『Velle Historia・第2章〜煌めく風の息吹』  第3回

ゲームマスター:碧野早希子

 静かなる襲撃。それは無意識の内に恐怖を植えつけられる――。


 ヴェレスティア総合病院が襲撃された夜、ほぼ同時刻。
 大統領のワイト・シュリーヴから総合病院の事態を知ったツァイト・マグネシアは、急ぎ向かおうとしたがまた体調を悪くする。
(……やっぱり、この感じは間違いないが……証拠が掴めん……)
 レイアイル邸のソファーでツァイトが横になってはいるが、頭には枕――ではなく、ジョリィが。
「うーんうーん、おもいぢょー。でもちゅぼにあたってきもちいー」
 痛いのか嬉し泣きするのかどっちかにしろと言いたくなるが、あえて言わない事にするツァイト。
「大丈夫ですか? 長官」
 ナガヒサ・レイアイルことナーガ・アクアマーレ・ミズノエの一人息子でL・Iインダストリーの2代目社長、テツト・レイアイルが来ていた。
 首を縦に振りながら、何故かため息をつくツァイト。
「ツァイトでいいと言っているが……それより、呼び出してすまん。皆病院に出かけててな、俺も後で行かなければならない。こいつらをここに残しても心細いだろうから、ついていてくれないか? 仕事が忙しいのはわかってるがな」
 アホ……もとい、ジョリィとニシキヘビのラッキーセブンの事を言っている。蛇の尾で首の辺りをぺしぺし叩かれながらも、ジョリィはだーっと涙を流しながら気持ちいいと感じているようだ。
 テツトはにこりと笑って、承諾する。
「構いませんよ。僕に出来るのは、仕事の他にこういった事しか出来ないから」
「それにしても……久しぶりに会うと、ますますナーガに似てくるな」
「似てますか? そんなに父さんに似てるのかなあ……」
 ナガヒサの若い頃にそっくりだと、ツァイトは言う。とはいえ、ナガヒサの若い頃は女性に見間違えられたぐらいの顔つきであるのに対し、テツトはナガヒサからしわを取って髪型を若者らしくしたような感じになっている。
 突然電話が鳴り、テツトが受け取るとすぐにツァイトに手渡す。
「ソラリス語で『ツァイト長官に代わって下さい』と……ザルドズさんから」
 ツァイトはむくりと起きて、話をする。テツトはビジネス上、ある程度のソラリス語は聞き取る事ができる。
「忙しいんですね。病院のほうに監視対象がいるのですか?」
「まあな……実際は病院関係者ではなく、この襲撃を企てた首謀者だ」
 首謀者とは一体誰なのか――この時点では未だ知る良しもなかったが、ツァイトは見当がついているようだ。だが、証拠が掴めていないのもまた事実である。
 やはり現場に行けば、現れるかもしれない。会いたくもない、ナーガの身体と心に傷をつけた人間に。そして、自分と因縁のある人間に。
 それが必然的なものであろうとなかろうと、遭ってしまうのだ。

Scene.1 八賢者とは、いかなる存在なのか?

