ゲームマスター:田中ざくれろ
★★★ 大温泉『イーユダナ湖』。 中央に緑濃き火山島を置くこの温かき巨大湖は、今日も晴天の下で湯面に湯気をたたえている。 そのぬるむ浅瀬につかってゆったりのんびりしようと考えているリュリュミア(PC0015)。 ここら辺の湯温は人の体温ほどで、ようやく植物淑女は自分が満足出来る場所を見つけた。 女湯のほとりにいるリュリュミアは初めて彼女を見る者がいれば「あ」と驚くかもしれない。水着を着る者は珍しくない。しかし彼女は黄色い帽子を含め、緑色のスカートドレスそのままで湯浴みをしようとしているのだから。 彼女はゆっくり光合成出来る浅くてぬるぅい所を探してうろうろし、やがてここにやってきた。 「お腹が空いてきたわねぇ」 ゆるやかな声と共にリュリュミアは湯に入るより先に空腹を覚えた。 そして浜に上げていた荷物から小鍋を出すと、小芋や大根を急生長させて収穫し、温泉のお湯で炊く。 ぬるいお湯で炊いた煮物は生に近いが、それなりに美味しいのは素材の新鮮さ故か。 「お豆腐があったらぁ湯豆腐も食べられるかなぁ。街の方へ行ったらお豆腐あるかなぁ」 「リュリュミア」 『レッド・クロス』を着たアンナ・ラクシミリア(PC0046)は木陰から現れ、周りに人がいない浜にいるリュリュミアに声をかけた。 「あ、アンナぁ。こんにちはぁ。お豆腐持ってませんかぁ」 「……いや、持ってないですけれど」 「そうなのぉ。素材の品ぞろえには自信があるけどぉ、加工食品までカバー出来ないのが弱点なのよねぇ」 二人はしばし浜辺で小鍋を突いて小腹を満たした。 「……あなたはやらないんですか。湯ザメ退治とかあの白い巨人退治とか」 「湯ザメ退治はぁ、向こうからぁちょっかいかけてこなければやらないですぅ」 「あの白い巨人に放り投げられたのは」 「あれは終わった事ですわぁ」 「ですけれど、もし女湯でもリュリュミアが湯につかれば、またあの白い巨人がやってくると思いますわ。多分あれは鋭い嗅覚で男と女を嗅ぎ分けているのですわ。本当に盲目なのかは解らないですが」 「あらまあぁ。わたしは女湯でも男湯でも駄目なのかしらぁ」 「多分……」 アンナとリュリュミアは小鍋を空にすると温泉で洗って、乾いた布巾で拭いて荷物に戻した。 「ちょっとリュリュミアにお願いしたい事があるのでございますけれど。……あの白い巨人絡みで」 「え、何ですかぁ」 あらたまって話しだしたアンナに、リュリュミアは普段と変わらぬ態度で聞く素振りを見せた。 ★★★ 福の神見習いビリー・クェンデス(PC0096)はある意味、悟りの境地に至っていた。 この世に神も仏もおらんのか、と嘆いたところで致し方なし。 とある聖典は「神は自ら助くる者を助く」と説く。 災い転じて福と為す。朝が来ない夜はないのだから。 そしてビリーは「捨てる神あれば拾う神あり」という己の座右の銘を思い出した。 今こそ自力救済に努めるべし! わいはようやく昇り始めたばかりだからな、この果てしなく遠い男坂をよ……(未完)。 (ビリー先生の次回作にご期待ください!) …………。 (お待たせしました。次回です) 入浴拒否という洗礼を受け、レッサーキマイラに見守られながらトボトボと湖畔を彷徨っていたビリーは岸辺にたたずむ一人の老人と出会った。 何やら苦悩してる様子に声をかけたがその『フレックス』という老人は非常に面倒くさい個性の持ち主だった。 こっそり内心では『……やってもーた』と思ったが、しかし人助けは神様見習いにとって大切な心得。 渋るレッサーキマイラに反論し、とにかく事情を聞く事にした。 そこへ乱入するかのように奇妙な風体の『アシュラン・ボンゴ』なる人物が登場。 これまた実に胡散臭い人物で、どうやらレジスタンスのリーダーらしい。 