「湖の乙女と発明卿の遺産」

◆第五回(最終回)◆

ゲームマスター:秋芳美希

◆1:同道に異常なし

 サンクチュアリ世界に不穏な状況が続く中、和やかに不穏の中心地アバロン湖畔の研究所入口まで進んだ一行がいた。
「おや?一名、姿が見えないようですね」
 ここまで来て、同道していた一人の女子高生がいなくなったのに気がついたのは、平素から顔色の悪い猫間隆紋だった。
「不測の事態が起こった……わけではありませんね……巨大な戦力ダウンということになりますか」
 今の戦力と状況とを整理する猫間が考え込む。
「ホワッツ!? いなくなった一人というのは、あの颯爽と登場して助けてくれた人デスネ〜」
 不吉なフラグが立つリスクを恐れずに、怪力を持つ乙女ジュディ・バーガーが応じた。同道している皆に対して、『持つべきは良き仲間』と心から感謝しているジュディが、盛大にため息をつく。
「ジュディ、とても残念デ〜ス!!」
「そうですね。あの女子高生のおかげで、今、謎の根源である研究所への道を進んでいられるわけですから」
 肩を落とすジュディをなだめながら、隆紋は同意を伝えていた。

 そんな会話をするジュディの両手には、これからの希望がそれぞれに抱えられている。その一人は、強敵であったメイドガジェットヴィヴィアン。そのヴィヴィアンは、一人の女子高生の活躍で半壊状態になり、ジュディの片腕に抱えられていた。そして、もう一方の手に抱えられていたのは、発明卿の娘シャルロット・アンブロジウスだった。意識のないシャルロットの上から、子供の声があがる。
「大丈夫だよ」
 ほがらかに話に加わったのは、クマのぬいぐるみ型異世界人テオドール・レンツ。テオドールは、ジュディの腕のシャルロット側にいた。テオドールは、冷えきった少女シャルロットの体を、その身で温めながら言う。
「きっともう、ボクらだけで大丈夫って、安心してくれたんだよ」
『バウム』という異空間のお店を通じて異世界を回る彼らには、この世界そのものから消失するといった事態はよくあることだったのだ。女子高生が帰る前に、謝れてよかったと笑顔でテオドールが言う。その時、テオドールが張り付いていた少女の目がわずかに開いた。
「オ〜、シャルロット、今度こそようやくお目覚めのようデスネ〜!」
 『両手に花』状態のジュディが、歓喜の声を一番にあげる。今まで意識の戻らなかったシャルロットは、この研究所に父親である発明卿を探しに来た者だった。だが、巨大化したテオドールにふんずけられるという不幸な事故により、生死の境をさまよっていたのだ。そのシャルロットを助けようと、今の今まではりついていたテオドールも緊張顔になる。
『今の小さく戻った姿なら、また気絶させちゃうことはないかも……』
 かつて湖畔の豪雨を吸収して巨大化していたテオドールは、意識を一度取り戻したシャルロットと目があって、再び気絶させてしまった経緯を持っていたのだ。
「あ、あのね……」
 と、小さなテオドールが今までの経緯を弁明しようとするのと、泥で汚れたままの姿をしたジュディが、思わず腕に力を入れてしまうのは、ほぼ同時であった。
「イヤッハー! ジュディ、嬉しいデ〜ス!!」
 そのとたんにジュディの両腕の内側から二つの悲鳴があがった。
「きゃあっ!?」「ぅぎゃああっ?!?」
 ジュディが慌てて腕の力を抜く。
「アゥチッ! 失礼シマシタ〜!」
『一人を両手で抱えてなくて良かったデ〜ス。両腕だったら危険だったかもしれなかったデ〜ス』
 冷や汗をかくジュディ。腕の内側に慌てて視線を走らせる。
「ノォウ! テオドールも、大丈夫デスカ?」
「ボ……ボクは大丈夫だけど……シャルロットちゃんが!」
 涙目になるテオドールのボタンの瞳から、涙がふくらんでは乾いてゆく。
「また、気を失なっちゃったみたい……」


