ゲームマスター:田中ざくれろ
★★★ 依頼報酬は一人頭、三万イズム。 「オークを『三〇〇匹』退治するんだって?」 「おい、一応『三〇〇人』って言えよ。俺らと同じ二足歩行生物なんだぜ」 「足の数で知性的かどうかを論ぜられるかよ。セントールだって四本足なんだぜ。人魚はゼロ本だ。オークは『匹』! 匹匹匹ヒキ、ひき肉だぁ!」 『冒険者ギルド』の大掲示板には、街道付近の住民、行商人達による『オーク退治』の依頼書が貼り出されていた。 しかし今更オーク退治も、初心者じゃあるまいし、とあざける様に参加を見合わせる者もいる。 逆に、たとえオークでも三〇〇人はきついっしょ、としり込みする者もいる。 そんな時だ! 「おい! 例のオークらが近所の村の娘達をさらって逃げたぞ!」 冒険者ギルドにとびこんできたのは街道近くの村人達だった。 「オークは住処の洞窟へと逃げた! 娘達に危害を加える前に急いで、皆、どうにかしてくれ!」 事態はいきなり緊迫した。 冒険者達で心ある者は今すぐ、この依頼を受けるか受けないかを決めなければならないのだ。 今から追えば、間に合うかもしれない。 そんな一縷の望みを村人達は冒険者に託したのだ オーク三〇〇人と殺戮馬車『ブラッディ・ワゴン』。 この依頼を誰が受けるだろうか。 「私が受けるわ」 そう言ったのはライトブラウンの髪にきりっとした眉。 赤いTバックのハイレグボンテージコスチュームに身を包んだ(包んだというよりは剥き出しにした)美少女だった。 『サンドラ・コーラル』。この界隈では名の知れた冒険者だ。この冒険者ギルドでも『赤いチューリップ事件』『狼男とヌイグルミ山羊事件』が特によく知られていた。 尤も名の知られているのはその力量よりも、露出狂めいたその奇矯なコスチュームの故だったりするが。 「……とりあえず、二台のブラッディ・ワゴンとかいうのをどうにかしないといけないわね……」 呟きながらサンドラは受付に向かい、この依頼に参加する契約を受付嬢と交わした。 サンドラが参加した事で、自らも参加しようかな?と考える冒険者が増えた。そんな彼らのお目当ては彼女の剥き出しの白い尻を間近で見る事に違いない。 「ヘイ、ハワユー! ジュディは相変わらずネ♪ ところでサンドラのパパさんも元気してマスカ?」 そんな邪念に満ちた男達(一部、女性も含む)とは別に、青空を背負った様なさわやかな笑顔でジュディ・バーガー(PC003)はサンドラに話しかけていった。 名馬ロシナンテを自称するジュディは、老騎士ドンデラ・オンド公&従者サンチョ・パンサら遍歴の騎士一行として諸国漫遊を満喫していた。 しかしまことに世知辛い事に、快適な旅を続ける為には相応の費用がかかる。 老公の財布を預かるサンチョと相談し、ジュディは冒険者に戻って当座の軍資金を稼ぐ事にした。しばらくは別行動になってしまうが、それもまた人生の妙味だろう。 いつの日かの再会を誓い、モンスターバイクは荒野を駆けた。 そして最寄りの町に到着したジュディは、そこの冒険者ギルドに顔を出し、大掲示板の前に大勢が群がっているのに出くわしたのだ。そして久しぶりの出会いになる少女と再び出会った。 ジュディとサンドラは前に挙げた事件で、共に組んだ仲だった。 そんな彼女達の周囲に興味の傾向を同じくする、もう親友と呼んでいい知己が集まってくる。 マニフィカ・ストラサローネ(PC0034)は旅の途中で不吉な噂を聞いて現れた。 『サマギニ峠』に三〇〇匹のオーク軍団と殺戮馬車が現れたらしい、と彼女は聞いた。 勢いづいた軍団に街道は制圧され、地域の住民や旅人達が脅威に晒されている。 そして冒険者ギルドにオーク退治のクエストが依頼されたのだ。 この世界ではデザインが重要な意味を有す、とマニフィカは思っている。 それは形式美にも通じるはず。 お約束は尊い。古今東西を問わず、魔王と勇者が宿命のライバルである様に、オークと姫騎士もまた不倶戴天の敵なのだ。 やんごとなき王族の一員にして、近衛イルカ騎士団の名誉階級を持つマニフィカは、紛う事なき『姫騎士』と言えるはず。 狂おしいほどの衝動を伴い、胸中でノブレス・オブリージュの呪縛が叫ぶ。 「くっころ」なる敵。