ゲームマスター:烏谷コウ
◆1:神々の戦い的なもの チェス国技場"チェス・コロシアム"では勇者と魔王……もとい、この世界を造った2人の神が対峙していた。 「今度こそ私が完璧に勝つわ!そんでもって、力の差をわからせてあげるんだから!」と、光の神ことアリス。 「その言葉、そっくりそのまま返してやろう。今度こそ俺が勝つ」と、闇の神ことジャバウォック。 「勇者と魔王が神ってどういうことよ!?ていうかこのままじゃこの国どころか世界が滅びちゃうじゃない!」 「こんな事ならサグラダファミリア時計を完成させておくんだったー!!!」 頭を抱えているのはチェスの国のハートの女王と、その従者のシロウサギ。ちなみにサグラダファミリア時計とは、完成までにあと200年はかかると言われているシロウサギの家にあるミニチュア時計塔である。書いててなんだが、どんな時計塔だ。 「いやぁ、面白い展開になってきたねぇ」 他人事のように、にやにやと事態を見守っているのは"審判"の腕章をつけたチェシャ猫。 チェス・コロシアムに集った面々は、ある者は呆れたように、ある者は思惑を持って神々らを見比べる。 ***** 「おお〜、勝負れすか〜、やっちゃえやっちゃえ〜れすよ〜」 酒瓶を抱え、ろれつの回らない様子で場を煽っているのはマニフィカ・ストラサローネ。 「お、スルメの炙りですか。いいですなぁ」と、チェシャ猫が酒盛りの席に座り込む。 「マタタビ酒も有るれすよ〜、まま、どうぞどうぞ」 コロシアムの隅っこでは世界の命運を賭けた勝負とは裏腹に、のん気な酒盛りが行われていた。 「あの〜、ちょっとよろしいでしょうか?」 事態を見守っていた者の中から、アンナ・ラクシミリアがおずおずと手を上げた。ジャバウォックの方を見て問いかける。 「世界を壊すとおっしゃいましたけれど、世界を壊した後はどうするのですか?」 アンナの問いにジャバウォックはさも当たり前というようにきっぱり答える。 「壊した後?……いや、今のところ別に何も予定はないが。放っておけばこいつがまた何か造るだろう」 「ちょっと、なんで私があんたの後片付けをしないといけないのよ!」 "こいつ"と呼ばれたアリスはそんなのごめんよ、とばかりに言い返した。2人のやり取りを見て、アンナが珍しく声を荒げる。 「まあ!壊しっぱなしは困ります、ちゃんと片付けてくれないと!」 「……問題、そこ?」 姫柳未来が思わずアンナにツッコんだ。整理整頓好きのアンナとしては、世界だろうとなんだろうと散らかったままになっていることの方が我慢ならないらしい。 「というかいくら自分たちが創ったとはいえ、すでにたくさんの命が育まれているこの世界を簡単に壊すとか作り変えるとか、何勝手なことほざいておられますかー!」 そう言ったのは坂本春音。やおらどこからかビニールシートを取り出し、床に広げると神気召喚術で、十数体の産土神=ハンプティ・ダンプティたちを呼び出す。ハンプティ・ダンプティらからも意見を聞いた上で、2人の神を説得する心づもりだ。 「さあ、産土神様たちもこの神様たちにびしっと言いたいことを言ってあげてください!」 ファイッ!とばかりに拳を握りしめ、ハンプティ・ダンプティたちを促す。玉子そっくりの産土神らは顔を見合わせ(そもそも、顔がないので顔を見合わせているかも不明だが)ひそひそと相談すると、やおらラインダンスを踊りだした。ちったかたー♪とちまちました玉子たちのダンスが繰り広げられる。 「"争いなんて止めて、手を繋いでみんな仲良くしましょう"ってことですね!さすが産土神様!」 「そ、そういう意味なのかなぁ??」 感心する春音、楽しそうに踊るハンプティ・ダンプティを見て首を傾げる未来。たが、ハンプティたちはステップの途中でうっかり滑って転んでぱりんぱりんぱりーん!!とひとつ残らず割れてしまった。哀れ、ハンプティ・ダンプティ。 「結局何がしたかったんだよッ!!?」 シュールな説得の様子に将陵倖生が叫んだ。ため息をひとつつくと、アリスとジャバウォックを見比べて続ける。 「あー……まだいまいち状況が掴めてないんだが。要するに、そこの2人がこの世界の神で、古い世界を壊して自分に都合のいい新しい世界を作るために勝負してる、と」 「そうよ!」 「そうだ」 倖生の言葉にアリス・ジャバウォックがそれぞれ答える。倖生はそれを聞いてため息をついた。 「はぁ、完全にガキのケンカじゃねーか。つーか、この世界の人間の都合そっちのけって辺り、もっとタチ悪ぃな。まあ、上の人間ってのはなかなか下の人間のことなんか考えねーもんだけどさ」 言うと、投影魔術で作り出したシャープペンを指先でくるくると回し、対峙している2人の中央へと歩み出た。 「俺たちには俺たちのルールが有る。邪魔をしないでもらおうか」 倖生を見、ジャバウォックが剣を向ける。 「そんなわけにはいかねぇな。とりあえず、乗りかかった船だ。自分のことしか考えてないガキ共に、世間の荒波ってヤツを教えてやるよ!」 そう言うと、投影魔術で作り出した無数のシャープペンシルが2人をそれぞれ襲う。今までの神のやり取りを見て、中身は完全に分別のないお子様であると判断した倖生は、力づくでわからせるしかない!と強硬手段に出たのである。 数本はかわし、残りを剣で叩き落としたアリスが不敵に笑いながら言う。 「私たちにケンカを売ろうってこと?面白いじゃない。……ていうか、あんたもまだガキじゃないのよ!」 「せっかく人が決めようとしてんのに変な茶々いれんなよ!!」 アリスの言葉に返しつつ、さらに攻撃を仕掛ける。それをアリスは大きく跳んでかわし、あるいは剣で弾く。 対し、ジャバウォックは動いていなかった。倖生の放ったシャープペンシルはテネシー・ドーラーのウィップソードによって全て叩き落とされている。 