 天空遺跡の地下・育児施設で、一人調査に勤しむシャル・ヴァルナード。
「今日は一人で調査……本当はボクも病院に行って守りたいけど、これを何とかしないと……」
 目の前には、八賢者の血液型リストを中心に、大量に置かれた資料の山。
 腕を組んで考え込むシャル。
「そういえば、八賢者って何の為に組織されたんでしょうね。天宮の――皇帝の直属とはいえ」
 ただ皇帝を守護する立場である事は間違いないのだが……水の賢者だけは特別な立場につけられていたようにみえる。強制とも取れそうな、そんな感じがナガヒサの言葉から連想される。
 わからない事はまだある。八賢者の司るものは色で何とかわかる。その内六つは予想はつく。
「ナガヒサさんの司る水の色が青ならば……赤は『火』で、緑は『風』。白は『光』、黒は『闇』、黄は『大地』って事になるんですよね。でも、紫と灰が何を司っているのかはわからない」
 同じ『SDDDeSb』型の血液型を持つ賢者達。その内、O型でSDDDeSb型のは青と黄の二人だけ。
「輸血された血は、この黄色の賢者の確率が高そうですね……」
 この人物について、念入りに調べようとした。だが、残念な事に該当するものが何処にもない。
「何でこれに関しても無いんでしょうね……余程八賢者に関しては触れてはいけないというルールなのでしょうか。皇帝って一体何を考えていたんでしょうね」
 ため息をつき、今度はナガヒサの事を考え始める。先月彼が話していた、『薬を飲まされていた』事を。
 膨大な資料から、それらしきものを探してみたが、該当するものがない。
「おかしいですね……薬の製造や実験のはあるのに、ナガヒサさんが飲まされたものが何処にも載ってないなんて」
 首を傾げるシャル。これも皇帝によって表記しないようにしているのだろうか。
 八賢者は育児施設でさえも触れてはならぬヴェレ王国最優先の『極秘事項』だというのか。ならば、八賢者本人でしか聞く事が出来ないのかもしれない。ただし、質問しても答えてくれるかどうかが問題だ。特にナガヒサは思い出したくないようだから。
 後ろで音がした。女性の声だ。
「お久しぶりです、シャルさん」
「ルシエラさんですか。こっちに来るなんて聞いてませんけど?」
 ルシエラ・アクティア。シャルの生まれ故郷と同じ世界の出身者で女優の経歴を持つ。
「目を通すのに忙しそうだから、振り向かなくて結構ですよ」
「すみません」と、書類を見ながら話すシャル。何か面白そうだから手伝おうかと彼女から告げられたが、
「どうしましょうかね。病院の事も気になるけど……」
「何かあったのですか?」
 来たばかりのルシエラに説明をするシャル。
「あら、そっちのほうが面白そうですね。戦いの舞台には、わたしも出ないと」
 そう言って、シャルの相棒犬ハンターを連れ出す。交換条件として、彼女のペットであるゴーストの『レイス』を預ける。
「もし何か連絡したい事がありましたら、この子に伝言をお願いしますね。こっちも何か進展あったらハンターを通じてお知らせします」
 素早く去っていくルシエラ。彼女の姿を一回も見ずに夢中になっていたシャルは、広い施設の中で深いため息をついた。
「相変わらずですね、でも安心したようなそうでもないような……」

