「天空の高みより」 第6回

ゲームマスター:高村志生子

 しばらくは闇の心に支配されて友と戦ったことに落ち込んでいるようだったダグラスだったが、過ぎたことは悔やんでも仕方が無いとばかりに、明るさを取り戻していた。他愛なくルイードとふざけあう姿を、マニフィカ・ストラサローネがにこにこしながら見ていた。
 側ではチルル・シャモンが夫のホウユウ・シャモンを膝枕させながら、熱心に耳掃除をしていた。
「なあ、チルル」
「はい?」
「子供は何人くらいがいいかなぁ。おまえはどっちが欲しい?」
「あらあら。そうねえ、家族はたくさんのほうがいいものね。お義母様に負けないくらい頑張りたいわねえ。女の子は男親に似るというから、やっぱり女の子がいいかしら。でも男の兄弟もいいものよ。あなたはどっちがいいの?」
「そりゃもちろん両方だな」
 のんきな会話をしながらも、ホウユウは心眼で神殿の周囲に気を配っていた。そして近づいてくる気配に気がついた。チルルの手を止めさせ、すばやく立ち上がる。ホウユウの変化にグラント・ウィンクラックが駆け寄ってきた。
「来たのか」
「ああ、間違いない。ジードとファイルの2人だ」
「よし。ファイルは俺が引き受ける」
「ジードの方は俺たちがやろう。チルル、準備はいいか」
「はい。大丈夫よ」
 チルルがすかさず交差している部分にセレストローズが組み込まれた緋月神扇を開いてみせた。うなずいて軽くキス。走り出した2人の後をあきれた顔でグラントが追いかける。ついてきたのはマニフィカだ。
「グラント様、ファイルとの戦いにはわたくしも参加いたしますわ。ちょっと考えがありますの」
「考え?」
「火の属性を持っているだけあって、水の結界には弱いみたいですわね。それで、浄化されたウネの力を借りようと思いますの。大丈夫、気配はつかんでいますわ。闇から解放されたから、協力してくださるみたい。直接戦闘はお願い致しますけれど」
「ああ。俺にも考えがある。きっちりけりをつけてやるさ。邪魔が入らないようにしてくれ」
「わかりましたですぅ」
 外ではファイルがジードの力を借りて炎の竜巻を起こしていた。チルルが結界でそれを防ぐと、すかさずホウユウがジードに向かって奥義を繰り出した。
「おまえの相手は俺だ!食らえ、流星天舞!」
 空中にとどまる相手にホウユウが斬神刀を振りかざす。刀から飛び出したいくつもの衝撃波がジードを襲った。ジードはそれに耐えると、剣を構えて迫ってきた。
「あん、ちょっと力貸してよ」
 ファイルが文句を言うと、ジードは振り向きもせずに応えた。
「向こうも加勢が来ているぞ。自分でなんとかしろ」
「ん、もう」
 すねながらも飛び出してきたグラントとマニフィカにファイルは向かった。
「来るぞ!」
「はいですぅ」
 マニフィカがウネの気配を手繰り寄せ、自らの水氷魔術と組み合わせて雨を降らせだした。セレストローズの光の力も合わさったそれに、ファイルが戸惑った。降りしきる雨の中では思うように力が発揮できない。それでもエアバイクに乗ってやってくるグラントに火球弾を投げつけた。グラントは炎術で軌道をそらせ、まっすぐにファイルに向かっていく。破軍刀の間合いに入ると、横なぎに払う。雨のせいで体を炎にすることができなかったファイルは、炎の鞭を作り出し破軍刀を絡め取ったが、純粋な力戦でかなう相手ではない。勢いに弾かれてすたっと地面に降り立つ羽目になった。その目前にグラントも飛び降りてきた。渾身の力をこめて、特大の火炎弾をファイルが放つ。それは刀で真っ二つにかち割られた。分かたれた間からグラントが姿を現す。グラントは破軍刀を手放すとなにかを掴んだ右手をファイルの腹にめり込ませた。わずかに体を炎状にしていたファイルの中にグラントの右手がもぐりこんでいく。ファイルは拡散してグラントの体を包み込もうとしたが、その寸前にグラントは握り締めていたセレストローズの光をファイルの炎の中で開放した。
「グラント様!」
 肉のこげる匂いがしてマニフィカが叫ぶ。焼かれる痛みをこらえてグラントがにやりと笑った。セレストローズの光はグラントの持つ炎の中に溶け込んでファイルの炎と同化しようとしていた。ファイルの中で闇と光がせめぎあう。マニフィカがウネに呼びかけた。
「もっとファイルを弱らせないと」
「気にすんなって。なあ、どうする?まだやるか。ウネやノエティだってこちら側に来ているんだ。お前だってこの闇さえなくなりゃ奴らに荷担する理由なんかなくなるだろ。それでもやるってんなら手加減はしねぇぞ」
 炎よりも熱い心がファイルの意識を揺さぶった。黒味がかった髪と瞳がしだいに明るい朱金色に変わっていく。それにともないファイルから抵抗がなくなっていった。やがて炎をおさめたファイルがにっこり笑ってグラントに抱きついた。
「あたし、あんたが気に入ったわ」
 ほっとした顔のマニフィカの隣にウネが姿を現した。ウネもまた、濃い紫の色から闇が抜け落ち、鮮やかな青の髪と瞳になっていた。マニフィカがウネにお願いするような目を向けた。ウネは静かに微笑んでからグラントに近寄っていった。
 グラントの右腕はファイルの炎で無残に焼け爛れていた。そこにウネが手を当てる。水の癒しの力が満ちて傷がいえていった。
「ありがとうですぅ」
 もろもろの意味をこめてマニフィカが礼を言うと、ウネはそっと首を振った。
「わたくしを解放して下さったんですもの。お力になれることがありましたらいつでも呼んでください」
「あたしもー!」
 ファイルが元気に叫ぶ。グラントはウネに礼を述べた後、ファイルに向かってにっと笑って見せた。
 一方、ジードはホウユウ相手に剣でやりあっていた。技量はホウユウのほうが勝るが、敏捷性はジードのほうが上のため、ホウユウも決定打を出せないでいた。だがホウユウにも作戦があった。合間にジードが出す精霊の力による攻撃をこちらも奥義で迎え撃ちながら、少しずつ相手の力を殺いでゆく。やがてファイルの気配が変わったことに2人が同時に気づいた。ジードがわずかに動揺を見せる。ホウユウはその隙を見逃さなかった。
「これでどうだ、天壊怒龍撃破!」
 どうっと轟音が響いて爆発が起きる。ジードは風の結界でそれをやり過ごしていたようだが、それを覆うようにチルルが緋月神扇で結界を張った。セレストローズの光とローザクラウンの力でパワーアップされた結界はたやすくは破れない。なんとかしようとジードがあがいている間に、ホウユウはチルルに呼び出させたシルフに体を上空に運んでもらい、一気に急速降下してきた。上段から雲燿ノ太刀を繰り出す。勝負は一瞬で決まった。
「うあああっ」
 頭から断ち切られてジードの体がぱあっと消滅する。しばらく風が渦を巻いていたがやがておさまった。
「消えたのか?」
「いいえ、精霊の気配は残っているわ。でも闇の気配は感じられない。浄化したみたいね」
 ホウユウの問いにチルルが答える。グラントがやってきて、2人はぱんと手を叩き合わせた。