「俺は魔王ではないとわかったはずだが?」 表情を動かさずテネシーに言う。対しテネシーも、いつもの淡々とした表情で言った。 「最初にこちらに付くと決めさせていただきましたので。それにこのまま話し合いで仲良く大団円、なんて面白味がありませんし。他の方もあなたを説得しようとするでしょうが、耳を貸さないことをお勧めします」 告げるかたわら、飛来した倖生のシャープペンシルをそちらも見ずに弾き、叩き落す。そこへグラント・ウィンクラックが破軍刀で斬り込んできた。テネシーがウィップソードを放つも間に合わず、ジャバウォックは間一髪、剣でそれを受け流す。 「くっ……!」 「正直、勇者や魔王が光の神・闇の神本人だったというのは意表を突かれたが……元々俺がしばき倒したかったのは神だからな。アンタたちが出てきたのはむしろ好都合だ」 その神も、先程から黙って聞いていれば、新しい世界を作るだの今の世界をぶち壊すだの言っている始末。この世界で一所懸命に生きてるクレセントのような人間を無視して好き放題やろうというなら、世界中の人間に替わってど突き倒してごめんなさいと言わせてやる!というのがグラントの考えだった。 とはいえ、新世界創造は今の世界に迷惑がかからないのであれば好きにしてもいいだろうし、見た目が少女のアリスとは戦いづらい。よって、光の神は他の人間に任せ、闇の神であるジャバウォックを倒すべくこちら側へと向かってきたのである。 「アンタも一応、神の端くれだろう?まさかこの程度で終わらないよな?」 火の精霊であるファイルを破軍刀に宿らせ、火炎をまとった刃をジャバウォックへ叩きつける。だが、剣が見えない何かに阻まれ、炎が"何か"に侵食されていく。 「……良いだろう。"ゲーム"の為に力を封じているとは言え、俺もお前の言う"神の端くれ"とやらだからな。破壊を司る闇の神の力の一端、見せてやろう」 他方からの攻撃をウィップソードで弾き、叩き落すテネシーへと任せ、ジャバウォックが手の平をグラントに向けた。見えぬ何かを感じ取りグランドがその場から跳ぶと、ぼごっ!と砕ける音がして床が消失する。 「なっ……!?」 「俺の力は"破壊"することだ。お前の攻撃も炎を壊し、剣を壊せば俺には届かん。さあ、どうする?」 そう言うとジャバウォックはチェスへと来て初めて、楽しそうに笑ったのだった。 ***** 「なんで私たちの邪魔するのよっ!!」 アリスの剣が倖生を狙う。未来がテレキネシスを使い、剣の軌道を逸らした。 「あ、あぶねー……助かったぜ」 「だって壁に倒れられたら困っちゃうし」 しれっと答える未来。 「だから壁って言うなッ!!」と、さらに来たアリスの剣を避けながら倖生はそれを否定しておく。 「まぁ……似たもの同士、考えることも似るのか」 光の神と闇の神、そしてそれを止めようとする者、神に協力する者の戦いを見つつ、ジニアス・ギルツはつぶやいた。まさかアリスとジャバォックがこの世界の神だったとは。こどもが積木で作ったものを壊して楽しむのと同じ感覚なのかなぁ、と半ば呆れつつ考える。とはいえ、この状況を放っておくわけにはいかない。このままではチェスの住人もあまりに不憫だし。 「おーい、そこの似たもの同士の神様2人ー」と、まずは戦場の少し外側から、2人に呼びかけてみる。 「何よ?今忙しいのよ!あとあいつとなんか全然似てないし!」 「……何だ?あとあいつと俺は全然似てないぞ」 互いの敵の相手をしつつ、律儀に返答するアリスとジャバウォック。 「まあまあ。ちょっと俺の話を聞いてくれないかなー?」 大声で呼ばわるが、「あとでね!」「あとでな」とあっさりスルーされてしまう。戦いが終わらなければ話を聞いてもらえなそうだ。 「……こりゃ説得は後回しだな」 サンダーソードを構え、アリスを止めようと奮闘する面々を手伝うことにする。 一方、アリスは倖生や未来らの攻撃に押されていた。身体能力は高いが、相手の数が多すぎる。 「これでどうだっ!!」 「いい加減、諦めて大人しくしてくださいっ!」 ジニアスの放ったサンダーソードを避け、アリスが体勢を崩した所に春音がモーニングスターを振り下ろす。剣でそれをまともに受けたアリスの大剣は砕け、その衝撃でアリスはよろめいて地面に尻餅をついた。 「きゃあっ!?」 「勝負有り、だな」 倖生が言うとアリスは不敵に笑った。 「どうかしら?あいつの力が"破壊"なら、こっちは対の"創造"よ。あなた達にも一部だけど神様の力っていうものを思い知らせてあげるわ!」 アリスの言葉に反応するように剣の欠片が振動し、宙に浮く。と、その金属片が全てアリスの持っていた剣の姿へと変わっていく。何十本という剣の大群の切っ先は、ぐるり、と倖生らの方を向いた。 「ちょ、ちょっと待て!その数は多すぎるだろッ!!?」 「問答無用ー!!!」 アリスの声を合図に、ががががが!!!と剣の大群が向かってくる。春音が結界を張り、剣の速度を緩めた。それを倖生、ジニアスが弾き、あるいは叩き落す。 「どう?これが私の力よ!」 得意満面のアリスだったが、ふと見ると前方にいる人数が1人足りない。未来の姿が見えないのだ。 「……って、もう1人はどこよ!」 「すごいけど、後ろも注意しなきゃねっ!!」 振り向こうとしたアリスの後頭部に気合を込めた未来のウォーハンマーの一撃ががっつーん!とクリティカルヒットした。 ***** 一方、グラントはテネシーのウィップソードと、ジャバウォックの"破壊"の攻撃により、間合いに踏み込めずにいた。 「ちっ……懐に飛び込めさえすれば、攻撃が来る前に一撃喰らわせてやれるんだが。……そうか、スピード、か!」 要は相手の破壊が追いつかないほどの速度と破壊力が必要なわけである。