『Velle Historia・第2章〜煌めく風の息吹』  第4回

ゲームマスター:碧野早希子

 懐かしい声が、私を呼んだ。
 それは、実父と先代の水の賢者の声。
 何故二人が同時に私を呼んだのかはわからなかったが、久しぶりにその声を聞いて安堵感を覚えた。
 そして、先代の賢者はこう告げたのだ。

「貴方が忌むべき者の血が入れられています。その者の欲によって」と。

 それは初めからではなく、輸血の事ですね……ナスカディア・アクアライド様。
 忌むべき者の血とは誰の事ですか?

 その名を聞かれる事はなく、次に実父は悲しげにこう告げた。

「これがお前にとって、人生の新たな通過点になるかもしれない。この世に誕生させてしまった事を詫びるべきかもしれない」と。

 そんな事はありませんよ、父さん。
 私は貴方の息子で感謝しています。
 でなければ、あの人に出会う事はなかったのですから。

 これは、私が再び目を覚ます前の夢――。


Scene.1 血液保管室

 天空遺跡の地下・育児施設で、今日も一人で調査しているシャル・ヴァルナード。
「気分転換ついでに、他の部屋も回ってみますか。レイスも何か発見している可能性があるかも」
 怪しいものには地下へと追いやって、誰にも悟られないようにする。今までの調査をしてもそんな気がする。
 やはり何度調べなおしても、皇帝や八賢者に関する資料は残っていない。あの、八賢者の血液型とて名前や司るものの類は書かれていない。
 今日は相棒犬ハンターの代わりに預かっている(というか借りている)半透明の霊のレイスに、変わった施設や隠し部屋があるかどうかを探してもらっているのだ。
 シャルは歩きながら、SDDDeSb型の血液について考えてみる。
「一般にない血液……何故特別なんでしょうかね。普通の血液と違う点は確か……」
 ハンターを通じて知った情報では、この特殊な血液は細胞のように動き、余程の事がない限り凝固する事のない事。マグナに関しても異様に高く反応すると言われているが、未だ未知の段階であり何ともいえないという事。そして、一般の血液と同様に別の型のを加えると、危険分子だと判断してお互いの赤血球た白血球が戦って打ち消しあうらしい。或いは、パズルのピースのようにはまらないものが出て、血液本来の機能が半減してしまうという事。
「そういえば。通常の血液ならば、あまり長期保存は出来ない筈……冷凍保存でもそんなに長く保存できないような事を聞いたような気が」
 SDDDeSb型はそれだけ長期保存できるという事になるのだろうか。とはいえ、酸素等血液成分に必要な成分がなくとも、活発に動くのならば長期保存は可能だろう。
 途中でレイスが戻ってきた。何かを見つけたらしい。
 後をついて行くと、一つの部屋にたどり着く。よく見ると、『血液保管室 最重要物在中につき、関係者以外立入禁止』と書かれてある。
「なるほど……ここにも血液関連のがありましたか」
 この扉はカードリーダーがあり、カードキーによって解除される仕組みだ。無論、シャルは持っていない。開けてみようリーダーを掴んで扉をスライドさせる。
「やっぱり開きましたね。動力が無いから開きそうな気はしてたんだけど」
 中へ入ると、沢山のビンが置いてあった。ただし中は長年放置されていたのか、底には乾燥したような感じの血液が残っているものの、実際は空で血液は残念ながら入っていない。
 ビンのラベルを確認すると、あのSDDDeSb型の血液ばかり書いてあった。下には採取された者の名とABO式の血液型が記入してあった。
「最重要物……つまり、SDDDeSb型のみの血液保管室だったというわけですか」
 異星人、種族、老若男女、ABO式を問わず、全てのSDDDeSb型血液が集まっていた。その中には、先代の水の賢者だったナスカディア・アクアライドの名も、無論ナガヒサ・レイアイルことナーガ・アクアマーレ・ミズノエの名も。
「確かにアスール人のは少ないようですね……ん? これは……」
 一つのビンのラベルを見るシャル。そこには『O−SDDDeSb/RYOKUU AQUAVIT MIZUNOE』と書かれてあった。
「リョクウ・アクアヴィット・ミズノエ……? ナガヒサさんの本名と同じ姓を持つという事は、家族か血縁関係なのでしょうか?」
 もしかしたら、ナーガと近い関係があるのかもしれない――シャルはそう思った。

