を深くかぶっていて、あまり表情が伺えない。
「おお、そうか!確かにその方が良さそうだな。よし、じゃあそれを貼り紙に書いて……あれ?」
 物資リストに視線を落とし、再度顔を上げた時には男は消えていた。

「時計塔への道順とか聞こうと思ったんだがなぁ……まいいか、こっからでも見えるし。歩いてけばすぐ着くだろ」
 モノクロームの時計塔は街のシンボルである。その姿はこの中央広場からでもよく見えた。


 その時計塔の方角から何やら飛行船がやってくる。飛行船からは白い紙ふぶきのようなものがばら撒かれているようだ。
「がはははは!これで犯行予告はばっちりだな!キキちゃん!!」
「キッキ!(むしろよくこの量を短時間で書けたな)」
 飛行船上でアリマとキキちゃんのそんなやり取りがされていることを下にいる人々は知らない。

 広場にも、その紙切れがひらひらと降ってくる。広場に集まった人々がいぶかしげにそれらを拾い上げた。

 そこには、
"今夜十二時、モノクロームの時間をいただきます"
 という文字が。「時間ってどういうこと?」「さぁ?」と首を傾げる街の人々。レイナルフも落ちてきた予告状の1枚を拾い上げた。

「なんだこりゃあ?……そうか!貧乏暇なしって言うもんな!確かに、今日の飯もままならないんじゃゆっくり休んでる暇なんてないだろうしなぁ」
 今までの論理を元に解釈する。飛行船を持ってるくらいなら生活の心配はないんじゃない?とも思いそうなものだが、そんなことはお構いなしだ。
「いいさいいさ、オレが明日の心配をなくして、ゆっくり休めるようにしてやるからな。そうと決まったら早いとこ準備しないとだ!」
 力強く拳を握りしめ、レイナルフは怪盗ゼロを救うことを再度心に誓うのだった。

 しばしの後、モノクロームのあちこちには下記のような貼り紙が貼られたという。
『怪盗ゼロさんへ

 "盗み"は、神様によって禁じられている罪でもありますし、今一人の人が罪人になろうとしているのを、見過ごすほど我々市民は非情でもあれません。

 あなたが欲しがっているもので、都合のつくものは、所有者の方とお話しをつけて予告の時間に、【時計塔の展望室】へ置いておきます。"盗む"のではなく、受け取ってください。ゼロさんの魂が、安らかであられますように、市民の大半は思っております。生活保護等の相談は、役所までお願いいたします。お願いですから、やっていけないことは、やっぱりやらないでください』



 広場や街中でそのようなことが起こっているとは知らず、ルシエラ・アクティアはモノクローム市警近くに潜んでいた。

「怪盗のいる街ですか……怪盗暦であればこちらも負けてはいません。なかなか面白いことになりそうですね」
 "怪盗伯爵"の名でも知られる彼女は、モノクロームの街で騒がれる怪盗ゼロより先にお宝を盗むことにしたのだ。

"今夜23時55分、怪盗ゼロが盗む物をいただきます 怪盗伯爵"
 そう犯行予告を記したカードを、華麗な手さばきでモノクローム市警の窓から投げ入れる。カッ!と軽快な音を立ててカードは狙った場所へと刺さった。中ではその予告状を見たアール刑事とやらが大騒ぎしているようだ。

「これでいいでしょう。さて、後は盗むだけですね」
 長居は無用。ルシエラは素早く警察署を後にした。

 彼女は知らない。怪盗ゼロが盗むと宣言したものが、市民の善意で今やえらい量になっていることを。

-----

◆5.アールと協力者たち

「遅ーいっ!!!」
 アール刑事は叫んだ。自分の出番ではなく、聞き込みに行った協力者たちが帰って来るのが遅かったのである。念の為。

「あんまりイライラするとお肌に悪いヨ、アール。聞き込みは捜査の基本ネ!」
 肩をすくめて諭すジュディ。モノクローム市警に予告状が届いたことを知らせると、アール刑事から事情聴取を受けた。かくかくしかじかと事情を説明しているうちにアール刑事と意気投合し、事件の捜査に協力することになったのである。怪盗ゼロを相手にするならばアールをサポートすれば一石二鳥であるし。そんなわけで、お手製の銀星バッチをつけて保安官助手になりきっている。ちなみに、怪盗ゼロに狙われていると思っている愛蛇のラッキーセブンは用心の為に首に巻いている。その為道行く市民の皆さんに奇異の目でちらちら見られていたりする。

