『A FIRESTARTER』
第1回

ゲームマスター:田中ざくれろ

★★★
 それは夜空を焦がす紅蓮の炎だった。
 闇の冷気を火事の熱気が溶かしている。
 その区画は業火に包まれていた。
 町の住宅区画で、炎は渦を巻いて、暗い星空をかきむしる様な眩しい鉤爪を天へ伸ばしている。
 火炎が数数の建物を呑み込み、煌煌と夜を照らしている。今や、家家は熱い陽炎の中で立ち尽くす燃料でしかない。
 衛士や町の青年達で組織された消防隊はその灼熱の壁を前にして、何とかこれ以上の延焼を食い止めるのが精一杯。
 今、五軒の家が火災に呑まれていた。

★★★
 夜の町は発光性の深海魚が群遊する、暗黒の深海の様だった。
「あれみろよ」
「なんかへんなものがおっこちてったぜ」
 そんな声が漏れ聞こえるブレード〇ンナー的雑踏を背景に、ジュディ・バーガー(PC0032)は一杯ひっかけて上機嫌でいた。
 いつもなら冒険者ギルドの二階に陣取っているはずだが、今夜はとあるジャパネスクな屋台の前、使い込まれた木製の長椅子に腰を据え、大きな身体を屈める様に舌鼓を打っていた。
 赤提灯。お約束のラーメン&餃子セット、そこへ生ビールのジョッキを加えたトリプルコンボに大満足。
 やはり寒い季節の夜は、身体が温まる美味しい食事に限る。
「ヘイ、マスター! ネクストオーダーも超大盛りネ♪ 味濃い目のバリカタ、ニンニクましまし、アブラましましプリーズ!」
 もうラーメンも四杯目に突入だ。
 三回目の再注文を受け、屋台の店主は「二つで十分ですよ、解って下さいよ」と呆れ顔を隠さない。
「ノー、フォー! ツー、ツー、フォー!」
「二つで十分ですよ」
「アンド・ギョーザ」
「任せて下さいよ」
 観念して追加のギョーザを焼く店主を前に、ニコニコと明るく笑いながらジュディもおかわりの催促を止めない。
 その時だ。
 旺盛な食欲を存分に発揮していたジュディは、ふと違和感に気づいて立ち上がる。
 手にドンブリを抱えたまま背伸びして遠くの街並みを眺めると、数ブロック先の夜空が赤く染まっていた。
 おそらく火災だろう。
「最近、火事が多いですね」屋台の店主がギョーザを皿に並べる。「放火だという噂もありますし、物騒な事です」
 それを聞いたジュディの身体は考える前に行動していた。
 眼がシリアスな輝きを帯びる。
 熱いギョウザの皿を取り、まるで「ギョーザは飲み物!」と言わんばかりにひとまとめに口の中に放り込む。、
 喉から胃へと、一秒。
「親父、アカウンティング! 勘定ね!」
 手早く会計をすませたジュディは、屋台を後に走り出した。
 まるで正義を燃料に駆動する蒸気機関車の様に彼女は夜の町を疾走する。
 野次馬が多くなっていく、入り組んだストリート。気がつけば、親友マニフィカ・ストラサローネ(PC0034)の乗ったオート三輪に、後方から猛スピードで追い抜かれる。
 ジュディは本能的な直感に従い、その後を追いかける。

★★★
 饐(す)えた匂いが漂い、痩せた犬が死人の様に地面に座り込んだ老人によりそっている。
 ビリー・クェンデス(PC0096)は夜の貧民街をさまよっていた。
 ビリーは噂への関心で独自に調査を始めている。
 捜査のイロハは現場から。
 『マッチ売りの少女』という噂が気になり、それを調べる為に貧民街で聞き込みを行っていた。
 すると明らかになっていくのが、最貧レベルにある人間達の気の毒な生活状況だった。
 訪れた町は福の神見習いの彼にとって衝撃だった。
 ある程度は一般常識として知っていたが、社会的弱者の窮乏を肌身に感じたビリーは、強いショックを受けてしまう。
 明日の食事にありつけるかどうかも解らない人生。
 彼らこそ『救済』すべき対象ではないだろうか?
