「石の導きのもとに」
第二回

ゲームマスター:高村志生子

 建国祭に向けての準備は日を追って忙しくなり、ルリエが塔を離れる時間も増えていった。それをいいことにテオドール・レンツが塔に所蔵されていたという書物などを留守を狙って調べていた。しかしこれといった収穫はないまま日は過ぎていった。そもそも調べようと思っていた国の成り立ちに関する資料があまりなかったのだ。ならばルリエがいるときになにかわかるかと、テオはじっとぬいぐるみのふりをして様子をうかがっていたが、ルリエは建国祭のあいさつのための衣装のチェックや、前城主スルファの肖像画を眺めてため息をつく、そんな日々を過ごしていたからだ。
「ルリエちゃん、さびしそう……」
 城主でありながら孤独な姿は、持ち主の愛によって生を得たテオには理解し難いものだった。せめてサリィでも来て話などしていたら気もまぎれただろうが、城主以外は立ち入ってはならないという決まりをルリエは律義に守っているようだった。家族でありながら掛け違ったボタンのように心がすれ違っている様子は、テオをして悲しい姿に映った。
『ミンタカちゃんへ』
 ある日のこと、それまでの調査の結果(と呼べるほどのものはなかったが)をレイクラウドの言葉ではない文字でしたためた手紙を紙飛行機にして、テオはそっと窓から飛ばした。
『もしかしたらルリエちゃんとサリィちゃんは本当の姉妹なのかもとも思ったけど、違うみたいだし……危険についてもルリエちゃんは知らないみたいだし……あとの調査はミンタカちゃんに任せるしかないかなぁ』
 空を切っていく紙飛行機を見ながらテオは首をかしげていた。
 その紙飛行機を拾ったのはリュリュミアだった。日が差さず気温も低いため、行動力を確保するためにもこもこに着込んで、作ってもらった温かな野菜スープを抱えて飲みながら城内の警邏をしていたリュリュミアは、こつんと頭に当たった紙飛行機を怪訝そうに拾い上げた。
「これは何ですかぁ?あ、お手紙ですかぁ。なになに、読める人はミンタカちゃんに届けてください?わかりましたぁ」
 ちんまりかわいらしい字で書かれた手紙の出だしを読んで、リュリュミアはさほど気にすることなく手紙の受け取り主であるミンタカ・グライアイを探しに城へと戻っていった。

 ミンタカ・グライアイは城の図書室で呪いについて調べていた。石の力をふるうならば、才能だけではなくきちんとした魔術の体系を身につけないとできないだろうからと思ってのことだった。
「もしくは石の種類によって使える力が違うのかな?先見と夢見は違うだろうしなぁ。テオ君は塔の中で王家の家系について調べるって言っていたけど、なにかわかったかな。家計を示す石とかあればよかったんだけど、そういうのはないみたいだし。まあ、この世界における財宝として取引はされているみたいだけど」
 王家では有力な貴族に、その証としてパワーストーンを下賜する風習があるようだ。実際にルリエにも相応の石が与えられているらしい。先代の妃、サリィの母親にも与えられている記述が残されていた。その石は形見としてサリィに受け継がれている。才能がなかったのかルリエにもサリィにも特別な力は現れていないようだったが。王家の人間だからと言って特殊な才覚があるとは限らないらしい。もちろんお抱え呪い師はこれまでに幾人も雇われていた形跡はあるが、そういった人物は貴族とはまた違う意味で畏敬の対象となっていたから、家柄を必要とすることはなかったのだろう。 「うーん。石の意味でも分からないかなぁ。確かティルドさんが持っているのはムーンストーンだったけ?親から持たされたものだそうだから、やっぱり王家から与えられたものなのかな。この国でも有力な貴族だそうだから。こういう小国の貴族って、割と姻戚があったりするんだよね。石の意味が読み解けたらそれもわかりそうなもんだけど。王家の人間が狙われるのもそこらへんに関係してないのかなぁ」
 ぱたんと本を閉じてミンタカがつぶやいていると、もこもこのリュリュミアがやってきた。リュリュミアは暖炉で暖められた部屋の空気にはーっと息を吐くと、にこにこしながらテオの紙飛行機を差し出してきた。
