「天空の高みより」 第7回
ゲームマスター:高村志生子
砂嵐は雷雲を呼び、地上は闇のはびこる世界となって行った。天空高くにあるリザフェスは嵐の影響を受けてはいなかったが、ひしひしと伝わってくる闇の気配に緊張が高まっていた。 「早く闇の魔法陣を見つけないとねぇ」 暗い下界を見下ろしながらアメリアがつぶやく。そこへトリスティアがやってきた。 「アメリアも行くのね」 「うん、もちろんだよぉ」 「敵との攻防は任せてね。というところでお願いがあるんだけど、いいかな」 「お願い?」 少し離れたところにいるアルトゥール・ロッシュを指差しながらトリスティアが言った。 「アルトゥールの持っているジルフェスに光の力を注ぎ込むことはできるかな?封印に使われたほどの剣だもの、よりいっそうの光の力が加わればすごく心強い武器になると思うんだ。彼にはボクのセレストローズも渡しておくつもり。それで闇を蹴散らすよ」 「うん、それはいい考えだねぇ。アルトゥールって剣の名手だものねぇ」 「それに」 そこでアルトゥールには聞こえないようにこそっと声をひそめてささやいた。 「アルトゥールはアメリアのためだったら絶対に力いっぱい頑張っちゃうと思うんだ。けっこう良い奴なんだよ。アメリアにお似合いかも」 「え、ええ!?」 「あらあら、ちょうど私もそう思っていたところよ」 夫のホウユウ・シャモンを胸に抱きかかえて座っていたチルル・シャモンが同意する。アメリアが真っ赤になった。 「うん、優しいよねぇ……私も好きだとは思うけれどぉ」 「優しい人はいいわよねえ。この人も家族思いのとても優しい人なの。私はそういうところに惹かれて、家族の一員になりたくて結婚したのよ」 「家族思いはチルルもだろう?」 「あらあなた、起きてらしてたの?」 「敵襲があるといけないからな。ここが気持ちいいから寝た振りしていただけさ」 そういうホウユウの顔はチルルの大きな胸の谷間にうずまっている。チルルはにこにこしながら頭を撫でていた。相変わらずのラブラブ振りにリリエル・オーガナが視線を泳がせていた。 「リリエルには好きな人はいないの?」 「えっ、あたし!?えーと、いるようないないような」 いきなり話を振られてリリエルが焦る。ちょっと困った顔をしながら首をかしげた。 「だって拓哉のことは好きだもの。上官だから恋人って断言しちゃっていいかわからないけど、あたし的には問題なし?拓哉だってあたしのこと、好きだって信じてるもの。って、えーい、あたしのことはいいの!アメリアはどうなのよ。アルトゥールがアメリアに気があるのは見え見えじゃない。アメリアはどう思っているの?」 「どうって……好きは好きだけど、恋愛感情なのかなぁ。よくわかんない。アルトゥールの気持ちだって、そういう意味の好きかわからないでしょぉ」 いや明らかに女の子として好きだろうというのは周囲の一致した意見だったが、無邪気にきょとんとしているアメリアの前では誰も口に出せなかった。ダグラスが思い出したように笑い出した。 「そういやアメリアにプロポーズした奴がいたっけな」 「だーかーらー!あれは違うと言っているだろうがっ」 怒鳴り返したのは佐々木甚八だった。今にも憤死しそうな顔でソラの後ろに隠れている。トリスティアがちょんちょんとつついたら、ずざざざっと飛びのいて倒れそうになった。 「あ、もしかして女性アレルギーなのか?」 「だったらなんだ!だからプロポーズじゃないと言ってるだろう。俺は人間としてもっと根本的な神聖なことを思っているんだ」 ぜはーぜはーと肩で息をしながら必死な表情でにじりよってくる。ごほんと咳払いを1つすると、アメリアからは視線をそらし、ルイードに向かって話し始めた。 「ミティナは確かに闇から解放されたかも知れない。けれど、赦されたことに不満を持つ輩は少数でも出てくるはずだ。その不満はどこへ向く?赦し受け入れた巫女のアメリアに対してじゃないのか。光の巫女となったアメリアは、実質的なこの世界の最高権威だからな。ザイダークとの戦いが終わって闇と光が世界に還元されてもそれは変わらない。アメリアたちにとってはこの戦いは通過点に過ぎないんだ。むしろ終わってからの方が大変だ。噴出する不満を受け止め、心痛めることになるだろう。彼女にその選択を求めたのは俺だからな。だから、俺が相応の責任を取る覚悟を持つのは当然じゃないのか。さっきアルトゥールとのことが話題になっていたが、アメリアと懇ろになろうというなら、彼女の人生の春だけでなく、嵐をも受け止める覚悟が必要だ。ルイード、兄としても妹を任せる男にはそれは望むところだろう」 「ああ、そりゃ、まあ。アメリアは俺よりよっぽど強い心を持っているが、1人じゃないって信念が強いのも理由の一つだからな。なにがあっても守ってくれる男でなきゃ、とうてい任せられはしないさ」 ルイードもうなずく。甚八はきっぱりした顔で断言した。 「俺は男としてじゃなく、補佐役としてその任に着きたいと思っているんだ。契りたいと思っているわけじゃない」 「契る……」 さらりと直接的なことを言われてルイードが固まった。 離れていたがところどころに自分の名前がでているらしいと気づいていたアルトゥールは、いつ会話に加わろうかタイミングを計っていた。