「聖アスラ学院のお化け退治作戦」

第二回

ゲームマスター:夜神鉱刃


もくじ


第5章 昼の部の会議、調査、活動は抜かりなく!

5−1 今後の方針を会議した結果
5−2 ウォルター教授対策班の会議
5−3 魔導動物研究室調査班の活動
5−4 自称テロリストとの対話
5−5 危険小動物対策班の活動

第6章 聖アスラ学院のお化け事件 解決編

6−1 謎の危険小動物を駆除せよ!
6−2 そして、事件の真相へ……

エピローグ




第5章 昼の部の会議、調査、活動は抜かりなく!

5−1 今後の方針を会議した結果

 時刻は学院の昼休み時……。
 スノウとコーテスは午前七時過ぎの段階から学院にはいたが、実際に事件調査が再開されたのは昼頃だった。

 いくら風紀委員会と言えでも、何日も連続で授業を「調査のため」という理由で休むわけにもいかないだろう。
 学生の本分は勉学、教師の本分は授業だからだ。
 世を忍ぶ(?)正義のヒーローにヒロインも事件のためとは言え、日常生活を常に犠牲にするわけにもいかないのだ。

 そして、引き続き調査できる全員が昼休みに集合した後、風紀委員室において、今後の役割分担を決める会議をしたのである。

「……と、いうわけで……本日の調査の班分けは以下のようなグループになりますね……。各自、自分の班とメンバーを確認した後、即座に行動に移ってください!」

 スノウはハキハキと指揮を執り、くるりと回り、ホワイトボードに黒いマーカーで班分けの結果を記すのであった。



ウォルター教授対策班……ロラン先生、ミンタカさん、未来さん、スノウ。

魔導動物研究室調査班……マニフィカさん

自称テロリストとの対話班……ジュディ先生

危険小動物対策班……武神先生、レイナルフ先生、エルンスト先生、コーテス。




5−2 ウォルター教授対策班の会議

「では、さっそくですが、私たちの班は、引き続き風紀委員室において、『不審者』と思われるウォルター教授への対応策を考えましょうか?」
 スノウは、風紀委員室に残った三人の顔をそれぞれ見渡しながら、対策会議の開始を促す。

「うん、始めよう。皆が幸せになれる筋書きで事件を解決するためにもね……。ところで、僕はハインリヒ・ウォルター教授が『不審者』どころか本件の犯人として適任であると考えるが……」
 ロラン・エーベルト(PC0094)は、にこやかな表情であるが、犯人の正体をおそらく見切ったとばかりの自信満々な口調で皆に問いかける。

「そうだよ! ウォルター教授、めちゃくちゃ怪しいよ! わたしもそれ、ずっと考えていたの!」
 姫柳未来(PC0023)も首を上下に激しく振りながら、ロランに同意している。彼女も彼女なりに組み立てた推理があるので、ちょうど今、ロランと同じことを言おうとしていたのだ。

「ちょっと待って! 確かに、ウォルター教授は怪しい。しかし、僕は前回(リアクション第一回)の推理にもあった像自体で起こる自動的な現象の線をまだ捨てていないので……!」
 ミンタカ・グライアイ(PC0095)は、先ほどの会議からずっとメモ帳を取りながら話を聞いていたのだが、解せない点にぶつかり、質問を投げかけた。

「ミンタカさん、私もウォルター教授が犯人の可能性も疑っていますが……一方で、真実は違うかもしれないとも疑っています。あなたの推理を聞かせてもらえますか?」
 何かを言い出そうとしていたロランと未来を手で遮り、進行役のスノウは冷静に質問をする。

「うん……。この事件、異世界にある『ドン・ジョヴァンニ』とかいうオペラが思い出されるような……。確か、像が動いて、怨恨のある相手のところに会いに行くんだよね。同じようなことが、魔力を帯びた石で造られた像で起こりうるんじゃないか?」
 ミンタカは、像が魔石の魔力で動いているシーンのイラストを取り出して、皆に見せながら、そう説明した。

「その説もありうるかもね。例えば、マニフィカの調査によれば、不審人物のひとりであるウォルター教授の研究室が図書館から大量の資料を借りて熱心に研究していたそうじゃないか。実際に、ウォルター教授が魔石について熱心に研究していたとしよう。しかし、その説が正しい場合、例の魔導動物との関係はどうやって説明をつけるのかい?」
 ロランはミンタカに率直な疑問を投げる。
 ミンタカは、うーん、と腕を組みながらうなってしまった。

「調査で集めた資料から考えて……その線は難しいかもしれないわね。マニフィカさんの調査を覚えているかしら? 像に使われている『魔石』は、マギ・ジス森林部の『地底神坑道』にある洞窟から採掘されているのよね? 私の知る限り、その坑道で採られる魔石に像を自動的に動かす特殊能力はないわ……」
 スノウは残念そうな眼差しと口調でそう述べたが、あることを思い出し、言葉を付け加える。

「ただし……『魔石』という点に注目するのであれば……むしろ、例の魔石を加工して槍にすると貫けない盾はなく、逆に盾に加工すると貫ける槍はない、といった『矛盾』の語源が思い出されるわね。要するに私が言いたいことは……」
 スノウが言葉を紡ぎ終える前に、未来が勢い良く反応する。

「そうか! 魔石の像を壊したのもまた魔石ということね? 原理上、同じ物で攻撃するのであれば、同等の攻撃力があるわけだから、壊れる可能性もあるよね?」
 未来の冴え渡る閃きを、スノウは満足そうに聞いていた。

「そしてもう一点、付け加えるのならば、例の危険小動物はおそらく『魔石』が合成された魔物だろう。僕は昨夜の警備で敵の姿を全然見ていないのだが……報告によるところ、スノウをケガさせた敵は『斬撃』を使ったそうだね? つまり、八重歯か牙が『魔石』で合成された生き物……魔導動物ってわけか!」
 ミンタカ、未来、と触発されて、ロランも推理が閃いたようだ。
 どうやら、段々と敵の正体が見えて来たらしい……。

「話を戻すわね。そんな魔導動物を難なく造れるのは、この学院内において、真っ先に名前が上がるのがウォルター教授だわ。ところでロランさんに未来さん、ウォルター教授が犯人だと思うと言った根拠を教えてくれる?」
 スノウに再度の質問を振られると、ロランと未来はそれぞれ、うーむ、と考え込み、言葉を探る……。

「そもそもあの教授、変だよ! 図書館から魔石の本を大量に借りて像の素材を調べていたんだよ? これって、さっきの推理にあったみたいに魔石を用いた動物実験の予兆じゃない? そして研究は成功し、魔導動物を学院に放ち、像を壊し、食堂の食料を荒らし、スノウをケガさせた! さらに言えば、例の監視カメラの回線の切断だって、学院関係者である教授の立場なら簡単にできるでしょ? 監視カメラがなければ、魔導動物たちの姿が映らないから暴れさせ放題だよね?」
 未来が興奮して一気に推理を述べると、ロランが笑顔で補足する。

「うん、とても良い推理だ。僕の学生たちにも見習わせたいよ。しかし付け加える点があるとすれば……犯罪心理学において、犯人は犯行現場に戻る習性があるというが、聖アスラ像周辺に頻繁に出現していたウォルター教授は、理論上、『犯人』の可能性を疑える。そして、例の小動物は教授の研究対象であり、魔石と合成させた後、事後経過を見守るため、教授が像の周辺に姿を現していたという筋書きだろうね」
 ロランはぺらぺらと補足で言葉を足すと、ただしね、と一息おいた。

「ただしね……公共物の破損とその現場への再三の出現は常軌を逸している感もあるな。おそらく、実験が成功した後のどこかの段階で、彼自身で状況を管制できていない可能性も高いだろう……」
 ふう、とため息をつきながら推理を述べ終えたロラン。

「なるほど。皆さんの推理を聞いていると、ウォルター教授がこの事件の黒幕である可能性は高いみたいだな……。ところで、ウォルター教授がどういうふうに事件へ関与しているにしても、彼を尋問する必要があるでしょう。スノウ委員長、彼を『犯人』としてではなく、『協力者』としてこの調査グループに入れることはできますか?」
 ミンタカは、みんなの推理を真面目にメモしていた作業から頭を上げ、スノウへ質問を投げる。

「その通り! ウォルター教授をいきなり『犯人扱い』したら、彼は逆上してあらぬ行動に出るかもしれない。ここはひとつ、僕たちで大人になって、にこやかに接し、『教授の専門的知見を拝借できませんか?』くらいの態度で近づいた方が無難だろうね!」
 ロランはグーのポーズで、ミンタカに笑いかける。

「そうと決まれば、ウォルター教授にさっそく会いに行こう! スノウ、教授の部屋はどこだったかな?」
 意気込む未来。彼女の元気さが伝わり、思わず微笑むスノウ。

「そうね。実は朝の段階で教授にメールを打ったわ。用件は、『事件調査について』ではなく、『魔導動物論の講義でわからないところの質問』というかたちでね。それで返って来たメールによると、『今日の放課後にウォルター魔導動物研究室へ来てください。お待ちしています』とのこと。どうやら先生は、今日、講義、ゼミ、職員会議などで忙しいようね。それでも放課後にアポを取れたから、その時刻にこのメンバーとあとマニフィカさんも入れて、教授に会いに行きましょう!」
 こうしてスノウが会議をまとめ、一同はとりあえず放課後まで解散となった。

 昼休み後、議論にしばらくの時間を費やしてしまったが、さすがにいつもの学生生活・教員生活もあるので、皆、それぞれの場へと戻って行く……。

 この事件の推理劇の決着は、本日の放課後において無事に終止符が打たれることになるのだろうか?


