「天空の高みより」 第5回

ゲームマスター:高村志生子

 地下部分ごと天空に舞い上がったリザフェスの跡地には大きな穴が開いていた。それも風に流される砂がしだいに埋めていって、いつしか痕跡は消えて無くなった。残されたのは四方に存在するオアシスだけだった。リリエル・オーガナはその一つに立って遥か上空を眺めていた。
「拓哉がいるのはあそこなのね」
 新式対物質検索機で生体反応を確かめていたリリエルは、反応がだんだん弱くなっていることに気づいていた。
「急がなきゃ。あら?」
 巡らした視線の先に、あちらこちらを調べているルシエラ・アクティアの姿が映った。
「あなたもリザフェスへ?」
 発掘調査隊のような軽装でいかにも学者然とした風情のルシエラは、呼びかけられて生真面目にうなずいた。
「リザフェスというのは古代の神殿なのでしょう。考古学者としてはまたとない調査対象ですからね。なにがなんでもいかないと」
「あたしの上官の報告では、この近くにリザフェスに行く転移魔法陣があるはずなの。それを探しましょ」
 こくりとうなずくルシエラ。上官がリザフェスにいると言うことは、リリエルも光の陣営のものだと言うことだろう。ルシエラは表向きは学者としての興味で一杯だという風を装った。そんなルシエラに不審を抱かずに、リリエルは検索機でオアシスの調査を続けていた。オアシスは一見自然に存在しているように見えながら、規則性も持っていた。その規則に従って中心部へ向かうと、砂の下から固い岩盤の反応があった。フェアリーフォースで砂を操ってその岩盤を露出させる。岩盤には魔法陣が描かれていた。
「これね。さ、行きましょう」
「ええ」
 陣にはいると軽く浮遊感があって、2人の姿はそこから消え失せた。

 リザフェスの地下室では、アンナ・ラクシミリアが掃除にいそしんでいた。まず祭具探索のため破壊されてしまった壁の修復や清掃にいそしんでいたので、ここが一番最後になってしまったのだ。けれど最後と言うことで余計に掃除に熱が入っていた。
「これでよろしいですわね。ワックスがけも出来たら良かったのですけれど、まあそれは仕方が……あら?」
 つやつやのぴかぴかになった床は灯りが反映してきらきら輝いていた。刻まれた陣の文様部分を流れる水のせいだ。と、それとは違う輝きが一瞬、陣に満ちて、リリエルとルシエラが姿を現した。流れる水にルシエラが足を滑らせる。転びかけたところをリリエルが支えた。
「あのう?」
 アンナが少しだけ警戒して2人に呼びかける。リリエルがにっこり笑いながら言った。
「ここはリザフェスでしょ?鷲塚拓哉という人がいると思うのだけど、どこにいるのかしら」
「お知り合いですの?」
「おさ……彼は私の上司なの」
 幼なじみと言いかけて慌てて訂正する。調査に出ているときには立場を忘れまいと思い返したのだ。ルシエルは支えられたまま好奇心一杯と言った風に言った。
「わたしは考古学者なんです。幻の聖光神殿が現れたと知ってやってきたんですよ。調査させて頂けないかと思いまして。探索隊の隊長がいらっしゃるのでしょう。会わせてもらえませんか」
 特に不審な点は見受けられなかったので、アンナは2人を案内して祈りの間に向かおうとした。そして1階の回廊でうろうろしているルイードに出くわした。
「アンナ、アメリアを見かけなかったか?」
「アメリアさんなら中庭にいらっしゃいましたわよ。なにか」
「いや、ジルフェリーザの話を聞くのに一緒にいてもらおうと思って」
「お話しですか!?ご一緒させて頂いていいですか?」
 身を乗り出してきたルシエラに驚きつつも、ルイードは承知した。アンナとリリエルはそのまま拓哉の方に向かっていった。中庭ではアメリアがトリスティアに護身術の手ほどきを受けていた。
「はっ」
 気合いとともにトリスティアが後ろ回し蹴りを放つと、中庭にあった巨石が粉砕された。
「すごぉい!」
 アメリアが無邪気に手を叩く。トリスティアがぽんとその肩に手を置いた。
「アメリアだって訓練すれば、岩くらい砕けるようになる……わよ」
 さすがに肉体戦闘派ではないアメリアにそこまでは要求できないか?とちょっと悩みつつ、型を教えだした。構えから足の位置、体全体の動きを手本を示しながら教えて行く。普通の踵落としが出来るだけあって、アメリアのバランス感覚もまあまあのものだった。威力は出ないものの動きはしだいに様になっていく。不幸だったのはアメリアを見かけて近寄っていったルイードだった。ぶんと振り上げた足が顔面すれすれをかすめていったのだ。
「なにやってるんだ」
 とっさに手で足の動きを封じる。アメリアが真っ赤になって足を降ろした。
「護身術を教わっていたのぉ」
「それは確かに大事だと思うけどな。アメリアにはアメリアの役割があるだろう。これは向きとは思えないがな。ジルフェリーザのところに行くぞ。話を聞かないと」
「はぁい。ありがとう、トリスティア。もっと一杯練習するねぇ」
「もうちょっとスピードを出してね。それだけで威力は違うわよ」
 トリスティアはなかなか筋が良いと思っていたが、ルイードの手前それを言うのは控えた。
 祈りの間には数人が集まっていた。アメリアがルイードと一緒にやってくるとジルフェリーザも姿を現した。小さな少女の姿ながら放つ威圧感が持つ力の大きさを示している。しかしにこりと笑ってアメリアに駆け寄った姿は無邪気なものだった。アメリアの肩に乗っていた梨須野ちとせがじっとそれを見つめていた。
 最初に口を開いたのはリオル・イグリードだった。ジルフェリーザ、アメリア、ルイードを囲むように座りながら真剣な面持ちでジルフェリーザに問いただした。
「僕たちは英雄ルイードがかつての大戦で闇を封印した後に、このリザフェスも封印したと聞いているんだけど、本当のところ、いったいなにがあったんだい」
 ちとせもアメリアにもたれかかるようにしているジルフェリーザを見下ろしながら言った。
「ミティナはご存じですわね。彼女は光が自分を裏切ったと、そうおっしゃっていました。その辺のことも、貴女の知る範囲でかまいませんので、教えては頂けないでしょうか」
 ミティナの名前を聞いてジルフェリーザが少し悲しげな顔になった。そして身を起こし、ルイードの額に手を伸ばした。
「かつては光の精霊も闇の精霊も、4大精霊のように世界各地に存在していたわ。その頃は私もこういう1つの存在ではなかった」
 指先から淡い光が広がり出す。やがてそれはルイードの中に吸い込まれていった。ルイードが頭を抱える。アメリアが慌ててその体を支えた。ジルフェリーザは懐かしそうに2人の姿を見ながら言葉を続けた。
「闇もそう。大きな1つの力ではなく、もっと細かな存在だった。なにがきっかけだったのかはわからないわ。人間や獣人達の間で争いが起き、破壊が破壊を、闇が闇を呼んで世界が混沌としだしたの。人の心の闇がザイダークという強力な闇の精霊を生んだのかも知れない。怒りや悲しみ、恨み、欲望、血に酔うように破滅は加速していった。それに呼応して私が生まれたの。対となる存在として」
 ルイードの心の奥底からなにかが浮かび上がろうとしていた。自分ではないもう1人の自分の記憶。英雄と呼ばれた男の記憶が。ジルフェリーザの光が標となってルイードはそれにたどり着こうとしていた。
「破壊の力に酔った者がいたように、それを嘆く者もいたわ。彼らは私の存在に気づくと、世界を破滅から救おうと私をまつるこの神殿を作り上げ、世界各地を回りながら闇を浄化していった。その中の1人がルイードで、ミティナは私と契約を交わした巫女だった」
「巫女は精霊の力の媒体でしたわね。実際に力を振るっていたのが英雄ルイード?ということは闇にもそのような存在がいるのでしょうか」
 ちとせの問いにジルフェリーザは首を振った。
「ルイードはもちろん光の加護を受けていたし、闇の加護を受けた者たちがいたことは確かよ。けれどルイードが英雄と呼ばれるようになったのは、ザイダークと私を封印したから。表向きは戦いを終わらせたから、かしら。あのね、ルイードは私を使ってザイダークを封印したけれど、私もまたミティナという標と対となる存在を失って不安定になってしまったの。本来だったら封印ではなく、互いの力が相殺しあって元のように世界に満ちる力になるはずだった。けれどそれが出来ず、私自身が世界を破滅させそうになってしまったの。崩れたバランスは、あのときは封印することでしか世界を救えなかった。でも、封印は永遠のものじゃない。再び世界に混乱が来たとき、闇の封印が解けるであろうことはわかっていたわ。そのときが乱れたバランスを正すチャンスだった」
「ミティナはどうして光の巫女じゃなくなったんだ」
 リオルの言葉にジルフェリーザが再び光を発し始めた。それは祈りの間全体に広がり、ルイードの中に蘇ってきた記憶のイリュージョンをみなに届けだした。