「だって署に戻ったら"怪盗伯爵"とか別の怪盗からも予告状が来てたのよ!?怪盗ゼロの方はまだ手がかりも見つからないし……大体、聞き込みなんて大体映画やドラマではダイジェストで飛ばされるシーンなんだから重要なとこだけやればいーのよ」
 アールがさらっと無茶苦茶なことを言う。
「いいのかよ、警察がそんなんで……」
 ちょうど聞き込みから帰ってきた葛城リョータが呆れたようにつぶやいた。

 リョータもアールに協力している1人である。怪盗ゼロを野放しにしていては、いつか自分の食料も狙われるのではないか。むしろ噂だとおやつとか狙われた人もいるって聞くし!と心配になった彼は、怪盗ゼロを捕まえるべく動くことにしたのだ。

 どうしても盗まれたくないならモノクロームを離れるという手もあるのだが、まあそれは気にしない。

「聞き込みじゃ怪盗ゼロとか怪盗伯爵についての情報はほとんどわかんなかったな。なんか市民で怪盗ゼロを救おうって話になってるらしいけど。あと、あちこちにこんな貼り紙があったぜ」
 リョータはそう言うと一枚の紙切れをジュディとアールに見せる。レイナルフがあちこちに貼った貼り紙である。


『怪盗ゼロさんへ

 "盗み"は、神様によって禁じられている罪でもありますし、今一人の人が罪人になろうとしているのを、見過ごすほど我々市民は非情でもあれません。

 あなたが欲しがっているもので、都合のつくものは、所有者の方とお話しをつけて予告の時間に、【時計塔の展望室】へ置いておきます。"盗む"のではなく、受け取ってください。ゼロさんの魂が、安らかであられますように、市民の大半は思っております。生活保護等の相談は、役所までお願いいたします。お願いですから、やっていけないことは、やっぱりやらないでください』


「……ていうかこれ、なんか勘違いしてんじゃねぇかな」
「Oh、モノクロームの人たちは怪盗ゼロに盗みをして欲しくないんデスネ〜〜!!」
 どうしよう、という感じで貼り紙を見るリョータ。対して感激したように声を上げるジュディ。これでゼロが改心してくれれば、ラッキーちゃんが狙われることもなくなるかも!?とちょっと淡い期待が胸をよぎる。

 その貼り紙を見て、アール刑事が急に笑い出した。
「ふふ。ふふふふ、ふっふっふっふ……」
「What!?どうしましたカ、アール?」
「頭大丈夫か?」
 ジュディとリョータが口々に問う。
「これよ!この貼り紙を見た怪盗ゼロは、今夜必ず時計塔に来るはず!それでもってゼロのお宝を狙う怪盗伯爵もそこへ来るはず!!そこで待ち伏せしていて両方とも捕まえればいいのよ!!!」
「えぇっ!待ち伏せ作戦はいいと思うけど……捜査とか聞き込みはどうするんだよ!?まだリュリュミアも戻ってきてないし!」
 リョータが反論するが、そんなことを聞くアールではない。
「聞き込みはリョータくんたちに任せるわ!リュリュミアちゃんが戻ってきたら合流して捜査を進めてちょうだい。そうと決まったら早速張り込みよ!ジュディ!」
「アイ・シー!それでしたら善は急げデース!!」
「ちょ、ちょっと……こら待て、オレらに面倒なことを押し付けるなー!!!」
 止める間もなく、2人はジュディの運転するモンスターバイクで走り去ってしまった。

「こんなんで本当にバイト代出んのかな……」
 後にはがっくり脱力したリョータのみが残されたのであった。



「情報収集ってぇ、すごく疲れますぅ」
 アール刑事に協力し、聞き込みを行っていたリュリュミアは住宅街近くの中央広場で休んでいる所だった。アール刑事が大事件!と騒いでいるので手伝っていたのだが、住宅街ではほとんど成果は上がらず疲れてしまったのだ。

「大きい家がゼロさんの家かと思ったんですけれど〜、違いましたしぃ〜」
 リュリュミアの聞き込みは「あなたが怪盗ゼロですかぁ?」と聞いて回るというもの。だが、帰ってくるのは「違います」という否定や「何ですか、あなた?」という困惑した返答ばかり。