5−3 魔導動物研究室調査班の活動


 ウォルター教授対策班が風紀委員室で議論を始めると同時期、マニフィカ・ストラサローネ(PC0034)は、魔導動物研究室を訪ねていた。

 古めかしい宗教建築と近代的な設備がそろう研究室前で、マニフィカは扉をコンコン、とノックをする。

「すみませーん! どなたからいっしゃいませんか? 魔石関連の文献についてお伺いしたいことがありますのー!」

 ガチャリ、とドアはすぐに開かれた。
 中から三十代ぐらいのスマートで長身の紳士風の男が出てきた。

「おや、学生さんですか? 魔石の本がどうかしましたか? ウォルター教授は、今、授業ですからいませんよ?」

 マニフィカは、どう切り出せばよいものか、と少し迷っていたが、言葉をひねり出す。とりあえず中に入れてもらえれば、色々と調べられるからだ。

「その……ウォルター先生はいなくてもけっこうですわ。わたくし、魔術博物学を専攻していまして、研究で魔石の本が必要なのです。しかし、図書館に本が全くありませんでした。調べてみると、『ウォルター魔導動物研究室』が大量に借りているとの閲覧記録がありまして……。それで本を何冊か図書館へ返却して頂きたいのですが……」

 マニフィカのとっさの質問に、目の前の紳士は、ううむ、と考え込む。

「変ですね。うちの研究室、最近、魔石の研究なんかやっていませんよ? まあ、とりあえず、中に入ってお話しましょうか?」
 紳士風の男は、マニフィカを部屋に通し、またドアを閉めた。

 研究室内は、いかにもそれらしい。魔導動物の標本にモデルがあちらこちらに飾られていて、魔導動物論関連の文献がずらりと本棚に並んでいた。

「……いや、ですから、今日の魔導動物論は熱くあるべきです!」
「いやいや、何を! 魔導動物に熱いとか感情論を持ち込んではならぬのです!」
「ちょっと待った! 議論ストップ! お客さんが来たぞ!」

 どうやら、大学生たち三人が室内で議論をしている最中であったらしい。マニフィカを招き入れた三十代の男は、わはは、と笑い出す。

「申し遅れました。私は、魔導動物研究室で准教授を務めているバードマンです。ウォルター教授の下で働いています。そして、ここにいる学生たちは私のゼミの学生たちです。今はゼミの時間ではないですが、彼らは熱心なもので、『魔導動物論研究の明日』について皆で議論していたところですよ……。あなたも一緒にどうですか? 雰囲気からして、魔術系の専攻学生ですよね?」
 バードマン准教授がそう説明し、マニフィカを議論へ勧誘したが、彼女は言葉が詰まってしまう。勉強熱心なマニフィカは一瞬、議論へ加わろうかとも迷ったが、本来の職務を思い出し、寸でのところで思いとどまった。

「わたくしは……マニフィカ・ストラサローネですわ。魔術博物学を専攻する大学部二回生をしておりますの。『魔導動物論研究の明日』とは、非常に魅力的な議論のテーマですが……わたくしは、魔石関連の質問でここに来ましたので……申し訳ありませんが今回は遠慮させて頂きますわ……」
 ぺこり、と軽く頭を下げるマニフィカ。
 バードマンは、ははは、と頭をかいて笑い出す。

「これは失礼! ええと、ご用件は魔石の本でしたね……。ちょっと待っていてください、本棚から取って来ますので……」
 鳩が羽ばたくように、バードマンは慌てて、本棚を漁りだし、机の上に積まれている本も、ばたんばたん、とひっくり返して確認する。

「おっと、大変です! 私がざっと見ただけでも、十冊以上は知らない本が増えていました! しかも図書館のコードが付いているから、間違いなくうちの大学の図書館から借り出されたものでしょう。ううむ……これはいったい……!?」
 焦っているバードマンの挙動をマニフィカは見逃さなかった。
 やはりこの研究室内で何かが起きている、と彼女は直感的に感じ取った。

「失礼ですが……。ここの研究室は最近、魔石の研究はされていないと、先ほど言われましたわね? ですが、なぜか研究室内には魔石の本が十冊以上も急に増えていましたの? どういうことかしら?」
 マニフィカの鋭い視線が挙動不審になっているバードマンへ注がれると、バードマンは腕を組んで、再びうなりだす。

「おかしいな……。学生諸君、君たちの仕業か? まさかウォルター教授が無断で何かを研究し出すわけがないからね!」
 バードマンは、口調は厳しいものの、にやにやしながら、学生たちに問いかける。

「めっそうもございません! いくら僕たちだって、そんないたずらはしませんよ!」
「そうですとも! 失礼ながら、ウォルター教授の方を疑うべきです! 教授の最近の挙動は明らかにおかしいのです!」

 反論している学生たちの言葉に耳を澄ませながら、マニフィカはあることが閃いた。

「そこの学生さん! わたくし、質問がありますわ。今、『ウォルター教授の方を疑うべきです』と言いましたわね? 『教授の最近の挙動が明らかにおかしい』とはどういう意味かしら?」

 マニフィカに話しかけられると、今、反論していた女子学生が、にこりと笑った。

「ウォルター教授はいつも変な人ですが、最近の教授は明らかにクレイジーなのです! 怪しい理論だか理想だかに取り憑かれたみたいで、何かを小声でぶつぶつ言っているのです。しかも、夜遅くまで、隣の実験室で何かを研究しているみたいだったのです! 私が、閉門時刻近くに先生を見かけたとき、そろそろ閉門時刻だから出た方がいいと教えてあげたのに、学内に居残ることが多かったのです! きっと教授は隠れて何か悪いことをしていたのです!」
 女子学生が、がんがんと勢いつけてしゃべると、隣にいた男子学生も相づちを打っていた。

「そうそう。彼女の言っていることは正しい! 最近の教授は明らかに変です! なんというか、最近、げっそりしているというか、やせてしまったというか、青白い表情になりましたね。今先ほども、『授業に行って来る』と出て行ったとき、いつもなら楽しそうにしているのに、今日はなんだか疲れ果てていたというか……」
 男子学生も勢いよくしゃべったが、心配そうにそう補足した。

 どうやら、ウォルター教授を巡って、この研究室は何かに巻き込まれているようだ。しかし教授以外は何が起こっているのかわからないという印象であろうか、とふと思うマニフィカだった。

「おいおい、君たち! 部外者の学生に対して、変なことを言わないでくれよ! 言いたいことはわかる。ウォルター教授は、最近、何かに悩んでいることは私も察している。しかし、さすがに私の立場上、教授にそれを伺うことができなかったのだ……。マニフィカさん、お見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ない……」
 学生を叱ると、ふう、とため息をついて首を振るバードマンだった。

「ところで……。突っ込んだ質問をして申し訳ありませんが……。もし、ウォルター教授が内密に何かを研究していたと仮定しましょう。その場合、研究費が使い込まれていたなど、そういうことはありませんでしたの? 失礼ですが、こちらの研究室はご順調でしょうか? 念のため、帳簿をご確認された方がよろしいのでは?」
 例えば、研究成果を出せず苦労しているとか、研究費削減のピンチで行動に出たとか、その線の動機も検討する必要があるとマニフィカは思った。

「研究費ねえ……。ははは、うちの研究室が成果を出せない、あるいは研究費が削減されたというご質問ですか? 実は、そういったことは一度もありませんね。魔術系の研究室でもうちは学内の上位ランクの実績ですから! それにマギ・ジス国家から援助が出ることもよくあるんですよ。魔導動物論は生活や戦闘などの色々な場面で役立つ研究ですらかね」

 自信満々の笑みを浮かべながらそう教えてくれたバードマンだが、だけれどね……と、やや悲しく声を落とす。

「だけれどね、教授が何かの間違いで研究費を使い込んでいる可能性があるとしたら、私も見過ごせません……。ちょっと研究費の帳簿を見てみましょうか」
 バードマンは、ガラス越しの本棚に手を伸ばす。ポケットから鍵を取り出して、解錠し、研究費帳簿を取り出した。
 そして、机の上で大きな本を開き、ぱらぱら、とめくる。

「ううむ。さらに奇妙です。教授が何かの研究に研究費を使い込んでいるわけでもないようで……。研究費帳簿には特に何も不正はなく……もちろん数値が改ざんされた後もなく……」
 帳簿をばらばらとめくっているバードマンの背後に回り込み、マニフィカも、じっと、視線を落とし、ざっと、読み取った。
 確かに……研究費に関することで変なところはない。

 もし、仮に研究室の研究費が全く使われていなかったのであれば、ウォルター教授は自費で「あの研究」をしたことになるだろう。しかし、そこまでして、教授を駆り立てたものは何だったのだろうか……と、背筋がひやりとしたマニフィカだった。

「それはそうと、話を戻しますが。魔石の本でしたね、用件は? 本が十冊以上ある上に、他にも何冊か見つかっていない本も研究室内にはあるようですね……。教授が研究室に帰り次第、返却のお願いが来ていた、と伝えておきます。その後、私と学生たちで本を図書館へ一度、返却しに行きますので、それでいいですか? もしお急ぎであれば、ここにある分だけでも一緒に図書館へ持って行ってもかまいませんよ?」
 教授の不審行動を思い出したせいでやや暗い表情になっていたが、明るさを取り戻したバードマンは、にこりと微笑む。

「いえ、今すぐに、はけっこうですわ。すごく急いでいるわけでもありませんでしたので。では、後ほど、図書館の方で改めて魔石の本をお借りしますので、よろしくお願い致します!」
「はい、了解しました。では、お気をつけて!」

 バードマンが研究室の扉を静かに開き、マニフィカはお辞儀をして、丁寧に出て行った。

 マニフィカを見送ると、バードマンは、扉をばたんと閉め、学生たちと議論の続きを再開する。
 しかし、にこやかな反面、彼は内心、穏やかではなかった。

(ふう……。今の子、風紀委員会の手先かな? 話を提供して、帳簿まで見せたけれど、うまくやってくれるだろうか? いや、私も魔導動物論研究者の端くれだから……教授がやったことぐらい見当はついているよ……。でもね……恐くて言い出せないんだ……!)