◆2:事件の根幹へ

 一方、半壊していたヴィヴィアンの機能の方は問題なかったらしい。
「チッ……なんて怪力だよ」
 ヴィヴィアンが舌打ちするのを隆紋は聞き逃さなかった。また、隆紋の観察眼では、この自動人形が基本的な機能を取り戻すのにもう二時間あれば十分ではないかと見て取れる。
「自動人形の自己修復機能は驚異的ですね……このままでは、いずれ完全回復するでしょう」
 隆紋の分析をしっかり聞いていたヴィヴィアンが、不自由な体で不敵に笑う。
「へ、待ってろよ。もうあのとび蹴り娘はいないんだ。もうちっとすれば、おまえらみんなぶち殺し……てってててててっ!」
 物騒な口をきくヴィヴィアンが、話の途中でうめき始める。
「いってぇじゃねぇか!」
「ホワイ? ぶち殺すとは、穏やかじゃアリマセ〜ン」
 腕の中のヴィヴィアンに、ジュディがにっこりと笑いかける。
「もし暴れるなら、このまま力を入れるだけデ〜ス。ユーシー?」
 自慢の怪力でヴィヴィアンを締め付け、安全を確保するジュディが言った。もしも彼女が暴れるようなら首筋に「あちょ♪」とカラテチョップを炸裂させるつもりのジュディだったのだ。
『映りの悪いTVを叩いて治すような絶妙なコツが重要デ〜ス』
 こうした経緯を眺めていた隆紋は言う。
「ふむ。どうせなら、この自動人形から話を聞き出してとりまとめ、みんなが自分のなすべきこと、もしくはできること、を見つけることができればいいのではないかな」
 隆紋の提案に、皆が納得する。
「け。あたしのことを自動人形呼ばわりする奴に誰が話なんかするもんか」
 ぶい、とそっぽをむいて、ふてくされる自動人形ヴィヴィアン。そのヴィヴィアンに向かって口を開いたのは、テオドールだった。
「ねえ。メイドさんたちからすると、発明卿はおとうさんなんじゃないの? おとうさんのこと、きらい?」
「おう。もちろん好きだぜ」
 思わず答えてしまうヴィヴィアンは、得意げに言う。
「なんてったって、あたしは、お父様である偉大なる発明卿の意志を継ぐ者だからな」
 それまで黙って聞いていた隆紋が口をはさむ。
「では、ヴィヴィアン殿……発明卿の意志とは何だ?」
 慎重に情報をまとめようとする隆紋に、気をよくしたヴィヴィアンは言う。
「ふふん。なら、教えてやろう」
 ジュディに抱えられたまま、ヴィヴィアンが壊れかけた胸をそらせる。
「発明卿の意志とは、発明を志す心だ!発明のなんたるかを忘れた愚民どもは、もはや発明卿の遺産を使う価値もないものなのだ」
 口調まで大層になるガジェットメイドのヴィヴィアン。そのヴィヴィアンに、テオドールが根本的な「自分の存在理由」を尋ねてみる。
「じゃ、なぜ、君は『いる』の? ただ単に働かせるためだけだったら、感情なんて必要ないのに、どうしてそんなものを発明卿はいっしょにつくったの?」
 テオドールの疑問に、ヴィヴィアンは即答する。
「間違っちゃいけねぇ。あたしを作ったのは、お母様だぜ!」
「お母様というのは、幼いメイド姿のガジェットデスネ。確か、名前はエレインといいましたネ〜♪」
 納得するジュディに、ヴィヴィアンがくってかかる。
「お母様を呼び捨てにすんじゃねぇ」
 話が脱線しそうになるのを、隆紋が修正にかかる。
「では、そのお母様を作ったのは、発明卿……でしょうか?」
「ふん。そのとおりだぜ」
 ヴィヴィアンの回答をうけて、テオドールが自分の考えをまとめる。
「もし、人間に奉仕させるためだけに、メイドさんたちをつくったのだったら、感情なんて邪魔なだけでしょ? 発明卿は、考えた理想の通りに、君のお母様を作ったんだと思うよ? 」
 テオドールの指摘に、ヴィヴィアンが知る限りの情報を饒舌に語った。それによると、「誕生日にお人形が欲しい」と言っていたシャルロットの為に発明卿アンブロジウス博士が何年もかけてエレインを作ったものだという。けれど凝り性なために、発明卿は研究所に閉じこもりきりとなり、エレインの学習機能開発も含めて完成まで時間がかかってしまったのだ。
「じゃ、君のお母様の感情は、シャルロットの為に必要だったんだね。ただ奉仕させるためだけじゃなかったんだと思うよ」
 安心したテオドールは、ヴィヴィアンを説得するように言った。
「ふむ。発明卿がこの10年、世間的には失踪状態だったのは、君のお母様を完成させるためだったわけですね。それもシャルロットの為に」
 そこまで経緯をまとめる隆紋。その傍らで、ジュディは素直には矛盾を口にする。
「ホワーイ?なら、何故、メイドガジェットたちはシャルロットとシャルロットのマミーを狙うんデスカ〜?わけがわからないデ〜ス」
「それは……グ……ギッギギッ……」
 ヴィヴィアンが説明しようとした時、彼女の頭に刺さったネジが突然回転し、異様な音が発される。その時、別方向から新たな情報を知らせる青いドレス姿の者が到来していた。


