「聖アスラ学院のお化け退治作戦」

第一回

ゲームマスター:夜神鉱刃


もくじ



第1章 聖アスラ像の調査

1−1 首を切られた石像を調べる
1−2 残りの無事な石像を調べる
1−3 監視カメラと学内の赤外線を調べる

第2章 聖アスラ像に関する文献調査

第3章 食堂の調査

第4章  夜間の見回り警備




第1章  聖アスラ像の調査

1−1 首を切られた石像を調べる

 今、聖アスラ学院では、「お化け」事件の噂話が学内のところどころで賑わっている。
「聖アスラ像の首切り事件」と「食堂荒らし事件」の両方がその日の朝に発覚して、まだ一日も経っていないというのに……。

 風紀委員長スノウが午前中から仲間たちに集合をかけ、九名ほどのメンバーが集まった。その後、仲間たちは、風紀委員室で改めてスノウから現状の詳しい報告を受けた。

 そして会議を済ませた後、それぞれが各自の持ち場へと散って行動を開始する……。この時点での現在時刻は、正午を過ぎたあたりであった。

 調査は同時に開始されたものの、まずは、「首を切られた聖アスラ像調査班」の活動から見て行こう……。

***

 それにしてもすごい人だかりだ。
 体育館前の聖アスラ像は、スノウが先ほど張り巡らせた「立入禁止」の魔術テープで保護されている。しかし、誰も踏み越える者がいないものの、像のほとんど一歩手前ぐらいの距離まで学生たちが押し寄せている。
 人数を数えれば、2、30人はざっといるだろう。

「ただの器物破損事件や食堂での盗み食いには興味はないが、いやしくも学究の徒が集まるこの学院で……しかも俺の薫陶を受けた学生たちがろくすっぽ検証もせずに、やれ『不可能事件だ』だの『お化けの仕業』だの騒ぎ立てるとは何事だ!」

 厳しい口調ではあるが、よく通る美声で野次馬に向かって怒鳴ったのは、武神 鈴(PC0019)だ。
 彼は、外見年齢は十七歳と若いが、魔導科学の分野で著名な業績が評価されて、聖アスラ学院大学部の特別講師を勤めている。なお、風紀委員会での分析・検証の手伝いもしている男である。

 鈴は、怒鳴ったついで、伊達眼鏡から「マッド」な眼光を輝かせて野次馬たちをギロリ、と睨む。

「うわあああああ! マッドサイエンティストの武神先生だあああああああ!」
「別の意味でお化けだああああああああああああああああ!」
「ぎゃあああああああああ! お助けをおおおおおおおお!」
 以下、省略。

 と、いった具合に野次馬学生たちの半数が逃げて行った。

 その直後、野次馬たちはさらなる追撃を受ける!

 ぼおおおっ……!
 お化けのような老人もふらふらと立っているではないか!

 骨と皮だらけの老紳士は、蒼白な表情で灯のような赤い目玉を爛々と輝かせ、ハゲ頭がきらりと光り、杖をつき、骨だけのカラスが右肩に止まっている……。

「これええええ! 道を空けるのじゃ、若人どもよ! 検証の邪魔じゃい!」

 お化けのような老紳士、いや文字通り、死霊の老紳士がそこにいた。聖アスラ学院大学部において魔術学講師を勤めるエルンスト・ハウアー(PC0011)は、梟の杖を振り回し、野次馬たちを蹴散らす。

「ぎゃああああああああ! お化けだあああああああああ!」
「なにこの人? ゾンビ? リッチ? きゃああああああああああああ!」
「ひええええええええええ、地獄のハウアー先生が来たぞおおおおお!」
 以下、省略。

 と、こんな具合に野次馬の残り半数もあっと言う間に逃げ去って行った。

「あはは、さすがは先生たち! あんなにたくさんいた野次馬たちが一瞬でいなくなったね!」

「恐るべき先生方」の野次馬払いを笑いながら見物していたのは、ミンタカ・グライアイ(PC0095)という十代後半の青年留学生だ。もちろん彼は、野次馬などではなく、風紀委員会の手伝いで来ているのである。

 ミンタカは錬金術を専攻する学生なので、服装も大事と心掛けている。そんな彼は、きっちりとした魔術師のローブに身を包んでいた。そして、今日は事件の検証ということもあり、スケッチブックを片手に持って来ている。

「それはそうと……石像の破片が散らかっていると危険じゃないかな」
 ミンタカの声にすかさず応じた乙女がいた。

「こんな硬いもの、うっかり壊したじゃ済みませんわ。それにしても学園内にレーザー光線なんて信じられませんわ。馬鹿な学生がいたずらして怪我したらどうするのかしら」
「ええと?」
「高等部1年のアンナですわ。石像の破片が散らかっていると危険ですから美化委員として片付けに参りましたの」

 箒とちり取りを持って、石像周辺に散らかっている破片を掃除するのは、高等部一年の留学生であるアンナ・ラクシミリア(PC0046)である。仏国の令嬢らしい外見をしたアンナが、セミロングの茶髪をゆらすと、ピンクのスカートもふわふわと動く。安全第一だろうか、ヘルメットまで装備しているのも印象的な乙女である。

「わたしも手伝うよ!」

 同じく、箒とちり取りを取り出して、アンナの手伝いを始めたのは、姫柳 未来(PC0023)である。

 未来は地球の日本から来た高等部一年の留学生である。留学前の学校では制服のスカートが超ミニスカートだったため、当学院においても、同じく、制服のスカートはかなり短め!
 そのせいか、風紀委員たちにたまに目をつけられるらしいが、そこは「自由」が謳歌される学風であるので、あまり厳しい注意は今のところ受けていない。
 実は未来、あの厳しいスノウが一緒の班ではなくて、内心、ほっとしていた。

 ちなみにスノウだが、聖アスラ像の調査には同行するものの、この班(首が切られた聖アスラ像の調査班)にはいない。なぜなら、この班は、既にメンバーが五人いることと、教員二名(鈴とエルンスト)に率先を任せても問題がないと思われたからだ。スノウは今、他の聖アスラ像調査関係の班を手伝っている。

「さて、アンナたちが掃除をしてくれている間に、首を切断された石像がいかに切断されたのか……俺たちで推理を進めるのが妥当ではないか?」

 鈴が呼びかけると、エルンストは灯火のような瞳を煌々と輝かせながら、ぼそり、と答える。

「そうじゃな。さっそく石像を検証して、推理を組み立ててみると良いじゃろう!」

 ミンタカは、持って来たスケッチブックと備え付けの鉛筆を取り出し、スケッチを始めようとする。

「特に像の切断面あたりをじっくりスケッチして、質感や角度に注意しながら、どこかおかしい点はないか、僕は検証してみますね!」

 そして、両手に魔術軍手をはめ、魔術テープを解除し、鈴とエルンストは像に迫り、じっくりと検証を始める……。

 エルンストは、検証に入ってからの開口一番、こう述べた。

「先ほどの風紀における会議報告によると……へし折られたのではなく『切り落とされた』。『首の切断は通常の武器ならばできない』。『赤外線トラップに触れると、警報が作動して、レーザー光線が標的を撃つ』。ま、これだけ情報がそろっていれば、接近して剣等を振り回して物理的に切り落とした可能性は低いわな」

 考え込んでいたところ、頭をすっと、上空へ上げた鈴は、エルンストの問いに答える。

「だろうな。ところで……魔術赤外線センサーに引っかかっていないということが問題なのだが……実はその程度のこと、いくらでも無力化の手段がある」

 横でスケッチを続けていたミンタカが、ひょいと質問をする。

「どうやるんでしょうか?」

「『特殊スプレー』で装置の赤外線を可視化して、鏡を使ってセンサーを誤認させながら人の通るスペースを作る……。そうすれば、簡単に聖アスラ像へ近づけるはずだ」

 なるほど、とエルンストとミンタカは頷いていたのだが……。

「しかし……聖アスラ像前の魔術赤外線が作動している時刻は、閉門時刻の午後十時から開門時刻の午前七時までだったなあ? そして今、この像の調査をしているわけで、もちろん赤外線は動いていないわけじゃ。どうやって検証するのかい?」

 エルンストは率直な疑問を鈴にぶつけてみた。

「その件だが、実はここに来る前に、警備員に頼んで、検証用に使う赤外線を部分的に出してもらっているんだ。例えば……肉眼で見えないと思うが、この像のちょうど裏側にセンサーを何本か出してもらっている。で、そこで、異界異能学研究室の備品から持ってきたこの『特殊スプレー』を噴きかければ……赤外線は可視化するわけだ!」

 鈴はそう説明すると、『特殊スプレー』をカバンから取り出し、シュ、シュ、シュ、といった具合に、センサー付近へ噴出してみた。

 だが……。

「あれ? おかしい。赤外線が可視化できない!」
 まさかの展開に目を丸くする鈴。

「赤外線が動いてないだけでは? 試しに、僕が赤外線を触ってみましょうか?」

 ミンタカが赤外線付近へ手を触れようとするのだが……。

「やめた方がいい! 赤外線が正常に動いているのであれば、レーザー光線が出てくるぞ!」

 ミンタカの手を制止する鈴。

 と、像の前で三人が議論し、二人が掃除をしているところ、とある人物が像を遠くからじっと眺めていた……。その人物はぱっと見たところ、品の良い紳士服を着ている金髪の中年男性だ。

 像の前の三人とその男は視線が、カッチリとあう。

「ははは……風紀委員会の人たちかな? ご苦労様。」

 と、謎の男の登場に面食らう風紀委員会の仲間たちであったが、鈴とエルンストは、何かを思い出したかのように声を上げる。

「あ、あんた……ええと、ウォルター教授?」
「おや、ウォルターさんじゃないか? こんなところで会うなんて奇遇じゃな?」

 鈴とエルンストは教員なので、この謎の男が、ハインリヒ・ウォルター教授であることを思い出した。もっとも、「知り合い」と言っても、友達や共同研究者という間柄ではなく、同じ魔術系学部の教員として少し面識がある程度だが。

「ああ、いやさ……ほら、この学内にある聖アスラ像は特注品だから、『魔術』の赤外線が張られているんだ。だから、通常の『特殊スプレー』で赤外線をあぶり出すのは厳しいだろうね!」