一瞬考えを巡らせると、エアバイクの凄嵐を呼び寄せ、それに飛び乗って2人から距離を取る。 「逃げる気か?」「いえ、そうとは思えませんが……何かを仕掛けてくるつもりです。ご注意を」 攻撃の手を緩め、訝しげな顔をするジャバウォック。構えを崩さずテネシーが忠告する。 グラントは火炎破軍刀を構え、凄嵐のスロットを全開にした。瞬時にして時速400kmに加速する凄嵐の風圧で炎をまとった破軍刀が白熱化する。そしてそのままジャバウォックへと斬りつける! 「これぞ、炎の力を最大にして新たな太陽を昇らせる剛剣……。名付けて昇陽破斬……サンライズ・ブレイカー!!!」 ジャバウォックは破軍刀を破壊するべく力を使うが、高速で迫る白熱化した刃を破壊するには至らなかった。 「な、なんだと……ッ!?」 とっさに急所は外したものの、サンライズ・ブレイカーによって腹部を切り裂かれ、膝をつく。 「神だからと言ってあまり人間をなめるなよ。俺たちはそう簡単に滅ぼされる存在じゃない」 膝をついた闇の神に対し、破軍刀を向けてグラントはそう言ったのだった。 ● ◆2:和解・玉子焼き・そして…… さて、ここでコロシアムの外にカメラ(?)は移る。皆さんは前回、ハートの女王にぷちっと踏み潰されたアリマ・リバーシュアを覚えているだろうか? アリマのペットであるキキちゃんは、自分より小さくなりぺっちゃんこになったアリマを城の片隅に丁重に葬った所だった。墓の上には立てるものがないので、とりあえずその辺に何故か有ったアイスの棒を立てておく。 「キキ……」(アリマ……。馬鹿だったけど、良い相棒だったよ……) いつも困らされていたとはいえ、相棒の突然の死にさすがのキキちゃんもしんみりとつぶやいた。 そこへ物凄い轟音と地響き。城の横に見える大きな建物からである。不思議そうに首をかしげ、キキちゃんは音の正体を確かめるべくチェス・コロシアムへと向かった。 ***** チェス・コロシアムの中央には光の神ことアリスと、闇の神ことジャバウォックがいた。アリスは未来によってロープでぐるぐる巻きに縛られ、ジャバウォックはグラントの攻撃によって怪我を負っている。2人とももう暴れる様子はないようだった。ちなみに、ジャバウォック側についていたテネシーはいつの間にか姿を隠してしまっている。手は貸すが、トラブルに巻き込まれるのはごめんだということなのだろう。 「……まあ、なんとも大仰な話じゃのぅ。創生神話の時代だけにしておけば良いものを、これだけ文明が進んだ時代でも争っておるとは」 「この世界の住人が気の毒になってきたや。自分たちで創っておきながら、気に入らないから"新しいのをつくる"だって?」 一連の騒動を見ていたエルンスト・ハウアーと、レイナルフ・モリシタが呆れたように言った。レイナルフらをはじめ、ここにいるほどんとの者はバウムを通じていくつかの多重世界を行き来している旅人である。このように自分勝手な神が支配する世界に住んでいるのは住人たちにとって不幸なことなのでは? 「なあ、女王様。こんなアホな神さんの作った世界と、そのアホな神さんズは遺棄して、新しい世界を探す旅に出たらどうだい?」 かたわらのハートの女王へと問いかける。自分たちはいつも創り、壊し、打ち捨てる側だと思ってる神を、反対にこの世界へと捨てていってしまえばいい。持って行けるものは全て持って行けば良いし、別の次元に自分たちの新天地を探して勝手にやった方が住人も幸せだと考えたのだ。 「移動手段が必要なら、俺様が方舟を作ってやらぁ」とも付け加える。この世界の住人全員を移動させるとなると、造船の規模も時間もかかるだろうが、無理ではないだろう。 「それはすごく魅力的だけれど、神様が本当にいるなんて信じてない人たちもいるのよ。その人たちが素直に別の世界とやらに移動してくれるかしら?それに、こんな神様たちのせいで住み慣れた場所を離れなきゃいけないなんて、ちょっと納得いかないわ」 ハートの女王は肩をすくめつつ言う。続いて「面倒なら神だろうと首をはねちゃえばいいのよ」という言葉が聞こえたが気にしない。さらに、シロウサギも女王の言葉に追従した。 「そうですよー!運べないものだってたっくさん有りますし!僕んちのサグラダファミリア時計とか動かせないですもん!ね、メアリー・アン!」 かたわらの梨須野ちとせへと語りかける。 「だから、私はメアリー・アンじゃないですってば。ていうか何ですか、サグラダファミリア時計って」 「説明しよう!サグラダファミア時計とはガウディとかいう人によって設計されたけど100年経ってもまだできてないサグラダファミリアとかいう異世界の建造物を模した時計でー」 「あ、やっぱりいいです」 説明が長くなりそうなのできっぱりと断った。シロウサギがしょげているが、今はそんなことを話している場合ではない。 「この際じゃ、女王陛下。この世界を捨てるのが嫌ならば、このはた迷惑な神々を永久に世界に関わらせない様にしてみてはどうかな?」 今度はエルンストがハートの女王へと1つの案を上げた。エルンストの案はこうである。 例えば、このコロシアム周囲のダンジョンを利用した結界を張り、この地に神を封じてしまう。迷宮に魔物を封じたと言う事例は幾つか聞いたことがあるし、力技では破壊できないような迷宮の結界なら、神でも封じることができるのでは。 「幸い、術者もそこそこ集まっとるからそいつらに頼んで迷宮に色んな術の要素突っ込んでやれば、なんとかなるんじゃないかのぅ」 天気の話題でも話すかのようにすごいことをさらりと言う。それにはさすがのアリスとジャバウォックも慌てた。 「ちょ、ちょっと待ってよ!私たちをこんなとこに封じ込めるですって!?信じられない!!」 