「天空の高みより」 第1回
ゲームマスター:高村志生子
ケイトスは魔法豊かでありながらそのほとんどを砂漠に覆われた世界だった。広大な砂漠に点在するオアシス。その周囲に広がる草原地帯には、神殿を中心とした街が発展していた。吹き抜ける風は乾いて熱気をはらんでいる。マニフィカ・ストラサローネは熱気にやられながらふらふらと歩いて町はずれでばったり倒れた。それを見つけた町人が手当のためにマニフィカを神殿へと運び込んだ。 「ああ、もっとも深き海底に坐します我らが大神に感謝致しますわ……えぐえぐ」 「海底?」 感激しながら食事をしているマニフィカの面倒を見ていた巫女のアメリアが、聞き慣れない言葉にきょとんとした。マニフィカはにっこり笑って言った。 「わたくしの生まれ故郷には海というものがあるのですわ。この乾燥した世界とは逆に、水に包まれた世界なんですの。水はわたくしにとって何より親しいものですわ。この世界でもそうなはずなのですけれどねえ……」 そしてひからびかけたわけだ。海というものはよくわからなかったが、そういうものがあると言うことは理解したアメリアが珍しそうに目を輝かせながらうなずいた。 「ところでここはずいぶんとにぎやかですわね。いつもこうなのですの?」 「え?ううん、いつもはもっと静かなのぉ。実はこの間、神託があってねぇ。ちょっと旅に出ることになったのぉ。そのための準備でばたばたしちゃっているのぉ」 「神託ですの?」 「そう。どこかわからないのだけど、大きな力が目覚めようとしていて、私はそれを探しに行かなきゃならないの。どうしてか、わからない。何故私なのかもわからない。でも、私が行かなきゃいけないんだって強くそう感じるんだぁ」 「どういう力なのかわからないのですかぁ?」 「呼ばれている感じはするのだけどぉ。まぶしい光を見ているような、どこかとらえどころがないような、不思議な感じって言うだけで。遠い昔に封じられた力らしいのだけど」 食事をぱくつきながらマニフィカも首をかしげた。 「古文書とか言い伝えとか残っていないんですかぁ?」 「数百年前に大きな戦いがあったそうなの。封じられたとすればその頃だと思うのぉ。この神殿はその戦い以前からある古いものなのだけど、そういえばそういう力について書かれた本って見たことないなぁ。開かずの間にあるのかしら」 「開かずの間?」 「うん。私が神託を受けた部屋なんだけどぉ」 と、なにやら騒がしい声と共に鷲塚拓哉がアメリアの兄のルイードと一緒にやってきた。ルイードはなにやらひどく憤っているようだった。 「そんな怪しげなもので妹の身に何かあったらどうする気だ」 「人体に悪影響を及ぼすようなものじゃない。むしろ悪いところがあったら調べることが出来るんだぞ。神託を受けたと言うことは、なにか特殊な因子があるかも知れないじゃないか。それがわかれば力についてもなにかわかるかも知れないぞ」 「しかしだな」 「そんなに心配なら自分がまず受けてみろ。兄妹なら同じ因子を持っているかも知れないしな。安全性も確かめられるだろう」 「いいだろう」 きょとんとして騒ぎを見つめているアメリアとマニフィカの目の前で、拓哉は手にした小さな機械をルイードの前に差し出した。機械がぴこぴこと反応を返す。ルイードは憮然として立っていたが、特に不快そうな様子にもならなかった。 「心拍、血圧共に正常。臓器に異常も見られないな。立派な健康体だ。うーん、特別な因子は存在せずか」 機械の反応を見ていた拓哉は、さしてがっかりした風でもなく言った。それからルイードに笑いかけた。 「な、変な感じはしなかっただろう。だからアメリアも調べさせてくれ」 「わかった」 まだ不機嫌な顔はしていたが、ルイードに反論の材料は見つからず、仕方なく拓哉の申し出を承知した。アメリアがとことこと兄の側に寄ってきた。 「お兄ちゃん?なんなのぉ?」 「こいつがこの装置でおまえを調べてみたいそうだ」 「なにかその封印された力と引き合うものがあるかもしれないからな。それがわかれば力についてもわかるかもしれないだろう。それに旅に出るなら健康かどうか調べておいた方が良いぞ。砂漠の旅はきついからな」 「うん、いいよぉ」 過保護な兄と違ってアメリアの方は何の抵抗もなく答えた。さっそく拓哉が新式対物質検索機を作動させた。再び機械がぴこぴこと反応する。反応を確かめていた拓哉は、ややしてがっかりした顔になった。 「アメリアも健康状態に問題はないな。特に変わった反応もなしか。血筋は関係ないのか?」 「うちの家系が特殊だったという話は聞いたことがないぞ」 兄妹の両親が死んだとき、ルイードはすでに12歳だった。剣筋を幼い頃より見込まれており、神殿騎士を目指して修行していたが、家業はごく平凡な小物売りだった。アメリアもまた鋭敏な感覚を見出されていたが、過去、親族に巫女になったものがいたという話はルイードは聞いていなかった。拓哉はうーんとうなってしまった。 「じゃあ開かずの間を調べさせてくれ」 「それは……」 ルイードが迷っていると、アメリアの方がさっさと答えていた。 「ちょうど良かったぁ。今ね、マニフィカに古文書のことを聞かれてねぇ。開かずの間に調べに行こうかなぁって思っていたところなのぉ。一緒に行こう?」 「それなら私も一緒に行かせて下さいませ」 「わぁ、可愛い。こんにちは。お名前は?」 足元でした声にアメリアが視線を下げると、そこには身長12cmほどの小さな女の子がいた。大きなしっぽと小さな耳がぴんと立っている。少女は藤性の手提げバスケットに入っていた。バスケットには細々したものの他にいくつものクルミが入っていた。