『雨宿りの館』

第二回(最終回)

ゲームマスター:田中ざくれろ

★★★

 雷撃の音が聞こえる。
 閉め切った玄関ドアの向こうで、外はまだ雨が降っているはずだ。
 何故解るかって?
 雨が止んだらこの館は消えてしまうという都市伝説があるからだ。
 『雨宿りの館』。果たして迷い込んだ者達は雨が止むまでにこの館を脱出出来るのか――。
 そして、そろそろ雨は止みかけている……。
 テーブルに着いてテーブルトークRPGをしているプレイヤー達の頭上に、トゲだらけの吊り天井が現実化し、ギギギ……と下がり始めた。
 時間制限が切られたデストラップ。
 その効果がキャラクターだけならぬプレイヤーをも押し潰そうとしている。
 ここから出る扉に刻まれたナゾナゾの文。

「花の国に住まいし我は、
 飛ぶ事を許されし王なり。
 我が命令は声にあらず、
 香りにて群れを導く。
 我は産み、群は育てる。
 我は一つ、されど千を動かす。
 女にして王、王にして母。
 我は誰ぞ?」

 謎を解いて、無事にその危険を回避する事が出来るのか?
 それとも他の方法で切り抜けるのか?
 このトラップを切り抜けたところで根本的にこのゲームは終了するのか? 終わらせるにはどうしたらいい?
 館の外で雨は止もうとしている。
 止んだら皆はどうなってしまうのだろう?

★★★

ビリー・クェンデス(PC0096)「吊り天井クイズや!」
MS「さあ、どんどん天井が下がってくるぞ。そしたら君達の頭にまずトゲがぐっさりだ。どーする? あと一〇秒もないぞ」
ビリー「ナゾナゾはリュリュミアはんの得意分野とちゃうかな?」
リュリュミア(PC0015)「リュリュミアはなぞなぞ遊びも好きですよぉ。お花畑をぶんぶん飛んでるのはみつばちですかねぇ。みつばちを産んでるのは『じょおうばち』ですかぁ」
MS「……ファイナル・アンサー?」
ジュディ・バーガー(PC0032)「メイビー、多分クイズの答は女王蜂と思うワ。正直なところディフィカルティ、難易度は低いネ」
ビリー「勿論、女王蜂でおます」
MS「ふーん(……ダイスをコロコロ)。君達の頭ギリギリまで天井のトゲは降りてきた。と、その髪に触るか触らないかのところで天井の降下は止まった。――おめでとう。トラップは解除され、天井は軋みながら元の高さまで戻っていく」
リュリュミア「やりましたよぉ。リュリュミアのかちですねぇ(ガッツポーズ)」
MS「無事トラップはクリアされて、勿論キャラクターだけではなく、プレイヤーの頭上にも迫っていたトゲ天井も幻影と化して消えた。――君達は空っぽの部屋を念の為に探索したが、ここには特に何もなかった」
ビリー「何んや、ダイスも振らせてくれんで、MSのナレーションだけですませるんかい」
MS「……いいよ。ビリーにダイスを振らせてあげよう。難易度〇・五倍で振りたまえ」
ビリー「(……コロコロ)ダイスの目は『〇七』。……ちょ……なんでやねん? こんな時だけいい目が出よる」
MS「徹底的に探したが、この部屋で何もめぼしい物は見つからなかった、という事が完璧に解る」

 様子見のつもりが成り行きでテーブルトークRPGに参加したビリーは、幸運を招く『座敷童子』として本領発揮のはずなのに都合よくダイスの目が走らないのにやきもきしていた。しかも、こういうどうでもいい時にだけダイスの目がよいのだ。
 どうやら普段の目はネガティブな要素と相殺しているらしいと結論する。
 つまり悪意的な第三者がゲームに介入していると解釈したのだ。
 じっくりとMSを観察していたビリーは、彼の不一致な言動にも疑念を深めていた。
 熱く語っているテーブルトークRPGの理想像とも違いすぎる。それは何故だろう?
 よほどの大法螺吹きか虚言癖でないなら、本人の意思とは無関係な要因によるはずだ。
 ――誰かに操られている、と仮定すれば筋も通るだろう。
 だが参加者として手は抜けない。それはゲームに対して失礼だし、途中でリタイアでもしたらせっかくのゲームする機会が失われてしまう。
 ビリーは『黒幕』を油断させる為にもセッションを続ける事にした。

