「湖の乙女と発明卿の遺産」

◆第三回◆

ゲームマスター:秋芳美希

◆1:瀕死のシャルロット

 霧の立ち込めるアバロン湖畔に、子供の悲鳴が響き渡る。
「シャルロットちゃん、死なないで!」
 声は子供でも、その体は巨大ロボット並の大きさがある。
「わーん、ボクのせいでシャルロットちゃんがー」
 泣き叫んでいる子供の名は、テオドール・レンツ。本来オレンジ色の小さな体が可愛いデディベアなのだが、今は巨大ロボット状態となってしまっていた。
「大きなままだから、介抱しようと思っても、手が大きすぎて『ぷちっ。』ってしちゃいそうだよお」
 そのテオドールの左手は、体の中を占める綿が噴出し、体がさらに自由にならなくなっていた。
「わわわ。どうしよぅぅ」
 この時、ダイナマイトバディの乙女ジュディ・バーガーが声をかける。
「OKね、テオドール。まずは落ち着きましょうデ〜ス!」
 ジュディこそ、巨大テオドールの体の下に埋もれてしまったシャルロットを引きずり出した乙女だった。シャルロットを全力で助けたいと思うジュディは、大声で周囲に声をかける。
「今、シャルロットが大変ネ! この場に蘇生術や医術に長けた人はいないデスカ〜!?」
 しかし、この場にはジュディ以外に身軽に動ける者はいなかったのだ。ジュディは瞬時に状況を把握すると、
「オーライ♪ ここはバイスタンダーなジュディが蘇生に努めさせていただくデ〜ス」
 言いながらジュディはシャルロットの体を抱えなおし、気道を確保する。
「一次救命処置の講習なら、ジュディはハイスクールで受けてマスネ〜」
 口では、のどかに言いながらも、ジュディの作業には淀みがなかった。仰向けに寝かせた状態で片方の手でシャルロットの額を押さえ、もう片方の人差し指と中指で顎を上に持ち上げていたのだ。
『オー、草が口に入ってしまってマ〜ス』
 シャルロットは倒れた際、湖畔に自生していた草が口に入ってしまっていたらしい。その草の破片を除去しながら、ジュディは内心、心肺蘇生法(CPR)の手順が一般市民に普及していた自分の世界に感謝する。
『戦争や地域紛争が絶えないジュディの世界も役立つデ〜ス』
 あわせて、『バウム』を通じて様々な世界で手に入れた技能も駆使して己の集中力とシャルロットの生存率とを上げる。その上で、ジュディは身動きのできないテオドールにも、協力を依頼した。
「テオドール、ジュディの人口呼吸の後、秒単位で12345とカウントしてほしいデ〜ス。5秒間に8回以上が目安ネ」
「り、了解だよ!ジュディちゃん!!」
 テオドールの声を聞きながら、ジュディがシャルロットの唇にかぶさる。そのまま人工呼吸で、シャルロットの鼻を押さえ胸部が膨らむよう息を約1秒吹き込んだ。人工呼吸を行う間隔は、胸骨圧迫30回毎に2回を目安にジュディが本格的に動き出していた。
 テオドールが最初のカウントを取るまで、シャルロット発見からわずか数十秒。その間に同時進行で救急救命の基本以上をこなしたジュディだった。