「俺たちを封じ込めて、もし神の力が必要になったらどうするんだ?その時になって悔いても遅いんだぞ」 2者それぞれに騒ぎ立てる。それを止めたのはちとせの一喝だった。 「おだまりなさい!!」 いつの間にか人間の姿になっている。どこからか取り出したハリセンを振りかぶると、すぱーん!とアリスとジャバウォックの頭を叩いた。 「いった!!」「……何をする」 文句を言おうとする2人を眼光で制す。2人は迫力に押されて押し黙った。 「お二人とも、ちょっとここにお座りなさい」 自分の前の床を指差す。有無を言わせぬちとせの言葉に、アリスとジャバウォックは何か言いたそうにしつつも正座させられる。 「先程から聞いていれば自分勝手なことばかりぺらぺらと……たとえ神といえども、既に世界として生きているモノを気持ち一つで壊したりして良いものではないのです」 さらに続ける。 「神様といえど 作ったモノには最後までちゃんと責任を持って下さい。簡単に世界を壊すとかしちゃいけません。この世界には命ある者がちゃんと個々を持って生きているんですよ」 「だけど私、この世界の神様だもん。この世界のものは全部私たちが造ったのに……」 反論を言いかけるアリスの言葉に、シャラップ!とばかりに人差し指を突きつける。 「ここに来るまでにも、あなた方に協力してくれた方とかもいらっしゃるでしょう?あなた方がやろうとしているのは、それを仇で返すような事なのですよ!」 ちとせの言葉に、未来もうなずいた。 「そうだよ。あなたたちが造りたかったのって、みんなが仲良くできないような殺伐とした世界なの?そうじゃないならさ、今いる世界と、そこに住んでるみんなを大事にしようよ。どっちかが1番ってのを決めたいなら、どっちが世界を大事にできるかだっていいじゃない」 それでも人の迷惑になるようなことを止めないと、今度は柄じゃなくって、ハンマーの方で殴っちゃうぞ☆と、未来が笑顔を見せる。本気で言っているので危険である。 アリスらが下手げな事を言ったらそのまま握ったウォーハンマーを振り下ろしそうな未来を慌てて引き止め、ジニアスが言う。 「急に完璧な神様になれってわけじゃないんだ。今後なんかやる時はこの世界の人たちの意見を聞いてから決めてくれればいいと思う。あとさ、神様として世界を外から見てるだけじゃわからないこともあると思うんだよな。実際、その世界を見て体験してから決めるってのはどうかな?」 「意見を聞く、ね……それくらいなら別にいいわよね?」ちら、とジャバウォックの方を見ながらアリスが言う。 「見て体験する、か……確かに外から見ているだけではわからないことも有るだろうしな」アリスの言葉にうなずき、ジャバウォックも言う。 提案を受け入れてくれそうな2人の様子にほっとしてジニアスは続ける。 「神様も光と闇のバランスを保つのとか大変だと思うけど、この世界の人間とか勇者とか魔王とか……あんたたちの"駒"じゃなくってさ、人として考えて欲しいんだ。そしたら意見を聞いたり仲良くするのもさ、もっと簡単だと思うよ」 「その通りです。どうしても2人一緒では同じ世界で上手くやれないと言うのなら、もう1つあちらに負けない世界を創るか、新しい世界で別の形で勝負をしてみるのはいかがでしょう?どっちがより世界に慕われるか、ですとか」 と、ちとせもアリスに言う。住人がより住み良い世界を造る為の勝負であれば、構わないだろうという考えだ。 「それでも今まで通りの勝負をしたいと言うのなら……これ(ハリセン)で泣くまでお尻ぺんぺんしてわかっていただくしかありませんね」 聞き分けのない子供に言うような口調で言いながら、ハリセンをぶん、ぶん、と素振りする。ちとせの本気度を感じ取ったのか、アリスもジャバウォックも慌てて首を横に振った。 「わ、わかったわよ!」 「う、うむ。俺たちも人に迷惑をかけるのが目的というわけではないしな」 「話し合いでわかっていただけて何よりです」 その言葉でやっとちとせはハリセンを収めた。 ***** 「グラントさん、火加減が強すぎます!」 その頃、坂本春音はチェス・コロシアムの片隅で戦闘の前に(勝手に)犠牲になってしまった産土神様(ハンプティ・ダンプティ)を生まれ変わらせるべく、尽力していた。要するに玉子焼きを作っていた。 いつの間にか用意したのか、銅のフライパンで器用に玉子焼きを作っていく。コンロ代わりに使われているのは、グラントの持つ火炎をまとった破軍刀である。 「火加減が強すぎると言われても……火炎破軍刀はこういうことの為のものじゃないんだが……」 「もしもの時の為にビニールシートを敷いておいて正解でした」 うきうきと人数分の玉子焼きを準備する春音は、グラントの不機嫌そうな言葉など聞いてはいない。 「神様たちも話し合いでわかってくださったみたいですし、美味しいものを食べればきっとみんな笑顔になれますよ」 笑顔で言う春音。だが「あら?」と眉間にしわをよせた。気づくとごごごごご……と、地鳴りのようなものが聞こえてくる。 「地震か?いや、違う。何か地下から来る……?」 グラントも地鳴りに気付き……それが異様なものだとわかる。それは、チェス・コロシアムの真下からやってくるのだ。 避難を呼びかけようとした時はもう遅かった。"それ"は唐突に現れた。 ● ◆3:超神★アリマ・リバーシュア 「がはははは!!アリマ・リバーシュア様、大・復・活だぜ!!!」 地面を砕いて現れたのはアリマ・リバーシュアだった。しかもコロシアムに収まるのがやっとな巨大サイズ。その場にいた者らは言葉を失った。というかみんな「何がどうなってこうなったんだ」と思わずにはいられなかった。 「説明してやろう!実はだな……」 アリマの説明を要約するとこうである。 