フィアレルの希望 第5回

ゲームマスター:高村志生子

 ついに対の魔法具がシルドナの手にそろってしまった。そしてリーンの身柄は 無事に保護されたが、代わりにマリーが囚われの身になってしまった。眠り続け るリーンも、シルドナの呪縛から逃れられたわけではない。
 魔法を元のように使えるようにするためには封印の解除が必須だが、シルドナ にそれを任せる事はとても危険な事に思えた。
 封印がシルドナによって解除される前に、魔法具を奪還しようとするアクア・ マナのある提案に、姫柳未来はしばらくとまどいを隠せなかった。
「危険すぎないかな?」 「それは承知の上ですよぉ。だから未来さんにお願いしてるんじゃないですかぁ 」
「敵をだますにはまず味方からって言い方が、私のふるさとにはあるけど。僕に されちゃったらどうするの」
 アクアはそれでもにこにことしていた。
「こちらの動向は『意志の実』で伝えられますからねぇ。万が一、私が僕にされ ちゃっても、手に入れたってわかれば未来さんなら超能力で魔法具を飛ばせるで しょぉ。封印のあるらしい場所で調査している人たちに渡して下さいねぇ」
 何事も前向きに考えるのが信条の未来だ。しばらくしてうなずいた。
「わかったわ。やってみなきゃわからないもんね。洞窟内の仲間たちにもテレパ シーで伝えておくわ」
「よろしくお願いしますぅ」
 それからしばらくして、アクアの姿はシルドナの元にあった。つい先頃まで戦 っていた相手がやってきたことに、シルドナはおもしろそうな目で見ていた。
「シークスに入りたいだと?敵対していたんじゃないのか」
「だってぇ、魔法具は手に入れられちゃったしぃ、リーンはまだシルドナさんの 僕なんでしょぉ。マリーさんだってそうされちゃったかもしれないしぃ、このま まじゃ魔法は使えないしぃ。打つ手ないじゃないですかぁ。意地張ってるより、 強い方に味方するのもありだなぁと思ってぇ。シルドナさんは封印を解除してく れるんですよねぇ?そうしたら私もまた魔法が使えるようになるんですものぉ。 お手伝いしますよぉ。っていうかぁ、させてくださいよぉ」
 多少、卑屈にも見える態度に、シルドナは特に心を動かされた様子はなかった が、つと手を伸ばしてアクアの束ねてある長い金髪をすくい上げた。そのまま首 に手を当てる。そして言った。
「なら忠誠のあかしに僕になってもらおうか」
「血を吸わせろって事ですかぁ?いいですよぉ」
 アクアはジャケットに忍ばせた意志の実の事を思い浮かべながら、気づかれな いようにあっさりとした風にうなずいて自ら首筋をさらした。シルドナがにやり としながら顔を近づけてくる。牙が食い込み、鮮血がほとばしるとシルドナの喉 の奥に消えてゆく。痛みはなく、しびれるような感覚がアクアの身のうちに広が り、それと同時に心の奥の方からシルドナへの忠誠の気持ちがわいてきた。逆ら うには甘美な感覚に、アクアはリーンの反応を理解していた。
 その様子を少し離れた場所で見ていたマリーは、嫌悪感を感じて思わず目を背 けていた。唇をかみしめてうつむいているマリーの側には、見張りとしてルーク ・ウィンフィールドが立っていた。若い娘であるマリーに、シルドナの目をかす めてちょっかいかけてくる手下どもがいないわけではなかったが、シルドナに言 われたと言うことを口実にルークが脅し退けた結果、今は2人きりだった。ルー クはふるえているマリーに感情の見えない声で話しかけた。
「これを返しておこう」
 渡されたのは、シルドナに取り上げられていたマリーの剣だった。マリーはい ぶかしそうな顔で受け取った。
「いいの?」
 女の身を守ってもらったことで多少は警戒が解けているらしい様子に、内心、 安堵しながら、ルークはそれを表に出さないまま言葉を続けた。
