「湖の乙女と発明卿の遺産」

◆第四回◆

ゲームマスター:秋芳美希

◆1:ドロドロメイドガジェット襲来!

 深い霧の立ち込めるアバロン湖畔。その一角に、一命をとりとめたばかりの少女シャルロットがいた。その傍らには、シャルロットの命を助けた一番の功労者である乙女がダイナマイトバディをゆらす。
『水に濡れて身体が冷えてしまったシャルロットを温めなくてはいけませんネ〜』
 これからの行動を思案する乙女の名はジュディ・バーガー。
『冷え切ったシャルロットの体を温めて、まずは着替え等を用意する必要がアリマスで〜す』
 着替えの用意を考えたジュディは、果たして研究所に適当な衣類があるのかどうか思案する。
『オー、ジュディ、うっかりさんデ〜ス。研究所にはメイドガジェットたちの服は、あるはずですネ〜。』
 そうしてジュディは、同じく異世界から来た青年、猫間隆紋の助言を受け入れ、アバロン湖研究所へ向かうことに決めていた。
『隆紋の言うとおり、手近な周囲で病人を搬送できる施設や資材が整っているのは、やはり敵のアジトであるアバロン湖研究所だけデ〜ス』
 虎口に入らずんば虎子を得ず、と意を決したジュディの背後で、一瞬閃光が走ったかと思うと霧が濃くなる。
「ホワイ?」
 ジュディが意識をそちらへ向けると、つい先までジュディと一緒にシャルロットの救急救命をしてくれていた『巨大化していたクマのぬいぐるみ型異世界人』の姿はなくなっていた。代わりにそこにいたのは、本来の小さな体に戻ったテオドール・レンツの姿。続けて響く隆紋の気合いの声で、この不思議な術は隆紋が行っているものとジュディには合点がいった。
「オ〜、ジャパニーズイリュージョン!! 隆紋、グッジョブで〜す!」
 ジュディが感嘆の声を上げた。
 だがその時、魚よりも大きな水音を辺りに響かせて、湖からドロ人形の姿が現れたのだ。アバロン湖から現れたドロ人形から、「……ってめぇらぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ」と、うなり声があがる間、ジュディはとっさに動く。
「!  泥まみれのメイドガジェット、力自慢のヴィヴィアンですネ〜!」
ジュディは、ドロ人形に一番近かったテオドールとの間に割って入る。
「ここはジュディに任せるネ。テオドールと隆紋には、シャルロットをお願いするデス!!」
 ジュディの声で、テオドールと隆紋がシャルロットの方向へと体を向ける。そこには、水にぬれたままのシャルロットが横たわっていた。そのシャルロットの顔色は今も真っ青なままである。
「え……えと、そもそもシャルロットちゃんのお父さんの発明卿に絡んでこの探索に加わったんだし……布と綿でできてるけど、それでもぼくはおとこのこだから、おんなのこは守らなくちゃ」
「ジュディ殿の判断は妥当じゃな。正面からは戦うには、我々では勝ち目は厳しかろう……ここは、シャルロット殿の命を守らせてもらおう」
 いざとなれば策を弄するつもりはある隆紋が、テオドールを小脇に抱えて、シャルロットの元へと走る。
「ジュディ殿、後はお任せしよう。ご無理はなさるな」
「ジュディちゃん、大丈夫?」
 隆紋とテオドールの声に、ジュディが大きな胸をはる。
「もちろん心配ナッシング!必ずアフターに追い付くつもりデ〜ス♪」
 ジュディの声に、ドロ人形がせせら笑う。
「へ、……あたしの相手はおまえがするって?」
 ドロまみれの顔をドロ人形自身がぬぐうと、額に大きく「V」の文字が現れた。
「やはり、ヴィヴィアンで間違いないデ〜ス♪」
 得心いったジュディがまず名乗りをあげる。
「やあやあ〜我こそは、異世界で音に聞こえし暴れんぼう乙女、ジュディ・バーガーなり、デ〜ス! 今こそ雌雄を決する時なり、なのデース!!」
 数々の異世界を旅してきたジュディの気分は今、時代劇づいていた。西部劇風の見せ場要素も取り入れて、ジュディはテンガロンハットを支える指でピストルの形を作ってポーズを決める。
「なんだそりゃ。あたしも一応女だし、雌雄はないだろ」
 ジュディのパフォーマンスに、一瞬毒気を抜かれたヴィヴィアンは言う。
「まあ、雌雄はなんだかわかんねぇけど、要はおまえらを叩きのめせばいいんだよ!」
 得意の右手に気合いを入れるヴィヴィアン。そのタメの間に、ジュディがヴィヴィアンの右手をつかむ。その時、ジュディの体が不自然に傾いた。
「オー、これはどうしたことデしょウ〜♪」
「へ? うっわ!」
 体勢を崩したジュディが陽気な声をあげ、ヴィヴィアンの体ごと湖に飛び込んでしまう。
