『スノーホワイト』

第1回

ゲームマスター:田中ざくれろ

★★★
 例えば『オカルト』だと思われている、ある事象と同じものが科学や手品のトリックで再現可能だとしても、その『オカルト』が偽物だという直接の証拠にはならない。
 ただし、その『オカルト』の信憑性は下がる。少なくとも絶対的な真実とは言えなくなる。
 それらの『オカルト』がその再現に対する反証を持ち出せない限りは、より合理的な説明が出来る方を『真実らしい』として扱うべきだろう。
 冒険者ギルドの酒場にいる、この『過去見の中年女』が見せている『事実』だというふれこみの映像も、その範疇の事柄にすぎないと言えば、言える。
「ここにあったのは私が館内の過去とされる映像を水晶球に映したという『真実』だけ。これまで例え百万回『事実』だと皆が確信出来る映像を映し出してたとしても、百万一回目の『真実』まで『事実』であるという保証にはならない。……それが『真実』ってもんさ」
 酒場の喧騒の中で、中年女はそう言い切った。
 頭上にあるシャンデリアの明かりを反射して、ジュディ・バーガー(PC0032)のレイバンのサングラスが光る。
 アルコールと煙草の匂いの中、黒い革ジャンに艶が走る。
 ハードボイルド。
 少しばかり厭世的な中年女が、ジュディが即座に出した五万イズムにちょっとばかり驚き、そして、前述した言葉を呟いたのだ。これは自分がしているのがやましい事だという自覚の表れだろうか。
 彼女が水晶球に映すのは虚偽も含まれているのだろうか。
 それとも果たして……。
 少し、時間をさかのぼろう。
 冒険者ギルド二階の酒場で強い酒に浸り、英気を養っているのは、ジュディのお約束だった。
 いつもの様にクエストを達成した自分自身へ、美味たる酩酊というご褒美をふるまっていた彼女は、その内にザワザワと階下から伝わってくる妙な気配に気づいた。
 酒杯を片手にテーブルを立つ。野生の勘、はたまた第六感が働いたのか、彼女は心地良い酩酊感を覚えつつも冒険者ギルドの掲示板の前へと足を運んだ。
「ヘイ、何の騒ぎデスか?」
 冒険者をかき分け進み、辿りついた受付ホールで皆が注目している一枚の依頼文。
 それは五百万イズムを報酬とする暗殺の依頼だった。
「んん〜? ……オゥ、マイガーッ!」
 ピンで留められた文書を眼にして思わず叫びが漏れる。
 暗殺依頼。
 この依頼の詳細を知りたいという思いがジュディの脳裏に素早く閃いた。
 勿論、それを受ける事などジュディの性分ではない。
 むしろ逆だ。子供の頃からスーパーヒーローに憧れる、極めてシンプルな正義感の持ち主である彼女がこんな露骨な暗殺クエストを放置など出来るだろうか。
 否。断じて否である。
 この依頼への反感が、彼女を行動に走らせた。
 といっても珍しい事に、いつものジュディの様なガンとバイクに頼ったアクションではない。
 このギルドの酒場に現れる、『過去認知』が出来るという女の存在を思い出し、待ったのだ。
 依頼の背後関係をそれで探ろうと考えたのだった。
 ジュディはサングラスをかけた。
 そして、現在へと至る。
 彼女に五万イズムを払い、二人で冒険者ギルドが貸している、酒場の奥の小部屋へと移動した。
 金を払った者にしか魔術の成果は見せないという事だ。
「暗殺の依頼に関係した過去を見せればいいんだね」
 二人きりのテーブル。黒いサングラスに見つめられる紅衣の中年女が、クッションに置いた水晶球を見つつ、両手の人差し指をこめかみに当てる。
 念を集中。大きな水晶球が曇り、やがて明るい像を結び始める。
 水晶球は震え、その映像に音を足していく。
 映像。これは豪華な屋敷の一室だ。
 音声。暖炉で薪が爆ぜる音。
 清潔な広い部屋に人が並んでいる。
 見た憶えのある顔がいる。
