神官の隠れ里アマラカン

  『超自然界』の中に浮遊する大地アマラカン。緑深い大地のアマラカン神官主モネは、異世界人の乙女リューナとリリエル・オーガナを神殿内の一つの広間に案内していた。広間にて行われているのは、アマラカンを守る『精神防御壁』の強化である。その強化を助けたいという異乙女たちの質問によって『アマラカンの理』をモネが語る。
「子孫への試練は、神官の力を引き出すもの。ラハの試練は真実を知って猶、バランスのとれる精神力が試されます。試しに打ち勝てない者は、超自然界の力の糧となりましょう」
 すなわち、アマラカンに住むためには、東トーバ脱出本隊の誰もが神官の力が使えるようにならねばならないのだと告げたのだ。命の保証はできないというアマラカンの“試し”。そしてラハの受ける『試練の獄』とは、一人で越えるには厳しい試練なのだという。
「……ご質問は『精神防御壁』を強化している広間ではお受けできません。広間に入ってよろしいですか?」
 モネの問いに大きく頷いたのは、暗金色の瞳をした乙女リューナだった。
「もちろんそのつもりよ。……と言っても、具体的な事はよく知らないから、手順や方法を教えてくれないかしら? 強化っていうのは、同時に一緒に使うという事なのか、技術を高めろという事なのか、それとも何か中心に力を集めることなの?」
「入ってみればわかりますよ」
 リューナの疑問には、モネが簡単に応じる。一方、それらを聞いたリリエルは、金のツインテールを左右にゆらした。
「じゃ、あたしはやめておくことにするわ。ラハが何だかヤバそうだし。『試練の獄』っていうところへ案内してもらえるかしら?」
 モネが頷き、ひかえていた神官を呼び寄せる。そして別の神官の案内で離れてゆくリリエルに、リューナが「気をつけて」と声をかけていた。
 どんな時でも警戒を怠らない乙女リューナが、あらためてモネに向き合う。
「神官の力を持たない子孫への試練もあるのよね。試練は、アマラカンの中でやるの? 外でやるの?」
「外、になりますね。力の持たない子孫への試練は初めてになりますが……おそらくは力を失った神官の受ける試練と同様となりましょう」
 モネが言うには、力を失った神官はアマラカン外に他神官の防御壁に守られて出されるのだという。そして守りが薄くなるのに合わせて、自分の力で防御壁を作り出す。作れなければ、そのまま糧になるのだと伝えた。
「では参りましょうか……遅れを取り戻さねばなりません」
 おっとりとしていた神官主モネに、これ以上の質問を禁じられた形となったリューナ。二人は大きく開かれた扉を通り、神殿の中央広間へと足を踏み入れたのだった。

 広間が設けられていたのは、神殿の中心部。その中心は高く吹き抜けになっていた。
『……上の天井……形的にも、神殿の屋根よね……』
 球状になった天井。足元は白く発光する広間。その広間には数百に及ぶ神官が等間隔に立ち並ぶ。彼らは神官主モネの再来に気付くと、頭をたれて道を開く。そのモネにリューナが続いた。やがて広間の中心に立ったモネが手を掲げると体が淡く輝き出す。
『この光……アマラカンの外にある虹色の光と、本質は同じものね』
 火炎系魔術を操るリューナが数歩下がって、モネをとりまく力の流れを読む。
『確かに理屈は不要ね……モネを通して力が変わってゆくわ……アマラカンをとりまく壁が厚くなって広がるわ……広がった中に……植物を育む神官の力の流れ込むのを感じる…………あともう一つ、違う流れの向かう先があるわ…………何処に?……』
 リューナは質の違う神官たちの力が向かう先を感じる。アマラカン自体の防御壁を構成するのはおおよそ200名の神官たち。他に、植物から大地の土を育む神官が200名はいた。けれど他にもう200名の神官たちが守っている先があったのだ。
『あれは……ムーア世界? ムーア世界を……閉じているの?』
 ムーア世界を閉じる“要”である器は、もともと東トーバ君主マハが担っていた役割であった。今、その役割が東トーバ神官長であったラハへと移譲されるべく試練があるのだ。リューナはこの流れの中で、アマラカンの理を理解する。
『だからなのね……マハが異形になった後も、魔物が無秩序にムーア世界に増えていない理由……アマラカンはムーア世界そのものを守っていたのね……』
 “君主マハ”を異形化させた《亜由香》。噂に聞く上級魔族の存在。けれど、ムーア世界と魔界との間にはアマラカンの守りが存在していたのだ。そしてリューナは今、自分のできることを考える。
『実際にアマラカンの防御壁強化できる力は、余力のあるモネと数名の神官だけ……東トーバのみんなをすぐに受け入れられない理由もわかる気がするわ……ならば、今のわたしの力でできることをするしかないわ……』
 アマラカンが東トーバの民を受け入れるために今必要なのは防御壁の強化である。厚くなっては広がる壁に向けて、リューナが守りの力を向けていた。

