ゲームマスター:田中ざくれろ
★★★ ある昼下がりの事。 ごく日常といえる様な依頼を終えた筋肉ダイナマイト白人美女、ジュディ・バーガー(PC0032)は、今日も自分へのご褒美として冒険者ギルド二階の居酒屋で英気を養っていた。 つまり昼間からの飲酒であり、どうもジュディはいつもこんなシーンから始まる様な気がしているが、気のせいかどうかは過去のリアクションを調べてみないと解らない。すいません、後でちょっと調べてきます。 それにしても「やはりクエストの達成後に飲む酒の味は殊のほか、旨し!」とジュディの気持ちに曇りはない。 そんなほろ酔い気分のまま、彼女が一階の受付ホールに降りていくと、老人と受付嬢が大勢の冒険者から注目されていた。 老人を見た瞬間、敬老精神に似て非なる、夕陽の色の郷愁が彼女の胸をよぎった。 実際の養父母とは全く外見が異なる東洋系の老人から、心に響く何かを感じ取る。ある種のシンパシー、あるいは親孝行の代償行為かもしれない。 ジュディは老人を見て、フラッシュバックするメモリーがあるのだ。 受付ホールでたむろする、周囲の他の冒険者達と同じく聞き耳を立てていたジュディは、受付嬢に頭を下げた老人の依頼書が大掲示板に貼り出されると真っ先に飛びついた。 そこにあったのは「食羽(くっぱ)から桃姫を助けに獄門島へ行って下さい」という依頼。 新しい依頼書にとびつく冒険者達の中でジュディは、一人の怪しい男の挙動に気がついた。 騒ぐ冒険者達の中でその男は冷静でいる。 耳がかぶるほど頭に大きくターバンを巻き、地味な色のマントで全身を覆ったその男が、懐から取り出した水晶玉と会話をしていた。 「はい……やはり冒険者とやらが獄門島へ向かう様です。はい……解りました、私も冒険に参加します」 水晶玉は濃い灰色に煙った内部に『SOUND ONLY』の文字が明滅している。その声はターバンの男にしか聞こえない音量だったが、男自身の声は普通に大きく、周りにいたジュディに明瞭に聞こえた。 「はい、仰せの通りに。……姫様、失礼いたします」 男がそう言って、水晶玉をマントの内にしまった。 冒険者ギルドの玄関から外の通りへ出て行く。 「まったく耳が痛いぜ」 出る間際の男の独り言は大きく、傍にいた者には聴くともなしにはっきりとその言葉が届いた。 ジュディはその男に何とも知れない不審を抱いた。 その男が外に出ていくのを見送る。 先行きに不安を感じる出来事だった。 そして、この光景に立ち会う冒険者がここにも一人いる。 少年はこの依頼の発表に至るまで、最近、一人腐っていた。 「そもそも『善悪』ってなんやろ? あかん、ほんま目眩してきたわ……もうバンザイ、お手上げや〜」 軽い口調とは裏腹に、根源的な命題を抱え込んでしまったビリー・クェンデス(PC0096)は、その答を求めて悩み苦しんでいた。 そんな事を日日思うビリーは、受付ホールに貼り出された様様な依頼の列を今日も眺めながら、条件次第で善悪の判断基準が変化するという一般論を納得する事の難しさを噛みしめていた。 彼は神見習いとはいえ、まだ子供だ。若さ故の潔癖性かもしれない。 思考の袋小路に入り込んでしまったビリーは、気晴らしに立ち寄ってみた冒険者ギルドで、このとある東洋系の老人が依頼を申し込むシーンを目撃した。 助けを求める桃姫。そして真理王の国の解放。 「これやこれ! こーゆースッキリ解りやっすい、ちゅーのがボクは好きやねん」 とりあえずビリーの気持ちは一気に明るくなった。依頼者の老人に礼を言いたいくらいだ。 そうしている内に独り言を喋っている一人の男に気がついた。 地味な服装をした、むくつけきターバンの男だ。 いかにも目立たなそうな恰好をしている事が、逆に怪しく思えた。 独り言と思ったのは手に持った水晶玉との会話の様だった。 「はい……解りました、私も冒険に参加します」 男は玄関へと向かう。 「まったく耳が痛いぜ」 玄関から去り際の声だけは真の独り言らしい。ターバンの頭頂部辺りを手でさすっている。 このホールにいる他の冒険者は特に気にしていない様だが、ビリーにとって、これは怪しさ大爆発だ。 依頼を受けるのは当然として、今はこの男の方が気になった。 (こいつ、敵側のスパイちゃうんか?) 受付ホールの混雑から背の低い少年の姿が消える。 消えた次の瞬間、玄関辺りに現れる。 ビリーの特技『神足通』だ。 