アルフランツ・カプラートがそれを緊張と捕らえて声をかけてきた。 「なあ、アルトゥール。アメリアに告白はしないのかい」 「は!?急になにを言い出すんだよ」 「なんとなくね。最終決戦を間近に控えて、光の巫女となったアメリアを独占するような行為にためらいがあるんじゃないかと思ってさ。けど、ミティナが昔、光の巫女に選ばれたのは、恋人を強く思っていたからだろ?人が人を大切に思う気持ちが悪い方向に働くはずない。アルトゥールは今までもこれからも、1人の女性として彼女を守っていきたいんだろ?その思いは光に通じると思う。まっすぐな気持ちをぶつけてみろよ。それで揺らぐほどアメリアも弱くはないだろうし」 アルトゥールが軽くウインクした。 「わかっているって。僕もそのつもりだよ。返事を急ぐつもりはないけれど、思っている人間がいるってことは知っておいてもらいたい。他の誰にもこの気持ちは負けてないと信じているからね。ルイードにもそれはわかってもらいたいし。けど、応援ありがとう。ようし、じゃあ行ってこようかな」 「頑張れ!」 アルフランツが破顔した。アルトゥールはちょっと手を上げてそれに応じてから、がやがやと騒いでいる輪の中に入っていった。 「なんかさっきから僕のことが話題になってないかい」 「気のせいだって」 トリスティアが明るく否定する。チルルはただにこにことしていた。甚八は値踏みするようにアルトゥールを見ている。多少面白がっているのはリリエルとダグラスだ。ルイードとアメリアは複雑そうにしていた。アルトゥールはまじめな顔でルイードを見た。 「まあ、いいけど。そうだな、この際だからはっきり言っておくよ」 「え、なにをだ」 「僕の悪い癖でね、可愛い女の子をみるとついちょっかい出したくなるんだ。だからルイードもそんな僕の態度が気に入らなかったと思う。でも……今は違う。そんな軽い気持ちじゃない」 「アルトゥール?」 真剣みを帯びた口調に、アメリアがまぶしそうにアルトゥールを見た。アルトゥールはアメリアに向き直ると、一言一言はっきりした調子で告げた。 「君が好きだ、アメリア。この身にかえても君を守りたい」 ぱぁっとアメリアが赤くなった。真摯な気持ちがまっすぐに伝わってきたからだ。それは決して嫌なものではなく、心の中を暖かくするものだった。余韻にアメリアが黙っていると、アルトゥールは砕けた調子に戻って言葉を続けた。 「とはいっても、そう簡単にやられたりしないけどね。死んでしまったら守れなくなっちゃうじゃないか」 「うん……」 「焦らないでいいよ。今は巫女の使命に専念してくれ。返事は戦いが終わるまで待つ。終わったらアメリアの気持ちを聞かせてくれないかな。それまで絶対に死なないし、死なせはしないから」 ね?と言いながらいつものようにアメリアの頭を優しく撫でる。その感触にアメリアが肩の力を抜いた。アルトゥールはふっと視線をルイードに向けた。ルイードはやはり複雑そうな顔だったが、今までと違ってにらみつけるような眼ではなかった。 「で、まあ、そういうことなら、とりあえずさっきの件やってくれるかな。ジルフェスの」 「あ、うん、そうだったねぇ。アルトゥール、ジルフェス貸してもらっていい?」 剣を受け取ってジルフェリーザとともに光の力を注ぎ込む。その間に、将陵倖生がルイードの元にやってきた。 「あのさ、確かルイードの持っている剣って、アルトゥールから借りた奴だったよな」 「ああ、そうだが」 「今度の敵って闇の亡霊みたいなもんだろ?おれの普段の武器じゃ役に立ちそうにないから、投影させてもらいたいんだ。ってなんだよ、なんか文句あるのか?みんないろいろやっているのに、おれだけ役立たずになるわけにいかないだろーが!お前こそちゃんと仕事しやがれ!」 定位置の胸元にいる美少年式神人形に怒鳴りつけると、受け取ったミスリルレイピアを投影魔術で複製する。アメリアがやってきてその剣に光の加護を与えた。倖生は自分のセレストローズを式神人形の服に貼り付け、アメリアに手渡した。 「雑魚はなんとかするからさ、アメリアは闇の魔法陣を探すことに専念してくれ。敵さんってそこからやってきてるんだろ。だったらこいつの探索が役に立つかもしれないから、こき使ってやってくれ」 「わかった。ありがとうねぇ」 式神人形はもそもそとアメリアの頭の上に乗っかってふんぞりかえっていた。 マニフィカ・ストラサローネがやってきて、チルルやリリエルとなにごとか話し合っていた。やがて話が終わったのか連れ立ってルイードのところに来た。 「結界を?」 「ええ。わたくし1人の力ではたいしたことはできませんけれども、チルル様やリリエル様、それに4大精霊の力を借りれば、大きな結界が張れると思うのですわ。もちろん光の巫女であるアメリア様の力もお借りしたいですわ。そうすればこの嵐を鎮めることが出来ると思うのですの」 ルイードはしばし考え込んでいたが、やがて口を開いた。 「その結界、闇の魔法陣の結界を破ることに使えないかな」 「闇の魔法陣の結界ですか?」 「光の魔法陣に結界があったように、闇の魔法陣にもあるはずだ。その大結界で闇の噴出を押さえ、闇の神殿への通路を開くことが出来るんじゃないかと思うんだが。そうすれば嵐もおさまるだろうし」 「そうですわね。ではそういたしましょう。