「怪盗ゼロの予告状」 第二回
◆1.時計塔崩壊、その後 無残に大破したモノクロームの観光名所の時計塔。瓦礫の山から最初に現れたのは、武神 鈴だった。 「ふう……やれやれ、酷い目に遭った。まあ、天才魔導科学者であるこの俺には、この程度なんてことはないがな」 そう言いつつ、何事もなかったかのように白衣の埃を払う。こんなこともあろうかと、バリアフィールドと反重力白衣を用意していたのである。 「まったく……ドラグーンを呼んで緊急脱出しなかったら、生き埋めになっていた所だったわ……」 そう言ったのは、倒壊の間際にその場を脱出していたリーフェ・シャルマール。もののついでに連れ出された気絶中のアール刑事は、ドラグーンの座席に放り込まれている。 「……私たちだけ?他の人たちは?」 リーフェが瓦礫の山を見渡す。 「あぁ、バリアフィールドの出力を最大にしたからな、死んではいないと思うが……」 鈴が答えると同時に、瓦礫の山のひとつからエルンスト・ハウアーが現れた。 「やれやれ、死ぬかと思ったわい」 バリアフィールドの範囲からやや外れた所にいたのだろう、多少埃だらけになってはいるが、怪我をした様子はない。 「エルンストさんも無事だったのね」 「あいにく、高位のアンデッドには物理攻撃に耐性があるんでのぅ。このとおりピンピンしとるわい。……自分で実証実験することになるとは思わなかったがのぅ」 リーフェの言葉に答え、苦笑する。確かに様々な世界を訪れているとはいえ、崩れる時計塔に巻き込まれることはそうそうないと思われる。あったらちょっと困る。 その後、ある者は脱出した者たちによって、ある者は自力で、瓦礫から無事脱出を果たしたのだった。 「……で、"あぁ〜、目がぁ、目がぁ〜"となった所で目が覚めたデ〜ス」 瓦礫に埋もれている少しの間にちょっと違う世界へ行って帰って来たらしいジュディ・バーガー。自力で瓦礫を掘り起こして脱出した彼女は、自慢の怪力をフルに活用して、最後の1人、リュリュミアを探していた。 「そ、そう……災難だったわね」 ジュディを手伝っているスカーレット・ローズクォーツが曖昧に答えた。あんまりしっかり聞いてしまうと大人の事情的に危険な気がする。 「短けぇ夢だったなァ……」 またどこかで聞いた台詞をため息と共に吐き出し、瓦礫を持ち上げるジュディ。一際大きなそれを、横へとどかす。 どかっ。 そこにはリュリュミアが冷たくなって埋まっていた。 「殿下っ!……じゃなくて、リュリュミア!大丈夫デスカ〜!?」 「え、嘘……これって……心臓も、動いてないわ!!」 リュリュミアに駆け寄りる2人。心臓が動いていないことに気付いたスカーレットが慌てるが、ジュディは慌てず騒がず、あるものを取り出した。 「Oh、そういえば……こんな時こそ、コレの出番デスネ〜」 じゃじゃん。出てきたのはゾウさんの形をしたじょうろである。いつの間に用意してたんだとか、そういう事を気にしてはいけない。 ジュディがその辺から汲んできたモノクロームの美味しい水(水道水)をかけると、リュリュミアはあっさりと目を覚ました。 「ふわぁ……おはようございますぅ〜」 「ふう、こんなこともあろうかとじょうろを持ち歩いてて良かったデ〜ス」 「な、何コレ……いいの!?そんなんでいいわけ!?」 和やかに会話を交わす2人をよそに、混乱するスカーレット。植物であるリュリュミアは仮死状態になっても水をあげれば復活するのだった。便利なものである。 ◆2.時計塔の前にて 「ええと……この度は本当に皆さんにはご迷惑をお掛けしまして……なんというか、生まれてきてすみません……」 瓦礫と化した時計塔から全員が脱出および救出されたその後。時計塔前に集まった面々の前には、怪盗ゼロこと、新聞記者兼絵本作家のシエンが正座させられていた。 事件解決編の探偵よろしく、または取調室を仕切る刑事のように、ゆったりとした足取りで歩きながらシエンに事情を聞いているのは鈴である。 「さて、シエンとか言ったな……。聞く所によるとお前さんは、自分の絵本のモデルにする為に本物の怪盗ゼロをおびき出そうとして、あちこちに予告状をばら撒いたそうだな……」 「ってことらしいよ。本物の怪盗ゼロは別にいるってことだよね?」 頷いたのは、シエンと行動を共にしていた姫柳未来。超能力が使えない部屋にいた為、一緒に救出されていたのである。 「ひょっとしたら既に犯罪から足を洗って真面目に生活してるかもしれない怪盗ゼロの人生を無茶苦茶にしてでも、自分の絵本が大事だったんだな?……で、挙句、騒ぎの果てにこの有様か」 呆れたように鈴が言う。確かにちょっと、いや、かなり迷惑な話である。 「あの、ええと、それはー……ほら、怪盗ゼロになって悪事を働けば、もしかしたら本物の怪盗ゼロが出てきてくれるかなー、なんて……」 おずおずと言うシエン。ぴく、と鈴のこめかみに青筋が浮かぶ。 「本当に反省してるのか、あんたは!!」 「ひぃ!すみません!人生で最大級に反省してます!本気で!!」 一喝され、首をすくめるシエンだが、何か"最大"とか"本気(マジ)で"とか付けるとうそ臭さ倍増である。本気で。 「まあ、ここまで大事にしたからには初志貫徹してもらおうか。命を賭けてもな……。まず手始めに街で一番高い建物のてっぺんから吊るして……」 「わー!!ちょっと!?反省してるって言ってるじゃないですか!!」 鈴の怖い提案に慌てるシエン。それを止めたのは未来だった。 「ちょっと待って!時計塔を壊したのってシエンさんじゃないよね?それに、怪盗ゼロ……じゃなくてシエンさんは、街の人が盗まれて困るものを盗んだわけじゃないでしょ。時計塔に置いてあった品物も、街の人が納得してちゃんとくれたものだったみたいだし。確かにもともとの理由は感心できないかもしれないけど、実害はないし、本当の怪盗ゼロが困るほど評判を落としたわけでもないし……ちょっとはイメージ壊しちゃったかもしれないけど。なら別にやめさせる必要はないんじゃないかな?」 