リュリュミア「みつばちの話をしてたらお腹がすいてきましたぁ。たっぷりはちみつをかけたほっとけぇきがたべたいですぅ」
MS「……この部屋でめぼしい物は見つからなかったよ」
リュリュミア「はちみつぅ、はちみつぅ、ほっとけぇきぃ!」
マニフィカ・ストラサローネ(PC0034)「あなたがこうまで駄駄をこねるのは珍しいわね……」
アンナ・ラクシミリア(PC0046)「………………」
ジュディ「………………」

 ジュディはナゾナゾの難易度の低さに、ゲーム参加者にセッションを続けさせたいという意図を感じていた。
 狙いは生命エネルギーの収奪を継続する事だろうか?
 ならば、あえて思惑に乗り、その上で想定を越え、ゲームになぞられた怪異を打破するべきだろう。
 恐らくMS『進藤栄次郎』は黒幕の操り人形だろう。彼と意気投合したジュディだからこそ直感的に解ると思った。
 彼は本当にゲームが大好きなだけの趣味人なのだ。
 つまり黒幕は別にいるはず。
 だが、あくまでもテーブルトークRPGの参加者として危機を正面突破したい、とジュディは思った。

★★★

ジュディ「扉を開きますヨ」
MS「(……コロコロ)石の扉を押し開くとそこは薄暗い通路だった。なだらかな下り坂になっており、壁に並んだ松明が奥へと君達をいざなう。通路を進むんだね?」
ジュディ「オブコース!」
ビリー「進むで」
リュリュミア「はちみつぅ」
アンナ「モップで床を慎重に掃き清めながら進みます」
マニフィカ「ちょっと待ってください。仲間達と相談しますので」

 マニフィカはプレイヤー達を自分の周囲に集めて、こそこそと内緒話を始めた。
 MSは自分の耳に入らないその行為に面白くなさそうにしているが、黙って眺めている。

マニフィカ(変じゃないですか? 休憩してみたものの、参加者は疲労が回復せずに依然げっそりと生気が削げ落ちている様子でございますよ)
アンナ(確かにこの館はおかしいです。このままゲームを続けていたら体力が削られて、いずれ力尽きてしまいますわ)
ジュディ(いや敵の狙いは活かさず殺さず生命エネルギーを収奪する事にあると思うワ)
アンナ(そうでしょうか……)
マニフィカ(とにかくプレイヤーから生気を吸う邪悪な存在がいるに違いありませんわ。あの進藤MSの足首の奇妙な鉄球が怪しいですわ)
ジュディ(MSに相応しくない不自然な言動は、他者の強いコントロール、支配下にあると推察出来るワ。前も足首と繋がるアイアンボール、鉄球が震えたら発言内容が変わり、また「ダイス・デーモ……」と言いかけたワ)
アンナ(どう考えても新藤と鉄球が怪しいでございますわね)
ビリー(怪しげな存在は、MSの足首に繋がれた鉄球やね。その正体が『ダイス・デーモン』なら、二〇面体という外見も納得出来るわ)
リュリュミア(大豆・でーもん?)
ジュディ(二〇面体ダイスのデーモン? なるほど、オーキィドーキィ♪)
アンナ(皆様。私にアイデアがありますわ……)