忌まわしきオークどもを倒せと! マニフィカがここでお約束として愛読書『故事ことわざ辞典』を紐解けば、そこには『鎧袖一触』という記述。 いつになくアグレッシブな天啓に戸惑いを覚えながら再びページをめくる。 すると次は『ガンガンいこうぜ』という言葉が眼にとびこむ。 ……え? これって何か違うような。そもそもことわざか? 更なる戸惑いの姫騎士に並んで、そびえる大掲示板の前で周囲の好奇の視線を集める一人と一頭。 福の神見習いのビリー・クェンデス(PC0096)は、魔獣『レッサーキマイラ』を連れて、このギルドにいた。 たとえ王立公園に住み着いた野良魔獣であっても、先立つモノは必要不可欠。全く、まことに世知辛い。 ビリーはそうした財政事情を考慮し、なるべくレッサーキマイラをクエストに誘う事にしていた。相棒認定している事も大きな理由だ。 「オーク肉は美味らしいで?」 ビリーは、ジュディから得た知識で魔獣のやる気を引き出そうとする。 「いや、いくら豚でも喋って道具使って服着るモンを食べるのはなんか気がひけまんがな」 意外と慎重なな意見を言うレッサーキマイラの山羊頭。 「甘いッ!」 『伝説のハリセン』が山羊頭をスパコーン!と小気味よい音ではたく。 「ここ『オトギイズム王国』はなんやかんや言っても『ふぁんたじー』な世界や! ヤカンが蓋をパカパカ開いてお喋りしたり、黄色いスポンジがフライ返し持ってハンバーガーを焼いたりするのにいつ出くわさんとも限らん不思議な異世界なんや! 何処かの非常識はここの常識! 可愛い女の子が牛人間に料理として捧げられる事態に出くわしても、ボク達は笑ってご相伴にあずからんといけんのや! オークは美味! その事実の前に自分が抱いている常識という名の偏見は、ピーマンが嫌いという以上の意味も持たん事をしっかり肝に命じぃや!」 「すまんです! あにさん!」 「わいらの食わず嫌いを自覚しやした!」 「…………」 「解ればええんや」 しっかりとこうべを垂れるレッサーキマイラの獅子頭、山羊頭、毒蛇頭にレクチャーしたビリーはえへんぷいぷいと仰向けに宙返りする。 「まあ、とりあえず戦勝祈願や」 着地した時、ビリーの手には十八番の『打ち出の小槌F&D専用』が握られていた。 「語呂合わせで縁起を担ぐ。オーク討伐ならズバリ『とんかつ』で豚に勝つや!」 ビリーは十八番の『打ち出の小槌F&D専用』でカツサンド山盛りの皿を出し、この依頼の参加者にカツサンドを配り始めた。 「腹が減っては戦が出来ぬ! まあ、そういうこっちゃ」 古式ゆかしい伝統文化はアシガラ地方やヨシワラ自治区でも通用しそう、とビリーが一人、悦に入っている、と。 「とんかつとか豚肉とかそんなにおぉくは望まないですぅ」 ここで依頼参加者の一人、リュリュミア(PC0015)は手に渡されたカツサンドを持て余し気味に困った顔をする。 「ただ娘達を返して、これからは人を襲わないってオークが約束してくれればぁ」 「くっ、リュリュミアさんもすかさず地口で返すとはまさしく洒落てるやないか……!」 咄嗟に感じた風圧にビリーは光合成淑女の風下にまわっている事に気づいた。 「ともかく善は急げですわ」 『エタニティ』という百人規模の会社の女社長であるクライン・アルメイス(PC0103)はカツサンドを受け取りながら、手にした鞭のたばねにしごきを入れた。安定した経済活動の為の流通の確保に日日努力している彼女は、早速この依頼に乗っている。 「流通が滞る事態はさすがに見過ごせませんわ」 「娘達の救出が最優先ですが、わたくしは狭い穴の中での戦闘は不向きだと思うのでもう一つの脅威である馬車の方を対応しますわ」 アンナ・ラクシミリア(PC0046)はカツサンドを受け取りながら、木の椅子に座り、自分のローラーブレードの調子を確かめている。傍にはモップが縮めた状態でテーブルに立てかけられている。 「わたくしはローラースケーティングで右に左に矢を避けながら馬車に接近して車軸を狙います。向かってくる相手には容赦しませんが、逃げる者は深追いしませんわ。