外の道路に歩いて去ってゆくターバン男の姿を認めたビリーは、物陰から物陰へとテレポートを繰り返して後を追った。 「おもろい! めっちゃワクワクしよるで。どこぞの名探偵みたいや」 尾行する褐色の座敷童子は笑みがこぼれるのを抑えきれなかった。 その男がそれ以上、水晶玉と会話をする様な事はなかった。 やがて、十分もすると男が町でありふれた一軒の酒場に入る。 ビリーが入り口から中を覗き見るに、どうやらこの酒場の二階に宿を求めたらしい。 「なんや、こいつ。冒険者ギルド内の宿屋に泊まればええ事やないか。こんなとこにわざわざ……」 「サスピシャス、怪しいデスネ。まるでアドベンチャラーズ・ギルドからなるべく自分の印象を消しているみたいデース」 突然、自分の頭上はるかに高くから降ってきた女性の声にビリーは文字通り、仰天した。 入り口で、二メートルを超える高みから自分と同じ様に酒場の中を覗き込んでいるのは、ビリーのよく見知った白人女性だった。 「なんや、ジュディさんやないか、ビックリしたでー!」 「ハロー、ビリー。どうやらビリーはジュディと同じ依頼を見て、同じ男を見て、同じコトがとてもワズ・ウォリサム、気になった様デスネ」 ビリーとジュディはもう何回も同じ冒険で助け合ってきた知己だ。 という事は男を尾行していた自分は、ジュディに尾行されていたのか。男を見逃さない為に注意を集中していたといえ、ビリーは複雑な気分になった。 「ちゅー事はまた同じ冒険に参加するんか。ヨロシクやで、ジュディさん」 「ミー・トゥー。バット、あのターバン男は怪しいデスネ。敵側のエスピオナージ、スパイデショウカ」 「ボクも同じ事、思ってたんや。どうせ、依頼には参加するやろうから、そこで泳がせといてこっそり見張ればええんやないかな。恐らく、特徴的なターバン姿は印象操作の為の変装で、冒険に参加する時は別の姿になってるんやないかと思うんや」 二人は男の挙動の注意など、冒険になった時の事の諸諸の事を話し合いながら、その酒場を離れ、冒険者ギルドへの帰路についた。 そして、帰ってすぐに老人からの冒険依頼に請け負う旨をギルドに伝える。 その依頼を受けた冒険者達に自分達と同じ、昔からの知り合いを何人も発見する事になる。 こうして新たな冒険が始まった。 冒険開始、初日。 晴天。 ギルドが用意した船の甲板上に獄門島へ向かう冒険者達が全員、並んだ。 ジュディとビリーの予想外だったのは、獄門島へと向かう為にギルドが用意した船の甲板上に、あのターバン男が以前とは何も変わらない姿で現れた事実だ。 「早く出港しませんかぁ」 日のよく当たる、光合成には最適な甲板で依頼主の老人から受け取ったきび団子を食べながら、緑色乙女リュリュミア(PC0015)が出港を催促する。 「美味しいですねぇ。あなたも食べませんかぁ?」 「いただこう」『ラビィ』と名乗ったターバン男がつまようじに刺さったきび団子を一つ、リュリュミアから受け取った。「美味い。だが、白団子や餅の方がもっと美味いな」ラビィの表情は変わらなかった。「まったく耳が痛いぜ」ターバンの頂きを撫でながら彼が呟いた。 ★★★、 海風。 遠くの入道雲。 青い波と砕ける白い波頭。 出港した船は、マニフィカ・ストラサローネ(PC0034)が事前に調べた航路を辿って航海を始めた、 最近、マニフィカは読書の中でとあるアドバイスに感銘を受けた。 『計画は慎重に。行動は大胆に』 事前準備がしっかりしていれば、目標に向かって一心不乱に突き進む事が可能となり、結果的に成功を収められる。 逆もまた然り。 つまり、いかに事前準備に努める事が大切かを説いている。 大いに納得出来た言葉だ。 マニフィカは先人の知恵に敬意を払い、今回は水先案内人になり、彼女のパートナーであるイルカの『フィル』と共に、事前偵察で安全確認した航路へ冒険者の船を導く。 フィルは正式には『フィリポス六世』と名づけられたとても賢いイルカだ。舳先で波を砕く船を先導する背びれが海面に見え隠れする。そのスピードはまさしく速魚の様に速い。時折、ジャンプしたりもする。 マニフィカは船長から借りたドワーフ製の望遠鏡で、水平線を厳しく睨む。 彼女らのおかげか、航海はとても順調に進み、予定されていた日数よりも早く、獄門島に着いた。 実はマニフィカは空からこの獄門島の事前調査も行っていた。 