「湖の乙女と発明卿の遺産」

ゲームマスター:秋芳美希+バウムサイトマスター候補生

◆1:トラブル・トラベル
 首都サンクチュアリでは、暴走カジェットの脅威に混乱が続いていた。それでも、首都機能や人々の暮らしそのものには、大きな変化はない。
 そのサンクチュアリで、緑の街路樹が並ぶ馬車通りをのんびり散策する乙女がいた。
「この前の動くおうちはガジェットだったんですねぇ。こんなに面白いモノならもっと触ってみたいですねぇ。街に探しに行くですぅ」
 最新のガジェット"蒸気機関車"を"家"と思っていたリュリュミア。そのリュリュミアは、植物体の自分と対極の存在であるガジェットに興味津々だ。鼻歌を歌いながら、あちらこちらの店を覗いて歩いている。
「ガジェットを置いてあるお店はここですかぁ?わあ、素敵ですねえ」
 熱帯や寒冷地の色鮮やかな花々が勢ぞろいしている店を見つけて、リュリュミアは吸い込まれるように扉をくぐる。
「すいませーん、誰かいませんかぁ」
 しかし、店内は静かなままだった。
「……お出掛けですかねぇ、勝手に触っちゃいますよぉ。えぇと、じょうきぜんじどうしばかりき、ですかぁ」
『これ一台でお庭のお手入れ、ら〜く楽!』とあおり文句が書かれたガジェットの起動ボタンを、リュリュミアが何気なく押す。すると、突如白い煙が吹き上がり、ガジェットの芝刈り刃が急速回転したのだ。そのまま、ガジェット芝刈り機がリュリュミアに向かって突っ込んでくる。
「わぁ、リュリュミアの髪や服は緑色ですけど、芝じゃないですぅ」
 リュリュミアは自分が植物体だという事を忘れて、ガジェット芝刈り機を起動してしまったのだ。その時、
 ガギギィッ、ィィィ、ィィィ……
 耳障りな音とともにガジェット芝刈り機の刃が止まり、蒸気モーターが空回りする。
「ぇっ?」
 何が起こったのかわからないリュリュミアに、「大丈夫?」と声をかける細身の乙女がいた。乙女の名は、ルシエラ・アクティア。そのルシエラは、軽く微笑んで言う。
「暴走ガジェットではないようね」
「助かりましたぁ」
 バウムを通して知己のある二人が挨拶を交わそうとした瞬間、ルシエラが止めた芝刈り機の刃が逆回転する。その回転音と同時に、ルシエラの放った水晶玉がはじけ飛ぶ。
「これが噂のガジェット暴走状態?」
 植物でもないルシエラに向かって、ガジェット芝刈り機がうなりをあげて肉薄する。
「でも、そんな威力じゃ、わたしのステージにはあがれない」
 ルシエラは両手を振り上げて半身に向き直り、背中まで届く漆黒の黒髪の先が揺れる前に、始末をつけていた。彼女の持つペンデュラム・ペアリングの水晶を、両手の指からガジェット芝刈り機の刃へと交叉軌道で打ち出し、導線のワイヤーを瞬時に絡み付かせたのである。しかし、暴走状態の芝刈り機は、なおも動こうと機体を震わせる。
「これは、壊すしかないようね」
「ちょっと待ってもらっていいですかぁ?」
 ルシエラがペンデュラムを操ろうとした時、おっとりと声をかけたのはリュリュミアだった。リュリュミアは、ルシエラが行動不能にさせたガジェット芝刈り機のスイッチをポチッと押す。
「これで安心、ですかねぇ?」
 スイッチの切られた芝刈り機は、プシュンブシュンと気の抜けた音をたてて停止していた。


◆2:集結!小さな喫茶店

 喫茶店のオープン・テラスで、紅茶を飲んで悪態をついている少女がいた。
「う〜、ちょっと休憩……。ていうかこの街、広すぎなのよっ!!探すの飽きたわ!完璧に!」
 ふわふわとした銀色の髪が印象的な少女の名は、シャルロット・アンブロジウス。シャルロットは、国の最高責任者で行方不明の父・発明卿を探す手がかりとして、ガジェット暴走事件を調査していた。数日前から首都で巻き起こっているこの事件の一つ、暴走機関車事件で発明卿の名を挙げた、メイド・ガジェットについても気にかかっていたのだ。しかし、お嬢様風の風体が台無しなほど、少女の暴言は止まらない。
「大体、円卓議会がだらしなさすぎるのよっ」
 そんなシャルロットに忍び寄る、謎の影。
「街とか円卓議会に八つ当たりなのっ? 情けないよっ!」
スパーン
 高い音を立てるハリセンの一撃は、姫柳未来が繰り出して来たものだ。
「いったぁ!」
 シャルロットの帽子が上空を舞う。その帽子を未来が自分の手に戻してから、シャルロットの頭にかぶせた。
「しゃきっとしなよね!」
 そんな未来に、シャルロットは即座に大口径の銃を未来につきつけた。
「……何?あなた、ガジェットなの?」
「残念ながらガジェットじゃないよ。直接、会ったことなかったかな」
 言いながら、シャルロットの銃をハリセンで叩き落しにかかった未来だったが、それはうまくかわされてしまう。
「なかなかやるようね」
「シャルロットもね」
 一気に緊迫する空気の中、あえて穏やかに声をかける青年がいた。
「お茶菓子はいかがですか、お嬢さん方?」
 すらりとした青年の名は形代氷雪。氷雪は少女たちの前に、チェス世界名物"銘菓魔王城クッキー"を広げてみせた。
 形代氷雪は、思うところあってサンクチュアリのガジェット技師を回ってから、喫茶店に来ていた。その氷雪の視線の先に、見知った人が近づくのも目撃するが、そこは目をつぶっていたのだ。
 一方、氷雪のクッキーで高ぶった気分を落ち着かせたシャルロットが、未来に向き直る。
「ところで、なんで私の名前知ってるのよ」
「わたしは姫柳未来だよ。暴走列車では売り子をしてたんだけど」
「未来?」
 シャルロットは、聞き覚えのある名前を反芻しながら未来を眺める。そこへ、サンクチュアリ観光を楽しんでいたバウムの面々が合流する。
「列車強盗がここで何しているの?カフェに強盗でもするつもり?」
「あぁ、シャルロットさんですねぇ。また会いましたねぇ」
 合流したのは、サンクチュアリ観光ガイドブックを片手に持つルシエラとリュリュミアだ。自分の暗い過去を知る人物たちに囲まれて、シャルロットが混乱する。
「何なのよもお! 何でみんな、私のこと知ってる人ばっかり集まってくるのよ〜!」
 パニックになったシャルロットが、そのまま銃を乱射しそうな勢いに、
「まったく。負けず嫌いだけだと思ったけど、他にもいろいろダメっぽいから心配なだけだけどっ!」
 スッパーンンンンン……
 トリガーにかかったシャルロットの指を超能力で止めて、未来のハリセンが大口径の銃を中空に飛ばす。
「危ないなぁ。この銃はしばらくわたしが預からせてもらうね」
「その方が安心だ」
 未来の手に収まった銃を見て、氷雪が納得する。
「返してよっ!その銃がないと困るのよ!」
 冷めかけた紅茶の最後の一口を飲み干すと、シャルロットは未来にくってかかった。 
「だって、しょーがないでしょ!次はどうしていいかわかんないのよっ。こんな時に、こんな事を相談出来る友達が居ればいいけど、居るはずないしっ」
 涙目になるシャルロットにもいろいろ事情があるようだった。
「生意気シャルロットさん。ここに行き着いたのも何かの縁かしら。事情を聞かせてくれるなら、暇つぶしに手伝ってあげる」
「わたしはぁ、どちらでもよいですよぉ」
 この様子を見たルシエラが肩をすくめ、リュリュミアは明るく声をかけていた。


