『狼男達の午後』

ゲームマスター:田中ざくれろ

【シナリオ参加募集案内】(第1回(最終回)/全1回)

★★★
 陽射しが傾いた午後の事。
 入り口から影を引きずって冒険者ギルドに入ってきたのは、白い体毛の、抱きかかえるのにちょうどいいくらいの子山羊と、エプロン姿の母親山羊だった。
 二本足でちょこちょこ歩くその姿を見れば本物の山羊ではないのがすぐ解る。毛皮のない部分の艶やかなサテンの肌には、輪郭を整えるステッチのラインが走り、黒い眼と鼻は艶やかなボタンのそれだった。
 二本足の山羊の親子は生きたぬいぐるみ。
 しかし人間以外の二足歩行種族など、このオトギイズム王国では珍しいものではない。
 たむろする冒険者達の間を歩き、ロビーの受付嬢に辿りついた親子の母親が話しかけるより早く、自分の背より高いカウンターにしがみついた子山羊が未熟な声でこう告げた。
「兄弟を助けてほしいメエ」
 その言葉と共に母親山羊がうるむ眼で受付嬢を見つめる。
 幼い子山羊のロメオが語るによれば、パスツール地方の森の中の一軒家に住む彼らは母親と七人兄弟の末っ子だという。
 今日の午前中、母親が出かけた隙に留守番をするぬいぐるみの七人兄弟の家に狼男が訪れた。
 危険な狼がうろついていると母に忠告されていた子山羊達だが、飢えた狼男はあの手この手でドアを開けさせようと策を尽くし、ついには蜂蜜で声を甘くして白墨で白くした手をドアの隙間から差し込んで、母親が帰ってきたと兄弟に信じさせてしまう。
 騙された子山羊達はドアを開けてしまった。
 すぐに正体を現した狼男に、騙された自分達の危機を悟った子山羊は、ある者はベッドの下、ある者は戸棚の中ととっさに家のあちこちにとびこんで隠れた。だが、次次に狼男に見つかり、皆、一呑みに食べられてしまった。
 六人を食べて満腹し、腹を大きくした狼は家から出ていった。
 大時計の中に隠れていた七人目のロメオに気づかずに。
「トケイ? ……ああ、時間を区切る機械ね。ドワーフ製の」
 受付嬢はそう言いながら、ロメオの証言を簡素な文章にして依頼書類に書き込む。
「私が帰ってくるまでには全てが終わっていましたメエ」ボタンの眼でも涙は流れる。母親山羊は眼にハンカチを当てていた。「狼男は森の中にいるはずですメエ。ぬいぐるみの私達をそう簡単に消化できると思いませんメエ。狼男を倒して子供達を助けて下さいメエ。……報酬は冒険者一人頭、三万イズムで」
 依頼は正式に受理され、ぬいぐるみ親子はこの冒険者ギルドの上階にある宿屋で休む為、奥の階段を上がっていった。
 依頼書類はこの冒険者ギルドに掲示される物と同じ複製が作られ、他の町の冒険者ギルドにも掲示する為にギルド専属の飛脚が数人走る。
 これがこの町のギルドの午後の出来事だった。

★★★
 その町の冒険者ギルドの午後には中年男が現れた。
 毛深そうで、何よりも左右のつながった黒く濃く太い眉毛。
 シャツの下で膨れた、そこらの妊婦より非常に膨満感のある腹。
「グレゴリーだ。冒険者に依頼したい。役に立ったら報酬は一人当たり、八万イズムだ」
 男はそう言うと、書類を書く受付嬢の手元を覗き込みながら語り始めた。
「……俺はな『豚』ってヤツの存在は許せねえんだ。何故、許せないか自分では解らない。きっと前世の因縁というのか何かだろうな。だが、豚が全く苦手というわけじゃねえんだ。あいつらは焼いて食えば美味いからな。で、俺の住む森に最近、三匹の子豚が現れたんだ。ただの豚じゃねえ。立って、歩いて、言葉を喋る。言ってみれば豚人間だ。確か、名を『プー』『ペー』『ポー』とか言ってた様な気がする。……で、そいつらは親元を離れて自立して、それぞれ自分の家を建てにこの森に来たらしい。……俺がこいつらを許せんのが解るだろ? わざわざ俺の住む森に家を立て住もうとしてる上にとっても美味そうなんだぜ」
 そこで一旦、話を切り、周囲にいるロビーの冒険者達を見回した。獣の様な眼だ。この男の事を眺めていた冒険者達は思わず眼が合った事に驚き、バツが悪そうに眼を逸らした。
 グレゴリーは腰に下げていた布バッグから象牙色の角笛を取り出した。持ち主に似合わない、風の流れを連想させる、美しいデザインだ。
「俺への断りもなしに三匹の子豚野郎はめいめいに、森のあちこちに小屋を建て始めた。……一匹目はわらが原料の家だ。これはすぐに出来上がったが、俺はその家を自慢の息吹で一息に吹き飛ばしてやった。家はあっさりバラバラになり、長男のプーは逃げた」
 グレゴリーは自分の肺活量を自慢する様に、胸を叩いた。
「……俺が追いかけるとプーは次男のペーの家に逃げ込んだ。ペーの作った家は木材の寄せ集めで、建てるのに苦労した分、わらの家より頑丈だった。今度は俺の息吹でも吹き壊せなかったんだが、そこで俺は自慢の角笛を使った。『大風の角笛』。手に入れるのに苦労したんだぜ。こいつを木の家に向かって吹いたら突風が出て、まるで紙で出来た家みたいに奴等の家はバラバラになった」
 両手で持った角笛を愛おしそうに撫でる。いかつい手に似合わない品だ。
「プーとペーは三男のポーの家に逃げ込んだ。……今度はレンガで出来た家だ。小さいが建てるのには相当苦労したらしい。俺は家に立てこもった三匹に向かって、大風の角笛を吹いた。何回も吹き鳴らした。だがしっくいとレンガの家はびくともしない。……仕方なく、俺は一旦、あきらめた」
 グレゴリーは腹に溜めた息を吐いた。
「で、だ」
 受付嬢の書いている依頼書を見つめる。
「そのレンガの家を攻略する為の冒険者を貸してほしい。手荒でもいい。知略でもいい。そのレンガの家をこじ開けて、三匹の子豚を引きずり出す助力になる奴がほしい。一番活躍した奴には、この大風の角笛をゆずってやってもいいぜ。あと皆で豚の丸焼きでパーティやろうや」
 書類を作り終えたグレゴリーは冒険者ギルド地下の酒場に降りていき、そこで酒と踊り子の不健全な踊りを十分、楽しんだ後、帰っていった。
 帰ったのはパスツール地方の森の方角。
 腹は最後まで膨らんだままだったという。