 修行中の神様見習いにとって救済とは、聖なる義務で、努力目標で、そして存在理由だ。
 不幸な人を見過ごせないが、まだまだ未熟な為、どうしても力不足を否めない。
 今の自分に彼女達の全員を救えないのだ。
 実に悩ましかった。
 珍しく落ち込んでしまったビリーは、金鶏『ランマル』に慰められながら、トボトボと夜の街角をさまよう。
 ふと遠くの騒動に気づき、何やねん?と思って自然と足が向く。
 貧民街を抜ける。
 人間をかき分けて辿り着いたのは大規模な火災現場だった。
 夜空が真っ赤に染まり、遠巻きに野次馬達が騒いでいる。
 よく見れば、怪我や疲労で座り込んでいる人達も。
 家を燃料として、巨大な火炎が現在進行形で煙と共に巻き上がっている。
 炎を上げて燃える家に向かって、子供の名を叫ぶ婦人もいる。
 ビリーは自分の使命を思い出した。
 悩んで立ち止まるより、まず眼の前で困っている人に手を差し伸べるべし。
 その為に『指圧心術』&『鍼灸セット』そして『打ち出の小槌F&D専用』を使えるのだから。

★★★
 マニフィカの乗ったオート三輪は消防隊を手伝うべく、救援活動に必要と思って購入した資材を積み、火災現場へ向かって走っていた。
 とある喫茶店で優雅なアフタヌーンティーを嗜んでいたマニフィカが、有志を募る消防隊の手書きポスターを
眼にしたのは数日前だ。
 この人魚姫の出身世界『ウォーターワールド』は海に覆い尽くされ、そもそも火災が存在しない。
 その事もあって好奇心を刺激されつつも『故事ことわざ辞典』を紐解けば、何故か『火の用心、マッチ一本火事の元』という異世界の標語が指が止まる。
「言わんとする事は理解出来ますけれど……逆にストレートすぎて解釈に迷いますわね」
 そんな彼女は天啓に導かれる様に、消防隊の為の資材購入に自腹を切った。
 オート三輪は野次馬をかきわけ、現場到着。
 スピンしそうな勢いで石畳で急ブレーキ。
 現場では消火活動で大勢の男達が忙しげに走り回っていた。
 轟轟と燃える火炎に路面の影が踊る中、ドアを開けて、車から降りる。
 輻射熱が凄い。
 近づくだけで大火傷を負いそうだ。
「Hey! マニフィカ!」
「ジュディ!?」
 マニフィカはオート三輪の後方からかけられた、思いがけない知人の声に振り返った。
 ジュディだ。
 この二人が現場にそろえば、自分達が何故ここにいるかの説明は不要だ。
 現場では揃いの防火服を羽織った臨時の消防隊が機械式ポンプを稼働させているが、消火にてこずっている。
 ジュディとマニフィカは火事現場に息子の名を呼び続ける、焼け出された母親の存在にすぐ気がついた。
「わたくしが火を消しますから、逃げ遅れた人の救出を!」
「イエス! アイル・ドゥ・イット! 任せて!」
 難しい理屈は不要。
 マニフィカの声に答えたジュディは、自分のテンガロンハットを器として『水術』で湧き出した水を頭から浴びる。
 全身を濡らしたジュディは、ジェレミー少年を助け出す為に燃える家にとびこもうとした。
「待ってくれ!」
 その背に消防隊の青年が声をかける。顔が煤で汚れている。
「もう既に一人、中へ救出の為に入ってるんだ! 赤い鎧を着て、車輪を靴に付けた少女が一人!」
「アンナですわ!」
 マニフィカは叫ぶ。彼女なら少年救出を任せても大丈夫だと思った。
 だが……。
「でも、この炎と煙で中で迷っているのかもしれませんわ」
「OK! アンナのサポートに回るワ!」
 高熱の光に踊る影。ジュディは濡らした身体に更に『ハイランダーズ・バリア』の緑光をまとい、炎の壁と化している家の中へ突入していった。
