「湖の乙女と発明卿の遺産」

◆第二回◆

ゲームマスター:秋芳美希

◆1:瓦礫のサンクチュアリ

 サンクチュアリにはかつて、観光名所の一つとなっていた白いレンガ造りの建物が二つ並んで建っていた。一つは、円卓議会が開かれる円卓議事堂。もう一つは、サンクチュアリの各種資料が集まった円卓資料館である。その建物のあった場所は、"湖の乙女達"による議会襲撃以降、瓦礫の山と化していた。
「円卓議会を占拠した"湖の乙女達"……想定していたよりはやるじゃないか……しかし、みかんの旗印を掲げる者として、林檎に組する者に負ける訳にはいかぬよな」
 その瓦礫の山の中で決意を新たにするのは、白衣姿の青年、武神鈴。
「ふふふ……いいだろう、こっちも最新の装備を用意して相手をしてやろうじゃないか……」
 鈴が"湖の乙女達"を追う算段を固めつつ、辺りを見回す。
「もっとも、建物を瓦礫にしたのは、主に謎の人物二名の攻撃によるものだったのだがな……」
 鈴にとっては見知った顔の面々との再会ではあったが、それについては深く触れないことにする。
「それにしても、サンクチュアリはずいぶんと手際よく賑やかになるな」
 鈴の回りには、いつのまにか特設円卓議会用テントが建ち、露店が並び、パフォーマーが舞い踊る。
「まあ、国家機能は維持できていますし、サンクチュアリの者は根が明るいですから」
 鈴に応じたのは、円卓議会の議員の一人アーサーだった。
「今回、誰一人、死傷者がなかったのは、あなたのお陰ですよ」
 議事堂崩壊の前に、警備員や議員たちを退避させた鈴にアーサーが感謝をのべる。その時、一枚の紙片を持った乙女が現れた。
「ヘ〜イ、この紙を見てほしいデ〜ス!」
 現れたのは、全身ずぶぬれのダイナマイトバディをゆらすジュディ・バーガーである。ジュディは、円卓議事堂警備前に飲んでいた深酒が災いして戦闘に出遅れてしまった上、まんまと敵の罠にハマって橋から落下していた経緯を持っていた。
『シ〜ット、モンスターバイクごと河に落下とは情けナイデ〜ス。でも、おかげで酔いも抜けたのデス。それに愛蛇ラッキーちゃんが無傷で済んだのは不幸中の幸いなのデ〜ス。あ〜んど、バイクのエンジンも無事で良かったデ〜ス!』
 どこまでもポジティブなジュディだが、今回ばかりは『酒を飲んでも呑まれるな!』という警句が骨身にしみたジュディだった。そのジュディが、皆に拾った紙片を見せる。そこには、"湖の乙女達"とあり、今回の犯行声明文が書かれていた。そして、"湖の乙女達"の本拠地であろう湖の名称まで記されていたのである。しかし、その内容を確認したアーサーが難しい表情で腕を組む。
「住所はアバロン湖……ですか。湖近辺の所有者は、発明卿の遠縁の方ですね。この湖や周辺は、発明卿探索にずいぶん手を尽くした場所なのですが、残念ながら何もなかったところなのですよ」
「ガッデーム、違うのデスか〜?」
 アーサーの言葉でヤル気スイッチが空回りしかけるジュディに、
「その湖で間違いありません」
 と、声をかける細身の乙女がいた。ペットのゴーストであるレイスを操るルシエラ・アクティアである。しばし状況を見守っていたルシエラは、街でレイス達から得た情報を伝える。
「街の大部分は明るいのに、部分的に負の力が強くなっているの。アバロン湖は、その中心ね」
 このルシエラの言葉に納得したアーサーは、自分の車椅子に仕掛けてあるらしい通信機を操作する。
「ではさっそく賞金付きで指名手配の手続きをさせていただきましょう。ジュディさん、……それと」
「ルシエラ」
「ルシエラさん、ですね。お二人とも情報ありがとうございます」
 アーサーの言葉にルシエラは特に表情を変えないまま、頷いた。一方、ジュディは、持ち帰った情報が無駄足で終わらずに済んだ事で、持ち前のワイルドハートに炎が灯っていた。
「ユーアーウェルカムね〜! ジュディ、なんだか元気になってきたデ〜ス」
 骨董品の大型バイクの燃料に「バハムート殺し」1樽をつぎ込み、アバロン湖までの地図もアーサーから手に入れて戦闘準備を即完了させる。
 バルンバルンバルルルルル……
 大型バイクの爆音を豪快に響かせてジュディが、
「アバロン湖でシーユーデ〜ス!」
 と皆に声をかけて、一足早く出発していた。一方、鈴も足の確保と戦闘準備に入っていた。

