『赤い流星』

第2回

ゲームマスター:田中ざくれろ

★★★
 斜陽の光が窓から冒険者ギルドのホールに射し込む。
 涙を流しながら床に座る、中年男のむせぶ声がそこを行きかう者達の中で一際、耳に届く。
 服装は立派な紳士だが、今の彼の態度と身なりにはひどくギャップがあり、それで彼を冒険者ギルドで一層、浮き立たせていた。
 長い銀髪に陽光をはね返して、褐色の肌の人魚姫はその声にふと足を止めた。止まる動きで数数の装身具が音色を鳴らす。
 マニフィカ・ストラサローネ(PC0034)は『ウォーターワールド』の最も深遠に坐す母なる海神の導きに従い、『オトギイズム王国』の冒険者ギルドに姿を現した者だった。そして、彼女は受付で泣き崩れる紳士を見かねて声をかける。
 滂沱(ぼうだ)の涙を流しながら中年紳士は絹のハンカチで鼻をかむ、
「サンドラが……私の可愛い娘が……」
 中年男がギルドに受領させたばかりの依頼詳細をマニフィカに話した。
 曰く、彼女の娘『赤頭巾』サンドラ・コーラルがパスツール地方の森で行方不明になっている。
 パスツール地方には生物に寄生する謎の赤いチューリップが蔓延している。
 サンドラは赤いチューリップに捕らわれている。
 もうすぐ王国軍が出るという噂だ。軍が出張ればパスツール地方は戦場となり、サンドラの安否はますます保証出来なくなるだろう。
 サンドラは露出の多いハイレグTバックの赤いレザーボンテージを着ている娘だ。Tフロントのコスチュームも着たいと言っていたがそれもきっと似合うだろう。
 最後の情報はどうでもいいし何か歪んでいる気もするが、心配する父親の情に胸を打たれたマニフィカは自分がサンドラ救出の依頼を受けると申し出た。
 受付で手続きをする。
「もっと情報を知っている人達はいないでしょうか」
「上の酒場に『赤い流星』関連の依頼を受けた冒険者が集まってますわ。情報交換等をした方がいいのではないかしら」
 マニフィカのエントリーを受け付けたギルド受付嬢のトレーシ・ホワイトが、彼女の質問にそう答える。
 マニフィカは早速、広い階段を昇り、ギルド上階に開設されている居酒屋を訪れた。
 喧噪。
 嗜む程度といえ、昼からほのかに香る酒の香。
 受付で聞いてきた冒険者達の特徴を元に、彼らを探す。
 すぐにテーブルの一つにそれらしき者達を見つけた。
 マニフィカはそこで自分が見知っている者達に再会した。
「ウェルカム、マニフィカ! ちょうどブレインワーカーが欲しかったところデ〜ス!」
「まいど! 困った時はお互い様ってホンマやわ……こら、気張り甲斐がありまっせ」
 熱いハムカツサンドを食べていたジュディ・バーガー(PC0032)とビリー・クェンデス(PC0096)が、ウォーターワールドではやんごとなき者であるマニフィカに気軽に声をかける。
「あれぇ、マニフィカさんじゃないですかぁ」
 フラッペが盛られたガラスの器をテーブルに置いたリュリュミア(PC0015)も知己に会えた嬉しさからぽやぽやーと挨拶をする。彼女の服は先日、切り裂かれていたのだが、植物人種の彼女は服も肌の一部であり、玉ねぎを剥いて綺麗な地肌が現れる様に新しい服を生み出している。
 姫柳未来(PC0023)もアンナ・ラクシミリア(PC0046)もオレンジスカッシュを飲みながらマニフィカに惜しみない笑みを配る。アンナは切り裂かれていたピンクのスカートを自分で繕った跡が見える。
 マニフィカはおおらかに笑いを返した。 
 一気に打ち解けて彼女もテーブルにつき、給仕にワインを頼んだ。彼女はぎりぎり未成年の外見だが、実年齢はそうでないのだ。給仕もその説明を聞き、納得してアルコールを取りに行った。
