世界名:「皇都(こうと)」
世界分類:実質界(陰陽界、幻想界の要素も残り)
煉瓦造りの歩廊(プラットホオム)から、今朝も長い汽笛を吹いて、一番列車が発車する。
早起きの老若男女は、今日もぱりっと身だしなみをととのえて、仕事に学業にと忙しく往来する。
ここは「皇都」。天照らす陽の御子のおわす、大和(だいわ)皇国の首府。
ご改新がなり、さむらいの世から皇帝(ミカド)の世に変わって、もう五十年近くが過ぎた。
明史(めいし)になってからのお国はとにかく西欧、東米に追い付け、追いこせと、海の向こうの文明をどんどん取り入れて来た。
おかげでこの皇都の風景も、ずいぶんと変わった。
中でも極め付けは「蒸気機関」というやつだ。
人や牛馬の力を借りず、からくりが自分で動くこの仕掛けはとにかくなにかと便利で、あっという間にお国中に広まり、どんな機械仕掛けも蒸気で動かすようになった。
おかげでこの皇都も−−まあ、さむらいの時代から騒がしくてせわしない街だったけれど−−最近はきんこんかん、がしゃんがしゃんと鉄(くろがね)の音も加わって、ますますやかましく、忙しくなった。
ともあれ、忙しいのは悪いことじゃない。
修身斉家治国平天下。明史の時代、大和はお国の号令のもと、臣民こぞって富国に励んだ。成果は予想以上で、ものの数十年で西欧、東米に追い付き、先ごろは隣の太華、続いて北の北露と、大国相手に戦争をやって、なんと勝ってしまったからお国も臣民も鼻息が荒い。
けれども、時の流れは無情というもので。
ご改新で力を取り戻し、明史大和を引っぱってこられた皇帝も、先年ついに崩御なされてしまった。
新しい皇帝が即位され太照と時代が変わったけれど、いやだからこそ、人々の間にはなんとはなしの不安がただよっている。
二つの戦争には勝ったけれど、大和も多くの軍人が戦いに散った。
文明開化もいいけれど、一方で自由民権とか人間平等とかいった思想はお国が取り締まってるから、結局えらい人間がいばり散らす世の中は変わってない。
ご改新で特権を無くしたさむらい達は、はぐれ侍となってあちこちで騒ぎを巻き起こしている。
西欧、東米の文明もいいけれど、裏ではなにやら錬金術なんてあやしげな代物も入り込んで来たらしい。
それでも、日々を一生懸命生きる大半の人々に取っては、ささいな不安なんてかまってられない。
目の前に仕事やら学業やらは山ほどあるし、日ごろの憂さを晴らす愉しみだってあるのだ。
昔ながらの芝居や相撲もいいけれど、やはりモダンとしゃれこむなら電信放送や活動写真だろう。
体育競技の方も、棒球やら蹴球やら、色々海の向こうから渡って来た。
そうそう、今度は西欧の軍人さんが「自動車競争」なるものを開催するらしい。
蒸気で動く自動車ってのは実に便利な乗り物だが、それで競争をやろうってのはずいぶん突飛で面白い発想だ。
これを観に行かない手はないが、度胸があるならいっそ自分で走るともっと面白いかも?
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