『グラディースの洞窟』

第3回(最終回)

ゲームマスター:田中ざくれろ

★★★
 グラディース島最奥部の巨大脳の中には一匹の『翼竜』が捕らえられているという。
 翼竜は輝く長い胴体を持ち、再び羽ばたく日を待ち焦がれているという。
 その翼竜が羽ばたく時、このグラディース島は終末を迎える。
 そして、その伝説は今、現実となっていた。
 大洞窟の最奥から光り輝く半エネルギー体の連なりである胴を持つ超時空無人戦術戦闘機『ビッチバイパー』は、東洋の竜の如く身をくねらせ、銀色の長いレーザーを連射しながら、地形追従ミサイルをばらまいていく。
 『要塞ステージ』の壁面を切り裂き、スクランブル発進してくるグルグルの群をあっさり一掃する五本のレーザーライン。
 地形追従ミサイルは地面ギリギリを飛翔し、必死に弾をばらまいて迎撃を試みるダダッカーを爆烈に巻き込む。
『戦闘行為アクシデントなし。被弾なし。攻撃順調。敵への殲滅行動続行中』
 女性の機械音声が爆発の連続で火の海となる地形を置き去りつつ、洞窟の中に響く。
 大洞窟内の機械生物に襲われるのは超時空戦闘機も一緒だ。
 無敵に思えるビッチバイパーは複雑な金属質の地形を高速で飛行し、洞窟の入口へと遡行していく。
 それに追われる形となっているのが『グラディース島走破レース』の選手達だ。
「おーい! 待ってくれぇ!」
 集団の最後尾で、取り残されざるを得ないスピードでしか走れないカメが青色吐息で必死な声を挙げる。背負った重そうな甲羅にミサイルが命中し、爆発でカメの丸っこい身体が前方へ飛んだ。
 それに対処したのが福の神見習いのビリー・クェンデス(PC0096)。
 『神足通』によるテレポート。空中での小キックでカメの軌道を変え、次いでまた神足通で先回りして『空荷の宝船』の甲板上で観客達と飛んできたカメを受け止める。
「あれぇ。カメさんの甲羅に爆発でひびが入ってしまったわねえ。後で接着剤でも塗った方がいいかしらぁ」
 宝船に乗っている植物系淑女リュリュミア(PC0015)は船上で、ダークグリーンの髪を風になびかせながら、ぽやぽや〜と呟いた。
 カメが宝船に乗せられ、運ばれる事になった。
「おーい、カメも乗ってきたぞ」
「畜生、あの飛行機、しぶといな」
「おい! レーザーがこっちへ向くぞ!」
 観客が騒がしい宝船に後方から伸びてきた銀色のレーザーの一本が直撃しそうになるが、船尾のリュリュミアの両手から花開いた『ブルーローズ』の蔓の塊による傘がそれを防ぐ。爆発的な銀の閃光。周囲の景色が明滅する。
「後ろから火を着けたら燃えてしまいますよぉ」
 リュリュミアは見事にレーザーを受け止めたが、青薔薇の傘がその一撃で燃え尽きてしまった。これではダメージを一回、受け止める度に新たな防護用の傘を創造する必要がありそうだ。数に限りがあるバリアだ。
「こらアカンわ……シャレ抜きにホンマのアカンやつや」
 レーザーの威力にビリーは真面目に必死の逃走を覚悟するが、そんな座敷童の思惑とは別に宝船の船上では酒宴がまだ続いていた。
 絶対の危機だというのに、何処か緊張感が欠けている。アルコールの酩酊のままに、酒客達はいまだ飲み食いを続けていた。
 この時、ローラーブレードで金属床を火花を立てながら走るアンナ・ラクシミリア(PC0046)は、宝船の後方に位置しながら、狭い地形と相手の攻撃範囲の広さにてこずっていた。
 ビッチバイパーは機首に青白いバリアを装着している。前方からの攻撃はそれに阻まれるだろう。
 だから走者チームの最後尾につけつつ、モップを回転させたり『レッドクロス』でレーザーやミサイルを防ぎながら、そのバリアの破壊を狙っていた。
 まず、バリアを削らなくては!