 マニフィカは皆からサンドラにまつわる話、つまり『赤い流星』に絡んで、そこで彼らが体験したパスツール地方で起こっている事件の情報を聞かせてもらった。
 皆、堰を切った様に自分達の体験を話した。
 各人の体験談は事件の様様な側面を主観的に捉えていた。
「なるほど、実に複雑怪奇ですわね」話が一息ついたところでマニフィカはワインを一口飲む。「とりあえず現状を整理してみましょう」
 赤いチューリップがパスツール地方に異常に繁茂し、それらが村人や家畜の頭にとりついて、支配している事。
 バレッタ・オリクエフというデザイナーにチューリップの親株がとりついていて、バレッタの住む丘が無数のそれに囲まれている事。
 チューリップはどうやらこの世界に元元いた物ではなさそうな事。
 赤頭巾サンドラがチューリップにとりつかれてしまい、パスツール地方を訪れたドワーフ達も同じ境遇にある事。ジュディは特にダンブルというドワーフの事を強調した。
 情報を共有した冒険者達はこの事件にあらためてどう当たるべきか、話し合った。
「ブルート・フォース、力技なら得意なんデスけどネ〜……」
 ジュディはそう言い、しなやかな筋肉のついた腕を組んだ。
 酒好き同士が交わした、乾杯の約束は神聖なり。
 ジュディが信じるその言葉通り、彼女は酒を酌み交わす約束を交わしたダンブルを何としてでも助けたいと思っている。ドワーフを助けるのが主目的なのだ。しかし得意である力技だけでは状況を打破出来ると思えない。
「それにしても、このギルドはめっちゃ商売上手やねんな」会話が停滞した時にビリーがそう言葉を挟んだ「バレッタの母親には娘がとりつかれてるのは話さん事で、安心させるんと同時に次なる依頼を引き出したんや。そりゃ、心配させん『優しい嘘』という配慮は必要やし、同時に営利も満たせなあかん。解っててやってるとしたら結構な商人(あきんど)やで」
 報酬が安くなっても自分の様な人間が思わず引き受けざるをえなくなる。そこまで計算してたら相当したたかや、という言葉をビリーは胸中に留めた。ギルドをおとしめるつもりはない。実際、感心している。
「わたしはバレッタのお母さんに、大丈夫って約束したのだから……」
 未来は「今回も依頼を受ける」と明るく約束した時のバレッタの母親の顔を思い出していた。足の不自由な彼女をこれ以上、心配させたくない。そういう決意が胸にあった。
 六人の冒険者は運ばれてきた料理や酒をテーブルに並べて食べ進めながら話し合いを続けた。
 長い時間をかける。空の皿が増える。
 酒やドリンクを何杯、飲み干しただろう。
「こういうのはどうでしょう」
 マニフィカが最後に切り出した。
 やがて皆は彼女が提案した、一つの可能性を確かめるべく実験を試みる事で結論した。

★★★
 午前中のパスツール地方。
 晴天の青い空。
 風は穏やかだ。
 ロバはおあつらえむきに、村から離れて一頭で沢の方へ出向いていた。
 頭には高さ五十センチほどのとんがり帽子をかぶっている。
 その頭上の空に『未確認飛行物体』が現れた。
 今、この場で仁義なきキャトル・ミューティレーションが行われようとしていた。
 突然、ロバのそばに二つの人影が現れる。
 一人は褐色の肌の小柄な身体で、もう一人はその肩に手をかけた2メートルを超える身体だ。身体つきから見て、彼らはヒューマノイド型宇宙人らしい。
 瞬間移動。彼らはロバのそばに突然現れると、背の高い宇宙人がいきなりむんずと捕まえた。慣れた手つきだ。手足を折り曲げながら全身をホールドする。
 拘束したその動物の口に背の低い方が布の轡(くつわ)を噛ませる。ロープでロバをがんじがらめにして、完全に動けなくする。
 大柄な宇宙人は全身固定されたロバを軽軽と抱え、小柄な宇宙人はその彼女の肩に手をかけ、また瞬間移動した。