 広場のベンチに腰掛けて空を見上げる。地球で言う所のロンドンに似たサンクチュアリでは空は曇っていて、日中でも太陽の光は弱々しい。それにこの世界の主要エネルギーは蒸気機関で作り出しているせいか、なんだか空気も汚れた感じだ。
「う〜ん、これは植物が足りないんですねぇ」
 しばらく悩んだ後、リュリュミアは何かを思いついたように手をぽんと打ち合わせた。
「そうですぅ、皆さんにお花を配ってみましょう〜」
 そう言うといそいそと準備を始めたのだった。


「どうぞ〜、お花ですぅ」
 あまりに長時間戻ってこないリュリュミアを探しに来たリョータは、広場で道行く人々に花を配る彼女を見つけた。
「なんで聞き込みに行ったはずが花を配ってるんだよ!」
 たっぷり数十秒置いた後のリュリュミアの答え。
「……なんででしたっけぇ?」
 がっくり。一気にリョータの力が抜ける。

「アールとジュディは時計塔に行っちまったぜ。怪盗ゼロを待ち伏せするんだってよ。聞き込みはオレたちでやれってさ」
 今までの経緯をかいつまんで説明する。
「そういえばぁ、お花を配りながら街の人にお話を聞いたんですけどぉ、ゼロさんが狙うものってなくなってもあんまり困らないものらしいですぅ」
「そういや、だからかもしんないけど、街の人も予告されたものをあげますって貼り紙に書いてたな。ジュディだけは宝物を狙われたらしいけど」
 その違いは何だろう。首を傾げる二人の前を鳥打帽をかぶった長身の男が通りかかった。
「あ、どうぞ〜、お花ですぅ」
 リュリュミアが男に花を手渡す。
「あぁ、ありがとう。いい香りだな」
 花を受け取った男はその花をシャツの胸ポケットにさすと、時計塔の方角へと歩き去った。

「なぁ、今のって何か見覚えないか?」
 リョータがリュリュミアに聞く。
「そういえばぁ、見覚えがありますぅ。おかしいですねぇ、今日回ったおうちにああいう人はいなかったはずですけどぉ……」
 2人とも、聞き込みで走り回った街の中でその顔を何回か見た記憶がある。

 ピンときたら110番。

 じゃなくて。あちこちに貼られてる探し人のポスターだったような。

「あーっ!」「そうですぅ!」
 2人が答えを思いついたのは同時だった。確か探し人の名前は……
「「探偵キャビネ!!」」

-----

◆6.迷探偵と追跡者

 錬金術を用いて探偵キャビネ探しの為のアイテムを造り上げたリーフェは、エルンストとキャビネの助手のエルらと捜査を続けていた。

「参ったわね……まさかアレが思った以上に役に立たないなんて」
 リーフェが最初に造ったのは薬品状のアイテム。鼻炎スプレーのようなモノを鼻腔内に噴霧する事により人間の嗅覚を爆発的に増大させ、一時的に犬のそれとほぼ同等の性能に仕立て上げるドーピング薬である。

 それを使ってキャビネの遺留品の匂いを覚え、その匂いの痕跡を辿る事で追跡をする予定……だったのだが、街には様々な匂いが溢れている。普段は気付かなくとも、強化された嗅覚では暴力的な破壊力を誇る各種の匂いに翻弄され、捜査は進展していなかった。
「まったく、犬の代わりはもうごめんじゃわい」
 リーフェの捜査(という名の実験)に巻き込まれたエルンストが鼻を押さえながらうめく。まだダメージが残っているようだ。

「他にもっとマシなものはないんですか?」
 依頼人のエルがやや呆れがちに聞く。
「ふっ……もちろん有るわ」
 リーフェが次に取り出したのは、二対のマイクとスピーカーらしきものが内蔵された、手の平サイズの小箱だった。
「これは動物の言葉を翻訳し、こちらの言葉も動物のそれに翻訳する性能を持つ機械よ」
 要するにバ○リンガル。である。要しちゃいけないが。


