「誰がための物語」

第四回

ゲームマスター:秋月雅哉


●国王・落ち人・レジスタンス
 ドラグニールの王城に落ち人とレジスタンスが招かれたのは、それぞれとの会談をランスとセレンがすませ、各々に数日の考える時間を持たせた後のことだった。
「ようこそ、ドラグニールへ。君たちにとって本意でない来訪だっただろうけど……招きに応じてくれたことに感謝を。そして、その勇気に敬意を払って預かっていたものを還そう」
 膝裏まである長い髪を毛先のほうで緩く束ねた男は、この会議は等しく平等であることを示すかのように円卓の傍らにたたずんでいた。左隣にランスとセレンが控えているところを見ると、彼がドラグニールの王、カインなのだろう。
 カインの周りに無数の水球が現れる。攻撃魔法か、と身構えた落ち人たちにカインは薄く笑った。
「これは君たちが歩いてきたとき流した泪の記憶。誰かが君たちのためを思い流した泪。君たちが誰かのために流した泪。そう、君たちの記憶だ」
 ドラグニールの古代語だろうか、何かの呪文とともに水球がはじけた。
 マニフィカ・ストラサローネは夢で、下半身が魚と化すというものをドラスに来てから幾度となく見ていたのは、自身が水に縁がある命を送ってきたからだと理解する。
 他の落ち人たちも、取り戻した記憶に戸惑い顔だった。
「少しなじむまでに時間はかかるかもしれないけれど、それが君たちの過去だ。そしてこのドラグニールにとどまるかどうかは、いずれ問うとしよう。ここですごした時間は記憶に残るから、不快な思いをしていなければいいのだけれど。……不快な思いをさせたとしたら僕だろうね。その点と、強制的な召喚を謝罪させてほしい」
 そう言った後カインは九十度にきっちりと体を折って頭を下げた。
「僕の行った数々の非礼をお詫びしよう。それでも、僕には僕なりに譲れないものがあった。それについては後悔していない。後悔するくらいならこんなことはしなかったし、それによって僕が処刑した人たちが命を落とした理由がなくなってしまうから」
「ねえ、国王様の本心というか、本当の目的って何なの? そして、それは私たち落ち人が手伝えることなんだよね? 助けが必要だから、私たちを呼んだんでしょう?」
 姫柳 未来が問いかけると、カインは水雫石の目を軽く見張った。ゆっくりと体を起こし、首をかしげる。
「ランスかセレンから聞いていないかい?」
「あなた自身の言葉で聞きたいな。きっと、レジスタンスの皆もそう思ってる」
「僕の目的か。一つは、フィルを……弟を取り戻すこと。そしてもう一つは、予言のない世界を作ることだ」
「個人で望むのは構いませんけれど、予言を受け入れれば平穏に暮らせるというのが民の総意だと思いますわ。強要するのはいかがなものかと」
 アンナ・ラクシミリアが口を挟むと、では、とカインが切り返す。
「敬愛する王を謀反によって殺さなくてはならない。その悪意を受けた禁忌の子は世界を滅ぼすだろう。そんな予言を受けた臣下や、その家族といった……『本当にしたいこと』を予言によって潰された少数の人は無視していいのかい? そして、この世界の予言はすでに狂い始めている。予言にだけ従っても、この世界は滅ぶだけだ。それでも、予言を受け入れれば波風を立てずに暮らせるという思いのままで生きていくのは危険じゃないかな」
 名君として一生を終えるという予言を受けながら、狂王という恐怖政治を敷いて見せた男は穏やかに、けれど譲らない。
「ですが、力ずくというのは……」
「行動が乱暴だったことは否定しないよ。でもね、時間は有限なのさ、マニフィカ。そして、変わるためには時間がいる。変わらなければいけないことを理解するにも時間はいる。僕はこれでも王だ。民に必要とされる間、国をまとめるものだ。少ない犠牲でより多くを守り、未来を残す義務がある」
「王よ、貴方は、この国を統べる、王の務めを放棄するつもりはあるのか?」