するとフレックスがその場でレジスタンスに加入するという驚愕の展開。 まさに飛んで火に入る夏の虫。 明日はどっちだ!? (実は、もうちっとだけ続くんじゃよ) …………。 …………。 (続きました) 混浴禁止を厳格に適用するイーユダナ湖の現状にビリーは不満を感じている。 だからビリーも性差別撤廃を唱えるレジスタンス活動に共感出来るところがあった。 レジスタンスのリーダー、アシュランの言動はどうにも信用を置けないが、このまま知らんぷりするというわけにもいかない。 「という事はお前達は俺達レジスタンスに入隊するという事でいいんだな」 「本格入隊やない。いわば仮入部や」 「もしかしたら兄貴が仮入部ならわてらも連帯仮入部でっか」 老人の口調では単なる思い込みにしか聞こえないところもあったがそれなりに深刻な事情という可能性もある。 しょーもないオチを聞かされたとしても、苦笑ですむなら幸い。まあ少なくとも退屈はしないだろう。 「あんたが言うてた『近日中に火山島に渡らないと私の命運がどうにかなってしまう』っちゅうのはどうゆう事なんじゃ」 「だから火山島に渡らないと私がどうにかなってしまうんじゃよ」 魔獣の質問に赤とオレンジと白の衣をまとった枯れた老人が答を返した。 それを聞いていたビリーはちょっとくらっとした。 フレックス老の言葉は質問をそのまま返しただけだ。これでは回答になっていない。 「……もうちょっと具体的に言ってくれんかいのう」 レッサーキマイラが念を押すとフレックス老はしばし視線をさまよわせた。 「かいのう?」 ビリーは細い眼で少し冷や汗を感じていた。このまま不毛でちっとも成立しない会話のみで時間が過ぎていくのではないか。 方向性を変える事にする。 「爺ちゃんはどっから来たんや」とビリーは質問。 「ここからじゃよ」 浜辺のフレックス老はまっすぐ火山島を指さした。 「爺ちゃんは何歳なんや」 「一〇〇から先は憶えていない」あっさり言い切った後フレックス老はダバダバ暴れだした。「だから早くしないと私の命運がどうにかなってしまうんじゃよー。帰らにゃならないんじゃよー。不死鳥は炎を浴びてよみがえる。言ってみれば私は不死鳥なんじゃー! そう! 不死鳥の様に舞い、蜂の様に刺す、あの不死鳥!」 「頑張れ! 爺さん!」アシュランが無責任に励ます。「連れていってやるからな火山島に!」 「一〇〇年以上前のこの湖はとても平和で混浴で、あたかも人倫乱れる如き巨大なエロエロ天国じゃったんじゃよー!」 「……来てみれば何かとんでもない事を叫んでいるご老人がいますわね」 このレジスタンスがこじんまりと小集結している浜辺に、黒いビキニ姿の女社長クライン・アルメイス(PC0103)は現れた。 既に彼女は『エタニティ』社員にねぎらいの言葉をかけ、戦闘から手を引かせて残りの旅行、というか宴会を楽しんでもらう手筈を整えていた。五匹の湯ザメの報酬から船の補修費を差し引き、残った分は約束通り宴会費に回している。あくまでもこの旅行は社員の慰安。その分、彼女は働かなければならない。 「やれやれ。難儀ですわ。船上でも混浴認定されるのは想定外でしたわね。敵が女王ザメであるなら決戦は女湯となりそうですし、社員の皆さんはおつかれさまですわ」 そう言って社員が詰めている宴会の宿から一人離れてきたクラインは独自調査で温泉レジスタンス達が怪しいと踏み、目撃証言が多いここへやってきたのだ。 「話は聞かせてもらいましたわ、わたくしも盲目の守護者には思うところがありますので協力させていただきますわ」 クラインはアシュランとフレックスに名刺を渡して自己紹介する。 「で、お前はどんなジェンダー差別を受けているんだ」 「いや別にわたくし自身はそういう差別などは……」 決めつける様に詰め寄ってくる男女混合なレジスタンス・リーダーに、クラインはちょっと苦手そうなそぶりを見せる。 