「ふっ……ざけてんじゃねぇ!」
 再び全身ドロ人形と化したヴィヴィアン。そのヴィヴィアンが陸に戻ろうとするのを、ジュディが阻止する。
「オ〜、湖での戦いは苦手なんデスか〜?」
 からかうようなジュディの言葉で、ヴィヴィアンはそっぽを向いた。
「そ、そんなことねぇ。ただ、そ、そうだな。ちょっと、動きにくいってだけで」
『動きにくいってことは、ドロ水は苦手ってことデスね〜』
 先のニムエとの戦闘の後、下に水着を着こんでいたジュディには湖での戦闘は有利だった。
『このまま、ドロ試合に持ち込んで時間稼ぎをするダケデ〜ス♪』
 もとからシャルロットを助ける時間稼ぎをするつもりのジュディが、計画の成功を確信する。その時、
「あー、めんどくせぇ。なら、ここに足場を作りゃあいいってことか!!」
 苛立ったヴィヴィアンが、自分の足元に向けて拳を構える。すると、拳を放つ前からヴィヴィアンを中心にしたドロ水の波紋が広がった。その波紋は、ヴィヴィアンの気合いの高まりとともに高速な動きになる。やがて波紋のドロ水は濁りがなくなり、透明な水の波紋を形作った。
『ホワッツ? ヴィヴィアンの拳は、やはり物理攻撃で行っているものではないようデスネ』
 冷静に観察するジュディの前で、ヴィヴィアンの拳が湖畔の浅い湖底へと放たれる。すると、湖畔の周囲が再び崩れ、湖畔を囲んでいた木々が倒れてくる。
『ヴィヴィアンの狙いは、湖畔の木でしたカ!』
 倒れてくる木々を次々とかわすジュディもドロまみれになり、動きがままならなくなってくる。その間に、ヴィヴィアンに陸に戻られてしまっては、万事窮すという状況だった。
『ここまでデスか』
 ジュディが自分の死亡フラグを覚悟した時だった。突然、場違いに明るい声がかかる。
「お待たせ! 死亡フラグをへし折りにもどったよ♪」
 声の主は、倒れた木々の上で「V」のサインをしてみせる。
「誰だ? おまえ」
 木の一つによじ登ったヴィヴィアンが、相手を見上げる。そこには、ブレザーを着た異世界の制服姿の少女がいた。
「あっれー、覚えてもらってなかったかー」
 いかにも残念そうに言った少女は、舌を出す。
「でも、そりゃそうだよね。今までゆっくり会ったことなかったもん。わたしの名前は、姫柳未来。異世界から来た女子高生だよ。よろしくね♪」
 未来とヴィヴィアンはまだ、面識を持つほどの出会い方はしていなかったのだ。一方、未来の登場に、一番喜んだのはジュディだった。
「オ〜、助かりますデ〜ス。今までどうしていたのですカ? それに、全身すぶぬれデスネ〜」
 ジュディの問いに、未来が笑顔で説明する。
「あ、わたし、今の今まで気絶してたみたいなんだよね」
 未来は、超巨大化したテオドールの下敷きになって、しばらく地面に埋もれていたらしい。シャルロットと同様の汚れを見て、ジュディも納得する。そんな彼らの会話で、無視された形のヴィヴィアンが怒声をあげた。
「あたしを無視して、話を進めてんじゃねぇぇ!!」
 強烈な威力を持つヴィヴィアンの拳が、未来へ向かって炸裂する。その拳を軽いフットワークで避けた未来の髪が、風に広がる。
「ごめーん。無視したわけじゃないよ。だから、よけられたし♪」
 にっこりと笑った未来は言う。
「うん。拳の威力なら、とんでもないよね。見てなきゃ、避けられなかったし。多分」
 明るく言う未来に、ヴィヴィアンは再び拳を構える。
「ごたくはいらねぇ。まずはおまえから、黙らせてやるぜ!!」
 ヴィヴィアンの言葉で、未来は肩をすくめる。
「うーん。これは、一度ふっとばして、ダメージを与えて戦闘不能にするしかないみたいだね」
 言った未来の手に、体に不釣り合いなほど大きなウォーハンマーが握られる。
「うるっせぇ! 戦闘不能になんのは、おまえ、だよ!」
 腕を一度後ろに引いたヴィヴィアンの拳は、未来を完全に捕えていた、はずだった。
「あ、れ……?」
 ヴィヴィアンの拳が空を切った次の瞬間、機械の体は湖畔の木々の中にふっとばされる。
「ぐっあっっ!!!!」
 ヴィヴィアンの体が木々をなぎ倒しながら、埋もれていく。未来は、自身の持つ超能力テレポーテーションでヴィヴィアンの背後に回り込み、思いきりウォーハンマーのフルスイングをお見舞いしたのだ。
「うん、これで戦闘不能になるのは、ヴィヴィアンの方だったね。一応、これでも完全に壊さないようには手加減したから。安心して」
 未来は、ヴィヴィアンの機能の停止状態を確認して語りかけていた。