 それが彼女の思いだった。
 と、遮二無二に地上を走る走者組に追いつこうと、金属的な隔壁の隙を縫う様にすり抜け飛んでいたビッチバイパーに空中転移してくるザブンの群が襲いかかる。超時空戦闘機がその対処に追われ、足並みを止めた。くねる様に動き続けながら、四方八方から特攻してくる何十ものザブンに対処して、その場に足踏みする。
「今の内だ!」
 先頭走者のウサギが次のステージ『生体ステージ』へと突入する。
 背に『魔白翼』を羽ばたかせた姫柳未来(PC0023)も金属質なステージから不気味な肉質的なステージへと突入する境界を、飛行しながら、越える。
 この隙にアンナはモップでザブンの群に混じって、モップで攻撃を仕掛ける。
 低い位置に来た時にビッチバイパーのバリアにモップの攻撃が命中した。バリアの青白い光が幾らか小さくなる。
 ザブンの攻撃が止みそうになるとアンナは踵を返した。
 自分の主題はあくまでも宝船と観客を守る事。深追いはしない。そう思いながらまた一発、船に当たりそうなレーザーをレッドクロスで受け止め、盛大に火花を散らす。
 皆が、生物の体内の様な生体ステージに突入した。
 光の透過性が高いステージ内。自分達が突入する時に空けてきた繊維細胞の断裂を再び通って逆走する走者達。
 ここで抗体の様な自遊細胞群アミバが襲いかかるが、それはビッチバイパーにも同じだ。
 あちこちに破壊困難な肉壁があり、飛行を邪魔するそれらをビッチバイパーが普段より長めにレーザーを掃射する事で道を切り拓く。比較的固いアミバもそれで薙ぎ払う。
「フ……なかなかの強さだが無駄なあがきはせん事だ!!」
 その走者達の前に!立ちはだかったものがいる。
 人面アミバだ。
「先程にはいなかった奴がいる様だが……まあいい。きさまらの技など手にとる様に解るわ……」
 不定形のアミバの表面に陰険な顔の凹凸が生じた人面アミバが。不敵な声を挙げる。
 だが、次の瞬間、ウサギの足がその頭を踏んづけて跳び越える。
 更に未来のスニーカーが顔を踏みつけて越えていく。
「天才のこのおれ様の顔を踏んづけやがった〜っ!!」人面アミバが怒りの声を荒げた。「まあ、いい……今の女が踏んづけていった時、ミニスカートの中身がバッチリ見えたからな。うむ……気に入った。活もいい。どうやらきさまは最高のJKの様だ」
 だが、次の瞬間、人面アミバに長いレーザーの先端が命中した。
「もう一度言う! おれは天才だ!!」
 それがジュッと蒸発した人面アミバの最後の言葉だった。
 レーザーとミサイルの爆発で生体ステージの内壁を大きく抉り取る絶対破壊者に追われながら、走者達はステージを通過した。
 今度は高重力が支配する疑似宇宙空間『触手ステージ』だ。
 一気に皆の身体速度がガクンと落ちる。
 ねばつく空気の中で走者は走り続けようと必死になるが、いかんせんスローモーな動きで速度が出ない。
 それはビッチバイパーも同じだった。銀色の流線型の機体が高重力に捕まり、全体の動きもレーザーやミサイルまでスローモーションになった。
 どうやら既に全部を倒したらしく、触手を持つ肉球が出現しない分だけマシだ。
 皆、必死に走り、飛んだ。しかし、走りは遅く、飛行は低い。
 アドレナリン全開。来た時と同じ様な高重力のもどかしさを感じながら、何としてでも前進する。
 跳ねるウサギのジャンプもどうしようもなく低い。
『重力検知12G。走査。疑似重力発生装置、特定。攻撃』
 ビッチバイパーが機首下に半実体の光の胴体を集める様にフォーメーションを組むと、そのまま五本のレーザーを集中させて発射した。
 無限に続く宇宙空間の如き星空の一部が、まるでそこ一点だけ実体がある様にレーザー集中照射で赤く灼けた。
 するとそこがレーザーのエネルギーで大爆発を起こした。
 突然、皆の動きが軽くなった。