『魔竜翼』を持つ彼女は先行して、空高くからこの獄門島を偵察した。 するとかなり広い単独の島であるこの獄門島は確かに周囲の縁に険しい岩山が並び、南にある入り江からでしか進入出来ない事が解った。 島を二分する北半分と南半分では大きく風景が違い、北は荒れ果てた荒野の様になっていて、南はパステル色地勢が広がっていた。このパステルチックな南半分が『真理王の国』なのだ。 船長から借りた望遠鏡で上空から観察していたマニフィカは、島の北半分にある荒地の一か所に奇妙な『点』を見つけた。何だろう。それはメタリックな反射を返す、黄色と黒の縞模様。大きさは風景に埋もれてはっきりしないが小さくはないだろう。北の深部にある。 そんな観察をしていると、彼女は眼下の地上からこちらへ急上昇してくる何かの群に気がついた。 「あ、あれは羽多羽多(ぱたぱた)と赤有魔(レッドアリーマー)ですね」 マニフィカは冒険依頼主の老人から仕入れていた知識で急上昇してくる怪物の見当をつけた。ファンシーな亀に翼をつけたデザインの羽多羽多の群は真理王の国から、赤有魔の群は北半分の荒地から彼女を迎撃する為に上昇してくる。羽多羽多はともかく、赤有魔の敏捷さは一匹でも手強いと聞いている。 マニフィカは素直な撤退を選んだ。 島の大まかなフィールドマップは解ったのだ。攻略は冒険者達が有利に進めるだろう。 そして船は獄門島の南の入り江に到着し、冒険者達は皆、無事に上陸したのだ。 ただ、マニフィカは事前偵察を念入りに行っていたせいで、上陸時にはいつもの元気を半減させていた。 ★★★ ちゃらっちゃちゃらっちゃ、う! そんなBGMのイントロが耳に聴こえてくる様なパステルチックな風景を、上陸した冒険者達は走り始めた。 リュリュミアはそんなBGMに歌詞を載せて歌いながら走っているのだが、ちょっと色色ヤバげな事がありそうなので割愛させていただく。まあ、こんな所までJASR○Cの眼が光っているとは思えないが念の為。 ぽいん! ぽいーん! 軽やかに視界を流れていく淡い色の山並み、平地。スカイブルーの空と白い雲。 真理王の国では噂通りに地面がフカフカで、冒険者達は皆、コケティッシュな音と共にジャンプを繰り返す。 あまりにもリズミカルで高くまでジャンプ出来るので、その爽快感から皆、思わず多用してしまうが、その中にあって、ジャンプをなるべく控える様に自分をコントロールしているのがアンナ・ラクシミリア(PC0046)だった。 掃除する為に生きていると言って過言ではない彼女は、空中に浮かぶレンガブロックを叩いて壊しても破片が飛び散らないのが不満な様だが、それでも無難な範囲でそれらを叩いていく。 すると壊したレンガが元の姿である茸人に戻り、「THANK YOU!」の声と共にその場を去っていく。 「高く跳べるからといって、むやみに高くジャンプするのは危険ですわね」アンナはジャンプを繰り返して、栗坊(くりぼー)を次次に踏み潰していく仲間を見やる。「ジャンプ中は無防備になりますから、ジャンプは極力低めにしますわ」そう言って彼女は亀の鋸鋸(のこのこ)にスカートを翻しながらのスライディングキックを決めた。甲羅に頭と足を引っ込めたその亀モンスターが地面を凄い勢いで滑り出す。 「禁断の秘技『Bダッシュ』ですわ!」 ローラースケートを履いたアンナがその後を追って、高速で走る。 先行する甲羅が進行方向にある怪物に次次、ぶつかってボーリングの様に薙ぎ倒していく。 タイムアタックするつもりらしいアンナはローラーダッシュで甲羅を追いかけ、敵が倒されていくのを追いかける。甲羅と自分は同じ速さ。足元に開いた危険な落とし穴もその勢いのまま、走り抜ける。 と、その甲羅は地面から生えていた大きな土管にぶつかり、跳ね返ってきた。 間一髪、アンナは小ジャンプでそれをかわす。 甲羅はそのまま、後方へと滑り去っていった。 アンナの流れが止まった。 眼の前の土管から歯勲花(ぱっくんふらわー)がにょっきりと顔を出した。牙の並んだ赤い花はアンナを見て、笑っている。眼がないが確かにアンナの姿を視認している様だ。 「笑いたくば笑いなさい! 我、不退転ですわ!」 ジャンプしたアンナがその歯勲花の口にモップを突き刺した。 途端、歯勲花は赤い肉厚の花びらを散らして、消滅する。 「時間を取られましたわ」 アンナは新しい鋸鋸を見つける為に、ローラースケートのホイールを鳴らして、走り去った。 