ゲームマスター:田中ざくれろ
★★★ 濃紫色の夜。 町の通りのあちこちで燈台が明明とした炎を上げている。 『モータ』の町はいつになくにぎわっていた。 様相は、オトギイズム王国各地から様様な旅人が集まってきている事を示している。 明日に行われる『大嘘つきコンテスト』はこの風景を見る限り、成功と言えそうな様子だった。勿論、アクシデントがなければ、だが。 町の酒場も盛況。大きなフロアでは町人も旅人達も同じテーブルを囲んで、酒に料理にと舌鼓を打っている。 その喧騒の中でマニフィカ・ストラサローネ(PC0034)は情報を探し、酔客の仲間入りをしていた。 彼女はこの大嘘つきコンテストに興味を持っていた。 しかし彼女自身が嘘つきコンテストに出るという選択肢はなかった。ちょっとしたトラウマがあるのだ。以前、自分がついた嘘が野火の様に広がり、皆が信じてしまったという。 そもそも、その理由とは別に冒険者家業をしばらく休業するつもりでいた。仲間達に顔を合わせるのが恥ずかしくなるとある事件があり、ほとぼりが冷めるまでは皆に会いたくなかったのだ。 ある意味、今の彼女はトラウマの集大成だった。 今夜、酔客の一部と同じテーブルに着き、多少のアルコールが入っている。 卓上のグラスの縁を指でなぞり、浜辺で物憂げにイルカの『フィル』と戯れていた数日前を思い出した。 波間に浮かぶフィルの背に半身をあずけながら、マニフィカは困った時の神頼みとばかりに『故事ことわざ辞典』を紐解いていた。 ランダムに開いたベージには『嘘から出た真』と記されていた。 そのキーワードは『酔狂スペシャル』に関連した冒険で『三首竜王グイデュールアの巫女』と虚言を弄した黒歴史を思い出させた。マニフィカは心の中で吐血するイメージを思い描く。 それがトラウマだ。あの大風呂敷を畳むのに四苦八苦したのだ。 動揺を隠せずプルプルと震える手で再び辞典をめくる。 そこには『嘘も方便』という一文。 彼女の瞳から光沢が消える。 畳みかける吐血のイメージに人魚姫の赤い眼は虚ろになる。 だが、いや待てよ、と突然、彼女の精神にポジティブの光。 これは「嘘に関わるべし」という天啓ではないのか。 悟った気がした。 偶然でなければ運命か。 最も深遠に坐す母なる海神のお導きならば、もはや是非に及ばず。 こうしてマニフィカはモータの大嘘つきコンテストの背景を探る気になったのだ。 大体、色色と怪しい話だと聞く。 何故、町長はそんなコンテストをする気になったのか。 最近、町長は心変わりしたらしいがそれはどういう事なのか。 この町で『嘘』が執拗にタブー視されていた傾向があるとはどういう意味なのか。 そして、うっすらと伝わり聞こえてくる『アレ』とは何なのか。アレとは『オオカミ少年』の話だというが、肝心のその内容が解らない。 素人探偵と化したマニフィカは、大嘘つきコンテストの会場となったモータの町で聞き込みを始めた。 必ずしも全ての住民がコンテストに賛成しているとは限らない。困惑や不満を抱えながらも沈黙している、そうした心情的な『コンテスト反対派』に接触し、言葉巧みに裏情報を入手しようとしたのだ。 こうして今、彼らと同じ酒場の大きな卓を囲んでいる。 だが、町民の話を聴きながらアルコールでいささか顔が赤いマニフィカに気がついた者が、この酒場を二人で訪れた。 ミニスカ女子高生制服の姫柳未来(PC0023)。 メイド服っぽい衣装を着た、アンナ・ラクシミリア(PC0046)。 酒場には合わない年齢の少女達だった。 「あら、マニフィカ。あなたもこの町のコンテストに参加するの?」 