まずはジード様たちの協力を得なくてはなりませんわね」 「ああ、それは私も考えていたわ」 チルルが応えると、マニフィカは傍らに向かって呼びかけた。 「ウネ様。聞いていてくださいました?」 マニフィカの側に青い髪のウネが出現した。マニフィカはその手をとって真剣に頼み込んだ。 「ジード様やノエティ様とコンタクトを取ることが、ウネ様にならできると思うのですわ。結界を張るには皆様のお力がどうしても必要なんですの。お願いできませんか」 「もちろんかまいませんよ。やってみましょう」 「ああ、ありがとうございます。やはりウネ様はお優しい方ですわね。まるで母上や姉上のよう……お姉さまとお呼びしてもよろしいでしょうか。できればもっと身近な存在になっていただきたいのですわ」 ウネはくすくすと笑っていた。 「わたくしは人とは違う存在ですから、望むような関係と呼べるかはわかりませんが。わたくしにとってあなたは、ともに水に深いゆかりのある存在。心からの信頼はうれしく思いますわ。絆を深めることはわたくしの方こそお願いしたいところ。よろしくね」 「はい、お姉さま」 マニフィカもうれしそうに笑った。 「結界にはアメリアやジルフェリーザだけでなく、ミティナも参加させてもらえるんだろう」 アルフランツが確認する。アメリアが小首をかしげた。 「4大精霊の力を使うってことで、オレもシルフと一緒に参加するけどね。光の力が一番強いと思う。だから現在の巫女であるアメリアはもちろん、過去の巫女であったミティナにも参加してもらいたいんだ。罪の償いの機会にもなると思うから、そのためにもやらせてあげてもらえないかな」 「もちろんだよぉ。きっと、本人も喜んでくれると思う。けりをつけるって言っていたものねぇ。ミティナもジルフェリーザの力を強く受ける人だし、やってくれると思うよぉ」 アメリアは明るく答えた。 ウネの呼びかけで個体を失っていた風のジードと土のノエティも復活し、協力を受け入れてくれた。その頃、グラント・ウィンクラックは自分になついている火のファイルを諭していた。 「えー、やだぁ、あたしも一緒に行くー!」 「気持ちはうれしいが、俺が行くのは戦いの最前線だぞ。今のお前の力じゃ危ないからな。大事な仲間をむざむざ危険な目にあわせられないだろ?」 「それはわかってるけど」 グラントはふと微笑を浮かべ、ファイルの頭を優しくなでた。 「それにあの嵐を何とかしないと闇の神殿に行けないのも確かだしな。だからお前はウネたちと一緒に結界のほうに参加してくれ」 「それはお願い?」 「ああ、そうだ。やってくれるか?」 「お願いじゃ嫌って言えないわね。わかった。あっちに行ってくるね」 ぶるぶると喜んでいるかのような音を立てたのは、グラントの愛車「凄嵐」だ。ファイルがいーっと舌を出した。 「お願いされたのはあたしだもんね。ゆずってなんかやらないわよ」 「おいおい。いがみあうだけならどっちもおいていくぞ」 「はいはーい。行ってきまーす」 ファイルがすばやく離れてジードのほうに向かっていった。 そんな様子を見ていたルシエラ・アクティアは、出立の準備をしているアメリアたちの元に寄っていってなにげなく問いだしていた。 「この戦いが終わったらこれまでのことを研究結果として発表したいのですが、そのためにちょっと確認しておきたいことがあるのですけど。ジルフェリーザさん、闇がこれほどまでに強くなったのは、光が強くなったからなのですか」 「いいえ。私は闇が強くなったから生まれたの。私がいたからザイダークが生まれたわけではないわ」 「そうですか。けど、光あるところに闇は必ず存在するものですから。あなたと闇の精霊がずっと一緒にいられればいいですね。今後このようなことが起きないように」 「そうね。強すぎる力は悲劇の元でしかない。私たちがあるべき姿で自然界に存在できるようにしてね」 「そうですね」 ルシエラの様子はごく自然なものだったが、アメリアの側にいたアクア・エクステリアは油断なく気を配っていた。 『どうにも怪しいんですのよねぇ』 「ところで、闇の神殿へは皆さん全員が行かれるのですか」 「ああ。ジルフェリーザとアメリアが契約した以上、ここに残っても意味はないからな。これまでは敵襲を待ってばかりだったが、今度はこちらから乗り込んでいってやるさ」 「そうですか。わたしも伝説の見届け人としてついてゆきますが、お邪魔にならないようにしますね」 ルイードにそう告げて、ルシエラはその場を離れていった。アクアがするどく呼び止めた。 「どちらへ行かれますの」 「あら。そのぉ……自然の摂理に呼ばれただけですよ」 軽くかわして姿を消す。アクアが眉をひそめてその行方を追った。 ルシエラは一人になると密書をしたためた。それは見聞して得た光の陣営の情報だった。大方の勢力は闇の陣営にも伝わっているだろうが、結界の話は大きな情報になるとルシエラは考えていた。密書は幽霊のレイスにたくし、闇の陣営へと運ばれた。 「なにもないといのですけど」 「どぉしたの、アクア」 アクアがアメリアの側でため息をつくと、アメリアが心配そうに顔を覗き込んできた。アクアは心配を胸のうちにしまいこんでアメリアに笑顔を向けた。 「いよいよですわね。闇も新しい巫女を得たようですが、こちらには新旧2人の巫女がいますもの。