5−4 自称テロリストとの対話

 風紀委員会での役割分担の会議後、自称テロリスト対策班も活動に移っていた。

「ケイビの皆サーン、差し入れにキマシター!」
 元気いっぱいの大きな声が外で響き渡る。
 ドーナッツボックスを右手に下げ、コーヒーポットを左手に下げ、当直室に現れたのはジュディ・バーガー(PC0032)であった。

「おっ! ジュディさんではありませんか! ささ、入って、入って!」
「わお! ドーナッツにコーヒーですか! ありがたや、ありがたや!」

 ジュディは警備員のバイトもやっていることから、学院の大半の警備員とは面識がある。彼女の愛嬌に惹かれた警備員たちは、既に態度も軟化している。そして、差し入れの一撃で完全に彼女に心を許してしまうのだろう。

 青年警備員と中年警備員の二人組が縄でぐるぐる巻きの「自称テロリスト」を宿直室で見張っている最中だったのだが、ジュディが登場するや否や、大急ぎで玄関まで駆けつけたのだ。

「わー! イチゴチョコのドーナツだ! こっちはチョコリングもあるぞ!」
「ふー、ブラックコーヒーもほど良く苦く、熱く、徹夜明けは生き返るようですな! そしてシナモンドーナツの刺激もぞくぞく来ますぞ!」
「それは、それは! ジュディもヨロコンで頂けて、ハッピーです!」

 ドーナッツとコーヒーでテンションが上がっている警備員をにやにやと見つめながら、ジュディはすかさず質問を振る。

「ところで。そちらのテロリストをオカリしていいデスか? 手荒なマネはしません! ちょっと例のゴースト事件の件で、お話をしたいデス!」
 ジュディが警備員たちに事情を説明すると、警備員たちは、夢中でドーナッツにかじりつきながら、「ほうぞ、ほうぞ」(どうぞ、どうぞ)と言っているようだ。

「だ、そうデス! テロリスト、ジュディに協力してクダサイ!」
 ジュディは、ずっと黙っている自称テロリストに向き直り、呼びかけるのだが……なかなか反応を返してくれない。

「俺にも……俺にも……ドーナッツと……コーヒーを……くれ! 昨夜から……何も食べていない……のだ!」
 自称テロリストは、命からがら声を出したようだ。
 既にやつれて弱っている。

「おい、俺たちがメシをやってない非道みたいなこと言うなよ! 簡単なサンドイッチとか食事は出してやったじゃないか!」
 青年警備員が半ば怒った声でどなるが、自称テロのじいさんは、ふん、と鼻で笑う。

「よし、テロのおじいサン! では、今からカフェテリアへ行って、ジュディとピザを食べマスカ? コーラも付けマショウ! もちろん、ジュディのおごりデース! その代わり、ジュディのクエスチョンに答えてくだサーイ」
 ジュディがにこにこと気前よく提案すると、自称テロリストは、よだれを垂らしながら、腹の音が鳴っていた。

「いいぞ……。その話……乗った! 何でも、聞いてくれ!」

***

 ジュディは食堂の許可を取り、個室ラウンジを使わせてもらうことができた。
 さらに注文でピザを頼み、コックに焼いてもらっている。
 コーラももちろん調達して来た。

「さあ、さあ、お食べくだサーイ! じゃん、じゃんいってクダサイねー! ちょっとしたパーティ・タイムですヨー!」
 ジュディと自称テロリストの前には、色とりどりのピザがずらりと並んでいる。
 ペパロニのピザ、カルビのピザ、シーフードのピザ、野菜ミックスのピザ、チーズスペシャルのピザ……などなど、これでもか、と並ぶ始末!

「では、では、お飲みくだサーイ! コーラもじゃんじゃかいきマース!」
 ジュディはテロ老人のコップにコーラをじゃんじゃか注いであげた。コップいっぱいまで注がれたコーラを涙目で凝視して、テロの男は、一気に、ぷはー、と飲み干す。そして、ピザにも片っ端から手を出して、くわえだすのだ。

「わはは! コーラだ! コーラだ! 久しぶりに炭酸がシュワっと来たわい! ピザもうまいぞ! 肉の味も、野菜の味も、魚介の味も、チーズの味も、最高だわい!!」
「イエーイ! コングラチレーション!(おめでとうございます!) ジュディもバクバクいかせて頂きマスよー。大食いのバトルしますかー?」
「がはは! かかってこい! 俺はこれでもテロリストの中では、大食いなんだぞ!」

 こうして、ジュディと自称テロリストは、それぞれが大食いで真の力を発揮し、力の限り、ピザを食い尽くし、コーラを飲み尽くした。ジュディが大食いなのは有名だが、そのジュディにやや負けるがそれでも追いついて来たこの老人はそれなりにただ者ではないだろう。
 やがて、たくさん並べられていたピザとコーラボトルは一瞬でなくなってしまった!

「ふう……。よく食べマシタね……! ヘイ、テロリスト! なかなかやりますネ!」
「ぐはっ……げふん、げふん……あんた、何者だ!? 俺の食いっぷりを凌ぐとは……! 参った、参った、降参だ!」

 しばらくラウンジのテーブルで、ぐったりしていた二人だった。だが、それでも一緒に大量のピザを平らげた仲にはなったので、自称テロリストの態度はこの時点で相当軟化していた。

「さて、本題に入りマショウ! ミスター・テロリスト、ユーは、カフェテリアを食い荒らしマシタか? それともセイント・アスラ像を壊しマシタか?」
 ジュディはテロリストが落ち着いたのを見計らうと、彼が満腹で寝てしまう前に質問を開始した。
 テロリストの方も、最初の何秒かは黙っていたが、さすがにここまで良くしてくれたジュディに対して、しぶしぶと回答をすることにしたようだ。

「あんた、ジュディさんだっけ? まあ……話せば、あの像を破壊したいのはやまやまだ。だが、残念ながら、魔術がさっぱり使えない俺たちには、装甲の厚さで有名なあの像を破壊できるだけの力なんかねえよ。そして、ここの食堂を荒らさないといけないほど、俺たちは、落ちぶれちゃいねえ!」

 どうやら、自称テロリストは「白」だったかな、と思い直すジュディ。しかし、彼女は今回の事件に少なからず関与してきたこのテロリストたちの背景が気になっていたので、もう少し、詳しい事情を聴取することにした。

「ユーたち、主義・主張は何デスか? ジュディに教えてくだサーイ!」
 この質問、待っていました!
 と、言わんばかりに、テロリストは青年のように目を輝かせながら、理想を語りだした。

「俺たちは、反魔術・反聖アスラを掲げる『科学的革命残党分子』という組織だ。魔術が使えない層のために戦っている正義のテロリストさ! そして俺たちは、100年以上前のマギ・ジス大戦における科学的勢力の後継者だよ。ま、今じゃあ、たったの五人のじいさんたちだけになっちまったがな」

 ううむ、この老人の言い分はもしかすると一理あるのかもしれない……しかし……人の大学の校内で昼間から変な声を上げて大騒ぎして、夜の校舎に集会所の下見と称して侵入するのもいかがなものか……と、思い直すジュディだった。

「よーし、ケービインとして、今回は見逃してあげまショウ! だけれど、イリーガル(違法)な行為は許されマセーン! せっかく、マギ・ジスは民主主義と自由主義の社会なのデスから、手続きを踏むなりシテ、ルールは守りマショウ! アンダスタンド?(わかったか?)」
 ジュディが叱りつけると、テロリストはまだ何か言いたそうな目でギラギラしていた。
 俺に……俺に……革命を叫ばせてくれ!
 とでも言わんばかりの表情だ。

「まだ、何かありマスカ?」
 気になったので、一応、質問してみるジュディ。

「なあ、ジュディさん! あんた見たところ、いい腕してそうだな? あんたには理想はあるか? 理想があるなら俺と語り合ってくれ!」
 いきなり理想の語り合いを求められて、ぽかん、とするジュディ。
 しかし、応じるのもまた面白いだろうと彼女は考え直す。
 ジュディが元いた世界では、こんなひょうきんなテロリストはいなかった。だから彼女は、珍しい人もいるものだという率直な感想を抱いた。

「オーケー! リソーですネ! ジュディのリソーは、異世界全てのフードを食し、全ての酒をドリンクし、制覇デース!」
「がはは! あんた、いい理想しているじゃねえか!」

