『姫! 姫!』

第3回(最終回)

ゲームマスター:田中ざくれろ

★★★
♪どんなピンチの時も素直じゃなくてソワソワしないで。
♪夢の中なら絶対キョロキョロ。
♪カレンなよそ見をするのはショート寸前。
♪私が誰より今すぐ乙女のポリシー。
(『姫! 姫!』第三期オープニング主題歌『乙女のラブソング伝説』)

★★★
 月の重力は、地球の約6分の1だという。
 月世界の城の中庭に直接突入した虎縞UFOは、荒荒しいランディングで庭園を掘り返し、大きな溝を刻んだ上で前のめりに停止した。
 この騒ぎに頭にうさ耳を生やした、銀ラメバニースーツの男女が逃げ惑う。それは衛士だったり、園丁だったり、メイドだったりするのだが、各自、祖先だったというウサギの如く、跳ね回り、中庭をいっそう混乱の態にしていた。
 謀略がばれたとはいえ、まさか、いきなり突入してくるとは思わなかっただろう。月側の防備は実際ないも同然で、月自体が大混乱状態になっていた。
「あぁー。木がひどい事になってるぅ。後で治してあげますからねぇ」
 ハッチを開けて、UFOのコックピットから降りてきたリュリュミア(PC0015)は中庭の有様を見回し、そして跳ねた。軽い重力で身体が高く持ち上がり、ゆっくり下りる。彼女はそれが楽しい様だ。
「ここまで連れてきたのだから、後はお前らの好きにするっちゃ」むらさき姫はコックピットから冒険者に告げる。
「ボクも大概や思とったけどな、上には上がいるもんや。ほんま無茶しよるで、かなんなあ」
 ビリー・クェンデス(PC0096)がUFOが掘った溝を眺めつつ、地面に降り立つ。
「グラビティ・イズ・ベリー・ライト、身体が軽いデスネ」
 飛び降りたジュディ・バーガー(PC0032)がスローモーションな土煙を上げる。
「時の勢いに乗じるべし……でございますか」コックピット内でも読んでいたビジネス指南書を閉じ、マニフィカ・ストラサローネ(PC0034)はUFOから降りた。「事、ここに至れば是非も無し!でございますわ」
「俺はここから出ない。かぐや姫様に背くつもりもないし、お前達に味方するつもりもない」
 銀ラメのバニースーツの男、ラビィはそれだけ言って、コックピットの奥の方へ引っ込んだ。
 その時、城の大扉が開き、食羽(くっぱ)、赤有魔(レッド・アリーマー)、魔王等の怪物の集団が中庭に入ってきた。
「あー、やっぱり怪物がいっぱいいたのね」超ビキニアーマーでかろうじて裸身を隠した女子高生、姫柳未来(PC0023)がUFOから降り、そのまま、宙に浮く。「それにしても、かぐや姫はとっちめないとわたしの気がすまないわ」言って、『犬の刀』を構える。
「獄門島にいた怪物といっても既に攻略法が判った敵なんて、時間稼ぎ以外の何物でもないですわ」
 ローラースケートを着地させたアンナ・ラクシミリア(PC0046)が、モップを伸長させて両手で一回転。そして一瞬の静止。決めのポーズ。
 いつのまにか、逃げ惑う者達は退場している中庭。
 UFOを囲む怪物の群。
 食羽10。
 赤有魔20。
 魔王13。
 そして鋸鋸(ノコノコ)や大男等がわんさかと。
 これらは月で作られた人工生物だという。
 開け放たれた幾つもの扉から、あるものは地響きを立て、あるものは翼を広げて、津波の様に殺到する。
 それらを冒険者達は、あくまでも冷静かつ的確な判断で迎え討った。

★★★
 怪物達が死屍累累。
 正直、すでに倒してきた敵とはいえ、この数には少少手間取った。
 結果的に怪物の群は、バニースーツを身にまとったバニー戦士達が到着するまでの時間稼ぎにはなったのだ。
「あんた達〜! いきなり、ここに来るなんて非常識よ〜! プンプン!」
 伏した怪物の背を乗り越えた、黄金のバニースーツに身を包んだバニームーンことかぐや姫。頭上のうさ耳を振りながらものすごく軽い調子で言い放つ。
 赤、青、緑、オレンジのバニースーツを着ている美少女戦士がかぐや姫の脇に控えて立つ。
 そしてバニームーンの手に抱かれた、一羽の可愛い白ウサギ。
「一対一ずつの決闘をいたしましょう」マニフィカは気品を薫らせるかの態度で、正面からバニームーンに対した。決闘はアンナの提案だった。だがマニフィカも相手が友情パワーを排しない様、一対一に持ち込むのには賛成だ。「あなたも高貴なる血筋であれば、わたくし達の戦いを正正堂堂の決闘にする事に異存はございませんよね」
「一対一の戦いなんて想定外だったけど、受けて立ってあげるわ」
 バニームーンがきっぱり返答した。
 ここに決闘の前儀が言い交された。