(突然現れたウォルターは何をしに来たのだろうか?)
 と、思いつつも、一応、「ありがとう」と鈴はお礼を言っておいた。残りの四人も、ウォルターの挙動をじっと眺めていた。
 ウォルターはハンカチで汗を拭いて、軽く会釈をし、体育館前を素早く去って行く……。

(ところでこの証言、鵜呑みに信じてもいいものだろうか?)
 と、疑問が脳裏によぎった鈴は、後に今日の会議で行われる「他の仲間からの報告」において、赤外線の話が上がるのを待つことにした。

 さて、推理の続きに戻ろう、と議論を続ける一同。

「では、空間魔術を駆使して……特殊ドライバーで『空間湾曲』を起こし、虚数空間の道を作って像へ接近する方法は?」

 鈴は新しい推理を続けて述べる。

「ふむ。ワシもそれは考えたが、難しいかもしれん。ワシもこの年で魔術師だからわかるが、『空間湾曲』を自在に使いこなす魔術はかなり高度なものじゃい。もしできるとしたら、その道の教授クラスか一部の天才学生の類いじゃろう。じゃが、ワシは他の可能性もあると思うのじゃが……」

 この中で年の功的に最も魔術に詳しい老エルンストは、残念そうにそう反論した。

「そうですか。もし、犯人が『空間湾曲』魔術の天才あるいは熟練の使い手なら、学内でも数が絞り込めますね! スノウ委員長にそう報告しますか?」

 スケッチを続けながら、ミンタカは鈴に質問をする。

「現段階ではそれも視野に入れておこうか。ところでエルンスト! あんたの推理も聞こうか? 他の可能性もあると?」

 鈴は、他の可能性を仄めかしたエルンストに向かって、そう叫んだ。
 エルンストはにやりと笑って、推理を披露する。

「恐らく、赤外線に反応しない魔術で切り落としたと見るがどうかね? 例えば、『水圧の刃』、『真空の刃』、『空間断裂の刃』といった具合に、魔術の刃を遠隔から飛ばし、刃が赤外線の隙間をくぐり抜けられれば、一気に像の首を切り落とせるではなかろうか?」

 鈴も頷きながら応答する。

「うむ。それもありうるな。センサーを無力化する必要すらないケースか……。ところでアンナと未来。掃除ははかどっているか? もしエルンストが言ったような魔術の刃で攻撃したとすれば、何か痕跡が残っているはずだが……」

 鈴は掃除をしている二人に確認を促す。
 アンナはちり取りを探りながら、応答する。

「少なくとも『水圧の刃』ではないと思いますわ。濡れているところはありませんでしたし。わたくしはその道に詳しくありませんが、『真空の刃』あたりはありうるかもしれません。現にこの切断された破片の痕跡、一撃でざっくりと切り落とされたような跡がありますわ!」

 アンナは、ちり取りの中に入っているやや大きめの破片を皆に見せる。そして、アンナは何かを思い出したかのように、言葉を続ける。

「それともう一点……。不思議なことに、切断した道具の方の痕跡らしきものは落ちていませんでしたわ。もし剣で傷つけたのであれば、剣の小さな破片が落ちていてもよいものでしょうが」

 魔術軍手をはめている鈴は、ちり取りからその破片を取り上げ、石像の首が切れた切断面と合わせてみた。

 すると、どうやら、「何か」で真っ二つにざっくりと切り込んだように、一刀両断されていたらしい……。

 鈴は、たった今見た証拠から推理を立ち上げる。

「そう、注目すべきは切断面だ。今、破片の痕跡と合わせたこの切り口からして、物理的に切断されていることはわかる。また、切りつけた場所の方が損傷は大きくなるが、見たところ、首は斜め四十五度に上から下にかけてざっくり大きく切れている……」

 一度、沈黙したが、鈴は思い出したかのように、そして、首を傾げながら、言葉を続ける。

「あとは……切断に使った道具だが……。切断面や破損部位からすると、これは何かの刃物を使用した……斬撃系の攻撃の跡だ。だが、そうなるとおかしなことになる。通常の武器では傷を付けられない頑丈な魔石で構成されているこの像が……どうやって切られたんだ? そして、現場に『武器』の破片らしきものがひと欠片も落ちていないのも……なぜだ?」

 鈴の不可解な問いかけに対して、エルンストが静かに応答する。

「ふむ。『真空の刃』あるいは『空間断裂の刃』という説もあったな? だが、ワシらはひとつ見落としているのかもしれん。それは、魔術の刃を出すときの攻撃力じゃよ。通常の武器で傷を付けられないほどの装甲を誇るこの像に対して、魔術の刃の一撃で切り落とせるのであれば、その術者は相当な術の使い手だろうね。あるいは、その使い手を学院内から探してみるかな?」

 一同は、それぞれ考えを巡らす。
 推理は振り出しに戻ってしまうかもしれない。

 そんな中、スケッチが終わったミンタカが閃き、明るい声を出した。

「あ、こういう手があるかも! 古いローカルニュースで、似たような事件がありました。田舎の道祖神の首が壊され回って騒ぎになったことを記憶しているんですが。まあ、詳しく話すと長くなるので、要点だけ言うと、石像が経年の劣化で壊れたケースです」

 ミンタカの推理に鈴が何か閃いたらしく、急いで答える。

「そうか! その手だ! 学院内で厳重に管理されている聖アスラの石像を誰も省みず、経年の劣化で自然と首が落ちたことは考えにくいかもしれない。だが……呪術を使えばどうか? 類感呪術や感染呪術の類いを使って、時間をかけて、少しずつ像を劣化させて行くことでも、首は落ちるだろう……」

 ううむ、と首をひねりながら、推理を聞いていたエルンストがここで口を開く。

「その手はワシも考えたよ。ワシは暗黒魔術の使い手だから、呪い関係の魔術に関しては熟知しておる。だが……この像から、呪術系の魔術がかけられた痕跡、あるいは術跡をワシは感じ取ることができん。だからそれはないだろうね」

 と、ここまでは、石像の切断面を調査して、「首は、いかに切り落とされたか」という話であった。
 だが、ここで、アンナと未来は、事件の調査を別の方向性から提案する。

「ところでこの犯行、犯人は学院関係者ですわね? と言いますのも、犯行は学院の閉門時刻である午後十時から開門時刻である午前七時に起きたことですし。人目のなくなる時間帯や学院内の事情を熟知しているのは、まず学院関係者だと思いますわ! それと、聖アスラ像を破壊した理由も、例えば像に何かが封印されているのを知っている学院関係者という筋もありえますわね!」

 話を聞いていた他のメンバーたちは、「確かにそうかもしれない」と思い直す。ここまでの推理の前提は、「学院関係者の誰かがやったのだろう」と暗黙にも思い込んでいたが、アンナに指摘されると、やはり学院部外者には難しい犯行のようだ。

「それと……この犯行、これで終わりかな? 聖アスラ像を破壊する犯行が犯人の目的だったら、残りの四体の像も全て破壊されるかも! 今夜、わたしたちで像の警備してみない? 犯人が現れたところを現行犯で捕まえられないかな?」

 未来の提案も、確かに外してはならない推測だ。
 なぜ、体育館前の聖アスラ像だけ破壊されていたのか、未だに謎は解けない。しかし、このまま犯人を野放しにしておけば、やがて全ての像を破壊しに行く可能性もゼロではないだろう。

「そうですわ! それよ! 次の犯行が発生しないように警備するべきですわね!」
 アンナは首を縦に振って、激しく同意する。

「うん、二人は正しい! さっそく今夜、みんなで警備しましょう! ところで、今までの調査の結果、レポートにまとめておきたいところですね!」

 ミンタカもにこやかに同意し、残りの教員二人も同じようなことを考えていたらしく、強く同意してくれた。

 そしてミンタカは、カバンからノートとボールペンを取り出して、ここまでの調査の経過を記録することにした。(いわゆる「セーブポイント」というやつですね!)


首を切られた聖アスラ像調査班のレポート


・ 特殊スプレーでは、「魔術」赤外線の赤外線を可視化できない。(突然現れた謎の男・ウォルター先生がそう言っていたが、確認は取れていない。)

・ 空間湾曲魔術が使用された可能性はある。もしそうなら、犯人は学内の天才あるいは熟練の術者?

・ 水圧の刃は痕跡上なさそうだ。

・ 真空の刃や空間断裂の刃が使われたとしたら、犯人は相当な攻撃力を誇る術の使い手?

・ 呪術系の魔術が使われた痕跡はなかった。

・ 像の首の切断面は上斜め四十五度から斬撃の一撃をざっくり。「刃物」らしき「武器」のようだが、「武器」の破片が現場には落ちてなく、切断道具の特定はできなかった。

・ 犯人は学内の事情を熟知していた学院関係者?

・ 犯人は残り四体の聖アスラ像も破壊しに来るかもしれない?




1−2 残りの無事な石像を調べる

 首を切られた聖アスラ像調査班の五人が調査を開始していた頃、ロラン・エーベルト(PC0094)らも行動を開始していた。

 ロランの考えた作戦は、主に「石像の過去を調べること」と「残りの無事な石像を調べること」だ。

 前者の調査に関しては、委員会経由の仲間うちでも特に親しいマニフィカ・ストラサローネ(PC0034)に協力を要請したのである。

 ロランが学内の無事な石像を調べている間、マニフィカには、「石像の過去」を洗い出してもらうのだ。

 というのも、ロランは、とある仮説を立てたからだ。

 それは……。
「石像がもともと壊れていた」
 と、いうケースだ。

 例えば、造られる過程でのミスや手抜き、あるいは管理維持の不備、もしくは政治的な意図が仕組まれていた、など思い浮かぶパターンは色々ある。しかし証拠がないことには何とも言えないところだ。そこで、マニフィカに確認の依頼をしたのである。

(さて、それはマニフィカに任せるとして……早いうちに残りの四体の石像の『確認』をやってしまおうか!)

