『機械仕掛けの……』 第2回

ゲームマスター:

 すべてのAIに搭載されている「心の回路」の発明者、ドクター・ランドルゥは、双子の探偵ジェークとリータを、自分の子どもだとは認めなかった。
 警察のAIたちは、ランドルゥを攻撃することができない。非AIロボット製造企業社長のギールウィン・ビーズが、自社の非AIで鎮圧することを提案し、警察はそれを承諾した。
 ランドルゥ率いるAIたちと、ビーズ社の非AIが衝突しようとしたとき、AI製造最大手企業の社長令嬢、ラーシィ・コパーが、小さなライオン型護衛用AI、イオとともに止めに入る。ランドルゥは、イオをみて驚いた顔をし、いきなりイオをさらって逃走してしまった。
 ラーシィは、イオを助けるため、ランドルゥを追うことを決意する。リータは、ランドルゥの日記兼開発記録を解読し、親子の証拠をみつけようとする。ジェークは、AIを守るため、ビーズに面会し、非AIの撤退を頼みに行くことにした。

Scene.1
 幻想界出身の騎士の少女、フレア・マナは、腰まで届く金色のポニーテイルをなびかせて、AIを追いかけていた。ドクター・ランドルゥが逃走する際に、逃げ遅れたAIもおり、そのうちの1体を、捕獲しようというのだ。
 「止まるんだっ」
 巨大な両手剣「炎帝剣・改」をふるい、フレアはAIの前にたちふさがる。円筒状のボディから手足が生えたようなAIは、悲鳴のような電子音をたてて、その場に立ち止まった。
 フレアは、ロープをAIのボディと街灯につなぎ、AIが逃げられないようにすると、険しい顔で、AIに質問する。
 「オヤジさん……ドクター・ランドルゥは、AIを暴走させていったい何をたくらんでいるんだ?」
 AIは、フレアを怖がっているようだったが、なんとか毅然と答えようとした。
 =わ、私たちは暴走なんかしていない。ドクター・ランドルゥには、自分たちの意志で従ってるんだ。それに、ドクター・ランドルゥは、この社会をよくしようとしているんだっ=
 「暴走してない、だって?」
 フレアは、予想していなかったAIの言葉に、首をかしげる。
 =暴走して物を盗んだりしているAIもいるみたいだが、ドクター・ランドルゥとは関係ない。ドクター・ランドルゥはAIの生みの親なのに、私たちを暴走させたりなんかするもんか=
 AIは、目をランプのように明滅させて、フレアをにらむように見上げた。
 フレアは、AIの言葉に驚いていたが、そのまま信用してよいものかどうか、腕を組んで考えこむ。
 「よし。迷っていてもしかたがない。ランドルゥを捕まえて直接きくまでだ」
 「炎帝剣・改」をもう一度かまえると、フレアはAIの前に一歩進み出た。AIはびくりと震えて後ずさる。
 「すでに、ランドルゥの居場所はつきとめてある。後は、突入部隊の編成を待つまでだ。君は、それまで、ここでおとなしくしているんだよ」
 いうなり、フレアは「炎帝剣・改」を大きくふるって鞘におさめる。そのとき、AIを縛ってあるロープに、こっそり切れ目をいれた。
 わざと背中を向け、フレアが歩き出すと、AIは身をよじってロープを切り、逃げ出した。
 「あっ、待て!」
 ある程度距離をとってから、フレアはAIを追いはじめる。
 「うまくいったんですかぁ?」
 一面花が咲く野原が広がる世界からやってきた庭師のリュリュミアが、物陰から出てきて、フレアにきく。
 「うん。きっと、あいつがランドルゥのところに案内してくれると思うよ」
 ランドルゥの居場所をつきとめた、などというのはハッタリで、一度捕まえたAIを逃がして、ランドルゥの居場所をつきとめる作戦なのだ。
 「イオ……」
 「だいじょうぶですよぉ。きっと、助けられますからぁ」
 うつむくラーシィ・コパーを、リュリュミアがはげます。
 「……」
 幻想界と陰陽界、両方の影響を受けた中華風世界出身の武術家、グラント・ウィンクラックは、ランドルゥ率いるAIたちを相手に大立ち回りしたときとはうってかわって、何か考えこむような、神妙な顔つきをしていた。
 「たのんだよ、エアロ」
 高い声でフレアに返事をすると、大鷲のエアロは空にはばたき、逃走したAIを追っていった。