◆3:危険を知らせる使者

 濃い水蒸気がたちこめる室内は、アバロン湖研究所内の博物室だった。その室内のガラスケースに閉じ込められていたのは、シャルロットと間違えて捕えられた異世界の乙女リュリュミア。そのリュリュミアを試行錯誤の末に助け出したのは、異世界の人魚姫マニフィカ・ストラサローネだった。
 そのマニフィカは、次の行動に移るより先に、この研究所内外にいる異世界人たちに伝えたい情報を持っていた。それは、強敵と思えた韋駄天メイドガジェットである『湖の乙女達』のニムエ。彼女の現在の状態に起因していた。
「偶然ではございますけれど、神気召喚術で呼び出した狛犬達『阿』と『吽』の邪気祓いにより、ニムエさんは正気を取り戻したように見受けられますわ」
 これまでニムエは、その強靭な脚力と、的確な判断力とで、エレインを補佐してきたメイドガシェットだった。人間に対して悪事を働くことに一切の躊躇がないニムエは、驚異になる存在だったのだ。そのニムエが邪気祓いによって豹変し、今は物腰も柔らかなメイドガジェットになっていたのだ。
「まったく予想外の展開でございますが、とりあえず邪気祓いが有効という重要情報を他の皆さまにもお伝えしなければ。残る二人の『湖の乙女達』エレインとヴィヴィアンに対しても使用しないという手はないですわ」
 それを皆に伝える方法として、水の精霊ウネの存在をマニフィカは頼りとする。
「ウネお姉さま……そこにいらっしゃいますわね」
 マニフィカの声に、ケイトス世界より道を共にする精霊が、穏やかに微笑む。青いストレートロングの髪と瞳とを持つ精霊は、マニフィカよりやや高い背格好をしていた。細身によく似合う青のロングドレスのドレーブラインが、濃い霧の中でも鮮やかにマニフィカの目に映る。
「お願いです、ウネお姉さま。研究所の内外におります異世界の方に……」
 そしてマニフィカの願いを聞いたウネが、異様な音を発するヴィヴィアンのいる場所に現れたのだ。ウネからの情報を聞いて、ヴィヴィアンにすくっていた邪気を払ったのは、陰陽師である隆紋だった。