Scene.2 病院内攻防

「こんな時に襲撃とは……時間とこの場所を考えて欲しいものです」
 梨須野ちとせはため息をついていた。SDDDeSd型の血液を質問していたところだったのだ。換気口に入り、フェイタルアローを構え、敵が来るまでの間トキホ・ペインとマーガ・グレイに血液の質問をしてみた――あの血液が一般的でいう血液でない『ある種生物』のようなものとして、これそのものにリミッターをかける事が出来るのだろうかと。
「それは通常難しいんじゃないか? 血液に含まれている血球は確かに細胞成分だが……」と、マーガ。
「よほどの術者で血液に詳しいか、詳しくなくても強く念じれないと出来ないような気がしますよ。或いは……特殊な魔導でもない限りは」
「特殊な魔導……たしか『リミッターは上級魔導で、八賢者と皇帝、一部の天空階級にしか使えないものだ』とナガヒサさんは言っていたんですよね。対象者に対して強い暗示をかけるようなものだから」
「話の途中で悪いんだけどね、侵入者は確かにこっちに向かってる。十人前後だね。一部は見張りとして外の周辺に、後は他の階へ数人程度移動しているだけさね」
 マリー・ラファルが通信で割り込み、ちとせに連絡する。
 病院内のセキュリティは正常に作動していたが、外に停めてあった所有のエアバイク『ラリー』に管理させているところ、ほんの数分の間だけ解除されていた痕跡を発見した。侵入者の中にセキュリティに長けた人物がいるのか、それとも病院内を把握できる人間がいるのか……。
「見張り役や他階へ行った人は囮も兼ねているとみていいのかもしれませんね。時間稼ぎをしつつ、用を済ませるなんて事はさせません」
 集中治療室の扉の前では、リーフェ・シャルマールとマニフィカ・ストラサローネが構えていた。
「未使用のベッドで簡易バリケードとは。さすがですね」
「ウィンディアが渋々だけど納得してくれたからね。『破損の場合の保障が大変になるけど仕方がない』って」
 ウィンディア・シュリーヴは神妙な顔つきをしていた。首を横に振りながら「嫌な予感がする」と呟いていた。
「それと、『銃撃戦や白兵戦は避けたい』とも言ってました。何十年か前に幾つかの官庁同時爆破テロ未遂事件があったそうなんですけれども、革命後の教訓も含めてとはいえ、きれい事は言ってられませんしね。別に今回は建物を破壊するわけではないですが、多くの弾痕や魔法痕が残る事を覚悟しないといけません」
 先程までポッドに眠るナガヒサに天空願をかけていたマニフィカ。例え気休めであろうとも祈らずにはいられない、目覚めるまでは。
「『阿』と『吽』には、なるべく侵入者の足止めと捕獲を手伝って下さい」
 マニフィカは神気召喚術で青銅の狛犬を2匹召喚し、彼女自らも炎を宿らせた三叉槍を構える。
「廊下の窓は目張りしたし、通路にはベッドのバリケード。何が何でも死守しなければね。私も出来れば生け捕りして黒幕とか聞き出したいわ」
 支給されたレーザー・弾丸兼用小型拳銃『LI-2500』を持って攻撃態勢をとるリーフェ。
「来るよ!」
 通路の向こうから、侵入者が角を曲がってこっちに向かってくる。マリーが引きつけるように戦い、天井の換気口からちとせが矢を放つ。威力は小さいが、これでも十分不意打ちには役立っているのだ。
 マニフィカが廊下の一部を炎上させて敵を足止めし、すぐさま水氷魔術で延焼を防ぐ。これを繰り返している。
「焼け跡は残らないけど、侵入者には傷が残りますわね。それでもなお、先へ行きたい意志は認めざるを得ませんね」
 侵入者は怪我を負っても集中治療室へ向かってくる。
「病院での戦闘は避けたいけど、仕方がないのよね。だからこれ以上は行かせないわ」
 リーフェは風空魔術でかまいたちを発生させ、侵入者の周囲の気圧を一気に加圧と減圧を繰り返し変動させ、時々発砲で威嚇する。
 相手が体調不良を訴えたところで、マニフィカが三叉槍で取り押さえ、召喚の狛犬も上から侵入者を圧し掛かった。
「高山病みたいな症状になってるから息が苦しいと思うけど、じきに楽になるわ」
 確かに荒い息をしている。悪心や嘔吐、耳鳴り等がするのが高山病の特徴。
「やりましたね。ここで暫く大人しくしてもらったほうが良いかもしれませんね」と、ちとせ。
「さて……こいつ等には後で事情徴収するとするかね。それにしても、特別機動隊が来ないね」
 マリーの言葉に反応したのか、侵入者の一人が意外な言葉を口にする。
「来る訳ないだろう……足止めを食らってるんだ」
「どういう事ですか?」
 マニフィカが三叉槍で侵入者の首筋を当てて聞き出そうとする。
「病院の周辺には見張りが十数人、それ以外に通りそうなルートで先回りしてるんだ……うっ!」
 突然、口から血を吐いた。高山病の悪化かとリーフェを見たが、何もやっていないと首を横に振る。具合を見ると、
「意識が微かにあるけれど、危険な状態になってる。高山病でも血を吐く事なんて聞いてないから……体内で異常をきたしたのかもしれない」
 それが魔術のせいではない事はわかっている。生命に関わらない程度に加減したのだから。だが、何故突然そうなったのかは謎だった。
「とりあえず、別の病室に運びましょう。他の無事なほうのは、ここで待っててもらいましょうか」