強い絆で結ばれた仲間もたくさんいます。みんなで力をあわせれば決して負けたりしないですわ。アメリアも1人で気負ったりしないでくださいませね」 「そぉだね。私にできるのは光の力でみんなを守ること。そしてみんなの力を借りて闇と光のパワーバランスを正すことだよねぇ」 「そうですわね。闇を殲滅するのではなく、更なる光で包み込み一体化してしまうのが最良の策でしょうね。ジルフェリーザの望みもそうなのでしょう」 「そぉだよぉ。消し去ってしまうのではなく、互いがあるべき姿で自然界に存在していられるようにって。そうすればこの砂漠で覆われた世界も、緑豊かな世界になれるって。アクアの言うように光の力で闇を包み込んでしまえたらいいねぇ」 「ええ」 「そういえばミティナはぁ?」 思い出して結界の話をしようとアメリアがあたりを見渡すと、ミティナはなにやら焦った様子で部屋を出て行くところだった。 ミティナと一緒に光の陣営に来たルーク・ウィンフィールドとジュディ・バーガーは、最初こそ警戒され気味だったが、光の心を取り戻したミティナの一途な願いで周囲に受け入れられていった。ルークはジルフェリーザからセレストローズをもらうと、一足先に出立しようとしていた。それをジュディが見逃すはずがなかった。 「ヘイ!一人で行ってしまうつもりデスか?ミティナを置いて?」 「ミティナを見捨てるわけじゃないぞ。俺は受けた依頼を自分から破棄することはない。ミティナには意思の実を渡してあるんだ。呼ばれたらすぐに戻ってくるさ」 「冗談でしょ。当然あたしも一緒に行くわよ」 ももんがのコリンを片手に止まらせたミティナがやってきて、強い口調でルークに言った。姿は変わっても、勝気な目は変わらない。その中に少しだけすがるような色が見えている。ジュディはミティナの心を感じ取って、ルークの背中を叩いた。 「ミティナはルークと一緒にいたいだけネ。ルークにも、ソレわかるハズ。女の強さを甘く見てはイケナイネ。ジュディも応援するカラ。一緒に行きマショウ」 「応援って……」 「みなまで言わなくてもOKネ!大丈夫大丈夫、わかっているカラ」 「こら待て」 「あたしが一緒は嫌?」 駄目押しのようにミティナに言われて、ルークが肩をすくめた。 「勝手にしろ」 ほっとしたように笑みを浮かべるミティナと暖かいまなざしでそれを見守るジュディだった。 ミティナから離れたコリンはラーナリア・アートレイデのところに飛んできた。ラーナリアが見つけて手に止まらせた。 「あら、どうしたの?え、そう。ミティナはあなたと一緒に行動するのね。先に偵察に行ってくるの?わかったわ」 コリンの持っていた意思の実を通してルークから話を聞いてから、ラーナリアはルイードのほうを向いた。 「上空から嵐の中心を探ってくるそうよ。わかったら知らせてくれるんですって。テネシー……闇の巫女もきっとそこにいるわね」 「ああそうだな」 ラーナリアは少しもじもじしていた。ルイードがいぶかしげに見ていると、やがて意を決したように口を開いた。 「この嵐とテネシーは無関係ではないと思うの。彼女を抑えることが嵐を抑えることにもなると思うのだけど……あの、ね。闇の巫女となった彼女の力には、私1人の力ではきっとかなわないと思うの。なんとかして抑えたいと思ってはいるのだけど……。だからね、もしよければ……手伝ってほしいなって……」 うっすら頬を染めて口ごもる。ルイードが言葉を探していると、ついと視線がそらされた。 「ご、ごめんなさい。今のは気にしなくていいから!嵐のことは任せて。あなたはアメリアを守ってあげて」 「どうせ嵐を抑えるために闇の魔法陣を探すんだ。アメリアのことは任せられる相手がいるしな。結界を張るのと破るのと、1人でも多くの力がいるんだ。一緒にってのはこっちから頼みたいな。手を貸してくれないか」 ラーナリアがはっとしてルイードを見ると、ルイードは優しいまなざしでラーナリアを見ていた。たちまちラーナリアが真っ赤になる。ルイードが軽く手を頬に当ててきた。そのぬくもりにラーナリアがいっそう赤くなった。 「やってくれるな」 「ええ、もちろん」 やっとのことでラーナリアはそう返事をした。 ○ 一足先にと言っても、地上に向かったのは全員でだった。光の魔法陣の周辺も嵐が吹き荒れている。さっそくルークがミティナを連れてフライボードで上空に向かおうとしたときだった。嵐が分かたれ、テネシー・ドーラーが姿を現した。ルシエラが悲鳴をあげて行方をくらます。テネシーは光の陣営の者たちの警戒をよそに、冷ややかな笑みを浮かべてみなを見回したあと、薄く笑いながらスカートの裾をつまんで軽く一礼した。テネシーの背後にはシェリル・フォガティもいた。 「せっかくですのでご挨拶に参りましたわ」 「挨拶だと」 ルイードが警戒して前に出てくる。ラーナリアが側でペットのシェルクを呼び出してルイードの護衛にあたらせた。テネシーはシェリルを前に突き飛ばすと軽やかに言った。 「そちらの甘い巫女の代わりに新しい闇の巫女にならせていただいたテネシー・ドーラーですわ。以後お見知りおきを。この世界はわたしたち闇が支配すべきもの。ザイダーク様の思惑の通りになっていただくのですわ。破壊こそが真理。手始めにこの女を血祭りにして差し上げましょう」 「ちょっと!