「手紙?あ、良かった。テオ君からか」
 見慣れた字を見て、ミンタカが顔をほころばせた。塔の中にいるテオとどう連絡を取り合うかというのも悩みの一つだったからだ。あの塔には最初に入らせてもらった後は、ルリエにかたくなに断られていたからだ。リュックを忘れたと言ってテオを回収してしまったら、中はもう調べることができない。早速とばかりに手紙を読み進めていたが、思ったような情報はなかったという報告に、肩を落とさざるを得なかった。
「だめだったかー」
「何がですかぁ?」
 思わずミンタカがぼやくと、好奇心からそこに佇んでいたリュリュミアが問いかけてきた。いや、この場合、暖かい場所にいたかっただけかもしれないが。ただしばしリュリュミアの存在を忘れていたミンタカが驚くには十分だった。手紙をお手玉してから、苦笑とともにミンタカはリュリュミアに簡単に手紙の内容を話した。
「ほら、塔には勝手に入れないだろ。王家の秘密でもないかなと思って、テオ君に調べてもらってたんだけど、とくにはなさそうで。その辺はここに在るのと同じなんだよなぁ。もう少し自由に調べられたらいいんだけど。入らせてもらえないかなぁ」
「それならジュディさんからルリエさんに頼んでもらってみてはいかがですか?」
「ジュディさん?」
 首をかしげるミンタカに、リュリュミアがこくんとうなずいた。
「専属護衛として塔に一緒に出入りさせてもらっているみたいですよぉ」
「なるほど」
 身辺警護を追随させているということは、やはり何かあるのだろうか。ミンタカは軽く眉をひそめた。

 ジュディ・バーガーは持ち前の明るさですっかりルリエの心を開かせていた。ともすると夫を亡くした悲しみや、新城主としての重責に押しつぶされそうになるルリエにとって、いまやジュディはなくてはならない存在だった。ルリエの顔を曇らせるのは、継子であるサリィとの確執もあると察していたジュディは、とある日、建国祭に向けた作業がひと段落し、お茶を飲みながら休憩をとっていた時に、2人きりであることを確認してから、口を開いた。
「ルリエ様はサリィ姫に、遠慮しているのデスカ?」
「え?」
「なさぬ仲なのはわかってマス。それでも家族であるコトには変わらないネ。どうもコミュニケーションが不足しているように感じるのデスが」
「そうね……そうかもしれないわね……わかってはいるのだけど」
 ルリエが目を伏せてささやくようにつぶやいた。後妻という立場から遠慮せずにはいられないのだとしても、それはジュディには悲しいこととして映った。大切な家族を失った悲しみは同じものなはずだからだ。
「セメテ、食事くらいは一緒にドウですか?最近は建国祭の準備に忙しくて、顔もアマリ合わせてない気がしますネ!せっかくエンあって家族になったんデス。血がつながらなくても、家族は家族デス。ジュディも育ててクレタ両親とは血がつながってマセン。デモ、大切な愛する家族デス。ルリエ様にとって、サリィ姫は違いますカ?本当の姉妹のように仲が良かったと聞いてマスヨ」
 ぽんぽんと優しく背中を叩かれてルリエが一筋の涙を流した。その涙に深い愛情を感じ取って、ジュディは二カっと笑った。
「遠慮ダケじゃなくて、ときにはシッカリ触れ合わないとネ!今の2人は悲しみにとらわれて、すれ違ってマス。悲しみこそワカチあわないと。手を取り合うコトで、乗り越えられる壁もアルんですヨ」
 明るく温かな言葉はルリエの心にじんわりと染み込んでいった。ひとしきり涙を流すと、ルリエはまっすぐにジュディを見つめた。
「そうよね。こういう時だからこそそばにいなくちゃいけないかしら。じゃあ、ジュディ、お願いがあるの。早速今日の夕食から一緒に取ろうかと思うのだけど。厨房やサリィに伝えてきてもらえるかしら。あの子も最近は自室で食事をとっているみたいだから。今夜は一緒に食べましょうと。あの子のそばにも護衛がついているみたいだから、彼女たちも一緒ならサリィも一緒にいやすいと思うし。誘ってきてもらえないかしら?」
「ナイスアイディアね。ジャ、すぐに行ってきます。少しおそばを離れてしまいマスが」
