神官の隠れ里アマラカン

 超自然界に浮かぶ大地アマラカン。アマラカンの神官たちは、その大地を守り広げる一方で、ムーア世界を影ながら守ってきた存在だった。
 そのアマラカンの神殿中央広間では、今も数多くの神官が集まっていた。そこでは、神官主モネを中心にして神官が守りの力を使っていたのだ。その広間の中に、背中に黒色のコウモリ風の翼を持つ少女がいた。幻想界に生まれた少女は、東トーバより脱出した一団をアマラカン入り口まで送り届けることを完遂した異世界人リューナである。脱出行に起こった諸問題は、話し合いと実力行使、そして自分の力を教えることで乗り切ってきたリューナ。そのリューナは、東トーバの民をアマラカンに受け入れる準備を整えるために力を使っていた。
 その広間が、時ならぬ地震に大きくゆれる。集った神官たちのどよめきにあわせて、発光する広間の床から光が消え、広間の壁に亀裂が走った。
『何があったのかは分からないけれど……』
 リューナは地震の原因を、東トーバ神官長であったラハの受けている『試しの獄』にあると読む。
『このアマラカンの大地すら失われてしまえば、ここにいる人々の命だけじゃない、苦労して極北まで辿り着いた人々の希望も、ムーアの未来も失われてしまうわ……』
 本来ならば発言のできない広間の中、リューナは神官主モネに進言する。
「神聖な場を乱して悪いけど、このままじゃ、アマラカンの大地ごと崩壊しかねないと思うわ。精神防御壁で大地を広げることが出来るのなら、応用で、崩壊を多少なりとも食い止めることができないかしら!?」
 言いながら、素早く考えをまとめたリューナが言う。
「亀裂を埋めるように大地を広げて、割れた大地を繋ぐとか……」
 リューナの言を聞いたモネが、慎重に頷く。
「……その通りですね……今はその方法が一番よいでしょう」
 大地の気を乱れを警戒するモネは、平静さを失いつつある神官たちに手をかざした。
「世の調和を旨とするアマラカン神官たちよ」
 大気と共鳴する朗々としたモネの声。その声に、ゆらぐ大地に立つ神官たちの視線がモネに集まる。
「心静めたる者は聞きなさい。これなる異世界の方より、ご助言をいただきました。アマラカンの隔壁を造る者は、そのままに。以外の者は、“亀裂を埋めるように大地を広げて、割れた大地を繋ぐ”力を」
 神官主モネが自ら示す力の方向。その先に、400名の神官たちの力は向かったのだった。
 ムーア世界への守りも、アマラカンが崩壊しては続けることができないこの時。広間に集った600名の神官たちは、割れつつあるアマラカンの大地を守ることに懸命になる。その中で力の不足を知ったリューナは言う。
「大地を繋ぐのに人手が足りないわ……わたしが隔壁を造れば、少なくとも一人は大地を繋ぐ方に回れるわね!」
 と、大地を守る為の助力は惜しまなかったのだった。