Scene.3 病院へ突入

「ナガヒサを襲った犯人を追ってる間に、今度は病院が襲撃受けるとはな……」
 グラント・ウィンクラックは、所有のエアバイク『凄嵐』でヴェレスティア総合病院に向かっている。交通違反に該当するくらいのスピードを出して。
「時速400キロか……間に合ってくれよ」
 病院内の詳細と、医師や看護師、患者等の避難経路を確認する。一部の階では重病患者がいる為に避難できず、厳重にエリアを封鎖しているところがある。
「これでは上空から突き破るって事が出来ないな……」
 その時、甲高い警告音が聞こえてきた。それは病院に近づくに連れて大きく聞こえる。
「グラントさん、言い忘れていましたけど」
 アンドロイドのA・ナガヒサ・レイアイルが通信してきた。
「そのスピードで病院や政府官庁、関連施設に近づくと警告音が鳴るようになっているんです。何十年か前ですが、天空階級の一部が複数の官庁で飛行機を使用した爆破テロを起こそうとした事がありましてね、それ以来そのエリア圏内では上空からの侵入に関して、緊急車両以外のスピード減速及び許可制で接近禁止になっているんです」
 因みに、大きく損壊した場合は元の状態に戻すのに長い歳月の修復と莫大なお金がかかる。建物が全壊した場合はより多くかかる。それまでの間、他方への輸送にも余分な労力と時間等によって一部の機能が麻痺する恐れがあり、何らかの緊急事態に行動できるかが不透明なのだ――たとえ大地革命を経験し、それを教訓としていても、四半世紀経っているのだから予想もしない事態が起きても仕方がないのかもしれない。
「それと」エスト・ルークスも通信に割り込む。
「君達は他世界の人だから、もし破壊活動やそれに近い行動を起こされると後々厄介になってしまうわ。現段階ではそれを取り締まる制度はないけれど、これがきっかけで必要性が高まり、厳しくなる恐れがあるの」
「な……じゃ、駄目か。仕方がねえ」
 スピードを落とすグラント。どちらにしろ、病院の中には未だ人がいる。しかも、人間のナガヒサもいるのだ。
 先月の天宮のは負の遺跡であり誰も住んでいないから派手にやったが、今回はテロ未遂事件という過去の事例により、天井や床を切り破って集中治療室の近くまで直接行く事が出来ない。
「遠回りになるのは面倒くさいが……」
 屋上から入り、階段で下りながら目的の場所まで走るしかなかった。無論、病院内にどのくらいの不審者が潜んでいるのかわからない。慎重に行かなければ……。