「こんばんはでございますわ、マニフィカさん」 思いがけず冒険者として旧知の仲の二人。トラウマの一つ、あの『闇鍋事件』を深く知る二人に出会ってしまった事でマニフィカはひどく動揺した。 念の為、仲間に会っても気づかれない様になるべくコソコソと活動していたつもりだが、やはりというか見つかってしまったのだ。 「こんばんは……でございますわ。未来さん、アンナさん……いえ、別にわたくしはコンテストに参加するとかは……ごにょごにょ……」 ばつが悪そうにしてるマニフィカと同じテーブルにアンナと未来は着き、飲み物と軽い料理をウェイトレスに注文した。 これでコンテスト反対派の町民達と彼女達は同じ大テーブルに着く事になった。 木製のマグカップと陶器製のジョッキが打ち鳴らされる音。 「マニフィカもこのコンテストが怪しいと睨んで、独自に調査に訪れたのね」未来は炭酸水で割られたグレープフルーツジュースをジョッキで飲む。彼女は外の屋台で買った料理も食べきれなかった分はトートバッグに詰め込んでいた。このコンテストは祭として十分ににぎわい、観光客目当ての流れの屋台や大道芸人も沢山、開業している。「やっぱり、嘘を前面に出した祭って珍しいものね。それでいて町の人達に、この町は今までにもこんなイベントをやってたの?って聞くと何だか口ごもるかはぐらかされるのに」 その言葉を聞いていた町民達が慌てて、眼を反らす。今、ここにいる町人も同じなのだ。コンテスト反対派、と名乗っていても、何故、反対なのか?というのには明言を避ける。 「私は嘘はよくないもの、と幼少時より教えられて育ってきました。こんなコンテストなんて遊びだと解ってていても抵抗があるというか、そもそも思いつきませんわ」とアンナが飲むのは、純度百%のオレンジジュース。「このコンテストは怪しいですわ。陰謀の予感がしますの。町の人に、町興しとしてこのイベントは『あり』なのか、こんなコンテストを突然、思いつく町長は前からこういう人だったのか、過去に何かこれに関わる様な大きな事故や事件はなかったかを町民に訊いて回ってるのですわ」 二人の言葉を聞きながらマニフィカのワインは進む。まさか、今更、話題が闇鍋事件の方へ切り替わるとは思っていないが、その事実を知る二人と卓を囲んでいると気が気でなかった。 (お酒でも飲まなきゃ、やってられませんですわ!) それがマニフィカの現状での本音だった。 「でね、どうもこの町に『サイモン』という名のデザイナーが引っ越してきた頃から、町長の性格が変わってきたんじゃないか、という話があるのよ」 未来は大皿の上のスパゲッティの山から、自分の分を皿に小分けしながらマニフィカに語った。 「どうもサイモンという男は黒魔術系デザイナーらしいのですわ」と大皿のミートボールに手を出しながらアンナ。 オトギイズム王国はデザインが支配する世界。デザイナーという域まで達した者達が作り上げるそれらしいデザインはそれらしさを具体化して発現する。強そうなデザインのものは強く、空を飛びそうなデザインのものは空を飛ぶ。 「町長とサイモンは確かな交流があるのよ」と未来。 「でも何故、町長が嘘つきコンテストを開こうとしたか、についての詳しい事は解りませんわ」アンナはフォークでミートボールを皿へ運ぶ。「一説にはサイモンが焚きつけたなんて話もありますけれど、噂の域を出ませんわ」 町長は昔と変わって『話せる男』になったという評価がある。 それにはサイモンというデザイナーが関わっているのか。 「特に解らないのがこの町の『アレ』ね」と未来はドリンクを飲み干す。「オオカミ少年の話だっていうのは大雑把に知れるんですけど、それ以上、その話題に深く踏み入ろうとすると皆、口をつぐむのよ。