「大丈夫よ。私も1人で準備したいことがあるし」
「準備デスか?」
「ちょうどサリィに渡したいと思っていたものがあるの。その用意をね。宝物庫を開けなきゃならないから、どのみち同席してもらうわけにいかないし」
 それが何かはジュディにはわからなかったが、ルリエにとってはサリィとのわだかまりをなくすための大切なものであろうことは、明るいほほえみで分かった。ジュディはすぐに戻ると言い残して部屋を後にした。
 そして宝物庫のある部屋にて。いくつかの手順を踏んで扉を開ける様子を、テオドールがじっと見つめていた。その視界の端に何か黒い影が動くのが映った。
『あれぇ?誰も入ってきてないよねぇ?でもあそこ……誰かいるような……?』
 ルリエは全く気が付いていないようだった。引き出しから取り出した箱の中身にすっかり気を取られているようだった。きらりと鋭い輝きが閃いて、テオドールが思わず声を発していた。
「ルリエちゃん!!」
 同じ頃、手早く頼まれごとを済ませて戻ってきたジュディは、ふいに室内で膨れ上がった殺気に、扉を開けるのももどかしく拳でぶち壊しながら中に入ってきた。
「ルリエ様!」
「え?ああああああっ」
 ナイフの輝きは飛び込んできたジュディを振り返ったルリエの背中に吸い込まれた。手から宝石箱が落ちる。中から繊細なデザインのネックレスに加工されたムーンストーンが転がりだす。賊は迫ってきたジュディの動きを予測していたように素早く身をひるがえして虚空へ消え失せた。
「ドコへ!?」
 魔法ではないことは、小さく聞こえる足音が証明していた。壁の向こう側にいるかのような、奇妙な反響音。城主しか立ち入らない塔ならば、抜け道の類があっても不思議ではない。賊がなぜそれを知っていたかはともかく、逃すものかと小さくなる足音を頼りにジュディはその抜け道を探そうとしたが、床に倒れているルリエのうめき声にはっとして、追跡をあきらめルリエのもとに駆け寄った。
 ジュディの声に体制を変えていたのが幸いしたのだろう。ルリエにはまだ息があった。しかし鮮血が見る見るうちに床に広がって行って、事態は一刻を争うことは確かだった。ジュディは手早く応急処置を済ませたが、呼吸は荒く、顔色はどんとん悪くなっていった。動かすのは危険と判断したジュディは、慌てて医務官を呼びに部屋を飛び出した。

「お義母様が!?」
 ルリエが襲われたことをティルドから知らされたサリィは、さすがに顔色を変えてよろめいた。
「容体は……」
「応急処置が早かったおかげでかろうじて。しかし予断は許さないと医務官が」
「そんな、ああ、なんてこと」
 一緒に食事をと誘われたのはほんの数刻前なのだ。あまり気は進んではいなかったのだが、ビリー・クェンデスの言葉で承諾したばかりだった。
「姫さん、あきらめたアカン!御父上と違って、ルリエさんはまだ生きているんや。打ち解ける機会やないか、そばについていてやりぃ」
「ビリー……」
 キューピーヘアの座敷童であるビリーは、その能力に治癒を持っていた。さすがに今回ほど深い傷では完治は無理だったが、それでもサリィのようなか弱い少女がこれ以上悲しみに暮れるのはとてもではないが見ていられなかった。
「ボクも力をつくしまっせ。せやから、姫さん。ルリエさんが元気になったら、ちゃんと話をし?言うたやろ、きちんと言葉で伝えるのが肝心なんやって。これでルリエさんへの疑いは晴れたやろうし、あとは2人の問題や」
「ええ……そうね、そうよね」
 ルリエの病室に行くと、傍らにはルリエを守れなかった後悔の念に顔をゆがませていたジュディが立っていた。ジュディはサリィの手を握ると、肩を震わせながら誓った。
「ジュディがいながら……ゴメンナサイ、守れなくて」
 サリィはその手を握り返しながら気丈に笑った。
「ジュディが自分を責めることはないわ。お義母様は手当が早かったから助かったって聞いたわ。それってジュディが助けてくれたってことでしょう。ありがとう」
「サリィ姫、賊はジュディが必ず捕まえマス!」
「ええ、お願い。塔を解放しましょう。徹底的に調べて。犯人を捕まえて」