「俺を信用するかしないかはおまえの好きにすればいい。信用できないと思った ら、その剣を使うんだな。抵抗するつもりはない。ただ俺は俺のやるべきことを やるだけだ。それを曲げるつもりはないことだけは覚えておいてもらおう」
「シルドナを倒すってことね。そうすればリーンも……アクアも解放されるのか しら」
「おそらくな。おまえにもその意志はあるのだろう」
 マリーが返事をするより前に、アクアを従えたシルドナがやってきた。マリー はきゅっと顔を引き締めてシルドナをにらみつけた。
「封印の場所はわかっているんだろうな」
「確か、この渓谷の中に洞窟があるはずよ。その中にかつて儀式が行われた祭壇 があるの。そこにその対の魔法具を設置して、魔力を込めれば封印は解けるはず だわ」
「封印は対の魔法具があれば誰にでも解けるんですかぁ?」
 アクアの問いに、マリーはちょっと考え込んだ。
「やっぱりそれなりの魔力は必要だと思うわ。シルドナだったら一人でも大丈夫 かもしれないけど。でもそうね、複数で協力すれば今の力の落ちた状態でも可能 でしょうね」
 その言葉は意志の実を通じて未来にも届けられていた。未来はさっそくそれを 、洞窟の中にいたトリスティアにテレパシーで伝えた。
 シルドナはうっすら笑みを頬にはいたまま、座っていたマリーの腕をつかみ立 ち上がらせた。マリーが身をこわばらせる。「僕にはしていない」という言葉通 り、マリーにはシルドナに対する好意は存在しなかった。自分が血を吸われた恐 怖と、リーンやアクアが僕にされてしまったことへの嫌悪だけがあった。それで もただの人間でしかないマリーは、吸血鬼という異質の存在に対して、本能的に 避けてしまう気持ちがあった。それすら楽しんでいるかのようなシルドナは、マ リーの腕をつかんだままからかうように言った。
「リリューティアもそのうち戻ってくるだろうが、先に封印を解きに行くか。そ の洞窟まで案内しろ」
「そうしたら私たちを自由にしてよね」
 シルドナはそれには鼻先で笑っただけだった。
 ルークはマリーの側に立って歩きながら、こそっと耳元でささやいた。
「封印を解くときがチャンスだ」
 マリーは前を向いたまま、わずかにうなずいた。

                    ○

 「眠りのエキス」で意識を失ったまま運ばれたリーンを、町の宿屋に連れて行 くという坂本春音の意見に、ディック・プラトックが反対した。
「どうしてですか?このまでは、またシルドナさんのところに行ってしまいます よ」
「わざと行かせるんだよ。いくら体を遠く離しても、シルドナの呪縛は解けない だろ。解くためにはマリーの存在が必要不可欠だと思うんだ。けど、マリーはシ ルドナの元。会わせるためにはリーンを行かせるのが一番だと思うんだ」
 正論に春音が黙り込む。その間にリーンが意識を取り戻していた。
「シルドナ様、マルグリット姉様」
 目を覚ますとすぐにシルドナとマリーの姿を探す。きょろきょろしているリー ンに、リュリュミアがのほほんと話しかけた。
「シルドナならマリーを連れて、行っちゃいましたよぉ」
「あたしを置いて?そんな……すぐに行かなきゃ」
「あ、やっぱり場所がわかるのね」
 リューナがリーンをのぞき込んだ。リーンはきょとんとしてうなずいた。
「もちろんよ。どんなに離れたって、シルドナ様の気配を感じ取れないなんてこ とはないわ」
「聞いたでしょ、シルドナがマリーをさらったってこと。魔法具がこれで向こう に揃っちゃったから、シルドナはきっと封印を解きに行くはずだわ。場所がわか るんなら案内してもらえないかしら」
「案内?」
