『毛皮の靴』

第3回(最終回)

ゲームマスター:田中ざくれろ

★★★
 夜風が吹く一本道は暗い森の中。
 銀の月光は暗い葉影から漏れてに地上を照らす。
 踏む者がいなくなって久しい荒れた道を大きな麻袋を担いで歩く者達が十人。
 皆、重そうに担いでいる。
 だが一人だけ例外がいた。
 麻袋の代わりに膨らんだ二つの投網を両肩に担いだ、いかにもエネルギッシュな女傑が一人。
 身長は二メートルを越えたジュディ・バーガー(PC0032)。何せ、元アメフトのプロ選手。この行軍にも呼吸に少しの乱れもない。
 そして、彼女の投網の隙間から漏れる輝きが、闇の中からでも高貴な中身を教えてくれる。
 それは金銀の宝飾品、宝石で飾られた数多の宝物だった。
 そこから察するに他の九人の麻袋の中身も推測が出来る。
 フクロウの鳴く森の道。
 重い宝飾品で一杯になっている袋を担いで十人が進む。
「そろそろ廃館が見えてくるはずですね」
 月の位置で真夜中を遥かに過ぎているのを確かめながら、アンナ・ラクシミリア(PC0046)が仲間に話しかける。全ての武装を解くというサッキュバスの命令に従った彼女はローラーブレードまで脱いでいる。
 しかも彼女は服まで脱ぎ、競泳水着のみという寒寒しい姿。
 水着姿の少女がサンタクロースよろしく夜、袋を担いでいるというのはなかなかシュールな姿だが、上には上がいた。
 夜気に素肌をさらしたリュリュミア(PC0015)はなんと全裸だった。
 いや、全裸に限りなく近い、と言うべきだろう。
 白くて女性らしい裸のボディライン。頭のみタンポポ色の帽子をかぶっているというのは奇矯を過ぎてシュールでさえあった。そしてその全身を覆い、その胸の頂、尻の丸みを申し訳程度に覆っていたのは金銀パールの豪奢なアクセサリーだ。まるで世界一番高価な踊り子という風体だ。その姿で小さな麻袋を担いでいる。
「大丈夫? 持とうか?」
「いえ、これくらいは持たせて下さい」
 一番、疲れた顔をしているのがシンデレラだった。
 超能力で肩の荷の重さを軽減している姫柳未来(PC0023)はシンデレラに話しかけたが、返ってきたのは気丈な言葉だった。。
 リュリュミアの更に三分の二ほどの財宝しか背負っていないシンデレラ。他の皆ほどの荷も背負えない。それでいて連日の公演というきつい仕事に耐えるだけの気力はあり、弱音を吐かない。
 最後尾で長い杖を突いて歩行の助けとしているのがマニフィカ・ストラサローネ(PC0034)だった。
 どうして若い彼女は頑丈で長い、なかなか高級なあつらえの杖を突いているのか。
 思い起こせば舞踏会場。
 マニフィカは今夜の花嫁探しコンテストの真意を計りかねて王子に訪ねると、そもそもの発案者はパッカード・トンデモハット王で、当事者であるハートノエース・トンデモハット第一王に子は全く結婚の意思がないという事に驚きを隠せなかった。
 マニフィカは色恋沙汰には疎いけれども、正直なところ、ハートノエース王子がお気楽で不誠実なプレイボーイにしか見えない。悪い意味で予想を外したが、なるほどパッカード王が親心を悩ませているのが解る。
 苦笑しつつもその場で取り出した『故事ことわざ辞典』では『怪我の功名』という言葉が眼に入る。
 それを見ながら今の展開はハートノエース王子にはまだ更正の余地があるのでは……と再び頁をめくれば『一芸は身を助く』そして『転ばぬ先の杖』の項。
(ふむ……どう解釈すればよいのだろう)
 何にせよ、咄嗟とはいえ、サッキュバスの急襲からパッカード王しか守れなかったのは、武人として不本意。
 マニフィカは雪辱を期すべく、財宝を運び込む十人に志願した。
 しかし相手の要求を飲んだ身では、見た目、武装を禁じる条件に抵触しない様な工夫が必要となる。
 愛用のトライデントは持ち込めない。
 何か代わりになる物をと考えて、すぐにアイデアが浮かぶ。
 転ばぬ先の杖だ。
 穂先が無ければ槍も単なる棒や杖に過ぎない。
 杖なら槍術の応用もある程度は利き、普段は武器ではないと言い張るのも可能。