「これで動物たちから情報を聞き出せば目撃情報が得られるはず……まあ、百聞は一見にしかずね。やってみせるわ」
 造ったアニマル翻訳機(仮名)を持ち、リーフェ達は中央広場の近くの大通りへとやってきた。通りのあちこちには鳩がいる。その鳩に向かって翻訳機で話しかけるリーフェ。

「こういう人を見かけてない?」
 キャビネの容姿を説明する。エサでも貰えると思ったのか、ハトたちはリーフェたちの周りに集まってきた。
"わたしたち とっても 空腹"
 アニマル翻訳機(仮名)が見当違いな言葉を吐き出す。

「教えてくれたらポップコーンでも買ってあげるわ。こういう人を見かけてないか知りたいの」
 再びリーフェが鳩たちに語りかける。鳩はさらに集まってきた。
"ポップコーン 好き。わたしたち とっても とっても 空腹"
 またもアニマル翻訳機(仮名)から吐き出される答え。そして集まってくる広場中の鳩。


「……なんか嫌な予感がするんじゃが」
「同意します」
 それを見てじりじりと退避を始めるエルンストとエル。


「だから、こういう人を見かけてないかって……きゃあっ!!?」
 三度めの質問をしようとしたリーフェが鳩の大群に襲われた。エルンストらの方向に転がってきたアニマル翻訳機(仮名)が表示していたのはこんな言葉。
"わたしたち とっても とっても とっても 空腹。 ポップコーン 好き。ちょうだい!!!"

 冬場の鳩は飢えている。鳩に襲われたことのあるマスターはリーフェの無事を祈らずにはいられなかった。


「……酷い目に遭ったわ」
 鳩にたかられ、怪我はないものの精神的ダメージを受けたらしいリーフェ。だがそんなことで諦める彼女ではなかった。アニマル翻訳機(仮名)の改良を強く誓いつつ、服の埃を払う。

「いやはや、無事で何よりじゃわい」
「鳩は案外凶暴ですからね」
 こちらはこっそり退避していた二人。ちょっと酷い。


「さて……振り出しに戻るわけだけど、どうしようかしら。地味に聞き込みかしらね……」
 今後の指針を決めようと周囲を見渡してみると、いつの間にか街のあちこちに貼られたポスターに気がついた。市民が怪盗ゼロに予告されたものを時計塔に集めて渡そうとしているらしい、奇妙な貼り紙だ。そしてそれを見ている鳥打帽の長身の男。

「キャビネ先生……?」
 男を見たエルがつぶやいた。と、一行に気付いたように男がこちらを見、そして逃げ出す。

「あ、待ちなさい!!」
「明らかに怪しい奴じゃな!」
 リーフェとエルンストが追うが、男が駆け込んだ道へと曲がってみると、男の姿は消えうせていた。道のすぐ先には時計塔が見える。

「時計塔……?」
 リーフェたちは時計塔を見上げる。探偵キャビネと時計塔、何か接点があるのかもしれない。

-----

◆7.怪盗ゼロと追跡者

「怪盗ゼロとやらも不運だな……偶々、科学と魔導の探求者であるこの俺・武神鈴がサンクチュアリに来てる時に仕事をするだなんて……科○研も真っ青の超科学捜査で必ず貴様の正体を暴いてやるぞ……ふふふふふふふ……あははははははは……あ〜はっはっは!!!」
 モノクロームの街中で愉快そうに笑っているのは武神 鈴。街の人々がいぶかしげにそちらの方を見ていたりするが、科学と魔導の探求者はそんなことは気にしないのだ。

 まずは捜査の方針を決める為、持っている変換符で作り出した魔力センサーと理力超能力センサーを使用する。怪盗ゼロが魔法や超能力の使い手であれば、通常の常識が通用しなくなる可能性も有るからだ。

「テレポート1つで密室トリックやアリバイトリックが崩壊するからな、まずその線の有無を確認しないと……」
 だが、予告状が発見されたどの家でもそのような反応はない。予告状が発見された場所も、ポストの中だったり家の玄関先だったりと、普通の人間が家主の見ていない隙にでもちょっと置けるような場所ばかりだ。ちなみに、予告の日時は全て今夜12時になっているという。

「ふむ、同日の予告状がばら撒かれているということは、複数犯かもしれないな。それと、怪盗ゼロとやらが魔法使い等である可能性は低い、か」
 もっとも、予告状をばらまく段階では奥の手を使わないという可能性も有るかもしれない。その点、鈴は慎重だった。予告状の送られた場所に魔法封じ・超能力封じの結界を張るべく、家々を回る。