 その頃、世界はまだ砂漠には覆われていなかった。闇の安息と光の躍動、水は清らかに流れて生き物の潤いとなり、大地からは豊かに緑が生い茂り、風は力を世界の隅々まで運び、火もまた浄化と生命を司っていた。
 豊かな恵みに穏やかな暮らしを営んでいた人々が、何故争うようになったのかは誰にもわからない。欲望という心の闇が肥大したことだけは確かだったけれども。
 闇は闇を呼び、世界に散っていた小さな闇の精霊の力が1つの巨大な力となっていった。巨大な力は世界を闇雲に破壊していき、争いあう人の心を荒廃させていった。荒廃生まれる負の感情は、さらに闇の力を荒れ狂わせていった。増幅された負の力はさらに世界を混沌に落とす。その繰り返しに他の精霊たちは力を弱めていった。
 しかし闇には対となる光があった。巨大な力となったザイダークの目覚めに呼応して、光の精霊も1つに集まりジルフェリーザという存在になった。
 精霊は力の使い手たる巫女の存在によって世界に実体を持つ。ジルフェリーザは一心に恋人を信じ思うミティナを巫女に選んだ。光り輝く金の髪に空色の明るい瞳で良く笑うミティナは、戦士である恋人への信頼は厚く、その真っ直ぐな心の強さはジルフェリーザの力を十分に許容するものだった。巫女に選ばれたとき、ミティナは恋人の世界の混乱に対する苦悩を知っていたので、迷うことなくその運命を受け入れた。そしてミティナから光の加護を受けた恋人は、仲間とともに世界の平定へと向かった。ザイダークには巫女がいなかったので、まだ完全に世界を破滅させるには至らなかったのだ。
 ジルフェリーザのために作られた聖光神殿リザフェス。より太陽に近いところで光の恵みを受けられるように、リザフェスは天空を飛び回っていた。そこと地上とを行き来し、恋人であるルイードは闇の力を浄化していった。
 そのままであればやがてザイダークの力も弱まり、ジルフェリーザとともに世界へと還元されていっただろう。だがザイダークは気づいてしまった。己に媒体となる巫女がいないから力の発揮が十分でないことに。負の感情はザイダーク自身をも捕えていた。破壊を求めて暴れる心は、光の巫女ミティナの心のよりどころであるルイードに向けられた。ルイードは瀕死の大けがを負い、リザフェスに長らく帰ることが出来なくなってしまった。命の炎が弱まったことを光の加護によって感じ取ったミティナは、ルイードの身を案じて祈り続けた。
 だが巫女とはいえ、人であるミティナの心に不安という負の感情が芽生えてもおかしくはない。揺れ動く心はジルフェリーザの力をも不安定にさせ、その隙をついてザイダークがミティナに接触してきたのだ。「光の加護は役に立たない」「命あるものはすべて滅びるのが定め」と。恋人のいつわりの死を知らされたミティナは深く嘆き悲しみ、真っ直ぐな思いが負の方向に転じたとき、ジルフェリーザとのつながりは一気に断たれてしまった。生き延びたルイードがリザフェスに帰り着いたときはもう遅かったのだ。ミティナはザイダークに連れ去られ、暴走したジルフェリーザの力が太陽を臨界点まで活動させていた。灼熱の陽光が世界を干上がらせ、緑の大地は砂漠へと変わっていった。ルイードに出来たのは、残された光の加護でジルフェリーザの力を導き、闇に落ちたミティナ共々ザイダークを封印することだけだった。
 そののち、支えとなる闇を失った光も封印し、ルイードはミティナを自らの手で封じざるを得なかった悲しみとともに市井に帰り、来るべき時のために己の血筋を残すことにしたのだった。