 パッカード王の選んだ財宝は、掛け値なしにえりすぐりの高価な物だとマニフィカには評価していた。その中から自分の眼にかなう物を探す。
 頑丈な杖を宝物庫の中から選び抜いた。
 立派な長い杖だった。
 名のあるデザイナーが作ったのだろう、宝物としても武器としても価値がありそうな品だ。
 王は気軽にその杖の借用を快く許してくれた。
 こうしてマニフィカは今、杖を突いて歩いているのだ。
 夜道を行くのは、五人の冒険者の他にはシンデレラと城で侍従として働いている若者四人しかいない。シンデレラと彼らは戦力にはならないだろう。
 やがて一本道は廃館へと辿り着いた。
 銀の月光が明るく輝いていた。
 星空を背に浮かび上がった不気味な黒い廃館。
 昔は貴族の別荘だったというが、今は荒んだ館にしか見えない。
 ここにめざす者達が待つのだ。
 人質になったハートノエース・トンデモハット王子。
 そしてシンデレラの義母義姉であり、正体は淫魔サッキュバスだったブランカ、フラウ、ロゼ、アーバーグ家の怪物達だ。
 ここまでは無事に来れた。
 後はどうなるか。ほとんど出たとこ任せだ。
 夜明けはまだ遠い。
 未来は木木を越えたある方角を見つめた。
 ここまで隠れてついてきているだろう、ビリー・クェンデス(PC0096)の『空荷の宝船』ステルスモードを。

★★★
 協力者のアンナ嬢と共に、刑事ドラマの如く『独身男性連続枯死事件』有力容疑者であるアーバーグ家の母娘を張り込み&尾行をしていたビリーだが、地道な努力の甲斐もあり、とうとう花嫁探しコンテストにおいて敵の化けの皮が剥がれる現場に遭遇した。
 これで一気に事件解決かと思いきや、ハートノエース第一王子が人質に。
「えー、なんでやねん!」
 その時は事態急変に思わずツッコミを入れてしまったが、ミステリーの最大の欠点は、小説に限らず現在進行形の犯罪を阻止出来ない事ではないか、と最近読んだ『悪魔が来りて誰もいなくなった黒後家蜘蛛の夏』等、ミステリー小説群を思い出す。
「探偵も刑事もアカンわ。ホンマに難儀な商売やで」
 勿論、この王子奪還作戦にビリーは参加している。
 暗い森の梢の群に這う様に、ビリーの空荷の宝船はステルスモードで隠れながら、一本道とは別の航路で飛んでいた。
 ステルスモードといっても大したものではない。煤を船体全てに塗りたくり、真っ黒のロービジビリティにして森の影に紛れているのだ。
 出発前、王城内で侍従やメイド、衛士その他、手空きの皆で総出で船体に大量の煤を塗りまくる仕事はちょっとした騒ぎではあった。
 さてビリーとしては、独身男性連続枯死事件の真犯人がサッキュバス達と判明した以上「こっから先はお巡りさんのお仕事や。ほな、さいなら〜」と知らんぷりする訳にもいかなかった。
 たとえ未熟な救世主でも、邪悪な存在を放置出来ない。
 サッキュバス達にも言い分はあるかもしれないが、そこはあえて無視する事にした。
 そしてサッキュバス討伐作戦の一員として志願した。ただし荷物運びとは別の任務でだ。
 天然の要害である森を夜間飛行。無灯火ステルスの空荷の宝船に乗り、梢を縫うような低速飛行でサッキュバス達が巣食う廃館へと密かに接近中。
 皆が到着したら、後はアドリブ対応だ。
「アンナさん、頼みまっせ……」
 神仏に祈りたかったが、自分もその端くれである事を思い出して、相棒の名を小声で呟く。呟きながら足の裏を掻く。
 アンナは今、宝物を運ぶ他の九人と共にサッキュバスの待つ廃館についたところだ。

★★★
 十人が廃館に着いた。
 ジュディの『猿の鉢巻き』に付けられた『懐虫コミネジ缶』からの光虫と、リュリュミアが身体に巻きつけた『光の薔薇』による照明が、明るく白く眩しい光で前方の廃館を照らし出す。
 まるで幽霊屋敷だ。
「壁中を蔦が這ってるぅ……毛虫がいそうねぇ」とリュリュミアが嫌そうな感想を漏らす。
 王城で聞いた話によれば、見た通りの二階建てで二階に寝室が五つ、他の施設は一階にあるらしい。
「誰のお出迎えもありませんね。中に入ってこいという事でございましょうか」