 豊満な熟年美女。確か、あれはデリカテッセン領のドレスのお披露目だったはずだ。
 デリカテッセン領の女領主『フローレンス・デリカテッセン』公爵。
 ジュディが知る『新作ドレス姿』という名の全裸ではない。スカートの膨らんだ、気品ある貴族らしいたたずまいをしている。
 室内には彼女の他に衛士が並び、内、一人の男を詰問している様だ。
 長い鞭を打つ音。
 デリカテッセン女公爵が男を虐げていた。
 上半身を裸にされた若い男。顔や胸板に鞭の跡がある。左右に立った衛士に腕を掴まれ、支える様に拘束されていた。ズボンは他の衛士と同じ物だった。
「貴様が持ち帰ってきた内臓は娘の物ではない。森の獣の物でしょう」女公爵が鞭をしごく。「貴様は娘を殺さずに森から帰ってきたのね」
「公爵様!」男は叫ぶ。「何故、突然!? スノーホワイト様は貴女様の実の娘ではありませんか!?」
「うるさいのだよ!」
 きつい形相。しなやかな革の鞭が一閃し、男がまた苦悶の悲鳴を挙げた。
「しかし、厄介な事になったね」女公爵が呟く。「モンマイの森の中にスノーホワイトが逃げている、という事実は、いつか民にも公になるだろう。先手を打って、冒険者ギルドに捜索の依頼を出そうか……。それと同時に秘密裏に暗殺する依頼も出した方がいいね。暗殺の方が成功する様に成功報酬を大盤振る舞いしよう。……その男を地下牢に繋いでおいて」
 口の固そうな衛士達に命令し、デリカテッセン女公爵が男に背を向けた。
 奥の壁際に、鏡面に黒いカーテンがかけられた黄金の大きな姿見。
 その前に今の一部始終を見守っていた二人の男が、顔を青ざめさせながら直立不動でいる。ポマードで固められた髪、仕立てのいい身なり。噂の服飾デザイナーだろう。
 と、ここで水晶球の映像が曇り始めた。
 音も遠のいていく。
「ここまでだね」
 過去見の中年女が、完全に映像が消えた水晶球からジュディの顔へと視線を移す。
 サングラスを下げて見ていたジュディはあまりの事に驚いていた。「リアル・マザー、実の母親が娘を殺そうとシテルなんて……!」
 中年女も驚いている風だった。だが「信じるも信じないもあんた次第。言っとくけど『こんな映像を見た!』なんて他人様に言っても無駄さ。誰にも、この映像が真実か嘘かなんて証明出来ないんだからね」
「アナタは……エート、ホワッチュア・ネーム、名前は?」
「……イザベル」
「イザベルは?をついて商売する人じゃないデショ」
「こんな映像だけじゃ、事実だと客観的に証明出来ないって事だよ。証拠にならないのさ」イザベルは厭世的な表情をした。「それから、今度からあたしに水晶球を使ってほしい場合は百万イズム、払ってもらうよ」
「ホワイ? トゥー・レイズ・ザ・プライス……値上げさせすぎじゃないデスカネ」
「今のあたしにはあんたにとって、それだけの価値があると踏んだのさ。それから、見たい過去はもっと具体的に細かく指定してもいいわ。多分、リクエストには応じられると思うよ」
 百万イズムという高額にジュディは驚いたふりをしたが、実は彼女にはそれだけを払える手持ちが用意してあった。
 それよりも現在の彼女にはもっと切実な計算違いがある。
 この依頼には、いつもの顔なじみの者達が集まるだろう。彼女はそう考えていた。
 それが正しいと解るのは後になっての事だが。
 報告。
 連絡。
 相談。
 この三つのホウレンソウこそ大事だと考え、ジュディは仲間達に自分がイザベルに確かめてもらった事を惜しみなく伝えるつもりでいた。
 ただし、このイザベルの過去見に興味を示したのはジュディだけだったのだ。
 情報の疎通は重要だ。
 しかし、今のジュディは仲間が現れるのをずっと待ち続けるしかなかった。

★★★
 モンマイの森。
 低く入射する夕暮れの光が、木木の間を抜けて、腐葉土の地面を撫でる。