 昏々と眠り続けているルリエの傍らにそっと座ってサリィが手を頬に伸ばす。ビリーも懸命に傷を癒そうとした。
「やっぱり家族やなぁ」
「そうデスね」
 サリィの表情は心の底からルリエを案じているものだった。もともとはなさぬ仲とはいえ、姉妹のように仲が良かったというのだ。わだかまりがほどければやはり思いやる心が戻るのだろう。ビリーが力をふるいながらサリィを安堵させるように笑いかけた。
「ルリエさんの目が覚めたら笑ってやりぃ。難しく考えることはあらへん。素直な気持ちを言葉にしてやればいいんや」
「ルリエ様もサリィ様を案じてましたヨ。これを渡したいと言ってマシタ」
 ジュディが倒れたルリエの傍らに落ちていたネックレスを差し出した。そのデザインはどこかしらティルドの持っているものに似ていた。サリィがぽろぽろと涙をこぼしながらそれを受け取った。
「お義母様、やっぱり気付いてらしていたのね」
 静かな嗚咽は長く続いた。

 前城主スルファの死に続き、新城主であるルリエが賊に襲われ瀕死の重傷を負ったことで、城下にも動揺が広がっていた。その様子を横目にしながらマニフィカ・ストラサローネは黒衣の呪い師を探していた。おそらくスルファのもとを訪れたものとルリエを襲った賊は同一人物だろう。そう考えたマニフィカはジュディからできるだけ詳細な外見的特徴を手に入れていた。
 だがそれは簡単なことではなかった。実際に街に出てわかったのだが、スルファの喪に服しているものが多いのか、黒服を身に着けているものが予想以上に多かったのだ。
「ジュディさんが見かけたというのは確かこちらの路地でしたわね」
 同行していたアンナ・ラクシミリアがすたすたと霧の中を歩いていく。マニフィカも並んで歩いた。
「それにしても予測通りでしたわ」
「ルリエさんの未来を占ってもらわなくては」
 いつも通り人の話を聞かないアンナの返しにこだわらず、マニフィカは思考の海に沈んでいた。
「やはり不幸はスルファ殿だけではすみませんでしたわね。悲しんでいるルリエ様に告げるのはどうかと思っておりましたが、告げておくべきでしたでしょうか」
「あ、あの人!いえ、小柄ではありませんわね。ん、もう、呪い師なら呪い師らしい格好をしていていただきたいですわ」
「きっとその呪い師は、スルファ殿の死の真相を知っていらっしゃるのよね。死の予言をされたからこそ、怯えて過ごし、亡くなられた。いったい何をどこまで話されたのでしょう。まだ城下にいるということは、きっと伝えたいことがあるはず。城にきていただけると良いのですが」
 と、曲がり角を曲がったところでマニフィカはうっかり人にぶつかってしまった。
「あら、申し訳ありません。考え事をしていたものですか」
「いいえ。それはお互い様です。こちらこそごめんなさいね」
 ぶつかった相手は、多くの人間同様黒衣のローブを身にまとっていた。歳の頃は40代半ばくらいだろうか。なかなか豪奢な金髪で、若い頃はいかにももてたであろう美人だった。にっこり微笑んだその腕をアンナがねじりあげようとする。相手の女性はするりとした身のこなしで、それを避けた。
「あら?」
「突然な方ね。でも、私程度の力でも、それくらいは読めるのよ」
 アンナがむきになって捕まえようとするのを黒衣の女性はまるでからかうように身をひるがえしてかわしていた。突然の攻防に瞬間呆然としていたマニフィカだったが、はたと我に返ってアンナを止めた。身体的特徴がその女性と合致していることに気が付いたからだ。それにいましがたの言葉が気にかかった。
「私程度の力とおっしゃいましたわね。もしや貴女は呪い師……?」
「そうよ。私の名前はシェーナ。大した力は持っていないけれど、城下で先見の力を使って生計を立てているわ」
「貴女が亡くなった城主に死の予言をした呪い師ですわね!わたくしの目はごまかせませんわよ」
「そうなんですの?」
 アンナの決めつけに、それにしては堂々としすぎているようなという違和感を覚えつつ、マニフィカが確認をとる。シェーナは少しだけ悲しそうに目を伏せた。