 山高帽にフロックコートの服装で、金髪の髪を首辺で一つに束ね、二十代後半の外見だがやや猫背、そしてウォーハンマーと鳥打ち銃を抱えながら、この男、ロランは堂々とキャンパス内を歩いて行く。

 そしてその横には、調査に同行するスノウが澄ました顔で歩いている。

「おや、エーベルト先生? 狩りに行かれるのですか?」
「スノウ委員長が一緒ということは、事件すか?」
「せんせー、来週の授業、風邪になる予定だから見逃してー!」

 道中で学生たちから声をかけられる。
 実はロラン、マギ・ジス大学法学部准教授ではあるが、聖アスラ学院大学部でも法学部の客員准教授なのだ。彼は、法哲学、法政治学、前期近代法制史の講座を担当している。また、風紀委員会の法務担当副顧問でもある。
 そして何よりも、日々の奇異な言動を繰り返すことが目立っているので、学生たちから熱い「人気」を集めている有名人だ。

「ははは、狩りじゃないな。まあ、ある意味で『狩り』だが。そう、ちょっとした事件なんだが、君たち、あんまり大騒ぎするなよ? あとそこの君、僕の授業はちゃんと受けておいた方が、将来のためになるぞ?」

 学生たちに軽く挨拶をしてからあしらい、ロランはスノウと共に「校門」の石像へと向かった。

「ところで、ロランさん。そのウォーハンマーと鳥打ち銃、さっきから気になっていたのですが……どうすると? まさか……」

 スノウは怪訝な表情で、怪人物ロランの言動を伺おうとする。

「ふふん、かつてマギ・ジスの壁が崩壊したときのように……像とはそもそも破壊されるためにある……つまり、こうするのさ!」
 ロランは、ウォーハンマーを振り上げ、像の首にハンマーを直撃させようとする……の、だが……。

「おい、おまえ、何している!」
「テロリストの仲間か?」
「や、やめてくれー!」

 校門前にいた警備員たちに取り押さえられるロラン。
 しばらく揉み合ってじたばたしていたが、警備員たちは、自分たちが取り押さえた人物は、あの有名人ロラン・エーベルト先生だったことに気がついた。

「わわ! エーベルト先生! これは失礼しました!」
 警備員の一人が勢いよく謝ったが、ロランはにこにこしていて全く気にしていない。

「ははは、静粛に、静粛に! 僕は今、風紀委員会として、例の『お化け』事件を調査しているところさ。いいかい、君たち? もし、僕がこのハンマーで像を打撃して、壊れたら、どうなると思う?」

 ロランの唐突な質問に、スノウが、「ああ、なるほど」と手を打って、答え返す。

「像の強度のテストですね? 像が壊れるかどうかの?」

 グー、のポーズをして、笑顔で返すロラン。

「そうさ。像の強度が能書き通りかの確認だ。壊れなければそれでよし! もし壊れたら不思議なことは何もなかったことになる。そして、一つ目の像は愉快犯の犯行だったということで事件は解決するだろう?」

 なるほど、と頷く警備員たち。
 エーベルト先生の言い分はごもっとものようだ。
 しかし、警備員としては、像に攻撃を加えられていて、さすがに見咎めないわけにはいかなかったのだろう。

「で、いいかい? 君たち? ちょっとだけ打撃を加えて?」
「ううん……そういうことなら仕方がありません。どうぞ!」

 こうして、ロランは警備員の許可を得られたので、ウォーハンマーを用いて首を直撃してみたり、あるいは色々な角度から叩いてみたりしたのだが……。

 能書きとおり、像には全くダメージが与えられなかった!
(なお、警報やレーザー発射は夜の閉門後の時間帯なので、日中に警報が荒れ、レーザーで撃たれる心配はない。そのため、日中では像の前にて、警備員たちが警備しているのだ。)

「よし、ここまではいいだろう。さて、次の段階に入ろう!」
 ロランは、鳥打ち銃をスタンバイして、直線距離10メートルの位置から狙撃しようした!

「エーベルト先生! 銃で像を傷つけないでください!」
「いいかい、君? 能書き通りであれば、この像はあらゆる通常の武器の攻撃が効かないはずなんだ! そしてそれは、銃撃によってもダメージを全く与えられないという意味でもある。だから僕が撃っても像は無傷! そういうわけで、やっていいね?」

 警備員たちは腕を組んで、うなって、困っていた。
 そこにスノウが助太刀に入る。

「警備員さんたち、申し訳ありません! 一発だけ銃の発砲の許可を頂けませんか? 一発撃てば、先生も気が済むと思いますので。それに何よりも、事件解決のため、検証は必要なのです!」

 とまあ、エーベルト先生とスノウ委員長の二人にまでそう言われたら、「仕方がないか」と諦めた警備員たちであった。

「よし、撃つぞ!」
 直線距離10メートルから、狙撃準備に入るロラン。
 緊張した面持ちで、狙いを定め、一気に引き金を引く!
 乾いた発砲音が響き渡り、弾丸は、聖アスラ像の眉間へめがけて猛スピードで突き進む!

 そして……。

 カキーン、という金属音と共に、弾丸は空中へ弾き返されてしまったのだ!

 ロランは、像の元に駆け寄り、撃ったはずの像の眉間の箇所を調べてみた。外見上、ダメージは全くない。そして、像の眉間に手を触れてみたが、弾丸で傷がついた痕跡も全くなかった。

「よし、検証は成功だ! ウォーハンマーでも鳥打ち銃でも、ダメージはゼロ!」

 警備員たちもほっとして胸をなでおろした。
 今回のエーベルト先生の奇行にはかなりヒヤヒヤさせられたものだ。
 スノウも検証がうまくいって、上機嫌。

「ところで、警備員の君たち! 改めて、質問があるが、いいかな?」
 ロランは警備員たちのところに歩み寄り、検証の続きに入る。

「はい、次はどうされたいのですか?」
 不可解な表情の警備員たちを前に、ロランは続ける。

「聖アスラ像だが……武器で壊せない以上は工具で壊したと考えるより他にない。像自体は魔石を加工したものであるから、加工と同じ方法を用いて壊せないということは原理的にありえないからね。工具を用いて数日あるいは数週間といった具合に時間をかけて、少しずつ首を切断していったと考えられるんだ……」

 警備員たちは、話の本筋が見えないらしく、質問で返す。
「はい、そうでしょうね。それで、それがどういうことで?」

 ロランは、歯をキラリと光らせて、回答する。
「夜間は像に近づけないことからして、恐らく白昼において、清掃や点検を装って例の作業をしていた可能性が高い。この点に留意して、質問がある。このまえの「校門前のテロリスト」を含め、不審者が像の周辺で目撃されていなかったかい?」

 質問の意図がようやく飲み込めたようで、警備員たちは、なるほど、と手を打つ。
 確かに、不審者が校門近くにいたかどうかという質問は、校門前の警備員ならば詳しく知っているはずだ。

「うーん。不審者はたまにいますね。例えば、例のテロリストたちや、酔っぱらいなど。あるいは、無謀にも窃盗で入って来た泥棒もいましたね。ですが、どの不審者にしても、聖アスラ像を傷つけることができるほどの力はなかったと思います。ましてや、夜間に体育館前の聖アスラ像の首を切って『お化け』騒動を起こせるぐらいの『大物』の不審者なんて、ここ最近、見かけたことがありませんよ」

 と、警備員の中でも比較的年配の者がそう教えてくれたが、他の警備員たちも首を縦に振って、同意している。

「わかった、ありがとう! 校門前の聖アスラ像の調査はこの辺でよし、と!」
「ご協力、ありがとうございました!」

 ロランとスノウは警備員たちにお礼を言うと、校門前を後にした。

「さて、ロランさん、今後はどうされます?」
「僕はもう残り三体の石像の確認をするさ。君は?」
「私は監視カメラを調べている班の手伝いに行ってきます!」
「うん、がんばって!」
「はい!」

 こうして、ロランは校門前で行った奇行的調査をもう三回、中庭、図書館前、食堂前の聖アスラ像において繰り返すのであった。ロランは今回の事件を契機に、ますます有名人になったようだ。

 さて、もう三回分の調査を終えたあと、ロランは今後のことを考えて、レポートを作ることした。以下、ロランのレポートではこうまとまっている。(ここでセーブポイント!)



残りの無事な石像を調べる調査班(ロラン)のレポート


・ 残り四体の無事な石像全ての強度を、能書き通りかどうか調べてみた。具体的には、ウォーハンマーで打撃を加えたり、鳥打ち銃で狙撃してみたりした。結果として、どの石像も傷つけることが全くできなかった。どうやら、能書き通りのようだ。

・ 夜間は像に近づけないことから、白昼に清掃や点検を装って、何かの工具で像を少しずつ傷づけていた奴がいないかどうか、校門前の警備員を始め、聞き込み調査をした。「テロリスト」、「酔っぱらい」、「泥棒」などがたまにいたそうだが、どうやらこいつらに像の首を切断できるだけの力はないようだ。不審者は実質上なし。犯人は学院内部の奴と考えた方がいいだろう。

・ 「報告」というより僕の「感想」だが、公共の安寧にとって必要なのは犯人とされた人間が処罰されることであって、それが本当に犯人かどうかはこのさい大した問題ではないかもしれない。





1−3 監視カメラと学内の赤外線を調べる

 聖アスラ像前に集っていた野次馬たちを、鈴とエルンストが蹴散らしていたと同時期……像周辺の情報(主に監視カメラと学内の赤外線)を調べる班も行動を開始していた。

「よっと、そら! もう少しだ、この野郎!」
 とある男は、体育館前に設置された監視カメラを回収しようと、カメラがあるポールによじ上っていた。

 もっともこの男、決して不審者の類いではない。
 彼の名は、レイナルフ・モリシタ(PC0081)。
 聖アスラ学院大学部工学部の准教授であり、風紀委員会にも度々、協力をしているエンジニアの技術担当だ。

 やはり技術屋らしく、姿格好もそれらしい。つなぎの作業着を着て、ヘルメットに作業用ゴーグルを装着。日々のハードワークに耐えられるようなきっちりした筋肉に、日焼けで精悍な印象だ。