◆3:流転する運命

 サンクチュアリの無意味に高いビルの上に、メイド姿の3人の少女の姿があった。"湖の乙女達"エレインの笑い声が一際大きく響く。
「ほーっほっほっほ!!」
「ほーっほっほっほ!!」
 その高笑いが何故かユニゾンで響く。
「ほーほほっほ!……って、こら!人の頭の上で笑っているのは誰でちゅか!」
「ちとせですのよ」
「その声、人間でちゅか!」
「見たとおり、私リスですわよ」
 エレインの頭の上から肩へ飛び降りたのは、メイド・リスの姿をした梨須野ちとせである。小さな人形大のちとせは、エレインに違和感を与えることなく世界になじんでいた。
「今日はみなさんに、とっておきの情報を持ってきましたの」
 エレインと一しきり高笑いしたちとせは言う。
「円卓議会ですが、今は別の場所でやっているのをご存知ですか?問い合わせや苦情で議会が進まないとかで、別の場所でやっているそうですわよ。よろしければご案内しますわ」
 堂々と言うちとせに、
「あら、そんな話はどこにもありませんわ」
 と冷や水を浴びせたメイドガジェットがいた。青い髪のメイドガジェット、ニムエである。
「なんですの、その人形」
 不信な表情をするニムエに、ちとせが一つ咳払いをする。
「あら、私としたことが、ガセネタをつかんでしまったのかもしれませんわね。失礼しましたわ」
 内心の冷や汗を隠して、ちとせは言う。
「もう一つ、貴重な情報がありますの。発明卿・アンブロジウス博士の娘が、サンクチュアリの喫茶店でお茶しているのは、ご存知かしら」
 博士の娘と聞いた刹那、三体の"湖の乙女達"の血相が変わる。
「どうちて、シャルロットちゃんのことを知っているのでちゅか?」
「帽子が素敵なお嬢さんですわよね、シャルロッテさんって。私、シャルロッテさんとは面識がありますの」
 暴走列車で直接会ったこともあるちとせは言う。
「オープン・テラスのある喫茶店で、紅茶を飲んでらしたのを見ましたの。もうすぐ飲み終わって、どこかへ出かけてしまうのではないかしら」
「シャルロットちゃん……前回自動人形に襲撃させて失敗してまちゅし……」
「とっととさらってくるか?」
「そうですわね。母親は円卓議会に保護されていますけれど、シャルロットの方は父親探しを続けているはずですわ。あながち嘘ではないようですわね」
 ヴィヴィアンの提案に続けて、ニムエが情報を報告する。
「チャンスは今しかないようでちゅね」
 エレインの表情が、凶悪になった。
「円卓会議襲撃前でちゅし……何かの罠があるかもしれないでちゅ」
 ちとせを全面的に信頼していないエレインは、本来の計画を修正しながら言った。
「……ニムエちゃん、ヴィヴィアンちゃん。シャルロットちゃんをさらってらっちゃい。ガジェット馬を使うといいでちゅ。あとは議事堂に集合でちゅね」
 ぎりぎりに利かせた機転で、事態が大きく変化し始めた様子を悟ったちとせ。そのちとせは冷静な観察眼で彼らを見る。
『エレインが事件では策士的な立場をとっているようですわね。見た目はお子ちゃまでも、油断ならないってことですわ』
 警戒しながらも、ちとせがエレインに微笑んで問いかける。
「ところで、今回はどういった考えで、事件を起こされているのかしら?」
「あら、あなたを、信用しているとでも思っているのかちら」
 エレインは言いながら、呼び寄せたガジェット馬の鞍を開ける。そこには、小さなスペースができていた。
「まさか!?」
「あなたには、いろいろ聞きたいことがあるでちゅ。シャルロットと一緒に来てもらいまちょうか」
 エレインの行動に固まってしまったちとせは、やすやすと鞍の下に閉じ込められてしまっていた。ちとせが閉じ込められた後、外からはこんな声が小さく聞こえてくる。
「助かるぜ。こいつが何者かは、あとでゆっくりと聞かせてもらおうぜ」
「ま、人間とは違うのは確かなようですわね」
「全ては、襲撃が終わってからでちゅわ」
 ガジェットたちが動き始めていた。