◆2:シャルロットの命、未だ風前の灯!

 ジュディにシャルロットを任されたテオドールと隆紋。彼らは、シャルロットを介抱するべく、浅い息のシャルロットの鼓動を確認していた。
「ふむ。脈も少ない。まずは体を温めねば、意識も戻るまい……」
 隆紋の言葉に、テオドールがうなだれる。
「でもシャルロットちゃんの意識が戻って、ボクの姿見たら……また気絶されちゃうかな」
「いや、今はあれほど大きくはなっていないからな……」
 それでも、絶対に大丈夫とは言えない隆紋。その隆紋を上目使いで見上げるテオドールのつぶらな瞳に、大きな水たまりができる。
「う……」
 その可憐さに、隆紋がたじろぐ中、
「あ、だめだ、泣いたらまたサイズが……」
 と、テオドールが自分の涙をふこうと、ぬいぐるみの手を瞳に持っていく。
「……って、あーれー」
 しかし、テオドールが涙をぬぐうより早く、水の粒はあとかたもなく消えていた。
「それは、札の術の効果だろうな」
 テオドールの背中に張った「乾」の札を指して、隆紋は言う。
「あ! じゃあ、もしかしたら!!」
 納得したテオドールがシャルロットに抱きついてみる。すると、シャルロットを水浸しにしていた衣服から水分が乾いてゆくのがわかった。
「よかった! これでシャルロットちゃんの体も温まるね!」
「ふむ。簡易的にテオドールに密着すれば乾燥剤効果がシャルロット殿にも有効になっているといえるな」
 テオドールの声に、隆紋がうなずく。
「だがあくまでも簡易的なことだから、過信は禁物だ」
 この時、隆紋はジュディたちの戦闘も注視していた。いざとなれば、「乾」の札をひっぺがしたテオドールをヴィヴィアンに投げつけた上で、陰陽術で「水」を呼ぶつもりであったのだ。
『シャルロット殿の命をつなぐためにも、今のテオ君をシャルロット殿の傍から動かすわけにはいかない』
 隆紋の逡巡をテオドールが不安顔で見上げていると、隆紋の視線はジュディを援護する未来の姿を捕えて安堵に変わる。
「い、いや。今はジュディ殿に任された通り、研究所へ向かうべきであろうな。清潔な衣服と毛布、あとはバイクで搬送するなら荷車になるものも必要だろう。くくりつける備品もな。テオ君は、そのままシャルロット殿に抱きついていてくれ」
 いかに顔色も悪く発育不全ぎみの隆紋でも、少女とクマのぬいぐるみ程度ならばお姫様抱っこで持ち上げられた。
「く、しかし……早く進む、というわけには」
 隆紋が式神を使うかどうか思案しながら、研究所へ向けて歩き出す。そこへ、動かなくなったヴィヴィアンを抱えたジュディが、未来と共に合流していた。