***

 こうして、放課後近くの時間まで、ジュディとテロリストは腹を割って革命やら理想やら食道楽やらを語り合ってしまった。
 もちろん、二人の語り合いには、追加のピザ(シメのデザートピザ)とコーラ付きで。

 と、二人で盛り上がっていたところ、コーテスがラウンジまでやって来た。

「ジュディさーん! ラウンジに……おられたのですか! 探しました! 実は、お願いが……あります!」
 日中、どこかを歩き回っていたのだろうか、やや疲れた表情で、息も若干荒いコーテスがラウンジの扉を開けるや否や、ジュディに呼びかける。

「はい? コーテス! どうしマシタ? ピザ、食べマス?」
「いえ、ピザは……けっこうです! それよりも話が……!」
「オーケー! では、ピザパーティは解散デース! ミスター・テロリスト、サンクス・ベリーマッチ!」
「おうよ! またいつでも語ろうぜ!」


5−5 危険小動物対策班の活動

 風紀委員室での会議が終わったあと、危険小動物対策班は「アイテム作り」と「敵の居所探し」の班に分かれ、各自の仕事に励んでいた。

「おい、鈴! 頼まれていたモン、学院から調達してきたぜ!」
 コンコンと、武神鈴(PC0019)の研究室をノックしたのは、レイナルフ・モリシタ(PC0081)であった。

 鍵はかかっていないのか、レイナルフがドアノブを回すと、ガチャリ、と扉が開いた。

 それにしても異様な光景だ。
 研究室内部は、怪しいフラスコやらビーカーやらミキサーやらがテーブルの上に所狭しと並んでいる。そしてフラスコやビーカーの中では、青い液体、赤い液体、緑の液体などが、ぐつぐつと煮え立ち煙を上げていた。

「ん……レイナルフか? 調達ご苦労、感謝する。こっちも準備は出来たところだ。さっそく、実験を開始する!」
「おうよ! よろしく頼むや!」

 挨拶が済むと、レイナルフは空いている床の上に例のブツを並べ始めた。

「ほら、麻袋、スプレー缶、縄、と持ってきたが……これに魔力を入れてくれるんだよな? いやあ、でも魔術がつえー奴がいて、助かるぜ! この事件、前回のオレの調査から見ると、技術よりも魔術の領域で起きている事件だしな。その何だ、透明化してオレをすり抜けて行ったあの奇妙な生き物もおそらく魔法の生き物だろうし……」
 レイナルフがブツを並べながら話しだす一方で、鈴は、沸騰した三色のフラスコを取り上げて、ミキサーに液体を注いでいた。

「ああ……黒幕が誰かは知らないが……ああいう危険な小動物を学院に放置したままではまずいだろう。まあ、何かあったときに対応できるようにしておくのは大人の義務でもあるし……」
 ミキサーに液体を注ぎ終えると、鈴は、「変換符」を引き出しから取り出して、何かを念じて青く発光させた後、ミキサーに放り込んだ。
 そして、ガガガ、とミキサーにかけ、三色の液体と「変換符」だった札は平等に混ざり合い、謎の黒い液体が出来上がる。

「レイナルフ! そこのスプレー缶を取ってくれ!」
「はいよ!」

 レイナルフからスプレー缶を渡された鈴は、缶を開けて、そおっと、出来たばかりの謎の液体を流し込む。

「ところで鈴、それ、何だ?」
「これか? これは、魔力を霧散させるスプレーだ。これを武器などに吹き付けると、相手に攻撃が当たりやすくなるんだ」
「なるほど。オレも一度だけやりあったが、あいつら、けっこうすばしっこいからな!」
「うん。三缶ほど作るから引き続きスプレー缶をタイミング良く俺に渡してくれないか?」
「おう!」

 と、作成をしている最中、テーブルの上で別のフラスコとビーカーが煮え立ち、爆発しそうな激しい勢いでぐつぐつと大音量を立てていた。

「レイナルフ! そこの麻袋を取ってくれ!」
「ほれよ!」

 鈴は、引き出しから別の「変換符」を取り出して、再び何かを念じて、今度は赤く発光させた。
 そして赤く燃え盛りそうな札を、沸騰中のフラスコやらビーカーやらに付け込んで、濡らし、ドライヤーで乾かすのだ。
 その後、乾いた札をシュレッダーにかけて、粉々にする。
 最後に彼は、シュレッダーのボックスに溜まった粉を麻袋に移した。

「おい、鈴! 今度は、何だ?」
「これか? これは相手の魔力に反応して発光する粉末だ。相手の体に付着しなくても、床にまかれた粉が光ることで相手の位置情報がわかるという優れ物だ。敵の透明化対策にはこういうアイテムが欠かせないからな」
「なるほどな! そいつは便利だ!」

 と、話をしている最中、鈴の体がふらっと、前方に倒れかけた!
 軽く目眩がして、頭を押さえる鈴。

「おい、どうしたよ、鈴?」
「うう……すまない。軽い目眩だ。『変換符』は使いすぎると心身にくるからな……。さあ、続けよう。レイナルフ、麻袋をもう一袋頼む!」
「ああ……あんまり無理すんなよ?」

 鈴はレイナルフから麻袋を受け取り、三袋分の粉袋をとりあえずそろえておいた。
 消耗がそろそろきついが、軽くストレッチをしたり、呼吸を整えたりして、最後のアイテム作りに取りかかる。

「レイナルフ! 次はあんたに頼まれた分だ。あんたの編んだ縄を取ってくれ!」
「ほい!」

 鈴は、引き出しから長めの「変換符」を取り出して、改めて念を入れて、虹色に発光させる。
 そして、レイナルフから大きな縄を受け取ると、縄のところどころに「変換符」を縛り付けた。

「よし、一縄が完成した。もういくつか……作ろう!」
 ふらつく頭を押さえながら、鈴はやや苦しそうにそう言う。

「おい、倒れるまでやるなよ! 確かに、捕縛しやすい魔術をネットに付けるように頼んだのはオレだが……このあと、例の魔物野郎共と対決があるんだからな! 貴重な戦力が一人減るだけでだいぶピンチになるぜ?」
 レイナルフは言葉こそ厳しいが、鈴のところまで歩み寄り、新しいタオルを渡す。鈴は受け取ったタオルで、顔の汗を拭う。

「では、レイナルフ……ちょっと手伝ってほしい……。俺が札を渡すから、それを縄に縛り付けてくれ……」
「ああ、いいぜ。でも札を縄に縛り付けるプロセスをオレがやって大丈夫か? 魔力の流れとか、そういうのあるんだろう?」
「問題ない……。この縄は、捕縛用ネットであって……魔力を固定化して、すり抜けの能力が使えないようにする縄だ……。あらゆる魔術を想定して札を虹色に発光させたが……札を縄に縛りつけるプロセスには……魔術はいらない……」
「なるほどね。了解。じゃあ、札、貸せよ! やってやる! 細けえ作業は得意だからな!」

 こうして、鈴が札を念じて、その札を受け取ったレイナルフが縄に縛り付けるという作業をしばらくやっていた。

「ま、この縄がある時点で、オレたちは勝ったも同然だな! 敵の魔術的な特殊能力が無効化されちまえば、物理法則に勝負を持ち込める。しかも、以前にオレが対戦したとき、電気ノコギリにおびえて逃げた点も考えて、奴らは特殊能力が発動していないときは、物理的に傷つくってことだろうな!」
 出来上がった縄を自慢げに掲げ、投げ縄の真似をするレイナルフ。

 しかし、全アイテムが完成した後、鈴が……。
 ばたり、と床に平伏すように倒れてしまったのだ!

「おい、鈴! しっかりしろ! 大丈夫か!」
「ん……レイナルフ……すまん……変換符の力を使いすぎて……少々、お花畑が見えていたところだ……悪いが、俺を……そこにあるソファまで運んで……くれないか?」
「おう、それぐらい容易いご用だぜ! ソファでしばらく休んでろ! コーテスでも呼ぼうか? あの野郎の回復魔術を使えば、一発で楽になるんじゃね?」
「ああ……頼む……コーテスを探して……来てくれ……!」

 レイナルフは、鈴をソファに寝かせると、研究室を飛び出し、コーテスを探しに出かけるのであった……。

***

 鈴とレイナルフが研究室でアイテムの開発をしていた頃と同時期、エルンスト・ハウアー(PC0011)とコーテス・ローゼンベルクは中庭まで歩いて来ていた。

「さて、コーテス君。武神君らが例のアイテムを造ってくれているうちに、ワシらはしっかりと敵の所在を突き止めるのじゃ。ワシの推理では……前回の犯行未遂現場である中庭の聖アスラ像周辺が怪しいと思うのう。あるいは、二度に渡り犯行を重ねた体育館前の聖アスラ像周辺にもまた出没する可能性もあるじゃろう」
「そうですね……。こうして中庭まで……来たものの……。ここ、改めて見てみると……雑木林とか茂みがけっこう多いですよね……。そのへんに隠れていたとか……なんちゃって……」
「ほっほっほ、案外、ありうるかもしれんのじゃ!」

 エルンストとコーテスは、茂みをかき分けて、雑木林の中に入って行くことにした。
 そして、雑木林を歩いて五分した頃……茂みの奥で怪しい生物が三匹、日当りの良い場所で昼寝をしているところを発見!