「ホイハー♪ ホイハー♪ ランラランランラー♪」
 ザック、ジック、ズック、ゼック、ゾック、ダック、ディック。一日の仕事を終えた七人のドワーフ兄弟が歌いながら、鉱洞を出てくる。担いでいるのは主につるはし。先頭のザックが一日の成果とランタンを積んだ猫車を押している。
 帰宅の途につく七人の最後尾に、安全ヘルメットをかぶった座敷童子、ビリー・クェンデス(PC0096)はスコップを担いでついてくる。
「いやー、労働の汗ちゅうんは清いもんやな。ええ勉強になったで、ほんまに」
 夕陽に輝く、汗に濡れた顔をタオルで拭きながら、ビリーは心地よい疲れに微笑んだ。
 ビリーはボランティアとして、七人のドワーフ達の採掘作業を手伝っていた。
 『将を射んと欲すれば、先ず馬を射よ』。
 友人であるマニフィカ・ストラサローネ(PC0034)から借りた『故事ことわざ辞典』にあった言葉だ。
 ビリーはまさしく、この言葉こそスノーホワイト救出依頼の糸口にふさわしいと思い、今、実践している。
 依頼を受けたビリーは、まずは森の中に住むドワーフ達の家を探した。
 森の中の姫を探すには森を熟知しているドワーフと仲良くなるのが最善の道だと思ったのだ。
 そして、それはまさしく最善だった。
 森の開けた所にちょっと大きめのログハウスがある。
 その入り口の扉を開けて、彼らを出迎えたのは一人のフレンチ・メイドだ。
 フレンチ・メイドという物をご存じだろうか。
 言ってみれば、本来のメイド服から道を外れた、ノースリーブ、マイクロミニスカートなど革作りの煽情的なメイド・コスチュームでボンテージ・ファッションの一種とも分類される。
 言ってみればハレンチ・メイドだ(オヤジギャグ)。
 実は日本のアニメや漫画等のメイド服はほとんどがこれなのだ。
「皆さーん、お帰りなさーい」
 そのフレンチ・メイド服を着て、ドワーフ達やビリーを出迎えたのが、今は公的に行方不明とされている、スノーホワイト・デリカテッセンだった。
 艶のある長い黒髪。
 ギリギリのマイクロ・ミニスカート。
 超巨乳がフリルのついたシャツ一枚に包まれて、ボーンとしめつけの外に放り出されている。
 しゃがみ、ドワーフの親父達の顔を一人一人、その胸に埋める事を彼女はただいまの挨拶につけ加えている。ビリーはその挨拶は遠慮した。倫理的に危うい事をしている気分だからだ。
 にやけ顔のドワーフ達が家の中で、今日の鉱夫服を洗濯物用の籠に放り込み、室内着になる。
 そして十人ほどが一度に席につける長テーブルを囲んで座り、スプーンを手に持つ。
 普通ならここでメイドのスノーホワイトが作っておいた料理を出すのだろうが、ここではそうでなかった。
「さあさ、皆さん。たーんと召し上がっておくれやぁ」
 ビリーは『打ち出の小槌F&D専用』を振る。
 すると、テーブルの上にこのログハウスの住人となっている人数を存分に満足させられる量の熱いスタミナシチューとエール酒があふれ出て、それぞれの器を満たした。
「いただきまーす!」×7。
 その料理と酒にとびつくドワーフ達。
「ビリーさんがいるからー、食材の買い出しや料理の手間が省けてー、大助かりだわー」
 スノーホワイトが自分の分のシチューを木製のスプーンで食べる。
 福の神見習いの出す食事は皆の胃袋をがっちり掴んでいた。
「スノーホワイトさんもこんな所じゃ、他にも色色と難儀なんやないか。お母さんの公爵も捜してるさかい、いっぺん帰って、事情を話したらどうや」
 ビリーは自分の分の熱熱シチューを食べながら、彼女に話しかける。
 しかし。
「衛士の人にこの森に連れてこられたけどー、衛士の人、勝手に帰っちゃったしー。ドワーフさんに助けてもらったけどー、なんかここでこーゆー服着て働いてるの、結構楽しいですしー。お母さまにもしばらく帰らないってー、言っておいてくれませんかー」