 記憶の渦が消えたあと、ルイードは大きく息を吐き出していた。アメリアのローブの下に潜り込んでいたちとせが「そんなことがあったんですのねえ」と呟いた。
「なにしていたのぉ?」
「襟がほころんでいたから繕っておきましたわよ」
「あ、そう?ごめんねぇ、ありがとぉ」
 実は繕う振りをして自分が手に入れた極小セレストローズを襟裏に縫いつけていたちとせだった。
『アメリアさんが闇に染められてしまったら大変ですものね』
 恋人と兄妹という違いこそあれ、愛する者を信じ無事を祈る姿は、アメリアもかつてのミティナも変わりはしなかった。いや、同じだからこそアメリアが新しい巫女に選ばれたのかも知れない。信じる力の強さがジルフェリーザの力の源となるのだから。
「やっぱり世界の砂漠化は光と闇のパワーバランスが崩れたせいなんだね。昔のような世界に戻すことは可能なのかな。そのためにはどうしたらいいんだ」
「ザイダークはミティナという巫女を得て実体化しているの。ミティナを闇の呪縛から解き放ち、ザイダークが暴走する前に光の力で中和できれば私たちは世界へと還元されるはず」
「このセレストローズでそれが可能なのかい」
 リオルが差しだした手の平で、セレストローズは淡い光を帯びていた。ジルフェリーザはそれを見たあと、アメリアに視線を移した。
「今のままではザイダークには勝てない。貴女が私と契約したとき、光の力も最大に発揮されるの。けど、同じ過ちを繰り返すわけにはいかない。貴女にどんなことがあっても揺るがない思いの力があるかどうか……」
「ねえっ。ちょっといいかな」
 こわばった顔でミルル・エクステリアがずいと前に出てきた。背後からアメリアを抱きかかえるようにしながら、ジルフェリーザにひたと視線を据えた。
「さっきの話だと、そのザイダークって言う闇の精霊とあなたは、同時に世界に還元されるわけよね。そうなったとき、契約の巫女であるミティナやアメリアはどうなるの?まさか死んじゃうなんてことないでしょうね」
 ジルフェリーザは穏やかに微笑んだ。
「巫女が死ぬことはないわ。私たちはただあるべき姿に還るだけだもの。存在そのものが消滅するのとは違う。契約によって得た力は失われるでしょうけれど、巫女の中に光の力は残る。生きようとする気持ちが無くならない限りね」
 それを聞いて安心したようにミルルがほぅっと息を吐くと、リオルがぽんぽんと背中を叩いてくれた。その優しい感触に、ミルルが反射的に怒鳴っていた。
「だって気になってたんだもん。しょうがないでしょ。闇を倒しても、それでアメリアが犠牲になったらいやじゃない」
「わかってるよ」
 見透かしたような台詞にミルルがますます赤くなる。ぷいっとそっぽを向くとジルフェリーザがくすくすと笑った。
「生き物の命を犠牲にして得られる光の力なんて無いもの。肉体共々封印されていたミティナですら、闇から解放されたら再びこの世界で生きていけるかも知れないわ」
「そうなるといいな」
 ルイードが苦く笑いながらため息をついた。
 それらの会話を聞きながら、忙しく頭を働かせていたのはルシエラだった。その思惑を表に出さないまま、あくまでも学者としての態度でルイードに話しかけた。
「つまり、この神殿はジルフェリーザさんのために造られた物なんですね。ということは大戦期にですよね。各地に点在する神殿よりは新しい?様式は似ているようですけれど」
「ああ。俺たちが育ったような大戦前からある神殿よりは新しいな。ただ他の神殿と違って、ここは光の精霊のためだけに作られた物だから、異なる部分もあるだろう」
「あ、もしかしたら闇の神殿なんてのもあるんでしょうか」
 ちとせがはっとして言った。ルイードが首をかしげた。
「聞いたことはないが……可能性はあるか。だとしたらそこが最終決戦の地になるかも知れないな」
「乗り込んでいくのね!まずはミティナをなんとかして、と。頑張るぞー!」
「ミルル、何度も言うようだけど」
「わかってるわよ。無茶するなって言うんでしょ。んもー、信用ないんだから」
「信用はしているよ。ただ、ミルルは突っ走って行っちゃうタイプだからね。誰かが歯止めにならないといけないだろ。回りをちゃんと見られるようにね」
 う、と言葉に詰まってミルルがほおづえをつく。アメリアは笑ってそれを見ていたが、ふと真面目な顔になって兄を見た。
「お兄ちゃんも行くのよね?」
「いずれ闇の四天王の残りの2人が来るだろう。ダグラスも取り返したい。そこまでは向こうからやってくるだろうが、最後は闇の本拠地に乗り込んで行くことになるだろうな」
「うん。その前に、私はジルフェリーザと契約しなくちゃいけないねぇ」
 迷いのない言葉に、ルイードがおやとアメリアの顔を見返した。アメリアは視線に気づくと、にこりと笑った。
「どんな危険があろうと、光の加護は失われないって信じるよぉ。ううん、その信じる気持ちを失わないことが大切なんだよねぇ。そうしていられるかが私の試練なのでしょう。私は見てみたい……緑豊かなこの世界を。光や闇の精霊が当たり前のように存在する世界を。お兄ちゃん達がそうしてくれるんだよねぇ。大丈夫、信じられるから」
「ああ、そうだな」
 ルイードも笑って答えた。