 が、住民たちから帰ってきたのは意外な答えだった。
「あ、うちの今日のおやつなら怪盗ゼロにあげることにしましたから」「犬の首輪も、さっき広場に置いてきた所なんですよ」
「何!?どういうことだ……?」

 よくよく聞いてみると、広場で「怪盗ゼロは生活必需品を欲しているだけではないか」と演説していたものがいたという。それに賛同した住人らは予告状で指定された品物を快く提供し、それらは時計塔へと運びこまれているらしい。

 聞き込みを終えた鈴は住宅街を後にした。
「くっ、演説している人物が怪盗だったらどうするんだ!騙されやがって!……待てよ。時計塔に運び込んだとか言っていたな。予告状に記したものがそこに集まっているなら、怪盗ゼロも今夜そこに来るはず。……ふっ、ふふふふ、あ〜はっはっはっは!好都合じゃないか!!」

 そこに、理力超能力センサーのビープ音。強力な反応が有った。

「動き出したか、怪盗ゼロ!待っていろ、この俺がすぐに捕まえてやるぞ!!」

-----

◆8.怪盗ゼロ、発見?

 姫柳未来の目的は、怪盗ゼロ改心させて、盗みをやめさせることだった。

 その為にもまずは怪盗ゼロが何の為に盗みを行っているのか知っておかないと。ということで未来は怪盗ゼロの事を詳しく知る為に、怪盗ゼロの仲間になることにした。

 予知能力で怪盗ゼロの居場所を確かめ、そこからゼロのいる場所にテレポート!……の予定だったのだが。

「うわぁっ!!?」
 現れた未来に潰され、悲鳴を上げたのは地味な容貌の眼鏡をかけた男だった。カメラに三脚をセットして、何かを写そうとしていた所だったらしい。

「わわっ!ごめんなさい!大丈夫!?……おっかしいなぁ、予知は完璧だったはずなのに」
 慌ててどいて、男性を助け起こす。カメラを持っている所を見ると、カメラマンか何かなのかもしれない。
「はぁ……ええと、突然でびっくりしましたが大丈夫です。カメラも無事でしたし」
 未来は詫びると、簡単に事情を説明する。男性も未来へと自己紹介をしてくれた。名前はシエン。絵本作家だが、怪盗ゼロを追う新聞記者でもあるらしい。

「へぇ、新聞記者さんなんだ。怪盗ゼロの記事を書いてるの?」
「えぇ、モノクロームタイムスの怪盗ゼロの記事は全部僕が担当してます。どこよりも詳しいって評判なんですよ」
 興味を引かれた未来が尋ねると、照れくさそうに頭をかきつつシエンが答える。

 ……

 あれ?なんか引っかからない?
 ちょっと黙り込む未来。

「絵本も描いてるんだ。どんなお話なの?」
「あんまり有名じゃないんですけれど、"まっくろ怪盗ゼロ"ってシリーズなんですよ。かっこいい怪盗が出てくるお話です!」

 ……

 沈黙が訪れた。
 
 未来は考える。えーっと、怪盗ゼロがいるはずの場所にいて、怪盗ゼロに一番詳しい新聞記事を書いていて、同じ名前の怪盗が出てくる話を書いているこの人は……

「あなた、もしかして怪盗ゼロね?」
 ずばっ!!と未来が指摘する。シエンはたじろいだように数歩下がった。

「な、何を言い出すんですか?僕はただの絵本作家兼新聞記者で……」
「だって、ポケットから怪盗の仮面が見えてるわ」
「えっ!?家に置いてきたはずなのに!?」
 未来の言葉に慌てたようにジャケットのポケットを確認しようとするシエン。すかさず言う。
「嘘よ」
「騙されたッ!!」
 墓穴を自分で掘っている。ていうかむしろこれでよく気付かれなかったな。


 あっさり犯人?が割れてしまった。
 さて、これからどうしようか。未来はちょっとだけ考え込んだのだった。

-----

◆9.狙われた、むしろ狙う美女

「確かに怪盗はロマンだわ。でもみんなひとつ忘れてない?怪盗といえば、彼と恋に落ちる美女でしょう!」
 スカーレット・ローズクォーツは自信満々にそう言った。

 モノクロームの街のあちこちに張られた怪盗ゼロへの貼り紙。怪盗ゼロが欲するお宝が食料・生活必需品・その他ガラクタなのは百歩譲って良いとして、美女がいないのは納得がいかない。むしろ私がやるしかない!とスカーレットの妄想は大爆発していた。