★★★
 怪物達の死体から遠ざかって、中庭の開けた場所へと皆は移動。
 決闘の選抜は、すでにUFOの中で話し合われている。
「まず、わたしから行かせてもらうわね」超ビキニアーマーで犬の刀を携えた未来が一歩、前に出た。「そして、わたしの決闘相手は……それ!」
 超ビキニの女子高生にピシッと指さされたのは、バニームーンの胸に抱かれた白ウサギだった。
 かぐや姫のペット『クビチョンパ・バニー』。
「あらあら、あたしのウサちゃんを早速、指名するとはね」バニームーンが困った様な、それでいてほくそ笑むかの様な表情で自分の手の内にある白ウサギを撫でた。「まあ、いってらっしゃい、ウサちゃん」
 屈んだバニームーンの手で地に下ろされた白ウサギが、ぴょこんとした数歩、跳ねた。
 前歯が少少、目立つ以外は何の変哲もないウサギだ。
 ウサギと未来の距離は十メートルほど。犬の刀を構える未来でも一歩では間合いに入れない。
「それでは決闘…………開始!」
 バニームーンの声で、一人と一羽を囲む空気が決闘の緊張で張りつめる。
 その瞬間、未来の姿が消えた。
 消えた瞬間にはもう、間合いを一気に詰め、白ウサギの背後に現れている。
「無益な殺生だけど、ごめん」
 テレポーテーション。瞬間移動した未来は、無防備なウサギの首を犬の刀ではねとばした。
 そのはずだった。
 一刀の軌跡にあったのは白ウサギの残像。
 白ウサギ本体の跳躍が、未来の頭上を飛び越している。
 未来は首筋に痛みを覚えた。
 決闘を見守っていた者達は、白ウサギの前歯が未来の首を掠めたのを見た。
 傷は浅い。だが、血の色が首に長い筋をつけていた。
 未来の着ている超ビキニアーマーは肌を隠す面積こそ極少なれど、実際には全身を覆うまじないを生じさせるデザイン。勿論、首も防護している。
 だが、それでいて、未来の首筋には傷があった。もし、無防備ならば、一撃で首が落ちていたかもしれない。
 未来は反射的にテレポートで遠くに逃れた。体勢を立て直さなければならない。
 だが、その瞬間移動にも白ウサギが超反応した。ウサギ自身はテレポートしない。だが飛翔にも等しい高速の跳躍は、再び間合いの内にまた未来の姿を捉えた。
 未来はランダムな瞬間移動を繰り返し、とにかくウサギを置き去ろうとした。
 しかし、その全ての転出をウサギの超反応と高速跳躍が完全に追尾する。
 彼女は理解し、ぞっとした。
 このウサギは強いのだ。凄まじく。
「エスケープ! 逃げるんデス、ミク! そのバニーを倒すにはホーリー・グレネードが必要デス!」
 急所を狙う刃物の様な脅威から必死に首を守る未来へ、ジュディは叫ぶ。ウサギを捕らえる為に投網を投げようとも思ったが、それがズタズタに切り裂かれる予想しか思い浮かばなかった。
 『聖なる手榴弾』。ラビィの言葉を、未来は思い出した。クビチョンパ・バニーを倒すには聖なる手榴弾が必要だという。
 それは何処にあると言っていただろう。
 考え事が判断を鈍らせた瞬間、首を深く切る角度とスピードでウサギの鋭い前歯が迫る。
 かろうじて、かわしながら未来は、それがあるのはかぐや姫の私室だと思い出した。
 開いている大扉から城内に連続瞬間移動で飛び込む。
 レッツ・クビチョンパ! その背を追って、白ウサギも城内に飛び込んだ。
 かぐや姫の私室を探す未来と、それを追うクビチョンパ・バニーのチェイス。彼女達は城内に舞台を移した。
「……さて、彼女は生きてここに戻ってこられないでしょーねー」
 皆が開け放たれた扉を見守る中、バニームーンがそう言って、眼線を中庭に戻した。
「決着は着いたも同然。こっちは決闘の二番手を選びましょーか。……ジュピター」
 バニームーンは、緑色のバニースーツの体格のいい美少女戦士を選んだ。バニージュピター。ポニーテールに髪を結んだ長身の美少女だ。
「彼女が相手なら私の出番デスネ」
 そう言って、前に出たのは更に長身のジュディだった。