◆3:様々な覚醒

 合流を果たした4名の異世界人たちが、湖の中央にある研究所へと伸びる通路を進んでいた。この時、機能停止したメイドガジェットウィヴィアンと、発明卿の娘シャルロットは、巨体のジュディに片手づつで抱えられていた。
「こうして見ると、二人の子供を抱えてるみたいだね」
「それでいくと、シャルロットに抱きついたテオ君は孫じゃな」
 未来と隆紋の感想に、ジュディが笑顔で言う。
「オー、ジュディ、まだ若いデ〜ス、孫のいる年ではアリマセンネ〜」
 しばしの歓談を楽しむ一行の中、
「未来ちゃんが生きててくれてよかったぁ。ふんづけちゃっててごめんね」
 先まで自分がふんづけていたらしい未来の生還に、シャルロットに抱きついているテオドールがしみじみと言う。すると、
「わざとじゃないんだから、気にしなくていいよ」
 未来は陽気に言った。
「それに、わたしが復活できて、みんなの助けになったみたいで嬉しいし」
「オー、ジュディも未来には助けられました〜。絶体絶命だったネ」
「私の策も使いどころが難しかったからな……とても、自動人形たちのたくらみを吐かせるどころではない。未来殿が来てくれてよかった」
 ジュディと隆紋も未来に感謝の意を伝える。その中、テオドールはこれからのことを考えながら言った。
「それにしても、機械仕掛けの人形さんたちが悪い事たくらんでるのは、列車の時と同じかぁ」
 テオドールが様々な事象を思い出しながら考える。
「ボクと同じ人形さん……ヴィヴィアンちゃんって、発明卿の意志を継ぐ……て前に言ってたけど、なによりも、発明卿にとって身近な娘、になるシャルロットちゃんを害しようとするのって、とっても反対方向だと思うよ。一番幸せにしたいひとなはずだよ、『発明卿の意志』を継ぐ、のだったら」
「そう言われてみればそうだな。自動人形たちの行動には、いろいろ矛盾があるような気がするな」
 隆紋の感想に、ジュディと未来も同意する中、ジュディの腕の中のシャルロットが身じろぐ気配がする。
「オ〜、シャルロット、お目覚めのようデ〜ス。テオドールのおかげデスネ〜、シャルロットは体も温かくなってマ〜ス!」
 一方、ヴィヴィアンの機能も、自己修復できる範囲で可動する兆候が見られる。
「う……くそ、体が動かねぇ」
 回復傾向を見せる発明卿の娘シャルロットと身動きが取れないらしいメイドガジェットヴィヴィアン。彼らと同道する異世界人たちは、これからどう行動するのだろうか。

◆4:韋駄天メイドガジェット襲来!