「それ、取れた!」
 レイナルフは、作業服から取り出したドライバーやスパナを用いて、監視カメラをカチャカチャといじり、無事、カメラを回収できた。

 そして、監視カメラを抱えて、ポールの下に降りる。
 聖アスラ像前は、何やらと騒がしいが、「とりあえず今は、てめーのやるべき仕事をすることが優先だ」と、持って来たノートパソコンを立ち上げ、回線をカメラと繋ごうとするのだが……。

「あれ、変だぞ?」

 故障だろうか、と疑うレイナルフ。
 いや、「これは単純にスイッチが入っていないだけだ」とも彼は思った。
 状況を疑いつつも、スイッチを入れ直して、再度、回線のアクセスを試みた……。

 すると、奇妙なことがわかった。
 どうやらこの監視カメラ、映像を映し出す魔術の供給源がイカレているらしく、何も映らない!
 要するに、故障だ。

「ははん、こいつは犯人の仕業かねえ?」

 解せないレイナルフだが、映っていないものは仕方がない。
 とりあえず、この問題は、今は置いておき……次は監視装置の「電気室」へ向かって、監視関係の確認を続けに行くのだった。


 その後、「電気室」へ入ろうするのだが……。


 電気室はもともと無人だ。
 なので、扉は厳重に魔術の鍵がかけられている。

 電気室前に、何人かの警備員がいた。
 そして、扉の魔術鍵は扉ごと破壊されていた。
 警備員たちは、いぶかしげな表情で困惑しているらしい。

「あれ、どうしたよ? 扉と鍵、壊れているぞ?」
 レイナルフが警備員たちに声をかける。

「はい、扉と鍵が壊れてこうなっているので、見張っていたところです。先ほど、スノウ委員長がこちらに現れたとき、我々が呼び出され、ここで警備しているように言われましたので!」

 若い警備員がハキハキとそう話すと、レイナルフは、ふうと、ため息をつく。

(これまた、犯人の仕業か?)

「オレ、風紀委員会の技術担当なんだ。その部屋、入っていいな? ちょうどいい具合にオレはエンジニアだから、技術関係の破損がないかチェックしてやろうか?」
 レイナルフが警備員にそう提案すると、警備員たちは誰一人反対する者はいなく、彼を電気室へ通してくれた。


 電気室に入った、レイナルフ……。


 彼は、ぱっと、部屋内を見渡した。
 どうやら、この部屋そのものが破壊されたところはなさそうだ。
 しかし、外観が破壊されていないだけで、中身が破壊されていたり、いじられていたりする場合もありうる。例えば、先ほどの監視カメラみたいに……。

(あれ? なんだ、これ?)

 電気系統を探っていたら、あることを発見したレイナルフ。繋がれていたコードの何本かが……切断されてイカレていたようだ。

 不審に思ったレイナルフは、コードの元をたどってみた。
 すると、監視カメラ関係の位置へたどり着く。
 それもご丁寧に、10台ある監視カメラが10台ともコードがダメになっていた。

(ふん、ビンゴだ! 何者かによって、監視カメラが止められていたんだな?)

 監視カメラの件は、とりあえずこういうわけである。
 犯行当時の映像は、犯人が意図的に消去した、と。

 だが、マザーコンピューターは無事であるかどうか確かめる必要もあると考えたレイナルフは、引き続き、部屋内の調査を進める。

(へへへ、腕がなるぜ!)

 レイナルフは、両手をぶらぶらと体操させる。
 そして、準備運動が終わると、工学部准教授のIDカードを挿入し、電気室のマザーコンピューター内部に入り、素早い手さばきで、カタカタとアクセスする……。

「うーむ。マザーコンピューターそのものは異常なし、か! 犯人はとりあえず監視カメラ10台だけ止めておきたかったのかよ? しかし、夜間の学内の魔術赤外線も同時に消去した方が効率はよかったんじゃね?」

 と、ぶつぶつ言いながらも、ベリーショートの黒髪をかきむしり、レイナルフはマザーコンピューターからログアウトした。

 さて、どうしたものか、と考え込むレイナルフ。
 魔術赤外線の件もきちんと検証したい、と彼は改めて思う。

 レイナルフがマザーコンピューター前の席にて、うなっていたところで、スノウがやって来た。

「レイナルフさん。そちらは、はかどっていますか?」

 スノウに声をかけられ、レイナルフは、はっとした。
「おや? スノウじゃねえか? どうした? ロランの方は調査が終わったのか?」

「はい。とりあえずこちらは校門前の無事な像を検証して来たところです。ところで、何かお手伝いできることはありませんか?」

 スノウの申し出で、レイナルフは、にやりと笑った。

「おう! 今から、隣の研究棟で実験をしたいことがあるんだ!」
「わかりました! 行きましょう!」

 こうして、レイナルフとスノウは電気室を後にして、近くにある隣の研究棟へと向かうことになった……。

 もっとも、研究棟へ向かう前に、レイナルフが警備員に何かを頼み、「細工」をしていたのが気になっていたスノウであったが……。


 電気室付近の隣の研究棟内部……。


「で、どうされるんですか?」
 スノウは解せない表情でレイナルフに質問をする。

 なぜなら……。

 レイナルフは、バケツ一杯に氷水をたっぷり入れて、担いで来たからだ!

 そして、ノートパソコンを、再び、カタカタといじりだす……。

「今から、魔術赤外線に引っかからない方法を検証するところだ!」

「ほお、どうやって?」

「赤外線センサーに引っかからない方法は、結構簡単だったりするぜ? 長時間向けじゃないが、バケツ一杯の氷水をかぶれば、しばらくは、てめーの体表の温度は外気と変わりがなくなるからな! この原理を利用するんだ!」

 意外な答えに、なるほどね、と相づちを打つスノウ。

「しかし、赤外線はどうやって出すのですか?」

「それは、こうする!」

 レイナルフがパソコンのエンターキーを押すと、先ほどのマザーコンピューターと回線が繋がったらしく、研究棟一階の廊下に魔術赤外線が発生したようだ!

「へえ、先ほど、そういう『細工』をしていたのですか、レイナルフさん?」
「ははは……スノウ、今は非常事態だから無礼講で頼むぜ?」

 赤外線を出した後、改めて二人は、「バケツ」の話に戻る。

「で、今から、このバケツの氷水をかぶり、赤外線の発生したこの廊下を、一直線に駆け抜けるんだ! オレの推理が正しければ、犯人はこの手を使って赤外線を無効化させたわけだ!」

「なるほどね。ところで、誰が氷水をかぶるんですか? それが問題ですよね?」

 スノウは、じっと、レイナルフを見つめる。
 苦い笑顔で返すレイナルフ。

「わーったよ! オレがやるよ、やります! ま、とりあえず、見てろ、って!」

 そして、バケツ一杯の氷水を、勢いよく、頭から全身に浴びたレイナルフ!
 ざっぱあああん、という効果音と共に、とても冷たそうな氷水がレイナルフの全身をヒヤヒヤと浸す!

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 レイナルフは、まるで徒競走でも始めるかのように、研究棟の廊下を一直線に走り抜ける……!

(へへへ、意外と赤外線なんてちょろいもんだな?)

 と内心思いつつ、10メートルほど走った時点で、なぜか警報が鳴り響き、レーザー光線が発射された!

 ジリリリリリリリリリリリ!

 ズキューーーーーーーーン!!

「うお!?」

 ドカーーーーーーーーーン!!!

 レイナルフはレーザー光線を紙一重で回避したものの、廊下の床の一部が今の攻撃で破壊されてしまった!

「おい、スノウ、逃げろ! 外へ!」
「は、はい!」

 こうして、レイナルフとスノウは命からがら、研究棟から逃げ出してきた。
 その後、警備員に事情を説明して、警報と赤外線を止めてもらい、騒ぎは収まったらしい……。

 どうやら、実験は失敗したが、レイナルフたちはある情報を手に入れた。

 それは、魔術赤外線は非常に強力な赤外線なので、氷水をかぶって体表を変えたぐらいのことでは、ごまかせない、ということだ。

 ここでレイナルフ、一度、現時点での調査を振り返ってみることにした。

(今、学内でなにかへんてこなことが起きている。しかし、ところどころ高度な技術が使われているかと思えば、原始的な手段が使われているところもある。これは……必ずしも、『人が』起こしたことばかりでもないかもな?)

 そして、レイナルフは、ノートパソコンを起動させ、テキストファイルに今までの経過を記録することにした。(セーブ!)



監視カメラと学内の赤外線を調べる調査班(レイナルフ)のレポート


・ 体育館前の監視カメラは故障していた。しかも意図的に。犯人は、犯行当時の映像を映されたくなかったのか?

・ 監視カメラは全10台とも故障していた。「電気室」にあった監視カメラのコードは全て切断されていた。犯人はどうしても監視カメラ全10台を無効化する必要があったのか?

・ 犯人は「電気室」の扉と鍵を破壊した。魔術のセキュリティを破壊するなんて、犯人はなかなかの魔術の使い手じゃねえか?

・ マザーコンピューターにアクセスしたものの、こちらは無事。なぜ犯人は、マザーコンピューターに細工をしなかったのかね?

・ 魔術赤外線は意外と強力だった。バケツ一杯の氷水をかぶって走り抜けた程度では無効化できなかった。ふう、あのときは死にかけたぜ!

・ そもそも『人が』起こした事件かどうか疑問だ。ところどころ、事件のねじれ方が奇妙な具合に構成されているんだ!