Scene.2 25年ぶりの再会、25年ぶりの戦い

 総合病院の集中治療室に現れた、ヴェレ王国最後の皇帝。その名はティーマ・マギステリウム・ヴェレ。
 ツァイト・マグネシア・ヴェレの双子の弟。そして、ナーガに身体と精神に傷を負わせた張本人。
 25年ぶりに二人の目の前に姿を現した。
「この野郎がナガヒサを付け狙う人非人の変態皇帝か。ここであったが百年目! その腐りきった精根を、この俺の破軍刀で叩きなおしてやる!」
 グラント・ウィンクラックが真っ先に飛び出す。その間に問題発言的な言葉を言いながら、気を込めた小石を指弾として弾き飛ば
す。顔面に傷痕を残し、プライドを傷つけて精神を逆なでさせてやろうという魂胆である。
 ティーマは避けるように顔を手で遮るが、強い気の指弾は見事に命中した。
「大方遺伝子操作か何かで作った顔なんだろうが、てめぇには似合わねえよ。三下は三下らしいチンピラの顔をしてりゃいいんだよ!」
 だが、当たった筈のティーマの顔は無傷だった。手でそれを捕らえ、握りつぶす。
「へっ、一筋縄ではいかねえって訳か」
 再度破軍刀を構えるグラント。その間、トキホ・ペインとマーガ・グレイを気絶させた不審者は、ラウリウム・イグニスとエスト・ルークスの手によって捕らえる事ができた。
「未だ二人は目覚めないわね。一応安全な位置に移動させるわ、この不審者もとりあえず眠ってもらいましょ」
 不審者に応急処置用の簡易麻酔を打つエスト。数時間は眠ったままだ。
 戦闘には参加せずに奥でナーガの匂いを嗅いでいたリュリュミア。
「目覚めて良かったですぅ。やっぱりいい香りがしますねぇ。それにしても……何か目の前の事が飲み込めないんだけどなぁ。どうしてツァイトが二人いるんでしょうねぇ?」
 後から来た為に、リュリュミアは首を傾げる。怒る赤髪のツァイトに、不敵な笑みを見せる黒髪のティーマ。何人かがティーマに向かって攻撃をするが、決着はつかない。
『風の賢者』ウィンディア・シュリーヴは大まかに説明をすると、リュリュミアは考えこむ。
「黒髪のは皇帝ですかぁ。でも不思議ですねぇ、ナガヒサはツァイトの事が好きで、皇帝の事が好きじゃないんですよねぇ。皇帝はナガヒサをお嫁さんにしたいけど、ツァイトにその気はないみたいですねぇ。そぉゆうのを三角関係って言うんですよねぇ」
 確かにリュリュミアの言うとおりだ。まるで難しい方程式のような複雑な三角関係。
「あ、そぉだ」何かひらめいた様に、ぽんと両手を叩くリュリュミア。
「いっその事、三人で仲良く暮らすっていうのはどうですかぁ?」
 ナーガは困惑相な表情をする。それが出来れば苦労はしない。というより、過去の事もあるからティーマと暮らすというのは精神的に辛いのだ。
「一生無理ですね」とため息をつき、ティーマを見て少し考え込むウィンディア。
「偽者……ではなさそうだけど、なんていうかちょっと揺らぎを感じますね」
「ええ……陛下の気を正確に感じるのはツァイトだけですから」
 それは双子だから、お互いの事は無意識に感じ取れるという事ではないだろうかという意味で言っているナーガ。
「お前もだ、ナーガ。気による拒否反応が強く現れるのが証拠だ」
「揺らぎというのは、ティーマは半実体状態という事ですか? 熱センサーが微妙に反応しませんが」
 A・ナガヒサ・レイアイルの言う半実体とは、肉体的にも精神的にも『ここにあってここにあらず』というべきものなのだろうか。
「かもしれんな。だとしたら、向こうから攻撃をする場合は実体で、されたら空間の歪みを利用してかわす可能性があるって事か」
 ティーマにそんな能力があったのかどうかは分からないが、かといってそうするような器具を身につけているとは思えない。
 お互い一歩も動かない中、ティーマがウィンディアに向かって口を開く。
「風の賢者……貴様は確か25年前に『死んだ』と聞いていたが?」
「ええ。確かに私は死にましたけど、転生はかけておりませんよ。普通の一般人として今の自分が生まれた筈ですけれども」
 緊張感の空気が部屋中に感じる。それを打ち破るかのように、トリスティアがLI-2500をレーザーモードに設定し、ティーマに撃つ。風や水の魔導を使えるティーマに対しての対抗手段だ。目の前の人物を病院からたたき出さなければ、病院に被害が及んでしまう。
「例え強い風でも、レーザーは防げない筈」
 しかし、それは甘かった事をすぐに知る。ティーマは何処からか岩をシフトさせてレーザーを防いだのだ。
「えっ……それってありなの!?」
「陛下は全ての魔導を扱えます……はっきりいって難しいかもしれない」