 内緒話が終わり、プレイヤー達はそれぞれの席に戻る。

MS「君達、相談は終わったね? じゃあ続きを始めるからね。……君達が通路を進んでいると二〇mほど進んだ所で黒い石の扉に突き当たった。(……コロコロ)さあ、どうする?」
ジュディ「ドアを思いっきり引っこ抜くワ!!」
MS「え!? 聞き耳を立てるとかでなくって、いきなり扉を開くの!?」
ジュディ「イエス! 難易度は?」
MS「え、じゃあ二倍で……」
ジュディ「OK! (……コロコロ)『一八』! 二倍で三六! 世界難易度五〇以下だから成功ネ!」
MS「(……コロコロ)扉はジュディの手によって引っこ抜かれるように開いた。――中は光あふれる明るさで石畳の床全体が白く輝いている。部屋の中には……」
アンナ「(マスターの語りを遮るように)部屋の中に鎖で囚われた人がいます!」

 プレイヤーとしてのアンナは進藤MSにまっすぐ伸ばした指を突きつけた。

MS「え、何!?」
アンナ「進藤MS! すぐ解放しますから安心してください!」
MS「ちょ! ま!」
ビリー「ボクが『神足通』で進藤MSのすぐ横まで仲間達をテレポートさせるわ。(……コロコロ)『四六』やから世界難易度五〇以下でギリギリ成功や」

 突然、MSの言動を遮る形で話を続けるプレイヤー達。
 これは打ち合わせ通りである。
 プレイヤー達がいる大部屋の中央に進藤MSの幻像が現れ、その足首に繋がれた鉄球の周囲まで皆は瞬間転移した。
 これは『黒幕』が皆の行動をゲームの一部として肯定したという事だろう。

アンナ「鎖を攻撃します! MS、難易度は?」
MS「あ、あ、え、一倍で」
アンナ「(……コロコロ)『七三』! ……失敗」
MS「火花が散る! ……アンナの『モップ』は鎖を断ち切る事は出来なかった」
ジュディ「スキル『ハイランダーズ・バリア』のシールド・ナックルを発動するワ! 更に『怪力』二〇〇%で攻撃ネ!』
MS「! 緑色の光がジュディの手に灯る。難易度二倍でダイスを振ってくれ」
ジュディ「(……コロコロ)目は『五三』! 二倍して一〇六で成功! HP三点分のダメージダワ!」
MS「……! 鎖が切れた! 重そうな鉄球は宙に浮かび、二〇面体のそれぞれの面に邪悪そうな眼が開く。ダイス・デーモンが正体を現した!」

 プレイヤー達に囲まれたMSの幻像から、マスタリングの通りに鎖が切り離された。
 鉄球は回転しながら宙に浮かぶ。
 クルクル回る二〇面体の各面にまさしく悪魔の如き邪悪な眼が見開かれる事となる。二〇ある眼はその内の三つが潰れている。HP三点分のダメージなのだ。

リュリュミア「という事は残り一七点もHPがあるんですね」
マニフィカ「自分も攻撃してよろしいですわね」
MS「難易度一倍でいいよ」
マニフィカ「『槍術』一五〇%で連続突きですわ。(……コロコロ)『八二』! 一点分のダメージですわ」
MS「ダイス・デーモンの眼がまた一つ潰れた」
リュリュミア「ほっとけぇきじゃなくて大豆はいらないですぅ。『ブルーローズ』でおしおきですぅ」
MS「リュリュミアはツタでの攻撃に『植物知識』二〇〇%を使っていい。難易度は一倍だ」
リュリュミア「わぁい。(……コロコロ)『五一』。HP三点分のダメージですぅ」