 高重力の束縛が消えたのだ。
 宇宙空間の立体映像が消え、滑らかな壁面を持つ人工洞窟という真の姿が皆の前に現れた。
 プラネタリウムの投影装置みたいな大きな機械が熱く火を吹き、焼けて、溶けている。
 これをきっかけに皆は加速する。身体が軽い。
「早く洞窟の外の人達に避難を呼びかけへんと!」
 ビリーの宝船もスピードを出す。
 一刻も早く、大洞窟を抜け出て、外で待っている観衆や露天商等に危機を伝えなければならない。
 しかしビッチバイパーの速度が彼の船以上だというのは既に解っている。
 時間稼ぎが必要だ。ビリーは思った。
 しかし、こんな強力な敵相手に時間稼ぎを引き受けるなど自殺行為だ。
 と、ここで天然アスリートのジュディ・バーガー(PC0032)はいきなり後ろを向いた。
 ビッチバイパーと正対する。
「ハリー! 急ぎナサイ!」ジュディは声とジェスチャーで背後の宝船に前進を促した。「ジュディが相手をしマス!」
「時間稼ぎに身を捨てるつもりですか!?」
 アンナはローラーブレードを急停止させて彼女を振り返った。
「ああ。ココハまかせて先にイッテ!」身長二メートル超のジュディの背中が語った。「タイム・アーニングス、時間を稼ぐのもいいケド……別に、アレを倒してしまっても構わんのダロウ?」
 ニヤリ、という彼女の不敵な笑顔が、顔の見えない背中側からでも解った。
「これ、ジュディがサムディ、いつか使いたかったパワーワードですヨ。例えるなら『シーマンズのステガマリー』ね♪」
「シーマン!?」
 アンナの脳裏には人面魚と会話するS○GAのテレビゲームの画が浮かんだ。
「いや『島津(シマヅ)の捨てがまり』」宝船に乗っていた酔客の一人が酔いを醒ました冷静な口調で語った。「ある世界の中世の大戦(おおいくさ)『セキガハラ』で、劣勢のシマヅ藩は敵中に少数孤立してしまった時『敵軍の中央突破』という凄まじい撤退戦をする事を選んだ。この時にとられた戦法が『捨てがまり』。少数の味方が戦地に留まって、先方を逃す為に決死で敵の大軍を食い止める、勿論、残された味方は死ぬしかない、だが、それを繰り返して仲間を逃がすという壮絶な戦法だ。あのジュディとかいう姉ちゃんはそれをしようというのか……」。
 観客達が一斉にごくりと唾を飲んだ。
「死ぬ気なのか、姉ちゃん……」
「俺達を逃す為に……」
「畜生、かかあがいなけりゃ、俺はお前に惚れてたぜ……!」
「ごっつぁんです、ジュディさん。本当のアメリカン・スピリットというものを見せてもらいました」
「ジュディさん!」
 ビリーはこんな事もあろうかと、船に積んでいたジュディの戦闘装備を地面に下ろした。
「行くで! ジュディさんの精神を無駄には出来へん!」
 ビリーは涙を風にこぼしつつ、空荷の宝船を全速力で発進させた。今までは観客や障害物や背後からの攻撃を気にして出せなかったスピードをここで全開にしたのだ。
 未来は白い翼の羽ばたきを更に力強くし、全力を出して前進した。ジュディが時間を稼いでくれるのなら、この先のステージで罠を仕掛ける余裕が出来る。そこまで急ぐのだ。
「ジュディ!」アンナは走り去る前に女戦士の背中に叫んだ。「遠足は、無事に帰るまでが遠足ですよ!」
 振り返らない背中がサムアップでその言葉に答えた。
 アンナはローラーブレードをひるがえして、宝船の後を追った。
 一人の元アメフト選手と一機の超時空無人戦術戦闘機が広い洞窟の中で向かい合った。
 心臓の鼓動と、VTOLの駆動音。
 今、ここには前にビリーの『大型スピーカー』が流していた様なBGMはない。
 だが、この場には空気震わせる魂のBGMが無音で流れていた。
 それは『グラディ○ス』のものではなかった。
 『DUEL OF TOP』。
 『サン○ーフォースX』の最強者同士の対決のBGMだった。

★★★