 上空の未確認飛行物体の位置はロバの重さが加わって、ちょっと沈む。
 そして、風切り音のみを残して、飛び去り、空の一点へ消えた。
 一連の行動はほとんど音のない見事な奇襲。ロバはちょっとした鳴き声さえあげられなかった。
「ふー! キャトル・ミューティレーション成功や」
「なんか、リトルグレイになったフィーリング、デスネー」
 ビリーとジュディは捕縛した『寄生されたロバ』を載せた『空荷の宝船』で青空を飛行する。未確認飛行物体めいた物こそ、この宝船だ。
「まあ、人は皆、この宇宙に住む宇宙人と言えるしやな。そんな事より、このロバがいなくなったのに気づかれる前にちゃっちゃと町に戻るで」
 二人と一匹を乗せた飛行物体はパスツール地方から脱出し、町へと加速した。

★★★
 何か、前にTVで観たUFO特番の宇宙人解剖フィルムみたいだなー、と未来は思う。
 冒険者ギルド上階の宿屋の大部屋に担ぎこまれたロバは大きなテーブルの上に横向きに寝かされていた。
 テーブルごとロープに巻かれ、動けない。口に布の猿轡が噛まされ、首は固定されている。
 頭のとんがり帽子は外され、中身が露呈していた。
 皆が予想した通り、頭に生えていた物は赤いチューリップ。天井のランプに照らされたそれは球根から肉厚の緑葉と口紅の如き赤い花弁を備えている。球根を載せたロバの頭にはその根が食い込んでいる様だ。
「要点を確認します」
 テーブルを囲む冒険者達の一人、マニフィカは口を開いた。
「以下の様な事実があったと確認します」
 地面に増殖している群体は、バレッタの親株が命令しないと攻撃してこない。
 人や家畜の頭に寄生した子株は、個体として活動出来る様になる。
 個体化した子株は、宿主を介して親株と意思疎通する。
「そうすると次の疑問が湧きます。……『寄生チューリップを分離する事は可能か? また、その為の手段は?』」
 宿主が生命の危機に陥った場合、寄生チューリップはどうなる?
 寄生チューリップが死んだ場合、宿主に影響は及ぶのか?
 女王蟻や女王蜂と同じ生態なら、親株が死ぬと子株はどうなる?
 それを確認する為のこの実験だった。
 寄生された家畜をテストケースに選び、宿主から子株の分離を試みる。仮に失敗しても犠牲は家畜だけですむ。
 具体的には、頭上の子株を切断する等の処置を行い、宿主に対する悪影響の有無も確認しておく。
「では、オペを開始しますわ」
 アンナは手に植木剪定用のハサミを持つ。ドワーフの相互共同体から借りたドワーフ製のハサミだ。黒い地金に銀の刃紋が波打っている。
 ハサミの刃がチューリップの茎の中ほどに当てられる。
「行きますわ」
 六人は息を呑んだ。
 大部屋に響く金属音。
 小さな両刃が合わさり、茎を切断した。
 その瞬間に劇的な変化、例えばチューリップが吠えるとか、全身が激しく身悶えするとかそんな予想もあったのだが、その様なハプニングは起こらなかった。
 ただ、球根がぽとりと頭から落ちた。球根下部から伸びていた細い根もロバの頭から抜けていた。
 あっけないものだ。
「……死んじゃってますわぁ」
 リュリュミアが床に落ちた球根を拾って、何処か悲しそうに報告する。
 髭の様な細い根はロバの頭に食い込んでいたらしいが、今や全部すっかり抜けていた。肌に傷らしい傷も残っていない。
「成功ですわね」
 マニフィカはロバの様子をじっくり観察する。
 縛られたままのロバに何か変化があった風には見えない。少なくとも無事に生きている。
 六人はそのまま黙って五分ほど、じっとロバを観察し続けたが、ロバには何の状態変化も見られなかった。