フレックスは渡された名刺を縦にしたり横にしたりしている。こういう物を渡されるのは初めてらしい。 「それよりも、女王ザメが男湯にいても盲目の守護者(ブラインド・ガーディアン)にスルーされているのは理由がありますのかしら。私はこの二つの共倒れを狙うなら守護者を女王ザメの所に誘導するのが前提と考えますが」とクラインは先ほどまで盗み聞きしていた(というか話し声が周囲にだだ漏れだったのだが)アシュランの提言に話を戻す。「男湯でも女湯でも盲目の守護者をおびき出せるアシュランさんが囮役として最適と結論しますわ」 「何、俺が適役だと」 「ええ。男女混合メドレーみたいなアシュランさんなら最適解ですわ」 むう、と唸ったアシュランが顔の半分それぞれに掌を交互に置く。 「まあ、俺も戦うつもりなんだから囮役くらいは軽く引き受けるが」 そんなアシュランの顔に皆の注目が集まっている隙に、クラインはこっそりと彼とフレックスの衣の中に『発信器』を取りつける。 クラインは腹の内で考えていた。盲目の守護者は一部の者にはともかく女王ザメと違い実際の被害は出ていない。レジスタンスがこの巨人の排除にこだわるのは火山島にある何かを入手する為ではないのか、と。 「ところでフレックスさん。火山島には何があるのかしら」 「天然一〇〇%の熱ーい溶岩じゃよ」 あまり参考にならなそうな答が返ってきたが、めげずにクラインは質問をアシュランの方へ振る。 「レジスタンスはこの温泉湖の性差別に対してどの様な考えをお持ちなのでしょうか」 「うむ。全ての知性ある生き物は自分及び他者に対して性というものに肝要であるべきなのだ」身体が男女半半のアシュランが演説でもするみたいに声を張り上げる。「あたかもこの世の性別が交わらぬ『男性』『女性」しかないように喧伝するイーユダナ湖の制約は本当にいかん! この世界には性別を持たないものも両方の性を合わせ持つものも確かに存在するのだ! 我が温泉レジスタンスは性の自由と多様性の為に戦っている! これまでも温泉街施設の破壊行為や落書きなど地道ながら確実なアクションを起こしてきた! 近年で最大の成功は、湯ザメの群をこの湖へと招き入れた事だろう! これでイーユダナ湖は確実に大パニックに陥った!」 「何ですって!? 湯ザメの群を引き入れたのはあなた達なのですか!?」 クラインは突然声を張り上げ、ビリーとレッサーキマイラも驚いた。 「……えーと」ビリーは恐る恐る手を挙げた。「アシュランさんは自分が引き入れた女王ザメをわざわざ盲目の守護者っちゅー奴にぶつけようとしてたんか」 「状況は第二ステージに移った」アシュランが青と紫の衣装の胸を張った。「次は盲目の守護者を排除する為なら手段を選ばん」 クラインとビリーは何かどえらい奴に関わってしまったのでは、と冷や汗を額に伝わらせた。 「そういえば、何で女王ザメは男湯で平気で泳いでいられんや」 「それには二つの事が考えられる」質問したビリーはアシュランの大真面目などアップを見せつけられた。「恐らく盲目の守護者は嗅覚と聴覚で周囲を感知している。湯ザメの匂いは湯の中はともかく湯の外へは漏れ出さないのではという事。そして盲目の守護者は浅瀬ならともかく深い湯の中ではまともに戦えない。だからあえて湯ザメをスルーしているのではという事だ」 やがてアシュランが皆を連れて浜から移動し、イーユダナ湖付近の目立たない森の中にあるレジスタンスのキャンプへと案内した。 大小様様なテントの中にいる五〇名ほどの革命戦士達は新入りを温かく歓迎した。 彼、彼女らはロボットやゴーレムや天使の様な無性の者達や、胸のまろやかなふくらみと男性の腰つきを合わせ持ったりアシュランみたいな男女の性が溶け合わさった両性の者達だった。