 続く『逆火山ステージ』『モアイステージ』を残存戦力とそれなりの交戦があったものの、比較的無難に全速力で通過する事が出来た。
 『迷路ステージ』。
 ここでウサギ、未来、アンナの三人は、ビリー、カメ、リュリュミアと観客の乗る空荷の宝船が分かれた。
 宝船は大洞窟の出入り口の方へとスピードを緩めず、飛び去る。
 ウサギと未来とアンナはビリーより供されたスポーツドリンクを飲み干した。
 ここは丸石が積み上げられた迷宮のステージだ。
 往路で道を切り拓く為にかなりの数の丸石を破壊、排除したが、まだまだ迷路としての構造は保っている。
 またフジツボ状の砲台生物もまだ残っていて、時折、三人の走者めがけて散発的に弾を撃ってくる。
 飛んでくる弾をかわしながら、三人は地形を慎重に確認した。
「全く、昼寝をするヒマすらありゃしない」
 ぼやくウサギがとりあえず邪魔な位置にいる砲台生物をストンピングして倒す。
「正面からやり合ったらどう考えても火力負けするから……」
 未来は白翼を羽ばたかせながら、この迷路で自分達が動く手順を実地で演習している。
「単に洞窟から脱出するだけなら真っ先に飛び出す自信がありますわ」アンナはローラーブレードで石床を踏みながら周囲の人工的星空を眺める。その眼線の先は洞窟奥の方へと向けられていた。「けれども皆さんを残したまま逃げ出す事など出来ませんわ」自分が果たす役目だった宝船の援護は終わった。これからは攻めの時期だ。
 ジュディが時間稼ぎをしてくれたおかげで準備は入念に整っていた。
 後はビッチバイパーが来るのを待つのみだ。
「来た!」
 叫んだのは未来。
 大洞窟奥より飛来する物がある。
 それは超時空無人戦術戦闘機だった。
 機首にあったバリアが全て失われている。
「ジュディ……」
 ウサギが呟いた。
 胴体から長いレーザーが五本飛び出し、石の迷宮を切り刻む。
「いい? 手筈通り行くわよ!」
 未来の声で三人は打ち合わせしてあった手順で動き始めた。

★★★
 砂埃が風に舞う広場。
 グラディース島の洞窟の外では、勝者を待ち受ける大勢の観衆や賭博の参加者、露店の主人達が今や時遅しと大洞窟出入口を見つめていた。
 もう何人ものリタイア者が大洞窟から這う這うの体で出てくるのを迎えている。
 海では太陽が夕陽の色に染まろうとし、スタート時に比べると随分と水平線に近づいている。
 そろそろ洞窟奥に誰かが辿り着き、勝者が決まっているのではないか。
 いや、もしかしたらあまりに過酷な障害で奥まで辿り着けずに全滅してしまっているのではないか。
 リタイアした者を数えれば、残っているのは五人のはずだ。
 その内の誰かが、いや全員がもう帰ってきてもいいのではないいか。
 皆、焦燥を隠せずに勝者を待ち続けていた。
 露店や屋台の主人達も店を離れ、大洞窟を見つめる観客達に混じっている。
 待つとすれば、いつまで待てばいいのだろう。
 ウサギを。
 カメを。
 もしかしたら素晴らしきダークホースを。
 そんな気持ちを誰もが抱き始めた時。
「皆〜ッ!! 一刻も早く、この島から逃げるんや〜ッ!!」
 突然、大洞窟から必死の声が轟音として近づいてきた。
 出入口の奥から飛び出てきたのはヨットほどの大きさを持つ空飛ぶ宝船、それに積まれた『大型スピーカー』から大音量で吐き出されるビリーの叫びだった。
「避難やッ!! 脱出するんやッ!! シャレにならん大物がこの島を焼き払うべく、洞窟の奥から迫って来とるんやッ!! ボク達もやられてまう〜ッ!!」
 頭上から影を落とす飛空船。
 自分達の頭上を飛び回るその船からの突然の報告に、大勢の観客達が騒めく。
 しかし事態を完全に理解した者は少なく、その叫びの必死さに反して誰も逃げずにほぼ茫然としたまま動かない。
 え、何を言っているんだ、この子は!? レースはどうなった!?