 アバロン湖研究所内の博物室は今、強烈な冷気の霧に包まれていた。
「寒くて眠くなってきましたぁ。このまま冬眠しちゃいそうですぅ」
 ななめに傾いだガラスケースの中で、リュリュミアが震えあがる。もともと植物的な体質を持つ人外生命体の異世界人リュリュミアは、寒さそのものが危険なものだったのだ。
「あら。装置は有効なようですわね。でも、こう冷気が逃げていたんじゃ、固まるものも固まらないですわ」
 視界のはっきりしない中を、頭にアンテナをはやしたメイドガジェットのニムエが、捕えた『人間』の状況を確認する。そんなニムエの言葉に、リュリュミアが聞く。
「固まるって、わたしをですかぁ?」
「ええ、そうですわ……って、のんきに会話してる場合じゃないんですのよっ」
 と、ニムエがヒステリックに言った時、視界を遮る霧が濃くなる。そして、ニムエと同じ室内にいたはずの異世界の乙女マニフィカ・ストラサローネの姿すら見えなくなってしまう。
「マニフィカっ? これは一体、どういうことかしら!?」
 冷気の原因をマニフィカと決めつけるニムエ。それは、間違ってはいなかったのだが……。
「え? ぬれぎぬですわ! わたくしは何もしていないのですわ」
 しゃあしゃあとマニフィカは言ってのける。
「警報も鳴っていますし、何か事故ではありませんの? ほら、煙もこんなに濃くなってますし、のんびりしている場合じゃないですわ!」
それを言うマニフィカは、すでに機転を利かせてこっそり煙玉を使って事故を偽装した張本人である。冷気に遮られた視界を更に悪化させたマニフィカは言う。
「それに、ほら、床がぬれてきてますのよ!」
 マニフィカの指摘を受けて、ニムエが床を見ると、確かに床にはひたひたと水が広がってきていた。
「これは、研究所に穴が開いて浸水している証拠かもしれませんわ」
「な……な、なな。なんですってぇぇ」
想定外の状況に弱いらしいニムエ。そのニムエのパニックを助長するために、マニフィカが得意の水術で水を床に発現させたのだ。慌てたニムエが瞬時に別室に戻っていった。
「え? ニムエさん、別室に行かれてしまいますの?」
 マニフィカとしては、ニムエを排除する気はなかったのだが、行ってしまったニムエを引きとめるのは愚策と考える。
「計画と少し違うけれど、とにかく今のうちですわ!」
 マニフィカが、姉と慕う水の精霊ウネや、邪気を払う獣を続けて召喚する。
「みなさん、何かの役に立ってくださるかもしれませんしっ」
 この際、助けになればなんでも使うつもりのマニフィカに、ウネが優しくささやく。
「え? 神馬を召喚するなら、こちらへですか?」
 マニフィカは、自分の視界をも奪う濃すぎる霧の中、ウネの示す方向へと神馬を召喚する。ウネが示した場所は、ガラスケースに突き刺さったトライデント。まさにその先端に、本来乗用の神馬が召喚されたのだ。
 ヒヒ〜〜〜ンッ
 駿馬のいななきが響く中、懸案のガラスケースが一気に開く。
 パッカーンンンンン……
 空砲のような大音響がガラスケースから上がる。
「今のうちですわ、お早く!」
「は、はいですぅ」
 リュリュミアもまったく視界がきかない中を、マニフィカの声のする方向に動く。その時だった。リュリュミアの敏感になっている肌に、別室からの空気が入ろうとする気配がわかる。
『ニムエさんがもう戻るのですねぇ。あぁ、このままではマニフィカさんが危ないですぅ』
 リュリュミアは風の方向へと、いざという時のために伸ばしておいた植物のツタをのばす。その合間に、マニフィカへと情報を伝えるようにのんきな声をあげてみる。