 ジェルモン・クレーエンの問いに対してカインは必要であれば、と答える。
「不名誉なことではないのか、王としても、貴方に王位を授けた神龍にとっても」
「僕はそうは思わないかな。国があればなるほど、集団生活を送るのには便利だろう。でもね、民がいなければ成り立たないのは王のほうだ。民主政治とやらも、外の世界ではあったしね、村くらいの規模であれば統治者はいらない。外交があるときに表に立つ人がいるのは便利だが」
 カインにとって名君として名をはせることに意味はないのだ。例えば衣食住すべて満たされる代わりに空気のない場所で暮らせと言われるとしよう。それに人は耐えられるだろうか? 耐えられないのだ。
 厳しい環境の中、その火を暮らすのがやっとの蓄えしか蓄えがなくても、空気がある世界を人は選ぶだろう。カインにとってフィリエルとはそういう、他の者では替えが効かない存在なのである。
「王と王弟を会せればいいのではないか? それを王が望むのだ。そして、改めて門の向こうにとどまるか、こちらに来るかはフィリエルが決めることだ。その答えが気に入らぬというのであれば、力ずくで実現させねばならんぞ、レジスタンス?」
 カインが圧政をやめるのであれば、カインに反発する形で立ち上がったレジスタンスのありようは瓦解しかねない。認められないから壊すのではなく、認められないから立ち上がるといった彼らは、どう立つのだとジェルモンは問う。
「王よ、何故そこまで禁忌の子にこだわるのか。あの異端児に、なぜそこまで心を傾けるのか」
 レジスタンスの問いに唇を開いたのはシェリル・フォガティだった。
「フィリエルの何をもって禁忌というの? 母親の胎から生まれたことは、覆しようはないわよね。でも、神龍主としての役割は果たしていたんでしょう? たった一人で四歳のころから戦い続けたと聞いたわ。なすべきとされ、それをなして、どこに彼自身が非難されるいわれがあるの?」
 間違った決まりを作ったのか、決まりを間違えてフィリエルをこの世界へと送り出したのか。間違っているのは神龍ではないか、というシェリルの舌鋒鋭い指摘にレジスタンスは目を白黒させた。
「どうしても女性であれ、というなら……承諾するかどうかはさておき、フィリエルを女性にするとか。神龍ならそれくらいのことはできるでしょう? 世界を作ったんだもの。間違えたなら間違えましたって謝らなくちゃダメよ。フィリエルには何の落ち度もないじゃない」
 フィリエルはこの国を壊したくなかったからいなくなった、カインはそれが許せなくて世界を壊そうとした。そのうえでフィリエル自身が犯した罪がないなら、そんな世界は壊れてしまえばいい、創りそこなっている部分を直せなくて何が神か、とどうやらとても怒っているらしいシェリルの言葉に小さく噴き出す声。
 誰もがそちらへ顔を向ければ、カインが失礼、と言いながら肩を震わせていた。
「いや、ごめんごめん。あまりに痛快だったものだから。あの子を女性に、かぁ。すごく、すごーく嫌がるだろうな。ねぇ、ランス。セレン」
「怒りのあまり王城が更地に戻るかもな」
「ふふ、そうだね。フィルは怒ると怖いから」
 水を差されたものの、王族三人がどうにか笑いを引っ込めたのでシェリルは世界は滅びを免れたわけではない、カインは誰が止めてもやりたいようにやるだろう、それでレジスタンスは満足なのか、と問い詰める。
「先延ばしにしたくないなら、一択でしょ! ぐだぐだいうなら、あたしが壊すことになっても、イッコーに心は痛まないわよ!!」
「ランスってシェリルみたいな人を口説きたくなるタイプだろう? 終わったら口説いてみたらどう」
「カインだってこういうタイプは好きだろう?」
「意見をはっきり言える人は好もしいね」
 ぼそぼそとカインとランスが話している言葉を、他の参加者は聞かなかったことにした。
「記憶は返してもらったゆえ、なすべきことはなすのである。王がフィリエルを取り戻し、『運命』『予言』にあらがいたければ、この世界の『構造』自体をぶち壊すのである」