第2章  聖アスラ像に関する文献調査

 聖アスラ像を調査する各班が行動を開始していたと同時に、「その他」の調査班も活動を開始していた。

 今回、調査のメインターゲットは、「聖アスラ像の首切り」と「食堂荒らし」の二件だ。
 なので、単純に考えれば、現場の聖アスラ像を調べるか、あるいは食堂に聞き込み調査をしに行けば良いようにも見えるが、マニフィカとロランは別の見解も持っていた。

 話は、風紀委員会で招集がかけられ、事件の調査方針の会議をしていたときまで遡る……。

***

「と、いうわけで……聖アスラ像を調査する班と食堂を調査する班に分けたいと思います。今から班分けをしますので、各自、自分が調査したい対象ごとに分かれましょう」

 スノウが会議を進行しているところ、ロランが挙手する。

「はい、ロランさん!」

「聖アスラ像の調査だが……。現時点の調査だけでなく、『過去』にも遡った方がいいような気もする。例えば、像が建立された経緯、発注、設計と施工、現在までの維持管理に不備不審な点がないかなど」

 奇異な言動が多いロランだが、今の発言は、この場にいる誰もが納得できる提案だ。
 一同は、調査の班分けを見直すべきか、と考え込む。

「うん……。僕はロランさんの意見に……賛成! おっしゃるとおり……事件の背景も調査が必要かと……」

 コーテス副委員長が沈黙を破ると、皆、同時に頷いた。

「そうですね。私も異論はありません。ところでその場合、班分けが三つになります。誰が三番目の班員になりますか?」

 スノウも同意し、会議の進行を続け、意見を募る。

「僕はマニフィカを推薦する。彼女は図書委員会だし、司書の資格もあり、像の詳細を調査する文献調査にうってつけだ」

 ロランが推薦すると、マニフィカがにこやかに反応を返す。

「はい! 実に興味深い事件ですわ。ぜひ、わたくしにやらせて頂けませんか?」

 好奇心旺盛な人魚姫マニフィカ自身、今回の事件には強い関心がある。大学部において留学生である彼女は学院の事情にあまり詳しくないので、この機会に学内や事件の背景を調べる良いチャンスだと考えていた。また、この手の調査は、魔術博物学を専攻する者としても血が騒ぐのだ。

「ええ。こちらからもお願いします、マニフィカさん。私としてもぜひあなたにやってもらいたいです。反対の人はいますか?」

 スノウが了解し、全員に確認を取るが、誰も反対はしなかった。むしろ、「マニフィカにその調査をやって欲しい」という流れで、会議はまとまって行ったのだ。

***

 さて、マニフィカは調査開始と同時に図書館へ向かう。
(人魚姫だが、貫頭衣や装身具に包まれた服装をして、二本足での歩行もできるから、もちろん移動には困らない。)

 図書館も大聖堂のような造りである。
 この建物は、レヴィゼル魔術神が崇められているマギ・ジスタン世界特有の厳かなで巨大な教会建築ゆえに、学内では人気スポットの一箇所だ。

 もちろん、この図書館が好きなのは、マニフィカも例外ではない。マニフィカは、司書資格を取る勉強でも、普段の大学の講義での予習、復習、調べもののときも、いつだってここの図書館を愛用していた。

 マニフィカは、エントランスで学生証をかざした。
 このカードをぴぴっと、魔術赤外線(もちろんレーザー光線は出ない)が認証することで、内部へと入れるのだ。

 さすがに勉強熱心な学生たちが集う聖アスラ学院なだけあって、館内は勉強中、研究中、調査中の学生・教員で賑わっている。もちろん、私語は禁止なので、皆、静まり返っているが、独特の熱意は感じられる。

 マニフィカは、図書館が所属している聖アスラ像に関する資料や記録を集めることから始めた。
 まずは図書館の備え付けパソコンにアクセスし、検索をかけ、欲しい文献の場所を探し当て、その書物がある本棚へと向かうのであった……。


 そして、書物を集め、個別自習室へ……。


 マニフィカは、学生が個別で入れる自習室を借り、勉強机の上に、書物をどっさり、と下ろす。

 聖アスラ大学の図書館なだけに、聖アスラ像に関する資料はかなり豊富に集めることができた。像が造られた経緯、発注、設計、施工、管理維持の状況など、ほとんど何でも出て来た。

 ただ一点、気になることがあった。それは……像の素材と言われている「魔石」に関する文献も集めようとしたのだが、それらの本が大量に借りられていたことである。今、彼女手元には一冊(『聖アスラ学院大学部・聖アスラ像建設記録書』)しかその分野の関連文献がない。

 ちなみに図書館のパソコンのディスプレイは、……「ウォルター魔導動物研究室」と、借り出し人の名前を出していた……。

(集められなかった本もありましたが、これだけ集めたのできっと十分ですわね! さあ、がんばりましょう!)

 マニフィカは、超ロングストレートの銀髪をかき分け、書物にそっと手を伸ばす……。


 まずは……聖アスラ像が建立された経緯。
 これは……『聖アスラ像はなぜ建てられたのか?』の文献に出ている。


 文献によると……。

 遡ることマギ・ジスタン世界の「前期近代」。(今は「後期近代」。)
 時代は、科学対魔術の戦争「マギ・ジス大戦」で荒れていたご時世。

 当時、科学的勢力による壮絶な「魔女狩り」が行われ、魔術師たちは迫害されていた。もはや魔術師の絶滅が危惧されていたそんな時代。

 そんな中、対する魔術師側にも希望の光が灯る。魔術師のアスラが魔術師組織「マギ・ジス・フリーメイジ」を率いて立ち上がり、対する科学的勢力の牙城「マギ・ジス大学」や「マギ・ジス近代科学学会」とそのトップの科学者ワトキンソンらを相手に抵抗し、戦争を挑んだのだ。

 マギ・ジス国家は東側と西側の二つに割れた。科学勢力が東側、魔術勢力が西側と陣営に分かれ、クレサント大陸全土の国家を巻き込む戦争へと発展……。

 戦争をした結果、科学的勢力は魔術師たちに破れ、東西に分かれたマギ・ジスは「科学を内包した魔術国家」という再定義により再編が行われた。

 だが、当時の魔術師たちのトップだったアスラはこの戦争により戦死してしまった。

 その後、アスラは生前の功績が讃えられ、死後、「聖アスラ」となり、マギ・ジス西側が巨大な学園都市として改築された。
 その学園こそ、「聖アスラ学院」。

 そして学院の各地に「聖アスラを忘れない、死後も尊敬し続ける」という意図で聖アスラの石像が建てられたのだ。


(なるほどね。そういう奥が深い経緯がありましたの?)


 次に、マニフィカは、発注、設計、施工などといった事情を調べてみた。
 これは……『聖アスラ学院大学部・聖アスラ像建設記録書』という文献に出ている。


 文献によると……。

 今回、問題となる大学部での五体の聖アスラ像だが、「発注」されたのは、学院創設の時期まで遡る。もう100年以上も前だ。(ちなみに世界最古のマギ・ジス大学に比べると、聖アスラ学院は割と若い学校である。)

 発注者は、聖アスラ二世。聖アスラの息子にあたる人物で、聖アスラ学院の初代学院長。
 建立を依頼された側の受注者は、マギ・ジス森林部・ドワーフ建築会社(当時の社長はグレイス・モーブ)だ。もともとは民族工芸品を造っていた会社だが、「前期近代」には建築や像の建立もやるようになったらしい。名前の通り、その道のプロであるドワーフたちが会社を運営している。

 そして、「設計」もこのドワーフ建築会社がやってくれたのだが、中でも有名な芸術家がいた。その男の名前は、アイボリー・モグリン。当時の熟練の建築士であり、彫刻や彫像といった芸術でも名の通った人物だ。彼の遺作の有名どころでは、『レヴィゼル魔術神の宇宙創造』や『水の精霊の沐浴』、そして『ドワーフとノームの融合』といった芸術石像などがある。

 なお聖アスラ像の「素材」に関しては、マギ・ジス森林部の「地底神坑道」にある洞窟から魔石を採掘している。この魔石は加工して槍にすると貫けない盾はなく、加工して盾にすると貫ける槍はない、といったいわゆる「矛盾」の言葉の語源としても有名である。

 さらに、「施工」だが、これもドワーフ建築会社の仕事となる。アイボリー・モグリンの設計図を元に、彼の甥のオックス・モグリンが工事の施工監督を務めていたそうだ。オックスは叔父のアイボリーのような芸術的センスはなかったようだが、体力と人当たりの良さには自信があり、会社のまとめ役の一人だったという。

 また、「施工」の際には、聖アスラ像の警備用のため、「魔術赤外線」も同時に設置された。この赤外線は強力な「魔術」が施されているため、並の方法では解除ができず、むしろ解除方法が文献に載っていなかった。例えば、「特殊スプレー」や「体表を変える」などのおなじみの方法では全く歯が立たない、と文献では自慢げに書かれていた。

 マニフィカは、念のため、机の上にある類似文献をざっと調べてみた。すると、記録にはだいたい同じ記述が繰り返されていることを確認。

 どうも、文献を調べる限り、発注、受注、設計、施工などにおいて、怪しい動きはなかったようだ。むしろ、当時、関わっていた関係者らは、皆、熱心であった、という印象をマニフィカは抱いた。


(へえー。聖アスラ像建立の背景には、聖アスラ二世やドワーフ建築会社が熱心に関わっていたのですわね!)


 最後に、マニフィカは、聖アスラ像が建立されてから現在までの維持管理に不備・不審な点はなかったという問題を探るため、机の上に積まれた文献を探った。

 これは……『聖アスラ学院大学部・聖アスラ像管理記録』という文献に載っている。


 文献によると……。

 聖アスラ像に関するここ100年以上の管理記録がびっちりと記されていた。
 管理記録現在の「まとめ」によると、「ここ100年以上、管理に手を抜いたことは一切なかった、聖アスラ万歳!」と、いった具合に誇らしげに書かれていた。

 大学部の聖アスラ像は、毎日、朝・昼・晩と警備員により警備され、用務員らによる掃除がされている。この警備と清掃を欠かしたことは100年以上、一日もなかったらしい。

 また石像の定期的メンテナンスも100年以上に渡り続けられている。毎月月末になると、ドワーフ建築会社の専門家チームを呼んで、石像の具合を見てもらっている。石像に破損部分はないか、石像が劣化していないか、魔術赤外線はちゃんと動くかなどなど、手入れに一切の手抜きはないらしい。


(すごい気合いの入りようですわ! 聖アスラの信者というのは恐ろしいぐらい熱心ね!)