★★★
 ところでUFOで訪れた冒険者達の中で、実はすでにこっそり王城に侵入して、聖なる手榴弾を捜している者がいた。
 座敷童子のビリーだ。「ごっつい宝探しや! おもろいねん」とウサギ人間が逃げ惑う城内で『神足通』を駆使し、あっちこっちと探索を繰り返していた。その瞬間移動は、バニー戦士達に気づかれない内に城に潜入するのも探索をするのも楽勝だった。
 手にはL字に曲がった二本の針金、ダウンジング・ロッドが握られている。一説では、人間の潜在的な超感知能力に手の筋肉が無意識に反応して、失せ物の位置や異常を示すインジケータ(表示器)として作用するといわれるグッズだが、今までまだぴくりとも反応しない。
「おそらく城内の武器庫か財宝の保管所のはずなんやけどなー。福の神見習いのボクなら『幸運』で見つけられると思ったんやけど……」
 もしかしたら聖なる手榴弾という名前だけを知り、具体的にどういう物かを知らないからかもしれない。
 城の豪華な廊下でちょこちょこぱっぱっと瞬間移動を繰り返すビリー。
 と、行き過ぎてきた廊下の後方がやにわ騒がしくなる。
 何事かと思って、振り返る彼が見たのは、全力疾走の勢いでテレポートを繰り返しながらこちらへ向かってくる未来だった。
 彼女に呼びかけようとして、その背後を跳ぶ、小さな白い影に気がつくビリー。
 それは立体的なピンボールというかビリヤードというか、床や壁や天井にまで反射する跳躍で宙を飛ぶ如く、ジグザグに猛速度で迫ってくる。
 ウサギだ。確か、未来はクビチョンパ・バニーと決闘をする役目のはずだ。という事は、あれがクビチョンパ・バニーか。何という瞬速。未来の連続テレポート逃走にもしっかりついてきている。
 未来が逃げているという事は、あれは彼女より強いという事なのだ。
 そして、まず間違いなく、ビリーよりも。
 今、ウサギと眼が合った気がする。
 ビリーは未来の気持ちが言葉でなく、心で理解出来た。
 神足通で逃げ出した。その途中でダウジング・ロッドを落としてしまう。
 不味い事に聖なる手榴弾を見つけるより先に、クビチョンパ・バニーに遭遇してしまったのだ。
「聖なる手榴弾は何処なのーっ!」
「逃げながら探すっきゃないねん!」
 悲鳴にも似た荒い息で未来とビリーは、超速ウサギに追われながら、そろって連続瞬間移動で逃げ続けた。

★★★
 ジュディとバニージュピターが両手の指を組み合って、五分が過ぎた。
 強者は強者を知るという。
 熊が威嚇する様にジュディは両手を大きく構え、プロレスでは王道とされるフィンガーロックでの勝負を求めた。ジュピターもそれに応えた。二人は向き合わせた顔の左右で、手を組み合い、力比べに入った。
 震えながら汗を流す以外は、不動の時間が過ぎていく。
 見守る者達はその決闘に集中している。バニームーンの表情には余裕があった。
 ふと、ジュピターの右膝がやや屈した。
 釣り合っていたパワーバランスがそこから崩れ、やがてジュディはジュピターを上から力をこめて押さえつける形になっていく。
 ぐいぐいと押す。
 ジュピターが下から押し返そうとするが、更に膝が折れる。
 と、彼女の眼が光った。
「スペシウム・サンダー!」
 ジュピターの額飾りの避雷針に見える部分が輝き、蒼白の稲妻が輝いた。轟音と共にその青白い光の枝がジュディの頭頂を捉える。
 身体を稲妻にしたたかに撃たれ、ジュディのブロンドの髪が放電で逆立つ。焦げる感じの匂いが周囲の空気に混じった。
 ぐっとジュディの膝が折れる。
「もう一発!」
 バニージュピターが叫び、再度の雷撃がジュディを襲った。
 だが、今度のジュディはそれに耐えた。ノーダメージ。むしろ回復した様にさえ思える。
 戦闘技術『スキル・ブレイカー』だ。
 驚くジュピターの額に、ジュディのヘッドバットが決まった。
 連打、連打。
 ジュディ自身の額が割れ、流血するが、更に連打。
 フィンガーロックの状態のまま、バニー戦士のティアラが破壊され、下半身は完全に地面に腰を落とした。
 うさ耳が垂れる。ジュピターの指がほどけた。彼女は全身で地に崩れ、気絶した。
「えー! ジュピターちゃん、負けちゃうのー!? 何でー!?」
 バニームーンが不服そうに叫ぶ中庭で、ジュディは高高と拳を宙に突き上げた。
 ジュディ・バーガー、勝利。

