ゲームマスター:田中ざくれろ
★★★ 濃紫の夏の夜。 城で開かれる大舞踏会の当日だ。 王都『パルテノン』の冒険者ギルド。その地下への階段を降りる地下酒場には甘く軽い眩暈(めまい)を起こす様な香が立ち込め、十分であるはずのシャンデリアの光量を感覚的に薄暗いものに変えていた。 雑多な大勢の酔客がいる。 天井が低く思えた。 ある者は安い酒を持ちながらカウンターへ寄りかかり、ある美女は裸身にタコを巻きつけたかの様な衣装でソファに寝そべり、ある男達は凶悪な釘棘だらけの皮鎧でテーブルを囲んで乾杯している。 テーブルについて、それらの相手をする非人間種族のセクシーなホスト、ホステス。 この酒場を質がいいと感じるか、悪いと感じるかは人格次第。 その舞台中央には天井まで伸びた一本のポールがあり、それに身を絡める如く、一人の若い裸女が踊っていた。 一段高くなったステージ。薄暗い酒場の中央、酒宴のテーブルと散在する椅子に囲まれて、ピンク色のスポットライトに照らされた舞台がある。 その中央にあるピンクの照明に染まった小舞台。 舞台下の楽団がジャズに似た悩ましく激しい音楽を鳴らし、その隣に並んだ照明係が光量の強いカンテラを当てる。 軟体動物の様にぬるりと動く、全裸の女性の姿態。いや全裸ではない。大事な局部はかろうじてアクセサリーがあてがわれている。かろうじて、だが。 彼女が履いた『毛皮のシューズ』のみが唯一の『衣』だ。 数多の視線の中央で踊っているのが『シンデレラ・アーバーグ』という名の若い踊り子だ。 伸ばせば手が届く距離にいる。そのせいで観客の中には視線だけではなく、悩ましい桃色の肌に思わず手を伸ばしてしまう者がいる。 「ヘイ・ユー! ダンサーにタッチするのはNGネ。ドゥー・ユー・アンダスターン? 」 そんな男達(男に限らないが)の背後で握った手指の関節をポキポキと鳴らす者がいる。 振り返った酔客は戦慄する。 頭上の長耳を入れれば天井に届いてしまう身長の、引き締まった身体の黒いバニーガールの怖い笑顔。 ジュディ・バーガー(PC0032)。 首にニシキヘビを巻きつかせた彼女はただ今、バニー・ウェイトレス兼用心棒として冒険者地下酒場で絶賛勤務中だった。酒場の用心棒に急遽の欠員が生じ、ピンチヒッターを頼まれたのだが、巨人用のバニースーツを着た姿は意外とこの場所に似合っていた。 ポキポキと指を鳴らし、ちょっかいを出そうとした酔客に睨みを効かせる。 口頭の警告が通じない相手は、ひょいと猫の子みたく首根っこを掴んで裏口から放り出す。 怪力を活かした調子は、手馴れたものだ。 トラブルを未然に防ぐその働きざまは、この地下酒場の女性従業員から好評だった。 踊り子も自分の見せ場に専念出来る。 と、ふとダンスを見る客達のテンションが一気に張りつめた。 ジュディが気づくと、それまでシンデレラ一人だった舞台の上にもう一人の踊り子が上がっていた。 いかにも女性的な身をピンクに染めて踊っているのはジュディがよく知る者だった。 「え、リュリュミア?」 ジュディはすぐに彼女が自分の知人であるリュリュミア(PC0015)だと解った。 乳白色の裸身を桃に染め、ゆらりゆらりと柳が風に揺れる様に独特のダンスを音楽にのせている。 勿論、本物のダンサー、シンデレラにとっては予想外の事だったろうが、彼女はその飛び入りを何の難儀もなく受け入れ、最初からのコンビネーションの様に受け入れていた。 ピンク色の二人の裸身が絡み合う。 観客にとっては踊り子が二人に増えたのは、楽しみが二倍になった喜びにすぎなかった。 囃し立てる拍手が倍の激しさとなり、ダンスのリズムが高調していく。 しかし見張っていたはずなのにいつ舞台に上がっていったのだろうと、ジュディは彼女の行動の読めなさにあらためて感嘆した。 リュリュミアは特にダンスが得意というわけではない。 しかし、その『不思議な踊り』は独特だった。 いつもは身につけている若草色のワンピースを脱ぎ、白い裸身をピンクの照明に染めている。だが帽子は今もかぶっていた。裸身に顔の上半分を隠す幅広の帽子のみで踊っている。女性にとって極めてナイーブな個所も極めてピンポイントに裸身に重なった花びらに隠されている。 シンデレラの舞いはある時はポールに脚を絡ませ、ある時は床に寝そべる。