「天空の高みより」 第3回

ゲームマスター:高村志生子

 リザフェスを目前にして倒れたアメリアだったが、疲れが出ただけのようで一晩休むとすっきりした様子で起きあがってきた。心配して寝ずの看病をしていたルイードが起きあがったアメリアを慌てて横たわらせようとした。
「もう少し休んでいた方が良い」
「大丈夫だよぉ。心配かけてごめんなさい。お兄ちゃんの顔を見て安心したら、気が抜けちゃったのぉ。もう元気だから、ね?」
「本当に、大丈夫ですの」
 濡れた布をそっと差しだしたのはアンナ・ラクシミリアだ。アメリアはその布を受け取って顔を拭くと、にっこり笑った。
「うん、ありがとぉ。本当に、大丈夫だから」
「巫女だからって一人でなにもかも背負い込むことはないのですよ。無理はなさらないで」
「あ……それなんだけどぉ」
 ふとアメリアが口ごもった。アンナが顔をのぞき込むと、アメリアは考え込むような顔をしていた。アンナが不安に駆られてアメリアの肩に手を置いた。それではっとしたアメリアが、顔を上げて真剣な表情で言った。
「あのね。夢を見たのぉ」
「夢ですの?もしかしてリザフェスのですか。それともジルフェリーザとか言う人物の?」
「ジルフェリーザはリザフェスにいる光の精霊の名前だよぉ。私たちが探している力の源。あんまり詳しいことは覚えていないのだけどぉ、封印を解くのになにか試練があるみたい」
「アメリアに?」
「ううん、私じゃないよぉ。私はすでに選ばれた巫女だもの。ミティナが闇の精霊の媒体であるように、私は光の精霊の媒体なんだと思う。そして本当に力を使うのはみんな……ここにいる人たち。みんなが力にふさわしいかどうかの試練みたい」
 アンナがふぅとため息をついた。
「ここまで来て言うのもなんですけれど。本当に光の力を目覚めさせてしまってもいいのでしょうか。危険ではないのでしょうか。封印されていたのにはなにか理由があるのでしょう。力を目覚めさせて、アメリアがアメリアでなくなってしまったりでもしたら……」
 と、今度はアメリアがアンナの手を握ってきた。
「大丈夫だよぉ。だってとても暖かい力だもの。闇の力が破壊の力なら、光の力は創造の力。恵みをもたらす力なのぉ。私が感じていることだから、うまく伝えられないかも知れないけどぉ。あのね、とても優しい気持ちになるの。お兄ちゃんやみんなを信じる気持ちを強めてくれるような、励ましてくれているみたいな。ジルフェリーザは私たちの存在をとても喜んでくれているのぉ。その嬉しいって気持ちがとっても良く伝わってきたよぉ。ただ、封印は自分では解けないから、みんなに解いてもらわなきゃいけないんだって」
「それが試練か」
「うん、そぉいうことだと思うよぉ」
 アメリアが目を覚ましたと言うことで、出立の準備はさくさくと進められた。リザフェスまではそう遠くはないだろう。が、準備をしっかりしておくに越したことはない。オアシスがそうそう都合良くあるとも限らないのだ。しかしその心配はマニフィカ・ストラサローネが吹き飛ばした。
「水のことならお任せですわ〜」
 お気楽に言うと、なにやら呪文を唱えだした。それはマニフィカの故郷の言葉であるらしく、アメリアたちには意味はわからなかったが、呪文と共に樽や革袋に水がどんどんと満たされていった。
「おお、すげー」
 素直に感心して見せたのは将陵倖生だった。
『人魚の心は〜水心〜祈れば〜命のぉ水が湧く〜』
 るんるん気分でマニフィカの詠唱は続く。倖生が手にしていた革袋もずっしり重くなった。倖生はそれをらくだにくくりつけ、それからあれやこれやと荷物を詰め込み始めた。非常食、応急手当の道具、探索に必要と思われるもの一式。なにより忘れちゃいけない美少年式神人形。人形は無表情に倖生を見つめていたが、倖生にむんずと頭を押さえつけられてどことなく雰囲気が剣呑になった。
「なぁにをわかりきったことを的な顔をしているんだっ。どうせおれは運がないよ!人のこと言ってないでお前もちゃんと役に立つんだぞ、こんちくしょう!」
 そのままぐいぐいとリュックの中に押し込んでしまう。式神人形はリュックの中で少しもがいていたようだが、倖生はかまわず振り返ってそのリュックをルイードに差しだした。
「神殿探索は向きじゃないからな。おれはちょっくら周辺の調査に行ってくるわ。んでもってこいつはおれが持っているより、あんたたちと一緒にいた方が役に立つだろうから、使ってやってくれ」
 じたじた。リュックが暴れる。倖生が怒鳴った。
「ええい、いいから仕事しろ!でないと本気で捨てるからなっ」
 とたんにぴたりと動きが止まった。あっけにとられているルイードの手に荷物を押しつけると、倖生がにっと笑った。
「てなわけで頼むわ。それなりに調べものにも役に立つとは思うから。じゃあな」
 らくだはてくてく歩く。その先をフライボードに乗った倖生がびゅんと飛び去っていった。
 その直前のことだった。荷物をまとめている倖生の様子をルーク・ウィンフィールドが密かに伺っていた。そして倖生がルイードに話しかけたとき、ちらっと佐々木甚八に目を走らせた。甚八はソラと一緒にアメリアの方に向かっていた。
『コリン』
 ルークの回りを飛び回っていたモモンガに意志の実で指示を出す。コリンは倖生の気がそれている隙に、倖生の荷物の中に飛び込んだ。やがてそれに気づかず倖生が去っていく。ルークは素知らぬふりで探索隊のメンバーの中に戻っていった。
