「天空の高みより」 第4回

ゲームマスター:高村志生子

 聖光神殿リザフェスに無事到着した探索隊だったが、契約の巫女アメリアは、リザフェスに宿る光の精霊ジルフェリーザによって封印の中に呼び込まれてしまった。封印を解くためには3つの祭具を探し出さなくてはならないらしい。ルイードは精霊の気配が消えた祈りの間でため息をついていた。
「やっっぱり不安なのか?」
 鷲塚拓哉の問いかけに、ルイードは苦笑いして見せた。シエラ・シルバーテイルが皮肉げな笑みを口の端に浮かべながらそんなルイードを見ていた。
「まさか光の精霊が人質取って要求なんてするとはね。で?どうするの、オニイチャン」
「そういう言い方はやめろって。どうするもこうするも、祭具を探さないわけにはいかないだろう」
「アメリアのために?」
「少し違うな。シエラは人質と言ったが、ジルフェリーザがアメリアを害するとは思えない。これはアメリアが言っていた、俺たちに対する試練なんだろう。闇の勢力を倒すためには光の力が必要だ。だから祭具を探して封印を解く」
 きっぱりとした返事に、シエラはどことなく満足げだった。
「ふーん、いい答えだわ。いいわよ、最後までつきあいましょう」
 大地精霊術を使ってルイードの怪我を癒していたラーナリア・アートレイデが、背後からルイードの顔をのぞき込むようにしながら告げた。
「おそらくだけど、ミティナは、恋人だった英雄ルイードが戦いからなかなか帰らないことで不安を抱いていて、その心の隙を闇の精霊ザイダークに利用されたのよね。巫女は精霊の力の媒体なのでしょう?巫女が失われれば光の力も失われるってことだから。結果としてパワーバランスが崩れて、闇も光も封印せざるを得なくなった。今のミティナは過去の苦しみに縛られている……英雄が転生したのも、その苦しみを知っていたからじゃないかと思うの。解放してあげたいわね」
 拓哉がうなずいた。
「そうだな。ジルフェリーザが言っていただろう。思いが自分の力だと。巫女を信じるならば、己を信じることが出来るなら、封印は必ず解けると。アメリアは良く光の力のことを優しいとか嬉しいと表現していた。この試練は、怒りや悲しみと言った負の感情の誘惑をはねのけられるかどうかが鍵になっていると思う。なあ、ルイード」
「ん?」
「アメリアはともかく、ダグラスが闇に連れ去られて不安があるとは思う。英雄の記憶、ミティナを救えなかった悲しみもあるだろう。けれどみんなが言っているように、決して一人なんかじゃないんだから。なにがあっても仲間やアメリアを信じていろよ」
 ルイードは少し目を見張ってから小さく微笑んだ。
「俺が英雄の生まれ変わりで、その記憶が眠っているはずなら、せめてそれが全部よみがえればいいのにな」
 不安の色が消えないルイードの肩に拓哉が手を置いた。
「信じろって言っただろう。どうしても不安が消えないなら、俺のサイフォースの一つを教えておこう」
「サイフォース?」
「コンセントレーションという、精神を落ち着かせる技だ。なに、難しい技じゃない。すぐにできるさ」
 ルイードは心配そうに見ているラーナリアに傷を癒してくれた礼を言うと、拓哉と一緒に技の練習を始めた。拓哉の言うように習得までにはさほど時間はかからなかった。落ち着きを取り戻したルイードにシエラが言った。
「ところで、探すのはいいんだけど、なにか情報を引き出せた人はいるのかしら」
「ああ。探索は始まっているはずだぞ」
 ルイードの言葉通り、探索隊の面々は神殿内に散らばって祭具の捜索に乗り出していた。
 マニフィカ・ストラサローネは1階から始めていた。入り口入ってすぐに噴水のような設備がある。試しに水術を使ってみると、あふれた清水が吹き上がってきた。
「きゃー!ですわ〜」
 水がなみなみとあふれた水槽にどぷりと飛び込む。そこへアンナ・ラクシミリアがやってきた。アンナは水を見るときらりと目を光らせた。
「うふふふ、血が騒ぎますわ」
 手にしたモップをシャキーンと伸ばし、先を水に突っ込んだ。マニフィカが慌てて水から上がった。
「なにをするんですの?」
「もちろん掃除……あらら、ではなく探索ですわ。隅々まで綺麗にして行けば、きっと祭具も見つかると思うんですの。手抜きせずにしっかり掃除したら、見落としはないはずですわ。それらしいものは祈りの間に集めておきましょう。そうそう、掃除には水が不可欠ですの。一緒に来て頂けます?」
「ええ、いいですよ〜。でもそんなに汚れていないように見えるのですけれど」
「いいえ!埃や砂が散らばっていますわ」
「まあ、多少は……。わたくしが言いたいのは、数百年は経っているはずなのに、時の流れを感じさせないと言うことですわ。封印されていたからでしょうかねぇ。本当ならもっと寂れていてもおかしくないでしょうに」
 アンナはせっせと手を動かしながら答えた。
「確かに過ぎた時間の割には汚れていませんけれど。うー、やっぱり気になります」
 マニフィカが水の流れを作り、アンナがその水を使って床や壁をぴかぴかにしていく。もちろん壁に隠し戸棚とかないか探しながらである。1階を終えると順番にと地下へ降りていった。流水設備はあるらしい。地下には1室しかなかったが、広いその部屋の四方を水が流れていった。壁面のランプをともすと、床になにか文様が描かれているのが見えた。部屋一杯に広がったそれは、初めはただの汚れに見えた。アンナが張り切ってモップでこする。しかしそれは消えなかった。
「あら?これ、床に刻まれているんですのね」
「本当ですわ。ほら、水が少し流れてゆきますです」
 ランプの明かりに水が反射してきらきらと輝く。入り口まで戻って全体を見回して、ようやくそれがなんらかの魔法陣であることがわかった。