彼女とは対照的にリュリュミアはほぼ立ち姿のまま、曲のメロディに身を任せ、ゆぅらゆぅら〜とした動きで手足を揺らす。 と、観ていた酔客達はリュリュミアの舞踊が何かしらかの眼の錯覚に思えてきた。 その波打つ手足が関節とは全然違う場所で折れ曲がっている事に気づいたのだ。 リュリュミアの身体は非常に柔らかかった。何せ、動く植物と言っていい彼女には骨がないのだ。風に吹かれる様にその全身が波打つ様子にはあたかもМPが吸い取られそうなシュールさがあった。 リュリュミアのダンスを受け入れるのにどうすれいいのか?と客が戸惑い始めた時、二人の裸身舞踏はクライマックスを迎えた。 より一層眩しく輝いた照明と同時にシンデレラがVの字に脚と指を開いた瞬間、舞台は暗転する。 シンデレラとリュリュミアは舞台に散らばっていた衣装を拾い集め、速やかに舞台を去った。観客達の拍手の中、暗い舞台からシンデレラ達が去り、舞台裏の楽屋へ行く通路で、次に踊る踊り子とすれ違うのだ。 リュリュミアはぽやぽや〜とシンデレラの後を追う。 再び眩い照明が舞台を照らした時、舞台上には新しい踊り子がスタンバイしている。 ジュディはそれを機に、着替えと荷物が置いてある用心棒用の控室へと向かった。 ★★★ 「パルテノンは夜も明るいのでぇ、遅くまで出歩いて美味しい物を食べ歩いてたんだけどぉ、滅多に入った事がないギルドの地下酒場まで来たらぁ、楽しそうなのでリュリュミアも踊る事にしましたぁ」 化粧の匂い。裸同然の踊り子達が共同で使っている大きな楽屋。 控え中の踊り子達の好奇の眼にさらされながら、リュリュミアは若草色のワンピースを身につける。 「言っておくけど、賃金は出せませんよ」 踊り子の中でも年配の者がリュリュミアにさりげなく言うが、当の彼女はそんな事ははなから気にしていなかった。 シンデレラが壁に面したスツールの一つに腰を掛ける。 楽屋の姿見には写る姿に影を落とさない様に照明に工夫がしてあった。 まだシンデレラはダンス用の装身具も外さず、裸とほぼ変わらない。 「王子様と踊りたいんだって? わたしが連れていってあげるよ!」 鏡を見ながらメイクを落とそうとしていたシンデレラに、突然JK姫柳未来(PC0023)が後ろから声をかけた。 未来は未成年だ。 飲食店を兼ねている二階酒場ならともかく、こんな地下酒場はご法度なはずなのだったが、最近、ついに好奇心に負けてしまっていた。 最初は毒魚が舞う深海の如き地下酒場の雰囲気に抵抗があったが、慣れというのは恐ろしいもので、今ではガラの悪いゴロツキ共にも、扇情的な女性達の踊りにも、すっかりなじんでしまっている。 というわけで、いつも利用している絡んでくるゴロツキを蹴ったり、ステージを眺めながら食事をしている内に、すっかりシンデレラが裸で舞う姿に見慣れてしまい、今や楽屋にも自然に出入りする様になっていた。 そんな日日の中で「踊り子シンデレラが王子様の舞踏会に出たがっている」という噂を聞き、未来は彼女のその健気な夢を叶えてあげたいとふと思ったのだ。 「未来さん、舞踏会は駄目よ。あたし、そんな器量じゃないから」 「そんな事ないよ。そのメイクで十分、奇麗よ」 「馬車もドレスもないのにどうやって王城へ行くつもりですか?」 「それはわたしの超能力で」 自信満満に答えた未来が、楽屋中の踊り子達に微妙な視線で見つめられた時。 「ちょっと待って下さい。未来さん」 「その任はジュディ達にお任せ、ネ」 涼やかな声と凛凛しい声。 振り向いた踊り子達の視線が惚けた様にその声の主に集まる。 いつのまにか、楽屋には二服の清涼剤が投下されていた。 白い礼服で男装したマニフィカ・ストラサローネ(PC0034)。超ロングストレートの銀髪をサラブレッドテールに束ね、各方面から賜った名誉の証としてその胸に『デザートローズ』と『海の勇者の勲章』を飾っている。 黒い燕尾服で男装したジュディも、同じ様に名誉の証『サンクチュアリ大勲章』と『海の勇者の勲章』を胸に飾っている。 タカラヅカの世界から抜け出した様な二人の麗人に、楽屋内の女性全員の眼がハート型になる。 この風俗に全く違和感を与えまくる二人は、脱ぎ捨てられた衣装等が床に散らばる楽屋の中をシンデレラの所まで歩み寄ると、マニフィカが腕にかけていたたっぷりした布地を彼女へと手渡そうとした。 