Scene.2
 「ジェーク&リータ探偵事務所」では、幻想界出身の黒いネコ耳としっぽを持つ種族、アルフランツ・カプラートと、リータが、ランドルゥの日記兼開発記録を解読しようとしていた。
 「ジェークとリータがランドルゥの子どもである証拠はもちろんだけど、なぜランドルゥが今の社会を間違ってると思っているのか、どうして、AIの暴走事件が突然起こったのか、調べないとね」
 「そうね。私も、父さんが何を考えてるのか、知りたいし」
 アルフランツの言葉に、リータがうなずく。
 「問題は、どうやって調べるかだけど……何してるの?」
 熱心に電子手帳をみつめて、何かぶつぶつとつぶやいているアルフランツに、リータが問う。
 「たぬきのた……。たんたんたぬきさん……。ダメだ、『た』を全部取り除いても読めないみたいだね」
 窓からちょっと冷たい風が入ってきて吹き抜けていった、ような気がした。
 それからアルフランツとリータは、他にもいろいろな方法を試してみたが、なかなか解読することができない。
 肩を落としてうつむくリータに、アルフランツはやさしく声をかける。
 「大丈夫だよ。きっと、お父さんと親子だって証拠がみつかると思うよ。キミは、ずっと信じてさがしてきたんだろ?」
 アルフランツは、藍色の瞳に穏やかな光をたたえて微笑む。肩に手を置かれると、リータは震えはじめた。
 「どうして……」
 かすれたような声で、リータがうめく。
 「リータ? 泣いてるの?」
 アルフランツが顔をのぞきこむと、リータの眼鏡が、事務所の照明を反射して、怪しく光った。リータは低い声をあげて笑っている。
 「どうして、どうして、『子どもはおらん!』とかいわれなきゃいけないわけっ!? こっちは何年も父さんをさがしてきてるのよっ! しかも、こんなわけのわからない暗号残してっ!」
 リータは、がばあ、と立ち上がると、一気にまくしたて、事務所の隅にある「リータ専用」と書かれたサンドバッグにかけよって、おもいきりパンチした。
 一撃で穴が開き、砂が落ちてくる。
 アルフランツは、ぽかんとしてみつめていたが、ふと、納得したような顔をした。
 「うん、思ったより元気そうでよかった」
 そう、安心してつぶやくと、アルフランツは精神統一のため、逆立ちして瞑想することにした。



 幻想界出身のジャグラーの少女トリスティアは、ジェークと一緒に、ビーズ社への道を歩いていた。
 いつも明るく前向きなジェークだが、今回ばかりは、目の前できっぱりと親子関係を否定されたショックを隠せないようで、いつもより口数が少なくなっている。
 トリスティアは、道端にソフトクリームの屋台をみつけると、軽やかに走っていき、二つ買ってきて、ジェークに一つ差しだした。
 「どうしたんだ?」
 きょとんとした顔のジェークに、トリスティアは、明るい笑みでこたえる。
 「『反重力ソフトクリーム』だってさ。とけたのが落ちてきて、手がべたべたになったりしないみたいだよ。いつも迷惑かけてるから、そのおわびだよ。ほら、元気出して出して!」
 トリスティアは、ジェークの背中をぽんぽんと軽くたたいた。
 「ありがとう、トリスティア。やさしいんだな」
 ジェークは、穏やかな笑みをうかべた。
 「やだなあ、あらたまって!」
 照れたトリスティアは、ジェークの背中を強くバンバンとたたく。
 「いてっ、いたいって!」
 そんなやりとりをしつつ、トリスティアとジェークは、ビーズ社の前に到着した。
 「ここから先は、ボクはこっちからいくよ」
 トリスティアは、裏口のほうを指差していう。正面からの説得はジェークにまかせ、トリスティアは通気孔から潜入して、ビーズ社の調査をする作戦である。
 「ただ子どもが頼みにいっただけじゃ、会社が決定事項を変えてくれるとは思えないし……。なにか説得の材料になりそうな情報をさがしてくるよ」
 「ああ。大丈夫だとは思うけど、気をつけてくれよ」
 「ジェークもね」
 トリスティアとジェークは、はげましあうと、二手にわかれた。