★★★
「何処に宝物庫があるんやー! 聖なる手榴弾ー!」
「かぐや姫の私室にあるって、ラビィが言ってなかったっけ?」
「あれ? そうやったっけ?」
 城内、通廊。
 クビチョンパ・バニーに追われながら、ビリーと未来は探索兼逃走を続ける。

★★★
 リュリュミア対バニーマーキュリー。
 マニフィカは彼女と戦いたがっていたが、ここはアンナ案が採用された。
「わたしは戦いに来たんじゃないのぉ。皆で月世界のお散歩希望ですよぉ」
 半透明のバイザーを顔に下ろしたマーキュリーへ、リュリュミアは率直に自分の心情を伝えた。
「戦ったら、痛いし、疲れるし、お腹が空きますよぉ。引き分けでいいじゃないですかぁ。そんな事より、皆でお餅を食べませんかぁ。ウサギさんだったらヨモギ餅なんていいかもしれないわぁ」
「引き分け、って随分、余裕な事ね! ……水でもかぶって反省しなさい!」
 青のバニースーツのバニーマーキュリー。ショートカットの知性派美少女だ。彼女の手から放たれた、泡立つ無数の水球が、高速でリュリュミアを襲う。
 だが、リュリュミアの手から地に落ちた『ブルーローズ』の種がたちまち蔓の壁を作り、それを弾く。
 自分の攻撃があっさり防がれた事に驚くマーキュリー。
 バイザーに今の攻防のあらゆるデータが表示され、複雑なグラフを描き、戦闘の分析を始めた。
 相手のその様な状況を鑑みず、リュリュミアはマイペースに次の行動に移った。
 不思議な歌がリュリュミアの口から紡がれ、マーキュリーを包み込んだ。
 『平和の歌』。聴く者の心を穏やかにし、争い事をやめ、平和的な解決を目指そうという気持ちにさせる歌の魔法だ。
 どの様な歌かというと、カルチャーク〇ブ『戦争〇うた』、遊〇王子主題歌『遊星□子のうた』、クィ=ン『テオト△アッテ』、ジョン・◇ノン『イ▽ジン』、エド▽ィン・スター『W△R』、R〇サクセション『明日なき□界』、機◇戦士□ンダム00挿入歌『TOMM〇ROW』を足して七で割り、彼女なりのぽやぽや〜としたムードでアレンジされた反戦ソングだ。
 どういう歌か想像がつかない? 安心してほしい、それはマスターも同じだ。
「くっ……! この歌は解析不可能なの!?」マーキュリーは片膝を地に着けた。効果はバツグンだ。「引き……分けを受け入れるわ……」うさ耳が垂れる。彼女は元元、戦いを好む少女ではないらしい。
「えー! マーキュリーまで勝てないのー!?」
 理解出来ないという調子でバニームーンが叫ぶが、ここにリュリュミア対マーキュリーは引き分けが成立した。

★★★
「あの突き当りの部屋やないか!?」
「確かにそれっぽいわね」
 ビリーと未来は、豪奢な城内の廊下にふさわしくない、沢山のテディベアと様様なフリルリボンで飾られたドアを見つけた。
 ドアを素早く開け、飛び込む。
 視界に飛び込んできたそこはテレビや少女漫画で占められた本棚、カラフルなクッション、バランスボールが置かれた、少女趣味の部屋だった。タキシードを着た仮面の青年の等身大ポスターもある。
 壁の棚には色色な調度品、宝飾品が飾られている。
 クビチョンパ・バニーが来る前に急いで、ドアを閉める。
 ドアを乱打する音が響く。ウサギがこの部屋に侵入しようと体当たりを繰り返しているのだろう。
 二人は手近な家具をドアの前に集めて、ドアの重しにする。
「どうやらこの部屋がかぐや姫の私室みたいね」
「今の内に、当たればビッグなお宝探しタイムや!」