「さあ」 その時、未来は二人の意図に気づき、床に置かれていた大きなマントを拾い上げた。そしてマニフィカの手にしている布地を奪う。 「いい、シンデレラ?」 未来は裸同然のシンデレラに頭上から銀ラメのマントをかぶせる。彼女の姿は布地に覆われて見えなくなる。 「ワン! ツー! ……スリー!!」 秒読みと共に未来のかぶせたマントは取り払われ、彼女が手にしていた布地も消えていた。 そこにいたのはマニフィカの用意したイブニングドレスに一瞬で着替えていたシンデレラの姿だった。 「わぁ。お似合だわねぇ」 その姿を見たリュリュミアは感嘆を述べた。 「これがあたし……」 鏡を見ながらシンデレラがイブニングドレスの裾をひるがえして一回転する。金粉が舞い散る感じがある。 楽屋の中は踊り子達の素直な賛美と嫉妬が入り混じった感情で満たされた。 「これで舞踏会に行く支度が出来ましたね」マニフィカは自分に送られた舞踏会の招待状を指に挟んでいる。プリンセスである彼女にも紹介状が送られていたのだ。 彼女はシンデレラのブロンドの髪に『珊瑚のかんざし』を差し『ムーンストーンのネックレス』をかける。 安っぽいダンス衣装など比べ物にならない真の美がシンデレラを本当に美しく飾った。 「でも、後、せめて馬車がないと……」 「そういう事なら、リーブ・イット・トゥ・ミー、ジュディに任せてクダサイ!」 ジュディは白手袋をつけた手でシンデレラをエスコートしながら笑った。 ★★★ そもそもマニフィカが舞踏会の招待状を手に入れたのは数日前の午後だった。 冒険者ギルド二階のサロンでまったりとアフタヌーンティーを嗜むマニフィカに、一通の手紙が届いた。 「差出人は……ハートノエース・トンデモハット……第一王子?」 封蝋に家紋が押してあり、開封すると舞踏会の招待状が入っていた。 本物だ。 マニフィカは戸惑った。 過去にパッカード・トンデモハット国王やバラサカセル第二王子、そしてトゥーランドット姫と縁を持つ機会があったが、第一王子とは面識がない。 何故、自分が招待されたのか。 おそらく異世界の人魚という存在自体が珍しいのだろう。それが人魚の王族ともなれば尚更である。 すると自分は見世物の珍獣扱いとしてお眼にとまったのか。 ふと、行く道に不安がある時の道標となっている、お約束の『故事ことわざ辞典』を紐解いてみる。 すると眼に入ったのは「酒は飲んでも飲まれるな」と注意文だった。 以前の『モータ』の町や闇鍋騒動でさらしたアルコール絡みの醜態がフラッシュバックし、マニフィカは思わず精神的に吐血。 プルプルと震えながら、指に力を込めてもう一度、本を開くと、そこには「旅は道連れ、世は情け」という文言が記されていた。 それらの解釈が何を指し示しているのかがはっきりせず、解りにくい出来事として舞踏会当日の今日まで半ば招待状を遠ざけて忘れかけていた。 ところが、何処から話を聞きつけたのか、友人のジュディが現れ、今夜舞踏会に連れていってほしいと頼まれた。 彼女が言うにはもう一人の同行者、踊り子のシンデレラ嬢に協力するという。 シンプルな性格だけど懐の広いジュディは、地下酒場の用心棒をしている内にすっかりシンデレラとも打ち解けた。 ヌードダンスも極めれば芸術になる。それくらいシンデレラ嬢の踊りは素晴らしい完成度だと賞賛を惜しまなかった。 しばらくして彼女がハートノエース王子の前で踊ってみたいという雑談があり、それならばと一肌脱ぐ事に。 丁度、マニフィカが王子主催の舞踏会に招待されたという事を風の噂に聞き、頼み込んでシンデレラ嬢と同行させてもらおうとしているのだ。 ジュディが頼みに来た事でマニフィカの脳裏に全ての点が線でつながった気がする。 「旅は道連れ、世は情け」 ああ、なるほど、あれはこの事を示していたのかと納得。 マニフィカはあっさりと二人の同行を承諾する。 珍獣扱い? 結構。大らかなマニフィカは、たとえ珍獣扱いだとしても気にはならない。 むしろ、こちらの好奇心でハートノエース王子の人となりを観察しに参ろうではないか。 自室に戻ったマニフィカはタンスから純白の礼服を取り出した。 そして、夜となり、マニフィカとジュディは二人とも男装して、地下酒場からシンデレラを誘い出す事に成功した。 