 アルフランツは、座禅を組んで、人差し指をなめてから、黒いネコ耳のはえた頭の上でくるっと円を描き、しばし瞑想していた。
 リータは、重い音をたてて、サンドバッグをなぐりつづけていた。
 「ああ、もうっ! AIもいいけど、私たちのこともちょっとは考えてよ!」
 リータのさけびに、アルフランツは目をひらく。
 「そうか。『AI』っていう言葉を……」
 アルフランツが、日記兼開発記録の電子手帳に対して、ためしに「AI」という言葉をすべてとりのぞく操作をしてみると、さわやかな電子音が鳴りひびき、意味不明の文章が消えて、普通の文章があらわれた。
 「やった!」
 アルフランツはさっそく、声に出して読みはじめる。
 「某月某日。ミーティアは今日も美しい。彼女と恋人でいられる我輩は、なんと果報者であろう。どんな自然の風景も、芸術も、ミーティアの前では落書きに等しい」
 「な、なんなの、コレは」
 リータもあわてて、日記兼開発記録を読みはじめる。
 そこには、ドクター・ランドルゥと、ジェークとリータの母ミーティアのラブラブな生活がつづられていた。確実に二人は恋人同士だったのだ。
 「某月某日。今日こそミーティアにプロポーズしよう。天才である我輩ですら、このような状況では狼狽してしまうのか」
 「ね、ねえ、私たちが生まれた記録は……?」
 15年前で、その日記兼開発記録は途切れている。ミーティアが子どもを身ごもったことは、ランドルゥは知らなかったようだ。
 「ダメじゃん、親父……」
 リータは脱力してつぶやく。
 その後もラブラブ日記が続いて、アルフランツもさすがにうんざりしてきたころ、開発記録の重要な部分にさしかかった。
 「某月某日。ついに、『心の回路』を搭載したロボット、AIが完成した。記念すべき第一号は、小さなライオン型の護衛用AIである。その名もイオ」
 イオの姿が立体映像で浮かびあがり、リータは驚きで硬直する。アルフランツは、緊張しながら読み進める。
 「イオは、都市の環境をつかさどる『グレート・マザー』のコントロールの鍵となる存在としても開発している。コントロールするためには、人間とイオが心を同調させる必要があるのだ。AIと人間が心を通わせる、なんとすばらしいことか」
 その後は、ランドルゥがAIをとても愛していることがつづられていたが、暴走に関しては、なにもふれられていなかった。
 「はやく、このことをみんなに知らせないと!」
 アルフランツの言葉に、リータも強くうなずいてたちあがり、二人は急いでランドルゥのところにむかうことにした。