強力な武器がなくなればむやみやたらと人を襲う事はなくなるでしょう」 「これだけ猛者がそろってるなら、この依頼も大丈夫ね」 Tバック・レオタード型レザーアーマーの赤頭巾サンドラが、カツサンドを片手で食べながら武器を隠した自分のバスケットを手に取る。 「依頼受け付けはすんだわね。さらわれた娘達が心配だからすぐ出かけるわよ」 小生意気なハイレグ赤頭巾少女を先頭に、冒険者達はギルドの玄関ドアを開け、外へ走り出した。 ★★★ 実は先に出発したメンバーには大事な人物が一人欠けていた。 たまたま冒険者ギルド内の宿の一室で着替え中だった姫柳未来(PC0023)は「例のオークらが近所の村の娘達をさらって逃げたぞ!」という冒険者ギルドに飛び込んできた村人たちの声を聞き、娘達を助けなきゃ……!という一心で、大慌てでJK制服に着替えていたが、ソックスが何処に行ったか捜していて下に降りるのが遅れてしまった。 それもほんのちょっとの事だが、いつもの冒険者メンバーとは行き違いである。 未来は装備をしっかり整えながら階段を降り、受付ホールに来た。 そこでカツサンドの匂いに戸惑いながらも、まだそこにいて慌てている村人達にとにかくオークが村娘達をさらってピンチだというのを聞き出し「急がなきゃ!」という気持ちだけで連続テレポートを繰り返して、冒険者ギルドから出ていった。 眼に見える限りの遠景へと跳ぶ連続テレポートの繰り返しは、いつのまにか先行のサンドラ達を街中で追い越し、自分以外にオーク退治を引き受けた仲間達がいるとは気づけないまま、結局彼女の単独冒険という形になったのだった。。 ところで未来には忘れ物が二つある。 一つは冒険依頼の受付をギルドですませてこなかった事。 もう一つは、彼女が泊まった部屋のベッドの上に残された、可愛らしい純白のショーツだ。 未来の制服は今日もギリギリのミニスカである。 ★★★ サマギニ峠のオークらは、ある旅人の集団を襲った時、馬車を二つ、手に入れた。 馬は生で食べてしまった。 そしてまた、他の機に武器商人を襲って、数多の新品の武器を手に入れた。 その中には数基のクロスボウと大量の専用の矢(クォーラル)があった。 オークは更なる戦いをする為に考えた。 馬車に獣の血や脂を塗りたくった。 飼っていた大型の狼をそれぞれ四匹ずつ、馬の代わりに繋いだ。 屋根と車体の後方と御者席の横にクロスボウをセットした。 異様な悪臭と不気味で凶悪なムードを漂わせるブラッディ・ワゴンがここに二台完成した。 殺戮馬車を駆るオークはこうしてその街道の全てのイニシアチブを奪い、街道を制圧した。 ブラッディ・ワゴンは周辺の住民の確かな脅威となっていた。 「いますね。血まみれの馬車には一台につき十人はオークが張りついています」 岩がゴロゴロ転がるサマギニ峠を見上げる、道から外れた岩場でアンナはオークの数を数え、深呼吸をした。 赤黒い、ほぼ黒い二台のワゴンにはオークが十人ずつとりつき、脂ぎった凶悪な視線を周囲に配っている。 オークの本隊はここからそんなに離れていない洞窟に住み着いているらしい。 普通ならオーク退治とはそんなに難しくないはずだった。「可愛い冒険初心者にはゴブリンやオーク退治をさせろ」という冒険者のことわざもある。 しかし、今の奴らにはブラッディ・ワゴンという厄介な代物がある。 家族全てで三百人以上という見積もりも膨大だ。それなりに考えて戦う必要もある。 それが村娘を救おうとする冒険者達の最初の脅威だった。 ここを迂回して洞窟に向かうわけにはいかない。それでは冒険者達は背後にこいつらを迎え、挟み撃ちになってしまう。 ジュディは二台のブラッディ・ワゴンを何とかしたいサンドラに、如何にもアメリカン合理主義なアイディアを提案した。 強力な武装を施されたブラッディ・ワゴンとは移動する砦みたいな存在。その移動力が脅威であり弱点でもある。 ならば、移動力を奪ってしまう事が最も効果的だろう。 「で、アイ・ソート・アボウト・ア・ストラテジー、こういう作戦を考えてみマシタ」 ジュディとビリーは、最大のハードルであるブラッディ・ワゴンを退治する為、ジュディを《空荷の宝船》でブラッディ・ワコンの上空まで輸送。 飛空船で上空を押さえ、ビリーの『大風の角笛』で暴風を起こしてワゴンを停止させ、ジュディを『神足通』でビリーと一緒にワゴンの脇に転移させる。 