「これではっきりしましたわね」マニフィカは口を開いた。「茎を切断すれば赤いチューリップの子株は死ぬ。寄生されていた動物にはそれによる何かしらかの悪化は見られない」
 この確認は貴重なものだ。
 これなら、サンドラやダンブルを救える。
 希望の光が射してきた。
「しかし大勢の村人を一人一人キャプチャーしてカットしてる余裕はないデスネ〜。そんな事をしている内にロイヤル・フォース、王国軍が出発してしまいマ〜ス」ジュディは唸った。「こうなったらアリやハチのクィーンが潰せば、そのコロニー全体が滅ぶのと同じと信じ、チューリップの親株をダイレクトに叩くのがベスト、デ〜ス」
「親株……」未来も小さく唸る。
「多分、バレッタですねぇ」リュリュミアが言葉を引き取る。
「前に行った時、バレッタの正体はばれてるんや。絶対、今度は防衛線敷いて待っとるで」とビリー。「全員じゃないかもしれへんけど、パスツール地方の子株の大部分がバレッタの丘に集まってると思ってええんやないかな」
「むしろ、その方がベター、デ〜ス」ジュディは覚悟を決めた様に胸の前で腕を組んだ。「きっと、ドワーブズもサンドラもそこに集まってるデショ〜」
「サンドラは目立つ格好をしてるから余裕で見つけられるでしょうね」未来が小さく笑い、ポケットからカードをワンセット取り出した。シャッフルし、テーブルに並べてそこに現れた『意味』を読み取る。「占いによれば……未来に星があります。きっと、上手くいきますわ」
「さて、一気に大掃除ですわね」アンナは何故かウキウキし始めている。
 六人の冒険者の意思は決まった。早速、パスツールへ出張する準備をしにこのギルドで各人が泊まっている部屋へと散っていく。
 明日一日で勝負をつける。
 会議室に一頭のロバが縛られたまま、放置された。尚、この実験に使ったロバは後でスタッフが美味しくいただきました。
 ……嘘。冒険者ギルド一階にある馬小屋へとロバは預けられた。

★★★
 厚い雲に覆われた灰色の日。
 今日は風もどんよりとしている。
 六人の冒険者はパスツール地方に進入、村に近寄らないコースで一路『赤い丘』を目指していた。
 前に比べ、赤いチューリップの群生とすれ違う数がかなり少なくなっている。自然に減ったという可能性もあるが、やはり皆、丘へ集結しているのだろう。
 流れる緑の丘陵地帯。
 轟音で地上を行く、ジュディのモンスター・バイク。ハーレー・ダビッドソン。
 風を切って空を飛ぶ、五人を乗せたビリーの『空荷の宝船』。
 ジュディはアメフトのプロテクターを全身にまとって、ヘルメットもフェイスガードを下していた。
 アンナも『レッドクロス』を装着。ヘルメットからこぼれて風になびく髪はクロスの効果でピンク色に変色していた。
 それ以外の者はビリーに配られた『安全第一』と書かれた黄色いヘルメットをかぶっている。勿論、頭へとりつかれない用心の為にだ。少々かっこ悪いが軽くて丈夫だ。
 村に近寄らないコースで丘陵地帯の奥へ進む。
 眼下を緑色の丘陵群が滑る様に近づき、後方へ去っていく。
 やがて。
 行く手の緑の景色に見えてくる、濃い紅。
 なだらかな丘の周囲には見渡す限りの火の様な紅色が広がっていた。
 曇天。遠くににじむ遠景。
 広く、紅色。
 ただ一面の紅。
 全て、赤いチューリップ。力強く支える緑の葉と共に、赤いチューリップの花が無数に開いて、丘を埋め尽くしている。そして、その色彩の面積は憶えているものの倍には広がっていた。
 パスツール地方全部ではないだろうが、大群が集まっていた。
 人間や動物の集団が待ち構えているのも見えてくる。人人は手に手に農具等武器になりそうな物を持っている。
 鍬(くわ)。大鎌、弓。
 皆、とがり帽子を脱ぎ、開花した赤いチューリップを隠してはいなかった。