 ナーガが言うのだから本当なのだろう。マニフィカ・ストラサローネとシエラ・シルバーテイルが前に出る。
「あなたがマグネシア長官を信じているのならば、わたくしも信じますわ。マーメイドの王族たるわたくしが言うのもなんですが……信じるに足る立派な人格者ですし、敬意を得るに相応しい人物だと思っています。でなければ、ここまで博士の信頼を得られますでしょうか」
 人の価値は血統だけで決まるものではない。身分の高い者であるマニフィカだからこそ言える言葉。しかし、これはツァイトを挑発するような発言でもあった。邪気の無い笑みで告げるマニフィカはある意味怖い者知らずといったところか。
「ナガヒサ……アンドロイドと間違えるといけないからナーガのほうがいいわよね。わたしもツァイトの事信じるわ。難しい事はわからないし特に根拠がある訳では無いけど」
 信じずに傷つけるのならば、信じて傷ついた方がマシ。個人的感傷のシエラ。
「それにしても……出来の悪い兄弟を持つと本当に苦労が耐えませんわね? ご同情申し上げますわ」
 相手に聞こえないように、ナーガに小声で囁くマニフィカ。ナーガは苦笑いしてはいるが、一言「ええまあ……」とだけ言った。
「正直逃げ出したいくらいだけど、ここまで関わった以上、今更逃げられないでしょ。いくわよ!」
 シエラがティーマに向かって飛び出す。同時に、トリスティアが再度レーザーで射出。二人同時ならばティーマも魔導は使えないはずだ。その隙を伺い、トリスティアが流星キックを使って病院の外まで押し出そうとする。
 だが、寸前で何故か止まった。否、見えない何かの力が加わって止められているような感覚を感じる。風の魔導ではない事は確かだ。
「うわぁっ!」
 力の反動のように跳ね返されるトリスティア。シエラもそれに巻き込まれてしまう。
 今度はマニフィカが水術魔法『水流波』を発動させる。水量は少ないほうだが、押し流すには十分な量だ。
「ナガヒサ博士――ナーガ様、あなたの力を貸してください」
 しかし、ナーガは躊躇しているようだった。躊躇というよりは、恐怖と逆らえない威圧に対しての。
「え……でも陛下には逆らえな――」
 ティーマに対してのリミッターが強く残っているナーガに対し、ツァイトは舌打ちをする。
「八賢者は元より、ヴェレ王国にいた奴等は全員、ティーマに対して手を出す事など許されないリミッターをかけられているからな。やれないなら俺が貸す!」
 因みに、一度死んだ身であるウィンディアには、ティーマに対するリミッターはない。現在の身体としては初めて会うからだ。その為に一応恐れは感じない。
 ツァイトが上級の水術魔導『アクア・フォルティス』を発動する。これはナーガでも扱える筈なのだがあまり使用しない。何故なら、一部に対して腐食性効果がかかり、一歩間違えれば自分は元より相手も身の危険に晒される魔導であるからだ。それを承知の上でツァイトは使う。
 二つの水がティーマめがけて向かってきたが、似て異なる双方の水の威力は、ティーマのウォーターウォールによって弾かれた。
「これも駄目なのですか……?」
「他人の力を借りたとて、逆らう事だけは一人前だな、ツァイト。だが、ナーガ同様に俺を倒す事はできない……リミッターは未だ有効のようだ」
「いや……お前は更にナーガに新たなリミッターをかけたようだな。一体何をした?」
 薄笑いをするティーマ。眉間にしわを寄せ、嫌な予感を感じるツァイト。
「あの血液にリミッターを施した。アムリタ……あれは元々俺の輸血用として採取した血液だが、ナーガを若返らせる為に使った。一体誰の血液だと思うかな? ナーガには分かる筈だ、貴様に近しき者と夢で会ったのではないかな?」
 ハッとするナーガ。ポッドで眠っている間、確かに感じたモノ――27年前に目の前で殺された両親と、自分の為に命を落とさなければならなかった人。
「ま……まさか……父さんとナスカディア様!?」
「そう。あの二人の血液を輸血した。俺に逆らえんように遺伝子レベルでリミッターを施しておいた。俺が死んでも解除できぬし、その姿のまま年をとる事も死ぬ事もできないようにしていたからな」
「不老……不死ですか。不老はともかく、不死に関しては未だ実験段階というわけではなかったのですか? 何の為に? 貴方の為にだとでも?」
「半分はそうだが……姿はどうなるか、結果は貴様次第だ。それから、俺の血も少し入れておいたぞ。これで『絆』は更に繋がる……」
「! うぐ……っ!」
 気分を害したかのように、口を押さえて倒れ掛かるナーガ。逆らえない者の血を今すぐにでも抜き取りたい、そんな気分になった。あの夢でナスカディアが告げたのは、こういう事だったのだ。