どういうことよ。あたしだってザイダーク様の意志に基づいて動いているのよ。ザイダーク様を一人にしないためにここにいるの!勝手に人柱なんかにしないでよ」 シェリルが怒って怒鳴り返した。疑うようにテネシーがシェリルを伺う。そこへミティナの悲鳴が響いた。 「きゃあ!」 「そうはさせませんネ!」 「ミティナ、こっちだ」 なぜかダグラスがミティナを襲っていた。わけはわからないがとりあえずジュディが間に割ってはいる。ルークがミティナを引き寄せ背後にかばう。砂嵐で視界の悪い中、ジュディが声を張り上げた。 「ダグラス!光の心を取り戻したのと違うデスか!なんでこんなことを」 「本物のダグラスじゃない。ルシエラの変装だ!」 そう告げたのはファリッド・エクステリアだった。ファリッドの後ろには本物のダグラスが剣を構えていた。ダグラスに変装していたルシエラは、変装を解くとあっさり言った。 「あら、ばれてしまいましたね。そう、わたしはあるときは考古学者、そしてあるときは怪盗伯爵。ダグラスに化けることだって出来るのですけれど。そうね、もう少しこちらで楽しみたかったのですが、残念ですわ。でもまたどこかでお会いしましょう」 そしてばさりと白い羽を生やして空中に飛び立った。その姿は瞬く間に砂嵐の中に消えていった。 「よくわかったな」 憮然としてダグラスが言うと、ファリッドが緊張を解かないまま答えた。 「アクアがルシエラの動向には気を付けていたんだ。そして仮面をつけて変装するところを見て教えてくれたんだ。けど見ていて良かった。これでダグラスが疑われたりしたら、仲間がばらばらになってしまうからな」 テネシーが軽く肩をすくめた。 「ふうん、役立たずの巫女を抹殺できるかと思ったのですけれど残念ですわね。まあいいですわ。わたしも今回は挨拶だけですし、これで引き上げることに致しましょう。あなた方の相手はこちらに任せて」 「ちょっと!あたしを置いていくつもり?言ったでしょ。あたしはザイダーク様のために動いているって。連れて行きなさいよ」 シェリルが叫ぶと、テネシーは無表情にその腕を掴んだ。そして嵐の中に消えていく。後に残されたのはテネシーが作り出した闇亡霊たちだった。吹きすさぶ嵐をものともせずそいつらは襲い掛かってきた。ルイードとダグラスがすかさず立ち向かっていく。倖生も投影で作ったミスリルレイピアで切りかかっていった。挨拶と言っただけあって、この戦いは長くは続かなかった。切り裂かれて霧散したところにアメリアとミティナが光の放射を行うと、影はすぐに消えていった。 「急がないといけないな」 「とにかくちょっと探ってこよう。嵐なら必ず中心があるはずだ」 「闇の気配ならあたしにもまだ探れると思うわ」 「ミティナ、気をツケテ。ルーク、ミティナを守ってくださいネ」 「わかっている。行くぞ」 本来一人乗りのフライボードは、二人を乗せた状態ではふらふらとしてあまり高くは飛べなかった。ミティナが風の精霊の力を借りて動きを支える。嵐に耐えながらルークがセレストローズをかざした。 「確かジュディが光の魔法陣を見つけたのは、ダークムーンとの反発を利用してだったな。これを使って逆も可能か」 「そうね。この嵐自体に闇の力が混ざっているから確実な場所は掴めないでしょうけど、ある程度はわかるはずだわ」 セレストローズは淡い光を放っていた。ミティナを通して光の力が注ぎ込まれると、ある方向だけ光がかげった。ルークはそれを確認してルイードたちのもとに戻っていった。 テネシーとシェリルは互いににらみ合っていた。先に口を開いたのはシェリルだった。 「あなたやザイダーク様の部下は、自分の意志を持たないものばかり。光の陣営はミティナさえも取り込んで仲間の結束を高めているのによ。そんな状態でどれほど連中に通用するかしらね。あなた自身、闇の巫女になったと言っても、ザイダーク様にとってはただの道具でしょうし」 「わたしが道具なのは一向に構わないのですわ。殺戮人形として育てられたわたしには似合いの役割でしょう。むしろその方が闇の力を最大限に発揮するのにふさわしいのでは?闇の力は破壊の力。感情など邪魔なだけですもの」 「ザイダーク様はどう思っているかしらね。人は光と闇の両方の心を持っているものだわ。もちろんあたしにだって闇の心はある。わかっているわ。だからここにいるんだもの。ザイダーク様の力になるためにね。消してしまうのではなく、ザイダーク様が存在できる世界を作るために」 「そのために光の陣営と戦おうと?」 「ええ、そうよ。あたしはあたしの意志で戦いを選ぶわ」 「そう。では好きになさればいいですわ。どうせ連中は闇の魔法陣にやってくることでしょうから、そこで待ち構えていましょう。あなたの真価はそこで確かめさせていただきますわ」 「望むところだわ」 シェリルはザイダークの孤独がたまらなく悲しかった。このまま以前のように封印されてしまうことだけはどうしても避けたかった。それはなんの解決にもならない。光と闇がともに存在しあってはじめて世界は本当の姿を取り戻すのだ。シェリルはテネシーに気づかれないようにダークムーンを握り締めてザイダークに心の中で呼び掛けた。 『あたしが自分の闇を、どんなに辛くても捨ててしまわないのは、それもまたあたしの一部だから。