「ハイハイ、エクスキューズ・ミー! ゴメンナサイヨー!」 ジュディは冒険者ギルドの地下酒場から一台のロングソファを担いで運び出そうとしている。 怪力を持つ彼女にはその重量は何の支障もなかったが、何せ、大勢の人がいる地下酒場を突っ切り、地上への階段を無理やり通そうとしているのだからかなりの迷惑だ。 「それをどうするつもりなの」 「エ? 何デスカ」 未来の言葉にジュディが振り向くとソファも振り向く。モヒカン頭の若い男の後頭部にそれが命中したりする。 階段を上る時、壁際のランプが幾つかソファにぶつかって破壊された。今日のジュディは燕尾服とイブニングドレスのレンタル料金に加えて、財布からどんどんお金が出ていく運気だ。 夜風が蒸す、外に出た。 予想以上の時間と手間をかけて、ロングソファを冒険者ギルドの建物前の通りに何とか運び終えた。 ジュディは石畳の上にそれを下ろすと『マジックタイヤセット』を四隅に貼りつけ、モンスターバイクと『専用牽引機』で連結する。 「コレで出来タ」 即席のかぼちゃの馬車の出来上がりだ。といっても古代のチャリオットに見えない事もない。 ジュディはドレスのシンデレラをソファに座らせ、燕尾服の自分はバイクにまたがった。 バイクのエンジンに火を入れ、空ぶかしする。 「ヒャッハー! レッツ・ゴー!」 バイクが発進し、タイヤ付きソファも牽引されて走り出した。安全ベルトはないのでソファの背にしがみつくシンデレラ。 白衣のマニフィカも『神気召喚術』で召喚していた白い神馬にまたがり、一回、いななかせるとシンデレラを追って、走り出す。その様子はまさしく白馬の王子様だ。 群れていた見物人が割れる。 一台のバイクとソファと白馬が夜気を裂いて、パルテノンの町を中央の王城目指して走り去った。 「わたし達も追うわよ」 「あ、それなら乗り物はわたしに任せて下さぁい」 シンデレラ達を追って、外に出た未来とリュリュミア。 二人はリュリュミアが用意した『フラワー・バスケット』、ゼンマイを動力とする籐を編んだ籠状自動車に乗って、王城めざして石畳の夜の町を走り出した。 ★★★ 「ソースの二度漬けは禁止やで……。キャベツはサービスや……」 モノクロームの街角の風景で、そんな台詞がハードボイルドに呟かれる。 ビリー・クェンデス(PC0096)は、とんがり頭にかぶった灰色のソフト帽を眼深(まぶか)にし、ベージュのコートの襟を合わせる。 訂正。夏のパルテノンで福の神見習いのこの子はそんな暑い格好をしていなかった。いつも通りにショートオールに下駄だ。 「何を言っているんですの、ビリー」 今は相棒となっているアンナ・ラクシミリア(PC0046)は走り疲れた足のローラーブレードの調子を確かめながら、ビリーにツッコミを入れる。 「いや、何か探偵っぽい事を呟きたくなったんや。それにしても足取りを追えば追うほど怪しさ大爆発やな」 ビリーの愛鶏『ランマル』がケーと鳴く。 「探偵っぽい……ですかね?」アンナは首をひねる。 二人はパルテノン周辺で起きている『独身男性連続怪死事件』を追っていた。 パルテノン周辺の町で、男性が連続して死んでいるという。 男性の死は専ら寝台の上で枯死した様な死に様だ。情交の跡が見られるという。 その事件に興味を持ったビリーとアンナはコンビを組んで調べていた。 といっても誰かが冒険者ギルドに依頼を挙げたわけではない。 本当に興味からだ。 「オモロかったら損得抜きでも構へんやろ?」 こうして浪速のキューピー迷探偵が立ち上がった。 コケコケと返事したランマルも『まあ、そうなるとは思いましたよ』と言わんばかり。 まさにツーカーの仲である。 何にせよ、このままでは迷宮入りになってしまうのではないかという危惧もあった。 死んだ独身男性達は普段から人づきあいも浅く、この事件を冒険者依頼として提出する様な知人もいなかったのだ。 「……独身男性の連続怪死事件、見過ごせませんわ」 アンナも同じ様な興味で私的に捜査を始めた一人だった。 彼女は聞き込みをして、前日に訪れた人がないか確かめた。 目撃者はいないか。誰かを招き入れた形跡はないか。 事前に誰かと会う約束をしていたのでなければ、真夜中の不意の訪問者があったという事だ。 