装備は初心者級の冒険者達が持つ様な心細い物だったが、意気高く声上げる様子はただの弱者には見えなかった。 ★★★ 切っかけとなった物は、図書館の片隅で手にした観光旅行記だった。 マニフィカ・ストラサローネ(PC0034)は知的好奇心に導かれた湯源境イーユダナ湖で、水棲人類らしく命の洗濯を満喫しようとしたところ、逃げ惑う湯治客と遭遇した。 ノブレス・オブリージュが命ずるままマニフィカは湯ザメ退治を引き受ける。 伝説的な鬼娘『ラ・ムー』の逸話もあり、お仕置きといえば電撃が定番とされる。 故事に習って『水の精霊ウネ』お姉様に助力を頼み、天候操作で湖面に落雷を招こうとして周囲に止められた。 よくよく冷静に考れば、我ながら危険行為を実行するところだった。 つい頭に血が上ってしまったけど、海より深く反省すると共に懐より『故事ことわざ辞典』を取り出す。 紐解けば「木に縁りて魚を求む」という記述が眼に入った。 誤った手段では求めるものを得る事は出来ない、という意味らしい。 再び頁をめくると『雌雄を決する』の文言。 なるほど、是非もなし! 最も深き海底に坐す母なる海神よ、どうか御照覧あれ。 こうしてマニフィカは竜の皮翼を広げ、熱い波の上でトライデントを構えた。 その横で姫柳未来(PC0023)はパピヨンマスクを投げ捨てた。 盲目の守護者が温泉の規律を守るのは、何か理由があるのかもしれない。 レジスタンスが温泉の規律を壊そうとするのは、何か理由があるのかもしれない。 でも、女王ザメが人を襲うのは……これは理由云云に関わらず放っておくわけにはいかない。 そう考え、未来は湯ザメの駆逐を続ける事にした。 なお『謎の美少女仮面』は速攻で正体がバレてしまった為、今日からはいつものミニスカ制服で戦うのだ。 湯面近くを泳ぐ湯ザメにとって空高くから突撃する相手は脅威である。 それを再確認する為に『魔白翼』のJKはミニスカをひるがえし『立派な槍』を構えて急降下突撃する。 「ロックンロール!」 女王直属の護衛の湯ザメが一匹跳ね上がり、槍の穂先をその牙で迎え討つ。 刹那の邂逅。 血飛沫が沸き立つ湯気を赤く染め、鮫の頭部を貫いた槍が抜きざまに銀色の穂先を閃かせる。 と、行きすぎた未来の突撃を、更に湯面から飛び上がった湯ザメの一匹が頑丈なあぎとで?みちぎろうとする。 「おっと! ヒット&アウェイ!」 その攻撃をかわした未来は白翼を羽ばたかせて空へ逃げる。 「危ない危ない。聖闘士に同じ攻撃は通じないか。さすがに女王の護衛は手強いのね」 そう言いながら次の一匹に照準を合わせる未来の上空で、マニフィカは『魔竜翼』を羽ばたかせながら『ホムンクルス召喚』で分身を作り上げる。 水の精霊ウネ召喚。頭上の青空に黒雲が集中する。 「女王と決闘……行かせていただきますわ!」 マニフィカは更に『カルラ』を召喚してトライデントに炎と毒を付与し、分身一体を引きつれて女王へ直接急降下で女王ザメへ突撃した。 「いざ『ダブル・ブリンク・ファルコン』っ!!」 「あーっ! 女王は最後にとっといたのに!」 ショートケーキのイチゴは最後までとっといたのに!と同じニュアンスで叫ぶ未来を尻目に、マニフィカが女王へ突貫すれば、全長二〇mものそれは渦を起こす如く湯中で巨身をくねらせた。 まず湯面を撃つ落雷。 これで女王直衛の湯ザメが二匹感電して沈んだ。 通電の範囲は約三〇m。それ以上は水が良伝導体すぎて威力が散ってしまう。 その範囲内に身を置いていたはずの女王ザメも感電したはずだが、特にダメージもなく巨体が湯を割って空へ飛び出した。 女王ザメの背びれ辺りに二重分身攻撃のマニフィカは衝突する。 