シエンの盗みで誰も困っていない=別にやめさせる必要がないのでは?という結論に達した未来が言う。 「そ、そうですそうです!盗むものはちゃんと事前に調査して、あんまり困らなそうなものを予告状に書いたんですから!」 そんな怪盗もどうだろう、とその場の誰もが思ったが言葉を堪える。 「そんな怪盗さんはちょっと違うと思いますぅ」 1名、言ってしまったようだ。 「うっ!確かにちょっとどんどん目指す方向と違くなってるなって思ってましたけど!」 「ごめんね、わたしもそれはフォローできないよ……」 リュリュミアの言葉にたじろぐシエン、そしてフォローしようのない未来。 「そういえば、ジュディの予告状は他のと違ってたデース」 鈴や未来とシエンのやり取りを見ていたジュディが、1枚の予告状を取り出した。港の食堂でシエンの持っていた新聞から滑り落ちた予告状である。 「確かに、これだけ他のと毛色が違う気がするわ」 スカーレット・ローズクォーツが同意する。 "今夜十二時、あなたの大切なお宝をいただきます。 怪盗ゼロ" その一文だけが書かれた、シンプルなものである。ジュディが持っているそれを見て、シエンがほっとしたように言う。 「良かった。その予告状、まだ持っていてくれたんですね。てっきり、僕の書いた偽の怪盗ゼロの予告状に紛れてどっかに行ってしまったんじゃないかと思ったんですが」 「What?」 その言葉に首を傾げるジュディ。疑問を代弁するように、スカーレットがシエンに聞いた。 「シエンさん、これだけは貴方が書いたものじゃないんじゃないの?」 よくよく見てみるとその予告状だけ筆跡も違う。その場の全員を代表して、未来が口を開いた。 「全部話してくれない?そもそも、怪盗ゼロってなんなのか」 ◆3.シエンの理由と怪盗ゼロ 数年前、このモノクロームに"ゼロ"と名乗る怪盗が現れた。どんな厳重な警備の場所にも忍び込み、誰も気付かないうちに目的の物を盗み出してしまう。物語に出てくる怪盗紳士そのもののゼロに人々は夢中になったが、ある時からゼロはぱったりと現れなくなった。 流行りものは消えるのも早い。時と共にゼロを知る人も少なくなり、今では「そういやそんな人もいたね」という小学校の時に一緒だった地味なクラスメイトばりの知名度しかなくなってしまったのである。下手すると思い出してさえもらえない。 「絵本のネタになりそうなこの街の資料を調べているうちに、怪盗ゼロを知りまして。まさか、この街にこんな伝説的な人物がいたなんて!もっと街の人に怪盗ゼロについてを知ってほしくて、僕はまっくろ怪盗ゼロシリーズを書き始めたんです!」 でも絵本は売れなかった。悲しい現実である。 「そんなことないですよ!一部の人たちにはすごい人気だって噂ですよ!」 地の文に返答しないでいただきたい。あと一部ってどこ? 「ええっと……急に何言ってるの?」 訝しげに問う未来。シエンが咳払いをして続ける。 「……こほん。ともかく、怪盗ゼロについてをもっと街の人に知ってもらう為には"まっくろ怪盗ゼロ"シリーズを定期的に出して行くのが一番かなと思いまして。でも怪盗ゼロってほとんど街の記録には残ってなくて、もう絵本にするネタがなくなってしまって……その、次の新作の為に、怪盗ゼロの行動パターンを研究しようかと。ついでにそれにはゼロになりきるのが一番かなと」 「うん、熱意は立派だとは思うけど……もうちょっと他に方法があったんじゃないかなぁ」 「はぁ、皆さんに迷惑をかけてしまったのは本当、申し訳ないです」 やや呆れたような未来の言葉に、さすがのシエンも最後はもごもごと言いにくそうに謝る。まあ、その為に今彼は正座をさせられているわけである。 「その予告状は怪盗ゼロについてを調べるうちに入手したもので、資料として持っていたんですけれど……ジュディさんに新聞を渡した時に落としてしまって。あの時は下手に騒いで怪盗ゼロの存在を疑われたり、僕が怪盗ゼロの真似事をしてるって気付かれたくありませんでしたから」 「アイ・シー!それでこの予告状だけちょっと違ってたわけデスネ〜!」 納得した様子で頷くジュディ。改めてよくよく予告状を見てみると、確かに他のものより少しだけ古びている。 「僕が知ってるのはこれくらいです。あとは、当時彼を追ってた警察の方とかのほうが詳しいんじゃないでしょうか」 「アールが生きてたら何か聞けたかもしれないネ……惜しい人を亡くしたヨ」 アール刑事の冥福を祈るジュディ。ちなみに生きている。気絶してはいるが。 「うーん、シエンさんに関わったのも何かの縁だろうし、わたしも怪盗ゼロを探すのを手伝おうかな」 「本当ですか!もし怪盗ゼロに会えて話を聞くことができたら、きっと次回作もばっちりです!!」 未来の言葉に、シエンも元気を取り戻す。 「俺たちが酷い目に遭ったのは元々はこいつが原因な気はするが……まあいい。俺は俺で本物の怪盗ゼロとやらをおびき寄せる方法を考えてみるか」 そう呟いたのは鈴。何やら不穏な考えを思いついたらしく、にやりと笑う。その笑みを見てその場にいた者たちの胸にちょっぴり不安がよぎったが、誰もそれは言わないでおいた。 ◆4.怪盗ゼロ探し−スカーレット・ローズクォーツの場合 その後、駆けつけたモノクローム市警から事情聴取を受け、その場にいた人々が解放されたのは日が昇ってからだった。さすがに町のシンボルである時計塔が壊されたとあっては、アール刑事に任せて放置というわけにはいかないらしい。 シエンも、街の人を騒がせた"怪盗ゼロ"ということで警察に取調べを受けたが、その場にいた面々が目撃した通り、時計塔破壊は別の者(アリマ・リバーシュア)の仕業である。厳重注意だけで解放されたようだ。 警察から解放されたスカーレット・ローズクォーツは本物の怪盗ゼロ探しに協力するべく、行動を開始していた。もっとも、怪盗ゼロ探しは建前で、本音はもちろん、今度こそ怪盗ゼロとスカーレット的ハッピーエンドを迎える為である。 