◆4:混迷する喫茶店

 シャルロットの事情を確認したのち、ルシエラは街探索にペットのゴーストであるレイスを放っていた。
「まだシャルロットさんの承諾を得たわけじゃないけど、かまわないかしら」
 不適な笑みを浮かべるルシエラに、
「か、かまうわけないでしょ!異能の力で探してくれるなら、ありがたいくらいよっ」
 ルシエラにそっぽを向きながら、シャルロットが礼らしきことを言った。
「ところでシャルロット、これに見覚えはないか」
 さりげなく氷雪がクッキーの隣りにおいたのは、使途不明の部品だった。
 氷雪が気になっていたのは発明卿の生死と、暴走事故の際に手に入れた"謎のパーツX"の正体だった。サンクチュアリのガジェット技師に聞いたところによると、まだサンクチュアリの誰も見たことのない品だという。おそらくは発明卿の手によるものらしいと言うのだが、機能その他も不明だという。当然パーツに刻まれている紋章も謎のままだったのだ。
「……部品はわからないけど……この紋章……どこかで見たことあるわ……」
 紋章を見たとたん、シャルロットの瞳が何かを思い出そうと空をさまよう。
「そう、これ、父さんのサインよ!絶対、似てるわ」
 シャルロットがゆっくりと考えながら言った。
「父さんには、サインが二つあったの。普段使っていたサインとは別に、私的な発明品にはこんな形をしたサインを使っていたわ。確か"花押"とかって、言っていてたかしら……覚えてるわ」
 幼い頃の父の姿を思い出しながらシャルロットが言うと、氷雪も自分の仮定のいくつかを口にする。
「そうか。この紋章が発明卿のものだとして、パーツがメイドガジェットのものなら、ここのところの襲撃事件の影に発明卿、もしくは弟子がいる可能性が高くなるな」
「でも、父さん弟子はとらなかったわ。それに、メイドガジェットなんて父さんの発明品に見たことなかったわ!」
 十年前の記憶をたぐりよせながらシャルロットは言葉を作る。しかし、そのシャルロットの記憶の中に何かひっかかるものがある。
「……でも……待って」
 子供の頃、どこかでメイドではないが父の研究の中に人間と同じ大きさの体の部品を見た覚えがあった。
「あの部品を見たのは、そう……あれはどこかの湖……どこだったかしら」
 そこまで言って、シャルロットは強い頭痛を覚えて頭を抱える。
「十年前の記憶か。あまり一度に思い出すのは、シャルロットくんの負担になりそうだな」
 シャルロットの記憶に行き詰まりを感じた氷雪は、"謎のパーツX"に氷雪のアイテム"テイムプレート"を貼り付けた。すると、パーツは虫型ロボットに変身する。ロボットそのものに強さはまったくないが、飛行機能程度は装備した虫型ロポに氷雪は言う。
「よし、おまえにあるサインの刻まれた場所に戻ることはできるか?」
 虫型ロボは、首を上下させて了解する。
「じゃ、この虫を追っていこうか」
 その氷雪を止めたのは、ルシエラだった。
「今はダメ」
 街中に放ったルシエラのペットが、危険を知らせてきたのだ。
「もうすぐここに、メイドガジェットが来るの。狙われているのは、シャルロットさんよ」
「え?」
 きょとんとするシャルロットの体を、とっさに未来が喫茶店の奥へと突き飛ばす。
「隠れてて!」
 皆が臨戦態勢を取る中、一人喫茶店のお茶と、氷雪のクッキーをいただくのはリュリュミだった。
「何だか楽しくなりそうですねぇ」

 皆が集まる喫茶店に、先頭で突進してきたのは青い髪のガジェットだった。
「シャルロットを狙っているっていうのは、あなただね!」
 メイド姿のガジェットに向かって、未来は本気モードでウォーハンマーを振りかぶる。
「ニムエと申しますわ!シャルロットに味方するなら、先に倒してさしあげますわ!」
「そうはいかないよ!」
「ガジェット・キィーック!」
 青い髪のガジェットは、お高く留まった性格だが、技の名前は律儀に叫ぶ。すかさず未来は、ニムエの繰り出す空中回転蹴りをテレキネシスでわずかに軌道を変えさせた。そのまま未来が一本足でウォーハンマーの巧打を加える。
 未来とニムエの間で空気が激震し、互いの攻撃の焦点から弾き出される熱くまばゆい火花が、辺り一帯へと撒き散らされた。相乗作用で、ひときわ大きな爆発が起こり、ウォーハンマーとニムエの輝く足が、同時に跳ね返される。
 二人の戦闘の最中、ガジェット馬に乗った赤い髪のメイドガジェットが一人の少女を小脇に抱えた。そのまま少女を自分の乗ったガジェット馬にくくりつけたヴィヴィアンは言う。
「シャルロットはいただいたぜ!ニムエ、撤収だ!!」
「了解ですわ!」
 ニムエがヴィヴィアンを抱えると、突風のようにメイドガジェットが消え去ったのだった。
 その後、シャルロットが喫茶店の奥から顔を出す。
「一体、何があったの!?」
「シャルロット、無事だったんだね、よかった!」
 未来が喜ぶ中、重い口調になるのは氷雪とルシエラだった。
「皆が無事とは言い難いがな」
「リュリュミアがシャルロットに間違えられてさらわれたの」
 二人の言葉を聞いて、シャルロットが真顔になる。
「助けに行かなきゃ!私の代わりだって、わかったら大変だしっ!」
 ガジェット馬の駆け去った先は、幸いにして虫ロボの進行方向と同じだった。
「虫ロボを追ってみるのが一番妥当というところか」
「では、わたしは円卓議会の開かれるっていう円卓議事堂へ向かうことにしましょう。そこに発明卿の手がかりがあるらしいから」
 ペットであるレイスの報告で、ルシエラは行き先を決める。その方向は、メイドガジェットたちの消えた方向と同じだった。



◆5:円卓議事堂周辺事情

 円卓議会の開かれるサンクチュアリ。そのはるか上空に飛行艇レッツラ号が飛行していた。
「円卓議会って所に、なんだか凄い技術が記された設計書があるらしい。その技術を手に入れて、レッツラ号をパワーアップさせるぜ!」
「キッキー……(設計書を手に入れたとしても、それを扱うことが出来るのか?)」
「そんな事、手に入れてから考えるぜ!」
「キキキッキー(それにだな)」
「がっははははは!キキちゃん!飛ぼうぜ、あの雲の彼方へ!」
「キー!(単にどこで円卓議会をやるのかわからないだけだろ!)」
 アリマのペット、白テナガザルのキキちゃんが、主人の飛行艇レッツラ号の舵にぶら下がって、回頭する。
 アリマは、隆々と筋肉が盛り上がっている腕を組んだ。
「だははは!この程度の迷子なんてスポーツみたいなもんだぜ!安心しろキキちゃん!そして待っていやがれ、謎!大冒険、お宝!がはははは!」
「ウッキッキキー!(黙ってバナナでも食ってろ!飼い主!)」