ジュディは怪力でワゴンを引っくり返し、ウィークポイントである車輪や車軸をチェーンソーで素早く破壊。 二台とも処置してから村娘の救出に向かう、という作戦だ。 「そうですね。それは効果的でしょう」 クラインは戦闘第一と考えおり、ジュディの作戦を肯定した。 そして更に自分の作戦を重ねようとする。 「シンプルに火攻めも有効だと思いますわ」 ブラッディ・ワゴンを相手にする為、地形の狭いサマギニ峠の急カーブで罠を張って待ち伏せる事も提案する。 ひとつ、サマギニ峠に油の樽を多めに持ちこみ、急カーブのきつい所に油を撒いて準備する。 ふたつ、ワゴンを滑らせた所に油の樽を並べて置いておき、樽にぶつけた衝撃で峠の下にワゴンを落とすように仕込む。 みっつ、上から残った油の樽を落として松明を投げ込み、ワゴンを火攻めにする。 「出来れば落とし穴を掘りたかったですけど、さすがにそこまでの時間はありませんわね」 依頼を出してきた村人達に手伝わせて数を用意しておいた油の樽を並べて、クラインは不敵な顔をする。 「ちょっと待って。二つの作戦を同時にするのは難しいみたいに思えるんですけど」 アンナはちょっと慌ててサンドラの顔を見た。 「難しいわよねぇ」 リュリュミアも小首を傾げてサンドラの顔を見る。 え、なんで自分が決めるみたいな流れになってるの?とサンドラがしばし慌てたが、すぐにコホンと空咳を打つ。 「……じゃあ、この先の少し降りた所にある急カーブにクラインの作戦通り、油樽の罠を仕掛けておき、最初にビリーの作戦通り、奇襲でジュディが一台を破壊。残る一台を急カーブまでおびき寄せて油攻めにして、火攻めにしてワゴンとオークを殲滅しよう」 サンドラが混合作戦みたいなものに整理し、皆は納得する。 「というわけでぇ、村の人達ぃ、樽の仕掛けの準備をお願いしますぅ」 リュリュミアの呼びかけに樽を運んできて一息ついていた村の男達十数人が、また仕事か、と言いながら樽を担いで歩き出す。 「村の女性の命がかかっておりますわ」 クラインにそう言われては村の男達は力を奮うしかない。 「さて、オークの囮にはやっぱり女性ですわよね。急カーブの所に勢いよくワゴンに突っ込んでもらう為、私自身が囮となりワゴンを挑発して呼び込みます。……サンドラもマニフィカもやってくれるわね」 クラインの指名に、え、自分も?という表情は隠さなかったが、赤頭巾ハイレグ少女はその囮役を引き受けた。 「オークと姫騎士……これも『くっころ』の宿命でしょうか……!」 マニフィカは苦い顔を見せながら、囮役を引き受ける。思い込みも強くあるのだが。 こうしてブラッディ・ワゴン攻略戦の準備は巻き気味に進んでいくのだった。 ★★★ 空では太陽が照る。 地上では灰色と茶色の混じった岩が積み重なって地形を作っている。 「ここがオークの洞窟ね……」 連続テレポートの大跳躍で、一気にオークが巣くう洞窟の前までやってきた未来は『魔石のナイフ』を構えた。 門番の汚い革鎧の二匹のオークは、突然現れたJKミニスカ少女にぎょっとしながらも、羽飾りや赤い襤褸で飾った小槍を未来に向ける。 一匹はそうしながらも巣の入口に仕掛けられた派手な鳴子を鳴らして、洞窟の奥に鐘の音で外の異常を知らせる。 「あんた達みたいなザコは相手にしないわ」 未来は次のテレポートで一気に洞窟内部に侵入し、門番のオーク達を背に岩の地面を走った。 中ではぞんざいな松明が壁にかけられて、洞窟内部を照らしている。 洞窟は奥で次次に枝分かれしていて、その幾つかから鳴子に呼ばれた奥のオーク達が小槍を手に駆けつけてくる。 「…………!」 未来は洞窟の真奥から人間の女性の悲鳴が小さく聞こえるのに気がついた。 門番と奥からのオークに挟み撃ちになる寸前、未来はテレポートして一気に奥へ進んだ。 視界の限りに連続テレポートをして、悲鳴の元へと隧道を辿る。 いきなり道が開けて、地面に臭い藁(わら)が敷きつめられた大きな部屋へ出た。 そこには服を引きちぎられた村娘達が、武器を突きつける沢山のオークに囲まれて、今にも凌辱を受けようとしているという光景だった。 「間に合った!」 