さて、アンナがかわした鋸鋸だが。 彼女の回避で後方へ滑り去った甲羅はそのまま、アンナのはるか後方にいたリュリュミアを襲っていた。 「あ、危なぁい」 リュリュミアはブルーローズを掌で急速生長させて、茨のバリケードでそれをはね返した。ぽいん、と音がして甲羅はその壁に当たり、明後日の方向へ滑り去っていった。 「やっぱり地上は危ないわぁ。せっかく借りれたんだし、飛んでいきましょうかぁ」 リュリュミアはそう言うと、身につけていた『雉の陣羽織』の力を引き出す様、自らの意思で願ってみた。 すると足先が地面を離れ、緑色のスカートの裾が風になびいて音を立てる。彼女は飛鳥の如く、宙に舞った。 「わぁい。これはジャンプより楽ちんだわぁ」 鳥の速度でスカイブルーの空を飛ぶ彼女は、十字を組む様に空に固定された土管を見つけ、好奇心からそれに近づいてみた。 すると一斉に土管から四匹の歯勲花が顔を出した。噛みつかれる寸前のタイミングでリュリュミアは慌てて手を引っ込める。 「危ないわねぇ。……ええい」 『腐食循環』。彼女の前にある四匹の歯勲花は抗う術もなく、皆、速やかに枯れてしまう。 脅威を肥料状態にしたものの彼女は自分の現在位置を見失ってしまった。 「困ったわぁ。……ええい、神様の言う通りですぅ」 リュリュミアは適当な方角へ飛び去った。 ★★★ パステルチック・フィールドのスタート近辺のとある地点。 ブロックが階段状に積み上がっているこの場所で、姫柳未来(PC0023)はその一段で待ち伏せしている鋸鋸に気がついた。 「ここは絶好の稼ぎポイントだわ」 『犬の刀』を腰に差した彼女は、ぽいーん!とジャンプして、その鋸鋸を垂直落下のキックで踏みつけた。更に甲羅状態で滑り出す鋸鋸をタイミングよく踏んで、段差にはね返し、階段の一段で往復運動を封じ込める。甲羅がはね返し続ける段差と未来キックの狭間でめまぐるしく右往左往する。 しばらくすると未来の耳にこんな音が聞こえてきた。 ワナップ! ワナップ! ワナップ! ワナップ! …………! 繰り返して果てる事のないその音を聴きながら、未来は自分の生命力がぐんぐん上昇するのを自覚する。 「よーし、もう百機くらい溜まったかしら」 未来は最後にぽこぺん!と甲羅を大きく蹴り飛ばして、階段ブロックを跳び越えた。 そしてフィールド攻略に復帰し、軽やかな連続ジャンプで走り去る。 彼女は幾らやられても大丈夫という安心感に満ち溢れていた。 ★★★ 空中の動く床に乗って、ジュディとビリーが観察しているところ、ラビィというターバン男は無難に冒険をこなしている様だった。 といっても、怪物を倒すのもブロックを壊すのも消極的なのだが。 「まだまだ、馬脚をあらわす気配はなさそうやなー」 ラビィの背中を見ながらビリーが呟く。 「ウォッチング、見張ってるのもいいデスけど、なるべくブロックを壊して、茸人からゲザー・インフォメーション、情報を集めるのも大事デスね」 ジュディはそう言いながら、動く床から跳び降りた。 「あ、ちょっと待ってや! ボクもブロック壊しに参加するわ!」 ビリーも飛び降り、近くの宙に浮かぶブロックを片っ端からジャンプパンチで壊し始めた。壊れたブロックは金貨になる。中には一回だけでなくパンチする度に金貨を吐き出す『?』ブロックもあった。 「うわーい! 楽しくて儲かって最高やねん!」 ジュディも片っ端からブロックを壊すがこれはブロックを元の姿の茸人に戻す為だ。『猿の鉢巻き』を巻いた身軽さでスコップを振り回してブロックを壊すと、それは茸人に戻って、彼女に次次と礼を述べた! 「THANK YOU!」 「ひゃっほう!」 「元に戻してくれてありがとう」 「食羽は城の地下にいるよ」 「食羽を倒せば、この国は元に戻るよ」 「金槌兄弟(はんまーぶろす)は強敵だよ」 「この国はむらさき姫に侵略されたんだ」 「むらさき姫は『雷鬼の国』にいるよ」 「雷鬼の国は獄門島の北半分だよ」 「雷鬼の国は荒野と廃墟の国だよ」 「雷鬼の国は西洋っぽい魔界の怪物がうようよいるよ」 「雷鬼の国でも結構、高くジャンプ出来るよ」 「活屍(ゾンビー)は墓場でノロノロ歩くよ」 「下手に宝箱を開けると魔術師の呪いにかかるよ」 「身軽で空を飛べる赤有魔は強敵だよ」 「むらさき姫の一族はUFOに乗って宇宙からやってきたよ」 「雷鬼の王家は昔、宇宙からオトギイズム王国へやってきた一族の末裔だよ」 助かった茸人達は一言、礼を述べ、情報をくれてから何処へともなく去っていった。 