「なんでしょうねえ?」
「とりあえずルイードさんに報告しておきましょうかぁ」
 顔を見合わせた後、2人はうなずきあって歩き出した。
 アルトゥール・ロッシュは祈りの間でルイードに力説していた。
「アメリアを救出するには祭具を探す必要があるんだな。一緒に行こう。そう簡単には見つからないだろうし、もしかしたら罠やガーディアンがいたりするかも知れない。試練って言うくらいだもんな。僕は探索に関する特別な技能なんて持ってないけど、身の軽さには自信があるんだ。戦いも出来る。協力し合おうよ」
 手を握られて真っ直ぐに見つめられる。ルイードが複雑そうな顔をしていると、アルトゥールが少し照れくさそうに言った。
「アメリアのためだけじゃないんだぞ。僕はこれまでだってルイードと仲良くなりたかったんだからな。ちょっと機会がなかっただけで。それとも最愛の妹に近づくような男とは仲良くなりたくないかい?」
 正直な言葉にルイードも表情を緩ませた。
「いや。信じるさ。じゃあ行こうか」
「とりあえず1階にはそれらしいものはなにもなかったそうよ。地下に変な魔法陣があったそうだけど」
 アンナたちの報告を受けてシエラが呼び止める。ルイードはそのまま地下の探索は任せて、自分たちは2階の探索に乗り出した。拓哉が新式対物質検索機を持って同行した。
 祈りの間がある3階部分は、佐々木甚八とファリッド・エクステリアが担当していた。
「こういう儀式場では必ず何らかの法則があるはずだ」
「全体図がわかるといいんだけどな。けっこう大きいだろう、ここは。隠されているのなら、構造上空白部分があると思うんだ」
「図面を作るか?」
「そうだな。その方がわかりやすいか」
 探索の起点は祈りの間だった。他のフロアに散っている仲間達の情報も集め、神殿内の配置図を作成して行く。神殿は四方に塔があり、庭に取り囲まれるように中央に3階建ての建物がある。地下は1階だけのようだ。祈りの間は3階のほぼ全域を使った部屋だった。
「四角錐とでも言うのか」
 1階と2階は同じ大きさだったが、3階だけは少し狭い。代わりに祈りの間の周囲にバルコニーのような開けた場所があった。地下は魔法陣以外には特に変わったものはなかったらしい。この魔法陣もなんのためのものなのか良くはわからなかった。1階は図書室や集会所のような部屋が集まっていた。古風な燭台や飾りなどをアンナたちが集めてきたが、違うらしい。祈りの間に変化は訪れなかった。2階を調べていたルイードたちに図面作成を伝えると、端からどういった構造なのか情報が集められていった。
「祭具は3つなんだろう。この祈りの間で交差する線上に空白のフロアとかないか」
「うーん。あるとしたら2階かな」
 着々と埋まっていく平面図から、2階に目星を付けたファリッドが答えた。
「この辺りが怪しそうだな」
 等辺三角形をなす位置を指し示す。1階のその部分は普通の部屋だったが、2階は壁になっていた。甚八が立ち上がって歩き出した。
「壁なら壊してみるか」
「魔法が使われているかも知れないぞ?」
「精霊の力を使って調べている連中もいるんだろう。とりあえず壊すのは任せてもらって、魔法の力は力で調べてもらうさ」
 書き写してもらった図面を手に甚八はあっさり応えた。

                    ○

 探索隊によって手勢を失い、ノエティとウネも引いてきてしまったため、ミティナはひどく不機嫌だった。契約の巫女が死んだという報告は受けていたし、ダグラスという駒も手に入れはしたが、どこか落ち着かない気持ちでいた。白いホッケーマスクを被ったジュディ・バーガーは、そんなミティナの様子に胸を痛めていた。ミティナを苦しめているのは過去の辛い恋の記憶。それはジュディにとって他人事とは思えない感情だった。
「ボス、これからドウするのデスか」
「あの男は放っておけないものね。リザフェス自体も壊してしまいたいわ。あんなもの無くなってしまえばいいのよ」
 吐き捨てるように言ったミティナに、ジュディは努めて明るく告げた。
「ノエティの傷は癒えたのでショウ?この間は油断してシマッタみたいですネ。ケド、今度は大丈夫ネ!契約の巫女がいなくナッタのナラ、連中にも対抗スル手段がなくなったというコト。スベテ滅ぼして、スッキリしてしまいまショウ!」
「すべてを……そうね」
 少しだけ遠い目をしてミティナが呟く。強大な力とはアンバランスな不安定な心が、ジュディにはたまらなく悲しかった。
「ソウ!アソコをみんなの墓標にしたいデス」
「墓標?あいつらの?」
「ジュディは好きデシタ、みんなのコト。滅んでしまって悲しいネ。せっかく仲良くナレタのに。墓標くらい立ててやりたいデス」
「ふん、光の神殿が闇の軍勢の墓標ね。面白いじゃない。いいわ、徹底的に闇に染めてやりましょう」
「ア、闇に染めると言えば、ダグラスはドウしました。ケガは?」
「向こうにいるけど。気になるなら行ってくれば?落ち着いたら攻撃に出るわよ。ノエティやウネだけじゃ足りなかったら、風と火も使ってやるわ」
「力仕事ならジュディがんばりマス。まかせて」
 闇の影響下にあるとはいえ、まだ生きているダグラスの怪我は闇では治せない。元々頑丈な体をしていたのでだいぶん良くはなっているようだったが、戦いに赴くにはまだもう少し時間が必要そうだった。陽気さは失われ、戦いのことを告げられても特に反応はしなかったが、ジュディはいそいそと傷の手当てをしていった。

 リザフェスの周りでは、テオドール・レンツが一生懸命に錬成陣を地面に描いていた。敵がどこからやってくるかわからない。大きな陣はいくつも神殿を囲むように隙間無く描かれていた。描き終わると、襲撃を警戒していた者たちに告げた。