                    ○

 地上のオアシスでは、ジュディ・バーガーがダグラスの手を引っ張って魔法陣探索に乗り出そうとしていた。ルシエラとリリエルが転移した後、再び砂に覆い隠されてしまったためだ。ジュディはダークムーンをしっかり握りしめていた。
「ボス〜魔法陣はカナラズ見つけて来るネ!待っててクダサイ。ダグラス、一緒に行くネ」
 闇の力と光の力は反発し合うはずだ。それを利用して探し出そうというのだ。ジュディたちが行ってしまうのを黙って見つめていたミティナに、ルーク・ウィンフィールドが問いかけた。
「光の精霊は復活してしまったようだが、光の巫女を闇に染めることが出来たらこっちの勝ち、なんだろう?だがその前にやることがある。英雄の転生体であるルイードの始末だ。奴を殺すなり闇に染めるなりすれば、光の巫女を闇に染めることもたやすいはずだ。ダグラスだけに任せておくのも頼りない話だしな。そこで一つ確認なんだが、あの男は殺すつもりなのか?それとも闇に染めてこちらに連れてくるのか?」
 ミティナがはっとした顔になった。シェリル・フォガティがその動揺を素早く察知して言葉を足した。
「それはあたしも聞きたいわね。ミティナの望みはなに?光の巫女を守るルイードを倒すこと?もしも自分の手で倒すことにためらいがあるなら、あたしが代わりに殺してもかまわないわよ。どうせ恋人の弟を殺したこの手だもの。今更、血にまみれることなんて怖くないわ。それともかつての恋人を取り戻したい?」
「今の俺の雇い主はおまえだからな。おまえが決めたことに従う。ただこれだけは言っておく。自分の意志を強く持て。今の不安定な状態では、いつか己の身を滅ぼすことになるぞ」
 ミティナはぎゅっと口を結んだあと、きっぱりと言った。
「あたしの大事な人はあの男じゃないわ。身代わりなんていらない。けど、あの男のせいで心が乱れることは確かね。だから……殺してしまって。あたしはザイダーク様の望み通り、この世を破滅へと導くことが使命だもの。邪魔者はいなくなってしまえばいいのよ」
「わかった。ルイードのことは任せておけ。向こうもダグラスを取り返しに来るだろうしな。そっちは巫女の方に向かえ。なにかあったらこれで連絡をよこすんだ。すぐに駆けつけよう」
 意思の実を手渡しながらルークが言うと、ミティナが首をかしげた。
「あたしを守ろうって言うの?」
「今ここで依頼主を殺されるわけにはいかないからな」
「ねえ、本当にルイードを殺してしまってかまわないのね?」
「もちろんよ!」
 シェリルとミティナのやりとりをそっと伺っていたのはテネシー・ドーラーだった。闇の陣営で戦っているとは言っても、シェリルにいささか不審な点が見受けられたからだった。
『もし敵でしたら……容赦は致しませんわよ』
 遠くからジュディが手を振りながら戻ってくるのが見えた。魔法陣が見つかったらしい。ミティナがきっと前を見つめた。
「ジードとファイルはもうリザフェスに向かっているわ。光の結界はあたしが破る。行くわよ!」
 魔法陣は闇の力に反発してぱちぱちと閃光を放っていた。暗雲が立ちこめ闇の雷が降ってくる。光と闇が激しく点滅してせめぎ合う。ミティナは一心に闇の力を操っていた。やがて闇の柱が魔法陣の上に立った。
「これで行けるはずよ」
「ジュディ、先に行きマス!ダグラス、行きまショウ!」
 白いホッケーマスクを被り直しダグラスを誘って魔法陣に入る。ルークやシェリル、テネシー、ミティナがそれに続いた。