 官能的な赤い唇でシチューを食べるスノーホワイトが、一人分の席が空のままで、熱いシチューだけ置かれているのを見やった。
「それにしてもー、未来さんの帰りが遅いわねー。夕食までには帰るって言ってたのにー」
 テーブルの上の酒にはビリーの物だけではなく、姫柳未来(PC0023)からの差し入れもあった。
 昼はスノーホワイト一人だけで留守番をしているこの家は平和に思えた。

★★★
「よお、姉ちゃん。何処へ行くんだ」
 リュリュミア(PC0015)は、陽が暮れかけているモンマイの森で、ガラの悪そうな男達三人に取り囲まれていた。全員、革の装備でモヒカン刈りだ。太った一人は素手に燃える松明を持っている。
 大きなスイカを両手で抱えたリュリュミアは、ドワーフの家を探している内に森で迷っていた。
「こいつか? 依頼の対象ってのは」
「いや、違うみたいだぜ」
 悪人面の三人が無遠慮にじろじろとリュリュミアを観察する。リーダーらしき男は腰の鞘にある小剣をいつでも抜ける様にしている。
 リュリュミアは、彼らが暗殺依頼を受けた冒険者だという事に気づいた。
 か弱い娘に見えたリュリュミアを、三人が脅しにかかっている。
「姉ちゃん、こんな女、知らないか? 雪の様に白い肌。血の様に赤い唇。特に胸は他の女性にはない、見事なボインちゃんだ。……そういえば、てめえも何で森の中でうろうろしてるんだ」
「ドワーフさん達を探してるんですぅ」リュリュミアは素直に伝えた。「皆さん、ドワーフさんの家を知りませんかぁ」
「ドワーフの家だあ?」小弓を持ち、矢筒を背負った男が訊く。「てめえ、ドワーフの家に何か用件があるのか?」
 囲む三人が、リュリュミアへ一歩ずつ詰め寄る。
 その時だ。
「あなた達! そこで何してるの!?」
 突然、聴こえたローティーンの少女の声に、リュリュミアを含めた四人が振り向いた。
 木木の隙間を縫って走り、ミニスカ女子高生が駆けつける。両手に持った『魔石のナイフ』の刃が、夕陽を反射して輝いた。
「何だ、姉ちゃん!」リーダーが鞘から小剣を抜き、構えながら叫ぶ。「……お前も賞金の女じゃねえのか」
「今、わたしの胸を見て言ったでしょ!」姫柳未来は憤慨した。「それよりもその三人! あなた達も暗殺依頼の賞金狙いよね。スノーホワイト姫はあなた達には渡さないわ! とっとと帰りなさい!」
「ふざけんじゃねえ! その口調からすると賞金の女を知ってるな!? 教えやがれ! さもないとその身体に訊いてやる事になるぜ!」
「その言葉、宣戦布告と判断するわ!」普段は心優しくとも暗殺者は放っておけない未来は叫ぶ。「当方に迎撃の用意あり!」
 未来の宣言をきっかけに、三人の男達がそれぞれの武器を手に襲いかかってきた。
 太った男が松明を顔の前にかざした。その頬が膨らみ、口から何か霧みたいな物を火に吹きかける。
 火炎放射。松明の炎が大蛇の如くくねり、大火傷確実の熱気で未来を包もうとする。
「ブリンク・ファルコン!」
 叫びと共に、未来は五倍速に加速した。
 身を低くして、炎をくぐり、魔石のナイフが太った男の手から松明を弾き飛ばす。
 そしてナイフを返して、刃ではない平部分で男の胸に打撃を打ち込む。
 太った男が自分の胸に手をあて、その場にうずくまった。どうやら口に仕込んでいた油を飲み込んでしまったらしい。
 リーダーが小剣を手に、未来に斬りかかる。
 速い。小剣の連続攻撃を未来はかわしまくった。
 そして、右のナイフで小剣を受け止め、同時に左のナイフで男の右肩を切りつけた。
 小剣持ちのリーダーが未来を睨みながら、後退する。
 未来はその視線から眼を逸らさない。
 だが、未来の背後には小弓に矢をつがえた男がいた。