「ちょっと、ウェイト・ア・モーメント!」マニフィカの行動をジュディは止めた。「ヘイ! サッキュバシィズ!」彼女は肺活量の限りに声を館へ張り上げた。「トレジャーを持った非武装の十人が到着しマシタ!! さっさとファースト・プリンス、ハートノエース王子を解放しナサイ!!」
「ダーリン、花嫁が迎えに来ましたよぉ」次に出来る限りの大声で呼びかけたのはリュリュミアだった。彼女はシンデレラの残した靴(の精巧なレプリカ)を履くのに成功し、王子の花嫁の権利を手に入れているのだ。「サッキュバスさぁん。財宝は全部渡すので、王子は無傷で返して下さいねぇ。そうしたら、追いかけたりしませんしぃ」
「悪い事は言いませんから、ハートノエース王子を引き渡しなさい!」アンナも呼び掛けた。「そして、独身男性連続怪死事件の容疑者として投降しなさい!」
 ジュディとリュリュミアとアンナの主張は食い違っていたが、あらためて訂正する素振りはない。
 すると二階中央の寝室の窓から顔を覗かせた者がいる。
 サッキュバスの母、ブランカ・アーバーグだ。
 その顔を見たシンデレラがショックを受けた様だ。すでに義母が怪物だったという事は王城での騒ぎで解っていたが、再確認して新たに衝撃を受けたらしい。
「来たみたいだね」妖艶な顔が不敵に歪む。「王子にはまだ手を出しちゃいないよ。大事な人質だ」
 一階の正面の扉が開き、ロゼとフラウが出てくる。
 裸身。白いグラマラスな肌は鎖骨から下が黒い剛毛で覆われている。
 背にはたたまれた巨大な蝙蝠状の羽があった。
 この中で彼女達が特に注視しているのはジュディの存在だった。網を両肩に構えて武装はないが、その慎重と体格は脅迫者が警戒するには十分だった。
「どうやらジュディの事をヴィジランス、警戒している様デスが」ジュディにはサッキュバスの思惑が読めていた「ジュディはただのビッグ・イーター、大飯食らいの力持ちにしか能がない女デス」
 彼女の謙遜しすぎた自己紹介にも、妖怪達の緊張は解けない。
「王子は無事だよ。宝を館の中まで持ってきな」とロゼ。
「宝を館の中に置いたら立ち去りな」とフラウ。
「おっと、その前にそこの女達」二階の窓からブランカが未来へ指をさした。「そんな短いスカートをはいて、武器を隠してない事をアピールしている様だが、甘いね。完全にスカートをめくって、中を見せてもらおうか。笑顔でスカートをめくれー!」
 指さされた未来とシンデレラは羞恥心を隠さず、自らスカートをめくった。
 未来の水色ボーダーの小さなパンツとシンデレラのドロワースが、照明の白い光に明らかになる。
「義母さん! 義姉さん! 王子様を返して下さい!」赤い顔のまま叫んだのはシンデレラだった。
「全ては財宝を渡してもらってからだね」
 ブランカが邪悪な笑顔で冷たく言い放った。
 財宝を運んできた者達は無言で眼配せをし合った。今は王子の傍に怪物は一人もいないはず。
 皆、その場に財宝を置き始める。
「何をやってんだい!」ブランカがヒステリックな叫びを挙げた。「財宝は館の中まで運べと言ったじゃないか!?」
 それでも皆は財宝を館の前の地面に下した。
 身を軽くする為でもあった。
 突然、風を切る音が近づいてきた。
 それは夜の闇に紛れた黒い物が館の二階に急接近する音だった。
「ッ!?」
 船体を真っ黒に塗ったヨットサイズの飛翔船の急襲とサッキュバス達が気づいた時には、ビリーは『大風の角笛』を吹き、颶風でブランカを窓際から室内へと押し戻した。窓枠ごとサッキュバスの身が風に叩きのめされる。
 その隙にビリーは既に『神足通』で館の中に瞬間移動していた。
 そのタイミングでマニフィカも『魔竜翼』を素早く展開し、二階の窓へ飛翔する。
 瞬間、未来は念じた。するとここに来る直前、近くの繁みに隠しておいた『サイコセーバー』の柄が回転しながら飛んでくる。
 それを握った途端、銀色の光の刀身がまっすぐに屹立した。蜂の羽音の様な唸り。
 未来は一階の戸口にいるフラウの背後にテレポートした。
 そして斬りかかる。だが、フラウが超反応し、振り返りざまに鉤爪の右手で受け止めた。