 萬智禽・サンチェックの言葉に全員が気を引き締め直し、耳を傾ける。
「かくまわれている落ち人たちに、ドラグニールでの恋愛や結婚を推奨するのだ。そして母体での受胎を当たり前にして、やがては国民にとってその生まれが当たり前にするのである。外来種による在来種の駆逐? 言いたい奴には言わせておくがよい。この国を変えるためにはそのくらい過激なことをしなければ慣らいのである。その覚悟がなければ根本的に変わらないのである」
 それはちょっと難しいかな、とセレンが口をはさんだ。なぜかといえば、ドラスでは子孫は祈りによってのみ生まれる。つまり、本来落ち人との混血であれ、龍人同士であれ、受胎するという現象そのものがないのだ。
「落ち人同士の結婚であれば、遺伝的に問題がなければ受胎はするかもしれないけれど……ドラスの国民は体を交えて子孫を残すすべがない。落ち人は本来稀なものだからね。、母体同士での交配で子孫を残すなら、濃すぎる血が種を破滅させると思う」
「ならば学問、化学、医療を発達させて国民の知的レベルを上げるのである。落ち人を教師とし、世界の多様性を国民に教え、国としてのありようは龍人達による世界だけではないと教えるのである。そうすれば王の目的通り、予言一択でないことを民も理解するのである」
「ドラグニールにとっての最善は、ドラグニールの民が決めるべきことだ! 余所者に好き勝手なぞ……貴様らにドラスの何がわかるというのだ! それは教育の名を騙る、単なる侵略である!」
 レジスタンスの一人がサンチェックの過激すぎる意見にかみつけば、カインはそれを手を挙げて制する。
「創世の代から続く、凝り固まった風習を柔軟にするには確かにサンチェックの言うように外を知るのがはやい。でもね、サンチェック。外の世界を渡ったことのある僕やランス、セレンにフィル以外にとって、外の世界は夢であり、ドラグニールこそが現実だ。雲をつかむような世界の出来事をこれからの人生の指針にしていく前に、乗り越えるべき課題がある。まぁ、やってみると面白そうだけどね。世界を超えたそれぞれの常識を語り合うのは」
「フィリエル氏にふさわしいポジションの擁立と宣伝をして、フィリエル氏が戻ってきたらきちんと生まれにかかわらず、やり遂げたことをたたえるっていうのはどないやろ。名誉復権と、しんきくさーい、今のドラグニールにはセレモニーとか、パレードが必要やとおもうんやけど」
 ビリー・クェンデスの提案にレジスタンスとサンチェックが黙る。国をどう変えていくか、の前にフィリエルをどうするか、を決めるのが先だろう、ということはシェリルの、誰が世界を滅ぼすかの違いという言葉がある前から理解はしていたのだろう。
「たとえ同族であっても、寿命に違いがあるなら認識や価値観に差異が生じやすいと思うんや。身分制度を平等に保つための仕組みは予定調和における見事な成功例やけど、残念ながらデメリットもある。変化に対するスタンスそのものが段差になってるんやないかと」
 カインは時間がないから変わることを急いだ。自身の手で守れるうちに還ることを選んだ。けれど、彼の何十倍もの時を平民は生きる。変わっていくことを見届けられないまま次に託さなければいけないのは、カインやランス、セレンだけなのだ。
 特殊な生い立ちや外見ではなく、不老不死こそが忌避される理由では? と考えたビリーは、発想を逆転させ、調停者としてのありようをフィリエルに担ってもらうことを提案する。
「今、近い位置にはいるんだよねぇ。あの子。天の国へ閉じこもってるのは、禍を引き受ける時に私情を割り込ませない、天秤でいるためっていう意志からだし」
「でも、遠すぎると何を求めてるかって声は聞こえないんやないやろか。カイン王がそばにいてほしいって声が、近すぎたから聞こえなかったように、遠くにいることでこぼれる悲鳴が、あるとおもうんや」