「ニムエさぁん、戻られましたかぁ? そろそろ待ちくたびれましたぁ」
 リュリュミアののどかな声の中、
「偽シャルロットのあなたに関わっている場合ではなくてよ。それより、さっきの音は何ですの!?」
 と、ニムエが扉が開くのを持って飛び込んで来ていた。そのニムエの足元に、リュリュミアのツタがからまる。
「え、えええっ!? ななな、何ですのっ」
 ドタンッッ、バッシャンンンンッ!
 水しぶきをあげて、足をすべらせたニムエが倒れる音が響き渡った。マニフィカもまた視界の利かない中、
「リュリュミアさんに、かえって助けられてしまったようですわね。今の状況は……」
 と、類推する。今のマニフィカが得られる情報は、音と冷気の水に宿るウネからもたらされているものだけだった。そのウネによると、霧の中でニムエはツタがからまって動けない状況だという。そのウネの導きで、リュリュミアは、マニフィカの傍までやってきた。リュリュミアは、マニフィカの肌に触れると、はっきりとは見えないながらも笑顔になる。
「ああ、マニフィカさんですねぇ。無事で何よりですぅ。それに助けていただいて、ありがとうございましたぁ」
「いえ、こちらこそですわ」
 マニフィカもにっこりと笑った。そこへ、すでにマニフィカから召喚されていた二頭の守護犬たちが、交互にマニフィカへと意思を伝える。
“汝、我らを呼びし所以”“邪気を祓うか否か”
「……邪気があるなら祓った方がもちろんいいですわ」
 マニフィカは、リュリュミアを助ける際に苦し紛れで二頭の狛犬を召喚していた。落ち着いて考えてみれば適度に科学の進んでいる世界に、邪気に関わる気が存在しているとは思えなかった。それでも、もし邪気があるのならば、払拭したいと思う。
“承”“知”
 二頭の守護犬が霧の中に消える。ウネによれば、ニムエを囲んだ両側に二頭が並んだという。そして、すさまじい咆哮が響いた後、二頭の気配は消えた。
 この展開にリュリュミアは、状況はよくわからないながら、ニムエに宿っていたらしい邪気がなくなったのだと理解する。
「じゃ、ちょっと……試してみてもいいですかぁ?」
「お願いしますわ」
 念のため声をひそめてマニフィカが了解する。
「ええと、わたしはぁ、ガジェットを作った発明卿に会いたいだけですぅ。シャルロットじゃなくてもいいじゃないですかぁ」
 そのリュリュミアの声に、濃い霧の向こうからほがらかな声がする。
「ああ、この声は、シャルロットさんと間違えた方のものですわね。あなたはやはりシャルロットさんではないのですね。でも、発明卿に会いたいのですか?」
 物腰が明らかに変わったニムエの声に、マニフィカとリュリュミアが顔を見合わせた。
「喜んでご案内させていただきますわ。もちろん、シャルロットさんじゃなくてもかまいませんわ」
 しっかりとした口調のニムエに、マニフィカはこれまで気にかかっていたことを聞いてみる。
「もしや……発明卿はこの研究所内のどこかに冷凍睡眠されているのでしょうか?」
 それは、リュリュミアが閉じ込められたガラスケースで気になっていた疑問だった。その問いに、「よくご存知ですのね」と、ニムエが素直に驚く声が返ってくる。
「でも、今は研究所内のどこかで事故があるようですの。それにわたくし、何かにからまって動けないのですわ。もう少し待っていただけますかしら」
 記憶回路はしっかりしているらしいニムエ。異世界の来訪者たちは、豹変した韋駄天メイドガシェットニムエとどう向き合っていくのだろうか。