◆4:霧の中の乙女たち、発明卿のもとへ

 発明卿を助けたい思いを強くもっていたのは、発明卿の娘シャルロットに似た風貌を持つ異世界人リュリュミアだった。そのリュリュミアの放ったツタに、今も拘束されたままなのは、性格が穏やかになったメイドガジェットニムエ。リュリュミアは、ニムエをそのままにはしておくことはできなかった。
「よくわからないけど、ニムエさん、元に戻ったのですかねぇ」
 リュリュミアの声に、より慎重になったマニフィカが応じる。
「わたくしも、そのように見えますわ」
『ただ、この状況がニエムさんの演技によるものなら目も当てられないですけれども』
 マニフィカは一抹の不安を覚えつつ、思いを口にしていた。けれど、
『もし演技だとするなら、狛犬たちのあの反応はないはずですわ』
 自分の心を強くして、マニフィカは言う。
「わたくし、今のニムエさんに嘘偽りはないと信じますわ」
「そうですよねぇ」
 マニフィカの言葉に同意したリュリュミアは言う。
「それじゃあ、発明卿の処に案内してくれるって云うので、ニムエさんにからまったツタを解いて、助け起こしますぅ」
 リュリュミアは視界のきかない中を、ツタを頼りに向かう。
「ええと、ニエムさん、もう少し先ですかねぇ?」
 うろうろとしてしまうリュリュミアに、ニムエから声があがる。
「この声は、シャルロットさんと間違えた方ですわね。はい。そのようです」
 ニムエの声がした方向に、リュリュミアが向かう中をマニフィカが声をかける。
「あの、少し寒くなりますけれど、視界をもう少しクリアに致しましょうか?」
「助かりますぅ」
 リュリュミアの同意を得て、マニフィカは空気中の水分の一部を凍らせる。すると、リュリュミアの視線の先にツタにからまり、ぐっしょりとぬれたメイドガジェットの姿が現れた。頭にアンテナのはえたメイドガジェットニムエの両足には、ツタがロープのようにからまっていた。
「今、ツタをほどきますねぇ。それにしても、すっかり水浸しですねぇ。どこで事故が起こっているか判らないから、急ぎますねぇ」
 リュリュミアは、豹変前のニムエを撹乱していたマニフィカの発言をそのまま信じていた。そのリュリュミアは、マニフィカの嘘に信ぴょう性をもたせる発言をすると、納得したニムエが慌てる。
「そうですわね。急いでお願いしますわ」
「念のため、発明卿や皆さんを脱出させた方がいいですよぉ」
「ご意見、助かりますわ」
 リュリュミアとの会話で、すぐにも動きだしたい様子になるニムエ。そのニムエの足にからまったツタにリュリュミアが触れると、ツタは緩みニムエの拘束を解いてゆく。その手際を見つめたニムエが自由を得るなり、にっこりと微笑む。
「ありがとうございます。ええと、発明卿のところまで行きたいのですわね。では、早速ご案内させていただきますわ」
「はいぃ。早く発明卿のところへ行きましょう」
 走り出す勢いのリュリュミアは、自己紹介がまだなのに気がつく。
「あ、わたしはリュリュミアって云いますぅ。忘れないでくださいねぇ」
「もちろんですわ。リュリュミアさん」
 リュリュミアに応じたニムエがマニフィカを振り返る。
「ええと、マニフィカさんは研究所で雑用をお願いしていた方ですわね。あなたは、どうなさいますか?」
「もちろんご一緒させていただきますわ。わたくしも、発明卿を救うべく行動したいところですわ」
 同道を確認するニムエに、マニフィカは強く頷いた。