 思わず、木陰に隠れる二人。
 エルンストとコーテスは、木陰から顔を出し、じっと、標的を見定めた。

 どうやら……ミンタカのスケッチブックの報告にもあったように……黒い物体……割と小柄……耳が立っている……口が尖っている……細長いしっぽがある……と、全ての条件が一致している! しかも寝ている最中、たまに透明になったりならなかったり、奇妙なサイクルを繰り返しているのだ!

(エルンストさん……あれは、もしかして……もしかすると?)
(うむ、コーテス君! あれは、もしかしなくても……そうじゃろう!)

(どうしましょうか? 奇襲を……しかけますか?)
(いや、それはまずいじゃろう! 周囲に仲間がいるかもしれん! もし敵の増援がわんさか来たら、二人ではとても戦いきれん!)

 どうしたものか、としばらく二人は悩んでいたが、エルンストが残念そうに口を開く。

(目の前に敵がいて放っておくのは悔しいが……ここは一度、引き返して、体勢を万全に整える方が賢明じゃろう!)
(ですね……。でも……少なくとも、敵の居場所のひとつがわかったことは……大変な収穫ですよ!)

 そして、二人は目の前の昼寝をしている敵に気づかれないように、そおっと、その場を抜け出し、雑木林の外に出た。

「それにしても、エルンストさん……。あのネズミのような魔物の存在が確認されてから……そろそろ二日も経ちますが、彼ら、意外と大人しい……ですよね? 日中に学内で暴れるとか……人を襲うとか……それぐらいのことはやるかと……思っていましたが?」
 コーテスなりに解せない質問をエルンストに投げてみると、エルンストは、うーむ、と腕を組んで考え込む。

「おそらく……連中はネズミと同様に明け方を好む夜行性なんじゃろうな。昼の時間帯は、さっきみたいに人の目に見つからないように茂みなどで昼寝をしているんじゃろう。そして夜に目を覚まし、学内で像を破壊したり悪さをしていたんじゃろうな……。思えば、案外、かわいそうな奴らかもしれんの……」
 ふう、とため息をつくエルンスト。
 エルンストのため息には怒りというよりも哀れみがこもっていた。

「ところで……あの謎の生き物たちは……食堂で100人分の食料を食い散らかしたらしいですが……相当な数がいますよね? どうやって彼らを一カ所に……集めましょうか?」
 ふう、とコーテスもため息をつく。
 下手をすると100匹ぐらいもいるかもしれない凶暴な謎の生物を一カ所に集合させる難儀を考えると、コーテスはどっと疲れを感じた。

「そうじゃなあ……。あ、良い考えが浮かんだぞ! サーチライトを使うんじゃよ! ここの中庭の聖アスラ像前にて、夜に……いや、放課後あたりにでも、強力なサーチライトを設置し、明け方に似た光源を作るんじゃ! 以前の戦闘報告で暗がりである茂みに逃げ込んだ性質ではわかりにくいのじゃが、この薮の中でも日当りの良い場所に集まっている生態からして、ある程度の光に集まる習性があるのじゃろう! しかも暗黒魔術を研究しているワシの経験からしても、あの手の生物は光に反応すると直感が告げておる。とまあ、光を利用して、学内に散らばっている、そして雑木林の奥にいる奴らを一カ所に集めるんじゃ!」
 エルンストの瞳は炎が爛々と輝いている。
 我ながら鋭い捕獲計画じゃろう、とニヤリとしたエルンストだった。

「さすがは……エルンストさん! その作戦で……行きましょう! 何なら、サーチライトを仕掛けるとき……僕の補助魔術で光の星をいくつか出すことも……できます! 今夜は……パーティ・タイム……ですね!」
 エルンストの計画に興奮したコーテスは、思わず老紳士の背中をばんばん叩いていた。

「それはそうと、コーテス君。戦力的な問題として、もう何人かのメンバーを戦闘に加えたいものじゃのう。仮に敵が100匹いるとなると、この班の四人だけで戦うと苦戦しないじゃろうか? 例のウォルター教授対策班らは、おそらく同時期に教授相手に推理バトルをドンパチやっている頃じゃろうし……。人の手が欲しいが、足りんところじゃのう……」
 ううむ、と再び考え込むエルンスト。
 今度は、コーテスが何かを閃いたようで、ぱあっと、表情が明るくなる!

「そうだ! ジュディさんを……呼びましょう! 作戦の決行は……放課後あたりになるから、それまでに彼女は……自称テロリストとの対話も終わっている頃でしょう! ジュディさんとは昨日、一緒に組みましたが……彼女、とても頼りに……なりますからね!」
 コーテスが発案した戦力補強のアイデアを聞くと、エルンストは再び、口元が笑い出す。

「そうじゃな……あのジュディ君の怪力は、一説ではワシの魔術と良い勝負じゃ……。対透明化アイテム、暗黒魔術、補助魔術、怪力、と四拍子そろえば、あのネズミども相手でもどうにかなるじゃろう!」
 ほっほっほ、と梟の杖を振り回して不敵に笑うエルンスト。

「では、さっそく、サーチライトを……学院祭実行委員会から借りて来て……あと、ジュディさんを見つけに行きましょう……!」
「うむ。頼んだぞ、コーテス君!」
「え? エルンストさんは……一緒に来てくれないんですか?」
「ワシは年じゃ。緑茶でも飲んで休憩させてもらおうかの……」


第6章 聖アスラ学院のお化け事件 解決編

6−1 謎の危険小動物を駆除せよ!

 そして……それぞれの班が日中の活動を終え、放課後になった。

 マギ・ジスの気候は一年中、春なので、放課後も午後六時頃になると景色が段々と夕闇に溶け込み始めるようだ……。

 危険小動物対策班と自称テロリストとの対話班は合流し、鈴、レイナルフ、エルンスト、コーテス、ジュディの五人は中庭へと移り、作戦を決行する……。

「よいしょ…よいしょ…はあ……はあ……!」
 あえぐコーテス。
 彼は巨大なサーチライトを担がされていた。

「コーテス! ファイト、デス!」
 コーテスを励ましながら、一緒に巨大ライトを担ぐジュディ。

「よっしゃあ、この辺に置いておこうぜ!」
 前方の二人と共に担ぎながら、秘密兵器のライトを聖アスラ像前に置く位置を見定めるレイナルフ。

「オーライ! オーライ!」
 聖アスラ像前で誘導する鈴。

「そこじゃ! そこじゃ!」
 梟の杖を振り回しながら、一緒に誘導するエルンスト。

「それ……!」
「がっでむ!」
「うりゃ!」

 コーテス、ジュディ、レイナルフは、鈴とエルンストが誘導してくれた正しい位置に、そおっと、落とさずに、しかし気合いを入れて、サーチライトの設置に成功!

「ふう……職業:魔術師タイプの僕には……重労働でした……!」
 肩で息をしながら、汗を拭うコーテス。

「おい、鍛え方が足りねえぞ!」
 励ますつもりで怒鳴るレイナルフ。

「コーテス、すまん。本来なら俺がサーチライトを担いでもよかったのだが、『変換符』で力を使いすぎてしまってだな……。全ステータス1ランクダウン中なものでね……」
 ちょっと悪いことしたかな、と謝る鈴。
 ちなみに先ほど倒れた鈴であったが、コーテスの回復魔術のお陰で体力も精神力も回復はしたので、今はぴんぴんだ。もっとも、しばらくは、反動でステータスダウン中の身ではあるが。

「まあ、まあ、諸君! サーチライトをさっそく仕掛けるのじゃ! もたもたしている場合ではないのじゃよ!」
 杖を振りながらみんなに準備を促すエルンスト。

「では、スイッチ・オンにしまショウ!」
 ジュディがサーチライトのスイッチをバチリと音を立てて入れると……。

 サーチライトの光が聖アスラ像を通り抜け、遥か上空まで、太く眩く、輝きを放射するのであった。

「おい、コーテス! 何かおもしれえことやってくれ!」
 コーテスの補助魔術をワクワクしながら催促するレイナルフ。

「ええ……僕も……やりますか! 願わくば、星屑の導きよ……我らハイランダーズの窮地において……山岳の道しるべを……照らしたまもう……!」
 コーテスが『ハイランダーズ・スターライト』という補助魔術を詠唱すると……彼の手元から黄金色に眩く輝く小型の星がいくつも、いくつも現れて……やがて十個もの星々が輝き出した……!

「うむ。こんなもので良いじゃろう。ところでコーテス君、その星は操れるのかね?」
 エルンストは星の眩さに見とれながらも、コーテスに確認を取る。

「はい、できますよ。自由自在に。僕が……敵を光で誘導しますね!」
 コーテスは、試しに手前の星を上下左右に動かし、実演して見せた。

「敵は……透明化や魔石破壊の八重歯を持つものの……食堂で食料を食い散らかしたことからして……何かしらの生命体と定義する……。ワシが暗黒魔術を詠唱し、奴らを一気に仕留めるから、皆で詠唱時間を稼ぎ、敵を一カ所に集めてもらえんかのう?」
 エルンストは梟の杖を構え直し、いつでも詠唱ができるようにスタンバイした。

「おう、前衛はオレたちに任せてくれ!」
 捕縛の縄を握りしめるレイナルフ。

「いよいよ俺の特製アイテムが力を発揮するわけか……」
 鈴は、魔力を霧散させるスプレーを、自身のシークレットアームに噴射し、そしてレイナルフの電気ノコギリとジュディのヘルメットとユニフォームに噴射した。

「ジュディは、いつでもオーケーですヨー!」
 透明化対策の魔力粉末が入っている麻袋を掲げ、ジュディはやる気満々だ。

 と、皆で像の後ろで隠れて準備をしていたところ……。
 魔導動物のネズミたちは……うじゃうじゃと集まってきた!
 中庭の雑木林の茂みからぞろぞろ。
 どこからわいて来たのか、校内の壁をすり抜けて、わんさか。
 なぜか上空から飛ぶように落ちて来たネズミたちもいた。

 それぞれ、透明になったり、不透明になったり、と点滅しながら、大群で、聖アスラ像をめがけてやって来る……!