ハートの女王に踏み潰され意識を失ったアリマは、気が付くと川のほとりにいた。川の向こうでは死んだはずの祖母が「お前はまだこっちへ来るな」と言っているではないか。行ったらいけないのかそうなのか、と川沿いを歩きだしてふと気付く。溺愛しているペットのキキちゃんがいない。どこを探してもいない。 慌ててキキちゃんを探すアリマは、いつの間にか不思議な空間にたどり着いた。そこは宇宙空間のような場所で、眼下にはチェス世界が広がっていたという。その空間にいるうちに力がみなぎって来て、どこへでも行ける気持ちになってきた。 「その後、やたら道に迷ったが、どうにかここへと戻ってきたってわけだ!」 みんなの知らない所で1つの冒険譚があったようである。 「だから何だってのよ!せっかく造ったチェス・コロシアムを壊してくれちゃって!また踏み潰されたいわけ!?」 ハートの女王がアリマに詰め寄ろうとする。 「がはははは!!今までの俺様と思うなよ!」 アリマが巨大な手の平を女王に向けた。みょみょみょみょ、と怪しげな光線が放たれる。すると、ぽん!と小気味良い音と共に、女王が白いテナガザルへと変わってしまったではないか。 「キ、キキーッ!!?」(な、何よこれー!!?) 「じょ、女王様がおさるさんにー!!?」 そしてそう言ったシロウサギも、次の瞬間にはテナガザルへと変えられていた。 「がはははは!!みんなキキちゃんになれば平和になるんだぜ!」 言うと今のアリマに対してかなりのミニサイズな2人(2匹?)をつまみ上げ、すりすりと頬ずりする。 「「キッキーーー!!!」」((ぎゃーあー!!!)) ちょっとした拷問である。 「ちょ、ちょっと!アレってどういうこと!!?」 未来がアリスらへと質問する。アリマが女王らに気を取られている隙に、キキちゃん化されないように物陰へと隠れていた。 「わ、わからないけれど。もしかしたらあいつ、私たちが普段チェスを見下ろしている神界にいったんじゃ……」 「どうやって行ったかは不明だが、あの力はその可能性が高いな」 2人の言葉に春音が「つまり?」と続ける。アリスとジャバウォックは顔を見合わせ、気まずそうに言った。 「つまり……今の私たちが持ってない神様の力をあいつが手に入れちゃったってこと」 「今のあいつはこのチェス世界限定だが、何でもできる存在……つまり"神"だということだ」 「「ええぇーーー!!?」」 未来と春音の悲鳴に近い声が響いた。 ***** 「神に等しい力、ですか。なかなか興味深いですね。その力、世界を征服するのに使ってみる気は有りませんか?」 巨大化し、キキちゃん化光線(仮称)を地上へとまき散らしているアリマの肩に飛び乗ったのはテネシーだった。闇の神ジャバウォックがグラントに敗れた後、様子を伺っていたのだ。 「おお、世界征服か!それも悪くないな!!」 がははは、と豪快に笑いつつ答えるアリマ。その答えに満足そうにテネシーは言った。 「それでは、私も微力ながらお手伝いいたしましょう」 このままでは世界がキキちゃんだらけになってしまう。 「何とかできる方法はないのかよ!?」 降り注ぐキキちゃん化光線(仮称)をやり過ごしつつ倖生が言った。"安全第一"のヘルメットをかぶったレイナルフが続ける。 「ったく、図体がでっかくなったからって好き勝手してんなぁ……。そういやエルンストのおっさん、さっき神を封じられるとか何とか言ってたよな?」 先程エルンストが上げた、結界のアイディアのことである。 「そうじゃが……なにぶん、希望的観測の多い案だからのぅ。本当の神に通用するかはわからんぞ?」 「にしても、このままサルにされるよりはマシだ!」 そして巨大なおっさんに頬ずりされるよりはマシだ。と倖生。 「なら、ちと試しにやってみるかの」 2人の言葉にうなずくと、エルンストは早速準備に取りかかったのだった。 ***** 「あれぇ?何だかでっかい人がいますれすよ??」 とろんとした目でコロシアム中央に現れたアリマを見上げたのはマニフィカだった。神々の戦いを肴にチェシャ猫と酒盛りをしているうちに、酒盛りの方に夢中になってしまったらしい。 「何だか〜、かくかくしかじかで世界を征服するって言ってるみたいだよ〜」 同じくマタタビ酒でぐでんぐでんに酔っ払ったチェシャ猫が答える。 「なぬっ!マジれすか!!」 マニフィカは驚いた。というか元々はチェシャ猫を酒盛りに誘ったのも、審判を買収し、酒盛りを邪魔する忌むべき世界の危機(=神々の戦い)を無効試合にさせようという目論見だったのだが。肝心な時にアルコールが入ると案外失敗するんだ。わかる、わかるよマニフィカさん。(何 だが、現在の状況は先程よりさらに悪いらしい。全人類キキちゃん化計画を引っさげた神の力を持つおっさん海賊が相手である。しかも人をテナガザルに変えるビームを出すのだ。はっきり言って反則モノである。 「むむむむ……」はっちゃけはっちゃけ〜と言わんばかりにこめかみを押さえたマニフィカの頭上にぴこん!と豆電球が光った(ような気がした)。 「今からでも遅くないれす!計画を実行に移す時れすね!!」 覚束ない足取りでよろよろ立ち上がる。今こそ買収した審判チェシャ猫を利用する時!同じ神の部類であれば、審判の力も及ぶかもしれない。 「そういやさぁ、忘れてたけどもしもの時にってこういうもの預かったんだよねぇ〜」 と、チェシャ猫がごそごそと何かを取り出す。 「ふむふむ、こ、これは……!」 それを見てアルコールでへべれけになっているマニフィカの脳細胞がフル稼働した。にやり、と黒い笑みをこぼす。これさえ有ればおっさん神、恐るるに足らず。 ● ◆4:超神、封印 「そこの巨大な歩く迷惑!お待ちなさいれすよ!!」 「アリマ様、酔っぱらいが下で何かのたまっておりますが」 「んん?」 