「ふう……壊されずにすんだわね。それにしても、気付かれずに病院襲撃とは……ある意味派手にやってくれるわね」
 シエラ・シルバーテイルは仁王立ちで病院の様子を伺う。静かではあるが、中に侵入者がいる事は間違いない。
 未だ、特別機動隊は到着していなかった。ワイトも公務で到着が遅れるらしい。
 シエラの他には、近くにA・ナガヒサとエストがいる。
「ねえ、アンドロイドでも武器は持ってるんでしょう?」
 目からビームを発するとか口からバズーカを発射とか思っていたらしいシエラだったが、A・ナガヒサが出した武器は、意外にも銃――LI-2500だった。
「私は戦闘用ではありませんからね。とはいえ、戦闘パターンをプログラミングすれば出来る筈ですが」
 彼は記憶素子搭載型ではあるものの、戦闘用に特化されているわけではない。「今度護身用のプログラムでも組み込んでおくべきじゃないかしら」とシエラはとりあえず告げる。
「善処しますよ。ところで……どうやら見張り役の怪しい人達もいるようですが」
 病院の入り口に二人、周囲の木に十数人隠れていた。
「話し合いしてくれる雰囲気じゃないわね……」
「向こうは銃器類持ってるし、行動次第では蜂の巣にされるのがオチね……って、あれ? また警告音が……」
「どいてドイテ〜あぶないヨ〜!」
 ジュディ・バーガーが遅刻でもしたかのように、大型バイクで突っ込んできた。レイアイル邸で居眠りしていたところを、病院襲撃の情報が入って飛び起き、ジョリィと遊んでいた(?)ラッキーセブンを残し、交通違反してしまうくらいのスピードを出してきたのだ。
 A・ナガヒサはグラントに連絡した時と同様の注意を告げ、慌ててジュディがブレーキをかける。
「うわわわわわ〜!」
 うるさい警告音に負けぬくらいの、バイクの大きいブレーキ音。道を外れて近くにあった自動販売機に激突する。が、何故かバイクは見たところ無事のような気が。
 入り口にいた不審者二人が発砲する。エストは銃を構えて数発発砲した。
「ここは病院デース。命の危険を晒そうとする人は許さないからネ〜!」
 ジュディも負けじと、その自動販売機を軽々と持ち上げ、別の不審者に投げつける。見事当たって下敷きにさせて動けなくした。
「すごいというか、並大抵の力じゃないですね。さすがスポーツ選手だけあって、鍛えているわけですか」
 感心するA・ナガヒサ。
「感心している場合じゃないわよ……総合病院の備品でも、壊したら政府や業者がただじゃすまないわよ」
「それ気にしてたら人間のナガヒサを守れまセーン。人の命はちゃんと守ってるヨ」
 とにかく先に開き直った者が有利だという事を知っているジュディだが、別の自動販売機も投げて大暴れする始末。
「修羅場の数なら誰にも負けてまセンヨ〜」
「負ける負けないの問題では……」
 もはや観戦状態のA・ナガヒサ。そこへ、一輪のバラが投げ込まれて地面に突き刺す。
「何だか大変そうですね。この『怪盗紳士』も手助けしますよ」
 タキシードに身を包み、シルクハットをかぶった仮面の人物……正体はルシエラなのだが、行動しやすい点でその格好をしているようだ。
 暫くして、見張り役は全員片付ける事ができた。
「有難う、それにしてもここでは見かけないわね」と、エスト。
「わたしはシャルさんの知り合いでしてね。彼から知り得た情報があれば伝えたかったのですが……今のところ、どうも無さそうだったので。それではご縁があったら会いましょう……御機嫌よう」
 ルシエラは夜の闇へと姿を消す。エスト達は去っていったほうを見つめていたが、別の人がこっちに歩いてきた。
「ほほう……随分派手にやっとったのう。しかし一体何があったんじゃ?」
 天空遺跡を離れてナガヒサの様子を見に、エルンスト・ハウアーが考え込みながらやってきた。
 散乱する数台の自動販売機と不審者を見、苦笑いしながら襲撃の事を簡略に話すエスト。
「物騒な事をする輩がいるもんじゃな。おそらく皇帝支持派みたいな手の者なんじゃろうが……まあ丁度良い。捕まえて色々と話を聞かせてもらうとしようかの。幸い、病院というものは生を得る場であると同時に、死が待ち受ける場でもあるからのう」
 死の香る澱んだ気配を持つ場は、ダンジョン深部や古城、墓場等のように自分のような者に力を与えてくれる――そう考えるエルンストは集中する。
「この場に彷徨える者達よ、ほんの少しの間だけワシの声に耳を傾け、力を貸してくれ。そして今殺された者達よ、その無念を、己を殺した者達に返すのに力を貸してやろう。暫しの間、黄泉還りあやつ等を捕らえるのだ……」
 入り口付近からは見えないが、殺された者等がゾンビとして復活し、不審者の後を追った。
「まだ追いついておらぬようじゃ。さて、ワシ等も行くとしようかの」
「わたしは3階から侵入するわ。他にもいそうな気がするから。それと、派手な技を使う人は外でお願いしたいわ。病院の中じゃ非常識でしょ」
 シエラは腰をかがめて思い切りジャンプする。本当に3階まで跳び、エストとA・ナガヒサは驚く。
「さすがね……」
「動物の本能というのは、我々に考えさせられるものがありますからね。彼女も相当鍛えているように見えますが」
「OH、ジュディまねできまセーン」
「普通の人は真似できないと思うわ」
「ワシのも真似はできんぞ。ワシのようにならんとな」
「ええまあ、そうですね……」
 いろんな人がいるものだ。A・ナガヒサでなくとも、皆そう思う。
 ともかく、中へ入って集中治療室へ直行した。