 甚八とてルークへの疑いを完全に捨てたわけではなかったが、追求しても白状させるのは難しそうだと判断して、アメリアの護衛に付くことにした。しかし極度の女性アレルギーを持っている甚八がアメリアに近づくのは至難の業だった。準備でばたばたしている中、発作をこらえながらアメリアに近づいた甚八は、結局なかばソラの背に隠れるようにしていた。それを見ていたダグラスが面白がって声をかけてきた。
「なにやってんだ?」
「ちょうどいい。相手になってくれ」
 ダグラス相手なら気兼ねははいらない。きょとんとしながらソラと甚八を交互に眺めていたアメリアに向かって、甚八が技を伝授した。
「踵落とし?」
「そうだ。体重をかけた踵で相手を踏みつけるんだ。こんな風に」
「んげっ」
 甚八の合図を受けてソラがダグラスの首筋に技を決める。多少手加減してあったとはいえ、不意を突かれたダグラスが地面に沈んだ。
「やってみろ。おまえの力では倒すことは出来ないかも知れないが、なんらかの機を作る助けにはなるはずだ」
「うん」
「ちょっと、待て」
 立ち上がったダグラスが顔を引きつらせる。アメリアは真面目な顔だった。ダグラスの足元が風にさらわれる。かしいだ体にきれいに技が決まり、ダグラスが再び沈んだ。
「わぁ。決まっちゃったぁ」
「その調子だ。本人が抵抗するのは非常に有意義だ……って、わーよるなーっ」
 喜びに駆け寄ろうとしたアメリアを必死に制する。脈絡もなく倒されたダグラスが、無言で甚八の首根っこを捕まえてアメリアに差しだした。アメリアは甚八の様子には気づかずに、その手を取って嬉しそうにお礼を言った。ルイードがむっとしながら割って入る。そのときには甚八は息も絶え絶えだった。
「まったく、なにをやっているんだか」
 呆れて声をかけてきたのはシエラ・シルバーテイルだ。むっとしているルイードの鼻先に指を突きつけて言った。
「準備終わったわよ。どんどん先に進みましょう」
 そしてアメリアの手を引いてずんずんと歩き始めた。ルイードが急いで後を追う。シエラはアメリアの手を引いたままちろりとルイードに目をやった。
「のんびりしてたらすぐに連中、襲ってくるわよ。一応アメリアべったりじゃなくても仕事は出来るみたいだけど。先手を取るには向こうの予想より先へ早く進むしかないんだから」
「わかってる」
 ルイードのあとに甚八やダグラスが続いた。リザフェスはおぼろに揺らいで見えたが、予想通り遠くはないようだった。
 探索隊がオアシスを出発した頃、先行していた倖生は見えるリザフェスと等間隔を取りながら、その周域を調べていた。案の定、いくつかのオアシスを発見することが出来た。水辺にはさわさわと草が生えている。生育状況からして、出来て間もないのは確かだった。
「光の力は創造の力だって言ってたよな。リザフェスが出現したからこいつらもできたのか?」
 静かなほとりは精霊の恵みを思わせた。最初のオアシスと合わせて、発見できたのは都合4カ所。中心に位置するのはリザフェス。偶然とは思えない配置に考え込んでいた倖生は、自分の荷物からモモンガのコリンが飛び出していったことに気づかなかった。
 探索隊の方はじきにリザフェスの間近にたどり着いた。白い石造りの、しかし古さを感じさせない建物。間近にはオアシスはなかったが、マニフィカが小さな泉を作ったので、ひとまずそこに天幕を張ることにした。
「ふうん、やっぱり結界があるみたいだな」
 新式対物質検索機を操っていた鷲塚拓哉が言った。確かに目の前に建物が見えるのに、物質反応がないのだ。これは魔法の力で神殿が封じられている証だった。
「まぼろし……ってことはないよね」
 アメリアの隣に立って、アルフランツ・カプラートが問いかけてきた。アメリアはリザフェスを見上げながら答えた。
「本物だよぉ。ここから力を感じるものぉ。きっとどこかに中に入れる場所があると思うのぉ」
「ではまず周囲を一回り探ってみましょうかぁ」
 応じたのはアクア・エクステリアだった。
「こうして見えるのですし、なにか表からわかるものもあるかも知れませんものねぇ」
「じゃあ、ここを起点にしよう。マニフィカの作った泉もあるし、陣をはるにはちょうど良いだろう。アクア、アメリアを頼んだぞ」
 ファリッド・エクステリアがてきぱきと行動を開始しながらアクアに言った。アクアはファリッドの腕にそっと触れてから微笑んだ。
 リザフェスは長い年月を経ているはずなのに、遺跡という感じは少しも感じさせなかった。まるで時を越えて出現したかのようだ。太陽の光に照らされた外壁もひび一つ無い。シエラが先頭に立って歩き出した。アルフランツはリザフェスを見上げながら歩いているアメリアの様子を伺いながら隣に立っていた。アメリアたちの故郷の神殿によく似た装飾の外壁には、柔らかなイメージの文様が刻まれていた。アクアは時折立ち止まっては、その文様をしげしげと眺めてみた。
「なにか過去の戦いに関する壁画でもありませんかしらねぇ。アメリアさん、わかりますかぁ?」
「ううん。この文様は確かに精霊をイメージさせるものだけどぉ、戦いとかそう言った感じはしないねぇ」
「ここを封印した英雄は、手がかりを残さなかったのでしょうかぁ」
 ふと手を伸ばしてみる。アクアの手はしかし外壁に触れる前に見えない力に阻まれてしまった。