◆2:神秘?のアバロン湖研究所1

「ここはどこですかぁ」
 のどかな声をあげるのは、ふんわりとした髪が印象的な乙女リュリュミアだった。ガジェット馬にくくりつけられて、"湖の乙女達"に誘拐されたリュリュミアは、発明卿の娘シャルロットと間違えられていたのだ。
「えーと、『ここに入ってな』って、赤い髪の女の子にご招待されましたけどぉ。この、透明な箱の中は、なんだか冷たいですぅ。それに、ちょっと居心地悪いですねぇ」
 リュリュミアは、閉じ込められた箱をペタペタと触りながら、周りの風景を観察する。リュリュミアの周囲には、見たこともない生物の剥製などもケースに入って並んでいた。それよりもリュリュミアが気になったのは、建物の外の風景だった。
「わぁ、窓の外をお魚が泳いでますぅ。不思議ですねぇ」
 感嘆の声をあげるリュリュミアの声が、生命のない空間に反響する。その声は、小さいながらも一人の乙女の耳に届いていた。
「あぁ……ご無事なようですわね。よ、よかったですわ」
 胸をなでおろした乙女の名は、マニフィカ・ストラサローネ。すでに研究所で雑用係りをこなしていたマニフィカは、勝手知ったる研究所内にリュリュミアたちを見つけた時、理由がわからず驚いた経緯があった。そして、この部屋に閉じ込められるらしい様子を見て、メイドガジェットの気配が去るのを待って助けに来たのだ。
「あ、マニフィカさん、こんにちわぁ」
 リュリュミアは数々の冒険で見知ったマニフィカの顔を見てほがらかに挨拶する。リュリュミアの挨拶に、マニフィカも笑顔で返す。
「こ、こんにちわですわ」
 けれどマニフィカの顔色は青白い上に、口調もどこかぎこちなかった。そのマニフィカの違和感に気づかず、リュリュミアがマイペースで聞く。
「なるほど、ここはマニフィカさんの別荘なんですねぇ。水の中におうちがあるなんて素敵ですぅ」
「確かにわたくしの実家は、『水の中のおうち』なのですけれど……残念ながらこちらは実家ではないのですわ」
 リュリュミアと会話しているうちに、気分が落ち着いてきたマニフィカが笑顔で応じる。
「そうなんですかぁ。メイドガジェットもいるし、別荘を使われているお姫様のお宅にご招待されたのかと思っていましたぁ」
「いえ、ここはアバロン湖研究所の博物室ですわ」
 アバロン湖研究所の博物室。そこは、メイドガジェットたちが通常寝泊り(?)している部屋だった。マニフィカは一度、ガラスケースに入って動かなくなっているニムエの姿に驚いたことがあったのだ。
「この部屋から、どこか別の部屋にニムエさんたちは、今移動していますの。でも、通常の生活スペースではない、どこか別の部屋らしいのですけれど。リュリュミアさんは、見てらっしゃいますかしら?」
 今回リュリュミアの方が、メイドガジェットたちの移動先を直接見ているはずだったのだ。
「見てますよぉ。あのメイドガジェットの一人はニムエさんというのですねぇ。ええと、右側にある小さい金属の箱が見えますかぁ。箱の横の壁が突然開いてぇ、そこから出かけられましたよぉ」
 リュリュミアの指差す箱には、黒味がかったガラスがはめ込まれているのをマニフィカは知っていた。
「……もしかして、ニムエさんはその箱にあるガラスに触ったりしませんでした?」
「よく知ってるんですねぇ。ニムエさんが左手でガラスに触ると、ガラスが黄緑に光ってきれいでしたぁ」
 リュリュミアから情報を確認して、マニフィカが納得する。
『そうですの。"一人だけ"が利用している部屋の他に、わたくしがまだ知らない部屋がこの先にあるということですわね』
 そんなマニフィカは、まずリュリュミアをケースから助け出そうとする。だが、ケースの開閉方法がわからなかった。
「リュリュミアさんの入れられたこのケースは展示用のケースではないようですわ。このケース……剥製用のケースはねじ止めですのに、このケースはネジがどこにもありませんもの」
 ニムエが寝床にしていたケースも同様にネジのないタイプだった。けれど、決定的に違うのは、ニムエが利用していたのは寝袋サイズの縦置きケースだったのに対して、リュリュミアが入れられていたのは、十分な広さのあるサイズだったのだ。
『何に使う予定のケースだったのでしょうか……』
 念のため、マニフィカはどのようにリュリュミアがこのケースに入れられたかを聞いてみると、
「えぇとですねぇ。この場所にお招きされた時はぁ、この台の上に乗せられて、赤い髪の女の子が台の下を触ってましたねぇ。そしたら、上からガラスの箱が降ってきましたぁ」
 リュリュミアが説明する。どんな風に降ってきたかというと、天井の一部が裏返ってガラスのように見える透明ケースがかぶせられたという。
「確かに、このケースは他の剥製用ケースとは材質も違うようですわね。トライデントで引っかいても傷一つつきませんし、それに、剥製用なら、ここまでの厚さは必要ないですわ。……もっとも、台の方は、ケースに比べれば多少柔らかいようですけれど」
 マニフィカの胸中に、嫌な予感がよぎる。その時、スピーカーからキーンとハウリングを起こした音が研究所内に響き渡る。続いて聞こえてきたのは、悲痛な子供の声だった。
 "シャルロットちゃん、死なないで!"
 マニフィカの嫌な予感が、さらに大きくなっていった。