 それが皆の反応だった。
「『ビッチのパイパイ』とかいう奴がすんげー強力な光線をいっぱい出しながら洞窟を壊してる!」
「『弔辞食う無恥の先日の銭湯』がでっかい脳味噌の中にずーっと潜ってたんだよ!」
「大爆発する走る爆弾達をポンポンばらまいてる!」
「残った奴はそいつと戦う為に洞窟の中に残ってるんだ! ジュディが『ステラー・マリー』とかいう奴になって、くいとめてくれてんだ!」
 すっかり酔いを醒ました船上の観客達もビリーに同調して必死に説明するが、観衆達のリアクションは薄い。
 船の観客達の説明が訳の解らないというのは確かにある。
 しかし、それ以上に事態が急変しすぎなのだ。
 それでも一人、二人と慌てて観衆の中から離れて逃げ出そうとする者が出ている。
「ほら。あんたも何か言って!」
 船上の客の一人がリュリュミアにも発言を促すが、彼女自身が事態を把握してないのか、ぽやぽや〜とした態度で言葉を選んだ。
「えーとぉ、皆さぁん」リュリュミアは冷静だ。「洞窟の奥にお花畑はありませんでしたぁ」
 観衆達の頭はますます『???』になった。
「えーと、皆さん!」カメがリュリュミアの後を受けて観衆の注目を集めた。
 観衆達が再び騒めく。
 ここにカメがいる。
 という事はレースの勝者は今年もカメなのか!
 その類の騒めきだ。
 その注目の中でカメが大きな声を張り上げた。
「グラディース島の『伝説』が本当になったぞ! ヤバいが本当だ!」
 その言葉で観衆達全員が事態の真相を把握した。
『グラディース島最奥部の巨大脳の中には一匹の『翼竜』が捕らえられているという。
 翼竜は輝く長い胴体を持ち、再び羽ばたく日を待ち焦がれているという。
 その翼竜が羽ばたく時、このグラディース島は終末を迎える』
 この島に来たのは全員、その伝説を聴いた事のある者達ばかりだった。
「洞窟の奥にいた翼竜ビッチバイパーはこの島を殲滅させるつもりやッ!! ここにいる者へ無差別に襲いかかってくるッ!! このグラディース島自体が危ういッ!! 一刻も早く脱出するんやッ!!」
 ビリーの声は大音量でスピーカーから響いて、観衆達に驚愕と恐怖が広げさせた。
 騒乱が起こった。
 大勢の人間達が右往左往し、露店が、屋台が、賭博の申し込みボックスが、勝者の歓待の為に用意されていたブースが蹴り倒される。
 洞窟からの勝者を待っていた観衆達はパニック。大騒ぎになって慌てふためく。
「あかん。えらい騒ぎになってしもた」
 ビリーは言いながら『伝説のハリセン』で船べりをスパーン!と叩いた。
 その音は大型スピーカーで増幅されながら、広場に響き渡り、パニックに陥っていた者達の注目を集めて足を止めさせた。そんな効果さえある清清しい響きだった。
「一刻も早く脱出すべきやけど、パニックになったらあかんで!」
「そうですよぉ。人生は落ち着いてスローリーにぃ。順番にぃ、順番にぃ」
 1/f揺らぎがあるのかとさえ思われる、落ち着いたリュリュミアの声も皆のパニックを鎮静する効果をもたらす。
 広場の大騒ぎは多少落ち着いた。
 それでもプチパニックを起こしている、主に子供達が集まっている場所にビリーは空荷の宝船を下ろした。
 リュリュミアのぽやぽや〜とした雰囲気は子供達のパニックを緩衝する。
「皆、ここで降りてや。そして、それぞれ騒ぎすぎない様に皆に言い聞かせてや。ボクはもう一度、洞窟へ戻らなあかん」
 船に乗っていた観客達とリュリュミアは地面に降ろされた。
「カメさんも降りた方がええで。ボク達が行ってもまだ戦いのまっ最中かもしれへんし」
「まだ、レースは中止だと言われてないからね」
 カメが降りるのを拒否した。
 空荷の宝船は舞い上がった。
 そして広場の喧騒を後方に追いやって、発光石で明るいグラディース島の大洞窟へと再び、突入していった。

★★★
「島の皆は無事に脱出出来ましたかしら」
 ふと、アンナは大洞窟出入り口の広場で待っているはずの者達の事を脳裏に思い浮かべた。