「やっぱり結界がはられているようですわねぇ」
「音でわからないかな」
 アルフランツが横笛を吹き始める。音を結界にぶつけ、反響を確かめていた。
 拓哉は検索機で物質反応を確かめながら歩いていた。そして機械の様子を見ながら、脇を歩いていたルイードにそれとなく問いかけた。
「ルイードはジルフェリーザという名に心当たりはないのか」
「いいや。この間の戦いの時、ミティナが言ったのを聞いたのが初めてだな。アメリアによれば、それが封印されている光の精霊の名前だそうだが」
「うん?人間じゃないのか?」
「人間ではなく精霊だな。神託が下されたときは大きな力と言うだけだったが、ミティナの様子を見た限りでは人格を持っていそうだな」
 外壁はどこにも継ぎ目がないように思われたが、やがてアメリアが足を止めた。アルフランツが笛から口を離してアメリアに向き直った。アメリアは神経を集中させて、なにかを感じ取ろうとしていた。アルフランツは黙ってそれを見守っていた。2人の様子に気づいたシエラやルイードが駆け寄ってくる。問いかけようとしたルイードを、アルフランツが手で制した。やがてアメリアが少し先を指さした。
「あの辺になにか力の流れを感じるよぉ」
 それはほぼ1周した場所だった。ファリッドが仲間を指図して陣地をはっているのが見える。外壁は一見したところ繋がっているようだったが、アルフランツが音で確かめると確かに空気の流れがあるようだった。
「アメリアなら通れるんじゃないの?」
 シエラの提案にアメリアがうなずいて前に出た。静かに呼吸を整え、意識を結界に集中させる。拓哉が小さく驚きの声を発した。不意に機械が大きな建物の像に反応したのだ。同時に外壁の一部が揺らぎ、そこに入り口が出現した。
「ここから入れるのか」
「とにかく行ってみようぜ」
 ダグラスの促しにルイードが緊張した面持ちでうなずいた。
 神殿内部は少しひんやりとした静かな空間だった。白い石造りの壁がずっと続いている。人気はもちろんなかった。拓哉の探索機でも生体反応は感じられなかった。アメリアの肩に乗っていた梨須野ちとせが、窓から漏れいる光を見つめながらぽつりと呟いた。
「私、ずっと思っていたのですけれど、この世界は精霊の恵みに満ちあふれていながら、なぜ砂漠が大半を占めているのでしょうか」
「え?」
「思うのですが、ジルフェリーザというのが失われた光の巫女で、ミティナは同時期に存在した闇の巫女なのではないでしょうか。過去、光と闇はバランスを取って存在していた。けれど英雄ルイードの存在によってかなにかでそのバランスが崩れ、世界に被害が及んだために光も闇も封じられることになったのでは。まあ、ジルフェリーザさんがここにいらっしゃるのでしたら、直接聞けばよろしいですわね。人であればの話ですが」
「……ジルフェリーザは光の精霊だよぉ。私たちが探している力そのものなのぉ。うん、でもそぉだねぇ。ここは精霊の気配がとても濃い。きっと、この中のどこかにジルフェリーザは封印されているんだよぉ。探して、その封印を解くことが出来たら、昔何があったのか、ミティナがどういう存在だったのかわかるかもしれないねぇ」
 ちとせは通廊の作りなどを解析しながらその言葉を聞いていた。伝承によればこの神殿は数百年は前のもののはずだ。しかし封印されていたせいか、壊れた神殿のような古さはなかった。
「チルル、どうだ?」
 夫のホウユウ・シャモンに肩を抱かれながら歩いていたチルル・シャモンは、手の平に光の精霊のリィナを呼び出していた。甘えるようにホウユウにもたれかかりチルルが言った。
「ええ、確かに光の精霊の気配はあるみたい。ただ気配が濃いというか、まだらというか、流れているような……一定した方向がつかめないのよ」
「封印されているからじゃないのかなぁ」
 その言葉を受けたのはアメリアだった。アメリアも気配を必死に追っていたが、うまく捕らえることが出来ないでいるようだった。真剣すぎる様子に、ルイードが軽く肩を叩いた。
「この間、倒れたばかりだろう。無理をするな。探索なら他の人間でも出来るんだし」
「大丈夫だよぉ。私がやらなきゃ」
 毅然と言われてルイードがため息をつく。ラーナリア・アートレイデが背後で苦笑した。
「本当に心配性ね」
「ラーナ、笑うことはないだろう」
「莫迦にしたわけじゃないわよ。あまりに心配しすぎるから、ちょっと変なこと考えちゃっただけ」
「変なこと?」
 ラーナリアは声をひそめてアメリアに聞かれないように気遣いながらルイードにささやいた。
「あなたたち、本当の兄妹なの?」
「は?」
「だって、実の兄妹にしては心配の度合いが過ぎるようなんですもの。あ、でもね。例え血のつながりがなくても、今まで培ってきた2人の絆は変わることないと思うけど」
 ルイードが困ったような顔になった。
「そんなに心配性か?血の繋がった兄妹なのは間違いないぞ。違ってたら近所の噂になっていたはずだし。アメリアが生まれたとき、俺はもう6歳になっていたから、噂があれば気づいたはずだ。心配性なのは……やっぱり両親を目の前で失ったせいだろうな。もう頼れる人はいないんだと思って。あの子を守ることで、俺は自分を支えてきたから……。まあ、あの子が自分で立とうとしているんだから、俺も卒業しなくてははいけないんだろうけど。この運命に、俺がどんな役割を持っているのかはわからないが」