「こうなったら封印を解くのなんか、どっちが早いかでしょ。封印を解いたとき この世界を壊れてもかまわないと、シルドナが考えないとも限らないわ。そんな とき何もできないのはいや。もうあなた達の家の問題だけじゃないの。この世界 の問題なの。封印についてはシルドナに教えているんでしょ?だったら今更わた したちに話したって不都合はないわよね。教えて」
 リーンは少し首をかしげた。
「封印が解けたときどうなるかはあたしにはわからないわ。解けたときのことは 何も伝わってないから。でも、少なくとも魔法はまた使えるようにはなるはずよ 。精霊の力がまた満ちるんだもの。あたしはその方が嬉しいわ。あたしにとって は魔法は自分の一部みたいなものだから」
「封印の解除って魔法具があれば誰にでもできるものなの?」
「この近くの洞窟の中に、封印を施したときの祭壇があるはずよ。そこに魔法具 を安置して、魔力をそそぎこめば封印は解けるの。シルドナ様ならまだしも、力 の落ちているあたしたちにできるかはわからないけど」
「そんなのやってみなきゃわからないじゃない」
「いいの。シルドナ様がやってくれるから」
 言うなりくるりと振り返って飛び出そうとしたリーンの体を、ソラが抱きかか えて止めた。その背後に隠れるようにしながら、佐々木甚八がきつい声を出した 。
「行く前に聞け。いいか、確かに君はマリーが家を出て淋しかったかもしれない 。けどそれはマリーだって同じだったろう。マリーは一緒にいたいという君の思 いをわかってやれなかったが、君だって周囲から妹と比べられるマリーの孤独を わかってやれなかったろう」
 断言されて飛び出そうとしていたリーンがぐっと言葉に詰まり、動きを止めた 。甚八はリーンの顔を見ないようにしながらなおも言葉を募った。
「人間てのは独りで生きるのもままならないが、信じて支え合うのもままならな いもんだ。だけどマリーは、本音で話す決心をしていた。君にはもうその気はな いのか?」
「一緒にはいたいわ。だからマルグリット姉様もシルドナ様と一緒にいればいい 。あたしはそのつもりだもの。そうすればこれからだって一緒にいられるでしょ ?」
 呪縛にかけられているとはいえ、明快なリーンの返事に、甚八が苦々しく笑っ た。
「ふん、過去から積み上げてきた自分を、吸血鬼の一噛みであっさり捨てて下僕 に成り下がるような奴には無理な話か」
「なんですって」
 あざける響きを感じ取って、リーンが顔色を変えた。
「このまま奴の元に舞い戻るのなら、先人の引いたレールをなぞるだけで、なん の発展も独創もない、体質頼みの三流止まりは確定だな。本当にこのまま自分を 捨てるのか?リーンという人間の重みは、その程度だと認めるのか?よく考えて みることだな」
「あ、あたしは……あたしは」
 シルドナと共にいることは自分をおとしめることだと言われて、リーンのプラ イドが揺らぐ。呪縛を解くにはいたらないまでも、亀裂を入れるには十分だった ようだ。ソラに抱えられたままのリーンの視線が宙を泳ぐ。苦痛がにじみ出てい た。春音が穏やかに言い添えた。
「マリーさんと一緒にいる方法は、マリーさんと決めることではないですか?自 分たちを傷つける者と一緒にいることではないはずです。シルドナはあなたがた の家を襲い、あなたがたを傷つけた。それは紛れもない事実です。その人と一緒 にいることが、お2人の幸福にはたしてつながるでしょうか」
 リーンは呪縛と自我との間で苦痛にさいなまれて、いやいやと首を振った。デ ィックがそっとソラとリーンを引き離すと、リーンの体は力を失って地面へとへ たり込んでしまった。
「少なくともマリーはそんな方法は望んでないよな。姉さんが大切なら、その気 持ちもくんでやれよ。みんなの言うとおり、決めるのは2人でだ。誰かの意志に よってじゃないだろ」
「あたしだって考えてる!あたしの意志のはず……違うの?あたしの考えじゃな いの?」