「ふう……大丈夫ですよぉ」
 2階の廊下。リュリュミアが大きく手を振る。室内で息を潜めていた医者や看護師、患者が十数人、顔を出す。
 蔦に絡まれて身動きが取れない五人の不審者を、たった一人で捕らえたのだ。床にはたくさんの花弁が散らかっている。目くらまし用に撒いたものだ。
「片付け大変になっちゃってごめんねぇ。お巡りさんが来るまでこのままにしますけどぉ」
「――いつ来るかが問題なのよね。それにしても、すごいじゃない」
 3階から降りてきたシエラ。病院内を傷つけなかったのは褒めたいところだが……。
「上はいないし、ここも1階も片付けたようだから……残るは集中治療室だけね」
「早く行って変な人達の足止めしないといけないよぉ」
「わかってるわ。行きましょ」
 シエラとリュリュミアは2階を後にし、1階に下りたところで、ロビーを見渡す。
「静かだねぇ……」
「少し前まで見張り役の怪しい人間と戦っていたからね。もう集中治療室に行ったかしら?」
 先へ進もうとする二人の背後に、気絶していた見張り役の一人がゆっくりと立ち上がり、銃口を向けた。
 シエラは気配を感じて振り返る。
「あぶないっ!」
 リュリュミアをかばってシエラがしゃがむと同時に、外から発砲音がする。
 気がつくと、その見張り役は足を押さえて痛みを堪えている。入り口にはトリスティアが、LI-2500を構えて立っていた。
「大丈夫?」
「有難う、助かったわ」
「それにしても、外は凄い事になってるね」
 トリスティアは行方をくらましたという自動車代理店のプログラマーの足取りを追う為に、聞き込みや家宅捜査等を行おうとしていた矢先だった。病院襲撃の情報を聞いて、それどころではないと判断してやってきたのだ。
 シエラは外の戦闘を大まかに話した。リュリュミアも身振り手振りで病院内の事を話した。
「という事は、避難した病院関係者は今のところ大丈夫なんだね。既に集中治療室へ行った人達は残りの侵入者と戦ってるのかな?」
 静かにして耳を澄ましてみたが、発砲音や何らかの戦闘をしているような音は聞こえない。
「もしかして終わってるとか。だったらいいんだけどね」
「よくねえよ。ったく……だが、油断ならない。集中治療室までに、未だどのくらいいるのかわからないからな」
 グラントが少し不満そうな表情をしながら、屋上から急いで降りてきた。
「そうだよねぇ。早く行こうよぉ」
 足早に向かう4人。この先の集中治療室が無事であればよいのだが……。



 十数分間後、その4人以外は扉の前に合流を果たし、治療室を見つめる。
「無事みたいね」
 エストの言うとおり、中からは何も聞こえないが、危険そうな音がしないのは無事な証拠。
「何じゃ、もう捕らえおったのか。ところで、その中に殺した犯人はいるんじゃろうかのう?」
 ゾンビ化された死者が、集められて拘束されている侵入者に近づく。確かに、生き返ったそれらは、ある意味怖い。
「ほほう、その中にいるのじゃな。そこで見張っておれ。何かやらかそうとしたら、何をやっても構わんぞい」
「侵入者が目覚めた時が見物だぞい」と、エルンスト。ドッキリものだと称して映像を取ったらもっと凄いかもしれない。
 それはさておき、後から4人も合流して再度治療室を見つめた。
 しかし、さっきの戦闘はこれで終わったわけではなかったのだ。