「ボクはねえ、本当は戦ったりしちゃいけないと思うんだ。壊してもいいことなんかなにもないんだから。この間来たのは土さんと水さんだったよねえ。闇から解放してあげれば、おたがいに調和しあってすてきなものを作り出せると思うんだ。ボクのママは、新しい命は生み出せなかった。けど土さんと水さんはとても素敵な組み合わせで、新しい命を生み出せると思うんだ!」
「それとこの陣となにか関係があるのか?」
 グラント・ウィンクラックが問いかけると、テオドールは無表情なそれでもつぶらな瞳で見返した。
「うん。それでね、みんなにお願いがあるんだけど。この陣のどこでも良いから、同時期に2人を中に誘い込んでくれないかな。ボクに策があるんだ」
「手加減は出来ないぞ」
「精霊さんだと思うから、自然があれば消えてしまうことはないと思うんだ。だから大丈夫」
「どうだか。俺はノエティとこの間の決着をつけたいんだが。ま、奴を憎む理由があるわけじゃなし、闇から解放できるというならそれもいいだろうさ。中に追い込めばいいんだな?」
「うん、そう」
「なんの話だ?」
 神殿の中から出てきたホウユウ・シャモンが声をかけてくる。テオドールが同じような説明をすると、ホウユウも軽く肩をすくめた。
「手加減できないのは俺もだな。ウネにリベンジしてやる!」
「あなた、無茶はしないでね」
 背後について来ていたチルル・シャモンが心配そうに言った。ホウユウは不敵な笑みで妻の心配を一蹴した。
「へまはしないさ。チルルは祭具の捜索に行くんだろう。そっちこそ気をつけるんだぞ」
「大丈夫よ。私の運の良さはあなたもよく知っているでしょう」
「そうだったな」
 笑いあって人目もはばからずにキスを交わす。後からやってきたアクア・エクステリアが微笑ましげにそれを見ていた。
「ウネは水使いなのでしょう?水使いの戦い方は水使いが一番わかっていますよ〜。旦那様のフォローは任せて下さいね。祭具の捜索の方はファリッドがなにかやっているみたいなんですぅ。協力して下さいねぇ」
「あら、お兄様が?じゃあ行ってきます」
 もう一度キスをすると、チルルは神殿の中に戻っていった。
 心乱れていることはミティナにもそれなりに自覚があった。だから戦いはノエティやウネ、ジュディたちに任せて、自分はとりあえず背後から様子を伺うことにした。ダグラスは別働隊でテネシー・ドーラーに連れられていった。
「来たな!」
「この間の借りは返させてもらうぜ!」
 真っ先に対峙したのはグラントとノエティだった。立ちはだかったグラントを見てノエティが叫ぶ。グラントも不敵に笑い返した。
「いいぜ。さあ、続きをやろうじゃないか。今度は決着がつくまでな!」
 同時に飛び出して互いの間合いに入る。とはいえグラントの獲物は2mを越す長刀・破軍刀だ。斬撃を避けつつノエティが砂嵐を起こして目つぶしを狙う。破軍刀の一閃で視界を切り開くと、グラントは鋭く突きを繰り出した。間一髪それをノエティが避ける。砂が一瞬のうちに岩になってグラントを襲う。グラントはやすやすとそれを切り落としたが、その隙にノエティが詰め寄っていた。
「ぐっ」
 腹部に重いパンチを打ち込まれてグラントの体が後方へと下がりそうになる。だが硬気功で強化されていたため、それは深刻なダメージとはならなかった。開いた距離は破軍刀ならば十分に攻撃を仕掛けられるものだ。再びやってくる前にグラントが薙いだ。ノエティががしっと太い腕でその一撃を受け止める。なにか魔法の障壁を張っているのだろう。腕が切り落とされることはなかった。だがさすがに衝撃すべてを受け止めることは出来なかったらしい。肉が裂け、鮮血がほとばしった。
「やってくれるじゃねえか」
「まだまだこれからだぜ」
 一呼吸置いてまたもや同時に動く。破軍刀の攻撃を身をかがめてかわしたノエティがグランドの体を掴んで放り投げた。空中で素早く体勢を整えひらりと着地するグラント。その視界に、テオドールの描いた陣とウネと戦っているホウユウやアクアの姿がちらりと映った。
『そろそろやるか』
 研ぎ直しておいた破軍刀をちゃきっと構え直し、すっと姿勢を正す。ノエティが突っ込んできた。グラントも駆け出し、わざと受けられるように大きく振りかぶった。
「もらった!」
 ノエティが嬉々として破軍刀を掴み、血が流れるのもかまわずに力ずくで奪い去った。勢いに引かれてグラントの体が前のめりになる。ノエティは開いた片手であごを狙ってきた。しかしそれはグラントの作戦通りだった。とんと跳ねながらノエティのパンチを抗魔手甲で力一杯叩き返した。がくっとノエティの姿勢が崩れる。すかさず破軍刀を手に呼び戻したグラントは、上段から縦一文字に斬りかかっていった。背中をえぐられノエティが転がる。追撃を仕掛ける振りをして、グラントはノエティを陣の方へ追いやっていった。
 その頃、近くではホウユウとアクアがウネと戦っていた。ウネは相変わらずの無表情で氷柱を槍のようにして投げつけてきた。アクアがそのつららの成分に干渉して液体へと還元させた。ざあっと水分が砂漠へと染みこむ。わずかに表情を変えたウネが吹雪を巻き起こしてきた。
「そうはいくか!」
 白い嵐に別の力が加わる。ホウユウが血風乱華を放ったのだ。剣圧で発生した竜巻が吹雪を飲み込んで上空へと立ち上って行く。嵐が雲を呼び雨がしたたり落ちてくる。ウネはその雨を氷に変換してホウユウの攻撃を封じようとした。しかしそれもまたアクアによって無効とされてしまった。アクアが挑発するように笑った。