                    ○

 闇の陣営ではミティナが体内に残された光の力に苦しんでいた。なにも信じないと言いながらもいつしか闇の力を頼りにしていたミティナは、それが失われることに恐怖を抱いていた。ぱっと天幕に入ってきたシェリル・フォガティは、そんなミティナの状況をすばやく見て取った。
「ジードとファイルは?」
「やられたわ」
 闇のつながりが絶たれたことはミティナにはすぐに伝わっていた。喪失感がミティナの不安をよりいっそう高めていた。シェリルは何気ない様子でミティナの傍らに座ると、さりげなく言った。
「まあ、闇の四天王と言っても元々は普通の精霊なんでしょ。光の陣営の中では不利だったってことね。ザイダークにはもう手ごまは無いの?」
「獣人たちはやられてしまったけれど、自らの分身を作り出すことはできるわ。あとはそれが頼りね」
「分身ね。ここの闇の精霊って、負の感情でできているんでしょ。そもそもそれってなんで生み出されてきたの?」
「なによ、おかしなことを聞くわね。そうね……始まりは欲望なのかしら?満たされることの無い欲望が渇望に変わって。奪い奪われ、人の世界は混乱していった。与える事だってできたはずなのに」
 ふと自分の言葉にミティナが首をかしげる。それは光の巫女であった頃に思っていたことだった。つい口をついて出た言葉にミティナの中の光が強まる。苦痛も強まってミティナが体を折った。それを見てみぬ振りをしたシェリルは、天幕の外に出ると陣営全体を覆っている闇の気配に向かって一心に祈りだした。この結界の中は、言わばザイダークのテリトリーだ。ならば直接ザイダークの意識に触れることが出来るはず。ダークムーンをしっかり握り締めて祈っていると、石から心に語りかけてくる声が響いてきた。
『我に呼びかけるのは誰だ』
「ザイダーク様?」
『そうだ』
 シェリルは接触の成功に喜んだ。
「ミティナに光の心が蘇ってきているわ。あんな不安定な状態じゃ役に立たないんじゃない?あたしたちの仲間には、闇の巫女にもっとふさわしい人間がいるわ。あの子を巫女にしたほうがいいんじゃないかしら。きっとミティナなんかより役に立つわよ」
『わかっている。ジルフェリーザはミティナを光に連れ戻そうとしているようだな。いずれ光の巫女や戦士たちとともにあやつは我の元にやってくるだろう。巫女はどうしても必要だ。いざというときにはミティナではなく新しい巫女に立ち向かってもらうことにしよう』
「我の元?あなたはいったいどこにいるの」
『闇の支配するところ。光に相対する場所。地中深く沈む場所に我はいる』
 そこに闇の神殿があるということだろう。シェリルはダークムーンから意識をそらせて接触を絶つと、さっそくそれらを密書にしたためてはやぶさカタツムリに持たせると、リザフェスに向かわせた。
 リザフェスでは密書を受け取ったテオドール・レンツがアメリアたちの元にやってきた。
「ミティナちゃんはなんだか見捨てられてしまいそうなんだ。それで新しい闇の巫女ができるみたい。それってなんだか巫女のことをただの道具に思っているみたいだね。ジルフェリーザちゃんはアメリアちゃんをそんな風に扱ったりしないよね?」
 お使いしてくれたはやぶさカタツムリにシェリルから頼まれた通り野菜を食べさせながら、テオがジルフェリーザに問いただす。ジルフェリーザは驚いたようにうなずいていた。
「誰でもいい巫女なら封印が解けるのを待つ必要なんてなかったもの。あのときミティナじゃなきゃだめだったように、今はアメリアじゃなきゃだめ。アメリアがいてくれて嬉しいって思っているわ。大切ってこういう気持ちを言うのでしょう?」
「うん、そうだねえ。ママもボクをただのぬいぐるみとして扱わなかった。だからボクはボクになったの。魂とか、そういうのなかったのにね。ねえ、ボクにはミティナちゃんはかわいそうな女の子に見えるの。調和が崩れたところを利用されて、道具にされて。使えなくなったら捨てられちゃうなんて。元々は優しい女の子だったんでしょ。欠けてしまったのが「リーザの魂」なら、それを補ってあげられる?ミティナちゃん、助けてくれる?」
「そうは言っても、ミティナの罪が消え去るわけじゃないぞ」
 横から口をはさんできたのは佐々木甚八だった。甚八はアメリアに向かうと、厳しい声で言った。
「確かにミティナの行動はザイダークに唆されたがためのものだろう。だがそこに彼女の意思がまったく無かったわけじゃない。むしろ望んで行ったものだ。それによって希望を奪われた人が大勢いる。その人たちを無視して、ミティナだけを救うというのはおかしな話だ。むしろ救われるべきは被害者のほうだろう。ミティナだって、ただ赦されて生きるのは、ミティナに傷つけられた人の心につばを吐きかけるようなものなだけでなく、ミティナ自身にとっても辛い現実と向かい合わずに闇に逃げた昔のだめな奴のままと言うことだろう。彼女に赦されるのは、被害者の苦痛を思い知りながら一生掛けて償うことじゃないか。そうすれば少しはまともな人間になれるはずだ」