アメリアがしゃがみこんで手を差し出すとバスケットがふわりと浮かんでその上に乗る。アメリアが目を丸くしていると、少女は笑いながらクルミを差し出した。 「こんにちは。梨須野ちとせと申します。以後お見知りおきを。これはお近づきのしるしにどうぞ」 「ありがとぉ」 もらったクルミは2つあった。1つをルイードに渡し、1つはポケットにしまう。ちとせはバスケットからよいしょと身を乗り出すと、アメリアの手の上に座り込んでじっとアメリアを見つめた。 「古文書を見に行かれるのですね。私ならそれがどういったものか解析できますから、連れて行って下さいませ」 「うん、行こぉ」 「はー、ごちそうさまでした。ああ、わたくしもご一緒させて頂いてよろしいですか」 ようやく落ち着いたマニフィカも申し出てくる。そこで一行はルイードを先頭にして開かずの間に向かっていった。歩きながらちとせがアメリアに問いただしていた。 「アメリアさんは巫女なのですってね。なにか特別な力が使えたりするのですか」 「精霊の力を借りることが出来るのぉ」 「この世界の精霊というと?」 「水風火地の4大精霊がいるのぉ。大きな力は使えないけれどぉ、気配はいつも感じることが出来るよぉ。お祈りをして、天候を読んだりするのぉ。このあたりは特に水が大事だしねぇ」 「神殿はその祈りの場とかなのですか?」 「そぉだよぉ。自然と共に生きることが生活の基本だものぉ。信仰も神殿も自然と一緒に在る感じかなぁ」 「探しに行こうとしている力も自然に関したものだと思いますか?つまりは、精霊の力であると」 アメリアがふっと視線を泳がせた。 「うん……精霊の力だとは思うのだけどぉ」 「けど?」 「私たちが普段接している力とは少し違うみたいなのぉ」 「それは、まだ未分化ということでしょうか」 「うーん、なんていうのかなぁ。封印されているからだと思うのだけどぉ、なにか薄く膜が張られているみたいで、どこかとらえどころがないような、そんな感じなのぉ」 「今までにそういう力を感じたことはあるのですか」 「ううん、はじめて……あっ」 不意にアメリアが足を止めた。ルイードが心配そうに顔をのぞき込んできた。 「どうした?」 「神託の力とは違うのは確かなんだけど……お父さん達が死んだときに感じたのと似ているかも知れない」 「ご両親は?」 と、これは拓哉だった。ルイードも少し顔を曇らせて答えた。 「10年前、この町が獣人族に襲われたことがあるんだ。そのときに俺たちをかばって2人とも亡くなった。そういえばあのとき、アメリアは確か、怖いものがやってくると言っておびえていたな。それに似ているのか?」 だとしたらこの旅は危険なものになる。ルイードがそれを気にして問うと、アメリアは軽く首を振った。 「ううん。力の質は全然違うよぉ。神託の力は怖くなかった。とってもきれいって感じたのぉ。ただ、今まで感じたことがない力って言うのが似ているかなぁって」 「もしかしたら接触する意識によって変化するようなものかも知れませんわね。そうだとしたら接触するときは気を付けないといけませんわ。清らかさはある意味一番危ういものです。何色にでも染まってしまいかねないのですから」 ちとせはアメリアの言葉を聞いてそう言った。マニフィカが首をかしげた。 「4大精霊の力とは違うのですか?たとえば水とか」 「ううん、違うよぉ。それなら気配でわかるものぉ」 そのとき開かずの間にたどり着いた。扉は今では自由に出入りできるようになっていた。窓もなく、家具も置かれてはいない。壁面に装飾はあったが、華美なものではなく祈るためにしつらえられたような部屋だった。アメリアが用意してあった燭台に灯をともす。拓哉が機械をかざして室内の探索を始めた。 「古文書らしきものはないですわねえ」 「壁の模様に何か意味があるのでしょうか」 「とくに文字は書いてないねぇ」 マニフィカたちがひそひそと話していると、拓哉がアメリアを呼び寄せた。 「あそこに空洞があるみたいだぞ」 「壁の中か?」 ルイードもやってきて拓哉が指し示した場所を見る。特に変哲もない壁のようだったが、アメリアが押してみると一部がかこっとはずれた。壁のくぼみには古めかしい本が並んでいた。 「だいぶ年代物だな。特殊な素材はなしか。ちとせ、なにか解るか」 「あの本だけなにか違うみたいですわ」 ちとせが指さした本をアメリアが手に取る。本の間から紙が一枚ひらりと落ちた。それは地図のようだった。ちとせが大きくうなずいた。 「それに力があるみたいですわ」 本を眺めていたアメリアがうわごとのように言った。 「我……かの……地に、リザフェスを封じん。封印は契約の巫女が現れしときに解かれるであろう。契約の巫女は、闇が目覚めし時に、世界を破滅より救うために選ばれるであろう」 「アメリア?」 「なんだろぉ。急に言葉が思い浮かんだのぉ」 本はアメリアの言葉が終わると同時に風化して散ってしまった。地図だけが残された。拓哉が拾い上げ、検索機で調べ始めた。地図には手書きとおぼしき絵が描かれていた。いくつかの印が記されている。1カ所だけ金色に光る場所があった。拓哉の背後からのぞき込んでいたルイードは、印を見て言った。 「この光る場所の意味はわからないが、他の場所は砂漠のオアシスだと思うぞ。町の位置と一致している。町はオアシスを中心に開けているからな」 「ここには町はないのか?」 「なかったはずだ」 「契約の巫女というのがアメリアさんのことじゃないですかあ?」 マニフィカの言葉にちとせもうなずいた。アメリアは地図の光る1点を一心に見つめていた。 「ここが力の封じられている場所なのかなぁ」 「砂漠のど真ん中だな」 「でも……行かなくちゃ。