 気まぐれでサンクチュアリの世界を再訪したジュディ・バーガーは、小洒落たショットバーに立ち寄って地元の蒸留酒を味わっていた。
 ジュディの白い首に巻かれた愛蛇のラッキーちゃんが、時折、バーカウンターで暴走中のお酌ガジェットを尻尾で跳ね付ける。
「なんとなくブリティッシュな雰囲気だからスコッチが当たりかもと睨んだケド……おお、これは大正解でしたネ!この喉を伝わるシングルモルトの風味が最高デース!」
 ジュディは御満悦の様子だ。ガジェットの誤動作や暴走で街中が騒々しいが、まったく他人事のようにジュディは心地よい酔いに身を委ねていた。しかし、店先には自慢のモンスターバイクを停めてある。もしや飲酒運転をするつもりだろうか?
「お嬢さん。いい飲みっぷりですね。一樽空けましたよ」
 口髭にロマンスグレーの髪、黒いベスト姿のバーの店主が、お代わりのおつまみ胡桃をスナック皿に盛り付けする。
「おー!マスターこそ、素敵なスレっからしのカリスマデース!誉められると、お酒がなおデリーシャスヨ!」
 213センチのダイナマイト・ボディの上体を、カウンターに乗り上げさせるジュディ。マスターは、ラッキーちゃんの舌先を自然な笑顔としぐさで素早くかわしながら、落ち着いてグラスを拭き上げる。長年、数々の屈強な体格の酒乱も相手にして来たマスターとしては、ガジェット暴走事件は、営業の余興程度に考えている様子だった。
 二人にとっては、床の上を走っていた、背中に紋章が描かれた昆虫ロボや、半透明の存在も些細な事である。
「お嬢さんになら、今日こそこの酒をお勧めできるかも」
「ワッツ?」
 マスターが、重々しく室内に響き渡る轟音と共に、酒瓶を一気にカウンターに据える。瓶を回してジュディに見せたラベルには「バハムート殺し・世界の果ての滝の一滴:98度」と書かれている。
「試されますか?飲み干せば一樽差し上げます」

 一時間後、顔を真っ赤に染め上げたジュディが酒樽を担いでバーから出て来た。
「センキュー!マスター、シーユーレイターよ!」
 しかも、おまけでもう一瓶もらったようだった。そのジュディの耳に楽しげな音楽が聞こえて来る。
「ワッツ?」
 ジュディは、迷うことなく音楽のする方向に向かって行った。


◆6:混沌、円卓議事堂敷地内

 飛行艇レッツラ号の真下、そこには白いレンガ造りの建物が二つ並んでいた。一つは、円卓議会が開かれる円卓議事堂。もう一つは、サンクチュアリの各種資料が集まった円卓資料館である。
 今、円卓議事堂は上を下への大騒ぎになっていた。ここのところ、ガジェットの暴走事件が頻発しているため、今回は急ごしらえの人海戦術で警備体制を行っているためだった。
「ええと、チームAは、今どこを警備しとるかの」
「議事堂の東門前じゃったかな?今頃はダンスパフォーマンス中じゃろうて」
「……なんで、ダンスなのかのう……」
「そりゃ、ただ立ってるだけじゃ、つまらんからじゃろ」
 警備員には、パフォーマーや何やらを急遽雇い、そのとりまとめは引退した老齢の円卓議事堂職員が中心となっていた。

 こうした状況の中、円卓議会の関係者であるアーサーは、暴走列車で活躍した冒険者を見つけると、すかさず警備を依頼していた。その一人目は、武神鈴だった。
「突然、お願いしてしまって悪かったなと思っていますよ」
「いや、こちらも報告する手間がはぶけた」
 バウムから情報を得ていた鈴は、自分の計画を伝える。
「襲撃してくるメイドガジェットを迎え撃つため、周辺を警戒する偵察用小型メカを配置したいが」
 鈴の提案にアーサーは"助かります"と応えていた。
 そして二人目は、警備員チームAとダンスをしているところを連れてこられたジュディだった。
「う〜っぷす!パトロ〜ルすればオーケーネ。ノープロ〜ブレムデ〜ス」
 ダンスでさらに酒が回っているジュディも快諾する。
「あなたたちが来てくださっていて、助かりました。今の円卓議事堂は、警備といってもザル同然ですので。もちろん、タダとは言いませんよ」
 普段から警備はガジェット頼みであった円卓議事堂である。円卓議会でガジェットに暴走されては、国の機能が停止しかねないのだ。
「こちらこそ、報酬がもらえるというなら願ったりだ」
 私怨からメイドガジェットと戦う気でいた鈴にとっては、渡りに舟の状況であった。一方、すっかり出来上がっているジュディは、
「ユ〜アーウェ〜ルカムね!ビ〜ッグシップに乗った気でいてク〜ダサイデ〜ス!」
 と大きな胸と頭をゆらしながら、腕の力こぶを見せた。
 その時、ふと鈴はアーサーに付き添って車椅子を押しているメイドガジェットが気になって声をかける。
「この暴走事件の中で、そいつは円卓議事堂につれてきて平気なのか」
「グウィネヴィアですか?大丈夫です。万が一の時は、この手元のリモコンで機能停止させますので」
 アーサーは鈴に向かって、小さなスイッチのついたリモコンを見せた。
「起動停止でガジェットの暴走状態が止まることは、わたしたちの研究でも実証されましたので」
 発明卿以外の発明は目立たないが、アーサーも円卓議会の議員だったのである。