 アメリアは少し目を伏せながら答えた。
「ん、わかってるよぉ……。私だって故郷を奪われてるんだもの、悲しいとか辛い気持ちは理解できるよぉ。それでも、赦したいと思うのぉ。救われて欲しいと思うのぉ。ミティナが自分のしたことを忘れて生きるのと、救われるのとは違うでしょぉ?断罪するばかりが赦される道じゃないよねぇ」
「ああ、そうだ。被害者たちの望むままに責めたてれば、無軌道な報復や前例を生み出しかねない」
「光の力は創造の力。破壊されたものを癒すこともできると思うのぉ。テオが言っていたように、欠けていた心を取り戻したら、そんな風に生きていくこともきっとできるんじゃないかなぁ。責める人はいると思うけどぉ、希望があれば耐えていけるよぉ、きっと。そうあって欲しいなぁ」
「それが君の判断か」
「うん。精霊の恵みを受け入れることが人々の希望だものぉ」
 アメリアはきっぱりとうなずいた。甚八もうなずいた。
「それが巫女としての判断なら、みなも受け入れるだろう。だがそれは神聖で尊い巫女の君の判断だからだ。君だから正しい判断をしてくれるという信頼によるものだ。そのことを忘れるな。それは重荷かもしれないが、君でなくては出来ない仕事だ」
「そうだねぇ」
「もちろん君1人に重荷を背負わせはしない。俺も一生かけて君を支え続けよう」
 と、ダグラスがぼそっとささやいた。
「それってプロポーズか?」
「はあっ!?」
 見ればルイードも複雑そうな表情をしている。アメリアだけは気にしていないようだったが、甚八は瞬く間に真っ青になってずざざっと後ずさった。
「そういう意味じゃない!まじめに人々のことを考えてだぁ!」
 くくくとダグラスが低く笑った。憤慨している甚八をよそに、将陵倖生がやってきてダグラスに問い掛けた。
「ミティナのことはともかくとしてさぁ。アメリアがジルフェリーザと契約したら、こっちから闇の神殿、だっけ?に乗り込んでいくんだろ。ダグラスはなんかそれについて知らないか。一時的とはいえ向こうにいたんだし」
 うっとダグラスが引きつった。倖生が慌てて手を振った。
「別に責めているわけじゃないぜ。ただなんか情報仕入れてないかなと思ってさ。場所とか……だからお前もんな目で見るんじゃねえっての!」
 式神人形ににらまれて倖生がわめく。つーんと人形にそっぽを向かれて倖生がぷちっと切れた。
「ったく、お前はおれのことどう思っているんだよ。ああ、いいよ。お前はここにいやがれ」
 胸元から顔だけ覗かせていた式神人形を引っ張り出し、アメリアの頭の上にぽんと置く。人形はおとなしくアメリアの髪につかまってバランスを取った。素直な態度に倖生が顔をひくひくさせた。そして怒りをこらえつつジルフェリーザに向き直った。
「ここにも闇の神殿についての資料とかないのかな」
「戦いの記録ならあったと思うわ。その中にもしかしたら神殿についてもあるかも。1階に資料庫があるから調べるならそこを」
「よっしゃ、行ってくるか。あ、アメリア。これだけの人数がいるから大丈夫と思うけどさ、一応こいつ預けていくわ。よろしく頼むな。ってか、お前が頑張れよ」
 式神人形がこくりとうなずいた。
「あ、それと」
「なぁに?」
 倖生は安心させるようににっこり笑いながらアメリアに言った。
「アメリアなら大丈夫だろうけど、一応コレだけ言っとくな。不安になったら大きく深呼吸して、自分に言い聞かせるんだよ。自分で決めたことは自分にしか果たせない。その想いがあれば出来ないことなどきっとないってさ。案外効果あるんだぜ。試してみな」
「自分にしか果たせない……そぉだねぇ。仲間はもちろんだけどぉ、まず自分を信じなきゃだめだもんねぇ。やってみるね」
「良い子だな、っと」
 ルイードに手出しされる前に部屋を飛び出す。ダグラスが倖生のあとを追った。テオもそれに着いて行った。
「シェリルちゃんの手紙にはねえ、闇の精霊は地中深く沈むところにいるって書いてあったよ。それって闇の神殿のことじゃないかなぁ」
「俺がいる間は砂漠に天幕を張って陣営を築いていたんだ。神殿らしきところには行かなかった。ただミティナが闇を呼び出して、そこから四天王を召還したりしていたな」
「異次元にでもあるのかな」
「リザフェスが空でしょ?対になっているんだからやっぱり地中の洞窟とかじゃないのかなぁ」
 ああでもないこうでもないといいながら資料庫に行く。それでわかったことは、やはり地上には存在していないらしいということだった。倖生が眼鏡を押し上げながら言った。
「おそらく闇の神殿にもリザフェス同様魔法陣かなにかで転移するようになっているんだろうな。そこを探すのが目標となりそうだな」
「そうだな。あの闇を通っていくのは生身では無理らしいし。結界は当然あるだろうけど、アメリアが契約してしまえば、それを破るだけの光の力は得られるだろう」
「ミティナが光の心を取り戻して、こっちに来てくれると助かるんだけどな」
 本をぱたりと閉じて、倖生が小首をかしげた。