Scene.3
 わざと逃がした円筒状ボディのAIを追いかけて、ランドルゥの居場所をつきとめようとするフレアたちは、ウィルポリスの中心部、マザー・コンピューターが内部にある巨大な塔「グレート・マザー」をとりかこむ大きな公園のすみにたどりついた。
 円筒状ボディのAIが走っていく先には、AIたちの集団と、大きな乗り物型AIの上に立つ、ランドルゥの姿があった。
 どうやら、フレアが予想していたようなアジトにひそんでいるわけではないらしい。
 「見晴らしがいい場所だけど、しかたないな……」
 フレアは、ランドルゥの注意を引いて、イオから目をはなさせるため、時限爆弾のような効果を持つ、魔力を練成して作り出した珠、「爆炎珠・改」を投げつける。
 たちまち、AI集団のそばで爆発が起こり、ランドルゥとAIたちは驚き、ざわめいた。
 「ああっ、おまえたちは! また我輩の邪魔をする気か?」
 ランドルゥがさけび、AIたちが身構えると、これまでずっと無口だったグラントが進みでた。
 (AIってやつに本当に心があるなら、怒りとか恐怖とかの負の感情だって当然あるはず……。だとしたら、仲間が見るも無残にバラバラにされたら恐怖で浮き足だったり、怒りで俺に攻撃を集中させるだろう……。それがないようなら所詮は傀儡、心がないただの人形にすぎず、潰して進んで問題はないはずだ……)
 =あっ、たくさん暴れて町もいっしょに壊したやつだな! このおれが相手になってやる!=
 身長が3メートル以上ある、大柄なAIが、警棒をかまえて、グラントに殴りかかる。
 (さて、見極めさせてもらうぜ……。お前たちが傀儡なのか、それとも自我を持ったひとつの存在なのかを……)
 グラントは、巨大な「破軍刀」を一閃すると、大柄なAIの脚を粉々にした。
 =なっ=
 次の瞬間、破魔の呪が組みこんである手甲「抗魔手甲」をつけたグラントの左腕が、AIの大きなボディに穴をうがち、「心の回路」が内蔵されているAIのコアユニットを引きずりだす。
 グラントはコードにかみついて派手な音をたてながら引きちぎると、残ったボディを右手の「破軍刀」で破壊し、コアユニットを持った左手を、強く握りしめた。機械片が、グラントの左手からぱらぱらと落ちる。
 あっという間のできごとだった。その場にいた誰も動くことができず、フレアとリュリュミアは言葉を失う。
 短い沈黙の後、AIたちはおおいに動揺しはじめた。逃げ出そうとする者もいたが、怒りをあらわにし、グラントにむかってくるものも多い。
 =こ、こいつ、ゆるさないぞ! 絶対に仇をとってやる!=
 口々にさけびながら攻撃してくるAIたちを相手に、グラントは派手に暴れまわる。
 「よし、こうでなくっちゃあな!」
 グラントは、歯をみせて笑い、戦う。
 それをみたフレアは、合点がいったような表情をうかべ、隙をついて、ランドルゥに近づいていった。
 ランドルゥは、声を荒げて、グラントをののしる。
 「よ、よくも! この野蛮人めがっ!」
 突然、戦い続けるグラントとAIたちの前に、ラーシィが飛びだした。ランドルゥは、あわててAIたちを制止させる。
 グラントを見上げるラーシィは、濃い茶色の眼に涙をいっぱいためていた。グラントの頬を、ラーシィは思いきり平手打ちする。
 「どうして、なぜ、こんなことをするんですか!」
 それ以上は言葉にならないらしく、ラーシィはふるえながら、グラントの黒い瞳を正面からにらみつける。
 「あー、なんつーかな……」
 グラントは頭をかくと、AIコアユニットを懐から取りだし、ラーシィに差しだした。
 「えっ、これって……」
 目の前で壊されたと思ったものが突然あらわれ、おどろくラーシィに、グラントはいう。
 「さっき握りつぶしたのはただの機械片だ。これは、あとで直してもらおうと思ってたんだ。アンタの親父さんの会社で、こいつの身体をつくってるだろう?」
 「は、はい……」
 まだ状況が飲みこめていないラーシィに、グラントが続ける。
 「これでわかったぜ。AIたちはランドルゥの傀儡じゃなく、ちゃんと意志のある者だってことが、な。他のやつらもこれだけは傷つけないようにしてるから安心しろ。アンタは危ないから、さがってるんだ。まったく、乱戦に飛びこむなんて、無茶しやがるぜ」
 グラントは、性格とは対照的に、幼く女性的にみえる優しげな顔にふさわしい笑みをラーシィにむけた。
 ラーシィは、こくこくと首を上下にふり、AIコアユニットを持って、はなれていった。
 静かになってしまったところに、リュリュミアが進みでて、ランドルゥに話しかける。
 「ランドルゥは、どうして、イオを連れてっちゃったんですかぁ? あと、ランドルゥはAIたちにお父さんって呼ばれてますけどぉ、イオにとってもお父さんだったりするんですかぁ?」
 「ああ、いかにも我輩はこのイオの生みの親だ。イオは、我輩が最初に作ったAIなのだ」
 ランドルゥは、傍らにいるカプセルにつめこまれたイオを指し示した。
 「だから、本来いるべき場所に戻しただけだ」 
 =俺様はこんなおっさん知らねーよっ! ラーシィのところに帰るんだっ! ここから出しやがれ!=
 イオは、カプセルの中から怒鳴っている。
 グラントの戦い方をみて、行動の真意を知り、イオを助けるためにランドルゥに近づいていたフレアが問う。
 「じゃあ、AIを暴走させるのはどうしてだ。いったい何を企んでいるんだ」
 ランドルゥは、苦虫を噛み潰したような表情でこたえる。
 「AIの暴走事件は我輩のせいではないっ。すべてはビーズの陰謀なのだ! あいつは、昔からろくでもないやつだったからな!」
 「でも、町を壊したりするのは悪いことじゃないんですかぁ? そういえば、このあいだ動物型メカをつれてきたディバーって人も、カプセルを使ってましたけどぉ、お友達なんですかぁ?」
 「ディバー? 誰だ、それは。そんな者は知らんぞ」
 リュリュミアの問いに、ランドルゥは、首をひねっている。
 「町を壊したのは、やむをえないことだ。悪いのはビーズのやつだ。我輩は、悪くないったらないんだいっ!」
 ダダっ子のように、ランドルゥはさわぐ。
 「お、大人気ないなあ……。とにかく、イオは今はラーシィのところで暮らしてるんだ。本人も帰りたがってるんだから、返してあげてよっ」
 「おねがいします、イオは私の家族なんです!」
 フレアとラーシィが口々にいうが、ランドルゥはきこうとしない。
 「だまれだまれ! 我輩にもイオは必要なんだ! これでもくらえっ……あ、このボタンじゃなかったっ!」
 次の瞬間、ランドルゥを中心に派手な爆発が巻き起こり、煙幕のような煙がはれたときには、ランドルゥとイオたちはいなくなっていた。