 とりあえず……文献調査からわかったことはこれぐらいであった。
 しかし、「これぐらい」でも事件調査の進展には役立ったはずだ。

 調査はこの辺で一度、切り上げ、マニフィカはロランたちへ提出する報告書に取り組むことにした……。(しつこいようですが、セーブポイントです。)



聖アスラ像に関する文献調査班(マニフィカ)のレポート


・ 聖アスラ像の建立された経緯は、この学院が創設されたことと同じ理由のようですわ。マギ・ジス大戦で戦死した最大の功労者(聖アスラ)の偉業を忘れないためでした。

・ 聖アスラ像の発注者は、聖アスラの息子で初代学院長の聖アスラ二世。受注者は、マギ・ジス森林部ドワーフ建築会社ですわ。設計はアイボリー・モグリン、施工監督はアイボリーの甥のオックス。当時において手抜きや作為は考えられませんでした。

・ 聖アスラ像の魔石は、この世界の「矛盾」の語源にもなっていたほどの硬度を誇るようね。なお「魔石」関連の文献が「ウォルター魔導動物研究室」によって大量に借りられていたのが気になりました。

・ 聖アスラ像の魔術赤外線もドワーフ建築会社による製造とのこと。「特殊スプレー」や「体表温度のごまかし」が効かない、と文献は自慢げでしたわ。

・ ここ100年以上、像の管理維持に不備・不審はなかったようですわ。定期的メンテナンスもドワーフ建築会社がやっているそうね。




第3章 食堂の調査

 物語は、今回の事件においてスノウ委員長が風紀委員会経由の仲間たちを集める以前に遡る。
 いや、それ以前に、コーテス副委員長が朝飯のサンドイッチを食堂へ買いに行くところまで遡る。

「ふわあああ……。眠みぃ……。今日は……朝から講義で大変だ……。食堂で、甘々ジャムのサンドイッチをほおばり……ホットカフェオレをごくり……ふふふ……至福のひととき……」

 といった感じで、コーテスは半分ぐらい寝ぼけながら、ぶつぶつとつぶやきつつ、食堂へ急いだ。
 目的のブツを購入するため、食堂の売店に並ぼうとしたのだが……。

 どうやら、今日は大変混雑しているらしい。
「おかしい、なぜだろう?」と寝ぼけながらも疑問に思うコーテス。

 しかし、実際のところ、売店に並ぶ列が混雑しているのではない。
 食堂と売店の前で、誰かと誰かがケンカをしているため、野次馬ができているのだ!

「がっでーむ!! カフェテリアを荒らしマシタね! ジュディのライフセイバーであるカフェテリアで盗み食いとは、ナニゴトですかあああああああああああああああ!」

「ぐはは、俺、TUEEEEEEEEEEE!! 俺はな、100人分もメシが、食える、だぞ! ぐひ、ふふふ、ぐへ、そんでな、聖アスラより、すごい魔法が、うへへ、ちかえるんだぞー!」

 コーテスは一発で目が覚めた。
 なんと、ケンカしているうちの一人は、風紀委員会でもよくお世話になる保健体育の非常勤講師(ジャージ姿にテンガロンハットがトレードマークの金髪白人)でもあるジュディ・バーガー(PC0032)先生である。

 そして対する相手は、どこからどう見てもぐでんぐでんに酔っぱらった、正真正銘の酔っぱらい。年齢は四十代ぐらいであろうか。頭はハゲていて、太っていて、顔が真っ赤で、安酒のボトルを右手で持ち、たまにラッパ飲みをしている。

 さて、「ここは風紀委員としてケンカを止めるべきか」それとも「ジュディに任せてみるか」と、コーテスは判断が迫られていた。

 ところが、コーテスが判断を下すまでもなく、この直後、ケンカしている二人は戦闘に入る。

「くらえええええええええ、おれのまほおおおおおおおお!」
 酔っぱらいは、酒を口に含み、懐から取り出したライターで火を点火して、酒を吹き出す。
 酒に引火したライターの炎は、そのまま火炎放射となり、ジュディを襲う。
 いわゆる、大道芸人などがよくやるパフォーマンスだ。

 もっとも、ジュディはそんな威嚇攻撃(ハッタリ攻撃?)など、ものともしない。
 元アメフト選手らしく、高速度のタックルで酔っぱらいの懐へ飛び込む。

 二メートルを越える巨大なダイナマイトバディのジュディからタックルを直撃した酔っぱらいは、後方へ吹き飛んだ!

 その直後、酔っぱらいが体勢を起こす前に、ジュディが飛びかかり、酔っぱらいを組み手で伏す。
 じたばたしている酔っぱらいは、何とか抵抗しようとするのだが、ジュディの怪力の前ではなす術を持たない。

 こうして、騒ぎを起こした酔っぱらいは、ジュディによってあっさりと鎮圧された。
 ちなみにこの後、酔っぱらいは救急車で運ばれて行った。(ジュディがこてんぱんに叩きのめしたからではなく、アルコールの酔いがひどかったため。)

 事態が収まると、ジュディは野次馬の中からコーテスを見つけ、歩み寄って来た。

「オオウ! コーテスではアリマセンか? グッド・モーニング! サワヤカな朝デスねえ!」
「ははは……。グッド・モーニング……ジュディさん! とりあえず……わんだ・ほー?(で、あっているよね、これ?)」

 とまあ、こんなことがその日の朝、ありました、と。

***

 物語は進行する。

 スノウらが風紀委員会経由の仲間たちを集め、会議を開き、それぞれの班に分かれて調査を開始することになった。

 聖アスラ像の調査班は人気らしく、「その他」の調査のマニフィカ、そしてジュディにコーテスを除くと、全員が像の調査を希望していた。

「カフェテリアを荒らすヤロウは許せないデース! ぜひコラしめてやりマース!」

 といった具合にジュディは率先して立候補したため、食堂の調査は彼女に任されることになった。なお、今朝の食堂前でのバトルを目撃してしまったコーテスは、ジュディに助手の役をやるように頼まれ、同行することになった。


 さて、時間は各班の調査開始時まで進む。


 会議が終わり、各自が持ち場へ向かうことになり、ジュディとコーテスは食堂へ急いだ。

 とりあえず、酔っぱらいの件はジュディが戦闘済みなので改めて確認することもないだろう。
 100人分荒らされたという食料だが、あの酔っぱらいはどう見ても「やっていない」とジュディは確信している。

 酔っぱらいは威勢がよかった割には、恐ろしく弱かった。
 また、「魔法が使える」といいながら、大道芸人の真似をしていた。
 言葉が悪いが、見たところ、「どこかの落ちぶれた一般人の酔っぱらい」だ。
 彼が食料100人分を荒らすとは、とても考えられない。

 食堂に入ると、ジュディは食堂のおばちゃん、そしてアルバイトでお世話になっている仲間の警備員に会いに行く。

「オバちゃーん! 食堂荒らしのケース、調査しに来まシタ! ジュディたちに協力してもらえマセンかー? ガードマンもヘルプ!」

 ジュディが厨房の出入り口を、腰を落としてくぐり抜けると、厨房独特の生活感と作りかけた料理のいい匂いが漂ってきた。
 しかし、厨房は今、機能停止している。
 風紀委員会が調査し、解決するまで、現場の状況を保存するためだ。

「ジュディちゃーん! 助けに来てくれてありがとう! 何でも調査協力するから、言ってみて!」
「おお、ジュディさんではありませんか! ちょうど私も今、お昼の休憩で食堂前警備の交代をするところでした! ぜひ協力させてください!」

 さすがにジュディの愛嬌と顔の広さからして、おばちゃんも警備員も協調姿勢だ。コーテスは、「ジュディさんが一緒で良かった」と胸をなでおろす。

「まずは、そのアラシについて質問デース! 100人分のフードをセーンブ、食べた、デスね?」

 おばちゃんは、腕を組んで考える。
 何かが違うみたいだ。

「そう伝わっているかもしれないけれど、実際はちょっと違うのよね。『100人分の食料を完食した』というよりは、『100人分の食料に匹敵する量を下品に食い散らかした』が正確なところかな?」

 ジュディはその辺の事情をもっと聞きたいと思い、再度、質問をすることにした。

「犯人はナニを食いチラかして、いたのデスか?」

 おばちゃんは、記憶をたどる。
 そして、目の前の散らかっている台所を指差す。

「あんな具合よね。豚、牛、鳥などの『生肉』、にんじん、きゃべつ、ピーマンなどの『生野菜』、チーズ、牛乳、ヨーグルトなどの『乳製品』といった食料が荒れていたところが、朝、厨房の扉を空けた途端、目に入ったのよね」

 ジュディは、具体的な荒れ模様を聞いて、とりあえず納得した。
 しかし、解せない点もあった。

「気がツイタのは、朝、チューボーのドアを空けた時デスか? チューボーのドアはロックしていたのでショウ?」

 おばちゃんは、自分の頭をこつこつと叩く。
 そして、思い出した。

「ええ。そうよ。この部屋は昨日の閉門時刻の午後十時から開門時刻七時前まで閉まっていたはずだわ。いわゆる『密室』ね。そしてこの厨房には魔術の鍵が掛かっているの。監視カメラの『電気室』ってあるでしょう? あの部屋と同じタイプの魔術の鍵ね。」

 ジュディは話がとても奇妙に聞こえてきた。
 なぜなら……。

「ミステリアス! 犯人は、マジック・ロックを空けた、ト?」

 ジュディの質問におばちゃんは青ざめる。

「違うのよ! 鍵は閉まっていたのよ! それなのに、犯人は厨房をこんなに荒らしたの!」

 どうやら、謎が増えたようだ。
 考え込むジュディにコーテス。

「ところで、ジュディさん! 私にも質問してくれませんか? ほら、犯行当時の厨房前の警備はどうでしたか、など?」

 中年の警備員は無理矢理にも話に入ってくる。
 だが、警備員にも確かに質問があるので、ジュディは質問を切り替える。

「デハ、質問。チューボーは、マジック・ロックされていマシタ。シカーシ、ガードマンたちは、その夜、チューボー前も、カフェテリア前も、ケービしてマシタね? ほわい? なぜ、犯人に気がつかなかったデスか?」

 ジュディの質問に対して、苦笑いをする警備員。
 そう、その日の夜、確かに、彼らは警備をしていた。
 厨房前も食堂前も抜かりなく……やったはずだった。
 だが、翌日、この様だったのだ!