                    ○

「で、どうせならこっちから急襲してみようと思うんだ」
 とルイードに提案していたのはトリスティアだ。神殿の場所はわからなくても、敵の陣地はダグラスの情報でわかっている。襲われるのを待つより、今度はこちらから出向いてミティナを奪ってこようというのだ。隣で同意しているのはアルフランツ・カプラートだ。
「オレの持っていたセレストローズはミティナの体内に入ったままだからね。光の力を持っている状態だと、ザイダークにいつ消されちゃうかわからないだろ。だから身柄を早く確保したいんだ」
「今のミティナは本来の性格をゆがめられちゃってるでしょ。そりゃ、悪いことをしたって事実は消せないけど、本来の素直な娘に戻れれば、償いにだって耐えられると思うし。強い心を持っていたから光の巫女に選ばれたんだもんね。助けたいよ」
「強い、かぁ。オレ的には、ミティナには闇の精霊の力をコントロールできるような巫女になってくれるといいな。一時でも光と闇の両方の巫女をやった彼女だもの、出来るんじゃないかな。光だって闇だって世界には必要な力なんだしね。アメリアと一緒にそんな風に頑張ってくれるといいね」
 ルイードも信頼の笑みを浮かべた。
「そうだな。こちらは契約の儀式の準備があるから手を貸せないが、作戦はあるんだろう?」
「もちろん。まかせて」
「ここに連れて来られれば、ここの光の力でミティナを解放して上げることも出来るはずだよね。必ず連れてくるから」
 そしてトリスティアとアルフランツは、トリスティアのエアバイクに乗ってリザフェスを飛び出していった。
 その頃、闇の陣営ではテネシー・ドーラーがミティナに進言していた。
「このままでは光の巫女が誕生してしまって、こちらの不利になりますわ。どうやらあちらはあなたを狙っているみたいですわね。わたしが別働でアメリアを襲いますので、あなたには正面から敵をひきつけてもらいたいのですわ」
「おとりになれってこと?」
「光なんて甘い存在が多いですもの。きっと大半があなたを救おうと動くはずですわ。ということはアメリアの周囲は護衛が手薄になると言う事。これを使わない手はないでしょう。敵をひきつけてくださればそれでいいのですよ。無理に戦わなくても、逃げれば連中はきっと追ってきますもの。内部情報は調べている者がいますから、もらってください」
「わかったわ」
 苦しみをこらえてミティナが言った。
 テネシーと入れ違いに入ってきたのはジュディ・バーガーだった。苦しむミティナをあやすようにひざを貸した。大人しくされるがままになっているミティナの顔色は悪い。あやすようにジュディが歌を歌いだした。
「一人ぼっち〜恐れすにぃ〜♪生きていこうと夢見てた〜♪」
 優しい歌声がミティナの心を落ち着かせていく。それは闇ではなく光の信じる心がそうさせていることにミティナは気づいていなかった。ジュディは歌を続けながらそっとポケットの中のダークムーンに触れていた。
「寂しさ〜押し込めてぇ〜強い自分をぉ守っていこう〜♪」
 これを使えばミティナの光による苦しみを中和させることができるかもしれない。しかしジュディにはミティナを苦しめている真の元凶は闇にあるように思えた。ならば光を消すことは良くないのではないかと思うのだ。今となっては光だとか闇だとか関係なく、ただミティナを救いたいと言う気持ちだけがジュディにはあった。
「ダークムーンを使うつもり?」
 そんなためらいを察知したのだろう。ミティナが問いかけてきた。ジュディははっとしてから、思っていたことをぽつりぽつりと話し出した。
「ダークームーンで光を消してしまえば、ミティナ、ラクになると思うネ。でも、ミティナ?ミティナにも光の心はアルネ。だから光と闇のハザマで苦しんでいる。ウウン、むしろ闇のせいで、ミティナ、苦しんでイル。ミティナは光に戻った方がいいのカモ……」
「ダークムーンはあたしの中の闇から産み出されたものだもの。この光を消すことはきっとできないわね」
 天幕の外で様子をうかがっていたルーク・ウィンフィールドは、他人には気づかれないように意思の実でそっとミティナに呼びかけた。
「前にも言ったが、俺の依頼主はお前だ。だからお前が契約破棄を言い出すまでは、どんなことであろうとお前の意志に従う。それを違えるつもりはない」
「ルーク?」
「1つ確認させてもらうぞ。今まで通り闇の力にすがり続けるのか、もう一度自分の光を取り戻すためにあがくのかどうかをな。俺としてはどちらでもかまわない。お前の意思に従うだけだからな。……言えることは、今のままでは闇にすがり続けてもいずれザイダークに見捨てられることになるだろうということだ。新しい巫女の候補がいるようだからな」
 ルークはシェリルとザイダークの接触に気づいていた。ミティナが不安定な今、見捨てられるのは時間の問題だろう。しかし声に焦りは見せずに言葉を続けた。
「安心しろ。たとえお前がどちらを選んだとしても、俺はお前の側にいる。お前がそれを望む限りはな」
「本当……?いて、くれるの?」
 つぶやき返したミティナの声は小さく幼かった。ルークは静かに応じた。
「ああ。契約を俺から破棄したりしない」
「ミティナ?ドウしたデスか」
 ジュディの声にはっとしたミティナは、きゅっと唇をかみ締めてからジュディに告げた。
「ザイダーク様が、新しい巫女を選ぶらしいわ。あたしはもう用済みみたいね」
 ミティナの頭を撫でていたジュディが驚いて手を止めた。
「それってトテモ危険ネ!ミティナ、危ないとイウことでショウ。ここにいちゃいけないデス」
「だからって、今さらジルフェリーザがあたしを受け入れてくれるかしら……たくさん、ひどいことしたのに」
「それがわかってイルなら大丈夫ネ。リザフェスに行きまショウ!」
 ジュディはためらいなくミティナを立ち上がらせると、ひょいと担ぎ上げてあたりを警戒しながらバイクに乗せて走り出した。それを確認すると、ルークも転移を使って後を追い始めた。
 夜の砂漠を走りながらジュディは歌の続きを歌っていた。
「どんなぁくじけそうな時だってぇ〜けしてぇ涙は見せないでぇ〜♪」
「強い歌ね」
「ジュディの故郷の歌ネ。力がわいて来るでショウ」
 と、前方から突然コールドナイフが立て続けに飛んできてバイクの足を止めた。
「ミティナの身柄は引き渡してもらうわ!」
 上空からエアバイクに乗ったトリスティアが叫ぶ。後部に乗っていたアルフランツがすかさず煙玉を投げつけた。砂漠に煙幕が張られる。光の陣営に引き渡すのに異存はないジュディだったが、これまで戦ってきてきているのだから、はいそうですかと渡しても素直に受け入れられるかわからない。少し戸惑っていると、転移してきたルークがジュディにささやいた。
「軽く戦って奪われた振りをすればいい。連中にミティナを害する意志はないだろうから、俺たちも後を追おう。ミティナもいいな」
「わかったデス」
 ミティナを降ろし、ジュディが煙幕の中を走り回って敵を探す振りをする。エアバイクから降りてきたトリスティアの蹴りを力でいなしながら少しずつ後退してゆく。ミティナは困ったように立ち尽くしていた。そこへたたたっと白い馬が走りよってきた。騎乗しているのはアルフランツだ。優美な神馬は、ミティナの側近くに来ると歩みを止め、馬上からアルフランツがミティナに手を伸ばしてきた。
「おいでよ!みんなが待っているよ」
「あたしを……受け入れてくれるの?」
「ミティナには知ってほしいことがあるんだ。一緒に来てよ」
 ミティナはしばしためらっていたが、意思の実からルークの声が流れてきた。
「いいから行け。俺たちもすぐに後を追う。心配するな」
 その声に背中を押されるように、ミティナが恐る恐る手を伸ばした。アルフランツは勢いをつけてミティナを馬に乗せるときびすを返した。
「トリスティア、こっちはOKだよ!」
「わかった!」
 ジュディとぶつかり合っていたトリスティアは、ヒートナイフで爆発を起こし間合いを取ると、エアバイクに乗ってリザフェスの方へ戻っていった。その姿が消えるを見計らって、ジュディとルークも魔法陣に向かっていった。