 宝船から開翼したマニフィカは飛び出し、やや高度を下げてアンナも縁を超えて飛び降りた。
 アンナはローラースケートを見事に着地させて滑走を始め、トライデントを構えたマニフィカは『魔竜翼』を背に展開して羽撃く。
 ジュディはハーレーのエンジンを全開。
 斜面が視界に迫ってくる。
 冒険者達は加速して赤いチューリップの群の中に飛び込んでいった。
 村人がフォークを突き出し、フレイルを振り回して襲ってくる。
「ブリンク・ファルコン!」
 マニフィカは叫ぶ。武器に加速の魔力が宿る。
 素早く敵の攻撃を回避。
 マニフィカのトライデントの矛先は分身する三連続刺突となり、飛行しながら敵の頭上のチューリップを斬り散らす。
 ピンクの竜巻。高速回転。
 ピンク色のレッドクロスを装着したアンナの振るうモップは、螺旋の軌跡で触れる敵の頭上のチューリップを蹴散らしている。アンナとモップという組み合わせだから出来る、普段の清掃の応用技だった。
 二人は共に敵の軍隊的攻撃をかわし続け、自らを囮にして敵の大部分を引きつけている。
 バイクに乗るジュディは追いつかれるか引き離すかギリギリの速度で群の一部を誘導し、十分に引き離した後、速度を緩めて小型フォース・ブラスターで一人一人の花を狙い撃つ。そしてホイールスピン。再加速。敵を一定距離、引き離したらまた狙撃を繰り返した。外れも多かったが、半分ほどのターゲットを仕留める。
 マニフィカのトライデントは暴れ馬の群の頭上の花をまとめて突き斬る。一回の攻撃で複数の敵を倒す。
 戦場は無数の赤い花びらが風に散り、正気を取り戻した人や動物達が呆然と立ち尽くす光景となった。
 空中には高速回転する赤いチューリップも舞っている。その肉厚の緑葉が刃の様に時折、ジュディやアンナのアーマーに弾かれる。アンナのレックロスには傷一つつかない。
 頭にとりつこうとする数も無数だが、いずれも例外なくヘルメットに阻まれる。
 そうこうしている内にジュディのフォース・エネルギーが射撃不能レベルにまで尽きてしまう。
 だが、これらの戦闘はあくまでも敵戦力を引き受ける陽動だった。
 空では今まさに丘を越える高度から、宝船が頂を強襲した。
 丘の上は陽動に人数を取られ、比較的手薄になっている。
 頂の小屋の前には紫のコートをまとった『丘の魔女』バレッタがいた。
 更に冒険者達の知る者がいる。
 『赤頭巾』サンドラ。
 ダンブルを含んだドワーフ達。
 いずれも頭頂に赤いチューリップを咲かせている。
「行け! 我が子株達よ!」
 一際、大きなチューリップ。はだけたコートから剥きだしになった紫の下着を晒すバレッタの呼ばわりに応え、丘を覆う赤い花全てが一斉に飛び立った。
 赤いイナゴの群が丘を覆って飛ぶ様な光景。
 葉を刃とする。無数の刃がかちあう金属音の様な響きが赤い風景全体に響く。
 赤を背景にする戦い。
 空荷の宝船は赤い雲に呑み込まれる。
 突然、バレッタの背後に『座敷わらし』ビリーが現れた。
 『神足通』による船からの瞬間移動は、バレッタの背後から剪定バサミでチューリップ親株の茎を狙う。
 だが、それを防いだ者がいた。
 サンドラの持つナイフがビリーのハサミを弾き飛ばす。
「やっぱ、同じ手は通じへんかったか!}
 ビリーの姿は現れた時と同じに突然、消える。
 瞬間、それと入れ替わる様に未来の姿が現れた。超能力によるテレポートだ。
「ブリンク・ファルコン!」
 未来は両手に構える二つの魔石のナイフを魔術で加速させた。ナイフの切れ味は鋭い。魔術によるスピードと手数の多さでサンドラと拮抗する。
 やがてナイフ戦は、未来が左手のナイフを失い、サンドラが得物を落として決着を迎える。