 スカーレットの脳裏にイメージが浮かぶ。夜の12時、時計塔の上に現れた怪盗。空中で待機する気球からぶらさがる縄梯子に片手片足を掛けた紳士怪盗と、その片腕に抱えられて攫われようとしている自分の姿。そして怪盗に連れ去られる彼女を絶対取り戻す!と誓う美形の名探偵。ついでに真面目系の刑事が居てもいいわね。

「ああっ!素敵だわ!」
 追ってる刑事は女、ということも忘れて妄想の世界にトリップするスカーレット。傍目から見るとちょっと(かなり)怪しい。

 ともあれ、どうやら怪盗ゼロの狙うお宝は時計塔の展望室へ集められているらしい。ならばそこで待ち伏せしておけば怪盗に出会えるはず。スカーレットは、自分の脳内イメージを現実のものにするべく行動を開始した。
 お気に入りの真紅のワンピースドレスと紅いバラの髪飾りで、"怪盗に攫われる美女"らしくドレスアップ。

「待ってて、怪盗ゼロ様!!」
 夢見る乙女・スカーレットは、自分の脳内イメージを現実のものとするべく、大時計塔へと向かった。

-----

◆10.時計塔の攻防

 モノクロームの夜12時。普段は日中に訪れる観光客以外に人気のない時計塔は、今夜は賑わっていると言っても良いだろう。

 まず、怪盗伯爵・怪盗ゼロを追うアール刑事に協力するジュディ・バーガー、葛城リョータ、リュリュミア。
 個人的に怪盗ゼロを追う武神鈴と、スカーレット・ローズクォーツ。
 そして、行方不明の探偵キャビネが時計塔やゼロに関係あるのでは?と考えたリーフェ・シャルマールとエルンスト・ハウアー。ちなみに助手のエルは「経過がわかったら連絡を下さい」と帰ってしまった。冷麺並の冷たさというか、薄情である。

 展望室にはレイナルフと市民の皆さんの手によって運び込まれた様々な品物が所狭しと置かれている。そして怪盗らを待ち伏せするべく8人の人間がこの部屋に集まっていた。

「さあ、怪盗伯爵に怪盗ゼロ!来るなら来いデース!!」
 保安官助手のバッチをつけて意気込んでいるのはジュディ。小型フォースブラスターを指に引っ掛け、くるくると回している。

「なんか、思った以上に多いな」
 トラのぬいぐるみを着て敷物に偽装(?)したリョータが言った。品物に紛れ、怪盗が通りかかったら捕まえる作戦である、が……敷物というよりうつぶせになったトラ猫のぬいぐるみに見えなくもない。

「私は善良な市民として警察に協力しに来ただけよ。……怪盗伯爵も素敵な人だったらどうしましょう」
 と言いつつ、きっちりメイク&ドレスアップしているスカーレット。品物が並べられたど真ん中、何気に部屋で一番目につき易そうな所にちゃっかり移動している。

「怪盗さんたちにもお花をあげたいですぅ」
 のんびりした口調で言うのはリュリュミア。展望室の窓に腰掛け、楽しそうに足を揺らしている。

「日中の調査では変わった所はなかったけど。キャビネもこの時計塔何か関係があるのかしらね」
「まあ、関係がなかったら明日また街で聞き込みでもすれば良かろう。あ、アール君、観光活性化の為にちょっと手伝ってみる気はないかね?」
 思う所があるように考え込むリーフェ、対しマイペースなエルンスト。

「え、それちょっと面白そうね!」
 アール刑事も元々集中するのが得意な性格ではないので、真面目に張り込んでいる気はないようだ。


「うーむ……こんなに人が居たのでは警戒されるんじゃないだろうか」
 展望室に集まった人や物品を見渡しつつ、鈴。彼は張り込みまでの時間で、怪盗ゼロについてを調べてきていた。広場に居たレイナルフと接触し、全ての予告状を借り受け、それを元に標的や予告状の筆跡、予告状が撒かれた現場の相互距離などからプロファイリングを行っていたのだ。