未来はナイフで下半身を剥き出しにしているオークの股間をぶった切った。豚男は悲鳴を挙げて、血まみれの股間を両手で押さえる。 同じく下半身剥き出しの数十人のオークが未来に襲いかかる。丁度、背後から追いかけてきたオーク達も追いついてきて挟み撃ちの形になる。 未来はサイコキネシスで自分の周囲に魔石のナイフ三本を浮かせた。 両手に一つずつの魔石のナイフを持つ。 オークの波が一斉にエスパーJKに躍りかかった。 未来は小刻みな連続テレポートでオーク達の死角に現れ続け、五つのナイフで不埒者(ふらちもの)の首を掻っ切ってまわった。 大勢の肌に入れ墨をしたオーク達が次次と血の飛沫の中に倒れ込んでいく。 「楽勝ね!」 戦いのリズムの中で、未来は血しぶきと共に身をひるがえす。 と、その回転でミニスカートがふわりと持ち上がった。 うすだいだい色の下半身が囲むオーク達の前にあらわになる。。 今日の未来は、下着をベッドの上に忘れてきたわけで……。 下半身に風が直接当たるのに気づいた彼女はハッとスカートを押さえて、太腿の付け根をその下に隠す。 が、遅かりし、未来の『桃の果実』は全て性欲旺盛なオーク達の前にご開帳されてしまった。 それは非常に激しい化学反応をもたらした。 亜人間のオークがいきりたち、パワーアップして一斉に襲いかかってくる。 「……コロス!」 その一言だけを漏らし、魔石のナイフで未来は出腹の豚人間を迎え討った。 今見た男は生きてこの洞窟から出さない! 周囲の凌辱されかかった村の女が恐怖に怯える、鬼神の迫力で。 ★★★ ブラッディ・ワゴンと呼ばれる、濁った血と獣脂が塗りこめられた赤黒い色の二台の戦闘馬車。馬車という名だが、大きな車体を曳くのは馬ではなく四匹の巨狼だ。 一台が峠の最高地に陣取り、もう一台が周囲をゆっくりと大きく円を描いて見張りの眼を配っている。 その頭上の青空に、一艘の飛空船が音もなく飛行する。まさか、空から狙われる、オーク達がそんな危機を全く見逃している死角を突いて。 空飛ぶ船は丁度オーク達から見て、太陽を背にする位置に辿りついた。 と、そこで乗員の一、ビリーはいきなり『大風の角笛』を上空から吹いて、突然の台風級暴風で地上のオーク達の動きと眼を封じた。 見上げる豚人間達は奇襲に気づいたが、砂煙が凄まじく吹きすさぶ状況にどうする事も出来ない。 と、ビリーはその隙に、乗員の二と三、船上のジュディとアンナを連れて『神足通』で地上へ瞬間転移。 突風が止んだ地上に降り立ったアメフト・アーマーのジュディはそのままブラッディ・ワゴンの一台の後部に組みついた。身長二m越えの女戦士は『怪力』を発揮して、乗った十人のオークごと車体を揺らす。オーク達の方はこれに対し、馬車にしがみつく事しか出来ない。巨狼も敵意のしわがれ声をあげるが、つながれた位置からはジュディに牙を立てる事も出来ない。 アンナはローラーブレードを滑走させて、もう一台のワゴンに肉迫した。 車上のオークによる巨大なクロスボウがアンナを狙う。 巨大な矢(クォーラル)が命中した地面を陥没させる。 アンナはローラーブレードで右に左に矢を避けながら馬車に接近して車軸を狙う。ヒット&アウェイ。地面に突き立つ矢を危機一髪の間合いでかわし、挑発する様に若草色のスカートをひるがえして高速で滑走。もう一台のワゴンの注意をひきつける。 と、ここでその馬車はアンナを追って、ダッシュした。巨狼の四肢が力強くワゴンを曳く。 アンナは逃走に移った。 峠を下った急カーブへとブラッディ・ワゴンを誘導する。 と、そこで突撃する四頭立てのワゴンの注意を惹く新たなる者達が現れた。 岩陰からとび出した三人の女性がアンナと入れ替わる様にオーク達のブラッディ・ワゴンの前に出る。 そして無防備な背を見せながら走り始めた。 「オ、オンナァ……ッ!」 オーク達が呻く様な叫びを挙げながらその女達を追走するが、ブラッディ・ワゴンは車軸にダメージを与えられているせいでスピードが出ない。 「なんかお尻にひどく不快な視線の集中を感じるんだけど……」 剥き出しの白いヒップを見せているTバックアーマーのサンドラが息を切らしている。 「オーク共はどの種族でも女を見ると襲おうと追いかけてきますのよ!」 