 これより半刻前。マニフィカはスピーカーを通して聞きなれた冒険者たちのの悲鳴を聞き、我に返ってorzのポーズで反省してきたばかりである。
『わ、わたくしとしたことが何という愚かな真似を……』
 後悔は先に立たず、そして反省だけなら猿にも出来ると気持ちを切り替える。かくなる上は『うっかりマニ兵衛』の汚名挽回に努めるべきと、マニフィカはまずは目の前の異世界人救出に動いたのだ。
「おっとどっこい、ごめんよごめんよ。わたくしのせいでシャルロットさんが大変なことになっちまったい!?」
 気が動転して、なぜか時代劇調で落ち込んでしまうマニフィカ。そのマニフィカに、リュリュミアが応じる。
「あの声、クマのぬいぐるみさんの声ですねぇ。シャルロットちゃん、どうかしたんですかねぇ」
「そ、そうですわ! わたくしが今、お助け致しますわ!」
 混乱したマニフィカは、無意識に自分の持つ能力を操ろうとしてしまう。その力の源は水に由来するものが中心だったのだ。さらなる大惨事になりかねない状況に、リュリュミアがのんびりと言う。
「ええと、クマさんがいたのは湖上ですよねぇ。クマさんがいるなら、きっとどうにかなるかなぁ」
 シャルロットにどこか似た姿をしたリュリュミアが、にっこりと笑う。
「わたし、このお家にご招待されてからぁ、マニフィカさんのお父様にお会いしたいと思ってましたぁ。シャルロットさんのお父様とも、いつかこんなふうにお話できたらいいですよねぇ」
 リュリュミアの言葉で、ささくれだったマニフィカの気分が落ち着いてくる。
「そ、そうですわね。ありがとうございます、リュリュミアさん。この研究所にはシャルロットさんのお父様もいるはずですわよね」
「そうなんですかぁ? なら、ぜひお会いしたいですぅ。シャルロットさんのお父様は発明卿なんですよねぇ」
 二人は湖上の惨事は湖上に任せ、まずはリュリュミアのケース脱出に思案しはじめていた。