Scene.4
 そのころ、トリスティアは、ビーズ社の内部を調査していた。小柄な体格と、得意の軽業をいかして、通気孔の中を進んでいく。そのうち、重要そうな資料が保管してある部屋にたどりつき、身軽に床に降り立った。
 「ふーん、ここは、本当にAIじゃないロボット専門の企業なんだね」
 ビーズ社は、非AIロボットを専門に開発、製造している企業であり、AIではなく、非AIを普及させることを目的として掲げていた。
 突然、後ろから足音が響き、トリスティアはあわてて、通気孔に飛びうつる。みつからないようにその場を離れようと、どんどん進んでいるうちに迷ってしまい、どうしようかと思っていると、聞きなれた声がきこえてきた。
 「おねがいします! ドクター・ランドルゥはオレの父ですから、きっと説得してみせます。だから、AIと非AIを戦わせるのはやめてください。非AIを撤退させてください!」
 トリスティアが天井裏から部屋を見下ろすと、ジェークが、質のよさそうなスーツを着た立派な体格の男、ギールウィン・ビーズに頭をさげていた。
 「ほう。君は、あのランドルゥの息子なのか。私は、彼のことは昔からよく知っているよ」
 ビーズは、彫りの深いハンサムな顔に、皮肉っぽい笑みを浮かべた。
 「ランドルゥとは、学生時代からの知りあいでね。まったく、昔から変わっていないよ。私は、『心の回路』なんていったいなんの役に立つのだといっていたが、ランドルゥはまったくききいれなかった。その結果が、今回の暴走事件だ」
 「え、なにいってるんですか。AIは、オレたちの友達で……」
 ビーズは、ジェークの言葉を制して、続ける。
 「あんなもの……AIなど発明するから、こうなったのだ。本当に、愚かで哀れなやつだよ。滑稽ですらあるな」
 「や、やめてください」
 ジェークは、顔をふせたまま、必死に歯を食いしばって怒りをこらえる。
 「ミーティアも、なぜあのような男を選んだものか……」
 吐き捨てるように、ビーズはつぶやいた。突然、母の名をきいて、ジェークは目を丸くする。
 「君のような少年にはなにもできないよ。それに、所詮はランドルゥの子どもだ。同じように、愚かで哀れだよ」
 ジェークは、ついに感情を爆発させた。
 「そんなこと……!」
 「そんなことない! ジェークはがんばってるんだ! 知らないくせに、ひどいこといわないで!」
 隠れているのに耐えかねたトリスティアが、天井から飛び降りて、ビーズをにらみつける。
 「おや、かわいい小鼠ちゃんがもう一人いたようだな」
 ビーズは、ほとんど動揺をみせず、なめるような視線をトリスティアにおくる。
 トリスティアが、身構えようとすると、どうも足場が不安定だ。ふと足元をみると、ジェークが、いた。
 「う、うわあー! ジェーク!」
 「ぐ、ぐはっ……」
 トリスティアは、天井裏から降りるとき、ジェークの真上に着地してしまったのである。おどろいて、さらに踏みつけてしまい、トリスティアは、あわててジェークに謝った。
 「ご、ごめんねっ! 大丈夫?」
 「いや、あんまり……」
 ぐったりしたジェークを、トリスティアはがくがくゆさぶる。
 ビーズは、肩をすくめると、指を鳴らし、ビーズ社のロゴが入った非AIボディーガードロボットたちにトリスティアとジェークをつまみださせた。
 「あっ、こら、はなせー!」
 会話機能が搭載されていないのか、非AIボディーガードたちは、さわぐトリスティアに返事せず、二人を運んでいった。