 マニフィカが見上げる火災現場は、膨大な火の粉が夜空へ舞い散っている。
 このままでは周囲の家へ飛び火するかもしれない。
 マニフィカは消火の為に水の精霊『ウネ』を呼び出した。
「出番だと思っていたわ」
 青い髪と瞳。火災現場に似合わない、涼しげな女性がマニフィカの隣に現れ、穏やかな言葉を告げた。
「お姉様、この辺りに雨を降らせて下さい。出来る限り、強く。豪雨を」
「ええ、任せなさい」
 ウネが夜空を見上げ、掌を上にした両腕をそれを抱える様にさしあげた。
 星が見えていた空がかき曇った。
 正確にはこの火災現場の上空のみが。
 すぐに礫(つぶて)の如き、大きな水滴が音を立てて激しく落ちてきた。
 豪雨。
 宙に舞う火の粉の群が、一瞬にして消え去った。
 雨滴は火災現場もその水煙の中へと呑み込んだ。
 銀の弾着。
 火勢が見る見る弱っていく。
 火災現場にいる消防隊、遠くに見守る野次馬達もその雨の洗礼を受ける。
 皮肉な事に火の熱さに耐えていた者達が、今度は冬の豪雨に濡れる冷たさに震えだす事となった。
 尤もマニフィカはそれを最初から見越していた。
 オート三輪に積んでいた資材を降ろす様に、彼女は消防隊の青年達に頼んだ。

★★★
 火に包まれた家の中。影が消えるほどの眩しい灼熱。
 悪魔の舌の様な炎が室内を、壁を天井を舐めていた。
 天井付近には黒煙がたまっている。
 酸欠の危険もある。火が酸素を急激に消費しているのだ。
 火を反射する『レッドクロス』に身を包んだアンナ・ラクシミリア(PC0046)は逃げ遅れた少年を探していた。この赤い魔法装甲は水中でも宇宙でもお構いなしだ。酸欠にも業火にも耐えている。
 滑走するローラースケートは燃えるドアを打ち破った。
 廊下に出る。
 突き当りにある、踏板が焦げた階段を上る。
「誰かいませんの!?」
 アンナは二階廊下の端のドアを開けた。
 誰もいない空の寝室だ。
 廊下を滑走し、次のドアへ。
 開ける。
 猛然とした煙が吐き出される。
 内部を覗き込むと少年がベッドの横に倒れていた。
 部屋の中でカーテンに火がついている。
「ジェレミーね!?」
 アンナは少年の傍に走りこんだ。
 上半身を自分の膝の上に起こし、彼の口に『魔法少女の天然水』のペットボトルを近づけ、清らかな冷たい水の流れを唇に触れさせる。
 その流れが口に吸い込まれる。乾いた唇が咳こんだ。気絶していた少年が息を吹き返した。
 そのまま、アンナはペットボトルの中身を少年の全身にかけた。軽い火傷がある。
 年端もいかない少年がアンナにしがみついた。恐怖があるのだろう。
「大丈夫ですわよ。外ではお母様も待っていらっしゃいますわ」
 アンナは少年の身体を抱きかかえた。
 少年が無事なのは気絶して倒れていたので、煙を吸っていなかった事もあるのだろう。
 振り向くとドアの外、廊下は眩しいほどに火が回っていた。
 火災に構わずつっきろうとも思ったが、レッドクロスを着けた自分は大丈夫だが、少年が無事ではすまないかもしれない。
 窓でも炎が舞い上がっている。
 躊躇したその時。
「ビンゴ! アンナ!」
 破壊音と共に破片が飛び散った。
 隣の部屋との壁がぶちぬかれて巨体の美女が飛び込んできた。緑色の光を身にまとっている。
「ジュディ!」
「アー・ユー・OK!? 大丈夫、アンナ!?」
 怪力のジュディの、更に火事場の馬鹿力。酸欠に平気なのもそのせいだろうか。
 アンナと少年に走り寄る。