★★★
「マーズちゃん、ちゃっちゃと片づけてきまーす」
 軽い調子でバニームーンに告げた、赤いバニースーツ姿の美少女が戦場に立つ。
 長い黒髪の炎の巫女、バニーマーズに対するのは、アンナだ。
 マニフィカがバニーマーズには未来を対抗させる提案をしていたが、彼女はクビチョンパ・バニーと戦うのを選択したのだから仕方がない。
 アンナはマーズの周囲に大きな円を描く様にローラースケートで滑走し、モップを振りかざす。振りかざしたモップは彼女の意のままに戦舞を描いた。
「バーニング・サラマンダー!」
 先制はマーズの能力だった。
 一瞬、彼女の背後に梵字の配列を見た気がした。背から炎が舞い上がり、アンナめがけて宙を疾る。
 アンナはモップを一閃転させ、盾の様にそれを防いだ。だが幾らかの高熱が彼女を襲う。
 あまりもの熱さにアンナの滑走が止まる。
「どう!? あたしの炎は!?」
「バーニング・サラマンダー!」
 今度の叫びはアンナのものだった。
 『コピーイング』のスキルで敵の攻撃をわがものとしたメイド少女は、自分に仕掛けられた技を相手に返した。
 アンナのコピーイングのレベルでは技の全力をコピー出来ない。しかし、それでもバニーマーズは炎熱を全身に浴びた。かなりのダメージだろう。
「やったわね! 臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前! 悪霊退散!」
「いや、わたくし、悪霊じゃないですし」
「あ、そうか」
 軽い調子で技を空振りさせたマーズに、アンナの『乱れ雪桜花』のカウンターが決まった。
 厳冬の吹雪と桜花の嵐が横殴りにバニーマーズの視界を奪う。
 それに紛れて、アンナが分身を生じさせながらモップの柄の連続打突。
 うさ耳が垂れる。マーズは気を失い、地に伏した。
 アンナ・ラクシミリア、勝利。

★★★
 ビリーと未来は脱ぎ散らかしたドレスや食べかけの菓子袋の中が散乱する広い部屋から、二つの『お宝』を見つけ出した。
「この握り手側の端にはきっちりと折り目をつけながら、相手の頭を打ちすえる部分には折り目をつけずに波打たせるだけにしたこの構造……」ビリーは見つけた白いハリセンで傍にあった宝飾兜を打った。スパーン!と気持ちよい打撃音が響く。「このコシ! この音! ハリセン・チョップの始祖、伝説の芸人『チャン・バラトリオ』が使ってたとされる由緒正しきハリセンやないか! この最高のツッコミ道具にこんな所で出会えたやなんて! ……感無量や!」
「『サイコセーバー』……?」
 未来は装飾品だと思ったスティックに付いていた名札を読み上げる。
 それはジョージ・◇ーカスの有名SF映画に出てくる、ジェ◇イの騎士達の武器によく似た外見をしていた。銀色の柄だけに見えたそれを手に取ると一端から光が伸び、一メートルほどの光線の刃となった。
「……超能力者専用の武器。精神エネルギーを光の刃にする……」
 名札の説明を読みながら振ると独特の低音が唸る。サイコセーバーは刃が物質でない分、とても軽かった。
 二人ともなかなかのお宝を探し出したが、肝心の聖なる手榴弾が見つからない。
 ビリーと未来は室内探索を続行する。