「どうやら真理王の国だけでは冒険は終わらない気配やな」 「そうデスね、バット、あのマン・ウェアニング・ターバン、ターバン男の見張りも忘れずに冒険しないと」 ビリーとジュディは、ラビィを視界から外さない様にしながらも、四方八方から集まってくる歩くキノコ、栗坊(くりぼう)を踏み潰し、ブロックを壊し、金貨と情報の回収を続けた。 ラビィは自分に尾行がついてくる事など知らぬげに、そそくさと先を急いでいた。 ★★★ さて、百回死んでも生き残る予定の未来だったが。 「あうううぅ。何十回やってもくぐれない……!」 緊張をはらむ空気。 未来は空中に浮かんだ二段のレンガ床の上に乗った、何十匹もの亀に苦戦していた。 その亀達が投げてくる、一度に何十個もの重ハンマーが完全に彼女の足を止めている。 この放物線の軌道を描く、重ハンマーの動きと亀達が巧みにジャンプを繰り返す事が、彼女がタイミングが読めず、ここを突破出来ない一因となっていた。 「これが噂の金槌兄弟……! 何人兄弟なの!?」 未来もブロックを壊して戻った茸人からアドバイスを受けていた。 しかし、ここまで強いと思わなかった。もうかなりの残機を消耗している。残機とは生命エネルギーの事だ。 「痛っ!」 タイミングをうかがっているこの時にも、また一つ、重ハンマーが頭部に命中した。激痛。もう未来の残機は十機を割っている様だ。 行く手を阻む亀兄弟に唇を噛む美少女戦士。 『魔白翼』で空を飛ぼうにも、容赦ないハンマー投擲が飛空の自由を奪う。 テレポートで突破しようにも、前方の視界の限りに金槌兄弟が配置されている。 『マギジックレボルバー』で距離をとって風の弾丸で射撃する事も試したが、何匹か倒した後、相手はハンマーを投げて弾丸を相殺する事を憶えてしまった。 ここに来るまでにも何回か残機を失っている。 歯勲花に服を食いちぎられたり、蔦で手足太腿を絡め取られて土管に引きずり込まれ、エッチな格好にされて、そこにやってきた栗坊がスカートの中に入ってきてキノコ頭で敏感な所をこすられて、思わずエッチな声が出ちゃったりした事もあった。もうミニスカ制服はボロボロだ。 しかし、ここまで苦戦する事はなかった。 「こうなったら!」 未来は腰にある、犬の刀を抜いた。 「ブリンク・ファルコン!」 敵の群に飛びかかり、魔力で三倍速に加速した武器を振り下ろす。 一度目の重ハンマー投擲の雨をかいくぐった。 宙に浮かぶレンガの床の上で、十七匹の敵を斬り裂いた。 だが、そこまでだった。 栗色の髪、彼女の頭に幾つもの重ハンマーが命中する。 意識が飛ぶ。残機が減りまくった。 レンガの床の上に未来は倒れた。 仰向けになった彼女のズタズタの制服が激しく乱れた。 白い下着。 スカートの奥をあらわにした未来を見て、金槌兄弟達の眼の色が変わった。 ハンマー投擲をやめて、何十匹も彼女に群がってくる。 一つの亀の頭が白い太腿を割って、スカートの奥に潜ってきた。 「……あ」 未来の声が漏れた。 亀達の何匹かは仰向けの未来の手足を押さえに回っている。 未来は一度に何匹もの亀を相手にしなければならない様だ。 爬虫類の冷たい手が未来のヒップを持ち上げ、白いパンティは脱がされそうになる。 だが押さえられている。抵抗は無意味だ。 そして。 このまま行ったら、間違いなくこのリアクションは十八禁となる。 その時。 「ブリンク・ファルコン!」 マニフィカの声と共に、未来に群がっていた金槌兄弟の群が三叉槍の連撃で蹴散らされた。 戦友の突撃によって、身の自由を取り戻した未来は跳ね起きた。涼しくなってしまった原因を素早く直す。 最後方を走っていたマニフィカは茸人から情報を集めたり、紆余曲折の末にようやくこの場に辿りつき、未来の貞操の危機を救ったのだ。 「大丈夫ですか、未来さん!?」 心配そうに問うマニフィカに、未来は彼女の背後に迫っていた亀の怪物を一刀両断する事で答える。 だが、更に重ハンマーの投擲がマニフィカの後頭部を襲う。 彼女はそれをかわし、戦技を使うべく、精神統一する。 「センジュカンノン!」 マニフィカとオーバーラップして黄金色の無数の手を持つ千手観音の像が現れた。