 数えれば、50匹はいるのではないだろうか……。

 ネズミの何匹かは、サーチライトの前で踊りだしては、八重歯をギラつかせ、今にも像に飛びかかりそうな勢いだ!

(それ……!)
 コーテスは、像前の星を揺らして動かし、敵の注意を引く。
(今です……!)

「やあああああああああああああああああああああ!」
 ジュディは、アメフトの試合が開始されたかのごとく、敵の集団に向かって猛烈に走り出した!
 襲って来る敵をタックルで跳ね飛ばしながら、魔力の粉末をところどころにバラまく!

「このやろー! これでも食らいやがれ!」
 ジュディの特攻にひるんでいる敵たちを目がけて、レイナルフも粉末をここぞとばかり浴びせる。

「あっち行け! しっ、しっ!」
 鈴はステータスダウン中であまり自在に動けないのだが、目の前にいるネズミたち目がけて、粉末を振りかける。

「うきゅうううううううううううううう!」
「うきゃきゃきゃああああああああああ!」
「うぎゃああああああああああああああ!」

 ネズミたちは突然の攻撃に大パニックのようだ。
 敵らは一斉に透明化を試みるのだが、粉末が邪魔するせいで、上手い具合に隠れられない!

「投げ縄ってやつは、なかなか難しいんだが……いっちょやってやるぜ!」
 作戦が次の段階に移り、レイナルフは捕縛用のネットを思いっきり、前方の敵に向かって投げ出す!

「うきゃああ!?」
「うきゅきゅー?」
「うきゃあああああ!」

 おそらく二十匹ぐらい、一気に引っかかったのではないだろうか。

「ふう……ステータスの低下がやや厳しいが……ここが大人のがんばりどころ!」
 鈴も、縄を思いっきり投げるのは厳しいので、手前にいるネズミたち向かって、ばさっと、軽く投げる。

「うぎゃぎゃぎゃ!?」
「うぎゅ?」

 こちらも、十匹はかかったようだ。

「それ! 僕も!」
 コーテスも星の操作を一次中断して、エルンストに向かって来たネズミたちに向かって、縄を投げる。

「うきゅうううう!?」
「うけけ?」

 同じく、十匹を捕縛したようだ。

「ち、縄はこれで使い切っちまった! あとは白兵戦、行くぜ!」
 レイナルフは、電気ノコギリを起動し、残り十匹の自由な身の魔導動物たち目がけて、機械音と共に突撃する!
 さすがに物理攻撃を恐れてか、逃げ回るネズミたち。

「それ、お星様の導き! 行きましたよ……ジュディさん!」
 コーテスは、光る星を操作し、迷走する敵をジュディのもとへ集める。

「ナイス・プレイ!」
 逃げて来たネズミらをタックルで跳ね飛ばすジュディ。
 もはやパニック状態のネズミたちは、でたらめに透明化したり、八重歯をギラつかせ飛び回ったり、大慌て!

「させるか、そこのネズミ! エルンストのところへ行かせないぞ!」
 鈴は、シークレットアームを起動し、ドリルを回転させながら、エルンストに近づくネズミたちを追っ払う。
 敵はアームにはね除けられながらも、鋭い八重歯で抵抗し、アームの破壊を狙う。

「……生きとし生けるものたちよ……我が暗黒魔術の名の下に……そのかぐわしき生命の灯火を……命のロウソクの炎が消滅するかの如く……魂の火炎を散らして……漆黒の闇に呑まれよ……」
 エルンストは、梟の杖を高く掲げ、影の指輪を煌めかせ、暗黒魔術「エナジードレイン」の詠唱を試みる……。

 やがて、エルンストの上空に暗黒の渦巻きが発生し、捕縛ネットで捕まっているネズミたちの命が次々とバキューム・クリーナーに吸われるが如く、吸引されて行く……!

「うきゃあああああああ!」
「うげええええええええ!」
「うきょおおおおおおお!」

 捕縛されていたネズミたち40匹は、一匹も残らず、残酷な暗黒魔術の餌食となった。

「さあ、次に死にたい奴はどいつじゃ? もう一発、くれてやるわい!」
 エルンストは、さすがに老練の魔術師なだけあり、まだまだ魔力は残っているので、もう一度、詠唱の準備に入る。

「うきゃああああああ!」
 逆上したネズミの一匹が、詠唱中のエルンストを襲う!

「ぬぬぬ……ワシに詠唱させないとは、ネズミ君、貴様というやつは!」
 敵は梟の杖をかじろうと襲いだす!
 杖を放り投げ、ひとまず、像の背後に逃げるエルンスト。

「うきゅきゅうー!」
 別のネズミたち二匹は、鈴を前後で囲んで、ドリルの刃をぶった切ってしまった!

「やべえ……! まずいが、変換符を使うか……『行動停止の札』を……と!」
 鈴は札をポケットから取り出して、両手で前後にかざす。
 ネズミたちは、青白い光を受けて、一度、停止する。
 しかし鈴は、膝をついて倒れそうだ……。

「そりゃ! 大丈夫か、エルンストに鈴!」
 レイナルフが電気ノコギリを回しながら、助けに来た。
 停止しているネズミたちをぶった切る!
 そしてエルンストを追い回すネズミを追いかける……。

「うぎゃああああ!」
 一方で、三匹のネズミたちはコーテスと星を襲いだす。
 次々に星を破壊し、一匹は、こけたコーテスまで迫り来る。

「ひええええ! 攻撃魔術、あんまり使えないんで……タイム!」
 もちろん、ネズミにタイムは効かない。
 魔石をも切断する刃がコーテスを上空から襲う!

「とりゃああ! アーユー、オーライ!?」
 ジュディが上空のネズミに蹴りを入れて、弾き飛ばす。

「ふう……助かった……サンキューベリーマッチ!」
 今日の魔力消費と恐怖体験で疲れたコーテスはその場に座り込む。

***

「おい、エルンスト! もう一発、さっきの魔術、できるか?」
 像付近まで追いつめられたレイナルフはエルンストに問いかける。

「うむ……杖がなくとも詠唱はできる……。すまんが、レイナルフ君とジュディ君で詠唱時間を稼いでくれないかのう?」
 エルンストもやや疲れが出て来たのか、汗を垂らし、肩を揺らしながら、静かに、レイナルフの横で回答する。

「オーケー! ジュディたちに任せてくだサーイ!」
 ジュディもレイナルフの隣で元気よく返事をする。体力自慢のジュディもさすがに敵の数に焦ってきたようだが、ピンチでもスマイルは絶やさない。

 ちなみにこの時点で、鈴とコーテスは既に戦闘領域から撤退している。
 そして、ネズミたちは、増援が来てしまい、倒した分とプラスマイナスしても、あと10匹は目の前に迫っている。

「おらあ! くらえ、インチキ魔物ども!」
 レイナルフは、工具用の巨大ハンマーを振り回し、飛びかかってくる五匹を蹴散らす。

「ファイア!」
 ジュディも、彼女の側に飛び込んで来る五匹に向かってタックルをかまし、一斉に弾き飛ばす。

「うむ……詠唱完了……人が造りし哀れなフランケンシュタインの怪物どもよ……汝、魔導動物のネズミども……我が暗黒魔術の下にその生命を捧げ給え……」
 エルンストの詠唱は完成し、暗黒魔術「エナジードレイン」が再び暴れだす。

 暗黒の渦巻きは残り十匹のネズミたちを片っ端から吸い上げ、バキューム攻撃を受けた魔導動物たちは一匹ずつ、順番に生気が抜けて倒れて行く……。

「ふう……終わったみてえだな……」
 敵の全滅を確認すると、ハンマーを下ろして、額の汗を拭うレイナルフ。

「ウェルダン(上出来)ね!」
 ジュディはヘルメットを外し、髪をかき分けて、ほっと一息つく。

「とりあえず……これでこちらは作戦終了じゃ。あとは、ウォルター教授対策班が上手くやってくれれば……事件は無事、解決じゃな!」
 エルンストはその場にへなへなと座り込み、伸びをしながら、あくびをするのであった。

 撤退して隠れていた鈴とコーテスも作戦の終了を確認し、手を合わせ、喜ぶのだった。


6−2 そして、事件の真相へ……


 そろそろ午後六時を回る頃だろうか。
 放課後にウォルター教授とのアポを取ったスノウは、風紀委員会と仲間たちを引き連れ、魔導動物研究室前で待機する。

 五分も待たないうちに、足音が廊下の奥から響いてきた。
 講義か会議からの帰りであるウォルター教授が、資料を抱えながら、げっそりとした表情で戻って来る。

「や、やあ……。スノウさんだね? アポを取られたようだけれど、具体的にはどんな質問かな? それとご友人方も連れて来たのかい?」
 ウォルターは汗を浮かべながらも、スノウたちと対面する。
 風紀委員会委員長のスノウと法務担当副顧問のロランの二人がいる時点で、ウォルターは「何か」を察したのだが、無理に笑顔を作る。