★★★
 王城、中庭。
 ところで敗れたバニー戦士、マーズとジュピターは、むらさき姫の勝手な加勢によって、ロープで縛りあげられていた。
 彼女の趣味なのか、傍の木に吊るされた身体は亀の甲羅な感じにきつく縛り上げられ、胸は強調されて、脚はM字開脚で全開、股間はますますハイレグだ。これが全裸だったら間違いなくRー18かもしれないが、バニースーツの上からなので安心してほしい。むしろ着衣の上だからこそヤバさ倍増、という趣きの紳士もいらっしゃるかもしれないが。
「このー、ほどきなさいよ!」とマーズ。
「この縛られる感じ……先輩を思い出すなぁ……」とジュピター。
 二人はそれぞれの羞恥にひたっている。
 マーキュリー緊縛を期待された御仁には申し訳ないが、彼女は引き分けだったので縛られるのは赦されていた。
 さて、決闘の戦士として残っているバニー戦士は、かぐや姫ことバニームーンことかぐや姫とバニービーナスの二人だ。
 しかし、ビリーはここにいない。冒険者側で残るマニフィカは『姫VS姫』というバニームーンとの決戦の為に控えている。
 と、すると誰かがもう一度戦う事になるわけだが、冒険者側で無傷でいるのはリュリュミアだけだった。
 結構、彼女なら平和の歌で再度の引き分けを得るのも簡単かもしれない。
「えー。お腹空いたわぁ。そんな事より皆でヨモギ餅食べましょうよぉ」
 だが、リュリュミアがここで駄駄をこねた。
「早く戦いましょう! 私の方は準備出来てるわよ!」
 すでに決闘の場に勇んで立っているのは、金髪のロングヘアに赤いリボンを結んだ美少女、オレンジのバニースーツのセーラービーナス。平和の歌対策なのか、うさ耳に大きなコルク栓を突っ込んでいる。
「仕方ないですわ。わたくしが連戦します」
 そう言って、再びアンナが決戦場へと引き返した。
 アンナVSバニービーナス。
 仲間をハラハラ心配する様子でバニームーンが見守る。
 決闘開始。
 アンナはローラースケートで滑走し、突撃を加速させる。
「ファッ・ミー・チェーン!」
 ビーナスの手からハートマークが連なったかの様な光の鎖が放たれた。その尖端は正面から突撃してくるアンナの胸へ突き刺さる。
 だが、それはアンナの甲冑『レッドアーマー』の装甲に弾かれた。
 アンナのモップ突撃をビーナスがかろうじてかわす。
「ホーミング・ビーム!」
 振り返りざま、ビーナスが指先から三日月を重ねた様な光線を放った。光線は弧を描いて、メイド戦士の背を追う。通常ではありえない大きなカーブで回りこんだビームは、アンナの肩先を追い越して、そこからみぞおちにヒット、彼女を転倒させた。
「これでどう!?」
 ビーナスは叫びながら宙高くジャンプ。軽い月の重力で高高と舞い上がった身体は、地に伏したアンナめがけてのダウン攻撃になる。
 だが。
「ホーミング・ビーム!」
 地面で振り向いたアンナの指先から、三日月を重ねた様な光線が放たれる。コピーイングした技はビーナスの胸へと弧を描いて命中した。
 そして重力の軽さで相手がまだ空中にある内、アンナは乱れ雪桜花を発動させた。
 横殴りの桜と雪が見る者の視界を奪う。
 バニービーナスへ、空中でモップの先端攻撃が多段ヒット。
 地に落ちて跳ねるコルク栓。バニー戦士は足先からではなく、肩口から地面へ落下した。
「お願い……」着地したアンナへ、半身を起こしたビーナスが最後の力を振り絞る感じで懇願した。「私を……あんな恥ずかしい恰好で縛らないで……!」
「それはわたくしの領分ではありませんわ。むらさき姫が勝手にやっている事ですもの」
「……そんな……!」
 バニービーナスのうさ耳が垂れた。
 アンナ・ラクシミリア、再勝利。

★★★
 聖なる手榴弾らしき物が棚の奥から見つかった。
 イースターエッグの様な球形の宝飾品に、十字架型のピンが付いている。
 未来は添付されている使用説明書を読み上げる。
「……主はおっしゃった。まず聖なるピンを抜き、3つ数えよ。多すぎず、少なすぎず、3を数えねばならぬ。数える数は3である。4は数えるな。2は数えてよいが、必ず、次に3を数えよ。5は論外である。3の数字を数えたあかつきには、聖なる手榴弾を汝の敵に向かって投げよ。さもなければ自爆する。アーメン」
 もうドアは白ウサギの体当たりの繰り返しで立てつけがガタガタになってきていた。
 ビリーは聖なる手榴弾のピンを抜いた。
「よし、行くで! 1! 2! ……5!」
「3だよ!?」
「お約束や! 3!」
 その時、クビチョンパ・バニーの最後の体当たりで、家具の破片と共にドアが開いた。
 ビリーが投げつけた聖なる手榴弾を、クビチョンパ・バニーが齧る形となる。
 次の瞬間、閃光と爆音がこの部屋を埋めた。