「残念だけど、違うわね。呪い師と言っても力は大小さまざまなのよ。城に上がれるほど高度な力は私は持っていないの。これくらい近くにいれば、動きを読むくらいはできるけれど。スルファ様は事故で亡くなられたそうね。おそばにいられたらその事故を防ぐこともできたかもしれないけれど……。残念な話だわ」
 最後の一言にどこか面白がるような響きを感じて、マニフィカがわずかに眉をひそめた。と、シェーナがマニフィカの手を取った。
「あなたには知りたいことがあるのね。多分、私でも力になれると思うわ」
「どうしてそれを」
 マニフィカがとっさに握られた手を引込めた。気を悪くした様子もなくシェーナは懐からクリスタルを取り出した。それほど大きなものではなかったが、透明感が美しい石だった。シェーナはそれを握りしめて目をしばらく閉じていた。
「サリィ姫が間もなくやっていらっしゃるの」
「サリィ姫が?ここにですの」
「誰かを探していらっしゃるみたいね。あなた方のように。私は姫様と出合う運命にあるわ」
「お願いがありますの。城にはまだ不吉の影が宿っている……貴女の力でそれを占ってはいただけないでしょうか」
「新城主のお達しですわ。いやは言わせません」
 シェーナが苦笑した。
「あまり役には立てないかもしれないわよ?でもそうね、城に上がれるなんてそうそうない機会だし、お言葉に甘えようかしら。でもとりえずはこちらにいらしてくださいな」
「どこへ行かれるのですか?」
「サリィ姫と……護衛の方かしら?の姿が見えるの。あなたがたが私を紹介して下さるのよ。これこそ運命というやつでしょうね」
 この国では呪い師は敬意を抱かれる存在だという。だからこそマニフィカも温和な態度を崩そうとしなかったが、ざらりとした違和感は消えなかった。

 ルリエ襲撃からすで1週間が過ぎようとしていた。治療のかいあって意識は取り戻し、命の危機も脱してはいたが、まだルリエは起き上がれない状態だった。だが仲の良さを取り戻したサリィと過ごす時間は穏やかだった。建国祭はルリエがある程度動けるようになるまでまたもや延期になってしまったが、準備はあらかた終わっていたため、起き上がれさえすれば執り行えるだけにはなっていた。
 サリィはこの1週間、ずっとルリエに付き添っていたが、容体が安定したので城下の様子を見に行くことになった。
「アメリア、サリィ様をよろしく頼む」
 ティルドがそう声をかけたのは、サリィの護衛として城にいたアメリア・イシアーファだった。
「はい!まかせてねぇ。アルトゥールも一緒にきてくれるだろぉしぃ、サリィは絶対に守りうからねぇ。さあ、行こう、サリィ」
「ええ。ティルド、お義母様をよろしくね」
 サリィとアメリアはまるで親友のように肩を寄せて笑いあいながら、廊下の先を進んでいった。そのあとにアルトゥール・ロッシュが続く。どこかつきものが落ちた様に晴れやかなサリィの様子に、アメリアも嬉しそうだった。
「あれ、そのネックレス」
「お義母様が作ってくださったものなの。ティルドが大切にしている石、ムーンストーンに合わせてくださったみたい」
 ほんのり頬を染めるサリィにアメリアはとても嬉しそうだった。
「そっかー。良かったねぇ」
「ティルドの持っている石にもなにかいわれがありそうだよね。ティルドは城に上がるときに親に持たされたって言っていたけど」
「位の高い貴族には、なんらかの褒賞としてパワーストーンが与えられることがあるの。そういったものの1つじゃないかしら」
 サリィの返答にうなずきながら、アルトゥールは内心で首をひねっていた。
『そういう感じじゃなかったよなぁ。なんていうか、もっとこう、複雑な思い入れがあるような……』
 しかしアメリアとサリィがさっさと行ってしまったので、疑問はいったん置いておくことにして、まずは2人のボディーガードをしっかり努めようとアルトゥールも歩みを早めた。
 つかず離れずアルトゥールがついてくるのを見て、サリィがアメリアをからかっていた。
「本当に仲がいいのね」
「えっ?えへへ、そぉかなぁ。ありがとう」
「ティルドは私のことなんててんでお子様扱いだもの。お義母様にもばれているのに、どうしてティルドは気付いてくれないのかしらね」