 大柄な彼女が自分の服をめくりあげ、白い腹を剥き出しにする。『エアコン・ステッカー(空調貼紙)』を貼った彼女の服が精霊結界に包まれてひんやりと冷たい。
 ジュディがアンナから少年を受け取り、自分の腹に押しつける様にその半身に服の布地をかぶせた。
 エアコン・ステッカーの結界の涼しさ。これで少年は火事の熱から守られるはずだ。
 ジュディとアンナは眼を合わせた。
 言葉はなかったが、次の瞬間に二人がとった行動は同じだった。
 同時に二人は体当たりの威力で燃える窓を破壊し、二階から外へと空中に身を躍らせた。

★★★
 雨はみぞれになっていた。
 火災現場では消防隊の青年達が、マニフィカが用意した毛布とロケットストーブを焼け出された人達や見物人に配っていた。
 火が入った十個のドワーフ製ロケットストーブが、冷たい氷雪が降る現場の人達を温める。人間はそれぞれのストーブを囲んで集まっていた。
 火事の煙の色は黒から白へ。
 火災は鎮火に向かっていた。
 まだ火勢がある場所には、マニフィカが高圧の『水流波』で集中対応する。
 突然、燃えている家の二階の窓が内側から破裂した。
 母親がジェレミーの名を呼んでいた家だ。
 二階から飛び降りてきたのは二人の女性と、彼女達に抱えられた少年だった。
 重い着地音。
 燃える破片が降る中、ジュディとアンナは濡れた地面に着地した。着地による怪我はない。
「メディーック!!」
「また、そのボケかい? もうエエっちゅーねん!」
 スパコーン!という痛快な打撃音。現場で炊き出しを手伝っていた福の神見習いビリーが『神足通』でジュディにツッコミを入れる。『伝説のハリセン』だ。元元、痛くないハリセンだが、ジュディのバリアによってダメージは完全になくなっていた。ただ、この打撃を受けて緑光は消えた。
「その子がジェレミーかいな。ほな、こっち来るさかい、今、火傷も治したるかいな」
 ジュディの服から出てきた少年を、ビリーは治療の為に手招いた。
 しかし少年は自分の名を呼ぶ母親の方へ走っていってしまう。
「……まあ、治療は後回しで、今は感動の再会でもええか。火傷も軽いみたいやねんし」ビリーは宙に浮かんだまま、周りを眺める。現場では指圧心術と鍼灸セットによる彼の治療を大勢が受け終わっていた。
 幸い、死亡者はいない。
 ひどい火傷を負った人間も鍼灸治療が痛みを和(やわ)らげた後で、応急手当てを受けていた。
 ビリーは打ち出の小槌F&D専用による非常食提供も行っていた。やろうと思えば、この現場でも満漢全席やフランス料理フルコースを振る舞う事も出来るが、この現場ではおむすびやサンドイッチ等、手軽に食べられる物の方がふさわしい。あとは落ちつかせる為の茶やコーヒーだ。
「火事の方も何とかなったし、後もうちょっとでバンバンザイちゅーとこまでいけるな」
 みぞれ混じりの豪雨によって、火災はもう鎮火と言っていい状態だ。
 気温の寒さも味方した。
 後は消防隊のポンプ式放水で十分だろう。
「ウネ姉様」マニフィカは豪雨を降らせている水の精霊に声をかけた。「もう切り上げても大丈夫だと思いますわ」
「そうね。私も疲れてきたわ」
 ウネは手を下ろした。
 みぞれ混じりの、夜の豪雨が止む。
 火災現場に星空が戻ってきた。
 青い髪の精霊は、マニフィカの眼の前で透き通る様に姿を消した。
 遠巻きに野次馬達がまだ騒いでいる。
 怪我や疲労で地べたに座り込んでいる人達もロケットストーブの恩恵を受けていた。
 火事はほぼ完全に止んでいた。