テネシーの言葉に、アリマが首を下へと向ける。そこにはよろよろろ、と覚束ない足取りながら前へと進み出てくるマニフィカ。ついでにその後方にはぐでんぐでんに酔っ払ってマタタビ酒の一升瓶を抱えたチェシャ猫。マニフィカは、すう、と深呼吸をするとアリマへとこう言った。 「自分勝手にゃその振る舞い、いかに神様の力を持っているとはいえ、許されるものではないれすよ!」 ビシィ!とかっこよく決めるが、ちょっとろれつが回っていない。 「ここにいる(※転がってる)審判の権限において、あなたのその力、封じさせてもらうれす!!」 うぃ〜、ひっく、と言いながらマニフィカが取り出したのは真っ赤なカード。いわゆるレッドカードというやつだ。 「何か嫌な予感が……あの札を使わせてはいけません!」 「がはははは!!札がどうした!お前らもキキちゃんにしてやる!」 何かを感じ取ったテネシーが忠告するが、それを聞くようなアリマではなかった。マニフィカらにキキちゃん化光線を浴びせようとするが……その瞬間、マニフィカのレッドカードが神々しく輝く。アリマは再度キキちゃん化光線を使おうとするが、その力が使えなくなっていることに気付いた。 「なにっ!!?人魚っ子をキキちゃんにできないぞ!!?」 「だから先程申し上げましたのに……今のは封印術の一種だと思われます」 驚愕するアリマに、軽くため息をつきつつテネシーが答える。また雲行きが怪しくなってきましたね、とひとりごちつつ。 「ひっく。ええとー、説明しちゃうよー。審判を引き受けた時にー、どっちかがルール無視で神様の力を使った時、それを封じられるカードを預かったんだよねー」 一升瓶を抱えて床に転がったチェシャ猫が言った。 「キッキ!!?」(そういうもん持ってるなら早く出しなさいよっ!!?) 元ハートの女王がキーキーと騒いでいるが、残念ながら括弧内の言葉は周囲の人間には伝わらないのであった。 とは言え、起こった出来事を完璧に元に戻せるわけではないらしい。現にアリマの姿は巨大なままだった。 「むむ……これじゃあみんなをキキちゃんにする計画は無理か。仕方ない、本物のキキちゃんを探しに行くぞ!キキちゃん2号、3号!」 そう言って、ひょいとつまんだままのハートの女王、シロウサギを連れていこうとする。 「キ!キッキー!!!」(待ちなさいよ!私たちを置いてけー!!) 「キッキ〜!!!」(誘拐されるー!!!) じたばた暴れる2人(2匹)。だが巨体のアリマにかなうはずもない。2人をつかんだアリマは、外に出る為にそのままチェス・コロシアムの壁を破壊にかかった。瓦礫が近くにいたマニフィカらにも降り注ぐ。どっかん!! 「きゃーっ!!?あ、危ないじゃないですかっ!!」思わず酔いが冷めたマニフィカだった。 「あーあー、造ったばっかの国技場だってのに……壁の修繕にまたしばらくかかっちまうなぁ」 一方こちらはアリマを封じ込めるべく準備を進めているエルンストら。レイナルフはコロシアムの惨状を苦々しく見ているが、いかんせん現状ではどうしようもない。 「早くしないと逃げられちゃうよ!そしたらチェスの町が大変なことになっちゃう!」 未来が封印の為の魔法陣を書いているエルンストを急かす。キキちゃん化光線は使えなくなったとはいえ、今の状態のアリマを外に出してしまったら、チェスの国どころか世界が大変なことになってしまうのは確実である。 「急く気持ちはわかるが、こういうのは最後の詰めが肝心じゃからの。……よし、完成じゃ!マニフィカ君があやつの気を引いてくれて助かったわい」 エルンストが魔法陣の最後の一文字を書き終える。急ごしらえだが、複数の魔術を組み合わせた強力なものだ。 「これでアリマさんを止められますね!」春音がほっとした様子で言うが、エルンストは首を横に振った。 「じゃが、このままでは術が発動する前に逃げられる可能性が有る。あやつの注意を一瞬でも逸らすものがあれば良いんじゃが……」 「って言ったってなぁ」 何にもなさそうだぜ、と倖生がコロシアムを見渡すと、一角が騒がしいのに気づいた。 「キッキ!キキ〜!!」(アリマ!死んだと思ったら何やってんだお前!!) 観客席で鳴きながらぴょんぴょんとはねているのは、正真正銘、本物のキキちゃんだった。巨大化したアリマに座布団を投げつけているが、気づいてもらえないようだ。 「あれって確かアリマが探してた……なぁ、あのサルを使えばいいんじゃねぇか!?」 倖生が周囲の者たちに耳打ちする。 「なるほどね、それならわたしに任せて!」 その"作戦"を聞いて、未来が元気にうなずいたのだった。 ***** 「ねぇ、探してるおさるさんってこの子じゃないのー?」 未来が捕まえたキキちゃんをかかえ、アリマへと大声で呼びかける。キキちゃんはじたばたと暴れるが、そこはがっちりおさえて逃げられないようにする。壁を破壊しようとしていたアリマは未来の言葉に振り向き、そこにキキちゃんの姿を発見すると、予備動作なしにいきなり、だばーっと涙を流した。 「うわっ!」思わず未来が引く。 「……」同じく、テネシーが呆れ顔でアリマを見た。 「うおおおお!キキちゃんじゃないか!もう会えないかと思ったぜー!!!」 アリマの脳裏にここへ辿りつくまでの長い道のりが浮かぶ。そりゃもう走馬灯のように(え、死ぬの?) 両手を広げてキキちゃんを抱擁しようと、いつの間にか床に描かれた"奇妙な紋様"の中央へと歩み寄る。 「いけません!」テネシーがアリマを制止させようと叫ぶがもう遅い。 「今じゃ!」エルンストの言葉と同時に魔法陣が光り輝く。 「うおおおお!?何だこりゃ!!!」 「キッキー!!」(ていうか俺まで巻き添えかよ!!) 魔法陣が発動したのを見計らい、未来がテレポートでその場を脱出する。