闇が目覚めようとしている……世界が破滅に向かっている……それを救うために」 「闇か。とすると、封じられた力は相反する光の力なのかも知れないな。けれど何故封じられたんだ」 「巫女が失われたから」 アメリアの返事に、全員が「え?」と聞き返した。アメリアははっとして顔を赤らめた。 「え?なんでだろぉ。そう思ったの」 「いやそうかもしれないな。巫女と契約することによって発揮される力なのかも知れない。リザフェスか……」 今度はルイードがぼんやりしてしまった。アメリアが見上げると、ルイードはなにかを必死に思い出そうとしているかのように眉をひそめていた。 「お兄ちゃん?」 「どこかで聞いたことがあるような気がするんだが。だめだな、思い出せない」 「他の本に書いてませんかぁ?」 マニフィカが手を伸ばして並んでいる他の本を手に取る。他の者もてんでに調べ始めた。それらは数百年前の戦いについて書かれた歴史書のようだった。リザフェスの名前は出てこなかったが、その戦いが闇と光の力のぶつかり合いであることが解った。 「光の精霊なんているのぉ?」 「いますよぉ。知り合いに光の精霊と友達の人もいますからぁ。この世界にはいないんですかぁ?」 マニフィカが逆に聞き返すと、アメリアが首を振った。 「私は知らないなぁ。神殿の教えにも出てこないよぉ」 「もしかしたら力というのは光の精霊のことなんだろうか」 拓哉が呟く。ルイードが地図を広げて言った。 「まずはこの地点を探すか。近くの町で情報を集められるかも知れないな」 「そぉだねぇ」 アメリアが兄の判断に間違いはないとばかりににっこり笑ってうなずいた。 ○ 旅の準備は急ピッチで進められた。人手も集まりルイードの指示の元、進行ルートが練られていった。そんなある晩、神殿を衝撃が襲った。巫女達が不穏な気配にざわめきたつ。神殿の長老に呼ばれたルイードとアメリアは、すぐさま出発するように命じられた。副官として同行することになったダグラスが探索隊のメンバーに非常招集をかけた。 「敵が来ているの?」 狼族の獣人シエラ・シルバーテイルが招集を受けて起きだしてきた。白いふかふかの毛並みにアメリアが顔を埋めた。 「なんか暗いなにかを感じるのぉ。長老様が探索隊は早く旅に出た方が良いって」 「……アメリアはわたしが怖くないの?」 「え、どうしてぇ?獣人族はそう多くないけどぉ、シエラからは怖い雰囲気を感じないものぉ。犬の毛並みが綺麗だよねぇ」 「わたし、犬じゃなくて狼です!」 「あ、ご、ごめんねぇ?」 犬と間違われることには慣れていたが、反射的にシエラが訂正する。アメリアがびくっとして頭を下げた。シエラは怒鳴ってしまったことに照れて、こほんと咳払いをしながら言葉を続けた。 「神殿に敵対するものね。この世界には別の宗派もあるのでしょう?そいつらが襲ってきているのかしら」 「どぉしてぇ!?そんな話、聞いたことないよぉ」 「宗教は人を生かしも殺しもするもの。おもしろいことにね。って、巫女さんの前で不謹慎だったかしら」 「ううん……宗教間の争いの話は聞いたこと無いけれどぉ……数百年前の戦いの真相は今に伝えられてないからぁ……もしかしたらそういうことなのかなぁ……」 「ま、とにかく行くならさっさとしたほうがいいわね。わたしのようなどこの犬の骨のような奴がいても良いなら手伝うから」 「……やっぱり犬さんなの?」 「狼です!」 「ごめんなさいぃ」 ざわざわと人が集まり始める。旅の荷物分配を請け負っているのはファリッド・エクステリアとその妻のアクア・エクステリアだった。件の地図を広げてルートの確認を行っているルイードに近づいていったのはルーク・ウィンフィールドだった。 「目的地は決まっているのか」 「ああ、とりあえずここから南にある町を目指す。地図の場所はまだそこからだいぶんあるようだが、ここが一番近いからな。町なら神殿もあるだろうし、そこで情報収集できたらと思うんだが」 と、ルークを見ようとしてあげられたルイードの視線が1点にとめられた。微妙に表情に怒りが混じってくる。ルークが振り返ると、視線の先ではアルトゥール・ロッシュに話しかけられているアメリアがいた。アルトゥールはかいがいしくアメリアの荷造りに手を貸したりしていた。 「心配しなくても大丈夫だよ。僕がついているからね。困ったことがあったら何でも言ってくれよ」 「うん、ありがとぉ」 「色々と大変だろうけど、がんばろうね」 「うん」 アルトゥールのなれなれしい態度にルイードの眉が跳ね上がる。さすがにルークがくっと笑った。 「気持ちはわかるがな。過保護にしすぎるのもどうかと思うぞ」 「……わかっている」 ルイードが僅かに言葉に詰まって応じた。そこへファリッドがやってきた。 「準備は整ったぞ」 「わかった、行こう。外はどんな感じなんだ」 巫女達のざわめきは続いていた。アメリアも不安そうな顔をしている。ルイードがその頭をくしゃっと撫でた。 「敵に気づかれないように出ないといけないな」 ダグラスの言葉にルイードもうなずく。数名の仲間がやってきて告げた。 「精霊に外の気配を探らせてみるよ」 真っ先に言ったのはアルフランツ・カプラートだった。黒いネコ耳がぴくぴく動いている。手をかざすと傍らに小さな女性が現れた。水色の逆立つ髪と明るい色の瞳を持ったその女性は、アメリアに柔らかく微笑みかけた。 「わぁ。もしかして風の精霊?」 「うん、そうだよ。シルフなら空気の流れとか読めると思うんだ。オレは音に敏感だし、危険をすぐに察知できると思う」 「私はシェルクに頼んでみるわね」 「シェルク?」 アメリアの疑問に、ラーナトリア・アートレイデが意識を集中させながら答えた。 