次の瞬間、見渡す限りの金槌兄弟の群が頭上から黄金の一撃をくらい、一割があっという間に倒された。センジュカンノン。まさにこの戦場向けの技。重い一撃を広範囲に繰り出すバトルスキルだ。 一気に一割が削られた事で金槌兄弟は全て浮足立った。 その隙を狙って、未来が床下から突き上げ、刀で斬り倒してまわる。 倒された金槌兄弟の数が半数を超えた。 疲れていたマニフィカは、成功率が低いその技を精神集中して気力を注ぎ込む事でカバーし、センジュカンノンを次次と成功させた。未来はその無防備なマニフィカを守る。 総数の一割ずつをどんどん削られていく金槌兄弟。 と、その内に小ジャンプを繰り返す未来が、空中の透明だったブロックに頭をぶつけた。 「痛っ」 現れたブロックから燃える様に輝く花が現れる。 それを見て、未来はファイヤーフラワーに飛びつく。すると未来の全身が燃える色に染まった。 「これでわたしはファイヤー未来っ!」 未来は前方に火の玉を発射可能になった。 逃走に移った金槌兄弟達をそのファイヤーボールで背後から撃墜する。 完全にこの前線は崩壊した。 数少なくなった金槌兄弟をこれ以上は追わず、マニフィカと未来は食羽が待つ待つ城へと進路を決めた。 早く桃姫を助け出さなくては。 疲労状態のマニフィカとボロボロ制服の未来。 二人はさわやかな空を連続ジャンプで飛ぶ様に急ぐ。 ファイヤー未来は外見だけでなく、内面までもがファイヤーフラワーの効果で火照っていた。身体の敏感な所が熱い。……実は『発情』状態だ。 「行きますわよ!」 「うん! イケそう!」 もしかしたら、この状態で金槌兄弟に襲われていたら、未来は受け入れていたかもしれない、と色色な意味で危なかった場面を無事回避し、二人は城へと急いだ。 ★★★ 前方を滑走させる甲羅を何度か取り替え、Bダッシュで最速攻略をめざすアンナは、ブロックで出来た高い階段まで辿りついた。 「とうとう、やってきましたわ。一番乗りの様ですね」 階段を昇りつめたアンナはその頂から、大跳躍。そこにあった城塞からそびえ立つ、旗竿のロープに飛びつき、食羽の旗を引きずり下ろす。それと入れ替わりに桃印の旗が掲揚された。 空に大輪の花火が上がり、お祝いのファンファーレが真理王の国の全域に鳴り響く。 ★★★ 花火の音とファンファーレが聴こえてきた。 「ああ〜。城はあっちの方がだったんですねぇ」 気ままに空を飛んでいたリュリュミアは、大輪の花火が次次と上がる方角へと軌道修正した。 ★★★ 城までもう少しという所まで来ていた未来とマニフィカも、大輪の花火を見上げる。 ファンファーレが風に流れる。 「ああ。花火が上がってるわ。わたしの内側にも火が着きそう。気分はエクスタシー!だわ」 「……未来……大丈夫ですの?」 二人は花火の上がる方角へとジャンプし続けた。 ★★★ 「OH! ファイヤーワークス!」 「花火や。誰かが城まで辿りついたんやな」 ブロックを壊す事に時間を費やしていたジュディとビリーも彼方の空に上がる花火とファンファーレに気がついた。 前方のラビィもフィールドの攻略完了に気がついたらしく、それらの聴こえてくる方向へと足を速める。 「まったく耳が痛いぜ」 まだ、ラビィは正体を表さない様だ。 冒険は城の地下にいる食羽を倒して桃姫を助け出す為のダンジョン攻略へと、場所を移すのだった。 ★★★ ダンジョンの語源は『地下牢』。 ジュディ、ビリー、マニフィカ、未来、アンナ、リュリュミア、ラビィ達はレンガ造りの城へ辿りつき、しばしの休憩の後、ダンジョンへの道を探した。 「ありましたよぉ」 王の間の玉座の後ろから風を感じたのはリュリミアだった。 床を調べると巧妙に偽装された隠し扉がある。 扉を開け、皆は現れた石畳の階段を下りていった。 するとそこには巨大な岩室という地下空間が広がっていた。床のところどころに空いた溶岩から光と熱が立ち上がり、地下を不気味な熱気と赤光にさらしている。 通廊と大部屋で作り出された迷路の様だ。 「LET’S GO!] ジュディがかけ声と共に手を振ると、皆は地下迷宮を走り出した。 炎をまとった回転バーをかわし、溶岩が待ち受ける落とし穴をジャンプする。 敵が地上よりは少ないのは幸いだった。 「熱いですねぇ。しおれちゃいそうですぅ」 リュリュミアが溶岩から飛び出す火の玉をよける。 「わー! コインが一杯やー!」 