「絆だと? そんなの絆じゃないぞ! ただの独占欲じゃねえか!」
 グラントが叫ぶ。
 彼を制し、トリスティアはティーマに問う。
「聞きたい事があるんだけど、ノヴス・キャエサルの目的は何?」
 リーフェ・シャルマールも同じように問う。
「それにザイアンワードって何なの? 目的を果たすとどうなるのよ」
 しかし、ティーマはこんな事を返答した。
「俺が話すと思っているのか? まあいい、再度言うがノヴス・キャエサルの目的は王国の復活だ。過去の歴史を忘れかけ、平和の均等を崩す時が『今』なのだからな。そして更なる目的の為にもナーガは欠かせない。ザイアンワードについては、ツァイトに聞いてみろ」
「更なる目的……?」
 ティーマはそれ以上言わない。
 リーフェはツァイトのほうを向く。彼の目はまっすぐティーマのほうを向いたままで、答えるかどうか迷ったが、重い口を開く。
「ザイアンワード……ザイアンワーズとも言うが、『天国へ』という意味だ。ザイアンは『天国』や『天の都』、『理想郷』を指す」
「天国……ね。でも悪い意味での天国なら、容赦しないわよ」
 風空魔法で魔力をかけたLI-2500を構えるリーフェ。早々思い通りに事を運ばせるわけにはいかないのだ。
 ティーマは目を細め、こんな事を話し始めた。
「ツァイト……貴様やナーガの親でしか知りえない事を俺は知ってるのだぞ。すみからすみまで見たんだからな。例えば……ナーガの右太腿の内側には、牡丹の様な痣があるとか」
 それを聞いた途端、ナーガが羞恥の念に駆られ、ツァイトは怒りをあらわにした。
「ティーマァァァァァァ!」
 長剣マーグヌスを振り上げるツァイト。ティーマも所有の長剣『キリアズム』をシフトして受け止める。
「育ってきた環境が違いすぎたせいで、地上の下衆共と謀反を起こした。その罪は重いぞ、ツァイト!」
「お前の行いを止める為、そして、ナーガをはじめとするアスール人の自由獲得の為だ。ヴェレに対する裏切りではあるが、罪ではない!」
 グラントも破軍刀を振り下ろすが、やはり受け止められてしまう。
 援護するようにリーフェがティーマの腕辺りに向けて発砲。乾坤一擲の機会を伺い、実弾に付加した魔力の効果によって真空のフィールドで包み込んで射出する。ティーマは何らかの防御フィールドで身を護っている筈だから、これによって中和してこじ開け、修復するまでの瞬間に穴から実弾を打ち込む作戦だ。
 しかし中和するどころか、寸前で弾が爆発した。ティーマが片手をかざしただけで。
「うそ……効かないの!?」
「それだけ強いって事さね。いくよ!」
 今度はマリー・ラファルが殺すつもりで突撃する。梨須野ちとせが天井から攻撃しやすいように攻撃してはいるが、剣でかわされてしまう。
(駄目か……どうすれば隙をつけられる?)
 戦闘には参加せず、困ったような顔をするリュリュミア。
「病院の中はケンカしたり散らかしちゃいけないんですよぉ。言う事聞かない人は、こうしちゃいますぅ!」
 タンポポ色の幅広帽子に手をかけ、お辞儀するような仕草で帽子を脱ぐと、突然大量の花粉が出てきた。
「な、何で花粉が舞い込んできたのですか?」
 理解し難いように上を見上げるA・ナガヒサ。
「害はありませんよぉ。ちょっとくしゃみや涙が出るぐらいですからぁ」
「ちょっとじゃないですよ……こほっ」
 咳き込むウィンディア。リュリュミアはガシッとナーガの手を掴んで扉へ向かう。
「え、ちょっと何処へ――?」
「ここにいてもあれなんでぇ、逃げちゃいますぅ」
 ナーガを集中治療室から脱出させればティーマも後を追うかもしれないが、この状態では足止めぐらいできる筈だ。
 ツァイトはそのほうが良いと判断し、リュリュミアに任せた。
「頼む、リュリュミア。ナーガを安全な場所へ!」
 咳きをしていないように見えるティーマは、やはり視界の悪さに苦戦しているようだった。
「逃がすか……」
 狙うには絶好の機会だと判断したマリーは、ちとせに声をかける。
「今だよ!」
 その声を合図に、ちとせが矢を放った。見事にティーマの右肩に命中した。少し苦痛そうな彼の顔を確認できる。
「本当は皇帝がナガヒサを連れ去られそうになったら放そうかと思っていましたが……まあ、結果オーライといったところですね」
 花粉が全て床に落ちる前にティーマが少しかがんで矢を抜く。
「小賢しい真似をしてくれるな……」
「そうか? 俺達にとってはお前がそう見えるがな。さて、どうする? ナーガは遠くへ逃げたぞ」
 睨みつけるツァイト。ティーマはゆらりと立ち上がった。