スピードに自信があるマニフィカは走りながらサンドラの疑問に一般的見解を返す。 「女オークの立場はどうなってるのよ!」 「女オークも欲情して猛ってきてるみたいですけど……」 今度のサンドラの疑問に、クラインは振り返って後方確認しながら答えた。 「どういう種族なのよ!!」 サンドラが叫んだ時、逃げる三人は崖際の急なカーブの内側を回った。 女を追いかけるオークは眼の前の人参しか見えない飢えた馬の如し。ブラッディ・ワゴンは急カーブの中央に撒かれた油の上を走り、そしてカーブを回る遠心力が最大になった所で盛大にスリップした。 コントロールを失ったブラッディ・ワゴンはカーブの外側に並べられていた油樽の列に激突し、オーク達を破片の様に撒き散らしながら、崖の下に落下していった。 そして一〇mほど下の岩場に叩きつけられる。 そこでまた村の男達の出番。崖上から油樽を蹴り落としまくる。壊れた油樽はブラッディ・ワゴンの上に盛大に可燃油をぶちまけた。 クラインは火の着いた松明を崖下に放る。 大ダメージを受けて虫の息のブラッディ・ワゴンは炎上し、オークと狼が火の中で断末魔を挙げた。 「これでこっちは片づいたわね」 「『くっころ』の理(ことわり)に導かれ、オーク共はショギョームジョーでございますわね」 クラインとマニフィカは崖下を見下ろしながら、脅威の半分が取り除かれた事に安堵した。 「さて、ジュディの方はどうなっているのかしら」 マニフィカは峠の上の方に戻っていくアンナを見ながら戦友を気づかった。 アンナが峠の最高地に戻った時、ジュディはワゴンの猛烈な悪臭に耐えながらも車体をひっくり返し、巨大チェーンソー『シャーリーン』で車軸や車輪を斬り刻んでいる最中だった。 ブラッディ・ワゴンを役立たずにされてしまったオーク達がめいめいに逃げ出し、無力化された様をさらしている。 「OH! イングリディエンツ、食材が逃げてしまったネ!」 破壊の快感に酔っていたジュディはオークが残らず逃げてしまった事に気づいて、嘆きの声を挙げた。 「向かってくる相手には容赦しませんが、逃げる者は深追いしません」 アンナはワゴンにつながれていた巨狼の縄を切った。 狼が負け犬となって、オーク達を追って逃げていった。 「強力な武器がなくなれば、むやみやたらと人を襲う事はなくなるでしょう」 光景を見ながら心中を述べるアンナ。 こうしてオークの脅威の内、最大の物は取り除かれた。 後は村娘を取り戻す為にオークの住処を強襲するのみだ。 ★★★ 返り血が赤く点点としたJKの制服。 ほぼ裸の女達を背に守りながら、未来は疲れていた。 殺しても殺してもこの部屋に入ってくるオークにきりがない。 床を死体で埋めているのに、敵はそれを踏み越えて小槍で襲ってくる。 持続する戦闘に、未来は精神集中が切れそうになっていた。 舌舐めずりをするオークのいやらしい顔をまた一つ、魔石のナイフで切り飛ばす。 すると小槍を持った次の褐色肌のオークが部屋の中にのっそりと入ってくる。 囚われの女達を置いて逃げる選択肢はない。 テレポートやサイコキネシスを行う気力も尽きかけている。 未来はこのオークの数を舐めていた事を痛感していた。 いっそう大柄な刺青肌の裸のオークが下半身を剥き出しにしながらやってきた。 ★★★ 「オークを根絶やしにするなんて無茶な話だし、したいとも思わないので」 アンナは洞窟の前に浮かべた空荷の宝船で、レッサーキマイラと共に待っているという。魔獣はその巨体が洞窟をふさいでしまうだろうというビリーの判断で船に残された。妙に機転が利くこいつなら、おそらく危急の事態には高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対処してくれるだろう。 灰色と茶色の風景。 三〇〇匹のオーク達が利用している洞窟は、元元はゴブリンの巣穴であった。 冒険者に退治されて空家となり、後から住み着いたという経緯。 洞窟の正確な位置は容易に特定出来た。 だが洞窟の内部はくわしい様子が解らない。 門番のいないオークの洞窟。 オークの巣穴の前で、冒険者達はこれから侵入の前準備を施すところだった。 