◆7:円卓議場大武會


 円卓議事堂の正門から正面玄関まで続く、つややかな大理石の通路に、鏡で照らして滑らせたような輝きが疾駆する。
 議事堂正門に突然現れた少女たちがいた。その一人、長く波打つ青い髪の少女の頭には、アンテナが生えていた。
「当初の予定よりは大分遅れてしまいましたわね、ヴィヴィアンさん」
「おお。これから暴れてやるぜ!」
 応じたのは、巨大なネジを赤い髪に生やしている少女ヴィヴィアンである。
「メイドガジェットだ!」
「もう一体は暴走機関車事件のガジェットじゃないか!?」
 粗製乱造の警備員たちが警戒の声をあげる中、一人冷静に彼らの動きを観察していた者がいた。
 隣接する円卓資料館の屋上で敷地全般を警戒していた鈴である。
『本当のところ、メイドガジェットが円卓会議を襲おうが、ガジェットを暴走させようが俺には関係ない話だ……そのせいで鈴屋に損害が出て冷凍みかんの普及に支障が出なければだがな……ふふふ……煤屋の経営からは手を引いて、名目だけの名誉会長職に収まってる俺だが……喧嘩を売ったかを死ぬほど後悔させてくれる……』
 と、私怨から行動している鈴は、偵察用小型メカからの報告に眉をひそめる。
「あの青い髪のガジェット、予想以上に動きが早いか!」
 鈴は、状況によって自分の計画に変更を加えざるを得ないことを確認していた。

 青い髪の襲撃者メイドガジェットのニムエが、ヴィヴィアンを正門に降ろす。
「あとは、予定通りでよろしいわね」
「はさみうちだろ、任せろよ!」
 警備員たちをなぎ倒しながら正面玄関へ進み、ニムエが玄関側から正門へと警備員を蹴り倒して回っていた。

「ほーっほほほっ!」
 ニムエとヴィヴィアンが警備員を蹴散らした後から、エレインが優雅に日傘を緩く自転させつつ肩に差しながら、正門前へと歩いて現れた。
「では参りまちょうか、ヴィヴィアンちゃん、ニムエちゃん。今日が円卓議会最後の日でちゅわ」
 ヴィヴィアンとニムエが玄関を豪快に破壊して、"湖の乙女達"は議事堂に悠然と侵入していく。
「ほほほほほ!円卓議員のみなちゃん!ごきけんいかがかちら?あたくち、エレインでちゅわ」
 扉が弾き飛ばされ、開催中の本会議室中央の演壇に、エレインがしずしずと進み出る。
「何だね、君たちは!?」
「"湖の乙女達"は発明卿の意志を受けちゅぐ者ですわ」
「そして、われらが眷属たるガジェットを暴走させまして」
「人間世界をも支配するのさ」
「おーっほほほほ!分かったところで、ヴィヴィアンちゃん、ニムエちゃん、議員どもをかたぢゅけておしまいなちゃい!」

「があっはっははははっ!ちょおっと待ったあぁぁぁぁー!」
 巨大な白円蓋を誇る円卓議事堂の天井が粉々に爆発する。振動は隣接する円卓資料館にも伝わって、図書を撒き散らさせる。
 日光を浴びてきらめく砂煙の中、ニムエが輝く脚で止めた砲弾は、アリマ本人であった。アリマ自らが、サンバリーの効力で上空の飛行艇レッツラ号から弾丸と化して飛び込んで来たのである。
「さすがキキちゃん、正解だぜえ!ここが円卓議会場だぜい!!」
 これまで円卓議事堂上空をさ迷っていた飛行艇レッツラ号。相棒のテナガザルキキちゃんの、「キッキキッキー!(あそこにいるのはメイドガジェットたちだろ!)」の一言で、
自らアリマ弾と化して議事堂に突っ込んで来たのである。そして、アリマ弾の弾速はまだ活きていた。
「がははは!まだ行けるぜ!」
「う、この気持ち悪さは、一体何かしら!?」
 ニムエが、アリマのもみあげが生理的に堪えかねて脚をそらせると、アリマは議事堂の階段へと跳弾する。そして、そのまま円卓議事堂の天蓋を破壊したのだ。その天蓋の崩れた隙間から、一人の少女がひょいと顔をのぞかせる。
「なんちゅうことをやっとんねん」
 少女アオイ・シャモンは、こっそりとサンクチュアリを見晴るかせる円卓議事堂の頂上にいたのである。両手を腰にあて、和服に似合うミニスカートを風に揺らせるアオイはつぶやく。
「せやけど、あたいの出番はもうちょい先のようやね」
 アオイの視界には、見知った異世界人がこちらにやって来る姿が入っていたのだ。あざとい計算をするアオイは、場所を移して物陰に隠れる。そんなアオイは、頃合いを見計らって、彼らを混乱させることに決めていた。

「がっははは!素顔のほうがいけてるだろ?」
 サンバリーを解いて本会議場に立ったアリマが、背中のカノン砲を床に降ろして構える。
「これからが本番だぜ!」
「そう上手く行くかしら」
 ニムエが応じた時、彼らの頭上から、
「俺は魔導科学が専門だが……おおよそ学問と名がつくものは一通り修めている」
 と、青年の声が降り注ぐ。議事堂の警備員や議員たちを退避させ終えた鈴が、反重力白衣で円蓋に空いた穴から本会議場に舞い降りてきたのだ。鈴は、対弾対刃対衝撃バリアを全開にして続ける。
「……経済学の見地から言わせて貰えばお前たちがガジェットを暴走させたことによる経済的被害はこれだけ…うち鈴屋の営業に与えた損害はこれだけになる……よそはどうでもいいが鈴屋に与えた損害はしっかり償ってもらうぞ……」
 自分の本来の目的をとうとうと鈴が語ると、エレインがせせら笑う。
「ほほほっ。何のことでちゅか。人間は滅ぼされて当然でちゅから。人間たちに損害がでるのは喜ばしいことでちゅわ」
「……その言葉、忘れないぞ」
 怒りの炎を静かに燃やす鈴は、シークレットアームでエレインを捕らえようとした。
「お母様への無礼は許さねぇぜ!」
 鈴のシークレットアームは、エレインをかばうヴィヴィアンによって阻止されてしまう。鈴が、すかさず獲物をヴィヴィアンに変えると、意外とあっけなく成功した。
「ち!しくじっちまったぜ!!」
 ヴィヴィアンが悔しがる中、鈴はアームを情報端末操作用のアームに組み替える。そのアームでウィルスプログラムを打ち込み、ガジェット・プログラムを書き換えようとしていたのだ。
「さて……こいつでお前が命令で動くただの人形か……それとも自分の意思を持って動いてるのかを見極めてやろうか……ただの人形なら壊れるまで冷凍みかんの売り子としてこき使ってくれる……」
 鈴の声と同時にヴィヴィアンの頭のネジが高速回転を始め、乱調の電子音を放ち始める。その様子を、自主的に避難せずに残っていた議員のアーサーが注視していた。
「やりましたか?」
 しかし、
「おっほほほほほほ!詰めが甘いでちゅわ、人間たち」
 そのエレインの後ろから、日頃言葉控えめで感情の起伏が少ない、メイド・ガジェットが現れる。
「グウィネヴィア!?」
 グウィネヴィアの主人でもあるアーサーが、とっさに手にしたグウィネヴィアの停止ボタンを押した。
「く、だめです。スイッチが利かなくなっています……」
「おーっほっほっほっほっほ!役者は揃いまちたわね」
 エレインが掲げた金色の林檎が、強い光彩を帯びていた。 