普通、真夜中にそんな怪しい人物を招き入れたりしないと思ったが、独身男性って何を考えているかと言えば、ナニを考えているのだろう。 例えば、真夜中の訪問者がやたらフェロモンをまき散らした妖艶な者だったりしたら。 デザインが全てを支配するオトギイズム王国。妖艶すぎるデザインを持つ女性は男性にとって抗いがたいパワーを持っているという事は十分にありえる。 アンナは被害が多発していると思ったする地域で夜の巡回、張り込みをした。 その過程で出くわし、組む事になったビリーとアンナだった。 あくまでもただの興味で私立探偵めいた捜査を始めた二人と一羽だったが、現場百遍、執念の捜査の果てに怪しい人物が浮かび上がった。 妖艶で美しいという評判の熟女の未亡人『ブランカ・アーバーグ』と二人の娘『ロゼ・アーバーグ』『フラウ・アーバーグ』。 突き詰めていくとわずかな手掛かりは彼女達を示している様に思える。 彼女達は冒険者ギルドの地下酒場の踊り子、シンデレラ・アーバーグの義母義姉妹だった。 彼女達はシンデレラが夜の仕事をしている時間には、何故かパルテノンにはいないという。 犯行はその時間に行われているらしい。 あくまでも噂だ。他の女達から妬まれるほどブランカもロゼもフラウも美しかった。 だが、アリバイがないのは確かだった。 そして彼女達は王子の真の恋人、つまり妻の座を狙っているというのがもっぱらの噂だった。シンデレラの義母も二人の義姉も舞踏会に乗り込むという。その為に高価なドレスを用意したと服飾ギルド界隈から情報が流れてきている。 男性怪死の死因は『エネルギードレイン』だろうと二人は睨んでいた。 生命力、精力、活力を吸収して自分のパワーに変えるエネルギードレイン。 その能力を使う有名どころから予想すれば、悪魔や悪霊、もしくは吸血鬼や淫魔サッキュバスの類だろうか。 エネルギードレインといえば、つい最近モータの町で悪霊と化した黄金の羊に苦戦したばかり。 なかなか厄介そうな犯人像が浮かぶ。 夜間や寝台という状況を考慮すれば、サッキュバスの可能性が高そうだ。 サッキュバスといえば妖艶な美女のイメージ。 犠牲者達の周囲を聞き込む内、捜査線上に浮かび上がったシンデレラ嬢の義母と義姉の影。 義母ブランカ女史ら、アーバーグ家の女性三人を調べれば調べるほど心証はクロい。 真っ黒だけれども、しかし犯人と断定する決め手に欠ける。 アンナとビリーが考え込んでいるとランマルがコケー!と鳴いた。 「あ、馬車が」 アンナが小さく叫んだ時、二人の前を馬車が行きすぎた。 ここはアーバーグ家の屋敷がある通りの暗がりだ。通りに沿って焚かれたかがり火の照明が届かぬ影の中で二人は張り込んでいたのだが、どうやら被疑者の三人は舞踏会に出かけたらしい。 もう、そんな時間なのだ。 馬車はパルテノン中央の王城を目指して大通りを走り去っていった。 「追いましょう!」 「せやな!」 アンナはローラーブレードを滑走させて、ビリーはランマルと一緒に『神足通』を連続させて、スピードを出している馬車の後を残像を曳きつつ追った。 ★★★ パルテノン王城はパルテノンの町の中央に位置し、中心にこの町の時間感覚を支配するドワーフ製の時計塔を据えた、周囲に二重の堀や大公園がある巨大な構造物だ。。 煌煌とした松明が正面の各所で燃やされ、跳ね橋が下ろされた正門を死角なく照らしている。 しばらく、走る馬車が貴族や豪商を乗せ、頑丈な城壁の一部でもある多くの衛士が守る正門をくぐっていく光景が続く。 つい今しがたアーバーグ家の母姉妹を乗せた馬車も。 「入っていきよったな」 「ビリーの神足通は上手くすれば入れるかもしれませんが、わたくしはどうしましょう」 正門を視界に納めながらも今は木陰の闇に隠れているビリーとアンナが小さな声を交わす。 馬車に乗っているわけでもない、招待状の類を持っているわけでもない二人が衛士に止められずに門をくぐるのは難しそうだった。 「一度、王様に会った事はあるし、何とかならんかなー」 「ビリー、あなたが神足通で場内に進入し、わたくしは城を外から見張っていましょうか」 「……いや、ちょい待ちや。何かトラブルが起こってるみたいや」 正門の跳ね板の上では槍を持った大勢の衛士が馬車の二台を止め、騒いでいた。 