「面目ない。その通り、私たちは犯人にまんまと騙されたようです。しかし本当に奇妙なんです。夜の警備(第一回「募集本文」の「解説」参照)は、魔術赤外線を部分的に解除しながら見回っています。厨房前や食堂前ももちろんやりました。ところが、犯行のあった夜、いつも通りに見回りをしていましたが、異常はなかったのです!」

 警備員の鬼気迫る顔を見つめながら、ジュディはもう少し、突っ込んで情報を引き出してみることにした。

「どんなにチイさなコトでもかまいまセーン! チューボーやカフェテリアをケービしていた時、ナニか、気にかかったコトとか、アリマセンか?」

 警備員は、後ろ頭をかきながら、何かを思い出そうとする。
 すると、彼は、記憶の果てで……あることを思い出した。

「そうだ。アレがありましたよ、アレ! ちょうど午前三時頃、私が食堂前のあたりまで警備にやって来たときのことでした。どこかで『うきゅきゅ!』という声を聞いたような……。しかし、一度だけでしたし、小さな声でしたから、今、質問されるまで、ずっと忘れていましたよ。まあ、その情報が事件と関わりがあるかどうかまではわかりませんが」

 ジュディはこめかみに大きな手を当てて、考え込む。
「アイ・シー! ダンダンと見えてキマシた! サンクス、マイ・フレンズ!」

「え? ジュディさん……何かが、わかったんです、か?」

 やり取りをずっと見守っていたコーテスは、何かをつかんだジュディに対して、目玉を丸く見開いて驚いていた。
 こういう場合、それなりに事件慣れしている本場の風紀委員よりも、素人の方が直感的に冴えるという現象があるらしい。

「デハ、今から、レポートを書きマス! コーテス! ノートブッック&ペンをプリーズ!」
「はい……ちょっと待ってください……今、カバンから出しますので……!」

 以下、ジュディはここまでのレポートを作成するのであった。(この回の最後のセーブポイントとなります。お付き合い、ありがとうございました。この回の物語そのものは第4章まで続きます!)



食堂調査班(ジュディ)のレポート


・ ドランク(酔っぱらい)はアウト・オブ・サイト!(問題外!)バトルしましたが、弱すぎマース! 100人分のフードを荒らしマシタは、ジョークでしょう?

・ チューボーはムカつくほど荒れてマシタ! 特に、肉、野菜、乳製品が食いチラカされマシタ! 犯人は、100人分、完食した、ではナイです。オバちゃんによると、「100人分の食料に匹敵する量を下品に食い散らかした」デス。

・ チューボーは、犯行のあった夜、ロックド・ルーム(密室)でした。マジック・ロックでしたノデ、ドアを開けるのは、イージーではないデス! ジュディのフレンドのカードマンもケービしていたハズでしたが、ダシヌカレました!

・ ジュディのフレンドのガードマンは、犯行のあった3時AMごろ? 「うきゅきゅ!」という怪しいヴォイスを聞きマシタ。




第4章  夜間の見回り警備

 以上の第3章までが、昼の部の調査経過だった。
 各班は一度、調査を終えた後、再び風紀委員室へ集合。
 仲間たちは、調査レポートをもとに、お互いの調査結果を報告し合い、夜の部の調査の打ち合わせをすることにした。

 夜の部の調査は、「首が切られた聖アスラ像」の調査班であったアンナと未来から出ていた提案をそのまま実行することにした。

 要するに、犯人は残り四体の聖アスラ像を破壊しに、犯行を繰り返しにやってくる可能性が高いので、その先回りをするという作戦だ。

 ところで、それにしても不思議なことがある。昼間、あれだけ風紀委員会たちが事件の調査で騒いでいたのに、犯人側は何も行動を起こさなかったのだろうか?
 あるいは、夜のチャンスでも窺っていたのだろうか?

 さてさて、何はともかく、いよいよ調査編はクライマックスを迎えることになる……。

***


 物語は夜の学院へと移る……。


 閉門時刻の午後十時過ぎに作戦は決行だ。

 なお学院側や警備員たちには、風紀委員会で話を通して、特別に閉門時刻後も調査をやらせてもらっているのである。もちろん、学内のあらゆるトラップは解除済みだ。(仲間の誰かがトラップにひっかかって負傷したらシャレにならない。)

 とにもかくにも、十一人の仲間たちは予定通り、それぞれの定位置で待機中。

 校門前の石像付近には……鈴とエルンストが隠れている。場所が「校門前」であるので、犯人の逃走経路となる可能性が高い。それゆえに、魔力の強い教員二人にゲートが任されることとなった。

 食堂前の石像付近には……ジュディとコーテスが隠れている。ジュディの方は食堂が荒らされて未だに激おこぷんぷんだ。これ以上、食堂が破壊されないように、とここの守備に回った。敵が現れたとき、パワーで勝るジュディを回復・補助魔術で援護するため、コーテスがここでの相方に選ばれた。

 図書館前の石像付近には……マニフィカとロランが隠れている。図書委員会の名に賭けて、ここはマニフィカが守るのだ。そして今回の事件で協同作業が多く、彼女との連携プレーが上手かった相方のロラン。彼らは、ここでも行動を共にすることにした。

 中庭の石像付近には……アンナとレイナルフが隠れている。この場所でのこの組み合わせに深い意味はないが、アンナはいざとなれば「レッドクロス」で戦えるし、レイナルフも強かな筋力で工具を武器にして応戦ができるから、役割に不足はない。

 体育館前の石像付近には……スノウとミンタカが隠れている。用が済んだこの場所に犯人はおそらく来ないだろう。しかし、念のため、という予防線を張る意味で、二人はここにいる。なお仮に敵が出たとしても、スノウの攻撃魔術とミンタカの援護攻撃で戦えるので問題はない。ちなみにミンタカはスケッチブックを片手に待機中。

 そして……全ての像の箇所を万遍なく警戒して回るのは、未来だ。未来はテレポートが使えるので、ある石像の場所から別の石像の場所へ一瞬で移動することができる。これなら犯人がどこの石像に来ようが、既に警備している二人と合わせて、常に三人で応戦することができるだろう。

***

 午後十一時を過ぎた頃……。

 校門前の班である鈴とエルンストは、門前に位置している警備員室の明かりを消して、窓から外界を見張り、じっと身構えていた。

(エルンスト……何も起こらないみたいだな?)
(そうじゃな武神君……今夜は犯人が来ないのかもしれん……)

 と、そろそろ待つのも嫌になっていた二人だったが……幸か不幸か……像に近づく怪しい人影が……!

(おや、誰じゃろう? あんな人、仲間にいたじゃろうか?)
(エルンスト……まずは様子を見ようか?)

 警備員室内でこそこそと話をしている二人の存在をもちろん知らない不審者は、聖アスラ像を通り越して、校門をよじ上り、学内へ侵入しようとする……。

(武神君、奴を捕まえた方がいいじゃろう?)
(そうだな! あれは……!)

 警備員室の扉を大きく開け、鈴は謎の侵入者の方へ向かって勢いよく駆け出す。エルンストも鈴に続き、杖をつきながら、謎の敵へ向かって急ぐ。

「おい、そこのあんた! 校門で何をしている? 聖アスラ像を破壊しに来たのか?」

 鈴が怒鳴ると、門をよじ登る途中だったが男は、地面へ飛び降りる。

「は? なんだ、おまえ? 聖アスラ像だと?」

 エルンストが警備員室の備品である懐中電灯を不審者に照らし向けると、男は、目を細めた。

 外見は……白髪のじいさん。年齢は六十代ぐらいだろうか。ぼろぼろの白衣を着ている。

「怪しい奴だ! 捕捉する!」
 鈴は不審者と取っ組み合いになった。さすがに年齢の差であろうか、若さ溢れる鈴の力に負けて、男は倒れる。
 そこでエルンストが、備品の縄を放り投げ、鈴は男を捕まえて、ぐるぐる巻きにする。

「よし、犯人確保! 仲間たちを呼ぼうか?」
「そうじゃな。ワシはここで犯人を見張って待っておる。武神君、行ってくれるかのう?」

 校内へ向かって走って行く鈴とじっと見張っているエルンストに向かって、男はこう叫んだ。

「待ってくれ! 違うんだ! 俺はその『犯人』じゃないんだ! ただのテロリストだよ! 明日のシュプレヒコールを上げるための集会予定場所の下見に来ていただけなんだ! 信じてくれ!」

 と、ジタバタ暴れる男に対して、エルンストは、梟の杖で、ぽかり、ぽかり、と殴って黙らせるのであった。

***

 鈴とエルンストが謎の侵入者を捕えていたと同時期……。

 図書館前の木陰で、マニフィカとロランがじっと、聖アスラ像を見張っていた。

(ふう……犯人はなかなか来ませんわね! 今夜はそろそろお開きでしょうか?)
(いや、マニフィカ。それはまだわからないぞ。犯罪心理学でも、犯人は犯行現場に戻る習性があるというしね。ほら……アレなんか、なかなか怪しいね?)

 ロランが小声でそう言って、太い指を指した先には……図書館前の聖アスラ像付近でこそこそと何かをしている人物が……!

(そのようですわね! どう致しましょうか?)
(とりあえず僕に任せろ! 犯人を刺激するとまずいからな!)

 ロランは、木陰から出て行くと、相手に気がつかれないように、気配を消して、こっそりと近寄って行く。

 図書館前の街灯の弱い光が、月下にいるロランと謎の男を映し出す。

「やあ、そこの君! 月の光が眩しい夜だね? ところで、こんな時刻にそこで何をしているんだい?」

 ロランがそう話かけると、不審者は慌てて、気まずそうにしていた。

(それにしてもこの男……どこかで見たかな?)

 ロランは目の前にいる男……品の良い紳士服を着ている金髪の中年男性をどこかで見た覚えがあった。

(おや、この男? ここの教員だよね? 所属学部が違うから名前がぱっと出てこないが、確か、魔導動物論の権威として学内でも有名な人物だったかな?)