「ええ。魔導動物論のことでわからないことがありまして……。例えば、魔導動物論の研究では、ネズミを透明化させたり、魔石と合成させて鋭利な八重歯を造ったりなど……そういうことは既に実用段階に入っているのでしょうか?」
 スノウがさりげなく「講義の質問」を差し向けると、ウォルターは一瞬、びくっと、したが、平常心を取り戻したように装う。

「わはは……。大変、面白い発想だね。私の講義をいつも真面目に聴いていてくれて私は講義担当者として嬉しいよ……」
 ハンカチで汗を拭うウォルターにロランが言葉の追撃を放つ。

「ウォルター教授、改めてこんばんは。法学部で講師をしていますロラン・エーベルトです。しかし、奇遇ですな。昨夜、閉門時刻過ぎにも図書館前でもお会いした記憶がありますなあ。夜遅くまでご研究とは大変な熱意。僕も見習わないと。ところで、昨夜、図書館の本は無事に返却されましたかな?」
 ロランは、笑顔でそう言いながらポケットから名刺を取り出し、ウォルターに差し渡す。
 ウォルターの方も、名刺を受け取り、ポケットから名刺を取り出して、ロランに手渡す。

「ははは……。これは、これはエーベルト先生……。学部は違うものの、先生は有名人ですから、名前はお聞きしていますよ……。それにしても確かに奇遇ですね、こうして二度も近いうちにお会いしてしまうとは……」
 ウォルターも負けずに、焦りを隠すかのように笑顔で応対する。

「ところで、ウォルター先生。わたくし、本日、魔石の本の何十冊かを図書館へ返却させて頂きたいという用件で研究室まで参りました。数十冊に渡る本は無事に返却して頂けましたか?」
 マニフィカも、彼女の調査範囲から引き出した知識で質問を繰り出す。

「ああ……すまない……。今日は色々と忙しかったので……あとで必ず返却するよ」
 ウォルターは思い出したかのように、すまなさそうな顔でぺこりと謝る。

「あれ? ちょっと話が矛盾していませんか? 昨夜、図書館前でロランさんと会ったときに図書館へ本を返却したのですね? なのに、魔石の本は大量に未だに返却されていない。だとしたら、昨夜、図書館前で何をしていたのですか?」
 ミンタカはウォルターの矛盾点を見逃さず、突っつく。

「ええと……。昨夜、返却したのは……違う本さ。魔石の研究とは関係がない本だよ……」
 ウォルターも機転を利かせ、とっさに反論する。

「では、ウォルター教授。魔石研究以外で借りていた本を返却したというなら……その本は何て言うタイトル?」
 未来も、やはり教授の行動がおかしい、と思い、ミンタカに続き、質問する。

「うーん……。何だったかな? 悪いけれど、タイトルが思い出せない。それに私が研究ではなくプライベートで借りていた本まで質問しないでくれるかな?」
 明らかに教授はウソを言っている、とその場にいる誰もが思ったことだが、とりあえずこの場は、全員、笑顔でごまかしあった。

 しばらく気まずくなったが、ウォルターは研究室の扉をガチャリと開けて、廊下にいる五人を室内へ招く。

「まあ……立ち話もなんです。研究室内で詳しい話をお聴きしましょうか? 魔導動物論の質問、ぜひ歓迎致します。私もその道のプロフェッショナルですから……」

***

「さあ……席についてください。何なら、コーヒーも淹れましょうか?」
 ウォルターはスノウたち五人に着席を促し、飲み物の用意までしようとしてくれていた……。

「教授、コーヒーはけっこうです。それよりもお話がしたいですね」
 スノウは立ちながら、ウォルターの行動を制止させる。

 スノウは二点、考えていた。
 ウォルター教授が……。
 飲み物を与えて相手を油断させこと。
 あるいはコーヒーに何かを混ぜること。

「ところでウォルター教授は……最近、学内で起こっている『お化け』事件はご存知ですかな? ほら、聖アスラ像の首が切られたり、密室であった食堂の食料が荒らされたり、物騒なことが多いでしょう? 我々、風紀委員会はその事件を調査した結果、奇妙な小動物と遭遇したので……教授の専門的な知識と知見を拝借したいと思いましてな……」
 ロランは神妙そうな顔つきで教授に詰め寄る。
 ウォルターも、ううむ、とわざとらしく考え込む。

「ほう……それは興味深いお話ですね……。その小動物がどうしたと?」
 ウォルターも神妙そうな顔つきで返す。

「仮に、例の小動物が魔導生物だとしたら、生半可な代物ではありませんな? もし魔導動物であれば、あの硬さで有名な聖アスラ像を破壊したり、透明化して食堂の密室を突破して荒らしたり……難なくできることでしょう。しかし、奴ら、どこからか逃げ出したか、盗まれたか……知りませんが。いずれにせよ、穏便に片付けたいものですな?」
 ロランも困ったような表情で、教授に助けを求めるかのように問いかける。

「そうですね……穏便に片付けたい……。いやあ、世の中って奇妙なこともあるものですね。最近の魔導動物は……魔石を破壊したり、透明化したりするのですか……。いや、実に恐ろしい!」
 教授はあからさまにしらばくれているが、いかにも怪しい。

「ところで……。先ほど、本の返却をお願いする際に……魔導動物研究室のバードマン准教授とその学生さん方とも少しお話させて頂きました。魔導動物研究室から大量の魔石研究の本が借りられていたものの……バードマン先生によると、最近、ここの研究室は、魔石の研究はされていないようですわね? 教授は魔石の本を大量にお借りして、何をなさっていたのでしょうか?」
 マニフィカも魔石という別角度からウォルターの疑惑に迫る。

「ううん……。貸し出しが研究室名義だったが……実際にその本を使用していたのは私だけだよ。魔石の本は、私個人でやっている研究に必要だったからね!」
 やや焦っているが、笑顔を絶やさないウォルター。

「では、そのご研究についてですが。先ほど、研究費の予算が使い込まれていないかとバードマン先生に調べてもらって、帳簿まで見せて頂いたのですが……研究費には全く手をつけていませんでしたわね? まさか自費でご研究をされていたのですか?」
 マニフィカは明らかな矛盾点を容赦なく追求する。

「ははは……。私、個人でやっている研究に魔導動物研究室の研究費を使うのは悪いと思ってね……。私は研究者だ。研究室の経費であれ、自費であれ、魔石の研究をすることがそんなにおかしいことかい?」
 ウォルターは開き直って、攻めの姿勢を見せるが、声の調子は弱っている。

「では、教授。その魔石研究をわたしたちに見せてくれる? 悪いことをしていないのであれば、その研究はオープンにしても問題ないということだよね?」
 未来は研究の公開を迫るが、ウォルターは腕を組んでうなる。

「教授。風紀委員会の委員長としてもお願いします。その研究を私たちに見せて頂けませんか? 『学院に黙って自費で勝手な研究をしている』という事実は、風紀委員会としても見逃せない話ですから。もし万が一のことがある場合、上層部に報告をさせて頂きますよ?」
 スノウが風紀委員会委員長の権限を押して催促すると、さすがに風紀の上にいる先生方にまで事が伝わることを恐れたのか、ウォルターは、うつむいて、黙ってしまった。

 やがて彼は、ポケットから鍵を取り出し、隣の実験室を解錠し、扉を静かに開ける。
 さあ、入って来てくれ、と彼は手招きして、実験室へ入っていた。

 なおこの際、ミンタカは、ここまでのやり取りに矛盾点はないかと気を配り、ずっとメモ帳でシャーペンを走らせていた。

***

 実験室内はいくつかの区域が分かれていた。
 風紀委員会と仲間たちは、「ウォルター教授実験室」という区域に入り、怪しいものはないか、と周囲を見渡す。

 室内は、ガラス戸とコンクリートで張り巡らされていて、魔術のお札もびっしりと壁に張られていた。
 また、鈴が使うような化学的な実験道具がテーブルに並んでいたり、魔導動物を解剖したりする診察台と医療器具のようなものまである。
 他にも、洗濯機のような巨大ミキサーがあり、魔力で燃えさせることができる暖炉、そして魔導動物のパーツを相互に転送し合うことで実体を組み替える装置まで置かれていた。
 これだけそろっていれば、相当充実した魔導動物の実験ができるはずだ。さすがはその道の権威であろうか。

「うむ……。魔石の研究だが……。魔導動物の実験をする上で、魔石の加工が必要なだけだったんだ……。ほら、ここにある、魔石を食べているカモの標本があるだろう? 魔石の粉を食べさせると、食用の美味しいカモができるという説が最近あってね……。それを検証していただけだよ!」
 ウォルターは、怪しいカモの標本を見せて、あたかもそこにいる全員が納得してくれたと確信し、自信ありげに微笑む。

「へえ……化学的作用の研究ですか。化学なら、錬金術専攻の僕も少しはわかるのですが……。魔石をカモに食べさせて化学反応を狙うという話は……聞いたことがありませんね。失礼ですが、その学説は、なんという学者のどういう理論ですか? 後学のため、ご説明願えませんか?」
 メモをカキカキと取りながらも、顔をあげて、教授の目をじっと見るミンタカ。

「ええとだな……。それは、私が唱える説だよ。未だに実験段階にあって、まだ証明されていないのだが……いずれ明らかになることだろう!」
 飽くまで自信満々の雰囲気でウォルターは、歯をにっと、見せて答える。

「しかし教授……あなたはたった今、『魔石の粉を食べさせると、食用の美味しいカモができるという説が最近あってね』と言いましたね? ですが、自説であるなら、『そういう説が最近ある』と言わないで、『私の自説があってね』と言わないと会話としておかしくないですか?」
 ミンタカはウソをウソで言いくるめようとしている教授の矛盾点を見逃さず、追求する。

「うん。彼は正しいですな! ウォルター教授、その説、もう少し詳しくご説明頂きたいものだ。仮にそんなカモの実験があるのならば、法学部の講師としてもぜひここで学んでおきたいものですな。ほら、食品衛生法とかそのへんの議論も出て来そうでしょう?」
 ロランもミンタカに続き、論及する。

 その後、しばらく黙って聴いていたスノウとマニフィカも同じように矛盾点を突っつくのだが……。
 なにぶん、事件とはあまり関係がない机上の空論ばかりを教授が次々とねつ造して怪しく論じるので、堂々巡りに陥ってしまう。

(そうだ……。物的証拠をあげてしまえば、教授はもはや反論できなくなるはず!)