隠し部屋を見つけたビリーが金貨を拾いまくる。 「床を渡るタイミングが解らない。ヤリづらーい」 溶岩に浮かんだ動く床の上で、未来はタイミングを失う。 「あれ、ここから中に入れるのではないかしら」 歯勲花をモップでやっつけたアンナは、それが生えていた土管に入れるのを発見した。 「あれ? これ、スタート地点に戻ってません?」 土管をくぐってワープしたマニフィカは見覚えのある地点に戻ってしまった。 「まったく耳が痛いぜ」 ラビィが独りごちる。 地下空間は長く続き、ちょっと居場所を見失うと既に通った場所に戻ってしまう迷宮だった。 枝分かれする迷路に印をつけて、一度通った道は通らない様にする。 何もなさそうな空中にジャンプアタックして、上の道への踏み台となる隠しブロックを出現させる。 床がなく溶岩が足元に広がる通路を、離れた足場に次次ジャンプして向こう岸まで渡る。 回転ファイヤーバーが連続して並ぶ通路をタイミングを調整しながらやっとこさと渡る。ここで未来は残機を最後の一機を残して全て失ってしまった。おかげでファイヤーフラワーの発情状態も解けたが。 結局、地上でのフィールド攻略とあまり変わらない時間を食ってしまう。 皆が気力を振り絞って、ダンジョンの奥へ進んでいくと突然、前方がひどく明るくなった。その光は轟音と共に通路の奥から飛んでくる巨大な火の玉だった。 「ウォッチ! 気をつけて!」 先頭のジュディの声で、皆が跳んだり、伏せたりし、火の玉をよける。凄まじい熱気が通り過ぎ、ダンジョンの後方へ消えていった。 「あ、見て下さいぃ」 リュリュミアが指さす先、恐らくダンジョンの最奥部は大きな部屋となって広がっていた。 灼熱の溶岩の海に浮かんだ軽石の様なステージの上では、不気味な赤い炎に照らされて、巨大な影が待っている。その身長五メートルはあろうかという怪物は鬼と竜を合成したかの様な姿をし、背には棘だらけの甲羅を背負っている風だ。 『食羽(くっぱ)』だ。 食羽は口から火の玉を吐き、それはまた、かろうじてかわす冒険者達に容赦のない高熱を浴びせて、通り過ぎていく。あんな火炎が直撃したら一撃でアウトだ。 その食羽の背後に大きな鉄門が閉まっている。 「散開するんですわ!」 マニフィカの声に合わせた様に、皆は食羽のいる部屋に滑り込み、四方へ散った。 ステージは溶岩の海に浮かぶ平地で、人の重さが集まる事でそちらへ傾いてしまう。戦いにくい足場だった。 雉の陣羽織を着こんだリュリュミアと、魔白翼で飛ぶ未来、魔竜翼を持つマニフィカ、飛翼靴を履いたビリーは空中に浮かんだ。戦う意志を怪物に向ける。 アンナは高速スケーティングで床の傾きに対応し、レッドクロスに炎の反射を映しながら、モップを構えて間合いを計る。 「HEY! QUPPA! ルック・アット・ミー! こっちを見ナサイ!」 ジュディも傾斜に走りを対応させながら、目立つ長身で自分に食羽の眼を引きつける。陽動だ。 ラビィはというとこのステージには入らず、この部屋への入り口の陰に隠れて、戦いの様子をうかがっていた。 食羽が巨大な火球を吐く。 ジュディとアンナがそれをよけた。 猿の鉢巻を身につけた身軽さでジュディは怪物を挑発する。 その隙に未来は犬の刀で宙から甲羅へ斬りつける。高周波を出す銀刃は大きく甲を割った。しかし、それで相手の怒りスイッチが入ったらしい。振り回される横殴りの打撃を未来はかろうじてかわす。すると食羽が足をその場に踏み出して、ステージが大きくそちらに傾いた。怪物が慌てて身体を戻し、ステージは水平に戻る。 アンナがスケーティングからモップの一撃。むこうずねを打ったその一撃に激怒した食羽が彼女を追いかけようとするが、そちらの方にステージが傾き、慌ててバランスをとる。 食羽が火炎放射を乱射する。 ジュディとアンナはステージの縁を大きく回る様にそれをかわし続けた。高熱の火炎がステージで火の柱になる。 直接攻撃では、食羽に対する有効打が与えられない。 と、ビリーにピン!と来た。 「もしかしてステージを傾かせ続ければ、食羽を溶岩の海に落とせるとちゃうん?」 「それですわ!」 マニフィカは相槌を打つ。『行動は大胆に』。その金言が脳裏で明滅する。 「オール・ライト、了解!」 「解りましたでございますわ!」 ジュディのランとアンナのスケーティングが、鏡像的な幾何学曲線を描く様に左右から食羽に高速で肉迫する。 