 迷路ステージに並ぶ丸石の構造物をローラーブレードで走り抜ける。
 その軌跡を追って、銀色のレーザーが表面に灼けた跡を長く刻んでいく。
 フジツボ状の砲台生物群はビッチバイパーを迎撃して弾を吐くが、レーザーとミサイルの前にあえなく一掃される。
 超時空無人戦術戦闘機は荒らぶっていた。呼称に戦術とあるが、十分に戦略と呼んで差し支えない攻撃力だ。
 五本の銀の光条を振り回す。
 堅固な石の迷宮が切り刻まれて溶けていく。
 しかしそれでも基礎となっている石造建築部分は焼け残った。
 迷路ステージの迷宮性はちょっとやそっとの戦闘機が蹂躙したくらいでは損なわれるものではなかった。
 未来とアンナとウサギはビッチバイパーを翻弄すべく、迷路の中を移動しまくった。
『目標追尾機能正常作動、ロックオン』
 ビッチバイパーがウサギに向かって半エネルギー体の胴を向け、レーザーとミサイルを発射する。
 しかし、彼はすんでのところで曲がり角へ隠れ、レーザーをやり過ごす。追走してくるミサイルは砲台生物を盾にして、爆発をかわす。
 これは未来の作戦だった。
 この狭く入り組んだ迷宮は、強力な攻撃力を持つビッチバイパーの動きを不自由にするには絶好の地形だった。
 ビッチバイパーの機動力は素晴らしい。だが、窮屈で崩せない迷宮がその全長十メートルの機体から機動力を奪っている。
 ジュディのおかげだ。魔白翼を羽ばたかせて未来は敵を翻弄しながら思った。彼女が時間を稼いでくれたから、この迷路ステージのマップを調べて、ビッチバイパーの動きを封じるアクションを事前に考え抜けたのだ。
 アンナは地を走り、未来は空を飛ぶ。
 二手に分かれた彼女達の挑発は、人工知能の彼女、ビッチバイパーを怒髪状態に持っていく事が出来たのか。 多分、出来たのだろう。冷静なはずの無人戦闘機の機動にヒステリックな余分な挙動が見え始めた。
 アンナを追いかけていたビッチバイパーが追跡の途中で横道にウサギを見つける。アンナよりウサギの方が距離が近い。更に彼は立ちすくんでいる。
 彼女は即物的に目標を変更し、ウサギに対して機首を向け、横幅が翼端ギリギリの横道に突入した。
「おっ先〜」
 ウサギが、闘牛士が牛をかわす様に、いや跳び箱を跳ぶ様に戦闘機の突撃をかわす。レーザーや爆弾が撃たれる前だ。大きなジャンプで後方へ通過する。
 横道はそこを深く潜った所で行き止まりだった。
 ビッチバイパーが袋小路から抜け出すべく、Uターンしようとする。
 翼端がひっかかった。
 しかたなくそのまま、バックで後退しようとする。
 しかし、これこそ作戦の要点だった。
 ビッチバイパーには後方への武器はない。
 攻めに特化した前方への火力は物凄いが、後方は完全な死角だった。
 剥き出しになった機尾位置に未来がテレポートした。
「後ろがお留守ですよ、と!」
 『ブリンク・ファルコン』。まるで彼女が七人に分身した如きブラー(ぼやけ)を起こす。
 そしていかにも超破壊的なインパクトを持つ『ごついウォーハンマー』の八連続攻撃がビッチバイパーに叩きつけられた。「キック・アス!」凄まじい衝撃が超時空戦闘機の機尾を歪ませる。
 傷つけられた後部の熱いベクター・スラスターがまるでガラス細工の様に形を崩し、ひび割れた。破片が飛び散る。
 ビッチバイパーは後部も頑丈だ、しかしウォーハンマーの最後の一撃が、ノズルを潰した。尾部装甲を完全に破壊し、内部のメカニックを露出させた。
 破壊された機体が火花と作動不調音の悲鳴を盛大に挙げる。
 それでもゆっくりとした速度で後退を試みるが、そこに石材迷路斜面の表を滑走していたアンナが加速のままにジャンプする。ジャンプの終点にビッチバイパーの破壊された箇所がある。彼女はそこに伸長したモップの突きを全力で叩きこんだ。
 脆くなった機尾にモップが深く突き刺さる。
「お覚悟を!」
 そのモップを大振りの横なぎで引き抜く。