◆2:湖畔の奮闘と襲来と

「ふう。ずいぶん、霧が濃いぞ……この辺りがアバロン湖畔だろうか」
 この場所を初めて訪れた青年の名は、猫間隆紋という。
「仲のいいクマというか生徒というか、……が異世界で厄介事を引き起こしている、と聞いたので補導というか保護しにきたのだが……」
 勝手のわからない場所をうろうろとしてしまった隆紋は、危うく湖にはまりそうになる。
「おおっと、いけない。もう、この先は湖なのか」
 難を逃れた中背の隆紋が、ひょろりとした体をかがめて足元をよく見る。その足元の草木は、根がむき出しになって湖に張り出していたのだ。
「なんだこの湖畔は。まるで今、土が削られたばかりみたいだな」
 隆紋が警戒しながら、周囲に視線を走らせる。すると、隆紋の視界に、見慣れた毛皮が見えた。
「テオドール!? いや、アレは、このくらいの小さな人形であったが……」
 思わず、手を広げて具体的なテオドールの大きさをジェスチャーしてしまう隆紋。しかし隆紋の視界に入った毛皮は、隆紋の知っているサイズをはるかに超えていたのだ。
「なんだ、これは?……どこのミカン山だ、コレは。面妖な」
 湖畔の怪奇現象かもしれないと、警戒を強める隆紋の耳に聞きなれた子供の声が聞こえてくる。
『……345、12345、12345……』
 その声は、確かにミカン山から発された声だった。
「……と、いうことは、ミカン山はテオドールで間違いはないようだな」
 隆紋がテオドールに声をかけようとした時、湖の木陰から頭にネジの刺さった自動人形が躍り出ようとする姿が映る。隆紋には、自動人形がテオドールを敵視していることだけは理解できた。とっさに隆紋は、携帯文具セットを取り出す。
「滑!」
 自分の発した言葉から生じる言霊を符に刻んで、自動人形の足元へと飛ばしたのだ。
「うおっとおお!!」
 メイド姿をした自動人形は、符に足元をすくわれて湖に向かって滑り出す。
「なんだこりゃあぁぁぁぁぁぁぁ?」
 その自動人形は、不測の事態に対処できない型式のようだった。そのまま、湖に飛び込み、盛大な水しぶきをあげた。
 自動人形の水しぶきに驚いたのは、テオドールとジュディだった。けれど、二人とも、心肺活動が確認できるまでは途中で止めることはできないと、救急救命に集中を続ける。ジュディは、シャルロットの胸の真ん中に手の付け根を置き、両手を重ねて肘を真っ直ぐ伸ばし、強く圧迫を繰り返していた。もちろん、怪力のジュディは力加減も忘れない。
 テオドールもそのカウントを止めるつもりはなかった。ただ、ボタンの瞳をうるませて、隆紋がこの世界へ助けに来てくれたことに感謝の意を伝える。
『先生……ありがとう!!』
 テオドールは隆紋に自由にならない手をわずかに振った。その姿を見て、
『水を吸えば大きくなるとは知っていたが、限度というものがあるであろう!?』
 と呆れはしたが、できる範囲でがんばっている生徒の姿に隆紋も理解もする。知らず目頭が熱くなった隆紋は、自動人形の再来を警戒しながら、彼らの集中する姿を見守ることに決めていた。

 やがて、
「ッ、ゴボッ……けほん、けほん……」
 シャルロットのむせる声が響く。
「!! オ〜!シャルロット、生還デ〜ス! コングラッチュレイッション!!」
 思わずシャルロットを抱きしめてしまうジュディに、意思がまだ混濁しているシャルロットが聞く。
「……ここ、どこ……?」
「アバロン湖デ〜ス」
 ジュディが陽気に言うと、安心したようにシャルロットが表情を柔らかくする。そのシャルロットを心配そうに見下ろす巨大なテオドールが声をかける。
「ごめんね、シャルロットちゃん、大丈夫?」
 しかし、シャルロットはテオドールへと視線を泳がせると、かつての恐怖体験を思い出してしまったらしい。そのまま声にならない悲鳴を上げて気絶してしまったのだ。
「シャルロットちゃん!?」
「大丈夫デ〜ス、シャルロットの心臓は動いてマスネ〜。気を失っただけデ〜ス」
 驚くテオドールに、ジュディはすかさずシャルロットの心拍を確認して伝える。
「バット、今はまだ危険な状態デス。早く、病院に連れていかなければ」
 ジュディは病院までシャルロットの心拍を確認して、自分のモンスターバイクにシャルロットを乗せて連れて行こうと考える。それを止めたのは、彼らを見守っていた隆紋だった。
「この道は舗装されていない。病人には危険はないか」
 隆紋が見れば、病人を搬送するには備品も足りないのは明白だった。
「先の自動人形、研究所とかから来たそうだな。そこに、備品に変わるものはないか。一番ほしいのは、治療器具や医師なんだろうが……」
「オ〜、ジュディとしたことがうっかりしてマシタ〜! それにシャルロットの体は暖めないとイケナイデ〜ス」
 隆紋の意見で、ジュディは次の行動を考える。そのジュディの脇から、
「いつまでもその姿、というのはどうかと思うぞ」
 と、テオドールにぶつぶつ言い始めたのは、心配性の隆紋だった。隆紋の意見は、テオドールも同じだった。
「うん。シャルロットちゃんを気絶させちゃうし、困るよね。何とかして元のサイズに戻らないと」
 そのテオドールは、うんうんとうなりはじめる。
「水分を飛ばすのに……ええと、錬金術応用してなにかないかなぁ……」
 一生懸命、他の世界の学校で隆紋に受けた授業を思い出そうとするテオドール。
「ええと、錬金術は化学に準ずる、んだよね。じゃ、水は『雷』の電気の力で水素と酸素に分解できるんだ」
 テオドールの出した回答に、隆紋も教師冥利につきる思いがあった。けれど、声は「ふむ」とだけ、肯定を示す。
「あ、でも雷がないよ。……あの、『雷』の力は、先生に出してもらえる?」
 可憐なボタンの瞳で『ダメかな?』と問われれば、『ダメじゃない』と即答したい気持ちを抑えて、真顔で言う。
「雷は基本的にはいい発想だ」
 ただ、そのまま雷を生じさせては、テオドールの体のダメージの方が大きいことだけは、隆紋にも当然わかっていた。
「水の電極分解の作用を応用して、水分を取ることは妥当だろうな」
 実は素直にやってくれるらしい隆紋に、テオドールが礼を言った。