 闇との大戦を終わらせ、光を封じた過去の英雄。その生まれ変わりかも知れないと言う事実は、重くルイードにのしかかっていた。こうしてリザフェスに着くことは出来たが、闇の脅威が消え去ったわけでもない。ルイードの暗い顔に、ラーナリアはその恐怖を感じ取っていた。
「大丈夫よ。前世がどうであれ、あなたはあなたなんだから。自分のやりたいと思ったことを全力でやればいいわ」
「そう、かな」
 短く答えたルイードに、ラーナリアは明るく笑って見せた。
「前にも言ったでしょ。1人でやろうとする必要はないんだって。私も精一杯手伝うから。だからなんでも相談して。ね?」
 ルイードが小さくうなずいた。それにしても、とラーナリアが言葉を続けた。
「ミティナが過去の住人だとして。リザフェスやジルフェリーザ、英雄ルイードとどういった関係だったのかしら。もしかしたら、本来、契約の巫女になるのはミティナだったのかも。それがなんらかの裏切りにあって、絶望して。闇にとらわれてしまったとか」
「ああ、それはありそうだな。闇に染められて外見が変わってしまったのだとしたら、見た目の違和感にも説明が付く」
 記憶の残滓か、苦い痛みがミティナのことを思うたびにルイードにわきあがってくる。誰よりも過去を知りたいのはルイードかも知れなかった。
 ラーナリアは通りすがりの部屋を一つ一つ開いては中を確かめていた。前方ではチルルとアメリアが相談しながら歩いていた。
 リザフェスは3階層くらいの高さの建物だった。作り自体は既存の神殿に似ていないこともない。どうやら地下も存在するようだ。1階の広間から階下に通じる階段が見つかった。しかしとりあえずはかつての神殿にあった開かずの間に該当する上階に向かうことにした。
「ここ、かなぁ」
「開く?」
「うん」
 それらしい部屋を見つけてアメリアが扉に手をかける。その先に広がっていたのは、開かずの間とは違って広々とした部屋だった。開かれた窓からまぶしいくらいの光が差し込んでいる。部屋の1角には祭壇らしきものがあった。調度は落ち着いた代物で、神聖さを感じさせた。
「祈りの間みたい」
 アメリアが進み出て祭壇の前に立った。ルイードがその後ろに立つ。アメリアはゆっくりひざをつくと、祈りの体勢に入った。その時だった。不意にルイードの持っていたリュックが暴れ出した。
「わっ、なんだ」
「どうしたのぉ?」
 ルイードの叫びにアメリアが振り返る。リュックからにゅっと顔を出した式神人形は、なにやら慌てた様子で腕をぶんぶん振り回していた。倖生ではないので式神人形の言おうとしていることはよくわからなかったが、やがて人形がびしっと外を指さしたので、はっと気づいた。
「敵が来ているのか!?」
 うんうん。意を得たりと人形がうなずく。ルイードは急いでリュックをアメリアに渡すと、ダグラスに言った。
「どの程度までせまっているかわからない。お前はアメリアを連れて安全な場所に待避してくれ」
「おい、お前は」
「表の様子を伺ってくる」
 言い捨てて駆けだした。拓哉が続く。ホウユウはすばやくチルルにキスをした。
「俺も行ってこよう」
「御武運を祈ります」
 チルルが手を握って頭を下げた。

                    ○

 オアシスで倖生の荷物から脱出したモモンガのコリンは、すいーっと砂漠を渡ってミティナの陣営に来ていた。体にくくりつけられた親書を読んで、ミティナが眉をひそめた。
「やっぱり巫女が来たせいでリザフェスが姿を現したわね。封印を解かれるとやっかいだわ。彼らを呼んでおいた方が良いかも知れないわね」
「誰を呼ぶのデスか?」
 白いホッケーマスクで顔を隠したジュディ・バーガーが不思議そうに聞き返した。ミティナは妖しく微笑んでいた。
「闇の四天王。あたしの忠実なる僕よ。今の連中だけじゃ心許ないんだもの」
「そんなコトありませんネ!この『仮面のダークジュディ』がついていまス。ドウかお任せ下さい」
 胸を張って宣言したジュディに、ミティナはさして興味なさそうにしていた。手のひらでコリンが持ってきた意思の実をつまらなそうにころころと転がせている。他人を信用しないと言い切ったことをシェリル・フォガティから聞いていたジュディは、いきなり納得してもらえないことはわかっていたので、ミティナの反応にがっかりはしなかった。かわりに力強く宣言した。
「敵の勢力もモウあまりありませんネ。むやみに暴れるよりは、目標達成を第一に考えまショウ。ジュディ、頑張るデス」
「ふん、まあいいけど。行くわよ!」
 手下の前に出て宣言すると、おおーっと周囲で気勢があがる。ジュディーもそれに調子を合わせていた。
 リザフェスの入り口付近ではファリッドが門を囲むように周囲から集めてきた石でバリケードを築いていた。ルークは近くで銃剣の手入れをしていた。
「中に行かなくていいのか」
「都合上だ」
 甚八の疑いの目を思い出しながらルークがそっけなく応じる。必要なこと以外は喋らないと承知していたファリッドも、深くは追求しなかった。外壁の調査を続けていたアクアとマニフィカが戻ってくる。ファリッドがマニフィカに言った。
「思ったより石の量が少なくてな。あまり堅牢なバリケードが築けないんだ。だからマニフィカの魔法で堀を作ってくれないか。アクア、他に入り口はあったか?」