◆8: 敵か味方か!?新生グウィネヴィア!


 エレインは議場最上段にある発明卿の席に座ると、自身の胸を押さえていた手の五指を広げ、ヴィヴィアンとグウィネヴィアに向ける。
「月の銀の林檎を持つ子等よ!」
 エレインが金の林檎を握り締めると、辺りの影を払う強烈な光が放出される。
「太陽の金の林檎より光を浴びて、その心を輝やかせなちゃい!」
 エレインは、アーサーを指して言う。
「いまこそ、地に咲く紅い林檎をふるえあがらちぇるために!」
「……林檎の形……ガジェットの頭脳のことでしょうか」
 アーサーが普段触れているガジェットの設計図から、ガジェットの人工頭脳を連想する。そのアーサーの耳に、初めて聞くグウィネヴィアのしっかりした声が届けられる。
「そして、エレイン様の手にされているものこそがガジェット遠隔暴走装置ですの」
 グウィネヴィアがイラスト付きフリップを取り出して、解説を始める。
 1.冷徹に輝く『月の銀の林檎』とは、一般的な自動人形やガジェットの胸部に納められた人工頭脳。
 2.そして、永遠に燃え盛る『太陽の金の林檎』とは、高度な学習機能や感情、自律性を持つ"湖の乙女達"に搭載した人工頭脳。
 3.『ガジェット遠隔暴走装置』とは、エレインの『金の林檎』の意志を『銀の林檎』に反映させる為に、形を模して自身が開発した装置。
 謎のマスコットキャラのぐーちゃんも、ここ重要!と指示棒を持つ目つきが鋭くトゲトゲトンガリ気味だ。

「紅い林檎とは、人間の心ですの」と、グウィネヴィアがつけ加えると、「がはは。よくわかんねぇな。とにかく、林檎狩りと行こうじゃねぇか」と頭の弱いアリマが笑う。鈴は鈴で、「お前ら、みかんの話しろ!」とちゃちゃを入れる中、「では、金の林檎は一体誰が作ったのですか」とアーサーが真面目に問う。すると、グウィネヴィアが静かな口調で言った。
「お話しする暇がありますかしら」
「グウィネヴィア、お前はどちらの味方をするつもりですか」
 アーサーの問いに、グウィネヴィアはにっこりと笑って言い放った。
「皆様方、やられて遊ばせ」

 ヴィヴィアンが金の林檎の作用で、自己の制御状態を取り戻し、鈴のシークレットアームを破壊する。
「人間が!」
「冷凍林檎にして我が鈴屋に並べてやるぞ!」
「必殺!ガジェット・パンチ!」
 ヴィヴィアンの拳が光り輝き、肘のロケット機構で加速させた強烈なストレートを鈴に打ち込む。
「ぬおおおお!」
 鈴が、対弾対刃対衝撃バリアを展開し、ヴィヴィアンを真正面から迎え撃つ。ヴィヴィアンの拳が物質の固有振動とバリア・エネルギーの周波数帯に干渉し、鈴の守りを破ろうとする。そこへ、
「ほな、やりまっか」
 と、ミニスカートの和装乙女アオイが打ち込む『対装甲散弾砲』の砲弾が炸裂する。
「ぎゃあーー」
「オーーーッ」
 天井の空いた状態であった円卓議事堂。その議事堂の中央部に位置する円筒部分がくの字、氾の字、益の字に変化して真下に崩落し、瓦礫が下にいた者たちに降りそそぐ。アオイの持つ『対装甲散弾砲』とは、砲弾内部に無数のエネルギー弾を蓄積し、それを撃ち出すことにより前方広範囲に攻撃ができる代物であったのだ。
「そら簡単に、勝敗が決まったら、つまらんやろ」
 さらに混乱する状況の中、アオイが『対装甲散弾砲』を二つの銃器に分離させる。
「ちょい、待っててな」
 アオイが次の『ロングレンジバスターライフル』の準備をするために、議事堂構内から距離を広げた。
「がはははは!瓦礫の中での打ち合いか!おもしろい趣向だぜ!」
 本来の目的を見失っているアリマがカノン砲をヴィヴィアンに向ける。鈴が一緒に射程に入ろうがおかまいなしである。
「発射ーっ!」
 しかし、瞬時に駆け寄ったニムエが、輝く足で砲身を上から下へと蹴り降ろした。
「ガッハッ!?」
 アリマのカノン砲が、直近の床に突き刺さり、その衝撃がアリマに直撃する。
「あんた、そら攻撃ちゃうやろ」
 アオイが崩壊する議事堂内を見下ろす位置から、空の彼方へ撃ち上げられるアリマを見届ける。一方、その空の彼方では、「キッ、キキーッ(ちっ、こんなこったろーと思ってたぜ)」とアリマのペットが相棒回収に動いていた。