 時をおかず、隆紋の手に持つ扇子が開かれる。
 シュルン……
「雷気、正負に分かちて生ず。雷気招来、急急如律令!」
 隆紋は言霊を操りながら、隆紋の扇子がテオドールへ向けて仰ぐ。
 プシュン!
 術は、一瞬だった。
 閃光が走ったあとは、辺りに強烈な酸素と水素のガスがこもる。濃度によっては危険なガスは、「散!」という隆紋の発した一声で霧散する。続いて、
「乾!」
 という声が響くと、声の意味とは裏腹に霧はさらに濃くなり、その霧が静かに平静に戻ってゆくまでしばしかかった。そうして、その霧の中から、小さな姿に戻ったテオドールの姿が現れる。その左手は、まだ綿がはみ出したままであったが。
「ありがとう! これでようやく、もとの大きさに戻れたよ!!」
「それはよかった」
 喜ぶテオドールに隆紋も笑顔で応じる。
「でも、さっきの『乾』ってなに?」
 テオドールの質問に、隆紋はテオドールの背中に張った符を示す。
「この湿気ではまた水分を吸収する。乾燥剤が張ったといっていいかな」
 けれど、彼らが歓談できたのはそれまでだった。
 『バシャンバシャン』という水音が辺りに響く。続いて、
「……ってめぇらぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ」
 と、うなり声があがる。
 そして湖から、突然ドロの固まりと化した自動人形が現れたのだった。


◆3:対決?メイドガシェット

 黒いベリーショートの髪をしたおっさんが、何の違和感もなくアバロン湖研究所内に出現する。
「ん? ここが、アバロン湖研究所ってトコかあ?」
 メタリックな壁に囲まれた部屋で、あからさまに大声を上げる。
「サンクチュアリ世界ってのに、おもしれー技術があるって聞いたから、見物に来たぜー」
 大柄で筋肉質の体をゆらして現れたおっさんは、レイナルフ・モリシタ。そんなレイナルフの周囲は、特に気を引かれる計器類は何もなかった。しかし、レイナルフは室内を見回して、すぐにお目当てを見つけていた。
「あれが、噂のガジェットか?」
 レイナルフが見たのは、長い髪を三つ編みにした幼女の姿をしていた。しかし、あけすけなレイナルフの存在に気づけないほど、湖研究所内のメイドガジェットは目の前の状況に集中していたのだ。