アリマの肩の上にいたテネシーも舌打ちをひとつし、とっさにその場を離れた。 幾重にも編み込まれた多数の魔術が、アリマの吸収していた力を残らず封じていく。術が発動し終わった後に残っていたのは、普通サイズに戻ったアリマとキキちゃん、そしてアリマが片手に持っていたハートの女王とシロウサギ。2人も無事に人の姿に戻っていた。 「……」アリマがぐるーり、と周囲を見渡す。 チェス・コロシアムの周囲は、アリマが無理に外に出ようとしたせいであちこちが壊れていた。そしてアリマを取り囲んでいる面々。明らかにみんな怒っている。 助けを求めるようにテネシーの方を見ると、既にテネシーは外へと通じる道の前へ移動していた。 「散々忠告して差し上げましたのに。いくら力が強大でも、使う方がアレでは意味がありません。それでは失礼いたします」 すたこらさっさ。被害をこうむる前にテネシーはさっさとその場を離れる。 うむ、と自分を見つめる面々のほうに向き直って一言。 「がはははは!よし、みんなで話し合おうじゃないか!!」 「「「んなわけいくか!!!」」」 笑って誤魔化そうとしたアリマの言葉に、もちろん全員がこう答えたのだった。 ● ◆5:神々の結論 「今回はいろいろと迷惑をかけてすまなかったな」 「ていうかまさかあんなことになるとは思わなかったけどね」 アリマの騒動のあと。すっかり忘れられていた感の強い神々2人は集まっている面々にこう言った。後者はマスターも同感なのは秘密である。 「ま、あんたたちもわかってくれたみたいだし、別にいいんじゃないかな」 ジニアスがそれに答える。この2人も人間の意見というものが少しはわかったようだし、今後はむやみに世界をどうこうするとは言い出さないだろう。 「それで、さっきのことなんだけど」 アリスが珍しく、おずおずと言い辛そうに切り出す。ジャバウォックが言葉を続けた。 「あいつが俺たちのいた神界の力を吸収して、お前たちがそれをここへ封じただろう」そう言い、床の魔法陣を指す。何か問題があったんでしょうか、と春音が首を傾げてたずねる。 「えぇ、そうですね。……あの、もしかして何か困ることでも?」 「神界の力は俺たち、神の力の源だ」 「えーっと、つまり??」 未来がさっぱりわからないと言った様子で問い返す。言いたいことがよくわからない。未来の言葉に、アリスが業を煮やしたように言った。 「だーかーらー、力を封じられちゃった以上、私もジャバウォックも神でもなんでもない、人間のような存在になっちゃったってことよ!」 「「「ええっ!!?」」」 チェス・コロシアムに驚愕の声が響き渡った。 「うーむ、封じることしか考えてなかったからの。できなくはないが、封印を解くのは手間じゃぞ」 「まあ、いいんじゃないか?別に力なんてなくってもさ」 あーでもない、こーでもない、と封印を解く為の手順を考え始めたエルンスト。対して、そう言ったのは倖生だった。 「案外人間ってのは図太く出来てるもんでさ、別に神様なんていないならいないで逞しく生きてけるもんだって。アリスもジャバウォックもさ、この機会にあんたたちの世界を人間として見てみたらいいと思うぜ。神様に戻りたかったら、いつでもここへ来ればいいんだからさ」 その時が来たら、エルンストにチェス・コロシアムの封印を解いてもらえばいい。倖生の言葉にアリスらも顔を見合わせ、うなずいた。 「そうね……そうかも」 「人として世界を巡るというのもなかなか面白そうだな」 「だろ?」 2人の言葉に、倖生が「決まりだな!」と笑った。 少し冷めてしまった春音のハンプティ・ダンプティの玉子焼きを改めておいしくいただきながら、その場にいる者たちはアリスとジャバウォックの言葉に耳を傾ける。 「そういえば世界の果てにはユート・ピアって国があるんだったわね。すごい魔王がいるらしいから、まずはそこに行ってみるってのはどう?」 「あぁ、確か"ユート・ピア魔王ランド"とかいう悪の総本山があるらしいな。恐らく相当な実力を持っているんだろう」 なんだかんだ言っても良いコンビのようであった。事実とだいぶ違う認識をしているらしいが、それは黙っておこう。きっと自分たちの目で見て体験したほうが、本人たちも楽しいだろうから。 こうして、チェスの国を騒がせた勇者と魔王の騒動は幕を閉じたのだった。 ● ◆6:そして伝説の大魔王へ 「オーライ、オーライ。あ、終わったらセメントをそっちに運んどいてくれー」 晴天のチェスにレイナルフ・モリシタの声が響き渡る。先日のアリスとジャバウォックの戦い(またはアリマの騒動)から数日後、チェス・コロシアムでは修繕の為の工事の真っ最中だった。 「さて、次はここを神々の戦いがあった場所として観光協会に売り込んでみるかのぅ」 工事を進める魔物やチェスの作業員に通路用の罠の指導をしつつ、エルンストは観光用のパンフレットの試作品のチェックをしていた。先日のチェス・コロシアムの事件が国内でもすでに噂になっていたのだ。これを利用しない手はない。 「まずはコロシアム部分の工事を終わらせねばのぅ。ほれそこ、作業が遅れとるぞ」 「くっそー、何で俺様がこんなことを!」 「キッキ……」(あんだけ暴れりゃ当たり前だろ……) エルンストが声をかけた先にはニッカボッカ姿のアリマ。そしてその肩の上には、いつものようにキキちゃんがいた。コロシアムで大暴れしたアリマは、破壊した部分の工事を手伝わされていた。やらかした事に比べたら軽い刑ではあるのだが、しばらく解放されることはなさそうだった。 ***** 「あんな奴、サル共々、首をはねちゃえば良かったのよ」 城でさらりと怖い言葉を吐いているのは、ハートの女王。今回の騒動で執務が溜まっているらしい。