 その未来の背後ではダンブルがスレッジ・ハンマーを振りかぶり、渾身の一撃を加えんとしていた。安全ヘルメットさえ叩き潰しかねない威力をその太い筋肉が物語っている。
「ヘイ! ダンブル!」
 ダンブルの頭に生えたチューリップの花が『空気の魔弾』によって吹き飛んだ。丘の上までバイクを走らせ、マギジック・レボルバーを撃ったのはジュディだった。硝煙を吹き飛ばす様に魔法銃の銃口にフェイスガードを寄せ、唇で吹く。
 花を撃たれたダンブルの頭から球根が落ちる。彼の意思が戻ったらしく、一体、何故ここにいるのか、ハンマーを見つめてとまどっている。
 残りのドワーフ達も次次と花を狙い撃ちされる。
 未来は右手の魔石ナイフでバレッタに斬りかかる。彼女の方が、倒れたサンドラよりも近かったからだ。何よりも親株を倒すのを優先する。
 バレッタの紫のコートが翼の様にはためき、未来の攻撃をよけまくる。だが、頭のチューリップが重くて白兵戦は苦手らしく、高速攻撃にすぐ追いつめられる。
 制服のミニスカートが閃き、白いパンティが見えるのも構わず攻める未来のナイフは、神速でバレッタのチューリップの茎に斬りつけられた。
「待って下さぁい!」
 神速のナイフは茎を切る寸前で、神速で停止した。
 未来を止めたのは、ぽやぽや〜とした、それでいて必死なリュリュミアの声だった。
 彼女を乗せた宝船が上空から戦場までスーッと降りてきている。
 その時、タイヤを使った滑走ではなく、疾走で斜面を上ってくる者がいた。アンナだ。彼女は動きを止めたバレッタへと勢いを殺さずに走る速度のまま、体当たりする。
 二人はもつれあって地面に転がった。
「熱に弱いからそういう格好をしてるんでしょ!?」
 馬乗りになったアンナはバレッタのコートの襟を合わせて締め上げた。はだけていた紫のコートの前を完全に合わせて、肌色の面積を減らす。
 多大な配下を操る親株ともなれば、バレッタの脳にこもる熱も相当なものがあるに違いない。だから放熱の為に下着姿を晒しているのだ。熱をこもらせれば親株は脳から離れざるをえない。そう考えた。
 アンナはバレッタの顔を見た。
 だが彼女は驚きこそすれ、特に不利を覚えている風はない。
(……違うのですか?)
 アンナの脳裏にその言葉がよぎった時、自分のナイフを拾ったサンドラが彼女の背にそれを突き立てようとした。
 その手首から身体まで絡みつき、サンドラを行動不能にした物がある。
 宝船から降りてきたリュリュミアがのばした緑の蔓だった。
「待って下さいって、言ったでしょぉ」
 むくれた感じのリュリュミアの声。
「今すぐ人間から離れて下さぁい。さもないと、あまりやりたくないけどぉ『腐食循環』であなたのチューリップをしわしわにしちゃいますよぉ」
 腐食循環。リュリュミアの能力だ。植物を早く枯らし、土とする事が出来る。破壊活動は彼女の最も嫌う事。しかし、その信念を曲げてでもサンドラを救いたい。それが前にサンドラを救えなかったリュリュミアの意志だった。
「サンドラ達を解放してくれるなら、枯れるまではやりませんからぁ」その眼はうるむ。「きっと、わたし達、友達になれると思うんですぅ」
 その時、皆の注意がリュリュミア惹かれた隙にバレッタがのしかかるアンナをはねのけて、身体を起した。
 紫のコートの両すそが翼の様にはためいて、未来の魔石のナイフを弾き飛ばす。

 だが、未来の反応も素早かった。
 スカートを自分から大きくめくって白いパンティーを周囲に見せつける。
「実はもう一本あるのよ!」
 スカートの内側に隠していた三つめの魔石のナイフを抜き出し、その一閃がバレッタのチューリップの茎を捉える。
「ま、待て!」
 バレッタが座り込んで叫びを挙げた。
 今度も未来のナイフは寸前で止まった。わずかでも力をこめれば切り落とせる位置で。