Scene.3 玄関口

 一方、正面玄関では、エルンスト・ハウアーが捕らえた侵入者の尋問を行っていた。顔は楽しそうに笑みを浮かべているが、別に楽しんでいるというわけではない。真面目に色々と聞き出そうとしているのだ。
「下っ端でも多少の情報はある筈じゃろうて。聞きたい事があるんじゃ、年寄りからの質問は素直に聞くべきじゃよ。あの皇帝という輩は何をしたいのか、ナガヒサ君に何をしたのかを教えて欲しいのう。あ、別に自決してくれて構わんよ。そのほうが有難いわい。実際に使えんかった術を試せる機会だからのう」
 魂を拘束して直接永劫の苦しみを与えるような呪詛もどきを使って吐くまで待つとか、負の力を強制付与して自我を剥奪し悪霊に変えて操るといった事、更に侵入者から魂を抜いて野良犬の浮遊霊を入れ、王国の旗をくくり付けて都会の真ん中をストリーキングさせてみたいという考えがあった。因みに、一番最後のストリーキングはぜひ見てみたかったようである。
 少し不気味な笑みを見せているエルンスト。
「いや……一番いいのは魂を引き剥がした後で、ここにいる彼等の魂を君等の身体に移してやる事かな。かわいそうに、彼等も待ってくれている家族がいるのじゃぞ。そっちも家族はいる筈じゃろうて、無意味な事をするのはけしからんのう」
 エルンストによってゾンビ――アンデット化した、撃たれた者達を見て言う。
 暗黒魔術の負の力による擬似的な死でもって肉体から魂を引き剥がすという事は、エルンストにとっては簡単な事らしい。ただ、生の力で肉体にしがみ付く魂を綺麗に剥がせるかどうかは、彼の世界では技術が確立されておらず、個人的技量に頼るしかないようだ。
「ワシは未だ百年ぐらいしか生きておらんでな、ひよっとするとつい力技に頼って魂が壊れてしまうかもしれんのう。それはさておき、先程の質問が聞こえんかったかの?」
 しかし、侵入者は意外な事を言った。
「皇帝陛下? あの方は亡くなって随分経っているぞ。もし目の前に現れたとしてと、偽者に違いない。ナガヒサに死なない程度に大怪我を負わせ、輸血させるというのはクロックワークの提案だ。それ以外は知らない」
 そのクロックワークが実はティーマである事を彼等は知らない。眉をひそめている表情からして、本当に知らないと見た。皇帝は人前では姿を現さないらしい。
「……もう一つ質問があるんじゃが、アジトの場所は何処じゃ?」
 呆れるエルンストの問いに、別の侵入者が答えた。
「いっぱいあるぞ。別に一つにまとまっているわけではないからな。知られたところで終わるわけではないし、壊滅されては困るような場所にも知られずに存在している。これ以上は言えんな」
 やはりガードは固いか……返答に気になる部分はあるが、どちらにしろ相手はこれ以上口を開かなかった。
 と、奥から大きなしゃぼん玉がこっちへ飛んできた。よく見ると、リュリュミアとナーガが乗っている。
「ナガヒサ君、目覚めたんじゃな。それにしても、思い切り女っぽく若くなりおって」
「別にこの姿になったわけではないのですが……」
「あのぅ、天空遺跡のお花畑に行きましょぉ。あそこなら広いし、壊れるものもないですからねぇ。でも、ナガヒサが行きたいところがあったら、そこでもいいですよぉ」
 だが、ナーガは首を横に振る。
「すみませんが……天空遺跡へは行きたくありません。陛下が生きていたという事がわかった以上、何故か足が向かないような気がして……それに、私がここを離れたら戦ってくれている皆さんに申し訳ない気がするのです。役には立てないけれど、外で待ってはいけませんか?」
「うーん……ナガヒサがそう言うんなら仕方ないですぅ」
 残念そうなリュリュミア。一応しゃぼん玉に留まる事にし、もしティーマが追ってきてもすぐに逃げられるように準備はする。
 ナーガがエルンストのほうを見ると、異様な光景を見てしまったような感じを覚える。
「あの、エルンストさん……怪しい人達に脅しをかけているのですか?」
「ある意味そう見えるかもしれんのう。もし問いに答えんかったら、怪しい輩の魂を死んだ彼等の肉体に入れてやるところじゃが」
「いや、それは止めたほうがいいですというか、できるのですか? とにかく亡くなった方の遺体は、どちらにしろ遺族の方々へ帰さなくてはなりません。死んだ身とはいえ、その意思を尊重しないと。それに、その怪しい人達もあまりいじめると……」
 ナーガに言われて、考え込むエルンスト。言う事はもっともだが。
「いじめてはおらんぞい。じゃが仕方がないのう、ナガヒサ君の言葉に免じて止めておこう。ただし命拾いしたからには、それ相応な代償が必要じゃないのかのう」



 ところかわって、一人のナースが病院内を見回っている。
 エリアによっては封鎖されていて、医師や病院関係者、患者さえ出る気配がないというのに。
「さすがに静かですね……」
 と、後ろから誰かが襲いかかろうとするのを感じ、とっさにしゃがんだ。
 相手はいきなり人がいなくなったのに驚きよろめくが、ナースは床へ引きずり込ませるように引っ張る。
 黒い服を見て、不審者の仲間だと確信したと同時に、トイレまで引きずる。
「さて……お伺いしましょうか。貴方方の目的と雇い主を教えて欲しいのですけれども」
「お前……ただの看護士じゃないな」
「特命看護士です、なんてね」
 そんな役職はない。だが只の看護士ではない事は、この不審者でも何となくわかる。
「知ったところで何の徳がある」
「さてね。でも知る権利はこっちにもあるもので。それと、ベッドは未だ空いてますから」
 持っていたペンを握りながら、頭をガシガシ殴る。
「俺たちは……っ、王国の復興が目的だ……だが、雇い主までは知らない」
「見え透いた嘘を言うのですか。ではもう一息――」
 再度殴ろうとしたが、「本当に知らないんだよ!」と大声で逆切れされてしまった。
「メールぐらいしかやり取りしてないんだ」
 本当に誰から命令されたのか分からない。目を細めてため息をつくナース。
「そう……それだけでも良しとしますか」
 一発殴って気絶させ、奥へ閉じ込めてからそこを離れるナース。窓から顔を出し、外で見回っている犬のハンターが吠えているのが見えた。
「あれは……やっと特別機動隊のお出ましですね。この怪盗紳士も出番はここまでかしら」
 実はこのナース、怪盗紳士ことルシエラ・アクティアの変装した姿だったのだ。
(いえ……もう少し様子を見ましょう。ステージを降りるのは未だ早いかもしれないですね)
 特殊車両から機動隊が降り、最後にワイト・シュリーヴ大統領が現れる。足止めされていたが、相手のノヴス・キャエサルの人間らしき人物を何とか捕らえたのだった。
「やけに静か過ぎるな……2〜3人私の後に続け。他はここで待機……いや、何人か他の階へ様子を見に行ってくれないか無事な場合は封鎖されている階を開放し、警護に当たれ」
 最初は少人数で集中治療室へそのまま向かうということなのだろう。
 ワイトは入ってすぐにナーガ達と会い、大まかな経過を聞かされる。
「本当に皇帝なのだな? 25年前の悲劇を繰り返すつもりで蘇ったわけではあるまいな」
「王国の復活だという目的だそうです。それには私を若返らせるのが不可欠だったようですが……一体何の意味があってかはわかりません」
「ふむ」と顎に手をあてるワイト。25年前のナーガの事を良く覚えているのか、
「確かに若返っているな。今気がついたのだが、本当に女っぽい。ところで、未だ集中治療室には残っているんだろ?」
 ツァイト達の事だと思い、ナーガが頷く。ワイトは遅れを取り戻す分、数人の機動隊と共に慎重にかつ急いで向かっていった。