文句を言いながらも従者がやらない分の仕事までばりばりとこなしている。 「まあまあ、女王様。ストレスはお肌に悪いですよ。どうですか、仕事が終わったらストレス解消に一杯!」 そう言ったのはマニフィカ・ストラサローネ。今日も酒を持参してやってきていた。 「メアリー・アンの言うとおりですよ、女王様!あ、女王様も趣味を持ったらどうですか?僕みたいに時計を集めてみるとか!!」 だからわたくしはメアリー・アンじゃないですよ、というマニフィカの言葉には耳を貸さず、シロウサギは背中に背負った巨大な屋外用時計を(学校で使われてるようなでっかいアレである)ハートの女王に見せる。女王はため息をついた。 「時計を集めるのが趣味なら遅刻ぐせをどうにかしなさいよ。っていうか、こないだ雇ってやったあの猫はどうしたのよ?今日はまだ見かけてないけれど」 チェシャ猫のことである。あの一件以来、城で働くようになっていたのだった。 「あ、チェシャ猫さんは今日は風が強いので休むそうです」 「はぁ!?そんな理由で休むってやる気あんの、あの猫は!!今すぐ城まで連れてらっしゃい!じゃないとお前の首をはねてやるからね!!」 ひぃ!とシロウサギが飛び上がって慌てて出て行く。それを大変そうですねぇ、と見送るマニフィカ。 ハートの女王の城は今日も平和であった。 ***** チェスの商店街の一角にある喫茶店。TeaParty(お茶会)と看板が掲げられたその店では、べそべそと泣きながら帽子をかぶった少年が店の修繕を行っていた。 「三月ウサギの姉御も、ネムリネズミも酷いよ……僕だけで店の修繕なんて、いつ終わるかわからないよ」 「まあまあ、片付けはわたくしもお手伝いしますから」 アンナ・ラクシミリアが少年を手伝いながら言う。あまりに困っているようだったので、見かねて手伝いを申し出たのだ。 「それにしても、できることなら神様たちの究極のお片づけを見てみたかった気もしますけれど」 アリスとジャバウォックの戦いの時には、2人とも片付けようとする気はないようだったが。神が本気を出して掃除をしたら、きっと世界もピカピカになるにちがいない。今回の1件を思い出しながらアリスたちが行なおうとしていた創造と破壊について想いを馳せる。 だが、アンナはふと気付く。そういえば神様の仕事って、"創造"と"破壊"だけ? 間に"お片付け"がないということは、神様というものは散らかしっぱなしでものを創ったりするのかもしれない。そんなこと、アンナにとっては考えられない話である。 「……やっぱり、世界を壊されなくて良かったですね」 アンナはそう結論づけたのだった。 ***** 一方、店内では他の者たちがお茶を楽しんでいた。 「それにしても、どうにか事件が解決して良かったですね」春音が花の香りの紅茶を飲みながら、ほっとした様子で言った。 「アリスもジャバウォックも反省してくれたみたいだし。せっかく平和になったし、もうちょっとのんびり観光してからバウムに帰ろっかな」未来がテーブルに用意されたクッキーをつまみながら言う。 「……で、何でまだ俺が付き合わなきゃいけないんだ?」そう言ったのは将陵 倖生。 「なんで俺まで……」そして倖生と一緒に未来たちに付き合わされているのはジニアス・ギルツだった。 「直し終わったらまたチェス・コロシアムとか行ってみようかなって思って。ほら、女の子2人じゃ危ないじゃない!壁が必要だと思うんだ!」 「「壁って言うな!!」」 明るく笑って言う未来の言葉に、2人の反論がハモった。 「そういえば、知っているか?この近くの国に新たな"魔王"とやらが現れたらしい」 カウンター席で熱めの中国茶を飲んでいたグラント・ウィンクラックが言う。 「まあ、まさかジャバウォックさんがまた悪さをし始めたわけじゃないですよね?」 春音の言葉にグラントは首を横に振る。なんでも、ウィップソードを操るゴシックアンティーク調のドレスを着た少女らしい。 「「「……」」」 その場の一同の脳裏にある少女が思い浮かんだ。 「……まさか、な」 「いや、じゅーぶんありえるかも……」 力なく笑う倖生の言葉に、未来が同じく脱力しながら答えた。チェスではまた一悶着がありそうだ。 ***** 「ただいま帰りました。皆さん、お土産ですよ〜」 場面は変わって、ユート・ピアにある魔王クレセントの城。大荷物を抱えた梨須野 ちとせを、小さな魔物たちやクレセントが出迎える。ちとせは、やっとチェスで目的の蒼薔薇の苗を手に入れて帰ってきたところだった。 「チェスの国はどうだった?ずいぶん時間がかかったみたいだけど」 わーい!と早速お土産を広げ始める魔物たちを微笑ましく見守りながらクレセントが尋ねた。 「どーせ、買い食いとかで散々寄り道してたんじゃないんでやんすかー?」 ナシがにやにやと笑いながら言うが、「ナシさんじゃあるまいし」とクレセントがそれを一刀両断。うぐぐ、へなちょこ魔王のくせに…!と言いつつもナシは黙りこむ。 ちとせはチェスでの一件をどう説明するかちょっと迷った後、簡潔にこう言った。 「ええっと、ちょっと神様にお説教をしてきました」 「「ええぇ!!?」」ちとせの言葉に一同が驚く。 「ど、どういうことでやんすか!?」「何があったの!?」と、わーわーと大騒ぎする城の面々。 そのまま話すには長い話になりそうだった。ちとせはぽん、と両手を合わせて皆に言う。 「そろそろおやつの時間ですし、お茶を飲みながらチェスでの出来事をお話ししましょうか。あちらの商店街で美味しい紅茶も買ってきたんですよ」 チェスの国での出来事は、城でもしばらく話のタネになりそうだった。後日、その話のタネの当人たちがクレセントの城に乱入してきて大暴れするのはまた別のおはなしである。 めでたし、めでたし? |