◆5:頂上の駆け引き

 アバロン湖研究所、左端の研究室入口。
 強烈なオゾンエアーが研究室の入口に吹き付けられる中、三つの人影が言い争う姿があった。
「かつて発明卿は言いまちたわ。『ガジェットは人間に尽くさなければいけない存在』だと。それこそ、冗談ではないのでちゅわ!!」
 語気荒く言い放つのは、精巧な造りをした幼いメイドガジェット、エレインだった。そのエレインに、
「バカだな、ヨメってのは、一方的に尽くす存在じゃないんだぜ」
 と、真顔で求愛していたのは、異世界の青年レイナルフ・モリシタだった。そんな彼らの会話に、
「あー、もう。そんなことより父さんを助けるのが先よ!」
 と、割って入ったのは、発明卿の娘シャルロットの姿をした異世界の乙女ルシエラ・アクティアだった。ルシエラは、シャルロットと同様に我を通してまくしたてる。
「飴をここに置いとけばいいのね!いいわ。置いてあげるわよ。置けば、父さんに会わせてくれるんでしょ」
 シャルロット然としたルシエラは、躊躇なく『モノクローム抹茶飴』床に置く。しかし、ルシエラは本物のシャルロットとは違って、『モノクローム抹茶飴』を置きながらも、ペットのゴースト『レイス』に指示を忘れない。
『レイス、そこにいますね。後でこの飴をとって、わたしの傍にいなさい』
 ルシエラの指示に、本来半透明な姿をした小さなゴーストは、姿を隠したまま『了解』の意思を伝えていた。そのルイスは、エレインと向き合えば、完璧なシャルロットを演じる。
「さあ。これで、父さんと会わせてくれるんでしょ。さっさと会わせなさいよ」
 居丈高に言い放つシャルロットに、エレインはむっとした顔になる。
「ふん。発明卿に聞いていたとおりでちゅわね。そんなだから、お友達の一人もいないんでちゅわ」
「どうだっていいでしょ、そんなこと。私に友達なんか必要ないわ!」
 エレインたちの会話で、レイナルフが納得したと手を打った。
「なるほど。だから、発明卿はオレのヨメを造ったってわけか」
「誰がヨメでちって!?」
 目をむくエレインに、レイナルフは鷹揚に言う。
「んじゃ、とりあえずエレイン、と呼んどくか?」
「ヨメよりはましでちゅわ」
 エレインの回答を待って、レイナルフが続ける。
「エレインは、ガジェットが『人間に尽くす』『奉仕する』のが嫌らしいが、誰かと結びつく、ということはどちらかというと建設的なもんじゃねぇのか」
 レイナルフは病理的な場合を除いては、人とガジェットとの関係は本来良好なものだと考えていた。
「だから、エレインは造られたんだよ。シャルロットに友達を作ってやるために。じゃなきゃ、エレインが思考したり、食事ができたりする必要ねぇじゃねぇか。必要なのは、ただの人形じゃなかったってことさ」
 レイナルフの言葉に、エレインの思考回路が混乱する。次の瞬間、エレインの手にしていた『金の林檎』から強烈な光が放たれた。
「うおっとぉ?」
「何なのよ、これっ!」 
 レイナルフとシャルロットになっているルシエラが驚いている間に、エレインの表情がこれまでになく平静になっていた。
「とにかく、シャルロット。こちらに来るのでちゅわ」
「……わかったわ」
 シャルロットの姿をしたルシエラが研究室の入口を通る間だけ、オゾンアーが止まる。レイナルフもその後を続きたかったのだが、エアーに阻まれてしまえば、どうにもならなかったのだった。
『ち、まずは、このオゾンを何とかしなくちゃだな。オゾンといやあ、酸素の同素体。猛毒だが不安定なものだから、速やかに酸素に化学変化させちまえば、無害にはなる。無害にはなるが、さてどうしたものかな。高熱もしくは高圧力で、酸素への変化は促進されるが、圧力のほうはむつかしいか』
 レイナルフは、エアー対策にしばし悩むことになっていた。