Scene.4 インフルエンティアのリーダー

 再び、集中治療室。大量の花粉はおさまり、ティーマが右肩を押さえているのが見える。
 ラウリウムとエストは未だここにいた。というのも、未だ気絶しているトキホとマーガを連れて脱出する事ができなかったのだ。
 特に、トキホの身体は何故か見た目より重く、首を傾げる。
「死角となっているところにいれば大丈夫だ」
 ツァイトはそう言うけれど、ラウリウムにとっては一般人である二人が危険に晒されているのは変わらない事を気にしているのだ。
 静かなる緊張感が続いたかと思ったら、扉が開いてワイトが入ってくる。数人の機動隊員は廊下で待機させている。
 ティーマはその人物に気付くと、薄笑いを浮かべた。
「ほう……これはこれは、誰かと思えばインフルエンティアのリーダーではないか。いや、今は大統領だったな」
 ツァイトとウィンディアを除き、皆は一斉にワイトのほうを向く。
 ヴェレ王国に対して反旗を翻した、反天空組織インフルエンティア。そのリーダーがワイトなのだ。彼本人はうろたえる事無く、堂々とティーマのほうに向く。
「皇帝ティーマ……お前と会うのは25年ぶりだな。初めて会った時はツァイト長官に似て驚きもしたが……」
「だが、貴様は少し年をとった。力は衰え始めているのではないかな?」
「さあ、どうだか」
「それと……」ティーマは死角になっている箇所のほうを見やる。
「貴様が既に覚めている事はわかっている。様子を見、事の次第によっては戦闘に加担する筈だったのだろうが……ある意味無駄だったようだな、『ザルドズ』」
 むくりと起き上がったのは、トキホのほうだった。
「俺でなくとも、そこにいる彼等がやってくれると信じていた。俺も同様、皆ナーガの身を案じ、護りたい意志があるのだから」
 トキホは服を剥ぎ取り、顔も剥がした。そこに現れたのは、オールバックの紫の髪に白い長衣と灰色のマントを巻きつけた、遮光グラスをかけた男性の姿だった。
「八賢者が一人、『時の賢者』ザルドズ・クロノだ」
 実際の声は機械で作られた音声のような感じに聞こえる。少し不快を感じるくらいだが、聞き取り難いというわけではない。
 ツァイトの幼馴染みであり、大地革命後も彼の補佐として行動しているが、殆どは独自の行動であちこち行っている様である。
「『時の管理者』が俺の監視とはな。余程ツァイトの補佐は暇らしい」
「そうでもないさ。ただ、俺とて行動に限度はある。リミッターがかけられている限りはな」
 ふ、と鼻で笑うティーマ。
「どうやら時間をかけすぎたようだ。今回のところは諦めよう。ナーガは未だ目覚めたばかりだが、血液のほうも未だ未完全ではあるからな。暫く様子を見ることにしようか……ではまたいずれお目にかかるとしよう。もっとも、いつになるかは分からぬがな」
 身体が光り、砕け散るように消えるティーマ。
「待てっ!」
 グラントが追いかけようとするが、ツァイトが止める。
「追っても無駄だ、あいつは何処にいるかも分からん。それに、一度現れたらいつ会えるかはあいつの気まぐれ次第だから、何とも言えん」
「とはいえ……ノヴス・キャエサルを従えているという事は、暫くはその組織から攻撃をかけてくるとみていいのかもしれない」
 考え込むワイト。ウィンディアが続けて言う。
「それに、忘れた頃に突然現れる可能性もあります。そういう方なのですよ、陛下は」
 深いため息をつくツァイト。
 ちとせが天井から降りてきて、矢を拾う。
「皇帝の血がついてますね。これで骨のDNAが一致するかどうか調べられます」
 この状況下で単身飛び込んでくるのはあまりにも無謀である事から、あの皇帝はクローンではないのかと考えているちとせ。
「ついでにツァイトの血液もちょこっと分けてもらえば調べやすいと思うね。今は疲れてるみたいだから、どうするかは日を改めて決めるしかないようだね」
 側にはマリーが同じように矢を見つめている。例え少ないものであっても、情報を得るのは大きいものかもしれない。
「OH〜、何かスゴイ事になってたんですネ〜」
 集中治療室が戦闘による封鎖中だという事を知らなかったジュディ・バーガーは、病院内を見回っていたのだった。
 ここが音も漏れずに静かなのは無事な証拠だと思い、一時的に離れていたのだが……。
「銃痕があって犠牲者もいて悲しかったヨ。一応お祈りはしといてあげたネ。で、今までの事説明して欲しいデース」
 A・ナガヒサはあまり戦闘に参加できなかったが、一応記録はしておいたので分かりやすく説明してあげた。
「何となく分かったネ。でも気になるヨ〜」
 何故回りくどい真似をしたのか。まるで子供のように自分の力を誇示しているようにも見えなくはない。
 それほど水の賢者に固執する理由はなんだろうか。
 あのアール・エス・フェルクリンゲンもそうだったが、天空階級には精神的に屈折している人物が多いと感じた。
 どの世界でも、どの時代でも心の闇は深く、深遠の淵を覗いているような気がしてならない。
 ジュディはウーンと考え込み、背筋が寒くなる思いがしてきた。
「俺が代わって謝るべきだな。生存していたのかどうか確認もせず放置していたのは事実だから」
 頭を下げるツァイト。こういう姿を晒すのは珍しい。
「皇帝とは性格が違いますネー。謝る事なんかないデース」
 ツァイトは神妙な面持ちでウィンディアとワイトに向く。
「ウィンディア、ナーガの退院を許可してくれないか。見た目からしても大丈夫だと思うが、ここにいても治療する意味はないと思うし、別のノヴス・キャエサルがまた襲撃するとも限らん」
「……わかりました、そのように手配します。ここもちょっと傷だらけだから、修復の為に一時閉鎖します。他階のほうも直さないといけない箇所がありますし、清掃もかけないと」
 早速専門の業者に連絡するウィンディア。
「ワイト、情報操作をかけてくれないか」
「病院襲撃の件ですね、殿下」
「ツァイトと呼べと言っているだろう……とにかく、そのとおりだ。無論ナーガの事も忘れんようにな」
 ツァイトがザルドズのほうを見やると、マーガの様子を見ている。
「打ち所が悪かったが別に命に別状はない。ただ、記憶障害がでるかどうかは怪しいが」
 とりあえず数日間安静にさせる事にしたザルドズ。
 ワイトの命令で機動隊が全階に散らばり、病院関係者や患者の無事を確認した。また、不審者は連行されていき、総合病院は再び静かさを取り戻していったのだった。