中には怒り出す人もいたわ」 その言葉を機に、町民達の何人かがテーブルを離れた。 まるで自分達の存在を忘れない様に、という感じで空咳を打つもいる。 「そういえば、わたくし、さっきリュリュミアに会いましたわね」アンナはふと思い出した話題へと切り替えた。「彼女もこのコンテストに来てますの。リュリュミアは『わたし、このコンテストに参加しようと思ってるんだけどぉ、一体、何を話したらいいのかしらぁ』なんて言ってたから『自己紹介すればいいのですよ。自分の語りたい事を語りたい様に語ったら?』とアドバイスしておきましたけど」 リュリュミア(PC0015)もこのモータに来ているらしい。どういうコンテストかを理解せずに参加しようというのはいかにもぽやぽや〜とした彼女らしい。 「で?」 そう訊いたのはマニフィカだった。 二人の話を聞きながら、飲むワインの量を増やした今は空瓶が三本ほどテーブルに転がっていた。 顔が赤い。 眼が座っている。 いつもの高貴なご令嬢である彼女からは想像のつかない姿だった。 「……お酒でも飲まなきゃ、やってられませんですわ!」 今度ははっきりと自分の思いを口に出した。 「で?って言われても……」 「わたくし達は情報収集の結果を話しているだけでございますわ」 何やら奇妙な風向きになった事にアンナと未来は戸惑っている。 完全にアルコール漬けとなったマニフィカ。吐息にワインの匂いがする。 「……何よ、皆して嘘が悪いだの、町長が悪いだの、噂を収拾するだの、あの話はタブーだの! 皆、タブーが好きなんでしょ!? わざと話を遠ざけてあの闇鍋での事を喋らない様にしてますけど、皆、本当はあの時の事を酒の肴と話の種にして、楽しみたいんでしょ!? いいわよ! ならばタブーはなしですのよ! ありのままのわたくしのありのままの姿を見て、存分に語るとよろしいですわッ!」 マニフィカは完全に酔っていた。 古代ローマ風の貫頭衣に手をかけ、その下の肢体を惜しげもなくさらけだそうとする彼女の行為に、アンナと未来は慌ててテーブルの上に押さえ込む。 今、はっきりと解った事実があった。 マニフィカには隠れていた性格がある。 酒乱だ。 服を脱ぎ捨てようとするマニフィカ。 それこそ水を得た人魚の様にぴちぴちと跳ねる彼女を押さえ込もうとする未来とアンナは、並みでない苦労をする事になった。 酒場はこの卓を中心にいっそう騒がしくなり、明日に控えたコンテストもかくやという混沌となる。 夜が更けていく。 月の前を細い雲が行きすぎる。 この雲量から見るに明日はきっと晴天だろう。 のどかな春の一日になるはずだ。 ★★★ 比較的高地のモータの頭上を、雲が影を落としながら行きすぎる。 コンテスト当日は予想された通りののどかな春の一日だった。 大嘘つきコンテストは思いがけないほどの盛況となっていた。 モータ町中央の広場に新品の演説台が据えつけられていた。 木を組んで作られた演説台は高さ二メートルほどだ。階段を昇る様に出来ている。 その演説台の前に集まっているのは何百人もの聴衆だ。 参加者の方は二十人ほどだ。演説台の後ろに集まっている。 広場の一方には大テントが張られ、町長や長老らしき人間が並んで座っている。 陽が高くなり、町長が演説台の上に昇って宣言した。 「これよりモータの大嘘つきコンテストを開催する!」 ここにいる全員が沸いた。 「想像の限りのとっても大きな嘘をつき、その面白さ、奇想天外さを競ってもらう! その評価を決めるのはここいる聴衆の方方の歓声、拍手の大きさだ! 優勝者には物凄く珍しい酒『バハムート殺し』一樽を献上しよう! 