「Oh、何やってるデスカ〜?」
 プロファイリングの資料とにらめっこをしている鈴にジュディが問う。
「怪盗伯爵については調べられなかったが……怪盗ゼロはきっと、この中心点の付近に住む人間だ」
 明らかに筆跡の違う"怪盗伯爵"の予告状と、"時を盗む"という予告状を避け、今までの予告状の届いた場所の住所を地図に書き込んでいく。それはある一点を中心にしているように見えた。
「What?これって……ジュディが今日予告状を受け取った食堂の辺りデスネ〜」
 ジュディが首をかしげる。


 と、展望室横の階段を上り、1人の警官がやってきた。
「ご苦労様です、アール刑事。署長よりこちらの応援へ回るようにと言われて来ました」
「あら、署長にしては気が利くじゃない。珍しい」
 あっさり警官を通そうとするアールを、鈴が止めた。

「ちょっと待て……あんた、本当に警官か?」
 細身の警官の歩みが止まる。こちらからでは警官が上がってきた階段は影になっていて表情は伺えない。鈴が更にアールに問う。
「珍しい、と言ったな。署から応援が送られてきたことはないのか?」
「私の担当する事件では皆無ね。まったく、この街始まって以来の大事件よ!って毎回言ってるのに」

 怪しい。展望室にいる人々はそう思った。

「ふっ……やはり小手先の変装では欺ききれないか」
 警官の姿が一瞬にして変わる。時間は予告通りの23時55分。そこに立っていたのは怪盗伯爵ことルシエラだった。日中、ペットのレイスを使って下調べをしていた彼女は、変装で展望室に近づく事を画策。もっとも、警官に周囲を囲まれた厳重な警備を想定していた彼女には、この警備の薄さは予想外でもあった。

「ふっ、私の人望の薄さをなめないことね!」
 空気を読まずに地の文を読み、悲しい宣言を誇らしげにするアール刑事。宣言しない方がいいよ、そういうことは。

「さあ、怪盗伯爵!大人しくお縄をちょうだいしろい!」
 何故か江戸っ子口調で言いつつ、怪盗伯爵へと飛び掛っていくアール刑事。

 だが、ひょいと避けられ、階段に消えた。
「っきゃー!!!!」
 ごろごろごろ、がっしゃーん。豪快な音が響く。

「……死んだんじゃないかの?」
 エルンストがぼそっと言った。


 アールを避けたルシエラが、煙玉で部屋に煙幕をはる。もうもうとした煙が立ち込め、一気に視界が悪くなる。
「ちっ!しまった……!」
 鈴が歯噛みするが、ルシエラの方が一足早い。煙の中を駆け、部屋の中央に突進する。

「盗むものがこう多いとは……仕方ない、一番価値の有りそうなものをいただくぞ」
 そう言って敷物に偽装したリョータの前を走りぬけようとする。今だ!
「捕まえたぜ!!」
 リョータが飛びかかる。と、その時。

 煙にむせ、身を低くしていたスカーレットだが、怪盗伯爵がこちらへ近づいてくるのに気がついた。一直線に。やっぱり私のことを攫いに来てくださったの?スカーレットの脳内イメージが今、現実に。
「ああ、素敵!怪盗伯爵様〜!!」
 感激して怪盗伯爵を抱擁しようとしたスカーレット。それを直前で避ける怪盗伯爵。
「あら?」
 代わりに飛び込んで来たのは怪盗伯爵の真後ろのトラ猫ぐるみ(=リョータ)だった。

「きゃー!!!何するのよ、このトラ猫ー!!!!」
「うわー!!?なんでいんだよ、こんなとこに!ついでにトラ猫じゃなくて、虎だ!!!」
 二人とももんどり打って倒れる。

 そんなことをしているうちに、ルシエラはガラクタの中から価値の有りそうなアンティークの箱を拾い上げ、窓辺に立った。他の者は充満する煙に対処しきれずにいるようだ。
「宝はいただいたよ、諸君」

「まだ結界が有る!見た所何も持っていないようだがこの高さからどうするつもりだ!?」
 煙幕の中、叫ぶ鈴。鈴は事前にこの展望室に魔法封じ・超能力封じの結界を張っていた。怪盗伯爵が魔力や超能力を使うので有れば、それを封じることができるはず。