 激しく破壊された内蔵エンジンが火を噴いた。
『推進エンジン損傷。機体後部、損傷重大。消火開始。自動修理シークエンス開始。完了まで三十分』
 ビッチバイパーから女性的な機体音声が悲鳴の様に響いた。
 更に。
「『乱れ雪桜花』!」
 轟!と石造迷宮の星空に無数の桜花が吹雪の如く舞った。
 桜吹雪の中でアンナの連撃がビッチバイパーの機体を強力に殴打し、後部機械を残らず大破片として引き剥がした。
 後部で小爆発が連続した。
『推進エンジン損失! 機体後部被破壊! 自動修理シークエンス続行不可能! 自動修理シークエンス続行不可能! ……母船とのコンタクトが至急必要! ……熱量限界突破! もうダ……!』
 断末魔のアナウンスが甲高く響いた次の瞬間、ビッチバイパーの装甲の継ぎ目から幾つもの眩しい閃光がほとばしった。
 アンナと未来とウサギはその場に伏せた。
 轟音。全長十メートルの機体が内部から膨れ上がる様に爆発し、迷路の中を熱い爆炎と破片の嵐が激しく吹き抜けた。
 ビッチバイパーに付随してもがいていた四つの半エネルギー体の胴体も消滅する。
 敵機が爆発してなおしばらく、迷宮の空気は火の如く熱かったが、三人がようやく立てる頃には迷路内の熱流はおさまっていた。
 一度、立ち上がった三人だったが、その場にまた座った。
「……疲れた」
 思わず漏れたウサギの呟きに、未来とアンナはそれぞれ笑った。
 その時、救急車のサイレンみたいな音が洞窟入り口の方から近づいてきた。
 見ると、ビリーの空荷の宝船が大型スピーカーからサイレンを鳴らしながら飛んでくる。
「何だ、ウサギの奴は生き残ったのか」
 三人を見つけたカメが船上でぼやいた。
「どうやらビッチバイパーはやっつけたみたいやな。ちょっと待ってな。今、治療の準備するさかい」
 ビリーは言いながら、空飛ぶ宝船を三人のいる所に近づけさせた。
「これでレースは中止かな」
 カメが迷路ステージの構造石材の上に立つ。
「んなわけないでしょ」
 未来が不敵に微笑んで走るり出す。
「続行でしょう。たった今から」
 アンナはローラーブレードでダッシュした。
「おっ先〜!」
 ウサギは二人を追い抜いて走り始めた。
 カメもヒイコラ言いながら後を追いかけ始めた。
 四人は出口近くの『火山ステージ』に向かって疾走する。
「せっかちやな、もう」
 ビリーの宝船も彼女達を追い抜いた。

★★★
 巨大な夕陽。
 洞窟最奥部をゴールでなく折り返し地点として、先にこの洞窟から出てきた人が勝者、という新ルールは既に広場で待つ者達に伝わっていた。
 一足先に空荷の宝船に乗ってきたビリーが飛び出てきて、その新ルールと翼竜ビッチバイパーを倒して避難する必要がなくなった事を洞窟の外で待っている皆に伝えたのだが、観衆は半分ほど島から船で脱出していた。
 現在、完走者歓待用のブースは急ピッチで修理完了していた。
 沖には波間の音に揉まれまがら、脱出しようとした船が遠見に列をなしている。ビリーの報告で脱出は中止され、船は沖にとどまっている。
 広場にはリタイアした選手達も固唾を飲んで見守っている。
 果たして最初に到着するのはカメか、ウサギか。
 それとも……。
 時折、爆発音が低く漏れていた洞窟の奥から滑らかな車輪音が近づいてきた。
「いっちば〜ん!」
 ゴールテープを切ったのは『電動アシスト自転車』を快走させてきた未来だった。火山ステージの往路で乗り捨ててきたのを回収したのだ。
 それと僅差でアンナとウサギはゴールに到着する。悪路が災いし、更には未来はブリンク・ファルコンという敏捷度を上げるスキルを残していたのだ。
 カメはまだ姿が見えない。
 観衆達のボルテージが高い歓声が完走者達に降り注ぐ。
「やったぜ! 嬢ちゃん!」
「よし! 大穴だ!」
「な、オレの言った通りだったろ!」
「スカートが風で盛大にめくれてるところがオイラ好みだぜ!」
「つーか、チャリンコってありなのか!?」