背後で交わる曲線を追いながら、食羽がこれまでに勢いで火炎を噴射した。振り返りながらそちらへと雄大な歩みを踏み出す。 アンナ、ジュディはステージの縁でブレーキをかけた。 ステージの一端に食羽、アンナ、ジュディの全体重がかかり、大きくそちらへ傾いた。 この一瞬を狙って、さらにその一端にビリー、未来、マニフィカ、リュリュミアが飛び降りながら、ステージをキックする。 一気に重量が偏ってステージは完全にバランスを失い、食羽が床面を滑り落ちそうになる。 だが、巨大怪物は踏みとどまった。 「ええい」 リュリュミアの手からブルーローズが急成長し、食羽の足を絡めとった。 支えを失った食羽が大転倒した。頭から転がり、冒険者達のすぐ横を通り過ぎて、溶岩の海にダイブする。 熱風。粘っこい着水音。 大きな火炎の飛沫が上がり、食羽の身体が頭から溶岩に沈んでいく。 足場が水平に戻る揺り返しを、冒険者達は必死に耐える。 ふと、逆立ち状態であがきなが沈んでいく食羽の足の裏に、皆はある文字が刻み込まれているのに気づいた。 『MADE IN MOON』 巨獣の身体は燃えながら溶岩の海に沈んでいった。 ★★★ 大きな鉄門まで辿りついた冒険者達はようやくそれを開けた。 さあ、ここにこそ桃姫が、という期待に満ちた者達が、そこを開けると。 空っぽの大部屋に、一人の茸人がいた。 「桃姫様はこの城にはいないよ。むらさき姫が雷鬼の国へ連れていったよ。むらさき姫は君達が来たら、これを再生する様に、言ってたんだ」 茸人が皆にそう伝えると、手に持たれていた水晶玉が空中に映像を投影した。 派手なミドルティーンの美少女の立体映像だ。 和装。確か十二単(じゅうにひとえ)という東洋の貴族の服装だ。虎縞の十二単を来た美少女は猫を思わせる不思議な印象で、緑色の艶やかな髪から小さな黄色い角が覗いている。 「うちはむらさき姫だっちゃ」立体映像はそう自己紹介した。「この映像を観ているという事は桃姫の城は攻略されたっちゃね。不甲斐ない部下だっちゃ。とにかく桃姫はうちらの手の内にあるっちゃ。助けたければ、獄門島の残り半分である雷鬼の国のうちの城まで来るっちゃ。尤も雷鬼の国にいる魔物達がお前らを放っておくわけがないけどっちゃね」むらさき姫は虎縞の扇子で口元を隠し、笑う。 立体映像はそこで消えた。 冒険者達はちょっとだけ呆然とする。 この冒険は真理王の国だけで終わらない事は薄薄、予感していたのだ。 と、立体映像が消えた後もその宙を見つめていた冒険者達の中で一人だけが違う行動を起こしていた。 「報告、報告」 ターバン男、ラビィがこの大部屋の柱の陰で、自分の水晶玉を取り出し、声をかけている。 水晶玉は濃い灰色に煙った内部に『SOUND ONLY』の文字が浮かんでいる。 「人工生命体No72がやられました。……はい、獄門島の南半分は解放されました。……はい、引き続き、こいつらの中で行動します。はい、姫様」 『SOUND ONLY』の文字が消え、水晶が灰色から透明になる。 その通信を終えたらしい水晶玉からラビィが顔を上げる。 「!!」 彼は自分のすぐ眼の前に、ビリーの姿が浮かんでいるのに気づき、狼狽した。 ビリーは口にしていた吹き矢を吹き、ラビィの影を射抜いた。 『影縫い』。決して成功率が高い術ではないが、神足通で相手の虚を突き、動きを封じる事が出来た。 「ラビィさんの事は前から怪しく思ってたんや。スパイの証拠は掴んだで」 ラビィの身体は動かない様だ。焦っている事は表情で解る。 「ユア・アイデンテティ、正体を明かしナサイ!」 ジュディがつかつかと歩み寄り、ターバンに手をかけ、一気に引きはがした。その勢いで身体を覆っていたマントも大きくまくれた。 まず、ラビィが男性である事に間違いはなかった。 彼の耳は本来の人にあるべき場所にはなかった。きつくターバンの下に押し込まれていた二つのそれは、束縛から解放されて頭の上にぴょこーんと跳ね立った。 兎の長い耳だった。 地味なマントの下から現れたのは素肌に直接、身につけた銀ラメのバニースーツ。 もう一度言おう。 ラビィは男だ。 ★★★ 真理王の国攻略完了 獲得金貨 *リュリュミア:11枚 *ジュディ・バーガー:41枚 *ビリー・クェンデス:80枚 *マニフィカ・ストラサローネ:26枚 *姫柳未来:23枚 *アンナ・ラクシミリア:9枚 ★★★ |