「……そして、最後には"ゼロはとんでもないものを盗んでいきました。あなたの心です"って刑事に言われるのよ!」 そもそもそれはハッピーエンドなのだろうか。あまり気にしてはいけない気がするが。 手始めに、偽の怪盗ゼロであったシエンから事情を聞くことにする。怪盗ゼロをモデルに童話を書き、あまつさえ自らゼロの真似事をしたシエンならば、怪盗ゼロの思考や行動パターンを多少なりとも把握しているのではないかと思ったからである。 「もし本当の怪盗ゼロがまた現れて"お宝"を狙うとしたら、誰を対象にするとか、何を狙うとか、あなたならわかると思って。何か思いつかない?」 「そうですねぇ……僕も絵本の為にいろいろと資料を探してみたんですが、怪盗ゼロについての記録ってほとんど残ってなくて苦労したんですよ。だからネタがなくなってゼロの真似事までしてみたわけで……」 スカーレットの問いに役に立たなそうな返答を返すシエン。 「もう!あなた、怪盗ゼロには詳しいんでしょ!もっと何か情報はないの!?」 「す、すみません……。あ、そういえば怪盗ゼロが消える前にこんな予告状が届いたことがあったらしいですけど」 いつも持ち歩いているらしい"怪盗ゼロファイル(マル秘)"と書かれた手帳をぱらぱらとめくり、そのうち一ページを開く。そこには予告状を写したらしい写真が貼られていた。 "今夜十二時、モノクロームの時間をいただきます 怪盗ゼロ" 前回見たことのあるような文章が目に入る。 「これって……怪盗ゼロも時計塔を狙ったことがあったってこと?」 「そうみたいです。時計塔なんて盗めないと思うんですけどね」 「もしかしたら、時計塔に何かがあるのかも。怪盗ゼロが狙うような何かが……」 シエンの言葉にちょっぴり考え込むスカーレットだったが、すぐに次の行動に移ることを決断する。 「よし、こうしちゃいられないわ!時計塔にもう一回行ってみなくっちゃ!待ってて、怪盗ゼロ様〜!!」 そう言うやいなやすごい勢いでその場を走り去るスカーレット。 「ええっと……よくわからないけど、頑張って下さ〜い」 それを見送ってシエンはのん気に手をふったのだった。 ◆5.アール刑事の話 ジュディ・バーガーとリーフェ・シャルマールは、時計塔で名誉の傷を負い、病院で治療を受けているアール刑事の見舞いに来ていた。見舞いついでにアールから話を聞く為である。 その病室に何故かいる怪盗伯爵ことルシエラ・アクティア。思わず構えるジュディとリーフェ。 「What!?怪盗伯爵デ〜ス!!!」 「何故こんな所に……盗むものなんてそのテーブルの上のメロンくらいしか見つからないけど」 お見舞いのメロンをわざわざ盗みに来る怪盗はちょっと嫌だ。 「今回は盗みの為に来たわけではない。なに、アールくんに少し話を聞こうと思ってね」 悪びれず、落ち着いた様子で返すルシエラ。 「メロンは怪盗伯爵からもらったのよ。あ、全部私が食べるんだからね!」 そしてそうメロンを抱え込むアール刑事。みた所、負傷と言っても目立つのは頭の上のたんこぶくらいである。"とっとと帰れ"と、家に帰されない方が不思議である。 「怪盗伯爵が目の前にいるのよ。……捕まえなくていいの?」 呆れたようにリーフェが言った。早速メロンを真っ二つに切り分け、嬉々として食べ始めたアール刑事がもごもごと口を動かしながら答える。 「(もぐもぐ)だって、(もぐもぐ)時計塔で盗んだものは(もぐもぐ)ちゃんと持ち主に(もぐもぐ)返してきたって(もぐもぐ)言うんだもの(んぐんが)」 「アール、食べるか喋るかどっちかにした方がいいネ」 メロンを喉に詰まらせかけたアールに水を渡しつつジュディが言った。 「いつもすまないねぇ、ジュディ」 「それは言わない約束ヨ、アール」 なんだかよくわからないやり取りである。 「そういう事だ。私には今のところ、捕まる理由はない。ちなみにこれが証拠写真だ」 そこには前回盗んだアンティークの箱を笑顔で持つおばあちゃんとルシエラが。ちゃっかり2人ともピースをして写っているのがお茶目さんである。 「……アール刑事が構わないなら、私は別にいいんだけれど」 ちょっと納得いかない様子のリーフェ。だが、とりあえず現在の目的はアールから話を聞くことである。怪盗伯爵云々は一旦置いておくことにした。 「怪盗ゼロは本物じゃなかったのよね……アール刑事、あなたも警察官でしょう?本物の怪盗ゼロについて、何か知ってることはないの?」 リーフェの問いに、アールはちょっと困ったようにメロンを食べる手を止めた。 「うーん、といってもねぇ。以前、怪盗ゼロが現れたのって私が警察官になる前だし……」 しゃくしゃく。もぐもぐ。悩みつつアールがメロンを食べる音だけが病室に響く。 「あ!そうだ!キャビネくんなら何か知ってるかもしれないわよ!」 探偵キャビネ。現在行方不明になっている探偵の名に、ジュディらは顔を見合わせる。 「なんか前に"俺が怪盗ゼロと対決した時は〜"的なことを言ってたのよね〜。そういやアレでも探偵だし、怪盗の1匹や2匹や対決しててもおかしくないわよね、うん」 もぐもぐとメロンを頬張りながら言う。なんだか言い様が酷い。 「なるほど、ゼロ本人と対決したことが有るのか……他に何か知ってることは?」 「さあ、それくらいしか聞いたことないもの。あとは本人に聞いてもらった方がいいんじゃないかな」 ルシエラの問いに無責任に答えるアール。 怪盗であるルシエラは、本物の怪盗ゼロと盗みの腕を対決するつもりでいた。その為にはまず探偵キャビネを探し出さなければならないらしい。アール刑事からキャビネの容貌を聞き出すと、彼を探すべく病室を後にした。 病室に残ったのはジュディとリーフェ。アールの話を聞き、考え込んでいたリーフェが、ぽつりと自分の考えを口にする。 「私も元々キャビネを探していたんだけど……それらしい人物を時計塔の付近で見失ってしまったのよね。時計塔では"万国☆面白怪盗大集合"みたいな騒ぎに巻き込まれてうやむやになってしまったけど、怪盗ゼロを知ってる人物なら、もしかしたらあの場にいたんじゃないかしら?」 