「いいえ、ここだけみたいですぅ。外敵の侵入を防ぐためでしょうねぇ。壁はかなり防御に優れているみたいですよぉ。1階部分は外からはほとんど見えませんの。抜け道のようなものも見当たりませんでしたしねぇ」
「ならやはりここの防備をしっかりしておこう。深い堀があれば足止めになるだろう。できるか?」
「大丈夫ですぅ。水が多いほうがアクアさんもいいでしょうしねぇ」
「そうですねぇ。私の戦いに水は欠かせませんもの。お願いしますわ」
 そしてルイードたちが駆けつけたときには、バリケードの向こう側に弧を描くように清水をたたえた堀が出現していた。ルイードの緊張した様子にファリッドが眉をひそめた。
「どうした?」
「敵が近くまで来ているらしい」
 遠くの空が暗雲に満たされ始めていた。そのときにはルークも意思の実を通じてミティナが来ていることを察知していた。
「アメリアは?」
 さりげなく近づき確認する。ルイードはちょっとためらってから答えた。
「中だ。ダグラスたちと一緒に避難している。ここは俺たちで防ぐぞ」
「わかった」
 すかさず実を通じてその情報をミティナに流す。ミティナはルークの情報を得て、テネシー・ドーラーに指示を出した。
 敵の距離などは拓哉が検索機で生体反応を調べ割り出していた。とにかくは近づけないことが大切だ。空中移動できるものたちの手を借りて、迎撃隊が敵の軍勢に向かっていった。ある程度近づいたところで前に出てきたのはエルンスト・ハウアーだった。エルンストは梟の杖をかざしながらルイードに言った。
「雑魚のゾンビはワシに任せい。良い手があるんじゃ」
 ぶつぶつと呪文を唱えると、見えていた敵の先陣部隊が苦しみもがき始めた。ぐずぐずと体が崩れて砂漠に染みこんで行くもの。生きながら体が腐っていくもの。程度は様々だったが、効果のほどは抜群だった。エルンストは「ふぉふぉふぉ」と笑っていた。
「やはりな。ワシの暗黒魔術なら、奴らのようなただのゾンビにはよく効くと思ったんじゃが。さあ巨大蝿たちよ。ごちそうができたぞ。たんと食らうがいい!」
 どこからともなく2mはありそうな蝿が飛んできて、生き腐れている体にかぶりつく。毒液が排出されてじゅうと肉がいっそう崩れ出す。攻撃から逃れようと振り上げた手がぼとりと落ちる。痛みと恐怖で敵の戦意は完全に喪失されたが、こちらの攻撃の手が休まることはなかった。蝿が満足した頃には、軍団はあらかた消え、ミティナの回りを固める小規模の集団だけが残されていた。エルンストは蝿をさらにその集団に向かわせたが、さすがにミティナの攻撃にあって瞬時に消滅させられてしまった。代わりに飛び出たのはトリスティアだ。トリスティアはエアバイクの後部座席にルイードを乗せて加速をかけて一気にミティナの前に出た。ジュディがミティナの前に出て対峙しようとしたが、それを阻んだのはルークだった。銃剣の突きが繰り出され、ジュディが素早く交わして体当たりで反撃してくる。接近戦に持ち込まれて2人は激しく応戦を繰り広げた。
「ルイード、例の作戦を」
 トリスティアはひらりとエアバイクから飛び降りざま、地面に向かって流星キックを放った。ぼこりと大穴が開く。ルイードが上空からその穴にエアバイクの予備燃料を落とし込んだ。トリスティアはミティナの周囲を守っていた者たちがやってくるタイミングを見計らって、飛び退きながら燃料にヒートナイフを投げつけた。
 どかーん!すさまじい爆音が響き渡り、炎が燃えさかる。爆発に巻き込まれた獣人がのたうちまわりながら穴に落ちて行った。トリスティアはなおもナイフで誘導しつつ、上空のルイードに合図した。ルイードはそれを受けて操縦席に移動するとミティナめがけて走り出した。
「ミティナ、あなたは光の力でどんなひどい目にあったの!」
 トリスティアが声を張り上げると、ミティナは瞬間きょとんとした顔になった。目前にルイードが飛び降りてくる。その顔をミティナはどこか懐かしげに見た。
「……なにを?いいえ、なにも。違うわ。光はなにもしてくれなかったの!あの人を守ってくれるはずだったのに……見捨てたんだわ!あの人は帰ってこなかった……死んでしまった。そうして希望は失われ、絶望があたしを支配した。守る力なんて光にはなかった!信じていたのに……その思いは裏切られてしまったのよ!」
 ルイードがふいといぶかしそうな顔になった。ミティナの言う「あの人」が誰であるのかルイードは知っていた。脳裏にリザフェスの祈りの間で笑い合う金髪の男女の姿が蘇った。感覚でそれが英雄ルイードと闇に染められてしまう前のミティナであると感じていた。だが英雄は生きて大戦を終わらせ、闇と光を封じたはずだ。
「そんなはずはない。なにか間違えているぞ!」
「あたしは永久にあの人を失った……光の裏切りのせいで……」
 ミティナはうつろに呟いた。エアバイクから飛び降りたルイードもしばし無防備な状態になった。それを見逃さなかったのはルークだ。飛び退いてジュディの攻撃をかわすと、トランジション・クロスを使ってルイードの後ろに転移した。とっさのことに反応が遅れたルイードは、必死に身をよじったがルークの攻撃をかわしきれず銃剣の突きを背中に受けた。交わした分、致命傷には至らなかったが、ルイードがどさりと倒れる。拓哉やトリスティアが慌てて駆け寄ってきた。
「ふん、さすがに1撃でとは行かなかったか」
「ルーク……貴様……」
「悪く思うな。これも仕事でな」