毒色の炎が螺旋に渦巻き、威力を女王に叩きこめたはずだが二本のトライデントが突き刺さったままマニフィカは湯中に引きずり込まれた。 熱い湯の中で重い湯流に揉まれるマニフィカ。彼女が水棲人類でなければ危なかったかもしれない。 だがこれは『近衛イルカ騎士団千人長』の名誉称号は伊達ではないと証明する好機。 長い時間、湯に揉まれた下半身を魚尾とした二人はトライデントを引き抜く事で傷を広げ、湯面を割って同時に空へと飛び出した。 その隙に残りの護衛湯ザメを立派な槍の攻撃で全て沈めた未来は、白翼を羽ばたかせた空でマニフィカが横に並ぶのを待っていた。 「これで大量のフカヒレをゲットしたら、今夜はみんなでフカヒレパーリーよ!」 パーリーピーポーの未来が威声を挙げる。 未来八匹。 マニフィカ二匹。 その戦果をもってここにいる湯ザメを女王ザメ一匹に残した二人は、赤く染まった温泉を翼を羽ばたかせながら覗き込んでいた。 力強き二〇mの黒い魚影。 だがその動きは普通の鮫よりはのろい。 羽ばたく二人は火山島上空に銀色の大きなしゃぼんだまが浮かんでいるのにまだ気づいてはいない。 ★★★ イーユダナ湖中心の火山島の直上。 薄灰色の噴煙が立ち上る傍に一つの巨大な『じゃぼんだま』が浮いているというメルヘンチックな光景。 「ええとぉ。島に香りの強い花を咲かせてほしい、ですかぁ」 しゃぼんだまの中にいるリュリュミアは小袋の中から一つかみの種を取り出した。 「アンナも不思議な事を頼んできますねぇ。温泉で温かいからぁこういう花がちょうどいいかなぁ」 握った種に自分の『力』をこめ、リュリュミアは島の上空か思いっきりばらまいた。 緑のジャングルにこぼれる種はまだ空中にある内に花を咲かせる。 ラフレシアやショクダイオオコンニャク等。 皆、肉が腐った様な強烈な不快臭がする植物だ。 ★★★ 今回、遍歴の騎士一行としてイーユダナ湖を訪れた名馬ロシナンテことジュディ・バーガー(PC0032)は、混浴禁止という不文律に阻まれて御老公と涙の別れを余儀なくされていた。 しかし現実主義なメリケン娘らしく割り切って、温泉浴をレッツ・エンジョイの真っ最中♪ 湖畔の宿泊先までも男女別ではないわけだし、御老公&従者殿に宿屋で再会し、情報交換と自分へのご褒美も兼ねた酒宴に勤しむ。 ところがそんな午後に、湯ザメ軍団の襲撃発生。 それを機にジュディのエンジョイモードがノー・マーシーモードに切り替わった。 「シャーリーン・トゥナイト・イズ・ハングリー・フォー・ブラッド! 今宵のシャーリーンは血に飢えてオルゾ〜!」 太陽が輝く昼間だけど、彼女は愛用のチェーンソーを掲げて浜辺に突撃する。 これが噂のシャーク・トルネード殺法と言わんばかりに、ナイスバディな迷彩ビキニで無双乱舞。 あっという間に半熟スプラッタな湯ザメの死骸が山を成す。 「イピカイエー!」 気持ちが高ぶるジュディの前に立ちはだかるのは身の丈七mもの盲目の守護者の巨体。 強敵の登場に更なる闘志が燃え上がっていた。 そんなあの日を思い出しながら迷彩ビキニのジュディは今日、手こぎボートで火山島を渡った。 緑濃き火山島。 その浜辺にジュディ達は上陸していた。 「ブラインド・ガーディアン、盲目の守護者をストライクスル!」 戦う以上は勝たねばならぬ。 少なくとも負けるのは避けるべきと考え、その為の努力は惜しまない。 基本的に『ガンガンいこうぜ』を好む脳筋なジュディであるが、相応に工夫や知恵も働く。 力押しが通用するならともかく、釣り船を丸ごと放り投げる盲目の守護者が相手では、慎重にならざるをならざをえない。 真正面から挑んでも勝算が乏しいなら、あえて搦手から攻めるのも必要だろう。 敵の弱点を見切り、そこを狙うのも肝心なり。 