「天空の高みより」 第2回

ゲームマスター:高村志生子

 広大な砂漠が広がるケイトス。点在するオアシスの周辺に草原地帯が広がり、町を形成していた。探索隊は最初の目的地であるチェレディにたどり着いていた。
「とりあえずこの町の神殿に行こう」
 探索隊の隊長であるルイードの指示によって、一行はこの町の神殿へと向かった。
 町の中心部に生活の源であるオアシスがある。そのオアシスを懐に抱くように神殿は建っていた。ルイードたちの故郷である神殿ほどではないが、ここの神殿もかなり古い。低い家々が連なる町並みの中でその姿はよく目立った。白い石造りの外壁が、豊かな水に映っている。神殿を取り巻くような水に歓喜して飛び込んだのはマニフィカ・ストラサローネだった。
「水ですわー」
「おいおい。沐浴する場所じゃないぞ」
 ルイードが慌ててマニフィカを引き上げようとする。すいーっと泳いでいく下半身が魚に見えて、ルイードが目を見張った。マニフィカは嬉しそうに水浴びしながらルイードに言った。
「はぁ、生き返りますぅ。乾燥したところばかりだったでしょう。玉のお肌もこんな鱗みたいにひび割れちゃって」
「鱗」
 ぼそりと副長のダグラスが呟いた。マニフィカが思わず笑い出した。
「あら、本物の鱗でしたわ」
 ……。突っ込みを入れて良いものか他の面々が悩む。しばし沈黙が漂ってからルイードがマニフィカを無言で引き上げた。
「とにかく中に入ろう」
 神殿の長老は快く探索隊を受け入れてくれた。しかし一息つく間もなく、鷲塚拓哉がルイードに言った。
「情報収集はしなきゃならないが、なるべく早くこの町も出た方が良いな」
「うん?」
「旅の途中で襲ってきた奴らがいつまた来るかわからないだろう。町に被害が出る前に出発した方が良い。ぐずぐずはしていられないぞ」
「そうだな。手分けして情報を探すか」
「図書館のような場所があるだろうか。過去の戦いの伝承や獣人族の生態について調べられたらと思うんだが。リザフェスと言ったか。その言葉についても調べたい」
「あ、わたくしはこの神殿の中で調べますわね」
 さっぱりとした顔でマニフィカが言う。拓哉はうなずいてからルイードを見た。
「ああ、それから、アクアとチルルが近場の水脈を探すそうだぞ」
「水脈?」
 やってきたアクア・エクステリアがにこにこしながら答えた。
「この先、水は重要でしょお。私にしても戦いに水が欠かせませんし。地図を見せてもらえませんかぁ?町はないとおっしゃってましたけど、砂漠なら移動湖とかがあると思うんですぅ。例の場所の近くでそれを見つけようと思うんですけどぉ」
「そうだな。水が見つけられたらかなり違うだろう」
 ルイードが地図を引っ張り出す。1点を指さしてルイードが言った。
「今いるチェレディがここだ」
「例の場所は東の方ですねぇ。最初の町はどこですかぁ」
「ここだ」
「ああ、今までの距離よりは近いみたいですねぇ。チルルさん、じゃあ行きましょうかぁ」
「はい。では、あなた。行って参ります」
「気を付けるんだぞ」
 アクアの後ろにいたチルル・シャモンが、夫のホウユウ・シャモンと抱き合って挨拶のキスをかわす。アクアとチルルが連れ立って出かけると、あとに残ったマニフィカが拓哉に言った。
「伝承を調べるならやっぱり神殿か古老だと思うのですけどぉ」
「神殿は任せた。町の古老は俺があたろう。ルイード、アメリアと一緒に来てくれるか」
「俺たちもか?」
「敵襲がいつあるかわからないんだ。悪意なら事前に察知できる。一緒にいれば守りやすいからな」
「心遣いはありがたいが。俺たちは神殿の中で情報収集をしていよう。マニフィカが動くにはその方がやりやすいだろうからな」
「そうか。ならくれぐれも注意するんだぞ。敵の狙いはアメリアのようだし……」
「だし?なんだ」
「遺伝的要素はないようだがな。魔法的要素はあるかも知れないってことだ。契約の巫女が失われたとアメリアが言っていただろう。彼女か、もしくはおまえが、その人物の転生という可能性がある」
「俺が?」
「俺たちを襲ってきたあの女の反応が気になるんだ。おまえもなにか感じているみたいだしな」
「ああ……」
 ルイードは胸の内の不可解な感情を思い出して、顔を曇らせながらうなずいた。
 マニフィカはさっそくルイードとアメリアを伴って、神殿の書物庫を探り出した。置いてある本の大半は神殿の教え、精霊についてのものだったが、いくつか過去の戦いについて記載されたものが見つかった。
「闇がどこから現れたのかは書いてないですねぇ」
「闇が現れたから光も現れたみたいねぇ」
 古文書の類はかなりな数になり、その中から関係のありそうなものを探すのはなかなか大変な作業だった。1冊1冊確かめながらより分けていく。そしてより分けた本の中身を調べていく。その作業をマニフィカたちは黙々と続けていった。
 一方、町中に出た拓哉は、集会所や酒場などを回って昔話を知っていそうな人物を捜し歩いていた。さすがに数百年も前の戦いのことになると、話として知っているものもいない。伝承ならば吟遊詩人などであろうかと探してみたが、それもなかなか見つからない。それでも数日をかけて根気よく探していくうちに、いくつかの情報を仕入れることが出来た。
 この世界において獣人族は、多くはないとはいえそう珍しい存在ではないようだった。だがそのほとんどは独自の集落を作り、人間族とは交わろうとしていないようだった。だが、過去の戦いに参加していたのは間違いないようだった。
「ここしばらくの世界で起きている紛争と同じか。10年前の事件にも関わっていたようだし、この間襲ってきた奴らも、ほとんどが獣人族だったな」
「そうなんだべ。あいつらは権力にはあまり興味がないみたいで、今まで人間と関わることはなかったんだけんどな。最近あちらこちらで小競り合いをやっているみたいだべ。人間を従えるのが目的なのかはわからないんだけんどよ」
 立ち寄った酒場で獣人族の話をしてくれた男が言った。拓哉は腕を組んで首をかしげた。
「昔の戦いにも奴らが関係していたんだろう」
「かどうかはわからないな。まあ、戦いを終わらせてくれたのは、人間の英雄らしいけんど」
「ん?人間の英雄だって?誰なんだ、そいつは」
「おれもばぁちゃんに寝物語で聞かせてもらっただけだから詳しくは覚えてないけんどな。なんでも光の力を使った人間が、闇を封じたとかなんとか。けどその光の力も、おさえることができなくてその人間が封じてしまったとかだったべ」
「光を封じた人間がいるのか。そいつがその戦いのあとどうしたのかは知らないか」