 未来は、論争している教授と仲間たちの周辺からそおっと、離れて、転送装置に近づいた。

(もし、魔石を使った動物合成がされていたなら……転送装置は使われていたはず。それに透明化の機能を付けるのであれば……転送する際に量子とかその辺もいじったかな?)

 未来は、さりげなくテレポートして、転送装置周辺を隈なく探る。教授は論争に夢中なようで、未来の行動には気がついていない!

(あ、あれ、何? 今、何かが光った! 何だろう?)

 未来はキラリと光った物体へ近づく。
 ハンカチを取り出して、物体をそっと、くるむようにして回収する。

(ん? これ、魔石のカケラかな? そうだ……これを使えば!)

「ねえ、ウォルター教授。転送装置のところに魔石のカケラが落ちていたけれど……。これ、何?」
 未来は、ハンカチにくるまれている魔石のカケラを教授に突きつける。

「ううん……それはだね、例のカモの実験のときに使った魔石で……」
 ロランたちとの論争をひとまず中断するものの、ひたすら弁解を繰り返すウォルターだが……。

「ほお……。では、こうしませんか? たった今、回収されたこの魔石のカケラと、学内で暴れていた魔導動物の八重歯にあった魔石からサンプルを採取して……二つの魔石が同じ成分で出来ているか、あるいは同一の魔石として一致するかなど、化学実験をやっても差し支えはありませんね?」
 ミンタカは、鋭利な推理の一撃をウォルターに浴びせる。

「ミンタカさんの言う通りですね。実験の検証は風紀委員会の方で手配させて頂きますが、よろしいですね?」
 スノウもミンタカの一撃を補強するかのように追求する。

 がくり、と膝をついて床に座り込むウォルター……。
 もはやこれまでか、と観念したようだ……。

 そこで、崩れる教授にロランがしゃがんで近寄って、肩をぽんぽん、と叩く。

「ウォルター教授……もう正直にお話しましょう! 自分がやったことを認めるのであれば、僕たち風紀委員会としては『魔導動物の管理不徹底』ということで君を許します。学院の上層部にも僕たちが交渉して処罰をやや軽めにしてくれるように掛け合うことを約束します。あと、例の魔導動物の処理も今頃、仲間たちがやってくれているところだから恐れることはないでしょう……」
 ロランが諭すようにそう言うと、ウォルターは、重々しく、吐き出すように口を開いた。

「そうさ……。私がやったんだよ……。あの魔導動物を造ったのは私だ……。難攻不落、そして無敵の装甲と言われているあの聖アスラ像を破壊することを冗談でシミュレーションしていたのが事の始まりだった……。

 頑丈な魔石で出来ている聖アスラ像を破壊するために、まず魔石の研究から始めたのさ……。魔石の像を破壊するならば、それと同等の攻撃力を持った魔石が必要だった…だから、合成を繰り返して、元の魔石以上の攻撃力を出せる魔石を持つ動物を造ったのだ……。

 それと、聖アスラ像は警備も厳しく、夜間に近寄るとレーザー光線で撃たれてしまうことでも有名だから、それすら突破する技術も必要だった……。
 そこで、転送装置を使って、量子のバランスを組み替え、透明化する動物を造ったのだよ……。

 透明化できて魔石以上の破壊力を誇る八重歯を持ったネズミ……。
 これぞ、私の研究がたどり着いた究極の理想だった。
 しかし、理想は理想のまま私の頭の中だけで完結すればよかったものの、私は悪魔に取り憑かれたかのように……熱心に研究して……ついに実験段階まで成功させてしまったのだ!

 だが、実験を重ね、例のネズミを何十匹も造ってしまった時点で私は正気に戻り……自分がやったことが恐ろしくなったのだよ。
 仕方がなく、ネズミたちを殺処分しようとしたら、抵抗され、スキを突かれて逃げられてしまったんだ……。

 その後は、君たちの知る通りさ。暴走したネズミたちは、体育館前の聖アスラ像の首を切り、密室の食堂を突破して食料を荒らしたのさ……。学内では「お化け」事件の噂が広まり、風紀委員会まで登場する始末……。私は既に状況をコントロールできなくなっていた。

 もはや私はパニックだった。そしてげっそりと疲れ果てていたよ。この事件が発覚すれば、私は大学側から処分を受けるだろう……。万が一、ネズミたちが日中に学内で大暴れして死者まで出したとなったら、私は放校処分、学界からも除名されるだろう……。刑務所へも入ることになるだろうね。今までに築き上げて来た私の地位、権威、名誉、すべてを失うことを恐れたのだ……。

 だから、だから……私は、最後までしらばくれることにしたのだ……。しかし……君たち風紀委員会が……こうして私の罪を暴いてしまうのは……ある意味で計算外だった……。

 だけれど、皆さん、ありがとう。おかげで、私は随分と楽になれたよ……。エーベルト先生、そしてスノウ委員長……私は学院側へ自首をするので……上層部との交渉はお任せしよう……」

***

 こうして、聖アスラ学院を巡る「お化け」事件は、危険な魔導動物たちが駆除され、犯人になりたくてなったわけではなかった首謀者のウォルターが罪を認めたことにより、無事、解決された。

 思えば、この事件は学問の誤った理想に取り憑かれた真面目な研究者と誤った理想の元に生み出された哀しい魔導動物が引き起こした事故だったのかもしれない……。

 だが、この事件を経て、風紀委員会と仲間たちも、ウォルター教授も、また新しい明日への一歩を踏み出せたことには違いがなかったことだろう……。


エピローグ

 一昨日の事件解決以来、学院にはすっかり平和が戻った。

 作戦では一匹も残らず駆除ができていたため、魔導動物の残党が再び暴れることもなく、「お化け」騒動も次第に沈静化して行った。
 一方、ウォルター教授も約束通り、学院側に自首をし、懲戒処分を決める会議にかけられているところだ。
 しかし、これも約束通り、ロランとスノウがウォルター側を弁護する交渉に取り組んでくれているため、教授の懲戒免職だけは何とか免れることだろう。

 事件は解決されたものの……。
 事後処理というのはなかなか大変なもので、風紀委員室は朝から多大な事務処理に追われていた。

「スノウ委員長……こちらに判子を! あちらには……サインを!」
 コーテスは書類の山をスノウのデスクの前に、どかっと、置く。

「ふう……。大変ね、この書類。コーテスは全部、目を通してくれたの?」
 スノウは、ハンカチで汗を拭いながら書類の検討をしていたのだが……コーテスから追加分をもらい、ため息が出た。

「マニフィカさん、そっちの書類は終わったかしら?」
 デスクワークの得意なマニフィカが自主的に手伝いに来てくれたので、スノウは彼女にも書類の仕事を割り振っていた。

「はい……。あともう30ページぐらいでこれは片付きますわ!」
 マニフィカも超ロングストレートの髪を束ねながら、デスク上のあちらこちらの書類を次々とさばいている。

「ま、色々と……大変でしたが……。学院側からまた感謝状が出るみたいで……気分はいいですね! いやあ……いいことすると……気持ちがいいなあ……これだから、風紀委員会は……辞められない!」
 山積みの書類の前でにたにたしているコーテスに向かって、スノウは、どかん、とさらに山を追加する。

「うん。熱心なのは、とてもいいことよ、コーテス! そんなに風紀委員会が楽しいなら、追加分もがんばってね!」
「ひえええ……でも、事後処理がつらいんですよね……この仕事!」

 と、そんな会話をしているスノウとコーテスのことはいざ知らず、風紀委員室を誰かがノックしているようだ。

「はい、今、行きますわ!」
 マニフィカは一度、作業を中断して、扉を開く。
 すると、一人の女子学生、おそらく高等部の子だろうか、が暗い面持ちでたたずんでいた。

「あの……風紀委員会ですよね……? 学内の高等部で飼育されているウサギが逃げたので……助けてもらえませんか?」
 おどおどしている彼女から、新しい事件の話が持ち込まれた。

「はい! ぜひお伺いさせてもらうわ! それが私たち、風紀委員会の仕事ですから!」
 忙殺されているはずなのに、にこやかに返すスノウ。

 スノウ委員長率いる風紀委員会と仲間たちの戦いは、学院の風紀に乱れがある限り、永遠に続くことだろう……。


<終わり>