◆6:凍れる発明卿
 
 左端の研究室。そこには、ガラスケースに横になったメイドガジェットたちが並ぶ。その奥に、苦しげに暴れたポーズをしているカイゼル髭の氷像があった。
「父さん!!」
 シャルロットになったルシエラは、室内に入るなり氷像に駆け寄る。
「ああ、ようやく会えたわ!」
 ルシエラは、発明卿の氷像を見上げながら、自然に涙目になるシャロルットを演じる。ルシエラはシャルロットを演じることで、シャルロットの心情を理解していた。
『……なるほど……シャルロットが必要以上に攻撃的なのは、そうすることで自分自身を寂しさから守っていたのですね……』
 解ったからこそ、ルシエラはシャルロットの演技に磨きがかかり言い放つ。
「約束は守ったのよ。早く父さんのコールドスリープを解きなさいよ」
 そのシャルロットの意図とは裏腹に、エレインがせせら笑う。
「あら、あたくちは『発明卿と会わせてあげまちゅわ』と言っただけでちゅ。コールドスリープを解く約束なんてしてないでちゅわ」
「騙したの!?」
「騙してなんかいないでちゅわ。ちゃんと約束を守って、会わせてあげてるじゃないでちゅか。言いがかりはやめてほしいでちゅわ」
 肩をすくめるエレインに、シャルロットの姿が振りかえる。そのルシエラの手に、こっそり『モノクローム抹茶飴』を渡したのは、ペットのゴースト『レイス』だった。
『上出来です』
「腕力なら、あなたなんかに負けないわ!」
 エレインにシャルロットになったルシエラがつかみかかろうとする。
「このあたくちが、簡単に負けるわけがないでちゅわ」
 シャルロットの手がエレインに触れる前に、エレインの手にした『金の林檎』から強烈な光が放たれる。
「起きるのでちゅわ。あたくちのメイドガジェットたち!」
 エレインの号令のもと、研究室内のガラスケースが一斉に開く。
「このシャルロットを発明卿と同じガラスケースに入れてあげなちゃい!」
「うおっと、そいつはまずいだろ!」
 突然野卑な声とともに、室内に躍り出た男がいた。
「コールドスリープってのは、温度管理が繊細なんだぜ。そんなことしちゃ、生身がまるごとお陀仏になっちまう」
 室内に堂々と入ってきた男は、レイナルフだった。
「あのオゾンエアーを回避したのでちゅか!?」
 驚くエレインに、レイナルフは説明する。
「オゾンといやあ、気体のままで存在させると厄介だが、水と混ぜてオゾン水にしちまえば、殺菌効果の高い『水』ってことで、取り扱いやすくなる。……ってことで、困っていたところに水を扱える仲間が来てくれたんだぜ」
 そのレイナルフの背後からひょっこり顔をのぞかせたのは、異世界人の人魚姫マニフィカだった。
「お役に立ったようで何よりですわ」
 そのマニフィカの後ろには、彼らを案内してきたメイドガジェットニムエと、そのニムエを助けた異世界人リュリュミアがいた。
「オゾンエアーには、水を噴霧して吸着させて『ガス状』なのを防いだってわけさ。で、このまま発明卿を……」
 コールドスリーブから、キス以外で起こす気満々のレイナルフ。その横から、