 一説では、中世最強の『白兵武器』は弓だという。
 例え、距離をとっていなくとも、既につがえられた弓矢は、一瞬で眼前の人間を戦闘不能にも出来る。
 迅速。一旦、放たれた矢をかわすのは至難なのだ。
 未来の背に矢が放たれた。
 しかし、それは突如、横から伸びてきた高速の緑蔓に、空中にある内に弾き飛ばされた。
 未来の右にあった樹木に矢が突き立つ。
 掌上の種子を急成長させたリュリュミアは、その蔓を鞭の様にしならせて、モヒカン男の手から弓を奪い取った。
 未来はミニスカートがめくれるのを構わずに、ハイキックをリーダーの腹に見舞う。今日のパンティには、水色のストライプ。
 蹴りを受けたリーダーの背が木の幹に叩きつけられる。
「くっ! 畜生、憶えてろ!」
 三人が捨て台詞を残して、逃げにかかった。追跡防止なのか、それぞれがジグザグに木の隙間を抜けて走り去っていく。
 未来はそれを追う事はなかった。
「助けていただいてありがとうですぅ」
 リュリュミアは未来に声をかけた。地面に置いておいたスイカを拾う。
「こちらこそ。こんな暗殺目当ての輩がうようよしてるから、気をつけなくちゃダメだよ、リュリュミア」服から土埃をはたいて、未来は声をかける。「あなたもドワーフの家に来たの」
「あなた『も』って事はあなたもドワーフの家を探しに来たんですかぁ」
「うん。ってゆうか、もう見つけちゃてるけどね。……スイカだね」
「そうですよぉ。お土産ですよぉ」
「季節外れでもリュリュミアの見立てなら不味いって事はないか。……スイカってこの黒い縞模様に沿って包丁を入れると、中の種が奇麗に断面の外側に出る様に切れるって言うね」
「あぁ〜、わたしもそれ、信じてたわぁ。でも、実際はそれは俗説だそうですよぉ。詳しい事は忘れましたがぁ、スイカを水平に切ってぇ、イカンソクって部分を確かめてぇ、イカンソクから十五度ずらしたところを切り、そこから三十度ずつの角度で切り分けていけばぁ、全ての種が断面に出て取り出しやすくなるんですってぇ」
 植物娘らしい知識だ。
 未来はスイカを軽く叩いた。
 中身が水気たっぷりにつまっている音がする。
「あ、未来さん、おったか。あれ、リュリュミアさんまでおるやないか。おーい」
 突然、頭上から知り合いの声がかかった。
 二人が見上げると、森の枝葉の上から空を飛ぶ宝船が出現していた。
 ビリーの『空荷の宝船』だ。縁から手を伸ばして、こちらに手を振っているのが解る。
「あんまり遅いから、迎えに来たで」
「さあ、リュリュミア、乗って」
「これでドワーフさんの家まで行けるのねぇ」
 低い所まで降りてきた宝船に乗った三人は空中を一路、ドワーフの家をめざす。
「ところでお姫様は家に帰るのにOK出した?」
「いやー、それがかなわんさい、ボクも困ってるんや」
 暮れなずむ空を宝船は飛んだ。

★★★、
 朝。
 デリカテッセン公爵の屋敷では二人の訪問者を迎えていた。
「わたくしはネプチュニア連邦王国の第九王女、マニフィカ・ストラサローネ(PC0034)と申します。公爵夫人にお目通り願えますでしょうか」
 高価な宝飾品で飾り立てた、古代の貫頭衣の様な服装。
 気品ある雰囲気を漂わせるマニフィカはそう自己紹介した。
「アンナ・ラクシミリア(PC0046)と申します」早めの春風にフワッとピンクのスカートを膨らませたアンナも自己紹介する。「ぜひとも公爵夫人にお眼にかかりたく存じます」
「マニフィカ様、アンナ様、何用でございますか」
 玄関で伝令の様な男が応対する。
「公爵夫人のドレスの事について」マニフィカが答えた。
「アポイントメントはお有りでしょうか」
「ありませんが、ネプチュニア連邦王国の第九王女が表敬訪問に訪れました、とお伝え下さい」
「……少少、お待ち下さい」
 ほどなくして、二人は屋敷の中へ通された。