Scene.5 懐かしの我が家

 ワイトの情報操作――病院襲撃は一部の天空階級の強硬派によるものとニュースは伝えられた。ノヴス・キャエサルはある意味強硬派である事は間違いないが、組織名も存在も一般に知られないようにするのが政府の方針なのだ。もし知られたら、25年前前後の事を思い出しかねないような気がしてならない。
 ナーガについてだが、ニュースでは身体の損傷が激しく、治療は困難という理由でA・ナガヒサの中に脳を移植するという事にしている。また、27年前にヴェレ王国へ拉致された皇和国元環境局長官の子息であるナーガが冷凍保存の状態で発見され、約25年ぶりに解凍されて生き返ったというニュースも流れた。
 実際は見てのとおり、ナーガが輸血により昔の状態へと若くなり、代わりにA・ナガヒサが起動する事態となったわけであるが。
 ともかく、ナーガが本当に不老不死になったのかどうかは分からないが、以降A・ナガヒサが『ナガヒサ・レイアイル』と名乗り、ナーガはナガヒサではなく本名の『ナーガ・アクアマーレ・ミズノエ』と名乗る事にした。
 真実を知られてはいけない事なのだが、こういう事も仕方がないのは人間の都合故か。



 何日かぶりに戻ってきたレイアイル邸。既に夜となっていた。
「おかえりにょー」
 尾を思い切りパタパタ振るアホ……もとい、ジョリィ。ジュディは思い切り抱きつく。
「OH〜、ジョリィもラッキーちゃんもとっても会いたかったデース。寂しくなかったですカ〜?」
 きつく抱きしめられているせいか、気がつけば苦しさのあまり気絶しかかったジョリィ。
「うーんうーん、くるちーぢょー……」
 隣ではジュディのペットである蛇のラッキーセブンが尾をぺしぺしとジョリィの頭を叩いている。最近、そんな癖がついたのか、ジョリィは気持ちがいいと感じているようだ。
 ウィンディアも一緒に邸宅へ行き、黒っぽい着物に着替えたナーガの状態が良好なのを確認すると、長くなった髪を整え始めた。
「その顔で短くするのは合わないと思うから、胸の辺りまで切り揃えましょうか」
 足元まであった髪を切るのはもったいなかったが、動くのに邪魔である。その後で軽く三つ編みをし、赤いリボンを結んだ。
「……ますます女っぽいな」
 同じく来ていたワイトの感想。25年前の姿を思い出し、それ以降の短くなった髪型をも思い出す。
「本当に父さん、若くなってたんだね。でもどうやったらそうなる事ができるんだろう?」
 ナーガの息子であるテツト・レイアイルが首を傾げるが、A・ナガヒサはとりあえず誤魔化す。
「医療も科学も、未だ分からない事があり過ぎますからね。今後、医療の研究機関が調査に乗り出すかもしれませんが……ニュースの内容がああなので、皆無に等しいかもしれませんよ」
「そうですね。今まで父さんの代わりを務めてくれてありがとうございます。今後も代わりを務めるのはつらいでしょうが、お願いします」
 お辞儀するテツトに対し、A・ナガヒサも同じようにお辞儀をする。実際の親子だったら、こんな事やったらおかしく思われてしまう。
 ナーガを見て、ワイトが苦笑いしながら再び言う。
「短くした時は、何処かでホストでもやるのかと思っていたが」
「私はホストに向いていませんよ。それにウィンディア、何故この長さにしたのですか?」
「何か懐かしいと思いまして……この方が似合うと思いますけど、長官はどう思います?」
「俺にふるな。まあ……いいんじゃないか」
 ちらと見、すぐに下を向くツァイト。何か描いているらしい。
「何を描いてるのぉ?」
 リュリュミアが覗き込むと、ナーガの着る服のデザインのようだった。着物や何処かの民族衣装を組み合わせたような服に見える。
「着物では動きづらいだろうと思ってな。デザインしたものを2〜3着オーダーメイドする」
「あの……それは有難いのですが、スーツがありますし」
 ナーガにそう言われ、ツァイトは手を止める。
「おい、あんな地味な色のを着ても『どんくさい』と言われるだけだぞ」
「黒っぽいのとかありますけど――」
「お前、本当にホストでもやる気か? 或いは男装趣味だと言われたいのか」
「別にホストになる気はないですよ。それに、私の場合は男装ではなくて女装というのが正しい気が……」
 ナーガの言葉を無視して再び手を動かすツァイト。色をつけ、ホログラフィー・コンピュータにスキャンした後、皇和服専門の店に注文内容とデザインを送信する。出来上がり・受け取りは3日後だ。
「長官、明日から中断していた会談を行おうと思いますが、どうしますか? それともこのまま終わりにしますか?」
 ワイトが会談の事を聞く。後者ならば、すぐに戻らなければならない。つまり、1ヵ月間会えない事になるのだ。
 ナーガの表情が悲しげに見える。何も言わないが、ツァイトに帰って欲しくないのだろう。
「いや……前者でお願いする。未だ話し合っていない事もあるのだろう?」
「では、明後日から3日間延長という事で宜しいですね。他惑星のアスール担当外務長官にも連絡します。ウィンディア、そろそろお暇しようか」
 ワイトとウィンディアのシュリーヴ夫妻は邸宅を出て大統領官邸へと向かっていった。二人には未だ仕事が残っているというのが理由だ。
 再開する会談の日の時に買い物に出かける事になったが、ナーガはとても嬉しそうだった。