「たいした水使いだと聞いていたんですけれどぉ。そうでもないみたいですねぇ。もっと凄い技でないと効きませんよぉ」
 挑発に乗ってウネが次々に空中から水分を引き出すて氷の槍を飛ばしてきた。アクアがそれを液体へと変化させる。間断無い攻撃も、ホウユウとの連係プレーでことごとく封じられてしまった。
「この間見たいにはさせないぞ」
 腕を凍らせようとしてもアクアの術が無効化させてしまう。さすがにむっとしたらしいウネが水竜を呼び出し、ホウユウとアクアの周りを取り囲ませた。巨大な竜は輪をせばめていって2人を水の中に閉じこめようとする。精霊の力そのものを使っているのだろう。今度ばかりはアクアの術も敵の力が大きすぎてあまり効かない。
 水龍がくねりながら締め上げようとした。と、いきなり竜の体がはじけ散った。
「くらえ天壊怒龍撃滅破!」
 ホウユウの放った技は水竜の体を爆発で吹き飛ばした。崩れた水を使って盾とし、己の身を守ったアクアがざばりと地に吸い込まれた水をウネの周りに集め出した。本来が水の精霊であるウネは、水に包まれても平然としていた。しかしその油断がアクアの目的だった。ウネを包む水が一気に凍る。動きを封じられたウネが、急いで氷を水に変換しようとした。その隙を見逃さなかったのがホウユウだ。動きを封じられたウネにダッシュをかけて近づくと、大上段から全身全霊の気を込めた斬神刀を振り下ろした。
「これでとどめだ!雲燿の太刀よ、奴を自然に帰せ!」
 断ち切られた体が水へと変化してゆく。先ほどの爆発でえぐれた大地にその水がたまる。なおも元に戻ろうとするのか、水が盛り上がって形を成そうとした。アクアがそれに干渉して大きな球体にした。
「あっちもけりがつきそうだぞ」
 ホウユウが言うとアクアはうなずいて球体を陣の方へと運んだ。追い詰められたノエティも引き下がりながら陣に入り込もうとしていた。
「テオドール!」
「今ですわ!」
 グラントとアクアが同時に合図する。待ち構えていたテオドールが魔法錬金術を発動させた。陣に力が満ち、ノエティとウネの体が分解されていく。形を失った体が大地に吸い込まれると、そこから大きな木が伸びてきた。木はぐんぐんと大きくなって瞬く間に大木となった。さやさやと風が吹きすぎ、濃い緑が地に影を落とす。影の中に立ってテオドールが無心に木を見上げていた。
「なんですの、この木」
 さすがにあっけにとられてアクアが問いかけてくる。テオドールはつぶらな瞳を向けながらあっさり答えた。
「種を植えておいたんだ。土と水があれば成長すると思って。命をはぐくめるようなら、もう闇なんかに支配されていないってことでしょう。2人は「おとうさん」と「おかあさん」になったんだよ」
 戦いの様子を見守っていたのはミティナだ。ノエティとウネから闇が消え去ったことも感知していた。ジュディと一緒に飛び出そうとする。先を走っていたジュディが何かの障壁に阻まれて倒れこんだ。
「なんデス!」
「ふぉふぉふぉ、邪魔はさせんよ」
 暗黒魔術で障壁を張っていたのはエルンスト・ハウアーだった。ミティナが闇の矢で障壁を壊そうとする。しかしその矢は障壁に吸い込まれて消えてしまった。ジュディが自慢の怪力で無理やり叩き壊そうとする。エルンストは笑ったままだった。
「無駄じゃ、無駄じゃ。今の闇の攻撃でワシの障壁はさらに強化されたんじゃからな」
「そんなはずはないわ!」
 ミティナが今度は闇そのものの塊をぶつけてきた。だがそれも障壁を強くするだけだった。エルンストの高笑いが大きくなる。
「おお、心地よいのう。ワシは半分幽霊みたいなもじゃからな。あんたとご同類ってわけじゃ。闇の力はワシにも大きな力を与えてくれる。ほれ、見てみい」
 障壁からさきほどミティナが放った矢が反転して飛んでいく。ジュディがミティナをかばってそれを受けた。
 生身の肉体に闇の攻撃はきついものがある。目の前でひざを突いたジュディに、ミティナが叫んだ。
「なんて無茶するのよ!闇の攻撃ならあたしにだって通用しないのよ!」
「ジュディ、ボスを守ると誓ったネ。だから全力で守るダケ」
 痛みをこらえながらもはっきり言うジュディに、ミティナの表情がゆがんだ。寄せられる信頼を跳ね除けていたミティナだったが、こんなおろかな行為をしてまで守ろうとするジュディの気持ちがミティナに動揺をもたらせていた。
「さて、どうするんじゃな。土と水は闇から開放されたようじゃしな。あんたの攻撃はワシに通用しないことはわかったじゃろう。おとなしく引いたほうが身のためと思うんじゃが」
 ミティナはジュディに肩を貸して立ち上がらせると捨て台詞を残した。
「四天王はまだあと2人残っているのよ。それに……別の手はもう打ってあるもの。間に合えばいいわね!」
 すかさず去って言ったミティナたちを見送ったあと、エルンストははてと神殿を振り返った。神殿の傍らに大きな木。周辺の大地も査証ではあったが砂漠からささやかな草原になっていた。土と水の精霊の影響だろう。いったん張っていた結界をとくと、エルンストはテオドールたちのほうへ向かった。そしてミティナが言ったことを告げた。グラントがはっとして言った。
「そういえばダグラスたちはどうしたんだ」
 エルンストの張った結界は仲間を守る為のもので、神殿全部を覆っていたわけではない。敵の勢力がほとんどなくなっていることを考えても、力を分散させるとは思いがたかったが、奇襲が得意な敵もいた。一行はあわてて神殿の中に入っていった。

                    ○