「でも、崩れた部屋には私たち以外はいなかったはずデスヨ〜。隠れられるような場所もなかったはずデスシ」 ジュディの言葉に、びしっ!と指をつきつける。 「それよ。もしかしたら、本物の怪盗ゼロはキャビネなんじゃないかしら。だから怪盗ゼロ騒ぎが起きて、それを調べる為に姿を消した。時計塔付近で消えたのも、"民衆からの善意の贈り物"に用があったんじゃなくて、時計塔に有る"何か"に用があったんじゃない?」 「な、何ダッテ〜!?」 リーフェの推理に驚きの声を上げるジュディ。そこにアール刑事が無責任にこう言ったから大変である。 「あぁ、"探偵が犯人だった"って偶にあるパターンだし。そういえばキャビネくんって、用もなさそうなのによく時計塔に行くのよね。もしかしたら秘密の隠し部屋かなんかあるんじゃないかしら」 「こうしちゃいられないヨ!事件は病室で起こってるんじゃない、現場で起こってるネ!」 ジュディの自称・保安官助手の血が騒ぐ。いつの間に運び込んでいたのか、病室の廊下に停めてあった愛用のモンスターバイクに飛び乗り、ぶおおおん!!とエンジンを吹かしてそのまま走り去る。 病院の廊下をモンスターバイクで駆け抜けてはいけません。ほら、入院中のおばあちゃんとか腰抜かしてるし。 「待っててヨ!アールの尊い犠牲は決して無駄にしないデ〜ス!!」 ジュディの叫びがモノクローム市営病院にこだました。 「「いや、生きてるって」」 対し、思わずツッコミを入れてしまったリーフェとアールであった。 ◆6.アリマ・リバーシュアの探偵捕獲大作戦 ぶおおおん!とジュディがバイクで走り去った後。隣の病室にはどうにも怪しい入院患者(?)が1人と1匹。 「聞いたか、キキちゃん!どうやら探偵キャビネが怪盗ゼロの正体らしいぞ!俺様の推理が当たったな!」 「キ、キッキ〜……(聞いたけど、なんだその格好……)」 アリマ・リバーシュアとペットのテナガザルのキキちゃんである。呆れたように主人を見るキキちゃんの視線の先には、入院患者の格好をしたアリマ。病院で情報収集をする為の変装なのだが、パジャマも筋肉でぴっちぴちである。こんな健康そうな病人がいるわけがない。 「がははは!俺様の推理をそんなに褒めるな、キキちゃん!」 「キッキ!!(褒めてない!!)」 相も変わらず意思疎通が苦手なコンビであった。 「さて、これからどうするかだが……キャビネを盗むか!!」 「キ!?(はぁ!?)」 突然のアリマの言葉に、キキちゃんが飛び上がる。 「本物の怪盗ゼロなら、もしかしたら怪盗時代に手に入れたレアなお宝を隠し持ってるかもしれないしな。ある筋から仕入れた情報によると、キャビネはヒヨコ堂の限定抹茶カステラが好きらしい!これを使って罠を仕掛けりゃいいんだ」 そう言って街角のあちこちに貼ってあった捜し人のポスターを懐から取り出した。そこには「好物:ヒヨコ堂の限定抹茶カステラ」の文字が。 「キッキ……(そんなんで本当に来るのか……?)」 「がははは!俺様って頭いいな!!」 不安そうにじと目で主人を見るキキちゃんとは裏腹に、上機嫌にアリマは笑ったのだった。その後、ナースコールで"病室に変な人がいます!"と看護婦さんを呼ばれてしまったのは、また別の話である。 ◆7.時計塔へ集う者たち 「しかし、派手に壊したもんだよなぁ」 破壊された時計塔の前にいるのはレイナルフ・モリシタ。警察の調査は終わったものの、時計塔の前には立ち入り禁止を示すテープがはられている。 「とりあえず街のシンボルが壊れたままもなんだし、こりゃ、オレが修理してやんないとな。……お?」 とりあえず壊れた時計塔を調べてみようとテープをくぐったレイナルフが目にしたのは、場違いな代物だった。ダビデ像のような大きめの銅像である。その前にあるのは皿に乗った抹茶カステラと、つっかえ棒をした大きめのざる。棒には紐がくくりつけられており、銅像の後へと続いていた。怪しい。いかにも怪しい。 「コレ、元から有ったもんじゃないよなぁ……まいいか」 あまり深くは気にしないことにしたレイナルフだった。 「わたしの予知能力だと、この辺にキャビネが現れそうなんだけどなぁ」 シエンを連れて、そこへ現れたのは姫柳未来。シエンの次回作の為に、キャビネを見つけて怪盗ゼロについてを教えてもらうつもりである。 「お、未来と偽者のあんちゃんじゃねえか」 作業の手を止め、レイナルフが声をかける。怪盗ゼロ騒ぎの顛末については、レイナルフもも街の人から事情を聞いていた。 「はあ、この度はご迷惑をお掛けしまして……」 頭を下げるシエンに、笑って答える。 「いいっていいって。そういやあんちゃんも暮らし向きとかビンボーそうだよな。とりあえず、市民の皆様の善意は納めとけ。修理のついでに、出てきたもんは運び出しといてやるからよ」 言いつつ、リヤカーに瓦礫の下から出てきた様々な生活用品・ガラクタその他を積み込み始める。 「そういや、売れない絵本作家なんだって?街の人の善意で生活するのにも限度があるしなぁ……よし、あんちゃんがきちんと生活できるように、その売れない絵本"まっくろ怪盗ゼロ"の、モデルになった本物のゼロとやらを見つけてやろうじゃないか!」 「そうそう、わたしもその売れない絵本の次回作の為に、怪盗ゼロ探しを手伝ってるの!」 任せとけ!とばかりにどんと胸を叩くレイナルフと、それに同意する未来。 「売れない売れないって言わないでください……うう……」 2人の善意からの言葉にヘコむシエンであった。善意が痛いこともある。そういうもんです。 「その為にはまず怪盗ゼロに知ってる探偵キャビネを見つけなきゃいけないんだけど、予知能力でわかったのはこの辺に現れるってことだけなんだよね」 べっこりヘコんでしまったシエンには気付かず、未来が困った様子で周囲を見渡した。それを見てレイナルフがごそごそと何かを取り出す。占いに使うらしい大きなサイコロである。 「困った時はやっぱりこれだな。