 ゴージャスな廊下を、奥へと歩く。
 通されたのは応接間ではなく、屋敷の奥の部屋だった。
 服飾仕立て人が作業に使っている部屋らしい。
 火の入った暖炉。
 マヌカン(マネキン)が幾つも並び、大きな機織り機やハサミや物差し、針山が置かれた作業机がある。
 豪華な姿見の鏡が黒いカーテンをかけられ、置かれている。
 そして壁際にかしこまっている二人の仕立て人、ジョンとアレックス。
 更に立派な服装の内務大臣が、理知的な面持ちで立っている。
 ただ、この作業室には決定的に足りない物があると、アンナとマニフィカは気づいた。
 布地が見当たらないのだ。
 ドレスの生地も完成品もない。
「あなたがネプチュニアの王女マニフィカ様ですか」年の頃、四十近い婦人が待っていて、話しかけてきた。裸ではない。仕立てのいい、豪奢な身なりだ。「このデリカテッセン領へようこそ。歓迎いたします。わたしのドレスを見たいという事なので直接、この部屋へご案内しました」
 アンナが自分がマニフィカのお付きの者として扱われているのに気づいた。まあ、それでも仕方がない。
 執事達が作業室にテーブルを運び込み、お茶会の体裁が作られた。
 マニフィカとアンナは礼儀をわきまえ、挨拶代わりの歓談をフローレンス・デリカテッセンと交わす。
 女公爵は上品にピンクの羽扇で自身をあおぎながら、他愛もない会話を楽しむ。
 そしてアンナとマニフィカは話題を徐徐に毎回の新作ドレスお披露目に近づけ、遂に核心へと迫る言葉を切り出した。
「このお部屋には新作のドレスが作られていたり、飾られていたりすると思うのですが……」マニフィカは多少、無遠慮と思われるタイミングだと意識する。「わたくしにはドレスが見えませんわ」きっぱり言い切った。
 デリカテッセン公爵の眉が寄り、あおぐ手が止まる。
 愛想笑いをしていた仕立て屋ジョン&アレックスの表情が凍りつく。
 部屋にいた衛士達の直立不動が揺らぐ。
 老齢の内務大臣が驚きの表情を作る。
 今、マニフィカは自分が『頭が不自由』な『お気の毒』な人魚姫と認識されたと思った。
 相応にプライドの高い彼女は憤慨を自覚し、怒りの気が高まった。
「あのですね。私もマニフィカと同じ意見なのですけれども」それを制する様に、アンナもマニフィカに賛同する態度を見せた。知性派だと思っていた自分が先日、思ったほど頭がよくないのではと自信をなくす出来事があった彼女は、これを確かめずにいられない。「一体、魔法のドレスが見える人と見えない人、その割合はどれ位かと。もし見えない人の割合が思ったより多いとすれば、考え方も変わってきますわ。公爵はむしろ、合法的にヌードを民衆にさらけ出せるドレスを喜んで着ているのだと」
「黙らっしゃい!」穏健そうだった内務大臣がか細い声を張り上げた。「公爵閣下が裸を人前にさらけ出すのがお好きだなんて! 貴方達にはこの部屋にかけられている色彩様様なデザインに趣向を凝らしたドレスが見えないのですか!? 無礼にもほどがあります!」大臣の眼は真剣で理知的だった。「それがネプチュニアとやらの礼儀ですか!?」
 そう言われてもマニフィカとアンナにはこの部屋にあるドレスが見えない。
 デリカテッセン公爵が口元に持っていたティーカップをそのまま、テーブルに戻した。「ドレスは頭の悪い人には見る事が出来ないのです」
「魔法のドレスが見える人と見えない人、その割合はどれ位なのでしょうか」と改めて、アンナが問う。「もし、見えない人が見える人よりも非常に多ければ、貴方は大多数の民衆に裸をさらけ出している事になりますわ。……全ての鍵を握ると思われる、姿見の『鏡の精』に直接会って、話を伺いたいのですわ」
 アンナとマニフィカは椅子から立ち上がった。
 二人とも黒いカーテンがかけられた姿見の方へ歩み寄る。