 ダグラスはテネシー・ドーラーと一緒にいた。目的はルイードの抹殺だった。テネシーが同行していたのはせっかくの手駒を奪還されない為だった。正面の騒動をよそに神殿内に侵入する。魔眼でルイードの位置を探っていた。その頃ルイードは2階から3階に移動しようとしているところだった。表の騒ぎは伝わってきていた。将陵倖生は祈りの間に行こうとしているルイードに式神人形を押し付けていた。
「連中、来たみたいだな」
「ああ。祭具の発見は間に合わなかったな」
「……来ていると思うか?」
「ダグラスのことか?」
 そこでルイードの手に握られた式神人形がぶんぶんと首を振りながら下を指差した。倖生が「やっぱり」といった顔になった。
「精霊系の探しものならこいつを使ってやってくれ。おれはあっち行ってくるからさ」
「ダグラスがいるなら、俺も」
「闇に操られているって考えて間違いないだろ。戦えるのか?」
「っ、光の力さえあれば」
 落ち着きを取り戻しているといっても、やはり変わってしまっているであろう親友の姿を直接見て平気でいられる自信はルイードにはなかった。顔をしかめたルイードの肩を倖生がにかっと笑いながらがっしり抱いた。
「大丈夫、ダグラスのことは何とか連れ戻してやるからさ。ひとまず祈りの間に行っていろよ。なにか情報が集まっているかも知れないしな」
 式神人形がぽんと倖生の腕を叩いた。倖生がむっとした顔になった。
「なんだよっ。おれだってやるときはやるんだ。余計な気遣いなんかするな」
 じとーっと見つめられる。赤くなった顔を隠しもせずに、倖生は人形の頭をぐいぐいと押した。
「人のことより自分の役目を果たせっての。じゃな!」
 ぱたぱたと走り出した倖生に合流したのはトリスティアだった。
「敵襲みたいだね!ダグラスも来ているのかな」
「表じゃない。裏から来ているみたいだ」
 式神人形の指し示した方角を思い浮かべて倖生が答える。トリスティアはエアバイクの後ろに倖生を乗せると一気に階段を下りていった。
「ルイードは?」
「祈りの間に行かせた。親友同士を戦わせるわけに行かないもんなぁ」
「そうだね」
 その頃テネシーはダグラスを促し裏庭から中へと入り階段へと向かっていた。トリスティアと倖生が来ていることはすでに察知していた。ダグラスと並んで立っていたシェリル・フォガティにそのことをささやいた。
「階段から急激にやってきていますわ。ダグラス様を連れてきていることに気づかれたようですわね。ルイードは様は上の階に向かわれたようですけれど」
「2人を戦わせない気なんでしょ。ルイードって詰めが甘そうだから」
「接近戦には持ち込ませません。足止めしますわよ!」
 トリスティアたちを視認した直後、高速のエアバイクを止めるために風のアーツで障壁を作り行く手を阻む。勢い余って振り落とされたトリスティアと倖生だったが、素早く体勢を整えるとダッシュをかけてきた。炎が吹き付けられるが2人の勢いは止まらない。テネシーはウィップをしならせて近づけまいとした。
「ダグラス様、わたしの前に出ては行けませんよ」
 飛び出そうとしたダグラスを制する。倖生が無表情な怒鳴った。
「おいこらダグラス!お前、あいつら守るためにこんなとこまでついてきたんじゃないのかよ!なのにそのお前が闇に操られてどーすんだ!とっとと起きやがれっ」
「うるさいですわね」
 テネシーが倖生を攻撃する。狭い回廊では逃げ場もあまりない。すかさずフライボードに乗ってじぐざぐに動き回りテネシーを翻弄しようとした。テネシーはダグラスの側を離れないようにしながら、倖生を冷ややかににらみ据えた。
 ダグラスはと言えばそんなテネシーの行動にはかまわず、飛び込んできたトリスティアに向かって剣を振り上げていた。一閃二閃、剣がひらめく。トリスティアは身軽にそれらを交わしながらダグラスに近寄っていった。
「力ずくでのいて頂きますわ」
 攻撃をすると言うより意識を向けさせることに専念していた倖生は、頃合を測ってフライボードから飛び降りテネシーの首筋にシャープペンを突きつけようとした。だがテネシーの方が一瞬早かった。視線を合わせ魔眼で倖生を麻痺させる。倖生の体がどさりと倒れた。テネシーは急いでダグラスの援護にまわろうとした。
 トリスティアは最後の間合いに入り込むと、得意の蹴りを放った。それも後ろ回し蹴りで側頭部を狙うと言ったものだ。そこへシェリルの「あっ」という声が届いた。声と同時になにかが飛んでくる。それは両端におもりのついた荒縄だった。くるくると回ってトリスティアの足にからみつく。飛んできたのは1つではない。もう一つはダグラスの体に巻き付いてその動きを封じた。勢いをそがれたトリスティアの蹴りは、目標には当たったものの昏倒させるまでには行かなかった。だがダグラスも動きを封じられていたので、弾みで床に転がってしまった。
「なにをしているんですの」
「ちょっと手が滑ったのよ」
 テネシーの突っ込みにシェリルが不機嫌そうに答えた。もがいて巻き付いたポーラをはずしていたトリスティアが再びダグラス確保に向かう。その背後にルーク・ウィンフィールドが現れた。銃剣の突きをとっさに転がりながらトリスティアが避ける。ルークはテネシーとシェリルに言った。
「ノエティとウネがやられたぞ」
「なんですって。使えないですわね」
「力を逆手に取られたな。精霊の力になって木になってしまったようだ。ミティナの指示だ、とりあえずダグラスを連れて帰るぞ。ルイードは現れないようだし、今こいつを失うわけにはいかないからな」
 ルークは意志の実でミティナの指示を受け取ってテネシーたちに告げる。一瞬シェリルの顔を困惑がよぎった。
『このまま探索隊の陣営に残すつもりだったんだけど、無理かしら』
「連れて行かせはしないよっ。返してもらうんだから!」