「いんやぁ。北の方に行ったとかくらいで、どうなったかは知らないなぁ」
 チェレディの北に行ったならば、兄妹がその子孫である可能性は高い。あるいは予想したように転生体である可能性もある。拓哉は興奮して神殿へと戻った。
 神殿では本の山に埋もれていたマニフィカたちがおのおの得た情報をとりまとめているところだった。
「どうやら特別な巫女がいたことだけは確かなようだな」
 ぱらぱらと本をめくっていたルイードが、本から目を離さずに言った。アメリアが伸び上がるようにしながら兄の持っている本をのぞき込んだ。それは古代文字で書かれた本だった。マニフィカものぞき込んできたが、この世界の古代文字は読めないので、アメリアに内容を問いかけてきた。アメリアは文字を目で追いながら半分つぶやくように答えた。
「やっぱり昔はこの世界にも光の精霊がいたみたいだねぇ。4大精霊みたいに世界に散らばっている訳じゃないみたいだけどぉ、太陽みたいに光り輝く存在があったって書いてあるよぉ。それでぇ、今の神殿みたいに、巫女がその存在に仕えていたって」
「その場所がリザフェス?」
「ということだろうな。あの女は、リザフェスを目覚めさせないではなく、リザフェスに行かせないと言っていた。場所のことを差しているとしたら、神殿のようなものがあったと考えてもおかしくはないだろう」
「戦いは結局どうなったんでしょうねぇ」
「光の巫女が失われたわけでしょぉ?でも世界が滅びなかったってことは、闇が世界を破壊しなかったって言うことだよねぇ」
「そうだな。今の世界には光の精霊も闇の精霊もいない。共に滅びたか」
「あら、光は封印されているんですわよねぇ?だとしたら闇も封印されたのではありませんかぁ?これまでの本の内容ですと、滅ぼされたように書いてありましたがぁ」
 マニフィカの意見にそれもそうだと納得する。そこへテオドール・レンツがやってきた。テオは子供受けするぬいぐるみな外見を利用して、伝承として残っていそうなわらべ歌などを町で採取してきていた。古い町なだけあって、歌の数も様々だった。アメリアの腕に抱かれながらテオはそれらを歌って聞かせた。
「……光は風に満ち、火を輝かせ、水を美味し物に変え、大地の実りとなって世界をめぐる。めぐるめぐる命の輪。リーザの魂は安らかに」
「リーザ?リザフェスと似ているねぇ。それに4大精霊が出てくるなんて」
 テオはつぶらな瞳を本の山に向けた。
「封印ってなんだろうね。アメリアちゃんたちのお父さんとかは、こういう歌とか歌ってくれなかった?」
「うーん……私はあんまり覚えてないのぉ。お兄ちゃんは覚えている?」
「子守唄なら母親に教わってお前に歌ってやったことがあるけれどな。普通の精霊……については出てきていたか?光とか闇についてはなかったような気がするんだがなぁ」
 その辺のことはルイードもはっきりとは覚えていないようだった。だがテオが集めてきた歌のいくつかは同じだと言った。テオの歌に記憶を導き出されて、ルイードがぽつりぽつりとつぶやいてみた。
「眠りの中に……夢……そう、光が夢をだったか。安らかないやしを運んでくれる……朝日を信じて夜に眠ろう」
「いやしとか希望とかの象徴みたいですわねぇ、光って」
「ボクが聞いてきた歌もほとんどがそうだよね」
 そこへ拓哉が帰ってきた。拓哉が得た情報を元に推測を話すと、ルイードがふと思い出した。
「そうだ、名前」
「名前?」
「金髪の男の子が生まれるとルイードと名付けることになっていると聞いたことがある。先祖の名前をもらって幸運をもらうとか、確かそうだったな。ありがちなことだからあまり気にしていなかったんだが」
「じゃあその先祖が、例の英雄である可能性があるわけだな」
「英雄と呼ばれた人間が、なぜただの町人になったのかはわからないがな」
「英雄と契約の巫女に、なにかつながりはあるのでしょうかぁ」
 マニフィカの疑問に拓哉が答えた。
「光の力をおさえられなくなったのは、巫女が失われたからだろう。同時期に光に関わった者だ。関係はあるはずだ。2人の転生がルイードとアメリアかも知れないぞ」
「ならあの女は?」
 と、問いかけたのはルイードだ。
「うまく言えないんだが、ただの闇の手先とは思えないんだ」
「なにか思い出したのか?」
「そういうわけじゃないが……見た目にごまかされているような、そんな感じがしてな」
 それだけではない。どこか懐かしい感じと悲しい感じがするとルイードが続けた。

 チェレディを出発したアクアとチルルは、東を目指して旅をしていた。
「チルルさん、このあたりの地脈はどんな感じですかぁ」
「ちょっと待っていただけます?今ノームに探らせてみます」
 チルルが地の精霊ノームを呼び出し周辺の様子を探らせる。アクアは先端にアクアマリンの指輪をくくりつけた紐を持っていた。しばらくしてチルルがやや南よりの方角を指さした。
「あちらに最近、草原地帯が現れたようよ。ドリュアスにも確かめさせたから、間違いはないと思うわ」
「じゃあ行ってみましょうかぁ」
 砂漠の中の草原地帯と言えば、そこにはオアシスが必ずあるはずだ。案の定、行程を進めるとアクアの指輪が反応を示し始めた。この指輪は水の気配と相性がよい。アクアの目がきらりと光った。
「私の水の魔法で調べられるでしょうかぁ」
 ウンディーネをも召喚し水の気配を探る。指輪がぐぐっと動き、紐がぴんと張られた。その先に向かって急ぐと、大きなオアシスが前方に見えてきた。町がないと言うことは、古くからあったものではないと言うことだ。アクアはさっそく意志の実でオアシス発見をホウユウに伝えた。
「きれいなところね」
「そうですねぇ。人気もないし……水浴びしちゃいましょうかぁ?」
 アクアがいたずらっぽく笑いながら言うと、チルルも微笑み返してそれに応じた。
 アクアたちは報告をすませたあと、さらなる水源を求めて周辺の探索を続けていた。その頃、チェレディには悲報が届いていた。闇の軍勢に襲われて崩壊した神殿からやってきた者たちがたどり着いたのだ。
「神殿が崩壊しただって!?」
 ラーナリア・アートレイデは悲しみをこらえながら長老の最後の言葉を伝えていた。
「長老に、頼まれたの。アメリアを守ってくれって。何も、できなかった……あの闇の力……長老は、破壊の力だって言っていたわ。アメリアが感じた力は、きっとそれに対抗するためのもの。だからあなた達を守りたい」
「ラーナリア」
 うずくまったラーナリアの前にルイードが膝をつくと、ラーナリアは悲壮な目でルイードを見た。