 泣き出しそうな顔でディックを見上げると、リーンは素早く立ち上がって駆け だした。混乱している頭では転移することすら思いつかないらしい。時折転びそ うになりながら、意識が感じ取るシルドナの気配に向かって駆けていく。ディッ クはすかさず春音や甚八に合図して、その後を追い始めた。

                    ○

 洞窟の中では、トリスティアが未来のテレパシーを受けて仲間に伝えていた。
「シルドナたちがこっちに向かっているって!」
「魔法具は?」
 リリエル・オーガナがモンスターがひしめき合う空間を新式対物質探索機で調 べながら問い返してきた。
「それはまだシルドナが持っているみたい。アクアがシルドナの元にいるんだけ ど、僕にされちゃったみたいなんだよね。とりあえず入手できたら、アクアごと 春音がアポートでこっちに飛ばしてくれるそうだけど。そうそう、封印の解除だ けどね、なんかここに祭壇があるらしいよ。そこに魔法具を設置して魔力を注ぎ 込むのが封印解除の方法なんだって」
「祭壇?あいつらはそれを守っているのかな」
 トリスティアの言葉に、アルフランツ・カプラートが障壁のある部屋を伺いな がらつぶやいた。マホロビが集結していてその場はとても明るい。炎に照らし出 されて障壁もゆらゆらと視認できた。ウルフやバッファローがうろうろとしてい る。光が時折さえぎられるのは、キマイラが飛んでいるせいだろう。トリスティ アがコールドナイフを取り出してマホロビにねらいを定めた。
「あのマホロビを倒すと、閃光弾になるでしょ。それを使って混乱させられると 思うんだよね」
「一網打尽にするってか」
「せっかく集結しているんだもん。それを利用しない手はないでしょ」
「そうだね。祭壇を見つけるにも、まず奴らを退けないと障壁に近づけないし。 調査はオレやリリエルでやるから、モンスターの方はまかせていいかな」
「もっちろん!」
 元気に答えてトリスティアが数本のナイフを同時に投げた。投げるのと一緒に ダッシュをかける。マホロビはコールドナイフに凍結させられてからんころんと 閃光弾に姿を変えた。それを拾い上げ、襲いかかってきたモンスター集団の前に 投げつけた。
 ぴかっと閃光が走り、モンスターの動きが一瞬とまる。トリスティアに続いて いたシャル・ヴァルナードが、相棒の警察犬ハンターを走らせて吠えかからせた 。
「トリスティアさん、とにかく障壁からモンスターを遠ざけましょう」
 魔白翼で空中を飛んで障壁近くにいるバッファローに魔銃の弾を撃ちこむ。ト リスティアが叫んだ。
「下はまかせて!シャルはキマイラをやっつけて!」
「わかりました」
 広い空間の上方に行くと、キマイラが飛んできた。マホロビの炎にコウモリの 翼が黒く光っている。滑空してくる下に入り込んで弾を撃ち込んだ。
 地上ではハンターによって一カ所にまとめられたモンスターの群れの中心に向 かって、トリスティアがヒートナイフを投げつけたところだった。モンスターの 体ではなく、その隙間をぬって地面に突き立つようにする。ナイフが地面に到達 すると、すくい上げるように爆発が起き、モンスターの体が吹き飛ばされた。活 路を開くために直線上に立て続けに投げつける。空いた空間をリリエルとアルフ ランツが駆け抜けていった。
「安置できるってことは、実体があるのよね?その祭壇って」 「と思うよ」  障壁の前まできたリリエルは、アルフランツの同意を得て、せわしなく探索機 を操作しだした。アルフランツは小さな竜巻を手の上に発生させると、障壁の前 の不可視の壁に沿って歩き始めた。
「どこかにむらがないかな」
「その壁は魔力でできているみたいなのよね。探索機には反応しないから」
「この風は魔法で起こしているから、その魔力にむらがあったらなにか反応が出 ると思うんだ」