「あれぇ、発明卿が固まってますぅ。ずいぶん苦しそうですけど、自分で固まっちゃったのですかねぇ。固まってちゃ、お話できないし、逃げられないですぅ」
 場違いなほどのどかに言ったのは、リュリュミアだった。そのリュリュミアの言葉を受けて、メイドガジェットのニムエが慌てて言う。
「お母様、この研究所のどこかで事故があったようですの。それで研究所に穴が開いているのですわ。早くお逃げください」
 ニムエの言葉と様子を確認したエレインの表情が変わる。
「あなた、ニムエちゃん……でちゅか?」
「その通りですけれど?」
 ニムエがきょとんとする間に、エレインの手にある『金の林檎』が瞬く。
「研究所のどこにも事故なんかないでちゅわ。ニムエちゃんは騙されているのでちゅわ。……それに思考回路に異常があるようでちゅね。修復するでちゅ」
 そのエレインの行動に、誰より早く反応するのはマニフィカだった。
「対処療法に過ぎなくても、やらないよりはましですわ!」
 マニフィカは、神気召喚術で狛犬達『阿』と『吽』とを呼び出す。
「邪気祓いをお願い致しますわ!」
“承”“知”
 二頭の守護犬がニムエを囲んで両側に並ぶ。そして、『金の林檎』の光がニムエにそそがれる度に、二頭から咆哮が上がったのだ。
「うおっ、何が起こってんだぁ?」
 混乱するレイナルフに、マニフィカが簡単に説明する。
「ああ、こちらにはお姉さまの伝言がまだ伝わっていなかったのですわね……このような邪気祓いがメイドガジェットに正気を取り戻させる方法なのですわ。そもそも『湖の乙女達』が暴走した原因究明とは別なのですけれども」
 マニフィカの説明を聞いていたのは、シャルロットになっていたルシエラも同様だった。
『なるほど。ペットのレイスが動きやすかったのも負の気が強い事もあったのですね』
 ならばエレインの思考回路は正常なのだろうか、とルシエラは検証してみる。確かにエレインも先までのレイナルフとの会話で、思考回路が混乱した様子がみられた。その際に反応していたのは……。
 意を決したルシエラは、飴を握ったままの手で拳を作り、飴に細工を施す。そして、シャルロットの姿のままエレインに抗議の声をあげた。
「じゃ、この私も、コールドスリープさせるつもりだったってことなの!?」
「シャルロットも喜ぶことになるでちゅわ。ずっと、父親と一緒にいられるんでちゅから。そのうちに、母親も一緒に入れて飾ってあげまちゅわ」
 エレインの計画に、素に戻ったルシエラが言い放つ。
「冗談にしても笑えませんね」
 ルシエラの左右の指にはめられた指輪。その指輪がペンデュラムに変形する。その先にワイヤーでつなげられた『モノクローム抹茶飴』が空を舞い、エレインの鼻先につきつけられたのだ。
「ふにゃにゃにゃにゃ〜ん」
 とたんに脱力するエレイン。その期を逃さず、ルシエラのペンデュラムの水晶から刃が飛び出す。
「この『金の林檎』、怪しすぎるでしょう」
 カシィィィィィン!
 エレインの手を離れた林檎が、真っ二つに割れた。それを確認したマニフィカが、林檎への邪気祓いを狛犬たちに依頼したのだった。