 その右手が手首から先が飛んだ。
「この剣なら『斬れ』るわ!」
 未来の会心の叫び。鉄のやすりさえ削ったサッキュバスの身体も、栗色の髪の少女のサイキックパワーに耐えられなかった。
 ロゼとフラウが羽を広げ、半ば飛ぶ様なステップで互いに離れた。
 三方に分かれたサッキュバスが戦闘態勢を整えた。
 冒険者達についてきた四人の侍従達が財宝を下ろした身軽な身で、戦場から近くの森の中へ逃げ込む。
 シンデレラが、二人の義姉が離れたドアから館の中へとびこんだ。
 シンデレラを追おうとしたサッキュバス達は、扉の前に陣取った未来、拳を『ハイランダーズ・バリア』の緑色光で覆って『シールド・ナックル』状態にしたジュディ、そして召喚した『レッドクロス』を競泳水着の上にまとったアンナに囲まれた。
「きぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁっ!!」
 サッキュバスのロゼとフラウが奇声を挙げ、二正面に躍りかかった。
 逃走など微塵も考えていない風であった。

★★★
 二階の中央寝室。
 経た年月によって腐った様な寝台の上で、ハートノエース王子が立派な衣装に似合わない汚い荒縄で縛られて転がされていた。
 埃の多い寝室で母ブランカとマニフィカとビリーが戦闘態勢で相対していた。
 更に窓からこの二階へ入ってきた者がいる。薔薇の蔓をのばして二階へ直接昇ってきたリュリュミアだ。
 三対一。
 だがブランカの背後には人質がいる。
 サッキュバスが背後にいた王子に鉤爪をのばした。
「動くとこの王子がどうなっても知らないよ」
 脅された通り、ビリーとリュリュミアとマニフィカは下手に動けない。
 敵は自分が優位だと考えている。その慢心の隙を突くのだ。
 マニフィカは『水術』を素早く詠唱した。
 すると彼女の足元から激しい奔流が湧き出た。白い波頭は荒馬の疾走の様に轟轟と寝室の床を這って、華奢なダブルベッドを破壊し、ブランカと人質の王子を廊下の方へ押し流した。
 王子は押し流され、ブランカは翼を広げて空中へ逃げる事で寝室にとどまった。
 人質がいなくなった今こそチャンス。
 ふと、光像が乱れた様に槍の代わりに杖を持ったマニフィカの姿が二重にぶれる。
 『ホムンクルス召喚』。
 マニフィカは実体を得た鏡像の様なパートナー『マニフィカ´』を作った。
 四対一。
(ちゃらちゃ〜♪ ちゃららちゃらちゃらちゃらちゃ〜♪)
 ブランカが分身したマニフィカを警戒している。しかし、その時、ビリーが『必殺〇掛人』のテーマを脳内再生しながら『鍼灸セット』を取り出した。鍼灸なら必殺〇業人でも渋くていいと思ったがそんな事を考えている場合じゃない。
 その瞬間にリュリュミアの手から『ブルーローズ』が急成長した。
 力強くのびて絡みつこうとするそれをブランカの手が掻きむしり、引きちぎる。
 これが室内でなければリュリュミアは遠慮なく花粉も使えたのだが今は生憎、その機ではない。
「きぃやぁッ!?」
 蔓をいなすのに夢中だったブランカが突然、苦しそうな悲鳴を挙げた。頭を抱え、うずくまる。
 それはビリーの『ニードルショット』による激痛だった。神足通の応用により、頭脳内に瞬間転移した鍼灸の針が相手を即死させる確率は三分の一。しかしニードルショット三連続による攻めは相手の急所を確実に突いた。
「仕掛けて仕損じなし、や」
 しかしブランカは死なない。
 サッキュバスは魔法効果が生じるほどのデザインの優れた武器でないと効かないのだ。
 だが、次の瞬間にマニフィカとその分身が二重螺旋で絡み合う様な突撃を見せた。
 更に加速する。
 槍の代わりに杖を構えた二人がサッキュバスの前面をに猛打撃した。相手は頭の激痛を手で押さえ、よけられない。
 『ダブル・ブリンク・ファルコン』。
 コンビネーションはブランカを巻き込み、連続打撃でブランカの防護を打ち砕いた。
 骨を打ち砕く音が幾重にも重なった。
 怪物の眼が白くなり、全身を脱力させたぼろきれの様な身体がただダメージの連撃に翻弄されるだけとなった。