 ただ再発火しない様に、火種が奥で燻っているかもしれないクッションの類には入念に水がかけられている。
 住宅街の火事は五件の家を焼き、鎮火した。

★★★
 姫柳未来(PC0023)は夜空を飛んでいた。
 天使の如き白い翼。今夜は制服の上にダッフルコートを羽織って、ストッキングを履き、視界の広い上空から火災現場の周辺を見渡している。怪しい動きをしている人物がいないか探っていたのだ。
 さすがに脚を剥き出しにするには今夜は寒かった。
 すると現場に不似合いな人物が確かにいた。
 それは住宅街よりも貧民街にふさわしい粗末な身なりをした少女だった。八歳ほどか。麦わら色のボサボサの長髪。バスケットを持っている。
 誰もが現場へ急ぐ野次馬の流れに逆らって、現場から遠ざかろうと走っていた。
 冷たい空気に寒かろうな姿が貧民街へと駆けていく。
 輪郭が崩れた様な建物しかない貧民街。
 地上を行く者は誰も未来に気づいていない。
 貧民街に入っていくのを見て、彼女に詰問しようと高度を落とすが。
「あ……あれ?」
 通りをまたいでかけられていた幾重もの紐にかけられた洗濯物が、未来の視界を奪った。
「夜なんだからしまっておけばいいのに……!」
 しまうのを忘れるというより、何日も風晒しに放ったままになっているボロボロのシーツがカーテンの様になっているのを、未来は手でよけながらゆっくり降下する。
「……しまったわ」
 少女を見失った。
 火事現場は信頼出来る仲間に任せて、自分は放火犯をつきとめる事にしたのだ。
 見失っては放火犯を追いかけてきた意味がない。
 未来は困った。
 まるでゴミ捨て場の様な貧民街の地面に着地する。
 大きなドブネズミが通りを走っていった。
 人の気配はない。
 こんなに寒い夜だ。外に出ている人間はいないのだ。
 少女が消えたのはここら辺りのはず。何処かの家に入っているのだろう。
 未来はコートの襟を合わせても寒い夜気に辟易しながら、迷路の様な路地を速足で歩きだした。

★★★
 煌煌としたかがり火が並ぶ通りから貧民街へと続く薄汚く狭い路地。
 髭を蓄えた上品な紳士が、若草色のワンピース姿の淑女に先導されて路地を進む。
「マッチはいりませんかぁ。一本、五千イズムですよぉ」
 彼女はそんな事を言って、バスケットの中のマッチを売っていた。
 そのマッチを買ったのがこの紳士だ。身なりは全く上等な中年男性だった。
「その年でもマッチを売っているのかね」と紳士が先を行くリュリュミア(PC0015)に話しかける。「まあいい。私に小児趣味はないからね。しかし、あなたならもっと高い物を売れるのではないかね? その、もっと直接的なものを」
 紳士の話し方は上流階級さながらだが、内容は下劣だ。。
 二人は路地の奥の突き当りへ行きついた。ゴミが積まれている。
「つるつるですよぉ」
 そう言いながらリュリュミアは紳士に向き合って、自分のスカートの裾を軽くつまんだ。
 紳士がマッチを擦り、その小さな炎と一緒に自分の顔をスカートの内側に近づけた。
 そして、すぐに。
「何だ、これは!? つるつるどころか、全く何もないではないか!? 何というか、白くつるっとしているが材質的には植物の若い茎の様な……!?」
「え、違うって言われても、リュリュミアはリュリュミアなんですけどぉ」
「もういい! 私は帰る!」
 紳士はぷんぷんに怒って、マッチを放り出すと来た路地を逆に辿って帰っていった。
「……これで六人目、とぉ」
 リュリュミアは路地の壁に、チョークで六番目の×印をつけた。