「あなたたちのふるさとを守れなくてごめんなさい。謝って済む問題ではないことはわかっているけれど、今は謝ることしかできない。だからせめて、あの闇の力に対抗する光の力が見つかるまで、アメリアたちを守らせて。お願い、私にも手伝わせて」
 強い決意を秘めた目をしたラーナリアの肩を抱くようにしながらアメリアが言った。
「ラーナリアが自分を責めることないよぉ……長老様やみんなが亡くなってしまったのは悲しい。けど、ラーナリアのせいじゃないものぉ」
 その肩をラーナリアが抱き返した。
「ごめんね。あなたに重い責任を負わせてしまう。でも辛いときはお兄さんやみんなが支えてくれるから。もちろん私も。だから、みんなで頑張ろうね……」
「そうだな。アメリア、おまえは一人じゃない。みなが協力してくれているんだ。だから大丈夫だ」
 ラーナリアが少し笑った。
「ルイード、あなたも。自分一人ですべてを背負い込む必要なんてないんだからね」
 ルイードは少し目を見張ってから微笑んだ。
 その様子を離れた場所で伺っていたのはシエラ・シルバーテイルだった。愁嘆場が一段落したと見て取ると、すたすたとやってきてアメリアの腕を掴んだ。
「ま、敵に備えるったって、この間みたいに自在に出現できるような相手じゃ防ぎようもないわよね。だったら先に進むしかないわ。だから、アメリア。さっさと情報収集に行くわよ」
「行くってどこへ」
 そのままぐいぐい引っ張って行きそうなシエラを、ルイードが慌てて止めた。シエラはその視線を挑戦的に受け止めて真っ向から見つめ返した。
「なあに、莫迦兄貴さんはまた心配性?言っちゃ悪いけど、今のあなたはあまりアメリアの役には立たないわよ。心ここにあらずって感じ?あの女のせいかしら」
 指摘されてルイードが言葉に詰まった。シエラはきっぱりとした口調で言い切った。
「ほかのみんなもそうだけど、甘やかし過ぎ!人はいつか、自分だけの力で立ち向かわなければならないことにぶつかるものよ。そのとき、今のままだったらどうなるか。まあ、みなまで言わなくてもわかるでしょうけれど」
「……リザフェスが封じられた神殿だとしたら、そこにたどりついたときにアメリアには何らかの試練が待ち受けているだろう。それはわかる。それに立ち向かうのに、アメリア自身の心の強さが必要とされることもな。ただ、今は無事にそこにたどり着くことが最重要目的だろう。そのために命をかけることにためらいなどあるものか」
「お兄ちゃん!」
 ルイードの憮然とした反論にアメリアが悲鳴を上げる。シエラがわずかに目を細めた。
「光とか闇とかは、わたしにはよくわからないわ。けど、他人を傷つけて良しとする連中はなんとかしなくちゃとは思う。……まったく、放っておけないんだから」
「え?」
 くいっとルイードの胸ぐらを引き寄せて、耳元でささやいた。
「あなたたち兄妹のことよ。とくにあなたのほうがね、なにかの際に「折れて」しまいそうでね。ま、たんなるお節介かも知れないけど」
 ルイードはそれを聞いて生真面目な表情になった。
「守るべきものがあるのに、そうたやすく崩れてたまるか」
 背後からど突いてきたのはダグラスだった。
「そうそう、こいつのシスコンぶりは筋金入りだからな」
「おい!」
「アメリアに弱いところは見せたくないんだろう?」
 こそっと言う。シエラが渋い顔をした。
「そういう人ほど折れるときはたやすいものよ」
「だからみんなでがんばるんじゃない」
 会話に参加してきたのはラーナリアだ。はげますように緩やかに微笑んでいた。
「探している力というのは、あの闇の力に対抗するためのもの。闇の力は、とても大きなものだった。だから光の力も、きっと大きなものだと思うの。一人でどうこうできるものではないと思うわ。協力し合いましょう」
「ラーナリア……」
「ラーナでいいわよ」
 ラーナリアの穏やかな微笑みに、ルイードも肩の力をほっと抜いた。
「とりあえず、ホウユウから聞いたんだが、アクアたちが目的地の方角に新しいオアシスを発見したそうなんだ。そこに向かおう」
「わかったわ」
 その晩のこと。出発の準備を整えて、与えられた部屋に戻ろうとしたルイードを、梨須野ちとせが呼び止めた。ちとせはオアシスを見下ろせるバルコニーにルイードを誘った。ちんまりとしたちとせと話をするために、ルイードが座り込む。それでもまだ見上げる位置にある顔を、真面目な顔でちとせは見つめた。
「敵の目的がアメリアさんの命であることははっきりしましたわね」
「そうだな」
「ですから、私がアメリアさんを守る『最後の盾』になりますわ」
 ちとせの言葉に、何とも言えない表情でルイードが見つめ返した。その反応は予測済みだったちとせが、己の姿を目の前で変えていった。12cmの小さな身長がぐんぐん伸びる。大きくなるにつれ、ふさふさしたしっぽと耳が消え失せる。驚いているルイードの前に立ったのは、17歳くらいに成長した普通の人間と変わりないちとせだった。長い黒髪がさらりと風に揺れる。座っているルイードを今度は見下ろして、にこりとするとすっと左腕を上げた。そこに弓が出現した。
「普段の私の姿ならば、敵も戦力たり得ないと油断するはずですわ。つねに側にいて、いざというときにはこうして戦うことが出来ますの。相手は神殿をつぶしてしまえるほどの力の持ち主ですもの。驚くほどの手でなくてはアメリアさんを守れません。違いまして?これでも役不足と思われますか」
 ちとせの意志に従って大きな矢も出現する。不適な表情のちとせに圧倒されて、驚いた顔のままルイードが首を振った。
「いや。確かにそれなら常に身近にいられるな。わかった、頼む」
「そうそう、このことはアメリアさんや他の皆様には秘密ですわよ」
 身をかがめてルイードの唇に指をあてながらちとせが言う。
「でなくては敵も欺けませんもの」
「わかった」
「では、私はアメリアさんのところに行きますわね」
 元の姿に戻ってちとせは去っていった。
 アメリアを探していたちとせは、アメリアが一人で外に出ようとしているのを見つけた。
「アメリアさん、どちらへ?」
「聞こえない?向こうから綺麗な音楽が聞こえるのぉ」
 手の平から肩へよいしょとちとせが乗り移る。言われて耳を澄ませると、風に乗って竪琴の調べが聞こえてきた。ちとせを肩に乗せたままアメリアが外に出ると、オアシスのほとりの木陰でアルフランツ・カプラートが楽器を演奏していた。その調べは厳かなもので、悲報に心を痛めていたアメリアを慰めてくれた。演奏を中断させないよう気を遣いながらアメリアが近づいていくと、気配に気づいたアルフランツは手を休めないまま優しい笑顔で迎えてくれた。ひときわ高らかに弦が空気を振るわせる。余韻が消えるのを待って、アメリアが手を叩いた。