◆3:神秘?のアバロン湖研究所2

 その半刻前。アバロン湖畔にいたのは、地響きを上げてゆらめく超巨大クマ型ロポットスーツ(*クマッ○イ、別名ベ○ッガイ)……のようにもに見える物体。その超巨大物体は、数々の異世界を旅した生命体テオドール・レンツである。そもそもテオドールが超巨大化したのは、マニフィカの水の精霊『ウネ』の水術によるものだった。やんごとなき生まれのマニフィカは、雑用ばかり続く中で強いストレスを感じ、珍しくヒステリーを起こしてしまった結果であったのだ。その超巨大テオドールの下敷きとなる者たちの悲鳴があがる。
「うわああああーーー!」
 その悲鳴に一番驚いたのは、テオドール本人だった。
「はわわわ〜、ボクの体の下に誰かいるの〜?」
 大量の水を吸収して、その場から動くことができなくなったテオドールが、声をはりあげる。その声は、スピーカーを使わなくても大音量となっていた。しかし、この大音量のテオドールの呼びかけに、応える声はまったくなくなっていた。
「大丈夫かい〜〜〜?」
 テオドールの体の自由はきかなくなっているテオドールが必死に声をかけ続ける。
『えええええぇぇ? 悲鳴は確かにしたよね』
 混乱するテオドールがカタカタとふるえだす。
『もしかししてボク、誰かを殺しちゃってたら……どうしよう』
 テオドールの重みは、人間など軽く圧死させるのに十分以上の重量になっていたのだ。そして、オレンジ色の毛皮は、水分含みすぎて毛皮がぱんぱんになっていた。そのテオドールは、両手を前に突き出してから、右手を左手方向に向ける。
「それじゃ、手のところの縫い目を、ちょっとだけ……」
 テオドールは緊急避難的に手を自分で引っかこうとしたのだ。
「うん、うん……うう〜んっ」
 バウンバウウン
 突然の大雨や周囲の湿気を吸収して今も膨張を続けているテオドールの体。
「なかなか届かないよ〜っ」
 バウンバウバウバウウウン……
 脇についた脂肪、ならぬ綿のせいで右手がなかなか左手に届かない。
『もしかして、あんまり太ってる人も、こんな風に自分の体が動かなかったりするのかな』
 けれど、必死に手を動かしているうちに、テオドールの中の綿が移動して、動きやすくなってくる。
『運動って……大事なことなんだ』
 また一つ、新しい発見をして大人への階段を一つのぼったテオドールだった。そしてテオドールは、水を吸収しすぎる綿をちょっと抜きすために、左手の縫い目を少しだけ切ったのだった。すると、
「わああああぁぁぁあ!」
 一見超巨大ロポットスーツの手から、大量の泡状物質が吹き上がる。

この様子を湖底から観察している者たちがいた。
「ちっ、あの泡は何だ!」
「何かの化学物質かもしれませんわ。あのクマ、今まで何やら、空中で準備動作もしていたようですものね。あの泡で、湖底へ攻撃するつもりではありませんの?」
 観察者は、研究所内のメイドガジェットたちだった。
「困りましたわね。お母様がもとに戻るまで、もう少しかかりますのに」
 長く青い髪のメイドガジェット、ニムエが心配する声をあげる。
「しょーがねぇ、今のうちに倒してくるぜ」
 指を鳴らしたのは短い赤い髪をしたメイドガジェット、ヴィヴィアンだった。
「頼みますわ」
 ニムエはヴィヴィアンを超巨大クマ型ロポットスーツの元に送り出すべく、湖底の研究所を浮上させていた。