「呼び戻すかどうか、王が向こうへ行くかどうかを決める前に、神龍のアミュレットを使って声と……可能ならば映像を、天の国から受信することはできないでしょうか? フィリエル氏の意見をすべて無視するのは不平等ですわ」
「ふむ……リュリュミアという落ち人を、待っているんだけど」
 そこに門番からそのリュリュミアが城を訪ねてきたことが告げられる。
「いろいろ考えてたら遅くなりましたぁ。考えてみたんですけどぉ、リュリュミアがこの世界に呼ばれたのは、必要があったからなんですよねぇ?」
「うん、その通り。記憶も、いずれ完璧な形に戻ると思うけれど。君はどうしたい?」
「この世界も悪くないって思いますぅ。王様はこの世界を壊したいわけじゃないですよねぇ。だから、用事がすんだからもういらないってぽいっとすてられるのはいやですぅ。リュリュミアは、ここにいてもいいんですよねぇ? そしてここがリュリュミアを受け入れてくれる優しい世界なら、フィリエルって人にもすこしだけ優しくしてあげてほしいですぅ」
 きっと、ドラグニールの民にとってフィリエルに優しくするという考えは今日聞いた中でも一番縁が遠いものだっただろう。
 彼はまず忌むべきものであり、忌避すべきものだった。優しくしようなどとは、父王ですら考えなかったことだ。使い潰すことだけを考え、いなくなったことに安堵した。
 だが、優しくしてあげてほしい、という落ち人の言葉を聞いて、道具であれ長く使い続ければ愛着がわくということを、ましてフィリエルは一人の自我を持つ龍人であり、故に殺し続けた心があるということを、レジスタンスの代表たちは遅すぎたがようやく理解したのである。
 そして弟をないがしろにされたカインがなぜそこまで怒り狂ったのかも。
 ランスはフィリエルの従兄である前に臣下だ。セレンもフィリエルと同い年とはいえ王族の中では序列を重視する。
 フィリエル自身は己の意思を殺し、国のためにだけあることを選んだ。
 フィリエルのために怒り、不遇を断じることができるのは、兄王であるカインだけだったのだ。そしてカインは、第二王妃であるフィリエルの母が自分の父に頼んだことを覚えていた。
 父が果たせなかった思いを、カインはカインなりに守ろうとしたのだ。
「じゃあ、面子もそろったし繋いでみようか。いやぁ、あの子の素を見てレジスタンスの諸君や落ち人の皆がどんな反応を示すか楽しみだ。自分を取り繕う余裕もなく、きっと全力で怒っているからね」
 カインが指を鳴らすと水鏡が現れる。断たれた次元をつなぎ直すように、落ち人たちの持つアミュレットが青みがかった銀の光を放った。
「やぁ、フィル。僕の大切な引きこもりの弟君。すべて見ていたね? 君も君で言いたいことがあると思うんだけど」
 小柄な影だった。太ももまでかかる銀の長い髪。深艶蒼の瞳は煙るように長い睫毛に縁どられ、セレンにうり二つのかんばせは……美しかったが全力で機嫌が麗しくなさそうだった。
「この、クソ兄貴! どの面下げてオレにつないだ!? 弟の最後の願いを守るくらいの甲斐性をみせたらどうなんだ! オレはドラグニールを頼むといったんだ! 誰が国を滅ぼしてくれといった!?」
 常であればきっとこの声はガラスのベルを振るように耳に心地よく響いたのだろうが、心からの怒りが宿っている怒鳴り声は、けれどどこか泣きそうだった。
「オレは人を殺さないために幽閉されることを選んだ。お前たちが望まない殺戮をしないためにだ。それをどうして、オレを一番近くで見てきたお前が壊すっ……」
「何を引き換えにしても、君を喪うことだけは耐えられなかったからだよ、フィル。覇道といわれようと非道といわれようと、外道と蔑まれようとも。他人には諦められないものがある。君だってそうだっただろう」
 たとえ人からどれだけ悪逆だといわれても。カインは自身にとっての正義を貫いたのだ。そして、諦めなかったから、兄弟は再び出会った。
 失ったものは、あまりにも大きかったけれど、何も残さないという結末からは逃れたのだ。