「素敵だねぇ。とても優しい音楽……みんなのため?」
「そう。鎮魂歌だよ。神殿の亡くなったみんなへの弔いと、今ここにいる人たちへの慰めにね」
「うん……」
 闇の手勢に襲われたと言っても、慣れ親しんだ神殿が崩壊し、家族同然だった人たちがいなくなってしまったことは、目の当たりにしたわけではないのでまだどこか信じがたい気がしているアメリアだったが、アルフランツが少し厳しい表情をしているのを見てはっと息を呑んだ。アルフランツにもアメリアの気持ちはわかっていた。だからあえて厳しい表情でまっすぐにアメリアを見ていた。
「これからも同じようなことが、今度は目の前で起きるかも知れない。けど、神託を受けた巫女として、強い意思を持ってくじけないでいてほしい。わかるね?」
「そぉだね……もう後戻りは出来ないんだよねぇ」
「そう。起きてしまったことはなかったことにはできないんだ。厳しい旅にあるとわかっていて出てきたんだ。最後までやり遂げよう。できるね」
「うん……」
 どこか心細げなアメリアに、アルフランツは表情を緩めると明るい笑顔になってアメリアの頭にぽふっと手を乗せた。
「大丈夫。オレもここに集まった仲間も、君の使命が果たせるように精一杯力を貸すから。君は君のなすべきことを考えておいでよ」
 とそこで、アメリアの肩に乗っていたちとせとばったり目があった。とたんにアルフランツが赤くなった。
「あ、えーっと」
「あら、私がここにいると邪魔ですか?私はアメリアさんを守るためにここにいるのですけれど」
 にーっこり。ちとせが邪気のない笑顔を向ける。アルフランツは思わず首を横に振っていた。アメリアがきょとんとした顔になった。素直な表情にアルフランツが頭に乗せた手を引っ込めながら肩をすくめた。
「別に脅かしているつもりはないよ。ただ励ましたいだけさ。一人じゃないんだってね」
「そうですわね。アメリアさん、大丈夫ですわ。安心して下さいね」
 とりあえず下心はなさそうだと見て取って、ちとせがアメリアに呼びかけた。アメリアは嬉しそうに笑った。

                    ○

 神殿やアメリアたちの一行を襲った闇の軍勢は、ミティナが指示を出さないためしばし作戦を練る方向で時を費やしていた。多人数の軍勢ではそれなりの装備も必要だ。今までに攻め落とした集落から物資をかき集めていた獣人の中で、特にリーダー格と思われる一人にジュディ・バーガーが接触を図っていた。
『やっぱり、悪の軍団なのデスかネ?』
 うっかり神殿襲撃に加わってしまったものの、スーパーヒーローを目指す身としてはそれは志に反してしまう。恩義のため戦いは続けたが居心地は悪い。とにかく彼らが本当に悪であるのか確かめようと思い立った。
「チョットお伺いシタイのデスが」
「なんだ」
「ミティナ様ってドウいう方なのデスか?」
「ミティナ様は我らが巫女だ」
「巫女?それは抹殺スルとか言っていた、契約の巫女とは違うのデスか?」
「我らの巫女はミティナ様のみ。契約の巫女は我らと敵対するもの。存在してはならないものなのだ。ゆえに抹殺せねばならない!」
「エ、エエと。ハイ、わかりマシタネ」
 と答えたものの、言いたいことがわかるようでわからない。相手の獣人がじろりとにらんできた。
「そのようなことを気にするなど……さては貴様、敵のスパイか!?」
「違いマス!」
 慌てて手を振って逃げ出す。そしてこのまま疑われていてはやりにくいと、暇をもてあましている下っ端軍団員たちを相手に親睦目的のアームレスリングを始めたジュディだった。
 アームレスリングはことのほか下っ端たちに気に入られたようだ。元来獣人たちは普通の人間よりはたいてい力が強い。その獣人を相手に引けをとらないジュディが次々に勝負を仕掛けてゆくと、あちらこちらでも真似事の勝負が始まった。どたんばたんとついでにどつきあいも始まる。おふざけとわかっている戦いをリーダーもいさめようとはしなかった。その騒ぎを横目にしながら、やはり軍団に居残っていたシェリル・フォガティがミティナを探した。物資補給のためとはいえ、これといった指示を出さないのもおかしい。ミティナの真意をシェリルは知りたいと思っていた。
 軍勢が今いるのは、チェレディからわずかに離れた砂漠の中だった。そこかしこに張られている天幕の間をミティナの姿を探して歩き回る。強いとは言っても集団の中心人物だ。当然、居る場所も限られてくるだろう。シェリルはほどなく、一際大きな天幕の中でテネシー・ドーラーと何事か話し合っていたミティナを見つけ出した。テネシーはシェリルがやってくるとすぐさま姿を消した。神殿で彼女が行ったことを知っていたシェリルは、嫌な予感を抱きつつも、表面上はさりげなく、しどけなく横座りになっているミティナの前に腰を下ろした。目の前に居るミティナは、豊かな黒髪を背中に流し、黒い瞳には妖しげな光を宿していた。不思議なことに肌は抜けるように白い。こうして見てみると、大虐殺を行ったような人物とはイメージが重ならなかった。しばし黙って見ていると、勝気な瞳に苛立ちが浮かんだ。
「なんなの?何か用があってきたんじゃないの。どうして黙っているのよ」
「あ、ごめんなさい。怒らないでちょうだいよ。あたしは色々と話がしたくて来たんだから」
「話?そうね、ちょっと待たせすぎちゃったかしら。じきに次の行動を開始するから、もうちょっと待ってちょうだいよ」
 やはりさきほどテネシーがいたのはその相談だったようだ。ことが起きてからでは目的が果たせない。シェリルはひたと視線をミティナに合わせてはっきり言った。
「ううん、あたしが来たのは文句を言いにじゃないわ。ミティナ、あなたのことを知りに来たのよ」
「あたしのこと?」
「この軍勢に人間族はほとんどいないでしょ。それも、この間の戦いでずいぶんやられちゃったじゃない。女にいたっては数えるほどしか残っていないわ。だから、気を許せる相手がいないんじゃないかって思って」
「……なにが言いたいの?」
「遠まわしな言い方は好みじゃないわ。だから、はっきり言わせてもらう。あたしはあなたの友達になりたいの」
 思いがけない言葉だったのだろう。ミティナの眼が一瞬丸くなる。それから小ばかにしたような表情で言い放った。
「なあに、それ。冗談なら笑えないわね」