★★★
 ある日の午後。それらとはまた別の町の冒険者ギルドを訪れたのは、ある事件に関わった者達には見覚えのある少女だった。
 その事件とは『赤い流星』事件。
 ライトブラウンの髪にくっきりとした眉の美少女。
 ミドルティーンの姿態に赤いレザーコスチュームがはりつき、小股の切れ上がった下半身はハイレグとTバックで脚が長く見える。
 頭にかぶった民族衣装の赤い頭巾。
 『赤頭巾』サンドラ・コーラルだった。
 剥き出しのセクシーな白いヒップが冒険者達の視線を惹きつけるが、彼女はそれに気づかず人ごみを掻き分けてロビーを横切り、受付のカウンターに身を乗り出した。
「冒険の同行者を依頼したいわ。冒険と言っても祖母の家までの単なるお使いだけどね」
 サンドラは受付に告げた。パスツール地方の森にサンドラの祖母の家がある。
「いや、別に本当に単なるお使いなのよ。私一人でも十分なんだけど、父が『もう危ない事をするな』と言うんで、まあ、形だけでも護衛をつけていこうという事になったの。でも護衛って何か堅苦しそうじゃない? だから私が冒険者の同行なら、という事でOKしたのよ」
 羽ペンが依頼書の羊皮紙に文字を踊らせる様をサンドラは眺める。
「嘘か本当か知らないけど、森には最近、怪しい男が出るって噂があるらしいわ。眉毛の繋がったごつい中年。私はそんなのが襲ってきても撃退する自信があるけど、父がすっかり怖気づいちゃって。……ま、だからよろしく頼むわ。報酬は一人、三万イズムね」
 素肌にくいこむレザーボンテージのコスチュームが醸し出す自分のセクシーさを自覚せず、赤頭巾は午後の冒険者ギルドを出ていった。
 やがて、すぐに彼女の依頼書は掲示板に貼り出され、その複製が各ギルドに届けられるべく、飛脚を走らせる。
 その依頼を選ぶかどうかは冒険者の勝手だが、トラブルを避ける為、複数の依頼に同時に参加する事は堅く禁止されている。
 冒険者達の心を迷いがざわつかせる。
 そんな気持ちを生じさせる、それぞれの冒険者ギルドの午後だった。

★★★

【アクション案内】

z1.冒険の依頼を受ける「子山羊を助ける為に狼を倒す」
z2.冒険の依頼を受ける「グレゴリーを助けて、レンガの家を攻略する」
z3.冒険の依頼を受ける「サンドラと一緒に彼女の祖母の家に行く」
z4.その他

【マスターより】

今回の『狼男達の午後』は一話完結です。
場合によってはPC対PCという状況もありえますが、PL同士は恨みっこなしで仲良くいきましょう。
いわゆる仲良くケンカしな、という奴ですね。
グレゴリーの角笛がどうしても欲しいなー、という人は、どうやって自分が手に入れるかを書いておいて下さいね。もしかしたら欲しいと思ってる人が複数いるかもしれませんが、その時はそれぞれのアクションの内容がものを言います。
あと赤頭巾サンドラに構ってくれる人、募集中。
ギャグ、コメディも募集中。
では、今回もよき冒険が貴方にあります様に。