「……おや。確かにこれでは私の羽は使えないな。だがご心配には及ばないよ」
 怪盗伯爵=ルシエラがそう言うと、ばさっと人工の翼が広がった。折りたたみ式のハングライダーである。

「くっ……!!」
 みすみす逃がしてしまうのか。展望室にいる誰もが歯噛みした時、場に似合わない声が聞こえてきた。


「げほっ、こほっ!うわー、なんだこの煙?」
「階段の下では刑事さんが気絶してるし、何かあったのかな?もう、何故か展望室にテレポートはできないし……」

 現れたのは怪盗ゼロ。そしてマスカレードで顔を隠した姫柳未来。ウォーハンマーといつものミニスカートで、居合わせた者には正体バレバレである。

 ちょうど煙玉の煙も収まってきた。ぽかん、とそっちを見る展望室の面々。

「えーっと……」
「わ、こんなに待ってたんだ!ほ、ほら、シ……じゃなかった、怪盗ゼロ、何か言わなきゃ!」
 言葉に詰まった怪盗ゼロを、未来がウォーハンマーの柄でつつく。

「は、はーっはっはっは!待たせたな諸君!怪盗ゼロ、5階分の階段を上って横っ腹に多少の痛みを覚えつつ、華麗に登場!」
「そーゆーこと言わなくていいの!」
「そ、そうですか?名乗りは重要だと思うんだけどなぁ」
「名乗りじゃなくて、名前の後の部分よ!」
 始まった怪盗と怪盗少女の掛け合いを周囲の人々は見守っている。というか見守るしかない。

「と、ともかく!展望室にあるお宝をいただく……って、多ッ!!」
 気を取り直したようにこちらを向くが、床に散らばった圧倒的物量のお宝たちを見て驚く怪盗ゼロ。
「わ、これじゃ超能力使わないと運べなそう」
 未来もどっちゃりある品物らにげんなりとした顔をする。

「……あんたが、怪盗ゼロ、なのか?」
 鈴が聞き辛そうに怪盗ゼロに問う。

「はい、そうです。それが何か?」
 キリッと答える怪盗ゼロ。なんかイメージ違う。誰もが言いたい言葉を堪える。

「イメージと違いますぅ」
 1名、言ってしまったようだ。

「え、そうですか?結構頑張ってるつもりなんだけどなぁ」
「もう!ちゃんと怪盗らしくしてよ!」
 怪盗ゼロからなんだか煮え切らない答えと、未来からは叱責の言葉が返ってくる。


 ……

 沈黙に満ちた展望室に、急に拡声器の声が響く。
「がはははは!ちょっと遅刻しちまったが、怪盗アリマ・リバーシュア、只今参上だ!!!」
「キッキ〜……(いいのかよ、怪盗名乗っちゃって……)」
 闇夜に紛れる為、黒幕が張られたレッツラ号。その上には怪盗姿のアリマ・リバーシュアとマスカレードをつけられたキキちゃん。ちなみにアリマの服は筋肉質な体型の為、ぴっちぴちである。屈んだらばりっ!っといきそうでちょっと危険。

「……また何か新手なの?」
 ちょっとうんざりしたようにリーフェが言った。怪盗伯爵・怪盗ゼロ・怪盗アリマ・リバーシュア、と3人目である。無理もない。

 そんな食傷気味な空気を物ともせず、アリマの声が夜空に響く。
「予告通り、モノクロームの時間をいただく!つまり、この時計塔の時計をな!!」

 レッツラ号が近づいて来る。更に近づいてくる。止まる様子がない。

「ちょ……コレ、やばいんじゃないか!?」
「まっすぐこっちに向かって来るわよ!」
 リョータとスカーレットが慌てたように叫ぶ。

 慌てて、他の者も展望台から退避を始めた。アリマの操縦するレッツラ号は時計塔に接近し、そして……

 どっかーん!!!!!

 時計塔を大破させたのだった。

「キッキー!!!(盗むものを壊してどーする!!!)」
「あれ?近づき過ぎたな!がはははは!!」
 夜空にアリマの豪快な笑い声が響いた。

 この事件は後に、「怪盗アリマ・リバーシュア災害」と呼ばれるようになったとかそうでないとか。
 果たして、時計塔にいた者達は無事なのだろうか?

→戻る