「そちらからみてドラスはどうだい? やはり滅びる?」
「……見えないんだ。何も。うやむやなまま、戻っては余計に国が乱れると思った」
「こちらのお嬢さんがね、間違っているのは神龍だ、自分が壊してやってもいい、とおっしゃっていたよ」
 怒りと絶望に、白いかんばせをさらに白くさせていたフィリエルがカインの言葉に小さく笑う。
「それはまた、ずいぶんと剛毅な仲間ができたな」
「今日が初対面だけれどね」
「ドラグニールにはまだ王が必要だ。遠い未来民主制に場を譲るとしても、まだまだ予言と現実の齟齬に迷う人々を導き、邪龍国と黒龍国から民を守る王がいる」
「なら、君がこっちに来るかい? どうせ予言は無効化されていて禍を引き受け切れていないんだろう。僕が理不尽に人を殺せたのも、レジスタンスが立ち上がったのも、君に世界の悪意が流れきってない証拠だ」
 兄王の言葉に王弟は心底不愉快気な表情を一瞬浮かべたが、否定はしなかった。
「お前一人の希望では還れん。……が、触れを出し、それに民が同意するなら、オレは戻ろう。オレの望みは民が健やかに暮らすことで、お前も王である前に国民だからな」
「わかったよ」
「……落ち人たち。兄王の非礼を、心から詫びる。馬鹿兄がだいぶ迷惑をかけたようだ」
 カインから視線を部屋全体に向けるとフィリエルもまた九十度に体を折って謝罪した。
「レジスタンスの諸君にも詫びなくてはならない。世界を救うという役目を果たせなかったばかりか、そこの阿呆のせいで数多くの犠牲が出た。オレが至らなかったせいだ」
 どうせ器になれないのであれば、目を離すと何をしでかすかわからないカインを一人にすべきではなかった、とフィリエルは目を伏せ唇をかみしめる。
(どんな方なんでしょうか、って思っていたけれど……神龍主で、不死で、世界を滅ぼすっていうから、超越した存在なのかと思ってたけれど……普通に怒って、自分のしたことを悔やんで、今からできることをしようとする……そういう、人だったのですわね……)
 アンナは少し意外な思いで喧嘩する兄弟を眺めていた。国を荒らし、国を憂い、残虐でありながらそれでも王であったカインは、フィリエルとの再会を喜んでいることが見て取れたのだ。
 一方で、それを不謹慎だと怒り、人に迷惑をかけたことを怒り、失われた民の命を悼みながらも、カインと言葉を交わせることをわかりにくく喜んでいる素振りのフィリエルの姿に。
 本音で語り合える人がいると、印象はここまで違うのか、とランスとセレンを除いた誰もが、予想外の兄弟の関係性に驚かされていた。
 それほどまでにカインの表情は柔らかく、温かかったのだ。
「ランス卿、セレン嬢」
「なんだ、マニフィカ?」
「お二人はあのカイン王を知っていたから、強固に反対しなかったのですか?」
 セレンに弟子入りし、その関係でランスとも親しく言葉を交わしていたマニフィカはそんな問いを兄弟がじゃれているの見守る二人に聞いてみる。
「カインを止められるのは、フィリエルだけだからなぁ」
「あぁ、マニフィカ。フィルが帰ってきたら、魔術をフィルにも教わってみるといいかも。僕は植物に由来する魔術以外はあまり得意じゃないけど、フィルはすべての呪文の根源を知ってるからね。カイン様は水魔法の使い手だし、マニフィカがいろんな属性の魔法を使えるなら、相互作用で生かせるかもしれない」
「それは楽しみですわね」
「カインの性格で癒しの波動が、とかあんま信じたくねぇ事実だけどな」
 ランスの軽口に応えたのは、カインの持つ錫杖の殴打だった。弟との会話を楽しみながらも現実にも気を配っていたらしい。
(記憶を失ったままでも、もしかしたらこの世界でならもっと身軽に生きられたかもしれませんわね……)
 そんな思いとともに還ってきた自身の記憶をマニフィカは胸を抑えることで実感する。
 誰かのためを謳いながら自分のためを貫き続けた物語。あとは幕引きを待つばかり。