 その頃リザフェスではテオドール・レンツが神殿の周辺から侵入口になりそうなところまであちらこちらに陣を描いていた。体が小さいので描くのに時間がかかる。別に疲れを感じる体ではなかったが、ときどき休んではもれがないか確認していた。そこへアルフランツ・カプラートがやってきた。
「セレストローズと縫い針を融合させればいいの?」
「ミティナも闇から解放されたらこの世界で生きていけるかも知れないんだってさ。そのための細工だよ」
「そうだね。破れたハートはつくろえばいいんだもんね。ボクも破れちゃったら自分で縫うもん」
 さっそく魔法錬金術でセレストローズを縫い針に加工して行く。それを受け取ってアルフランツはアメリアの元へ戻っていった。
 神殿の周辺ではジードとファイルの襲撃を警戒してエルンスト・ハウアーがロック鳥に乗って巡回していた。神殿の外壁の上には置物のようにガーゴイルが控えている。それらはエルンストの指示ですぐに攻撃に移れるようになっていた。
「さて、奴らはどこからやってくるかのぅ」
 と、特殊な護符に包んでおいたセレストローズがぱちぱちと反応を示した。エルンストはロック鳥の大きな翼を羽ばたかせながら反応のある方向に飛んでいった。途中、やはり四天王の襲撃を警戒していた仲間に声をかけた。
「来たようじゃぞ」
「あら」
 しばしの休息に抱き合っていたチルル・シャモンとホウユウ・シャモンの夫婦が体を離す。やはり戦闘に身構えていたグラント・ウィンクラックがうめいた。
「おーまーえーらーなー。いくら新婚ほやほやだからって、いちゃつき過ぎじゃないのか?ちったぁ人目を気にしろよ」
「悔しかったらお前も相手を見つけろよ」
「あらあら」
 んーちゅっと見せつけるようにホウユウがチルルにキスをする。ついでに手が胸に置かれている。チルルがぽっと赤くなった。苦笑いしかできなかったグラントをアクア・エクステリアがうながした。
「あそこはああいう夫婦なんですから、しかたないですよぉ。それより行きましょう」
「そういうお前たちのところは熟年夫婦みたいだな。結婚したのは同じ頃合いだろう」
「私たちだって仲は良いですよぉ。これはこれで良い関係なんですぅ。愛はあるんですものねぇ」
「ああ、そう……」
 マニフィカ・ストラサローネがやってきてグラントたちに合流した。マニフィカは空を飛んでいるエルンストに告げた。
「火と風に一緒にいられては、向こうが有利になってしまいますわ。火はわたくしたちで引き受けますので中に追い込んで下さいませ」
「中に入れてしまっていいんじゃな」
「神殿内部の構図はばっちり頭に入っていますからぁ。それでこちらの有利に持っていきますわ」
「陣の配置もわかった?」
 テオドールが聞くと、マニフィカは力強くうなずいた。
「大丈夫ですわ」
「よし、じゃあ火はそっちに任せたぞ。俺たちは風を迎え撃とう。行くぞ、チルル」
「はい、あなた」
 空中では結界をものともせずに侵入してきた火のファイルと風のジードがガーゴイルと戦っているところだった。火炎を渦巻きにしてジードがガーゴイルに叩きつけている。エルンストの闇の力を受けたガーゴイルは、高熱にも耐え2人を取り囲み始めた。やむなくファイルとジードが距離を取る。すかさずエルンストがロック鳥の背中から2人の間に向かってセレストローズを投げつけた。光が四方に走りファイルとジードが動きを止める。
「なによ、こんな攻撃。ジード、行くわよっ」
「待て、ファイル。離れるな」
 いかにも短気なファイルが怒りの形相もあらわにエルンストに向かっていった。放たれる火球をひょいひょいと避けながらエルンストは神殿の方の中に入っていった。ファイルが後に続く。呆れたようなジードも中に入ろうとしたが、その前にホウユウとチルルが立ちはだかった。
「邪魔だ、どけ!」
 ジードは竜巻を起こしてホウユウたちを退けようとした。チルルがシルフを召喚して大気に干渉し風の渦を凪にする。ジードはすかさず次の手を繰り出してきた。真空の刃がホウユウの肌を裂く。目に見えない攻撃に瞬間はっとしたチルルだが、夫が心眼でその攻撃を見切っているらしいことに気づいて緋月神扇で防御結界を張った。だがジードはさらにそれを覆う結界を張って2人を包み込むと、空中高く持ち上げ地面に向かって落下させた。
「チルル!」
 ホウユウはとっさにチルルの腕を掴み宙で体勢を立て直した。チルルが風の結界で落下の衝撃を和らげる。ジードは地面にたどり着く前に竜巻で2人を引き裂こうとしたが、チルルの無効化の方がわずかに早かった。すたっと降り立つとホウユウがすかさず間合いを詰める。至近距離にせまると無数の衝撃波を放った。
「甘いな」
 無効化はジードにも扱えたようだ。衝撃波は空へと霧散していた。
「チルル、下がっていろ。くらえ天壊怒龍撃滅破!」
 瞬速の太刀筋をジードが避ける。だが続いて起こった爆発の衝撃には吹き飛ばされた。はねとばされながらくるくる回転して空中に留まる。上空から素早く飛び込んできたジードを切り裂こうとホウユウが斬神刀を振りかざす。ジードの手にはいつの間にか薄く透ける剣が握られていた。それらががきっとかみ合った。
 一方、神殿内部に引き込まれたファイルは、先を行くエルンストに向かって立て続けに火球を放っていた。闇の力で攻撃してもファイルには通用しないだろう。セレストローズの光も、ひるませることは出来たがファイルの力をそぐまでには行かなかったようだ。曲がり角でガーゴイルに足止めさせてエルンストが姿を消す。代わりに脇からマニフィカがセレストローズを媒体に呼び出した水流で攻撃してきた。高温の炎で蒸発させようとしたファイルだったが、媒体がセレストローズであったために闇の力を弱められて足をすくわれた。転んでしまったファイルは怒りに全身が炎に包まれた。炎が飛び散って激しく降り注ぐ。それを防いだのはアクアだった。マニフィカが出現させた水を皮膜状にして炎を消し去った。
「へ、おまえの力はその程度か!」
 飛び出してきたのはグラントだ。ファイルが再び炎を身にまとう。高熱が辺りの空気をゆがませた。灼熱の炎が縄のように伸びてグラントに巻き付こうとする。炎術でその矛先をそらしたグラントが、熱に耐えながら破軍刀でなぎ払う。ファイルは体すべてを炎に変化させその攻撃をしのいだ。間髪をおかず炎球が飛んでくる。矛先はそれたが爆発が起こる。飛び散った破片がグラントたちを傷つけた。
 全身が炎になったファイルは壁にそってその炎を走らせた。走る炎は3人を包み込もうとしていた。このままでは中の空気すらも燃焼し尽くしてしまうだろう。マニフィカが奥を指さした。
「向こうに抜ければ噴水がありますわ」
「突破口は私が開きますねぇ!マニフィカさん、水を」
「はいです」
 マニフィカが再び水流波を呼び出す。アクアがそれを操って包み込む炎の壁に穴を空けた。すぐさまふさがろうとする炎をグラントが阻止する。穴から脱出した3人は噴水のある広場へと向かった。
「炎に分散されたら攻撃が通用しない。水の結界で閉じこめられるか」
 グラントが叫ぶと、アクアが大きくうなずいた。
「やってみます」
 ファイルが人型に戻ったところで霧状の水で包み込んでしまう。反発しあって水蒸気が立ちこめた。もうもうと立ちこめる白の中から火球が飛んでくる。それを抗魔手甲でたたき落とすと、グラントは一気に水の結界ごと縦一文字に破軍刀を切りつけた。手応えは今度はあった。煙が収まるとファイルの左肩から先が切り落とされているのが目に入った。床に落ちた腕はちょろちょろとした炎となって消えた。
「くっ」
 ファイルは残りの右腕を伸ばし一直線に炎を走らせて壁を壊した。そしてまたもや全身を炎に変えて外へ逃れ出て行った。
「あー、逃げられてしまいますぅ」
「人型なら物理攻撃も有効らしいな。タイミングさえつかめたら完全に切り倒せるはずだ」
「ジードとかって風の精霊さんと合流されるとまずいですねぇ」
 アクアが言うと、グラントが入り口の方を指さした。
「あっちはホウユウが食い止めているはずだ。行ってみるか」
 力は幾分弱まっているはずだが、風の勢いを受けて再度襲って来られても困る。グラントを先頭に3人はホウユウたちの元へ急いだ。