◆5:頂上のメイドガシェット

 本来、細身で長身の異世界の女性、ルシエラ・アクティア。そのルシエラは今、発明卿の娘シャルロット・アンブロジウスになりきっていた。本来外見年齢的には、10の年の差があったのだが、今のルシエラはシャルロットそのものになっている。そのルシエラは、メイドガジェットたちに“お母様”と呼ばれているエレインの前にいた。
「で、私の父さんが『冷たくなって寝てる』って、どういうことよ!」
「うにゃにゃん?」
 一方のエレインは今、ルシエラの持つ『モノクローム抹茶飴』の効果で、酩酊状態になっている。そのため、エレインとの会話もより簡単なものしか成立しない状態といえた。
「しらばっくれてるんじゃないわ」
 シャルロット生来の気分と同様に気が荒くなるルシエラは、エレインの胸倉を強くつかむ。それをなだめたのは、ほんの少し前からこの研究所に来訪した異世界のおっさん、レイナルフ・モリシタだった。
「ちょい待ち。それじゃ、エレインも話ができねぇよ」
 レイナルフは、シャルロット然としたルシエラの指を襟元から少し離す。
「うん、これなら会話に支障はねぇな。それにしたって、声帯まで生体に近いたぁ、こりゃ、おっさんも驚いたぜ。どんな発明家だい、発明卿ってやつはよ」
 おっさんらしくオヤジギャグを飛ばすレイナルフは言う。
「その発明卿が『冷たくなって寝てる』って……? ああ、そいつはコールドスリープってヤツか!?」
 ポンと手を叩いて、閃きを口にしたレイナルフ。そのレイナルフの言葉で、シャルロットなルシエラがエレインに問う。
「じゃ、私の父さんは、今、コールドスリープとか、してるの?」
「うにゃにゃ、そうにゃ♪ 発明卿はコールドスリーブしてるのにゃ」
 エレインの即答に、レイナルフが別の意味でうなる。
「お、やっぱそうなのか。あれはオレの世界じゃ、なかなか難しい技術なんだが、そんな技術まで実用化してるとは、発明卿ってぇヤツは大したヤツだな」
 一方、納得したシャルロットなルシエラは、『モノクローム抹茶飴』でエレインを誘惑しながら言う。
「じゃ、父さんのとこまで案内しなさいよ!」
「うにゃにゃにゃにゃ〜ん♪ 案内するでちゅ〜」
 シャルロットなルシエラの言葉に、エレインが頷いた。それを見て、レイナルフが提案する。
「オレも同行させてもらうぜ。こいつらの『親』といえん事もない、コールドスリープ中の発明卿を起こせば、こいつらの対処法がわかるかもしれんしな」
「構わないわ」
 シャルロットなルシエラが了承し、エレインがよたよたと歩き出した。


◆6:眠れる発明卿?