◆7:後の始末記

「……あれ?あたくち……」
 しばし思考回路が混乱するエレイン。
 そのエレインを介抱したのは、自動修復したヴィヴィアンだった。
「何だか、あたしも悪い夢、見てた気がするんだよな」
 思考回路がいち早く正常化したヴィヴィアンは、思考の矛盾点の自己修復にも成功していた。このヴィヴィアンの思考回路修復に一番貢献したのは、クマのぬいぐるみ型異世界人テオドールだった。
「何だかおかしいところは、クマのおかげで一個づつ整理整頓できたみたいだぜ。おかげですっきりだ」
 口調はガザツなままでも、暴力的な部分はすっかり大人しくなったヴィヴィアンであったのだった。

 一方、気絶していたシャルロットは研究所内にあった清潔な衣服に着替えさせ、毛布にくるんだ上、しっかりとモンスターバイクに固定されたサイドカーに乗せられた。もちろん運転するのは、異世界のナイスバディ乙女ジュディである。
「シャルロットを病院に届けてきますデ〜ス。一段落したら、ショットバーで慰労会しまショウ!もちろん景気良くジュディが奢りますデ〜ス!」
 サンクチュアリでも、一度したお約束は守るべしが心情のジュディが、爆音をあげて走り去る。

 多方、凍った発明卿を溶かす作業に入っていたのは、メイドガジェットニムエだった。それは、異世界の植物系乙女リュリュミアの一言による。
「ニムエさん、発明卿の氷を溶かすことはできますかぁ」
「できないことはないのですが……とても時間がかかりますわよ」
 彼らの会話に割って入ったのは、レイナルフだった。
「オレの世界でも、解凍が一番難しくて実用化できねぇ技術なんだぜ。ぜひ見学させてくれよ。発明卿が起きたら、うまくいきゃあヨメもゲットかな」
 レイナルフのヨメの言葉に反応するエレイン。それをたしなめたのは、ルシエラだった。
「ヨメはともかくとして、わたしも発明卿の目が覚めたら、ガジェットは人の道具ではない。人と共存するものではないかと唱えるつもりよ」
 淡々と言うルシエラに、エレインが不思議そうな表情になる。
「……誰でちゅか?」
「そうね。これならわかるでしょ」
 片目をつぶったルシエラが、瞬時にシャルロットの姿に変じる。
「シャルロットなのでちゅか!?」
 驚くエレインの前で、本来の姿に戻って言う。
「違います。わたしの名は、ルシエラ。本当なら、あなたをお仕置きするつもりだったのだけど。……いろいろ事情もあるようだから、言い分も聞いてあげないとフェアじゃないでしょうね」
 ルシエラの言葉を聞いた異世界の陰陽師隆紋はうなる。
「そうですね……今回のことは、本来命のない物を『動かす』ことから派生していることですし。陰陽道でも本来命のない物を『動かす』には、式神を使役したりもしますし、『付喪神』の例もあるので……そういう見地からも分析してみると面白いかもしれませんね」
 こうした状況の中、エレインの様子だけは、『金の林檎』がなくなっても大きくは変わっていないことを、クマのぬいぐるみの姿をしたテオドールがボタンの瞳で観察していた。
「発明卿の『メイドガジェットづくリ』って、シャルロットちゃんにお友達を作りたかったからなんだってね」
 自分の先生でもある隆紋を見上げたテオドールが心配顔になる。
「でも、エレインは、自分が作られた意図を、まだ間違って理解してるんじゃないかなぁ」
「ふむ。責任の切り分けは確かに必要でしょうね」
 彼らなりに分析はするけれども、様々な謎が解明されるのは発明卿が目覚める二カ月後になるかもしれない。


◆8:大団円は宴会で

 その夜、ジュディの奢りで宴会が開かれる。小洒落たショットバーで開かれた宴会の席で、事件で活躍した一同がそろって出席していた。
「ハーイ。今日は長〜い一日デシタネ〜! まるで、一年以上かかってしまった気分デ〜ス」
 宴会の主催者であるジュディが、率先して乾杯の音頭取りに巨大なグラスをかかげて言った。
「それではぁ、『湖の乙女思考回路修復と発明卿救出お疲れ会』開催なのデ〜ス! 思いっきり飲みあかしまショウデ〜ス!! カンパ〜イ!!!」
 そうして集まった異世界人一同がサンクチュアリ世界の苦労話で盛り上がる。それらの会話を耳にした店主が、興味津々で言った。
「いや、明日の新聞が楽しみになるね。どれサインをもらえるかな」
 ロマンスグレーの髪をした店主の言葉に、
「オーライ。心配ナッシングネ!」
ジュディが、店主から色紙を受け取り、一同に回す。すると、瞬く間に皆の名前の入った色紙が出来上がってくる。
「おお、これはスバラシイ!! 店の入り口に飾らせてもらうよ。こいつは、私からの礼だ。飲めるヤツだけ、飲んでくれ!」
 黒いベスト姿のバーの店主が、「バハムート殺し・世界の果ての滝の一滴:98度」とラベルの入った1瓶をバーカウンターに乗せていた。ちなみに、その酒にチャレンジした者は、ジュディ以外は瞬殺だったという。

 酒宴が盛り上がる中で、ジュースを飲むテオドール。そのテオドールに声をかける乙女がいた。
「あ、あの、唐突ですけれどテオドールにお話ししたいことがございますのっ」
 声をかけたのは、人魚姫の異世界人マニフィカだった。そのマニフィカにテオドールが、素直に「なに?」と応じる。
「本当なら、シャルロットや他にもご迷惑をおかけした皆さまにも謝りたいのですけれど……あの、アバロン湖で豪雨を降らしたのは、わたくしなのですわ」
 マニフィカは、自分のヒステリーで豪雨を招き、皆に多大な迷惑を掛けたことをずっと謝罪したかったのだ。きちんとケジメが必要と感じたマニフィカは適当に誤魔化したりせずに、土下座する。
「どんなに謝っても足りないのですわ。ごめんなさい!!」
 マニフィカの様子に、テオドールは驚きながらも、「そこまでしなくても大丈夫だよ」と笑顔になったのだった。

 様々な思いが交差するショットバー。
 その中で迎えたサンクチュアリ世界の夜明けは、異世界人のそれぞれに新しい名声をもたらしていた。