 リューナやリリエルとは違い、アマラカンにおいて独自の道をゆく異世界の青年がいた。白衣に伊達眼鏡の美青年、武神鈴(たけがみ りん)である。
「とりあえず、暫定的ではあるが精神防御壁理論は完成しつつあるな」
 アマラカン神殿に住まう『時の行者』から、『超自然界の理』を知った異世界人である鈴。『時の行者』から数々の情報を確認した鈴は今、神殿内の一室で己の研究に励んでいた。
「……あとは実験を繰り返して理論の不足を埋め、実用化できるようにするだけだ。ただ、神官というリミッターを使わずに超自然界から力を汲み出すものである以上、あまり乱用も出来ない……常時展開する結界は諦めて、非常時の結界と割り切るしかないな……」
 鈴が研究しているのは、『精神防御壁発生装置』である。そのコアには、リーフェへの借りを返すという思いと難民キャンプに残った人たちを心配する気持ちなど、精神エネルギーをこめやすい水晶にチャージしようと考えたのだ。
「俺の“思い”自体がリミッター的役割を果たす水晶……できるだけ純度の高いものがよいのだが……もちろん不用なものは一切存在しないアマラカンにあっては、水晶の素材となる二酸化ケイ素から形成するしかないか……」
 まずはコア素材を手に入れるべく、白衣から変換符を取り出す鈴。鈴が変換符に念をこめたとたん、血相を変えた神官たちが室内に飛び込んでくる。
「アマラカンの質量に異変をもたらしたのはあなた様ですね! いくら大恩ある方とはいえ、このままアマラカンにご滞在いただくわけには参りません。すみやかに、もといた世界へお帰りいただかねば。ご無礼をお許しください!」
 神官に引き立てられるままに、鈴は虹色に輝く世界へとつれ出されてしまう。
「では、せめてリリエルとリューナに伝えてくれ! 精神防御壁発生装置の理論は完成させたと。あとはコアとなる水晶に超自然界につながるライン構築ができれば完成すると!」
 そんな鈴の要望を神官たちは、伝えると約束していた。そうして鈴は、アマラカンの大地から強制的に排除されてしまうこととなる。
「……もともと難民キャンプのほうにこちらの状況を伝える意味と……あと精神防御壁理論の構築に当たって面白い着眼点でヒントを伝えてくれたリーフェへ礼をせねばと思っていたからな……装置を作る上でも、むしろムーア世界であった方が都合がよいだろうな」
 自ら精神防御壁を作りつつ、虹色に輝く超自然界の中を流される鈴。その先は、氷河にある女神像の元と予測された。とりあえず、難民キャンプの面々に、リリエルとリューナの無事と知る限りの近況を伝えられるだけでもよしと考える鈴であった。

 鈴がアマラカンを離れたのと同じ頃、理想的なスタイルの乙女リリエルは、神殿の地下へと続く階段にいた。その階段を、神官の案内でどれほどの長い時間をかけて下りたのだろう。やがて小さな岩の扉が現れる。案内してきた神官は、扉の前で言った。
「この扉の向こうが『試練の獄』となっております。試しはもう始められておりますゆえ、これ以上のご同行はできません。猶、試し中の私語を謹んでいただきますが、試練の精神集中を妨げるものでなければ、会話を禁止するものではございません。お入りになるのならばどうぞ」
 神官の説明が終わるよりも先に、リリエルは独自に内部を調査するべく『新式対物質検索機』を用意していた。
「……この向こう……上下の引力方向が変わってるわね。ラハを囲んで四方に神官が一人づつ。……今、何かの力を使っているのは、存在すら確認できなくなる一人でしょうね」
 探査結果にリリエルが考える。
「……とにかく、入ってみるしかなさそうね」
 リリエルが共にある土の精霊ノームを確認し、自分の防御壁を展開しつつ扉をくぐった。
 リリエルの調査に違わず、上下の引力が反転する向こう側。切り立った岩肌の向こうに、ラハと4人の神官たちがいた。中央には、すでにいくつかの試練を越えたらしい東トーバ神官長ラハが、眉をひそめて座していた。
『……とりあえずまだ無事みたいでよかったわ』
 形のよい胸をなでおろしたリリエルの存在を、心強く思ったらしいラハが疲労感のある笑みを返してくる。そのラハに、
「かなりの覚悟で『試しの獄』に挑んでるみたいだけど、絶対に死なないようにね! 『試しの獄』は、おそらく人と人との交流とその致命的な裏切りなどを利用した精神的ショックを与えるものよ。苦しい時はみんなを思い出して努力して!」
 精神集中を妨げない応援の言葉をかけたリリエル。そのリリエルが、さらにノームの力を送ってラハの気力体力の回復を図っていた。
 リリエルの援護のおかげで、ラハは4神官の行う試練のうち3つまでを無事乗り切る。しかし、4つめの試練に合って、ラハの精神はバランスを失っしてまうこととなってしまっていた。ラハが突然悲鳴のような声を上げたのだ。
「君主マハ! よもや、わが娘をお使いになったとは!? ……なんということを!!」
 ラハが抱く強烈な憎悪。その憎悪が力となり、最後の試練をもたらした神官を吹き飛ばしてしまう。
「娘はまだ16であったのに……もはや二度と会う事もかなわぬとは……」
 ラハの慟哭に合わせて、アマランの大地に亀裂が深く入ってゆく。この時、ラハ自身が受けた試練の具体的な内容まではわからないリリエルが叫ぶ。
「いけない! このままじゃアマラカンが崩壊するわ!」
 
 東トーバ神官長であったラハの受けた4つの試練。世界の“要”たる器を問われる最後の試練において、ラハの力は暴走してしまう。浮遊する大地アマラカンを崩壊させかねないラハの力。今、ラハを止められるのは異世界人の乙女リリエルしかいなかった。


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