「私と契約している大地の精霊よ。ああ、帰ってきた」 どこからともなく角の生えた子犬がやってくる。シェルクはラーナトリアの前にやってくると、身体をすりつけるようにした。 「そう。ありがとう、シェルク。じゃあまた近づいてきたら教えてくれる?」 ラーナトリアはしばらくその毛並みを撫でながらうんうんとうなずいていたが、やがて顔を上げてルイードに言った。 「まだ敵は遠いみたい。砂漠の中央部から来ているみたいね。出るなら今のうちだわ」 シェルクはまた姿を消した。ルイードはアメリアの隣に立ちながら、旅に出る仲間に告げた。 「神殿の裏手から出て、町中を通っていこう。行くぞ」 「あとのことは任せて!敵は引きつけておくわ」 「ああ、頼む」 残る巫女達が奥の部屋に避難する。神殿騎士達が神殿前に進み出て敵襲に備える。シルフに気配を探らせて裏口が安全であることを確かめたアルフランツの合図を受けて、まだ明けやらぬ空を眺めながらルイードたちが出発する。同行しながら考え込んでいたのはルークだった。 『南の町か。さてどうやって依頼人にこのことを伝えるかな』 「大丈夫かなぁ」 不安そうなアメリアの肩に周囲を警戒していたアルフランツがぽんと手を置いた。 「大丈夫だよ。みんなを信じよう?」 と、突き刺さるような視線を感じて、アルフランツが心の中で苦笑する。視線の主はもちろんルイードだった。 『こっちのほうが大丈夫じゃなさそうだなぁ』 敵の軍勢が襲ってきたのは日が昇りかけた頃合いだった。いつもだったら明るくなる空が今日は薄暗い。シェルクの報告を受けたラーナトリアが神殿の守りについた者たちに告げた。 「来たわよ!」 「さて、どうでるかな」 不穏な気配を感じつつも、まずは様子見をしようとしているのはグラント・ウィンクラックだった。様子見と言っても戦いが始まったらすぐに打って出られるように、神殿前でエアバイクに乗って油断無く身構えていた。 「奴らの目的は何なんだ。敵と見なしていいのか」 「少なくとも好意的ではないようよ」 グラントの問いにラーナトリアが答える。その言葉通りにやってきた軍勢は雄叫びを上げて神殿に突進してきた。馬面の獣人の集団が群がるようにやってくる。タイミングを計っていたラーナトリアが、集団が砂漠の端を乗り越えようとする直前に大地を陥没させた。悲鳴を上げて先頭集団が砂に埋まって行く。しかし敵勢の数は予想をはるかに上回っていた。先制攻撃の成功に喜ぶ間もなく、まるでわいて出るかのように敵が押しかけてきた。その範囲は神殿を取り囲むに十分な数だった。勢力を見定めていた佐々木甚八が呟いた。 「この数、占領か陥落が目的か」 神殿を襲う意図はわからなかったが、様子伺いなどではないことは明らかだった。甚八は敵の勢力の中から指揮官を捜しつつ、ペットのソラを戦闘型に変えて敵勢の上空で岩を打ち砕いて空爆を行った。 「ドウしまショウ。もしかしてこの人タチ、悪い人デシタか?」 獣人に混じって侵攻してきながら戸惑っていたのはジュディ・バーガーだった。偶然立ち寄った集落で依頼を受けてやってきたのだが、覚えのあるソラの姿を見て遅まきながら悪事に手を貸しているらしいと気づいたのだ。しかし今更、恩義を忘れて反旗を翻すわけにも行かない。唯一幸いといえるのは、白いホッケーマスクを被っていたため、顔がばれる心配はないということだろうか。しかしこのまま戦いを続けるのもためらわれる。ジュディは獣人の中でも首領格と思われる一人に近づいていった。 「ドウしてコノ戦いをスルのですカ?」 「ミティナ様の命令だ」 「ミティナ様?」 そんな人いただろうかとジュディが首をかしげる。相手の男はジュディの戸惑いなど気にもせずに軍勢に命令を出していた。 「契約の巫女を抹殺するのだ!かかれーっ」 軍勢は獣人だけではなかった。明らかに普通の人間の姿をした者たちもいた。共通しているのは占領などと言う生やさしいものではなく、破壊を目した意思だった。 『契約の巫女の抹殺?それが目的なの?』 軍勢に潜り込んでいたのはシェリル・フォガティだ。神殿騎士達と対峙しながら今は味方の軍勢の動向に気を配っていた。 「巫女はどこ!?」 「答える必要はない!」 対峙している騎士がきっぱりと言い切る。軽く手傷を負わせて戦意喪失させようとしたシェリルだったが、その目論見は背後からやってきた軍勢の一員に破られてしまった。その者は問答無用で神殿騎士を斬り殺してしまったのだ。容赦のない行動にシェリルの眉が寄せられる。見れば殺戮はあちらこちらで行われていた。グラントが集団を敵と見なして飛び出してきた。 「俺の名はグラント・ウィンクラック!この破軍刀の錆になりたくなかったらとっとと逃げな!刃向かうなら……容赦はしないぜ!」 「それはこちらの台詞だ!」 襲いかかってきた敵をグラントはすかさずなぎ払った。どうと倒れるその後ろから新手がやってくる。振りかざされた斧と破軍刀ががきりとかみ合って火花を散らした。獣人の特性か力が強いらしい。強大な力を誇る破軍刀相手に一歩も引かない。2度3度と渡り合ってグラントがにやりと笑った。 「へ、嬉しいぜ。まさかこんなところでここまで俺を熱くさせてくれる相手に会えるなんてな!」 「契約の巫女の命を差し出せ。邪魔はするな!」 スピードが勝るのか、グラントにかすり傷が出来てくる。しかし引かないのはグラントも同じだった。長い間合いを活かしてとどめを刺す。しかし息つく間もなく新手がやってきた。 戸惑いながらも戦いを続けるジュディやシェリル。迎え撃つグラントや神殿騎士達。死傷者は双方ともに瞬く間に増えていった。戦いの隙をぬって負傷者を神殿に運びいれ、ラーナトリアや巫女達が手当に当たる。