Scene.4 首謀者の正体

 集中治療室内では、ウィンディアとトキホ、マーガ、そしてポッドの中のナガヒサだけしかいない。
「静かになりましたね……でも、何故か嫌な空気だけは抜けない」
「ツァイト長官が来てくれれば何とかなるかもしれませんが」と、トキホ。
「大統領も遅いし、機動隊も一体何をしているんだ」
 少し苛立ちをし始めるマーガ。
 すると、突然何処からか声が聞こえてきた。
「来ませんよ。我々の仲間が妨害しているのですから」
「その声は……マージナル・クロックワーク博士!?」
 全部締め切った筈なのに、誰にも気付かれずに一体何処から入ってきたのか。
「使い捨てには勿体無いほどの行動を示してくれましたからね」
 後ろには数人の新たな不審者が。同時にマージナルが圧力がかった空気震を放つ。
 ウィンディアはポッドの前に立ち、素早く両手をかざして見えない壁を作る。
 不審者はそれを通り越して、トキホとマーガに体当たりをする。
「二人とも大丈夫ですか!?」
 返事がない。二人共押さえられて気絶をしていた。異様な音を聞いたグラントが扉を斬って入ってくる。
「な……これは一体――!」
 空気と空気のぶつかり合いにも見える、マージナルとウィンディアの魔導。ポッドの向こうにマーガとトキホを押さえている不審者が目に入った。
「てめえら、よくも俺のいない間に好き勝手やってくれたな……五体満足に帰れると思うなよ!」
 グラントが突きの体制に入る。それに気付いた不審者は一度避けたものの、近くにいたシエラが足蹴を食らわす。隙を突いて、腕や足を斬りつけるグラント。
「山ほど聞きたい事があるから、命まではとらねえよ」
 今度はマージナルを止めようとして向かっていったが、風が強いのか、前に進めない。
「この……っ! 一体何なんだ?」
 余裕の表情を見せるマージナル。彼の口から意外な言葉を出した。
「久しぶりに見ますね……『疾風の癒し手』、風の賢者ウィンディア・ゼファーの力」
「か、風の賢者……!? ウィンディアが?」
 驚きを隠せないリーフェ。彼女の使う風空魔術とは違うが、この治療室には風の魔導が吹き荒れている。それはマージナルのとて同じだ。
「『疾風の聖女』と呼ばれた時期もありましたけど、私の専門は防御と治癒系統です……それに、その通り名と本名を知ってるという事は、貴方は何者ですか?」
 否定しないウィンディア。やはり彼女も八賢者の一人なのだ。
 知っているのは、皇帝と八賢者、そしてIGK(ヴェレ王国近衛騎士団)のみだ。しかし、マージナルは何も答えない。
 ふと、ウィンディアはポッドのほうを見る。暫くして、こう叫んだ。
「すみません、ポッドを開放して下さい!」
「え? 何で? 開けたらどうなるか――!」
 トリスティアが止めようとするが、ウィンディアは首を横に振った。
「私もわからないけれど、博士が……ナーガが出たがってます。頭の中で――いえ、これはテレパシーみたいなものですね。ともかく、お願いします」
「本当に宜しいのなら、私がやります。解除方法を」
 目覚めかけているのだろうか。それとも、この事態を感じ取ったのだろうか。どちらにしろ、この空気の振動を感じない筈がなかった。
 ウィンディアに言われたとおりにA・ナガヒサがポッドの開放ボタンを押す。
 開けられると同時に、中の人工羊水が勢いよく飛び出し、マージナルに向かってきた。
「そんな簡易的な水で、俺の魔導を止められると思うなよ……ナーガ!」
 言葉遣いの変わったマージナルも水の魔導を使って進行を止める。ポッドの中からナガヒサが出てきた時、ニヤリと不気味な笑みを浮かべた。
 髪が床まで異様に長く伸び、顔立ちも若く見える。
「ナガヒサ! 大丈夫かい?」
 マリーが声をかける。振り返って笑みを浮かべるナガヒサ。
「ご心配をおかけしましたね……申し訳ない。それと、ウィンディアも有難うございます」
「私は医師としての仕事をしたまでです。あとは貴方の意志に任せるべきだと思いましたので。事故に遭ったところまでは覚えていますよね?」
 ゆっくり頷き、今度はマージナルに向きなおすナガヒサ。
「クロックワーク博士……交通事故に遭ってからさっきまでの間、どのような事が起こっていたかは私にはわかりませんが……ただ言えるのは、今貴方が上位魔導に近いようなものを使っている事。もしかして、事故を起こすよう仕向けたのは貴方ですか?」
 何も答えず、ただ薄笑いを浮かべているマージナル。
「やはりそうですか。もしそうならば……何故ですか?」
 淡々と話してはいるが、ナガヒサの頭の中は混乱と怒りになっているだろう。
「貴様を本来の姿に戻す為。この25年間は長かったよ……じっくり時間をかけるには、革命以降の平安を待つ必要性があったからな。過去の歴史を忘れかけ、平和の均等を崩す時が『今』なのだ。我々『ノヴス・キャエサル』が王国復興の為に。そして更なる目的の為に――」
 何処か引っかかる口調であったが、ナガヒサは思い出せない。
「貴方は一体……?」