 記憶の呪縛から解かれたのはミティナもだった。表情を不適なものに変え、暗雲を呼び出した。配下の獣人たちは体を失ってしまっていたので蘇らせることは出来ないはずだが、攻撃はしかけてくるだろう。トリスティアがルークの前に立ちはだかり、拓哉がルイードに手を貸してリザフェスの方に後退して行く。闇が無数の矢となって飛んでいった。その攻撃を遮ったのはリオル・イグリードの光の障壁だった。光の精霊レイフォースが控えている。リオルは障壁で仲間全員を包みながら声を張り上げた。
「ミティナ、あの人というのは闇を封じた英雄ルイードのことなのか。彼は戦いでは死ななかった。現にその子孫であるルイードとアメリアがいるんだからな。戦いが終わったあと光を封じたのもルイードだ。なぜ死んだなどと思うんだ」
「帰ってこなかったからよ。ザイダーク様が教えてくれた。あの人は光の加護を失ったがために死んだのだと。心の底から信じていたものに裏切られた痛みがわかってたまるものですか。信じるものを失い、絶望の淵に立ったあたしに、ジルフェリーザは救いの手をさしのべてもくれなかった。わかってくれたのはザイダーク様だけだった。いいえ、ザイダーク様ですら信じるに値するものではないけれど。力を与えてくれることにかわりはない。それで十分なの。すべて滅びてしまえばいい。なにもなければ失うこともない。違う?」
 ジルフェリーザが光の精霊ならば、ザイダークというのが闇の精霊の名なのだろう。ミティナの論理や記憶は破綻していた。それに疑いを持たないのは闇に操られているからだと思えた。狂気の色を宿した瞳で笑うミティナは、正気ではないだろうが落ち着きを取り戻していた。再び闇の矢が降り注ぐ。勢いを増した矢は障壁を突き破り仲間を傷つけた。それでもリオルは必死に障壁をはり続けたが、防御ばかりではらちが開かないと、グラント・ウィンクラックがエアバイク「凄嵐」に乗って一直線にミティナに向かった。
「あんたの過去なんざどうでもいいことだ!過去がどうであれ、今やっていることはとうてい許せることではない……ま、俺は言葉で語るのは苦手だ。俺が語るのは、ただ剣のみだ。行くぞ!ゆがんだ怒りがいつまでも通じると思うな!」
 内気功で強化された体がわずかな闇の矢に傷つけられることはない。目前に迫られてミティナが杖を取り出し闇の塊を叩きつけてきた。すかさず抗魔手甲で弾き飛ばす。勢いでわずかに軌道がずれたが、破軍刀のリーチならば充分狙える距離に達していた。平行になぎ払ってくるのを、ミティナが闇の障壁で防ぐ。ついで触手でエアバイクの動きを封じた。グラントはひらりと飛び降りると、だっと詰め寄った。ジュディがミティナの援護に入った。と、ミティナがかすかに笑った。
「ノエティ!ウネ!」
 ミティナの呼び声に呼応して、グラントとミティナの間に突然2人の人物が出現した。1人は20代後半くらい、焦げ茶のざんばら頭に黒のバンダナを額に締めた、筋肉隆々たる男だった。にやにやと小ばかにしたような笑みを浮かべている。もう1人は20代前半くらいの濃い紫のロングストレートを風になびかせた、そそとした女だった。こちらは無表情だ。だが威圧感があることはどちらにも共通していた。グラントの直感が、この2人を強敵と告げていた。
「俺は土のノエティ」
「わたくしは水のウネ」
「あたしの怒りを否定するならば、まずはこの2人を倒して見せなさい!任せたわよ、ノエティ、ウネ」
 言い捨ててミティナはジュディとルークをつれて消えてしまった。グラントはひたと視線を残された2人に向けた。ホウユウやトリスティアが駆け寄ってくる。前触れもなく地面が鳴動した。とっさに踏ん張ったグラントの視界に、地面に手をついているノエティの姿が映った。土のというだけあって、大地に干渉することが出来るらしい。グラントはならばと飛翼靴で宙に浮いた。揺らいでいた足場がしっかりする。そしてグラントとノエティは同時に動いた。グラントが破軍刀で攻撃すると、ノエティは見かけによらないすばやさでそれをかいくぐり、アッパーカットを繰り出してきた。重いパンチにグラントの体が飛ぶ。体を強化していなかったらあごの骨が砕けていただろう。一瞬、頭がくらつく。それでも最短の時間で起き上がり、再び間合いを詰め寄った。
 ウネにはホウユウとトリスティアが向かっていた。こちらは接近戦はしないらしく、猛烈な吹雪で2人の足止めをしていた。風もさることながら体が次第に凍り付いてゆく。不明瞭な視界に緊張を強いられる。はっとしたとき、トリスティアの眼前につららが切っ先を向けてやってきていた。なんとかヒートナイフで攻撃をかわす。ホウユウが秘剣・血風乱華で竜巻を起こし、吹雪の勢いを相殺した。砂嵐が巻き起こる中、心眼でウネの位置を確かめる。上空に飛び上がり斬神刀を振りかざした。
「くらえ、『雲燿ノ太刀』!」
 足元ではトリスティアの投げたヒートナイフが立て続けに爆発を起こしていた。ウネは瞬間を見極め振り下ろしたホウユウの手を凍りつかせた。そして爆発を避け距離をとった。刺すような痛みに耐え、剣を握り締めていたホウユウだったが、すぐには大技は出せそうになかった。じりと対峙が続いた。
 一方のグラントとノエティは、ぶつかり合いを繰り返していた。切られ殴られ互いに無数の傷を負っているが、まだ致命傷となるものはない。ノエティを大技抜きで倒すのは難しそうだった。当たれば確実にダメージとなるパンチを食らって、グラントが腹をくくった。