小規模の中断はあったものの、軍勢の攻撃はやむことなく数日が過ぎていった。 その間、神殿を旅立った一行は南の町を目指して旅を続けていた。途中、小さなオアシスで幾度か休憩を取る。最初のうちは追っ手に神経を張りつめさせていたが、幾度目かの休憩を取る頃には少し余裕が出てきた。その気配を感じ取って、ルークが密かにとある町に転移した。そこでは20代前半くらいの黒髪の美女が待ちかまえていた。 「あらそう。契約の巫女はもう神殿にいないの」 「今は南にある町を目指している」 「仕方ないわね。追いかけなくちゃ。ならとりあえず手勢を連れてこないと。ふうん、ついでに神殿にはもう用はないから、壊してきちゃおうかしら」 美女がくくっと妖艶な笑みを浮かべる。ルークはそのまま何食わぬ顔で旅の一行に戻った。美女もすいと姿を消した。 その頃、大きな戦いが続いている神殿の表側の喧噪をよそに、数名の人員を引き連れたテネシー・ドーラーが裏手に現れていた。テネシーは傍らにいたケルベロスに高熱波をはき出させて壁に穴を空けると、手下と共に中に入り込んだ。神殿騎士達はみな表の戦いに出払っているらしい。目指すは巫女達が集まっているであろう奥だった。魔眼を使い注意を払いながらそれらしき場所に向かって進んでいく。と、不意に足が止まった。 「邪魔はさせませんわ」 「ソラ、ブルーストライカーだ!」 テネシーの侵入に気づいたのは甚八だった。別働隊の存在を考え、神殿内を見回っていたのが功を奏した。侵入に気づかれてとっさにソラを魔眼で麻痺させようとしたテネシーだったが、人形であるソラには効かない。ソラは甚八の命令を受けてダッシュをかけて間合いを詰めるとパンチをくりだしてきた。空中に浮かび上がってテネシーが避ける。高圧電流をグローブにまとわせたソラがジャンプして殴りかかる。ぱちぱちとはぜる音に気づいたテネシーが、電流に触れないよう風を巻き起こしてソラを床にたたきつけた。そこに手下どもが襲いかかってきた。 「いい、そいつらを足止めするんだ」 甚八の言葉にソラがすばやいパンチで応戦する。ソラの相手は手下どもに任せてテネシーは先を急いだ。 「巫女がいる部屋は、ああ、あそこですわね」 魔眼で位置を把握して飛び込んでいく。巫女たちも精霊の力で必死に戦いを挑んできたが、殺戮人形の異名をとったテネシーの敵ではない。室内はたちまち血の海と化した。 「このなかに契約の巫女はいるのでしょうか?」 そのとき外の気配に気づいてテネシーが動きを止めた。 「あら、ミティナ様じきじきにいらしたの?」 契約の巫女を殺すのは自分たちに任せていたはずだ。予定外のことにケルベロスの高熱波で近道を作りながら表に出る。ミティナはテネシーに気づくと軽く肩をすくめた。 「どうやら巫女はもう旅に出ちゃったらしいのよ。だからここはもういいわ」 「後を追うのですか」 「目的はあっちだもの。だから、ここは……こうしちゃいましょ」 獣人たちをいずこかへと転移させると、黒髪の美女ミティナは甲高く笑いながら手を振りかざした。空が黒くなっていく。風が吹き荒れ始めた。やがて風に乗って闇色の触手が神殿を包み込み始めた。異変に気づいたグラントがエアバイクでミティナに向かってきたが、闇の触手に絡め取られて自由を奪われた。 「ちくしょう、なんだこいつは!」 闇の触手は切り離すこともできなかった。エアバイクごとぎりぎりとしめあげられてグラントの顔が苦痛にゆがむ。別働隊を退けた甚八や巫女達と怪我人の対処に追われていたラーナトリアも異変に気づき表に出てきた。 触手はぐんぐん広がって神殿をすっぽり覆い隠してしまった。そしてミティナの小さな笑みと共に一気に収縮して神殿を破壊した。 「うわああ」 「きゃああ」 数百年建ち続けた堅牢な神殿が、いともあっけなく崩れ去っていく。闇の触手はついでに周辺にいた神殿騎士達をなぎ払うと、テネシーを連れたミティナと共に消え去った。 風がおさまったあとには、瓦礫と化した神殿が残された。触手に襲われて倒れ伏していたラーナトリアが生存者を求めて中に入って行く。甚八もソラに命じて瓦礫をかき分け始めた。 崩壊に巻き込まれた死者が累々と発見される。最悪の事態にグラントが歯がみした。 「長老!しっかりして!」 やがて虫の息で倒れていた長老をラーナトリアが発見した。長老は絶え絶えの息を吐き出しながらラーナトリアの腕を強く掴んだ。 「あ、あれは破壊の力じゃ。過去に存在したと言われる闇の力……。アメリアたちが危ない。あとを追ってくれ……そして守ってくれ。対抗できる光の力が見つかるまで……頼む……」 「長老!」 「なんてこったい」 力尽きた長老の首ががくっと垂れる。全身傷だらけになったグラントが、怒りに言葉を詰まらせた。 ○ アメリアたちは神殿の惨状も知らず、ひたすら目的地である南の町チェレディを目指していた。砂漠は広い。昼に休憩を取り、夜に行進していく。途中拾ったのはアンナ・ラクシミリアと将陵倖生だった。2人は砂漠で行き倒れていた。 「お兄ちゃん、あれ、人だよぉ」 「アメリアは下がっていろ」 敵かもしれないとアメリアを下がらせダグラスに託し、ルイードが2人に近づいて行く。人の気配にがばと起き上がったのはアンナだった。 「ここはどこですの!ああ、さっぱりしたいですわー!」 「……み、みず」 倖生ももがきながらつぶやいた。 「敵ではなさそうだな」 ルイードと一緒にやってきたのはホウユウ・シャモンだ。傍らに妻のチルル・シャモンが控えている。ホウユウが倖生に、チルルがアンナに手を貸す。与えられた水をごくごくと飲み干して、倖生がはーっと大きく息をついた。 「ぷはぁ、悪かったな、助かったよ。