「うーん、祭壇ってどんな形をしているのかしら。その壁の向こう側にあったら 見つからないわよね」
 不可視の壁は障壁をぐるりと取り囲んでいるようだった。なめるように手を滑 らせながら一周したアルフランツは、竜巻をできる限り大きな物にして、探索の 範囲を広げた。
「あ、地下?ちょっとゆがんでいるみたいだよ」
「地下?」
 魔力のゆがみは物質探索機では感知できない。リリエルはアルフランツに、風 を使って穴を掘ってもらった。が、ある程度掘ったところで、それ以上、広がら なくなってしまった。
「フォースブラスターが使えるかしら」
 エネルギーパックを装備して、フォースブラスターを構える。自分のサイコパ ワーもフルに充填して一気にエネルギー弾を発射させた。同時にアルフランツも 風を刃状にしてたたき込んだ。
 魔力と魔力がぶつかり合って、反動が来る。力に飛ばされてしりもちをついた 2人の足下が大きく崩れた。とたんに探索機が反応しだした。リリエルがはっと して、手を伸ばして探索機をつかんだ。
「段差……階段かしら?短いみたいだけど。それに金属反応があるわ」
「暗くてよく見えないね」
 アルフランツが散らばった土塊を風で払いのけて、穴をよく見えるようにした 。キマイラと戦っていたシャルが、上から声をかけてきた。
「閃光弾を使ってみますか?」
「一瞬でも見えないよりましかな」
「そうね。お願い」
 シャルは2人を下がらせると、穴の中に閃光弾を放り込んだ。それがどう反応 したのだろう。ぴかっと光ったと思ったら、大地が揺れた。トリスティアが驚い てやってきた。
「何が起きたの!?」
「さ、さあ」
 もうもうと広がった土煙がおさまると、そこには障壁がはっきりとした姿を見 せていた。その前が隆起している。穴が持ち上がってきたのだ。さきほどの揺れ はその地殻変動によるものらしい。地下に伸びていた階段は障壁に向かって数段 、上る形で出現していた。壇上には見慣れない金属製の平べたい台。近寄って見 ると、なにかをはめ込むようなくぼみがあった。
「魔力の壁がなくなってるわ」
 探索機を手にしたリリエルが台をのぞき込みながら皆に言う。障壁には相変わ らず無反応の探索機だったが、台の存在が幻ではないことは教えてくれた。
「どうやらこれが祭壇みたいね」
「あとは魔法具か」
 魔法の壁がなくなったことでモンスターたちも守りの役目を終えたのか、シャ ルとハンターの追撃に散り散りになって行った。一息入れている間、トリスティ アは未来の合図を待っていた。

                    ○

 その頃、マリーを連れたシークス一味は、洞窟の入り口に差し掛かろうとして いた。人の入った形跡のある洞窟を見つけて、シルドナがマリーの体をぐいと前 に押し出した。
「ここか」
「確か探索に出ていた人たちがいたはずだから、間違いないと思うわ」
「探索に?封印の解除はこの魔法具がないとできないんだろう」
「そうだけど」
 そこへリーンがやってきた。混乱していたリーンは、シルドナとマリーの姿を 見つけて、ほっとした様子だった。
「シルドナ様、マルグリット姉様」
「来たか、リリューティア」
「リーン!」
 安心した様子のリーンとは対照的に、マリーが落胆の表情を浮かべた。肩を落 としたマリーの体をルークが支える。半べそをかきながらリーンがシルドナの元 に駆け寄ろうとしたときだった。意志の実を通じてアクアの動向をうかがってい た未来が、洞窟の上にあった岩をテレキネシスで持ち上げ、シルドナの頭上に落 とした。不意に陰に覆われたシルドナが上を向く。落ちてくる岩に電撃を放つ。 砕けた岩が石つぶてとなって降り注いできた。マリーとリーンが頭を抱える。シ ルドナも顔をしかめた。