「降参する! この星の人間の強さは解った! とても敵わん! この星に根づくのはあきらめる……!」
 ナイフを当てられたまま、バレッタは降参の意思を示しているのか、手のひらを未来たちに向けた。
 そして、リュリュミアに眼を向ける。
「不思議だ。お前の声は私によく届く。……もしかしたら、お前も私と同じ生き物なのか?」
 親株の声は彼女に対してのものだ。
 リュリュミアは微笑みを向ける事を返答にした。
「友達か……しかし、我我は他生命体に寄生せねば繁殖もままならない生態なのだ。私達、チュール星人はこの星を離れる。ここにいる、全ての子株をつれてだ。……親株である私が去れば、この星に残る子株も速やかに枯れよう。……また新天地を求めて、星から星への旅か……それも仕方ない。……野心なきところに成長はない。我らはいつか辿りつかん。寄生種である我らの安息の地へ」
 ナイフを当てられたままで、バレッタの頭上のチューリップが両葉を手の様に曲げ、彼女の頭から根を抜いた。
 とりつかれていたバレッタの頭には傷はない様である。眼を閉じて黙っていた。気絶しているらしい。
 この丘、見える限りのパスツール地方にいるチューリップやそれに寄生されているもの達も動きを止めた。
 チューリップの親株がプロペラの様に回転しながら宙に浮く。
 チュール星人の親株は高度を上げて、丘の上の小屋を飛び越した。
 飛ぶ。高く。
 村人やそれ以外のもの、この丘で戦っていた無数の子株もそれを追って、一斉に空へと飛び上がった。
 サンドラの頭にあった球根も離れ、飛翔する。
 凄まじい量だ。
 プロペラ状のそれらの巻き起こす風によってマニフィカや未来のスカートもめくれ上がり、激しくたなびく。
 親株を先端に、赤い嵐が輪郭があやふやな紡錘形の大きな流れとなった。
 飛ぶ、紅。
 見上げるビリーが宝船から下りてくる。
 六人の冒険者が見上げる曇天を裂いて、遥かな高空へと去っていく、さかしまの赤い流れ星。
 それは彼らが来た時と真逆の光景だったに違いない。
 轟音が遠ざかっていく。
 やがて晴天に一点の星となって、赤い色は消えた。
 こうして侵略の先手を進めていたチュール星人はオトギイズム王国から去った。
 曇天の裂け目から空が晴れ上がっていくのを見上げる未来の足元で、地面に横たえられていたバレッタが自然に眼を醒ます。
「……私は……何を……」
「意識を取り戻したみたいね」未来はバレッタに声をかける。
「空を見上げていたら赤い流れ星が……いや、チューリップが……そこから記憶が飛んで……」
「わたし達は冒険所ギルドの……正確に言えば、冒険者ギルドを通して、バレッタのお母さんから依頼を受けたのよ。流星が落ちた場所に住んでいるバレッタを助けてほしいって。……いいから、深呼吸してちょっと落ち着いた方がいいよ」
 とりつかれていた時からすっかり表情がやわらいだバレッタが、未来に言われながらゆっくりと半身を起こし、
「……! なんで私、こんな格好をしてるの!?」
 突然、はだけたコートの下は肌があらわな下着姿である自分に気づいて、バレッタが羞恥の叫びを挙げた。とっさに手で衣装の前を合わせて周囲の視線から裸身をさえぎる。
「下着姿はチューリップ野郎の趣味やったんか? としたら、けったいな趣味やな〜」
 全く隠せていない彼女のセクシーアピール。ビリーの軽口。
 放熱の為じゃなかったのか?とアンナはちょっとがっかりする。
 アンナは紫のコートの前を合わせ、留め具をかけてあげる。
 裸の丘。
 全てのチューリップが去り、丘は茶色の地肌が剥きだしになっている。
 この丘にいるパスツール地方の人達やドワーフ達、そしてサンドラ、操られていた動物も失われた記憶の空隙に捕まって、呆然としている。