じゃーん、タロットダイスだ!」 「レイナルフ、占いできるの!?」 意外そうに未来が聞く。 「まあな。真摯に求める心が、道を示してくれる力を呼ぶんだ……心静かに祈れ!」 そう言うと「般若ーはらみっだーなんとかかんとか」と般若心経を唱え、おもむろにダイスを振る。 ころころ…… ダイスが止まり、結果を見定めるように、レイナルフがそれをじっと見る。 「ふむ……安心しな、オレの占いでも近いうちに見つかるって出てるぜ」 「そっか。じゃあやっぱりこの辺を探してれば会えるかなぁ」 「しばらく待ってみますかねぇ」 レイナルフの言葉に、未来とシエンがそう言った時だった。 「あ〜はっはっは!!!待ちたまえ!」 その場に笑い声が響く。現れたのは武神鈴。何故か高い所からの登場である。 「あ、その瓦礫どかすからどいて」 「む、悪いな」 だがレイナルフにあっさりどかせられた。その場からのいた後、咳払いをして続ける。 「……こほん。まずは探偵キャビネを探すなどというまどろっこしい方法でもいいが、もっといい方法がある。怪盗ゼロとやらがこの街にいるのであれば、こちらから呼び出せばいいんだ」 そういうと、いつの間にか手元に持っていたロープをぐいっと引っ張る。するとシエンの足元にロープが現れ、あっという間に近くの木に逆さ吊りにされた。 「わーっ!!!?ちょ、何するんですかー!!?」 「本当は時計塔の上から吊るす予定だったのだが、壊れてしまっては仕方ない。さて、あとは映写機でこの映像を空に投影して怪盗ゼロを呼び出して、と……」 「え、ええっと……シエンを使ってゼロをおびき出すってこと?」 状況をよく把握できない未来が鈴に尋ねる。 「その通りだ。"本物の怪盗ゼロに告ぐ、貴様の名を騙り時計塔が崩壊する原因を作った愚か者の身柄を預かっている。返して欲しくば今夜0時までに時計塔跡地まで引き取りに来い。来ない場合遺憾ながら愚か者には時計塔崩壊とこの俺に要らん手間かけさせた罪により突き落としてシケイを執行する"……とでも言えば、多少人の情を持った相手なら現れるはず」 真顔で答える鈴。偽怪盗ゼロであるシエンを追ったせいで、時計塔の崩壊に巻き込まれた恨みはまだしっかりと持っていたらしい。 「も、もし来なかったら……?」 ごくり、と喉を鳴らして未来が問う。 「予定通りシケイを執行する」 鈴が答える。何を当たり前の事を聞いているのだと言わんばかりにきっぱりと。ちなみにシケイとは"私刑"であって、"死刑"ではないのだが、そんなことはその場にいる者たちが知る由もない。 「わー……怪盗ゼロ、来るといいね……」 「ここ、もうちょっと基礎工事ちゃんとしねえと危ねえなぁ。さっさと片付けちまうか。♪ふんふふ〜ん」 「ちょ、未来さん!何遠い目をしてるんですか!助けてくださいよ!!レイナルフさんも鼻歌まじりに基礎工事とかしてないで!!!」 吊られたシエンがじたばたと暴れながら叫ぶ。 「ちょっと待ったー!!!」 そこへ現れたのは、スカーレット・ローズクォーツ。お気に入りの真紅のワンピースドレスと紅いバラの髪飾りでばしっとドレスアップしての登場である。 「た、助かった……」 やっと自分を助けてくれる人物が現れたと、ほっとするシエン。だが。 「怪盗ゼロが狙うなら、やっぱり美女よ!私の方が囮にふさわしいに決まってるでしょう!!」 「助けじゃなかった!!」 むしろライバル心を抱かれた。 「Oh、皆さんもおそろいデスネ〜!」 そこへと現れたのはモンスターバイクに乗ったジュディ・バーガーだった。病院を飛び出した後、キャビネを探すも手がかりがなく、とりあえずまた時計塔へとやってきてみたのである。 「ね、あなたも怪盗が狙うならこのしょぼくれた絵本作家より、私の方がふさわしいって思うわよね!?」 着いて早々、スカーレットに尋ねられた。 「怪盗が狙うもの、デスカ〜?それならジュディのラッキーちゃんが一番デ〜ス♪」 そう言うとバイクに備え付けられた特製飼育ケースから愛蛇のラッキーセブンを取り出す。 「ええっ!?なんで蛇が一番なのよ!」 大蛇にちょっと引きつつ、スカーレットがジュディに食って掛かる。 「イコール、プリティだからデ〜ス!美女とセットにすれば、きっと怪盗ゼロの現れる確率も二倍三倍の倍々ゲームデスヨ〜!!」 言いつつ、ほいっとスカーレットの首にラッキーちゃんを巻きつける。ジュディにとっては善意の行動なのだが、急に大蛇を首に巻かれた者にとっては、その。嫌がらせ以外の何ものでもないよね、うん。 「きゃーっ!!!?」 「とってもお似合いデ〜ス!これで囮もバッチリデスヨ〜!!」 何がバッチリなのか。その場にいた誰もがちょっぴり思った。 「あなたたち……一体、何をやってるの?」 呆れた様子でそこに現れたのはリーフェ・シャルマールだった。現場百回、という捜査の基本を踏襲すべく、また、最後にキャビネが何らかの目的で訪れたらしい時計塔を調べるべく、ここへとやってきたのである。本来は風空魔術を使って迅速かつ隠密に時計塔を調べる予定だったのだが、付近で騒いでいる者たちがいたのでついつい立ち止まってしまったのだ。 「……というか、偽怪盗さんもいるし、怪盗伯爵も、時計塔を壊した犯人もこの近くにいるようだし、ね……」 そう言うとビーコンの表示された機械を取り出す。実は、時計塔崩壊時のどさくさに紛れて、ゴーレムのセンサーで追尾できる発信機を撃ちこんでおいたのである。その辺りは抜かりのないリーフェであった。 「(なにっ!?まさか、俺様の居場所がバレてるんじゃないだろうな!!?)」 「(キッキ〜……(もうわかってるやつにはバレバレだろ……)」 どこからか聞き覚えのあるような声がした気がする。多分賢明なる読者の皆さんにもわかりきっているとは思うが、それはほら、クライマックスまで待っててあげてください。ね? ◆8.リュリュミアのお花畑大作戦 「よし、これで準備万端ですぅ」 時計塔前での騒ぎをよそに、リュリュミアはその近くにせっせとお花畑を作り終わったところだった。