「ビリー。では、お願いしますわ」 魔道書『錬金術と心霊科学』を荷から取り出したマニフィカは、それをビリーに手渡した。 その本を開いて、白いページに書かれた文を口に出して読むビリー。 やがて、ビリーの身体の色は薄くなり、立体感がなくなった。そして遂には消えてしまった。 今や純粋なる精神体へと変化したビリーは、物理的制約を受けない賢い斥候として、偵察の為に洞窟の中へ。 暗い内部へ、隘路の奥へと入っていく。村娘を発見したら、ある程度は精神力を回復させてから『神足通』で外に逃がす算段だ。 洞窟の前で待っている皆は福の神見習い彼が洞窟内部の情報を持って帰ってくる事を期待して、準戦闘態勢で待っていた。 マニフィカは狭い所の戦闘用にトライデントではなく『スコップ』を構えていた。 彼女は『カルラ』召喚による猛毒突撃を考えていたが、オークの食用を考えているジュディの強い要請により、術の使用を自粛した。 オーク肉が汚染されてしまうのを危惧したらしいが、そもそもオーク肉を食べるという発想にマニフィカは驚いた。 「……それにしてもこの時間にオークが外はおろか門番も立てていないというのは変ですね」 クラインは洞窟の入口の陽光が射し込む所までを覗き込んで、疑惑の念を表情に浮かべた。 ジュディは戦闘準備をしながらもこの冒険の後の食事会を既に夢想している。 オーク肉は旨いらしい。 最高級な豚肉に匹敵するとも言われる。 とんかつ、生姜焼き、角煮、チャーシュー、回鍋肉etc……。 チェーンソーを構えながら口端からよだれが垂れ、それを慌てて手で拭う。 どうでもいいがチェーンソーを構えたお肉屋さんだと、思いっきり映画『悪魔の〇けにえ』ではないか。いや『地獄の〇ーテル』か。 そんな空気の中、流れる時間で三分ほど経った頃だろうか。 突然、ビリーの身体が洞窟からとび出てくる形で実体化した。 「えらいこっちゃ!」 ビリーは物凄く慌てていた。 「何故か、姫柳の未来さんが洞窟の奥でピンチや! 早く突撃せんと!」 ★★★ 洞窟の奥の部屋。未来が貞操の危機を迎えていた。 ★★★ 狭くいびつなパイプ状という洞窟特有の環境で暴風を起こせば、その威力は激増。例えるなら洞窟が巨大な空気銃内部へと酷似する。 ビリーは大風の角笛で、暴風を洞窟の入口から中へ吹き込んだ。 中では物凄い突風が隅隅まで吹き荒れて、まともに立っているオークはいないはずだ。 「そんなにおぉくは望まないですぅ」とまたリュリュミア。「ただ娘達を返してこれからは人を襲わないって約束してくれればぁ。食べ物が足りないならお芋の簡単な育て方を教えますよぉ。とにかく娘達は返してもらいますからねぇ」 彼女を先頭にして、冒険者達は洞窟の中をズンズン進む。 リュリュミアは『ブルーローズ』を生長させてまるで前面を完全にふさぐ大盾の様にし、前によろよろと現れるオークの攻撃を完全防護して突撃戦車の様に洞窟の奥へと仲間達を導いた。 ジュディがブルーローズの大盾を怪力で支えて、前方へ突撃する為の突進力にする、 それでも立ちふさがろうとする力自慢のオークには、青薔薇の隙間から蔓でぐるぐる巻きにして横道にポイっとする。 「まさか未来さんが『くっころ』なんて……! っていうか、何で先に洞窟に入ってますの。村娘と一緒にさらわれましたの」 マニフィカは横道に捨てられたオークにスコップでとどめを刺しながら、リュリュミアとジュディの後方で突撃の一群に加わっている。 洞窟に突撃した冒険者達は、それこそ鎧袖一触で何十とも数えがつかないオークを蹴散らしながら洞窟の奥へ進んでいた。 「この分かれ道を右から二つめや!」 偵察したビリーは未来のいる部屋へと皆を導く。 分かれ道を行きすぎると後方に回ったオーク達が背後から襲ってくるが、それはクラインとサンドラの二人が迎え撃った。 もう二〇〇ものオークを蹴散らしただろうか。 猛進する冒険者達は、未来がいるはずの部屋へと突入した。 「馬鹿ァ! 何、のしかかってこようとしてるのよ! どきなさいよ! マジ卍!」 冒険者達がいきなり目撃したのは、同朋の死体が敷きつめられた臭い藁の上に押し倒されたJKにのしかかろうとしている三〇人以上のオーク達だった。 