 未来はそのときにはシルドナの背後にテレポートしていた。手がシルドナの額 に伸びる。気配にシルドナが身を引こうとする。そこへエルンスト・ハウアーが 組み付いてきた。
「邪魔だ!くっ!?」
 やせ細ったエルンストの体は軽々と引き離せそうに思えたが、急激な体力の消 耗を感じてシルドナが顔をゆがませた。エルンストはしがみついたままにやりと 笑った。
「純血の吸血鬼じゃないだけはあるようじゃな。どうじゃ、体に力がはいらんじ ゃろう」
 エルンストは自らの特殊能力「エナジードレイン」でシルドナの力を吸い取っ ていた。奪った力はエルンストの物になる。若々しく、そして吸血鬼の無限に近 いパワーが、か細いエルンストの両腕にみなぎっていた。
「そのまま押さえていて!」
 未来も飛びつくようにシルドナに近づくと、額からサークレットを奪い去った 。作戦の成功に歓喜の色を浮かべる。シルドナが怒りを込めて、エルンストにし がみつかれたまま雷撃を繰り出してきた。未来がはじき飛ばされる。その手から サークレットが転がり落ちた。シルドナが怒鳴った。
「アクア!」
「はぁい」
 のほほんと答えながらアクアが地面にこぼれ落ちたサークレットを拾い上げる 。手にしたサークレットから力が注ぎ込まれる。そしてアクアは首をかしげた。
『ええと、サークレットを手に入れたら何かあったんじゃなかったでしたっけぇ 』
 その疑問の答えはすぐに出た。テレポートでアクアの間近に出た未来が、アク アの肩に手をかけて、アクアごと魔法具を超能力で飛ばしたのだ。行き先はもち ろん洞窟内の仲間の元だった。
「くそっ、やってくれたな」
 ようやくエルンストをふりほどいたシルドナが未来をにらみつける。シルドナ と向かい合った未来の前にグラント・ウィンクラックが割って入って、破軍刀を シルドナに突きつけた。間をおかずに突撃をかける。シルドナが転移しようとし たが、その前にグラントの攻撃がシルドナに襲いかかっていた。
「ちぃっ」
 かろうじてかわしたものの、腕を切り裂かれて血が吹き出る。グラントが続け 様に攻撃を仕掛けようとしたときだった。
「きゃああ!」
「待て、マリー!」
「え?」
 突然悲鳴を上げてマリーがシルドナをかばうように立ちはだかった。ルークの 制止も間に合わない。グラントは転移をおそれてシルドナの足を破軍刀で地面に 縫いつけようとしていた。その切っ先がマリーの足に突き刺さった。苦痛に顔を ゆがませてマリーが地面に倒れ伏す。その後ろからシルドナが風の刃を叩きつけ てきた。
 グラントは抗魔手甲でそれをはじき飛ばしたが、破軍刀は手から離れてしまっ た。倒れているマリーをルークが急いで担ぎ上げる。リーンも顔色を変えて駆け 寄ってきた。
「なんでこんなことをしたんだ!」 「わ、わからないわ。ただシルドナが傷つけられるのがたまらなく怖くなって… …気づいたら飛び込んでしまったのよ」
 破軍刀の傷は浅くはない。マリーの顔色はみるみるうちに悪くなっていった。 さすがにリーンが意識をマリーに集中させた。
「マルグリット姉様、しっかりして」 「仕掛けってこのことだったのか」
 いざとなったらマリーを身代わりにさせる。その意図をくみ取って、ルークが 軽く頭を振った。
「リーンさん、マリーさんを連れて洞窟の中へ行きましょう」
 春音がそうリーンを促した。
「ここにいては危険です。シルドナさんのやりくちはわかりましたでしょう。こ のままではまたマリーさんが傷つきますよ。それでもいいんですか」
「あーん、しっかりしてくださいぃ」
 破軍刀を放り出してリュリュミアがとりあえず持っていた蔦で止血する。リー ンはとまどいながらも、春音の意見にうなずいた。リュリュミアがそれを見て、 ほっとしたように笑った。
「早く行きましょぉ。ルークさん、邪魔はしないで下さいねぇ」