「ははは……私はここの教員なんだ。だから、閉門時刻過ぎに学内にいても怪しいことはないよ……。ちょうど今……図書館の返却ポストに借りていた本を返しに来たところさ!」

 男は早口でそう巻くし立てると、ハンカチを出して汗を拭いている。

「そうかい? ところで僕たち、風紀委員会なんだけれど、例の『お化け』事件を調査している関係上、聖アスラ像を見張っていたんだ。怪しい奴は見かけなかったかな?」

 ロランの質問に、謎の男は、うーんと、うなりながら、頭をかいている。

「さあな……。怪しい奴は……いなかったよ、うん! じゃあ、私は急いでいるので、このへんで……!」

 男はロランに向かってそう言うや否や、どこかへ走って逃げて行ってしまった。

「ロランさん……。あの男、捕捉しなくてよかったのでしょうか?」

 背後から、事の成り行きを見守っていたマニフィカが現れ、ロランへ質問する。

「まあ、いいさ。どうせ顔は割れている教員なんだし、何かあれば僕の立場ですぐに呼び出せるよ。ところで、マニフィカ。この学院の魔導動物論の先生で有名な人物の名前、何人か挙げられるかい?」

 マニフィカは、ええと、と考え込む。

「うーん。魔術博物学を専攻する関係で、何人か知っていますわ。一番有名な先生だと……ウォルター教授ではないかしら?」
「そうか、ありがとう、マニフィカ! では、今夜の調査はこれぐらいにして校門へ向かい、仲間たちに報告しよう!」
「はい!」

 マニフィカは校門へ向かう最中、「ウォルター」という名前についてずっと考えていた。ここ最近の記憶で、どこかで聞いた(あるいは見た)ことがあった名前のような気がするが、なかなか思い出せないのだ。

(ウォルター……ウォルター……誰でしたっけ? あ、ウォルター魔導動物研究室! 魔石の本の!!)

***

 校門前の班と図書館前の班で、それぞれの不審者が目撃された後、両方の班は合流していた。

 事件はこの後、急展開を迎えることになる……。

 体育館前の班であるスノウとミンタカは、壊れた聖アスラ像を、木陰から見張っていた。

(スノウ委員長……犯人、なかなか来ませんね? ところで、校門の方角で誰かが騒いでいませんでしたか?)

(そうね、ミンタカ君。校門前に不審者が出たのかもしれないわ。しかし、犯人が仕掛けたおとりの可能性や無関係の人物である可能性もあるから、私たちは自分の持ち場を守っていた方がいいでしょうね……)

 もし、犯人の狙いがアンナや未来が推理するように、五体全ての聖アスラ像を破壊することであれば、犯人がこの場所に来るはずはない。なぜなら、犯行を既に遂げた場所であるので、来ても意味がないからだ。

 しかし……もし、犯人が聖アスラ像の破壊そのものが目的ではないとしたら? あるいは、像の破壊は本当の犯行のダミーだとしたら?

 スノウは、そう推理し、犯人が体育館前に再び来る可能性も真剣に考慮している。

 と、二人が小声で話をしていたとき……体育館の方から、不審な声が響いて来た!

『うきゅきゅ!』
『うきゅ!』
『うきゅ、うきゅ、きゅー!』

(え? 何かしら、今、変な声がしたわよね、ミンタカ君?)

(はい、僕も聞きました! 『うきゅきゅ』ですか?)

 考え込むスノウとミンタカ。
 やがて、スノウが提案する……。

(体育館の扉を開けてみましょうか?)

(え? 突入するんですか?)

(様子を見るだけよ。『犯人』と早合点はできないものの、事件中に聞いた不審な声は見逃せないわ!)

(僕はどうすれば?)

(そうね……。そのスケッチブックで、声の発生もとの『何か』を描いてくれる?)

(了解!)

 と、こうして、スノウは、警備員から借りていた体育館の鍵を使って、体育館の扉を静かに開く……。

 開くや否や……。

「うきゅきゅー!」
「うきゃー!」
「うきゅきゅきゅきゅ!」

 と、怪しい黒い物体が飛び出し、体育館前の茂みへ向かって一斉に逃げ込んで行った……。

「そこだ! ええと……相手は、こんな感じで……」
 ミンタカは街灯と月明かりを頼りにして、一瞬で謎の相手をスケッチブックに描写する!

(黒い物体……割と小柄……耳が立っている……口が尖っている……細長いしっぽがある……!)

 謎の生き物は、続々と出て来る……。

「きゃ!」

 スノウは、ガードの姿勢を取ったが、なぜか複数の黒い物体は、ぶつからず、彼女を透き抜けて行った!

「え? 何よ、これ?」

 と、スノウが油断していたところ、もう一匹? が飛び出す!

「うきゅー!!」
「え?」

 体育館前の街灯の光と月明かりだけで、スノウは敵の正体をはっきりと見られなかった……。
 そんな視界の悪い中、ぎらりと煌めく刃が一瞬光る!

 謎の黒い物体は、スノウの右肩に刃をかすめ、闇へ消えて行った。

「きゃあああああああああああああああああああああああ!」

 スノウは、無意識にガードの姿勢をしていたものの、不意打ちで受けた一撃の衝撃が右肩に走る!

「スノウさん! 大丈夫ですか! 肩から出血が!」
 突然の奇襲に慌てるミンタカ。

「はあ、はあ……ミンタカ君、私は大丈夫。直撃は避けたから……。でも止血しないと……。私が持って来た救急セットから……包帯を……。それと……コーテスを……呼んで……。彼、回復魔法の……エキスパートだから……」

 ミンタカはスケッチブックを地面に置き、スノウの指示を受けて、急いで止血の手伝いに取り組む……。

(言うなら、やる。言わなくても、やるべきことはやる!)

 ミンタカは、一通りの応急処置が終わると、大声で叫ぶ。

『コーテスさーん! 来てくださーい! スノウ委員長が、負傷しましたー!』

***

 体育館前でこんな事件があった少し前……。
 食堂前のジュディとコーテスは、聖アスラ像をずっと見張っていた。そして、ここでの警備は、あまりに何の変化もないので退屈な時間を過ごしていた。

 しかし……。

『きゃあああああああああああああああああああああああ!』

 女性の悲鳴が聞こえて来た……!
 あの声は、スノウだ、と一瞬で把握し、焦るコーテス。

「ジュディさん……食堂前の像の見張りは一度……中止しましょう。スノウ委員長に……何かがあったようです……そちらへ急ぎましょう!」

 いつもは、ぼおっとしているコーテスだが、さすがに緊急時とあっては、目と頭が冴え渡っている。

「オーケー、コーテス! ところで、ジュディはどうすれば良いデスカ?」

 ジュディの真剣な眼差しに、コーテスはきりりと笑顔で答える。

「僕の……補助魔術……『ハイランダーズ・ダッシュ』を使います……。この魔術は……山岳を猛スピードで駆け抜けるときに使う術です……。今から、僕がジュディさんにこの魔術をかけ……疾走速度の上がったジュディさんは……僕を抱えて……体育館前まで走ってください……!」

「ラジャ! いつでもマジック、カケテくださーい!」

 コーテスが、フルスピードで『ハイランダーズ・ダッシュ』を詠唱すると、ジュディの脚部(特に両足首のあたり)は眩い緑色の光に包まれた……!

「おーまいがっ! フットから……パワーが……みなぎるデース!」
 ジュディは、ぴょん、ぴょん跳ねて、魔術がかかったことを確認すると、コーテスをひょいと抱き上げる。

「レッツ、ゴー、コーテス! いざ、体育館前へ!」
「いえす、ぷりーず!」

 コーテスを抱えたジュディは、通常の十倍速以上の速度で体育館へ向かって走り出した……。
 キャンパスを駆け抜けるジュディの両足からは、緑色に輝く疾風が流れる……。

 気がつけば、一瞬で、体育館前にジュディたちはたどり着いていた。
 負傷しているスノウと叫んでいるミンタカを確認すると、コーテスはジュディから降りて、回復魔術の詠唱を始める……。

***

 未来はテレポートを使用し、頻繁に各像の間を巡回していた。
 犯人に気がつかれないように、なるべく屋根や木の上などの高い位置にある建物を利用して、飛び回っている。

 さて、昼間の疲れがそろそろ出てくる頃かもしれない。そして女子高生の未来にはお肌とか諸々に対して厳しい睡眠不足になりそうである……。それでも、「犯人が捕まえられるなら」とここでもうひと頑張りを決心する未来。

 未来はあくびをかみ殺し、木の上に止まる。彼女は、10メートルもの高さがある木の上から、真下にある中庭の石像を眺めていた。

『きゃあああああああああああああああああああああああ!』

 と、体育館前の方角あたりから女性の悲鳴が聞こえてきた。

(あの声は……スノウかな! ヤバい、何かあったの!?)

 未来が体育館前へテレポートしようか、と思っていたところ、中庭でも急展開……!

 どうやら……中庭の茂みの方から……謎の生き物たちが飛び出して来たのだ……!

 その怪しい生物は、体長が30センチメートルほどあるだろうか。暗くてよく見えないが、真っ黒な小動物のように見える……。

 謎の生き物は、中庭に設置された石像へ向かって、飛び跳ねて接近!

 すると、口元から鋭い刃物(刃渡り15センチメートルはあるだろう)をギラつかせ、像を切断しようとしているではないか!

(止めなきゃ! きっとあれが犯人ね! でも……スノウが!)

 と、未来が判断に迷い、焦っていたところ……茂みの隠れ場所に待機していたアンナとレイナルフが飛び出した!

 レイナルフは、上空の木の上にいる未来に向かって叫ぶ。

『未来! 行ってくれ! ここはオレたちが引き受ける!』

 未来はその言葉を受けると、一瞬で消えた。
 そして、下にいるレイナルフたちは敵の捕獲を始める。

「レッドクロス」でスーパーヒロイン的な姿へ変身しているアンナは、モップで敵との距離を詰める。
 一方、レイナルフの方は電気ノコギリを起動させ、エンジン音をうならせながら、敵を威嚇!

 二人は、像のところまで、謎の生物をじりじりと追いつめたはずだった。
 しかし……敵は……透明化して、レイナルフをすり抜け……茂みへと去って行った……!?

(え? 消えたぞ?)

(ウソ! お化け……かしら!?)


***

 事件の謎は、調査すればするほど深まるばかり。

 校門前に現れた自称テロリスト……。
 図書館前でうろうろしていたウォルター教授……。
 体育館前と中庭で突如出現した怪しい生物……。
 負傷するスノウ……。

 風紀委員会の仲間たちは、事件の真相へたどり着くことができるのだろうか?

<つづく>