「あら、あたしは本気よ。今まであなたを見てきたけど、あなたは誰とも馴れ合おうとはしていなかった。この軍勢のリーダーにすら気を許していないように見えたわ。孤高といえば聞こえはいいけど、孤独はいつか人の心を破壊してしまう。あなたが自暴自棄になったらこの軍勢だってたやすく崩壊してしまうでしょ。軍の将として、それは許されるものではないわ。だから、支えとなる存在は必要ではないかしら。あたしじゃだめ?」
「あたしにあんたを信用しろと?」
「いきなり全面的にとは言わないわ。1人なんかじゃないって思ってくれるだけで十分」
   とたんにはじけるようにミティナが笑い出した。
「期待、信用……くだらないわね」
「ミティナ?」
「絶望があたしの力の源なの」
 半分ささやくようになってミティナが告げる。
「あの方がいれば、あたしの力が衰えることはないわ。期待して信用すれば、そこには必ず裏切りもある。あたしはそれをよく知っているの。だから破壊と絶望の純粋な力の源さえあればそれでいいのよ。それ以上のなにが必要なの?彼らだってその力がある限り裏切ることはできないのだもの」
「あの方?」
 聞きとがめたシェリルのつぶやきに、ミティナがはっと笑みを引っ込めた。
「作戦実行まで間がないわ。くだらないこと言ってないで今のうちに体を休めておきなさい。足手まといになったら容赦なく切り捨てるわよ」
「ミティナ!」
 話は終わったとばかりにミティナが片手で顔を覆いつつ残りの片手でシェリルを追い払う。天幕を追い出されたシェリルは、騒ぎ疲れて今は他愛もない話に興じているジュディを輪から引っ張り出した。
 シェリルの話を聞いたジュディも、考え込んで頭をかしげた。
「アノ方……デスか。獣人族のリーダーが、彼女のコトを、我らの巫女と言ってました。巫女というコトは、なにかに仕えてイルというコトでショウ?まだナニか、背後にありそうデスネ」
「契約の巫女は光の力を求め、ミティナは闇の力に仕えている。ミティナが知っている裏切りって、なんのことかしら」
 シェリルのつぶやきは風に紛れ消えていった。

                    ○

 町での情報収集は続いていた。拓哉とは別行動で町の長老にあたっていたのはミルル・エクステリアだった。もちろん集めた情報は拓哉を通じて探索隊に伝えてはいたが、街中での行動は1人のほうが身軽だからとほいほい出歩いていた。
「うーん、やっぱりリザフェスの名前は出てこないなぁ」
 過去の戦いについてはそれなりに情報が集まったのだが、肝心のリザフェスについては巧妙に情報が隠されてでもいるのかまったくといっていいほど話が集まらないでいた。
「あーあ、こんなときリオルだったらどうするかなぁ……っと、あ!」
 成果の少なさにとぼとぼと歩いていると、前方に見覚えのある人物を発見してミルルの顔がぱあっと明るくなった。一瞬後に自分のその反応に気恥ずかしさを覚え、慌てて表情を引き締めると走り出した。その先にいたのはリオル・イグリードだった。
「リオル!ちょうど良かった。手伝ってよ」
「ミルル!?手伝ってって、一体何をやっているんだい」
 ミルルが手短に探索隊の話をする。リオルがうなずいた。
「この間の戦いのことならわかってる。ミルルも無茶をするね。ま、止めても無駄なんだろうけど」
「あたりまえじゃない」
 だよなとため息一つ。軽く肩をすくめて協力を受け入れた。
「ここが戦場になる可能性もあるんだろう。あまり無茶はしないように。目的があっても生きてなきゃ果たせないんだからね」
「……わかっているわよ!」
 素直になりたくてもなかなかなれない不器用なミルルに、リオルが優しい眼を向けた。
「敵の力は闇の力だって言ってたね」
「大昔の戦いもそうだったみたい。神託を受けた巫女がいた神殿とかの情報でも、闇と光の闘いだったって。それで闇が目覚めるとき、光もまた目覚めて契約の巫女を選ぶって。神託を受けた巫女がその契約の巫女らしいんだけど」
「ここでの戦闘を考えたら、できたらこちらに有利になる場所を探したいな。その闇の力が闇の精霊ならば、本質を見極めたいけれど、それには時間がかかるだろうし。不利になってその契約の巫女が失われたら困るんだろう?闇と相反する力を持つレイフォースがいれば、敵をひきつけられると思う。探索隊のみんなにはそこをついて攻撃してもらって。リザフェスまでは遠いのかい」
「先行しているチルルたちから連絡があったの。リザフェスのはっきりした場所はわからないけど、どうも関係ありそうな場所があるみたい。ここでの情報収集もあまり効果ないみたいだし、じきに出立することになると思うわ」
「そう。じゃあその前にこの町について調べておこう」
「そうね」
 リオルのその提案にはミルルも素直にうなずく。それから2人は仲良く連れ立って歩き出した。
 レイフォースの力なども借りて調査を終えた2人がそろって探索隊に合流する。ミルルがルイードとアメリアにリオルを紹介すると、無言で背中をぽんと叩いたのは兄のファリッド・エクステリアだった。ミルルが赤くなりながらやはり無言で蹴りを飛ばすと、ファリッドは明るく笑いながらその場を去っていった。同様に笑いをかみ殺していたのはホウユウだ。互いに連れ合いが出かけてしまっているので寂しいらしい。そんな複雑な心境も知らず、アメリアがにっこり笑いながらリオルに手を差し出してきた。
「よろしくねぇ」
「こちらこそ」
 幼い(実際にはリオルのほうが年下なのだが、経験の差がそう見せていた)アメリアには単なる好感しか持たず気軽に握手を交わす。ミルルがむっとしてそっぽを向くのを見て、リオルが内心で苦笑した。
 ルイードたち探索隊の指揮官クラスは、リオルたちの情報を元に今後の旅の経路などを話し合っていた。やはり町で情報収集をしていたルーク・ウィンフィールドは、報告を済ませてしまうとすることもないので人目のつかない場所に行こうとしていた。そこを将陵倖生に呼び止められた。倖生は呼び止めたまま、何を言うでもなくじーっとルークの持っていたフライボードに目をやっていた。視線の熱さに内心で微妙に悩みながら、ルークがやむなく聞き返した。
「……なにか用か?」
「なあ、それって機械かなんかなのか?」
「……そうだが」
「ちょっと見せてもらってもいいか?」
 にこにこっとしながらもどこか有無を言わさない口調で倖生が言う。下手に反発して疑いを招かれても面倒だと「壊すなよ」と念を押しながらルークはフライボードを倖生に手渡した。
「わかってるって。すぐに返すよ」
 受け取ったそれをさらにじーっと見つめる。ルークにはわからなかったが、倖生はそのとき投影魔術でフライボードを解析しているところであった。
『お、これ役に立ちそう。ラッキー』
「んじゃ返すな。サンキュー」