「やはりここにいましたか」
 ツァイトが間借りしている部屋に、ナーガが入ってきた。
「何か用か?」
 俯いたまま何も言わないナーガ。少し肩が震えているのが分かると、ツァイトが近づいてくる。
「辛い想いをさせたな……まあ、当分ティーマは現れんだろう」
「あ、あの……か……」
「帰らないで欲しい、と? しかしだ、俺は今はキャエルムのアスール担当外務長官で――」
「ザルドズがその役職をやれるはずです……今までツァイトの仕事を補佐してきているわけですし、それに独自の仕事はちゃんとやってるいるのでしょう? どういう任務についているかは分かりませんが、例え遠くにいてもすぐに来る能力はあるわけですし……」
 暫く二人は黙ったままだったが、ナーガがまた言い難そうに口ごもっている。
「他に言いたい事があるようだな」
「そういえば……マントを貸して欲しいなあと……」
「やっぱりな」
 呆れるツァイト。ナーガにマントを渡す。来日の際にジョリィが抱きついてスリスリしていたマントだ。
 顔をうずめる様に抱きしめて大きく息をつくナーガ。
「いい香りですねえ……」
「お前は猫か」
 間を空けずにつっこむツァイト。
 ナーガがいつも口にしているサプリと同じ匂いがする。彼にとって落ち着くような匂いなのだろう。
「何か、ツァイトに抱きしめられているみたいですね……」
「そんな事言っていいのかな?」
 腕を組んで、ナーガを見ながら未だ呆れているツァイト。
「本当に抱きしめるぞ」
「……いいですよ。貴方でしたら」
 何か調子が狂うな――そう思いながら、結局は抱きしめないツァイト。
「ともかく寝ろ」
「ここで寝たいのですが……」
 顔をマントにうずめたまま返答するナーガ。
「部屋に戻りたくないのか?」
「何故か一緒に寝たい気分なんです……」
「お前は子供か。マントは貸してやるから」
 確かに数日前のナガヒサだったら、こんな事はしないし言わない。だが、今は寂しいのか甘えてくる様な感じに見える。
(これもティーマのかけたリミッターのせいか? いや、もしかしたらこいつの意志が強く出たのか?)
 長年付き合ってはいるが、こんな状態のナーガを見るのは27年前から2〜3年間ぐらいのみだ。
 その後は精神的にも成長したものだと思っていたのだが……。
 ナーガがベッドに入って寝たのを確認すると、部屋を出た。目の前にザルドズとグラントが立っている。
「悪ぃ、覗き見するわけじゃなかったんだが」
「いや、別に悪い事をしているわけではないからな」
「で、ツァイト。お前はここに残るつもりか? 別に俺はアスール担当外務長官になっても構わないが」
 ザルドズの問いに、ツァイトは考え込む。
「……わからん。だが、俺がここにいたら嫌だという奴はいるだろうな。まあ、ティーマを放置していたのは俺の責任でもあるわけだが、生きていたというのも一時的に疑わなかったのも悪かった」
 リビングへ歩き出すツァイト。
「何処へ行く?」
 慌てて後を追うグラント。
「リビングで寝る。ナーガにベッドを取られたからな、どちらにしろ気が散って仕事が出来ん」

 
 束の間の平和とは、次へ続く為の繋ぎ目。
 その先が希望だろうが絶望だろうが、前に進むしかないのが現状なのだ――。

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