◆4:戦闘!アバロン湖畔

 アバロン湖の湖面が大きく泡立ち、中央にだ円形の建物が浮かび上がる。ラグビーボールを彷彿させる建物は、浮上させたアバロン研究所だった。そこから湖岸に道が伸び、メイドのエプロンドレスをひるがえすメイドガジェットが飛び出した。頭にネジの埋まったメイドガジェットのヴィヴィアンが、超巨大クマ型ロポットスーツに向けて先制攻撃をしかけてくる。
「この一発で、砕け散れ!」
 まだテオドールの泡状物質の吹き上がっていない右側から回り込んで、自慢のガシェットパンチを繰り出そうとしたのだ。
「えええええぇぇぇぇええ!?」
 超巨大テオドール、絶体絶命。その時、
「ジャストモーメントなのデ〜ス!」
 と、異世界人が操るモンスターバイクがヴィヴィアンの前に乱入する。
「あ、ジュディちゃん?」
「オー、正解デ〜ス!」
 超巨大テオドールのほっとした声に、モンスターバイクを操るジュディがウィンクする。そのジュディに向けて、ターゲットを変えたヴィヴィアンのパンチが向かう。
「じゃますんじゃねぇぇぇえ!」
 バリヤーの周波数帯に干渉できるヴィヴィアンの拳。その拳がジュディに向かうが、その一発目はジュディがモンスターバイクをふわりとウィリーにしてかわす。すると、相手を見失ったヴィヴィアンの拳は、深々と大地に突き刺さった。
 グヴァシャアアァァァァ
 地面に埋まったヴィヴィアンの拳の周囲から、湿った大地が割れ、そして湖の形が変わる。その様子に肩をすくめたのは、ジュディだった。
「ヴィヴィアン、といいましたカ〜? 本当なら、真正面からレスリング風に組み合い、力比ベをしたかったのデスが、この力は異常デ〜ス」
 メイドガジェットの力の根源は、すでに人外のものであったのだ。ヴィヴィアンを警戒するジュディは、ヴィヴィアンを消耗させる作戦に切り替える。
「ヴィヴィアン、ジュディと鬼ごっこしまショウ♪ ジュディに拳をあてられマスカ〜?」
 モンスターバイクを自在に操り、ジュディがヴィヴィアンを翻弄する。
「ちょこまかと、動くんじゃねぇ!」
「最高の燃料は、まだまだありますネ〜」
 テオドールの回りを、モンスターバイクで駆け回るジュディにヴィヴィアンが翻弄される。
「くっそ〜!!」
ネジのついた頭が沸騰しているらしいヴィヴィアンは、本来の目的を完全に見失う。そんな彼らをボタンの瞳で見ていたテオドールが、自分の異変に声をあげる。
「ぅわ。ボク、左手の綿が飛び出しちゃったから、倒れちゃうよ〜」
 テオドールの声の後、超巨大なクマが傾いてゆく。
「はれれれれれれ〜〜〜〜〜っ」
「なんだなんだ?」
 倒れるテオドールから、ヴィヴィアンが飛びのき、ジュディも余裕で離れる。
「ぐわっ!」
 しかし、倒れゆくテオドールの下から、なぜか新たに男性の声が聞こえた。
「ジュディちゃん、助けて。ボクの下には、誰かいるみたいなの。それとね、今倒れた時、もう一人、ボク、踏んづけちゃったみたい」
「リアリー? それは大変デ〜ス!!」
 テオドールの声に、ジュディの気が一瞬それる。
「これで終わりだぜ!」
 ヴィヴィアンの拳が、ジュディのダイナマイトバディに突き刺さる寸前、
『冷凍ミカンウェポンス!氷結ジューシー!!』
 テオドールの下からくぐもった気合の声と共に、飛び出した一台のバイクが彼らの間に割って入る。
「誰だ!」
 ヴィヴィアンの誰何に、冷たく輝くオレンジ色の装甲をまとった男が応じる。
「この声に覚えはないか」
「声、だって?」
 よく通る声は、ヴィヴィアンもどこかで聞いた覚えがあった。
「おまえ、お母様へ無礼を働こうとした奴か!」
「ほう、覚えていたか。記憶回路は多少正常なようだな。これなら安心して鈴屋で働かせられる」
 ヴィヴィアンと対峙したのは、新型装備を用意した鈴である。鈴は、己の技能とアイテムを総動員してこの場に立っていたのだ。その鈴は言う。
「かつて、おまえは列車の暴走事件を起した時、『勝手に発明卿の技術を使って造られたこの汽車をこの先の谷底に落として壊す!それがあたしの目的だ』……とか言っていたそうだな。今もそれは変わらないのか」
「うるせぇな!変わるわけねぇだろうが!」
 言いながら、ヴィヴィアンの拳が鈴の肩口をかすってゆく。その風圧だけで、鈴の肩をおおう装甲が消し飛んだ。
「……そうか。行動にいささか矛盾が多い気はするが……おまえたちは、掲げる理想も貫く信念もないテロリストではないということか」
「ぐだぐだごたくはいらないぜ。おまえは、ただぶちのめすだけじゃ、気がすまねぇしな!」
 ヴィヴィアンが母と呼ぶエレイン。そのエレインに礼を欠く鈴に、攻撃を一発で終わらせる気のないヴィヴィアンだったのだ。 
「うおりゃゃゃあぁ!!」
 スカートが大きく舞い上がろうがまったく頓着しないヴィヴィアンの拳は、鈴を捕らえる前によけられてしまう。
「タメが長いようだな。そんな拳なら、俺には当たらん」
「当たらなくて結構だぜ!」
 鈴の言葉に応じるヴィヴィアンが、鈴へ向けた拳が次けて空を裂く。その度、鈴の装甲が少しづつ弾け飛び、湖の形を変え続ける。そんなヴィヴィアンの巻き起こすパワーに、鈴が違和感を感じ始める。
「……ただの物理攻撃ではないということか」
 思案する鈴に、ヴィヴィアンが不敵に笑う。
「へええ。余裕じゃねぇか」
「余裕……か。だが……残念だな、俺のタイムリミットが来るようだ」
 鈴の装甲が、ノイズを発してゆらいでいた。