涙眼の未来の貞操は風前の灯火だったが、オークの方はこの肝心な時に順番決めで揉めていた。 「攻撃開始! 豚のケツや!」 ビリーの叫びと共にリュリュミアは『腐食循環』で薔薇の盾を土に返し、いきなり視界が開けた前方に冒険者達は各個突撃した。 「『くっころ!』は姫騎士の役割でしょうが!」 マニフィカはこの部屋の前で取り出しているトライデントでオークの群に『ブリンク・ファルコン』をお見舞いした。高度のない水平バージョンだ。 眼前の未来の危機にバーサークしようとも冷静さを失わない。とにかくスピードを活かした戦闘の継続を心がける。 この部屋で冒険者達はオークとの乱戦となった。 「今、降伏すればお芋の作り方を教えますよぉ」 リュリュミアの声を聞くオークはいない。 結論から言えば、この部屋のオークの群はさほど時間をかけずに全滅させられた。 そして、死体になったオークの内、大柄で悪趣味な装飾と刺青をしていたオークがこの洞窟のオークら、約三○〇人のリーダーの様であった。 生き残った数少ない数人のオークは洞窟から外へ逃げ出した。 「死ぬよりもお芋の方がよかったのにぃ」 リュリュミアはそれを見送り、残念そうに呟く。 「……オークはほぼ根絶やしにされたみたいですわね。おめでとうございます」 「……いやぁ、本当に豚共を全滅させましたな、ホンマに」 さらわれた女達が冒険者達の荷から取り出された毛布を掛けられて洞窟を出てくるのを見ながら、空から降りてきた空荷の宝船に乗ったアンナとレッサーキマイラは呆れた様な声をかけた。 「じゃあ、洞窟はオーク達が戻ってきても使えないようにふさぎますねぇ」 入り口に立ったリュリュミアは洞窟を封印する為に薔薇を咲かせまくって洞窟自体を埋める事を宣言した。 が。 「プリーズ! ア・リトル・ウェイト! ちょっと待ッテ! 今、食材分を運び出スカラ!」 ジュディは慌てながら、オークの死体を掴んで捨てる様に洞窟から運び出し、入り口の前に山を作った。 オークの洞窟は薔薇で封印された。 ★★★ ひっくひっくとしゃくりあげている未来の前にクラインがついて慰めている。 エスパーJKの貞操は守られた。 彼女を襲おうとしていたオークは全て去勢された。というか、死なされた。 同じ様に貞操を守られた村娘達を守る様に、冒険者達が凱旋する。 オークの洞窟から助け出された女達は、ビリーの『鍼灸セット』によって気力をほとんど回復していた。 村に着く前に、途中でこの依頼についてきた村の男達が合流する。彼らによって、村娘を安全に村へと帰す事になり、町へ帰る冒険者とは別れる。 秋風が吹く中、空の宝船は集団で分かれる村の者達を見守っている。 オークの死体はビリーが乗る空荷の宝船で空輸されている。 「ジュディさんの言うにはすっごい美味やて言うけど…………ごっつい楽しみやなあ」 ビリーは打ち出の小槌で出した事のない未知の味に、思わずよだれがグビッ!をこらえきれなかった。 青空の下。堂堂の凱旋をする冒険者の列。 と、その時に強い秋風が吹いた。 未来のスカートが大きくまくれる。 今、このパーティの皆は、未来がショーツを忘れてきているのに初めて気がついた。 「……見た?」 顔を真っ赤にして未来は周囲に訊いた。 「……ええ。何というか、その、綺麗な……」 同じく顔が真っ赤なサンドラが答えた。 幸い、ビリーは頭上の宝船だ。 周囲には女性しかいない。男性は見てない事に未来は安堵した。 したと思ったら。 未来は三つ頭の魔獣が、歩きながら驚きの表情で眼を見開いているのに気がついた。 「……見た?」 「わしらはなんにも見てなんかありゃせんでやんすぜ!」 「そうそう! わてらは後ろにいたよって、可愛いお尻はともかく前は見えてまへんのや!」 獅子頭と山羊頭をブンブン振って否定するレッサーキマイラに、未来の表情は暗くなる。 「……コロス!」 『サイコセーバー』を手に、逃げるレッサーキマイラを未来は追いかけ始めた。 「あ〜ん! おかーちゃーん!」 食欲の秋の青い空の下。 さっきまで泣いていたのに変な魔獣を地の果てまで追いつめようと走り始めた未来の元気さに、彼女の友は皆、苦笑いを浮かべて今の平穏さを楽しむのだった。 ★★★ |