 アマラカンにおいて、東トーバ神官長であったラハの受けた『試練の獄』とは4つの試練のことを指していた。リューナの危惧に違わず、世界の“要”たる器を問われる最後の試練において、ラハの力は暴走してしまっていたのだ。浮遊する大地アマラカンを崩壊させかねないラハの力。暴走する今のラハを止められるのは、この試練の場まで到達したただ一人の異世界人の乙女リリエル・オーガナしかいなかった。
 美しいエルフの外見を持つ乙女リリエル。そのリリエルは、すでにラハの受ける試練とは、“人との交流とその致命的な裏切りなどを利用した精神的ショックを与えるもの”と断じていた。そんなリリエルの予測に違わず、ラハの受けた試練とは“自分の娘が君主マハに使われ、二度と会うことはできない”という裏切りであったのだ。精神崩壊を起こすラハを目の前にして、リリエルは可憐な唇を噛み締めた。
『ラハを助けられるのがあたししかいないなら、もはや手立ては一つ、ありとあらゆる手を使ってラハを助けるのみよ!』
 意を決したリリエルが、ラハに向かって叫ぶ。
「試練で何を見たかは知らないけど、君主マハの性格から考えて、娘さんを危険な任務に就かせたにしても、彼女を信じていたからこそ、信頼してたからこそ、その任務に就かせたに違いないはずよ!」
 それでも聞き入れないラハに向かって、リリエルが走り出す。
『この際、試練の邪魔したって仕方ないわ!!』
 そして自分の意思が伝わりやすいように、ラハを抱きしめて耳元で怒鳴り散らしたのだ。
「“二度と会えない”って言ってるけど、勝手に決めちゃダメ」
 リリエルの怒鳴り声にあわせて、金のツインテールがラハの神官服に広がる。
「困難かもしれなくても“会えない”かどうかは決まったわけじゃない!」
 しかし、ラハを抱きしめたリリエルにもまたラハの見たイメージが流れ込んでくる。
『ラハの見たここはどこ? 宮殿? 血まみれで倒れてる娘がいるわ……この娘がラハの?』
 強烈に伝わってくる“死”のイメージ。しかもその体は、巨体の魔物によって食まれていたのだ。
『これじゃ……! もう会えるわけない……!!』
 ラハの悲嘆を受け止めたリリエル。受け止めたリリエルは、自分の幼馴染みであり、元の世界では軍の上官でもある鷲塚拓哉(わしづか たくや)の言葉を告げる。
「あのね。……拓哉がちょくちょく言ってるんだけど“目の前の死を生きるチャンスに変えろ”って事。もっともそれはあたしもおんなじだから、あたしもラハの試練を助けるわ」
 リリエルは自分の造る『精神防御壁』の中に、ラハを包み込む。『精神防御壁』は、個人の精神力で自然に働きかけ守りの力に変換するもの。思いの力が強ければ強いほど『精神防御壁』が強くなると考えたのだ。
「娘さんを信じて! どんな事があっても、きっと後悔してることじゃないと思うから。あたしだって拓哉が今どうしてるかしらないけど、最後の通信以来、全く音沙汰ないし、恐ろしく危険な任務で死ぬかもしれない状況で気持ちを押し潰されそうになってても、彼を信じているのよ!」
 自分自身の不安もラハに告げて、自身の思いの力で自分の精神防御壁を強化するリリエル。その壁に守られることで、ラハの精神が安定を見せ始めたのだ。その力の安定にあわせて、リリエルが自分の守りの力を弱めていくと、ラハ自身で壁を展開させる力が戻ってくる。
「……ご心配をおかけしてしまいました……」
 深く頭を垂れたラハが、リリエルの手を握る。
「娘もリリエル様のように優しい娘でした……何よりムーア世界の安寧を願っておりました……君主マハと同じように……」
 誰にも責められない人の持つ思惑。迷いもあり弱さもあり、時として意図するところとは違うものとなる。
 それでも調和を保ちたいと願う人の努力の悲哀。それらをラハが受け止めた時、『要』たる力がラハの身に備わっていた。

 『試練の獄』をリリエルの助力で乗り越えたラハ。そんな二人が、神殿の上部へと姿を見せると、中央広間の扉が開き、歓声が上がる。神官主モネは歓喜する神官たちを平静に戻すと、リリエルとラハの前にひざまづいた。
「ラハ様……『試練の獄』を越えられたのですね」
「それも、こちらのリリエル様のおかげですよ」
 今まで精神の弱さが見え隠れしていたラハ。そのラハがリリエルに会釈し、今は余裕のある穏やかな表情を見せる。
「それよりもモネ様がわたしの前にひざまづくことはありません。お立ちください」
「いえ。禁則の多うございました広間の扉を開く余力がございますのも、一重にラハ様が“器”となられた故」
 “要”たる風格を見せ始めたラハを前にして、深々とモネが頭をたれる。
「これよりムーア世界に戻られましても、神官主の任はラハ様に……」
 神官主の地位を、モネより衣冠されたラハ。誰もが成りえなかった役割を果たすラハの前に、広間に集った神官たちがひざまづいていた。
 その中、リューナがリリエルに目配せして広間の外へといざなう。
「無事でよかったわ! 大地をつなぎとめるのに人手が足りなくて動けなかったのよ。心配してたわ!」
「ぎりぎり無事、ってところね。それにしても、あれだけの亀裂が走ったのにアマラカンの大地が欠けてないのは、きっとリューナの力ね」
 リリエルの言葉で、リューナも晴れやかな笑顔を見せる。そうして和やかに語らう二人の前に現れたモネが言った。
「リューナ様、と申されましたな。リューナ様のおかげでアマラカンの大地は削られることなく、かえって広げることができました。これでいつでも、子孫の民を受け入れることができますよ」 
 モネの言葉の後、広間を後にしたラハが声をかける。
「その必要はないかもしれませんね」
 世界を閉じるラハは、リリエルとリューナとを通じて世界の流れを感じとる。
「ムーア世界は、お二人のような数多くの方々の助力を得たのです。新しい流れが始まっているのを感じます……」
 はたしてラハの予見通りとなるのか否か。異世界人たちの助力を得た攻防の形が、ムーア世界各地に広がろうとしていた。


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