よその世界から来たんだけどさ、飛ばされた先がこんな乾いた場所なんで、正直どうしようかと思っていたんだ。あんたたちはこの近くの町の人かなんかなのか?」 「この先にある町を目指しているところだ。実際の目的地は違うがな」 「町があるんですの?助かりましたわ。そこまで同行させていただいてもよろしいかしら」 アンナがほっとした様子で申し出てきた。安全な旅とは言いがたいが、ろくな装備も持たない2人を砂漠のど真ん中に見捨ててゆくわけにも行かない。しばし迷ったあと、ルイードが告げた。 「俺たちは今、ある力を求めて旅をしているんだ。どうやら他にもその力を狙っているらしい奴らがいて、追われている。危険だが、それでもいいか?」 「あら、それならわたくしにできることがありましたらお手伝いいたしますわ」 「探し物に追っ手か。それならおれも役に立てると思うぜ。助けてもらった礼もあるからな。手伝わせてくれ」 倖生が手のひらに式神人形を取り出した。 「こいつは1kmくらいなら敵の気配を察知できるんだ。追っ手がいるなら都合がいいだろ」 「そうか。それはありがたい」 砂をパタパタと払い落としていたアンナは、とことこと寄ってきたアメリアににっこり笑いかけた。 「まあ。同じくらいの年の方もいらっしゃるのね。あなたがなぜこんな危険な旅に?」 「うん。私は神殿の巫女なのぉ。力についての神託を受けたのが私だからぁ。連れてきてもらったんじゃなくて、お兄ちゃんたちに着いてきてもらったんだぁ」 「とりあえず怪我はなさそうね。なら先を急ぎましょう。話は歩きながらでもできますもの」 チルルがアンナたちを促す。そのチルルの肩をホウユウが抱いた。 「そうだな。敵はいつやってくるかわからないんだ。行こう」 やたらと親密な(夫婦なのだからべたべたしていてもおかしくはないのだが)様子の2人にアメリアが赤くなる。ルイードも思わず眼をそむけた。ホウユウの背中をトンと叩いたのはアクアだった。 「新婚だからって、それは目の毒と言う奴ですよぉ」 「仲がいいのはいいことじゃないか」 荷物を整えなおしていたファリッドが穏やかにアクアをなだめる。アクアはうなずいて笑い返した。 「それもそうですねぇ」 「いちゃいちゃしてるのは自分たちもじゃない」 それを見てぼやいたのはミルル・エクステリアだった。ファリッドが振り返った。 「ミルル、何か言ったか?」 「別にー?ほんと、仲がいいっていいわよね」 「そうでしょう」 チルルがおっとりと同意する。双子の姉の言葉にミルルの肩ががくりと落ちた。 朝日が砂漠を金色に光らせていく。やがて気温がぐんと上がることだろう。その前に避難場所を作ろうと天幕を張る。男性陣が力仕事をしている間、女性陣は食事の支度をしていた。アルトゥールがさっさと自分の分担を終わらせてアメリアの手伝いに走る。ルイードがむっとした顔でそれを見ながら作業していると、ダグラスが手を貸してきた。 「仕方がないな。そんなに気になるなら行ってこい」 「大丈夫だ」 強がりを言うルイードの金の髪が日差しを浴びてきらりと光る。アメリアも同じ色の髪をしていた。黙って作業をしていたルークは、それを見比べて、疑問を口にした。 「聞きたかったんだが、お前たち、いや、あの巫女はなにか特殊な家系の出かなにかなのか」 ルイードは軽く目を見張ってから首を横に振った。 「別の人間にも聞かれたんだがな。うちはどこにでもいるようなごく平凡な家だったぞ。確かにアメリアは、小さい頃から精霊の気配に敏感だったが、巫女の素質を持ったものは、少ないとはいえそんなに珍しいというほどでもないし。何故だ?」 「彼女にだけ神託が降りたのと何か関係があるかと思ってな。ああいうのは血筋が関係することが多いからな」 「確かに巫女を多く輩出する家系というのはあるが。両親亡き今、確かめる術はないな……」 「そうか」 深くは追求しないで、聞いたことだけをそっと胸にしまう。それからルークとルイードはもくもくと作業を進めた。 休息の時間はアメリアにとってやはりほっとする時間らしい。天幕の中で兄の隣に座って食事をしている姿は、まだまだ幼く非力に見えた。緊張をほぐそうとアクアが喜びの舞を舞い始めた。見ているものに幸せな気持ちが満ちてくる。アメリアが嬉しそうな顔になった。 「大丈夫?疲れてない?目的の町までもうすぐなんだよね。がんばろう」 アルトゥールがそういって水の入った器を差し出した。受け取ったのはルイードだった。 「わかっている」 過保護な保護者にめげずにアルトゥールがアメリアの横に座る。正面に座っていたミルルが自分の兄との違いを思って内心で笑いながらアメリアに話しかけた。 「ねえ、この世界の精霊ってどんななの?光の精霊はいないって聞いたんだけど」 「水風火地の四大精霊だねぇ、いるのは。神殿の本には、昔の戦いが闇と光のものだったってあったけれどぉ。もしかしたらその戦いでいなくなっちゃったのかなぁ」 「光の精霊ね……」 ミルルがぽつりとつぶやくと、アメリアが見上げてきた。 「ミルルは光の精霊って知っているのぉ?」 「あ、あ、うん。知り合いにね、見せてもらったことがあるのよ」 胸を掠めた面影に赤くなりながらミルルが応える。そしてチルルとファリッドの忍び笑いにぶちきれた。 「なにがおかしいのよ!」 「あらあら」 「知り合いってリオルのことだろう。会っていないのか」 「なーなによっ。チルルにも兄様にも関係ないでしょ」 ミルルの反応は兄姉の笑いを強めただけだった。楽しげな様子に、舞を終えたアクアがアルトゥールを追い出してアメリアの隣を確保すると、食後のお茶をアメリアの器に注いだ。 「光の精霊が味方になってくれるといいですねぇ」 「うん、そぉだねぇ」 「心配するな。