どうやら止められた馬車はただの馬車ではないらしい。 一台は大きなバイクに引かれた車輪のついた長椅子の様な物で、もう一台は馬がいない本体だけが独立して動く大きなバスケットの様である。 更にここからは白馬に乗った王子という形容がふさわしい影も見えた。 城の内部から集まってきた衛士も含め、彼を入れるかどうかで騒ぎになっている様だ。 「よし、このドサクサに紛れようではありませんか」 二人は衛士達の耳目が跳ね板の上に集まっているのを利用して、なるべく静かに騒動の中心へと近づいていった。 ★★★ 「だから、わたくしは招待状をもらっていて、後の者達はわたくしの連れだと言っているでしょう!」 白馬にまたがって先導していたマニフィカは、融通の利かない門番に半ば辟易しながら叫んだ。 槍を交差させてどかない門番。 城の奥から更に守衛が集まってくる。 正門は下ろした跳ね板の上を、前後を衛士に挟まれる形で、マニフィカを先頭に、ジュディとシンデレラの馬車(?)、リュリュミアと未来のフラワーバスケットが立ち往生していた。 マニフィカは招待状を広げて、自分が正式に舞踏会に呼ばれたゲストだと証明してみせていた。 しかし多すぎる連れの異様さが衛士達に不審を抱かせているのだ。 「ジュディのワゴン、馬車にディスサティスファイド、不満があるというのデスカ!?」 ワゴンというよりはチャリオット(操馬戦車)という感じだが、一応、シンデレラを乗せた馬車という名目を整えたつもりのジュディは抵抗を胸を張った態度で表す。 その迫力に全ての衛士が数歩下がったが、すぐ元の立ち位置へ戻る。 変な事になっちゃたなぁ、とリュリュミアと未来が思った時。 「そいつらを通してやれ」 聞き覚えのある声が城内より聴こえた。 奥からやってきた見憶えのある姿に、場にいた衛士達が慌てて道を開ける。 略式冠。かがり火に照らされた黒髪が逆立ち、黒瞳。 高貴そうなチュニックを身につけた、痩せた身を細い筋肉で締めた男が座っていた。 四十歳ほどの外見だが声は若い。 ここにいる冒険者達は以前、その男に会った事があった。 『パッカード・トンデモハット国王』。 このオトギイズム王国の主権、王城の主だ。 「国王陛下!」 マニフィカは衛士達と共に頭(こうべ)を垂れ、皆もそれに倣う。 一番、遅れたシンデレラが慌ててお辞儀をした時、国王はそれには及ばないという感じで皆に頭を上げる様に手で促した。 「そのマニフィカという貴女は確かにハートノエースが呼んだ者だ。私も知っている。他の者も不審な者ではない。私が保証しよう」 衛士達は少し騒めいたが、皆、左右に退いて、城内への道を開いた。 「それとそこにいる二人も呼んだ方がいいかな」 フラワーバスケットの後ろ、跳ね橋の後方をふさいだ兵士の更に向こうの暗闇に国王が眼を配る。 そこには堀の向こうの夜の影に隠れた繁みがあった。 ランマルがコケーと鳴いた。 「やれやれ、お見通しかぉ……かなわんなあ」 「隠れて見守っていた事をお許し下さい。国王陛下」 繁みの中に隠れていたビリーとアンナは出てきて、跳ね橋の方へ歩いてくる。 この二人の登場は予想外でここにいる全員が驚いた。 「この者達を舞踏会場へ案内してやれ。他の皆は守衛を続行してくれ」 そう言って、国王は踵を返した。だが去る前に告げる。「ハートノエースはまだまだ未熟な所がある。人を信用しすぎだ。もし、何かあったら傍らで守ってやってくれ。……ある時には衛士よりもズケズケと傍らに走って寄れる人達も時には必要だ」 国王の姿が城内の奥に消える。 「何であなた達もここに来ているのです?」 白馬に乗ったマニフィカはビリーとアンナに訊く。 「そういうマニフィカさん達も何でここに来てるんや」 「それは……」 ビリーとアンナはそれを道行きで説明する事にした。 マニフィカもシンデレラの事を話す事にする。 シンデレラのロングソファを牽引するジュディのバイクが衛士達の包囲に見守られながら、前進の駆動音を鳴らした。 ★★★ 王都パルテノン・王城。 大階段を上がり、大舞踏会の会場となっている大広間。装飾は黄金と赤に染まっていた。 天井は高く、宝石で作られた様なシャンデリアが列をなして吊り下げられている。 壁には神話を描いた華美で豪華な絵画が巨大な額縁に入れられて飾られている。 