 戦いの気配はジルフェリーザにも伝わっていた。それを聞かされると、ルイードがさっと立ち上がった。慌てて止めたのはアルトゥール・ロッシュだった。
「ダグラスと戦う気なのかい」
「ああ。あいつは俺を狙ってくるんだろう。避けようはないさ」
「ダグラスは僕たちが必ず取り戻してくる。だからルイードはアメリアの側に着いていてくれ」
 アルトゥールにはルイードとダグラスが戦うのは避けたいことだった。それを遮ったのはシエラ・シルバーテイルだった。
「気を遣っているところ悪いんだけど。わたしはルイードはダグラスと戦うべきだと思うわ。ダグラスを本当に取り戻したいならね。闇に染められたって言ったって、そんなのきっかけに過ぎないわ。本人でも気づかないような心の中のほのくらいところに、ささいなすれ違いがあったりするんだから。それは本気でぶつかってみなきゃわからないでしょ」
 賛同したのはラーナリア・アートレイデだ。
「私もそう思うわ。親友と戦うのは辛いかも知れない。けど、これはルイードにとっても正面から向き合わないといけない問題だと思うの。多分、ダグラスのためにもね。大丈夫、私も精一杯フォローするから。倖生くんもなにか考えているみたいだし、ね?」
 話を振られた将陵倖生は「おう!」と拳を振り上げた。
「アルトゥールの気持ちはわかるさ。おれとしてもそれですむんならその方が良いと思うけどさぁ。逃げてばかりじゃどうもならねぇような気がするんだ。ま、なんとなくだけどな。あいつの闇と向かい合わなきゃいけねぇってさ。あいつに言ってやりたいんだよ。自分の闇に負けてんじゃねぇって。ルイードのフォローはあっちの姐さんがやるっていうし、おれたちはおれたちで頑張ろうぜ……って、なんだよっ。どうせおれは頭脳労働向きじゃねーよ。文句言うならお前も考えろや、このアホ人形!敵はアメリアだって狙ってくるんだろうから、策敵を忘れるんじゃねーぞ」
 じとーっと見つめてくる美少年式神人形に怒鳴りながら、それをアメリアに渡す。式神人形はただこくりとうなずいただけだった。
「ところでルイードはどうなの?」
 シエラに聞かれて、ルイードは真っ直ぐにアルトゥールを見た。
「光も闇も人の心には両方存在するものだ。あいつが闇に負けて俺と戦いたいというなら、俺は戦いの中であいつの光を導きたい。わかってくれ」
 アルトゥールが苦笑した。
「そこまで言われちゃだめとは言えないよな。わかった。フォローは僕もするから、一緒に戦おう」
 そしてアメリアの頭を軽く撫でた。
「大丈夫だよ、僕たちは絶対に負けないから。信じて待っていて」
「うん。きっと、ダグラスを取り返してきてねぇ」
 アメリアはにこりと笑った。まだちょっと気にかかるらしいルイードが、アルトゥールの首に腕を回してぐいっと引っ張った。