 レイナルフが現れる少し前、湖畔に橋をかけた細い道を、洒落た帽子が印象的な少女が走る姿があった。その背後から、子供の声が湖研究所内のスピーカーにハウリングを起こすほどの大声で響く。
「"シャルロットちゃん、死なないで!"……ってどういうことでちゅか」
「今、こちらに来る少女を応援している声ではございませんこと?」
「あの少女……って、にっくきシャルロット本人じゃないでちゅか!!」
「では、今、博物室にいるシャルロットは偽者ですの?」
 幼児言葉をしゃべるのは、幼い少女の姿をしたメイドガジェット、エレイン。優雅な口調で語るのは、ウェーブした青いロングヘアのメイドガジェット、ニムエである。
 実際に、橋を走っているのは、シャルロットに扮した異世界人ルシエラ・アクティア。そのルシエラの行動や様々な状況によって、メイドガジェットたちが混乱していたのだ。
 そして、いち早く正気に戻ったのは、メイドガジェットの一人、青い頭にアンテナの生えたニムエだった。
「研究所内のシャルロットは、またヴィヴィアンさんが間違えましたのね」
 ヴィヴィアンとは、今、アバロン湖畔で暴れているメイドガジェットである。
「そうかちら? もしかしたら、あのリスがガセネタをつかませたのかもしれないでちゅ。あのリスも調べようと思ってたのに……どこに消えたのかちら」
 エレインの言うリスとは、彼女らによる議事堂襲撃時間を遅らせた張本人である。実際、襲撃が遅れたことで、異世界人による警備が追加されていたのだ。
「でしたら、研究所内の偽シャルロットは用済みですわね」
「にっくき人間の一人でちゅし」
 ニムエとエレインは、にっこりと笑顔を交わすと、「しばしお待ちを」と、ニムエは隣室へと消えた。

 一方、シャルロットに扮したルシエラの手に握られた大口径の銃から、再び弾丸が乱射される。しかし、ラグビーボール状の研究所建物には、傷一つつかなかったのだ。
「そんなトコに隠れてないで堂々と出てきなさいよ!」
 研究所のいくつもある丸窓の一つを見据えて、シャルロットなルシエラが叫ぶ。そんなルシエラに向けて、
「そうでちゅか。なら、あなたはこのあたくちが、じきじきに捕まえてあげまちゅ」
 と、エレインは言うと、隣室にいるニムエに指示を送る。
「A5窓を開放するでちゅ! 開放と同時に、金属吸着装置を窓周辺に展開するでちゅ」
『大丈夫ですの? お母様』
 心配するニムエの声に、エレインが小さな胸をはる。
「シャルロットから銃を取り上げれば、心配ないでちゅ。どうせ、シャルロットの武器は、あの銃だけでちゅし。銃のないシャルロットは、馬鹿で非力な人間でちゅ♪」
 何か計画があるのか、小さく笑うエレインに、ニムエが了解を伝えていた。

 時をおかず、シャルロットなルシエラとエレインの間を阻む窓が全開になる。
「ほーっほほほっ! よく来まちたね。ほめてあげまちゅわ」
 エレインが高らかに笑った次の瞬間、シャルロットの手にある銃が、窓に吸着されてしまう。
「あ! 何するの!? 私の銃を返しなさいよ!!」
 シャルロットそのままに、がなるルシエラ。そこへ、勝ち誇ったようにエレインは言った。
「あなた、本当に発明卿の娘でちか? 銃を持ったままこの研究所に入れるとでも、思ったので…………」
 エレインがそこまで言った時だった。
「こ、この香りはっっっ……!?」
 その時、シャルロットになっているルシエラは、モノクローム抹茶飴をエレインの前へと取り出す。
「ずいぶん、この飴が好きみたいね」
 ルシエラの飴を見るなり、エレインは鼻を鳴らしてネコにマタタビ状態で目の色を変えた。そして、飴の香りだけで、エレインの表情がトロンととろけてゆく。
「これが欲しい?」
「うにゃゃゃゃっ」
 シャルロットなルシエラの言葉に、エレインは奇声をあげて何度も頷く。
「じゃ、私の言う質問に答えてくれたら、この飴をあげてもいいわ」
 この言葉に、エレインが嬉しそうに頷いたのだった。