                    ○

 リザフェスではアメリアの契約の儀式の準備が進んでいた。場所は祈りの間だ。今はアメリアは控えの間に入って精神統一を行っていた。ジルフェリーザはアメリアの心の準備が済むまでルイードのそばについていた。違う人間とはいえ、英雄の転生体であるルイードはやはり懐かしい存在なのだろう。やたらと出たり入ったりしているのはルシエラ・アクティアだ。何回か出入りした後、興奮したようにルイードに言った。
「やはりすごいですね。様式は確かに他の古代神殿と似ていますけれど、壁画や文様には独特のものがあります。これは考古学的に貴重な発見ですよ」
「そうなのか?」
「光の精霊に関する記述なんかはよそにはないですからね。これで契約の儀式が終わったらどうなるんでしょう。そういえばアメリアさんの支度はまだなんですか?」
「ああ、もうちょっとかかるようだな」
 控えの間にいる妹の方を見てルイードが答える。そこへアルトゥール・ロッシュがやってきた。アルトゥールは持っていたミスリルレイピアをルイードに手渡した。腰にはもう1本の剣が刺さっていた。
「これは?」
「ルイードが持っている剣より少し細いけど、鋼をも切り裂く魔法銀製の名剣なんだ。良かったら使ってくれないかな。僕にはジルフェスがあるからね。2本を同時には使えないし。それは魔力を帯びているから、精霊と戦うには有利だと思うんだ」
「あ、これが封印の祭具の1つですか?」
 アルトゥールの腰の剣を見てルシエラが言う。アルトゥールは青い刃を持った剣をすらりと抜いて剣礼を切った。
「せっかく祭具に選ばれたんだからね。頑張らないと」
「ああ、そうだな。ありがとう、こっちはありがたく使わせてもらうよ」
 ルイードも同じように剣礼を切った。
「アメリアはまだなのかい」
「もうすぐよ。みんなを集めてきてもらっていいかしら」
 ジルフェリーザが言うと、ルシエラがそそくさと「じゃあ私が」と言いながら出て行った。
 それから人気のないところに行くと、儀式の間についてしたためた文書を呼び出したペットの幽霊レイスに渡した。レイスは姿を消して地上へと降りていった。しかし闇の陣営にはすでにミティナはいなかった。代わりにレイスはテネシーにその文書を渡した。
「あら、ミティナ様はいなくなられてしまったの、そう。やはり元は光の巫女ということですわね」
 そこへザイダークの声が聞こえてきた。
『そなたに闇の軍勢を与えよう。光がよみがえる前に叩くのだ』
「ミティナ様はいかがいたします?」
『始末してしまえ。今となっては邪魔なだけだ』
「わかりましたわ」
 気配が消えると同時に、テネシーの周辺に影のような人影が大勢姿を現した。テネシーが飛び上がると影人間たちもふわりと浮かび上がってついてくる。
「アメリアの周囲はかなり厳重に警戒されているようですわね。けれど窓からの侵入は可能。周囲を取り囲んでしまえば逃げ場は失われるはず。あとはミティナの行方を探らないといけませんわね。おそらくもうリザフェスに行っているはずですわ」
 テネシーは手勢を2手に分けると、転移魔法陣の中へ入っていった。
 祈りの間ではアルフランツたちがミティナを連れてきた情報がもたらされていた。鷲塚拓哉が副官のリリエル・オーガナに命じていた。
「リリエル、俺はミティナの方に行って来る。まだ油断はできないからな。近づけない方がいいだろう。お前はここでアメリアの護衛をしていてくれ」
「わかったわ。ねえ、ところで。ここでの騒動にけりがついたら遊びに連れて行ってよ。いいでしょ、ね?」
「しょうがないなあ。まあ任務が立て続けだったからな。別にいいぞ。その代わりあれ作ってくれよ、エルフェリアオレンジシフォンケーキ。久しぶりに食いたくなったからな」
「わかったわ。約束よ」
 再会のときの衝撃のキスからすっかり立ち直っているらしい拓哉に、ルイードが感心したような声を出した。
「さすが冷静さを取り戻すのは早いんだな。あんなに動揺していたのに」
「あ、当たり前だろ。『挨拶』をいつまでも気にしているほうがおかしいぞ。そっちだってそんなに密着しているのに平然としているじゃないか」
「私は怪我の治療をしているだけでしょっ」
 ややむきになって言い返したのはラーナリア・アートレイデだった。ルイードの肩の傷はけして軽いものではなかった。時間をかけてようやく戦えるまでに治せたのだ。守ると言いながら怪我を負わせてしまったことが悔しかったラーナリアは、再度肩の傷に触れて癒しながらルイードに謝っていた。
「本当にごめんなさいね。守るといっておきながら、こんな怪我をさせてしまって……。もうほとんど良いと思うのだけど、無理はしないようにしてね。ミティナのところには私も行って来るわ。彼女のことは私たちで必ず闇から解放してあげるから。あなたはアメリアを守っていて上げてね」
「ああ、そうさせてもらおう。ラーナこそ、無茶はするんじゃないぞ。自分も守れて、初めて人も守れるんだからな。って、俺が言ってもあんまり説得力はないか」
 ルイードの言葉にラーナリアがくすりと笑った。
「私なら大丈夫。だって1人ではないもの。そうでしょ?」
「そうだな。ミティナを思う奴は大勢いる。儀式が終われば光の力も手を貸してくれるだろうし。頼む」
 手を振ってラーナリアが出て行く。見送っていたルイードをダグラスがつんつんとひじでつついた。
「なんだ?」
「ずいぶん仲良しになったみたいじゃないか」
「そんなんじゃない!」
「いいっていいって。妹べったりで嫁さんどころか彼女の1人もこのまま作れなかったらどうしようかと思っていたんだぜ。いや、めでたいめでたい」
「だから!」