 地上からリザフェスに転移したルークは、ペットのコリンと通信が再開できるようになったので、さっそくアメリアの居所をミティナに教えた。ミティナもジルフェリーザの力を感じ取っていた。
「都合が良いわ。まだ契約はしてないようね。あたしはあっちに行って来る。あんたたちはあの男をお願い。ジードとファイルが戦っているから力は分散されているでしょうけど、ダグラスを取り返しに必ず来るはず」
「わかっている」
「ボスもお気をつけて」
 さすがに光の神殿の中でもミティナは自在に動けるようだ。転移してしまうと、テネシーが魔眼でルイードの行方を追った。
「やはりこちらに向かっているようですわ。1人ではありませんわね。仲間がいるようですわ」
「ルイードとは俺が戦う」
 ダグラスが言うと、テネシーは無表情に応じた。
「わかっていますわ。あとの人間はお任せを。さあ、こちらもぐずぐずしていないで行きましょう」
 ルイード側も転移魔法陣に向かって急いでいた。結界が破られたことは拓哉がサイ・サーチで感知していた。転移してきた気配が2つに分かれる。おそらく片方はアメリア狙いだと予測して仲間にそれを伝えた。
「ミティナはここの構造もよく知っているだろう。待機していても仕方がない。こちらも打って出よう」
 祈りの間からテラスに出る。途中、拓哉を捜していたアンナとリリエルに出会った。拓哉はリリエルを見ると少し驚いた顔になったが、すぐに冷静さを取り戻して告げた。
「リリエル、戦いが始まる。一緒に来てくれ」
「はい。あ、その前に」
「え?ん、ちょっと、リリエル、なにを……う、うわぁ!?」
 何を思ったのかリリエルがぶっちゅーっと拓哉にキスをかましてきた。さすがの拓哉も硬直してしまう。リリエルは少し照れながら言った。
「あら、地球のアメリカって国では久しぶりにあった友への挨拶ってこうするんじゃないの?ちょっと照れるけれど、親愛と友情を込めているのよ」
「ちょ、ちょ、ちょっとじゃなく違うー!」
 真っ赤になった拓哉が怒鳴る。リリエルは何が違うのかわからなくてきょとんとしていた。
 ぜいはあと肩で息をついていた拓哉は必死に気を落ち着けようとしていた。リリエルは気づかずに新式対物質検索機で生体反応を調べていた。
「2手に分かれたみたいね」
「よし、俺たちは戻ろう」
 ファリッド・エクステリアが慰めるように拓哉の背中を叩きながら言う。拓哉はまだ呆然としながらうなずいた。
 ルイードたちはそのまま下へと向かった。両者がかち合ったのは1階の広間でだった。先を読んでいたテネシーが向かい合う瞬間に風のアーツでルイードの両脇にいたアルトゥールとシエラを吹き飛ばした。
「ダグラス様との戦いの邪魔をされては困りますからねえ」
「別に邪魔なんてしないわよ。あなたたちの相手は私たちがするわ。そっちこそ邪魔はしないでちょうだい」
 ラーナリアが大地精霊術でテネシーの足止めをする。その間にルイードとダグラスは剣を交わしあっていた。腕の方はわずかにルイードの方が勝る。つばぜり合いはルイードの優勢に進んでいった。剣を弾かれそうになってダグラスがとっさに飛び下がり間合いを取る。その瞬間、フライボードで飛び込んできた倖生がダグラスに向かってセレストローズを投げつけた。
「余計な手出しはなしネ!」
 ジュディがダークムーンの力を開放する。光と闇の力が相殺しあって力の渦が起きた。
「ちぇ、そっちにもそんなアイテムがあったのかよ」
 床に転がったセレストローズを拾い上げ倖生がうめく。ジュディが前に立ちはだかった。倖生はラーナリアから借りておいたミストクロークで気配を消し、再びの機会を待った。
 その間にシェリルがルイードに向かっていた。魔眼で動向を見張っていたテネシーが不審に思って止めようとしたが、シェリルはかまわずルイードにショートソードを向けた。ルイードは軽く受け流した。
「邪魔はしないんじゃなかったのか」
「ミティナの望みがあなたの死だからよ。チャンスがあれば誰が倒しても同じでしょ」
 しかしシェリルの攻撃にはややためらいがあった。ルイードにもシェリルを倒してしまうのにはためらいがあった。迷いのある者同士の戦いは小競り合いが続くだけで決定打に欠ける。テネシーがウィップを使ってシェリルを退けようとした。
「そんな戦いは役にはたちませんのよ」
 2人の合間をぴしりとウィップがさえぎる。ルイードは引くと脇から襲い掛かってきたダグラスの剣を必死に押しとどめた。シェリルがルイードにだけ聞こえるように言った。
「守りたいものがあるなら強くなることね」
 聞こえたかどうかはわからなかったが、ルイードは再びダグラスとの戦いに専念しだした。
 トリスティアはエアバイクに乗ってテネシーの動きの牽制にかかった。自分は飛び降りシェリルをけり倒す。エアバイクのトリックスターは 操縦者を失ってもAIがテネシーという目標をはずさなかった。
 機械相手では魔眼も通用しない。高速の動きにさすがのテネシーもよけるのが精一杯だった。空中に逃れても追いかけてくる。いっそ操り手である(はずの)トリスティアを倒そうとしたが、そのときにはトリスティアはダグラスに向かっていた。
「邪魔はするなと……」
「それはこっちのせりふだ」
 体制を整えたアルトゥールがジルフェスから真空の刃を飛ばしてテネシーの翼を傷つける。テネシーはケルベロスに命じて高熱波を吐き出させたが、疾風のブーツを使って高速移動しているアルトゥールにはあたらなかった。アルトゥールはそのままダグラスの懐に飛び込んで眼にもとまらない速さで剣を振るい、ダグラスの剣を弾き飛ばした。
「やったね、アルトゥール」
 すかさずトリスティアが必殺の後ろ回し蹴りを放った。首筋に攻撃を食らったダグラスが倒れる。その脇にルイードが剣をつきたてた。
「おまえは俺と戦う為にここに来たんじゃないだろう!」
 真摯な声音にダグラスの表情がぴくりと動く。ルイードはダグラスの胸倉をつかむと殴り飛ばした。
「俺たち同様、世界を救う為に来たんじゃないのか!?思い出せ」
「俺は……」
 迷いの見え始めたダグラスにそっと近づいていた倖生と、前方から駆け寄ってきたアルトゥールが同時にセレストローズの光を開放した。きらめきがダグラスを包み、光の中でダグラスの表情がゆっくりと変わっていった。
「ダグラス、大丈夫か」
 ほっとしてルイードがダグラスに近づこうとしたときだった。その上空にルークが現れた。降下の勢いでルイードの頭を狙う。ラーナリアがペットのシェルクでルイードに体当たりをかませた。揺らいだ肩先に銃剣が突き刺さる。それを抜き去ると構えを取り直しルイードに立ち向かったが、ラーナリアが間に割って入った。
「おまえか、ラーナリア」
「せっかくダグラスが元に戻ったのに、ここでルイードをやらせはしないわよ」
「おまえには個人的に恩もあるがな。今は依頼中だ。邪魔をするというならおまえでも容赦はしない」
「そうね。あなたにはあなたの事情があるんでしょうけれど。私にも譲れないものがあるの。ルイードは絶対に殺させないわ。シェルク!」
 ラーナリアの力を受けてシェルクが巨大な姿に変化する。大地の恵みを受けた体は銃弾をも跳ね返す。鋭い爪がルークを引き裂こうとしたとき、ルークがはっとした顔でテネシーたちに告げた。
「ミティナに何かあったらしい!向こうに行くぞ」
「なんですの」
 面白くなさそうにテネシーが答えた。それでも言われるままに後退し、ルークに続く。ジュディとシェリルも後を追った。
 ルイードの怪我はかなり深いものだった。ラーナリアが必死に治癒魔法を使う。その傍らにダグラスが膝を突いた。
「すまない。おまえと戦うことになるなんて」
「戦いたい気持ちがあったからじゃないの」
 シエラに指摘されて、ダグラスは深いため息をついた。
「そうだろうな。正直、戦えることが嬉しいと思った。いつだって俺はルイードに勝ちたかったんだから」
「莫迦だな。仕合だったらいつでも受けて立つさ。今はやるべきことをなそう」
 ルイードが言うと、ダグラスはふっと笑いをもらした。