 こうした様子を、感心して見守っていたのは、レイナルフだった。
「へえ。こいつは驚いた。大したもんだ」
 遠慮のない賞賛の声に、声だけ本来のルシエラに戻した異世界の乙女が言う。
「ようこそわたしのステージへ……」
 シャルロットの姿をしたルシエラが、にっこりと笑う。ルシエラは、この研究所に入る少し前から、レイナルフの存在に気づいていた。けれど、エレイン自身が気づかないのでほっておいたのだ。
「おっと、こりゃ驚いた。キミはホントの『お嬢ちゃん』じゃねぇってことだな」
 レイナルフが拍手する前で、シャルロットにルシエラが戻る。
「私の父さんの居場所はどこ?」
 飴を右手に持ったまま、シャルロットはエレインのメイド服の胸倉をつかんで、乱暴に締め上げる。
「自動人形のあんたたちなら、知ってるはずよ!」
 演じ手の気配を少しも感じさせないルシエラに、レイナルフは音には出さず口笛を吹いた。
『ひゅ〜、こいつはずいぶんおテンバな『お嬢ちゃん』を演じてるってことか。外見からは創造つかねぇよなぁ』
 シャルロットの外見だけは、どこから見ても清楚なお嬢様風だったのだ。レイナルフが感心するその間にも、シャルロットなルシエラによるエレインの尋問は続く。
「知ってるの? 知らないの?」
「うにゃ〜ん。もちろん知ってるでちゅ〜」
「知ってるなら、言いなさいよ。父さんはどこにいるのよ!?」
「うにゃゃん。発明卿なら、左端の研究室にいるでちゅ〜」
「よかった! 生きているのね!!」
「うにゃ? 生きてる……かにゃ??」
 不穏なことを言うエレインに、シャルロットの下でルシエラの顔色も悪くなってしまう。それでなくても、本当のシャルロット自身も今、危険な状態らしかったのだ。
「え? まさか、死んでるの!?」
 ヒステリックな声をあげて、エレインの首元を乱暴に締める。本物のシャルロットそのもののルシエラの行動を止めたのは、レイナルフだった。
「それ以上、力を入れるのはやめておいた方がいいぜ。見たところ、このエレインとかいう自動人形の強度は、人間でいうと7〜8歳並だ」
 エンジニアであるレイナルフは、自分が分解するとっかかりをエレインの稼動部分から類推していたのだ。
「ま、壊れたら、オレがまた元通り組み立てれば無問題なんだが、構造を見る前に壊れっちまうと、さすがになー」
 シャルロットなルシエラが、動きを止めてレイナルフを怪訝な瞳で見やる。
「ちょっと先に構造、みせてくれよなー」
 と、ほぼ問答無用で自動人形を分解して、構造について分析したがるレイナルフに、
「忠告、ありがたく受け取っとくわ。でも、分解はちょっと待ってくれる?」
 シャルロットなルシエラは、気持ちを落ち着けてエレインに向き合う。
「父さんは、今、どういう状態なの?」
「うにゃ? 冷たくなって寝てるにゃ」
 『冷たくなって寝てる』というエレインの回答に、その場の空気が固まったのだった。