★★★
「あーん! もう、お嫁に行けなーい!」
 バニービーナスが仲間と同じ恥ずかしい姿で木に吊るされた時、中庭を囲む城内の一方から遠い爆発音が聞こえた。
「え! まさか!?」この場で一番、驚いたのはバニームーンことかぐや姫だ。「聖なる手榴弾!? まさかウサちゃんがやられちゃったの!?」
「さあ、後がないでございますわよ。かぐや姫」トライデントを持って、マニフィカが最後の敵に語りかける。「戦況はこちらの四勝一分け。更にそちらが差し向けてきた怪物も全滅させています。実質的にそちらの完敗でございますわ。これ以上、戦いが必要でいらっしゃいますか。国の代表として、戦を長引かせない決断も必要でございましょう」
「……ふんふーん! ちょっとこの決闘のルールで言い忘れてた事があったけど、この決闘、点数制だからー。基本的に一勝で一点。で、最後の大将戦は一発逆転チャンスの五百点みたいなー。ひゅ〜」バニームーンは場をごまかす様にそっぽを向いて口笛を吹く。吹けていないが。
「まだ、そんな事をおっしゃいますか! 汝が覇道を謳うなら、我ら王道をもって応えん!」
「あたしはバニー服美少女クィーン『バニームーン』! 月に代わっておしおきなのよ!」
 二人の叫びが、最後の決闘の火蓋を切って落とした。
 トライデントを構えるマニフィカ。
 三日月型のサークレットを光るブーメランを変えるバニームーン。
 マニフィカは彼女を指さす。「水でもかぶって、反省しなさい!」
「あー、私と同じ台詞!」
 決闘を見守る中にいたマーキュリーがマニフィカの言葉を聞いて叫んだ時、人魚姫の胸前から激しい水流がほとばしった。
 それを身体を反らして、きわどくかわしながらバニームーンはブーメランを投げた。「ムーン・サークレット・アクション!」風を切るブーメランが華麗な弧を描きながら、マニフィカへ迫る。
「ブリンクファルコン!」
 加速したマニフィカが飛来した光る刃を素早く回避。
 その姿勢から『魔竜翼』を展開して飛翔。空中からの奇襲。
 三連撃のトライデントの突きを、今度はバニームーンが危うくかわした。
 マニフィカはそのまま、胸元にある、橙色の元素水晶を組み込んだ小さな機械『サンバリー』のスイッチを入れた。仲間の戦いを見守っていた時間で、すでに太陽光のチャージはすんでいる。
 シュワッ!
 マニフィカの全身をエネルギー・バリアの光が覆った。
 戻ってきたブーメランをキャッチしたバニームーンは、片手の豪奢なクリスタルロッドをかざしながら、身体をスピンさせての発動ポーズを決めた。
「ムーン・プリンセス・インフレーション!」
 美しい旋律を奏でながらの強烈な発光が、マニフィカへの必殺攻撃になる。
 だが、その眩い光はマニフィカの視力を一時的に奪いながらも、エネルギー・バリアに反射された。
「ウソ! あたしの必殺技が通じないなんて!?」バニームーンはひどく狼狽した。「こうなったら、皆の友情パワーを信じるしかないわ! ……マーキュリー、マーズ、ジュピター、ビーナス……お願い、あたしに力を貸して……!」
 言いながらムーンが、自分を見守っている、すでに負けたバニー戦士達に視線を移した。
 この時、マニフィカは視力を取り戻しながら「不味い」と思った。友情パワーこそ真に警戒すべきものだ。
 だが、バニームーンを見守っているのは薄い本にでも出てきそうな、エッチな緊縛姿をしたあられもないルーザー達だった。あまりにも無防備すぎるカモーンな恰好は、羞恥とはうらはらの情けなさ絶頂のレベルにまで到達している。
 それを直視したバニームーンが大爆笑。「だめぇ! 真剣になれなぁい!! そんなムードじゃなぁいっ!」
 その彼女の首筋に、マニフィカのトライデントが決まった。
 刺突ではない。平面でのみねうち状態だ。
「因幡の白ウサギが失敗したのは、最後に油断したからですわ。慢心を戒める『ウサギと亀』の逸話も一緒かしら」
 マニフィカの言葉は果たして、地に崩れたバニームーンの意識に届いたのか。
 かぐや姫のうさ耳が垂れ、ここにマニフィカ勝利で月世界での決闘に完全決着が着いた。
 かぐや姫を倒し、真理王の国の騒乱に完璧にとどめをさしたのだ。