「それはあなたがアメリアに近づくチャンスができるから嬉しいのかしら?」
 どつき合いに声をはさんだのはシエラ・シルバーテイルだ。ダグラスがきょとんとした顔になった。
「なんだって?」
「あなた、闇にとらわれたのはルイードと戦いたかったからだって言っていたけれど。この際、はっきり言ってしまえばいいのに。アメリアをルイードから奪いたかったって」
「……そうなのか?」
 さすがにルイードがじと目になる。ダグラスは大爆笑していた。
「なんだ、そう思っていたのか?いや、それはないな。そりゃアメリアのことは気に入っているけど、やっぱり俺にとっても妹みたいなもんだしな。第一いくらアメリアでも、最愛の兄を殺した奴と結ばれようとは思わないと思うぞ。体だけ奪えれば良いってのは違うしな」
「体だけってなぁ」
「例えだって。そう怒るなよ」
「ふうん?でも、あなたのからかい方って、好きな子にちょっかいを出す男の子の行動そのものじゃない」
「そりゃ、面白いからな。ルイードってからかいがいがあるだろ?アメリアを引き合いに出すと素直なことったら。まったくいいおもちゃだよなあ」
 真っ赤になって怒るルイードを尻目に、ダグラスがシエラに耳打ちした。
「うらやましかったのは確かにあるぜ?あれだけ仲のいい兄妹もそういないだろ。親友ではあっても一番の存在じゃないからな。それが悔しかった気持ちはあるさ。ルイードに見てもらいたかったってのは、でも恋愛感情じゃないよな」
「そう」
 まだどこか納得いかない顔のシエラだったが、とりあえずは黙り込んだ。
 そんな騒動をよそに、リリエルはルイードになついていたジルフェリーザに頼み込んでいた。
「みんなが持っているセレストローズっていうの?あれ、デザイン可愛いわね。ね、あたしももらえないかしら。闇との戦いでも使えるはずだし」
「ええ、いいわよ」
 ふわりとリリエルの手の中にセレストローズが出現する。リリエルはさっそくそれを髪に飾った。
「ありがとう。じゃあアメリアの様子を見てくるわね」
 控えの間に向かうリリエルを目で追っていたルイードに拓哉が苦笑した。
「やっぱりアメリアのことが気になるか?心配いらないって。これだけ信用のおける仲間がいるんだぞ。昔のお前だって、仲間や恋人を信じて戦っていたんだろう。そのときのように俺たちを信じてくれ。みんな強かだからな」
「そうだな」
 ルイードは心配するより信じることの方が大切だと、今は学んでいた。拓哉もラーナリアも、他のミティナを救おうとする仲間たちも頼もしい存在だ。アメリアだって心配はいらないだろう。みなを信じて、今度こそ崩れたパワーバランスを元に戻すのだ。そう決意を新たにしていた。
 控えの間では精神統一を終えたアメリアが立ち上がったところだった。光の巫女にふさわしく、光沢のある白を基調にした薄手のドレスに着替えていた。部屋にやってきたリリエルを見てアメリアがにっこり笑った。つられてリリエルも満面の笑みを浮かべた。
「アメリアってほんと可愛いわね。見ているこっちが和んじゃう。ルイードが過保護になっちゃうのもわかるわ」
「お兄ちゃん?またなにかやったの?」
「ダグラスにいじられてたわよー」
 あははとアメリアが声を立てる。アメリアの準備を手伝っていたアンナ・ラクシミリアもほっとしたような笑みを浮かべていた。
「強すぎる光は闇も濃くするものですけど、あなたの間接照明のような天然の明るさは、光の巫女にぴったりですわね。すべてが上手くいって、早く緑豊かな砂埃の立たない世界になってもらいたいですわ」
 暇さえあれば掃除して回っているアンナの実感のこもった言葉には、アメリアも苦笑するしかなかった。
 飛んできてアメリアの肩に乗った梨須野ちとせは、アメリアの顔を覗き込みながら言った。
「儀式は祭壇で行うのですか?」
「うん、そうだよぉ。そんなに難しくはないみたい。ジルフェリーザと心を通い合わせるだけだから」
「では私がここにいても大丈夫でしょうか」
「うん、いいよぉ」
「他の方々には周りを守ってもらいましょうね。敵の妨害があるといけませんから。そういえばジルフェリーザさん、ミティナさんが来ているようですけれど、まだ闇からは解放されてはいないのでしょう。契約が成立したときここに光の力が満ちるのであれば、それを使って解放することができるのではないでしょうか。呼ぶことはできまして?」
「光の力は神殿の全部に行き渡るから、この中にいるのであればどこであっても大丈夫よ。そうね、後押しにはなると思うわ」
「じゃあ、さっそくやりましょう」
 促しながらリリエルは周囲にすばやく目をやった。少しだけ気になる人物がいたのだ。それは考古学者のルシエラだった。戦いには興味がないようだったが、逆にこんな状況では調査だけに関心を示しているのは不自然に思えたのだ。だがルシエラの姿は祈りの間にはなかった。
 アンナやリリエルを両脇に従えアメリアとジルフェリーザが祭壇に上る。アルトゥールやルイードたちは周りを囲むように立っていた。
 祭壇でアメリアはひざ立ちになって祈りの体勢になった。ジルフェリーザがその前に立つ。やがてジルフェリーザから光がにじみだす。呼応するようにアメリアからも優しい白い光があふれてきた。
 そのときだった。
 ガッシャーンと派手な音がして窓という窓のガラスが壊れた。すかさずルイードがアメリアの前に立つ。壊れた窓からは闇幽霊たちがぞろぞろと侵入してきた。
「ほほう、闇の塊のような連中じゃな。ここはワシの出番かのう」
 面白そうに言ったのはエルンスト・ハウアーだった。さっと手を上げ、しもべのガーゴイルに命じた。
「奴らを後方に追い込むんじゃ!」
 彫像のように壁に止まっていた石造りの鳥は、エルンストの命令に一斉に飛び立った。