嘘のテーマは『実は私は〇〇なんです!』だ! では、最初の方から張り切ってどうぞ!」 そう言って、町長は階段を昇ってきた参加者の男に場を譲って、台を降りる。 町長は持っていたメガホンらしき物を最初の参加者に手渡した。 その手持ち拡声器は怪しげにも見える機械だった。何というかファンシーというか、嘘っぽいおもちゃの様なデザインだ。 ハンディ・マイクロフォン。第一の参加者はそれを手に持って口の前にかざし、ラッパ状の拡声部分を聴衆に向ける。 何倍にも増幅された参加者の男の声が広場全体に響いた。 「実は、俺は『ヌラヌラネトネトのびちぢみ人間』だーっ!!」 男の声と共に、景気づけらしい幾つものシャボン玉がブワーッと拡声部分から飛び出した。 シャボン玉が風に乗って拡散していくのと引き換えに、現場の寒さがモータの聴衆がいる広場に降り立った。そして静寂が支配する。 「……あれ? ウケなかった?」 最初のチャレンジャーがそう呟いたのをきっかけに、聴衆から拡声器に負けじとするほどのブーイングが一斉に響き渡った。 男の嘘はあまりにもシュールすぎた。シュールすぎて意味不明で刹那的で面白くなく、話を掘り下げる余地もない。 「それがどうしたーッ!」 「なら、のびちぢみしてみろー!」 怒りにも似た野次が聴衆から飛ぶ。 ここで自分で自分にフォローを入れられるセンスがあればよかったのだろうが、それすらなかった男はブーイングを受けながら申し訳なそうに演説台から退散した。聴衆に物を投げつけるほどのマナーの悪さがなかった事が、この男の救いだった。 男が演説台の階段から降りるのと入れ替わる様に、ジュディ・バーガー(PC0032)は彼の手から拡声器を受け取った。 「これはただのシンプル・ライ・センス、ウケ狙いは通用しそうにないわネ。いいいでショウ。本物のトール・テイル、大ボラ話というのを披露してアゲまショウ」 ジュディは階段を軋ませながら、演説台を昇った。 すっくと立った彼女の長身で、まず聴衆のブーイングが気圧される様に止んだ。 このコンテストの賞品が『バハムート殺し』だと聴いた時からジュディの態度に迷いはない。 彼女は拡声器を口に当てた。 「バハムート殺しがこのコンテストの賞品と聴き、このジュディこそそれにビーフィッティング、ふさわしいと確信しマシタ! ビコーズ、何故ならばこのジュディの正体こそ……」しばらく言葉を溜める。「実は大昔にバハムート、それ自身だったからでありマス!」 拡声器からシャボン玉が飛び、ほおおおぅ!という一斉の叫びが観衆から挙がった。その叫びは轟きの様。体格の大きなジュディが語ったという事が、その大嘘に真実味を与えていた。 「今ではこんなにも身体がスモール、小さくなったけど、かつては巨大なバハムートとしてこの大地を支えていマシタ。鼻の頭が痒くなり、ちょっと身じろぎしたらコンチネル、大陸が海に沈んでしまった事も……」 次から次への彼女の嘘に、聴衆は色めき立った。 「元元、海は水浴び用に掘った穴だった……」「海を尾っぽで叩いたら大飛沫が上がって、雲になり大洪水が起きて大雨が降った……」という調子でスケールが大きすぎるホラを吹く。「ちなみにお酒が大好きで、ある時、とても強い酒にソー・ハード・ドランクン、酔いしれてしまって、大地の重みに押し潰されてしまった事がありマス。……それが理由で、その強い酒は『バハムート殺し』と呼ばれる様になったのデース!」 まさに今回の賞品は、自分にとって因縁が深い、という最後のオチまで持ってくる。 演説台の上でシャボン玉と一緒にホラを噴き上げまくるジュディを最後に迎えたのは、聴衆全員の万雷の如き笑い声と拍手だった。 