「ティルドさんって、結構いいおうちの出身なんでしょぉ?城主にはルリエさんがなったんだし、いっそ押しかけ女房になっちゃうとか」
「えー!?そりゃ、家柄は釣り合うかもしれないけど」
 真っ赤になったサリィをほほえましく思いながらアメリアもひっそりとため息をついた。
「私もアルトゥールのお嫁さんになりたいなぁ」
「良い感じだと思うのだけど。アメリアも、アメリアからプロポーズしちゃうとか」
「ううん。やっぱり出来たらそれはアルトゥールから言ってもらいたいものぉ。待つよぉ」
「そうなんだ」
 城下かに出ると言っても、賊が捕まったわけではなかったので、警戒して城からはあまり離れないようにと言い含められていた。実はサリィはたびたび城を抜け出しては町に繰り出して遊んでいたのだが、今日ばかりはティルドの言うことに従おうと思っていた。
「あの呪い師はまだ城の近くにいるのかしら」
「心配しないで。何があっても私とアルトゥールで、絶対にサリィを守るからねぇ」
「ありがとう」
 だが緊張とは裏腹に、城の周辺は静かなものだった。怪しい人影など全く見かけない。ルリエ同様、喪に服しているのか、黒衣の住民は時折いたが、誰もアメリアたちには注意を払う様子はなかった。
「町の中心部は向こうの方よ」
 サリィに誘われて霧の中を進んでいく。やがて行き会ったのは、街の随所にある聖地だった。
「なんで聖地なのぉ?」
「場所そのものに意味はないのよ。呪い師たちの寄り合い所みたいなところ、と言えばわかりやすいかしら」
 ということは、スルファのもとを訪れた呪い師がいるかもしれないということだ。アメリアは困ったように警戒を強めた。背後のアルトゥールの気配を確かめながら、さりげなくサリィの前に立つ。その前に立った者がいた。
「誰だ!って、あれ」
 すかさずアルトゥールが駆け寄ってきてアメリアとサリィを背後にかばう。しかしそこに立っていたのはマニフィカだった。マニフィカは3人の姿を確かめると、奥にいたシェーナに声をかけた。
「貴女のおっしゃったとおりですわ。サリィ様がいらしてよ」
「マニフィカ?誰がいるんだい」
 マニフィカが手早くシェーナと出合ったいきさつを説明する。その間にシェーナが前に進み出てきていた。アメリアの後ろから顔をのぞかせていたサリィと目が合うと、人懐こく笑いかける。その笑顔を見た時、サリィの胸がとくんと跳ねた。
「あの……どこかで会ったことがあるかしら?」
「サリィ?」
 おずおずと尋ねるサリィに、シェーラは笑顔を浮かべたまま顔を横に振った。
「いいえ、姫様。お顔は存じ上げておりましたが、こうしてお会いするのは初めてですわ」
「そう。なんだかどこかで会ったような気がしたから。ごめんなさいね」
「まあ、光栄ですわ。あら……」
 そこで思わせぶりにシェーナが言葉を区切る。そして先ほどマニフィカにしたように、クリスタルを握りしめて目を閉じた。やがて顔を輝かせて目を開いた。
「サリィ様、おめでとうございます」
「は、え、なに?」
「姫様の花嫁姿が見えましたの。花婿は……以前、スルファ様のそばに控えてらした方かしら」
「えっ」
 シェーナが近くにいる人間の未来しか見えないということは聞かされていたが、それでも先見は先見。その言葉の意味を理解すると、サリィは真っ赤になった。
「あ、あのぉ。私の未来も見えるのかしらぁ」
 アメリアがつい口をはさんできた。アルトゥールがどきっとしてアメリアの手を引いた。そしてシェーラに向かって早口で告げた。
「いえ、それはいいんです。すみません」
 プロポーズしたい気持ちを見透かされたようで、落ち着かないアルトゥールだった。シェーラはくすくす笑いながらうなずいた。
「知らない方がいいこともあるものね」
 サリィはまだどこか夢見心地でいたが、はっと気を取り直してシェーラに向き直った。
「お義母様が床に伏せっているの。だから連れてくることはできないのだけど、城に行ったらお義母様のことも占ってくれるかしら」
「仰せとあらば。微力ながら、お力になりましょう。姫様」
 軽く頭を下げたシェーナを見ながら、その姿にやはりどこか既視感を感じているサリィだった。