ちょうどレイナルフが瓦礫を避けた場所があったので、空き地になった場所に色とりどりの花を植えたのだ。 お花畑の中央には何故かウェディングドレスを着せられた少女がいた。キャビネの助手のエルである。リュリュミアが花粉で眠らせて、ここまで連れて来たのだ。 「……一体何が、準備万端なんですか?あと、なんですかこのふざけた格好は」 と、不機嫌そうに言う。 「あら、目が覚めてしまいましたかぁ。キャビネさんに見つかるまでは眠っていてもらう予定だったのですけれどぉ」 「あなた、誘拐犯ですか?言っておきますが、私を狙っても何の金銭的得もないと思いますけど」 じとーっとリュリュミアを見るエルに、いつもの調子のスローペースで答える。 「まさかぁ、そんなのじゃないですよぅ。あのですねぇ、キャビネさんは誰にも内緒で怪盗ゼロを追いかけてるみたいですけれどぉ、どうしてかなぁって思ったんですぅ」 「はぁ」 エルはピンとこない様子で曖昧に頷く。更にリュリュミアは続けた。 「もしかしたらぁ、キャビネはゼロのことが好きで、逢いたいけどけど捕まえたくはないからこっそり捜してるんじゃないですかぁ」 「……はい?」 エルの目が点になる。 「エルさんはキャビネさんを捜していますけどぉ、肝心な時にいないじゃないですかぁ。もしかしたらエルさんが怪盗ゼロじゃないですかぁ?」 ぽわわ〜んとしたリュリュミアの言葉に、エルは眉間を抑えつつ尋ねた。 「……なるほど、あなたの言いたいことはわかりました。仮に私が怪盗ゼロで、先生がゼロを好いているとして、何故私がこんな格好でこんな場所にいなければいけないのですか」 「事務所に"探偵さんの大切なものをいただきますぅ"って予告状を残しておきましたぁ。きっとキャビネさん、エルさんを捜しにくると思うんですよぅ。そしたらお花畑でエルさんを見つけて、ハッピーエンドですぅ」 そしたら素敵ですよねぇ、とうっとりするリュリュミア。 「確かに今までいろいろな事件に関わってきましたが、こういうケースは初めてなんですけど……なんだか、頭痛がしてきました」 エルがややげっそりとして言う。 「え〜、大丈夫ですかぁ」 そしてその言葉を聞いて、頭痛の原因を知らないリュリュミアが心配したように言ったのだった。 ◆9.探偵キャビネの帰還 さて、崩れた時計塔を近くの屋根の上から見つめる影が1つ。怪盗伯爵ことルシエラ・アクティアである。ルシエラは時計塔の前で騒いでいる面々には目もくれない。視線は一点を……時計塔の残骸のある部分を見つめ続けている。 右手には意思の実。近距離にいる相手に意志を伝えられるアイテムである。ペットであるレイスにもそれと同じものを持たせ、キャビネを捜索していたのである。 「……そろそろか。役者が全部揃うのは」 意志の実を懐にしまい、懐中時計を取り出す。時刻はあと数分で昼の12時。夜と昼との違いは有れ、昨日のように時計塔にこの事件に関わる人々が揃い始めていた。 がたごと。 石を動かすような音がする。時計塔の前にいた者たちは、ある者は会話を止め、ある者は作業の手を止め、耳を澄ませた。 がたごとがたごと。 「What!?何か聞こえマ〜ス!」 「な、何?何の音?」 ジュディと未来がきょろきょろと辺りを見回す。 「まさか、怪盗ゼロ様がいよいよ現れるのかしら!?」 期待を込めてスカーレットが言った。 「ん〜……この辺、からか?」 その場所は元は時計塔の一室だったと思われる。レイナルフが作業用のツルハシを引っ掛け、瓦礫の1つを横へとどけた。途端、床板そっくりの隠し扉が開いて、一人の人物が顔を出す。 「お〜、開いた開いた。ったく、重石が乗ってるみてぇに動かねぇんだもん。この扉、立て付け悪くなってんのかな?」 ぶつぶつ文句を言いながら、よっこいしょ、と出てくる。鳥打帽をかぶった長身の男である。 と、男はその場にいる皆の視線が自分に集まっていることに気が付いた。 「……先生?」 集団の後ろにいたエルが、訝しげに尋ねる。 「おー、エル。何してんだこんなとこで。ていうか何、その格好?」 「ウェディングドレスでハッピーエン……もがっ」 「……格好については聞かないでください」 ハッピーエンドですぅ、と言おうとしたリュリュミアの口をエルが塞いだ。どうもその話題には触れて欲しくないらしい。 「あと、あんたら誰?珍しいな、この時計塔にこんなに人が集まってるなんて」 キャビネは帽子を脱ぎ、珍しそうに周囲にいる人々を見渡す。その時計塔がすっかり壊れて崩れてしまっているのは気付かないのか、と誰もが思ったが。 「時計塔、壊れちゃってもうないですよぅ」 思っただけではない者もいた。 「え!?……本当だ!時計塔ねぇ!!なんで!!?」 やっと気付いたように上を見る。一晩で崩れ去っていたら驚くのは確かだが、気付くのが遅い。 「えーっとね……あなたが居ない間に偽者の怪盗ゼロ騒ぎとかでいろいろあったんだよ」 未来が説明しにくそうに言った。昨夜の出来事を今、一言で説明するのはさすがに難しい。 「そう……問題は怪盗ゼロなのよ。私たちは怪盗ゼロを探しているの。あなたはゼロ本人と対決したことがあるって聞いたけど……?」 「そうだ!怪盗ゼロはどこにいるんだ!?」 リーフェが問い、鈴が答えを急かすように言う。 「……そもそも、怪盗ゼロの騒ぎが起きた後、姿を消して何をしていたの?私は、時計塔の近くであなたらしい人物が消えるのを見たわ。その隠し部屋には何が有るのかしら?」 「あぁ、それはな……」 真相に迫るリーフェの問い。キャビネも真顔でそれに応ずる……かに見えたが。 「あ、ちょっとタンマ!それより大変なんだよ、大事件なんだよ、一大事なんだよ!!さっき事務所に戻ったらさぁ、"探偵さんの大切なものをいただきますぅ"なんて予告状が置いてあってさぁ!!きっとアレだよ、怪盗的なものが大事にしまっといた抹茶カステラを盗んでったんじゃ……!!」 がっくり。真面目に真相を追究しようとしていたリーフェがつんのめりそうになる。