 トリスティアが投げつけたナイフをルークが銃剣の切っ先でたたき落とす。ダグラスは身の自由を取り戻すと引き下がった。そして冷たく言い放った。
「ルイードに伝えろ。お前は俺が倒すと」
「そんなのだめに決まっているだろう!」
 倖生も怒鳴り返す。トリスティアがヒートナイフをテネシーの足元に投げつけた。爆発が起きて埃が舞う。隙を狙ってダグラス確保に向かった倖生だったが、現れたミティナの攻撃を受けて倒れ込んだ。
「引くわよ」
 有無を言わさず全員を転移させる。離れた場所に移動してから、ミティナはルークに確認を取っていた。
「例の件はどうなの?」
「連中が気を引きつけてくれたからな。潜入は無事に果たせたようだ。巫女が本当に死んだのかどうかこれで調べられるだろう」
 ルークはモモンガのコリンを騒ぎに乗じて神殿内に放っていた。巫女の死亡がどうしても信じられなかったからだ。コリンには意志の実を持たせていた。コリンは人目を忍んで神殿内を飛び回っていた。
「ノエティとウネがやられたんじゃ仕方がないわね。次は風のジードと火のファイルに出てもらうわ。ダグラスも正面からの方が良いかしら。あの男が出てこないようだから」
 ミティナの呼びかけに応えて2人の男女が姿を現した。風のジードは20代前半の男で、紺色の長い髪を1本に束ねて風になびかせていた。優男タイプだったが、細身の体は敏捷性に優れていそうだ。風がその体の周りで渦巻いていた。火のファイルは10代後半の少女で、勝ち気そうな表情をしていた。黒みがかった赤い髪は逆立ち、熱気を放っている。くすくす笑いながらファイルが言った。
「あの木は邪魔ね。燃やしちゃっても良い?」
「好きにしなさい」
「はぁい。ジード、手伝ってよ」
 ジードは黙ってファイルに従った。コリンの報告を受けていたルークが状況を伝えてきた。
「連中は封印の祭具を探しているようだぞ」
「巫女もいないのに封印を解くつもり?巫女が死んだって言うのはやはり嘘なのかしら」
「もう少し探らせよう」
 ダグラスは無言のままじっと立っていた。

 トリスティアはダグラス奪還失敗にいらだって、残されたポーラの重りを蹴り砕いていた。と、その中から小さな紙片が出てきた。
「なにこれ」
「なんかあったのか?」
 倖生ものぞき込んでくる。紙にはシェリルの字で、残りの四天王のことや巫女死亡に疑いが持たれていることが書いてあった。ダグラスのことはシェリルとしては探索隊の陣営に残すつもりだったようだが、結果的にはそれはかなわなかったようだ。
「やっぱり封印が解けてからが勝負かな」
「捜索の方はどこまで行ったんだろう」
「しょうがないな。ダグラスのことを報告するのは辛いけど、ルイードのところに行こう」
「そうだな」
 そして2人は紙片を手に祈りの間に向かった。

                    ○

 甚八やファリッドの作っていた神殿の構造図はかなり完成に近づいていた。地下の1室が謎の魔法陣の部屋。1階が人々の集まる部屋で、2階がそこに住んでいたと思われる人たちの住居部分のようだった。四隅の塔は見張り場ででもあったのだろうか。大きな部屋は特になく、見晴らしの良い窓が開けた部屋が階段の途中にあったり、色々な物資が積み上げられたりしていた。
 梨須野ちとせは祈りの間でその構造図を眺めながていた。ラーナリアがやってきてちとせを肩に乗せる。ちとせは脇にあるラーナリアの顔に向かって言った。
「この祈りの間を中心に考えて、構図的に場所は絞られてきますわ。順に調べて行きましょう。精霊を封じているものなら、逆に考えれば精霊の力が薄いところを重点的に探せばよいと思うのですわ。手伝っていただけます?」
「もちろんよ」
「僕も一緒に行くよ。仕掛けの解析はちとせでもできるだろうけれど、精霊の気配はわからないだろうからね」
 リオル・イグリードも名乗り出てきた。傍らにミルル・エクステリアが立っていた。ミルルは姉のチルルを振り返った。
「あたしはリオルたちと一緒に行くけど、チルルはどうするの」
「そうねぇ。予測される場所はいくつかあるのでしょう。私はあなたたちとは反対回りに探していってみるわね。その方が効率的でしょうから。精霊の気配なら私にもわかるし」
「敵襲があったみたいだしな。気を付けろよ」
 ファリッドが妹たちに言うと、2人はにっこり笑った。
「戦闘ならお任せあれって」
「腕は知っているけど、くれぐれも無茶はするんじゃないよ」
 リオルにちくりと釘を刺されてミルルが照れてそっぽを向いた。
「大丈夫よ。いざって時はリオルだって戦ってくれるんでしょ」
「チルルは……」
「私は拓哉さんたちと一緒に行くわ。物質的な探索も必要でしょうし」
 拓哉がうなずいた。
「魔法的なものはわからなくても、エネルギーそのものは調べられると思うからな。ま、精霊的なものは任せることになるが。精霊魔法は知り合いの使う技によく似ているから、うまくやっていけるだろう」
 そう言った顔がどこか優しげで、全員がおやといった顔になった。拓哉は場が一瞬静まりかえってことに困惑して回りの人間を見回した。チルルが微笑みながら拓哉を促した。
「じゃあ私たちはこの辺りから始めましょう」
「あ、ああ」
 書き写してもらった構造図を持って拓哉とチルルが出て行く。ラーナリアがルイードの手を引いた。
「ルイードも一緒に行きましょう。アメリアを取り戻すためにも、精霊のパワーバランスを元に戻すためにも、ミティナの魂を解放してあげるためにも、祭具は一刻も早く見つけた方が良いでしょう」
「そうだな」
 きゅっと手が握られ、ルイードがふっと表情を緩める。ほのぼのとした雰囲気に、リオルとミルルが顔を見合わせ、互いにその反応にすかさず目をそらした。