 リュリュミアの攻撃によってデーモンの残りの目は一三個になる。
 デーモンの攻撃の番だ。
 難易度二倍での回避をキャラクター=プレイヤー達に迫る。

MS「デーモンの一三個の眼が妖しく光った。光に照らされた君達にまるで岩がぶつかるようなプレッシャーが来る。(……コロコロ)『六二』! 難易度二倍で六二以下を出してくれ」
ジュディ「オール・レンジ・アタック、全体攻撃ですか。(……コロコロ)『七六』! 一五二でアイ・スクリュウド・アップ!」
リュリュミア「(……コロコロ)『六二』! 一二四でしっぱいだわぁ」
マニフィカ「(……コロコロ)『五五』! 一一〇で失敗ですわ」
アンナ「(……コロコロ)『八〇』! 一六〇で失敗」
ビリー「(……コロコロ)『〇〇』!! 不運的失敗!! いくら何でもサイコロの目が悪すぎや!! 絶対、目が操作されとる!!』
MS「全員失敗か。技能一つを一時半減するか、アイテムを完全消失すれば気絶する代わりにする事が出来る。出来なければ気絶だ」
ジュディ「『大型バイク運転技術』を半減サセルワ。これで五〇%ネ」
リュリュミア「『ヨガ』でからだをやわらかーく、光線をかわしていいかしらぁ?」
MS「いいよ。難易度は皆二倍ね」
リュリュミア「(……コロコロ)『八九』。やけいしにみずねぇ。ヨガを五〇%にしますぅ」
マニフィカ「『水術』一五〇%で水のスクリーンを張って光線をよけてはいけないかしら」
MS「いいよ」
マニフィカ「(……コロコロ)『五八』……成功しましたわ。これでダメージはなしですわね」
アンナ「『スケーティング』一二〇%でかわします。(……コロコロ)『九四』! 失敗です。『お掃除』技能を九〇%にします」
ビリー「ボクは神足通でかわしてもええかな?」
MS「いいけど、さっきは不運的失敗を出したから、難易度三倍をクリアしない限り失敗ね」
ビリー「そんな無茶な……いやボクならやれる! 出来る! 福の神に後退はないんやぁ! (……コロコロ)『二七』! あかん失敗や。癒しの手段を失うのはいややから、神足通を七五%にするわ。ダイスの目が悪すぎるわ。絶対ダイス・デーモンは目を操作しとるやろ」
MS「さて、それはどうかな。――君達の攻撃の番だよ。戦闘の難易度は一倍ね」
アンナ「スケーティングでモップ・アタックいたしますわ! (……コロコロ)『四〇』! HPに三点ダメージですわ!」
マニフィカ「槍術で打突攻撃! (……コロコロ)『二三』! 一気に六点ダメージでございます!」
リュリュミア「ブルーローズでおしおきしちゃいますわぁ。(……コロコロ)『六九』。二点のだめーじだわぁ」
ジュディ「シールド・ナックル+怪力で(……コロコロ)『六三』! イピカイエー! 三点ダメージィッ!」
ビリー「これでダイス・デーモンのHPは順調にゼロや!」
MS「やった! 君達はダイス・デーモンを倒した!」

 形が歪むほどの物理的な攻撃を受け続けたダイス・デーモンは、遂に全ての眼が潰されてしまった。
 内部から黒い光の様なものが漏れ出した後、ダイス・デーモンは爆発して破片と化して飛び散った。

★★★

MS「ああ……ダイス・デーモンが……。これで僕にかかった呪いが消える」
ビリー「ちょい待ち。進藤MS。『鍼灸神術』で応急処置したるわ」

 ビリーは進藤MSを心配するジュディの気持ちを汲んで、可能な限り応急処置を施そうとした。
 彼の体温が異様に低いのは、数年前にダイス・デーモンが生み出した異空間に招かれて以来、ゾンビの如き仮死状態ですごしてきたからだろう。
 いずれにせよ、彼を元の世界に生還させる事を優先させたいのだ。

ビリー「これでええはずや。進藤MSさん、身体の調子はどうや?」
MS「……残念ながらビリー君のした事は無駄だよ。……僕はもうとっくに死んでいるんだ。元の世界でテーブルトークRPGをセッションしている最中、ガス漏れ事故で亡くなったのさ。こいつらと一緒に――」

 進藤MSは石化したまま、忘れられていたプレイヤー達の方を見た。
 最初からこのRPGをプレイしていた者達だ。皆がプレイに熱中するあまり忘れ去られていた。その彼らもマスターの呪いが解けるにつれて、石化から元の姿に戻っていく。