                    ○

 その頃、アルフランツたちに導かれてリザフェスにやってきたミティナは、懐かしそうな悲しそうな顔で1階の大広間を眺めていた。足が止まってしまったことに気づいたトリスティアが、ぽんとミティナの肩を叩いてうながした。
「もうじき契約の儀式が行われるはずよ。光の力が満ちたら、ミティナも闇から解放されるはず。行こう!」
「……」
 自分の真の望みをつかみ損ねて、ミティナは黙りこくっていた。後を追ってきたルークとジュディは物陰からその様子を伺っていた。
 テネシーもまた魔眼でミティナの居場所を探り当てていた。そして自らは姿を現さずに、手下の闇幽霊たちにミティナの援護をする振りでトリスティアたちを襲わせた。
「やっぱりやってきたな!」
 援護に入ったのはファリッド・エクステリアだった。精霊弾で闇幽霊たちを攻撃する。やってきた拓哉は新式対物質検索機でルークたちの所在を突き止めた。
「ミティナの闇は取り払わせてもらう!邪魔はさせないぞ」
 フォトンセイバーに光の刃を出現させてルークに向かっていく。ルークは建前上銃剣でそれを迎えうった。ジュディに向かっていったのはミルル・エクステリアだ。力の差を小回りのよさでカバーしていく。ルークとジュディが自分を光に戻すためにここにやってきたことを知っていたミティナは、突然の戦いに戸惑いを隠せないでいた。しかも意思に反して闇の存在が襲い掛かってくるのだ。立ち尽くすミティナの周りに光の障壁を張ったのはリオル・イグリードだった。
「ここで君を奪われるわけには行かないからね」
「そうよ。ミティナ、あんたのしたことは決して許されるもんじゃないけど、それでもあんたを本当に必要としていて大切に思っている人がいるんだから!」
 戦いながらミルルが叫ぶ。ジュディがすっと引くと闇幽霊たちがミルルを取り囲んだ。物理攻撃の効かない相手にミルルが苦戦していると、リオルが障壁を張ったまま光を飛ばしてそれらを消滅させていった。
「ありがと、リオル」
「油断しちゃだめだよ!」
「わかってる!拓哉、そっちはあたしが引き受けるから、こいつらなんとかしてよ」
 まだルーク相手の方が戦いやすそうだと拓哉と体勢を入れ替える。拓哉はサイフォースで闇幽霊たちと戦い始めた。そして動こうとしないミティナに向かって言った。
「あんたが受けた闇の誘惑は、俺が使うこの技の危険性と通じるものがあるから良くわかるさ。だからこそ冷静に対処分析する必要があるんだ。現実を見つめろ」
「現実?」
「そうだ、思い出すんだ。君だってかつてはすべてを投げ打ってでも護りたいもの、愛すべき人がいたはずだ。世界を護ろうとしていた自分を取り戻せ」
 ファリッドの声に重なるようにしゃらんと鈴の音が響いた。歓喜の舞衣を身にまとったアクア・エクステリアがリオルに護られているミティナの前で癒しの踊りを舞い始めた。かつてミティナが持っていたはずの安らぎや喜びといった感情を踊りに乗せる。ミティナの揺らいでいた心には、それはストレートに伝わった。まだ残っている闇が反発して怒りをミティナに呼び起こさせる。しかしアクアを護るように構えているファリッドの姿が、かつての恋人を連想させて更なる混乱がミティナを襲った。
 歓喜の舞衣の力はそこにいたすべての者に作用した。暖かな子守唄のような優しい感情が周囲を引き込んでいく。神殿の光がそれに手を貸していた。古い記憶が呼び起こされて真実をミティナに伝える。闇にとらわれた自分に悲しんだ恋人の気持ちが伝わってミティナが悲壮な顔になった。それすらも舞は癒してゆく。しだいに心が落ち着いてきたミティナは不思議そうな顔でアクアの舞を見ていた。
「あたしがあの人を信じ切れなかったから……だから闇に落ちてしまったの……?」
「君の罪は重いかもしれない。けれど悪いのは君を利用しその心をもてあそんだザイダークじゃないのか。闇を取り払え!罪は償うことができるんだから。それは生きてこそ可能なものなんだ。わかるな」
 しゃらんしゃらんと鈴の音が軽やかに響く。ミルルが兄の言葉に付け足した。
「あんたを大切に思う人たちのためにも精一杯生きて、罪の償いをしなさいよ!」
 ミティナの視線はジュディやルークに向けられていた。側にいると誓ってくれた人たちだ。信じてくれると言ってくれた人たちだ。そしてここで戦っている者もミティナを救おうとしているのだろう。ようやくそれがミティナにも理解できた。
 そこへミストクロークで姿を消したラーナリアが、そっと忍び寄って優しくミティナを抱きしめた。
「大丈夫。恐れる必要なんてないわ。あなたならわかるでしょう。光の力は創造を、恵みをもたらすもの。決してあなたを苦しめるものじゃない。私たちは人間だもの、確かに不安に押しつぶされそうになることもあるわ。だけど、だからこそ互いの欠けた部分を補って、支えあうの。あなたにも差し伸べた手を取ってくれる人がいるのでしょう。その人のためにも、光を……生きることを恐れないで!」
 大地の精霊の癒しの力にセレストローズの光の力を上乗せして開放する。そのとき、神殿中が光の波動に満たされた。小波のように広がる波動は闇亡霊たちを浄化し、ラーナリアに抱きしめられているミティナを包み込んだ。
「あ、姿が」
 ミティナの姿がみんなの見ている前で変容していった。黒髪は金髪へ、黒い瞳は明るい空色の瞳になっていく。ジュディとルークが駆け寄ってきた。ミティナは微笑んで2人を抱きしめた。
「大丈夫……もう戦わなくていいの」
「危ない!」
 ひゅんと伸びてきたウィップをリオルが障壁ではじく。テネシーが姿を現していた。
「まったく使えないですわね。ザイダーク様は使えない巫女など始末してしまえとおっしゃってましたわ。だから消えていただきましょうか」
 ばさっと飛び上がり炎をぶつけてくると即座に飛び込んできてウィップをソード形態に切り替えて攻撃してくる。リオルが障壁を強化した。ミルルが合間に割り込んで攻撃を仕掛けた。すっと下がった先には拓哉が待ち構えていた。剣と剣がぶつかり合う。テネシーがダークムーンで拓哉を操ろうとしたが、その行動を読んでいた拓哉もセレストローズで対抗した。
 闇と光がぶつかり合って衝撃が起きる。だが光の波動に満ちた神殿の中ではダークムーンの力は十分には発揮できなかったようだ。勢いに飛ばされたテネシーが床に倒れこんだ。
「無意味な戦いはやめろ」
「戦いこそが意味ですわ。でもそうですわね、ここでは少し不利かしら。ミティナなんかもういらないですし、あなたたちに差し上げます わ。これからが本番でしてよ」
 攻撃を読まれて反撃されたテネシーは、撤退せざるをえなかった。
 テネシーがいなくなり、ひとまずほっとした一行は、残っているルークとジュディに警戒を新たにした。それをとどめたのは闇から解放されたミティナだった。
「この2人はあたしのために来てくれただけよ。もう戦わないで!」
「ふん、まあ確かに。ミティナが光の陣営につくというならこれ以上戦う必要はないな。俺はミティナに従うだけだから」
「良かったデス。ミティナ、その姿、似合いマス。やっぱり光にいた方が、ミティナにはイイみたいデスネ」
 ジュディの言葉にミティナがほんのり赤くなる。それから大きく息を吸い込んで、まっすぐに周囲を見渡しながら言った。
「儀式は終わったみたいね。行ってもいいかしら?」
「もちろんよ。ルイードもきっと喜ぶわよ」
 今は姿を現しているラーナリアが言うと、ミティナが苦笑した。
「あの人も思いを残してしまったのね。あたしのせいで……。時は止まったままだったのね。このままじゃ未来に進めない。今度こそけりをつけるわ」
 そういうミティナの瞳には、輝きがあふれていた。