「やったやん!」
「やったわねぇ」
 ビリーとリュリュミアが叫んだ時、最年長サッキュバスののブランカがベッドの破片と共に崩れ、ブリンク・ファルコンの二重螺旋はそのまま窓へと身をひるがえして、館から飛び出した。

★★★
 館の正面前では三人の冒険者達が二手のサッキュバスを相手にしていた。
 ジュディは猿の鉢巻きで敏捷性を増した身体で怪物を翻弄し続ける。
 だがサッキュバス達の身軽な攻撃が、冒険者達の身体に鉤爪による傷を増やしていた。
 一瞬の隙をかいくぐり、ハイランダ―ズ・バリアをまとった右フックがクロスカウンター気味に敵の顔面を捉える。怪力にプラスされた魔法威力は確実にフラウの顔にダメージを叩きつけた。
 フラウがそれと交錯してジュディの頬に大きな傷をつけた後、翼を使って、距離をとった。
 その時、ジュディの片腕が投げた『投網剣闘士の投網』が夜の空気に大きく広がった。
 この投網はジュディが宝物運搬に使っていたものだ。武装とは関係ないふりをしていたので、ここまで持ち運べたのだ。
 落ちてきた投網はフラウの全身に覆いかぶさった。
 相手の身に絡みつき、完全に動きを封じた様に見えた。
 しかし。
「きぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
 フラウが怪力で内側から無理やり網を引きちぎり始めた。恐るべき怪力。頑丈に編まれた網の繊維がまるで青草を引きちぎる様に見る見る内に引き裂かれる。
「させない!」
 ブリンク・ファルコン。サイコセーバーを持った未来の身体が幾重にもぶれる。
 ミニスカJKの超高速の動きがストロボ・アクションの様に何体にも分身した。
 幾条もの銀色の光がフラウの戦闘行動に挑んだ。
 瞬間、館の二階の窓からここへと飛び出してきたものがあった。
 マニフィカとそのホムンクルス、同じくブリンク・ファルコンによる二重螺旋攻撃だ。
 三人のブリンク・ファルコンが網を引きちぎったフラウの立つ場所で組み合わさった。
 機が一致した。
 合体必殺技『トリプル・ブリンク・ファルコン』。
 未来の七回連続攻撃。マニフィカとマニフィカ´の二重連撃。
 技能を持つ者が他の二人と同時に『ブリンク・ファルコン』を放つ事で、効果が三倍以上になる合体必殺技。
 ある資料によると連撃の回数が三人分+αされ、攻撃力がランダムで上昇し、さらにクリティカル・ダメージといえるものをを複数回連発するという。
 投網ごとサッキュバス・フラウの肢体はミキサーに巻き込まれた襤褸の如く引き裂かれた。
 効果時間が切れ、地に立ったマニフィカの隣にいたホムンクルスは消滅した。
 自らの起こした風によって完全にめくれあがっていた未来のミニスカートも、地にしっかり立つと同時にふわりと下がる。
 フラウが死体になって地に折れた。

★★★
「大丈夫ですか?」
 館内。水流を浴びてびしょ濡れになったシンデレラが二階廊下で、同じくびしょ濡れのハートノエース王子を抱き起こした。
 ベルトにはさんでいたナイフで王子の荒縄を切って束縛から解放する。
「ありがとう」と礼を言い、王子が立ち上がった。「ここは危ない。館を出よう」
 ハートノエース王子の方は、すっぴんのシンデレラが舞踏会で一緒に踊り、婚約者探しコンテストまで催す羽目となった捜していた女性なのに気がついていない様であった。
 ひざまずいていたシンデレラが立ち上がる。
 薄手の簡素なワンピースが濡れた事により、下半身にまとわりつき、脚のラインがあからさまになっていた。
 それを見た王子の眼の色が変わった。
「あ、あなた、もし、よければ……」王子の声が震えていた。「素足を見せてくれないか。靴を脱いで、その足を……」
「え?」
 シンデレラは戸惑った。
 今、彼女は舞踏会で履いていた毛皮の靴は履いていない。厚布で作った普通の靴を履いていた。
 シンデレラは王子の言葉に従い、靴を脱いだ。
 あの時、毛皮の舞踏靴が脱げた右足を。