他の者たちも同様である。 「えっとぉ、それはぁ……」 リュリュミアが説明しようとするが、キャビネは聞いていない。 「こんちくしょー!怪盗め!善良な市民の三時のおやつを盗むとは!!どこ行っちまったんだ、俺の抹茶カステラー!!!」 抹茶カステラの為に叫ぶ探偵、22歳独身。 と。 その場にいる人々は、すっかり存在を忘れられていたかに見えたダビデ像っぽい銅像と、その前に仕掛けられた抹茶カステラとざるの罠を思い出す。 「……まさか、まさかだけど、アレに引っかかる……なんてことないわよね」 「いや……大の大人がそれはないだろう」 スカーレットがぐるーり、とそちらを見る。鈴が同じく、同意するようにそちらを見た。 「あっ!抹茶カステラだ!!」 ずっしゃあああ。2回に渡って皆に捜索されていた探偵は、0.2秒ジャストでざるに滑り込んだ。スライディングで。 「Why!?見え見えの罠なのに自分から飛び込んでいったデ〜ス!!」 ある意味、自己犠牲。ある意味、武士道。感嘆したように(しないでも良いと思われる)、叫ぶジュディ。 すると、銅像から皆に聞き覚えのある豪快な笑い声が聞こえてきた。 「がはははは!かかったなキャビネ!!とうっ!!!」 全国のファンの皆様、お待たせしました。キャビネを捕まえようと銅像に隠れていたアリマ・リバーシュアである。元々はキキちゃんにざるを落とさせ、銅像となった自らが重石となってざるを押さえ込む作戦だったのだが、キャビネ自らがざるに飛び込んできたとあっては、これを逃す手はない。台座から華麗にジャンプする。 べっちゃり。 しかし、飛び込んだ一寸先は闇……ではなく、コンクリートだった。 「うおおお!?なんだコレは!?何故こんな所に固まりかけのコンクリートがッ!!?」 「あ、悪い。なんか邪魔な銅像があるからさ、さっき移動したんだよなー」 順調に工事を進めていたらしいレイナルフ。瓦礫前に置かれていた(?)像が邪魔だからと、場所を移動していたのだ。よくよく見ると罠との距離はだいぶ離れている。 「キッキ〜(だからこんな作戦、止めとこうって言ったんだよ)」 罠の近くにこっそり潜んでいたキキちゃんが呆れたように言った。 「ああ、心配するな、キキちゃん!コンクリートなんぞすぐに抜け出して……」 「……ほう。その声、聞き覚えがあるな。確か……時計塔を破壊した犯人もこういう声だったような」 じたばたもがくアリマの前にゆらりと現れたのは鈴である。手には小型ロボ。ロボの両手にはバチバチと音を立てる高圧スタンガンが装備されている。 「ちょ、ちょっと!?一体何を!!?」 「ふ、ふふふ……ふっふっふ……この俺を敵に回した事を後悔するがいい!」 「……キッキ(……南無)」 キキちゃんが合掌した。 「ぎゃあああああああ!!?」 こうして、モノクロームの街に、アリマの悲鳴が響き渡ったのだった。 ◆10.美少女戦士怪傑アールエックス登場、そして、怪盗ゼロの話 「そこの科学っ子青年!市民をスタンガンで虐待するのはお止めなさいっ!」 時計塔前に凛とした声が響く。現れたのは、何故か70年代アメコミヒーロー風の格好をしたアール刑事であった。 「その調子じゃ、アールくん……ではなく、美少女戦士怪傑アールエックス!派手に街の平和を守って、君自身が時計塔の代わりの観光資源になるのじゃ!」 物陰からアールを応援するのはエルンスト・ハウアー。 時計塔という街のシンボルが消え去り、モノクロームには目立った観光資源はなくなってしまった。シンボルを失った町の人々を勇気付けるため、そして、観光客を呼び込み時計塔建て直しの予算を獲得するため、エルンストはアール刑事をそそのかし……もとい、説得し、"美少女戦士怪傑アールエックス"として活躍させることを思いついたのである。 「エルンストさん……完璧に今回の騒ぎ、面白がっているでしょう」 リーフェがため息をついた。エルンストも悪びれず答える。 「だって面白そうじゃし」 きっぱり。即答であった。 「また変なのが出てきた……もう!怪盗ゼロ様はいつ現れるの!」 うんざりしたように言うスカーレット。彼女は、いつまで経っても現れない怪盗に業を煮やしていた。 「それは私が説明しよう。怪盗ゼロは"もういない"のだろう?」 怪盗伯爵・ルシエラがその場に音も無く現れた。ざるから強奪した抹茶カステラをもふもふと頬張っているキャビネ(まだ食べてたのか)に歩み寄る。 「本来であれば、伝説の怪盗とやらと対決してみたかったが……存在しないのであれば仕方がない。キャビネくん、君から詳しいことを説明してもらえるかな?」 「あー、ゼロじいちゃんね。死んだよ、2年前に」 「「「ええええっ!!!?」」」 キャビネとルシエラ以外のその場にいた全員が声を揃えた。 怪盗ゼロ。本名ミリオン・モノクローム卿は、モノクロームの時計塔を作った資産家であった。金と暇を持て余し、突飛なことを思いついては度々周囲を困らせていたという。怪盗の真似事を始めたのもそんな思い付きの1つで、無理をし過ぎてぎっくり腰を起こすまでは"怪盗ごっこ"を楽しんでいたらしい。 「しかし……老人が思いつきで怪盗の真似事をしようと思った所で、実際にそんなことできるのか?身体がついていかんだろう」 時計塔崩壊時の恨みを晴らし、幾分すっきりした様子の鈴が聞いた。 「そこは成金趣味の金持ちのやることだったからなぁ。良かったら見てみるかい?怪盗ゼロの秘密をさ」 キャビネが答える。指差したのは、先ほど彼が現れた隠し扉だった。 時計塔地下の隠し扉の中には、驚くべきものが隠されていた。 広々とした空間にしまわれていたのは、この世界・サンクチュアリの先進文明であるガジェットの山。身体に装着できて身体能力を高めるもの、搭乗して自由自在に空を飛べるもの、鍵や錠を解除してくれるもの、etc……。ありとあらゆるガジェットが地下にずらりと並べられていた。ヒーローの秘密基地もかくや、といった様子である。 