 曇天が裂けて覗く青空の下、冒険者達はやりとげた笑顔になる事が出来た。

★★★
 緑の野にあった赤い色はあっという間に激減した。
 噂によるとパスツール地方中に繁茂していたチューリップは速やかに全て枯れたらしい。
 オトギイズム王国軍の出撃も中止されたという。
 そして。
「ただいま、お母さん」
 実家へ帰ってきたバレッタを母の涙が迎えた。
 母の足に治療を続けていたビリーと未来はその現場に立ち会い、こぼれ涙のご相伴にあずかった。
「いやー、ええ話やー」
「なんか、やってよかったって感じよね」
 バレッタが帰ってきた後もしばらくは治療を続けた二人だったが、一番の特効薬は母に娘がよりそう事なのではないか、ふとそんな感じを覚える。
「はいはい、ちょっとそこどいてねー」
 何故か、その家をお掃除しに通うアンナは今日も床にモップを走らせていた。とても嬉しそうに。

★★★
「うぉおおおおおおお! 私の可愛いサンドラ! 私の可愛い赤頭巾!」
「人前でやめてよね、父さん」
 屋敷の玄関で走りよる父の身体を蠱惑的な姿態で受け止めたサンドラは、困りながらの笑みをマニフィカとリュリュミアに向けた。
「サンドラって甘やかしすぎなのでないでしょうかね」
 彼女を送ってきたマニフィカのドライな態度は普段は湿潤的な環境に暮らすに似合わない。と言って、突き放したものではない。父も娘も『見守った』おおらかなものだった。
「結構、彼女もうれしいんじゃないでしょうかぁ。これを機に少しはおとなしくなってくれるといいんですけどねぇ」
 リュリュミアの感想は相変わらず、ぽわぽわしたものだった。
 パスツール地方から流れてきた噂話によると、サンドラの祖母も無事だったらしい。
 ひざまずく父親をしがみつかせた、赤いレザースーツをくいこませた白いヒップむき出しのサンドラもこれで活発すぎる性分も懲りたのではないか。そう二人が思った時、彼女が振り向く。
「あ、言っておくけど、私はこれからも冒険はやめないからね」
 その言葉にマニフィカとリュリュミアは、やれやれと顔を見合わせた。

★★★
 ドワーフ達は目当ての隕石がなかった事の憂さ晴らしを含め、冒険者ギルドの酒場で酒宴を始めていた。
 ジュディとダンブルは同じテーブルに座って向き合い、互いの盃に酌んだ『バハムート殺し』を飲み干そうとしていた。
 空の盃がテーブルに並んでいる。
 一つ。
 二つ。
 三つ。
 そして今、四つめの空の盃がお互いの前に並んだ。
 ジュディの眼は座っている。だが心地よい酔いだ。
 口と喉が痛い。
 今ならば素で炎が吐けそう、と彼女は思う。
 ダンブルの顔も赤く、眼の焦点が合わなげになってきている。
 酒場の全員が注目するこのテーブルで二人の戦いは終わらない。
「すげえや、姉ちゃん! 飲み比べでドワーフに負けないなんてよ」
 その酒は飲んでないのに、既に顔を赤くしたドワーフがジュディに声をかける。
 そして五杯めの『バハムート殺し』が注がれる。
 ……ここでジュディとダンブルの記憶は飛んでいる。
 後で聞いた話によると二人は五杯めを飲み干した後、同時にテーブルに突っ伏して寝息を立て始めたという。
 ジュディは朝にドワーフ達と別れた。
「……ハングオーバー、二日酔いがきっついデスネー」
 さわやかに別れるつもりがひどい頭痛に悩まされる事になったが、それもいい思い出になるだろう。
 後日、ドワーフ達の相互共同体から彼女が依頼した品が届いた。
 ジュディのモンスターバイクならどんな貨車車両でも牽引出来るという連結器には、こんな文字が小さく刻まれていた。
 『酒好き同士が交わした、乾杯の約束は神聖なり。友情を込めて。ダンブル』
★★★