「気付かぬか? ふ、無理もない、力をセーブしているから気付く筈はないか……あの男以外はな」
 空気の流れが変わり、陰湿な、そして威圧的なものへと変化する。
「この空気は……まさか!」
 ウィンディアはナガヒサを見やる。顔が青ざめ、肩を抱いて震えている。
「そんな……あの方は亡くなった筈では……!」
 思い出したくない、この重み。
 何度も身体と精神に刻み込まれた、忌まわしき記憶――リミッター。
 マージナルが顎辺りに手をあて、皮膚をはがす。マージナルの顔だと思っていたそれは精巧に出来たマスクで、未だに渦巻くマグナエネルギーに反応したのか、すぐに消滅した。
 本当の顔は、肩辺りまで伸びたオールバックの黒髪に威圧感のある顔。紫の瞳の目つきは悪く、額に金の細いサークレットをつけている。
 ウィンディアはその者の名を口にした。
「皇帝……陛下……!」
「な……! あれが……本当に皇帝だっていうのか?」
 着ている服はマージナルのままだが、見方によってはワイルドな中年男性にも感じられる。だがそれ以上に近づき難いものをグラントは破軍刀を構えながら警戒する。
「25年前に死んだといっていた筈では……でも誰かに似てるような」
 マニフィカは元より、誰もが思い出そうとしていたのだが思い出せない。
「確かに私はあの時、天宮で瓦礫の下敷きになった陛下を見てる……ツァイトと」
「そういえばマグネシア長官と似ているわね……でも似ている人なんてそんなにいないわよ」
 皇帝と呼ばれる男は、髪形を除けば確かにツァイトに良く似ている。エストは、知っている限りではツァイトに良く似たという人間を見た事がない。
「迎えに来たぞ。華の皇子」
 手を差し出し近づいてくる男。ナガヒサは後退りしようとするが、足がすくんで動けない。
「わ、私は貴方と行く理由がありません。もう放っておいて下さい」
「貴様には永遠の価値があるのだ。普通ならば生死を問わずだが、特別だからな」
「特別って――」
 突然男の姿が消えたと思ったら、ナガヒサの目の前に現れ、左肩に剣を突き刺した。
「――っ!」
「あの傷が疼くのだろう? まだ傷痕を残しているとは」
「やはり本当に……」
 血が刀身をつたい、それを舌で舐めとられる。
「『ザイアンワード』へと至る道……力ずくでも連れて行くぞ」
 その時、別の方向から小さな刀が飛んできた。それに気付き、ナガヒサから剣を抜いて離れる男。
 ナガヒサの左肩の傷口が、みるみる塞がっていく。これも特殊な血液故のものなのか。
「……貴様か。来るのが遅いな」
 ツァイトが小刀――クナイを投げた腕を上げたまま立っている。隣にはラウリウム・イグニスが。
「長官が二人……?」
 初めて見るラウリウムに、少し苦しそうなツァイトが口を開く。
「俺は会いたくなかったけどな……やはり死んでなかったか、ティーマ」
 皇帝の本名であるティーマと呼び、睨み付けるツァイト。
「俺も会いたくなかったが、これも運命かな?」
 皮肉をこめるティーマ。
「いや、必然的に計画されたものだろ? 「皇帝の証、長剣『キリアズム』を持つのは皇帝のみ……あの時の皇帝は身代わりだったか。今更現れてどうしようというのだ。ナーガには既に自らの道を歩んでいる。放っておくべきだ」
「放っておけないんだよ、ツァイト。それとも、阻止するかね?」
 不敵な笑みを浮かべるティーマ。
「ツァイト……来てたんだ……迎えにいけなくて申し訳ない……」
 嬉しそうなナガヒサの表情。
「謝る必要はないぞ。悪いのはあいつだからな……それよりも気を抜くな。抜いたらあいつの思うつぼだからな」
 長剣マーグヌスを出すツァイト。
「ラウリウム、援護を頼む。ウィンディア、損壊せぬように結界を張ってくれ」
 ウィンディアは風術の下級魔導『ウィンドウォール』を集中治療室内に張る。空気の流れによって傷つけないようにする為の処置だ。
「ねえ、あの二人は一体……?」
 シエラがウィンディアに思い切って聞いてみた。
「黒髪の方は『ティーマ・マギステリウム・ヴェレ』、ヴェレ王国の、その時には帝国でしたが、136代王朝――ヴァーヌスヴェレ王朝の皇帝陛下です。そして、ツァイト・マグネシア・ヴェレ長官は、ヴェレ帝国の特別天空階級で公爵、外交の担当をなさっていました……長官は、皇帝陛下の『双子の弟』なのです」
「ふ、双子だったの!?」
 驚くのも無理はない。顔見知りであるエストとラウリウムにも知らなかった事実なのだ。
「でも誤解しないでいただきたいのです」
 すぐに話をつなげるナガヒサ。
「ツァイトは私が生まれる前からの、両親の知り合いです。王国とは無関係に接してくれました。疑うのも無理はないですが、無条件で私達の味方ですよ」
 疑う疑わないかは人それぞれの判断。
 いろんな意味において張本人ともいうべき人物が現れた今、新たな事象が始まったのも事実なのだ――。

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