                    ○

 ファリッドは祈りの間の周囲を囲むテラスに弾丸の火薬をばらまいていた。その間、祈りの間に残っていた佐々木甚八は、アメリアに気合いの入れ方を教授していた。
「信じる心が大切だと言うことはよくわかっているようだが、連中はどんな手を使って精神攻撃をしてくるかわからない。揺れてしまったらそれで終わりだ。いいか、精神を踏みとどませるのに必要なのは、自分が何者なのかを自覚することだ。最後に自分を守れるのは、自分だけだ。大切なもの、なくしたくないもの、信じるものを強く思うんだぞ」
「うん」
「それとこれを着けておけ」
 甚八はソラにウェディングベールを渡させた。これは身を守るためのものだ。パスを入力し、使い方を教えると今はヘアバンド状のそれを装着させる。直後に外で爆発音が響き渡った。アメリアの抱えていた荷物から式神人形が顔を出し、外を指さしながらうんうんとうなずいた。
「来たな」
 式神人形が指を1本立てる。甚八がいぶかしげな顔になった。
「1?1人ってことか?」
 外から拓哉のテレパシーが届いた。
『ミティナだけみたいだ』
 あとのメンバーは分かれてしまったのだろう。
「それならこっちが有利だね」
 アルフランツが笛にセレストローズの縫い針を仕込みながら言った。アメリアも立ち上がって外に出ようとした。甚八が急いで指示を出した。
「ベールを装着させておくんだ」
「あ、うん」
 シュっと音がしてヘアバンドから強化ドレスが出現する。外では立て続けに爆発音がしていた。
 爆発はファリッドが、ばらまいておいた火薬を撃って起こしていたものだった。ミティナを傷つけるには至らなかったが、近づきあぐねていたのも確かだった。しかしそれも長くは続かなかった。隙をついてミティナが近づいてくる。ファリッドが拓哉に叫んだ。
「アメリアに近づけさせるわけにはいかない。止めるんだ」
「わかった」
 キスの衝撃から立ち直れない拓哉は、ファリッドに言われるままにフォトンセイバーでミティナの正面に立った。脇からリリエルが、爆発で出来た石片を弾丸のようにミティナに向かって走らせていた。ファリッドも炎の精霊弾で応戦する。ミティナは闇を鞭のようにしてリリエルたちを退けようとした。拓哉が無意識に体を動かせながら光の刃をミティナに向ける。叩きつけられてきた闇の衝撃波はファリッドがセレストローズで防いだ。そこへアメリアたちがやってきた。アメリアの側にはジルフェリーザもいた。その姿を見てミティナの瞳に怒りが浮かんだ。
「今更……今更なんでいるのよ!もう何もかも遅いのに」
「そんなことないよぉ!闇から解放されたらミティナだって生きてゆけるのぉ。希望はこれからだって見つけられるんだよぉ」
「希望なんか無いわよ!」
 暗黒弾がアメリアを襲う。とっさに甚八がアメリアを抱え、強化ドレスのエアブースターで後方へ退いた。
「ソラ、行け!」
 たんと飛んで懐に入り込むと、ソラは無数のパンチをミティナに与えた。ミティナは闇の障壁を張ってソラをはじき飛ばした。闇は球体となってミティナを包んでいる。暗い笑いをミティナもらしていた。
「希望なんてない方が良いの。生きていける?それがなんの役に立つの?」
「少なくとも、ルイードは命をつなぐことで貴女を救うすべを残したわ」
 ジルフェリーザの静かな声が響いた。ミティナがふっとうつろな視線をジルフェリーザに向けた。
「貴女がいなくあったあと、ルイードはここに戻ってきた。けどあのときは救えないとわかったから、後世に希望を託した。そして生まれ変わってきたの。貴女と世界を救うために」
 ミティナは明らかに動揺していた。闇はまだミティナの体を覆っていたがファリッドがセレストローズを拳銃で撃ち込んだ。中和された闇が薄れる。ソラが中から無理矢理引きずり出すと、ミティナはふりほどこうとしてもがいた。が、やがて静かになった。泣き崩れたと見て取った甚八がソラに離すよう命じる。床にくずおれかけたミティナは、しかし次の瞬間にはアメリアに向かって走り出していた。
「救いなんていらないわ!」
 その間を割ったのは、アルフランツが投げつけた閃光弾だった。まばゆい光がミティナの足を止める。炎の輝きに似た光に目がくらんでミティナが前に手をかざす。そのときには構えていたアルフランツが吹き矢の要領で縫い針型のセレストローズをミティナに吹き付けていた。鋭い針がミティナの心臓付近に突き刺さる。アルフランツが仲間に向かって言った。
「あそこに光の力を集中させて!」
 リリエルがみんなの持っていたセレストローズを空中に集めた。アメリアがミティナの救いを信じて祈る。ジルフェリーザはその祈りを受けてセレストローズの力をミティナに突き刺さった針に注ぎ込んだ。
「きゃああ」
 相反する力がミティナの体の中で荒れ狂って、ミティナが苦しみにあえぐ。その手がルークに渡された意思の実に触れた。ミティナは必死にそれに呼びかけた。
 やがてルークが現れる。銃で周囲をけ散らせながらミティナの体をぐいと引っ張り上げた。どこかほっとしたような顔でミティナはルークとともに姿を消した。その体内にセレストローズを残したまま。

 空に逃れたファイルはジードと合流していた。ホウユウと戦っていたジードにファイルが加勢する。激しい炎はチルルが防いだが、向かって行くには隙がなかった。そこへミティナの声が届いた。
「様子が変だな」
「でも、引くしかないのね。この次は必ず殺るからね!」
 命令に従って2人が姿を消す。決着を付けられなかった悔しさにホウユウが歯がみしたが、ファイルを追ってきたグラントに言われて件を収めた。
「分はこちらにありそうだ。次がチャンスだろう」
「なんでいきなり引いたんだ?」
「アメリアさんたちのところに行ってみましょう。なにかわかるかもしれませんよぉ」
 アクアに促されて一行は祈りの間に向かった。
 そこで見出したのは怪我の手当を受けているルイードとダグラスだった。マニフィカが嬉しそうな顔になった。
「無事に取り戻せたんですねぇ」
「迷惑かけたみたいで悪かったな。ちぇ、この仕返しは絶対にしてやるぞ」
 ダグラスが軽く笑いながら言った。アクアはファリッドの側に行って事の次第を聞いていた。
「じゃあ、ミティナにセレストローズが埋め込まれているんですかぁ?」
「ああ。アルフランツがやったんだ。動揺していたみたいだし、うまくすればミティナを解放できるかも知れないぞ」
「そうなるといいですねぇ」
 アメリアが笑った。
「ミティナの中にだってきっと光はあるものぉ。生きようって気持ちを思い出させてあげれば良いんだよぉ」
「ジードとファイルは逃がしちまったが、リベンジはありそうだぜ。今度は負けない」
 グラントが拳を握った。

 闇の陣営に戻ったミティナは光の力にもがき苦しんでいた。追撃を受けて縫い針は取り出せないほど深く体の中に入り込んでいたのだ。ジュディが心配そうに見守る。あとの者はどこか冷ややかにミティナを見ていた。特にテネシーはミティナに危ういものを感じていた。
『このままですと、闇の巫女ではいられなくなりそうですわねぇ』
 そんなテネシーを包み込む気配があった。馴染みのある血の臭いと破壊に沸き立つ気配。テネシーは心が浮き立つのを感じていた。

戻る