 瓦礫の山と化した円卓議事堂。そこへ、場違いなほど冷静な声が掛かった。
「発明卿の手がかりがあると、来てみただけだけれど」
 発明卿の貴賓席に現れたルシエラが、ペンデュラム・ペアリングを撫でながら、グネヴィアに守られたエレインに歩み寄る。
「おや、まだ人間がいたのでちゅか」
「あら、あなたまだ小さいみたいね。アメでも食べる?」
 ルシエラは、ゴーストの情報通りに飴を取り出す。
「ほっほっほ!あたくち辛党でちゅか…ら…こ、この香り」
 ルシエラが取り出したのは、モノクローム抹茶飴だった。その飴を見るなり、エレインは鼻を鳴らしてネコにマタタビ状態で目の色を変えた。その時、
「おまっとさん。一発でかいの、やったろか」
 これまで発射時間と距離とを待ちかねたアオイが、ロングレンジバスターライフルでエレインの足元に狙いを定める。そして、アオイの狙い通りバスターライフルの弾丸が着弾し、爆音を上げた。
「きゃわわわわっ!?」
「はい?」
 そのままエレインとグウィネヴィアとを空中に吹き飛ばす。
「お母様!」
 ニムエが輝く足の超跳躍で貴賓席に飛び込み、空中でエレインと金の林檎とを奪取して飛び降りる。
「ヴィヴィアンさん、引き上げますわよ!」
「しょーがねえ。ここまでか……」
 ヴィヴィアンも納得して、ニムエにつかまった。

「ほな、お宝メイドガジェット、もろうてきましょか」
 と、場をひっかきまわしたアオイがメイド狩りをしに円卓議事堂に戻ろうとする頃には、獲物になるはずのメイドガジェット達はいなくなってしまっていた。そしてただ一体残されたグウィネヴィアも、主であるアーサーたちに囲まれてしまっていたのだった。

 他のバウムの面々に先駆けて"湖の乙女達"を追ったのはジュディだった。
「がっでーむ、遅れマシタ〜!」
 まだ酒の抜けきれないジュディが、議事堂から市街地へ架かる橋を渡ろうとする。が、ニムエがあらかじめ画策していた罠を踏んで崩れた橋ごと河に落ちてしまっていた。
「まいがーっ!!」
 しかし、そんなジュディの前に、一枚の紙が落ちてくる。
「わっつ?」
 そこには、"湖の乙女達"とあり、今回の犯行声明文が書かれていた。そしてそこには、"湖の乙女達"の本拠地であろう湖の名称まで記されていたのである。
 この後、"湖の乙女達"に賞金がかけられ、指名手配されたのはいうまでもないことだった。


◆9:謎の抹茶飴


 首都サンクチュアリで、目的の湖を探してさまよっていたテオドール・レンツは、へとへとに疲れていた。サンクチュアリ鉄道始発地点・サンクチュアリ駅前に腰を下ろしたテオドールは、改札口の階段から降りてきた上品な老婦人の足もとでため息をつく。
「はああああ」
『湖を探して回ったけど、どれが目的の湖なんだろう……』
 "湖の乙女達"の暗躍する湖を探して回ったのだが、サンクチュアリに点在する湖は大変多く、目的を果たせずにいたのだ。
「おやまあ、いつぞやのお手柄クマの子じゃないかしらねぇ」
 声の主が言うのは、暴走機関車事件の事だとテオドールは思い当たる。
「ええっと、そうなんです。テオドールっていいます」
「あらあら。あたしはモルガナよ」
 顔を上げたテオドールに、にっこりと微笑んだ老齢の女性が納得する。
「やっぱり当たったわ。まあアメをどうぞ」
「ありがとう、おばあちゃん」
 テオドールは、モルガナが取り出したモノクローム抹茶飴を、受け取ろうとした刹那、偶然手に入れていたメイド・ガジェットの破片"謎のパーツX"が転がり出る。
「お礼なんていいのよ。あら、これは」
 モノクローム抹茶飴をテオドールに渡したモルガナが、"謎のパーツX"を左右にまわしたり裏返したりしている。
「まさか。それが何かを知っているの」 
「これは親戚のスライちゃんが作ったものじゃないかしらねぇ」
 モルガナの言葉に、テオドールの瞳が輝く。
「スライちゃんって、お人形みたいな女の子?」
「あらあら、男の子よ」
「そうなんだ」
「スライちゃんの本当の名前は、シルベスター=マーリン=アンブロジウス、っていうの」
「発明卿!」
「一時期、私の地所のアバロン湖に住んでいてねえ。面白い物を、いっぱい作っていたわ」
 お人形さん遊びをする時には、たくさんアメを用意していてねえ、と話をしかけたモルガナに、テオドールが要件を切り出す。
「おばあちゃん、その場所教えて!」
「いいわよ。私の土地だものねぇ」
「やったー!おばあちゃんありがとう!」
 テオドールはようやくにして、目的の湖を見つけていた。


◆10:美しきアバロン湖


「我こそは"湖の騎士"」
 ふくらはぎまで届く銀の髪に純白の礼服姿のマニフィカ・ストラサローネ。そのマニフィカが、目を細めながら涼しげな表情でつぶやいた。しかし、
「なーんて言ってみましたけれど」
 言葉に険のあるのは、この一日を思い出していたためであった。