怖いものではないんだろう」 ルイードが言うと、アメリアがこくりとうなずいた。ミルルがチルルに問いかけた。 「チルルも精霊使いでしょ?何か感じないの?」 「自然の精霊の気配なら私にもわかるわ。でもアメリアが感じている力はわからないわねぇ」 「わあ。チルルも精霊の気配がわかるの?」 「ええ。そうそう、光の精霊ならうちの子を見る?リィナって言うのよ」 チルルの手の中に小さな光り輝く少女が姿を現した。少女がぺこりとお辞儀をする。アメリアが眼を輝かせた。 「可愛いねぇ。こんにちは、よろしくねぇ。ああ、うん、ちょっと気配にているかもぉ。やっぱり力って光の精霊のことなのかなぁ」 「そうなの?」 和やかな雰囲気についてゆけなくて、ミルルが口を尖らせた。 「いいなあ。双子なのになんでこんなに違うんだろ」 「その分、直接戦闘は得意じゃないか」 ファリッドがついつい慰めを口にする。ミルルがちょっと甘えたようなすねた顔を見せた。 「ミルルたちも仲のいい兄妹なのねぇ」 「アメリアたちほどじゃないけどね」 「もう家族は互いしかいないからな」 ルイードの言葉に、兄妹の新しい家族となったアクアとホウユウが、それぞれのパートナーに視線をやった。それにファリッドとチルルが応じる。睦まじい様子にミルルがふてくされた。少しだけうらやましそうなアメリアの腕の中で、テオドール・レンツが明るく言った。 「アメリアちゃんにもいつか新しい家族ができるよ!」 「ありがとう、テオドール」 オレンジ色のテディ・ベアの表情は動かないが、その心情は強くアメリアに伝わってきた。気持ちを穏やかにさせる、暖かく優しい気。肌触りの良い毛並みに、アメリアが顔をうずめた。 「はい、これ」 テオドールは自分の荷物から一掴みのキャンディを出してアメリアに渡した。ほおばった口の中に柔らかな甘みが広がる。アメリアがにっこり笑った。 「なるほど、やはり魔物も存在するんじゃな」 ぶつぶつ言いながら天幕に入ってきたのはエルンスト・ハウアーだった。アメリアが魔物と聞いておびえた表情になった。枯れ木のような老人のエルンストは、そのおびえに気づいてくつくつと笑った。 「よしよし、大丈夫じゃよ。あやつらならワシと仲良しになったからもう襲っては来ないんじゃ」 「本当?」 「ワシはそういうのが得意なんじゃよ。精霊とも相性が良いしな。力が精霊のものなら、なにかわかると思うんじゃが」 「うん……」 まだ少しおびえた風のアメリアをなだめようと、エルンストが努めて明るく言った。その足元にまるでエルンストを小型化したかのようなノームが出現した。 「そうそう、ワシとノームの2つの見事なひげが鑑賞できるのが一番の特典じゃぞ」 その言葉と地の精霊の気配にアメリアが警戒を解いた。 「ほーれほれ、巫女のお嬢ちゃん、触ってみんかね」 「ほんとぉ、素敵なおひげだねぇ」 笑い出したアメリアがそっとエルンストのひげを撫でた。エルンストがふぉふぉふぉと笑った。 「あれ?ルークちゃん、どこへ行くんだろう」 と、天幕から離れていくルークの姿が垣間見えた。テオドールの視線の先で、その姿は不意に消えた。 別の天幕にいた倖生が飛び込んできたのはその少し後のことだった。 「どうやら追っ手が来たようだぜ!」 「なに!?」 倖生の服の下から式神人形がぬっと顔を出す。突然の行動にぎょっとする持ち主(?)を無視して、美少年式神人形はびしっと北の方角を指差した。 「あっちなのか?距離は?なに、もうすぐそこに来ているって!?なんでもっと早く教えないんだ。え、いきなり現れた?どういうことだよ」 矢継ぎ早の倖生の質問に、美少年式神人形はクールに首を振っただけだった。ホウユウが心眼を使う。そして確かに怪しい気配をした者たちが詰め掛けてくるのを感じてルイードに伝えた。 「天幕をしまっている余裕はないな。ルイード、アメリアを中心に陣をしけ。おそらく連中の狙いはお前の妹だろうからな。チルル、護衛についてくれ。いざと言うときは緋月神扇で結界を張ってくれ」 「はい、あなた」 「アクア、君もアメリアの守りに着いてくれ」 「わかりましたですぅ」 ファリッドに言われてアクアがアメリアを立ち上がらせる。テオドールをぎゅっと抱え込んだアメリアは素直に2人についていった。天幕の外に出るとダグラスが駆け寄ってきた。 「どうした」 「追っ手が来たらしい」 「らしいって」 「本当じゃよ。今、魔物どもに相手をさせておる」 エルンストの言葉を裏付けるように、そう遠くないところで砂煙が上がっていた。 「とにかくリーダーをつぶしてくるわ!」 そう言ってエアバイクに乗って飛んでいったのはトリスティアだ。アルトゥールが走っていく。ホウユウとファリッド、ミルルがそれに続く。ルイードとダグラスも走り出した。 戦いの気配をリオル・イグリードに伝えたのは光の精霊のレイフォースだった。リオルはレイフォースを使って神殿で噂になっていた力を単独で探していたのだ。居場所は探索隊とは遠く離れた場所だったが、この世界には珍しい闇の気配をレイフォースが察知したのだ。 「なにかしら、大きな闇の力を感じるわ」 「闇の?この世界にはいないんじゃなかったっけ」 レイフォースの報告を受けてリオルが首をかしげた。 「まさか噂の力が誰かの感情に感化されたんじゃ」 「ううん、違うわ。もっと安定した感じがあるもの。未分化で暴走しているのとは違う」 「違うんだ。なら良かった。大きな力が暴走したら大変だものね。早く見つけ出さないと」 「そうね」 そしてリオルが向かったのは地図に記されていたのとはまったく違った方向だった。探索隊の中に想い人のミルルがいることも知らず、リオルは1人旅を続けた。 