まさに大人数が踊るのに相当する空間。 それぞれの楽器を奏でる交響楽団がこの巨大空間を震えさせる音響で舞踏曲を響き渡らせる。町の劇場でコンサートをする様な大衆的なシンフォニアではない。城内劇場専用の一部の特権階級でしか耳に出来ない本物の貴重なオーケストラだ。 その舞踏会場を豪華なドレスを身につけた女性達が礼服の紳士達とワルツを踊る。 一斉に花が咲き、回り、踊る整然さが音楽に乗って舞踏会場を彩っている。 アンナは飲み物を運んできた給仕を呼び止め、ノン・アルコールのストロベリードリンクを飲んだ。 「いやあ、なんか落ち着かんなあ。この雰囲気」 この場を支配する如何にも上流階級というムードがビリーの背中をむず痒くする。 シンデレラを含め、マニフィカに率いられたという触れ込みの皆はこの舞踏会場の大音響を浴びていた。 どうも場違いというムードが強い。 この場にパッカード国王はいなかった。 代わりに最も目立つ人物はその面影がある、波打つブロンドの長髪をした、青を基調にした高貴な礼服に身を包んだ若い美形の男だった。 この会場の全ての女性の注目を浴びるのに慣れている感じだ。 ふ、と笑い、ウィンクを女性達に配る。 彼が歩くと波がさざめく様に美女達がついてくる。 「ハートノエース・トンデモハット王子殿下ですのね。ご招待ありがとうございます」 「貴方がマニフィカ・ストロサローネ、異世界ネプチュニア連邦王国の王女ですね。てっきりマーメイドシルエットのドレスででもいらっしゃると思ったら、その様な衣装とは。よい匂いがしますね」 ハートノエース王子が男装の麗人を見て近寄り、その様な声をかけた。 王子はとてもよい印象の若者だった。 事実上の新しい恋人探しだという噂のこの舞踏会で、王子は大勢の女性を侍らしながら、このパーティの中心でいた。 「ご友人を沢山お連れになりましたね。どうです。次の曲を一緒に踊りませんか」 「さて、どうしましょうかしら」 マニフィカは敢えて戸惑う様子を見せた。彼は自分を新しい恋人の一人に加えるつもりなのだろうか。 マニフィカは特にダンスが得意というわけではない。それもダンスを戸惑う一因だが。 「そんなスローな曲じゃなくて、もっとノリのいいダンスで行こうよ!」 突然、未来がダンス会場の中央で元気よく踊り出した。ペアのワルツではない。動画サイトの『踊ってみた』系のキレッキレのダンスを一人で踊る。 「これがJKの正装よ!」 超ミニスカ制服で踊る彼女は眼にバシバシ来る白いパンチラ姿で男性達の注目を集めた。それは高貴なダンスシーンに不似合いなハレンチさだった。 「わたしも踊らせていただくわぁ」 植物系の彼女、リュリュミアも酒場で踊っていた不思議な踊りを始めた。勿論今度は裸ではない。若草色のワンピースを着た姿が風を受けた柳の如く、深海の海草の如く、ゆらゆら〜と波打つ。妙に前衛的だ。 舞踏会はこの二人の奇異なダンスを中心として、輪舞の輪が止まってしまった。 二人はこの会場の注目を集めている。 このいきなり始まった二人のダンス・ソロに一番戸惑ったのはこの会場のBGМを受け持っているオーケストラだった。 とてもではないがワルツでは合わない。 といって他のどのダンス曲も彼女達の両極端な踊りに合いそうにない。 結果として十数秒のアドリブを試した後、ほとんど沈黙してしまった。 「全くなんなんざましょ」 「この高貴な舞踏会場に似合わないゲストが来ている様ね」 「ああいう人達は王子様に排除してもらわなくては」 未来とリュリュミアのダンスに呆気にとられている者達の内、アーバーグ家の義母義姉妹が羽扇を口に当ててそう呟いているのを、ビリーとアンナはばっちり聴いていた。 三人ともセクシーなドレスを着て、妖艶な化粧をしている。 そんな彼女達も、同じ大広間にいるシンデレラに気づいてない。 地下酒場で踊っていた時からメイクを落としていないシンデレラは、その三人が普段見ている、家で家事をしている姿とは別人だった。 地味子だったシンデレラもまた彼女達の様な濃い化粧をしているのだが、今はすっかり壁の花だ。壁の花。踊る相手もなく、壁際にずっと立っている女性の事だ。 未来とリュリュミアのダンスは彼女達が疲れてやめるまで続いた。 結構長い時間、二人は踊っていた。 