◆4:アバロン湖研究所の秘密

「なんだか、湖の上は大変みたいですねぇ」
 ガラスケースの中に閉じ込められている乙女、リュリュミアがのんびりと言う。
「何やら銃声もいたしますわ……シャルロットさん、ご無事だとよいのですが……」
 そのリュリュミアに応じたのは、何とかリュリュミアを脱出させようと画策する乙女、マニフィカ・ストラサローネだった。
 二人がいるアバロン湖研究所内の博物室では、常に湖上の音がスピーカーから響きわたっている。けれど、湖上の集音機が拾う音は、どれも大きな音ばかりなため、細かい状況は把握しずらいものだった。救急に利用されるらしいカウントを取る声の合間に、銃声や悲鳴など、また救急救命の作業を妨害していると思しき音もある。
「だ、大丈夫でしょうか……」
 スピーカーを介して伝わってくる、混乱しているらしい湖上の救命活動の状況に、マニフィカがハラハラする。そのマニフィカに、
「マニフィカさん、すぐにケースが開かないようでしたら、わたしは平気ですから、シャルロットちゃんの方へ行ってもらって構いませんよぉ」
 と、リュリュミアは笑顔で言った。
「ちょうど、研究所も湖の上に浮かんだみたいですしぃ。ケースから出られなくても、声は届くんじゃないでしょうかぁ。出来るだけ大きな声を張り上げて、研究所内にいるはずの発明卿に向けて話しかけますよぉ」
 そして、練習代わりに大きめの声で言ってみせる。
「パパ〜、お父さぁん、娘のシャルロットが会いに来てますよぉ。顔をみせてくださぁい。会いに来てくれないと、歌っちゃいますよぉ……とか」
 リュリュミアの案に、マニフィカの表情がやや困ったような笑顔になる。リュリュミアの声は、確かに生命のない空間では反響する。けれど、実際にはガラスケースに阻まれ、他の部屋に響くほど大きなものにはならないことをマニフィカは知っていた。その上、もともと湖底仕様の研究所は、各部屋の機密性が高い構造をしていただったのだ。
「心配はご無用ですわ。わたくし、リュリュミアさんを何としても助け出させていただきますわ」
 マニフィカがきっぱりと言った時だった。リュリュミアのいるガラスケースに白いカスミがかかってきた。
「どういうことですの?」
 あわてるマニフィカに、ガラスケースの中で苦しげな表情になったリュリュミアが言う。
「急に寒くなりましたぁ。もしかして、わたしがシャルロットじゃないことが、わかっちゃったのかもしれませんねぇ。人質の意味もないからぁ」
「お気を確かに持ってくださいな。今すぐ、お出ししてさしあげますわ」
 マニフィカは、リュリュミアの天井からガラスケースをかぶせたという話から、単純にケースの重さだけが障害かもしれないと、考えていた。
「リュリュミアさん、右端によっていただけるかしら。今、このガラスケースを右端が下になるように倒しますわ!」
「わ、わかりましたぁ」
 純粋に命の危険を感じたリュリュミアが、マニフィカの指示通り、右端に寄る。それを確認しながら、一時的に物理的な力が二倍になるクッキーを食べたマニフィカは、自身の持つトライデントをケース下の台へと、飛び上がりながら突き刺したのだ。
「はぁっ!!」
 マニフィカのかけ声とともに、トライデントの三つ又の先端がガラスケースの奥にまで突き刺さる。そのまま、自重でトライデントの柄をテコの原理で引き下げると、ガラスケースがわずかに浮いた。
「まずは成功ですわ!」
 しかし、ケース内の冷気が周囲に飛散し、異常を知らせる警戒音が鳴り響く。その上、ガラスケースを完全に横倒しにするには、マニフィカの体重だけでは難しかったのだ。
『く、ジュディの怪力なら簡単ですのに』
 トライデントの柄をなおも押し下げようと懸命に頑張るマニフィカ。そのマニフィカに向かって、
「そこで何をしているのかしら!?」
 と、神経質な声をかける者がいた。マニフィカが振り返ると、そこには頭にアンテナをはやしたメイドガジェットのニムエがいたのだ。
「雑用のあなたが、そこで何をしているのかしら」
 イライラと言うニムエ。そのニムエは、偽シャルロットを処分するつもりで別室にいたのだが、処分用の操作をしたとたん警報が鳴ったことに腹を立てていたのだ。
「この冷気、もしやあなたが何かしたのかしら? わたくし、すぐにもお母様のもとに戻りたいのですわ。手間はかけないでいただけるかしら」
 そして、ニムエがヒステリックにまくしたてる。
「今、ことのほか大変な状況ですのよ。まったく、あなたときたら何をしでかすのかわからないですわ。お母様のために別室以外への警報音は、オフにしておいて正解でしたわね」
 ニムエの言う別室とは、研究所内の様々な操作をする部屋らしかった。そして、冷気のもやによって、ニムエには、ガラスケースに突き刺さったマニフィカのトライデントがまだ見えていない。
 研究場内の博物室内に突然現れた韋駄天メイドガジェットニムエ。そのニムエに、異世界人たちはどう対処するのだろうか。