 勝者は未来である。
 しかし、これには大勢の見物人達から物言いがついた。
 果たして乗り物に乗ってのレース参加は認められるのか。
 しばし様様な意見が広場を飛び交う。あれはハンデだろ。純粋に競技者の身一つのみで決められるべきだ。そもそもレギュレーションがきちんと決められてないじゃないか。だって、あの時はまさかこんなに大勢、参加するとは思っていなかったから……。それを言ったらアンナのローラーブレードさえ見逃すべきではなかった。なんか物凄く走りに特化した超能力を持った奴が参加してたらどうするつもりだったんだ。ドラゴンに乗ってきた奴がいたら、それはOKなのか。……。
 二十分ほどしてカメがようやくゴールした時も意見がまだ煮詰らず「そもそものレースの発案者であるカメとウサギに最終意見を訊こう」という妥協案をとる事になった。
 観衆の視線が、ウサギとスポーツドリンクを飲もうとしているカメに集まる。
 カメがフウフウ荒い息をしながら質問に答える。「デュフフ。俺はレース前にジュディに『自慢のバイクを駆って出たらどうだ?』と挑発した。乗り物はありだと認めたと同じだ」
 ウサギが人参を齧っている。「同じ意見だ」
 ここに未来のレース優勝が決定した。
 『グラディースの大洞窟制覇』。
 その称号のみが賞品とされる大レースの勝者は戦うJK・姫柳未来だった。
 彼女の周りでお祭り騒ぎの輪が広がっていく。
「あらあら、皆、騒ぎ始めちゃってぇ」リュリュミアはおっとりと島から船から花火でも打ちがらん勢いの盛大なパーティを眺める。「酔いすぎると暴走しちゃって、皆で屋台をひっくり返す様な大事件が起きちゃいますよぉ。こういう時にこそ、この匂い袋をぉ……」
 例の匂い袋を配り始めようとしたリュリュミアを「それだけはダメ!!」とレースに参加した者達が一斉に止めた。
「あららぁ」

★★★
 夕陽は海に溶け、空も雲も島も人も皆、黄昏色に染まっていた。
 優勝記念パーティは一段落つき、皆はグラディース島の大洞窟の大きく開いた口を見つめていた。
 家に帰る者はいなかった。
 やがて、その大洞窟の中から一人、人影が現れた。
 皆はずっと彼女を待っていたのだ。
 生きて帰ってくる。それを信じて。
 それは身体にフィットするスポーツウェアを着た、長身の女性だった。
 ジュディ・バーガー。
 傷だらけの彼女は負傷した足を引きずりながら、皆の方へ走ってくる。
 観衆から数人の拍手が起こった。
 拍手はさざ波の様に周囲に広がっていく。
 島の大気を騒めかす拍手の音の中で、ジュディはゴールである地面のホワイトラインを越えた。
 救護班の人間が一斉にジュディに群がる。地面に座り込んだ彼女はあっという間に絆創膏や包帯だらけになった。
「待ってたで。ジュディさん」
 ビリーはジュディにとりあえずの疲労をとるツボに針を打ちながら、彼女に語り掛けた。
「デュフフ。死亡フラグを叩き折ってくるなんて」
「全く、殺しても死なないくらいタフだね」
 カメとウサギが呆れた顔で肩をすくめる。
 ある程度、元気が戻ったジュディは立ち上がった。
 ビリーが合図すると、船の観客だった者達が大荷物を運んできて、二人の間の地面に下ろした。
 酒樽。
 『バハムート殺し』の樽だった。
「敢闘賞の賞品や。元元『モータ』の大嘘つきコンテストの賞品なんやけど、ボクは飲まへんし。ジュディさん、お酒めっちゃ好きやろ?」
 ジュディの眼は輝いた。
「イピカイエー!」
 その声は高く、まるで雲を払うかの如く黄昏の天へと突き上がる。
 いっそうの拍手が大気を震わせる中、これでこの大レース大会が完全に終了したと皆は悟った。
 来年もカメとウサギの競争が続くだろう。
 ただ、この大会以上の盛り上がりがあるかどうかは誰も知らない。
「どうでもいいですが、ゴミは各自拾って帰って下さいね」
 広場の清掃をしているアンナの眼で、光る滴が夕陽を反射した。
★★★