Scene.5
 アルフランツとリータは、フレアたちと合流し、ランドルゥの行き先が「グレート・マザー」ではないかと告げる。
 追いついたときには、ちょうど、ランドルゥがイオの入ったカプセルをかかえて「グレート・マザー」に入っていくところだった。
 「そんな……。ここは、セキュリティで誰も入れないはずなのに」
 リータがつぶやく。
 「グレート・マザー」の扉は、ランドルゥが入ると再び閉まった。
 「グレート・マザー」の外部に取り付けられた巨大なモニターに、内部でなにかしているランドルゥの姿が映しだされる。
 「こらっ、コントロールに協力しないかっ。いたっ、痛い! やめろっ」
 =うるせーっ! 俺様はラーシィのところに帰るんだ!=
 カプセルから出されたイオは、ランドルゥをひっかいて抵抗していた。しかたなく、ランドルゥはイオをカプセルに戻す。
 「ドクター・ランドルゥ! あなたは完全に包囲されている! おとなしく出てきなさい!」
 そこへ、警察とともに、ビーズ社の非AIが到着し、「グレート・マザー」を取り囲んだ。
 「父さん!」
 ビーズ社の非AIを追ってきた、ジェークとトリスティアも、到着する。
 そのとき、突然の地響きで、その場にいた者たちは、バランスをくずしかけた。
 「グレート・マザー」のある公園に建っている、もうひとつの大きな建造物、ドクター・ウィルの像が、動きはじめたのだ。
 「なんだあ、ありゃあ……」
 グラントは、大きく口を開けて、ウィル像を見上げる。
 リュリュミアも、呆然と見上げたが、一瞬、ウィル像の肩のあたりに、黒い影をみた。
 「あれぇ、今のはなんでしょうねぇ?」
 ウィル像は、拳を天に突き上げると、足を踏み鳴らしはじめる。
 ウィルポリスを建造した老科学者の像は、平和の象徴であったが、今は見境なく暴れていた。あたりは、騒然とする。
 「も、もう、わけわかんないっ」
 リータは、動揺して、おもわず日記兼開発記録を取り落とす。
 すると、なにかスイッチが入ったらしく、「パワードスーツ」という文字が、立体映像で表示された。
 「これ……なんだ?」
 アルフランツは、日記兼開発記録から、飛び出してきた二枚の紙切れを拾う。
 片方は、「われらの愛のために」と書かれたメモで、もう片方は、若い女性の写真であった。
 「これ、母さんよ! だいぶ若いけど」
 リータが、写真をみてさけぶ。
 「もしかしたら、父さんが、どこかにパワードスーツを作ってあって、それを使えば、アレがなんとかできるかも……」
 リータは、ウィル像をみながらいった。
 「よし、みつかるまで、オレが『俊足ブーツ』でくいとめてるぜ!」
 ジェークも、ウィル像をにらみつける。
 「イオ! やめて、はなしてっ」
 「ダメだ、危ないからさがりなさい!」
 ラーシィは、イオを助けようと、「グレート・マザー」に入ろうとしていたが、かけつけた父、ブレッド・コパーに止められていた。

 ドクター・ランドルゥの日記兼開発記録によれば、イオは、「グレート・マザー」のコントロールの鍵となる存在であった。イオと心を同調させることで、その人間が都市全体の環境をつかさどる「グレート・マザー」をコントロールできるのだという。
 ランドルゥは、イオを連れて、「グレート・マザー」のコントロールルームに入ってしまった。
 そして、突然、暴れだしたドクター・ウィルの像に対抗するためには、ランドルゥが残したパワードスーツが必要である。
 ウィル像を倒し、ランドルゥを止めることはできるのか。

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