                    ○

 祈りの間に現れた闇幽霊は一斉にアメリア目指してきた。正面をエルンストが放ったガーゴイルがふさぐ。だがすべてを防ぎきることはできなかった。すり抜けた一部が加速して突進してくる。アンナが飛び出すと、すばやくレッドクロスを装着した。まばゆい光が走り、闇幽霊たちの動きが一瞬、鈍る。そこをモップで叩いたが、半物質の幽体にはあまりダメージがない。しかし行動を妨げるくらいはできそうだったので、アンナはローラースケートでアメリアの周囲を回りながら闇幽霊たちをたこ殴りにしていった。
「アメリアさん、下がっていてください」
「そいつらもこっちに連れてくるんじゃ」
「はいですわ」
 エルンストの指示に従ってアンナが移動する。リリエルはそれでもアメリアに近づこうとする闇幽霊をフォースブラスターで攻撃していた。髪に飾ったセレストローズから光の力がブラスターに流れ込んでいる。光線に撃たれた闇幽霊は蒸発して消えていった。
「光の力で浄化できるみたいね。だったら難しいだろうけどこの場で契約しちゃったらどうかしら」
 リリエルがアメリアに言うと、アメリアとジルフェリーザは同時にうなずいた。儀式には精神の集中が必要だが、みなが守ってくれることを信じたのだ。
 後方では自らの負の力を利用して闇幽霊たちを集めたエルンストが、あらかじめ描いておいた陣の中に闇幽霊たちを引き込むところだった。集団となった闇が入ると同時に陣の力を発動させる。陣は闇の力を吸い込んでエルンストに送り込んだ。
「ふぉふぉふぉ、心地よいのぉ」
 吸い込まれた力はエルンストの力となった。みなぎる力にエルンストが喜ぶ。そこへ第2陣がやってきた。
「おやおや、しつこいことじゃのう」
 取りこぼされたものや新手が再びアメリアを狙う。リリエルとルイードが戦って阻んでいた。
「あっ」
 アメリアの肩に乗っていたちとせは状況を見極めていたが、闇幽霊の集団にまじって仮面をつけたタキシード姿の人物がこちらを見ていることに気づいて声を上げた。その人物は両手からブーメランを飛ばしてリリエルたちに攻撃してきた。その攻撃をダグラスが防ぐ。怪盗伯爵は手元に戻ったブーメランを大きな水晶のついたヨーヨーに変形させ、走りこみながら新たな攻撃を加えてきた。ヨーヨーの長さは自在に変えられるらしい。直接攻撃するというよりはルイードたちを左右に揺さぶって自らのアメリアまでの距離を縮めていた。怪盗伯爵の周りには闇幽霊とは違う種類のゴーストが集まっていた。それらはリリエルたちの動きを封じようとしていた。リリエルがフェアリーフォースを発動させてゴーストを消し去る。そのときには怪盗伯爵はアメリアに近づいていた。
「アメリア!」
 戦っていたアルトゥールが気づいて瞬速で駆け寄ると、アメリアの体を抱え飛び退る。その直前にちとせは肩から飛び降りながら変身していた。小さな体が瞬く間に大人の女性へと変容する。いきなり現れた存在に怪盗伯爵の動きもとっさに止まった。その隙にちとせはフェイタルアローを出現させ至近距離で矢を放った。
「くっ」
 肩を打ちぬかれ怪盗伯爵がよろめいた。
 アルトゥールに抱えられたアメリアは、少し離れると降ろしてくれるよう頼んだ。
「危険だよ」
「大丈夫。ジルフェリーザ」
「ええ」
 降ろしてもらったアメリアとジルフェリーザが両方の手のひらを重ね合わせる。とたんに柔らかな波動とともに白い光が放出され、闇幽霊たちが次々に浄化していった。波動は神殿の隅々まで広がっていき、戦いによって傷ついていた箇所を直して行った。壊された窓も修復される。暖かな気持ちがみなの心に広がっていった。
「仕方ない」
 怪盗伯爵だけそこから逃げ出していた。
「アメリア……」
 穏やかに微笑んだ表情は、いつになく大人びて見え、アルトゥールがまぶしそうに目を細めた。アメリアの額には空色の石のはまったサークレットが出現していた。古語で祈りの聖句を唱えると、その場にいた者たちは身の内に輝く力を感じた。
「光の加護か」
「うん。この加護があれば、強い闇でも浄化できるよぉ」
 なじみのある感覚にルイードがうなずく。そしてふと目を上げてアメリアを見た。
「ミティナはどうなっただろう」
 アメリアはしばらく様子を伺うようにしていたが、やがて笑顔で兄に告げた。
「大丈夫。今、みんなと一緒にこっちに向かっているよぉ」
 ミティナがやってきたのはそれからしばらくしてだった。一同の視線を浴びて少し居心地悪そうにしていたが、やがてきっぱりと顔を上げてルイードとアメリアに言った。
「あたしのしたことを許せとはいえない。けど、あたしはあたしなりにけじめをつけたいと思っているわ。今のあたしじゃ大して役にはたたないだろうけど、ザイダークとの戦いに連れて行って欲しいの」
「光の加護はミティナにもあるはずだ。一緒に戦おう」
 ルイードが言うと、少しだけ懐かしそうに見た後、ミティナが大きくうなずいた。ジルフェリーザがふわりと浮かび上がってミティナに抱きついて言った。
「おかえりなさい」
 それを聞いたミティナは、驚いた顔をした後、見る見るうちに泣き顔になってジルフェリーザを抱きしめ返した。
「一人ぼっちにしてごめんなさい」
 ジルフェリーザは晴れ晴れとした笑顔でミティナの胸に顔をうずめた。

                    ○

 儀式が完了してミティナも闇から解放されたことは、姿が変わったことでわかっていた。だがこのまま引き下がっているわけには行かない。残った手下どもを引き連れて陣営に戻ったテネシーは怒りに燃えながらダークムーンを強く握り締めていた。
『テネシーよ、我の巫女になる気はあるか』
「ザイダーク様!?ええ、もちろんですわ。連中を皆殺しにしないと気が済みませんもの。そのためにもザイダーク様の力をお借りしたいですわ。どうか私を巫女にしてくださいませ」
『ならばそこを通ってくるがいい』
 声と一緒にテネシーの目の前に闇の塊が出現した。テネシーはためらうことなくその中に身を投じた。軽い浮遊感があって、気がついたときは洞窟のような空間に出ていた。塗りこめられた闇の中を進んでいくと、広い空間に出た。そこにはそびえたつような漆黒の建物が建っていた。どす黒い炎が入口の両脇で燃え上がっている。テネシーはどこか浮き立つような気分で扉を開いた。
 闇の亡霊たちが漂う大広間をすたすたと抜けて、奥の部屋に入っていく。魔眼を使わずとも感覚がそこにザイダークがいると告げていた。ザイダークは玉座に座ってテネシーを待っていた。テネシーが近寄っていくと立ち上がり迎えてくれた。
 ザイダークは見た目は40歳くらいの屈強な男だった 。逆立ったざんばらな黒髪の下で黒い瞳がテネシーを見据えている。つかつかと寄ってくると「手を」と言った。テネシーが右手を差し出すと、手のひらを合わせるようにした。とたんにテネシーの身の内で何かが変わった。より以上の凶悪な破壊衝動と血への飢えがテネシーを満たす。衝動の赴くままに力をほとばしらせる。漂っていた亡霊たちが実体を得て歓喜の声を上げた。

 異変は地上でも起こっていた。
 「嵐!」
 世界に増幅した闇の気配を感じてアメリアが転移魔法陣から地上へと降り立つ。そこはものすごい砂嵐が巻き起こっていた。追いかけてきたルイードやミティナを光の結界で守っていると、ミティナがうめくように言った。
「おそらくテネシーが新しい巫女になったんだわ。このまま放っておいたら今まで以上の惨劇が起こるわよ」
 嵐はいずれ全世界を飲み込んでいくだろう。天空も暗雲が立ち込め雷が轟き始めていた。
「まずはこの嵐をなんとかしないと。実体化した亡霊たちがやってくるわ」
 いったんリザフェスに戻ったアメリアたちにミティナが告げる。ルイードが問いかけた。
「闇の神殿へは?」
「詳しい位置はあたしにも良くわからないの。闇の結界を使って移動できたから。けど亡霊たちは転移魔法陣を使って地上にやってくるはずよ。だから奴らの出現場所を見つけ出せれば、闇の神殿への入口もわかるはず」
「そうか」
「わあ、闇の神殿なんてのもあるんですか」
 どこからともなく戻ってきていたルシエラがさりげなく会話に加わった。軽く肩をかばっているような様子にリリエルが警戒を強める。ルシエラがそ知らぬ様子でのんきに言った。
「私も行ってみたいですねえ」
「ねえ、ルシエラ。あなたどこにいたの?」
 リリエルが問いかけると、ルシエラがびっくりしたように言った。
「なんか急に変なものがやってきたでしょう。怖くて隠れていたんですよ」
「闇の神殿にはもっと怖いものがいるわよ。それでも行く気?」
「皆さんが戦ってくださるから安心ですよねえ。邪魔にならないようにしますから。駄目ですか?」
 悪びれないルシエラに、とりあえずリリエルも追求をやめた。
「お兄ちゃん、私も一緒に行くからねぇ」
「アメリア、しかし」
 迷いを見せたルイードに、アメリアは笑って迷いを断ち切った。
「光の加護がなかったら、闇の神殿での戦いは無理だよぉ。大丈夫、ジルフェリーザも一緒だし。なによりみんなが一緒だもん」
 アメリアの言葉には力があった。サークレットがきらりと光った。

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