 アバロン湖研究所、左端の研究室前。
「うにゃん。ここでちゅ〜♪」
 シャルロットに扮したルシエラが、手をつくして警戒しながら進む。そして他のメイドガジェットに会うことなく一行は一つの扉の前に立った。その扉の前には、エレインの足跡以外がないことをルシエラが目ざとくみつける。
「この場所には、あなただけしか出入りしてないの?」
「にゃにゃ。そうでちゅ〜♪ 」
 あっさりと答えるエレインに、ルシエラは冷静に考える。
『発明とか研究ができるメイドガジェットは、エレインだけだから……?』
 警戒を強めるルシエラは、念のため聞いてみる。
「この研究所にいるメイドガジェットは、ヴィヴィアンとニムエっていう二体だけ?」
「うにゃ、そんなことないでちゅ〜♪」
 シャルロットなルシエラは、たたみかける。
「じゃ、他のメイドガジェットはどこにいるの?」
「にゃにゃ? この中でちゅ〜」
『発明卿と一緒に?』
 慎重になるルシエラに対して、同行してきたレイナルフの方は、扉を前にしておおらかに笑う。
「てこたぁ、発明卿を助けるには、ガジェット娘たちが邪魔をするってか?」
 単純に予想したレイナルフは、自分の腕で力瘤を作ってみせる。
「まあ、そんなことになったら、 技術者をなめるな、でりゃーっと流れるような早さでパーツ分解だ。外見・外装からおおまかな構造は類推できるぜ、細かいところまではわかんねーが、とりあえず黙らせるっていうか、動けなくするには、手足分割してバラバラにしときゃ、どーしよーもなくなるだろ」
 それを聞いていたエレインから、
「んにゃにゃっにゃにゃん〜」
 と、抗議らしい声があがる。正気でなくても意識があるエレインに、レイナルフは慌てて言う。
「あ、もちろんあとで治してやる! それもとびっきりのべっぴんさんに!」
 その言葉に気をよくしたエレインに、さらに調子に乗ったレイナルフが言いつのる。
「で、俺のヨメにしてやるから、『お嬢さんを僕に下さい』って、ここは発明卿を起こして、許可もらわねーとな。義理でも息子になったら、いろいろ教えてもらえるかもしれねーし、一石二鳥だぜ」
 しかし、そのレイナルフの言葉に、エレインから明確な怒気が伝わってくるのだけはわかった。
「なんだぁ? もしかしてオレ、地雷踏んだってか?」 
 怒っているらしいエレインの右手が、扉脇の小さい金属の箱に触れる。すると、箱にはめ込まれたガラスが黄緑の光を放った。そしてエレインが一歩中に入るなり、エレインの体に強烈な風が吹き付けられる。
「な、なんなのよっ、これっ」
「あ、この風のカンジ。オゾンエアーか! 直接触れないようにしろ。人間には有害だ!!」
 シャルロットらしく慌てるルシエラと、自身の記憶をひもといて危険を知らせるレイナルフ。そのレイナルフの言葉に、正気に戻ったエレインは言う。
「く、残念でちゅわ。よくオゾン消毒を知っていたでちゅね。それだけは、ほめてあげまちゅ」
 そして、オゾンエアーの向こうで笑うエレインが、ルシエラに向き合う。
「念のため、確認させていただきまちゅわ。シャルロット、あなたは本物でちゅの」
 目のすわったエレインの問いかけに、シャルロットになりきったルシエラは言う。
「私が本物? なんのことよ。私に偽物でもいるっていうの!?」
 シャルロットらしいはっきりとした物言いに、エレインの瞳がゆらぐ。
「……他にもシャルロットがいるのでちゅわ」
 エレインの心のゆらぎを見極めたルシエラが、一気にたたみかける。
「あら、私が偽者だっていうなら、その証拠はどこにあるの? 見せてみなさいよ! その、他にいるとかいうシャルロットが偽者で、あなたをひきつけているんじゃないの?」
 ルシエラは、エレインに言いつのりながら見える範囲の室内を観察すると、ガラスケースに横になったメイドガジェットたちが見えた。そして、その奥には、カイゼル髭の似合う男性の氷像が見える。片眼鏡をかけたその氷像は、苦しげに暴れているポーズをしていた。次の瞬間、シャルロットなルシエラは叫ぶ。
「父さん!!」
 そのまま走り出しそうなシャルロットを演じるルシエラ。それを、レイナルフが引き止める。
『わかっちゃいるが、すげえな。このお嬢ちゃんの熱演っぷりはよ』
 このまま自分が何か口走ってしまっては三文芝居になってしまうため、レイナルフは止める行動だけにしておいた。そんな彼らに、エレインは言う。
「これでわかりまちた。あなたが本物のシャルロットでちゅね」
 エレインは、手に金の林檎を持つと、シャルロットなルシエラに言う。
「では、シャルロット、その危険な飴を扉の外に置いて、ここに来るのでちゅ。発明卿と会わせてあげまちゅわ」
 どこか下心を感じさせる口調で言うエレイン。そして、エレインはレイナルフに視線を向けると、口調が怒気を帯びる。
「その後で、レイナルフとかいう人間のあなたは、あたくちの下僕にしてあげまちゅわ。人間の分際で、あたくちをヨメにもらうでちって? 冗談じゃないでちゅわ!!」
 そして、エレインの記憶回路は思い出したくない過去を引き出し、怒りの言葉をはき捨てたのだ。
「かつて発明卿は言いまちたわ。『ガジェットは人間に尽くさなければいけない存在』だと。それこそ、冗談ではないのでちゅわ!!」

 異世界人の活躍により、破壊活動を行っていたメイドガジェットたちは、それぞれ違う状況にある。そして今、発明卿とその娘シャルロットを含めたサンクチュアリ世界の命運は、異世界人の手にゆだねられていた。