「そんなことはしない。さっさと連れて行け。オレは向こうに行く」
 放り出された破軍刀を拾い上げてルークが答えた。マリーが弱々しくリュリュ ミアに告げた。
「ルークの目的はわかっているから大丈夫。お願い、シルドナの傷つけられる姿 を見せないで……」
 自分でもシルドナに仕掛けられたわなだと気づいたのだろう。マリーはシルド ナの方を見ないようにしていた。と、ルークの手の中から破軍刀が消えた。グラ ントが引き寄せたのだ。ルークも背中を向けてシルドナたちの方に向かっていく 。リーンと春音がマリーを両脇から支えながら立ち上がらせた。
「汚い手を使いやがるぜ」
 破軍刀を手元に呼んだグラントが吐き捨てるように言う。シルドナはルークが やってくるのを見て後を任せようとしたが、転移する前に背後に移動していた未 来にステッキで頭を強打された。それは気絶するほどのものではなかったが、隙 を作るには十分だった。追いすがる手下どもを破軍刀でなぎ払っていたグラント はそれを見逃さなかった。
「これでけりをつけてやる!でやぁっ」
 破軍刀を振りかざしななめに切り下ろす。シルドナは風の防御壁を作って防ご うとした。だが対の魔法具を失っていたこととエルンストに力を奪われていたこ とが誤算になった。そしてまた背後にルークが回り込んで来たことが気のゆるみ になった。
「はぅっ」
 前後から斬りつけられて、シルドナが苦痛にあえいだ。防御壁を破ってグラン トの1檄が胸を大きく切り裂く。背中にはルークの剣が突き刺さっていた。
「ルーク、貴様……」
「あいにくだったな。はじめからこれが目的だったのさ」
 突き立てた剣を抜き去ると、どばっと血が吹き出る。ぐらりと傾いだ体にグラ ントがとどめを刺そうとした。
「捕らえて!リーンの呪縛を解かせなきゃ」
「倒しちまえば同じことだろ!」
 殺してしまうことにわずかな抵抗を見せた未来の言葉にグラントが叫び返す。 その一瞬に、シルドナがあらん限りの力を振り絞って周囲に雷撃を飛ばした。グ ラントもルークもはじかれて地に伏せる。シルドナはよろめきながら追っ手の届 かない場所へ転移してしまった。
「くそ、また逃げられたか」
 組み付いてでも逃がすまいとしていたグラントが歯がみした。
「どこへ行ったんだろう。まさか洞窟の中じゃ……」
「あの傷なら簡単には癒せないだろう。とりあえずマリーたちと合流しよう」
 心配げな未来に、封印を解きにやってくるかもしれないと踏んで、ルークが告 げる。死に至ってないなら、リーンがシルドナの気配を察知できるはずだ。それ も計算に入れていた。グラントもうなずいて洞窟の中へ駆けだした。

                    ○

 祭壇の前にいたトリスティアは、未来の合図を受けて身構えた。
「今、アクアと魔法具がこっちに来るから!アクアから魔法具を奪わないと」
「マリーは?」
 祭壇を調べていたリオル・イグリードが振り返った。トリスティアが焦ったよ うに答えた。
「やっぱりこっちに向かってるって。マリー、怪我してるみたいだよ」
「怪我?戦闘でか」
「良くわかんないけど、シルドナに操られたかららしいよ。でもそれでリーンが マリーたちと合流したみたい」
 詳しい説明をしている暇はなかった。そこに未来に転移させられたアクアが現 れたからだった。アクアは不意に飛ばされて、きょときょとと周辺を伺っていた 。
「アクア、それ貸して!」
 リリエルが有無を言わさずアクアの手から魔法具を奪った。
「あ〜、だめですぅ」
「封印を解除したいんでしょ。だったら手伝いなさいよ」
 しかられて反射的にアクアはうなずいていた。リリエルが祭壇のくぼみにサー クレットをはめこむ。アルフランツとリオルがそろって祭壇に手をかざし、魔力 を注ぎこみ始めた。リリエルとアクアもそれにならった。