「……」
 結局なんの用だったのかわからなかったルークは、返されたフライボードを小脇に抱えながら再び歩き始めた。その前をペットのももんががすぃーっと飛んでいく。人気はないように見えた。が、ももんがのコリンが柱の影にいた佐々木甚八を見つけた。意思の実でそれを伝えられたルークは、黙って通り過ぎようとしたが、甚八の相棒のソラに行く手を阻まれた。
「……なんだ?」
「いや、ちょっとな。聞いた話なんだが、神殿が襲われたらしい時間に、おまえがどこかに転移するのを見ていた奴がいるんだ。情報収集にでも行っていたのか?」
 ルークは片眉だけ上げてつまらなそうに応じた。
「転移なら何度もやっていたぞ。俺の今の雇い主はルイードたちだ。その安全を保障するのが役目だからな。周辺を調べるのは当たり前だと思うが?」
 模範的といえばあまりに模範的な回答だった。それが返って怪しく思えて、甚八はもう少し突っ込んでみることにした。もちろんソラにはルークが何かしたらすぐに反撃に出られるように待機させてあった。
「今回の神殿や探索隊への襲撃は、どうも無駄が多いような気がしてな」
「無駄?」
「それと、逆にタイミングも良すぎる」
 ルークの表情は変わらない。甚八は少しずつソラを移動させながら話を続けた。
「奴らの狙いはアメリアだ。最初に神殿を襲ったのは、そこに彼女がいると思ってのことだ。だが実際にはすでに出立した後だった。奴らは神殿を破壊するとすぐさま探索隊の元に現れ襲い掛かった。広大な砂漠の中で正確に位置を把握し襲撃を仕掛けるなんて、内通者でもいなければできないことだ。違うか?」
「それが俺だというのか」
 甚八の勘は確かにルークを敵だと見なしていた。だがルークには疑われていることへの焦りのようなものは見受けられなかった。確たる証拠を掴もうと、甚八は言葉を募った。
「瞬間移動できるか遠距離通信ができる奴じゃないとあの芸当はできないからな。お前が雇い主のためならなんでもやる奴なのはわかっているんだ。さっき、ルイードたちが雇い主だといったが、それが表向きではない証拠がどこにある」
「なら戦いで証明してやろう」
「ん?」
 ルークはあくまで冷静だった。
「どうせまた奴らは襲ってくるだろう。そのときは俺も遠慮なくこちら側の人間として戦わせてもらう。内通者かどうかはそれを見てから判断してもらおうか」
 そしてすたすたと立ち去っていった。その後をソラに追わせ、甚八はルイードたちの元へ向かった。ああは言われたがもちろん疑いを晴らしたわけではなかった。忠告しておくに越したことはないだろうとの判断からだった。幸いルイードもダグラスも驚きはしたが、気をつけると答えてくれた。一方、ソラに付きまとわれたルークは、目的を果たせなくて少し考え込んでいた。
『人間の英雄の件をミティナに話しておきたかったんだが。仕方がない、か。もし本当にあいつらがその血筋の者なら、ミティナも気づくだろうし、しばらくは様子見だな』
 町から火の手が上がったのはそれから間もなくのことだった。軍勢を率いてきたのはテネシーだった。テネシーは火のアーツを使って町を燃やし尽くしながら、軍勢を引き連れて神殿へと向かっていた。町並みの中で威風堂々たる神殿は良く目立つ。迷う心配はなかった。途中邪魔な建物や人物はあっさり葬り去ってゆく。燃え上がった炎は神殿からも良く見えた。
「町が!」
 以前の悪夢を思い出してラーナリアが青ざめる。その横でアメリアも震えていた。肩に乗っていたちとせがアメリアに言った。
「行きましょう!敵の目的はアメリアさんなんですもの。ぐずぐずしていたら被害が広がるだけですわ」
「だーっ、まっすぐにこっちに向かってきているだとーっ。報告が遅いんだよ、お前はっ。このめんどくさがりがぁ!ああ、ったく、連中、障害物関係なしかよっ」
 倖生が美少年式神人形の報告を受けて叫んだ。それから急いで霊薬セットと式神人形をリュックに詰め込むと、アメリアにそれを手渡した。
「しょうがねぇ。できる限りおれたちで食い止めるから、あんたたちは先に行け!」
「これは?」
「こんなんでもないよりは役に立つだろ。ってかお前!役に立って見せろよ!いいな」
 リュックの中からちゃっかり顔を出した式神人形がこっくりうなずく。いささか不審げな目は向けて見たが、探索能力は信用するしかない。倖生はアメリアの耳に口を寄せてこそっとささやいた。
「悪ぃんだけどさ、こいつら預かってやってくれよ。戦っている最中に壊れたらもったいないし。あ、怪我人とかいたら遠慮なく使ってくれよ。そのためのものだし。ただ守られてるってのも暇だろ?……うわ、ルイード!おれはものを預けただけだぁっ」
 じとっとにらまれて倖生がすばやく離れる。その肩を抱いてルイードが言った。
「なにをささやいたかはあとで聞いてやろう。お前に、な」
 だから死ぬなと、それはルイードにできる精一杯の思いやりだった。意図を把握して倖生がにやっとした。
 式神人形の誘導の元にアメリアたちが神殿を離れると、倖生たち足止め組が炎に向かって走り出した。
 テネシーの傍らにはケルベロスが控えていた。最短距離を行こうと高熱波で道を作っていく。周辺への気配りは魔眼で抜かりなかった。もちろんアメリアの存在を捕らえることが第一目標だった。真っ向からやってきた倖生たちの後ろに炎を避けるためか長いヴェールをかぶった小柄な女性が守られるように立っていた。テネシーがその女性に向かって宣言した。
「この町が襲われたのはあなたたちが立ち寄ったからですわ。これ以上無用な血を流したくなければ、今この場でその命を絶ってくださいませ。でなければこの町は壊滅しましてよ。そう、あなた方のふるさとの神殿が壊滅したようにね。大丈夫、死ぬのなんか一瞬ですみますわ」
 テネシーの声は冷ややかでその分凄みがあった。言っていることは探索隊からすれば理不尽なことだが、テネシーの本気を疑う者もいない。さあとうながすテネシーが、とっさに横飛びになった。その脇を掠めて近くの壁に激突したのは倖生が乗ってきたフライボードだった。
「ち、はずしたか」
「警戒くらいしていましてよ」
 澄ましてテネシーがウィップをしならせる。同時に背後にいた軍勢に襲い掛からせようとして、さすがに一瞬動きを止めた。軍勢はなぜかみな身もだえして苦しみもがいていた。
「ほう、お前さんがた、ずいぶんと色々背負い込んでいるようじゃのう」
 くつくつと笑っているのはエルンスト・ハウアーだった。梟の杖をかざして術を放つ。