『弱音は吐けねーんだよっ』
 引いたと見せかけて闇の触手から開放されていた凄嵐にまたがり突進してゆく。凄嵐にはアームドリルが装着されていた。時速400kmのスピードでまっすぐに突進して行く。砂嵐が巻き起こったが、己の感を信じて突き進んでゆく。手ごたえがあった。
「ちぃっ」
 アームドリルにわき腹をえぐられたノエティが顔をゆがませる。続けさまに破軍刀で切り裂こうとしたグラントだったが、決死のノエティが手を組んでエアバイクからグラントを叩き落した。
「ウネ!いったん引くぞ!」
「ま、待ちやがれっ」
 ノエティの声を聞いてウネも飛び下がる。そして2人の姿は暗雲の中に消えた。

              ○

 表の戦いから逃れるために、アルトゥール・ロッシュはアメリアを中心にしながらダグラスと一緒に神殿の奥の部屋を目指していた。アメリアの腕に抱えられたテオドール・レンツが、つぶらな瞳で周囲を見回していた。
「先回りできそうですわ」
 ミティナの指示を受けていたテネシーが、シェリル・フォガティと共にリザフェスの裏手に回っていた。アメリアたちの動きは魔眼で捕らえていた。短く告げてケルベロスに指図する。発せられた高熱波が外壁に穴をうがった。そこから侵入し、アメリアたちが来るのを待ち受けた。
 そうとは知らずにやってきたアメリアたちは、回廊にいきなりわき起こった竜巻に足を止めていた。アルトゥールがアメリアを背後にかばう。テネシーとシェリルは、逃げ場のないように挟み込んで立っていた。テネシーが氷のアーツから鋭い氷柱を出現させアメリアにぶつける。アメリアが風の障壁で必死にそれを食い止めた。空中に留まった氷柱をアルトゥールが剣で砕く。シェリルがショートソードを構えてアルトゥールをアメリアから引き離しにかかった。瞬間ちらりと視線がテオドールと合う。テオは真っ直ぐに見返していた。シェリルはわざと剣を噛ませ、均衡を保って動きが取れないようにすると、テネシーに気づかれないように小声でアルトゥールにささやいた。
「あたしにアメリアを攻撃させて。いえ、アメリアが抱えているテオに。仕掛けがしてあるはずよ。それで敵の目をごまかすわ」
「仕掛けだって?」
「アメリアがやられた振りをさせるの。あたしを信じて!」
「できるか!」
 2人はそのまましばらくにらみ合っていた。それから数回切り結んでいった。シェリルの攻撃は主に顔面に集中しており、急所への攻撃はない。それに気づいたアルトゥールが、再び剣を噛ませあった。その隙にシェリルが小さな紙片をアルトゥールに手渡した。アルトゥールが軽く目を細めると、シェリルが言った。
「こっちの情報よ。ルイードに渡して」
「……わかった」
 シェリルの目は真剣なものだった。誠意ある目。アルトゥールは一か八か乗ることにした。
 その間にダグラスが前に出てテネシーに向かっていった。
『チャンスですわ』
「う……」
 魔眼で麻痺させられ、ダグラスの動きが止まる。アメリアが顔色を変えて飛び出してきた。 「ダグラス!」
「アメリア、出るんじゃない!」
 アルトゥールが慌てて制止する。その動きはケルベロスの高熱波によって制限された。テネシーはウィップソードをしならせて身動きできないダグラスの体を切り裂いた。
「きゃああ!ダグラス、ダグラスー!」
 血まみれになってダグラスが倒れる。テネシーは酷薄な笑みを浮かべていた。
「貴女がここに来たりなどするからこうなったのですわ」
「う……く、くそ。アメリア、逃げろ……」
「往生際が悪いですわね」
 しなるウィップソードがダグラスを何度も打ち据えた。
 アメリアはダグラスに駆け寄ろうとした。その胸にシェリルのダガーが突き刺さった。正確にはアメリアが抱えているテオをダガーはつらぬいていた。どばっと血が吹き出た。
『え?あれ、でも痛くない……どうしてぇ?』
「このまま死んだ振りをして。早く」
 ささやいたのはダガーに差し貫かれたテオだった。ダガーを引き抜いたシェリルにとんと肩を突かれると、動揺していたアメリアは簡単に倒れた。直前に見たものは、床であがいているダグラスの姿だった。生きていることに安心したのか、アメリアはそのまま本当に気を失ってしまった。
「アメリアは殺ったわ」
「あっけないものですわね」
 血に驚いたのはアルトゥールだった。後悔が胸をよぎり、ダグラスのことも気にはなったがアメリアを抱えて疾風の早さで駆けだした。テネシーはダグラスにとどめを刺そうとしたが、それを止めたのは転移してきたミティナだった。
「あら、いい手駒が入ったじゃない。あの男をなぶるのにちょうどいいかもしれないわね。連れて行きましょう」
「誰がお前なんか……」
「無駄よ。あんたはあたしの操り人形になるの」
 手の平から湧いた闇がダグラスの体に入り込む。ダグラスががくっと気を失った。
「アメリアは殺したから安心して」
「あら、そうなの?」
 ぶっきらぼうなシェリルに、あまり信じていない様子でミティナが応じる。テネシーが言い添えた。
「あの傷では助からないですわ。かなり出血していたようですし」
「そう。じゃあ後はあいつらだけなのね」
ミティナはテネシーたちに合図すると、外へと転移した。ノエティとウネが引き下がったのはそれからすぐだった。