 本来の人魚としてのさがで、水に引かれたマニフィカである。気づけば、『アバロン』と書かれた木の標識が立つ、美しい湖畔のボート小屋の桟橋に立っていた。そのマニフィカの前には、空の青さも雲の雄大さも、全てを鏡のように映すアバロン湖が広がる。
「ああ、アバロン、いえ、ここはあえて、アヴァロンと呼びましょう。アヴァロン湖よ。この美しさは誰のためにあるのでしょう。雲のためでしょか、空のためでしょうか?水面の静けさは星の瞬きを映すためでしょうか。その深き霧は、太陽と共に訪れ、月と共に去りぬ、この私の胸を高鳴らせるためでしょうか。アヴァロン湖よ、お前が満たされるためなら、世界の全てを砂漠に変えてしまえばいいのですわ。お前を鎮めるためなら、風など地の果てに閉じ込めてしまえばいいでしょう。全てが輝きで満たされるアヴァロ…」
 マニフィカがひたっているそばから、あっという間に湖は濃い霧に包まれていった。
「え〜!?素敵な気分が台無しですわ」
 すっかり姿が見えなくなった湖に、マニフィカは落胆する。すると、マニフィカの後ろから声がかけられた。
「そこで何をしているのかしら」
 メイドガジェットのニムエに肩を押されて、マニフィカが派手な音と水飛沫を上げてアヴァロン湖に顔から落ちた。頭にアンテナのあるニムエの姿を見上げて、マニフィカが語り掛ける。
「呼ばれた気がしましたの。この深く大きな湖に。気が付いたらここにいましたわ」
「いかにも怪しい者の言い訳ですわね」
 きつい表情になったニムエは、マニフィカを湖面から引き上げる。
「お母様に確認しなくてはなりませんわね」
 その後、『人間、お前は今から、あたくちたちの研究所で馬車馬のごとく、こき使われるのでちゅわ』というエレインの指示が、ニムエのアンテナに受信されたようだ。マニフィカは、ニムエに引きずられるようにボート小屋へつれていかれる。
「少し待っていてくださいな」
 ニムエの左手が、ボート小屋の角に置かれた機器に触れようとした。
「わたくしとしたことが、失策を犯すところでしたわ」
 動きを止めたニムエが振り向くと、マニフィカの頭にずた袋をかぶせる。そのまま"湖の乙女達"にいずこかへ連れ去られたマニフィカは、この研究所内の片づけを命じられていたのであった。
 こうした一日の経過が、マニフィカのため息の元凶である。
「それにしてもニムエの左手、どこかで見たような模様がありましたわね。何か意味でもあるのでしょうか」
 ストレスがたまるばかりのマニフィカの独り言は止まらない。
「はあぁ。水平直角、一目でわかる整理整頓、でしたかしら。とほほ。うっかり気を抜いておりましたばっかりに」
 物理や機械の関係図書らしき本や、書き掛けの論文や設計図やを、耳を揃えて棚に納めてゆくマニフィカ。自暴自棄になるマニフィカが額の汗をぬぐう。
「コホン。このままでは、本気で暴れてしまいそうですわ。少し休憩した方がよいようですわね。それにしてもこの散乱している部屋は、誰が使っていたものでしょうか」
 マニフィカの連れてこられた先は、湖の底でもあるらしく、時折窓硝子の外に魚が姿を見せている。
「ガジェットの研究所というには、ずいぶん快適な場所ですわ」
 研究所は、気温・湿度は人間に適度な状態に保たれていたのだ。また、片づけを済ませるうちに研究所の間取りについても、マニフィカは大方の所は把握していた。
「玄関の正面が応接間。その奥が食堂。玄関ホールの右が控えの間、左が居間。一番左が階段室。階段を上がると寝室が三つ。その右が図書室、一番右が博物室。下るとワイン蔵と食料庫。その横の廊下は涼しいけれど、そこから先に行く扉は閉まっていますわ。どこの窓も丈夫だし堅く閉じてありますし」
 この建物の構造からすると、ずいぶん広い部屋がまだたくさんあるはずだった。マニフィカは鍵穴から謎の扉の奥を覗こうとするが、薄暗くて中の様子は見定め難かった。その部屋には、頻繁に一人分の足跡が出入りしている形跡があったのである。

 突然、マニフィカが地鳴りと共に床に押し付けられる。壁の外で水音が響いている様子がある。
「ひょっとして、脱出できるのでしょうか!?」
 鳴動が止み、軽くなった体でマニフィカが玄関への階段を上がると、"湖の乙女達"とガジェット馬が扉を開けて、玄関ホールに駆け込んで来た。彼らの背後には白くたちこめた霧が見える。
 しかし、ニムエが即座に扉を閉めると、屋敷は再び鳴動して泡音とともに水中へ沈んで行った。
 
「ここ、どこなんですかぁ?」とリュリュミア。
「あの、まだ真っ暗なままなのですけれど」とちとせ。
 ガジェット馬に乗せられて、研究所内に連れ込まれたリュリュミアとちとせ。
 彼らの運命は、まだ誰も知らない。



◆11:交渉


「われわれはー、きみたちのー、たくらむところのー、悪事に対しー、断固としてー、反対するぞー!」
 テオドールが、ハンドマイク持参で岸辺からアバロン湖に向かって呼びかけている。
 普段から霧深いアバロン湖である。テオドールの体は既に湿気で膨張を始めており、喚声の音量も高まっていた。
「見ろー、聞こえているかー、君のお母さんはー、泣いているぞー!」
 一息吸うたびに、テオドールの体が大きさを増す。そのテオドールの横に、シャルロットを連れた氷雪一行が到着した。
「破片を変化させたロボは、湖の先まで行っている。テオドールくんもいることだし、発明卿のサインが刻まれた場所は、この湖で間違いはないようだな」
 テオドールを確認して、氷雪が合点する。
「それがわかってとっても嬉しいけど。で、また、あのクマなのっ!?」
「ちょっと、テオドール。大きくなりすぎかもよ?」
 危険を感じてシャルロットと未来が後じさる。
「テオドールくんは、人畜無害なはずなのだがな」
 数々の冒険をともにした氷雪は、ここにきてテオドールの性格が歪んだ印象を持ちはじめていた。
「しかし霧が濃すぎる。ボートもあるようだが、迂闊に岸を離れるのも危険だ」
 氷雪が深い霧に目を凝らす中、シャルロットが困惑しながら言った。
「私、以前ここに来た事はあるのよね。遠縁のおばあちゃんの土地だったから、遊びに来た事があるのよ。だけどなにしろ小さかった頃の事だから」
 その間も、テオドールの交渉は続く。

 まさにこの時、湖底にいるマニフィカの我慢は限界を越えようとしていた。
『箪笥の奥から『純白の礼服』を引っ張り出して……気合を入れて準備してきましたのに……仕事といえば雑用ばかり……しかも、今、ガジェットの皆さまは、何やらてんてこまいの様子……こうなったらいっそ狂戦士化してやろうかしらん?』
 話に聞く赤提灯という場所で飲んだくれたい気分になってきたマニフィカ。そのマニフィカの耳にも、探索用スピーカーを通してテオドールの説得の呼び掛けの声が届けられる。
 "抵抗はー、やめろー!"
「あーもう、やかましいですわっっ!!!!」
 繰り返されるテオドールの言葉が、マニフィカの逆鱗に触れた。
 突如、黒雲がバウムの面々が集結している湖畔の局地に吹き溜まり、滝に飲まれたような大雨を降らせる。マニフィカの水の精霊『ウネ』の水術で、地上の天候が激変したのである。
「うわああああーーー!」
 地響きを上げて超巨大テオドールの下敷きとなった、バウムの面々。彼らの運命や、いかに!?