「ほぉれ……お前たちに殺されたばかりの者たちの無念が、お前たちをこれ以上進ませまいと全身にしがみついておるぞ?さぁさ、ワシが少々力を貸してやろうかいの。無念を晴らすが良い」
 ここに来るまでに殺されてしまった町人たちの死霊が軍勢を縛り上げていた。エルンストは死霊への術はそのままに、今度は地中からジャイアント・アントの群れを呼び出した。
「魔物たちよ、今じゃ。奴らが動きを止めている間に喰らい尽くすのじゃ」
 ジャイアント・アントは雑食性で草でも動物でも食べてしまう。人間に従う習性は持たないが、自分自身が半アンデットのエルンストの命令には逆らえなかったらしい。凄絶な光景が展開された。
「奴に立たない連中ですわね」
 空中に浮かんでその様子を見ていたテネシーは、急降下して直接狙いを定めてきた。その女性は守られながら逃げだそうとしていた。魔物の襲撃を乗り越えた軍勢も押し寄せてくる。ファリッドがそれらの足元に弾を撃ち込んで足止めを狙い始めた。
「ホウユウ、グラント」
「空中戦なら任せろ!」
 降下してきたテネシーと対峙したのはグラント・ウィンクラックだ。エアバイクにまたがったまま破軍刀を振りかざす。テネシーはとっさに間合いを取ろうとしたが、2mをこす長刀をかわしきることは難しい。避けられないと判断して、ウィップを巻き付けさせると炎を走らせた。だが力勝負で勝てるはずもない。逆にぶんと振り切られて地面に叩きつけられた。
「女子供まで容赦なしに皆殺ししたお前らに、あいつらの無念や苦しみを少しでも返してやる。俺を怒らせたんだ、覚悟しな!1体でも多く叩きのめしてやる」
 テネシーは衝撃から必死に立ち直って風の刃を繰り出してきた。だがその攻撃はことごとく抗魔手甲によってはじかれた。精霊の恵み豊かな土地でならではで、ほぼ無限に外気の力を散り込める状態のグラントにテネシーの攻撃は通用しなかった。テネシーは深入りせずにあとを軍勢に任せると逃げて行く女性を追い始めた。
 その女性は逃げながら誘い込むように路地裏に入っていった。追いかけたテネシーが一瞬姿を見失って周辺を探す。そしてすぐに魔眼で隣の路地にいるところを見つけると、回り込んで行く手を阻んだ。
「往生際が悪いですわね。死は一瞬と申しましたでしょう。この戦いを長引かせたいのですの」
「闇の力は破壊の力。世界を滅ぼす力ですわ。アメリアさんを殺しても戦いが終わるわけではありませんでしょう」
 ウィップをソード状にして斬りかかっていったテネシーは、相手がヴェールを取り去りさっと避けたのを見て目を見張った。アイシールド付のヘルメットからこぼれるピンクの髪。白いブーツとピンクのスカート姿の女性はもちろんアメリアではなかった。アメリアの振りをして敵を攪乱させていたアンナ・ラクシミリアだった。別人とわかってテネシーが微かにいらだちを見せる。アンナは隠し持っていたモップでテネシーに向かってきた。その早さにテネシーの対応が遅れた。モップもアンナ仕様の武器だったので見かけよりははるかに頑丈だ。叩きのめされてやむなくテネシーは一時撤退していった。
「あちらはどうなっているでしょう。アメリアさんたちも無事に町を脱出できましたでしょうか」
 アンナはレッドクロスの装着をはずして元の姿に戻ると、一人ごちた。
 闇の軍勢との戦いは続いていた。
「雑魚に用はないんだよ!」
 怒りに燃えたグラントの剣が一閃するたびに敵が倒れて行く。数は多かったが、エルンストが次々に魔物を呼び出しては襲いかからせ、ファリッドも援護射撃を絶やさなかった。
 少し離れた場所では、燃えさかる炎を見上げながらアメリアが不安な顔で立ちつくしていた。アルトゥール・ロッシュが落ち着かせようと頭を撫でながら励ましていた。
「ここで立ち止まっていちゃいけないよ。亡くなられた神殿の人たちのためにも、頑張って使命を果たすんだ」
「アルトゥール……」
 言葉は優しくても表情は真剣だ。アルトゥールははっきり言葉を句切るように言った。
「僕は世の中で嫌いなものが2つある。女の子を泣かせる奴と、人の命を踏みにじる奴だ。あいつらはそのどちらにも当てはまる。許してなんかおけるものか。必ず倒して戻ってくる。だからアメリア、君は今は先に進むことだけ考えるんだ。光の力を見つけることが君の使命だろう」
「うん、わかった……待っているから。みんな必ず戻ってきてねぇ」
「ルイード」
 アメリアの傍らにいたルイードにトリスティアが呼びかけた。ルイードも剣を握ってうなずき返した。アメリアがそれにはっとした顔になった。
「お兄ちゃん、まさか」
「ダグラス、アメリアのことは頼む」
「言っておくが、今だけだぞ。あとで恨まれるのはごめんだからな」
「もちろんだ」
 ダグラスはわざとらしく肩をすくめてアメリアの背中を押した。アメリアが振り返りながら叫んだ。
「お兄ちゃん!」
「行く先はわかっている。あとで必ず合流する。俺が信用できないか?」
「ううん……ううん……信じてる、信じてるから。遅くなったりしないでよぉ!」
「いい子だ」
 ルイードはアメリアの頭を軽く撫で、トリスティアのエアバイクの後ろに乗り込んだ。
「アメリアさん」
「ん、行こぉ」
 一瞬ぎゅっと目をつぶったアメリアは、ラーナリアの促しに、ダグラスに従って郊外へと歩き始めた。
「しかし、うまく行くのか」
 ルイードの問いかけに前を向いたままトリスティアが答えた。
「ミティナはルイードを見て明らかに平常心を失った。断然あちらの方が優位だったにもかかわらず、攻撃を中断さえもした。今回もそうとは限らないけれど、注意を引くことは絶対に出来るはずだよ 。名前を呼びかけてみて。ルイードって名前に何かあるなら、それも使ってみて!注意さえ引けたらこっちものだからね!」
「わかった」
 戦いの場にはほどなくついた。瓦礫の山となった場所にグラントたちの倒した獣人族の死体が転がっている。神殿から応援に駆けつけたらしい騎士達の屍も転がっていた。ミティナはまだ姿を見せていないらしい。戦いに参加していたリオルがルイードに早口で告げた。その直後だった。前回と同じように暗雲が立ちこめミティナが現れた。ミティナは手下のやられている姿を見て、ふんと鼻を鳴らした。
「あたしの部下達をずいぶんと可愛がってくれたみたいじゃない」
 暗雲から触手を伸ばして攻撃を仕掛けようとした瞬間、ルイードが強く呼びかけた。
「ミティナ!やめろ!」
「またあんたねっ」
 トリスティアの読み通り、ミティナの動きが止まった。顔に苦痛が浮かぶ。ルイードはその表情に胸を突かれながら呼びかけを続けた。
「ルイードの名前を知っているだろう。お前は俺が誰だかわかるはずだ」