あなたも同じように世界の一部だわ。無くすわけには行かない。居心地悪くなく残れるよう、そのために戦うわね』 ザイダークの面白がるような感情が伝わってきた。 ルークとミティナが戻ってくると、一行はさっそく出発することにした。 「露払いは任せておけ。お前はお前の役割をしっかり果たすんだぞ」 ホウユウに言われてチルルがにっこり笑った。 「わかっていますわ。これだけ強い絆をもった仲間がいるんだもの。きっと成功します。あなたこそ無茶はしないようにしてね」 そしていつものごとくキスをしているのを見て、リリエルが当てられたようにほーっと息を吐いた。そしてふわふわ浮いているジルフェリーザを傍らにしたアメリアに向って軽くウインクした。 「あそこの夫婦は相変わらずねー。いくら好きでもあそこまで真似は出来ないわね。ちょっとうらやましいけれど。アメリアはどう思う?」 アルトゥールの告白が胸に残っていたアメリアは、ぽっと耳まで赤くなった。 「素敵だなぁって思うよぉ。好きって気持ちを正直に出しているんだものぉ。まっすぐな気持ちは勇気になるでしょう。私だってお兄ちゃんを思う気持ちは正直に出していたいよぉ。それが負けない力になるんだよねぇ」 そこにミティナも加わってきた。 「そうね。昔、あたしが光の巫女だったとき、ルイードを思っていた気持ちはまっすぐなものだった。それが光の力になっていたわ。人が人を思う気持ちって強いのよ。今度は負けない。忘れないわ」 だれのことを言っているのかはリリエルにもアメリアにもわかった。ミティナは少し照れくさそうに笑った。ふよふよと飛んで近づいていったのは梨須野ちとせだ。浮遊バスケットから肩に乗り移ってぽんぽんと叩くと、ほぅっと息を吐いた。 「あら、大分肩に力が入ってしまっていますわね。入りすぎですよ。緊張するなと言うのは無理な話かもしれませんけど、大事なときほど力は抜いておいたほうが良いのですよ。大丈夫です。わかってらっしゃるようですけれど、あなたは1人ではないのですから。アメリアさんもルイードさんもあなたを思っていらっしゃる。ジルフェリーザさんだってあなたの存在を喜んでいらっしゃいましたでしょう。それにあなたを大事に思う人が他にもいるのですから」 ちとせがにこりと笑うと、ミティナが苦笑した。 「やっぱりちょっと気負いすぎかしら?そうね、気をつけるわ」 「ええ、そうしてくださいませ」 ちとせがそっとミティナの頭に寄り添った。 ルークの情報を元に嵐の中を一行は進んでいく。砂だけでなく雨までも混じり始めた嵐の中で大きな変化を遂げていたのは、いつもはアメリアに抱えられているテオドール・レンツだった。小さなぬいぐるみが水分を含んで巨大化していく。本人は気にせず歩いていたが、アメリアが驚いていた。 「テオぉ?そんなに大きくなっちゃって大丈夫なのぉ?」 「大丈夫だよ。重くなっちゃったから抱えてはもらえないけれどね。嵐が止んだらしぼって干してね。そうすれば元に戻るから」 「う、うん」 大きくなっているのはテオドールだけではなかった。ちとせも人型になってアメリアの護衛についていた。一度は目にして命を助けてもらってはいたものの、同じくらいの普通の人間に少女に見えるちとせは、アメリアには新鮮な姿だった。この姿に変わったと言うことは、敵襲を警戒してのことだろう。その心遣いが嬉しくてアメリアがにこにこしながらちとせを見ていると、ちとせも見返してきた。 「あの仮面の人物はルシエラさんだったのですね。外部の人間ではないだろうとは思っていましたけれど。ルイードさんと約束していたのですよ。いざと言うときにはこの姿になってアメリアさんを守ると。約束が守れて良かったですわ。それにこれで気兼ねなく大きくなれましたし。アメリアさん、彼女たちがまた来るといけません。私から離れないようにしてくださいませ。セレストローズはちゃんと持ってらっしゃいますわね」 アメリアはいつもの服に戻っていた。その服の襟の内側にはちとせが縫い付けたセレストローズがあった。光の波動を間近に感じて、アメリアはしっかりうなずいた。 「大丈夫、ちゃんとあるよぉ。闇の気配も感じられるし。探索は彼もやってくれるから」 頭の上で吹き飛ばされないようにしがみつきながら、式神人形が片手でVサインを送ってよこした。 一行の先陣に立っているのはルークとジュディ、ミティナだ。そのすぐ後ろでは鷲塚拓哉が新式対物質検索機を操りながら着いてきていた。検索機にはセレストローズのエネルギー反応を入力してあった。ルークがそうしたように、拓哉もセレストローズの光の力と闇の力の反発を利用して闇の魔法陣の場所を探り出そうとしていたのだ。 ルイードたちはそのあとに続いていた。アメリアと違って闇の気配をあまり感じることができないルイードは、拓哉が手にしている検索機をものめずらしそうに覗き込んでいた。闇が引き起こした嵐の中では緊張を解くのは難しかったが、気負いすぎてもいざと言うときに動けなくなる。拓哉はあえて軽い調子でルイードに話しかけた。 「アルトゥールがアメリアに告白したって?」 ひくとルイードが引きつった。しかし以前のように腹を立てるといった様子ではなかったので、拓哉はそのまま言葉を続けた。 「あそこはいい感じだよな。