停滞するアマラカン行

 ディックを始めとする異世界人たちが援助する脱出本隊は、着実に備えを整えつつ、道なき道を北へと進む。その中に、成人男女を中心としてラティール・アクセレートから剣術を習う村人たちがいた。武器は整わないまでも、腕に自信を持った村人たち。その一部は、「東トーバに戻って、東トーバを奪還すべき!」と主張し始めていた。この騒ぎに遭遇して、彼らに剣術を教えた乙女ラティールは考え込む。
『……それも苦境を乗り越える一つの手ではあるよね』
 それでも大人数での移動は、賛同しかねるラティール。その間に、“東トーバ奪還”の主張は、ラティールが訓練した村人、男性120名、女性30名。総勢で150名にもなる若い男女の主張ともなる。そして本隊の中核ともなる若者たちの騒ぎによって、北へ向かう人々の行進が止まってしまったのだ。
 この状況を、誰より深刻に受け止めたのは、有志の神官22名に火術を教えていたリューナだった。
「いい? 勇気と無謀は違うのよ。……残念だけど、今のあなた達では 下っ端魔族に束でかかっても勝ち目は薄いでしょうね。 本当に故郷を取り戻したいのなら、今は力を蓄える時期なのだと、もっと大きな動きを起こすための準備を始めたばかりなのだと思ってほしいのよ……」
 リューナの呼びかける声に、若者たちの騒ぎがわずかに収まる。この時を逃さずリューナは言う。
「今動いて、ようやく逃げのびた人間が何かしようとしているのが向こう側に知れたら、こちらへの追撃も、そしておそらく 東トーバへの圧力ももっと激しくなるわ。そうなってしまっては、今までこんな思いをして逃げたことも、ラハの思いも無に帰してしまうことになると思わない?」
 リューナの言葉は、奪還に賛同したばかりの若者たちに理性を取り戻させる。
「……そうだな……神官長ラハは……“生き延びてほしい”と言ったんだよな」
「準備……自分たちには武器もない」
「動いて敵に行動が知れたら……」
 リューナの言葉を反芻して互いに顔を見合わせる若者たち。ここに至るまでの異世界人の苦労も思い出し、リューナの説得を多くの若者が聞き入れる。そうして北への行進が再開される中、一部の若者たちは未だ主張を曲げないでいた。
「戦って生き延びる方法もある!」
「武器ならば、ムーア兵から奪えばよい!」
「そうだ! あの襲撃の日、今ほどの技があれば、自分は兵から武器を奪えていた!」
 直接修羅族という魔物と対峙していない若者たち。若者たちは兵を駆逐し、神官の防御壁さえ張ってしまえば、後は何とかなると主張したのだ。
「やはり東トーバに戻って、東トーバを奪還すべきだ!」
 この時、騒ぎを聞きつけて止めに入ったのは帰還したばかりの拓哉とアクアであった。
「“東トーバに戻って、東トーバを奪還すべき”とは、穏やかじゃないな」
「ルート的にはもう少し先で合流できると思っていたのですが〜。この騒ぎが原因ですか〜?」
 二人にリューナは、肩をすくめて状況を説明する。リューナの説明を聞き終えて、拓哉とアクアとは言った。
「わかった。奪還に向かいたい者は、俺が艦隊アカデミーで学んだサバイバル訓練を課してやる。奪還に向かいたい者は、本隊の最後尾に集まれ!」
 厳しい表情で、サバイバル訓練から基本戦術、実践訓練等をこれら全部課すつもりの拓哉。一方アクアは、常と変わらぬ穏やかな口調で言った。
「戦場というのは命のやり取り、正面切っての一対一で剣で切った張ったばかりじゃ勝てるモノではないのです〜。私は奪還開始前の最終テストを行いましょう〜」
 二人の異世界人の言葉を受けて、本隊最後尾に集まったのは30名の若者たちだった。血気にはやる若者たちの顔を眺めて拓哉は告げる。
「何故サバイバル訓練をするかは、極度に追い込まれた時に冷静になれる為の対処法としての生存方法を訓練するものである」
 本来は脱出組みと分かれて訓練するのが最適だが、脱出組みと行動そのものは共にする事を決めた拓哉は言う。
「訓練を始める前に言っておくが、俺がここに来る前、東トーバではトリスティアやフレアという異世界人、またムーア宮殿では“怪盗ナイトエンジェル”を名乗る人物が、ムーア世界開放のため動いていた。彼らに劣らぬ健闘を期待する」
 そうして拓哉が課したサバイバル訓練の内容とは、“医療品が無い時の応急手当(周りの木などで添え木を作るなど)”“食料が無くなった時の食料調達(主として木や草、果てはヘビやムシまでもが対象に!)”など、異世界人である自分たちが援助しなくても奪還に向かえる真に基礎的なものであった。
「必要な栄養を摂取する事こそ、より長く戦え、そして生き延びる道だ!」
 しかしながら、拓哉のサバイバル訓練では早々に多くの離脱者が発生する。
「敵中で怪我をしたならば、自分は死ぬので必要ない!」
「食料調達など近隣の集落から奪えばよい! こんな訓練などやってられるか!」
 そうして東トーバ方向へと走り出す短絡的な若者たちに、鬼コーチと化したアクアが立ちふさがる。
「ならば私を倒してから行きなさい〜。少し早いですが、これが最終訓練です〜」
 突然氷の壁を出現させて離脱者たちを分断するアクア。その上で、各壁よりダイヤモンドダストの刃を発生させ全周囲から攻撃する。さらに霧を発生させる霧氷珠で、離脱者の視界も奪う周到さであった。
「……一体……??」
 すっかり戦意を喪失している者たちにアクアは言った。
「個人が幾ら剣を振るえるようになっても、統率連携が取れていないと戦は勝てないという事です〜。特に魔法使いを含んだ敵との戦場では、個人の強さより集団として総合の強さが求められる事がわかりましたか〜?」
 アクアの言葉に、30名の若者たちが不承不承に頷く。若者たちはアクアの攻撃によって、己の力不足を痛感したのである。
「まず我々に必要なのは、一刻も早くアマラカンに行き、体制を整える事なのです〜」
 こうして、アマラカンへの行進を阻む一つの問題は静まることとなったのである。
 しかし時を同じくして、また新たな問題が発生する。この頃、アマラカンへの行進跡を消す役割は、風術を会得したばかりの4名の子らが行っていた。だが、子供の技にはムラがあり、結果……脱出本隊の移動ルートを、ムーア北方最大の軍事都市ゼネン近郊を警備する兵に見つかってしまったのである。

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