 その形のよい白い素足を見た王子は感動した様だった。
「ああ……!」
 濡れた顔を両眼から流れた涙が更に濡らした。
 ハートノエース王子が廊下の木の床にひざまずいた。
 ひざまずいてシンデレラを見上げた。
「どうか、私とつき合って下さい。……私の恋人になって下さい!」
 シンデレラの返答は「信じられない」という戸惑いの態度だった。下賤な自分に王子がひざまずき、告白されるなどという事を。
 そんな光景を、リュリュミアとビリーは二階の寝室の戸口からこっそり覗いていた。

★★★
 アンナは競泳水着の上にレッドクロスをまとった姿でロゼと相対していた。
 後退と追走を繰り返している内にサッキュバス達の戦場は離れてしまった。
 今、二人は館から離れ、ロゼの背後には積み上げられた宝物の山がある。
「きぃぃぃやぁぁぁぁぁぁッ!!」
 奇声を挙げ、背の蝙蝠の翼を羽ばたかせながら、ロゼが掴みかかってきた。
 今、アンナは仲間達と離れすぎていた。一人きりだ。
 アンナは技を使った。
 発動『乱れ雪桜花』。
 突然、桜の花びらの怒涛の如き流れがロゼの身を呑み込んだ。
 視界をふさぎ、行動の自由を奪う桜花の流れの中で、ロゼは死角から数発の打撃をくらった。
 それが止んだ途端、次の雪桜花の怒涛が逆方向から襲ってきた。視界も音も奪われ、死角から数発の打撃。
 それが止むと更に逆方向から。
 アンナの技は一日に三度が限度だった。
 三度目の雪桜花が止んだ時、ロゼが普通にそこに立っていた。余裕の笑みさえある。乱れ雪桜花の打撃はダメージを与えられなかったのだ。
 しかし、アンナのこの技の目的はダメージを与える事ではなかった。
 視界をふさいでいる内にレッドクロスの少女はロゼの背後に回っていた。
 サッキュバスと財宝の山の間に立ったアンナは、ロゼの腰を抱く様に組みつき、思いっきり、身を反らした。
 プロレスの芸術『ジャーマン・スープレックス・ホールド』。
 ロゼの足が宙に浮いた。
 アンナはそのまま、ブリッジを完成させようと頭頂を地に地に下した。
 だが、この技はプロレスの素人であるアンナには難度が高すぎた。
 再現出来なかった。ブリッジが完成せず、ロゼの身体から手が離れてしまい、いわゆる『投げっぱなしジャーマン』の形になって、財宝の山へとロゼを投げ出してしまう。
 レッドヘルムの頭頂も地につけられず、見事なブリッジをするつもりのアンナの姿勢は崩れて仰向けに潰れた様になる。
 プロレスの芸術への挑戦は無様な失敗だった。
 アンナは隙だらけになった自分を早く起き上がらせる。
 ファイティングポーズ。
 手に得物はない。
 ロゼもすぐにも起き上がると思われた。
 しかし、数秒を数えても財宝の山に倒れたロゼが起き上がる事がなかった。
 静止。指先さえ動かない。
 アンナは恐る恐る、財宝の山へと身を突っ込ませたロゼの様子をうかがった。
 近づいて至近距離で見ると彼女は完全に死んでいた。
 数多の財宝の中にあった、素晴らしく高価なデザインの燭台。
 その蝋燭を刺す尖った凸部にロゼの頭頂が刺さっていた。
 急所を貫かれ、白い眼を剥き出しにしたロゼに生気はなかった。
 燭台の素晴らしいデザインは魔術的な特性を帯びるまでに昇華していたのだ。
 幸運に助けられた。
 緊張の解けたアンナは自然と脱力して、地に腰を下ろしてしまった。
 銀の月光が宝物の山で反射して、とても美しく輝いていた。

★★★
 戦闘が完全に終わったと気がついた侍従達が森から戻ってきた。
 廃館の正面玄関からびしょ濡れのシンデレラとハートノエース王子が出てきた時、皆はその雰囲気にとても驚いた。
 どうも二人のムードがよろしいのだ。
 二人とも笑顔だった。王子がシンデレラをエスコートしている風だ。
 解り合えたのか。
 皆は一瞬、そう思った。
 だがどうも違うと確信したのは、遅れて館から出てきたビリーとリュリュミアの言葉を聴いたからだ。
「王子さん、シンデレラさんに愛の告白をするんはええけれど、惚れた理由が脚が自分の好みだからっちゅーのはビミョーなんやないんかなあ」