 追っ手が来ないことを確認して、祈りの間に戻ったアルトゥールは、アメリアに必死に呼びかけた。アメリアは血まみれのテオを抱えたままだった。裂け目からなにやら金属のような物が見える。いぶかしげに見たとき、アメリアが意識を取り戻した。
「アメリア、怪我は」
「わ、私はなんともないのぉ。でもこの血は……?テオ、大丈夫」
「ボクは大丈夫だよ。ぬいぐるみだから痛みは感じないんだ。金属の盾は役に立ったみたいだね。良かった」
「でもこの血……」
「仕掛けだよ。こうすればアメリアちゃんがやられたみたいでしょ。それよりシェリルちゃんから何を渡されたの?」
「ああ。向こうの情報だと言っていたな」
 アルトゥールが広げた紙には、四天王のことやあの方と呼ばれる裏の存在のことなどが書かれていた。その存在がいる限り、ミティナが無限に近い力を得られるらしいことなども書いてあった。
 やがてルイードたちがやってきた。アメリアはルイードの怪我に、ルイードはダグラスの負傷に驚いた。
「確かに血だまりはあったが……ダグラスの姿はなかったぞ」
「生きていたのは間違いないよぉ。連れて行かれちゃったのかな……私のせいで……」
 アメリアがうずくまって泣きじゃくる。ルイードがそっとその肩を抱いた。なだめるようにぽんぽんと背中を叩いた。
「生きたまま連れて行ったと言うことは、見せしめのために目の前で殺すためだろう。アメリアが生きているということはわかっていないはずだ。今のうちに光の封印を解いて、闇を打ち消す力を手に入れるんだ。ダグラスを救う術も見つかるかも知れない」
「うん……そぉだね」
 なんとか泣きやんだアメリアが、体を離し決意を秘めた目でぎゅっと手を組んだ。ちとせが心配そうに膝に手をかけた。アメリアは薄く笑うとちとせを手の平に乗せ、額をあてた。ちとせは軽くその頭を撫でてから、アメリアの肩に乗り移った。そして祭壇を指さした。
「あの祭壇は特別みたいですわ。封印の鍵はきっとそこにあるはず。アメリアさん、力を込めてみて下さいませ」
「うん、わかった」
 祭壇に向かってアメリアがひざ立ちの祈りの姿になる。アメリアを中心に精霊の気配が集まりだしたのをリオルやチルルが感じ取った。と、いきなりすさまじい光が部屋を満たした。目を開けていられなくて全員の視界がふさがれる。ルイードが目を閉じながら叫んだ。
 「アメリア!アメリア、どこだ!?」
 しばらくして光が消え失せたあとに、そこで祈っていたはずのアメリアの姿が消え失せていた。肩から転げ落ちたらしいちとせが、床で頭をさすっていた。
「ちとせ、アメリアは?」
「よく……わかりませんの。光がまぶしすぎて目を開けていられなかったのですけど、閉じた瞬間にアメリアさんの体が急に消えてしまったんですわ」
「あ、光の精霊の気配だ」
「そうね。急に濃くなったみたいだけれど」
 リオルとチルルが口々に言う。じきに精霊使いでなくともわかるくらい濃密な力場が部屋を支配した。そして人々の脳裏に言葉が響いた。
『巫女の祈りが祭具の力を呼び覚ます……』
「誰だ!?」
 頭の中に水色の髪の小さな少女の像が浮かんだ。少女は目を閉じて両腕を大きく広げていた。
『わたしの名前はジルフェリーザ。この聖光神殿に宿りし精霊。巫女の祈りに応じるもの。でもまだ不完全なの。巫女の存在によってこうして言葉を伝えることはできるけれど、封印が解けていないから、力を自由にすることが出来ないの。お願い。この神殿のどこかに、私を封じている3つの祭具があるはず。それを探し出して』
 少女の姿に焦りの声を上げたのはミルル・エクステリアだ。
「待って!封印の解除があたしたちへの試練なの!?あたしたちにそれができると?」
 少女はゆっくり目を開いて小さくうなずいた。その瞳も水色だった。
『……思いがわたしの力。巫女を信じるならば、己を信じることが出来るならば、封印は必ず解けるわ』
「アメリアを連れ去ったのは何故よ」
『力の道筋になってもらうために、巫女には封印の中に入ってもらうしかなかったの。彼女を解放することが出来るのもあなたたちだけ。こよりとなった闇を自然に帰すことが出来るのも……』
「闇を自然に帰す……光は?この世界が砂漠に包まれてしまったのは、力のバランスが崩れてしまったからでしょ。闇が消えて、光だけ残るとは思えないわ。光はどうなるの?巫女であるアメリアはどうなっちゃうの!?」
 ジルフェリーザは微かに笑ったようだった。
『闇が自然に帰れば、光もまた自然に帰るだけ。もつれ合った糸がほどけるように。そうして世界は安定を取り戻すでしょう。巫女の役目もそのときに終わるわ』
「解放……されるの?」
 それには答えは返らなかった。空間がゆがみジルフェリーザの姿が消える。みながはっと我に返ったとき、部屋は力場を失っていた。ルイードは痛む背中に顔をしかめながら立ち上がった。
「3つの祭具か。それを見つけ出し、封印を解かない限り、アメリアは戻らないんだな」
 ダグラスは闇に連れ去られ、アメリアもいない。闇の四天王と名乗る輩はまたやってくるだろう。
「こよりとなった闇を自然に帰す、か。そんなことが可能なのか?」
 光と闇のパワーバランス。不均衡なそれが正されれば、世界は平和を取り戻すのだろうか。いずれにしても、アメリアを取り戻すために、ルイードの心は決まっていた。

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