イワン「おお! やっと石化が解けた!」
ロジャー「放っておかれたまま、詰むと思ったぜ」
ハモン「……しかし事態は深刻みたいですわよ」
ニック「わたくし達の秘密がばれてしまったようだな……」
MS「死んだ僕達はこの世界まで魂が流れ着いて、ダイス・デーモンに捕まってこの館に閉じ込められた。そしてここに迷い込んだ者達と一緒にデーモンの支配の中で魂を吸われながら、永遠のゲームをプレイする事になったんだ。……だが、それももう終わりだ」
ジュディ「そんな……哀しすぎるじゃないじゃないデスカ……」

 ジュディはこの屋敷はダイス・デーモンが作り出した異空間で、黒幕を倒せば新藤達は元の世界に戻れると予想していた。
 予想通り進藤は他の世界から招き寄せられた人物だった。だが、すっかりテーブルトークRPGに依存していると思ったらそれ以外に今の人生は何もなかったのだ。

アンナ「あなたは特別な力があるわけではなく、利用されているだけだと思ってましたが……まさかこんな……」
MS「まさかこんな悲劇が、と思ったかい? でも悲劇はこれだけじゃない。デーモンの力が失われた今、君達もこの館と共に消えるんだ。雨宿りの館と共に……」
マニフィカ「その事ですが……進藤MSには、この館の雨が止んだ事の記憶がお有りでございますか?」
MS「………………」
イワン「………………」
ロジャー「………………」
ハモン「………………」
ニック「………………」
MS「……いや、ない」
マニフィカ「貴方達にはないと思っていました。恐らくこの館はいつまでも雨天とゲームが続く、ダイス・デーモンによって魔術的に閉鎖された時空間なのです」
ビリー「どういう事なんや? マニフィカさん」
ジュディ「ザ・レイン・イズ・レッティング・アップ・アウトサイド、外では雨は止みかけているようですわヨ」
マニフィカ「降雨そのものが『雨宿りの館』の成立条件なのですわ。つまりこの館から出たかったら、止みかけている雨を完全に止ませるのが必要なのです。さもないと……」
リュリュミア「じゃまする人はブルーローズでおしおきしますよぉ」

 突然ブルーローズの束を袖口から最大伸長させたリュリュミアが、その太く長いツタを洪水のように周囲に暴れさせた。
 ここから出て『はちみつたっぷりほっとけぇき』を食べたい一心のリュリュミアは、ちょうど我慢の限界だったのだ。
 彼女はほっぺたをプゥっと可愛く膨らまし、緑色の洪水に周囲の仲間達を巻き込んでいる。

マニフィカ「ウネお姉様!! 館を取り巻く雨の気を晴らしてくださいっ!!」

 強制晴天。
 用意していた進行とは別展開を見せた状況で、マニフィカは自分のやるべき事を思い出した。
 最後の切り札として『水の精霊ウネ』を召喚し、マニフィカは館の周囲に晴天を強制したのだ。
 果たしてこの魔空間でそれは可能なのか?
 彼女はこれをリスキーな賭けと承知していた。

マニフィカ「MS、ダイスを振って判定してよろしいですか?」
MS「え!? あ、うん。難易度二倍で」
マニフィカ「(……コロコロ)」

 何たる事か! ここでダイスの目は無情にも(本当に偶然で!)『○○』の目を出してしまった!
 不運的失敗だ! 行為は完全に失敗してしまった!