「残りはどこだって?」
 アルフランツ・カプラートがファリッドに聞いてきた。図面を見てファリッドが指さす。
「リオルたちがここ、チルルたちがこの辺り。あともう一カ所がここだな」
「じゃあその周辺はオレが行ってくるね」
 アルフランツにはアルトゥールと壁を破壊すると言っていた甚八が同行した。
 小部屋の続く回廊を過ぎると、長い通廊に出る。壁に描かれた文様をラーナリアの肩に乗ったちとせが解析し、リオルとチルルがそれぞれの光の精霊を呼び出し辺りの気配を探らせていた。ミルルとルイードは仕掛けを警戒して壁に触れたり近くの小部屋を探索したりしていた。やがてちとせがルイードたちを呼び寄せた。
「この辺の文様だけ、他の部分より複雑なものになっていますわ。規則性もかなり緻密になっています。隙間とかあるのかも知れませんね」
 浮遊バスケットをつかってラーナリアの肩からルイードの肩に乗り移ったちとせが範囲を指し示しながら告げる。その範囲の端からリオルが力の流れを調べ始めた。
「うん、確かに違った流れがあるみたいだね」

 リオルが立ち止まると、ラーナリアが子犬サイズだった大地の精霊シェルクを本来の姿に戻した。全長3mほどの姿になったシェルクが石積みの壁に向かってうなる。石に干渉して壁を壊そうとしたのだが、精霊の力は消されてしまうらしく壁に変化は現れなかった。ミルルが前に進み出た。
「精霊術でだめなら力ずくでどう!」
 トンファーで連続技を仕掛ける。ぴしりと亀裂が入ったところでシェルクが体当たりを食らわした。がらがらがらっと壁が崩れる。リオルが小さく息を飲んだ。壁の向こうから光のような気配を感じたからだ。穴が開いた先には小さな空間があった。リオルが手を伸ばすと、柔らかな感触があって目に見えないなにかがリオルの手を受け入れた。そこを探ってみると、指先に触れた物があった。それをしっかり掴み引っ張り出す。出てきたのは1mほどの杖だった。華美な装飾はなく、ただ先端に透明な金剛石がはめ込まれていた。じっと見つめて解析していたちとせは、やがて満足そうにルイードに言った。
「どうやら間違いないようですわ。この杖には魔法効果を高めてくれる力があるようです」
「光の精霊は宿っている?」
 ラーナリアが聞くと、リオルは首を振った。
「光の精霊はいないみたいだね。力を高めてくれるのはわかるけれど」
「とりあえずここは終わりだな。いったん戻ろう」
 ルイードが促した。
 別の場所に向かった拓哉とチルルは、やはり同じような通廊に出ていた。構造図と新式対物質検索機の反応を交互に見ながら拓哉が先に立って歩いて行く。チルルは光の精霊リィナを呼び出して壁沿いに飛ばせていた。拓哉はしばらく調べた後、こんこんと壁を叩いた。
「検索機ではただの壁にしか感じられないがな。精霊の気配はどうだろう」
「流れがかなり複雑になっているわね。ラーナリアは精霊の気配が薄くなっているところと言っていたけれど、かなりむらがあるみたいね。隙間を探せばいいのかしら」
「継ぎ目らしいものはないな」
 壁は石造りだったが、規則正しく整然と積み上げられて不自然な隙間はない。チルルはノームを呼び出して石の一つ一つを調べさせ始めた。拓哉は検索機で不自然な石がないかを調べていた。やがて力が流れ込んでいる部分をチルルが見つけ出した。手を触れてみるとがこっと石が一つ奥に引っ込んだ。とたんに全体が小刻みに震えだした。
「気を付けろ」
「大丈夫……だと思うわ」
 震えた壁が左右に開いて行く。出来た隙間から転がり出てきた物がある。受け止めたチルルは手の平で転がるそれをしげしげと見つめた。それは薔薇色の石がはまった金色のリングだった。なんとなくはめてみると、すんなりチルルの指に収まった。リィナとノームが両脇にぴたりと寄り添う。精霊との意思の疎通がさらにスムーズになったように感じて、チルルはこれが封印の鍵であることを実感していた。それを拓哉に告げ、2人は祈りの間へと戻った。
 アルフランツはアルトゥールと話ながら歩いていた。
「ジルフェリーザとは話せなかったね。見つけ出すのが試練だからなのかな。祭具ってどういう形をしているんだろう。聖杯とか鏡、英雄が使っていた剣って可能性もあるよね」
「英雄の使っていた剣か。その可能性は高いな。古来儀式にはよく使われていたものだし。っと、このあたりか?」
 祈りの間を頂点にした正三角形の一角にたどり着いてアルトゥールが甚八を振り返り確認を取った。甚八は無言でうなずくと、ソラに命じて周辺の探索を開始した。壁や天井などを叩いてその先に空白がないか反響を調べているのだ。アルフランツもシルフを呼び出してその調査に協力した。アルトゥールは風を使って空気の流れを読んでいた。
「天井が抜けるか?ソラ」
 甚八の指示でソラが天井を壊す。落ちてきた破片から身をかばいながらアルトゥールは開いた穴から見えている真っ青な空を見つめた。アメリアの優しい色をたたえた瞳によく似た青。ひたむきな笑顔を思い浮かべて、アルトゥールは空に向かって知らず祈りを捧げていた。
 甚八とアルフランツは今は壁を壊しては探すと言った作業をしていた。そこへあっというアルトゥールの声が響いてきた。
「どうしたんだい」
「剣が……」
 アルフランツが駆け寄ると、アルトゥールは一降りの剣を手にしていた。空の色を映したような青く煌めく刃が輝いている。甚八が上を見上げた。
「天井からか?」
「降ってきたんだ。きっとこれが封印の鍵だよ」
 傍らに落ちていた鞘を拾い上げ、アルフランツがアルトゥールに渡す。剣を鞘に収めて腰に差すと、あとの2人を促して祈りの間に急いだ。