◆5:新たなる潜入者?アバロン湖研究所

 他の者達から遅れてアバロン湖に到着したのは、漆黒の髪をした乙女ルシエラだった。
「研究所への入り口。ちょうど今、開いているようね」
 ヴィヴィアンが湖畔に飛び出したことで、アバロン湖研究所への道がルシエラの前に広がる。湖畔に橋をかけた形の細い道は、アバロン湖中央にあるだ円形の建物へと続いていたのだ。そのラグビーボール状の建物には、いくつもの丸窓が設えてあった。
「エレインは、あそこかしら」
 ルシエラは、丸窓の一つに狙いを定める。そこには、エレインらしい髪の色が見えたのだ。続いて、金色に輝く林檎がエレインの手の中で輝くのを見れば、予想に間違いがないことを確認する。
「でも、これでエレインが復活したってことになるかしら。油断できないってことね」
 ファントムマスクと小道具衣装変身指輪を使ってルシエラは、己の姿を変える。その姿は、発明卿の娘シャルロットそのままであった。
「うん。こんなカンジ」
 口調までシャルロットそのものになったルシエラであるが、思わぬ計算違いも発生していた。自分が変身しているシャルロットへ計画を伝えるために、レイスに持たせた手紙は戻ってきてしまっていたのだ。その理由は、シャルロットの居場所を含めて生死が確認できないからである。
『レイスがみつけられないって……』
 ルシエラの胸中に嫌な予感が走る。けれど、少なくともシャルロットが負の存在になっていないことだけは確かだった。
「でも、行くしかないわ! あそこは、父さんがいるかもしれないしっ」
 シャルロットに扮したルシエラは拳を握り、その心情までも完コピ状態であった。
「拳銃だってあるし、行ってやるわよ!!」
 シャルロット役を演じきるルシエラが、小道具に現出させた大口径の銃を握り締めた。そんなルシエラの視界の先では、メイドガジェットのニムエによって食事を用意されたエレインが、猛烈な勢いで食べる姿が映る。
『メイドガジェットが食事?』
 シャルロットの仮面の下で、ルシエラが思案する。自分が持つ『モノクローム抹茶飴』に異常な反応をするエレインである。そのエレインが食事ができる能力のあるガジェットであるというのも頷けたのだ。
『でも、『モノクローム抹茶飴』に執着はあっても、食べなかったのに……』
 その違いは何か、一瞬仮面のことを忘れて考察するルシエラの視線の先で、今度はエレインの耳から、小さな物体が次々と飛び出す様子が見える。ルシエラはシャルロット役を抑えて注意深く観察すると、エレインの口の動きは、『こんな体に作った発明卿が憎いでちゅわ』と読み取れた。
「……憎い、発明卿……技術を人間が利用するのが許せない?」
 発明卿の所在はわからないまでも、エレインの気持ちは少し理解できる気がしたルシエラだった。 
 ルシエラなシャルロットが本格的に走り出すと、視界の先の丸窓からエレインたちの引きつった顔が映る。その丸窓に向けて、ルシエラなシャルロットが銃を乱射した。
「父さんを返しなさいよ! 私の父さん、そこにいるんでしょ!!」
 直後、背後から、"シャルロットちゃん、死なないで!"と叫ぶ子供の声が大音量で響き渡ったのだった。

 これよりほんの少し前、シャルロットはジュディによって超巨大テオドールの下から引きづり出されていた。
「大変デス! シャルロット、息していませ〜ん」
 ジュディが、真っ白な顔色になっているシャルロットの胸に手をあてて報告する。この声に、テオドールが悲鳴を上げたのだった。