「ルイード……?」
 眼下ではミティナが連れてきた新しい手勢が押し寄せてくるところだった。トリスティアが疾風のブーツでついてきていたアルトゥールに合図を出した。
「アルトゥール、やるよ!」
「任せてくれ!」
 トリスティアが先頭集団に向かってヒートナイフを立て続けに投げつける。それに合わせてアルトゥールが風乙女の指輪から突風を巻き起こした。爆炎と風が渦巻いて先頭集団を吹き飛ばす。アルトゥールはそのまま剣を抜きはらって混乱している敵陣へ突っ込んでいった。
「この白刃を見たからには生きて帰れると思うな!」
 ファリッドやミルルが援護する。敵の部隊も体勢を整えて応戦に入ったが、左右から揺さぶりをかけられる上に疾風のようなスピードで急所を叩かれて、その数を着実に減らして行った。
「しっかりつかまってて!」
 トリスティアはルイードにそういうと、ぐんと勢いをつけてエアバイクでミティナに突撃していった。進みながら炎をミティナの周囲に燃え上がらせる。熱風にあおられたミティナの黒髪が逆立つ。しかしそれはトリスティアの攻撃によるものだけではなかった。ミティナを中心に風が渦を巻いていた。
「あたしが闇の力だけを操ると思ったの!?」
「だが隙はできたぜ!いくぜ!空を震わす大いなる刃……剛剣術・対軍剣技秘奥『大振空刃』!!」
 風で炎を退けたミティナが次の攻撃に移る前に、グラントの一撃がミティナを襲っていた。破軍刀が胸の前で横一文字に振るわれ、空間さえ切り裂く剣圧が見えない衝撃となってミティナにぶちあたる。ミティナの前を覆っていた闇が霧散し、ミティナの体が後方に弾かれる。闇が衝撃を和らげたと言っても、すぐに反撃にうつれるようなダメージではなかった。グラントの技は広範囲に渡るものだ。ミティナの背後にいた手下達もことごとく倒れていた。ミティナだけはそれでもかろうじて立ち上がったが、今度はそこにホウユウの攻撃がやってきた。
「とどめだ!一ノ秘剣・天壊怒龍撃滅破!」
 ホウユウとミティナを中心に爆発が起きる。全身ぼろぼろになったミティナが天に向かって手を伸ばした。
「あ、あたしは……こんなところでやられたりしないわ!ルイードもジルフェリーザも許しはしないもの。……大いなる闇よ。あたしを助けて」
「逃がさないんだからね。流星キーック!」
 エアバイクから飛び降りざまトリスティアが技を繰り出す。空中から取り出した杖で蹴りを交わそうとして、ミティナは再び地面に叩きつけられた。
「グラント!」
「おう!」
 ホウユウとグラントが交互に斬りかかっていく。杖1本でかろうじてしのいでいたミティナの上空にあった暗雲が濃さを増した。異変に気づいてリオルが制止の声を上げた。
「下がって!」
「闇の触手なんかぶった切ってやるぜ!」
「そうじゃない、これは……」
 闇は倒れ伏していた獣人を蘇らせ吸い込んでいった。エルンストが気配に少し驚いたような表情になった。
「おっと、いかんいかん」
 自らもつられて飲み込まれそうになるのを踏みとどまる。ミティナの傷も瞬く間に癒されていった。そしてやはり闇の中に吸い込まれていった。消え失せる瞬間に見えたミティナは、泣きながらも安堵したような顔だった。ファリッドが風の精霊弾を闇に向かって撃った。闇は僅かに拡散したが、やがて敵の姿はすべて消え失せ、辺りも光を取り戻した。
「逃げられちまったじゃねえかよ!」
 グラントが怒鳴ると、リオルが気むずかしい顔で首を振った。
「あれは生きているものには耐えられない空間だよ。おそらくね。死者を蘇らせただろう。闇が仮初めの命を与えたんだ」
「そうじゃろうな。ワシが引き寄せられたんじゃから」
 半アンデットのエルンストが保証してきた。
「なに、それじゃミティナって本当は生きてない人なの?」
 トリスティアが聞いてくると、エルンストが首をかしげた。
「その辺がどうも曖昧なんじゃがな。闇の住人と言ってしまうには、どうにも人間くさいんじゃ」
「うん、彼女自身が闇の精霊である訳じゃないみたいだね」
 杖に宿らせたレイフォースから情報をもらってリオルが同意する。仲間が集まってきたのにも気づかない様子でルイードがつぶやいた。
「過去の住人なのかも知れないな。ミティナも」

                    ○

 砂漠の中の新しいオアシスでアクアたちにで迎えられたアメリアたちは、数日をそこで過ごし残りの一行がやってくるのを待った。ルイードがアメリアの側を離れたことは驚きだったが、ひたすらに無事を信じているアメリアの姿には強いものがあった。
「ただ待っていてもしかたありませんよぉ。どうやら新しいオアシスは他にもあるようですし、調べて回りましょう」
「うん、そぉだね」
 アクアやチルルも夫のことが気がかりではあったが、今の自分にできることと言えば道を探すことだけだ。アメリアを励まして探索を続けた。やがて敵を退けた一行が合流してきた。
「あなた!ご無事でなによりです……」
「チルル、心配をかけて済まなかった」
 固く抱き合ったのはホウユウとチルルだ。アクアもファリッドに駆け寄って髪を撫でてもらっている。それを横目で見ていたミルルは突っ込む余裕もないらしい。ただリオルに傍らに立たれて、弱っている姿は見せまいと赤くなりながら胸を反らせた。
「お兄ちゃん!」
「ルイード、奴らは」
「向こうも一時撤退しただけだろうな」
 張りつめていた糸が切れたのか泣きじゃくりながらしがみつく妹の肩を抱きながら、ルイードがダグラスに告げる。どうやら頭であるミティナの様子はかなりおかしいようだった。リオルがルイードに告げた。
「ミティナはいわば媒体のようなものだろう。闇の精霊の気配は近くに感じなかった。本家はおそらくこれからやってくるぞ」
「光の巫女と闇の巫女か」
 と、遠くの空気が震えた。兄にしがみついていたアメリアがはっと体を起こしそちらを見る。地平線の彼方にうっすらと大きな建物が浮かんで見えた。古代神殿の作りに似ているその建物は、陽炎に揺らいでいた。まだはっきりした実体はないのかも知れない。どこか幻のように見えた。アメリアはひたと視線を据えて見つめていた。
「あれがリザフェスだよぉ。まだ力の封印は解かれていないけれどぉ」
「あそこに行けば、力のこともわかるのか」
「うん、そぉ。ジルフェリーザが待っている……」
「ジルフェリーザ?それは確か……アメリア!」
 そこでぱたりとアメリアが倒れた。疲れたのだろう。やがて静かな寝息が聞こえてきた。

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