盲目の守護者という名前が示す如く両眼を鉄の眼帯で覆っている外見から、視覚を使えない可能性に注目。 おそらく他の感覚で補完しているはず。たとえば聴覚や嗅覚とか。 鮫が微弱な電気を感知出来る器官を有するように、赤外線センサーの類を使えるかもしれない。 それを確認出来れば、攻略法を編み出す重要なヒントに成り得る。 「確かに私もあの巨人は本当の盲目ではないと思いますわ」 ジュディと一緒にボートに乗って女湯を縦断し、火山島に上陸したアンナもアメリカンガールと同じ意見を持っていた。 アンナはあくまで依頼のあった湯ザメ退治が使命だと考えているが、島に上陸するどころか近づくのも困難な状況は湯ザメ退治に支障をきたす。 彼女は今すぐ白い巨人を排除対象とすべきとは考えていない。 だが、何とかしないと女王種との戦いに専念出来ない。 意思疎通が出来るのであれば、白い巨人と対話したい。 「あの白い巨人の行動を見ると女性を排除している様に見受けられますね。対話の為、巨人に近づくには嗅覚を妨害するのが効果的と思われますわ」 アンナはリュリュミアに頼んで匂いの強い花を島に咲かせてもらう事にした。 先ほど空に彼女らしき銀色のしゃぼんだまを見かけたので仕掛けはもうすんでいるかもしれない。 アンナは更なる疑念も持っていた。 「巨人はもしかすると本当は見えるのに意識して見ないようにしているのではないでしょうか。まさかとは思いますが女性恐怖症とか」 「ガイノフォビア?」 ジュディは女性恐怖症を訳した。 それにしても温泉中央のこの火山島は蒸し暑い。まるでぬるま湯に頭まで浸っているかの様だ。 生物相も巨大化している様で、抱えるほどのダンゴムシやバッタ、カギムシ等が重なる肉厚の緑葉の下で蠢いている。 爬虫類や両生類、哺乳類等もいるようで木の枝を渡るホエザルの声がジャングルに響き渡っている。 「エニイウェイズ、ともかくブラインド・ガーディアンを捜さなきゃ、ネ」 「私達の推測が確かなら、向こうから私達の方へやってくると思いますわ」 汗をかきながら二人は鬱蒼と茂る密林を武器を構えつつ、奥へと進んでいく。 と、その前にドサリと落ちてくる物があった。 何だ?と見つめる二人はそれが厚く固い花びらを持つ、茎も葉もない赤い花であるとすぐに解った。 自分達のいた世界では世界最大の花だと言われている。 差し渡し一mはあろうかという巨大な花。 ラフレシアだ。 「こ、これは強烈ですわ……!」 「OH! バッド・スメルね!」 ラフレシアは肉が腐った様な強烈な悪臭を放つのでも有名だ。その不快臭にアンナとジュディは思わず鼻をつまんでいた。 これはたまらない、と二人はそこを離れようとしたが。 また近場に大きな落下音。それがリズミカルに連続する。 見れば空から次次とラフレシアが降ってくる。 いやラフレシアだけではない。 まるで傘が開いた所から一本の棒がニョキリと突き出したかの様な奇妙な巨大植物も次次と降ってくる。 「タイタン・アラムッ!?」 「ショクダイオオコンニャクですわ!!」 花の巨大さではラフレシアと競う、ショクダイオオコンニャクがライバルに負けじと空からドサドサ降ってくる。 しかもこの花もラフレシアと同じく強烈な腐敗臭を放つのだ。 「これはさすがに……!!」 「ワースト・スメル〜!!」 上空から次次と着弾する悪臭爆弾に二人は布で口鼻を押さえながら逃げ惑うしか出来なかった。もしかしたら荷に役立つ物があるかもしれないが、今はただ逃げる事しか出来ない。 逃げながらもアンナはこれがリュリュミアの仕業だと気づいていた。 「あの人は〜!」 叫びながらも匂いの強い植物を撒いてくれと言ったのは自分だから強く怒る事が出来ない。 ジュディも最初から何かの仕掛けを施すつもりだったので、これがアンナの用意した仕掛けだとしたら非難は出来なかった。 