 見つけた祭具を持って祈りの間に集まった一行は、祭壇を取り囲むように立っていた。リオルが杖を、アルトゥールが剣を交差させるように差し出す。最後にチルルが指輪をかざすと、そこに光が発生して瞬く間に神殿中に広がっていった。
 アメリアが消えたときと同じようにみなまぶしさに目を閉じていたが、アメリアの弾んだような声が響いてそれを開いた。アメリアは正面にいたルイードの腕の中に向かって駆けだしていた。抱きつく瞬間、ルイードの肩の上にいたちとせがアメリアの肩に飛び移って首筋に抱きついた。
「良く戻っていらっしゃいました。心配したんですよ」
「うん、ありがとぉ。私は何ともないのぉ。心配かけてごめんねぇ」
「これで封印は解けたのか?」
 ルイードの言葉と同時に神殿が大きく揺れ始めた。
「な、なんだ!?」
「この神殿のあるべき場所に行くの」
 そう言ったのはいつの間にか現れたジルフェリーザだった。10歳くらいの少女の姿をしたジルフェリーザは澄んだ笑みを浮かべてうやうやしくお辞儀をした。長い水色の髪がさらりと揺れる。リオルたち精霊使いは、ジルフェリーザの小さな体から伝わってくる強い輝きに圧倒されていた。精霊の力を感じることの出来ない者も、神殿の気配が変わったことに気づいていた。時が流れ出したのだ。太陽の光とはまた違う、生き生きとした雰囲気が神殿中に広がっていた。ひそひそくすくすとどこからともなく嬉しそうな笑い声が響いてくる。きらきら光る雫が空中から現れ、みなの手の内に収まった。それはセレストブルーの薔薇のような形をした小さな結晶だった。
「これは?」
「セレストローズ。光の力の結晶よ。それを使えば闇の力に対抗することが出来るの。闇に染まった心を浄化することや防御が出来る。まだ契約がなされていないから、それほど大きな力ではないけれど、役には立つと思う。使って」
「闇の浄化……じゃあダグラスやミティナを元に戻すことも出来るのかしら」
 ラーナリアが呟く。ミティナの名を聞いてジルフェリーザが透明なまなざしで空色の瞳をラーナリアに向けた。
「ミティナの闇を浄化するには、セレストローズだけでは難しいと思う。闇の精霊の力と深く結びついてしまっているから。けれど可能性がないとも言えないわ」
 地響きは続いていた。それに動じることなくジルフェリーザは頭を上げると外を指さした。
「あ、ああっ!?」
 外の景色が変わって行く。窓に張り付いて眺めてみると、神殿は高く空に浮かび上がっていくところだった。ルイードがジルフェリーザに驚きの目を向けた。
「どういうことなんだ」
「元々この神殿は天空に存在していたの。この大空を自由に飛び回っていたわ」
「移動天空神殿、だから地図に載っていなかったのか」
 神殿は外壁ごと空に浮かび上がっていた。振動は次第に静かになり、安定を取り戻した。窓の外はすっかり一面の青になっていた。
「しかしこれじゃあ地上には行けないんじゃ」
「地上との行き来は転移魔法陣でできるの」
「あ、あの地下のですねぇ」
 アンナがはたと気づいてぽんと手を打った。
「そう。地上にも魔法陣があるの。リザフェスがどこにあろうと、魔法陣同士は距離に関係な移動できるの」
「じゃあ敵がそこから来る可能性もあるんだな」
 外で戦っていた者も驚いて祈りの間に駆けつけて来た。グラントがかみつくように言った。ジルフェリーザはこくりとうなずいた。
「闇の四天王は魔法陣を必要とはしないけれど、生身の者はそこを使うでしょうね」
「四天王はあと2人か。奴らを倒してもまだ大ボスがいるしな」
 ホウユウが言った。

                    ○

 意志の実でコリンとの連絡を取っていたルークは、それが途絶えたことをいぶかしんでミティナに報告していた。直前の状況でアメリアが生きていることは確認が取れていたので、それもまた伝えた。
「やっぱり契約の巫女は生きていたのね。リザフェスが天空に行ったんだわ」
「天空に?」
「リザフェスは天空を自由に行き来する浮遊神殿なのよ。封印が解かれたことで本来あるべき場所に帰ったんだわ」
「意志の実で連絡が取れないと言うことは、かなり高くになんだな。どうやって攻めて行く」
 ミティナはおぼろげな記憶を必死に探って思い出した。
「そう、確かあの神殿の周辺のオアシスのどこかに、リザフェスに行く転移魔法陣があったはずよ。リザフェスがどこに行こうと、そこからなら神殿内部に侵入できるはずだわ」
 探索隊の中にいたルークは、オアシスが4つ存在していたことを知っていた。わらわらと集まってきたジュディたちにミティナは黒光りする小さな丸い石を渡した。
「リザフェスの封印が解けた以上、攻撃は容易ではなくなると思うわ。けど、巫女が光を失えばジルフェリーザも力を発揮できないはず。だからこれをあんたたちに渡しておくわ」
「なんデスか?コレは」
「ダークムーン。闇の力の結晶よ。人の心を闇に染めることが出来る。これを巫女に使えば……」
 遠くでノエティとウネから生まれた大木が炎に包まれていた。その炎は上空のリザフェスからも視認できて、テオドールが小さくため息をついていた。
「ジードとファイルは魔法陣を使わなくてもリザフェスに行ける。あんたたちはダグラスを連れて魔法陣からリザフェスに攻め込んで。結界があると思うけれど、それはあたしが破る」
「向こうも魔法陣を使ってくることは予測しているわよね」
 シェリルが言うと、ミティナがにやりとした。
「だからダグラスを連れて行くんじゃない。戦えるわね」
「もちろんだ」
 ダグラスが無感動に応じた。

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