「確かに……これなら老人でも怪盗の真似事ができそうね……」 「うわぁ……これだけ揃えるの、いくらかかってんだろう」 見慣れない機械を興味深げに観察するリーフェ、あまりの数に呆然とした様子の未来。他、同じく部屋に通された者たちも、様々なガジェットに圧倒されていた。 「俺、実はそのゼロじーちゃんの孫でさ。"怪盗ゼロがまた現れた"って聞いて、この部屋のガジェットを誰かに持ち出されたのかなと思ったわけ。この部屋のこととかエルに言ったらうるさそうだしさー。でも、数日調べてみて、その怪盗ゼロがほっといても大丈夫そうだってわかったからそろそろ帰るつもりだったんだよ」 「そうだったんですか……それならそうと、言ってくれれば良かったのに」 キャビネの説明に、ようやく事情を飲み込めたエルが言う。隠し事をされて、少し憮然としているようではあったが。 「なるほどねぇ。とりあえず、怪盗ゼロの正体はわかったし、キャビネくんは帰ってきたし……」 「これにて一件落着デ〜ス!!」 アールの言葉をジュディが続ける。こうして、人騒がせな怪盗ゼロ事件と、探偵キャビネ行方不明事件は解決したのだった。 ◆11.エピローグ 「皆さん、事件解決を祝って打ち上げデ〜ス!今日はジュディがおごりマスヨ〜!!」 ジュディの言葉に歓声がおきる。場所は港近くの食堂兼酒場。事件に関わった者たちが集まり、それぞれに食事や酒を楽しんでいた。 「今回は2つも事件が重なってそりゃあ難事件だったけど……まあ、私にかかればちょろいもんよね!」 ほぼ何もしていなかったアールが言う。未成年なので手にしているのはジョッキに入ったオレンジジュースである。 「まあ直接事件解決はしておらんがの。今回は新ヒーローをお披露目できただけでもよしとするかのぅ」 既に次の観光資源ヒーロープランを考えているらしいエルンスト。手にした企画書(?)には"美少女戦士怪傑アールエックスダッシュ"等と書かれている。名前がどんどん長くなるのは仕様である。 「エルさんは怪盗ゼロじゃなかったですけれどぉ、キャビネさんはぁ、エルさんのことを好きなんですかぁ〜?」 こちらはコップに入った水を手にしたリュリュミア。近くの席でジュースを飲んでいたエルが咳き込む。 「げほっ!ごほっ!!……だから何がそうなってそういう思考になるんですか?」 「あ?何か言ったか?」 「何でもありません!!あと先生、カステラ食べすぎです!」 もふもふと幸せそうに抹茶カステラを頬張りながら振り向いたキャビネを、ぐいと別方向に向かせる。 「はぁ……なんだか、今回は疲れたわ……。そういえば、あのガジェット達、眠らせとくのはもったいないわよね……研究材料にどうにか1つくらいもらえないかしら……」 ガジェットへと思いを馳せるリーフェ。その隣のテーブルでは、スカーレットが突っ伏していた。 「怪盗ゼロがおじいちゃんで、しかも亡くなってたなんて……うう、私の薔薇色の人生計画が!……あ、でも、私には怪盗伯爵様がいるじゃない!怪盗伯爵様〜!!」 急に元気を取り戻すと、カウンターで静かにカクテルを飲んでいたルシエラの元へ。 「あの、その、あなたになら……私、攫われても良いかなって……」 顔を赤らめ、今度こそ怪盗に攫われる美女計画を実行しようと口を開く、が。 「すまないが、私は女だ。君の期待にはそえそうにない」 きっぱりと答えるルシエラ。 「まあ、怪盗伯爵様が女性……えええーっ!!?」 夢見る乙女・スカーレットはモノクロームの酒場で撃沈したのだった。 「……そういえば、何か忘れているような気がするんだが」 「シエン、どこに行っちゃったのかなぁ。怪盗ゼロを探す手伝いをしたら、次の絵本に私を出してくれるって約束だったのに」 ふと、鈴と未来が何か忘れていることを思い出しそうになる。 「「まあいいか」」 だが、そんなことより今のこの時を楽しむことにしたのだった。 「♪ふんふふーん、ひとつ積んでは母の為〜」 モノクロームの時計塔跡地。上機嫌で時計塔の修復作業中のレイナルフの歌が聞こえてくる。なんで賽の河原風の歌詞なのかは謎である。 その近くの木に、吊るされたまますっかり忘れ去られたシエンがいた。 「あのー!ちょっとー!!誰かー!!!頭に血がのぼってきたんですけど!目の前が赤いんですけれどー!!」 と、その近くに放置されていたコンクリート……もとい、アリマ入り銅像入りコンクリートに、ぴきぴき……とヒビが入る。 どっかーん!! コンクリート+ついでに銅像を粉々にし、現れたのはアリマだった。 「がはははは!!俺様をこの程度で仕留められると思うなよ!!!」 「うわ、さっきの変な人!」 吊るされたシエンが、びくっ!と怯える。そりゃ、コンクリと銅像を粉々にしつつ現れられたらびっくりである。 「でもこの際変な人でもいいや!すみませーん、助けてくださーい!!」 命と、変な人に係わり合いになるリスクを天秤にかけ、意を決して声をかける。 「む、何してるんだ?そういう健康法か?」 「違いますよ!!」 即答する。ついでにかくかくしかじかと事情を説明する。 「なるほど……だが、確かお前は俺の商売敵だ。普通だったら商売敵を助ける理由はないんだが……何かお宝のひとつやふたつをくれるんだったら考えてやってもいいぞ!」 偽怪盗ゼロ=シエンを商売敵と見ているアリマが交渉を持ちかける。転んでもコンクリで固められてもタダでは起きない男である。 「じゃあ、僕の絵本、"まっくろ怪盗ゼロ"シリーズ全巻を!!」 「さらばだ、商売敵!」 即決であった。 「がはははは!待たせたな、キキちゃん!心配しただろう!!」 「キキッ(待ってないぞ)」 さくさくとキキちゃんを肩に乗せ、歩き去る。 「な、なんでですかー!!ちょ、ちょっと!帰らないでくださいよ!!助けてくださいよー!!!」 売れない絵本作家(兼新聞記者)シエン。やっとのことで彼のことを思い出した人々に救出されるのは、もうしばらく後の話である。 というわけで、モノクロームの街は今日も平和なのであった。 |