再びワルツが流れ始めた舞踏会場で、王子の次のダンスの相手は私、とアーバーグ家の母娘がしゃしゃり出る。 と、ハートノエース王子が自分の次の相手に選んだのは彼女達ではなかった。 「私と踊りませんか」 王子が白手袋の手を差し出したのは壁の花だったシンデレラだった。 「……え」 戸惑うシンデレラの背を、横に立っていたジュディの手は優しく押し出す。 懐に飛び込む様な形でシンデレラがハートノエース王子の前に立った。 王子が手を取る。 そして手を腰に回し、ワルツのリズムでリードをとる。 周囲で他のゲストの男女も踊り始め、会場は再び、大舞踏会の様相を呈し始めた。 タキシードとドレスの花が、噛み合った歯車の如く滑らかに回る。 その中央で王子とシンデレラが踊る。 素晴らしいシルエット。 似合いの二人だと、ジュディは思った。 「あなたも私の恋人になりませんか」 踊りながら、ハートノエース王子がシンデレラに囁いた。 シンデレラは答えず、化粧の下で頬を染めていた。 こんなダンスはシンデレラには初めてだろうが、王子は上手にリードした。 二人の情熱的なダンスはいつ終わるとも知れず、永遠に続くのではないかと皆が思った。 王子の恋人達は気づいていた。 彼の眼がいつともなく真剣である事を。 だが、その時が来た。 王城の時計塔が大きく鐘を鳴らした。 舞踏会終了の真夜中の十二時が来た事を、大音響で会場に知らせたのだ。 「いけない! バイトの時間だわ!」シンデレラの表情が変わった。「もうすぐ、あたしが踊る番だわ!」 シンデレラが王子の腕を振りほどいた。 伸ばされた白手袋の手が届かない速さで、ドレスの裾をつまんだ地下酒場の踊り子が走り出した。 周囲の人間が、ワルツのリズムが混乱する。 ダンスで鍛えているからか、シンデレラの足は速い。 ゲスト達は彼女が走ってくると思わず左右に分かれて、道を作ってしまう。 背後から自分の恋人達が声をかけてくるのを振り切って、王子が走り出そうとする。 しかし既に大扉をくぐって、大階段を降り始めたシンデレラには追いつけない。 シンデレラが走る。 途中、通廊を守護する衛士達の前を通り過ぎたが、彼らは彼女が来た時の騒動を知っているからか、止めようとせず、ただ見送った。 中庭に停められている自分が載ってきたロングソファ付きバイクやフラワーバスケットの横を走り抜ける。 結果としてシンデレラが王城の正門を出るまで誰も足止めしなかった。 跳ね橋を渡り、シンデレラが王城からパルテノンの夜の町へと出ていく。 そして、その姿は夜の町へ溶ける様に消えた。 ハートノエース王子が大階段の途中で立ち止まっている。 そこに落ちている物を拾う。 それは右足用の毛皮の靴だった。 シンデレラが走っていた時に脱げ、置き去られた物だった。 王子の背後から彼の恋人達が追いつき、大階段の途中で彼を囲む。 ハートノエース王子はその残された靴を自分の頬にあてた。 「どうしましょう」 「どないしょ」 コケー。 アンナとビリー、そしてその仲間達はハートノエース王子の背中を見ながら唸った。 ★★★ その夜。 冒険者ギルドの地下酒場では、自分の出番に間に合ったシンデレラが裸同然の姿でいつも通りの蠱惑的な踊りを踊っていた。 桃色に染まる肌。 ただ、彼女の毛皮の靴は左足にしか履かれていなかった。 ちなみに今夜は謎の独身男性枯死事件は起こらなかったという。 ★★★ 後日、パルテノンの印刷ギルドが大忙しになった。 パルテノンやその周辺都市の町や村中に大量印刷されたポスターが貼り出されたのだ。 それは発注者であるハートノエース・トンデモハット王子の直筆文を複製した物だった。 字が読める民が、読めない民に内容を教えてやる。 曰く、ハートノエース王子の花嫁第一候補を捜しているという。 それは舞踏会場に毛皮の靴の片方を残していった女性で、それにぴったりと合う足の女性を花嫁として迎えるという。 コンテストの会場はパルテノン王城。 勿論、王子、国王の前で行われ、一切の不正は許されないという。 このポスターの一枚はパルテノンの冒険者ギルド一階の受付ホールにも貼り出された。 「……あのシンデレラの義母義姉妹も当然エントリー、参加するデショウネ」 人ごみから頭一つ高く抜きんでたジュディがポスターを眺めながら呟いた。 ★★★ |