「イピカイエー!」 勝ち誇った叫びをジュディは挙げた。 ★★★ 続いて、褐色の肌色を持つ小さな子供は拡声器を受け取った。 「まいど!」 ビリー・クェンデス(PC0096)は、拡声器で聴衆全員に愛想とシャボン玉ををふりまいた。 スーッと息を胸に吸い込むとありったけの大声で拡声器に声を吹き込んだ。 「はい、どーも! ……実はボクの正体は『嘘を司る神様の代理人』なんやで!」 演説台の上のビリーはいきなり一発かました。 「ボクは嘘つきの守護神……まあ、その代理人ちゅうヤツですわ。つまりや、全ての嘘を許す権限も持ってますねん。ぶっちゃけるとな、実はコンテストの開催もボクが許可したんやで? みなで大嘘つき達を祝福しようやないか。ホンマおもろい思うたら、ぎょーさん拍手を頼んまっせ。笑う門には福来る。ほな、うんと気張んなはれ!」 ビリーは福の神見習いだ。 ほんの少しだけ真実を加える事が上手に嘘をつく基本テクニック。彼は神様見習いである自分の経験を嘘紹介に混ぜて話に真実味を持たせていた。 まるでスタンディング・コメディアンの如く、話術でいかにも嘘の神っぽく聴衆を惹きつける。 シャボン玉が楽しげに空中へ飛んでいく。 「あ、そうそう。今日の日課を忘れるとこやったわ」 ビリーはそう言うと『打ち出の小槌F&D専用』を取り出し、ウィスキー・ボンボンの様に中にブランデーが入ったキャンディを山ほど出した。 「あ、よいしょー!」 掛け声と共にアメちゃんをまとめて右の聴衆へと放り投げる。 「あ、こらしょー」 今度は左の聴衆へ。 散らばったアメちゃんを聴衆は手を伸ばして取ろうとする。 「あ、ハイハイ。ちょっと待っててや」 ビリーは手に残った全てのアメちゃんを、十分なピッチングフォームを溜めてからアンダースローで中央の聴衆深くへと放り投げた。 中央の聴衆は我先にとそのアメちゃんを受け捕ろうと騒然となる。 「ナイスキャッチ!」 ゲッツ!のポーズを決めたビリーに、演説台の下のジュディは話しかける。 「一体、何にキャンディを投げたのデスカ?」 「……ニシキゴイですわ」 両手を額にかざして聴衆を観察するビリーは、そうジュディに答えた。 んなわけないやん、という顔のジュディだが、ビリーはやりきった満足げな表情を見せていた。 とりあえずビリーの嘘は聴衆を満足させ、場は十分以上に温まった。 後に続くチャレンジャーもやりやすくなったはずだった。 ★★★ 俺はどんぶり飯を五百杯食えるだとか、十メートルのワニをポケットに入れて飼っているだとか、伸ばそうと思えば舌が五十メートルまで伸びるとか、ダイヤ二百個の入った財布を拾って一つもネコババせずに持ち主の老婦人に返しただとか、次次に善良な嘘つき達が演説台でホラとシャボン玉を吹き、とうとう最後のリュリュミアまで番が回ってきた。 緑色の彼女は演説台の上で拡声器を皆に向け、幾つものシャボン玉を吹き出した。 「何だかよく解らないけど、自己紹介しますぅ。……リュリュミアは、庭師ですぅ。リュリュミアのいた所は、沈まないお陽様と、枯れない泉と、見渡す限りの野原があってぇ、リュリュミアは毎日そこで、お花を育てたり、お昼寝したりしてたんですぅ。ある日、野原に穴が空いていて、覗いてたらうっかり落っこちちゃったんですぅ。それで、気がついたらこっちに来てたんですぅ。育ててたお花がどうなったかちょっと心配だけど、こっちは美味しい物がいっぱいあっていいですねぇ。向こうでは『こーごーせー』ばかりしてたから色色と美味しい物が食べられて嬉しいですぅ」 演説台上のリュリュミアの発言を聴いていた観衆が、静かにざわついた。 ……これは嘘なのか。 単なる自己紹介だという事を彼女は冒頭に述べている。 という事はただの自己紹介の風を装った嘘なのか。 もしかしたら彼女は真贋確かめ難い、物凄く高度なテクニックの嘘をついているのだろうか。 単に天然なだけという感も否めないが。 「ご静聴ありがとうございましたぁ」 リュリュミアは最後に礼を述べると、演説台を降り、待っていた町長に拡声器を渡した。 え、オチはないの?と肩透かしを食らった聴衆の頭上を、青空のシャボン玉が風に吹かれて流れていった。 ★★★ コンテスト参加者の全ての演目が終わった。 ほとんどがやり遂げた顔をしている。 後は町長からの結果を待つだけだ。 「えー……皆さんのハイレベルな嘘によってコンテストは無事に盛り上がり、全ては終了しました。私としては参加者全員を優勝させたいのですが、それは出来ません。よって、優勝者を一人、決めなければなりません」 町長が演説台に立ち、参加者と聴衆に大声で意を伝えていた。あの拡声器は使っていない。 参加者は前後二列に並んで、町長の話を聴いていた。 「聴衆の皆さんの反応を見ていて、ほぼ満場一致で優勝者は決まりました。……では、栄えある優勝者、賞品のバハムート殺し一樽を受け取るのは……!」 その瞬間、参加者の列に並んでいたリュリュミアの真下の地面に穴が空いた。 「あれぇ」 彼女は重力のままに、その穴の中にまっすぐ立った姿勢で落ちていった。 参加者も聴衆も、あまりに突然の出来事に驚くのが遅れてしまった。 慌ててジュディとビリーが穴に駆け寄る。 聴衆達の中にいたマニフィカ、未来、アンナもリュリュミアの危機に駆けつける。 まさか優勝者が穴に落ちるという演出ではあるまい。 皆、一斉に穴を覗き込むが、陽光が届かないほど中は深く、リュリュミアの姿は何処にも見えない。 その時、周囲のコンテスト参加者から驚きの叫びが届き始めた。 「うわー! 俺の舌がー!?」 「あー! 身体がヌラヌラネトネトのびちぢみするー!?」 その他にも様様な悲鳴がコンテスト参加者達から挙がる。 そして、その影響はビリーにも現れた。 「わー! ボクの身体がー!?」 ビリーの外見が見る見る内に変身し始めた。 その身体が金色の濃い巻き毛に覆われ始めた。肌から体毛が生えているのではない。着ている服ごと、黄金の羊へと変化していくのだ。 変身はあっという間に終わり、ビリーは二本足で立つ黄金色の羊になった。 「解ったで!」羊のビリーは叫んだ。「ボクがこの大嘘つきコンテストを企画したんや! 狼の群に皆殺しにされた羊達の魂全部が、突然変異的に知能が高かったボクの魂と融合し、悪霊になったんや! そして町長に憑依して、黒魔術デザイナーのサイモンと組んで、世界を混沌に変える復讐を開始した! サイモンは死んだピーターという大嘘つきの羊飼いの少年の舌を部品に使って、発した嘘を真実に変える魔法の拡声器を作り上げたんや! サイモンと羊の悪霊であるボクの最終目的はこの世界でつかれている様様な嘘を真実に変えて広めて、オトギイズム王国を大混乱の混沌に陥れる事や! 全ては混沌の神に捧げる為に!」 突然『思い出した』ビリーの告白をよそに、ジュディの姿も変わり始めた。 「ホワット!?」 幾重に像が重なった様になったジュディの身体、元元長身だったその肢体が更に巨大な姿へと変貌し始めた。 人の姿が崩れ、その体積があっという間に膨大になっていく。 演説台はあっさり潰れた。 聴衆やコンテスト参加者がその身体の下敷きにならない様に全速力で逃げだした。町長も何処かへ逃げる。 彼女の姿は広場一杯に広がり、周囲に建っていた家にもたれかからざるをえなかった。 