っていうルイードも、ラーナリアといい雰囲気だったそうじゃないか」 「そういう拓哉はリリエルとどうなんだよ」 「リリエルと?幼馴染だしなぁ。そりゃ好きではあるぞ。けど恋なのか単純に人として好きなのかはわからないな」 「ごまかす気か」 「どんな意味合いであれ、はっきりしているのは深い信頼関係があるってことさ。それは揺るがないと思っている。発展途上のお前たちとは違うんだよ」 「う……俺だって信頼しているぞ。アルトゥールもラーナリアも、他のみんなもな」 自信たっぷりに言われてルイードが赤くなりながら小さく反論した。 エネルギー反応を入力したとはいえ、精霊の力が実際に検索できるかは拓哉にも少し疑問だったので、同時に己の能力であるサイ・サーチで闇のフォースを感じ取ろうとしていた。 「確かに向こうの方が闇の力が強いようだな」 「あたしたちが陣営を張っていたときは行かなかった場所ね。けど確か向こうの方には、昔滅ぼした町があったはずよ。けっこう大きな町で、でも全滅させてしまったの。そのあと復興されたとは聞いていないから、負の感情はきっと多く残っていると思うわ」 ミティナが記憶をたどりながら告げると、式神人形がアメリアの髪をぐいぐいと引っ張った。同時に拓哉の検索機が反応をし始めた。拓哉自身も闇の情念を強く感じ取っていた。 「どうやら来たらしいぞ」 「一箇所に固まると集中攻撃されやすい。魔法系は後衛で援護を。物理系は先制攻撃を。アメリア、ミティナ。下がって後ろから光の加護を戦闘能力者に」 すかさずファリッドが指示を飛ばした。言われたとおりアメリアたちが下がり、ルイードたちが前に出る。アメリアから光が放たれると、それは防護膜となってルイードたちを包み込んだ。 「かなり数が多いな」 心眼で状況を把握したホウユウがつぶやくと、不敵そうに応じたのはグラントだった。 「へっ、テネシーだかザイダークだかしらねぇが、数で押せば何とかなるって考えてるんだったら俺たちもずいぶんなめられたもんだな。そのつけは高くつくぜ。行くぞ『凄嵐』!おい、道は俺が切り開いてやる。お前らも遅れるなよ!」 戦いの興奮に喜びを現している凄嵐がグラントを乗せて猛スピードで嵐の中を突っ走っていく。すぐさま実体化した闇幽霊の集団が現れた。光の加護を受けた破軍刀がそれらを着実にしとめていく。連中の現れてくる方向に闇の魔法陣は存在するはずだ。グラントは凄嵐を自在に操りながら方向を探り、そちらに向けて突き進んでいった。 敵も分散しているのか、数は減りつつもグラントの攻撃をかわして中核部隊にせまってくるものがいた。巨大化したテオドールが前線に出て味方の前に大きな錬成魔法陣を描いた。中に闇幽霊たちが入り込むと陣の力を発動させて破壊衝動に荒れ狂っている闇幽霊たちを鎮めにかかった。ミティナが言っていたように、これらは全滅させられた町の住人の負の感情が元になっているのだろう。それは怒りや悲しみと言ったものだ。テオドールは得意の子守術でその感情をなだめにかかった。光の加護も加わって、陣の外に逃れようとしていた幽霊たちの動きが次第に鈍ってくる。テオドールは優しく優しく声をかけた。 「もういいんだよ。悲しいときは思いっきり泣いて、悲しみがおさまったらまた世界に戻ればいいんだ。そうしたら新しい世界がやってくるよ。新しい命がやってくるよ。大丈夫だよ……」 光の柱が立ち上り、幽霊たちがそこを通ってゆきながら消滅していく。テオドールは目の前の光景を穏やかに見つめていた。 それでも取りこぼれて襲い掛かってくるものは倖生やルイード、ダグラスが消し去っていた。やがて待っていたと思しきグラントの姿が嵐の中から現れた。とどまって出現してくる闇幽霊たちを切り払っている。グラントのいるその先から強い力が発せられていることに拓哉が気づいた。ホウユウも闇幽霊が出現していることに気づいた。 「生体反応もある。テネシーだな」 「みたいだな」 テネシーは予告したとおり闇の魔法陣で待ち構えていた。激しい風の中でも小柄な体はびくともしない。闇の結界に守られているからだろう。マニフィカたちがアメリアとミティナを誘って回り込んでいく。その動きに気づかれないようにホウユウが雑魚どもを蹴散らしにかかった。 「やれやれ、こういうとき結界の得意なうちの妹がいればなぁ」 ぼやきつつも攻撃は的確だ。さらにそこにミルル・エクステリアが加わってきた。実体化している分、戦いやすそうだ。どことなく嬉々としながら前方に見えているテネシーに向かっていった。援護しているのはリオル・イグリードだ。こちらは少し怒っているようだった。先の戦いでミルルが攻撃されたことが頭に残っているのだろう。 「リベンジしてやるー!」 叫んだのはミルルだ。リオルが冷静に言った。 「飛ばしすぎちゃだめだよ。周りも見て、ってほら!」 脇に回りこんだ1体が仕掛けてきた攻撃を、リオルが張った障壁がはじく。ミルルがえへっと笑った。 「サンキュー!この調子で行こう」 「レイフォース、ミルルの防御を」 自らと契約している光の精霊に命じると、自らも精霊杖で戦い始めた。 白い翼で上空に飛び立ったのはトリスティアだ。戦線を把握し、状況が不利と思われるところにヒートナイフを連続投射して吹き飛ばしていく。目線でアルトゥールに合図した。その頃、ミルルとリオルがテネシーの前に立っていた。