★★★
 桃姫は王城のある塔の頂きに幽閉されていた。
 意外と酷い目にはあっていなかった様で血色は悪くない。ピンクのドレスも綺麗なままだ。
 お爺さんとお婆さんの事や、真理王の国が解放された事を聞き、冒険者達に厚く感謝の礼を述べた。
 やっと桃姫本人に会えた冒険者達は深い達成感を味わった。思えば彼女を助ける冒険が、とうとう月にまでやってくる事になったのだ。思えば、遠くへ来たものだ。
「いやぁ、ごめんして! 堪忍してや!」
「宝物、部屋ごと吹っ飛んじゃったわ」
 月世界の女王の謁見の間で、ビリーと未来がそう報告し、頭を下げる。
 そう言いながら、ちゃっかりとハリセンとサイコセーバーは持ち出してきている。
 それらを聞いているバニームーンは、玉座の前で皆に顔を向けて正座させられている。
 他のバニー戦士達は直立不動で立たされていた。彼女達がもう十分に羞恥を味わったのと、ビリーへの教育的配慮から即刻、辱めから解放されている。
 傷が一番深いジュディは額に絆創膏を貼っている。それ以外の皆の怪我も、月のウサギ人達の医師や看護人の治療であらかた行動に支障なしのレベルまで治っていた。
「ところで、停戦協定の件ですが」ネプチュニア連邦王国王女の位を以て、立会人の役も兼ねたマニフィカが書類を読み上げる。「正式な財宝の間に置かれていた金品、財宝も、真理王の国への賠償金以外はわたくし達は手をつけない事にいたします。王家の私物だけならともかく、これは国民の財産であり、国家予算でもございますからね」
「えー! だってわたし達が勝ったんだから、金目の物は皆、山分けでいいじゃない」
「この度の戦いは『冒険』というよりも『戦争』の域でございます。ゴブリンやドラゴンのダンジョンを攻略して宝物を漁るレベルではないのですから、禍根を残す事はなるべく回避すべきだと思います」
 未来の不満を、マニフィカはそうきっぱりと断ち切った。
 尤も未来はサイコセーバーを身に着けるのを許されたのだから、これ以上は食い下がる気はなかった。
「ところで、うちのUFOの乗車運賃の事だっちゃけど」見物客の如き位置にいた、虎縞ビキニのむらさき姫が口を出した。「約束通り、真理王の国の三宝で支払ってもらうっちゃ。帰り賃はサービスするっちゃよ」
「その事や! むらさき姫は自分も加害者の位置にある事を忘れてるんやないか?」ビリーは待っていたかの様に口をはさんだ。「これらはボク達の報酬となるべきものなんや。けど、まだ報酬としては正式に受け取ってへん。大体、かぐや姫にそそのかされたとはいえ、直接、真理王の国を攻めたのは雷鬼の国なんやから、あんさん達も停戦協定を締結して賠償するべきなんやないか!?」
「そんな事言って、タダ乗りするつもりだっちゃか?」
「わたしは別に『雉の陣羽織』をむらさき姫に渡してもいいですよ。もう十分、遊びましたから」
「わたしもサイコセーバーの譲渡が認められたんだから『犬の刀』は手放していいわ」
 そう言ったリュリュミアと未来は、真理王の国の魔法具には未練がない様だ。
「ジュディとしてはこの『猿の鉢巻』は手放したくないワ」ジュディは宝の所有を希望した。「バット、報酬とは別にこれをレディ・トゥ・バイ、買い取る用意があリマス」
「そこでや」ビリーは満面の笑みを見せた。商売スマイル。「むらさき姫さんはもらった犬の刀と雉の陣羽織を賠償金代わりに真理王の国に納めたらええやん。猿の鉢巻はジュディさんが買い取った料金を、真理王の国と雷鬼の国とで折半しまひょ。……ところで」ビリーはさらに笑みを強調した。「猿の鉢巻の料金は、こちらが納得いくまでまけてもらいまっせ」
 ビリーの大胆な値切り戦略で、犬の刀の代金は五十万イズムまで値が下がった。
 更に今回の冒険の報奨金は真理王の国を通じて、かぐや姫とむらさき姫が冒険者に渡す事となったのだった。

★★★
 月には『月見団子』はなかった。
 代わりに『地球見(ちきゅみ)団子』があった。
 大きな物見櫓(ものみやぐら)の広い最頂部に畳が運び込まれ、月都市の巨大なバブルドーム越しに地平線から昇る青い星を一望する。
 大御膳には古風な大皿が置かれ、ヨモギ団子が山と積まれている。
 竹製の花挿しで、ススキが侘し気だ。
 マニフィカ。
 リュリュミア。
 未来。
 ジュディ。
 アンナ。
 ビリー。
 桃姫。
 むらさき姫。
 かぐや姫とバニー戦士達。
 ラビィもいる。
 皆は団子を食べながら、お地球見をする。
 ジュディはここで団子を食べながら、清酒を大杯で馳走になっていた。
「やっぱり平和が一番ですねぇ」とリュリュミアが団子を一つ食べる。彼女は戦いの後、庭園を治す仕事で大わらわだった。大わらわといっても彼女なりのマイペースだったが。
 アンナは中庭の大掃除で、自分の清掃欲を満足させられるだけの大清掃を存分に味わってきている。
 UFOでオトギイズム王国へ帰るまでの時間を、皆はお地球見ですごした。
 桃姫は一旦、自分を救ってくれたお爺さんとお婆さんに会って礼を述べた後、真理王の国へ戻るという。
 金砂を散りばめた黒い虚空に浮かぶ、青い星。
 ここから国境線は見えなかった。
★★★