最終的にジュディの大きさは、長い首と尾を含めると百メートルもの全長になった。 白金色の肌理細やかな鱗が全身を覆う。姿態をくねらせると光の反射は青や金色の陰りに生む。 背にはヒレの様な翼、もしくは翼の様なヒレと形容出来る、細い骨組みに支えられた一対の薄い膜が広がっている。 まるでドラゴンと巨大な古代魚を融合させた様な美しい姿。 このコンテストで、ジュディのついたホラ話を憶えていた皆にはその正体が容易に推測出来た。 「ホワット・アム・アイ、コレは……」 長く裂けた口からジュディの声が漏れる。幾重ものひだをまとった身体が重い。 巨大なプラチナドラゴン。 その種にしてはサイズこそ小さいが、これは確かに『バハムート』なのだろう。 ★★★ ポイっ! 本当にそんな感じでリュリュミアの身体は音もなく宙に放り出された。 穴に落ちる時は足からだったが、穴から出てくる時もやはり足先から。 まるで逆立ちをする様に逆さまに穴から出てきたのだ。落ちるのと全く逆の感覚だった。 穴から出た勢いである程度まで宙に浮かんだが、重力に引かれてすぐに地面に落ちた。 立ち上がる。 ここは平原だった。遠くに森があり、茶色い地面が剥き出しになって多少の灌木の繁みがあちこちに散在している。 「ここは何処なんでしょぉ?」と見覚えのない場所に立って周囲を見渡しながらリュリュミアはまず考えた。 そう考えても彼女は自分の記憶に大きな空白があるのに気がつかない。 自分の名前はリュリュミアだ。それは解る。 自分は庭師だ、 自分は沈まない太陽と、枯れない泉と、見渡す限りの野原がある世界で、毎日そこで、花を育てたり、シェスタをしながら過ごしていた。 それがついさっき(と思ったが時間感覚に確信はない)野原に穴が空いているのに気づいて、覗いていたら、うっかり落ちてしまったのだ。 そして、この見知らぬ場所に放り出された。 ここはそれまでいた自分の世界と違う場所だろう、というのは何となく解った。 初めての場所だった、とリュリュミアは思った。 彼女は気づかない。 この『オトギイズム王国』ですごした記憶がすっかりなくなってしまっている事に。 ここでの日常。 ここで繰り広げた冒険や事件の解決。 一緒に過ごした冒険者仲間やと友人知人の事をすっかり忘れている。 忘れた事さえ思い出せないほどにだ。 リュリュミアは初めての場所でまず途方に暮れた。 太陽は空高く、午後の位置にある。 春風が頬を撫ですぎていく。 「……えーとぉ、どうしようかしらぁ」 そう口に出した時、リュリュミアは風に吹かれて、幾つものシャボン玉が漂ってくるのに気づいた。 それを見守っていると、シャボン玉が茶色い地面に触れて弾け、代わりに地面から幾つも緑の草が生えてきた。 その葉は地面に広がり、まっすぐな茎に黄色い花をつける。 セイヨウタンポポだ。 植物についてはリュリュミアには確実な知識があった。 タンポポの花花は風に揺れるとまるで囁く様な音を発した。 『ジュディはバハムート♪ 大地を支える巨大な怪物♪』 『ビリーは嘘つきの守護者♪ 大嘘つきコンテストを考えた張本人♪』 『リュリュミアは穴に落ちた♪ 穴に落ちて初めてこの世界へやってきた♪』 その後も人の名前とそれを説明する言葉が連呼された。 黄色い花は歌う様に風に揺れた。 やがて、リュリュミアが見守る内に、黄色いタンポポの何本かはあっという間に白い綿毛の塊へと姿を変じた。 そして春風に乗って、無数の白い綿毛として散っていく。 のどかな温かい風。 リュリュミアは、ポカポカとした春の光景を今、ただ静かに見送った。 ★★★ |