原住生物達もこの状況に惑い始めていた。元気を増すのはハエや甲虫類くらいなものだ。 大勢の獣が吠えるのをBGMに戦士の二人は温泉を求めた。意味はないかもしれないが水場の方がよい感じがした。 いざとなったらボートを高速でこいで島から逃げる。その覚悟も出来ていた。 温かい風の中、二人は中距離走を競い合う。 その時、大きな声が背後から近づいてきているのに気がついた。 二人は振り返って驚いた。 影深き緑の奥から七mもの白い巨人が泣き叫ぶ勢いでこちらへ走ってくるのだ。 大胆なストンプで歩を詰めてくる巨人に二人は思わず左右に分かれ、中央を譲ってしまった。 三人が並んだところで巨人の加速は止まり、まるで仲良くゴールテープを切る様な等速度運動になる。 盲目の守護者が泣き叫ぶのは悪臭のせいなのは想像に難くはない。 「ブラインド・ガーディアン! ここで遭ったがワン・ハンドレッドス・イヤー、一〇〇年めネ!」 走り続けながらジュディは白い巨人の身体をまるで一つの階段であるかの様に駆け上がった。その厚い胸板と肩を蹴り、白い巨人の無毛の頭上へと跳びあがる。 「スプラッター・ハウス!!」 ジュディが担いだチェーンソー・シャーリーンが両手持ちで振り下ろされた。 巨人の鉄の眼帯と回転する刃が鋼の不協和音と同時に火花を散らす。 眼帯はチェーンソーによって大きく傷つけられたが、破壊とまでは至らなかった。反動で弾かれたジュディは放物線を描いて遠くへ飛ぶ。 走っている最中、泣き叫ぶ白い巨人は巨大な手をのばしていた。 鼻がクンクンと匂いを嗅いでいる。 この悪臭の中でもアンナの匂いを嗅ぎつけ、放り投げようとしているのだ。 「その眼帯、真相を知る為に壊させてもらいますわ!」 走っているアンナはソテツ状の巨木をローラ―ブレードで駆け上がり、更にその幹のしなりを利用して白い巨人へ跳ぶ。 ピンクのスカートが温風にはためき、今度は戦闘用モップが巨人の鉄の眼帯へ振り下ろされた。 ジュディがつけた傷へと命中。 亀裂。破裂音。 鉄の眼帯が砕けて散った。 反作用で後ろへ飛んだアンナは身体を受け止めた巨木の幹にローラーブレードを螺旋に走らせ、また地上へと復帰する。 白い巨人は赤い眼が剥き出しになった。もう盲目の巨人ではない。その眼は確かに見えている様だ。 このスピードにジュディの疾走も再び追いついてくる。 まだ泣き叫んでいる巨人にアンナとジュディは左右から並走する。 鼻が曲がりそうな中を走る巨人の赤い瞳は横目でアンナ、そしてジュディを見る。 迷彩ビキニにぎゅうぎゅうに収められたジュディの健康的な肉体美。その胸の谷間。 突然、巨人の両鼻孔から大量の赤い鮮血がほとばしった。 「ノーズ・ブリード!?」 「鼻血っ!?」 走る巨人は白い顔を赤面させ、全身は失血してますます白化していく。よせばいいのに横目で何度もジュディのビキニ姿をチラ見し、その度に大量の鼻血を噴く。 「ガイノフォビアではないノネ!?」 「女性恐怖症というよりは……!」 次の瞬間、背景のジャングルはいきなり切れ、三人は火成岩で出来た黒い崖から空中へ飛び出していた。 火山島周囲の温泉は遠浅ではない。いきなり深かった。 大きな着湯音と共に三人は深い熱湯の中にとびこんだ。 熱い湯に無数の泡が湧きたつ。 「ジュディ!? アンナ!?」 「白くてでっかい奴!? わたしを女湯に放り投げた!?」 マニフィカと未来は突然の乱入者に驚いた。 今、湯中の傷ついた巨影がゆったりと乱入者に襲いかかろうとしている。 体長二〇mの女王ザメが、白い巨人の噴き続ける血の匂いに攻撃本能を刺激されたようだ。 湯の中にいる者は、その巨人と自分達は区別されていない、と表情の読めない鮫の女王に対して一様の感想を持った。 ★★★ |