「これでシンデレラさんも花嫁候補の一人ですねぇ。尤もコンテストで正式に選ばれたのは私のはずだけれどもぉ」
 二人の言葉に皆は驚いた。
 ハートノエース王子にとってはシンデレラが化粧をしていようがすっぴんだろうが関係ないのか。
「脚フェチ!?」
 未来が驚きの声を小さく挙げた。
 だが、その言葉は王子に届いた様だった。彼は強く主張した。「顔の美しさで恋に落ちても非難されないのに、脚の美しさで恋に落ちて何が悪い!? あの毛皮の靴がすっぽり収まる素足をした女性がいると考えるだけで……ああ!」
 今まで選んできた恋人達の風体を思い起こしてみるに、それまでの王子は顔で恋人を選んできた様だった。
 つまり脚フェチに眼醒めたのはシンデレラが最初という事になる。
「いいんです」とシンデレラ。「あたしは幸せです」
 それでいいのか?とここにいる皆はプチパニックになった。
「シンデレラ。これでそなたも私の恋人の一人だ」
 王子の言葉に皆がわずかに嘆息する中、マニフィカの眉間だけがが引きつった。
 それなりに幸せそうな二人。しかし王子へマニフィカはツカツカと近寄った。
 乾いた音が響いた。王子は祝いの言葉でもかけられる事を期待していたらしいが、マニフィカがしたのはその華奢な頬への平手打ちだった。
 力の弱い平手打ちだたが、王子は痛そうに意外そうに叩かれた頬を手で覆った。
 シンデレラが今の彼女の行為の意味が解らない様にただ茫然としていた。
 マニフィカはその行為の本意を明らかにせず、来た時と同じ様にツカツカと離れる。
 月光の下、沈黙が支配した。
 皆が皆、彼女の意を計りかねたわけではなかった。
 気がついた者は王子の反応を待った。
 王子が皆の注目を受けたまま、凍りついていた。
 皆、それに気をとられ、邪悪な脅威がこっそり近づいている事に気がつかないでいた。
 気づかれない様にゆっくりと地面を這ってきた動いてきた物が、王子の喉を射程に入れた。
 突然、それは跳びあがった。
 王子の喉首を狙って跳躍した物は、最初、未来のライトセーバーによって切り落とされたフラウの右手だった。
 その鋭い爪が王家の者の喉を掻き切ろうとする。
「危ないっ!」
 シンデレラは王子を寸前で突き飛ばした。
 王子の身体を押す為に、シンデレラは空飛ぶ鉤爪に背中を見せる形となった。
 四本の長い指の爪が深く掻きむしったのはシンデレラのワンピースの背だった。その背が一瞬で赤く染まった。
「……ユー・マスト・ビー・ダイッ! 死んでなサイッ!」
 ジュディが走りこんできた。生きていた右手に叩きこまれたのが緑色光をまとった渾身のパンチ『シールド・ナックル』だった。
 右手が半分弾け、吹っとんだ勢いのままに地面に跳ね返って転がった、
 そして死んだ虫の様に今度こそ本当に動かなくなった。
「イピカイエー! ユア・ノー・マッチ、メじゃないゼ」
 ジュディはまるで銃口の硝煙を吹き消すかの様に、拳に息を吹きかけた。
 その横では大怪我をして倒れたシンデレラを王子が抱き起こし、マニフィカは水の精霊『ウネ』を呼び起こして彼女の出血を止めていた。しかし流れてしまった血は大量だ。
 ビリーは『指圧針術』で彼女の生命力を復活させようとすると、傷はまるで縫われたかの様にどんどんふさがっていく。
 だが出血が完全になくなり、傷が完全にふさがった時、その鉤爪に掻きむしられた跡は赤紫の大きな痣となって背に残った。
 その事を知らされた時、貧血気味のシンデレラは哀しい顔をした。
「もう皆の前で裸になれない……踊れなくなっちゃった……」
 本当に哀しそうな顔だった。
 考えてみれば、彼女は既に義母と義姉妹も失っているのだ。
 そしてストリッパーとしての存在意義を失う。
 残されたのは空っぽの家程度でしかない。天涯孤独となった。
 ハートノエース王子が何かを決意した様な顔を見せた。
 シンデレラを一国の姫の様に横抱きに抱きかかえながら立ち上がる。
「これより、この娘を私の婚約者として扱う! 王城へ帰りついたらこの娘を城に住まわせる! いいな!」