リオルが閃光弾を投げつける。ぱあっと光が走り、隙を突いてミルルがダッシュをかけた。蹴り飛ばそうとしたのだが、だがテネシーは閃光にも動じることなくミルルの動きを読みきって闇の触手でその体を絡め取り、地面に叩きつけた。レイフォースの防御で衝撃は避けられたが、眼くらましが聞かないことが分かってリオルが唇をかみ締めた。 「リオル、ミルル、いったん下がれ!」 触手に精霊弾で攻撃しながらファリッドが怒鳴る。リオルとミルルが下がるとトリスティアが間にヒートナイフを投げてきてテネシーが近づくのを防いだ。テネシーは闇の触手を操りながら、炎のアーツでトリスティアの攻撃に反撃し始めた。同時にアメリアとミティナの行方を魔眼で探り始めた。 『あら、後方にはいないようですわね。どちらへ……あ、魔法陣の方に行かれていますわ』 はっとして移動しようとしたとき、体が重いことに気づいた。見ると正面でエルンスト・ハウアーがふぉふぉふぉと笑っていた。 「なにやら気を取られていたようじゃな。おっと、ワシに闇の攻撃は効かぬよ」 伸ばされた触手はエルンストの体内に吸い込まれて消えてしまった。同時にテネシーの体の自由がますますきかなくなった。テネシーが軽く顔をしかめた。 「ワシの暗黒魔術はそなたの闇の力と同質じゃからな。むしろ慣れで言えばワシのほうが上じゃ。動けんじゃろう。闇の力を使おうとすればするほどワシは元気になるんじゃぞい。やれるものならやってみるがいい」 テネシー本来の力もあったが、今は体に闇の力が染み込んでしまっている。それを逆手に取られて身動きさせられなくなっているのだ。エルンストはテネシーの体の自由を奪いながら、側で戦っていたアンナ・ラクシミリアに言った。 「闇の魔法陣は向こうじゃ。早くアメリアたちに告げて来るんじゃ」 「わかりましたですぅ」 白ブーツに手袋、ピンクのスカートをひるがえらせてモップを振り回していたアンナがローラースケートで走り出す。白いヘルメットからは豊かなピンクの髪が流れるようになびいている。途中邪魔になる闇幽霊を特殊モップですけーんと弾き飛ばしてアメリアの元に急いだ。テネシーは苛立ちを押さえ込みながらなんとか動こうともがいていた。 「そのまま押さえ込んでいて!アルトゥール!」 「わかってる!」 トリスティアがテネシーの視界を爆風でさえぎる。もちろん魔眼を持つテネシーにはそれは有効ではなかったが、エルンストの術がどうにも邪魔になっていた。アルトゥールが注ぎ込まれた光の力を集約してジルフェスで真空刃を放った。まともにぶちあたりテネシーの体が吹き飛ばされる。その際にエルンストの術も解けてしまったので、テネシーは必死の力でもって闇の魔法陣に転移して行った。 アンナはアメリアの元にたどり着くと、テネシーの姿が消えた方を指差した。 「闇の魔法陣はあそこですわ!」 「周りを取り囲まなくては。隙間なく結界を張らなくてはなりませんわ」 マニフィカが言うと、さっと一行が広がった。アンナやアメリアの護衛についていたアクアやちとせが、なおかつ噴出してきている闇の集団と戦う。リオルとミルルもそれに加わった。 結界作戦に加わった者たちが闇が噴出する場所をぐるりと取り囲むように配置についた。アメリアとミティナとジルフェリーザが正三角形を描く位置につく。ぐるりと光の円陣が描かれ、円陣の中にいた者たちに力を与える。マニフィカとウネが水の力を、チルルとアルフランツ、ジードが風の力、ラーナリアとリリエル、ノエティは土の力を、最後にファイルが火の力を円陣の中心部に向かって注ぎ込む。光と闇が反発しあって嵐がますますひどくなる。しかし誰も引こうとはしなかった。むしろ気合が高まっていくようだった。ファイルがグラントを振り仰いだ。 「力は拮抗しているわ。ここで一撃があれば!」 「任せておけ。このために気力を温存しておいたんだからな。いくぜ、大振空刃!」 破軍刀が光の軌跡を描いて闇の魔法陣に向かって振り下ろされる。空間すらも切り裂くグラントの奥義が炸裂し、幾分弱まりながらも噴出していた闇の軍勢が一掃される。輝きが薄れたあとには、嵐のやんだ静かな世界が待っていた。 目の前には光の転移魔法陣によく似た魔法陣が出現していた。ルイードがずいと前に出た。ジルフェリーザがやってきて告げた。 「ここを通ってゆけば、ザイダークの元に行けるはず。そこは闇の支配する世界だから力が使い難いかも知れないけれど、なんとか私を彼の元に連れて行って」 「不利なのは覚悟の上さ。それでも行くと決めているんだ。ジルフェリーザ、君たちの力を自然へと必ず還元しよう。約束する」 そっと寄り添ったラーナリアの肩をぐっと抱きしめる。アメリアもアルトゥールに笑いかけていた。ミティナはルークの腕に掴まって決意の色を顔に浮べている。誰もが緊張を強くしたが、ジルフェリーザが光の力を注ぎかけると胸の奥から力がわいてきた。それで強すぎる緊張がほぐれ、代わりに期待と希望に満ちた感情に満たされた。 「さあ、行こう」 「大丈夫だよねぇ。なんだかとても暖かい……。この気持ちをなくさないようにして行こうねぇ」 ルイードとアメリアがまず最初の一歩を踏み出した。 |
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