「リーダーは任せたよ!」 「わかっているって。そっちこそ雑魚なんかにやられないでよ」 「あたりまえだよ。アメリアを悲しませるようなことは絶対にしないからね」 真っ先に軍勢にたどり着いたトリスティアとアルトゥールがすばやく分かれる。エルンストに操られた魔物と戦っていた獣人が、アルトゥールに気づいて向きを変えてきた。アルトゥールは疾風のブーツで相手の動きをけん制しながら鞘に入れたままのミスリルレイピアを操っていた。目にもとまらない速さで急所を突かれた獣人が気絶していく。しかし仲間がやられても敵の戦意は衰えなかった。アルトゥールは表情を引き締め敵に宣言した。 「おい、僕が剣を抜かないうちに退くんだ。でないと死ぬぞ」 「それはこちらの台詞だ。ミティナ様が来られる前に契約の巫女を差し出せ。そうすれば命を見逃してやってもいいぞ」 「言ってくれるじゃないか……」 アルトゥールの反論したのがリーダーだとみなして、トリスティアが上空からコールドナイフを投げつけた。狙いたがわずそれはその獣人の足に突き刺さった。瞬時に凍り付いて動きが止まる。 「わかったでしょ。さあ、退きなさいよ!」 「甘いな」 「契約の巫女を差し出せってどういうこと?なにが目的なの」 「我らにとって大きな災いとなる力を目覚めさせないためだ。契約の巫女さえ殺してしまえば、リザフェスは目覚めることはない。ミティナ様がそうおっしゃっていた」 「ミティナ様?」 まだ上に誰かいるらしい。トリスティアがあたりを飛び回ってそれらしい人物を探す。その間にホウユウたちもたどり着いて戦いに参加していた。ファリッドが回転式拳銃で威嚇射撃をする。容赦しなかったのはルイードとダグラスだった。 「ルイード!殺してしまうのは」 「だめだ。やらなかったらやられるぞ!こいつら……昔、俺たちが住んでいたところを襲った奴らと一緒だ」 ルイードの言葉どおり、身動きのきく者たちは問答無用で切りかかってきていた。気絶させても生命力が違うのだろう。油断した隙に起き上がってきて背後から襲い掛かってくる。しだいにアルトゥールにも余裕がなくなってきた。 「なにか来る!」 心眼を使っていたホウユウが真っ先に異変に気づいた。空中に闇の塊が出現し、その中から黒髪の美女ミティナが現れた。獣人たちが闇から新たな力を得て押してきた。 「君がミティナ?なんでアメリアを狙うのさ!」 トリスティアが目前に迫って問いただした。ミティナが妖艶に笑っていた。 「そんなの決まっているじゃない。リザフェスを目覚めさせられちゃ困るからよ。かばいだてするなら容赦はしないわ。あんたたちにも死んでもらうわよ」 「やれるもんなら……っ」 立て続けに投げつけたコールドナイフは、だがしかし1本もミティナに届くことはなかった。すべて途中で見えない壁にはじかれて霧散してしまったのだ。闇が触手を伸ばしてくる。風が荒れ狂いだした。 「リザフェスなんか……リザフェスなんかなくなってしまえばいいのよ!」 「うわぁ!」 触手に絡みつかれたトリスティアがエアバイクから落下する。とっさにアルトゥールが受け止めた。はずみで転がった2人をかばうようにホウユウが間に割ってはいる。止めるのは無理だと判断したホウユウが間合いを詰めながら、愛用の斬神刀を振りかざす。斬神刀で切れないものはないはずだった。しかし闇の触手は断ち切られると分裂してホウユウの体に巻きついた。そのままトリスティアたちも飲み込んでくる。闇の中は大嵐だった。空気の渦に翻弄されてもみくちゃにされる。節々がぎしぎしと悲鳴を上げて、体が裂かれそうになる。瘴気が口や喉から入り込んで息を詰まらせる。命の危険をひしひしと感じたときだった。不意に攻撃がやんだ。 「……なに?」 解放されたトリスティアがよろよろと立ち上がる。ミティアは凍りついた表情でルイードを見つめていた。ルイードのほうはただいぶかしげにその視線を受け止めていた。 「なによ……なんで苦しいのよ!あんた何者なの!?」 「お前こそ誰なんだ」 ルイードが問い返すと、ミティナは表情を悲痛なものに変えた。 「いやぁあ!」 「おい!」 「行かせないから……リザフェスには行かせないんだから!覚悟してらっしゃい!」 「行かせない?」 目覚めさせないではなく、行かせないとミティナは口にした。その言葉の違いを問いただそうとしたとき、ミティナは手下を引き連れて行方をくらませた。 「あれは、誰だ。行かせないとはどういう意味なんだ」 呆然としていたのはルイードもだった。女の姿に見覚えがあるような気がしている。だが違和感も感じていた。 「黒髪黒瞳……あれが『本当の姿』か?」 「どういう意味だ?ルイード、おまえ、今の女を知っているのか?」 ダグラスに問われてルイードがはっとする。 「いや……なんだか知っているような気がしたんだが。会ったことはないはずなのに」 頭を振っているルイードにトリスティアが近寄った。 「なんだかよくわからないんだけど、あいつらアメリアを殺そうとしていたよ。この旅、急いだほうがいいんじゃないかな」 「ああ、そうだな」 目的の町チェレディまではあとわずかだった。休息もそこそこに、追撃を交互に警戒しながら一行は旅を再開させた。 だがその中にルークの姿はなかった。ルークはミティナの元にいた。 「特別な血筋ではないらしいぞ」 ルイードから聞いたことを報告する。ミティナがいらいらと頭を抱えた。 「そんなはずはない……そんなはずはないわ!」 「なにか知っているのか?」 しかしその質問への返答はなかった。 |
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