 王子はビリーに、その空飛ぶ黒い船でシンデレラの身を安全に運ぶ様にと命令した。
 そして裸同然の姿でいるリュリュミアに話しかける。
「お前にはすまんな。約束を破る事になるが、私の第一の婚約者はこの娘だ。あの舞踏会の夜、踊ったのは確かにこの娘だった」
「うぅーん。わたしは婚約者じゃなくなるんですかぁ。でも、いいですよぉ。恋人達の一人でぇ」
「いや、それも考え直そうと思う。もう大勢の恋人とつき合うのはやめだ」
「ああぁ、そうなんですかぁ。……ま、いっかぁ」
 皆の眼が王子と踊り子だった女性を祝福する眼になった。
「『恋人』がダメなら『友達』としてならいいよね」
 未来の言葉に王子は「あ、ああ、そうだな」と答えた。多分、何の下心もなく。
 夜気がいつの間にかさわやかな風になろうとしている。
「本当にあたしでいいのですか」
「美しさに貴賤はありません。……貴女の名を訊いていませんでしたね」
 ここで初めてハートノエース・トンデモハット王子は自分の婚約者となった女性の名を訊いた。
「シンデレラです。シンデレラ・アーバーグ」
 マニフィカが笑った。
 もうしばらくすれば夜が明ける。

★★★
 三日後。
 パルテノン王城の謁見の間に冒険者達が集まっていた。
 玉座にはパッカード・トンデモハット国王が座し、傍らにはハートノエース・トンデモハット第一王子とシンデレラ・アーバーグがつきそっていた。
 風聞によれば、王子はそれまでの恋人達と一線を喫し、事実上、別れたらしい。
 シンデレラの服装は異世界の正装、紺色の深いスリットの入ったチャイナドレスだった。メイクは最低限しかしていない。その足に履かれているのは真の母から譲られた毛皮の靴だった。勿論、レプリカなどではない。本物だ。
 他にもこの国の重鎮や貴族達がそろって、衛士達と共に会合を見守っている。
「この度は大義であった」国王がねぎらいの言葉をかけた。
 続くのは一通りの感謝の儀礼だった。
 独身男性連続怪死事件。
 サッキュバスの暗躍とその決着。
 財宝を奪われなかった事。
 ハートノエース王子の正式な婚約、永遠のパートナーとの仲介。
 長長と続く儀礼に冒険者達のほとんどは退屈さえおぼえた。
 例外はネプチュニア連邦王国の王女であるマニフィカだ。
 彼女はこの様な儀礼に慣れ、またそれが尊重されるべきものである事も知っていた。
「よって」と王は長い儀礼の締めくくりを始めるかの言葉をかけた。「そなた達には国王の義により一人につき謝礼金百万イズムを授けるが、これは国王を通じて全額、オトギイズム王国内の貧民救済事業の寄付に充てられるものとする。それで構わないな」
 これは王による一方的な通告の様なものだった。
 尤も貧民救済は自分達の懸案である事は間違いないし、報奨金が正しく使われるならそれに越した事はない。
「また、この事件に関わった全員に勲章を授与するものとする」
 並んだ冒険者達に一人一人、勲章が授与された。
 ビリー。
 ジュディ。
 未来。
 マニフィカ。
 アンナ。
 リュリュミア。
 それぞれの胸に黄金の勲章が飾られた。
「それとリュリュミアとやら、花嫁探しコンテストでそなたの足に毛皮の靴が合ったのはそなたの体質が特異であった為だと聞いた。尤も靴が合った事実はには変わらない。よって、そなたに花嫁の座の代わりに特別な褒美を取らせる事にした。トゥーランドットのデザインした品だ。受け取るがいい」
 トゥーランドット姫が錬金術デザイナーだという事は皆は知っていた。
 小さなサテン張りの台に載せられたガラスの小瓶が侍従によって運ばれてきた。
 リュリュミアが手に取って見てみると中には植物の種が幾つか入っている。
「うわぁ。これぇもらっちゃっていいんですかぁ」
 リュリュミアは気泡のないガラスの小瓶を光に透かしながら嬉しそうにする。
 国王の謝礼の儀はそれにて締めくくられた。
「ありがとう」最後にパッカード王は言った。「心から本当にありがとう」
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