ビリー「その不運的失敗はボクが挽回したる! 進藤MS! そのダイス判定はリュリュミアさんの触手判定の分やな!? そやな!?」
MS「え? あ、そうだね。このRPGには本人が振らなければならない、というルールはない(苦しい言い訳だ、という表情をしながら)」
ビリー「じゃあ、時は多少さかのぼるけどリュリュミアさんの触手は無効にしてや!」
MS「……よし。リュリュミアの触手は不運的失敗でなし!」

 突然、時間が消し飛んだように館の風景が元に戻った。
 行為を無効にされてほっぺたをふくらましたままのリュリュミア以外は全員ホッとした表情をする。

ビリー「マニフィカさんの分は、リュリュミアさんが振ってええから」
リュリュミア「じゃあ、振りますぅ。(……コロコロ)『六四』ですぅ」
MS「成功だね! では外では止みかけていた雨が一気に晴れた! 言っておくけど雨が止んだらどうるかは僕も知らないからね!」

 ――雨が止んだ。
 それはこの館にいた全ての人間に感じられた事だ。
 強制晴天。
 館の内部では一斉に亀裂が壁や床や天井を走り、全てが破片と化して崩れていく。その亀裂から爽やかな空の青と乾いた風が入り込んでくる。
 渦巻く破片の中、まるで重力がなくなったようにここにあった物が宙に浮いた。
 進藤MSや彼と一緒に来ていたプレイヤー達は、踏みとどまる館の床をなくしてクルクルと宙に回転し、やがて実体をなくして消えていく。

イワン「ああ、消えていくぜ……」
ロジャー「解放される……」
ハモン「成仏するわ……」
ニック「わたくしの知的探訪もこれで終わりか……」
MS「……ありがとう、皆……マニフィカ、ビリー、アンナ、ジュディ、リュリュミア……」

 礼を言いながら進藤MS達が空へ消えていくのとは対照的に、この館に迷い込んだ冒険者達はますます己が実体を濃くしながら空の四方へと飛び散っていく。
 それらは時間をさかのぼり、この館に迷い込んだ瞬間をまた体験していた。
 ………………………………。

 マニフィカは紅葉狩りと洒落込んで、王都近郊まで足をのばしたところで道に迷った。
 雨に濡れても人魚という特性から優雅な気分でいたものの、森の奥まで歩みを進め、老朽化した別荘に雨宿りを願った。

 ビリーはパルテノン中央公園で豪雨に見舞われ、気づけば深い森をさまよっていた。
 切実に雨宿りを求め、錆びた門扉を飛び越える。
 そして古臭そうな屋敷で仲間達と合流したのだ。

 アンナは森の中で『レッドクロス』とローラーブレードの慣らしがてらに獣道を走っていた。
 突然の雨に遭い、雨宿り先を求めて走っていると偶然、この森閑とした館に出会ったのだ。

 ジュディはとある冒険クエストを達成した帰り道で急な悪天候に見舞われ、森林地帯に迷い込んだ。
 雨宿り先を求め、古色蒼然とした邸宅に行き着いたのだ。

 リュリュミアは森の中の自分の植物園で突然、冷たい霧と雨に見舞われた。
 自分がよく見知る植物園で信じられない事だが、道に迷い、歩き続けた末にこの館へと辿り着いたのだ。

 ………………………………。
 ――それらが彼女達のこの館に対する最初の体験である。
 しかし今、時系列が狂い、館に出会う瞬間で記憶の中の光景が一瞬、消し飛んだ。
 気づけば皆、それぞれの森の中で、それぞれの場所で、自分達の姿が館に出会う直前まで戻っているのに気がついた。
 勿論、周囲には仲間はいない。
 雨宿りの館はその姿を見せていない。意識して捜しても、その石造りの建築物は何処にも見当たらない。
 雲一つなく、雨さえ降っていなかった。
 だが記憶の中には雨宿りの館ですごしたテーブルトークRPGの体験が確かにあり、新藤MSとその身内達やダイス・デーモンの事も思い出せる。
 ――夢ではなかった……。
 その感想は皆、時空を超えた共通のものだった。
 ――多分、会えば解る。
 ――親友達と会って、この記憶を共通のものとしよう。
 皆はそれぞれにそう考え、鬱蒼とした森の中から人里へと戻っていく。
 森にもう迷い道はなく、望んだ場所に行くのはたやすかった。
 森の天井たる濃緑に染まった木木の隙間から、抜けるように青い晴天が冒険者達を広く見下ろしていた。

★★★