 これには衛士が反応した。二人の前を屈強な男達がふさぐ。通常の対応だろう。
「待ちなさい。何故『鏡の精』の事を知っている」
「それは……」
 口元に羽扇をあてた公爵の問いかけに、二人は同時に言葉に詰まった。
 冒険者ギルドの酒場で過去を覗き見する魔術師が屋敷内部を盗み見したのが情報源です、とは言えない。
 それはやましい事なのだ。堂堂とした証拠にはならない。
 それに映像が真実か嘘か保証はない。ここでは証明出来ない。
 いや、このままですませてなるものか!とマニフィカは思う。
 一か八かだ。
 このカーテンをめくって、鏡の精を確かめるのだ。
 二人は冒険者として場数を踏んできた素早さで、衛士達をすり抜けた。
 そしてマニフィカは黒いカーテンに手をかけた。
(助けて……)
 黒いカーテンの向こうから、女公爵とそっくりな小さな悲鳴を聴いた気がした。
 一瞬、二人の動きが止まる。
 背後から衛士達に肩を掴まれた。
 そのまま、鏡の前から引き離される。
 カーテンはめくれなかった。
「隠す、という事は鏡の精は存在するのですね!?」
「存在はします。私は嘘は申しません」
 引き離されながらのアンナの問いに、先ほどまで親密に紅茶を飲んでいたデリカテッセン公爵が冷たく答えた。
「では、何故、隠すのです!?」
 その問いに答はなかった。
「新作ドレスのお披露目は当分、中止します」
 ただ、女公爵はそれだけを伝えた。
 二人は衛士達の手によって、半ば強引に公爵の館から退出させられた。

★★★
「デリカテッセン公爵の新作ドレスのお披露目が無期延期になったらしいぜ」
 そんな噂話が冒険者ギルドに流れてくるのを、ジュディは酒を飲みながら聞いていた。
 冒険者ギルドには最近、モンマイの森から怪我を負った冒険者が帰ってくる事が多い。
 それらは全員、例の暗殺依頼を受けた冒険者ばかりだと気がついていた。今も地下の酒場で悪態をついているだろう。
 ジュディはやられた者の様子を聞いている内に、それは未来の仕業ではないかと思い当たった。少なくとも大の男がミニスカ女子高生にこてんぱんにやられて帰ってくるなど、ここらでは彼女の仕業以外には思いつかない。
 しかも、どうやらリュリュミアとビリーも関与している様子だ。
 そんな事を考えながら過ごしていると、やがて見知った二人がこのギルド二階の居酒屋に現れた。
「ジュディですね。お久しぶりです」
「ジュディさん、ここで待っていたんですね」
 マニフィカとアンナがやってきたのを、ジュディはほろ酔い調子の笑顔で出迎えた。
「ヘイ! 二人ともウェイテッド・ロング、永く待ちマシタよ!」
 何を待っていたんだろう?と疑問を抱きながら卓についた二人に、ジュディは過去見のイザベルから聞いた事を話した。
 デリカテッセン女公爵が実の娘を殺そうとし、暗殺依頼をかけたのは彼女自身だという情報だ。
 それを聞いたアンナとマニフィカは驚いた。
 そして彼女達自身の直接、女公爵と話し合った体験をジュディに詳しく話した。
 仕立て人の作業室には布地が見当たらなかった事や、姿見の鏡の精と話し合おうとして止められた事、カーテンのかけられた鏡の方から「助けて」という小さな声がした事等だ。
「うーン」
 ジュディは手をこまぬいて唸った。
 転びそうなほど、椅子を後ろに傾ける。
 その時、背後のテーブルにいた見知らぬ冒険者パーティの声が耳に入ってきた。
「暗殺依頼を受けた奴らはもう軒並み、あきらめたっていうぜ」酒に酔った中年男の声だ。
「そういえば、女公爵の屋敷から今まで見た事のない女が出てきて、モンマイの森の方へ行ったってね。リンゴをバスケットに詰めた、黒いローブ姿の醜い老婆だって話だ」若いがきつい調子の女の声。
 ジュディは椅子ごと後ろへひっくり返った。
★★★