「それにしても皆、同じ反応をするのねぇ。子供達の間でこんな遊びが流行ってるって聞いたからやってみてるけど、そんなに面白くないのねぇ。風邪ひいちゃうし、そろそろ帰ろうかなぁ」
 落ちているマッチの燃えさしを拾うリュリュミア。
 ふと、眼を上げると、そこに今までなかった物が立っていた。
 『木』だ。
 一本の高い木が路地をふさぐ様に立っていた。上方では暗い緑の葉が狭い路地に押し込められる様に茂っている。
 リュリュミアはふと、懐かしい気分になった。生まれ育った故郷にあった物に似ている気がする。
「何よ、これ!?」
 木が唐突に少女の声で喋った。喋る口が何処にあるのかも解らないが。
「こいつの記憶を探ったら、何故こんな姿に変わってしまうのよ!? こいつの親しい知り合いは植物だとでもいうの!?」
 木が勝手に憤る。
 尤もその通り、リュリュミアは光合成をする植物系淑女なのだが。
「あのぉ、何かご用でしょうかぁ」
「……お前、社会に不満があるのだろう? そのマッチでパーっと世の中を……って、こんな姿で喋っても多分、情には伝わらないわっ!」
 木がゆっさゆっさと揺れる。
 リュリュミアは話が見えなくて、困ってしまった。
 その時、木の立っている向こうから、知った人物が速足でやってくるのに気づいた。
「あ、未来さん」
「え、リュリュミア」
 路地の向こう、木の幹を横から覗き込んで見えるのはダッフルコートに身を包んだ、未来だった。
 未来は何故こんな所に唐突に木が?と訝しんだ。
 リュリュミアに訊こうとまっすぐ近づく。
「チッ! しまった! 目撃者が増えると面倒だわ!」
 二人に挟まれる状況になった木が舌打ちし、その姿が一瞬で消えた。
 裏路地の木が消え、リュリュミアと未来に挟まれた位置に現れたのは身長百二十cmほどの少女だった。
 二人は容赦ない熱気を感じた。
 少女は人の形をした燃える炎そのもの。
 髪型も髪の色も肌の色も燃える炎としてなびき、瞳はその中で一層赤く輝いていた。
 リュリュミアと未来の背後に影を躍らせながら、宙に浮かんでいる。
 未来はとっさに『サイコセーバー』を抜き、光刃をのばした。
 この少女が放火と何か因縁ががあると看破したのだ。
「素直に答えて……どうして、あなたはこんな事したの?」
 未来は蜂の羽音に似た唸りをあげる精神エネルギーの剣を炎の少女に向ける。
 少女が一瞬、怯みを見せた。
 だが、すぐに鬼の様な表情で未来を気丈に睨み返した。
 その眼線はリュリュミアにも配られる。
 禍禍しさが全身より放射されている。
 一瞬、輝きが爆発したのかと思えた。
 炎の少女が、その眩しい姿を周囲の建物よりも高く上昇させたのだ。
 そして、いきなりふっと掻き消えた。
 まさしくマッチの火が吹き消される如く。
 路地には少女が消えた場所を見、やがて視線を下ろして見つめ合う未来とリュリュミアが残された。
「何なの!? 今のは!?」
「えぇーとぉ、わたしにもよくぅー……」
「っていうか、リュリュミアもここで何やってるの?」
「えぇーとぉ……」

★★★
 夜が明けた。
 風は寒い。
 完全鎮火した後の火事現場で、人人が後かたづけに奔走していた。
 燃えた物がひとまとめに集められている横で、アンナはモップを使って、清掃作業を手伝っている。
 真っ黒い地面。燃え残りの壁、柱、天井。
「……あら、これは?」
 アンナはここから燃え広がったのではないかと予想される個所の一つで、地面に小さな細く短い棒を見つけた。
 完全に炭だ。
 それは幾本ものマッチだった。
★★★