 やはりいささか魔力が足りなかったのだろう。はじめはなんの反応もなかった 。根気よく続けている内に、リュリュミアたちに支えられたマリーがやってきた 。リオルがそれに気づいて、手を休め駆けつけた。
「怪我したんだって」
「シルドナにかばうよう暗示をかけられていたのよ」
 リューナが忌々しげにそれに応じた。歩いてくるのがやっとだったのだろう。 マリーは青ざめた顔でその場に座り込んでしまった。リーンは祭壇に目をやって いた。
「あれが祭壇?」
「封印を解くんだ」
 いまだシルドナの支配下にあるであろうリーンを警戒して、リオルが前に回り 込んだ。マリーがリーンに言った。
「全員でやれば封印が解けるかも……リーン、あなたも手伝って。封印を解きた いんでしょう」
「うん」
 と、そのとき。リーンとアクアの表情が少し変わった。身のうちにあったシル ドナへの忠誠の気持ちが薄らいでいる。それは洞窟内にいた仲間は知らないこと だったが、シルドナがやられたのと同じ刻だった。アクアが生き生きとした表情 で隣り合わせにいたリリエルやアルフランツを見つめた。
「なんだかよくわからないんですけどぉ、今がチャンスだって感じがするんです ぅ。早く封印を解いちゃいましょぉ」
「手伝うわ」
 少しマリーに気を残しながら、リーンも祭壇の方へやってきた。警戒を解かな いままリオルもそれに続く。マリーは気遣って残っていたリュリュミアを見上げ た。
「私は大丈夫。先に封印の方をお願い」
「そうですかぁ」
 思ったよりしっかりした声にリュリュミアも封印解除に参加する。祭壇を取り 囲むようにしながら魔力を注ぎ込むと、サークレットにはめ込まれた指輪の石が 、赤く輝きだした。輝きは瞬時に増し、洞窟内に満ちる。次の瞬間、どーんとい う力の奔流とともに洞窟の天井が抜けた。
「きゃあ」
「うわぁ」
 障壁が開かれるのを見たような感じが誰にもあった。力の奔流は荒れ狂う風と なり、祭壇を壊し一行を激しく揺さぶった。抜けた天井から昼間の光が差し込ん でくる。薄暗かった森がいつの間にか明るい場所へと変貌していた。きらきら光 る存在が周辺に散らばっていく。そこに精霊の気配を感じ取って、リオルが嬉々 とした顔になった。
『みんな、解放されたんだね』
 リオルの手にしていた精霊杖に光が宿る。そこから警告の声が発せられた。
『気を付けて!みんな怒っているから』
「え?レイフォースだよね。怒っているってどういうことさ」
 リオルと契約している光の精霊のレイフォースは違っていたが、他の精霊は長 らく封じ込められていたことに怒りを感じているらしい。魔力が戻ったことは気 配でわかったが、精霊たちは怒りを持ったまま洞窟から外の世界に飛び出してい た。その感情がモンスターにも伝わったのだろう。一度は散り散りになったバッ ファローたちが、さらなる凶暴性を帯びて再び姿を現していた。マホロビもいま までより数倍の大きさになっている。
 問題はそれだけではなかった。
「シルドナが来るわ」
 リーンが気配を感じて顔をこわばらせた。
 瀕死の重傷を負ったシルドナが、解放された精霊に呼びかけていた。吸血鬼の 血が精霊との交流に役立ったのだろう。ともに怒りを感じていることも手伝って いた。
 シルドナは精霊の怒りを利用しようとしていた。風の精霊に傷をいやしてもら いながら、意識は世界の破滅へと向かっていた。怪我のショックで支配下からじ ゃっかん逃れたリーンとアクアだったが、その怒りの感情は伝わってきていた。
「なんかシルドナさんもすごく怒ってるみたいですぅ」
 アクアがおろろろしながら言った。

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